説明

生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法

【課題】従来よりも長い耐用年数を有する人工関節を製造する方法を提案することを目的とする。
【解決手段】人工関節の摺動面に対して電子ビームを照射することによって、体液の保持性が良好で、かつカップ2を形成する高分子樹脂の摩耗粉の捕捉能が良好な多数の凹孔を形成し、該凹孔の周辺に形成された凸部を研磨してマイクロクレータとすることを特徴とする生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法により上記課題を解決する。人工関節の摺動面に対して最適化された電子ビームを照射することにより、生体の軟骨構造に極めて近い形状を有する骨頭3の摺動面を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工関節の長期耐用化を目的として、電子ビーム照射によってマイクロクレータを形成した人工関節摺動面を有する人工関節の製造方法に関するものである。なお、本発明のマイクロクレータとは摺動面に電子ビームを照射することにより形成されるマイクロメートルオーダーの細孔のことを言う。
【背景技術】
【0002】
急速な高齢化が進む現代において、QOL(Quality of Life)を阻害する要因の1つに変形性関節症・関節リュウマチのような関節の疾病がある。これに対する医学的治療法には例えば、人工股関節(図8)の置換手術が行われている。しかし現状では、人工股関節の耐用年数は10〜15年とされている。このため、置換手術を受けた患者の約4割が再手術を必要としており、患者への負担が大きく、人工股関節の長期耐用化が望まれている。
【0003】
従来、人工股関節の長期耐用化への試みは関節摺動部の表面粗さを平滑化することで行われてきた。しかしながら、摺動面の表面粗さ(Ra)は数ナノメートルオーダーであっても、人工股関節の長期耐用には至っていないのが現状である。
【0004】
一般的に、人工股関節の耐用年数を決定する主な要因はステム1やカップ2のゆるみと骨頭3の摺動面摩耗である(図8)。ゆるみの原因は数マイクロメートル程度の摩耗粉であることが知られている。また、摺動面の摩耗は摩耗粉によるアブレシブ摩耗(摩擦面間に介在する異物により、その表面が削られる摩耗現象)や摺動面の潤滑性に依存する。このため、摺動面には流体潤滑を促進し摩耗粉を発生させないこと、若しくは摩耗粉が発生しても摺動面の窪み等に保持する機能が求められる。この点を解決する技術として、特許文献1では、他母材に摺動接触する部材の摺動面に凹凸パターンを形成するとともに該凹凸パターンの凹凸部に固体潤滑剤又は液体潤滑剤の少なくとも1つからなる潤滑剤を満たし、前記凹部の面積比率を摺動面全体の30〜70%、深さを10μm以下とすることを特徴とする耐摩耗性摺動部材が提案されている。また、段落[0022]には凹凸はエッチング、スパッタリング、ビームプロセス(電子、レーザー)等にて形成する旨の記載がある。
【0005】
また、特許文献2にはすべり軸受、転がり軸受の内外輪レース面、グルーブ軸受のスラスト受部あるいは人工関節の接触部に適用して回転または揺動する物体を支持する摺動部材において、母材の摺動面に凹部または凸部の配列ピッチを0.8〜1.6mmとした凹凸パターンを形成し、前記凹部の面積比率を摺動面全体の30〜70%、深さを1μm以上10μm以下とし、さらに前記母材の凹凸パターンの形成とともに、TiN、TiC、TiB2 等の硬質膜あるいはイオン注入による硬質膜を、前記凹凸パターンの凹凸面を維持できる厚みで設け、この硬質膜表面の凹部に固体潤滑膜を満たしたことを特徴とする耐摩耗性摺動部材が提案されている。
【0006】
また、ほかの例としては、特許文献3がある。これは、人工関節の骨頭の一部に平面部または凹溝を形成することによって、摺動接触面内に体液が保持されることを利用して人工関節の耐用化を図ったものである。段落[0012]には球面体部に一又は複数条の凹溝を形成し、該凹溝と球面との接線部は、アール又は面あるいはそれらに近い状態に形成しており、エッジ(コーナー)が全くない状態となり、その結果、ガジリが生ぜず、体液の遮断も生じないので、更なる人工関節の耐久性の向上につながるとの記載がある。
【0007】
一方で生体股関節の摺動部位となる関節軟骨の構造について、走査電顕や微分干渉顕微鏡により明らかとなっている(非特許文献1)。
【0008】
【特許文献1】特開平8−4770号公報(請求項1、段落22)
【特許文献2】特開2003−4043号公報(請求項1)
【特許文献3】特開2008−54809号公報(要約、段落12)
【非特許文献1】バイオトライボロジー−関節の摩擦と潤滑−、笹田直、塚本行男、馬渕清資 著、産業図書(34〜35頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は従来よりも長い耐用年数を有する人工関節を製造する方法を提案することを目的とする。上記特許文献1、特許文献2の如く人工関節の摺動面に対して電子ビームを照射して凹孔を形成することが示唆されているものの、電子ビームを照射しただけの場合、凹孔の周辺には電子ビームの照射により摺動面が盛り上がって凸部が形成され、どうしても摺動面における摩擦係数が増大するという問題が生じる(後述の実施例中の比較例2参照)。この凸部はその形状のために、人工関節の摺動時に高分子樹脂製カップを容易に摩耗させ、その摩耗粉発生の原因となり、上述のアブレシブ摩耗を引き起こす。これがステムやカップのゆるみ、骨頭の摺動面摩耗の原因ともなっていた。
【0010】
また、特許文献1では人工関節の摺動面へのディンプル(凸凹パターン)は、その形状が直径500μm、深さ1mm以下(好ましくは10μm以下)とされており、ディンプル加工を電子ビーム等により行うことが、示唆されているが具体的な条件検討はなされておらず、どのような強度の電子ビームをどの程度照射すれば、簡便、確実にマイクロメートルオーダーでディンプルの大きさを制御、加工することができるのかについては一切触れられていない。
【0011】
また、特許文献3については、骨頭の一部を平面化し、湾曲部分に凹溝を設けることが提案されているが、形状のみの提案であって、その効果(人工関節の長期耐用化)のほどは定かでない。
【0012】
一方で、長い耐用期間を有する人工関節を提供する具体的な解決策としては、できうる限り生体内の関節部分の構造を模倣することが考えられる。既に述べたように、人工関節を構成する部品の内、最も故障しやすく、その取り換えの原因となっているのは、関節の摺動部位(カップと骨頭の摺動面)である。生体の関節の摺動部位は関節軟骨により構成されており、その表面は特許文献3で提案されているような平滑なものではなく、非特許文献1に示されるようにうねりや陥凹を有することが知られている。陥凹は隣接するコラーゲン束によって仕切られるが、その隣接するコラーゲン束間の距離は25μm、陥凹の深さは2.5μmであると言われている。このような生体の関節を模倣して人工関節を製造しようとする場合、マイクロメートルオーダーで簡便、短時間に陥凹を再現することが必要になる。しかしながら、そのような方法について具体的に検討された例は見出されなかった。そこで、本発明では、生体の関節部分の摺動部位の構造に極力近づけた人工関節を電子ビームの照射によって製造する方法について検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明では人工関節の摺動面に対して電子ビームを照射することによって、体液の保持性が良好で、かつカップを形成する高分子樹脂の摩耗粉の捕捉能が良好な多数のマイクロクレータを形成し、該マイクロクレータの周辺に形成される凸部を研磨して平滑化したことを特徴とする生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法により上記課題を解決する。上記特許文献1、特許文献2では人工関節の摺動面に対して電子ビームを照射して凹凸パターンを形成することが示唆されているが、同文献示唆のように電子ビームを照射したのみである場合、凹孔の周辺には電子ビームの照射により摺動面が盛り上がって凸部が形成されると考えられる。この凸部は人工関節が摺動する際に摩耗しやすく、また、カップの表面を摩耗させ易い。これらから生じる摩耗粉が前述のアブレシブ摩耗によりカップ表面を摩耗させ、人工関節の耐用年数を短くする(人工関節を傷める)原因となっていることは既述の通りである。本発明はこの点に着目し、電子ビームを骨頭の摺動面に照射してマイクロスケールの細孔(以下、マイクロクレータと称する)を形成した後、研磨することでマイクロクレータの周辺の凸部を平滑化したものである。このマイクロクレータの形成により人工関節の摺動面の摺動運動は滑らかとなり、凸部が摩耗して摩耗粉が発生するおそれがなくなることに加えて、マイクロクレータは体液を備蓄する孔(オイルポッド効果)となり、摺動運動を円滑にして人工関節の長期耐用化を図ることが可能となるのである。
【0014】
研磨は手作業により行ってもよいが、バフ研摩などの機械研摩にて行うと迅速、確実にマイクロクレータ周辺の凸部を除去することができる。
【0015】
本願明細書で言う人工関節とは典型的には耐用年数が問題となる人工股関節のことを指すが、その他、膝、踝、肘など人工関節についても適用することができるのは言うまでもない。本発明を適用できる人工関節としては特に材質は限定されないが、例えばカップの素材としては超高分子ポリエチレン等の合成樹脂、チタン合金などの金属、ジルコニアやアルミナ等のセラミックスが、骨頭の素材としてはCo−Cr−Mo合金、チタン合金などの金属、ジルコニアやアルミナなどのセラミックスなどが挙げられる。
【0016】
上述のように人工関節の材質についてはマイクロクレータが形成され得る材質であれば特に限定されないが、たとえばCo−Cr−Mo合金からなる人工関節骨頭の摺動面に対してマイクロクレータを形成する場合、1照射あたりのエネルギーが1.5J/cm以上の電子ビームを使用して、該人工関節の摺動面に与えられる総照射エネルギーが5.7〜600J/cmとなるようにエネルギーを制御しながら電子ビームを照射後、研磨することによって十分な数、品質のマイクロクレータを形成することが可能となる。ここで与えられる総照射エネルギーが600J/cm以上であっても十分マイクロクレータは形成され得るが、後述のように処理時間短縮化の観点から総照射エネルギーは好ましくは5.7〜600J/cm、より好ましくは5.7〜100J/cmである。なお、総照射エネルギーの上限はさらに低くても平滑でかつ生体の軟骨構造に近いマイクロクレータを形成することができるので、マイクロクレータ形成処理迅速化の観点からも特に好ましくは5.7〜57J/cmにするとよい。ここでいう総照射エネルギーとは次のように定義される。総照射エネルギー=照射回数×1照射あたりの電子ビームのエネルギー。なお、単位はJ/cmである。
【0017】
上記の条件において形成される人工関節の平滑摺動面のマイクロクレータは、平均直径30〜100μm、深さ1〜10μmの大きさを有する。この形状は生体の軟骨構造に極めて近く、上記の条件でマイクロクレータを形成すれば生体の軟骨構造を模した人工関節を簡便に製造することが可能である。既述の通り生体の軟骨組織の陥凹は直径約25μm、深さが約2.5μmであることが知られているが、1照射あたりのエネルギーが1.5J/cm以上の電子ビームを使用して、該人工関節の摺動面に与えられる総照射エネルギーが5.7〜600J/cm、より好ましくは5.7〜100J/cm、特に好ましくは5.7〜57J/cmとなるようにエネルギーを制御しながら電子ビームを照射することによって、この生体の軟骨組織の陥凹に極めて近い形状を有する凹孔を人工関節の摺動面に効率的に形成することが可能となるのである。さらに前記の条件の電子ビームを照射してマイクロクレータを形成したのち、人工関節の摺動面を研磨することにより、マイクロクレータ周辺の凸部を除去することによって、人工関節の潤滑性能を向上させることが可能となる。
【0018】
本発明で用いる電子ビームとしては前記の条件を満たすものであればどのようなものを用いても構わないが、例えばソレノイド電圧1.5kV、真空度はアルゴンガスの封入により0.05Paにそれぞれ条件を固定して、カソード電圧を20〜30kV、照射距離を0〜100mmの範囲で調整して人工関節の摺動面に与えられる総照射エネルギーを7.0〜1,700J/cmの範囲で調整するとよい。電子ビームは電場レンズによって直径60mm以下に集光して照射する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の適用によって直径約30〜100μm、深さ0.6〜10μmのマイクロクレータを簡便かつ短時間に形成することができる。本発明の適用により形成されるマイクロクレータは生来の関節が持つ陥凹の形状に極めて近く、また、摺動面の形状精度を大きく損なわない利点がある。
【0020】
電子ビームの照射後人工関節の摺動面を研磨して、マイクロクレータ周辺に形成された凸部を取り除くことによって、アブレシブ摩耗の少ない人工関節を製造することができる。
【0021】
また、本発明によって形成したマイクロクレータは、関節周辺の体液、分泌液が蓄積される空隙となり(オイルポッド効果)、関節が摺動する際には、空隙の圧迫等により、絶えず摺接面に体液、分泌液が提供される。これによる潤滑性能の向上によって摩耗粉の発生が抑制可能となる。さらにこのマイクロクレータは発生した摩耗粉をその空隙内に保持することによりアブレシブ摩耗を抑制し、加えてステム側への摩耗粉の移動を抑制する。これによってゆるみの発生をなくすことが可能となり、人工関節の長期耐用化が達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の一実施例について具体的に説明する。図1は電子ビームの総照射エネルギーとマイクロクレータの平均直径の関係を示したグラフである。グラフのx軸は電子ビームの総照射エネルギー(J/cm)、y軸は形成されるマイクロクレータの平均直径(μm)をそれぞれ示す。図2は電子ビームの総照射エネルギーとマイクロクレータ数の関係を示したグラフである。グラフのx軸は電子ビームの総照射エネルギー(J/cm)、y軸は測定領域(2.88mm×2.15mm)あたりのマイクロクレータの数をそれぞれ示す。図3は1照射あたりのエネルギーを5.7J/cmとし、電子ビームの照射回数のみを変化させた場合に摺動面に形成されるマイクロクレータの平均直径を示したグラフである。グラフのx軸は電子ビームの照射回数(下側)とそれに対応する総照射エネルギー(上側)、y軸はマイクロクレータの平均直径(μm)をそれぞれ示す。図4は1照射あたりのエネルギーを5.7J/cmとし、電子ビームの照射回数のみを変化させた場合の、表面粗さRa(μm)を示したグラフである。x軸は電子ビームの照射回数(下側)とそれに対応する総照射エネルギー(上側)、y軸は表面粗さRa(μm)の平均値をそれぞれ示す。図5は電子ビームの照射回数、総照射エネルギー及びマイクロクレータが測定面積全体に占める割合を示したグラフである。x軸は照射回数(下側)とそれに対応する総照射エネルギー(上側)(J/cm)、y軸はマイクロクレータの面積比(%)をそれぞれ示す。図6は摺動面に与えられる総照射エネルギーが57.0J/cmの時に形成されたマイクロクレータをZygo社のNewView5000(3次元表面構造解析顕微鏡)で測定した本発明の人工関節の骨頭の摺動面の断面形状を示す。図7はZygo社のNewView5000(3次元表面構造解析顕微鏡)にて測定したマイクロクレータの分布の様子を示した図である。
【0023】
本発明は人工関節の摺動面に対して電子ビームを照射することによって、体液の保持性が良好で、かつカップを形成する高分子樹脂の摩耗粉の捕捉能が良好な多数のマイクロクレータを形成し、該マイクロクレータの周辺に形成された凸部を研磨したことを特徴とする生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法に係るものである。照射する電子ビームとして好適な条件の一例としては、Co−Cr−Mo合金(ASTM-F799-0:Co:64.93%、Cr:27.06%、Mo:5.59%、その他:2.42%)からなる人工関節の摺動面に対して1照射あたりのエネルギーが1.5J/cm以上の電子ビームを使用して、該人工関節の摺動面に与えられる総照射エネルギーが5.7〜600J/cm、より好ましくは5.7〜100J/cm、特に好ましくは5.7〜57J/cmとなるようにエネルギーを制御しながら電子ビームを照射することによってマイクロクレータを形成する。この総照射エネルギー範囲に収まるように電子ビームを照射すれば、簡便かつ短時間に平均直径30〜100μm、深さ1〜10μmの大きさのマイクロクレータを、Co−Cr−Mo合金からなる人工関節の摺動面に形成することが可能となる。この電子ビームの照射条件の最適化は以下の分析結果に基づくものである。
【0024】
図1は電子ビームの総照射エネルギー(x軸)とマイクロクレータの平均直径(y軸)との関係を示したグラフである。照射条件は電子ビームの1照射あたりのエネルギーを1.5〜8.86J/cm(測定点は1照射あたりのエネルギーが1.45、1.78、 2.12、 2.22、 4.43、 4.62、 5.73、 5.76、 8.86J/cmとなるようにし、照射回数を変化させて総照射エネルギーを変化させた)として、照射回数を変化させながら人工関節の摺動面に電子ビームを照射した。マイクロクレータの直径の解析は画像解析法(Zygo製のNewViewにて測定したデータを解析ソフトであるImageJを使用して解析)により直径が25μm以上かつ深さが0.5μm以上のマイクロクレータをカウントすることにより行った。なお、x軸上の点は、1照射あたりの照射エネルギーが1.45J/cmであるときの場合であり、複数回電子ビームを照射して、総照射エネルギーを増加させても、マイクロクレータが全く形成されないことが明らかとなった。一方、一照射あたりの電子ビームの照射エネルギーを1.5J/cm以上とした場合、人工関節の摺動面に与えられる総照射エネルギーが5.7〜1,700J/cmの範囲に収まるようにすれば、平均直径が30〜100μmのマイクロクレータが極めて簡便に形成されることが明らかとなった。さらに、図1によると総照射エネルギーが5.7〜600J/cmの範囲で形成されるマイクロクレータの平均直径が30〜100μmの範囲で安定していることが分かる。総照射エネルギーがより低くとも安定した直径のマイクロクレータが得られるため、エネルギー節約の観点、マイクロクレータ形成の迅速化の観点から総エネルギーは1.5〜100J/cmであることがより好ましい。
【0025】
図2は電子ビームの総照射エネルギーとマイクロクレータ数の関係について示したグラフである。電子ビームの1照射あたりのエネルギーを1.5J/cmから8.86J/cm(測定点は1照射あたりのエネルギーが1.45、1.78、 2.12、 2.22、 4.43、 4.62、 5.73、 5.76、 8.86J/cm2となるようにし、照射回数を変化させて総照射エネルギーを変化させた)とした。マイクロクレータのカウントは上述の画像解析法により直径が25μm以上かつ深さが0.5μm以上のマイクロクレータをカウントすることにより行った。既述の通り、1照射あたりのエネルギーが1.5J/cmを下回る場合は、マイクロクレータは形成されない(図2のx軸上の測定点)。一方で、1.5J/cm以上(1.78、 2.12、 2.22、 4.43、4.62、5.73、5.76、8.86J/cm)の電子ビームを照射した場合、総照射エネルギーが100J/cmに近づくにつれて形成されるマイクロクレータの数は減少し、100J/cm前後で底を打つことが確認された。したがって、エネルギー節約の観点及びマイクロクレータ形成処理の迅速化の観点から、総照射エネルギーは100J/cm以下にすることが好ましい。1照射あたりの電子ビームのエネルギーが1.5J/cm以下とならない限りマイクロクレータは形成されるので、好ましくは総照射エネルギーは1.5J/cmより大きく、かつ100J/cm以下の範囲で処理すれば、ごく短時間でマイクロクレータを形成することができる。たとえば、電子ビームの1照射あたりの照射エネルギーを5.7J/cmとした場合、照射回数は10回、総照射エネルギーは57.0J/cmとなり、このときの通算の照射時間は600秒、形成されるマイクロクレータの数は約140個、直径は平均50μmとなり、ごく短時間でマイクロクレータの形成処理を完了することができる。
【0026】
さらに、1照射あたりのエネルギーを5.7J/cmとし、電子ビームの照射回数のみを変化させた場合の、摺動面に形成されるマイクロクレータの平均直径について図1と同様の方法により解析したところ、図3に示されるような結果が得られた。図3の結果より電子ビームにより与えられる総照射エネルギーが5.7〜456J/cmの範囲で生じるマイクロクレータの平均直径は40〜70μm程度と安定しており、ほぼ均一化された品質のマイクロクレータを得ることが可能であることがわかった。これは与えられる総照射エネルギーが5.7〜456J/cmの範囲内(照射回数1〜80回)に収まる限り、マイクロクレータの平均直径が大きく変化しない、つまり、人工関節の品質が大きく変化せず、品質管理が行いやすいことを意味する。さらにこのマイクロクレータの直径及び深さはそれぞれ、40〜70μm、1〜10μmであって、生体の軟骨表面の構造に極めて近い。したがって、摺動面に与えられる総照射エネルギーを5.7〜456J/cmとすれば、簡便に品質の安定した生体の軟骨表面の構造に近い人工関節を得ることが可能となる。また、図3から明らかなように、少ない照射回数でも安定した直径のマイクロクレータが形成されるので、エネルギー節約、マイクロクレータ処理時間の短縮の観点からより好ましくは5.7〜100J/cmとなるように電子ビームの総照射エネルギーを調整するとよい。
【0027】
次に1照射あたりのエネルギーが5.7J/cmの電子ビームを使用して、電子ビームの照射回数と表面粗さRaについて解析したところ、100回を超えて照射を行った場合、表面粗さRaが悪化することが明らかとなった(図4参照)。したがって、電子ビーム照射後の摺動面の研磨を効率化する観点から、電子ビームの照射は1回以上、100回以下で制御することが好ましい。1照射あたりの電子ビームのエネルギーを5.7J/cmとした場合、総照射エネルギー換算で5.7〜570J/cmとなる。
【0028】
さらに、5.7J/cmの電子ビームを使用して、電子ビームの照射回数とマイクロクレータが占める面積の割合の関係を解析した。マイクロクレータが占める割合は、マイクロクレータの面積を測定対象とした全面積で除して求めた。その結果、照射回数をx軸に、面積比(%)をy軸としてプロットした際に、S字状の曲線を描くことが明らかになった(図5)。
【0029】
図6に与えられる総照射エネルギーが57.0J/cmの時に形成されるマイクロクレータをZygo社のNewView5000(3次元表面構造解析顕微鏡)にて測定した本発明の人工関節の骨頭の摺動面の断面形状を示す。x軸は測定開始点からの距離(mm)を、y軸は摺動面表面の位置を基準とした時の凸凹の高さ(μm)を示す。図6から明らかなように本発明のマイクロクレータは0.6〜3μmの深さを有する。また図3から総照射エネルギーが57.0J/cmの時のマイクロクレータ直系の平均値は約70μmである。このような形状のクレータが、図7のように分散している。これは関節軟骨表面の微分干渉顕微鏡像(非特許文献1、35頁、図2.9参照)と酷似していた。
【0030】
以下、実施例により更に具体的に説明する。
[実施例1]
Co−Cr−Mo合金製のピンを超高分子量ポリエチレン製のプレート上で1軸方向のみに摺動を行う摩擦摩耗試験にて摩擦係数を測定した。測定は4時間に亘って測定を行い、測定初期は測定値が安定しないため、試験終了直前の定常状態における摩擦係数の測定値の4点を平均化した。実施例1では電子ビームを5回、総照射エネルギー換算で28.5J/cmを照射した後、研磨を行ったピンを使用した。測定結果は表1にまとめた通りである。なお、電子ビームの1照射あたりのエネルギーは5.7J/cmとした。併せて電子ビームの照射回数とマイクロクレータが占める面積の割合を解析した結果を示す。マイクロクレータが占める割合は、マイクロクレータの面積を測定対象とした全面積で除して求めた。
[実施例2]
実施例2では電子ビームを10回、総照射エネルギー換算で57J/cmを照射した後、研磨を行ったCo−Cr−Mo合金製のピンを使用したほかは、実施例1と同様の方法により、摩擦係数の平均値を求めた。結果は表1にまとめた通りである。なお、電子ビームの1照射あたりのエネルギーは5.7J/cmとした。併せて電子ビームの照射回数とマイクロクレータが占める面積の割合を解析した結果を示す。
[実施例3]
実施例3では電子ビームを15回、総照射エネルギー換算で85.5J/cmを照射した後、研磨を行ったCo−Cr−Mo合金製のピンを使用したほかは、実施例1と同様の方法により、摩擦係数の平均値を求めた。結果は表1にまとめた通りである。なお、電子ビームの1照射あたりのエネルギーは5.7J/cmとした。併せて電子ビームの照射回数とマイクロクレータが占める面積の割合を解析した結果を示す。
[実施例4]
実施例4では電子ビームを30回、総照射エネルギー換算で171J/cmを照射した後、研磨を行ったCo−Cr−Mo合金製のピンを使用したほかは実施例1と同様の方法により、摩擦係数の平均値を求めた。結果は表1にまとめた通りである。なお、電子ビームの1照射あたりのエネルギーは5.7J/cmとした。併せて電子ビームの照射回数とマイクロクレータが占める面積の割合を解析した結果を示す。
[比較例1]
比較例1では電子ビームを10回、総照射エネルギー換算で57J/cmを照射した後、研磨を行っていないCo−Cr−Mo合金製のピンを使用したほかは実施例1と同様の方法により、摩擦係数の平均値を求めた。結果は表1にまとめた通りである。なお、電子ビームの1照射あたりのエネルギーは5.7J/cmとした。
[比較例2]
比較例2では従来の方法に従い、電子ビームを全く照射せず、研磨のみを行ったCo−Cr−Mo合金製ピンを使用した。測定、平均値の算出は実施例1の方法に準じて行った。結果は表1にまとめた通りである。
【0031】
【表1】

【0032】
電子ビームを照射(総エネルギー換算で57J/cm)した後、研磨を行った実施例2では平均摩擦係数は0.054であった。これに対して電子ビーム照射(総エネルギー換算で57J/cm)した後、研磨を行わなかった比較例1では平均摩擦係数は0.113であった。これにより電子ビーム照射後に研磨を行うことで摺動面が平滑化され人工関節の長寿命化が期待できることが示唆された。
【0033】
また、電子ビームを照射(総エネルギー換算で171J/cm)した後、研磨を行った実施例4の平均摩擦係数は0.054と実施例1及び2と比較しても遜色がない結果であったが、電子ビーム照射回数が15回の場合(実施例3)に、摩擦係数が大きくなってしまうため、ビーム照射回数を10回以下に抑えて迅速にマイクロクレータ形成処理を終えて研磨することが効率的であることが判明した。以上より、総照射エネルギーは57J/cm以下が特に好ましいことがわかった。
【0034】
生体の股関節の摩擦係数は0.003〜0.020とされており、実施例の結果(特に実施例1及び2)はその値により近いことから、従来の人工股関節よりも生体の関節により近く、本発明の人工股関節の長期耐用化が期待できるものである。
【0035】
本発明を人工関節摺動面に適用することにより、人工関節の長期耐用化が実現され、産業上の利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】電子ビームの総照射エネルギーとマイクロクレータの平均直径の関係を示したグラフである。
【図2】電子ビームの総照射エネルギーとマイクロクレータ数の関係を示したグラフである。
【図3】1照射あたりのエネルギーを5.7J/cmとした場合の,電子ビーム照射回数(総照射エネルギー)とマイクロクレータの平均直径の関係を示したグラフである。
【図4】電子ビームの照射回数、総照射エネルギー及び表面粗さRa(μm)の関係を示したグラフである。
【図5】電子ビームの照射回数、総照射エネルギー及びマイクロクレータが測定面積全体に占める割合を示したグラフである。
【図6】摺動面に与えられる総照射エネルギーが57.0J/cmの時に形成されるマイクロクレータをZygo社のNewView5000(3次元表面構造解析顕微鏡)にて測定した本発明の人工関節の骨頭の摺動面の断面形状を示す。
【図7】Zygo社のNewView5000(3次元表面構造解析顕微鏡)にて測定したマイクロクレータの分布の様子を示した図である。
【図8】従来の人工股関節の構成を示した部分破断図である。
【符号の説明】
【0037】
1 ステム
2 カップ
3 骨頭

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工関節の摺動面に対して電子ビームを照射することによって、体液の保持性が良好で、かつカップを形成する高分子樹脂の摩耗粉の捕捉能が良好な多数のマイクロクレータを形成し、該マイクロクレータの周辺に形成される凸部を研磨して平滑化したことを特徴とする生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法。
【請求項2】
マイクロクレータはCo−Cr−Mo合金からなる人工関節の摺動面に対して1照射あたりのエネルギーが1.5J/cm以上の電子ビームを使用して、該人工関節の摺動面に与えられる総照射エネルギーが5.7〜600J/cmとなるようにエネルギーを制御しながら電子ビームを照射することによって形成される請求項1記載の生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法。
【請求項3】
人工関節の平滑摺動面のマイクロクレータは、平均直径30〜100μm、深さ1〜10μmの大きさである請求項1または2いずれか記載の生体軟骨構造を模した人工関節の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−69146(P2010−69146A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−241800(P2008−241800)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【出願人】(591060980)岡山県 (96)
【出願人】(000110435)ナカシマプロペラ株式会社 (33)
【Fターム(参考)】