説明

獣毛素材布もしくは糸への形状記憶加工方法

【課題】
簡便にして短時間,低コストで確実に獣毛素材に形状記憶加工を施すことの出来る加工方法およびこの加工方法によって製造される布および糸を提供する。
【解決手段】
硫黄が2個結合したシスチン架橋を有する獣毛を素材とする布地もしくは糸を、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して前記シスチン架橋の解裂および再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行い、ついで、当該再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行った布地もしくは糸を乾燥させる乾燥処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、獣毛(獣毛100%、あるいは獣毛以外に他の繊維が混合されたもの)の糸もしくは布の加工方法、その加工方法により作られる糸もしくは布、特に形状記憶糸もしくは形状記憶布に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、羊毛糸を編み込む編込工程と、この編込工程で得られた編地を還元処理する還元工程と、この還元工程で還元処理された前記編地を酸化処理する酸化工程と、この酸化工程で酸化処理された前記編地を解いて糸に戻す解編工程と、この解編工程で解編された糸に張力を与えて巻き取る巻取工程と、を具備する糸の加工方法、および巻取工程で張力が与えられて延ばされた糸によって布を形成する布形成工程と、この布形成工程によって形成された布に水分を付与し、布を収縮させる収縮工程とを具備する布の加工方法および製造された布に、熱硬化性樹脂あるいは熱可塑性樹脂等の樹脂を含浸させる樹脂加工工程を備える布の加工方法が記載されている。
【0003】
特許文献2には、動物性繊維を過硫酸カリを用いて酸化エッチング処理し、動物性繊維を構成する蛋白質の疎水性部分をハイブリッド化コラーゲンを用いて親水性に改質し、この部分にジメルポリシキロキサンおよびヒドロキシベンゾトリアゾールを吸着させるようにした形状記憶動物性繊維およびその製造方法が記載されている。
【0004】
特許文献3には、セルローズ系繊維および動物系繊維の少なくとも一方を主体とする繊維製品に対し形態安定化処理を行う際に用いる装置であって、上記繊維製品が装填される密閉容器と、上記密閉容器内に設けられ上記繊維製品に対し水分を付与する手段と、上記密閉容器内を所定の真空度に減圧する減圧手段と、上記密閉容器内に過熱蒸気を供給する蒸気供給手段と、上記密閉容器内を所定圧力に制御する圧力制御手段と、上記過熱蒸気が、所定温度で所定時間維持されるよう制御する処理制御手段とを備えた繊維製品の形態安定化処理装置が記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2000−8233号公報
【特許文献2】特開平10−280281号公報
【特許文献3】特開平9−31831号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
獣毛を素材とする布もしくは糸に形状記憶加工を施すことによって、高度な縫製技術等がなくても、様々な立体的形状を保持した製品製造が可能となったり,型くずれの起こりにくい製品を提供できるようになる。そして、低価格品との競争のためには簡便にして短時間,低コストで獣毛素材に形状記憶加工を施せることが必要である。
【0007】
本発明は、かかる点に鑑み簡便にして短時間,低コストで確実に獣毛素材に形状記憶加工を施すことの出来る加工方法およびこの加工方法によって製造される布および糸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、硫黄が2個結合(−SS−)したシスチン結合の解裂と再架橋結合生成によって不可逆的架橋結合を導入した獣毛を素材とすることを特徴とする布地もくしは糸を提供する。
【0009】
また、上述する布地において、アール形状(カール形状、バネ形状、螺旋形状等の表現があるが、以下、アール形状に統一して説明する。)、ひだ形状等の形状記憶加工の施された布地もしくは糸、或いはシワ形状、絞り形状、平面形状保持等任意の形状に記憶加工の施された布地を提供する。
【0010】
また、本発明は、硫黄が2個結合したシスチン架橋を有する獣毛を素材とする布地もしくは糸を、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して前記シスチン架橋の解裂と再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行い、ついで、当該再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行った布地もしくは糸を乾燥させる乾燥処理を行うことからなることを特徴とする、獣毛を素材とする布地もしくは糸の加工方法を提供する。
【0011】
また、シスチンを有するジスルフィド架橋をデヒドロアラニンおよびシステインに解裂させ、ランチオニンへの再架橋生成反応、もしくはデヒドロアラニンをリジンとの反応によってリジノアラニンへの再架橋生成反応を行うことを特徴とする獣毛を素材とする、布地もしくは糸または紳士服の芯地の加工方法を提供する。
【0012】
また、上述する布地もしくは糸をアール形状等任意の形状に固定し、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して所定時間保持し、ついで、乾燥処理を行うことによって形状記憶加工を施すことを特徴とする獣毛を素材とする布地もしくは糸または紳士服の芯地の加工方法を提供する。
【0013】
また、水に浸した後に、前記水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して所定時間保持することを特徴とする獣毛を素材とする布地もしくは糸または紳士服の芯地の加工方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の布地もしくは糸は、その組成中に存在する硫黄が2個結合(−SS−)したシスチン結合が、解裂と再架橋結合の生成によって不可逆的架橋結合となる性質を有する獣毛を素材としていること、そして、その加工にあたっては水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸してシスチン架橋の解裂および再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行うものであるので、簡便にして短時間,低コストで確実に獣毛素材に形状記憶加工を施すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
羊毛に代表される獣毛は、ケラチンとよばれるタンパク質から成り、硫黄が2個結合した(−SS−)架橋構造を持つことで特徴づけられている。ケラチンは、ペプチドとよばれる高分子の鎖がバラバラにならないように、硫黄原子によって固く結ばれ、3次元に発達したネットワークを形成し、組織全体は強靱で弾力性に富んだものとなっている。この結合は図に示すように、ジスルフィド結合と呼ばれるシスチン架橋が主体をなしている。
【0016】
このように強固で安定な構造物に所定の変形を与えてその形に安定させるには、この結合を切断し、変形後の構造にとってより安定になるような場所で再結合させる必要がある。この場合、よく行われるのは、チオグリコール酸等の還元剤で処理し、一旦ジスルフィド結合を切り、変形後に構造が安定化するところでジスルフィド結合を再生させる方法で、酸化還元の可逆的反応である。図2にチオグリコール酸を用いた場合の反応機構を示す。毛髪のパーマネント処理や、スカートのプリーツ加工等がこの反応の応用例としてあげられる。
【0017】
本発明の実施例では上記反応機構とは異なる反応を応用し、架橋の架け換えを行っている。
【0018】
これは、図1に示した獣毛タンパクに多量存在するジスルフィド結合(−SS−)が、熱水、或いは弱アルカリ性の水で処理するとその一部が新しい結合に変換され、ランチオニンやリジノアラニン結合をもつ架橋性アミノ酸が生成されることで、タンパク分子間に安定な架橋結合が形成される性質を利用したものである。
【0019】
図3に架橋の解裂と再架橋生成の反応式を示す。
【0020】
シスチンから硫黄原子(S)一つがとれてデヒドロアラニンとシステインが生成し、さらに生成したデヒドロアラニンとシステインからランチオニンが生成する反応系と、生成したデヒドロアラニンが、近傍のリジン(獣毛の構成アミノ酸の一種)と反応して、リジノアラニンが生成する反応系があり、いずれも不可逆反応であるため、生成したランチオニンやリジノアラニン架橋は安定である。
【0021】
以上のように、本実施例の獣毛を素材とする糸もしくは布地または紳士服の芯地の加工方法は、硫黄が2個結合したシスチン架橋を有する獣毛を素材とする布地もしくは糸を、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して前記シスチン架橋の解裂および再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行い、ついで、当該再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行った布地もしくは糸を乾燥させる乾燥処理を行うことからなることを特徴とする。
【0022】
更に、この加工方法は、ジスルフィド架橋を有するシスチンをデヒドロアラニンおよびシステインに解裂させ、ランチオニンに再架橋生成反応を行う、もしくはリジンとの反応によってリジノアラニンに再架橋生成反応を行うことを特徴とする。
【0023】
さらに、上述する布地もしくは糸または芯地にアール形状等の任意の形状を固定し、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して所定時間保持し、ついで、乾燥処理を行うことによって形状記憶加工を施すことを特徴とする。
【0024】
更に、この加工方法は、獣毛素材を水に浸して後に、前記水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸し、所定時間保持して処理することを特徴とする。
【0025】
そして、この加工方法により、硫黄が2個結合(−SS−)したシスチン結合を解裂させ再架橋結合生成によって不可逆的架橋結合とした獣毛を素材とすることを特徴とする布地もくしは糸または芯地が供給され、アール形状等任意の形状に記憶加工された布地もしくは糸または芯地が供給される。
【0026】
この再架橋形成反応を利用し、予め一定の変形状態に置かれた獣毛素材から成る、或いは獣毛素材を含む布や糸,不織布等を、水蒸気雰囲気中、熱水或いは弱アルカリ性の熱水で処理し、望ましい形状に永久固定することが可能である。
【0027】
この反応は、前述の還元と酸化による反応と異なり、特に還元剤や酸化剤等の薬品を必要とせず、熱水のみ、或いは水に触媒程度のアルカリ塩を添加するだけで容易に進行する上、生成した架橋結合は安定であるため、処理後乾燥するだけの単純な工程で加工を完了することができる。
【0028】
以下、実施例について説明する。
【実施例1】
【0029】
獣毛素材の芯台(芯地の基布)下部を直径約1cm(得たいアール経によりφの大きさを変化させる)の棒を芯にして芯地の横方向に巻き取り、巻き終わりを、糸で縫い付ける等の方法でしっかり固定する。
【0030】
次に沸騰した炭酸ナトリウム0.01%水溶液に、巻き取った部分(アール形状を付けたい部分)を浸漬し、沸騰点で50分間処理した。
【0031】
なお、ここでの処理時間や添加する塩類の種類や濃度に関しては、芯台構成糸の組成(獣毛の混用比率)や太さ、織り密度や糊の量、また表地や裏地の種類等により、芯地としての適当なアール経や硬さが異なるため、上記以外の条件としてもよい。
【0032】
続いて、簡単に水ですすいだ後軽く水を切り、約70℃〜100℃の温度の乾燥室中釣り下げた状態で30分間乾燥させ完全に水分をとばした。
【0033】
乾燥温度については単なる乾燥ではなく、高温水での処理から続く加工という観点からも重要なファクターであり、芯地の種類,表地の種類により異なり、要求されるアール経の大きさ,芯地の曲げ硬さに合わせた設定とする。
【0034】
乾燥後芯棒を取り除き、軽くアイロンをかけ形を整えて仕上げる。
【実施例2】
【0035】
試料としてJIS染色堅牢度試験用添付白布(毛)ウール100%を採用した。当該試料を5×5cmの大きさに採集し、縁を約5mm残し周囲をミシンで縫い、試験片とした。更にこの試験片を緯糸方向になるべく水平を保ちながら、内経約10mmφに成るように端から巻いていき、巻き終わりを糸で縫い付けて止め、筒状試料を作成した。この筒状試料を50倍量の蒸留水中に浸漬し、沸騰点で4時間処理した後取り出し、形状を崩さないよう軽く水分を払い落とした後、80℃で30分乾燥させた。乾いた筒状試料から縫い付けておいた糸を取り除き加工を完了した。
【0036】
加工により試験片にアールが記憶加工され、両端からアール状に巻き込まれる形状が固定された。
【0037】
アイロンをかけると平らな試験片となるが、暫く放置しておくか、スチームを吹き付けると再びアール形状となった。
【実施例3】
【0038】
試料としてJIS染色堅牢度試験用添付白布(毛)ウール100%を採用した。当該試料を約10×10cmの大きさに採取し試験片とした。
【0039】
試験片を手のひらで握り込むように小さくまとめ、輪ゴムで形を固定した。次に50倍量の蒸留水中に浸漬し、沸騰点で1時間処理した後取り出し、濾紙で軽く水分を拭い取った後、80℃で30分乾燥させた。乾燥後輪ゴムを取り除き加工を完了した。
【0040】
試験片に小さくまとめた時にできたランダムなしわがそのまま形状記憶され、しわ加工ができた。
【実施例4】
【0041】
試料としてJIS染色堅牢度試験用添付白布(毛)ウール100%を採用した。当該試料を約10×10cmの大きさに採取し試験片とした。
【0042】
試験片の中央部分を直径約3.5cmの円状に糸で縫い、縫い終わりを引っ張り、絞りの形状とし、絞り口に2,3回糸を巻き付けた後、糸止めをした。次に50倍量の蒸留水中に浸漬し、沸騰点で1時間処理した後取り出し、濾紙で軽く水分を拭い取った後、80℃で30分乾燥させた。乾燥後縫いつけた糸を外して、加工を完了した。
【0043】
試験片に絞りの形状がそのまま固定され立体的な絞り模様が形状記憶された。
【実施例5】
【0044】
ウール100%の試料糸50cmを60℃の0.01%炭酸ナトリウム水溶液中に約3分間浸漬し、完全に濡れた状態になったのを確認し、約2mmφの太さの竹籤に巻き付け、巻き始めと終わりを輪ゴムで止め固定した。次に蒸気の上がった蒸し器の中へ置き、1時間処理をした。処理後簡単に水洗し、濾紙にて余分な水分を除去した後、80℃で30分乾燥させた。乾燥後輪ゴムを取り除き加工を完了した。
【0045】
バネ形状が記憶され伸び縮みする形状記億糸ができた。
【実施例6】
【0046】
獣毛100%糸の試料糸4本を束ね20cmの長さで互いに結び、束ねた4本を同時に約10mmφの太さのガラス棒に巻き付け、巻き始めと巻き終わりをガラス棒に結び付けて固定した。これを水に浸漬し、沸騰点で50分処理した後、引き上げて簡単に水を振り払い、80℃で30分乾燥した。乾燥した試験糸からガラス棒を取り、加工を完了した。
【0047】
試験糸4本にそれぞれアール形状が記憶された。
【実施例7】
【0048】
獣毛からなる織物,編み物,不織布等の布、あるいはアール付けを行う方向(経糸方向或いは緯糸方向)の糸に獣毛が含まれる(獣毛の混用率は30%以上であることが望ましい)素材からなる織物、または獣毛が含まれる(獣毛の混用率は30%以上であることが望ましい)編み物や不織布等の布へのアール付け方法は、下記の通りである。
【0049】
アール付けしたい方向に、試料の布を巻き取る。この場合、続く処理で型崩れを防ぐためにも、棒の様なものを芯にして端から巻き取っていき、巻き終わりは糸で縫い付ける等の方法でしっかりと固定する。通常巻取り時のアールは、仕上がりのアールより小さくとる必要があり、巻取り時のアールが小さいほど、仕上がりのアールも小さくなり、形状記憶加工の効果も高くなる。
【0050】
次に巻き取って筒状になった試料の全部、あるいはアール付けを行いたい部分のみを、熱水(およそ70℃〜沸騰点)中へ投入し、およそ10分〜6時間の適当な時間で処理する。この場合、処理時間が長いほど巻取り時のアールの大きさに近い仕上がりになる。また、処理温度が高いほど処理時間を短くすることができる。
【0051】
処理後の試料は、室温〜約110℃の温度で乾燥させる。自然乾燥,温風乾燥機使用等いずれで乾燥する場合でも、完全に水分をとばすようにする。また、形状がきれいに保持できるなら、あらかじめ芯棒を取り除いてから乾燃せることも可能である。
【0052】
乾燥後、芯棒を取り除いて処理を終了する。
【0053】
仕上がりのアール形状は処理温度や処理時間,乾燥温度、さらに試料の状況(厚さ,大きさ,硬さ,種類,素材に含まれる獣毛の種類や割合、構成糸の太さ等)等で変化する。緩いアールになることや、幾重かのカール形状ができることもある。
【0054】
試料が織物や編物の場合、処理後仕上がりの形状を保つためには目寄れ等構成糸が動くことを避けたほうが良い。そこで、可能であれば処理前に試料の周辺を縫ったり、捨て縫いをして糸が動かないようにすることが望ましい。
【実施例8】
【0055】
実施例7と同様の試料について、同様の方法で布を巻き取って固定する。
【0056】
次に巻き取って筒状になった試料の全部或いはアール付けを行いたい部分を、水に浸漬するなどして充分に濡らす。この時試料を濡れやすくするために水の温度を沸騰点付近まで上げても問題無い。試料が充分に水で濡れたら取り出し、蒸し箱等、充分な蒸気量と約70℃以上の温度の得られる装置を用いて、スチーム処理を10分以上行う。
【0057】
スチーム処理後、乾燥工程以降の処理を、実施例7と同様に行い加工を完了する。
【実施例9】
【0058】
実施例7と同様の試料について、同様の方法で布を巻き取って固定する。
【0059】
次に巻き取って筒状になった試料の全部、あるいはアール付けを行いたい部分のみを、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を溶かしpH8〜10.5ぐらいの弱アルカリに調製(例えば炭酸ナトリウムの場合は0.01%水溶液に調製)し、約60℃〜沸騰点に加熱した水溶液へ投入して、およそ5分〜6時間の適当な時間で処理する。この場合の水溶液の浴比は、試料の加工を行おうとする部分が、処理が終了するまでの間水溶液中に浸漬しうる量であれば、小さくても良い。
【0060】
処理後試料を取り出し、簡単に水洗した後、乾燥工程以降の処理を実施例7と同様に行い、加工を完了する。
【実施例10】
【0061】
実施例7と同様の試料についてについて、同様の方法で布を巻き取って固定する。
【0062】
次に巻き取って筒状になった試料の全部、あるいはアール付けを行いたい部分を、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を溶かしpH8〜10.5ぐらいの弱アルカリに調製(例えば炭酸ナトリウムの場合は0.01%水溶液に調製)した水に浸漬するなどして充分に濡らす。この時試料を濡れやすくするために水溶液の温度を沸騰点付近まで上げても問題無い。試料が充分に水溶液で濡れたら蒸し箱等、充分な蒸気量と約70℃以上の温度の得られる装置を用いて、スチーム処理を10分以上行う。
【0063】
スチーム処理後試料を取り出し、簡単に水洗した後、乾燥工程以降の処理を、実施例7と同様に行い加工を完了する。
【実施例11】
【0064】
羊毛等の獣毛を30%以上(50%以上が望ましい。)含有した糸への加工で、螺旋形状やクリンプ形状,結び目形状,折り畳み形状等を記憶させる方法は下記の通りである。
【0065】
試料の糸を棒等を芯にして巻き付けたり、結び目を作る、クリップやゴムで止める等、続く加工処理中に形状が保たれる方法で、記憶させたい形状に固定する。螺旋やクリンプ形状の記憶加工では、できるだけ細い棒を芯にして巻き付けた方が形状が記憶されやすい。直径が1cmφ以下の芯を使用することが望ましい。
【0066】
記憶させたい形状に固定した試料の全部、あるいはアール付けを行いたい部分を、熱水(およそ70℃〜沸騰点)中へ投入し、およそ10分〜6時間の適当な時間で処理する。この場合、処理時間がある程度長いほど処理前に固定した形状に近い仕上がりになる。また、処理温度が高いほど処理時間を短くすることができる。
【0067】
処理後の試料は、室温〜約110℃の温度で乾燥させる。自然乾燥,温風乾燥機使用等いずれで乾燥する場合でも、完全に水分をとばすようにする。また、形状がきれいに保持できるなら、芯棒やクリップ等形状を保つために使用していた物を取り除いてから乾燥させても良い。
【0068】
乾燥後、形状の固定のために用いた物を試料から取り除いて処理を終了する。
【0069】
仕上がりの形状は処理温度や処理時間,乾燥温度、さらに試料の状況(太さ,撚り数,硬さ,組成、等)等で変化する。また糸の撚りが戻るなどの現象で加工後の仕上がりの形状が保てないこともある。
【実施例12】
【0070】
実施例11と同様の試料を用いて形状記憶加工を行う方法で、加工前に行う試料の形状の固定方法も同様の方法で行う。
【0071】
次に試料の全部、あるいは形状記憶加工を施したい部分を、水に浸漬するなどして充分に濡らす。この時試料を濡れやすくするために水の温度を沸騰点付近まで上げても問題無い。試料が充分に水で濡れたら取り出し、蒸し箱等、充分な蒸気量と約70℃以上の温度の得られる装置を用いて、スチーム処理を10分以上行う。
【0072】
スチーム処理後、実施例11と同じ方法で乾燥以降の操作を行い、加工を完了する。
【実施例13】
【0073】
実施例11と同様の試料を用いて形状記憶加工を行う方法で、加工前に行う試料の形状の固定方法も同様の方法で行う。
【0074】
次に記憶させたい形状に固定した試料の全部、あるいは形状の記憶を行いたい部分を、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を溶かしpH8〜10.5ぐらいの弱アルカリに調製(例えば炭酸ナトリウムの場合は0.01%水溶液に調製)し、約60℃〜沸騰点に加熱した水溶液へ投入して、およそ5分〜6時間の適当な時間で処理する。この場合の水溶液の浴比は、試料の加工を行おうとする部分が、処理が終了するまでの間水溶液中に浸漬しうる量であれば、小さくても良い。この場合、処理時間がある程度長いほうがより強固な形状記憶となる。また、処理温度が高いほど処理時間は短くすることができる。
【0075】
処理後試料を取り出し、簡単に水洗した後、乾燥工程以降の処理を、実施例11と同様に行い加工を完了する。
【実施例14】
【0076】
実施例11と同様の試料を用いて形状記憶加工を行う方法で、加工前に行う試料の形状の固定方法も同様の方法で行う。
【0077】
次に記憶させたい形状に固定した試料の全部、あるいは形状記憶を行いたい部分を、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を溶かしpH8〜10.5ぐらいの弱アルカリに調製(例えば炭酸ナトリウムの場合は0.01%水溶液に調製)した水に浸漬するなどして充分に濡らす。この時試料を濡れやすくするために水溶液の温度を沸騰点付近まで上げても問題無い。試料が充分に水溶液で濡れたら蒸し箱等、充分な蒸気量と約70℃以上の温度の得られる装置を用いて、スチーム処理を10分以上行う。
【0078】
スチーム処理後試料を取り出し、簡単に水洗した後、乾燥工程以降の処理を、実施例11と同様に行い加工を完了する。
【実施例15】
【0079】
獣毛からなる織物,編み物,不織布等の布、あるいは獣毛が含まれる素材からなる織物、または獣毛が含まれる編み物や不織布等の布へ、任意の形状を形成させ、その形状を記憶させる加工方法は、下記の通りである。
【0080】
試料の布ヘシワを寄せる,つまむ,折り目を付ける,絞る,平面状態を保持する等任意の形状を作り、加工中もその形状が維持できる様に、糸,クリップ,輸ゴム,伸子等で固定する。
【0081】
次に任意の形状を固定した試料の全部、あるいは形状記憶加工を施したい部分を、熱水(およそ70℃〜沸騰点)中へ投入し、およそ10分〜6時間の適当な時間で処理する。この場合、処理時間が長いほど形状記憶効果が高くなる。また、処理温度が高いほど形状記憶効果は高くなり、処理時間も短くすることができる。
【0082】
処理後の試料は、室温〜約110℃の温度で乾燥させる。自然乾燥,温風乾燥機使用等いずれで乾燥する場合でも、試料から完全に水分をとばすようにする。また、形状がきれいに保持できるなら、糸,クリップ等形状の固定に使用したものや道具を取り除いてから乾燥させることも可能である。
【0083】
乾燥後、固定用の糸,クリップ等を取り除き処理を完了する。
【0084】
仕上がりの形状記憶の効果は処理温度や処理時間,乾燥温度、さらに試料の状況(厚さ,大きさ,硬さ,種類,素材に含まれる獣毛の種類や割合,構成糸の太さ等)等で変化する。
【0085】
試料が織物や編物の場合、処理後仕上がりの形状を保つためには目寄れ等構成糸が動くことを避けたほうが良い。そこで、可能であれば処理前に試料の周辺を縫ったり、捨て縫いをして糸が動かないようにすると,より仕上がり時の記憶形状に近い状態での形状保持が可能となる。
【実施例16】
【0086】
実施例15と同様の試料について、同様の方法で布への任意の形状を形成し固定する。
【0087】
次に試料の全部或いは形状の記憶をさせたい部分を、水に浸漬するなどして充分に濡らす。この時試料を濡れやすくするために水の温度を沸騰点付近まで上げても問題無い。試料が充分に水で濡れたら取り出し、蒸し箱等、充分な蒸気量と約70℃以上の温度の得られる装置を用いて、スチーム処理を10分以上行う。
【0088】
スチーム処理後、乾燥工程以降の処理を、実施例15と同様に行い加工を完了する。
【実施例17】
【0089】
実施例15と同様の試料について、同様の方法で布への任意の形状を形成し固定する。 次に試料の全部、あるいは形状の記憶をさせたい部分を、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を溶かしpH8〜10.5ぐらいの弱アルカリに調製(例えば炭酸ナトリウムの場合は0.01%水溶液に調製)し、約60℃〜沸騰点に加熱した水溶液へ投入して、およそ5分〜6時間の適当な時間で処理する。この場合の水溶液の浴比は、試料の加工を行おうとする部分が、処理が終了するまでの間水溶液中に浸漬しうる量であれば、小さくても良い。
【0090】
処理後試料を取り出し、簡単に水洗した後、乾燥工程以降の処理を実施例15と同様に行い、加工を完了する。
【実施例18】
【0091】
実施例15と同様の試料についてについて、同様の方法で布への任意の形状を形成し固定する。
【0092】
次に試料の全部、あるいは形状の記憶をさせたい部分を、炭酸ナトリウム等のアルカリ塩を溶かしpH8〜10.5ぐらいの弱アルカリに調製(例えば炭酸ナトリウムの場合は0.01%水溶液に調製)した水に浸漬するなどして充分に濡らす。この時試料を濡れやすくするために水溶液の温度を沸騰点付近まで上げても問題無い。試料が充分に水溶液で濡れたら蒸し箱等、充分な蒸気量と約70℃以上の温度が得られる装置を用いて、スチーム処理を10分以上行う。
【0093】
スチーム処理後試料を取り出し、簡単に水洗した後、乾燥工程以降の処理を、実施例15と同様に行い加工を完了する。
【0094】
次にこれらの実施例による形状記憶加工による効果を実例によって示す。図4は布へのアール付け加工についての実例を示し、図4(a)はたて糸が綿/ウール混紡、よこ糸が獣毛100%素材の織物への実施例7による形状記憶加工後の試験片についての例であり、図4(b)はウール100%素材の布への形状記憶加工後の試験片についての例である。図4(a)、(b)に示すように、アイロンの後に放置あるいはスチーム雰囲気においての試験片は形状記憶されたカール形状を確実に維持することが判る。
【0095】
図5に形状記憶加工された紳士服の芯地の写真を示す。(a)は芯地表側からの外観写真であり、(b)は芯地裏側からの裾部分の外観写真である。アールがしっかりとついていることが判る。なお、図5(b)において、アールを見やすくするために白線を誇張して引いてある。
【0096】
表1に糸及び布への形状記憶加工条件を例示する。
【0097】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】−SS−架橋の分布状態を示す図。
【図2】ジスルフィド結合の酸化還元機構を示す図。
【図3】ジスルフィド結合の解裂と架橋結合生成の反応式を示す図。
【図4】本実施例の効果を示す図で、図4(a)実施例7の効果を示し、図4(b)は実施例2の効果を示す図。
【図5】本実施例の効果を示す写真。図5(a)芯地表側からの外観写真を示し、図5(b)は芯地裏側からの裾部分の外観写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄が2個結合(−SS−)したシスチン結合の解裂と再架橋結合生成によって不可逆的架橋結合とした獣毛を素材とすることを特徴とする布地もくしは糸。
【請求項2】
請求項1に記載する布地において、アール形状等任意の形状に記憶加工の施された布地もしくは糸。
【請求項3】
硫黄が2個結合(−SS−)したシスチン結合の解裂と再架橋結合生成によって不可逆的架橋結合とした獣毛を素材とすることを特徴とする紳士服の芯地。
【請求項4】
硫黄が2個結合したシスチン架橋を有する獣毛を素材とする布地もしくは糸を、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して前記シスチン架橋の解裂と再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行い、ついで、当該再架橋生成反応による不可逆的架橋結合導入処理を行った布地もしくは糸を乾燥させる乾燥処理を行うことからなることを特徴とする獣毛を素材とする布地もしくは糸の加工方法。
【請求項5】
硫黄が2個結合したシスチン架橋を有する獣毛を素材とする布地もしくは糸を、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して前記シスチン架橋の解裂と再架橋生成反応による不可逆的架橋結合処理を行い、ついで、当該再架橋生成反応による不可逆的架橋結合処理を行った布地もしくは糸を乾燥させる乾燥処理を行うことからなることを特徴とする獣毛を素材とする紳士服の芯地。
【請求項6】
請求項3または4において、シスチンを有するジスルフィド結合をデヒドロアラニンおよびシステインに解裂させ、ランチオニンへの再架橋生成反応、もしくはデヒドロアラニンのリジンとの反応によるリジノアラニンへの再架橋生成反応を行うことを特徴とする獣毛を素材とする布地もしくは糸または紳士服の芯地の加工方法。
【請求項7】
請求項3または4に記載する布地もしくは糸を任意の形状に固定し、水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して所定時間保持し、ついで、乾燥処理を行うことによって形状記憶加工を施すことを特徴とする獣毛を素材とする布地もしくは糸または紳士服の芯地の加工方法。
【請求項8】
請求項5において、水に浸して後に、前記水蒸気雰囲気中、熱水あるいはアルカリ塩を添加した弱アルカリ性の熱水に浸して所定時間保持することを特徴とする獣毛を素材とする布地もしくは糸または紳士服の芯地の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−307391(P2006−307391A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−133208(P2005−133208)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(591106462)茨城県 (45)
【出願人】(505165550)
【出願人】(505164634)山森繊維工業株式会社 (1)
【Fターム(参考)】