説明

球状炭酸カルシウム微粒子の製造方法

【課題】 微量のアミノ酸を添加することにより安定性の高い球状の炭酸カルシウム微粒子を得ることができる製造方法を提供すること。
【解決手段】 0.8M〜1.6Mに調製した等モルの塩化カルシウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を、アミノ酸水溶液の一つとしてグリシン水溶液を添加し室温で反応させることにより、結晶子の大きさが3nm〜30nmの球状の炭酸カルシウムの微粒子を得ること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量のアミノ酸、例えばグリシンを添加して安定性の高い球状炭酸カルシウムの微粒子を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無水の炭酸カルシウムには、主にカルサイト、アラゴナイト、バテライトの3種類の多形が存在することが知られている。(図1参照)
【0003】
工業原料としての炭酸カルシウムは、石灰石などCaCO3を主成分とする天然炭酸カルシウムを機械的に粉砕分級した重質炭酸カルシウムと、化学的に製造される沈降炭酸カルシウムに大きく分類される。このうち、沈降炭酸カルシウムはpH、温度、添加物の存在などの合成時の条件で大きさや形状を制御することができ、様々な分野での応用が期待されている。
【0004】
化学的に製造される際に結晶化する炭酸カルシウムの多形は、過飽和度、溶液組成、pH、温度、添加物の存在などの条件に依存して形成されると報告されている。
【0005】
多形の炭酸カルシウムにおいて、バテライトはカルサイト、アラゴナイトに比較して、高い表面積、溶解度、分散性と低い比重を持つ。また、バテライトはナノスケールの球状の結晶子が凝集した形態をしているため、ナノカプセルや断熱フィルムなどへの応用が検討されている。
【0006】
一方、沈降炭酸カルシウムはその生成時にアミノ酸を加えるとバテライト生成の傾向が強くなることが知られている。
この理由の一つは、炭酸カルシウム(主に安定相であるカルサイト)の核生成及び結晶成長をアミノ酸が抑制するためであり、もう一つの理由は、溶液のpHをアミノ酸が緩衝するためと考えられている。なお、アミノ酸によるカルサイトの核生成及び結晶成長の抑制効果は、アミノ酸の側鎖にある解離したカルボキシル基に起因する。
【0007】
本発明においてアミノ酸としてグリシンを加えた系では、グリシンと生成するCaCO3モル比が0.1以下の微量であっても、ほぼ純粋なバテライト微粒子が生成することが確認された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011-51834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、塩化カルシウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を用いて炭酸カルシウムを製造するとき、微量のアミノ酸を添加することにより安定性の高い球状の炭酸カルシウム微粒子を得ることができる製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決することを目的としてなされた本発明による球状炭酸カルシウムの微粒子の製造方法の第一の構成は、0.8M〜1.6Mに調製した等モルの塩化カルシウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を、アミノ酸水溶液の一つとしてグリシン水溶液を添加し室温で反応させることにより、結晶子の大きさが3nm〜30nmの球状の炭酸カルシウムの微粒子を得ることを特徴とするものである。
【0011】
本発明は、上記構成において、グリシン水溶液を等モルの塩化カルシウム水溶液又は炭酸ナトリウム水溶液のいずれか一方の水溶液に添加すると共に、グリシン水溶液を添加しない他方の水溶液に塩化亜鉛,塩化マンガン,銅などから選ばれた二価の金属を添加して室温で反応させることにより、結晶子サイズが3nm〜30nmのカルサイト型の球状を呈する炭酸カルシウム微粒子を得ることができた。
【0012】
本発明では、使用するグリシン水溶液のモル比を0.02〜2.0、好ましくはモル比0.05〜0.5に調整する。
【0013】
上記のグリシン水溶液は、予め、塩化カルシウム水溶液又は炭酸ナトリウムの少なくと
も一方に混合しておくか、または、塩化カルシウムと炭酸ナトリウムを混合するとき同時に混合することにより、前記水溶液に添加する。この3種の水溶液の同時混合においては、グリシンが反応に必ず存在するように均等に分散させることが、バテライト型の球状の炭酸カルシウム微粒子を製造する上で重要となる。
本発明では、グリシン水溶液を混合しない塩化カルシウム水溶液又は炭酸ナトリウム水溶液のいずれかに上記の二価の金属を添加し、これをグリシン水溶液を添加した炭酸ナトリウム又は塩化カルシウムのいずれか一方の水溶液を混合して室温で反応させると、結晶子サイズが3nm〜30nmの、カルサイト型であるが球状の炭酸カルシウム微粒子を得ることができた。
【0014】
グリシン水溶液は、そのpHが7.5〜11.0でバテライト型の球状の炭酸カルシウム微粒子が生成するが、pH8.0〜9.5がより安定している。pH調整剤としては塩酸、水酸化ナトリウム水溶液を使用する。
【0015】
本発明では使用したアミノ酸のpHが増加するとバテライト微粒子の生成率が減少する知見が得られた。これはバテライト粒子やカルサイト粒子の前駆体である非晶質炭酸カルシウム(ACC)がpHに影響されたためと考えられる。ACCはpH7.1〜9.5の範囲ではバテライト粒子に、pH10.5〜12.8の範囲でカルサイト粒子に転移する。
【0016】
合成したバテライト粒子は、空気中では安定である。しかしアミノ酸を含まない純水中ではバテライト粒子は約6時間後から相転移が始まり、約24時間で完全にカルサイト粒子に転移する。アミノ酸を添加して合成したバテライト粒子では6カ月以上放置してもカルサイト粒子への転移が起こらないことを確認した。これはバテライト粒子中に含まれるアミノ酸が安定性に寄与しているためと判断される。
【0017】
本発明では沈降法で生成した球状の炭酸カルシウム微粒子には副産物として塩化ナトリウムが含まれているので、固液分離を行うときに洗浄を行う。洗浄水の炭酸濃度が高いと不純物になるカルサイト粒子が生成するので、洗浄水には脱炭酸水を使用する。この洗浄において塩化ナトリウムに比較して、グリシンはより強く付着しているので、適当な洗浄条件を設定することにより、洗浄後もバテライト微粒子を安定に保つのに必要なグリシンを残すことができる。
【発明の効果】
【0018】
上述したように、本発明においてバテライト型の球状の炭酸カルシウム微粒子を生成する場合、塩化カルシウムと炭酸ナトリウムを反応させる段階でグリシンなどのアミノ酸水溶液の存在が必要であるが、本発明では、一例としてグリシン水溶液を、塩化カルシウム水溶液または炭酸ナトリウム水溶液のいずれかに一方に添加した後、または双方に添加した後に、両液を室温において均等に分散させて反応させることにより、安定なバテライト型の球状の炭酸カルシウム微粒子を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】炭酸カルシウムの3種類の多形を説明するための特性一覧を示した表。
【図2】本発明の球状の炭酸カルシウム微粒子の製造をする操作反応系のフロー図。
【図3】バテライト型の球状炭酸カルシウム微粒子のSEM像の拡大図。
【図4】バテライト型の球状炭酸カルシウム粒子のX線解析線図。
【図5】カルサイト型の球状炭酸カルシウム粒子のSEM像の図。
【図6】カルサイト型の球状炭酸カルシウム粒子のX線解析線図。
【0020】
以上の知見に基づいて図2に例示する本発明の操作反応系のフローによりバテライト型の球状の炭酸カルシウム微粒子の製造を行ったので、以下に説明する。
【0021】
A液;塩化カルシウムが1.2モルの水溶液になるように調合した。グリシンを炭酸カルシウム1モルに対して0.24モルの水溶液になるように調整した。二つの水溶液は夫々に別個の容器でよく攪拌してA液タンク10に入れた。
【0022】
B液;炭酸ナトリウムを1.2モルの水溶液になるように調合した。A液と同じグリシン水溶液を用意し、A液の場合と同様に炭酸ナトリウム水溶液とグリシン溶液を別個の容器でよく攪拌してB液タンク20に入れた。
【0023】
上記のタンク10,20には、それぞれ配管を介してA液のギアポンプ11とB液のギアポンプ21が接続され、両ポンプ11と21の出口が、攪拌機能を有する攪拌反応器30の入口に配管を介して接続されている。前記ギアポンプ11,21の能力は任意であるが図の例では5.0L/minのものを使用した。攪拌反応器30としては一例として連続式ミキシング装置を使用した。
【0024】
攪拌反応器30では、ポンプ11と21から等量で送られてくるA液とB液を一例として高圧高速で衝突させて混合する。そうすると当該反応器30の内部でA液とB液の混合物が、グリシン水溶液の共存下での塩化カルシウムと炭酸ナトリウムの室温での反応によるバテライト型の球状の炭酸カルシウム微粒子が生成される。
【0025】
生成されるバテライト型の球状炭酸カルシウム微粒子は前記反応器30から吐出されて製品タンク40に収容される。製品タンク40に収容されたバテライト型の炭酸カルシウム微粒子は熟成のため当該タンク40内で適宜時間攪拌する。攪拌後タンク40から製品を吸引ろ過してマット上に取り出し、グリシン水溶液で洗浄して製品に付着している塩化ナトリウムを落として自然乾燥させた。この結果、結晶子の大きさが2nm〜30nmの柔らかな微細球状で粉体状のバテライト型の炭酸カルシウム微粒子を得た。図3に上記で得たバテライト型の炭酸カルシウム球状微粒子のSEM写真をイラスト化したものを示し、図4に当該微粒子のX線解析線図を示す。
【0026】
本発明では、カルシウムmol当り0.5molグリシンを水溶液で塩化カルシウム水溶液又は炭酸ナトリウム水溶液のいずれか一方の水溶液(ここでは炭酸ナトリウム水溶液)に添加してA液とすると共に、前記グリシンを添加しない他方の水溶液(ここでは塩化カルシウム水溶液)に、カルシウムイオン+金属イオンに対し0.1〜5mol%の二価の金属(例えば塩化亜鉛、塩化鉄、銅、塩化マンガンなどのいずれか)を混合してB液とし、このA液とB液を、先に図2により説明した例と同様にして撹拌反応器30で衝突させて反応させたところ、カルサイト型の球状の炭酸カルシウム微粒子が生成された。
【0027】
生成されたカルサイト型の球状の炭酸カルシウム微粒子は、上記のバテライト型の球状の炭酸カルシウム粒子の場合と同様に、タンク40内で撹拌して熟成させて取出し、必要な処理,操作をして、結晶子の大きさが3nm〜30nmの微細な球状の炭酸カルシウム微粒子を得た。
この粒子は、顕微鏡観察で粒子形状が球状であることを確認した(図5参照)。また、X線解析によってピーク値がカルサイトであることを示した(図6参照)。
【0028】
一般に、炭酸カルシウム自体は水や油との相性が良好なことから、水や油、香料を多く含ませることが出来る白色乃至薄灰色の粉末である。このような炭酸カルシウムの一般性状に鑑み、本発明の球状の炭酸カルシウム微粒子は皮脂を吸引する粉体系ファンデーションや白粉に配合して化粧品に使用できる。また香料を含ませた保香剤に使用できる。
【0029】
本発明の球状を呈する炭酸カルシウム微粒子は、滑らかな球体状でその集合体でも強い研磨性もないから、例えば化粧剤のファンデーション、フェイスパウダー、コンシーラー等々の化粧品、歯磨き剤、香料保持剤、薬などの経口剤、或は、日用品、塗料、断熱フィルム、極薄フィルムなどの工業製品に利用できる。
【0030】
本発明は以上の通りであって、従来は不安定で工業的な大量生産ができなかったバテライト型の球状炭酸カルシウム微粒子並びにカルサイト型の球状の炭酸カルシウム微粒子を、安定に、かつ、工業的に大量生産できるから、鉱物で方形状のカルサイトや槍先状のアラゴナイトに比べ溶解性、分散性、保湿性、保香性、抗菌性などにおいて優れた多機能・高機能の球状微粒子材料を提供することが可能になった。
【符号の説明】
【0031】
10 A液タンク
20 B液タンク
11 A液のギアポンプ
21 B液のギアポンプ
30 撹拌反応器
40 製品タンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.8M〜1.6Mに調製した等モルの塩化カルシウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を、アミノ酸水溶液の一つとしてグリシン水溶液を添加し室温で反応させることにより、結晶子の大きさが3nm〜30nmの球状の炭酸カルシウム微粒子を得ることを特徴とする球状炭酸カルシウム微粒子の製造方法。
【請求項2】
0.8M〜1.6Mに調整した等モルの塩化カルシウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液の一方の水溶液にアミノ酸水溶液の一つとしてグリシン水溶液を添加すると共に、他方の水溶液に二価の金属を添加し、添加された両水溶液を室温で反応させることにより、結晶の大きさが3nm〜30nmの球状の炭酸カルシウム微粒子を得ることを特徴とする球状炭酸カルシウム微粒子の製造方法。
【請求項3】
グリシン水溶液のモル比を0.02〜2.0好ましくはモル比0.02〜0.5に調整する請求項1又は2の製造方法。
【請求項4】
グリシン水溶液は、塩化カルシウム水溶液と炭酸ナトリウム水溶液のいずれかに予め添加するか、又は、塩化カルシウム水溶液および炭酸ナトリウム水溶液と同時に混合する請求項1〜3のいずれかの製造方法。
【請求項5】
室温での反応は、前記水溶液を混合し液中の粒子をその混合液の中で均等に分散させる請求項1〜4のいずれかの製造方法。
【請求項6】
請求項5の生成反応で副生する塩化ナトリウムをろ過分離する際に清浄水で洗浄し、塩化ナトリウムを除去するとともに、少量のグリシンをケーキ中に残留させる請求項4の製造方法。
【請求項7】
グリシン水溶液に代えて、アラニン、アスパラギン酸、アルギニンのいずれかの水溶液を添加する請求項1〜6のいずれかの製造方法。
【請求項8】
pH6.0〜9.5のアミノ酸水溶液と塩化カルシウム水溶液を攪拌混合してA液とし炭酸ナトリウム水溶液をB液とするか、又は、前記アミノ酸水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を攪拌混合してA液とし塩化カルシウム水溶液をB液とする、
前記A液とB液を連続式ミキシング装置に連続して供給し、そのミキシング装置で前記両液を連続して混合し反応させ、結晶子の大きさが3nm〜30nmのバテライト型の球状炭酸カルシウム微粒子を連続して得ることを特徴とする球状の炭酸カルシウム微粒子の連続製造方法。
【請求項9】
pH6.0〜9.5のアミノ酸水溶液と塩化カルシウム水溶液を撹拌混合してA液とし二価の金属を添加した炭酸ナトリウム水溶液をB液とするか、又は、前記アミノ酸水溶液と炭酸ナトリウム水溶液を撹拌混合してA液とし金属イオン+カルシウムイオンに対し二価の金属2mol%以上を添加した塩化カルシウム水溶液をB液とする、前記A液とB液を連続式ミキシング装置に連続して供給し、そのミキシング装置で前記両液を連続して混合し反応させ、結晶子の大きさが3nm〜30nmのカルサイト型の球状炭酸カルシウム微粒子を連続して得ることを特徴とする球状の炭酸カルシウムの微粒子の連続製造方法。
【請求項10】
連続式ミキシング装置は、A液とB液の収容タンクと夫々のタンクに接続されたポンプと、前記ポンプの出口に接続されA,B両液を衝突させる混合反応路とを備えた請求項8の連続製造方法。
【請求項11】
アミノ酸水溶液は、グリシン、アラニン、アスパラギン酸、アルギニンのいずれかの水溶液である請求項6〜8のいずれかの連続製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−60320(P2013−60320A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−199204(P2011−199204)
【出願日】平成23年9月13日(2011.9.13)
【出願人】(511107979)株式会社コンカレント (2)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】