説明

環状ホスファチジン酸の製造方法

【課題】不純物となるリゾホスファチジン酸を高度に除去することができる環状ホスファチジン酸の製造方法を提供する。
【解決手段】リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることによる環状ホスファチジン酸の製造方法において、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることにより産生したリゾホスファチジン酸にホスファチジン酸ホスファターゼを作用させることを特徴とする環状ホスファチジン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホリパーゼD及びホスファチジン酸ホスファターゼを用いた環状ホスファチジン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環状ホスファチジン酸(以下、cPAと略すこともある)は、癌細胞の転移及び浸潤を阻害する等の生理活性を有することが知られ(非特許文献1を参照)、抗腫瘍剤を含む医薬品や機能性食品としての用途が期待されている。また、環状ホスファチジン酸の誘導体は、神経細胞の生存細胞の生存促進、伸張促進等の効果を有し、痴呆やアルツハイマー病等の神経障害治療剤としての用途が期待されている(特許文献1を参照)。
【0003】
従来、このような環状ホスファチジン酸の調整方法としては、化学的に合成する方法(例えば、特許文献2〜5参照)や、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることによる酵素を用いた方法(特許文献6を参照)が知られている。この酵素的方法は、ホスホリパーゼDが、リン脂質に作用した場合に、リン酸と塩基部分のエステル結合を加水分解する活性の他に、同時にホスファチジル基をOH基へ転移する反応(ホスファチジル転移反応)をも触媒することを利用したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−308778
【特許文献2】特開平5−230088
【特許文献3】特開平7−149772
【特許文献4】特開平7−258278
【特許文献5】特開平9−25235
【特許文献6】特開2001−178489
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Biochimica et Biophysica Acta 1528 (2002)、p.1−7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
環状ホスファチジン酸は不安定であることから、上述の化学的合成法では高収率で目的物である環状ホスファチジン酸を得ることが困難であるという問題があった。また、上述のリゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることによる酵素的製法は簡便で低コストではあるが、ホスホリパーゼDが、リゾ型リン脂質のリン酸部分とコリン部分とのエステル結合を加水分解する活性を有することから、環状ホスファチジン酸を含む最終産物に加水分解生成物であるリゾホスファチジン酸(以下、LPAと称すことがある)が相当量混入してしまうという問題があった。そこで、本発明は、環状ホスファチジン酸を高収率かつ高純度に製造することができる簡易な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、係る従来技術の問題点を解決するために、環状ホスファチジン酸の製造方法について鋭意検討した結果、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させた場合に生じるリゾホスファチジン酸に、さらに特定の放線菌由来のホスファチジン酸ホスファターゼを作用させると、リゾホスファチジン酸を中性脂質に変換することができることを見出した。本発明は係る知見に基づいてなされたものである。
【0008】
すなわち、本発明の態様は以下に関する。
(1) リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることによる環状ホスファチジン酸の製造方法において、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることにより産生したリゾホスファチジン酸にホスファチジン酸ホスファターゼを作用させることを特徴とする環状ホスファチジン酸の製造方法。
(2) 前記リゾ型リン脂質が、一般式(I):
【化1】

(式中、Rは、炭素数1〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよく、Choは、コリンを示す。)で表されるリゾホスファチジルコリンである(1)に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(3) 前記ホスホリパーゼDが、キャベツ、落花生、ストレプトマイセス・エスピー(Streptomyces sp.)及びアクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)からなる群から選択される少なくとも一に由来する(1)又は(2)に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(4) 前記ホスホリパーゼDが、アクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)に由来する(1)〜(3)のいずれかに記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(5) 前記ホスファチジン酸ホスファターゼが、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する菌株に由来するものである(1)〜(4)のいずれかに記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(6) 前記ホスファチジン酸ホスファターゼが、ストレプトマイセス・ミラビリス(Streptomyces mirabilis)に由来するものである(1)〜(5)のいずれかに記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(7) 前記リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させて得られる産物に、前記ホスファチジン酸ホスファターゼを作用させる(1)〜(6)のいずれかに記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(8) 前記ホスホリパーゼDをリゾホスファチジルコリンに作用させた後に、反応液を有機溶媒で抽出する(1)〜(7)のいずれかに記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(9) 前記ホスホリパーゼDをリゾホスファチジルコリンに作用させた後に、低pH処理あるいは加熱処理によってホスホリパーゼDを失活させる(1)〜(7)のいずれかに記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
(10) (1)〜(9)のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法により製造された環状ホスファチジン酸を含有してなる組成物。
(11) 環状ホスファチジン酸を構成する脂肪酸が、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸の一種または二種以上からなることを特徴とする(10)に記載の環状ホスファチジン酸を含有してなる組成物。
(12) 組成物が、医薬品、医薬部外品、化粧品または飲食品である、(10)または(11)に記載の環状ホスファチジン酸を含有してなる組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ホスホリパーゼDとリゾ型リン脂質を反応させることにより環状ホスファチジン酸を生産するとともに、副産物であるリゾホスファチジン酸にホスファチジン酸ホスファターゼを作用させて除去することができることから、高純度かつ高収率で環状ホスファチジン酸を製造することが可能である。また、本発明は、酵素を用いた方法であることから、簡便に環状ホスファチジン酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例において精製したホスファチジン酸ホスファターゼの活性に対するpHの影響を示すグラフである。
【図2】実施例において精製したホスファチジン酸ホスファターゼの活性に対するCa2+、Mg2+及びMn2+の影響を示すグラフである。
【図3】リゾホスファチジルコリン(LPC)とホスホリパーゼDとの反応を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
本発明は、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることにより環状ホスファチジン酸の製造方法において、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させたことにより産生されたリゾホスファチジン酸(LPA)にホスファチジン酸ホスファターゼを作用させることを特徴とする。リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させると、その主要生成物である環状ホスファチジン酸(cPA)が産生されるとともに、副産物としてリゾホスファチジン酸も高い割合で生成される。本発明では、この副産物にホスファチジン酸ホスファターゼを作用させることにより、LPAを1−モノアシルグリセロールに変換して、これを除去することにより、高い純度のcPAを得ることが可能となる。
【0012】
本発明において、リゾ型リン脂質とは、ホスホリパーゼDが作用し得るものであれば特に限定されない。リゾ型リン脂質は既に多種多様のものが知られており、脂肪酸種の異なるもの、エーテル又はビニルエーテル結合をもった分子種などが知られている。これらは市販品としても入手可能である。
【0013】
本発明において用いられるリゾ型リン脂質は、ホスホリパーゼDの基質特異性を考慮すると、一般式(I)で表されるリゾホスファチジルコリン(LPC)であることが好ましい。
【化2】

(式中、Rは、炭素数1〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよく、Choは、コリンを示す。)
【0014】
一般式(I)において、置換基Rが示す炭素数1〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ペンタデシル基、オクタデシル基などが挙げられる。
【0015】
置換基Rが示す炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基の具体例としては、例えば、アリル基、ブテニル基、オクテニル基、デセニル基、ドデカジエニル基、ヘキサデカトリエニル基などが挙げられ、より具体的には、8−デセニル基、8−ウンデセニル基、8−ドデセニル基、8−トリデセニル基、8−テトラデセニル基、8−ペンタデセニル基、8−ヘキサデセニル基、8−ヘプタデセニル基、8−オクタデセニル基、8−イコセニル基、8−ドコセニル基、ヘプタデカ−8,11−ジエニル基、ヘプタデカ−8,11,14−トリエニル基、ノナデカ−4,7,10,13−テトラエニル基、ノナデカ−4,7,10,13,16−ペンタエニル基、ヘニコサ−3,6,9,12,15,18−ヘキサエニル基などが挙げられる。
【0016】
置換基Rが示す炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基の具体例としては、例えば、8−デシニル基、8−ウンデシニル基、8−ドデシニル基、8−トリデシニル基、8−テトラデシニル基、8−ペンタデシニル基、8−ヘキサデシニル基、8−ヘプタデシニル基、8−オクタデシニル基、8−イコシニル基、8−ドコシニル基、ヘプタデカ−8,11−ジイニル基などが挙げられる。
【0017】
上記のアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基に含有されうるシクロアルカン環の具体例としては、例えば、シクロプロパン環、シクロブタン環、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、シクロオクタン環などが挙げられる。シクロアルカン環は、1個以上のヘテロ原子を含んでいてもよく、そのような例としては、例えば、オキシラン環、オキセタン環、テトラヒドロフラン環、N−メチルプロリジン環などが挙げられる。上記のアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基に含有されうる芳香環の具体例としては、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環、フラン環、チオフェン環などが挙げられる。従って、置換基Rがシクロアルカン環によって置換されたアルキル基である場合の具体例としては、例えば、シクロプロピルメチル基、シクロヘキシルエチル基、8,9−メタノペンタデシル基などが挙げられる。置換基Rが芳香環によって置換されたアルキル基である場合の具体例としては、ベンジル基、フェネチル基、p−ペンチルフェニルオクチル基などが挙げられる。
【0018】
本発明において用いられるホスホリパーゼDは、上記リゾ型リン脂質に作用させた場合に、cPAを生成するものであれば特に限定されるものではない。具体的には、キャベツや落花生などの高等植物由来のものやストレプトマイセス・エスピー(Streptomyces sp.)、アクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)などの微生物由来のものが市販試薬として入手可能である。このうち、ストレプトマイセス・エスピー(Streptomyces sp.)又はアクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)に由来するホスホリパーゼDが好ましく、アクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)No.362由来のホスホリパーゼDがより好ましく用いられる。
【0019】
リゾ型リン脂質とホスホリパーゼDとの反応は、酵素が活性を発現できる条件であれば特に限定されず、公知の反応条件により行うことができる。具体的には、塩化カルシウムを含有する酢酸緩衝液(pH5〜6程度)中で室温から加温下(例えば、25〜45℃、好ましくは30〜43℃、より好ましくは30〜43℃)で1〜30時間程度反応させることにより行う。
【0020】
上述の通り、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることにより、cPAが産生されると同時に、相当量のLPAも産生されることになる。本発明では、このLPAにホスファチジン酸ホスファターゼを作用させ脱リン酸化させる。
【0021】
本発明で用いられるホスファチジン酸ホスファターゼは、上述のLPAに作用し得るものであれば特に限定されるものではない。具体的には、放線菌由来のものが挙げられ、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する菌株に由来のものが好ましく用いられる。より好ましくは、ストレプトマイセス・ミラビリス(Streptomyces mirabilis)に由来するホスファチジン酸ホスファターゼを用いることが好ましい。
【0022】
ホスファチジン酸ホスファターゼとLPAとの反応条件は、酵素が活性を発現できる条件であれば特に限定されない。具体的には、酢酸緩衝液中で例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化マンガン等を添加した酢酸緩衝液中で室温から加温下(例えば、25〜45℃、好ましくは30〜43℃、より好ましくは30〜43℃)で1〜30時間程度反応させることにより行う。特に、塩化カルシウムを用いることが好ましく、緩衝液中の最終濃度で0.01〜30mMの範囲で加えることができる。反応溶液(緩衝液)のpHは、通常4〜7の範囲に調整することが可能であり、好ましくは4.5〜6、より好ましくは5〜6の範囲に調整することができる。
【0023】
本発明では、出発材料となるLPCを含む反応系に最初にホスホリパーゼDを添加し、その後、ホスファチジン酸ホスファターゼを添加しても良いし、当該反応系にホスホリパーゼDとホスファチジン酸ホスファターゼとを同時に添加しても良い。ホスホリパーゼDとホスファチジン酸ホスファターゼを同時に反応系に添加した場合には、上述のホスファチジン酸ホスファターゼの反応条件により、両酵素の反応を行うことができる。
【0024】
また、本発明では、ホスホリパーゼDとホスファチジン酸ホスファターゼとを同一の反応系に添加することも可能であるが、ホスホリパーゼDをLPCに作用させた後、低pH処理あるいは加熱処理によるホスフォリパーゼDを失活させた後ホスファチジン酸ホスファターゼ反応に供するか、一旦反応産物を抽出/精製してもよい。さらに、本発明では、ホスファチジン酸ホスファターゼをLPAに作用させた後、反応液に対して抽出/精製操作を行うことにより、最終産物として環状ホスファチジン酸を得ることができる。
【0025】
上述の抽出/精製は、有機溶媒を用いた抽出、カラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー(TLC)等により行うことができ、目的とする精製度等に応じて適宜これらを組合せてもよい。これらの方法のうち、好ましい方法としては、有機溶媒による抽出である。用いられる有機溶媒は、目的となるcPAを抽出できるものであれば、特に限定されない。例えば、ヘキサン、エチルアルコール、メチルアルコール、酢酸エチル、エチルエーテル、トルエン、クロロホルムとメタノールの混合液を用いて抽出することができる。クロロホルムとメタノールとの比は、2:1が好ましい。
【0026】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により特に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
1. ホスファチジン酸ホスファターゼ(PAP)活性測定
0.1M酢酸緩衝液(pH5.5)、1mMホスファチジン酸、1mM塩化カルシウムから成る反応液1mlに0.05mlの酵素液を添加し正確に10分間反応させた後、10%トリクロロ酢酸0.25ml、次いで10%牛血清アルブミン溶液0.25mlを添加し混合した。濾紙で濾過した濾液1mlに無機リン発色試薬(モリブデン溶液)を添加して発色させ、650nmにおける吸光度を測定した。1分間1マイクロモルの無機リンを遊離する活性を1単位とした。
【0028】
2.ホスファチジン酸ホスファターゼ(PAP)の精製
ストレプトマイセス・ミラビリス(Streptomyces mirabilis)を、1%ペプトン、0.5%酵母エキス、0.3%食塩、0.1%硫酸マグネシウムからなる培地で、28℃、120時間の条件で通気攪拌培養した。以下の手順により、菌体から培養液中に分泌されたPAPを精製した。
【0029】
培養後の培養液を6000回転10分間遠心分離して得られた上清液をアセトン沈殿に供し、沈殿物を10mMトリス‐塩酸緩衝液(pH7.2)に溶解した。この溶液について、オクチルセファロース(ファルマシア社製)を用いた疎水性アフィニティクロマトグラフィを利用して精製し、PAPの活性を有する溶出画分をセントリフロー(アミコン社製)を用いて濃縮し、さらに、アセトン沈殿処理を施し、得られた沈殿物を10mMトリス‐塩酸緩衝液(pH7.2)に溶解した。該溶液について、DEAE−セファデックスA25(ファルマシア社製)を用いた陰イオン交換クロマトグラフィー、次いでセファデックスG−75(ファルマシア社製)、G−100(ファルマシア社製)によるゲル濾過クロマトグラフィーによる各精製工程を経てPAPを精製した。
【0030】
また、各精製工程における、総タンパク質、PAPの全活性、比活性及び回収率を求めた。その結果を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
3.PAPの諸物性の解析
(1)等電点及び分子量
キャリア・アンフォライトを用いた電気泳動の結果、上記精製したPAPの等電点はpH4.8であった。
また、ゲル濾過法、SDS−PAGE法によりPAPの分子量を分析した結果は、それぞれ、18000Da、17500Daであった。本酵素は、比較的小さい分子量を有しており、ホスホリパーゼDと同様に単量体で存在するものと考えられた。
【0033】
(2)PAP反応へのpHの影響
ホスファチジン酸(PA)を基質として、上記精製したPAPによる反応への反応液のpHの影響を分析した。pH3.0はグリシン‐塩酸緩衝液、pH4.0〜6.0は酢酸緩衝液を用いて、pH7.0〜10.0はトリス‐塩酸緩衝液を用いた。
PAPによる反応は、pH4.0〜7.0の範囲でホスファチジン酸(PA)に作用し、pH5.5付近で最大の活性を示した(図1を参照)。
【0034】
(3)PAP反応への陽イオンの影響
PAを基質として、上記精製したPAPによる反応液への陽イオン添加の影響について調べた。その結果を表2に示す。
PAP反応は一価の陽イオン(Na+、K+、Li+、NH4+)により20〜40%活性化された。二価の陽イオンについては、Ca2+、Mg2+、Mn2+は1.5〜2倍に活性化するが、Zn2+、Cu2+、Ba2+では阻害が見られた(表2を参照)。活性化作用のあるものについて、濃度依存性を調べてみると、Ca2+及びMg2+は類似した挙動を示した。図2に示されるように、Ca2+及びMg2+では、1mMが至適濃度であり、最大1.5倍に活性化された。また、Mn2+では10mMが最適濃度であり、約2.3倍に活性化された。
【0035】
【表2】

【0036】
EDTAによりPAP反応は完全に阻害された(表2参照)ことと、PAP中にCa2+、Mg2+の存在が確かめられ(PAP11.6μMに対しCa7.73μM、Mg5.75μM)ことから、PAP反応は二価の陽イオンを必須の因子とするものと考えられた。
【0037】
(4)PAP反応への界面活性剤の影響
PAに対するPAPの作用は非イオン性界面活性剤(トリトンX−100、アデカトールSO−120、ツイーン20)により、わずかに活性化されたが、DOCを除く陰イオン性界面活性剤や陽イオン性界面活性剤で阻害された(表3参照)。
【0038】
【表3】

【0039】
(4)基質特異性
次に、上記精製したPAPの基質特異性について調べた。その結果を表4に示す。
本酵素はPAに対し最も良く作用するが、本発明においてターゲットとなるLPA、セラミドリン酸(CEP)等の脂溶性のリン酸モノエステル化合物にも作用することが判明した。しかし、グリセロリン酸やコリンリン酸の様な水溶性リン酸モノエステル及びGPCのようなリン酸ジエステル化合物には全く作用しなかった(表4を参照)。
【0040】
【表4】

【0041】
(実施例1)
リゾホスファチジルコリン(LPC;シグマ社製)1gに、反応溶媒として10mM塩化カルシウムを含む0.1M酢酸緩衝液(pH5.5)20mLを添加し、40℃に加温して溶解させた。その後、ホスホリパーゼD(Actinomadura sp.由来、名糖産業社製)の酵素液(100U/mL)5mLを加えて、40℃で連続攪拌しながら18時間反応させた。反応の進行度は薄層クロマトグラフィー(以下、TLCと称すことがある)で確認した。TLCは、Silica gel 60(メルク社製)を用いて、展開溶媒はクロロホルム:メタノール:酢酸:5%二亜硫酸ナトリウム水溶液(=100:40:12:5、V/V)で展開した。Rf値は、LPCが約0.1、環状ホスファチジン酸(cPA)が約0.5、副産物であるリゾホスファチジン酸(LPA)が約0.3であった。反応終了後、クロロホルム:メタノール(2:1)20mLを添加し、十分攪拌した後、3000rpm、2分間で遠心分離し、クロロホルム層(下層)を集めた。さらに、残った水層にクロロホルム:メタノール(2:1)20mLを添加して十分攪拌した後、同条件で遠心分離し、クロロホルム層(下層)を集めた。1回目のクロロホルム層と2回目のクロロホルム層とを合わせ、ロータリーエバポレーターで濃縮して脂質成分820mgを得た。
【0042】
得られた脂質820mgに、反応溶媒として20mM塩化カルシウムを含む0.1M酢酸緩衝液(pH5.5)20mLを添加し、40℃に加温して溶解させた。その後、上記の精製したホスファチジン酸ホスファターゼ(Streptomyces mirabilis由来)酵素液(25U/mL)5mLを添加し、40℃で連続攪拌して18時間反応させた。反応液に、クロロホルム:メタノール(2:1)20mLを添加し、十分に攪拌した後、3000rpm、2分間で遠心分離し、クロロホルム層(下層)を集めた。さらに、残った水槽にクロロホルム:メタノール(2:1)20mLを添加し、十分に攪拌した後、同条件で遠心分離し、クロロホルム層(下層)を集めた。1回目のクロロホルム層と2回目のクロロホルム層とを合わせて、ロータリーエバポレーターで濃縮し、810mgの脂質成分を得た。固形分に20mLのアセトンを添加し、攪拌し、3000rpm、2分間で遠心分離して上清(可溶性成分)を除去した。不溶性成分を減圧乾固させCPA粉末487mgを得た。
【0043】
(比較例1)
リゾホスファチジルコリン(LPC;シグマ社製)1.5gに、反応溶媒として10mM塩化カルシウムを含む0.1M酢酸緩衝液(pH5.5)30mLを添加し、40℃に加温して溶解させた。その後、ホスホリパーゼD(Actinomadura sp.由来、名糖産業社製)の酵素液(100U/mL)7.5mLを加えて、40℃で連続攪拌しながら18時間反応させた。反応終了後、クロロホルム:メタノール(2:1)30mLを添加し十分に攪拌した後、3000rpm、2分間の条件で遠心分離し、クロロホルム層(下層)を集めた。さらに、残った水層にクロロホルム:メタノール(2:1)30mLを添加して、十分に攪拌した後、遠心分離によりクロロホルム層(下層)を集めた。1回目のクロロホルム層と2回目のクロロホルム層とを合わせてロータリーエバポレーターで濃縮し、脂質成分1.35gを得た。
【0044】
<成分分析>
実施例1及び比較例1で得られた脂質の試料にし、TLC後のクロマトグラフをスキャニング法で成分分析を行った。
その成分分析の結果を以下の表5に示す。
【0045】
【表5】

【0046】
上記表5に示す通り、ホスファチジン酸ホスファターゼの処理工程が設けられた実施例1では、副産物のLPAが最終産物に混入しておらず、高純度のcPAが得られた。一方、ホスファチジン酸ホスファターゼの処理工程を設けなかった比較例1の最終産物には、高い割合でLPAが混入していることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、高純度かつ多量の環状ホスファチジン酸を簡便に製造することができるので、本発明は、医薬品、医薬部外品、化粧品、食品等の分野において高い産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることによる環状ホスファチジン酸の製造方法において、リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることにより産生したリゾホスファチジン酸にホスファチジン酸ホスファターゼを作用させることを特徴とする環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項2】
前記リゾ型リン脂質が、一般式(I):
【化1】

(式中、Rは、炭素数1〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2〜30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよく、Choは、コリンを示す。)で表されるリゾホスファチジルコリンである請求項1に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項3】
前記ホスホリパーゼDが、キャベツ、落花生、ストレプトマイセス・エスピー(Streptomyces sp.)及びアクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)からなる群から選択される少なくとも一に由来する請求項1又は2に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項4】
前記ホスホリパーゼDが、アクチノマデュラ エスピー.(Actinomadula sp.)に由来する請求項1〜3のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項5】
前記ホスファチジン酸ホスファターゼが、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する菌株に由来するものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項6】
前記ホスファチジン酸ホスファターゼが、ストレプトマイセス・ミラビリス(Streptomyces mirabilis)に由来するものである請求項1〜5のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項7】
前記リゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させて得られる産物に、前記ホスファチジン酸ホスファターゼを作用させる請求項1〜6のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項8】
前記ホスホリパーゼDをリゾホスファチジルコリンに作用させた後に、反応液を有機溶媒で抽出する請求項1〜7のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項9】
前記ホスホリパーゼDをリゾホスファチジルコリンに作用させた後に、低pH処理あるいは加熱処理によってホスホリパーゼDを失活させる請求項1〜7のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の環状ホスファチジン酸の製造方法により製造された環状ホスファチジン酸を含有してなる組成物。
【請求項11】
環状ホスファチジン酸を構成する脂肪酸が、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸の一種または二種以上からなることを特徴とする請求項10に記載の環状ホスファチジン酸を含有してなる組成物。
【請求項12】
組成物が、医薬品、医薬部外品、化粧品または飲食品である、請求項10または11に記載の環状ホスファチジン酸を含有してなる組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−211921(P2011−211921A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80964(P2010−80964)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(508104880)SANSHO株式会社 (5)
【Fターム(参考)】