説明

生体インプラント

【課題】優れた抗菌性と高い生体内安全性を有する生体インプラントの提供。
【解決手段】金属、セラミックスまたはプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、リン酸カルシウム系材料からなる溶射被膜が形成され、該溶射被膜中の銀濃度が、0.02重量%〜3.00重量%である生体インプラント。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗菌性を有する生体インプラントに関する。
【背景技術】
【0002】
骨傷害/疾病双方の治療への生体インプラントの使用は、活動的な人口及び老人人口の増加と共に絶えず拡大している。骨破砕及び骨除去のための骨代替物の使用又は脆弱化した骨のためのサポートの使用には、人工骨代替物が、生来骨とともに、強い関節又は骨を形成して、構造の完全性を保障することを必要とする。骨は隣接構造中へ、特に隣接構造が多孔質であり骨に匹敵する場合に、その中へ成長していくことができる。しかし、骨は、多孔質構造中へ成長するだけではなく、多孔質構造中に成長した生来の骨と生体インプラントとの間の強い接着を可能にするように結合する必要がある。
【0003】
生体インプラントの骨への固着のためには、骨がインプラント表面へ及び/又は中へ成長することが重要である。多数の研究により、コバルト−クロム(Co−Cr)及びチタン(Ti)−合金からなる生体インプラント上のリン酸カルシウムコーティング、例えば生物的アパタイトは、合金だけの裸表面の時より遥かに迅速に骨付着を促進することが明らかにされている。生物的アパタイトCa10(PO46(OH)2は、ヒトの骨および歯起源の主要化合物の1つである。この合成形の、ヒドロキシアパタイト(HA)は、天然産アパタイトに非常に類似しており、歯科及び整形外科用生体インプラントでHAを使用する研究が行われている。HA又は他の結晶性リン酸カルシウムを用いる被覆により、移植後、周囲の骨及び組織と容易に一体化する生体インプラントを製造することができる。
【0004】
しかしながら、整形外科で使用される人工関節は、変形性関節症など対して関節機能を再建できる有効な治療法であるが、人工関節表面に細菌が繁殖し、術後感染を発症することがある。これは人工関節表面に細菌が付着しやすく、また付着した細菌がバイオフィルムと呼ばれる生息域を形成するためである。この場合、抗菌薬(抗生物質)も効かなくなり、治療は容易ではない。さらに骨髄炎を引き起こした場合には、人工関節を抜去、再手術が必要になり、時には患肢を切断せざるを得なくなることもある。
【0005】
これに対し、生体インプラントの表面にHAを沈殿させ、それを乾燥させることにより抗生物質などの含浸に適した、結晶性が高く比表面積が大きなHA層をコーティングする方法、そのコーティング層に抗生物質などを含浸させる治療剤含浸生体インプラントが提案されている(特許文献1)。しかしながら、この方法では、抗生物質の含浸には適するものの、被膜の気孔径、気孔率が均一であるため、希望する速度で薬剤を徐放させることが困難であり、薬剤は一定速度で一気に溶出し易いという問題がある。
【0006】
これに対し、本願出願人は、リン酸カルシウム系材料からなるコーティング層の結晶度を調整することにより、HAの消失速度を調整して、抗菌剤または抗菌薬の放出速度を調整する方法を提案した(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2005−506879号公報
【特許文献2】特開2008−73098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
抗菌剤は抗菌性を有する一方、細胞の酵素や細胞膜に作用して濃度依存的に毒性を示すという問題がある。そのため、抗菌性のみならず、生体組織や臓器への毒性を示さない生体内安全性の高い生体インプラントが必要とされている。
【0009】
そこで、本発明は、優れた抗菌性と高い生体内安全性を有する生体インプラントを提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すため、本発明の生体インプラントは、金属、セラミックスまたはプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、リン酸カルシウム系材料からなる溶射被膜が形成され、該溶射被膜中の銀濃度が、0.02重量%〜3.00重量%であることを特徴とする。
【0011】
本発明においては、上記リン酸カルシウム系材料が、ヒドロキシアパタイト、α−第3リン酸カルシウム、β−第3リン酸カルシウムおよび第4リン酸カルシウムから成る群から選択される1種または2種以上の混合物であることが好ましい。
【0012】
また、上記溶射被膜の厚さが、5〜100μmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の生体インプラントによれば、高い抗菌活性による殺菌効果で感染治癒の促進効果が得られる。また、生体内での安全性が高いため、最近増加しつつあるコンプロマイズドホスト(易感染性宿主)のような抵抗性の弱い患者に対しても安全に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例1における抗菌活性値Rと溶射被膜中の銀濃度の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の生体インプラントは、金属、セラミックスまたはプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、リン酸カルシウム系材料からなる溶射被膜が形成され、該溶射被膜中の銀濃度が、0.02重量%〜3.00重量%であることを特徴とするものである。
【0016】
本発明の生体インプラントには、疾病や外傷等の治療のために使用される人工骨や内固定具、または失われた関節機能を再建するために使用される人工関節、歯牙を再建するために使用される人工歯根などの金属製、セラミック製もしくはプラスチック製のインプラントが含まれる。
【0017】
また、生体インプラントの基体には、金属、セラミックスまたはプラスチックを用いることができる。金属としては、ステンレス合金、コバルト・クロム合金、チタン、チタン合金、アルミナ、そしてジルコニア等を用いることができるが、チタン又はチタン合金が好ましい。チタン合金としては、アルミニウム、スズ、ジルコニウム、モリブデン、ニッケル、パラジウム、タンタル、ニオブ、バナジウム、白金等の少なくとも1種を添加した合金を用いることができる。好ましくは、Ti−6Al−4V合金である。また、セラミックスとしては、例えば、アルミナ、ジルコニア、アルミナ・ジルコニア複合セラミックス等を用いることができる。また、プラスチックとしては、例えば、ポリエチレン、フッ素系樹脂、エポキシ樹脂、PEEK樹脂、ベークライト等を用いることができる。
【0018】
また、リン酸カルシウム系材料としては、ヒドロキシアパタイト、α−第3リン酸カルシウム、β−第3リン酸カルシウムおよび第4リン酸カルシウムから成る群から選択される1種又は2種以上の混合物を用いることができる。好ましくは、ヒドロキシアパタイトである。
【0019】
(製造方法)
リン酸カルシウム系材料からなる溶射被膜を形成するために用いる溶射法としては、フレーム溶射法、高速フレーム溶射法、プラズマ溶射法およびコールドスプレー法を挙げることができる。例えば、フレーム溶射法では、酸素と可燃性ガスとのガス炎を熱源として溶射材料を溶融または溶融に近い状態にして母材の表面に吹き付けて被膜を形成する。通常のフレーム溶射法では、溶射温度は約2700℃、溶射速度マッハ0.6である。溶射条件として、例えば、酸素ガス 50psi、アセチレンガス 43psiのガスフレームトーチ中に、100psiのドライエアーで溶射粉末を導入し、溶射距離60〜100mmで溶射を行うことができる。
【0020】
溶射被膜の厚さは、5〜100μm、好ましくは20〜40μmである。5μmより薄いと(溶射部位全域を覆うことができなくなり、100μmより厚いと溶射時の残留応力で、被膜の密着強度が低下するからである。
【0021】
溶射被膜中の銀濃度は、溶射材料となるリン酸カルシウム系材料に配合する銀原料の量を変化させることにより、調整することができる。溶射被膜中の銀濃度は、0.02重量%〜3.00重量%、好ましくは0.02重量%〜2.50重量%、より好ましくは0.02重量%〜2.00重量%、さらに好ましくは0.02重量%〜1.11重量%である。0.02重量%より小さいと抗菌性が十分でないからである。また、3.00重量%より大きいと生体組織や臓器に毒性を示すようになるからである。文献によれば、多量の銀は、アルギリア症(全身の皮膚の色調が灰色になる病気)や白血球の減少、肝臓や腎臓へのダメージを引き起こす。我々の研究でも、銀濃度が3.00重量%より大きいと、細胞の変形や新生骨の形成阻害が生じることを見出している。
【0022】
本発明の生体インプラントの例として、例えば、ステムと、該ステムの上端に形成され骨頭ボールを固定するネック部とを有する人工関節であって、少なくとも該ネック部の表面の少なくとも一部にリン酸カルシウム系材料からなる溶射被膜が形成され、該溶射被膜中の銀濃度が、0.02重量%〜3.00重量%である人工関節を挙げることができる。また、この人工関節がチタン又はチタン合金からなることが好ましい。
【実施例】
【0023】
実施例1.
(試験片作製)
50mm×50mm×2mmの純チタン板の片面に、所定量の酸化銀を添加したヒドロキシアパタイトを、フレーム溶射法にて溶射することにより、厚さ約40μmの溶射被膜を形成した。酸化銀の添加量を変化させることにより、溶射被膜中の銀濃度が、0.02、0.07、0.16、0.21、0.42重量%である試験片を作製した。
【0024】
フレーム溶射は、酸素ガス 50psi、アセチレンガス 43psiのガスフレームトーチ中に、100psiのドライエアーで溶射粉末を導入し、溶射距離60〜100mmで溶射を行った。
【0025】
(銀濃度の測定)
試験片を100℃にて十分乾燥後、秤量した後、硝酸溶液(硝酸5mL+純水50mL)に加熱溶解させた。この溶液中の銀濃度をICP発光分光分析法にて定量分析し、被膜中の銀濃度を求めた。次に被膜を溶解させて除去した後の試験片を十分乾燥させ、再び秤量して、被膜溶解前との重量差から、被膜重量を求めた。被膜中の銀量を被膜の重量で割って、被膜中の銀濃度(重量%)を算出した。
【0026】
(抗菌性能試験)
JIS Z 2801「抗菌加工製品−抗菌性試験方法・抗菌効果」に準拠して大腸菌とMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に対する抗菌性評価を行い抗菌活性値を求めた。ただし、本抗菌部材の生体内での使用を想定し、生体環境を模擬する目的で培地は1/500普通ブイヨン培地の代わりに牛血清を使用した。また、培養温度も35℃から37℃に変更した。培養は暗所にて24時間行った。
【0027】
ここで、抗菌活性値(R)とは、抗菌加工製品と無加工製品における細菌を接種培養後の生菌数の対数値の差を示す値であり、以下の式で定義される。
抗菌活性値=log[(無加工試験片の24時間後の生菌数の平均値)/(抗菌加工試験片の24時間後の生菌数の平均値)]
例えば、抗菌活性値Rが7とは細菌数が試験前の1/10になったことを示す。JIS規格では、抗菌活性値が2以上の場合、抗菌活性が有効であると判定される。
【0028】
図1は、抗菌活性値Rと溶射被膜中の銀濃度(重量%)との関係を示すグラフである。
銀濃度が0.02重量%以上では、抗菌活性値Rが2以上となり、大腸菌に対してもMRSAに対しても高い抗菌活性を示した。
【0029】
実施例2.
(試験片作製)
実施例1と同様の方法を用い、酸化銀の添加量を変化させることにより、溶射被膜中の銀濃度が、0.21、1.11、3.48、13.03重量%である試験片を作製した。
またコントロールには、酸化銀を添加していないヒドロキシアパタイトを溶射した試験片を準備した。なお、試験片の寸法は直径14mm、厚み1mmである。
【0030】
(細胞付着試験)
細胞付着試験は、以下の手順で行った。マウス由来の骨芽細胞前駆細胞株MC3T3−E1を前培養した後、α−MEM +10%FBS中に浸漬した試験片上に播種した。5%CO、37℃にて2h培養した後、細胞骨格および核を蛍光染色し、付着細胞数測定および形態観察を行った。
【0031】
細胞の付着数は上記の4種の試験片の間に有意差はなかった。しかし、細胞の形態観察では、本発明の範囲外である銀濃度が3.48および13.03重量%の試験片では、細胞形態の変形が認められた。表1に、各銀濃度における試験後の細胞径比率(%)を示す。ここで、試験後の細胞比率は、銀濃度がゼロの場合の細胞径に対する比率であり、写真撮影を行い、写真中の多数の細胞の径を計測し、平均したものである。銀濃度が3.48重量%では81%、13.03重量%では74%と細胞径が小さくなり、銀が細胞に対する毒性を発現することを示している。
【0032】
【表1】

【0033】
実施例3.
(動物実験1:細菌感染試験)
実施例1と同様な方法で作製した銀濃度が0.21重量%の試験片について細菌感染試験を行った。またコントロールには、酸化銀を添加していないヒドロキシアパタイトを溶射した試験片を準備した。なお、試験片の寸法は直径8mm、厚み1mmである。細菌感染試験は、以下の手順で行った。上述の試験片を、ネンブタール腹腔麻酔下にて、SDラット雄(体重:300−350g)の背部皮下に埋入し、同部に臨床材料より分離したバイオフィルム形成能を有するメチシリン耐性Staphylococcus aureus (MRSA)を1.2×10CFU接種した。普通飼料にて72時間飼育した後、試験片を採取、これを超音波洗浄(5分間)し、洗浄液に含まれる細菌数をプレート培養法にて評価した。
【0034】
試験片あたり平均MRSA付着数(CFU)はコントロール群で1.5×10、0.21重量%の試験群で1.1× 10(P<0.001)であった。本実施例の試験片について細菌数の減少が見られ、本実施例の試験片の抗菌性が生体内でも有効に作用することを確認した。
【0035】
実施例4.
(動物実験2:骨内インプラント試験)
実施例1と同様な方法で作製した銀濃度が0.21、13.03重量%の試験片について骨内インプラント試験を行った。またコントロールには、酸化銀を添加していないヒドロキシアパタイトを溶射した試験片を準備した。なお試験片の寸法は直径1mm、長さ20mmである。
【0036】
骨内インプラント試験は、以下の手順で行った。ネンブタール腹腔麻酔下にて、SDラット雄(体重:300−350g)の脛骨粗面に18G針にてドリリングし、上述の試験片を埋入した。術後1ヶ月にてラットを屠殺し、試験片ごと頚骨を採取して、組織標本を作製した。トルイジンブルー染色後、光学顕微鏡観察を行い、骨形成率を測定した。骨形成率は以下の式で定義される。
骨形成率(%)=(骨形成部の長さの合計/埋植材料の周囲長 ×100)
【0037】
骨形成率は、コントロール群では73.5%、0.21重量%の試験群では74.8%
と、コトロール群と0.21重量%の試験群では同等の値を示したが、13.03重量%の試験群では、31.7%という低値を示した。これは、高濃度の銀による骨細胞への毒性のため、新生骨形成が阻害された結果と考えられる。
【0038】
実施例5.
(細胞毒性試験)
実施例2で作製した銀濃度が0.21重量%の試験片について、ISO10993−5に準拠した細胞毒性試験を行った。具体的には、抽出法と直接法によるコロニー形成試験を行った。抽出法は、試験片からの抽出物(溶出物)による毒性を評価するものであり、直接法は、試験片表面の毒性をダイレクトに評価する試験である。なおコントロールには酸化銀を添加していないヒドロキシアパタイトを溶射した試験片を使用した。試験方法は以下の通りである。
【0039】
(抽出法)
試験片の表面積6cmに対して1mLの割合でM05培地を加え、37℃で24時間抽出した。V79細胞をシャーレに播種し、抽出液を希釈系列で添加した。37℃で6日間培養後、固定、ギムザ染色し、コロニー数を計測してコロニー形成率を求め、IC50(50%致死率)を算出した。
【0040】
(直接法)
試験片をシャーレの底に密着させ、V79細胞を播種した。MEM10培地にて、37℃で6日間培養し、固定後、ギムザ染色した。コロニー数を計測してコロニー形成率を求め、陰性対象、陽性対象と比較した。
【0041】
抽出法では、コントロール群、0.21重量%の試験群共にIC50は100%以上となり、本材料による毒性は認められなかった。一方、直接法では、コロニー形成率は、コントロール群で72.4%、0.21重量%の試験群で71.4%と有意差はなく、銀に起因すると思われる毒性は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属、セラミックスまたはプラスチックからなる基体上の少なくとも一部に、リン酸カルシウム系材料からなる溶射被膜が形成され、該溶射被膜中の銀濃度が、0.02重量%〜3.00重量%である生体インプラント。
【請求項2】
上記リン酸カルシウム系材料が、ヒドロキシアパタイト、α−第3リン酸カルシウム、β−第3リン酸カルシウムおよび第4リン酸カルシウムから成る群から選択される1種または2種以上の混合物である請求項1記載の生体インプラント。
【請求項3】
上記溶射被膜の厚さが、5〜100μmである請求項1または2に記載の生体インプラント。

【図1】
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【公開番号】特開2012−40194(P2012−40194A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184230(P2010−184230)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【出願人】(504209655)国立大学法人佐賀大学 (176)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】