説明

生体インプラント

【課題】長期間に亘り微生物感染の予防が可能であり、人体に対する毒性のない生体インプラントを提供すること。
【解決手段】金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、等電点が7より小さい1種以上の金属酸化物からなる金属酸化物層を有する。金属酸化物層により細菌の付着を抑制することができる。金属酸化物層は体液中にはほとんど溶解せず、また負電荷が経時的に減衰することがないので、長期に亘る微生物感染の予防が可能である。さらに、抗菌剤を用いていないので、毒性など人体への影響がない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工歯根、人工骨、内固定具、そして人工関節等の生体インプラントであって、抗細菌付着性を有する生体インプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科領域で使用される人工歯根、疾病や外傷等の治療のために使用される人工骨や内固定具や、失われた関節機能を再建するために使用される人工関節等の生体インプラントは、近年医療分野において広く用いられている。これら生体インプラントは、骨内に固定して使用されることから高強度を必要とし、ステンレス合金やコバルト・クロム合金、チタン合金などが主に使用されているが、生体内での耐食性や摺動特性に優れたアルミナやジルコニア等のセラミックスや、超高分子量ポリエチレン等のプラスチックも使用されている。
【0003】
しかし、これら生体インプラントは置換手術時及び/又は術後における細菌等の微生物感染の感染源になる可能性があるという問題がある。例えば、人工関節の場合、微生物感染により、化膿菌による骨感染症である骨随炎を発症させる可能性がある。これに対し、感染症を防止するため、術前及び/又は術中の抗生物質の投与、器具及び/又は手術着の滅菌、バイオ・クリーンルームにおける無菌手術等の対策がなされているが、感染症の発症を完全に抑制するのは困難で、現在確立された治療法がないのが現状である。そのため、現実には、人工関節の抜去を行い、感染部を掻爬及び/又は洗浄し、抗生物質による洗浄を行っている。しかし、抜去しても根治が困難な場合もあり、患者に肉体的にも経済的にも多大の負担を強いているのが現状である。
【0004】
これに対し、生体インプラント自身に細菌を付着させないことにより微生物感染を予防する方法が検討されている。例えば、オキサゾリジノン化合物を含む抗微生物剤を移植する医療機器に取り込ませることにより感染症を予防する方法が提案されている(特許文献1)。
【特許文献1】特表2005−515029号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の方法は、抗微生物剤を徐々に溶出させて細菌の付着を防止するため、当初の抗微生物剤が溶出してなくなれば細菌の付着を防止する能力、すなわち抗細菌付着性がなくなる。そのため、術後の早期感染に対しては有効であるが、術後数ヶ月〜数年を経て発症するような遅発性感染には効果がないという問題がある。また、抗微生物剤は、微生物に作用してその生育を阻害したり、微生物を殺したりするが、その作用は酵素反応の阻害、細胞壁の破壊、エネルギー鎖の阻害等である。これらの作用は人体の細胞へも影響するものである。そのため、抗微生物剤はできるだけ少量で使用する必要があるが、耐性菌の登場により、より多量の抗微生物剤やより効力の高い(毒性の強い)抗微生物剤が必要であるという問題もある。
【0006】
そこで、本発明は、長期間に亘り微生物感染の予防が可能であり、人体に対する毒性のない生体インプラントを提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明の生体インプラントは、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、等電点が7より小さい1種以上の金属酸化物からなる金属酸化物層を有することを特徴とする。
【0008】
細菌等の微生物は、中性条件ではその細胞の表面にカルボキシル基やリン酸基の解離によって生じる負電荷を有することが知られている。一方、金属酸化物は、HとOHが電位決定イオンとなり、系のpHの値によって表面電位が大きく変化し、金属酸化物の種類によって異なる特定のpHで表面電位がゼロとなる等電点を有する。そのため、金属酸化物は、水溶液中においてその等電点に応じた電荷を有する。例えば、中性条件では、等電点が7より小さい金属酸化物は負電荷を有し、等電点が7より大きい金属酸化物は正電荷を有している。本発明の生体インプラントに用いる金属酸化物は、等電点が7より小さいので、中性条件では負電荷を有する。したがって、細菌はその有する負電荷により、本発明に用いる金属酸化物と静電反発するため、本発明の生体インプラントには細菌は吸着することができない。さらに、等電点が7より小さければ小さいほど、負電荷密度が大きくなり、細菌との間の静電反発力が増加して、より細菌が付着しにくくなる。すなわち、本発明の生体インプラントは抗細菌付着性を有する。細菌は足場となる場所に吸着し、そこでバイオフィルムを産生して増殖するが、本発明の生体インプラントには吸着することができないため、バイオフィルムを産生することができず増殖することができない。これにより微生物感染による感染症を予防することが可能となる。
【0009】
また、本発明においては、金属酸化物に、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化スズ、酸化ニオブ、酸化タンタル、酸化ハフニウム及び酸化クロムから成る群から選択された少なくとも1種を用いることができる。
【0010】
また、金属酸化物層の厚さは、0.01〜100μmの範囲とすることができる。
【0011】
また、基体に金属に用い、金属酸化物層にはその金属の酸化物を用いることができる。
【0012】
また、生体インプラントが、ステムと、そのステムの上端に形成され人工骨頭を固定するネック部とを有する人工関節である場合、少なくともそのネック部の表面に金属酸化物層を形成してなるものを用いることができる。
【0013】
また、その場合、人工関節にはチタン又はチタン合金からなるものを用いることができる。また、被覆層には酸化チタンを用いることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の生体インプラントは、表面の金属酸化物層により細菌の付着を抑制することができる。金属酸化物層は体液中にはほとんど溶解せず、また負電荷が経時的に減衰することがないので、長期に亘る微生物感染の予防が可能であり、早期感染のみならず遅発性感染の予防にも有効である。さらに、抗菌剤を用いていないので、毒性など人体への影響がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の生体インプラントは、金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、等電点が7より小さい1種以上の金属酸化物からなる金属酸化物層を有するものである。
(基体)
本発明の生体インプラントとは、骨内に固定されて使用されるものであり、人工歯根、人工骨、内固定具、そして人工関節が含まれる。生体インプラントの基体には、ステンレス合金、コバルト・クロム合金、コバルト・クロム合金、チタン、チタン合金、アルミナ、そしてジルコニア等を用いることができるが、チタン又はチタン合金が好ましい。チタン合金としては、アルミニウム、スズ、ジルコニウム、モリブデン、ニッケル、パラジウム、タンタル、ニオブ、バナジウム、白金等の少なくとも1種を添加した合金を用いることができる。好ましくは、Ti−6Al−4V合金である。
【0016】
(金属酸化物層)
基体表面に形成する金属酸化物層には、等電点が7より小さい1種以上の金属酸化物を用いることができる。具体例を挙げると、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化スズ、酸化ニオブ、酸化タンタル及び酸化クロムから成る群から選択された少なくとも1種の金属酸化物を用いることができる。ここで、等電点は、例えば、JIS R1638「ファインセラミックス粉末の等電点測定方法」で規定される方法で測定される値を用いることができる。例えば、酸化ケイ素は1.8、酸化チタンはルチル型が6.7、アナターゼ型が6.0、酸化スズは6.6,酸化ニオブは3.4、酸化タンタルは2.7、酸化クロムは6.5である。より好ましくは等電点が6.7より小さい金属酸化物であり、具体的には酸化チタンである。さらに好ましくはアナターゼ型酸化チタンである。また、2種以上用いる場合、好ましい組み合わせは酸化チタンと酸化ケイ素である。
【0017】
金属酸化物層の厚さは特に限定されるものではなく、用途に応じて適宜選択することができる。例えば、溶射被膜を用いる場合には、1〜50μm、より好ましくは10〜40μmである。また、陽極酸化皮膜を用いる場合には、0.01〜3μm、より好ましくは0.1〜1.5μmである。
【0018】
また、金属酸化物層は、一層でも複数層を積層したものでも良い。積層の場合、生体と接する最外層のみを等電点が7以下の金属酸化物から構成することができる。その場合、最外層と基体との間の中間層には、酸化ケイ素、酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化マグネシウム、酸化亜鉛、酸化ニオブ、酸化モリブデン、酸化タンタル、そして酸化ハフニウム等を用いることができる。
【0019】
基体と金属酸化物層の組み合わせとしては、基体が金属の場合には、基体にチタンを用い、金属酸化物層に酸化チタンを用いることが好ましい。また、基体がセラミックスの場合には、基体にアルミナセラミックスを用い、金属酸化物層に酸化ケイ素を用いることが好ましい。また、基体がプラスチックの場合には、基体に超高分子量ポリエチレンを用い、金属酸化物層に酸化ケイ素を用いることが好ましい。
【0020】
(製造方法)
金属又はセラミックスの基体上に金属酸化物層を形成するには、フレーム溶射法、プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法、爆発溶射法、そしてレーザー溶射法等の溶射法や、イオンミキシング法、IBAD法やスパッタリング法等のPVD法、そしてゾル−ゲル法等の公知の金属酸化物作製方法を用いることができる。また、金属基体の場合には、陽極酸化法を用いることもできる。例えば、チタン又はチタン合金を基体に用いる場合、溶射法、より好ましくはフレーム溶射法や高速フレーム溶射法を用いることができる。高温のプラズマ溶射を使用するとルチル型に結晶構造が変化するが、フレーム溶射法や高速フレーム溶射法の様な低温の溶射法を用いることによりルチル型よりも等電点の低いアナターゼ型を多く得ることができるからである。一方、プラスチックを基材とする場合は、フレーム溶射法、高速フレーム溶射法などの低温の溶射法やIBAD法などの低温のPVD法、並びにゾル−ゲル法などの湿式コーティング法を使用することができる。
【0021】
本発明の生体インプラントの一例として、人工関節について説明する。
図1は、人工関節の一例を示す模式図であり人工股関節を示している。人工股関節1は、ステム2と、そのステム2の上端に形成され骨頭ボール(不図示)を固定するネック部3とを有している。ステム2は手術時に大腿骨に作製された穴に挿入固定される。一方、ネック部3は骨頭ボールの固定に用いられる。術後には骨頭ボールは関節包(不図示)により包まれて閉じた空間(関節腔)を形成し、その関節腔の内部は液体や潤滑剤により満たされる。本発明の人工関節は、そのネック部が等電点が7より小さい金属酸化物層を有しているので、その金属酸化物層の有する負電荷により、細菌がネック部に付着することができない。これにより、関節腔内で細菌が付着して感染症を発症させることを防止することができる。なお、さらに細菌の侵入を防止するため、ネック部のみならず、ステム全面に金属酸化物層を形成することもできる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
実施例1.
(金属酸化物層の作製)
アナターゼ型の酸化チタン(粒径5μm)を高速フレーム溶射法にて、チタン基板上に堆積させて、厚さ約20μmの金属酸化物層を形成した。
【0023】
(抗細菌付着性の評価)
表面に酸化チタン層を形成した50×50×2mmの試験片をポリスチレンプレート上に設置し、トリプトソイグロース(TSB)+グルコース液体培地に浸漬した後、前培養を行った「バイオフィルム形成能を有するメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA臨床分離株)」の菌液150μlを接種した。37℃の培養器中で、日光を遮断して120時間静置培養後、試験片を蒸留水で2回洗浄し、クリスタルバイオレット染色した。細菌が繁殖し、表面にバイオフィルムが形成されると、染色部位は赤色に染色される。また、コントロールとして酸化チタン層を形成していない試験片を準備し、同様に実験を行った。
【0024】
(結果)
コントロールの試験片では全面が赤色に染色されたのに対し、酸化チタン層を形成した試験片の場合、染色部はごくわずかであり、細菌の繁殖が抑制されていた。また触診でもコントロール表面はぬるぬるした触感であり、厚いバイオフィルム層の存在を確認したが、酸化チタン層を形成した試験片表面では、そのようなぬるぬる感はほとんど感じられなかった。
【0025】
実施例2.
(金属酸化物層の作製)
チタン基板をフッ酸で洗浄後、リン酸水溶液中で陽極酸化処理を行い、表面に厚さ約0.14μmのアナターゼ型の酸化チタン層を形成した。
【0026】
(抗細菌付着性の評価)
実施例1の場合と同様の方法を用いて行った。
【0027】
(結果)
コントロールの試験片では実施例1と同様に赤色に染色されたのに対し、酸化チタン層を形成した試験片の場合、ごく薄い赤色に染色されたのみであり、細菌の繁殖が抑制されていた。触診も実施例1と同様であった。
【0028】
実施例3.
(金属酸化物層の作製)
結晶性酸化ケイ素(粒径35μm)をフレーム溶射法にて、チタン基板上に堆積させて、厚さ約20μmの金属酸化物層を形成した。
【0029】
(抗細菌付着性の評価)
実施例1の場合と同様の方法を用いて行った。
【0030】
(結果)
コントロールの試験片では実施例1、2と同様に全面が赤色に染色されたのに対し、酸化ケイ素層を形成した試験片の場合、染色部はまばらにごく一部存在したのみであり、細菌の繁殖が抑制されていた。触診も実施例1、2と同様であった。
【0031】
以上説明したように、本発明の生体インプラントは、抗菌性薬剤を用いることなく、半永久的な抗細菌付着性を発現させることができるため、置換術後の微生物感染による感染症を予防することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の生体インプラントの一例としての人工関節の構造を示す模式図である。
【符号の説明】
【0033】
1 人工股関節
2 ステム
3 ネック部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属、セラミックス又はプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、等電点が7より小さい1種以上の金属酸化物からなる金属酸化物層を有する生体インプラント。
【請求項2】
上記金属酸化物が、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化スズ、酸化ニオブ、酸化タンタル及び酸化クロムから成る群から選択された少なくとも1種である請求項1記載の生体インプラント。
【請求項3】
上記金属酸化物層の厚さが、0.01〜100μmである請求項1記載の生体インプラント。
【請求項4】
上記基体が金属からなり、上記金属酸化物層が該金属の酸化物からなる請求項1から3のいずれか一つに記載の生体インプラント。
【請求項5】
上記生体インプラントが、ステムと、該ステムの上端に形成され骨頭ボールを固定するネック部とを有する人工関節であって、少なくとも該ネック部の表面に上記金属酸化物層を形成してなる請求項1から4のいずれか一つに記載の生体インプラント。
【請求項6】
上記人工関節がチタン又はチタン合金からなる請求項5記載の生体インプラント。
【請求項7】
上記金属酸化物層が酸化チタンからなる請求項5又は6に記載の生体インプラント。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2008−61897(P2008−61897A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−244479(P2006−244479)
【出願日】平成18年9月8日(2006.9.8)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】