説明

熱射病の治療ターゲット

【課題】熱射病特異的な診断マーカーおよびそれらを用いた熱射病の診断方法の提供、熱射病の治療ターゲット候補およびそれらを用いた熱射病の治療方法の提供、並びに熱射病を治療する物質をスクリーニング方法の提供。
【解決手段】哺乳動物から採取した試料における、特定の塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現を測定することを含む、該動物における熱射病の診断のための検査方法。上記遺伝子の発現またはその産物の活性を制御する物質を含有してなる熱射病治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱射病の診断マーカー、特に生命予後の診断マーカーであり、且つ該疾患の治療ターゲット候補である遺伝子群およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球の温暖化に伴い、熱中症の危険に曝される可能性が世界全体で高まっている。重症化した熱中症は熱射病となり、高い致死率を示す。熱射病に対して有効な予防と治療を行うためには、その病態の理解が必要不可欠であるが、詳細な病態は依然解明されていない。
【0003】
哺乳動物は、熱利得と熱損失のバランスをとり、環境の温度に左右されず通常は一定の体温を保っているが、暑熱環境の影響などで熱利得が熱損失で相殺できない場合、体温が上昇し熱中症、ひいては熱射病を発症する。このように熱利得が熱損失を上回るような状況下に置かれた生体内では、組織障害を防ぐための急性相反応が出現し、種々のサイトカインが産生される(非特許文献1)。例えば、急性相反応において最もすみやかに産生されるサイトカインが腫瘍壊死因子(TNFα)である。
また、多機能性サイトカインの一つであるインターロイキン-6(IL-6)も熱ストレスにより産生され、急性期の炎症反応を調節することが知られている(非特許文献2)。
【0004】
しかし、熱射病に特異的なバイオマーカーはこれまで知られておらず、ましてや熱射病における生死を決定する因子(従って、熱射病の治療ターゲットとなり得る)についての情報はほとんど皆無である。
【非特許文献1】Gabay C, Kushner I, N. Eng. J. Med., 340: 448-54 (1999) [Erratum, N. Eng. J. Med., 340: 1376 (1999)]
【非特許文献2】Pedersen BK, Hoffman-Goetz L, Phisyol. Rev., 80: 1055-81 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、熱射病特異的な診断マーカー、特に、生命予後の診断が可能なマーカーを同定し、それらを用いた熱射病の診断方法を提供することである。本発明のさらなる目的は、熱射病の治療ターゲット候補を同定することであり、それらを用いた熱射病の治療方法を提供することである。本発明の別の目的は、熱射病を治療する物質をスクリーニングする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、熱曝露したマウスにおける遺伝子の発現変動をDNAマイクロアレイを用いて網羅的に解析し、熱曝露により発現が増加する遺伝子群1と発現が減少する遺伝子群2とを同定した。さらに、マウスを熱曝露により死亡したものと生存したものの2群に分け、両マウス群間における遺伝子群1および2に含まれる各遺伝子の発現量を比較した結果、各遺伝子群において、生存群に比して死亡群で発現が有意に増加した遺伝子群(1-Aおよび2-C)と発現が有意に減少した遺伝子群(1-Bおよび2-D)とを抽出することに成功した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明は、
[1]哺乳動物から採取した試料における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現を測定することを含む、該動物における熱射病の診断のための検査方法、
[2]診断が生命予後の予測を含む、上記[1]記載の方法、
[3]哺乳動物から時系列で試料を採取し、各試料における、配列番号nに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現の推移を測定することを含む、上記[1]または[2]記載の方法、
[4]下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号nに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号nに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を用いて遺伝子の発現を測定することを特徴とする、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の方法、
[5]下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)のいずれかに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を含有する試薬を1以上含んでなる熱射病の診断用キットであって、2以上の試薬を含む場合、各試薬は互いに異なる遺伝子の発現を検出し得るものであるキット、
[6]診断が生命予後の予測を含む、上記[5]記載のキット、
[7]配列番号m(mは1-41の奇数、84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を抑制する物質を含有してなる、熱射病治療剤、
[8]配列番号mのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を抑制する物質が、下記(a)〜(c):
(a)該遺伝子またはオルソログの転写産物に対するアンチセンス核酸
(b)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対する中和抗体
(c)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対してアンタゴニスト活性を有する低分子化合物
のいずれかである、上記[7]記載の剤、
[9]配列番号k(kは42-72の偶数、73、75、76-82の偶数および127-165の偶数)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を増強する物質を含有してなる、熱射病治療剤、
[10]配列番号kのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を増強する物質が、下記(a)〜(d):
(a)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質またはその部分ペプチド
(b)上記(a)の蛋白質またはその部分ペプチドをコードする核酸
(c)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対するアゴニスト抗体
(d)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対してアゴニスト活性を有する低分子化合物
のいずれかである、上記[9]記載の剤、
[11]熱射病を発症した哺乳動物における、配列番号m(mは1-41の奇数、84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制する、並びに/あるいは配列番号k(kは42-72の偶数、73、75、76-82の偶数および127-165の偶数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現またはその産物の活性を増強することを含む、該動物における熱射病の治療方法、
[12]配列番号mのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制する物質、並びに/あるいは配列番号kのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子の発現またはその産物の活性を増強する物質を、哺乳動物に投与することを特徴とする、上記[11]記載の方法、
[13]熱曝露した哺乳動物細胞に被験物質を接触させ、該細胞における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現を測定することを含む、熱射病を治療する物質のスクリーニング方法、
[14]哺乳動物細胞が組織または臓器、あるいは非ヒト哺乳動物個体の形態で提供される、上記[13]記載の方法、
[15]下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号nに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号nに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を用いて遺伝子の発現を測定することを特徴とする、上記[13]または[14]記載の方法、
[16]哺乳動物がヒトである上記[13]〜[15]のいずれかに記載の方法、
[17]哺乳動物がラット、マウス、イヌまたはサルである上記[13]〜[15]のいずれかに記載の方法、
[18]熱射病を発症し1回以上の治療を受けた哺乳動物から治療の前後に試料を採取し、各試料における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現の推移を測定することを含む、該動物における熱射病の治療効果の評価方法、
等を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の熱射病マーカー遺伝子の発現変動を調べることにより、迅速かつ簡便な熱射病の診断が可能となる。特に、本発明のマーカー遺伝子は患者の生死により発現レベルが顕著に異なるので、熱射病における生命予後の診断も可能となる。さらに、熱射病時におけるこれらの遺伝子の発現を制御することにより、熱射病の治療、特に熱射病による死亡を防ぐことが可能となり得る。また、これらの遺伝子もしくはその発現産物を用いて該遺伝子の発現もしくは該産物の活性を制御する物質を選択することにより、熱射病に対する新規治療薬の探索が可能となる。あるいはまた、本発明のマーカー遺伝子の発現をモニタリングすることにより、熱射病に対する治療効果の評価が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の検査方法が適用できる哺乳動物は特に制限されないが、例えば、熱射病を発症するおそれがあるか、もしくは発症していることが疑われる哺乳動物、あるいは現に熱射病を発症しておりその生命予後が危ぶまれる哺乳動物、例えば、ヒト、サル、ウシ、ウマ、ブタ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、イヌ、ネコ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ等が挙げられる。好ましくはヒト、サル、イヌ、ラット、マウス等である。「熱射病を発症するおそれがある」ものとしては、例えば、暑熱環境下に一定時間以上おかれた状態にあるもの、高温下での運動により熱産生が増大した状態にあるもの、熱痙攣や熱疲労などのより軽度の暑熱障害の症状(例、痙攣、失神、眩暈、疲労感、虚脱感、頭痛、吐気、嘔吐等)が認められるものなどが挙げられる。「熱射病を発症していることが疑われる」ものとしては、上記暑熱障害の症状に加えて、もしくはそれに代わってせん妄、昏睡、40℃以上の体温上昇等の症状が認められる場合などが挙げられる。「現に熱射病を発症しておりその生命予後が危ぶまれる」ものとしては、上記の熱射病の確定診断がされ且つ高体温などの症状が一定時間以上持続した状態にあるもの、血液凝固や多臓器不全の兆候のあるものなどが挙げられる。
また、実験的な熱射病(熱中症)モデルは、例えば、マウス、ラット、サル、イヌ等の実験動物を約40〜約45℃、好ましくは約42℃〜約43℃の暑熱環境下で、約1〜約12時間、好ましくは約2〜約6時間熱曝露させることにより作製することができる。
【0010】
本発明の検査方法に用いられる試料としては、被験対象である上記哺乳動物から採取されるものであって、検出対象である遺伝子産物(例、RNA、蛋白質、その分解産物など)を含有するものであれば特に制限されない。例えば、全血、血球成分、血漿、血清、リンパ液、脳脊髄液、精液、尿、汗、唾液、関節液等の体液もしくはそのフラクション、粘膜、生検により得られる細胞もしくは組織標本などが挙げられる。迅速且つ簡便に採取することができ、動物への侵襲が少ないなどの点から、血液(例:末梢血)、リンパ球等が特に好ましいが、それらに限定されない。
【0011】
本発明の検査方法は、上記した哺乳動物から採取した試料における、熱射病と相関して発現が変動する1以上の遺伝子(すなわち、熱射病マーカー遺伝子)の発現を測定することを特徴とする。「熱射病と相関して発現が変動する」とは、熱射病に罹患した哺乳動物において発現が実質的に増加または減少する傾向が、統計学上有意に認められることをいう。尚、「実質的に増加または減少」とは、熱射病に罹患した動物と正常の動物との間で、後記実施例に記載されるデータ解析を実施した場合に、“Change Call” がI(Increase)またはD(Decrease)と判定されることをいい、それ以外(MI、NCまたはMD)と判定される場合には、実質的に変動しないとみなすものとする。
【0012】
具体的には、熱射病と相関して発現が変動する遺伝子として、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む90種の遺伝子(14種のESTを含む)が挙げられる。これらのうち、配列番号nI(nIは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75および76-82の偶数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む43種の遺伝子(3種のESTを含む)は、熱射病に罹患した哺乳動物において発現が実質的に増加する遺伝子であり、配列番号nD(nDは84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む47種の遺伝子(11種のESTを含む)は、熱射病に罹患した哺乳動物において発現が実質的に減少する遺伝子である。
【0013】
配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される各塩基配列は、公共のデータベースに登録されたマウス遺伝子のcDNAもしくはESTの配列である(表1〜4にaccession番号を示す)。ここで「配列番号nに示される塩基配列と実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子」とは、配列番号nに示される塩基配列を含むマウスcDNAもしくはESTをコードするマウス遺伝子のアレル変異体(例えば、アレル頻度1%未満)や遺伝子多型(例えば、マイナーアレル頻度1%以上)等のように、天然に見出される、配列番号nに示される塩基配列とは完全に一致しないが同一の機能を有するマウス遺伝子を意味する。そのような変異体もしくは多型遺伝子は、通常、配列番号nに示される塩基配列と約90%以上、好ましくは約95%以上、より好ましくは約97%以上、特に好ましくは約98%以上、最も好ましくは約99%以上の相同性を有する塩基配列を含む。本明細書における塩基配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。
【0014】
上述の通り、本発明の検査方法はマウス以外の哺乳動物にも広く適用可能である。したがって、本発明における熱射病マーカー遺伝子は、上記マウス遺伝子だけでなく、他の哺乳動物におけるそれらのオルソログをも包含することは明らかである。この場合、該オルソログとマウス遺伝子との相同性は特に制限されず、高いことが望ましいが、例えば約50%以上、好ましくは約60%以上、より好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約80%、特に好ましくは約90%以上であってよい。他の哺乳動物におけるオルソログは、配列番号nに示される塩基配列自体もしくは公共データベースのaccession番号をクエリーにして、マウス以外の哺乳動物のゲノムおよび/またはcDNAのデータベースに対してBLASTやFASTAを用いて検索をかけるか、あるいはJackson研究所から提供されるMouse Genome Informatics(http://www.informatics.jax.org/)でaccession番号や遺伝子記号/遺伝子名をキーワードにして検索をかけ、ヒットしたデータのMammalian Orthologyの情報にアクセスすることによって、その配列情報を取得することができる(例えば、表1〜4にヒトオルソログのaccession番号を示す)。
【0015】
本発明の検査方法においては、上記90種の熱射病マーカー遺伝子から選ばれる少なくとも1種の遺伝子の発現を調べればよい。好ましくは、上記した90種のうちのいずれか2種以上、さらに好ましくは3種以上、いっそう好ましくは5種以上を検出対象とする方法が挙げられる。
【0016】
哺乳動物から採取した試料における熱射病マーカー遺伝子の発現は、該試料からRNA(例:全RNA、mRNA)画分を調製し、該画分中に含まれる該マーカー遺伝子の転写産物を検出することにより調べることができる。RNA画分の調製は、グアニジン-CsCl超遠心法、AGPC法など公知の手法を用いて行うことができるが、市販のRNA抽出用キット(例:RNeasy Mini Kit; QIAGEN製等)を用いて、微量試料から迅速且つ簡便に高純度の全RNAを調製することができる。RNA画分中の熱射病マーカー遺伝子の転写産物を検出する手段としては、例えば、ハイブリダイゼーション(ノーザンブロット、ドットブロット、DNAチップ解析等)を用いる方法、あるいはPCR(RT-PCR、競合PCR、リアルタイムPCR等)を用いる方法などが挙げられる。微量試料から迅速且つ簡便に定量性よく熱射病マーカー遺伝子の発現変動を検出できる点で競合PCRやリアルタイムPCRなどの定量的PCR法が、また、複数のマーカー遺伝子の発現変動を一括検出することができ、検出方法の選択によって定量性も向上させ得るなどの点でDNAチップ解析が好ましい。
【0017】
ノーザンブロットまたはドットブロットハイブリダイゼーションによる場合、熱射病マーカー遺伝子の検出は、該遺伝子の転写産物とハイブリダイズし得る核酸(プローブ)を用いて行うことができる。そのような核酸としては、熱射病マーカー遺伝子の転写産物、即ち、(i)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を有する核酸(センス鎖=コード鎖)とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸が挙げられる。「ハイストリンジェントな条件」とは、配列番号nに示される各塩基配列を有する核酸と、オーバーラップする領域において約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上の相補性を有する塩基配列を有する核酸とがハイブリダイズし得る条件をいい、例えば、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)中45℃でのハイブリダイゼーション反応の後、0.2×SSC/0.1% SDS中65℃での一回以上の洗浄などが挙げられる。当業者は、ハイブリダイゼーション溶液の塩濃度、ハイブリダゼーション反応の温度、プローブ濃度、プローブの長さ、ミスマッチの数、ハイブリダイゼーション反応の時間、洗浄液の塩濃度、洗浄の温度等を適宜変更することにより、所望のストリンジェンシーに容易に調節することができる。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAが挙げられる。
【0018】
プローブとして用いられる核酸は、二本鎖であっても一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。一本鎖の場合は、アンチセンス鎖を用いることができる。該核酸の長さは標的核酸と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、例えば約15塩基以上、好ましくは約30塩基以上である。該核酸は、標的核酸の検出・定量を可能とするために、標識剤により標識されていることが好ましい。標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、〔32P〕、〔3H〕、〔14C〕などが用いられる。酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。さらに、プローブと標識剤との結合にビオチン-(ストレプト)アビジンを用いることもできる。
【0019】
ノーザンハイブリダイゼーションによる場合は、上記のようにして調製したRNA画分をゲル電気泳動にて分離した後、ニトロセルロース、ナイロン、ポリビニリデンジフロリド等のメンブレンに転写し、上記のようにして調製された標識プローブを含むハイブリダイゼーション緩衝液中、上記「ハイストリンジェントな条件下で」ハイブリダイゼーションさせた後、適当な方法でメンブレンに結合した標識量をバンド毎に測定することにより、各熱射病マーカー遺伝子の発現量を測定することができる。ドットブロットの場合も、RNA画分をスポットしたメンブレンを同様にハイブリダイゼーション反応に付し(各熱射病マーカー遺伝子についてそれぞれ行う)、スポットの標識量を測定することにより、各マーカー遺伝子の発現量を測定することができる。
【0020】
DNAチップ解析による場合、例えば、上記のようにして調製したRNA画分から、逆転写反応によりT7プロモーター等の適当なプロモーターを導入したcDNAを合成し、さらにRNAポリメラーゼを用いてcRNAを合成する(この時ビオチンなどで標識したモノヌクレオチドを基質として用いることにより、標識されたcRNAが得られる)。この標識cRNAを、上記したプローブを固相化したチップと接触させてハイブリダイゼーション反応させ、固相上の各プローブに結合した標識量を測定することにより、各熱射病マーカー遺伝子の発現量を測定することができる。当該方法は、検出する熱射病マーカー遺伝子(従って、固相化されるプローブ)の数が多くなるほど、迅速性および簡便性の面で有利である。
【0021】
別の好ましい実施態様によれば、熱射病マーカー遺伝子の発現を測定する方法として定量的PCR法が用いられる。定量的PCRとしては、例えば、競合PCRやリアルタイムPCRなどがある。
PCRにおいてプライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドのセットとしては、各熱射病マーカー遺伝子転写産物のセンス鎖(コード鎖)およびアンチセンス鎖(非コード鎖)とそれぞれ特異的にハイブリダイズすることができ、それらに挟まれるDNA断片を増幅し得るものであれば特に制限はなく、例えば、各々約15〜約100塩基、好ましくは各々約15〜約50塩基の長さを有し、約100bp〜数kbpのDNA断片を増幅するようにデザインされたオリゴDNAのセットが挙げられる。より具体的には、プライマーとして用いられるオリゴヌクレオチドのセットとしては、(i)配列番号nに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を有する核酸(センス鎖)とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を有する核酸(アンチセンス鎖)とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸が挙げられる。ここで「ハイストリンジェントな条件」とは前記と同義である。
【0022】
競合RT-PCRとは、目的のDNAを増幅し得るプライマーのセットにより増幅され得る既知量の他の鋳型核酸をcompetitorとして反応液中に共存させて競合的に増幅反応を起こさせ、増幅産物の量を比較することにより、目的DNAの量を算出する方法をいう。したがって、競合RT-PCRによる場合、上記したプライマーセットに加えて、該プライマーセットで増幅でき、増幅後に標的核酸(すなわち、熱射病マーカー遺伝子の転写産物)の増幅産物と区別することができる(例えば、増幅サイズが異なる、制限酵素処理断片の泳動パターンが異なるなど)既知量のcompetitor核酸が用いられる。標的核酸とcompetitor核酸とはプライマーを奪い合って増幅が競合的に起こるので、増幅産物の量比が元の鋳型の量比を反映することになる。competitor核酸はDNAでもRNAでもよい。DNAの場合、上記のようにして調製されるRNA画分から逆転写反応によりcDNAを合成した後に、上記プライマーセットおよびcompetitorの共存下でPCRを行えばよく、RNAの場合は、RNA画分にcompetitorを添加して逆転写反応を行い、さらに上記プライマーセットを添加してPCRを実施すればよい。後者の場合、逆転写反応の効率も考慮に入れているので、元のmRNAの絶対量を推定することができる。
【0023】
一方、リアルタイムPCRは、蛍光試薬を用いて増幅量をリアルタイムでモニタリングする方法であり、サーマルサイクラーと分光蛍光光度計を一体化した装置を必要とする。このような装置は市販されている。用いる蛍光試薬によりいくつかの方法があり、例えば、インターカレンター法、TaqManTMプローブ法、Molecular Beacon法等が挙げられる。いずれも、上記のようにして調製されるRNA画分から逆転写反応によりcDNAを合成した後に、上記プライマーセットとSYBR Green I、エチジウムブロマイド等の二本鎖DNAに結合することにより蛍光を発する試薬(インターカレーター)、上記プローブとして用いることができる核酸(但し、該核酸は増幅領域内で標的核酸にハイブリダイズする)の両端をそれぞれ蛍光物質(例:FAM、HEX、TET、FITC等)および消光物質(例:TAMRA、DABCYL等)で修飾したもの(TaqManTMプローブまたはMolecular Beaconプローブ)などの蛍光試薬(プローブ)とを、それぞれPCR反応系に添加するというものである。インターカレーターは合成された二本鎖DNAに結合して励起光の照射により蛍光を発するので、蛍光強度を測定することにより増幅産物の生成量をモニタリングすることができ、それによって元の鋳型cDNA量を推定することができる。TaqManTMプローブは両端を蛍光物質と消光物質をそれぞれで修飾した、標的核酸の増幅領域にハイブリダイズし得るオリゴヌクレオチドであり、アニーリング時に標的核酸にハイブリダイズするが消光物質の存在により蛍光を発せず、伸長反応時にDNAポリメラーゼのエキソヌクレアーゼ活性により分解されて蛍光物質が遊離することにより蛍光を発する。従って、蛍光強度を測定することにより増幅産物の生成量をモニタリングすることができ、それによって元の鋳型cDNA量を推定することができる。Molecular Beaconプローブは両端を蛍光物質と消光物質をそれぞれで修飾した、標的核酸の増幅領域にハイブリダイズし得るとともにヘアピン型二次構造をとり得るオリゴヌクレオチドであり、ヘアピン構造をとっている時は消光物質の存在により蛍光を発せず、アニーリング時に標的核酸にハイブリダイズして蛍光物質と消光物質との距離が広がることにより蛍光を発する。従って、蛍光強度を測定することにより増幅産物の生成量をモニタリングすることができ、それによって元の鋳型cDNA量を推定することができる。リアルタイムRT-PCRは、PCRの増幅量をリアルタイムでモニタリングできるので、電気泳動が不要で、より迅速に熱射病マーカー遺伝子の発現を解析可能である。
【0024】
あるいは、哺乳動物から採取した試料における熱射病マーカー遺伝子の発現は、該試料から蛋白質画分を調製し、該画分中に含まれる該マーカー遺伝子の翻訳産物(即ち、マーカー蛋白質)を検出することにより調べることができる。マーカー蛋白質の検出は、各蛋白質に対する抗体を用いて、免疫学的測定法(例:ELISA、FIA、RIA、ウェスタンブロット等)によって行うこともできるし、酵素などの測定可能な生理活性を示す蛋白質においては、該生理活性を、各マーカー蛋白質について公知の手法を用いて測定することによっても行い得る。あるいはまた、マーカー蛋白質の検出は、MALDI-TOFMS等の質量分析法を用いても行うことができる。
尚、各マーカー蛋白質に対する抗体は、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質あるいはその部分ペプチド、より具体的には、配列番号n(nは2-40の偶数、43-71の奇数、74、77-83の奇数、86、89-93の奇数、97、100、103-109の奇数、112、115-121の奇数および126-166の偶数)に示されるアミノ酸配列もしくは配列番号42、72、75、84、87、94、95、98、101、110、113、122、123および124に示される塩基配列にコードされる部分アミノ酸配列と、同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列もしくは部分アミノ酸配列を含む蛋白質または該蛋白質の他の哺乳動物におけるオルソログあるいはその部分ペプチドを感作抗原として、通常使用されるポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体作製技術に従って取得することができる。
【0025】
個々の免疫学的測定法を本発明の検査方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要とされない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えて熱射病マーカー蛋白質の測定系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説、成書などを参照することができる。例えば、入江寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」 Vol. 70(Immunochemical Techniques(Part A))、 同書 Vol. 73(Immunochemical Techniques(Part B))、 同書 Vol. 74(Immunochemical Techniques(Part C))、 同書 Vol. 84(Immunochemical Techniques(Part D : Selected Immunoassays))、 同書 Vol. 92(Immunochemical Techniques(Part E : Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、 同書 Vol. 121(Immunochemical Techniques(Part I : Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies))(以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
【0026】
前述のとおり、本発明の熱射病マーカー遺伝子のうち、配列番号nI(nIは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75および76-82の偶数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む43種の遺伝子(3種のESTを含む)は、熱射病に罹患した哺乳動物において発現が実質的に増加する遺伝子(以下、「増加遺伝子」と略記する場合がある。また、増加遺伝子群を「遺伝子群1」という場合がある)であり、配列番号nD(nDは84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む47種の遺伝子(11種のESTを含む)は、熱射病に罹患した哺乳動物において発現が実質的に減少する遺伝子(以下、「減少遺伝子」と略記する場合がある。また、減少遺伝子群を「遺伝子群2」という場合がある)である。したがって、上記のようにして、熱射病マーカー遺伝子の発現を調べた結果、増加遺伝子の発現が正常と比べて実質的に増加していた場合、および/または減少遺伝子の発現が正常と比べて実質的に減少していた場合、被験対象である哺乳動物は熱射病を発症しているか、発症する可能性が高いと判定することができる。ここで「実質的に増加」「実質的に減少」とは前記と同義である。
【0027】
検出対象として複数の熱射病マーカー遺伝子を選択した場合、熱射病への罹患の有無を判定する基準は特に制限されない。例えば、(1) 検出対象であるすべての熱射病マーカー遺伝子について発現が実質的に増加または減少する場合に熱射病であると判定し、いずれかの熱射病マーカー遺伝子について実質的に発現が変動しない(ここで「実質的に発現が変動しない」とは上記と同義である)場合に熱射病ではないと判定する方法、(2) 検出対象であるすべての熱射病マーカー遺伝子について実質的に発現が変動しない場合に熱射病ではないと判定し、いずれかの熱射病マーカー遺伝子について実質的に発現が増加または減少する場合に熱射病であると判定する方法、(3) 検出対象であるn個の熱射病マーカー遺伝子のうち一定数(例えば、2〜(n-1)個)以上について、実質的に発現が増加または減少する場合に熱射病であると判定する方法などが挙げられる。しかしながら、上記(1)の方法によれば、偽陰性の出現頻度が多くなり、相当数の熱射病患者が見落とされるという欠点がある。一方、(2)の方法によれば、偽陽性の出現頻度が多くなり、やはり正確な診断ができない可能性がある。
【0028】
上記のような問題を回避し、熱射病をより高精度に判定するための判定基準として、例えば、WO 2006/088226号に記載される平均変動率を採用することができる。例えば、各マーカー遺伝子について、熱射病を発症するのに十分な程度動物を熱曝露したときと曝露しなかったときとでそれぞれ発現量を測定し、曝露したときに発現量が増加した場合はその倍率(例えば、2倍に増加した場合は2)を、減少した場合はその倍率の逆数(例えば、1/2に減少した場合は2)を、それぞれの遺伝子についての発現変動率(X)とし、全マーカー遺伝子(n個)の発現変動率の平均値を平均変動率と定義する(下式)。
[平均変動率]=m+m+・・・+m
(但し、m+m+・・・+m=1)
上式においてm(i=1〜n)は各遺伝子の重みを表す。重みに特に制限はないが、好ましくはm×n=0.2〜5であり、例えば、全て同じ重み(m=1/n)が挙げられる。
熱曝露群および非曝露群より採取した試料において、選択された1以上の熱射病マーカー遺伝子の発現変動を検出し、該マーカー遺伝子の発現の平均変動率と、現実の熱射病発症の有無とを比較する。比較の結果、熱射病発症の有無を約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上の確率で正しく判定することができる平均変動率の値を求め、これを基準値とする。被験対象より採取した試料において同様に熱射病マーカー遺伝子の発現変動を検出、該マーカー遺伝子の発現の平均変動率を計算し、これを基準値と比較して、計算値が基準値を上回った場合に被験対象である哺乳動物は熱射病を発症しているか、発症する可能性が高いと判定することができる。
【0029】
上記の判定手法は単なる一例として挙げたものであり、当業者は他の任意の判定基準を適宜選択して用いることができる。
【0030】
本発明の熱射病マーカー遺伝子は、単に、熱射病において正常と比較して発現が変動するというだけでなく、熱射病により死亡するものと生存するものとの間で、遺伝子発現の推移に顕著な相違が認められることを特徴とする。即ち、上記増加遺伝子群(遺伝子群1)のうち、配列番号nIH(nIHは1-41の奇数、)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログは、生存群より死亡群で発現がより増加する遺伝子群であり(以下、「遺伝子群1-A」という)、配列番号nIL(nILは42-72の偶数、73、75および76-82の偶数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログは、生存群より死亡群で発現が相対的に低下する遺伝子群である(以下、「遺伝子群1-B」という)。また、上記減少遺伝子群(遺伝子群2)のうち、配列番号nDH(nDHは84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログは、生存群より死亡群で発現が相対的に増加する遺伝子群であり(以下、「遺伝子群2-C」という)、配列番号nDL(nDLは127-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログは、生存群より死亡群で発現がより低下する遺伝子群である(以下、「遺伝子群2-D」という)。したがって、本発明の熱射病マーカー遺伝子の発現変動を指標とする本発明の検査方法は、熱射病の罹患の有無だけでなく、熱射病における生命予後の予測にも適用することができる。
【0031】
例えば、熱射病を発症するのに十分な程度動物を熱曝露した後、該動物から時系列的に試料を採取し、各試料における遺伝子群1-Aの1種以上の遺伝子の発現を測定し、死亡群と生存群との間でその発現の推移を比較し、両者の発現レベルに有意差が生じる時期や死亡群と生存群とを区別しうる発現レベル等を予め決定しておく。次に、被験対象から採取した試料における該遺伝子の発現を同様に測定し、該発現レベルが上記死亡群と生存群とを区別しうる発現レベルよりも高い場合に、該被験対象は死に至る可能性が高いと予測することができる。臨床の現場においては、熱射病の発症時期を特定することが困難な場合も多いので、被験対象から時系列的に試料を採取し、検出対象である遺伝子の発現の推移から、生命予後の診断を下すのがより望ましい。
同様に、検出対象として遺伝子群2-Cの遺伝子を用いる場合、被験対象から採取した試料における該遺伝子の発現レベルが、死亡群と生存群とを区別しうる発現レベルよりも高い場合に、該被験対象は死に至る可能性が高いと予測することができる。一方、検出対象として遺伝子群1-Bまたは2-Dの遺伝子を用いる場合は、被験対象から採取した試料における該遺伝子の発現レベルが、死亡群と生存群とを区別しうる発現レベルよりも低い場合に、該被験対象は死に至る可能性が高いと予測することができる。
【0032】
上記生命予後の予測方法を、熱射病に対する治療を施された患者や熱射病治療薬候補化合物を投与された実験動物(例、サル、イヌ、ラット、マウス等)に適用することにより、治療効果の評価を行うことができる。即ち、治療前と治療後に採取した試料における遺伝子群1-Aまたは2-Cの遺伝子(あるいは遺伝子群1-Bまたは2-Dの遺伝子)の発現をそれぞれ測定・比較し、治療前と比較して治療後の遺伝子群1-Aまたは2-Cの遺伝子の発現増加(あるいは遺伝子群1-Bまたは2-Dの遺伝子の発現低下)が抑制される傾向を示せば、治療効果が認められると判定することができる。
【0033】
本発明はまた、上記本発明の検査方法において好ましく使用され得る、熱射病の検査用キットを提供する。該キットは、下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)のいずれかに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を有する核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を有する核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を含有する試薬を1以上含んでなる。該キットが2以上の上記試薬を含む場合、各試薬は互いに異なる熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得るものである。好ましくは、該キットは、2種以上、さらに好ましくは3種以上、いっそう好ましくは5種以上の本発明の熱射病マーカー遺伝子を検出対象とするものである。
【0034】
本発明のキットが前記(a)の核酸を含有する試薬を構成として含む場合、該核酸としては、本発明の検査方法において前記したプローブ用核酸もしくはプライマー用オリゴヌクレオチドが挙げられる。
熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得るプローブとして機能する核酸は、該遺伝子の転写産物の一部もしくは全部を増幅し得る上記プライマーセットを用い、哺乳動物(例:ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等)のあらゆる細胞[例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、線維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくはガン細胞など]もしくはそれらの細胞が存在するあらゆる組織[例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆嚢、骨髄、副腎、皮膚、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、脂肪組織、骨格筋など]由来のcDNAもしくはゲノムDNAを鋳型としてPCR法によって所望の長さの核酸を増幅するか、前記した細胞・組織由来のcDNAもしくはゲノムDNAライブラリーから、コロニーもしくはプラークハイブリダイゼーション等により上記熱射病マーカー遺伝子もしくはcDNAをクローニングし、必要に応じて制限酵素等を用いて適当な長さの断片とすることにより取得することができる。ハイブリダイゼーションは、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)第2版(前述)に記載の方法などに従って行なうことができる。あるいは、該核酸は、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される各塩基配列情報に基づいて、該塩基配列および/またはその相補鎖配列の一部もしくは全部を市販のDNA/RNA自動合成機等を用いて化学的に合成することによっても得ることができる。また、シリコンやガラス等の固相上で該核酸を直接in situ(on chip)合成することにより、該核酸が固相化されたチップを作成することもできる。
【0035】
熱射病マーカー遺伝子の転写産物の一部もしくは全部を増幅し得るプライマーとして機能する核酸は、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される各塩基配列情報に基づいて、該塩基配列およびその相補鎖配列の一部を市販のDNA/RNA自動合成機等を用いて化学的に合成することによって得ることができる。
【0036】
熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得る核酸は、乾燥した状態もしくはアルコール沈澱の状態で、固体として提供することもできるし、水もしくは適当な緩衝液(例:TE緩衝液等)中に溶解した状態で提供することもできる。標識プローブとして用いられる場合、該核酸は予め上記のいずれかの標識物質で標識した状態で提供することもできるし、標識物質とそれぞれ別個に提供され、用時標識して用いることもできる。
あるいは、該核酸は、適当な固相に固定化された状態で提供することもできる。固相としては、例えば、ガラス、シリコン、プラスチック、ニトロセルロース、ナイロン、ポリビニリデンジフロリド等が挙げられるが、これらに限定されない。また、固定化手段としては、予め核酸にアミノ基、アルデヒド基、SH基、ビオチンなどの官能基を導入しておき、一方、固相上にも該核酸と反応し得る官能基(例:アルデヒド基、アミノ基、SH基、ストレプトアビジンなど)を導入し、両官能基間の共有結合で固相と核酸を架橋したり、ポリアニオン性の核酸に対して、固相をポリカチオンコーティングして静電結合を利用して核酸を固定化するなどの方法が挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
核酸プローブが固相に固定化された状態で提供される好ましい一例として、High Throughput Genomics社より提供されるArrayPlateTM等が挙げられる。ArrayPlateTMは96ウェルプレートの各ウェル底面に種々の核酸プローブが規則正しく配置した状態(例、4×4アレイ)で固定化されたものである。プローブとハイブリダイズし得る一端と標的核酸とハイブリダイズし得る他端とを有する核酸をスペーサーとして介在させることで、プローブと標的核酸とのハイブリダイゼーション反応を固相表面上ではなく液相中で行わせることができ、標的核酸の定量的な測定が可能となる。従って、単一のウェルで種々の熱射病マーカー遺伝子の発現変動を同時に一括検出することができ、十分な定量性が得られれば、各マーカー遺伝子の発現変動を別個に検出するリアルタイムPCRよりもさらに効率がよいという利点を有する。
【0038】
キットを構成する各試薬中に含有される核酸は、同一の方法(例:ノーザンブロット、ドットブロット、DNAアレイ技術、定量RT-PCR等)により熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得るように構築されていることが特に好ましい。
本発明のキットの構成として、上記の試薬がそれぞれ別個に提供されるもの[例:核酸が標識プローブ(特にドットブロット解析の場合)やPCR(特にリアルタイム定量PCR)用プライマーとして機能する場合等]、異なる熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得る核酸が同一の試薬中に含有されて提供されるもの[例:核酸がPCR(特に、増幅産物のサイズ等により各マーカー遺伝子を区別し得る場合)や標識プローブ(特に、ノーザンブロット解析で転写産物のサイズにより各マーカー遺伝子を区別し得る場合)として機能する場合等]、あるいは、異なる熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得る核酸が、同一の固相の別個の領域にそれぞれ固定化されて提供されるもの[例:標識cRNA等とのハイブリダイゼーション用プローブとして機能する場合等]などが例示されるが、これらに限定されない。
【0039】
本発明のキットが前記(b)の抗体を含有する試薬を構成として含む場合、該抗体としては、本発明の検査方法において前記した抗体が挙げられる。
熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得る抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。これらの抗体は、自体公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。抗体のアイソタイプは特に限定されないが、好ましくはIgG、IgMまたはIgA、特に好ましくはIgGが挙げられる。また、該抗体は、標的抗原を特異的に認識し結合するための相補性決定領域(CDR)を少なくとも有するものであれば特に制限はなく、完全抗体分子の他、例えばFab、Fab'、F(ab’)2等のフラグメント、scFv、scFv-Fc、ミニボディー、ダイアボディー等の遺伝子工学的に作製されたコンジュゲート分子、あるいはポリエチレングリコール(PEG)等の蛋白質安定化作用を有する分子等で修飾されたそれらの誘導体などであってもよい。
【0040】
本発明のキットを構成する試薬は、熱射病マーカー遺伝子の発現を検出し得る核酸や抗体に加えて、該遺伝子の発現を検出するための反応において必要な他の物質であって、共存状態で保存することにより反応に悪影響を及ぼさない物質をさらに含有することができる。あるいは、該試薬は、熱射病マーカー遺伝子の発現を検出するための反応において必要な他の物質を含有する別個の試薬とともに提供されてもよい。例えば、熱射病マーカー遺伝子の発現を検出するための反応がPCRの場合、当該他の物質としては、例えば、反応緩衝液、dNTPs、耐熱性DNAポリメラーゼ等が挙げられる。競合PCRやリアルタイムPCRを用いる場合は、competitor核酸や蛍光試薬(上記インターカレーターや蛍光プローブ等)などをさらに含むことができる。また、熱射病マーカー遺伝子の発現を検出するための反応が抗原抗体反応の場合、当該他の物質としては、例えば、反応緩衝液、compeptitor抗体、標識された二次抗体(例えば、一次抗体がウサギ抗ヒト熱射病マーカー抗体の場合、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼ等で標識されたマウス抗ウサギIgGなど)、ブロッキング液等が挙げられる。
【0041】
前述のとおり、本発明の熱射病マーカー遺伝子は、熱射病により死亡するものと生存するものとの間で、遺伝子発現の推移に顕著な相違が認められることを特徴とする。したがって、これらの遺伝子は単なる熱射病の診断マーカーおよび生命予後予測マーカーではなく、熱射病において生死を決定づける遺伝子の候補でもあり、また、熱射病の有望な治療ターゲット候補でもある。
すなわち、本発明はまた、哺乳動物における、(I)配列番号m(mは1-41の奇数、84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログ(即ち、遺伝子群1-Aおよび2-C;これらの遺伝子は生存群に比べて死亡群で発現が相対的に増加するので、該遺伝子産物は熱射病の増悪因子の候補である。以下、これら2群に属する遺伝子を「増悪候補遺伝子」という場合がある)から選ばれる遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制するか、あるいは(II)配列番号k(kは42-72の偶数、73、75、76-82の偶数および127-165の偶数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログ(即ち、遺伝子群1-Bおよび2-D;これらの遺伝子は生存群に比べて死亡群で発現が相対的に低下するので、該遺伝子産物は熱射病からの保護因子の候補である。以下、これら2群に属する遺伝子を「保護候補遺伝子」という場合がある)の発現またはそれらの産物の活性を増強することによる、該動物における熱射病の治療方法を提供する。
【0042】
具体的には、上記(I)の方法は、遺伝子群1-Aおよび2-Cから選ばれる遺伝子(増悪候補遺伝子)の発現またはそれらの産物の活性を抑制する物質を、熱射病の治療を必要とする哺乳動物に投与することを含む。したがって、本発明はまた、いずれかの増悪候補遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制する物質を含有してなる、熱射病治療剤を提供する。
【0043】
本発明において「増悪候補遺伝子の発現を抑制する物質」とは、増悪候補遺伝子の転写レベル、転写後調節のレベル、蛋白質への翻訳レベル、翻訳後修飾のレベル等のいかなる段階で作用するものであってもよい。従って、増悪候補遺伝子の発現を抑制する物質としては、例えば、該遺伝子の転写を阻害する物質、初期転写産物からmRNAへのプロセッシングを阻害する物質、mRNAの細胞質への輸送を阻害する物質、mRNAの分解を促進する物質、mRNAから蛋白質への翻訳を阻害する物質、初期翻訳産物の翻訳後修飾を阻害する物質などが含まれる。いずれの段階で作用するものであっても好ましく用いることができるが、蛋白質の産生を直接的に阻害するという意味では、mRNAから蛋白質への翻訳を阻害する物質が好ましい。
【0044】
増悪候補遺伝子のmRNAから蛋白質への翻訳を特異的に阻害する物質として、好ましくは、該mRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸が挙げられる。
【0045】
目的核酸の標的領域と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列を含む核酸、即ち、目的核酸とハイブリダイズすることができる核酸は、該目的核酸に対して「アンチセンス」であるということができる。ここで「実質的に相補的である」とは、塩基配列間で約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の相補性を有することをいう。
【0046】
好ましくは、増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列としては、配列番号m(mは1-41の奇数、84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)に示される塩基配列を含むmRNAまたは該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログのmRNAとハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列である。ハイストリンジェントな条件としては、本発明の検査方法において前記したと同様の条件が挙げられる。
【0047】
「増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列の一部」とは、該mRNAに特異的に結合することができ、且つ該mRNAからの蛋白質の翻訳を阻害し得るものであれば、その長さや位置に特に制限はないが、配列特異性の面から、標的配列に相補的もしくは実質的に相補的な部分を少なくとも10塩基以上、好ましくは約15塩基以上、より好ましくは約20塩基以上含むものである。
【0048】
具体的には、増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸(以下、「増悪候補遺伝子に対するアンチセンス核酸」、「本発明のアンチセンス核酸」ともいう)として、以下の(i)〜(iii)のいずれかのものが好ましく例示される。
(i) 増悪候補遺伝子のmRNAに対するアンチセンス核酸(=狭義のアンチセンス核酸)
(ii) 増悪候補遺伝子のmRNAに対するsiRNA
(iii) 増悪候補遺伝子のmRNAに対するsiRNAを生成し得る核酸
【0049】
(i) 増悪候補遺伝子のmRNAに対する(狭義の)アンチセンス核酸
本発明における、増悪候補遺伝子のmRNAに対する「狭義の」アンチセンス核酸とは、該mRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸であって、標的mRNAと特異的かつ安定した二重鎖を形成して結合することにより、蛋白質合成を抑制する機能を有するものである(以下、本項目(i)において「本発明のアンチセンス核酸」という場合は、狭義の増悪候補遺伝子に対するアンチセンス核酸を意味し、それ以外の部分で「本発明のアンチセンス核酸」という場合は、特に断らない限り、増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸を包括的に指す用語として用いられる)。
アンチセンス核酸は、2-デオキシ-D-リボースを含有しているポリデオキシリボヌクレオチド、D-リボースを含有しているポリリボヌクレオチド、プリンまたはピリミジン塩基のN-グリコシドであるその他のタイプのポリヌクレオチド、非ヌクレオチド骨格を有するその他のポリマー(例えば、市販の蛋白質核酸および合成配列特異的な核酸ポリマー)または特殊な結合を含有するその他のポリマー(但し、該ポリマーはDNAやRNA中に見出されるような塩基のペアリングや塩基の付着を許容する配置をもつヌクレオチドを含有する)などが挙げられる。それらは、二本鎖DNA、一本鎖DNA、二本鎖RNA、一本鎖RNA、DNA:RNAハイブリッドであってもよく、さらに非修飾ポリヌクレオチド(または非修飾オリゴヌクレオチド)、公知の修飾の付加されたもの、例えば当該分野で知られた標識のあるもの、キャップの付いたもの、メチル化されたもの、1個以上の天然のヌクレオチドを類縁物で置換したもの、分子内ヌクレオチド修飾のされたもの、例えば非荷電結合(例えば、メチルホスホネート、ホスホトリエステル、ホスホルアミデート、カルバメートなど)を持つもの、電荷を有する結合または硫黄含有結合(例、ホスホロチオエート、ホスホロジチオエートなど)を持つもの、例えば蛋白質(例、ヌクレアーゼ、ヌクレアーゼ・インヒビター、トキシン、抗体、シグナルペプチド、ポリ-L-リジンなど)や糖(例、モノサッカライドなど)などの側鎖基を有しているもの、インターカレント化合物(例、アクリジン、ソラレンなど)を持つもの、キレート化合物(例えば、金属、放射活性をもつ金属、ホウ素、酸化性の金属など)を含有するもの、アルキル化剤を含有するもの、修飾された結合を持つもの(例えば、α-アノマー型の核酸など)であってもよい。ここで「ヌクレオシド」、「ヌクレオチド」および「核酸」とは、プリンおよびピリミジン塩基を含有するのみでなく、修飾されたその他の複素環型塩基をもつようなものを含んでいて良い。このような修飾物は、メチル化されたプリンおよびピリミジン、アシル化されたプリンおよびピリミジン、あるいはその他の複素環を含むものであってよい。修飾されたヌクレオシドおよび修飾されたヌクレオチドはまた糖部分が修飾されていてよく、例えば、1個以上の水酸基がハロゲンとか、脂肪族基などで置換されていたり、またはエーテル、アミンなどの官能基に変換されていてよい。
【0050】
上記の通り、アンチセンス核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。アンチセンス核酸がDNAの場合、標的RNAとアンチセンスDNAとによって形成されるRNA:DNAハイブリッドは、内在性RNase Hに認識されて標的RNAの選択的な分解を引き起こすことができる。したがって、RNase Hによる分解を指向するアンチセンスDNAの場合、標的配列は、mRNA中の配列だけでなく、増悪候補遺伝子の初期翻訳産物におけるイントロン領域の配列であってもよい。ヒトやマウスにおいては増悪候補遺伝子の染色体上の位置が明らかとなっているので、該遺伝子が存在する領域のゲノム配列と、増悪候補遺伝子のcDNA(もしくはEST)塩基配列とをBLAST、FASTA等のホモロジー検索プログラムを用いて比較して、イントロン配列を決定することができる。
【0051】
本発明のアンチセンス核酸の標的領域は、該アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、結果として増悪候補遺伝子産物である蛋白質への翻訳が阻害されるものであればその長さに特に制限はなく、これら蛋白質をコードするmRNAの全配列であっても部分配列であってもよく、短いもので約10塩基程度、長いものでmRNAもしくは初期転写産物の全配列が挙げられる。合成の容易さや抗原性、細胞内移行性の問題等を考慮すれば、約10〜約40塩基、特に約15〜約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましいが、それに限定されない。具体的には、増悪候補遺伝子の5'端ヘアピンループ、5'端6−ベースペア・リピート、5'端非翻訳領域、翻訳開始コドン、蛋白質コード領域、ORF翻訳終止コドン、3'端非翻訳領域、3'端パリンドローム領域または3'端ヘアピンループなどが、アンチセンス核酸の好ましい標的領域として選択しうるが、それらに限定されない。
【0052】
さらに、本発明のアンチセンス核酸は、増悪候補遺伝子のmRNAや初期転写産物とハイブリダイズして蛋白質への翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAであるこれらの遺伝子と結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、RNAへの転写を阻害し得るもの(アンチジーン)であってもよい。
【0053】
アンチセンス核酸を構成するヌクレオチド分子は、天然型のDNAもしくはRNAでもよいが、安定性(化学的および/または対酵素)や比活性(RNAとの親和性)を向上させるために、種々の化学修飾を含むことができる。例えば、ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、アンチセンス核酸を構成する各ヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネートなどの化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各ヌクレオチドの糖(リボース)の2'位の水酸基を、-OR(Rは、例えばCH3(2'-O-Me)、CH2CH2OCH3(2'-O-MOE)、CH2CH2NHC(NH)NH2、CH2CONHCH3、CH2CH2CN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられる。
【0054】
RNAの糖部のコンフォーメーションはC2'-endo(S型)とC3'-endo(N型)の2つが支配的であり、一本鎖RNAではこの両者の平衡として存在するが、二本鎖を形成するとN型に固定される。したがって、標的RNAに対して強い結合能を付与するために、2'酸素と4’炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したRNA誘導体であるBNA(LNA)(Imanishi, T. et al., Chem. Commun., 1653-9, 2002; Jepsen, J.S. et al., Oligonucleotides, 14, 130-46, 2004)やENA(Morita, K. et al., Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids, 22, 1619-21, 2003)もまた、好ましく用いられ得る。
【0055】
本発明のアンチセンスオリゴヌクレオチドは、増悪候補遺伝子のcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいてmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機(アプライド・バイオシステムズ社、ベックマン社等)を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製することができる。また、上記した各種修飾を含むアンチセンス核酸も、いずれも自体公知の手法により、化学的に合成することができる。
【0056】
(ii) 増悪候補遺伝子のmRNAに対するsiRNA
本明細書においては、増悪候補遺伝子のmRNAに相補的なオリゴRNAとその相補鎖とからなる二本鎖RNA、いわゆるsiRNAもまた、増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸に包含されるものとして定義される。短い二本鎖RNAを細胞内に導入するとそのRNAに相補的なmRNAが分解される、いわゆるRNA干渉(RNAi)と呼ばれる現象は、以前から線虫、昆虫、植物等で知られていたが、この現象が動物細胞でも広く起こることが確認されて以来[Nature, 411(6836): 494-498 (2001)]、リボザイムの代替技術として汎用されている。siRNAは標的となるmRNAの塩基配列情報に基づいて、市販のソフトウェア(例:RNAi Designer; Invitrogen)を用いて適宜設計することができる。
【0057】
siRNAを構成するリボヌクレオシド分子もまた、安定性、比活性などを向上させるために、上記のアンチセンス核酸の場合と同様の修飾を受けていてもよい。但し、siRNAの場合、天然型RNA中のすべてのリボヌクレオシド分子を修飾型で置換すると、RNAi活性が失われる場合があるので、RISC複合体が機能できる最小限の修飾ヌクレオシドの導入が必要である。
【0058】
siRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖及びアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90〜約95℃で約1分程度変性させた後、約30〜約70℃で約1〜約8時間アニーリングさせることにより調製することができる。また、siRNAの前駆体となるショートヘアピンRNA(shRNA)を合成し、これをダイサー(dicer)を用いて切断することにより調製することもできる。
【0059】
(iii)増悪候補遺伝子のmRNAに対するsiRNAを生成し得る核酸
本明細書においては、生体内で上記の増悪候補遺伝子のmRNAに対するsiRNAを生成し得るようにデザインされた核酸もまた、増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸に包含されるものとして定義される。そのような核酸としては、上記したshRNAやそれを発現するように構築された発現ベクターなどが挙げられる。shRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖およびアンチセンス鎖を適当なループ構造を形成しうる長さ(例えば15から25塩基程度)のスペーサー配列を間に挿入して連結した塩基配列を含むオリゴRNAをデザインし、これをDNA/RNA自動合成機で合成することにより調製することができる。shRNAの発現カセットを含む発現ベクターは、上記shRNAをコードする二本鎖DNAを常法により作製した後、適当な発現ベクター中に挿入することにより調製することができる。shRNAの発現ベクターとしては、U6やH1などのPol III系プロモーターを有するものが用いられ得る。この場合、該発現ベクターを導入された動物細胞内で転写されたshRNAは、自身でループを形成した後に、内在の酵素ダイサー(dicer)などによってプロセシングされることにより成熟siRNAが形成される。
【0060】
増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸の他の好ましい例としては、該mRNAをコード領域の内部で特異的に切断し得るリボザイムが挙げられる。「リボザイム」とは、狭義には、核酸を切断する酵素活性を有するRNAをいうが、本明細書では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する概念として用いるものとする。リボザイムとして最も汎用性の高いものとしては、ウイロイドやウイルソイド等の感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型等が知られている。ハンマーヘッド型は約40塩基程度で酵素活性を発揮し、ハンマーヘッド構造をとる部分に隣接する両端の数塩基ずつ(合わせて約10塩基程度)をmRNAの所望の切断部位と相補的な配列にすることにより、標的mRNAのみを特異的に切断することが可能である。このタイプのリボザイムは、RNAのみを基質とするので、ゲノムDNAを攻撃することがないというさらなる利点を有する。増悪候補遺伝子 mRNAが自身で二本鎖構造をとる場合には、RNAヘリカーゼと特異的に結合し得るウイルス核酸由来のRNAモチーフを連結したハイブリッドリボザイムを用いることにより、標的配列を一本鎖にすることができる[Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98(10): 5572-5577 (2001)]。さらに、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、転写産物の細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001)]。
【0061】
増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸は、リポソーム、ミクロスフェアのような特殊な形態で供与されたり、遺伝子治療に適用されたり、付加された形態で与えられることができうる。こうして付加形態で用いられるものとしては、リン酸基骨格の電荷を中和するように働くポリリジンのようなポリカチオン体、細胞膜との相互作用を高めたり、核酸の取込みを増大せしめるような脂質(例、ホスホリピド、コレステロールなど)などの疎水性のものが挙げられる。付加するに好ましい脂質としては、コレステロールやその誘導体(例、コレステリルクロロホルメート、コール酸など)が挙げられる。こうしたものは、核酸の3'端または5'端に付着させることができ、塩基、糖、分子内ヌクレオシド結合を介して付着させることができうる。その他の基としては、核酸の3'端または5'端に特異的に配置されたキャップ用の基で、エキソヌクレアーゼ、RNaseなどのヌクレアーゼによる分解を阻止するためのものが挙げられる。こうしたキャップ用の基としては、ポリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなどのグリコールをはじめとした当該分野で知られた水酸基の保護基が挙げられるが、それに限定されるものではない。
【0062】
これらの核酸の蛋白質発現阻害活性は、増悪候補遺伝子を導入した形質転換体、生体内や生体外の遺伝子発現系、または生体内や生体外の蛋白質翻訳系を用いて調べることができる。
【0063】
本発明における増悪候補遺伝子の発現を抑制する物質は、上記のような増悪候補遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含む核酸に限定されず、増悪候補遺伝子蛋白質の産生を直接的または間接的に阻害する限り、低分子化合物などの他の物質であってもよい。そのような物質は、例えば、後述する本発明のスクリーニング方法により取得することができる。
【0064】
本発明において「増悪候補遺伝子産物の活性を抑制する物質」とは、いったん機能的に産生された増悪候補遺伝子産物の生理機能を抑制する限り、いかなるものであってもよい。具体的には、増悪候補遺伝子産物の活性を抑制する物質として、例えば、増悪候補遺伝子産物である蛋白質に対する中和抗体が挙げられる。該抗体はポリクローナル抗体、モノクローナル抗体の何れであってもよい。これらの抗体は、自体公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。
好ましい一実施態様において、増悪候補遺伝子産物に対する抗体はヒトを投与対象とする医薬品として使用されることから、該抗体(好ましくはモノクローナル抗体)はヒトに投与した場合に抗原性を示す危険性が低減された抗体、具体的には、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、マウス−ヒトキメラ抗体などであり、特に好ましくは完全ヒト抗体である。ヒト化抗体およびキメラ抗体は、常法に従って遺伝子工学的に作製することができる。また、完全ヒト抗体は、ヒト−ヒト(もしくはマウス)ハイブリドーマより製造することも可能ではあるが、大量の抗体を安定に且つ低コストで提供するためには、ヒト抗体産生マウスやファージディスプレイ法を用いて製造することが望ましい。
【0065】
別の好ましい態様においては、増悪候補遺伝子産物の活性を阻害する物質は、該産物に対してアンタゴニスト活性を示す低分子化合物である。そのような化合物は、例えば、後述する本発明のスクリーニング法を用いて取得することができる。
【0066】
本発明のアンチセンス核酸を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤型の医薬組成物として、ヒトまたは他の哺乳動物(例、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
【0067】
本発明のアンチセンス核酸を上記熱射病の治療剤などの医薬として使用する場合、自体公知の方法に従って製剤化し、投与することができる。即ち、本発明のアンチセンス核酸を、単独あるいはレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターなどの適当な哺乳動物細胞用の発現ベクターに機能可能な態様で挿入した後、常套手段に従って製剤化することができる。該核酸は、そのままで、あるいは摂取促進のための補助剤とともに、遺伝子銃やハイドロゲルカテーテルのようなカテーテルによって投与することができる。あるいは、エアロゾル化して吸入剤として気管内に局所投与することもできる。
さらに、体内動態の改良、半減期の長期化、細胞内取り込み効率の改善を目的に、前記核酸を単独またはリポソームなどの担体とともに製剤(注射剤)化し、静脈、皮下等に投与してもよい。
【0068】
本発明のアンチセンス核酸は、それ自体を投与してもよいし、または適当な医薬組成物として投与してもよい。投与に用いられる医薬組成物としては、本発明のアンチセンス核酸と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものであってよい。このような医薬組成物は、経口または非経口投与に適する剤形として提供される。
【0069】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。このような注射剤は、公知の方法に従って調製できる。注射剤の調製方法としては、例えば、上記本発明のアンチセンス核酸を通常注射剤に用いられる無菌の水性液、または油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製できる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、HCO−50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕等と併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を併用してもよい。調製された注射液は、適当なアンプルに充填されることが好ましい。直腸投与に用いられる坐剤は、上記アンチセンス核酸を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製されてもよい。
【0070】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有していても良い。錠剤用の担体、賦形剤としては、例えば、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムが用いられる。
【0071】
上記の非経口用または経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。このような投薬単位の剤形としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤が挙げられる。本発明のアンチセンス核酸は、例えば、投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mg含有されていることが好ましい。
【0072】
本発明のアンチセンス核酸を含有する上記医薬または動物薬の投与量は、投与対象、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、成人の熱射病患者の場合、本発明のアンチセンス核酸を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【0073】
なお、前記した各組成物は、本発明のアンチセンス核酸との配合により好ましくない相互作用を生じない限り他の活性成分を含有してもよい。
【0074】
増悪候補遺伝子産物に対する中和抗体や、増悪候補遺伝子産物に対してアンタゴニスト活性を示す低分子化合物を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤型の医薬組成物として、ヒトまたは他の哺乳動物(例、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
【0075】
上記の抗体や低分子化合物は、それ自体を投与してもよいし、または適当な医薬組成物として投与してもよい。投与に用いられる医薬組成物としては、上記の抗体もしくは低分子化合物またはその塩と薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とを含むものであってもよい。このような医薬組成物は、経口または非経口投与に適する剤形として提供される。
【0076】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。このような注射剤は、公知の方法に従って調製できる。注射剤の調製方法としては、例えば、上記本発明の抗体もしくは低分子化合物またはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性液、または油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製できる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例、エタノール)、ポリアルコール(例、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤〔例、ポリソルベート80、HCO−50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil)〕等と併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を併用してもよい。調製された注射液は、適当なアンプルに充填されることが好ましい。直腸投与に用いられる坐剤は、上記抗体または低分子化合物を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製されても良い。
【0077】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。このような組成物は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有していても良い。錠剤用の担体、賦形剤としては、例えば、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムが用いられる。
【0078】
上記の非経口用または経口用医薬組成物は、活性成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されることが好都合である。このような投薬単位の剤形としては、例えば、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤が挙げられる。抗体や低分子化合物は、投薬単位剤形当たり通常5〜500mg、とりわけ注射剤では5〜100mg、その他の剤形では10〜250mg含有されていることが好ましい。
【0079】
上記の抗体または低分子化合物を含有する上記医薬の投与量は、投与対象、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、成人の熱射病患者の治療に使用する場合、抗体または低分子化合物を1回量として、通常0.01〜20mg/kg体重程度、好ましくは0.1〜10mg/kg体重程度、さらに好ましくは0.1〜5mg/kg体重程度を、1日1〜5回程度、好ましくは1日1〜3回程度、静脈注射により投与するのが好都合である。他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合には、その症状に応じて増量してもよい。
【0080】
なお、前記した各組成物は、上記抗体や低分子化合物との配合により好ましくない相互作用を生じない限り他の活性成分を含有してもよい。
【0081】
上記(II)の方法は、具体的には、遺伝子群1-Bおよび2-Dから選ばれる遺伝子(保護候補遺伝子)の発現またはそれらの産物の活性を増強する物質を、熱射病の治療を必要とする哺乳動物に投与することを含む。したがって、本発明はまた、いずれかの保護候補遺伝子の発現またはその産物の活性を増強する物質を含有してなる、熱射病治療剤を提供する。
【0082】
本発明において「保護候補遺伝子産物の発現を増強する物質」とは、生体内での保護候補遺伝子産物の量を増大させる物質をいい、例えば、保護候補遺伝子産物自体もしくはその部分ペプチド、それをコードする核酸などが挙げられる。また、「保護候補遺伝子産物の活性を増強する物質」としては、例えば、保護候補遺伝子産物に対するアゴニスト抗体や保護候補遺伝子産物に対してアゴニスト活性を示す低分子化合物等が挙げられる。
【0083】
保護候補遺伝子産物は、それを産生する細胞もしくは組織(例えば、前記した保護候補遺伝子を発現する細胞もしくは組織)から周知慣用の蛋白質分離精製技術、例えば、溶媒抽出、蒸留、等電点電気泳動、カラムクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、再結晶、これらの組み合わせなどを用いて単離することができる。あるいは、保護遺伝子産物もしくはその部分ペプチドは、公知のペプチド合成法、例えば、固相合成法、液相合成法に従って製造することもできる。即ち、保護候補遺伝子産物である蛋白質を構成する部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合し、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的とする蛋白質を製造することができる。ここで、縮合や保護基の脱離は、自体公知の方法、例えば、以下の(1)および(2)に記載された方法に従って行われる。
(1) M. BodanszkyおよびM.A. Ondetti, Peptide Synthesis, Interscience Publishers, New York (1966年)
(2) SchroederおよびLuebke, The Peptide, Academic Press, New York (1965年)
あるいはまた、保護候補遺伝子産物は、それをコードする核酸を含有する形質転換体を培養し、得られる培養物から該産物を分離精製することによって製造することもできる。
保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドをコードするDNAとしては、ゲノムDNA、哺乳動物の任意の細胞もしくは組織由来のcDNA、合成DNAなどが挙げられる。保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドをコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNA画分および全RNAもしくはmRNA画分をそれぞれ鋳型として用い、PCR法およびRT-PCR法によって直接増幅することもできる。あるいは、保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドをコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNAおよび全RNAもしくはmRNAの断片を適当なベクター中に挿入して調製されるゲノムDNAライブラリーおよびcDNAライブラリーから、コロニーもしくはプラークハイブリダイゼーション法またはPCR法などにより、それぞれクローニングすることもできる。さらに、保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドは、上記の保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドをコードするDNAに対応するRNAを鋳型として、ウサギ網状赤血球ライセート、コムギ胚芽ライセート、大腸菌ライセートなどからなる無細胞蛋白質翻訳系を用いてインビトロ合成することができる。あるいは、さらにRNAポリメラーゼを含む無細胞転写/翻訳系を用いて、保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドをコードするDNAを鋳型としても合成することができる。
保護候補遺伝子産物に対するアゴニスト抗体は、上記した増悪候補遺伝子産物に対する中和抗体と同様の手法を用いて取得されるモノクローナル抗体について、抗体の存在下および非存在下における保護候補遺伝子産物の活性の程度を比較して、そのアゴニスト活性を試験することにより得ることができる。また、保護候補遺伝子産物に対してアゴニスト活性を示す低分子化合物は、例えば、後述する本発明のスクリーニング法を用いて取得することができる。
【0084】
保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチド、それをコードする核酸、保護候補遺伝子産物に対するアゴニスト抗体、または保護候補遺伝子産物に対してアンタゴニスト活性を示す低分子化合物を含有する医薬は低毒性であり、そのまま液剤として、または適当な剤型の医薬組成物として、ヒトまたは他の哺乳動物(例、マウス、ラット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的または非経口的(例、血管内投与、皮下投与など)に投与することができる。
【0085】
保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチド、保護候補遺伝子産物に対するアゴニスト抗体、または保護候補遺伝子産物に対してアゴニスト活性を示す低分子化合物を熱射病の治療剤として使用する場合、上記の増悪候補遺伝子産物に対する中和抗体や増悪候補遺伝子産物に対してアンタゴニスト活性を示す低分子化合物と同様の方法により製剤化し、同様の投与経路・用量で投与することができる。また、保護候補遺伝子産物またはその部分ペプチドをコードする核酸を上記の医薬として使用する場合、上記の本発明のアンチセンス核酸と同様の方法により製剤化し、同様の投与経路・用量で投与することができる。
【0086】
上述の通り、増悪候補遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制するか、保護候補遺伝子の発現またはその産物の活性を増強することにより、熱射病を治療し得る可能性がある。
したがって、本発明はまた、熱曝露した哺乳動物細胞に被験物質を接触させ、該細胞における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現を測定することを含む、熱射病を治療する物質のスクリーニング方法を提供する。
【0087】
哺乳動物としては、ヒト、サル、イヌ、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましい動物種は、目的に応じて適宜選択され得るが、例えば、臨床段階ではヒト、前臨床段階ではサル、ラット、マウス、イヌ等が好ましく用いられる。熱曝露する哺乳動物細胞として、単離された細胞・組織を用いる場合、前臨床段階でもヒト(例、樹立細胞株)を用いることができる。
【0088】
上記のスクリーニング方法において用いられる哺乳動物細胞は、該細胞自体またはそれを含む任意のもの(例、血液、組織、臓器等)であれば特に制限はない。血液、組織、臓器等は、それらを生体から単離して培養してもよいし、あるいは生体自体に被験物質を投与し、一定時間経過後にそれら生体試料を単離してもよい。
【0089】
被験物質としては、例えば蛋白質、ペプチド、抗体、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液、血漿などが挙げられ、これらの物質は新規なものであってもよいし、公知のものであってもよい。
【0090】
被験物質の上記細胞との接触は、単離した細胞・組織等を用いる場合は、例えば、該細胞・組織等の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)や各種緩衝液(例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液など)の中に被験物質を添加して、細胞を一定時間インキュベートすることにより実施することができる。添加される被験物質の濃度は化合物の種類(溶解度、毒性等)により異なるが、例えば、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。インキュベート時間としては、例えば、約10分〜約24時間が挙げられる。
【0091】
哺乳動物細胞が、哺乳動物個体の形態で提供される場合、使用される動物の飼育条件に特に制限はないが、SPFグレード以上の環境下で飼育されたものであることが好ましい。被験物質の該細胞との接触は、該動物個体への被験物質の投与によって行われる。投与経路は特に制限されないが、例えば、静脈内投与、動脈内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、経口投与、気道内投与、直腸投与等が挙げられる。投与量も特に制限はないが、例えば、1回量として約0.5〜20 mg/kgを、1日1〜5回、好ましくは1日1〜3回、1〜14日間投与することができる。
【0092】
哺乳動物細胞における熱射病マーカー遺伝子の発現量は、前記した本発明の検査用キットに含まれる試薬を用いるなどして、本発明の検査方法と同様にして測定することができる。
例えば、熱射病マーカー遺伝子のmRNA量または蛋白質量の測定は、具体的には以下のようにして行うことができる。
哺乳動物に対して被験物質を投与する(哺乳動物由来の細胞・組織に被験物質を接触させる)一定時間前(30分前〜24時間前、好ましくは30分前〜12時間前、より好ましくは1時間前〜6時間前)もしくは一定時間後(30分後〜3日後、好ましくは1時間後〜2日後、より好ましくは1時間後〜24時間後)、または被験物質の投与と同時に該哺乳動物もしくは該細胞・組織を約42〜約43℃の暑熱環境下におくことにより約2〜約6時間熱曝露した後、該動物から単離した細胞含有試料(該細胞・組織)に含まれる熱射病マーカー遺伝子のmRNA量あるいは該遺伝子産物である蛋白質量を定量する。
【0093】
例えば、上記スクリーニング法において、被験物質の存在下における増悪候補遺伝子の発現量(mRNA量または蛋白質量)が、被験物質の非存在下における発現量に比べて、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上阻害された場合、該被験物質を熱射病治療効果を有する物質の候補として選択することができる。同様に、被験物質の存在下における保護候補遺伝子の発現量(mRNA量または蛋白質量)が、被験物質の非存在下における発現量に比べて、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上増大した場合、該被験物質を熱射病治療効果を有する物質の候補として選択することができる。
【0094】
本発明のスクリーニング方法を用いて得られる、増悪候補遺伝子の発現抑制物質ならびに保護候補遺伝子の発現増強物質(遊離体であっても塩の形態であってもよい)は、熱射病を発症した哺乳動物に投与して、その症状の改善の有無を調べることにより、実際の熱射病治療効果の有無を確認することができる。
【0095】
本発明のスクリーニング方法を用いて得られる物質を熱射病の治療剤として使用する場合、上記増悪候補遺伝子の発現もしくはその産物の活性を抑制するいずれかの物質と同様に製剤化することができ、同様の投与経路および投与量で、ヒトまたは他の哺乳動物に対して、経口的にまたは非経口的に投与することができる。
【0096】
本発明はまた、熱曝露した哺乳動物細胞に被験物質を接触させ、該細胞における、熱射病マーカー遺伝子産物の活性を測定することを含む、熱射病を治療する物質のスクリーニング方法を提供する。本方法において用いられる細胞、被験物質の種類、被験物質と細胞との接触の態様などは、上記した熱射病マーカー遺伝子の発現を指標とする方法と同様である。
【0097】
上記のスクリーニング方法における熱射病マーカー遺伝子産物の活性の測定は、各蛋白質に応じて自体公知の方法を適宜選択して実施することができる。例えば、遺伝子産物と相互作用してその生理活性を発揮させる物質(例、リガンド)が公知である場合、標識した該物質の共存下、固相化した熱射病マーカー遺伝子産物に被験物質を接触させ、固液分離した後、固相に結合した標識量を測定することにより、該リガンド物質と競合的に該遺伝子産物に結合する物質(例、アゴニスト、アンタゴニスト)や、該遺伝子産物と該リガンド物質との結合性を変化させる物質を選択することができる。該遺伝子産物の生理活性(例、酵素活性など)を同時に測定することにより、該リガンド物質と競合的に該遺伝子産物に結合する物質がアゴニストであるかアンタゴニストであるかを同定することができる。
【0098】
例えば、上記のスクリーニング方法において、被験物質の存在下における増悪候補遺伝子産物の活性が、被験物質の非存在下における活性に比べて、約20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは約50%以上阻害された場合に、該被験物質を、熱射病治療効果を有する物質の候補として選択することができる。同様に、被験物質の存在下における保護候補遺伝子産物の活性が、被験物質の非存在下における活性に比べて、約20%以上、好ましくは約30%以上、より好ましくは約50%以上増大した場合、該被験物質を熱射病治療効果を有する物質の候補として選択することができる。
【0099】
本発明のスクリーニング方法を用いて得られる、増悪候補遺伝子の活性抑制物質ならびに保護候補遺伝子の活性増強物質(遊離体であっても塩の形態であってもよい)は、熱射病を発症した哺乳動物に投与して、その症状の改善の有無を調べることにより、実際の熱射病治療効果の有無を確認することができる。
【0100】
本発明のスクリーニング方法を用いて得られる物質を熱射病の治療剤として使用する場合、上記増悪候補遺伝子の発現もしくはその産物の活性を抑制するいずれかの物質と同様に製剤化することができ、同様の投与経路および投与量で、ヒトまたは他の哺乳動物に対して、経口的にまたは非経口的に投与することができる。
【実施例】
【0101】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0102】
8週齢のマウス(系統:C3H/HeN、雄性、入手先:日本SLC)を、人工気象室(型番:TBR-3NIADR、製造元:Tabai MFG. Co., LTD. Osaka)で暑熱環境下(42℃)で2-4時間熱曝露し、熱曝露2時間のマウス(C2群;2匹)、熱曝露4時間の生存マウス(CL3群;2匹)熱曝露4時間の死亡マウス(C3群;2匹)の3群に分けた。経時的に直腸温を測定した結果、体温上昇が急で42℃以上の異常高体温に至ったマウスが死亡することがわかった(熱曝露4時間での体温42℃以上)。各群のマウスより視床下部を取り出し、Total RNAを抽出し、DNAマイクロアレイ法にて異常発現遺伝子を解析した。熱曝露していないマウスをコントロール(C1群;2匹)として用い、同様に解析を行った。Total RNAの抽出はQIAamp RNA kit(製造元:QIAGEN)を用いて行った。GeneChip解析に用いる標識サンプルの調製は、Affymetrix社のプロトコールに従い実施した。即ち、One-Cycle cDNA Synthesis Kit(Affymetrix)によるcDNA合成反応を行い、次いでGeneChip(登録商標)IVT Labeling Kit(Affymetrix)によるビオチン標識cRNA合成反応の後、cRNAを断片化し標識サンプルを調製した。標識サンプルをMouse Genome 430A 2.0 Array(Affymetrix)にハイブリダイズさせ、GeneChip(登録商標)Fluidics Station 450(Affymetrix)によりアレイの染色と洗浄、さらにGeneChip(登録商標)Scanner 3000 7G及びAffymetrix(登録商標)GeneChip(登録商標)Operating Softwareを用いて検出及び解析を行った。
全ての画像データはGeneChipデータ解析用ソフト"GeneChip Operating Softwere(GCOS)"を用い、"MAS5.0"と呼ばれる解析アルゴリズムを用いて測定値(Signal)、Signal Log Ratio、Changeなどの数値データを取得した。各データの算出方法は下記の通りである。
◆Signal
転写産物検出用プローブ(PM)のシグナル値からPMを一塩基置換させたプローブ(MM)のシグナル値を差引き(この値は各転写産物につき11セット得られる)、Tukey's Biweight Estimated法にてデータ補正を行った数値
◆Signal Log Ratio
各サンプルのプローブペアごとにRatioのLog値(底は2)を算出し(この値も各転写産物につき11セット得られる)、Tukey's Biweight Estimated法にてデータ補正を行った数値
◆Change
2サンプル間のPM、MMを用いてWilcoxon Signed Rank Test法によりp-value(Change p-value)を算出する。
以下の数値によって判定を区別する。
Change p-value Change Call
1-0.998 D(Decrease)
0.998-0.99733 MD
0.99733-0.002667 NC
0.002667-0.2 MI
0.2-0 I (Increase)
PM:転写産物検出用プローブ
MM:PMを一塩基置換させたプローブ
Fold Changeは画像データのSignal Log Ratioから、Fold Change = 2Signal Log Ratioの変換式を用いて計算した。
C1群に対するC2及びCL3群の ChangeがIncrease(I)であり、かつCL3群に対するC3群のFold Changeが2以上または1未満であったプローブセットを抽出した。その結果を表1〜2にまとめた。表1は、熱曝露により発現が増加し、かつ生存群(CL3)より死亡群(C3)で発現が2倍の高値を示した遺伝子群(プローブセット)、表2は、熱曝露により発現が増加し、かつ生存群(CL3)より死亡群(C3)で発現が低値を示した遺伝子群(プローブセット)をそれぞれ示している。また、C1群に対するC2及びCL3群の ChangeがDecrease(D)であり、かつCL3群に対するC3群のFold Changeが2以上または1未満であったプローブセットを抽出した。その結果を表3〜4にまとめた。表3は、熱曝露により発現が減少し、かつ生存群(CL3)より死亡群(C3)で発現が2倍の高値を示した遺伝子群(プローブセット)、表4は、熱曝露により発現が減少し、かつ生存群(CL3)より死亡群(C3)で発現が低値を示した遺伝子群(プローブセット)をそれぞれ示している。
【0103】
【表1】

【0104】
【表2】

【0105】
【表3】

【0106】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明の検査方法は、迅速簡便な熱射病診断、特に、生命予後診断のための検査方法として、また、熱射病の治療に対する治療効果のモニタリング手段として有用である。また、本発明の増悪候補遺伝子の発現/その産物の活性抑制物質、および保護候補遺伝子の発現/その産物の活性増強物質は、熱射病治療薬の有望な候補となり得る。さらに、本発明のスクリーニング方法は、新規な熱射病治療薬の探索に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物から採取した試料における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現を測定することを含む、該動物における熱射病の診断のための検査方法。
【請求項2】
診断が生命予後の予測を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
哺乳動物から時系列で試料を採取し、各試料における、配列番号nに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現の推移を測定することを含む、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号nに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号nに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を用いて遺伝子の発現を測定することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)のいずれかに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を含有する試薬を1以上含んでなる熱射病の診断用キットであって、2以上の試薬を含む場合、各試薬は互いに異なる遺伝子の発現を検出し得るものであるキット。
【請求項6】
診断が生命予後の予測を含む、請求項5記載のキット。
【請求項7】
配列番号m(mは1-41の奇数、84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を抑制する物質を含有してなる、熱射病治療剤。
【請求項8】
配列番号mのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を抑制する物質が、下記(a)〜(c):
(a)該遺伝子またはオルソログの転写産物に対するアンチセンス核酸
(b)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対する中和抗体
(c)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対してアンタゴニスト活性を有する低分子化合物
のいずれかである、請求項7記載の剤。
【請求項9】
配列番号k(kは42-72の偶数、73、75、76-82の偶数および127-165の偶数)のいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を増強する物質を含有してなる、熱射病治療剤。
【請求項10】
配列番号kのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの発現またはその産物の活性を増強する物質が、下記(a)〜(d):
(a)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質またはその部分ペプチド
(b)上記(a)の蛋白質またはその部分ペプチドをコードする核酸
(c)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対するアゴニスト抗体
(d)該遺伝子またはオルソログにコードされる蛋白質に対してアゴニスト活性を有する低分子化合物
のいずれかである、請求項9記載の剤。
【請求項11】
熱射病を発症した哺乳動物における、配列番号m(mは1-41の奇数、84、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制する、並びに/あるいは配列番号k(kは42-72の偶数、73、75、76-82の偶数および127-165の偶数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現またはその産物の活性を増強することを含む、該動物における熱射病の治療方法。
【請求項12】
配列番号mのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子の発現またはその産物の活性を抑制する物質、並びに/あるいは配列番号kのいずれかに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子の発現またはその産物の活性を増強する物質を、哺乳動物に投与することを特徴とする、請求項11記載の方法。
【請求項13】
熱曝露した哺乳動物細胞に被験物質を接触させ、該細胞における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現を測定することを含む、熱射病を治療する物質のスクリーニング方法。
【請求項14】
哺乳動物細胞が組織または臓器、あるいは非ヒト哺乳動物個体の形態で提供される、請求項13記載の方法。
【請求項15】
下記(a)または(b):
(a)(i)配列番号nに示される塩基配列または(ii)前記(i)の塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログの塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸、及び/又は前記(i)または(ii)の塩基配列に相補的な塩基配列を含む核酸とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸
(b)配列番号nに示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該配列番号に示される塩基配列を含むマウス遺伝子の他の哺乳動物におけるオルソログにコードされる蛋白質に対する抗体
を用いて遺伝子の発現を測定することを特徴とする、請求項13または14記載の方法。
【請求項16】
哺乳動物がヒトである請求項13〜15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
哺乳動物がラット、マウス、イヌまたはサルである請求項13〜15のいずれかに記載の方法。
【請求項18】
熱射病を発症し1回以上の治療を受けた哺乳動物から治療の前後に試料を採取し、各試料における、配列番号n(nは1-41の奇数、42-72の偶数、73、75、76-84の偶数、85、87、88-94の偶数、95、96、98、99、101、102-110の偶数、111、113、114-122の偶数、123、124および125-165の奇数)に示される塩基配列と同一もしくは実質的に同一の塩基配列を含む遺伝子または該動物におけるそれらのオルソログからなる群より選択される1以上の遺伝子の発現の推移を測定することを含む、該動物における熱射病の治療効果の評価方法。

【公開番号】特開2008−263851(P2008−263851A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−111011(P2007−111011)
【出願日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【出願人】(506087705)学校法人産業医科大学 (24)
【Fターム(参考)】