説明

熱間プレス用鋼板、その製造方法およびそれを用いた熱間プレス部材の製造方法

【課題】熱間プレス前の加熱時に昇温速度の上昇や保持時間の短縮を図っても、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られる熱間プレス用鋼板、その製造方法およびそれを用いた熱間プレス部材の製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板表面に、質量%で、Fe:25〜90%およびSi:3%以下を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつFeとAlの合計含有率が97%以上であり、鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2のAl-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を有することを特徴とする熱間プレス用鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の足廻り部材や車体構造部材などを熱間プレスで製造するのに適した熱間プレス用鋼板、その製造方法およびそれを用いた熱間プレス部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足廻り部材や車体構造部材などの多くは、所定の強度を有する鋼板をプレス加工して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が熱望され、使用する鋼板を高強度化して、その板厚を低減する努力が続けられている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になる場合が多くなっている。
【0003】
そのため、特許文献1には、ダイとパンチからなる金型を用いて加熱された鋼板を加工すると同時に急冷することにより加工の容易化と高強度化の両立を可能にした熱間プレスと呼ばれる加工技術が提案されている。しかし、この熱間プレスでは、熱間プレス前に鋼板を950℃前後の高い温度に加熱するため、鋼板表面にはスケール(鉄酸化物)が生成し、そのスケールが熱間プレス時に剥離して、金型を損傷させる、または熱間プレス後の部材表面を損傷させるという問題がある。また、部材表面に残ったスケールは、外観不良や、塗装密着性の低下、塗装後耐食性の低下の原因にもなる。このため、通常は酸洗やショットブラストなどの処理を行って部材表面のスケールは除去されるが、これは製造工程を複雑にし、生産性の低下を招く。
【0004】
このようなことから、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を抑制するとともに、熱間プレス後の部材の塗装密着性や塗装後耐食性を向上させることが可能な熱間プレス技術が要望され、表面にめっき層などの皮膜を設けた鋼板やそれを用いた熱間プレス方法が提案されている。例えば、特許文献2には、熱間プレス後に高い強度と優れた耐食性の得られるAlまたはAl合金を被覆した熱間プレス用鋼板(熱延鋼板および冷延鋼板)が開示されている。また、特許文献3には、Alを主体とした金属のめっき鋼板を熱間プレス前に加熱するに際し、(Tm-200)〜Tm℃(ただし、Tmはめっき金属の融点)の温度領域で5秒以上加熱することにより、熱間プレス後に美麗な外観と優れた耐食性の得られる熱間プレス(加熱成形)用鋼板の加熱方法が開示されている。
【0005】
一方、昨今の熱間プレス部材の製造方法においては、生産性の向上、特に熱間プレス前の加熱時における昇温速度の上昇や保持時間の短縮に対する要望が高まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】英国特許第1490535号公報
【特許文献2】特許第3931251号公報
【特許文献3】特開2003-27203号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に記載のAlまたはAl合金を被覆した熱間プレス用鋼板を用い、昇温速度の上昇や保持時間の短縮を図ると、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材を得ることが困難になる。また、特許文献3に記載の熱間プレス用鋼板の加熱方法においても、昇温速度を上昇すると、融点から融点より200℃以下の温度範囲における昇温速度制御を精度よく行えず、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材を安定して得ることが困難になる。
【0008】
本発明は、熱間プレス前の加熱時に昇温速度の上昇や保持時間の短縮を図っても、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られる熱間プレス用鋼板、その製造方法およびそれを用いた熱間プレス部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の目的とする熱間プレス用鋼板について鋭意検討を行った結果、予め、質量%で、Fe:25〜90%およびSi:3%以下を、またはさらにCr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつFeとAlの合計含有率が97%以上のAl-Fe合金めっき層と5g/m2以下のAl層を有する熱間プレス用鋼板を用いることにより、熱間プレス前の加熱時に昇温速度の上昇や保持時間の短縮を図っても、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られることを見出した。
【0010】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、鋼板表面に、質量%で、Fe:25〜90%およびSi:3%以下を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつFeとAlの合計含有率が97%以上であり、鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2のAl-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を有することを特徴とする熱間プレス用鋼板を提供する。このAl-Fe合金めっき層が、さらに、質量%で、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0011】
本発明の熱間プレス用鋼板におけるめっき層の下地鋼板としては、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板を用いることができる。この下地鋼板には、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種やSb:0.003〜0.03%が、個別にあるいは同時に含有されることが好ましい。
【0012】
本発明の熱間プレス用鋼板は、鋼板を、質量%で、Al:80%以上およびSi:3%以下を含有するAl系めっき浴に浸漬後、ガスワイピングして、鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2のAl-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を形成する方法により製造できる。このAl系めっき浴に、さらに、質量%で、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種が含有されることが好ましい。このとき、鋼板としては、上記の成分組成を有する鋼板を用いることができる。
【0013】
本発明は、また、上記のような熱間プレス用鋼板を、Ac3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、熱間プレス前の加熱時に昇温速度の上昇や保持時間の短縮を行っても、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られる熱間プレス用鋼板を提供できるようになった。本発明の熱間プレス用鋼板を用い、本発明の熱間プレス部材の製造方法で製造した熱間プレス部材は、自動車の足廻り部材や車体構造部材に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明において、成分の含有率を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0016】
1) 熱間プレス用鋼板
1-1) Al-Fe合金めっき層
特許文献3に記載されているように、Alを主体とした金属のめっき鋼板を用いて美麗な外観と優れた耐食性を有する熱間プレス部材を製造するには、熱間プレス前にめっき層をその表面まで融点の高いAl-Fe合金にすることが効果的である。しかし、上述したように、熱間プレス前の加熱時にめっき層のAl-Fe合金化を図る場合は、生産性の向上を目的に昇温速度の上昇や保持時間の短縮を行うと、めっき層のAl-Fe合金化が十分に図れず、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材を安定して得ることが困難になる。
【0017】
そこで、本発明では、素材である熱間プレス用鋼板において、表面までAl-Fe合金化されためっき層を形成し、熱間プレス前の加熱時の昇温速度や保持時間に依存することなくAl-Fe合金めっき層の形成された状態で熱間プレスが行えるようにしている。それゆえ、加熱時に昇温速度の上昇や保持時間の短縮を行っても、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られることになる。
【0018】
本発明におけるAl-Fe合金めっき層では、Al-Fe合金めっき層の組成が、Fe:25〜90%およびSi:3%以下を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつFeとAlの合計含有率が97%以上であり、その鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2である必要がある。Al-Fe合金めっき層のFe含有率が25%未満では、Al-Fe合金めっき層表面にFeが存在せず、表面が平滑化するため塗装密着性が劣化するのみならず、化成処理皮膜も十分に形成しないため塗装後耐食性が劣化し、90%を超えると、Alによる耐食性向上効果が著しく減少するため、塗装後耐食性が不良となる。したがって、Al-Fe合金めっき層のFe含有率は25〜90%とする。また、Al-Fe合金めっき層のSi含有率が3%を超えると、AlとFeの合金化反応が抑制されることにより、付着量が10g/m2以上のAl-Fe合金めっき層が形成せず、塗装後耐食性が不良となるため、Al-Fe合金めっき層のSi含有率は3%以下とする。さらに、FeとAlの合計含有率が97%未満では、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られないため、FeとAlの合計含有率は97%以上とする。また、Al-Fe合金めっき層の鋼板片面当たりの付着量が10g/m2未満では、塗装後耐食性が劣化し、200g/m2を超えると、効果が飽和し、コスト高を招く。したがって、めっき層の付着量は10〜200g/m2とする。
【0019】
また、本発明におけるAl-Fe合金めっき層が、さらに、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種を含むことが好ましい。この理由は、Al-Fe合金めっき層が、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種を含むことにより、塗装後耐食性がより一層向上するからである。
【0020】
1-2) Al層
本発明では、上記したAl-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を有する。Al層の付着量が5g/m2超では、優れた塗装密着性や塗装後耐食性を有する熱間プレス部材が安定して得られないため、Al層の付着量は5g/m2以下とする。このAl層には上記したAl-Fe合金めっき層のAl以外の成分が固溶していてもよい。
【0021】
1-3) 下地鋼板
980MPa以上の強度を有する熱間プレス部材を得るには、めっき層の下地鋼板として、例えば、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板を用いることができる。各成分元素の限定理由を、以下に説明する。
【0022】
C:0.15〜0.5%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.15%以上とする必要がある。一方、C量が0.5%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性が著しく低下する。したがって、C量は0.15〜0.5%とする。
【0023】
Si:0.05〜2.0%
Siは、C同様、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.05%以上とする必要がある。一方、Si量が2.0%を超えると、熱間圧延時に赤スケールと呼ばれる表面欠陥の発生が著しく増大するとともに、圧延荷重が増大したり、熱延鋼板の延性の劣化を招く。さらに、Si量が2.0%を超えると、Alを主体としためっき層を鋼板表面に形成するめっき処理を施す際に、めっき処理性に悪影響を及ぼす場合がある。したがって、Si量は0.05〜2.0%とする。
【0024】
Mn:0.5〜3%
Mnは、フェライト変態を抑制して焼入れ性を向上させるのに効果的な元素であり、また、Ac3変態点を低下させるので、熱間プレス前の加熱温度を低下するにも有効な元素である。このような効果の発現のためには、その量を0.5%以上とする必要がある。一方、Mn量が3%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下する。したがって、Mn量は0.5〜3%とする。
【0025】
P:0.1%以下
P量が0.1%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下するとともに、靭性も著しく低下する。したがって、P量は0.1%以下とする。
【0026】
S:0.05%以下
S量が0.05%を超えると、熱間プレス部材の靭性が低下する。したがって、S量は0.05%以下とする。
【0027】
Al:0.1%以下
Al量が0.1%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、Al量は0.1%以下とする。
【0028】
N:0.01%以下
N量が0.01%を超えると、熱間圧延時や熱間プレス前の加熱時にAlNの窒化物を形成し、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、N量は0.01%以下とする。
【0029】
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、以下の理由により、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種や、Sb:0.003〜0.03%が、個別にあるいは同時に含有されることが好ましい。
【0030】
Cr:0.01〜1%
Crは、鋼を強化するとともに、焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果の発現のためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr量が1%を超えると、著しいコスト高を招くため、その上限は1%とすることが好ましい。
【0031】
Ti:0.2%以下
Tiは、鋼を強化するとともに、細粒化により靭性を向上させるのに有効な元素である。また、次に述べるBよりも優先して窒化物を形成して、固溶Bによる焼入れ性の向上効果を発揮させるのに有効な元素でもある。しかし、Ti量が0.2%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間プレス部材の靭性が低下するので、その上限は0.2%以下とすることが好ましい。
【0032】
B:0.0005〜0.08%
Bは、熱間プレス時の焼入れ性や熱間プレス後の靭性向上に有効な元素である。こうした効果の発現のためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、B量が0.08%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間圧延後にマルテンサイト相やベイナイト相が生じて鋼板の割れなどが生じるので、その上限は0.08%とすることが好ましい。
【0033】
Sb:0.003〜0.03%
Sbは、熱間プレス前に鋼板を加熱してから熱間プレスの一連の処理によって鋼板を冷却するまでの間に鋼板表層部に生じる脱炭層を抑制する効果を有する。このような効果の発現のためにはその量を0.003%以上とする必要がある。一方、Sb量が0.03%を超えると、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。したがって、Sb量は0.003〜0.03%とする。
【0034】
2) 熱間プレス用鋼板の製造方法
本発明の熱間プレス用鋼板は、上記のような成分組成を有する下地鋼板を、Al濃度が80%以上およびSi濃度が3%以下のAl系めっき浴に浸漬後、ガスワイピングして、鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2のAl-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を形成する方法により製造できる。この方法によれば、鋼板をAl系めっき浴に浸漬中およびめっき浴から引き上げた直後には鋼板表面にAl-Fe合金めっき層が形成されている。そして、鋼板をめっき浴から引き上げた直後、ガスワイピング前にはAl-Fe合金めっき層とその上層に溶融Alが存在している。この表面に存在する溶融Alをガスワイピングして、Al-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を形成する。
【0035】
Al系めっき浴は、Al濃度が80%以上およびSi濃度が3%以下とする必要があるが、これは25〜90%のFeおよび3%以下のSiを含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつFeとAlの合計含有率が97%以上であるAl-Fe合金めっき層を形成するためである。特にSiはめっき浴のAlと鋼板のFeとの合金化反応を抑制するため、Al-Fe合金めっき層を10g/m2以上形成させるには、Al系めっき浴中のSi濃度は3%以下とする必要がある。また、このめっき浴には、通常、鋼板から溶出するFeを不可避的に5%以下含有している場合があるが、本発明においてはこれを許容する。さらに、このAl系めっき浴に、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種が含有されることが好ましい。Al系めっき浴に、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種が含有されることにより、上記したCr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種を含むAl-Fe合金めっき層が形成されるためである。
【0036】
Al-Fe合金めっき層のFe含有率を25〜90%とし、鋼板片面当たりの付着を10〜200g/m2とするためにはAl系めっき浴の温度を高温にし、鋼板のAl系めっき浴への浸漬時間を長くすることが好ましい。Al系めっき浴の温度は、670℃以上とすることが好ましい。より好ましくは680℃以上、さらに好ましくは690℃以上とする。鋼板のAl系めっき浴への浸漬時間は、0.1秒以上とすることが好ましい。より好ましくは0.2秒以上、さらに好ましくは0.3秒以上とする。なお、Al-Fe合金めっき層を構成する金属間化合物としては、FeAl3、Fe2Al5、FeAl2、FeAl、Fe3Alなどが例示される。
【0037】
Al層の鋼板片面当たりの付着量を5 g/m2以下とするためには、ワイピングガスの流量を増大させることが好ましい。好ましくは300L(リットル)/分以上、より好ましくは400L/分以上、さらに好ましくは500L/分以上、さらには1000L/分以上とする。なお、ワイピングに使用するガスとしては、N2ガスなどの不活性ガスを用いることが好ましい。また、その他の条件、例えばガスワイピングのガス圧、ノズル形状、ノズルと鋼板との距離、めっき浴面とワイピング装置との距離、ライン速度等によってもAl層の付着量は調整可能であり、目標とする付着量となるように適宜条件を決定することが好ましい。
【0038】
3) 熱間プレス部材の製造方法
上記した本発明の熱間プレス用鋼板は、Ac3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスされて熱間プレス部材となる。熱間プレス前にAc3変態点以上に加熱するのは、鋼板の組織をオーステナイト化し、熱間プレス時の急冷でマルテンサイト相などの硬質相を形成し、部材の高強度化を図るためである。また、加熱温度の上限を1000℃としたのは、1000℃を超えるとオーステナイト組織が粗大化し、熱間プレス部材の靱性が劣化するためである。なお、ここでいう加熱温度とは鋼板の最高到達温度のことをいう。
【0039】
本発明の熱間プレス用鋼板には予めAl-Fe合金めっき層が形成されているので、熱間プレス前の加熱時において、下地鋼板をオーステナイト化できる範囲内で昇温速度の上昇や保持時間の短縮を図ることができることになる。なお、下地鋼板のオーステナイト化に必要な最低限の昇温速度や保持時間は鋼板の成分組成や組織に依存するが、上記の成分組成の鋼板では、昇温速度を150℃/秒、保持時間0秒でもオーステナイト化が可能であり、生産性を著しく向上できる。
【0040】
熱間プレス前の加熱方法としては、電気炉やガス炉などによる加熱、火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱などを例示できる。特に、昇温速度を上げるには、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱などが好適である。
【実施例】
【0041】
下地鋼板として、質量%で、C:0.23%、Si:0.25%、Mn:1.2%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.2%、Ti:0.02%、B:0.0022%、Sb:0.008%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、Ac3変態点が820℃で、板厚1.6mmの冷延鋼板を用いた。この冷延鋼板の表面に、1%のFeと表1に示す濃度のAlおよびSiと、Cr、MgまたはZnが含有される温度680〜720℃の溶融Al系めっき浴に0.5〜30秒浸漬し、めっき浴から引き上げ直後に流量1600L(リットル)/分でN2ガスワイピングを行って熱間プレス用鋼板No.1〜16を作製した。また、従来例として、めっき浴から引き上げ直後に、流量200L/分でN2ガスワイピングを行った熱間プレス用鋼板No.17〜19を作製した。
【0042】
このようにして作製した熱間プレス用鋼板を、直接通電法により表1に示す平均昇温速度で、表1に示す最高到達温度まで加熱し、表1に示す保持時間保持した後、Al製金型で挟み込んで50℃/秒の冷却速度で冷却し、次に示す塗装密着性と塗装後耐食性の評価を行った。
塗装密着性:作製した熱間プレス用鋼板から試料を採取し、日本パーカライジング株式会社製PB-L3020を使用して標準条件で化成処理を施した後、関西ペイント株式会社製電着塗料GT-10を電着塗装し焼付けを行い、膜厚が20μmの電着塗膜を形成した塗装試験片を作製した。そして、この試験片の塗膜に対してカッターナイフで碁盤目(10×10個、1mm間隔)の鋼素地まで到達するカットを入れ、接着テープにより貼着・剥離する碁盤目テープ剥離試験を行った。以下の基準で評価し、○であれば本発明の目的を満足しているとした。
○:塗膜剥離なし
×:塗膜剥離あり
塗装後耐食性:上記塗装密着性の場合と同様な方法で作製した塗装試験片に、カッターナイフで塗膜にクロスカットを入れた後、JIS Z 2371-2000に準拠した塩水噴霧試験を行い、480時間後に接着テープにより貼着・剥離するテープ剥離試験を行い、カット傷の片側最大剥離幅を測定し、以下の基準で評価し、○、△であれば本発明の目的を満足しているとした。
○:最大剥離幅≦3mm
△:3mm<最大剥離幅≦5mm
×:5mm<最大剥離幅
結果を表1に示す。本発明である熱間プレス用鋼板No.1〜16では、平均昇温速度を10〜150℃/秒の範囲で変え、保持時間0秒で加熱しても、または平均昇温速度を10℃/秒とし、保持時間300秒で加熱しても、いずれも優れた塗装密着性や塗装後耐食性が得られており、熱間プレス前の加熱時に昇温速度の上昇や保持時間の短縮が可能であることがわかる。一方、Al-Fe合金めっき層のFe含有率や付着量が本発明の範囲外の比較例である熱間プレス用鋼板No.17〜19では、平均昇温速度50℃/秒とし、保持時間0秒で加熱すると、塗装密着性または塗装後耐食性のいずれかに劣るため、昇温速度の上昇や保持時間の短縮が困難であることがわかる。また、従来から熱間プレス用鋼板として使用されているAl-Fe合金層の上層に5g/m2を超えるAl層が存在しているAl-10%Siめっき鋼板(No.20〜24)では、これを平均昇温速度が10℃/秒とし、保持時間300秒とした場合には優れた塗装密着性や塗装後耐食性が得られるが、保持時間を0秒としたり、保持時間300秒でも平均昇温速度を50℃/秒以上とした場合には塗装密着性または塗装後耐食性のいずれかに劣るため、昇温速度の上昇や保持時間の短縮が困難であることがわかる。
【0043】
なお、本実施例では実際に熱間プレスによる加工を行っていないが、上述したように、塗装密着性や塗装後耐食性は熱間プレス前のめっき層の状態に左右されるので、本実施例の結果で熱間プレス部材の塗装密着性や塗装後耐食性を評価できることになる。
【0044】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に、質量%で、Fe:25〜90%およびSi:3%以下を含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、かつFeとAlの合計含有率が97%以上であり、鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2のAl-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を有することを特徴とする熱間プレス用鋼板。
【請求項2】
Al-Fe合金めっき層が、さらに、質量%で、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種を含むことを特徴とする請求項1に記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項3】
Al-Fe合金めっき層の下地鋼板が、質量%で、C:0.15〜0.5%、Si:0.05〜2.0%、Mn:0.5〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項1または2に記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項4】
Al-Fe合金めっき層の下地鋼板が、さらに、質量%で、Cr:0.01〜1%、Ti:0.2%以下、B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有することを特徴とする請求項3に記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項5】
Al-Fe合金めっき層の下地鋼板が、さらに、質量%で、Sb:0.003〜0.03%を含有することを特徴とする請求項3または4に記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項6】
鋼板を、質量%で、Al:80%以上およびSi:3%以下を含有するAl系めっき浴に浸漬後、ガスワイピングして、鋼板片面当たりの付着量が10〜200g/m2のAl-Fe合金めっき層と、該Al-Fe合金めっき層上に鋼板片面当たりの付着量が5g/m2以下のAl層を形成することを特徴とする熱間プレス用鋼板の製造方法。
【請求項7】
Al系めっき浴に、さらに、質量%で、Cr:3%以下、Mg:3%以下、Zn:3%以下のうちから選ばれた少なくとも一種が含有されることを特徴とする請求項6に記載の熱間プレス用鋼板の製造方法。
【請求項8】
鋼板として、請求項3から5のいずれか一項に記載の成分組成を有する鋼板を用いることを特徴とする請求項6または7に記載の熱間プレス用鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項1から5のいずれか一項に記載の熱間プレス用鋼板を、Ac3変態点〜1000℃の温度範囲に加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。

【公開番号】特開2012−41610(P2012−41610A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184840(P2010−184840)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】