説明

燃料噴射制御装置及び方法

【課題】燃料噴射量の高精度な推定を可能とし、以って、燃料噴射弁の劣化状態に応じた燃料噴射量の高精度な補正を可能とする燃料噴射制御装置を提供する。
【解決手段】燃料噴射弁を制御する燃料噴射制御装置であって、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合、前記燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を変更する燃料噴射時期変更手段と、前記燃料噴射弁の開弁時期を検出する開弁時期検出手段と、前記燃料噴射弁の開弁時期に基づいて燃料噴射量を推定する燃料噴射量推定手段と、前記燃料噴射量の推定値と予め求めておいた前記燃料噴射量の初期値とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足する場合、前記燃料噴射量の補正制御を行う補正制御手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料噴射制御装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、内燃機関に装着される燃料噴射弁は、高温、高圧及び強振動の環境下で使用されるため、経年劣化による動作異常が発生しやすい。例えば、燃料噴射量は、制御ユニットから燃料噴射弁に供給される駆動パルス信号の通電時間(換言すれば、駆動パルス信号のパルス幅)によって制御されているが、経年劣化によって燃料噴射弁に動作異常が発生すると、駆動パルス信号に対する開弁時期及び閉弁時期が変化するため、必要な燃料噴射量が得られなくなり、内燃機関の運転に深刻な悪影響を及ぼすことになる。
【0003】
このような問題に対し、下記特許文献1には、内燃機関の運転中に燃料噴射弁の異常診断を実現する技術として、燃料噴射弁の開閉動作による振動を検出するノックセンサを内燃機関に設け、駆動パルス信号のオンタイミングから第1期間内に燃料噴射弁の開弁動作による所定レベルの振動が生じておらず、且つ駆動パルス信号のオフタイミングから第2期間内に燃料噴射弁の閉弁動作による所定レベルの振動が生じていない場合に、燃料噴射弁の動作異常と判定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3242596号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
燃料噴射弁の経年劣化に対する対策としては、上記特許文献1に開示された技術のように、内燃機関の運転中に燃料噴射弁の異常診断を行うことも重要ではあるが、これだけでは異常と診断された場合に診断結果を運転手に報知し、運転手(或いは運転手に依頼された作業者)によって燃料噴射弁の交換作業を行うという対応しかとれず、継続的な内燃機関の運転を実現することは困難である。
【0006】
そこで、燃料噴射弁の劣化状態に関わらず、継続的な内燃機関の運転を実現するための技術として、燃料噴射弁の劣化状態に応じて燃料噴射量の補正制御を行う技術の導入が検討されている。このような技術の導入には、現時点における燃料噴射弁の劣化状態で得られる燃料噴射量を高精度に推定可能な手法の確立が最重要事項となる。なぜなら、燃料噴射量の補正は、駆動パルス信号の通電時間(パルス幅)の補正によって実現されるものであるが、燃料噴射量の推定誤差は通電時間の補正誤差に直結し、その結果、燃料噴射量の補正精度の低下を招くことになるからである。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、燃料噴射量の高精度な推定を可能とし、以って、燃料噴射弁の劣化状態に応じた燃料噴射量の高精度な補正を可能とする燃料噴射制御装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る燃料噴射制御装置は、燃料噴射弁を制御する燃料噴射制御装置であって、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合、前記燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を変更する燃料噴射時期変更手段と、前記燃料噴射弁の開弁時期を検出する開弁時期検出手段と、前記燃料噴射弁の開弁時期に基づいて燃料噴射量を推定する燃料噴射量推定手段と、前記燃料噴射量の推定値と予め求めておいた前記燃料噴射量の初期値とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足する場合、前記燃料噴射量の補正制御を行う補正制御手段とを備える。
【0009】
また、本発明に係る燃料噴射制御装置において、前記開弁時期検出手段は、外部の振動センサから入力される振動検出信号に含まれる、前記燃料噴射弁の開弁動作による振動波形を抽出し、当該抽出した振動波形から前記開弁時期を検出することを特徴とする。
また、本発明に係る燃料噴射制御装置において、前記補正制御手段は、前記燃料噴射量の推定値及び初期値を基に算出した前記燃料噴射量の変化率が閾値以上であることを前記補正実施条件とすることを特徴とする。
また、本発明に係る燃料噴射制御装置において、前記燃料噴射時期変更手段は、所定の運転状態時に前記燃料噴射時期の変更を行うことを特徴とする。
【0010】
一方、本発明に係る燃料噴射制御方法は、燃料噴射弁を制御する燃料噴射制御方法であって、燃料噴射弁を制御する燃料噴射制御方法であって、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合、前記燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を所定量変更する燃料噴射時期変更行程と、前記燃料噴射弁の開弁時期を検出する開弁時期検出工程と、前記燃料噴射弁の開弁時期に基づいて燃料噴射量を推定する燃料噴射量推定工程と、前記燃料噴射量の推定値と予め求めておいた前記燃料噴射量の初期値とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足する場合、前記燃料噴射量の補正制御を行う補正制御工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本願発明者は、燃料噴射弁の開弁時期と燃料噴射量との関係、及び燃料噴射弁の閉弁時期と燃料噴射量との関係について鋭意検証を行った結果、開弁時期と燃料噴射量との関係は強い比例関係になるが、閉弁時期と燃料噴射量との関係は極めて弱い比例関係になることから、閉弁時期を考慮して燃料噴射量の補正を行うと補正精度が悪化することを見出し、本発明を出願するに至った。
すなわち、本発明によれば、燃料噴射量と強い比例関係にある開弁時期を検出し、当該検出した開弁時期を基に燃料噴射量の推定を行うため、高精度に燃料噴射量を推定することができるようになり、その結果、燃料噴射弁の劣化状態に応じて燃料噴射量の高精度な補正を行うことが可能となる。
さらに、本発明によれば、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合には、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を変更することで、隣接気筒の振動による影響を除去できるため、開弁時期の検出精度が向上し、その結果、より高精度な燃料噴射量の補正を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本実施形態における燃料噴射制御装置(ECU3)のブロック構成図である。
【図2】本実施形態によって燃料噴射量を高精度に推定することが可能となる理由に関する第1説明図である。
【図3】本実施形態によって燃料噴射量を高精度に推定することが可能となる理由に関する第2説明図である。
【図4】ECU3のCPU48が実行する燃料噴射量の補正制御処理を表すフローチャートである。
【図5】4気筒エンジンにおける各気筒の行程を示す図である。
【図6】燃料噴射時期の変更効果を示す図である。
【図7】燃料噴射量の推定値Qの算出処理(ステップS6)に関する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。
図1に示すように、ECU3(燃料噴射制御装置)は、エンジン制御システムの全体動作を統括制御するものであり、波形整形回路40、回転数カウンタ41、A/D変換器42、点火回路43、インジェクタ駆動回路44、ポンプ駆動回路45、ROM(Read Only Memory)46、RAM(Random Access Memory)47及びCPU(Central Processing Unit)48を備えている。
【0014】
波形整形回路40は、クランク角度センサ27から入力されるクランク信号を、方形波のパルス信号(例えば負極性のクランク信号をハイレベルとし、正極性及びグランドレベルのクランク信号をローレベルとする)に波形整形し、回転数カウンタ41及びCPU48に出力する。つまり、この方形波のパルス信号は、クランクシャフトが20°回転する際に要した時間を周期とする方形波のパルス信号である。以下では、この波形整形回路40から出力される方形波のパルス信号をクランクパルス信号と称す。
【0015】
回転数カウンタ41は、上記波形整形回路40から入力されるクランクパルス信号に基づいてエンジン回転数を算出し、その算出結果をCPU48に出力する。A/D変換器42は、吸気圧センサ23から入力される吸気圧信号、吸気温センサ24から入力される吸気温信号、スロットル開度センサ25から入力されるスロットル開度信号、冷却水温センサ26から入力される冷却水温信号、及びノックセンサ28から入力される振動検出信号を、デジタル信号(吸気圧値、吸気温値、スロットル開度値、冷却水温値、振動波形データ)に変換してCPU48に出力する。
【0016】
点火回路43は、CPU48から入力される点火制御信号に応じて、点火用電圧信号を点火コイル17の1次巻線に出力する。インジェクタ駆動回路44は、CPU48から入力される燃料噴射制御信号に応じて、インジェクタ22を駆動するための駆動パルス信号を生成し、当該駆動パルス信号をインジェクタ22に出力する。ポンプ駆動回路45は、CPU48から入力される燃料供給制御信号に応じて、燃料ポンプ31を駆動するためのポンプ駆動信号を生成し、当該ポンプ駆動信号を燃料ポンプ31に出力する。
【0017】
ROM46は、CPU48によって実行されるエンジン制御プログラムや各種設定データを予め記憶している不揮発性メモリである。RAM47は、CPU48がエンジン制御プログラムを実行して各種動作を行う際に、データの一時保存先に用いられる揮発性のワーキングメモリである。
【0018】
CPU48は、ROM46に記憶されているエンジン制御プログラムを実行し、波形整形回路40から入力されるクランクパルス信号、回転数カウンタ41から得られるエンジン回転数、A/D変換器42から得られる吸気圧値、吸気温値、スロットル開度値、冷却水温値及び振動波形データに基づいて、エンジンの燃料噴射、点火、燃料供給に関する制御を行う。具体的には、CPU48は、点火タイミングに点火プラグ16をスパークさせるための点火制御信号を点火回路43に出力し、燃料噴射タイミングにインジェクタ22から所定量の燃料を噴射させるための燃料噴射制御信号をインジェクタ駆動回路44に出力し、また、インジェクタ22に燃料を供給するための燃料供給制御信号をポンプ駆動回路45に出力する。
【0019】
また、このCPU48は、エンジン制御プログラムの実行によって実現される機能として、燃料噴射時期変更部48a、開弁時期検出部48b、燃料噴射量推定部48c及び補正制御部48dを備えている。燃料噴射時期変更部48aは、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を変更する(例えば、燃料噴射時期を10°遅角させる)。開弁時期検出部48bは、A/D変換器42から得られる振動波形データに基づいて、インジェクタ22の開弁時期を検出する。
【0020】
燃料噴射量推定部48cは、開弁時期検出部48bによって検出されたインジェクタ22の開弁時期に基づいて、現時点におけるインジェクタ22の劣化状態で得られる燃料噴射量を推定(算出する)する。また、補正制御部48dは、燃料噴射量推定部48cによって算出された燃料噴射量の推定値と予め求めておいた燃料噴射量の初期値とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足する場合に燃料噴射量の補正制御を行う。
【0021】
これら燃料噴射時期変更部48a、開弁時期検出部48b、燃料噴射量推定部48c及び補正制御部48dの機能についての詳細は後述するが、これらの機能をCPU48に設けることにより、現時点におけるインジェクタ22の劣化状態で得られる燃料噴射量を高精度に推定することが可能となる。以下、その理由について説明する。
【0022】
本願発明者は、インジェクタ22の開弁時期と燃料噴射量との関係、及びインジェクタ22の閉弁時期と燃料噴射量との関係について鋭意検証を行った。図2は、インジェクタ22に所定のパルス幅を有する駆動パルス信号Pを供給した場合における、インジェクタ22のソレノイドコイルに流れる励磁電流Iと、インジェクタ22のプランジャのリフト量Lと、インジェクタ22の開弁及び閉弁動作による振動波形Gとの時間変化を示す図である。なお、図2では、駆動パルス信号Pのオンタイミングをt0としている。
【0023】
図2に示すように、駆動パルス信号Pがオンになっても励磁電流Iは緩やかに上昇するため、駆動パルス信号Pのオンタイミングから一定時間経過後に、インジェクタ22のプランジャが開弁方向にリフトする。この時、インジェクタ22の開弁動作による振動によって振動波形Gが大きく振れることになる。つまり、振動波形Gからインジェクタ22の開弁時期T1を検出することができる。
【0024】
一方、図2に示すように、駆動パルス信号Pがオフになっても励磁電流Iは緩やかに下降するため、駆動パルス信号Pのオフタイミングから一定時間経過後に、インジェクタ22のプランジャが閉弁方向にリフトする。この時、インジェクタ22の閉弁動作による振動によって振動波形Gが大きく振れることになる。つまり、振動波形Gからインジェクタ22の閉弁時期T2を検出することができる。
【0025】
図3(a)は、上記のように検出したインジェクタ22の開弁時期T1と燃料噴射量Qとの関係を表す検証結果であり、図3(b)は、上記のように検出したインジェクタ22の閉弁時期T2と燃料噴射量Qとの関係を表す検証結果である。これら図3(a)及び(b)に示すように、開弁時期T1と燃料噴射量Qとの関係は強い比例関係になるが、閉弁時期T2と燃料噴射量Qとの関係は極めて弱い比例関係になることがわかる。
【0026】
本願発明者は、このような検証結果を基に、閉弁時期T2を考慮して燃料噴射量Qの補正を行うと補正精度が悪化することを見出し、本発明を出願するに至った。すなわち、本実施形態によれば、開弁時期検出部48bによって燃料噴射量Qと強い比例関係にある開弁時期T1を検出し、燃料噴射量推定部48cによって開弁時期T1を基に燃料噴射量の推定を行うため、高精度に燃料噴射量を推定することができるようになり、その結果、インジェクタ22の劣化状態に応じて燃料噴射量の高精度な補正を行うことが可能となる。
【0027】
以下では、上記のような燃料噴射量の高精度な推定及び補正を実現可能とする燃料噴射時期変更部48a、開弁時期検出部48b、燃料噴射量推定部48c及び補正制御部48dの機能について詳細に説明する。図4は、ECU3のCPU48が実行する燃料噴射量の補正制御処理を表すフローチャートである。なお、CPU48は、図4に示す燃料噴射量の補正制御処理を、エンジンの起動後から一定周期で繰り返し実行するものである。
【0028】
この図4に示すように、まず、CPU48の燃料噴射時期変更部48aは、エンジンが所定の運転状態(本実施形態では、暖気運転後のアイドリング状態)か否かを判断する(ステップS1)。具体的には、燃料噴射時期変更部48aは、回転数カウンタ41から得られるエンジン回転数Neが例えば710±20(rpm)であって、且つA/D変換器42から得られる冷却水温値Twが例えば90°C以上であれば、エンジンが暖気運転後のアイドリング状態であると判断する。
【0029】
燃料噴射時期変更部48aは、上記ステップS1において「No」の場合、燃料噴射量の補正制御処理を終了する一方、「Yes」の場合には、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にあるか否かを判定する(ステップS2)。燃料噴射時期変更部48aは、上記ステップS2において「No」の場合、ステップS4の処理へ移行する一方、「Yes」の場合には、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を10°遅角させる(ステップS3)。
【0030】
例えば、図5(a)に示すように、エンジンが4気筒エンジンであって、現在の燃料噴射対象気筒(吸気行程の気筒)が第2気筒である場合、それに隣接する第3気筒が燃焼行程にある。この場合、第2気筒の燃料噴射時期と、第3気筒の筒内圧が最大となる時期とが一致するため、ノックセンサ28の出力信号には、第2気筒のインジェクタ22の開弁動作による振動成分と、第3気筒の燃焼作用による振動成分が含まれる。
【0031】
一方、図5(b)に示すように、エンジンが4気筒エンジンであって、現在の燃料噴射対象気筒が第3気筒である場合、それに隣接する第2気筒が燃焼行程にある。この場合、第3気筒の燃料噴射時期と、第2気筒の筒内圧が最大となる時期とが一致するため、ノックセンサ28の出力信号には、第3気筒のインジェクタ22の開弁動作による振動成分と、第2気筒の燃焼作用による振動成分が含まれる。
【0032】
開弁時期T1の検出に必要な振動成分は、燃料噴射対象気筒のインジェクタ22の開弁動作による振動成分なので、燃料噴射対象気筒の隣接気筒の燃焼作用による振動成分は開弁時期T1の検出誤差の原因となる。従って、上記ステップS3のように、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合には、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を10°遅角させる(所定量変更する)ことにより、燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期と、その隣接気筒の筒内圧が最大となる時期とをずらすことができる。その結果、ノックセンサ28の出力信号から隣接気筒の燃焼作用による振動成分が除去され、開弁時期T1の検出精度が向上する。
【0033】
本願発明者は、上記のような燃料噴射時期の変更効果について鋭意検証したところ、図6に示すような検証結果を得た。図6(a)は、燃料噴射時期を所定角度ずらした場合におけるノックセンサ28で受信した信号の時系列データを示している。この図において、横軸はインジェクタ22の開弁振動をトリガー(時刻0)とした場合の経過時間であり、縦軸は信号の受信回数(不連続に100回受信したもの)である。また、コンター表示がノックセンサ28の出力電圧である。
この図6(a)に示すように、通常の燃料噴射時期(BACE)に対し、5°進角させても、5°遅角10°遅角させても、伝達時間は同じで出力電圧が増加することがわかる。
【0034】
図6(b)は、第2気筒と第3気筒のそれぞれについて、燃料噴射時期を10°遅角させた場合における、開弁時期T1の算出値と実測値との誤差時間を示したものである。なお、開弁時期T1の算出値は、後述するステップS4及びS5の処理によって算出した値であり、開弁時期T1の実測値は、インジェクタ22に加速度センサを直接取り付け、インジェクタ22の通電開始時点から加速度センサの出力変動が生じた時点までの時間を測定したものである。
この図6(b)に示すように、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合には、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を10°遅角させると、開弁時期T1の検出精度が向上することがわかる。
【0035】
さて、図4に戻って説明を続けると、上記ステップS3の終了後、開弁時期検出部48bは、A/D変換器42から振動波形データ(つまり、ノックセンサ28から出力される振動検出信号をデジタル信号化したもの)を取り込み(ステップS4)、この振動波形データからインジェクタ22の開弁動作による振動波形Gを抽出し、当該抽出した振動波形Gからインジェクタ22の開弁時期T1を検出する(ステップS5)。以下、このステップS5の処理、すなわち、インジェクタ22の開弁時期T1の検出処理について詳細に説明する。
【0036】
ノックセンサ28から出力される振動検出信号には、インジェクタ22の開弁動作による振動の周波数成分の他、様々な振動の周波数成分(ノイズ成分)が含まれている。
【0037】
そこで、開弁時期検出部48bは、A/D変換器42から取り込んだ振動波形データにバンドパスフィルタ処理(デジタルフィルタリング)及び絶対値処理を施すことにより、振動波形データからインジェクタ22の開弁動作による振動の周波数成分(振動波形G)を抽出する。
【0038】
そして、開弁時期検出部48bは、振動波形Gにおいて、駆動パルス信号Pのオンタイミングから一定時間経過するまでの区間TS0を、開弁時期T1の検出対象区間から除外する。これは、図2で説明したように、インジェクタ22が、駆動パルス信号Pのオンタイミングから一定時間経過後に開弁動作を行うためである。なお、この区間TS0の値は、インジェクタ22の機種に応じて適宜設定すれば良い。
【0039】
そして、開弁時期検出部48bは、区間TS0の終了タイミングから駆動パルス信号Pのオフタイミングまでの区間を、開弁時期T1の検出対象区間TSとして設定し、この検出対象区間TS内において、振動波形Gが最大振幅値となるタイミングT1’を検出する。この振動波形Gが最大振幅値となるタイミングT1’には、インジェクタ22の開弁動作による振動の伝達時間T_Dが含まれている。そこで、開弁時期検出部48bは、下記(1)式に基づいて、インジェクタ22の開弁時期T1を算出する。
T1 = T1’− T_D …(1)
【0040】
なお、伝達時間T_Dは、エンジンの気筒毎に適宜設定すれば良い。インジェクタ22からノックセンサ28までの振動の伝達距離や共振の仕方は、エンジンの気筒毎に変化するため、開弁時期T1の検出精度(算出精度)を確保する上で、伝達時間T_Dの設定が必要となる。
【0041】
以上がステップS5の処理、すなわち、インジェクタ22の開弁時期T1の検出処理についての説明であり、以下、図4に戻って説明を続ける。
図4に示すように、上記ステップS5の終了後、CPU48の燃料噴射量推定部48cは、開弁時期検出部48bによって検出(算出)されたインジェクタ22の開弁時期T1に基づいて、燃料噴射量の推定値Qを算出する(ステップS6)。
【0042】
具体的には、燃料噴射量推定部48cは、開弁時期検出部48bによって検出された開弁時期T1、及びインジェクタ22に供給された駆動パルス信号の通電時間(パルス幅)Tiと、予め求めておいた係数A、B、C、K1、K2とからなる下記(2)式に基づいて、燃料噴射量の推定値Qを算出する。
Q=A・〔K1・(Ti−T1)+K2・{T1−(B・T1−C)}〕 …(2)
【0043】
上記(2)式において、係数Aは、インジェクタ22の静的噴射量Qwot(或いは静的噴射量Qwotを補正したもの)であり、工場出荷時の実測値、或いはインジェクタ22の機種毎に設定された固定値である。また、係数B、C、K1、K2は、予め実験的に求められた実験係数である。図7は、燃料噴射量Qと時間tとの関係を示している。上記(2)式の第1項は図7中の領域W1の面積を表しており、第2項は図7中の領域W2、W3の面積を表している。
【0044】
つまり、理論的には、燃料噴射量の推定値Qは、図7中の領域W1のみを考慮して、単位時間当たりの燃料噴射量である静的噴射量Qwotに開弁時間(Ti−T1)を乗算すれば算出できるが、実際には、インジェクタ22の開弁動作は駆動パルス信号のオンタイミングに対して遅れて追従するため、単位時間当たりの燃料噴射量が瞬時に静的噴射量Qwotまで到達することはない(領域W2の発生)。同様に、インジェクタ22の閉弁動作は駆動パルス信号のオフタイミングに対して遅れて追従するため、単位時間当たりの燃料噴射量が瞬時にゼロに到達することはない(領域W3の発生)。従って、図7中の領域W1だけでなく、領域W2及びW3も考慮した(2)式を用いることで、正確に燃料噴射量の推定値Qを算出することができる。
【0045】
上記ステップS6の終了後、CPU48の補正制御部48dは、燃料噴射量推定部48cによって算出された燃料噴射量の推定値Qと予め求めておいた燃料噴射量の初期値Q0とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足しているか否かを判断する(ステップS7)。本実施形態において、補正制御部48dは、燃料噴射量の推定値Q及び初期値Q0を基に算出した燃料噴射量の変化率X(=Q/Q0)が閾値以上であることを補正実施条件としている。つまり、補正制御部48dは、ステップS7において、燃料噴射量の変化率Xが閾値以上であった場合に、補正実施条件を満足していると判断する。
【0046】
なお、燃料噴射量の初期値Q0は、燃料噴射量推定部48cによって予め算出されていた値である。つまり、燃料噴射量推定部48cは、インジェクタ22の正常動作時において、開弁時期検出部48bによって検出された開弁時期T0、及びインジェクタ22に供給された駆動パルス信号の通電時間Ti0と、予め求めておいた係数A、B、C、K1、K2とからなる下記(3)式に基づいて、燃料噴射量の初期値Q0を予め算出しておく機能を有している。
Q0=A・〔K1・(Ti0−T0)+K2・{T0−(B・T0−C)}〕…(3)
【0047】
補正制御部48dは、上記ステップS7において「No」の場合、つまり燃料噴射量の変化率Xが閾値未満であって補正実施条件を満足しない場合、燃料噴射量の補正制御処理を終了する一方、「Yes」の場合には、燃料噴射量の補正制御を行う(ステップS8)。
【0048】
具体的には、補正制御部48dは、燃料噴射量の推定値Qの算出に用いた開弁時期T1と、初期値Q0の算出に用いた開弁時期T0との時間差ΔT(=T1−T0)を求める。そして、補正制御部48dは、上記のように求めた時間差ΔTと、初期値Q0の算出に用いた通電時間Ti0と、係数B、K1、K2とからなる下記(4)式に基づいて、インジェクタ22に供給すべき駆動パルス信号の通電時間Tixを算出する。
Tix=Ti0+{1+(B−1)・K2/K1}・ΔT …(4)
【0049】
なお、上記(4)式は、インジェクタ22の経年劣化により時間差ΔT(=T1−T0)が生じたと仮定し、上記(2)式にT1=T0+ΔTを代入して得られる燃料噴射量の推定値Qと、上記(3)で表される燃料噴射量の初期値Q0とが等しくなるような通電時間Tiを(2)式及び(3)式の変形によって求め、その求めた通電時間TiをTixで表記したものである。つまり、上記(4)式は、現在の燃料噴射量Qを初期値Q0に補正するための駆動パルス信号の通電時間Tixを表している。
【0050】
そして、補正制御部48dは、上記(4)式を用いて算出した駆動パルス信号の通電時間Tixをインジェクタ駆動回路44に指示する。これにより、インジェクタ駆動回路44から通電時間(パルス幅)Tixを有する駆動パルス信号がインジェクタ22に供給され、現在の燃料噴射量Qが初期値Q0に補正されることになる。
【0051】
以上説明したように、本実施形態によれば、燃料噴射量と強い比例関係にある開弁時期T1を検出し、当該検出した開弁時期T1を基に燃料噴射量の推定を行うため、高精度に燃料噴射量を推定することができるようになり、その結果、インジェクタ22の劣化状態に応じて燃料噴射量の高精度な補正を行うことが可能となる。
また、本実施形態によれば、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合には、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を10°遅角させることで、開弁時期T1の検出精度が向上し、その結果、より高精度な燃料噴射量の補正を行うことができる。
【0052】
なお、本発明は上記実施形態に限定されず、以下のような変形例が挙げられる。
(1)上記実施形態では、燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合には、その燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を10°遅角させる場合を例示したが、これに限らず、燃料噴射時期をある一定量、遅角させても良いし、或いは進角させても良い。また、エンジンの気筒数に関わらず、本発明を適用することができる。
【0053】
(2)上記実施形態では、上記(2)式に基づいて燃料噴射量の推定値Qを算出する場合を例示したが、燃料噴射量と強い比例関係にある開弁時期T1の関数であれば、他の推定値Qの算出式を用いても良い(勿論、推定値Qの算出式が変われば、それに応じて、初期値Q0の算出式及び駆動パルス信号の通電時間Tixの算出式も変わることになる)。
【0054】
(3)上記実施形態では、燃料噴射量の推定値Q及び初期値Q0を基に算出した燃料噴射量の変化率X(=Q/Q0)が閾値以上であることを補正実施条件とする場合を例示したが、補正実施条件はこれに限定されるものでなく、経年劣化の進行度が補正の実施を必要とするレベルか否かを判断できるような条件であれば、他の条件を用いても良い。
【0055】
(4)開弁時期T1の検出手法は上記実施形態に記載の方法に限定されるものでなく、開弁時期T1を高精度に検出可能な手法であれば、他の検出手法を採用しても良い。
【符号の説明】
【0056】
3…ECU(Electronic Control Unit)、17…点火コイル、22…インジェクタ、23…吸気圧センサ、24…吸気温センサ、25…スロットル開度センサ、26…冷却水温センサ、27…クランク角度センサ、31…燃料ポンプ、40…波形整形回路、41…回転数カウンタ、42…A/D変換器、43…点火回路、44…インジェクタ駆動回路、45…ポンプ駆動回路、46…ROM(Read Only Memory)、47…RAM(Random Access Memory)、48…CPU(Central Processing Unit)、48a…燃料噴射時期変更部、48b…開弁時期検出部、48c…燃料噴射量推定部、48d…補正制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料噴射弁を制御する燃料噴射制御装置であって、
燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合、前記燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を変更する燃料噴射時期変更手段と、
前記燃料噴射弁の開弁時期を検出する開弁時期検出手段と、
前記燃料噴射弁の開弁時期に基づいて燃料噴射量を推定する燃料噴射量推定手段と、
前記燃料噴射量の推定値と予め求めておいた前記燃料噴射量の初期値とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足する場合、前記燃料噴射量の補正制御を行う補正制御手段と、
を備えることを特徴とする燃料噴射制御装置。
【請求項2】
前記開弁時期検出手段は、外部の振動センサから入力される振動検出信号に含まれる、前記燃料噴射弁の開弁動作による振動波形を抽出し、当該抽出した振動波形から前記開弁時期を検出することを特徴とする請求項1に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項3】
前記補正制御手段は、前記燃料噴射量の推定値及び初期値を基に算出した前記燃料噴射量の変化率が閾値以上であることを前記補正実施条件とすることを特徴とする請求項1または2に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項4】
前記燃料噴射時期変更手段は、所定の運転状態時に前記燃料噴射時期の変更を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の燃料噴射制御装置。
【請求項5】
燃料噴射弁を制御する燃料噴射制御方法であって、
燃料噴射対象気筒の隣接気筒が燃焼行程にある場合、前記燃料噴射対象気筒の燃料噴射時期を変更する燃料噴射時期変更行程と、
前記燃料噴射弁の開弁時期を検出する開弁時期検出工程と、
前記燃料噴射弁の開弁時期に基づいて燃料噴射量を推定する燃料噴射量推定工程と、
前記燃料噴射量の推定値と予め求めておいた前記燃料噴射量の初期値とを比較し、両者の関係が補正実施条件を満足する場合、前記燃料噴射量の補正制御を行う補正制御工程と、
を有することを特徴とする燃料噴射制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−47129(P2012−47129A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−191155(P2010−191155)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000141901)株式会社ケーヒン (1,140)
【Fターム(参考)】