説明

熱処理油組成物

【課題】 金属材料の焼入れにおいて,同時に大量の処理物を焼入れした際に,硬さや焼入れ歪のばらつきが生じにくい焼入油組成物を提供すること。
【解決手段】 5%留出温度が300℃以上400℃以下の低沸点基油5質量%以上50質量%未満と、5%留出温度が500℃以上の高沸点基油50質量%を超え95質量%以下とからなる混合基油を含むことを特徴とする熱処理油組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理油組成物に関し、更に詳しくは金属材料の焼入れにおいて、同時に大量の処理物を焼入れした際に、硬さや焼入れ歪のばらつきが生じにくい熱処理油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材などの金属材料においては、その性質の改善を目的として、焼入れ、焼もどし、焼なまし、焼ならしなどの熱処理が施される。この熱処理の中で、焼入れは、例えばオーステナイト状態にある加熱された鋼材を上部臨界冷却速度以上で冷却し、マルテンサイトなどの焼入れ組織に変態させる処理であり、この焼入れによって、処理物は非常に硬くなる。この際、冷却剤としては、一般に油系、水系(水溶液系)、エマルジョン系の熱処理液が用いられる。鋼材の焼入れについて説明すると、加熱された鋼材を冷却剤である熱処理液に投入した場合、冷却速度は一定ではなく、通常三つの段階を経る。即ち、(1)鋼材が熱処理液の蒸気で包まれる第1段階(蒸気膜段階)、(2)蒸気膜が破れて沸騰が起こる第2段階(沸騰段階)、そして(3)鋼材の温度が熱処理液の沸点以下となり、対流により熱が奪われる第3段階(対流段階)を経て冷却される。この三つの段階において、冷却速度は第2段階の沸騰段階が最も大きい。従来の熱処理油においては、冷却性能を示す熱伝達率が、特に沸騰段階で急激に立ち上がり、処理物表面で蒸気膜段階と沸騰段階が混在する状態において極めて大きな温度差が生じ、それに伴う熱収縮の差や変態の時間差に起因する熱応力や変態応力が発生して焼入れ歪が増大する。
【0003】
金属の熱処理、特に焼入れにおいては、その熱処理条件に適した熱処理油の選定が重要であり、その選定が不適切な場合には十分な焼入れ硬さが得られないことがあり、また著しいひずみが発生することがある。
このような熱処理油は、JIS K2242で1種から3種まで分類されており、焼入れに使用するのは1種の1号油、2号油、2種の1号油、2号油である。この中でJIS K2242では、冷却性の目安としてJIS冷却曲線における800℃から400℃までの冷却秒数が、1種2号では4.0秒以下、2種1号では5.0秒以下、2種2号では6.0秒以下と規定されている。この冷却時間が短いほど冷却性が高く、熱処理物の硬度が高くなる。一般に、硬さと焼入れ歪はトレードオフの関係にあり、硬度が高いほど焼入れ歪は大きい。
【0004】
また,工業的には油剤の冷却性を示す指標として,H値が広く用いられており,各油剤メーカーのカタログなどにも冷却性を示す目安として記載されている。H値は、JIS K2242冷却曲線において、800℃から300℃までの冷却時間から算出する方法で、広く用いられている。ユーザーは、このような指標を元に、目的の硬さと焼入れ歪を得るために焼入油を選択しており、例えば、歪が問題となる自動車用の歯車部品などの焼入れにはJIS 2種1号油が広く用いられている。これは、JIS 1種油では歪が大きすぎることに加え、部品によっては硬度が高すぎるためであり、また、2種2号油では、歪は小さいものの硬度が不足するためである。
【0005】
ところで、自動車用変速機や減速機などの部品は、ほとんどの場合が大量生産され、1つのトレイに大量の処理物を段積みして一度に焼入れを行なういわゆる団体焼入れが行なわれている。その際に、段積みした部品をセットした位置による硬さや歪のばらつきが出る。例えば、下部にセットした部品の硬さが高く、上部にセットした部品の硬さが低くなるなどである。
この団体焼入れのばらつきを低減するために,振動機や噴射装置など特殊な設備を追加することが考案されている(例えば、特許文献1、特許請求の範囲参照)。しかしながら、従来の装置にこのような設備を追加することはコストがかかり、また設備によっては改造が困難であった。このような、設備投資をすることなく焼入油の特性のみでこのばらつきを低減できる技術が望まれていた。
【0006】
また、非特許文献1には、基油の粘度を同一としながら、5%留出温度を350℃以下とした場合と、350℃以上とした場合の硬さと歪を評価し、350℃以下とした場合の方が、硬さを高く維持しながら歪が低減できる可能性があることを提示している(非特許文献1、図12及び図13参照)。しかしながら、非特許文献1に開示される技術内容には以下の点で問題がある。
一つは、歪をSUJ2シャフト部品の反りで評価している点である。熱処理油の冷却過程は、蒸気膜段階、沸騰段階、及び対流段階を経て進行するが、シャフト部品のような形状の場合、蒸気膜段階の破断時間のむらが歪に大きく影響するため、粘度や沸点範囲の議論よりも、蒸気膜長さ(特性秒数)の影響が支配的であることが知られている。非特許文献1には蒸気膜長さが記載されていないが、基油組成から、蒸気膜長さが短くなるほど歪が小さいことが容易に判断でき、これは一般的な傾向である。また、歪の評価をSUJ2で行っているのに対し、硬さの評価をS45Cで行なっており、硬さと歪の評価に用いた材料の材質が異なっている。硬さと歪の両立を目的とする場合には、同一材質で硬さと歪を評価する必要があるが、仮に硬さの評価に用いたS45Cで歪の評価を行なった場合、焼入れ性が悪く、ほとんど歪の差が出ないことが予想される。
もう一つは、非特許文献1では,JIS1種2号油に近い比較的冷却性が高い領域での検討であり、特に歪が問題となる部品の場合、このような冷却性が高い油剤はあまり使用されない点である。一般に、歪が問題となる部品は、JIS2種1号油、場合によってはJIS2種2号油といった冷却性が低く、歪を抑制できる熱処理油で処理する場合が多く、例えば自動車用のギアなどは広くJIS2種1号油で処理されている。このようなことから、歪の評価は,JIS2種1号油で、また自動車用変速機や伝動装置あるいは減速機などの部品に広く使われているSCM420やSCr420などで行なうことが望ましい。
【0007】
次に、本発明者らのグループは、金属材料の焼入れにおいて、冷却むらが生じにくく、焼入れ処理物の硬さを確保すると共に、焼入れ歪を低減し得る熱処理油組成物として、40℃における動粘度が5〜60mm2/sの低粘度基油と、40℃における動粘度が300mm2/s以上の高粘度基油からなる混合基油を含む熱処理油組成物を提案した(特許文献2、特許請求の範囲参照)。ここで用いた実施例では、低粘度基油を50重量%以上添加した熱処理油組成物を提案したが、その後の検討で、この組成範囲では自動車用のギアの焼入れなどに適用した場合、硬度が高すぎることが明らかとなった。
【0008】
【特許文献1】特開2003−286517号公報
【特許文献2】特開2002−327191号公報
【非特許文献1】熱処理、43巻2号、93〜98ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような状況下でなされたもので、団体焼入れ時の冷却性のばらつきを低減できる焼入油、特に歪が問題となる自動車用変速機や減速機の部品等の焼入れに使用されているJIS 2種1号油と同程度の冷却性を持ちながら、団体焼入れ時の冷却性のばらつきを低減できる焼入油組成物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記目的を達成するために、鋭意研究を重ねた結果、団体焼入れ時の冷却性のばらつき原因として、処理物によって加熱されることによる局所的な油温の差、処理物の上流・下流での流速の差、油圧の差などがあり、このうち特に流速の差が冷却性のばらつき原因として大きなウェイトを占めることが解った。
そこで、本発明者らは、流速の差による冷却性の差が少なくなる焼入油を評価するために、攪拌の有無による冷却性について検討を進めた結果、低沸点基油と高沸点基油を組み合わせることで、攪拌の有無による冷却性の変化及び硬度の変化を、従来の2種1号油に比べ低く抑えることができることを見出した。さらに,同組成で実際にギアの団体焼入れを行なったところ、特に硬度のばらつき、ギア精度のばらつきを低減することができることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、
(1)5%留出温度が300℃以上400℃以下の低沸点基油5質量%以上50質量%未満と、5%留出温度が500℃以上の高沸点基油50質量%を超え95質量%以下とからなる混合基油を含むことを特徴とする熱処理油組成物、
(2)混合基油中の低沸点基油が10質量%以上50質量%未満であり、かつ、高沸点基油が50質量%を超え90質量%以下である上記(1)に記載の熱処理油組成物、
(3)JIS K2242冷却性試験における300℃秒数が、7.5〜12.3秒である上記(1)又は(2)に記載の熱処理油組成物、及び
(4)さらに、蒸気膜破断剤を含有する上記(1)〜(3)のいずれかに記載の熱処理油組成物、を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、団体焼入れ時の冷却性のばらつきを低減でき、特に自動車用変速機の歯車等、歪が問題となる部品の焼入れに使用されているJIS 2種1号油と同程度の冷却性を持ちながら、団体焼入れ時の冷却性のばらつきを低減できる焼入油を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の熱処理油組成物は、5%留出温度が300℃以上400℃以下の低沸点基油(以下、「本発明の低沸点基油」という場合がある。)と5%留出温度が500℃以上の高沸点基油(以下、「本発明の高沸点基油」という場合がある。)とからなる混合基油を含むことを特徴とする。ここで、5%留出温度とはJIS K2254「石油製品−蒸留試験」の「参考 石油留分のガスクロ法蒸留試験方法」によって測定される5%留出温度を意味する。
混合基油の構成要素として含有される低沸点基油の5%留出温度が300℃以上400℃以下の範囲にない場合には、本発明の効果を奏することはできず、特に5%留出温度が300℃未満の低沸点基油を一定量以上用いた場合には、使用時に油煙が大きくなるという弊害がある。
また、混合基油の構成要素として含有される高沸点基油の5%留出温度が500℃未満の場合には、団体焼入れ時の冷却性のばらつきが見られる。
【0013】
本発明の低沸点基油の含有量は、混合基油を基準として5質量%以上50質量%未満の範囲である。該低沸点基油の含有量が5質量%未満であると本発明の効果が不十分である。一方、低沸点基油の含有量が50質量%以上であると硬度が高くなりすぎる。以上の点から、本発明の低沸点基油の含有量は、混合基油を基準として10質量%以上50質量%未満の範囲であることが好ましい。
次に、本発明の高沸点基油の含有量は、混合基油を基準として50質量%を超え95質量%以下の範囲である。高沸点基油の含有量が50質量%以下であると硬度が高くなりすぎる。一方、高沸点基油の含有量が95質量%を超えると、団体焼入れ時の冷却性のばらつきが見られる。
【0014】
本発明の熱処理油組成物は、上記5%留出温度以外の蒸留性状については、特に限定されるものではないが、低沸点基油の初留点、50%留出温度、及び95%留出温度が、それぞれ250〜350℃、360〜460℃、及び400〜500℃であることが好ましい。これらの蒸留性状を満たすことにより、初留点については、油煙が抑制され、50%留出温度、及び95%留出温度については硬度の過度の上昇を抑制することができる。
【0015】
本発明の低沸点基油及び高沸点基油としては、鉱油や合成油が用いられる。鉱油としては、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油、芳香族系鉱油などの留分のいずれでもよく、溶剤精製、水素化精製又は水素化分解などいかなる精製法を経たものでも使用することができる。合成油としては、例えばアルキルベンゼン類、アルキルナフタレン類、α−オレフィンオリゴマー、ヒンダードエステル油などを使用することができる。
本発明の熱処理油組成物においては、低沸点基油及び高沸点基油として、それぞれ上記鉱油を一種用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよく、また、上記合成油を一種用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。さらに、該鉱油一種以上と合成油一種以上とを組み合わせて用いてもよい。
また、本発明の熱処理油組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、上記混合基油以外に他の基油を併用することができる。
【0016】
本発明の熱処理油組成物においては、さらに蒸気膜破断剤を配合することができる。この蒸気膜破断剤を配合することにより、蒸気膜段階を短くすることができる。該蒸気膜破断剤としては、例えば高分子ポリマー、具体的にはエチレン−α−オレフィン共重合体、ポリオレフィン、ポリメタクリレート類などや、アスファルタムなどの高分子量有機化合物、油分散型の無機物などを挙げることができる。これらの蒸気膜破断剤は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、その熱処理油組成物中の含有量は、通常1〜10質量%、好ましくは3〜6質量%の範囲で選定される。この含有量が1質量%以上であると蒸気膜破断剤を加えた効果が充分に発揮され、一方、10質量%以下であると熱処理油組成物の粘度が高くなりすぎず、適度であって、熱処理油組成物としての性能が低下することがない。このような組成を有する本発明の熱処理油組成物は、蒸気膜段階が短く、かつ沸騰段階の冷却性能の増加が抑制されることから、冷却むらによる焼入れ歪を低減することができる。また、沸騰段階の温度範囲が広く、処理物の硬さを確保することができる。
【0017】
本発明の熱処理油組成物は、JIS K2242冷却性試験における300℃秒数が7.5〜12.3秒の範囲であることが好ましい。ここで300℃秒数とは、JIS K2242冷却性試験において、800℃から300℃までの冷却秒数をいう。この300℃秒数が7.5秒未満であると硬度が高くなりすぎる。一方、300℃秒数が12.3秒を超えると硬度が不足する。以上の点から、JIS K2242冷却性試験における300℃秒数が、7.5〜10.0秒の範囲であることがさらに好ましい。
【0018】
また、本発明の熱処理油組成物は、100℃における動粘度が5〜50mm2/sの範囲にあることが好ましい。100℃における動粘度が5mm2/s以上であると、硬度が高くなりすぎることがなく、また引火の危険性が低くなり好ましい。一方、100℃における動粘度が50mm2/s以下であると十分な硬度が得られ、また洗浄性が悪化することがなく好ましい。以上の点から、100℃における動粘度は8〜35mm2/sの範囲にあることがさらに好ましい。
【0019】
本発明の熱処理油組成物には、本発明の目的が損なわれない範囲で、必要に応じ、従来熱処理油に慣用されている添加剤、例えば界面活性剤、劣化酸中和剤、酸化防止剤、光輝性向上剤などを配合することができる。
界面活性剤としては、アルカリ土類金属あるいはアルカリ金属のサリチレート、スルホネート、硫化フィネートなどが挙げられる。アルカリ土類金属としてはカルシウム、バリウム及びマグネシウムが好ましい。またアルカリ金属としてはカリウム、ナトリウムが好ましい。界面活性剤の含有量としては、熱処理油組成物全量基準で通常、0.1〜10質量%の範囲であり、0.2〜7質量%の範囲が好ましい。
また、劣化酸中和剤としては、例えばアルカリ土類金属のサリチレート、硫化フィネート、スルホネートなどが挙げられる。アルカリ土類金属としては、カルシウム、バリウム及びマグネシウムが好ましい。また、酸化防止剤としては、従来公知のアミン系酸化防止剤やヒンダードフェノール系酸化防止剤などが挙げられる。さらに、光輝性向上剤としては、従来公知の油脂や油脂脂肪酸、アルケニルコハク酸イミド、置換ヒドロキシ芳香族カルボン酸エステル誘導体などが挙げられる。
本発明の熱処理油組成物は、鋼材などの金属材料の性質改善を目的として行われる、浸炭焼入れ、浸炭窒化焼入れ、真空焼入れなどの熱処理方法に好適に使用される。
【実施例】
【0020】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。なお、熱処理油組成物の諸特性は下記の方法に従って測定した。
(1)評価1;攪拌による硬度変化(テストピース:丸棒)
JIS K2242冷却性評価試験機を改造した装置を用いて、攪拌による硬度変化について評価した。装置は、密閉式で雰囲気制御を可能にし、銀アルメル片の部分に鋼片を取付け、加熱後油中に焼入れができる装置とした。加熱炉から、油中に投入するまでの時間が約2秒であり、搬送による温度降下が少ないため、他の装置に比べて同条件での硬度がやや高めになる。材料及び測定条件は以下のとおりである。
テストピース:SCM420 φ16mm×30mmLの丸棒を用いた。
熱処理条件:純窒素雰囲気中、860℃で30分加熱した。
油冷却条件:油温120℃、冷却時間3分、無攪拌ならびに攪拌(30cm/s相当)下で行った。
評価:テストピースの軸方向中央で切断・研磨し、切断面半径の1/2の位置の硬さをJIS Z2245に規定されているロックウェル硬さCスケールHRCで測定した。8箇所測定し、その平均値を算出した。
(2)評価2;攪拌による精度及び硬度変化(テストピース:ギア)
テストピースの材料及び熱処理条件を以下のものとし、歯車精度および硬さを評価した。歯車精度の評価項目としては、図1に示すように、歯面の圧力角(歯形)誤差B、ねじれ角(歯すじ)誤差Aを測定した。ここで、圧力角誤差変化量、ねじれ角誤差変化量は、それぞれ焼入れ後の焼入れ前に対する変化量を示す。また、硬さは歯元のビッカース硬さHV(JIS Z2244に規定)、及び有効硬化層深さ(JIS G0557に規定)により評価した。なお、有効硬化層深さの判定基準には旧JIS規定のHV513を採用した。
テストピース:SCM420 デファレンシャルドライブピニオン(モジュール2.43)
熱処理条件:テストピースを熱処理炉の加熱室内で950℃に加熱した後、浸炭雰囲気ガスを炭素ポテンシャル(CP)値1.0質量%の濃度で供給した。そのなかで150分保持(浸炭工程)した後,CP値を0.8質量%に調整し,さらに60分保持(拡散工程)した。その後、炉内で860℃まで放冷し、CP=0.8質量%の状態でさらに30分保持(均熱工程)した。
油冷却条件:油温130℃、冷却時間4分、弱攪拌(20cm/s相当)ならびに強攪拌(55cm/s相当)下で行った。
(3)評価3;団体焼入れ時の歪のばらつきの評価(テストピース:ギア)
材料及び熱処理条件を以下のものとし、圧力角(歯形)誤差、ねじれ角(歯すじ)誤差の精度の変化量の6σにより評価した。
テストピース:SCM420 デファレンシャルドライブピニオン(モジュール2.43)
熱処理条件:浸炭工程950℃×100分、CP=1.0質量%
拡散工程950℃×70分、CP=0.8質量%
均熱工程860℃×30分、CP=0.8質量%
油冷却条件:油温130℃、冷却時間4分
【0021】
本発明の実施例及び比較例で使用する低沸点基油の性状を第1表に、高沸点基油の性状を第2表にそれぞれ示す。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
実施例1〜8及び比較例1〜13
第3表に示す配合比により熱処理油組成物を調製し、上記評価1を実施した。その結果を第3表に示す。また、実施例3及び比較例5の熱処理油組成物に関し、上記評価2及び評価3を実施した。その結果を第4表に示す。
【0025】
【表3】

【0026】
【表4】

【0027】
(注)
*1 界面活性剤:ルブリゾール社製「Caスルホネート78W」
*2 蒸気膜破断剤A: 出光興産(株)製「イデミツポリブテン2000H」
*3 蒸気膜破断剤B: 日本ケミカルズ販売(株)製「NC505」
*4 ×:油煙が大きく焼入れ実験ができなかった。
【0028】
【表5】

【0029】
評価1においては、無攪拌と攪拌において、その硬度差が小さいほうが好ましく、硬度差の小さい熱処理油組成物は、団体焼入れ時の冷却性のばらつきが小さい。実施例1〜8の熱処理油組成物は、いずれも硬度の差が3HRC未満であり良好である。また、無攪拌における硬度は40HRC未満であることが、自動車用変速機のギアなどの衝撃荷重が加わる部品では耐衝撃性の点から好ましく、実施例1〜8の熱処理油組成物は、この値をいずれも満足するものである。
また、実施例1〜8の熱処理油組成物は、いずれも300℃秒数が7.5〜10.0秒の範囲であり、適度な硬度を有するものである。一方、比較例においては、比較例2、3、及び10〜13は、300℃秒数が7.5秒未満であり、硬度が高すぎる。
【0030】
次に、実施例3及び比較例5の熱処理油組成物を用いた上記評価2について、実施例3の熱処理油組成物は、比較例5の熱処理油組成物に比較して、攪拌強度による圧力角誤差変化量の差(μm)は同等であるが、攪拌強度によるねじれ角誤差変化量の差(μm)が著しく小さいことがわかる。すなわち、ねじれ角誤差変化量の差(μm)は、攪拌速度に強く影響を受ける因子であるが、本発明の熱処理油組成物は、熱処理油組成物の流速が変化しても品質への影響を小さく抑えることができる。
また、比較例5の熱処理油組成物は、JIS 2種1号油に相当するが、実施例3の熱処理油組成物を用いた場合であっても、これと同等以上の歯元硬度を有することがわかる。しかも、実施例3の熱処理油組成物は、比較例5の熱処理油組成物に比較して、攪拌強度による歯元硬度の差が小さく、歯元硬度に関しても、熱処理油組成物の流速の変化による影響を小さくすることができる。
さらに、有効硬化層深さについても、実施例3の熱処理油組成物は、比較例5の熱処理油組成物を用いた場合に対して同等以上の値を示し、しかも、実施例3の熱処理油組成物は、熱処理油組成物の流速の変化による影響を小さくすることができる。
【0031】
評価3において、実施例3の熱処理油組成物は、比較例5の熱処理油組成物に比較して、実際の団体焼入れにおいて、ねじれ角誤差変化量のばらつきが極めて小さいことが確認された。また、評価2においては、圧力角誤差変化量の差は、実施例3の熱処理油組成物と比較例5の熱処理油組成物で差はなかったものの、実際の団体焼入れの評価においては、実施例3の熱処理油組成物の方が圧力角誤差変化量のばらつきが小さいことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の熱処理油組成物は、金属材料の焼入れにおいて,同時に大量の処理物を焼入れした際に,硬さや焼入れ歪のばらつきが生じにくく、特に自動車用の歯車部品等の焼入れに使用されているJIS 2種1号油と同程度の冷却性を持ちながら、団体焼入れ時の冷却性のばらつきを低減できる焼入油組成物である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】歯車部品について、Aねじれ角誤差とB圧力角誤差とを説明する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5%留出温度が300℃以上400℃以下の低沸点基油5質量%以上50質量%未満と、5%留出温度が500℃以上の高沸点基油50質量%を超え95質量%以下とからなる混合基油を含むことを特徴とする熱処理油組成物。
【請求項2】
混合基油中の低沸点基油が10質量%以上50質量%未満であり、かつ、高沸点基油が50質量%を超え90質量%以下である請求項1に記載の熱処理油組成物。
【請求項3】
JIS K2242冷却性試験における300℃秒数が、7.5〜12.3秒である請求項1又は2に記載の熱処理油組成物。
【請求項4】
さらに、蒸気膜破断剤を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の熱処理油組成物。


【図1】
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【公開番号】特開2007−9238(P2007−9238A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−188154(P2005−188154)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】