説明

生体器官の機能のシミュレーションシステム及びそのプログラム

【課題】実測データの取得時間を短縮して患者の負担を減らすとともに検査の簡素化を実現するシミュレーションシステムを提供する。
【解決手段】生体器官の機能が数理モデルによって表現された生体モデルを備えており、該生体モデルを用いて前記生体器官の機能をコンピュータによってシミュレートするシミュレーションシステム。前記生体モデルは、グルコース及びインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示すブロックを備えており、前記システムは、生体モデルを構成するパラメータセットを生成するパラメータセット生成部と、生成されたパラメータセットに基づき、生体器官の生体応答を模した生体モデルの出力を演算する演算部と、第1の時間内に得られる実測データを用いて、当該第1の時間よりも長い第2の時間に対するデータ及び第1の時間の範囲においてデータが実測されていない時刻に対するデータである参照データを生成する参照データ生成部とからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体器官の機能、特に生体器官におけるグルコースの吸収、蓄積及び代謝の諸機能、並びにインスリンの分泌、輸送及び作用の諸機能を、コンピュータを用いてシミュレートするシミュレーションシステム及びそのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
生体中の物質濃度、特に血糖値と血中インスリン濃度については、糖尿病の診断に代表される医学上の理由から、これまでにも数値モデルを用いた記述が試みられてきた。
ここで使用されるモデルとしては、例えばバーグマンのミニマルモデルを挙げることができる(例えば、非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0003】
このミニマルモデルは、血糖値、血漿インスリン濃度及び末梢組織のインスリン作用点におけるインスリン作用量すなわちリモートインスリンを変数としている。ここで、時刻tにおける血糖値をG(t)、血漿インスリン濃度をI(t)、リモートインスリンをX(t)とすると、G(t)、I(t)、X(t)はそれぞれ時間微分を左辺とする下記の微分方程式で記述される。
dG(t)/dt=−p(G(t)−G)−X(t)G(t)
dX(t)/dt=−pX(t)+p(I(t)−I
dI(t)/dt=−n(I(t)−I)+γ(G(t)−h)(ただしG(t) >h)
=−n(I(t)−I)+γ(G(t)−h)(ただしG(t) <=h)
ここで、式中の各パラメータは、
:インスリン非依存性ブドウ糖代謝速度
:血糖値基底値
:インスリンの作用点におけるインスリン取込能
:インスリン依存性ブドウ糖代謝に対するインスリン消費率
:インスリン濃度基底値
n :単位時間当たりのインスリン消費量
γ :ブドウ糖刺激に対するインスリン分泌感度
h :インスリン分泌が開始される血糖値しきい値
であって、これらは各個人によって異なる値をもつものである。
【0004】
元来生体においては、血糖値の刺激に応じてインスリンを分泌する膵臓、インスリン濃度と血糖値に応じて血液中からグルコースを取り込み、又は血液中にグルコースを放出する肝臓、インスリンを末梢組織に分配する循環動態系、インスリンの作用を受けてグルコースを代謝する末梢組織という4つのブロックが相互に関連して血糖値を制御している。一方、前記ミニマルモデルでは、モデルの構成要素が前記生体の4つのブロックとは対応しない抽象的な要素となっており、生体の血糖値変動、インスリン濃度変動をシミュレーションした結果を生体の4つのブロックと関連付けて考えることが困難である。
【0005】
また、他の血糖値再現手法としては、糖尿病患者における血糖値予測の方法が挙げられる(例えば、特許文献1参照)。この方法によれば、血糖値の予測を行うことは可能であるが、血糖制御に関する器官の状態を知ることはできない。
そこで、本出願人は、さきに肝臓における糖代謝、とりわけ糖尿病の治療に有用である当該肝臓の機能の状態(病態)を知ることができるシミュレーションシステム及びそのプログラムを提案している(特願2005−136182)。
【0006】
このシミュレーションシステムは、生体器官の機能が数理モデルによって表現された生体モデルを備えており、この生体モデルを用いて前記生体器官の機能をコンピュータによってシミュレートするシミュレーションシステムであって、
前記生体モデルは、肝臓の機能に関連する所定の入力及び出力を有し当該肝臓の機能をシミュレートする肝臓ブロックを備えており、且つ
前記システムは、前記肝臓ブロックへの入力値に基づいて、実測定可能な肝臓の状態変数を用いてその出力値を演算する演算手段を有するものである。
【0007】
かかるシミュレーションシステムでは、肝臓の機能をシミュレートする肝臓ブロックが実測定可能な状態変数を用いてその出力値を出力するので、シミュレーションの結果と実際に測定された状態変数との対比を行うことにより、前記肝臓の機能を表現する数理モデル中のパラメータを最適化することができる。その結果、肝臓の機能をより近似的に表現するモデルとし、当該肝臓の病気に関連する肝臓機能を正確にシミュレートすることができる。
【非特許文献1】バーグマン(Bergman)等、アメリカン ジャーナル オブ フィジィオロジー(American Journal of Physiology)、1979年、第236巻、第6号、p.E−667−77
【非特許文献2】バーグマン(Bergman)等、ジャーナル オブ クリニカル インベスティゲイション(Journal of Clinical Investigation )、1981年、第68巻、第6号、 p.1456−67
【特許文献1】特開平11−296598号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、さきに提案したシミュレーションシステムに改良を加えたものであり、実測データの取得時間を短縮して患者の負担を減らすとともに検査の簡素化を図ることができるシミュレーションシステム及びそのプログラムを提供することを目的としている。また、比較的短時間における少数の検査データであっても、パラメータセットの精度を高めて、患者の病態を高精度に定量化して把握することができるシミュレーションシステム及びそのプログラムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の局面によるシミュレーションシステム(以下、単にシステムともいう)は、被験者の生体応答の時系列実測データの入力を受け付ける入力部と、
入力された時系列実測データを用いて、当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定し、参照データを生成する参照データ生成部と、
前記参照データを用いて、当該被験者の生体器官の機能を仮想的に再現した仮想生体器官を生成する仮想生体器官生成部と
を備えることを特徴としている。
【0010】
本発明の第1の局面によるシステムでは、入力された時系列実測データ中で、測定されていない時刻におけるデータを推定し、実測データよりもデータ量(測定点)が多い参照データを生成している。そして、仮想生体器官生成部において、前記参照データを用いて被験者の生体器官の機能を仮想的に再現した仮想生体器官を生成するので、参照データ生成部において正確にデータを推定することにより、より被験者の生体器官に適合した仮想生体器官を生成することが可能となる。
【0011】
前記参照データ生成部は、時間間隔を隔てて測定された実測データ中のデータが実測されていない時刻に対するデータを推定し、前記参照データを生成するように構成されていることが好ましい。このように、隣り合う実測データの間のデータを推定する(内装)することにより、時間間隔を隔てて測定された実測データから、データ間の間隔が狭い参照データを得ることができる。その結果、実測データの取得ポイント数を削減して患者の負担を減らすとともに検査の簡素化を図ることができる。
【0012】
前記参照データ生成部は、第1の時間内に得られる実測データを用いて、当該第1の時間外の時刻におけるデータを推定し、前記第1の時間よりも長い第2の時間に対する参照データを生成するように構成されていることが好ましい。これにより、比較的短い第1の時間内に得られる実測データを用いて、前記第1の時間よりも長い第2の時間に対するデータであって前記仮想生体器官生成部に対する入力値である参照データを生成することができる。その結果、実測データの取得時間を短縮して患者の負担を減らすとともに検査の簡素化を図ることができる。
【0013】
前記参照データ生成部が、前記第1の時間内に得られる実測データ、及び、前記第2の時間の終了時における推定データであって前記第1の時間の開始時における実測データに等しいデータに基づいて、補間により、第2の時間内における参照データを生成するように構成されているのが好ましい。生体におけるグルコース及び/又はインスリンの代謝について、測定を開始してから所定時間(通常、4〜5時間程度)が経過すると、血糖値や血中インスリン濃度は、生体の恒常性より、測定開始時、すなわち負荷前の状態(値)に戻ることが知られている。そこで、第2の時間の終了時における参照データとして、第1の時間の開始時における実測データに等しいデータを用い、且つ、このデータ及び第1の時間内に得られる実測データに基づいて、補間により、第2の時間内における参照データを生成することで、仮想生体器官生成部への入力値の数を多くして精度の高いパラメータセットを得ることができる。
【0014】
前記参照データ生成部は、前記実測データ及び前記第2の時間の終了時における推定データに実質的に合致する曲線を求めるように構成されていることが好ましい。これにより、参照データを曲線として得ることができる。
【0015】
本発明の第2の局面によるシミュレーションシステムは、生体器官の機能が数理モデルによって表現された生体モデルを備えており、この生体モデルを用いて前記生体器官の機能をコンピュータによってシミュレートするシミュレーションシステムであって、
前記生体モデルは、グルコース及び/又はインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示すブロックを備えており、且つ
前記システムは、経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データを用いて当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定し、前記実測データ及び前記推定されたデータに基づいて参照データを生成する参照データ生成部と、当該参照データ生成部によって生成された参照データと実質的に合致する生体応答を出力することが可能な生体モデルを構成するパラメータセットを生成するパラメータセット生成部と、を含むことを特徴としている。
【0016】
本発明の第2の局面によるシステムでは、経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データ中で、測定されていない時刻におけるデータを推定し、実測データよりもデータ量(測定点)が多い参照データを生成している。そして、パラメータセット生成部において、前記参照データと実質的に合致する生体応答を出力することが可能な生体モデルを構成するパラメータセットを生成するので、参照データ生成部において正確にデータを推定することにより、より被験者の生体器官に適合したパラメータセットを生成することが可能となる。
【0017】
本発明の第3の局面によるシミュレーションシステムは、グルコース及び/又はインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示す生体モデルと、
経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データを用いて、当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定し、前記実測データ及び前記推定されたデータに基づいて参照データを生成する参照データ生成部と、
当該参照データ生成部によって生成された参照データを用いて、前記生体モデルを構成するパラメータセットを生成するパラメータセット生成部と
を備えることを特徴としている。
【0018】
本発明の第4の局面によるシミュレーションシステムは、経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データを用いて、当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定するデータ推定部と、
グルコース及び/又はインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示す生体モデルを構成するパラメータセットを、前記実測データ及び前記推定されたデータを用いて生成するパラメータセット生成部と
を備えることを特徴としている。
【0019】
また、本発明のコンピュータプログラムは、コンピュータを、前述したシミュレーションシステムとして機能させることを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
本発明のシステム及びそのプログラムによれば、実測データの取得時間の短縮および実測データの取得ポイント数を削減して患者の負担を減らすとともに検査の簡素化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、添付図面を参照しつつ、本発明のシステム及びそのプログラムの実施の形態を詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施の形態に係るシミュレーションシステムのハードウェア構成を示すブロック図である。本実施の形態に係るシステム100は、本体110と、ディスプレイ120と、入力デバイス130とから主として構成されたコンピュータ100aによって構成されている。本体110は、CPU110aと、ROM110bと、RAM110cと、ハードディスク110dと、読出装置110eと、入出力インタフェース110fと、画像出力インタフェース110hとから主として構成されており、CPU110a、ROM110b、RAM110c、ハードディスク110d、読出装置110e、入出力インタフェース110f、及び画像出力インタフェース110hは、バス110iによってデータ通信可能に接続されている。
【0022】
CPU110aは、ROM110bに記憶されているコンピュータプログラム及びRAM110cにロードされたコンピュータプログラムを実行することが可能である。そして、後述するようなアプリケーションプログラム140aを当該CPU110aが実行することにより、後述するような各機能ブロックが実現され、コンピュータ100aがシステム100として機能する。
【0023】
ROM110bは、マスクROM、PROM、EPROM、EEPROM等によって構成されており、CPU110aに実行されるコンピュータプログラムおよびこれに用いるデータ等が記録されている。
RAM110cは、SRAM又はDRAM等によって構成されている。RAM110cは、ROM110b及びハードディスク110dに記録されているコンピュータプログラムの読み出しに用いられる。また、これらのコンピュータプログラムを実行するときに、CPU110aの作業領域として利用される。
【0024】
ハードディスク110dは、オペレーティングシステム及びアプリケーションプログラム等、CPU110aに実行させるための種々のコンピュータプログラム及び当該コンピュータプログラムの実行に用いるデータがインストールされている。後述するアプリケーションプログラム140aも、このハードディスク110dにインストールされている。
読出装置110eは、フレキシブルディスクドライブ、CD−ROMドライブ、又はDVD−ROMドライブ等によって構成されており、可搬型記録媒体140に記録されたコンピュータプログラム又はデータを読み出すことができる。また、可搬型記録媒体140には、コンピュータを本発明のシステムとして機能させるためのアプリケーションプログラム140aが格納されており、コンピュータ100aが当該可搬型記録媒体140から本発明に係るアプリケーションプログラム140aを読み出し、当該アプリケーションプログラム140aをハードディスク110dにインストールすることが可能である。
【0025】
なお、前記アプリケーションプログラム140aは、可搬型記録媒体140によって提供されるのみならず、電気通信回線(有線、無線を問わない)によってコンピュータ100aと通信可能に接続された外部の機器から前記電気通信回線を通じて提供することも可能である。例えば、前記アプリケーションプログラム140aがインターネット上のサーバコンピュータのハードディスク内に格納されており、このサーバコンピュータにコンピュータ100aがアクセスして、当該コンピュータプログラムをダウンロードし、これをハードディスク110dにインストールすることも可能である。
【0026】
また、ハードディスク110dには、例えば米マイクロソフト社が製造販売するWindows(登録商標)等のグラフィカルユーザインタフェース環境を提供するオペレーティングシステムがインストールされている。以下の説明においては、本実施形態に係るアプリケーションプログラム140aは当該オペレーティングシステム上で動作するものとしている。
【0027】
入出力インタフェース110fは、例えばUSB、IEEE1394、RS−232C等のシリアルインタフェース、SCSI、IDE、IEEE1284等のパラレルインタフェース、およびD/A変換器、A/D変換器等からなるアナログインタフェース等から構成されている。入出力インタフェース110fには、キーボードおよびマウスからなる入力デバイス130が接続されており、ユーザが当該入力デバイス130を使用することにより、コンピュータ100aにデータを入力することが可能である。
【0028】
画像出力インタフェース110hは、LCDまたはCRT等で構成されたディスプレイ120に接続されており、CPU110aから与えられた画像データに応じた映像信号をディスプレイ120に出力するようになっている。ディスプレイ120は、入力された映像信号にしたがって、画像(画面)を表示する。
【0029】
[本システムにおける生体モデル]
図2は、本システム100における生体モデル(仮想生体器官)の一例の全体構成を示すブロック図である。この生体モデルは、特に、糖尿病に関連した生体器官を模したものであり、膵臓ブロック1、肝臓ブロック2、インスリン動態ブロック3及び末梢組織ブロック4から構成されている。
【0030】
各ブロック1,2,3,4は、それぞれ入力と出力を有している。すなわち、膵臓ブロック1は、血中グルコース濃度6を入力とし、インスリン分泌速度7を出力としている。
肝臓ブロック2は、消化管からのグルコース吸収5、血中グルコース濃度6及びインスリン分泌速度7を入力とし、正味グルコース放出8及び肝臓通過後インスリン9を出力としている。グルコース吸収5は、生体モデル外部から与えられるデータである。
また、インスリン動態ブロック3は、肝臓通過後インスリン9を入力とし、末梢組織でのインスリン濃度10を出力としている。
【0031】
さらに、末梢組織ブロック4は、正味グルコース放出8及び末梢組織でのインスリン濃度10を入力とし、血中グルコース濃度6を出力としている。
また、それぞれの機能ブロック1〜4は、コンピュータプログラムがシステム100のCPU110aによって実行されることにより実現される。
【0032】
つぎに、前述した例における各ブロックの詳細について説明する。なお、FBG及びWsはそれぞれ空腹時血糖値(FBG=BG(0))及び想定体重を示しており、またDVg及びDViはそれぞれグルコースに対する分布容量体積及びインスリンに対する分布容量体積を示している。
【0033】
[生体モデルの膵臓ブロック]
膵臓ブロック1の入出力の関係は、以下の微分方程式(1)を用いて記述することができる。また、微分方程式(1)と等価な、図3に示されるブロック線図を用いて表現することもできる。
微分方程式(1):
dY/dt = −α{Y(t)−β(BG(t)−h)}
(ただし、BG(t)> h)
= −αY(t) (ただし、BG(t)<=h)
dX/dt = −M・X(t)+Y(t)
SR(t) = M・X(t)
変数:
BG(t):血糖値
X(t) :膵臓から分泌可能なインスリン総量
Y(t) :グルコース刺激に対しX(t)に新たに供給されるインスリン供給速度
SR(t):膵臓からのインスリン分泌速度
パラメータ:
h :インスリン供給を刺激できるグルコース濃度のしきい値
α :グルコース刺激に対する追従性
β :グルコース刺激に対する感受性
M :単位濃度あたりの分泌速度
ここで、図2における膵臓ブロック1への入力である血糖値6はBG(t)と対応し、また出力であるインスリン分泌速度7はSR(t)と対応する。
【0034】
図3のブロック線図において、6は血糖値BG(t)、7は膵臓からのインスリン分泌速度SR(t)、12はインスリン供給を刺激できるグルコース濃度のしきい値h、13はグルコース刺激に対する感受性β、14はグルコース刺激に対する追従性α、15は積分要素、16はグルコース刺激に対して新たに供給されるインスリン供給速度Y(t)、17は積分要素、18は膵臓から分泌可能なインスリン総量X(t)、19は単位濃度当たりの分泌速度Mをそれぞれ示している。
【0035】
[生体モデルの肝臓ブロック]
肝臓ブロック2の入出力の関係は、以下の微分方程式(2)を用いて記述することができる。また、微分方程式(2)と等価な、図4に示されるブロック線図を用いて表現することもできる。
微分方程式(2):
dI(t)/dt = α2{−A(t) + (1−A)・SR(t) }
Goff(FBG) = f1 (ただし FBG<f3)
= f1 + f2・(FBG−f3)
(ただしFBG>=f3)
Func1(FBG)= f4 − f5・(FBG−f6)
Func2(FBG)=f7/FBG
b1(I(t))= f8{1 + f9・I(t)}
HGU(t) =r・Func1(FBG)・b1(I(t))・RG(t)+ (1−r)・Kh・BG(t)・I(t) (ただしHGU(t)>=0)
HGP(t) = I4off・Func2(FBG)・b2+Goff(FBG)−I(t)・Func2(FBG)・b2 (ただしHGP(t)>= 0)
SGO(t) =RG(t)+ HGP(t)−HGU(t)
SRpost(t) = ASR(t)
変数:
BG(t):血糖値(血液単位体積あたりのグルコース濃度)
SR(t):膵臓からのインスリン分泌速度
SRpost(t):肝臓通過後のインスリン
RG(t) :消化管からのグルコース吸収
HGP(t) :肝糖放出
HGU(t) :肝糖取込
SGO(t) :肝臓からの正味グルコース
(t) :肝インスリン濃度
パラメータ:
Kh :単位インスリン、単位グルコース当たりの肝臓でのインスリン依存グルコース取り込み速度
:肝臓でのインスリン取り込み率
Goff :基礎代謝に対するグルコース放出速度
b2 :肝糖放出抑制率に関する調整項
r :インスリン非依存性肝糖取り込みへの分配率
α2 :インスリン刺激に対する追従性
4off :肝糖放出が抑制されるインスリン濃度のしきい値
関数:
Goff(FBG): 基礎代謝に対するグルコース放出速度
Func1(FBG): 消化管からのグルコース刺激に対する肝糖取り込み率
Func2(FBG): インスリン刺激に対する肝糖放出抑制率
f1〜f9 : 上記の3要素の表現にあたって用いた定数
b1(I(t)): 肝糖取り込み率に関する調整項
ここで、図2における肝臓ブロックへの入力である、消化管からのグルコース吸収5はRG(t)、血糖値6はBG(t)、インスリン分泌速度7はSR(t)とそれぞれ対応し、また出力である正味グルコース放出8はSGO(t)、肝臓通過後インスリン9はSRpost(t)とそれぞれ対応している。
【0036】
図4のブロック線図において、5は消化管からのグルコース吸収RG(t)、6は血糖値BG(t)、7は膵臓からのインスリン分泌速度SR(t)、8は肝臓からの正味グルコースSGO(t)、9は肝臓通過後のインスリンSRpost(t)、24は肝臓のインスリン通過率(1−A7)、25はインスリン刺激に対する追従性α2、26は肝臓通過後のインスリン分配速度A3、27は積分要素、28は肝インスリン濃度I(t)、9はインスリン依存性肝糖取り込み分配率(1−r)、30は単位インスリン、単位グルコース当たりの肝臓でのインスリン依存グルコース取り込み速度Kh、31はインスリン非依存性肝糖取り込みへの分配率r、32は消化管からのグルコース刺激に対する肝糖取り込み率Func1(FBG)、33は肝糖取り込み率に関する調整項b1(I(t))、34は肝糖取込HGU(t)、35は肝糖放出が抑制されるインスリン濃度のしきい値I4off、36はインスリン刺激に対する肝糖放出抑制率Func2(FBG)、37は肝糖放出抑制率に関する調整項b2、38は基礎代謝に対するグルコース放出速度、39は肝糖放出HGP(t)、40は肝臓でのインスリン取り込み率Aを示している。
【0037】
[生体モデルのインスリン動態ブロック]
インスリン動態分泌の入出力の関係は、以下の微分方程式(3)を用いて記述することができる。また、微分方程式(3)と等価な、図5に示されるブロック線図を用いて表現することもできる。
微分方程式(3):
dI(t)/dt = −A(t)+A(t)+A(t)+SRpost(t)
dI(t)/dt= A(t)− A(t)
dI(t)/dt=A(t) − A(t)
変数:
SRpost(t):肝臓通過後のインスリン
(t) :血中インスリン濃度
(t) :インスリン非依存組織でのインスリン濃度
(t) :末梢組織でのインスリン濃度
パラメータ:
:末梢組織でのインスリン消失速度
:末梢組織へのインスリン分配率
:肝臓通過後のインスリン分配速度
:末梢組織通過後のインスリン流出速度
:インスリン非依存組織でのインスリン消失速度
:インスリン非依存組織へのインスリン分配率
ここで、図2におけるインスリン動態ブロックの入力である肝臓通過後のインスリン9は、SRpost(t)と対応し、また出力である末梢組織でのインスリン濃度10は、I(t)と対応する。
【0038】
図5のブロック線図において、9は肝臓通過後のインスリンSRpost(t)、10は末梢組織でのインスリン濃度I(t)、50は積分要素、51は肝臓通過後のインスリン分配速度A、52は血中インスリン濃度I(t)、53は末梢組織へのインスリン分配率A、54は積分要素、55は末梢組織でのインスリン消失速度A1、56は末梢組織通過後のインスリン流出速度A、57はインスリン非依存組織へのインスリン分配率A、58は積分要素、59はインスリン非依存組織でのインスリン濃度I(t)、60はインスリン非依存組織でのインスリン消失速度Aをそれぞれ示している。
【0039】
[生体モデルの末梢組織ブロック]
末梢組織ブロック4の入出力の関係は、以下の微分方程式(4)を用いて記述することができる。また、微分方程式(4)と等価な、図6に示されるブロック線図を用いて表現することもできる。
微分方程式(4):
dBG´/dt=SGO(t)−u* Goff(FBG)−Kb・BG´(t)−Kp・I(t)・BG´(t)
変数:
BG´(t) :血糖値(単位体重あたりのグルコース濃度)
(ただしBG[mg/dl]、BG´[mg/kg])
SGO(t) :肝臓からの正味グルコース
(t) :末梢組織でのインスリン濃度
パラメータ:
Kb :末梢組織でのインスリン非依存グルコース消費速度
Kp :単位インスリン、単位グルコースあたりの
末梢組織でのインスリン依存グルコース消費速度
u :基礎代謝に対するグルコース放出速度のうち
基礎代謝に対するインスリン非依存グルコース消費が占める割合
関数:
Goff(FBG):基礎代謝に対するグルコース放出速度
f1〜f3 :Goffの表現にあたって用いた定数
ここで、図2における末梢組織ブロックへの入力である末梢組織でのインスリン濃度10はI(t)、肝臓からの正味グルコース8はSGO(t)とそれぞれ対応し、また出力である血糖値6はBG(t)と対応する。
【0040】
図6のブロック線図において、6は血糖値BG(t)、8は肝臓からの正味グルコースSGO(t)、10は末梢組織でのインスリン濃度I(t)、70は基礎代謝に対するインスリン非依存グルコース消費速度u* Goff(FBG)、71は積分要素、72は末梢組織でのインスリン非依存グルコース消費速度Kb、73は単位インスリン、単位グルコース当たりの末梢組織でのインスリン依存グルコース消費速度Kp、74は単位変換定数Ws/DVgをそれぞれ示している。
【0041】
図2に示されるように、本システムを構成するブロック間の入力、出力は、相互に接続されているため、消化管からのグルコース吸収5を与えることで、血糖値、インスリン濃度の時系列変化を、数式に基づいて計算し、シミュレートすることができる。
本システムの微分方程式の計算には、例えばE−Cell(慶應義塾大学公開ソフトウェア)やMATLAB(マスワークス社製品)を用いることができるが、他の計算システムを用いてもよい。
【0042】
[生体モデル生成]
本システム100では、被験者に対して行ったOGTTの結果が当該システム100に入力されると、その被験者の糖尿病に関連した生体器官を模倣した生体モデル(図2参照)が生成される。
図2〜6に示される生体モデルが、個々の患者の生体器官を適切に模倣するためには、生体モデルのパラメータと変数の初期値とを、個々の患者に応じて決定し、決定されたパラメータ及び初期値を生体モデルに適用する必要がある。なお、以下では、特に区別しなければ、変数の初期値も生成対象のパラメータに含めるものとする。
【0043】
このため、本システムは、まず入力された実測データを用いて、後述するパラメータセット生成部に対する入力値である参照データを生成し、この参照データを用いて生体モデルのパラメータの組であるパラメータセットを求め、求めたパラメータセットが適用された生体モデルを生成する機能を有している。そして、パラメータセット部によって生成されたパラメータセットを前記生体モデルに与えることで、システムの演算部が、生体器官の機能のシミュレーションを行って、実際の生体応答(検査結果)を模した疑似応答を出力することができる。なお、以上の機能は、コンピュータプログラムによって実現されている。
【0044】
[OGTT結果に基づくパラメータセット生成部]
以下、実際の被験者(生体)へのOGTT(Oral Glucose Tolerance Test;経口ブドウ糖負荷試験)の結果(生体応答)に基づき、その被験者の生体器官を模した生体モデルを形成するためのパラメータセットを生成するパラメータセット生成部について説明する。
なお、OGTTは、口からブドウ糖を摂取して、所定時間経過後に数回採血して血糖値と血中インスリン濃度を測定する試験であり、グルコースクランプに比べると、被験者への負担が少なく、実際に良く実施される試験である。
【0045】
[OGTT時系列データ入力:ステップS1]
図7は、システム100のパラメータセット生成部が、生体モデルのパラメータセットを求める処理手順を示している。同図に示されるように、パラメータを求めるには、まず、OGTT時系列データの入力処理(ステップS1)が行われる。
OGTT時系列データは、生体モデルによる機能の模倣対象となる被験者に対して実際に行った検査であるOGTTの結果である。ここでは、OGTT時系列データとして、OGTTグルコースデータ(血糖値変動データ)と、OGTTインスリンデータ(血中インスリン濃度変動データ)の2つが入力される。
【0046】
図8は、入力されるOGTT時系列データとしての血糖値変動データ(図8(a))及び血中インスリン濃度変動データ(図8(b))の例を示している。
図8(a)の血糖値変動データは、図2〜6に示される生体モデルにおける出力項目の一つである血糖値BG(t)の時間的変化に対応した実測データである。
また、図8(b)の血中インスリン濃度変動データは、図2〜6に示される生体モデルにおける出力項目の一つである血中インスリン濃度I(t)の時間的変化に対応した実測データである。
【0047】
[参照データの生成:ステップS2]
ついで、入力された実測データを用いて、パラメータセット生成部に対する入力値である参照データが生成される(ステップS2)。この場合、本システム100では、参照データ生成部において、比較的短い第1の時間内に得られる実測データを用いて、前記第1の時間よりも長い第2の時間に対する参照データを生成すると共に、前記第1の時間の範囲内であってデータが実測されていない時刻に対応する参照データを生成している。具体的には、前記第1の時間内に得られる実測データ、及び、前記第2の時間の終了時における推定データであって前記第1の時間の開始時における実測データに等しいデータに基づいて、補間により、第2の時間内における参照データおよび第1の時間内における参照データを生成するように構成されている。
【0048】
生体モデルを生成するに際し、実測データの数が多いほど、換言すれば実測データを採取する時間が長いほど、被験者の病態をより正確に反映させることができる高精度の生体モデルを得ることができるが、例えば糖尿病の場合、一般診察の場面においては、患者の負担を考慮して5時間(300分)におよぶOGTTデータが取られることはほとんどなく、通常は2時間(120分)のOGTTデータしか取られていない。また、2時間の範囲内であっても、0分、30分、60分、120分といった、限られた時刻のみでデータが取得されている。
しかしながら、外挿及び補間により実測データよりも多い時刻における参照データを生成することで、患者に負担をかけることなく、シミュレーションの精度を向上させることができる。
【0049】
図12は、300分の実測OGTT時系列データであり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。また、図13は、図12のデータを用いたシミュレーションの結果を示しており、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
一方、図14は、120分の実測OGTT時系列データであり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。また、図15は、図14のデータを用いたシミュレーションの結果を示しており、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【0050】
図14〜15の場合は、図12〜13に比べてデータ採取時間が短く、したがって生体における血糖値及びインスリン濃度の変化を部分的にしか観察できないことから、生体モデルのパラメータの精度は、図12〜13の場合に比べて低くならざるを得ないが、図16に示されるように、測定開始後3時間(180分)目、4時間(240分)目及び5時間(300分)目の値を補間により生成することで、前記精度を向上させることができる。
【0051】
図16に示される例では、糖負荷後4時間も経過すれば、生体の恒常性から、血糖値及びインスリン濃度のいずれも概ね糖負荷前の状態に戻ると仮定できることから、糖負荷開始後4時間目及び5時間目の血糖値及びインスリン濃度をいずれも糖負荷前(データ取得開始時)の値に等しいものとしている。また、糖負荷開始後3時間目については、本システム100の参照データ生成部が、スプライン補間法により血糖値及びインスリン濃度を求めている。図17は、このようにして求めた補間データ及び実測データからなる参照データを用いたシミュレーションの結果を示しており、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【0052】
表2は参照データとして、5時間の実データ、2時間の実データ、及び2時間の実データに外挿・補間データを加味したものをそれぞれ用いて得られた、生体モデルのパラメータセットにおけるパラメータの一部を示している。表2の右側2列は、5時間の実データを用いて得られたパラメータ(3種類のパラメータの中で最も精度が高い)を基準として、2時間の実データ、及び2時間の実データに外挿・補間データを加味したものをそれぞれ用いて得られたパラメータが、どの程度当該基準パラメータ(5時間の実データを用いて得たパラメータ)と異なるのかを表す指標である。この値が小さいほど、基準パラメータに近い、すなわち高精度であることを示している。表2より、パラメータ「H」について若干前記指標が大きくなっているものの、他のパラメータ「X0」や「Kb」については大幅に小さくなっていることから分かるように、外挿・補間データを加味したほうが、2時間の実データに比べ総じてパラメータの精度が向上している。
【表2】

【0053】
[テンプレートマッチング:ステップS3]
次に、本システム100は、参照データ生成部により生成された参照データと、テンプレートデータベースDBのテンプレートとのマッチングを行う。
テンプレートデータベースDBは、図9に示されるように、テンプレートとなる生体モデルの出力値T1,T2,・・と、当該出力値を発生させるパラメータセットPS#01,PS#02・・とが対応付けられた複数組のデータが予め格納されたものである。前記出力値とパラメータセットの組を作成するには、任意の出力値に対して、適当なパラメータセットを割り当てたり、逆に任意のパラメータセットを選択した場合の生体モデルの出力を生体シミュレーションシステムで求めたりすればよい。
【0054】
図10は、テンプレートT1の例を示している。図10(a)は、テンプレートとしての3時間分の血糖値変動データであり、図2〜6に示される生体モデルにおける出力項目の一つである血糖値BG(t)の時間的変化に対応した時系列データである。図10(b)は、テンプレートとしての3時間分の血中インスリン濃度変動データであり、図2〜6に示される生体モデルにおける出力項目の一つである血中インスリン濃度I(t)の時間的変化に対応した時系列データである。なお、参照データとして、例えば5時間分のデータが生成される場合、この参照データは、テンプレートデータベースDBに格納されている5時間分のデータからなるテンプレートと比較される。
【0055】
システム100は、前記テンプレートデータベースDBの各時系列データと、前述のようにして得られた参照データとの類似度を演算する。類似度は、誤差総和を求めることによって得られる。誤差総和は、次式によって得られる。
誤差総和=αΣ|BG(0)−BGt(0)|+βΣ|PI(0)−PIt(0)|
+αΣ|BG(1)−BGt(1)|+βΣ|PI(1)−PIt(1)|
+αΣ|BG(2)−BGt(2)|+βΣ|PI(2)−PIt(2)|
+・・・
=α{Σ|BG(t)−BGt(t)|}+β{Σ|PI(t)−PIt(t)|}
ここで、
BG:入力データの血糖値[mg/dl]
PI:入力データの血中インスリン濃度[μU/ml]
BGt:テンプレートの血糖値[mg/dl]
PIt:テンプレートの血中インスリン濃度[μU/ml]
t:時間[分]
また、α及びβは規格化に用いる係数であり、
α=1/Average{ΣBG(t)}
β=1/Average{ΣPI(t)}
定式のAverageはテンプレートデータベースDB1に格納された全テンプレートに対する平均値を指す。
【0056】
図11は、テンプレートT1に対する参照データの誤差総和(規格化なし)を示しており、具体的には、図11(a)は、図8(a)の血糖値と図10(a)の血糖値との誤差を示しており、図11(b)は、図8(b)のインスリン濃度と図10(b)のインスリン濃度の誤差を示している。
【0057】
図8の入力データ(10分間隔の0分から180分のデータ)と、図10のテンプレートT1についてみると、
Σ|BG(t)−BGt(t)|=29
Σ|PI(t)−PIt(t)|=20
となる。ここで、α=0.00035、β=0.00105とすると、
誤差総和=(0.00035×29)+(0.00105×20)
=0.03115
前記のようにして、CPU100aは、テンプレートデータベースDB1中の各テンプレートについて誤差総和を求め、誤差総和(類似度)が最小となるテンプレート、すなわち参照データに最も近似するテンプレートを決定する(ステップS3)。
【0058】
[パラメータセット獲得:ステップS4]
さらに、ステップS4では、システム100は、ステップS3において決定されたテンプレートに対応するパラメータセットを、テンプレートデータベースDBから獲得する。つまり、テンプレートT1に対応するパラメータセットPS#01が得られる(図9参照)。
以下の表1は、このようにして得られたパラメータセットPS#01に含まれるパラメータ値の具体的数値例を示している。
【0059】
【表1】

【0060】
なお、パラメータセット(生体モデル)を生成する方法は、前記のようなテンプレートマッチングに限られるものではない。例えば、パラメータセットを遺伝的アルゴリズムによって生成してもよい。つまり、パラメータセットの初期集団をランダムに発生させ、初期集団に含まれるパラメータセット(個体)に対して、選択・交叉・突然変異処理を行って、新たな子集団を生成するという遺伝的アルゴリズムを行うことができる。この遺伝的アルゴリズムによって生成されたパラメータセットのうち、入力された実測データに近似した疑似結果を出力するパラメータセットを採用することができる。
このように、パラメータセット生成部は、入力された実測データを模した疑似結果を出力できる生体モデルを生成できるものであれば、その具体的生成方法は特に限定されない。
【0061】
なお、4時間目及び5時間目の血糖値とインスリン濃度を、前述したように糖負荷前の値にする以外に、例えば次のようにしてパラメータセットを得ることができる。
まず、一定時間経過後(例えば、測定開始から4時間経過後)の状態を糖負荷前(測定開始時)の値の任意の範囲の値に無作為に設定する。例えば、糖負荷前の値の2割以内の値に設定する。具体的に、例えば糖負荷前において血糖値が100[mg/dl]、インスリン濃度が8[μU/ml]の場合、血糖値110[mg/dl]、インスリン濃度7.5[μU/ml]と設定する。
【0062】
ついで、残りの3時間目及び5時間目の値について補間を行なって参照データを得、この参照データを用いて前記ステップS3〜S4に従いパラメータセットを求める。
そして、前記任意の範囲の値の設定を適宜変えて、以上の処理を繰り返すことで、多数のパラメータセットを得る。
【0063】
次に、得られた多数のパラメータセットを類似度からクラスタリングし、任意の数のクラスターに絞り込む。具体的には、階層クラスター分析により任意の数のクラスターを生成する。前記多数のパラメータセットは、パラメータ値がほぼ均一に分散した完全にランダムな値をもつものではなく、パラメータ値が近似したもの同士が集まった局所的な分布をもつのが一般的であることから、近似したパラメータ値をもつパラメータセット群をグループ化した「クラスター」を生成する処理を行う。
【0064】
クラスター生成処理のため、本システムは、(1)パラメータセットの規格化処理、(2)階層クラスター分析処理を行う。 パラメータセットの規格化(正規化)処理は、階層クラスター分析処理のための前処理である。規格化処理は、各パラメータが、異なる単位・数値範囲をもつため、パラメータ間の単位・数値範囲の差異による影響を排除するために行われる。 規格化の算出は、CPU110aが、例えば、次のようにして行う。図18のパラメータP01(パラメータセットには、19個のパラメータP01〜P19が含まれるものとする)を規格化する場合は、次の式(1)を用いることができる。なお、前述した処理で得られたパラメータセットの数は100とする。
【0065】
【数1】

【0066】
ここで、 P01(#i):i番目のパラメータセットのパラメータP01 nP01(#1):規格化されたP01(#i) mean(PS01):P01(#1)〜P01(#100)の平均値 SD(PS01):P01(#1)〜P01(#100)の標準偏差 P01以外のパラメータP02〜P19についても、式(1)と同様の式を用いて規格化処理を行った結果の例を図19に示す。
【0067】
続いて、CPUA110aは、規格化処理がなされたパラメータセットに対して階層クラスター分析のための処理を行う。図20は、クラスター分析結果のデンドログラム(樹状図)を示している。ここでは、個体が似通っているか否かの基準としては「ユークリッド距離」を用い、距離の計算手法としてウォード法を用いた。 なお、n個(ここでは、n:1〜100)の個体(パラメータセット)について、p個(ここでは、p:1〜19)のパラメータがある場合、それぞれのパラメータをXi1,Xi2、・・・,Xip(i:1,2,・・・,n)と表す。また、初期状態では、n個の個体は、それぞれクラスターを構成しており、n個のクラスターが存在していると考える。 そして、クラスター(初期状態では個体)間のユークリッド平方距離dijは、式(2)によって算出される。
【0068】
【数2】

【0069】
ユークリッド平方距離が求まると、次に、距離が最も近いクラスター同士を併合して、新たなクラスターを形成させる。 すなわち、クラスターaとクラスターbが併合されて新たなクラスターcが形成された場合、クラスターaとクラスターbが併合される前のクラスターab間の距離をdab、クラスターaと他のクラスターx(x≠a,x≠b)との間の距離をdxa、クラスターbと他のクラスターx(x≠a,x≠b)との間の距離をdxbとすると、併合後のクラスターcと他のクラスターx(x≠a,x≠b)との距離dxcは、次の式(3)で表される。
【0070】
【数3】

【0071】
ただし、nは、クラスターaに含まれる個体数(パラメータセット候補数)。n,n,nも同様。 2個のクラスターの併合によりクラスターの総数が1個減少する。この併合処理を、クラスター総数が1となるまで繰り返すことでクラスター分析が完了する。 ここで、算出した距離dは、個体(パラメータセット候補)間の非類似度を示しており、距離が小さいほど類似していることになる。図20は、軸をパラメータセット候補間の非類似度(距離)、Y軸にパラメータセット番号を並べたときのデンドログラムの一部を示している。
【0072】
図20において、例えば、パラメータセットPS#01とパラメータセットPS#84の非類似度は約4Xである。例えば、非類似度8以内のパラメータセット候補を集めてクラスターを生成する場合、図20に示されるようにcutoff値=8とし、cutoff値で切られるそれぞれの枝の先(図20においてcutoffの左側)にあるパラメータセット群がそれぞれクラスターを形成する。図20は、全部で10個形成されたクラスターのうちの5つのクラスターC1〜C5を示している。
【0073】
生成されたクラスターに属するパラメータセット候補の値は近似しているため、生体モデルに適用した場合にも似た機能をもつことになる。そこで、CPU110aは、クラスターを代表する単一のパラメータセットを生成する処理を行う。クラスターを代表する単一のパラメータセット(クラスター代表パラメータセット)を生成するには、例えば、クラスターに属するパラメータセットの各パラメータの平均値を、クラスター代表パラメータセットの各パラメータ値とすればよい。なお、各パラメータの平均値を求める際には、単純平均ではなく、類似度(非類似度)に基づく重み付けを行ってもよい。 以上の処理によって、クラスターごとにパラメータセット候補が得られ、100セットのパラメータセットが、パラメータ値が互いに近似しない10個のパラメータセット候補に絞られたことになる。
【0074】
なお、データの補間方法は、本発明において特に限定されるものではなく、前述したスプライン補間法以外に、例えば線形補間法など、他の公知の補間方法を適宜採用することができる。また、以上の説明では、簡単のために3時間目の値についてのみ補間を行っているが、補間により実測データ間において任意の時間間隔(例えば、10分間隔)で参照データを求めることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】システムのハードウェア構成を示すブロック図である。
【図2】生体モデルの全体構成図である。
【図3】生体モデルの膵臓モデルの構成を示すブロック線図である。
【図4】生体モデルの肝臓モデルの構成を示すブロック線図である。
【図5】生体モデルのインスリン動態モデルの構成を示すブロック線図である。
【図6】生体モデルの末梢組織モデルの構成を示すブロック線図である。
【図7】パラメータセット生成処理手順を示すフローチャートである。
【図8】実測OGTT時系列データであり、(a)は血糖値、(b)は血中インスリン濃度である。
【図9】テンプレートデータベースDB1の構成図である。
【図10】テンプレートデータであり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図11】テンプレートT1に対するOGTT時系列データの誤差総和を示す図であり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図12】5時間の実測OGTT時系列データであり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図13】図12のデータを用いたシミュレーションの結果を示しており、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図14】2時間の実測OGTT時系列データであり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図15】図14のデータを用いたシミュレーションの結果を示しており、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図16】図14のデータに対して測定開始後3時間目、4時間目及び5時間目の値を補間により求めた参照データであり、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図17】図16のデータを用いたシミュレーションの結果を示しており、(a)は血糖値、(b)はインスリン濃度である。
【図18】生成された100個のパラメータセットを示す図である。
【図19】図18のパラメータセットに規格化処理を行った結果を示す図である。
【図20】パラメータセットのクラスター分析結果を示すデンドログラムである。
【符号の説明】
【0076】
1 膵臓ブロック
2 肝臓ブロック
3 インスリン動態ブロック
4 末梢組織ブロック
5 消化管からのグルコース吸収
6 血糖値
7 インスリン分泌速度
8 正味グルコース放出
9 肝臓通過後インスリン
10 末梢組織でのインスリン濃度
100 システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の生体応答の時系列実測データの入力を受け付ける入力部と、
入力された時系列実測データを用いて、当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定し、参照データを生成する参照データ生成部と、
前記参照データを用いて、当該被験者の生体器官の機能を仮想的に再現した仮想生体器官を生成する仮想生体器官生成部と
を備えることを特徴とする生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項2】
前記参照データ生成部は、時間間隔を隔てて測定された時系列実測データ中のデータが実測されていない時刻に対するデータを推定し、前記参照データを生成するように構成されている請求項1に記載の生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項3】
前記参照データ生成部は、第1の時間内に得られる実測データを用いて、当該第1の時間外の時刻におけるデータを推定し、前記第1の時間よりも長い第2の時間に対する参照データを生成するように構成されている請求項1又は2に記載の生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項4】
前記参照データ生成部が、前記第1の時間内に得られる実測データ、及び、前記第2の時間の終了時における推定データであって前記第1の時間の開始時における実測データに等しいデータに基づいて、補間により、第2の時間内における参照データを生成するように構成されている請求項3に記載の生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項5】
前記参照データ生成部は、前記実測データ及び前記第2の時間の終了時における推定データに実質的に合致する曲線を求めるように構成されている請求項3に記載の生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項6】
生体器官の機能が数理モデルによって表現された生体モデルを備えており、この生体モデルを用いて前記生体器官の機能をコンピュータによってシミュレートするシミュレーションシステムであって、
前記生体モデルは、グルコース及び/又はインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示すブロックを備えており、且つ
前記システムは、経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データを用いて当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定し、前記実測データ及び前記推定されたデータに基づいて参照データを生成する参照データ生成部と、当該参照データ生成部によって生成された参照データと実質的に合致する生体応答を出力することが可能な生体モデルを構成するパラメータセットを生成するパラメータセット生成部と、を含むことを特徴とする生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項7】
グルコース及び/又はインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示す生体モデルと、
経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データを用いて、当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定し、前記実測データ及び前記推定されたデータに基づいて参照データを生成する参照データ生成部と、
当該参照データ生成部によって生成された参照データを用いて、前記生体モデルを構成するパラメータセットを生成するパラメータセット生成部と
を備えることを特徴とする生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項8】
経時的に被験者の生体応答を測定することによって得られる実測データを用いて、当該実測データで測定されていない時刻におけるデータを推定するデータ推定部と、
グルコース及び/又はインスリンの代謝に係る生体器官の機能を示す生体モデルを構成するパラメータセットを、前記実測データ及び前記推定されたデータを用いて生成するパラメータセット生成部と
を備えることを特徴とする生体器官の機能のシミュレーションシステム。
【請求項9】
コンピュータを、請求項1〜8のいずれかの生体器官の機能のシミュレーションシステムとして機能させるためのコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2007−312923(P2007−312923A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144391(P2006−144391)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】