説明

物理量検出装置及び転動装置

【課題】変化の激しい環境、あるいは騒音ないし振動のノイズの大きい環境が与える異常診断の精度の低下を抑制することのできる物理量検出装置及び転動装置を提供する。
【解決手段】鉄道車両、鉄鋼圧延機、工作機械などに組み込まれる転動装置の異常診断において、検出用振動センサと参照用振動センサを配設して、検出用振動センサと参照用振動センサとの両者の信号をAD変換器(ADC)172でデジタル変換して、DSP回路173で当該デジタル出力信号に基いて最適フィルタを用いてノイズを推定し、その分を差し引いて出力された信号でもって異常診断を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両、工作機械等の機械装置に用いられる転動装置(車軸軸受、歯車、車輪または軸受など)に異常診断のため付設される物理量検出装置に関し、特に、転動装置の異常診断の際発生するノイズを除去できるように構成した物理量検出装置及び当該物理量検出装置が付設された転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄道車両あるいは工作機械などの機械装置に組み込まれる転動装置は、一定期間使用した後に、転がり軸受やその他の回転部品について、損傷や摩耗等の異常の有無が定期的に検査される。この検査において、振動センサなどの物理量検出装置を取付けて、転動装置が組み込まれた機械装置を分解することなく、実稼動状態で転動装置の異常診断を行なうことができるものが様々提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。最も、代表的なものとしては、特許文献1に記載されるように、例えば軸受部に振動センサを設置して計測し、更に、この信号にFFT(高速フーリエ変換)処理を行なって振動発生周波数成分の信号を抽出して診断を行なう方法が知られている。
【0003】
また、これら異常診断を行う際には、振動センサから出力された信号内に表出してしまうノイズを除去するため、バンドパスフィルタを施して信号のSN比を向上させることが一般的に行われる(例えば、特許文献4参照)。
【0004】
しかしながら、バンドパスフィルタを利用しようとする場合、予めノイズの周波数帯域を把握する必要があり、例えば鉄道車両のように運転条件、走行路条件、荷重条件などの要因によってノイズの周波数帯域が刻々と変動して異常診断の精度に複雑に影響してしまうことがある。さらに、工作機械では、騒音ないし電磁などのノイズのレベルは高く高範囲域であることが多く、工作機械に組み込まれる転動装置の剥離ないし摩耗などの検知を行うためには振動センサも高帯域のものを使用しなければならず、したがってバンドパスフィルタの帯域も広くせざるを得ず、事実、高周波として表出する電磁ノイズを除去することができても、騒音ノイズを充分に除去することは難しかった。
【0005】
これに対し、バンドパスフィルタを用いず、2個のセンサ(ピックアップ)を用いて、各センサで検出された信号を位相差がゼロとなるように補正してノイズを除去するものがある(例えば、特許文献5および6参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2002−22617号公報
【特許文献2】特開2003−202276号公報
【特許文献3】特開2004−257836号公報
【特許文献4】特開平9−113416号公報
【特許文献5】特開平6−288806号公報
【特許文献6】特開平9−33310号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献5および6に記載のものではセンサ間に介在する、例えば剛性、粘弾性などの動的な特性(信号処理上での伝達特性)を考慮しておらず、異常診断の対象として用いたい信号にまで影響を与えてしまうことがあり、異常診断の精度向上に改善の余地があった。
【0008】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、変化の激しい環境、あるいは騒音ないし振動のノイズの大きい環境が与える異常診断の精度の低下を抑制することのできる物理量検出装置及び転動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の目的は、下記の構成により達成される。
(1) 機械装置に組み込まれる転動装置から発せられる振動、音、超音波、応力、変位または歪みのいずれかの物理量を検出する検出用センサと、
所定の位置に配設されて前記物理量を検出する参照用センサと、
前記検出用センサからの信号と前記参照用センサからの信号とを取り込み、最適フィルタを施すことによって前記転動装置以外から発生するノイズ信号を除去して前記物理量を推定する信号処理部と、
を備える
ことを特徴とする物理量検出装置。
(2) 前記信号処理部は、
さらに、
前記推定された物理量に基づき周波数分布を求めて前記転動装置の異常診断を行う診断処理部を備える、
上記(1)に記載の物理量検出装置。
(3) 前記参照用センサは、前記検出用センサが取付けられた部材に、同じく取付けられる
ことを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の物理量検出装置。
(4) 前記参照用センサは、前記信号処理部内に配設される、
上記(1)又は(2)に記載の物理量検出装置。
(5) 前記参照用センサは、前記検出用センサと同じ方向の前記物理量を検出し得るように配設される、
上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の物理量検出装置。
(6) 前記最適フィルタはカルマンフィルタ又はウィナーフィルタの少なくともいずれかである、
上記(1)〜(5)のいずれか1つに記載の物理量検出装置。
(7) 前記最適フィルタはLMSアルゴリズム又はRLSアルゴリズムの少なくともいずれかである、
上記(1)〜(5)のいずれか1つに記載の物理量検出装置。
(8) 上記(1)〜(7)のいずれか1つに記載の物理量検出装置が取付けられた転動装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、検出用センサと参照用センサとの両者の信号を取り込んで最適フィルタを用いてノイズを推定し、その分を差し引いて出力された信号でもって物理量を検出ができ、またこの検出結果に基づき異常診断を行うことができるので、変化の激しい環境、あるいは騒音ないし振動のノイズの大きい環境が与える物理量検出および異常診断の精度の低下を抑制することが可能となる。
【0011】
また、本発明では、参照用センサが、検出用センサが取付けられた部材(例えば、鉄道車両であれば転動装置のハウジングなど)に同じく取付けられることが好ましい。これにより、ノイズの推定の精度をより高めると共に、迅速な物理量検出および異常診断を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係る第1〜3実施形態について図を参照しながら詳細に説明する。
【0013】
図1(a)は本発明に係る第1実施形態の物理量検出装置が付設された転動装置を搭載した鉄道車両の概略平面図、図1(b)は同鉄道車両の概略側面図であり、図2は第1実施形態の転動装置を説明するための断面図であり、図3は物理量検出装置の信号処理装置のブロック構成図であり、図4は信号処理装置のフィルタ処理部のブロック構成図であり、図5はフィルタ処理部の動作を示すブロック図であり、図6はフィルタ処理部の別の動作を示すブロック図であり、図7は本発明の第2実施形態に係る物理量検出装置を搭載した鉄鋼圧延機の概略図であり、図8は本発明の第3実施形態に係る物理量検出装置を搭載し切削工具であるドリルが装着された工作機械の概略図であり、図9は検出用センサの出力信号と最適フィルタ処理後の出力信号の周波数スペクトル比較を示す図であり、(a)は転動装置の回転速度が360rmp(min−1)の場合、(b)は転動装置の回転速度が88rpm(min−1)であり、図10は第1実施形態に係る振動センサの別の取付方法を示す図であり、図11は第1実施形態に係る信号処理部の変形例を示すブロック構成図である。
【0014】
(第1実施形態)
まず、図1〜図3に従って、本発明の第1実施形態に係る物理量検出装置が付設された転動装置(回転支持装置)が組み込まれた鉄道車両について説明する。
【0015】
図1に示すように、一両の鉄道車両100は前後2つの車台によって支持され、各車台には4個の車輪101が取り付けられている。各車輪101の回転支持装置(転動装置)110には、回転支持装置110から発せられる物理量(例えば、振動、超音波、応力、変位、歪み又は角速度)を検出するため、検出用振動センサ(検出用センサ)111と、参照用振動センサ(参照用センサ)117とがそれぞれ付設されている。
なお、前記検出用振動センサ111は、運転中に回転支持装置110から発生する振動を、後述する異常診断を行うために検出し、そして、前記参照用振動センサ117は、同じく回転支持装置110から発生する振動を検出して、前記検出用振動センサ111で検出された検出信号に含まれるノイズを除去するために用いられる。
【0016】
鉄道車両100の制御盤115には、4チャネル分の前記検出用振動センサ111と4チャンネル分の前記参照用振動センサ117とから出力されたセンサ信号をそれぞれ同時(ほぼ同時)に取り込んで異常診断を行うため信号処理を実施する信号処理装置(信号処理部)150が2つ搭載されている。即ち、各車台に設けられている8つの振動センサ111,117の出力信号が各々信号線(有線)116を介して車台毎に別の信号処理装置150に絶えず入力される。また、信号処理装置150には、車輪101の回転速度を検出する回転速度センサ(不図示)からの回転速度パルス信号も入力されている。なお、信号線116の有線に代えて、無線による信号伝達を行っても構わない。
このようにして、物理量検出装置50は、前記検出用振動センサ111と前記参照用振動センサ117と信号処理装置150とを備えて構成されて、前記回転支持装置110に付設されることとなる。
【0017】
そして、図2に示すように、本発明に係る物理量検出装置50、即ち振動センサ111,117などを備える鉄道車両100の回転支持装置110は、両端部で車輪101に連結される車軸213を回転自在に支持するため、回転部品である複列円すいころ軸受211と、鉄道車両100の台車の一部を構成する静止部材である軸受箱212と、を備える。
【0018】
複列円すいころ軸受211は、回転軸である鉄道車両の車軸213を回転自在に支持しており、外周面に円すい外面状に傾斜した内輪軌道面215,215を有する一対の内輪214,214と、内周面に円すい内面状に傾斜した一対の外輪軌道面217,17を有する単一の外輪216と、内輪214,214の内輪軌道面215,215と外輪216の外輪軌道面217,217との間に複列で複数配置された転動体である円すいころ218,218と、円すいころ218,218を転動自在に保持する環状の打ち抜き保持器219,219と、外輪216の軸方向の両端部にそれぞれ装着された一対のシール部材220,220と、を備えて構成される。
【0019】
軸受箱212は、鉄道車両の台車の側枠を構成するハウジング221を備えており、このハウジング221は外輪216の外周面を覆うように、中間部でフランジ部を有して円筒状に形成されている。また、ハウジング221の軸方向外端部側(図中の左方向)の外方には、周辺から発生するノイズを捉えるべく前記参照用振動センサ117が取付けられ、ハウジング221の軸方向の中間の外方には、複列円すいころ軸受11のラジアル方向の振動を捉えるべく検出用振動センサ111が取付けられている。なお、いずれの振動センサ111,117も同じ方向、即ち重力方向の振動加速度を検出し得る姿勢に保持され得るように配設され、また同一の部材(ハウジング221)に取付けられている。
【0020】
一対の内輪214,214の間には、内輪間座224が配置されている。一対の内輪214,214及び内輪間座224には車軸213が圧入されており、外輪216はハウジング221に嵌合されている。複列円すいころ軸受211には、種々部材の重量等によるラジアル荷重と任意のアキシアル荷重とが負荷されており、外輪216の周方向の上側部が負荷圏(転動体に対して荷重が負荷される領域)になっている。
【0021】
車軸213の前端部側に配置された一方のシール部材220は、外輪216の軸方向端部で、内輪214と外輪216とで画成される隙間空間を塞ぐように組み付けられている。
【0022】
前記振動センサ111,117は、圧電素子等の振動測定素子であり、複列円すいころ軸受211の内外輪軌道面215,215,217,217の剥離や、歯車の欠損、車輪のフラット摩耗等を検出するのに用いられる。
なお、当該検出用振動センサ111には、加速度センサ、AE(acoustic emission)センサ、超音波センサ、ショックパルスセンサ等、種々のものを採用することができるが、加速度の検出方向性と回路の組込み容易性とを考慮するとMEMS加速度センサが好適である。また、振動センサ111,117は、AE(Acoustic Emission)センサ、音響センサ、超音波センサの少なくとも1つの振動を検出可能な振動系センサと温度センサとを一体に筐体内に収納固定した複合型センサとして構成してもよい。
【0023】
図3に示すように、信号処理装置150は、センサ信号処理部150Aと、異常診断処理部(MPU)150Bとを有する。そして、センサ信号処理部150Aは、1つのフィルタ処理部151と1つの波形整形回路155とを備えており、4つの振動センサ111の出力信号と4つ参照用振動センサ117の出力信号とが一括してフィルタ処理部151に、そして回転速度センサからの速度比例正弦波または回転速度パルス信号などの回転速度信号が波形整形回路155に、それぞれ入力される。前記フィルタ処理部151は、アナログアンプの機能とアンチエリアシングフィルタの機能とを兼ね備えており、入力された8チャンネルの出力信号(アナログ信号)を適宜増幅・濾波処理を施してデジタル信号に変換し、後述するノイズ除去演算を行っている。これら演算された8チャンネルのデジタル信号は、異常診断処理部(MPU)150Bに取り込まれる。
【0024】
一方、回転速度信号は、波形整形回路155によって整形された後、タイマカウンタ(不図示)により単位時間当りのパルス数がカウントされ、その値が回転速度信号として異常診断処理部(MPU)150Bに入力される。異常診断処理部(MPU)150Bは、振動センサ111,117により検出された振動波形信号(後述する、推定信号S´)と回転速度センサにより検出された回転速度信号とをもとに異常診断を実行する。異常診断処理部(MPU)150Bによる診断結果はラインドライバ(LD)156を介して通信回線120(図1参照)に出力される。通信回線120は警報機に接続されており、車輪101のフラット等の異常発生時には然るべき警報動作がなされるようになっている。
【0025】
また、この信号処理装置150は、電源が供給されなくてもデータを保持するために、バックアップ電池(Batt)161を有するスタティックランダムアクセスメモリー(SRAM)162を備えている。
【0026】
異常診断処理部150Bは、フィルタ処理部151と波形整形回路155との出力信号に基づいて、回転支持装置110のうち複列円すいころ軸受211に発生している振動の周波数分析を行う。具体的には、前記フィルタ処理部151の出力信号に絶対値処理を施した後、FFTのアルゴリズムに基づいて、振動の周波数スペクトルを算出する。なお、FFTを行う前処理として、振動信号の包絡線を求めるエンベロープ処理を行ってもよい。
【0027】
一般に、複列円すいころ軸受211の回転に起因して生じる振動の異常周波数帯は、軸受の大きさ、転動体の数等の軸受諸元に依存して決まっている。例えば、内輪214、外輪216、円すいころ(転動体)218、打ち抜き保持器(保持器)219などの車軸軸受の各部材の欠陥と、各部材で発生する異常振動周波数の関係は、表1に示すとおりである。したがって、前記振動処理部150Bは、上述した前記フィルタ処理部151の出力信号から周波数スペクトルを算出する一方、表1で示される演算式に基づき前記回転速度信号と軸受諸元とから、複列円すいころ軸受211の各部材における異常振動周波数を基準値として算出してRAMなどの記憶媒体に記憶保持する。
【0028】
【表1】

【0029】
そして、異常診断処理部150Bは、前記周波数スペクトルの算出結果と、前記基準値とを比較し、異常振動が発生しているかどうかを判定する。この異常診断の判定は、例えば周波数スペクトルの算出結果よりピーク周波数を算出し、前記基準値との一致度、一致回数から判定を行っているが、これに代えて一定期間に振幅閾値を超えた回数から判定を行ってもよく、この場合には回転速度信号を検出する必要がない。
【0030】
次に、フィルタ処理部151について図4に従って詳細に説明する。
フィルタ処理部151は、図4に示すように、DSP回路173を中心として、マルチプレクサ(MUX)171とAD変換器(ADC)172とを備えて構成される。入力された8チャネルのアナログ信号は、マルチプレクサ(MUX)171にて1チャネルごとの信号に切換えられて、AD変換器(ADC)172にてデジタル信号にそれぞれ変換される。変換された信号はRAMなどの記憶媒体に一時的に蓄積された後に、DSP回路173は、これらデジタル信号を前記記憶媒体から適宜取り出して、参照用振動センサ117から出力されたデジタル信号と、検出用振動センサ111から出力されたデジタル信号と、に基づいて最適フィルタを施して、ノイズを除去した上で診断処理部150Bにデジタル信号を出力する。なお、この最適フィルタの処理は、同一の回転支持装置110に取付けられた振動センサ111,117の組合単位(例えば、図4中の点線枠内毎)でそれぞれ実施されることとなる。
【0031】
さらに、前記最適フィルタの処理(ノイズ除去演算)の基本構成について図5を参照して説明する。
検出用振動センサ111では、前記複列円すいころ軸受211それぞれにおいて、ある特定のノイズ源から発生されるノイズ信号x(ただしn=1,2,3,4、以降同じ)は、例えば前記ノイズ源と前記検出用振動センサ111各々との間に介在する粘弾特性などの未知な伝達関数Hにより乗じられたノイズ信号H・xとして検出される。このため、各検出用振動センサ111の出力信号dは本来異常診断の対象となるべき所望信号Sと、ノイズ信号H・xとが加わった信号として検出される。ここで、ノイズ源から発生されるノイズxが別途検出できる箇所、本実施形態では、即ち、検出用振動センサ111が取付けられている部材に、同じく参照用振動センサ117が取付けられている。
【0032】
このため、フィルタ処理部151では、4つの参照用振動センサ117の出力信号と4つの検出用振動センサ111の出力信号とを取り込んで、同じ部材に取付けられた、これら振動センサ111,117の組合毎に、これら両信号に対し最適フィルタを施すことでノイズ信号xを推定して、ノイズが除去された推定信号S´を算出することができる。なお、最適フィルタとしては、時間領域で逐次実施可能と知られる、カルマンフィルタまたはウィナーフィルタなどを用いることができるが、本実施形態では図5に示すように、係数可変フィルタを用いたアルゴリズム、即ち、出力信号dと係数可変フィルタの出力yの差e(前記推定信号S´と等価)が最小化される方向に係数可変フィルタの係数が更新されるアルゴリズムを採用するのが好適である。
なお、係数可変フィルタの係数は、振動センサ111,117の信号に最適フィルタが逐次施される度に更新され、当該更新は所望信号Sと推定信号S´との差(誤差)の2乗平均値が最小になるように実施される。
【0033】
このような係数可変フィルタを用いて係数を更新するアルゴリズムとして、勾配型のアルゴリズム又は最小二乗法によるアルゴリズムが知られており、本実施形態では、特に実用性の高いLMS(最小平均二乗)アルゴリズムまたはRLS(逐次最小二乗)アルゴリズムなどの最適フィルタを採用することができるが、実験の結果、RLS(逐次最小二乗)アルゴリズム、勾配型結合過程アルゴリズムがより好適であることが確認された。
【0034】
これらアルゴリズムはいずれも、過去の推定信号S´の推定結果に及ぼす影響を小さくするため、前記係数に対し忘却係数を取り入れることで非定常性によく対応できる。そして、これらアルゴリズムのうち、特にRLSアルゴリズムは非定常現象が発生したときの適応性が迅速であり、また勾配型結合過程アルゴリズムについても同じく実用性が高い。なお、RLSアルゴリズムはカルマンフィルタに、勾配型結合過程アルゴリズムはウィナーフィルタに、属するものであり、これらアルゴリズムの実装方法を工夫(例えば、組合せなど)することで種々の最適フィルタとして実現可能である。
【0035】
さらに、勾配型のアルゴリズムとして代表的なものとしては、LMSアルゴリズムがあり、このアルゴリズムは係数に対し忘却係数を取り入れるとともに、ステップサイズパラメータを入力信号の振幅に応じて可変にする正規化アルゴリズムをも取り入れた正規化LMSアルゴリズムを用いることで非定常性に対応できて、実用的なレベルとすることができる。
【0036】
したがって、本実施形態によれば、鉄道車両などに組み込まれる転動装置に異常診断において、検出用振動センサと参照用振動センサとの両者の出力信号から最適フィルタを用いてノイズを推定し、その分を差し引いて出力された信号でもって物理量検出、そして異常診断を行うので、変化の激しい環境、あるいは騒音ないし振動のノイズの大きい環境が与える検出精度の低下を抑制し、検出精度を向上させることができる。
【0037】
また、この効果に加えて、本実施形態によれば、最適フィルタはノイズの伝達関数Hを推定するのと等価であり、また参照用センサ117を検出用センサ111の近傍、即ち同一部材に対しそれぞれ取付けられるので、推定演算する伝達関数Hの次数を低く抑制できて、DSP回路173などの演算負担を低減して、迅速且つ精度よく異常診断の対象となる推定信号S´を算出することもできる。
【0038】
(第2実施形態)
次に、図7に従って本発明に係る第2実施形態について説明する。
なお、以下説明する実施形態において、上述した第1実施形態と重複する構成要素および機能的に同様な構成要素などについては、図中に同一あるいは相当符号を付すことによって説明を簡略化あるいは省略する。
【0039】
本実施形態は、検出用振動センサ111と参照用検出センサ117と信号処理装置150とを備えた物理量検出装置350を鉄鋼圧延機300に適用したものである。本実施形態に係る鉄鋼圧延機300は、上ワークロール301および下ワークロール302を備えて、支持軸受303によって回転自在に支持されているとともに、スピンドル304に連結されている。当該スピンドル304は、例えばカップリングなどの継手305により減速機306に接続される。当該減速機306は、モータ軸に継手307が装着されたモータ308により回動駆動される。即ち、モータ308が回転駆動されることにより、上下ワークロール301,302が協調回動して、当該上下ワークロール301,302の間を例えば金属などの被圧延材309が通過することで圧延される。なお、本実施形態の支持軸受303は、例えば4列円すいころ軸受若しくは4列円筒ころ軸受、または複列円すいころ軸受などが用いられるが、特に限定されるものではなく、本発明の範囲内で任意に選択される。
【0040】
また、検出用振動センサ111は、支持軸受303各々に付設されている。さらに、本実施形態では、稼動時における主なノイズ源が減速機306であることが予想されるため、参照用振動センサ117は前記減速機306に付設されている。そして、検出用振動センサ111と参照用検出振動117とにより検出された5チャンネルのアナログ信号は異常診断装置150に入力される。
それ以外の態様、即ち検出用振動センサ111および参照用振動センサ117から検出された信号に基づいた異常診断は、第1実施形態と同様である。
【0041】
したがって、本実施形態によれば、鉄鋼圧延機においても第1実施形態と同様な効果を奏する。
【0042】
(第3実施形態)
図8に従って第3実施形態について説明する。
本実施形態は、検出用振動センサ111と参照用検出センサ117と信号処理装置150とを備えた物理量検出装置450を、ドリル研削機400に適用したものである。工作機械であるドリル研削機400は、内部に回転軸(転動装置)401と当該回転軸を回転自在に支持する支持軸受(不図示)を備えた主軸402と、当該主軸402を保持するハウジング403と、当該ハウジング403を、リニアガイド404を介して支持するとともにワークWを固定支持するテーブル405を備えた本体部406と、伝達機構407を介して回転軸401を回転駆動するモータ408とを備えている。なお、モータ408は回転軸401と平行となるようにブラケット409により主軸402に取付けられており、伝達機構407はベルト407aとプーリ407bとで構成されてモータ408の駆動力を主軸402に伝達している。
【0043】
そして、回転軸401の先端部にドリルTが装着されて、リニアガイド404に案内支持されながら、ドリルTが装着された回転軸401が、テーブル405に配されたワークWに対して進退移動(図中では上下方向)することにより研削を行う。
【0044】
また、参照用振動センサ117はモータ408と近傍配置となるようにブラケット409に付設されるとともに検出用振動センサ111はテーブルに取付けられる。
【0045】
したがって、本実施形態によれば、工作機械においても第1実施形態と同様な効果を奏する。
【実施例1】
【0046】
ここで、本発明の第1実施形態の転動装置を用いた場合の最適フィルタの有効性を確認するため、試験を行った。この試験結果が得た周波数スペクトルを図9に示す。なお、この試験では、複列円すい転がり軸受の内輪軌道に人工きずを加工し、この状態で振動を検出して、検出用振動センサ111から出力されたそのままの信号(観測信号:図中の下段)dとフィルタ処理部151で最適フィルタが施された後の推定信号(最適フィルタ処理後の出力:図中の上段)S´とをそれぞれFFT変換して周波数スペクトルを取って比較した。なお、最適フィルタのアルゴリズムは、RLS(逐次最小二乗)アルゴリズムを用いた。
【0047】
図9(a)は、転動装置の回転速度が360rpm(min−1)であるときの試験結果であり、最適フィルタが施された信号ではノイズが殆ど除去され、異常を示すピークとその高調波ピークが強調されていることが確認できる。また、図9(b)は回転速度が88rpm(min−1)であるときの試験結果であり、検出用振動センサ111からそのまま出力された信号波形ではノイズしか確認できず異常を示すピークはそのノイズに完全に埋もれてしまい、全く確認できないが、最適フィルタが施された信号ではノイズが除去されて異常を示すピークが確認され、且つ基本波から3次の高調波まで精度よく確認できる。
即ち、このような試験を通じて表2に示す知見が得ることができた。
【0048】
【表2】

【0049】
したがって、この試験により、検出用振動センサ111と参照用振動センサ117との両者の出力信号から最適フィルタを用いてノイズを推定し、その分を差し引いて出力された信号でもって異常診断を行うことで、従来では難しいとされていた中低速の回転速度においても異常診断を迅速且つ精度よく行えることが分かる。
【0050】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこれら実施形態に限られるものではなく、適宜、変形、改良等が可能である。なお、検出用振動センサと参照用振動センサとは同じ種類のセンサである必要はなく、例えば検出用振動センサとして耐久性に優れた圧電セラミックセンサを使用し、参照用振動センサとして加速度の検出方向に優れ、容易に演算回路に組み込み可能なMEMS加速度センサを用いてもよい。
【0051】
また、転動装置としては、転がり軸受、歯車、車軸、工作機械やボールねじ等の回転部品や、リニアガイド、リニアボールベアリング等の部品であってもよく、損傷によって周期的な振動を発生する部品であれば良い。また、回転部品の損傷に起因する周波数成分を算出するための速度信号としては、回転速度信号を例示して説明したが、摺動部品の場合の速度信号として移動速度信号も用いることができる。
【0052】
また、上記実施形態では、デジタル処理の大部分をソフトウエアによって行なっているが、その一部またはそのすべてをFPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウエアで実現してもよい。さらに、入力される信号のSN比を向上させるため、フィルタ処理部の前段に増幅処理ないしはアンチエリアシングフィルタ処理を施す演算部を設けてもよい。
【0053】
また、機械装置は異常診断対象である転動装置を備えたものであればよく、上述したもの以外に、風車用軸受装置、工作機械主軸用軸受装置などを含むことができる。
【0054】
さらに、検出される信号を振動として例示して説明したが、これに代えて音、超音波(AE)、応力、変位、歪みなどの機械量、物理量を含み、これらの信号では、回転あるいは摺動部品を含む機械設備に欠陥または異常がある場合に、その欠陥または異常を示す信号成分を含んでいるので、異常診断の対象信号とすることができる。
【0055】
また、第1実施形態では検出用振動センサ111と参照用振動センサ117とが同じ部材に取付けられるとして説明したが、参照用振動センサ117がノイズを含んだ信号を検出できるように配設されればよく、例えば信号処理装置150内に制御基盤に配設されるようにしても、本発明の目的を達成することができる。
【0056】
さらに、第1実施形態では1つの検出用振動センサ111で異常診断を行っているが、複列円すいころ軸受211の負荷圏を考慮して、図10に示すように、複列円すいころ軸受211のそれぞれの内外輪軌道面215,215,217,217に対峙し得るように、検出用振動センサを1つの回転支持装置110につき2つ配設するように構成してもよく、この場合にはより迅速且つ精度よく異常診断することができる。
【0057】
そして、上記実施形態では、1つのフィルタ処理151で振動センサ111,117全部の信号を取り込んで最適フィルタ処理を実施するようにしたが、図11に示すように、フィルタ処理部551を検出用振動センサ111と参照用振動センサ117との組合に応じて個々に配設するようにしてもよい。この場合には、演算量を増やすことができ、収束の早いアルゴリズム、例えばRLSアルゴリズムを実装することができる。
【0058】
また、フィルタ処理部151,251と異常診断処理部150Bを別体として設けた構成としたが、これら共通のCPUを用いて一体として構成するようにしてもよい。この場合には、製造コストを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】(a)は本発明の異常診断装置を搭載した鉄道車両の概略平面図、そして(b)は同鉄道車両の概略側面図である。
【図2】第1実施形態の転動装置を説明するための断面図である。
【図3】物理量検出装置の信号処理装置のブロック構成図である。
【図4】信号処理装置のフィルタ処理部のブロック構成図である。
【図5】フィルタ処理部の動作を示すブロック図である。
【図6】フィルタ処理部の別の動作を示すブロック図である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る物理量検出装置を搭載した鉄鋼圧延機の概略図である。
【図8】本発明の第3実施形態に係る物理量検出装置を搭載し切削工具であるドリルが装着された工作機械の概略図である。
【図9】検出用センサの出力信号と最適フィルタ処理後の出力信号の周波数スペクトル比較を示す図であり、(a)は転動装置の回転速度が360rmp(min−1)の場合、(b)は転動装置の回転速度が88rpm(min−1)である。
【図10】第1実施形態に係る振動センサの別の取付方法を示す図である。
【図11】第1実施形態に係る信号処理部の変形例を示すブロック構成図である。
【符号の説明】
【0060】
50,350,450 物理量検出装置
100 鉄道車両
101 車輪
110 回転支持装置(転動装置)
111 検出用振動センサ(検出用センサ)
117 参照用振動センサ(参照用センサ)
150 信号処理装置
151,551 フィルタ処理部
150A センサ信号処理部
150B 診断処理部
173 DSP回路
211 複列円すいころ軸受
221 ハウジング
300 鉄鋼圧延機
303 支持軸受(転動装置)
400 ドリル研削機
401 回転軸(転動装置)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械装置に組み込まれる転動装置から発せられる振動、音、超音波、応力、変位または歪みのいずれかの物理量を検出する検出用センサと、
所定の位置に配設されて前記物理量を検出する参照用センサと、
前記検出用センサからの信号と前記参照用センサからの信号とを取り込み、最適フィルタを施すことによって前記転動装置以外から発生するノイズ信号を除去して前記物理量を推定する信号処理部と、
を備える
ことを特徴とする物理量検出装置。
【請求項2】
前記信号処理部は、
さらに、
前記推定された物理量に基づき周波数分布を求めて前記転動装置の異常診断を行う診断処理部を備える、
請求項1に記載の物理量検出装置。
【請求項3】
前記参照用センサは、前記検出用センサが取付けられた部材に、同じく取付けられる
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の物理量検出装置。
【請求項4】
前記参照用センサは、前記信号処理部内に配設される、
請求項1又は2に記載の物理量検出装置。
【請求項5】
前記参照用センサは、前記検出用センサと同じ方向の前記物理量を検出し得るように配設される、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の物理量検出装置。
【請求項6】
前記最適フィルタはカルマンフィルタ又はウィナーフィルタの少なくともいずれかである、
請求項1〜5のいずれか一項に記載の物理量検出装置。
【請求項7】
前記最適フィルタはLMSアルゴリズム又はRLSアルゴリズムの少なくともいずれかである、
請求項1〜5のいずれか一項に記載の物理量検出装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の物理量検出装置が取付けられた転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−164578(P2008−164578A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−136938(P2007−136938)
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】