説明

獣皮の柔軟処理方法

【課題】 柔軟性および透明性の高い獣皮を得ることのできる製造方法を提供する。
【解決手段】 下記工程を含むことを特徴とする獣皮の柔軟処理方法。
(1)獣皮を水に浸して塩抜きをする工程。
(2)塩抜きした獣皮を、それぞれ1〜3%のNaClおよびNaPO中性塩の溶液に所定時間浸す工程。
(3)その後、獣皮をpH3〜5の溶液中で撹拌する工程。
(3a)10〜20%硫酸ナトリウム、トリエチルアミン、及び0.5〜2%のNaOH混合液に獣皮を所定時間浸す工程。
(4)前記溶液から取り出した獣皮を脱水処理する工程。
(5)脱水処理した獣皮をポリオールに所定時間浸す工程。
(6)新たに入れ換えたポリオールに獣皮を再度所定時間浸す工程。
(7)取り出した獣皮を乾燥処理する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、獣皮(動物の皮)の柔軟処理方法に関し、詳しくは、豚皮等の獣皮を用いたペット用のソフトガムの製造方法に適用することができる獣皮の柔軟処理方法(以下単に「柔軟方法」ともいう)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、獣皮に対して柔軟性を付与する技術として、例えばプロテアーゼなどの蛋白分解酵素で処理し、革繊維体の一部の蛋白成分を分解して落とす方法が提案された(例えば、特許文献1)。
【特許文献1】特開2003−235468号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記の技術によって、コラーゲン組織を弛緩させることができるので、獣皮の柔軟化という点においてある程度の成果は得られる。しかしながら、酵素は蛋白分子の主鎖の切断により低分子化する結果柔軟化するので、高分子特有の靱性を保有したままソフト化するのは困難である。また、原料基質の不均一性や加齢皮(加齢の進んだ獣皮)のような強固なコラーゲン繊維束が存する場合や、あるいは繊維束同士の巨大分子に対しては、反応の制御が困難で安定した製品を作ることが難しく、このため柔軟性および透明性の高い獣皮を得ることが困難という問題があった。
【0004】
[発明の目的]
本発明は上記の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、柔軟性および透明性の高い獣皮を得ることのできる製造方法を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1に記載の獣皮の柔軟処理方法は、下記工程を順次行うことを特徴とする。
【0006】
(1)獣皮を水に所定時間浸して塩抜きをする工程。
【0007】
(2)塩抜きした獣皮を、1〜5%の中性塩の溶液に所定時間浸す工程。
【0008】
(3)その後、獣皮をpH3〜5の溶液中で所定時間撹拌する工程。
【0009】
(4)前記(3)の溶液から取り出した獣皮を脱水処理する工程。
【0010】
(5)脱水処理した獣皮をポリオールに所定時間浸す工程。
【0011】
(6)獣皮を再度、新たなポリオールに所定時間浸す工程。
【0012】
(7)取り出した獣皮を乾燥処理する工程。
【0013】
請求項2に記載の方法は、請求項1に記載の方法において、前記(3)の工程と(4)の工程の間に次の工程(3a)が入ることを特徴とする。
【0014】
(3a)中性塩10〜30%、アルキルアミン等の水溶性溶剤、及びアルカリ0.5〜3%の混合液に所定時間浸し、のち酸性溶液で洗浄する工程。
【0015】
請求項3に記載の方法は、請求項1または2記載の方法において、前記(2)の工程における中性塩が塩化ナトリウムとリン酸ナトリウムの混合物であることを特徴とする。
【0016】
請求項4に記載の方法は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法において、前記(3)の工程におけるpH3〜5の溶液が、有機酸で調整された溶液であることを特徴とする。
【0017】
請求項5に記載の方法は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法において、前記ポリオールの濃度が80%以上であり、最終的に得られる獣皮の水分活性を0.9以下とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の柔軟方法によれば、獣皮組織内における線維束間の深部にまでグリセリン等のポリオールを浸透させることができ、獣皮内部に含まれていた水と置換させることが可能となるので、従来の技術では達し得なかったような透明で、かつ非常に柔らかな獣皮を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
工程(1)
本発明でいう獣皮としては、豚皮、馬皮、牛皮、鹿皮、カンガルー皮、羊皮などが挙げられる。獣皮の塩抜きとしては通常、水に浸漬することにより行われる。この際、獣皮を適当な大きさに裁断しておくことが好ましい。水浸漬時間に特に限定はないが、およそのところ16〜24時間である。
【0020】
工程(2)
中性塩(正塩)の溶液としては特に限定はなく、例えば塩化ナトリウム、リン酸ナトリウム(NaiPO)(ただし、i=1,2,3)、ピロ燐酸塩、ポリ燐酸塩、塩化アンモニウム、硫酸ナトリウム(芒硝)、酢酸アンモニウム、硫酸カリウムなどの水溶液が挙げられるが、pHの緩衝能、塩溶性蛋白の過剰溶出を防ぐという理由で、塩化ナトリウムとリン酸2ナトリウムを各々同量混合した水溶液であることが好ましい。
【0021】
濃度は1〜5%であり、1〜3%が好ましい。1%未満であれば、低溶解という問題が生じ、5%を超えると、塩析という問題が生じる。
【0022】
中性塩溶液に浸漬する時間として特に限定はないが、6〜48時間であることが好ましく、12〜24時間であることがさらに好ましい。6時間未満であれば、塩の浸透が不十分で低溶出という問題が生じる可能性があり、48時間を超えると、腐敗等の汚染という問題が生じてくる。
【0023】
工程(3)
溶液のpHを3〜5に調整する酸としては、塩酸、硫酸などの無機酸でも、有機酸でも構わないが、精緻なpHの調整と容易さという理由で、有機酸であることが好適である。有機酸としては、例えばクエン酸、乳酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、尿酸などが挙げられるが、中でもクエン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸の使用が、臭い、味の点、安価で、汎用であるという点で好ましい。上記した有機酸で以て溶液のpHを3〜5、好ましくは3〜4.5、さらに好ましくは3〜4に調整する。pHが3より低ければ(酸性側にあれば)、過度の膨潤や加水分解が生じ脆化するという問題が発生し、pHが5を超えると(中性側にあれば)、弛緩しないという問題が発生する。なお、この時の溶液の温度は、20〜70℃であることが好適である。20℃未満であれば、弛緩に長時間を要し腐敗の原因となるという問題が生じる可能性があり、70℃を超えると、熱変性による収縮という問題が生じる可能性がある。また、撹拌の時間としては、例えば6〜48時間であり、好ましくは12〜24時間である。
【0024】
この工程(3)において、コラーゲン線維束が弛緩される。これはコラーゲン分子間に生成されているアリシンとヒドロキシアリシン間のシッフ塩やアリシン−アリシン間のアルドール結合を解離させるためである。従って、原料皮の種類や年齢によってpHの値や塩濃度が変わってくる。
【0025】
工程(3a)
最終的に得られる製品が、特には加齢の進んだ獣皮を原料皮とした場合における最終製品が、より柔軟性に優れ、透明性の高くなるという点で、この工程(3a)を取り入れることが望ましい。
【0026】
この工程でいう中性塩(正塩)は、工程(2)のところで挙げた化合物、例えば塩化ナトリウム、リン酸ナトリウム(NaiPO、ただし、i=1,2,3)、ピロ燐酸塩、ポリ燐酸塩、硫酸ナトリウム(芒硝)、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウム、硫酸カリウム、などが挙げられるが、安価であり浸漬中に過度の溶出や溶解を防ぐという理由で、硫酸ナトリウム(芒硝)であることが好ましい。
【0027】
アルキルアミン等の溶剤としては、水溶性であればどのような化合物でも使用でき、例えばトリメチルアミン、モノ・ジメチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、トリメチルアミン、モノエタノールアミン、トリエタノールアミン、プロピルアミン、ペンチルアミンなどが挙げられる。
【0028】
アルカリとしては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等が挙げられる。
【0029】
これら中性塩(10〜30%、好ましくは10〜20%)、アルキルアミン溶剤(最終的に得ようとする獣皮製品の軟化度(柔軟性)に応じて0.1%から100%まで添加量を調節することができる。50%以上の高濃度であれば、コンニャク状の獣皮が得られる。)、及びアルカリ(0.5〜3%、好ましくは0.5〜2%)の混合水溶性に、獣皮を24〜48時間浸漬する。
【0030】
その後、アミンの残存がないよう獣皮の水洗を繰り返し、酸でpH4〜6、好ましくは4.5〜5に調整した酸性溶液(硫酸ナトリウムを5〜15%含む)に浸す。ここで使用する酸としては、特に限定するものではないが、生成塩が安全で食味に優れるという理由で、塩酸、燐酸、硫酸などの鉱酸(無機酸)であることが好ましい。
【0031】
そして、同様の酸性溶液で2〜3回洗浄を繰り返し、塩を除去する。この時の温度は、コラーゲンか変性する心配のない35℃以下の温度が望ましい。
【0032】
工程(4)
脱水処理の手段としては遠心分離など従来公知の方法を採用して、付着水(余分な水分)を除去することができる。
【0033】
工程(5)
上記(4)までの工程を終えた獣皮をポリオールや糖に浸す(浸漬する)わけであるが、このポリオールや糖としては、例えばグリセリン、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、キシリトール、マンニトール、ソルビトール、エリスリトール、プロピレングリコール、トレハロース、水飴、デキストリンなどが挙げられる。これらから1種のみを選択して単独で使用してもよいし、2種以上を併用することにより、柔軟性やコラーゲン表面のベタ付きやしっとり感の調節が可能である。すなわち、糖の種類によりコラーゲン分子との親和性が異なり、柔軟性や保水性に影響を与える。
【0034】
コラーゲンへのポリオールや糖の含有量は、5〜60%であることが好ましい。5%未満の場合は弛緩が弱く柔軟性が乏しいという問題が生じ、60%を超える場合は、成形性に劣り相互に付着するという問題が生じる。
【0035】
また、当該ポリオールや糖の温度としては、コラーゲンの熱変性という理由で35℃以下とすることが好ましい。また、ポリオールや糖に浸す時間としては、例えば12〜48時間である。獣皮の浸漬に伴い組織内では、組織内の水とポリオールや糖との置換が進み、次第にポリオールの濃度が高くなっていく。ポリオールの濃度が80%以上であれば、高置換がみられ、最終的に得られる獣皮の水分活性が0.9以下、0.8以下、さらには0.4以下といった極めて低い数値となり、保存性が良好となる。
【0036】
工程(6)
前記した工程(5)でポリオール処理した獣皮を、再度新たな(フレッシュな)ポリオールに浸す。この工程で用いるポリオールは、前記した工程(5)で使用したポリオールと同じ濃度でも構わない。このときのポリオールの量はコラーゲン重量の10倍量をめやすとする。
【0037】
工程(5)と工程(6)で用いるポリオールの種類は同じであっても良いし、別の種類を用いても構わない。種類を変えて、目的とする柔軟性、表面のベタ付き度合を調整することもできる。例えば、トレハロースなどで浸漬すれば、表面のベタ付き感が良好となる。なお、この工程(6)でのポリオール浸漬時間としては、例えば、24〜48時間である。工程(5)と工程(6)における獣皮の浸漬は攪拌状態で行うことが望ましい。
【0038】
工程(7)
乾燥手段については、湿球温度50℃以下の条件で表面のネバネバが無くなるまで乾燥させるなど、従来公知の方法を使用することができる。
【0039】
その他
上述したように、本発明においては、獣皮に対し、例えば水洗による塩抜きをした後、中性塩で非架橋コラーゲン等の小さい分子を除去し、皮組織内に小さな導入孔を生成させる。これにより、その後の薬品処理を容易にする工程を取り入れた。すなわち、有機酸等の希酸溶液で線維束間のシッフ塩を解離させ、さらには例えば加齢皮においては、別途、中性塩とアルキルアミン溶剤などで調製したアルカリ溶液でコラーゲン線維束間に働く架橋を切断する工程を設けた。これらの前処理をすることにより、グリセリン等のポリオールを線維束間深部にまで浸透させ、置換させることが可能となり、従来の技術では達し得なかったような透明で、非常に柔らかな動物皮を原料としたペットフードを調製することができる。
【実施例】
【0040】
以下、一実施例を挙げて説明するが、発明はこれによって限定されるものではない。
【0041】
透明で柔軟性に富んだ豚皮ソフトガムの製造実施例
まず、20時間程度水に浸漬して塩抜きした豚皮(図1参照、表面組織が緻密でしっかりした組織となっている)100gを約10mm×30mmの寸法に断裁し、3リットルの容器中で5%の食塩水500mlで3回攪拌洗浄した。その後、3%の食塩と同量の燐酸ナトリウム溶液1000mlに24時間攪拌浸漬した後(図2参照、20〜30μmの球状構造に見える組織を残し、周辺が可溶化している)、500mlの水道水で3回水洗いし、クエン酸でpH4.0に調整した40℃の500ml溶液中で24時間攪拌浸漬した。次いで、500ml水道水で3回洗浄した後、15%の硫酸ナトリウムと20%のトリエチルアミンと2%のNaOH混合溶液500mlに30℃で5日間浸漬した(図3参照、棒状の線維束を残し、その周辺部の非結晶画分が完全に可溶化している)。
【0042】
その後、300ml水道水で3回洗浄した豚皮を前述のアミン溶液を10%の硫酸Naを含む塩酸でpH5に調整した液に24時間30℃の条件で攪拌浸漬した。さらに、pH5に調整した塩酸溶液500mlで3回洗浄を繰り返し、硫酸塩及びエチルアミンを除去し、さらに500mlの水道水で3回洗浄し、完全に硫酸塩及びエチルアミンを除去した。余分な水分を除去するため遠心分離機で300×G、5分脱水した。その後、30℃の食品添加物用グリセリン300mlに24時間浸漬し(12時間浸漬後の水分活性は0.9、24時間浸漬後の水分活性は0.6)、更に30℃の300mlグリセリン(別の新たなグリセリン)に24時間静置浸漬させた。得られたグリセリン含浸コラーゲンを温度40℃の乾燥機中で24時間乾燥させた。
【0043】
これらの工程で得られた豚皮収率は215%であり、従来の技術では達し得なかったような透明で、弾力のある柔らかな獣皮が得られた。この獣皮の水分活性を常法に従って測定すると、0.4以下であった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の柔軟方法によって得られた獣皮は、透明性が高く、柔軟性に富むので、犬などペット用の飼料(ソフトガムなど)に用いることが好適である。また、水からグリセリンなどのポリオールへの置換率が高いので水分活性が低く、そのため細菌による腐敗を防止する効果に優れている。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】図1は、脱塩処理工程(工程1)後の獣皮の乾燥組織を示した顕微鏡写真をコピーした図である。
【図2】図2は、中性塩浸漬(工程2)後の獣皮の乾燥組織を示した顕微鏡写真をコピーした図である。
【図3】図3は、中性塩・アミン・アルカリ混合溶液浸漬(工程3a)後の獣皮の乾燥組織を示した顕微鏡写真をコピーした図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
獣皮の柔軟処理方法であって、下記工程を順次行うことを特徴とする方法。
(1)獣皮を水に所定時間浸して塩抜きをする工程。
(2)塩抜きした獣皮を、1〜5%の中性塩の溶液に所定時間浸す工程。
(3)その後、獣皮をpH3〜5の溶液中で所定時間撹拌する工程。
(4)その後、前記溶液から取り出した獣皮を脱水処理する工程。
(5)脱水処理した獣皮をポリオールに所定時間浸す工程。
(6)獣皮を再度、新たなポリオールに所定時間浸す工程。
(7)取り出した獣皮を乾燥処理する工程。
【請求項2】
前記(3)の工程と(4)の工程の間に次の工程(3a)が入ることを特徴とする請求項1に記載の方法。
(3a)中性塩10〜30%、アルキルアミン等の水溶性溶剤、及びアルカリ0.5〜3%の混合液に所定時間浸し、のち酸性溶液で洗浄する工程。
【請求項3】
前記(2)の工程における中性塩が塩化ナトリウムとリン酸ナトリウムの混合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記(3)の工程におけるpH3〜5の溶液が、有機酸で調整された溶液であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記ポリオールの濃度が80%以上であり、最終的に得られる獣皮の水分活性を0.9以下とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−87317(P2006−87317A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−274220(P2004−274220)
【出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【出願人】(594033846)株式会社マルカン (11)
【Fターム(参考)】