説明

生体高分子の解析方法

【課題】 より生体内に近い状況下での生体高分子間の相互作用を、比較的少量の生体分子高分子を用いて簡便かつ迅速に解析することを可能とする方法を提供すること。
【解決手段】 生体高分子の高次構造の変化、又は生体高分子とリガンドとの相互作用部位に関する情報を取得するための生体高分子の解析方法において、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を測定することによって上記情報を取得することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体高分子の解析方法に関する。より詳細には、本発明は、リガンドとの相互作用によって変化する生体高分子の高次構造に関する情報を、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を観測することによって解析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生命活動に重要な役割を果たすタンパク質は、そのほとんどが他のタンパク質やペプチド、核酸(DNAやRNA)、脂質、低分子化合物などと相互作用することで機能している。それらの相互作用に関わる部位を特定することは、タンパク質の機能解析や、新規の阻害剤のデザインなど、創薬研究を含める生命科学全般において重要な情報源となる。また、タンパク質はリガンドとの結合などによって高次構造をダイナミックに変化させることが知られ、その構造変化を確実かつ迅速に観測することは、タンパク質の機能発現を解析するための有効な手段である。
【0003】
タンパク質間の相互作用を探索する代表的な手法としては、酵母Two-Hybrid法(Y2H)(非特許文献1及び2)やTandem Affinity Purification(TAP)(非特許文献3)などがあげられる。これらは遺伝学的あるいは生化学的な手法によって、相互作用するタンパク質を釣り上げるものであり、タンパク質間の相互作用ネットワークを構築する手段として、網羅的にプロジェクト研究が進められており、細胞内におけるタンパク質複合体のデータベースが構築されつつある。また、特異的な相互作用を測定する手法としては、表面プラズモン共鳴法(SPR:Surface Plasmon Resonance)(非特許文献4)や水晶発振子マイクロバランス法(QCM:Quartz-crystal Microbalance)(非特許文献5及び6)などを用いた方法が知られている。これらの手法は生体高分子間の解離定数(Kd値)を測定することができる画期的な方法であるが、タンパク質やリガンドをセンサーチップ上に固定しなければならないという問題点がある。従って、より生体内に近い状況における相互作用を解析するための方法論の開発が望まれている。
【0004】
また、相互作用様式を原子レベルで解析するための方法としてはタンパク質の複合体やリガンドが結合した状態でのX線結晶構造解析法や核磁気共鳴法(NMR)を用いた高次構造解析法が主流である。X線結晶構造解析法は、得られる情報量は膨大であるが、大量のサンプルを必要とし、高い分解能を与える良質の結晶を取得するための労力と時間がかかるのが現状である。NMRは、結晶を得る必要がないという大きなメリットがあるが、測定できる分子量に限界があり、またスペクトル解析の難易度から比較的小さい分子を対象とした構造解析を得意とする。また、タンパク質を安定同位体標識する必要性があり、コストのかかる方法である。また、X線結晶構造解析法とNMR法のいずれの場合もタンパク質が大量に必要であり、しかも高濃度で用いる測定法であるため、溶解度の悪い試料は解析に不向きであるなどの欠点がある。
【0005】
そうした状況下において、近年の質量分析法の進歩が生体高分子の構造解析に大きな威力を発揮している。質量分析計を利用した相互作用解析手法としてはこれまでに以下に示したいくつかの方法が報告されている。
【0006】
第一の方法は、ある官能基に対して特異的な化学修飾を行うとともに、修飾部位を質量分析計で解析しようという試みである。露出しているアミノ酸残基は化学修飾されやすいが、複合体を形成しているタンパク質の相互作用部位は、溶媒への露出度が他の部分に比べ低いため、化学修飾から保護される。したがって、化学修飾を施した単体と複合体をそれぞれプロテアーゼで消化し、消化ペプチドを質量分析計で測定することで修飾度の差を判別することが可能である(非特許文献7)。しかし、この手法においては高次構造を保持するような温和な条件下での化学修飾の反応工程に課題がある。
【0007】
第二の方法は、アミド水素の重水素交換と質量分析による相互作用部位の解析方法である。David L,Smithらは、重水中、ある条件下で、タンパク質の基本骨格であるアミド主鎖に存在する水素(H)原子が重水素(D)原子に交換することを見出し、この差を質量分析計で追跡することによりタンパク質とリガンドの相互作用部位を推測できると報告している(非特許文献8)。この手法においては、H/D交換自身が温度やpH、処理時間などによって逆交換の起こりうる確率が高く、更にlDa差を追跡することから高分解能の質量分析計が必要になり、更にラベル化される場所がランダムであるため複雑なマススペクトルになるなど課題が多い。
【0008】
第三の方法は、プロテアーゼを温和な条件で用い、表面に露出したアミノ酸残基を部分消化する方法である(非特許文献9)。この方法は、比較的幅広い条件でプロービングが行える点など、汎用性が広いと考えられるが、部分消化したタンパク質からは多様な部分消化ペプチドが生じる。部分消化ペプチドは分子量が大きくまた液体クロマトグラフィーにおいてカラムから溶出しないことが多く一般的に検出が困難である。また、個々のペプチドは微量であるため、サンプル量が要求されるという問題点もある。
【0009】
【非特許文献1】Fields S,Song O.;Nature.1989 Jul 20;340(6230);245-6.
【非特許文献2】Fields S,Sternglanz R.;Trends Genet.1994 Aug;10(8):286-92.Review.
【非特許文献3】Rigaut G,Shevchenko A,Rutz B,Wilm M,Mann M,Seraphin B.;Nat Biotechnol,1999 Oct;17(10):1030-2.
【非特許文献4】Fagerstam,L.;Ivarsson,B.;Johnsson,B.;Jonnsson,U.;Karlsson,R.;Lofas,S.;Lundh,K.;Malmquist,M.;Ostlin,H.;Persson,B.;Ronnberg,I.;Roos,H.;Sjolander,S.;Stahlberg,R.;Stenberg,E.;Urbaniczky,C.;BioFeature,Biotechniques,;Vol.11,No.5,p.620-627.
【非特許文献5】Ebara,Y.;Itakura,K.;Okahata,Y.;Langmuir;(Article);1996;12(21);5165-5170.
【非特許文献6】Okahata,Y.;Niikura,K.;Sugiura,Y.;Sawada,M.;Morii,T.;Biochemistry;(Article);1998;37(16);5666-5672.
【非特許文献7】Suckau D,Mak M,Przybylski M.;Proc Natl Acad Sci U S A.1992 Jun 15;89(12):5630-4.
【非特許文献8】Zhang Z,Smith DL.;Protein Sci,1993 Apr;2(4):522-31.
【非特許文献9】Zappacosta F,Pessi A,Bianchi E,Venturini S,Sollazzo M,Tramontano A, Marino G,Pucci P.;Protein Sci.1996 May;5(5):802-13.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、タンパク質などの生体高分子間の相互作用を探索する新規な手法を提供することを解決すべき課題とした。具体的には、本発明は、より生体内に近い状況下での生体高分子間の相互作用を、比較的少量の生体分子高分子を用いて簡便かつ迅速に解析することを可能とする方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記した通り、生命活動は、タンパク質やRNAなどの生体高分子の発現量やそれらの相互作用により発揮されることが知られている。昨今の構造ゲノム科学の成果により、個々のタンパク質の立体構造が次々と明らかになり、さらにプロテオミクス研究の発展により、タンパク質間の相互作用のネットワークもデータベース化されつつある。しかしタンパク質同士あるいはタンパク質とリガンドがどのような様式で相互作用を行うか、タンパク質が機能を発揮する際にどのような構造変化を引き起こすか、という生体高分子の動的な解析を行うためには複合体のX線結晶解析やNMRなど大量のサンプルを必要とする手法が主流であり、時間、労力、コストの観点から、ポストゲノム時代に要求される網羅的かつ迅速な解析法にそぐわないのが現状である。本発明は、質量分析計を用い、生体高分子間相互作用部位やタンパク質の構造変化を迅速かつ簡便に同定するための技術を提供するものである。タンパク質-タンパク質間、タンパク質-リガンド間の相互作用や構造変化の際に変化するプロテアーゼに対する感受性を利用し、相互作用部位や構造変化の解析を行うものであり、安定同位体標識フットプリント法(isotope-tagging mass spectrometric footprinting;IMF)と命名した。プロテアーゼの限定分解の際にペプチドを水の安定同位体で標識し、質量分析計で同位体比を測定することで相互作用に関する情報が得られる。また、高感度質量分析法を用いることで、微量なサンプルでの解析が可能であり、創薬研究を含む生命科学全般における生体高分子間相互作用の研究に、実用的で有効な解析法である。
【0012】
即ち、本発明によれば、生体高分子の高次構造の変化、又は生体高分子とリガンドとの相互作用部位に関する情報を取得するための生体高分子の解析方法において、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を測定することによって上記情報を取得することを特徴とする方法が提供される。
【0013】
好ましくは、生体高分子はタンパク質、核酸、又は糖鎖である。
好ましくは、加水分解酵素は、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、又はグリコシラーゼである。
【0014】
好ましくは、生体高分子の高次構造の変化は、リガンドとの相互作用によって変化する生体高分子の高次構造の変化、又は自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化である。
【0015】
好ましくは、自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化は、温度、pH、塩濃度、緩衝液、又は化学修飾(空気酸化を含む)によって自発的に生じる構造変化である。
好ましくは、自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化は、確率的に生じる構造変化、又は重合や凝集による構造変化である。
好ましくは、自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化は、生体高分子がコファクターなどの化合物と複合体を形成している場合において、コファクターの化学変化又は構造変化によって誘起される生体高分子の構造変化である。
【0016】
好ましくは、生体高分子はタンパク質であり、加水分解酵素がプロテアーゼであり、プロテアーゼによる加水分解時に導入される水(H2O)の安定同位体比を用いて、プロテアーゼに対する感受性を評価する。
好ましくは、アミノ酸残基特異的なプロテアーゼによる限定分解を行い、その切断パターンを、加水分解の際に取り込む酸素原子の同位体比率を指標にして解析する。
【0017】
好ましくは、本発明の解析方法は、第一の構造を有するタンパク質及び第二の構造を有するタンパク質に対してH216O(またはH218O)を含む反応液中で温和な条件下でプロテアーゼを反応させることによって部分消化反応を行う第一反応工程;および
H216O(またはH218O)を乾燥させるか、又は大量のH218O(またはH216O)で希釈し、タンパク質をH218O(またはH216O)のみの反応液中で完全消化して切れ残った部位に18O(または16O)を導入する第二反応工程;および
精密質量分析により全消化ペプチドの分子量を測定する工程:
を含む。
【0018】
好ましくは、本発明の解析方法は、タンパク質のペプチドマップを作製する工程をさらに含む。
【0019】
好ましくは、精密質量分析により全消化ペプチドの分子量を測定する際に、ペプチドの同位体分布(16O/18O比)を定量することにより、第一反応工程における第一の構造を有するタンパク質及び第二の構造を有するタンパク質のプロテアーゼに対する感受性を定量的に解析する。
【0020】
好ましくは、第一反応工程の部分消化反応において構造変化に伴いプロテアーゼに対する感受性が変化したペプチド(informative peptide)を指標として、構造変化の経時的変化の解析、リガンドとの結合能の解析、又は構造変化を誘起する化合物のスクリーニングを行う。
好ましくは、リガンドの存在下及び非存在下において、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を測定し、第一反応工程の部分消化で、切断されやすい部位がリガンドの添加によって切断されにくくなっていれば、その部位はリガンドとの相互作用に直接関与している部位であるか、又はリガンドとの相互作用によって構造変化を引き起こした部位であると同定する。
【0021】
好ましくは、以下の(i)〜(ix)の何れかに記載の分析を行う。
(i)タンパク質−タンパク質間相互作用に関わるアミノ酸残基の同定
(ii)タンパク質−核酸間相互作用に関わるアミノ酸残基又は塩基部位の同定
(iii)タンパク質−リガンド間相互作用に関わるアミノ酸残基の同定
(iv)核酸−核酸間相互作用に関わる塩基の同定
(V)糖鎖−タンパク質間相互作用に関わる糖鎖残基の同定
(vi)(i)〜(v)で観測されたアミノ酸残基又は塩基部位を指標にした阻害剤又は生理活性物質のスクリーニング
(vii)(i)〜(v)で観測されたアミノ酸残基又は塩基部位を指標にした解離定数の測定
(viii)タンパク質、核酸又は糖鎖の高次構造変化に伴うアミノ酸残基、塩基部位又は糖鎖残基の同定
(ix)(viii)で観測されたアミノ酸残基、塩基部位又は糖鎖残基を指標にした阻害剤又は生理活性物質のスクリーニング
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、より生体内に近い状況下での生体高分子間の相互作用を、比較的少量の生体分子高分子を用いて簡便かつ迅速に解析することが可能となる。例えば、本発明によれば、第一反応工程の部分消化反応において構造変化に伴いプロテアーゼに対する感受性が変化したペプチド(informative peptide)を指標として、構造変化の経時的変化の解析、リガンドとの結合能の解析、又は構造変化を誘起する化合物のスクリーニングを行うことができる。また、生体高分子がタンパク質である場合、informative peptideを指標とした、構造変化の探索、及び構造変化を誘起する化合物のスクリーニングなどに応用が可能である。さらに、生体高分子とリガンドとの結合によって加水分解酵素に対する感受性が減少した切断部位の情報を用いた生体高分子とリガンドとの結合モデルの構築も可能である。また、従来法であるX線結晶構造解析やNMRによる構造解析では、数mgから数十mgの試料を必要とするのに対し、本発明の方法ではμgオーダーの試料で分析を行うことができる。また、X線結晶構造解析の場合、仮に試料の結晶化に成功したとしても構造を解くまでには一般的に数ヶ月の期間を要するのに対し、本発明の方法ではごく短時間で解析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
本発明は、生体高分子の高次構造の変化、又は生体高分子とリガンドとの相互作用部位に関する情報を取得するための生体高分子の解析方法において、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を測定することによって上記情報を取得することを特徴とする方法に関するものである。
【0024】
本発明の方法は、加水分解時に導入される安定同位体標識を用いた新しい構造解析法である。本発明の方法は、安定同位体標識フットプリント法(isotope-tagging mass spectrometric footprinting;IMF)と称されるものであり、タンパク質などの生体高分子の構造変化や相互作用部位の解析を微量なサンプルで簡便に行うことが可能となる。
【0025】
例えば、生体高分子がタンパク質の場合は、アミノ酸残基特異的なプロテアーゼによる限定分解を行い、その切断パターンを、加水分解の際に取り込む酸素原子の同位体比率を指標に解析を行うことができる。第一段階目の反応として、まず通常の水(H216O)のみの反応液中で温和な条件でプロテアーゼを反応させることにより、タンパク質を部分消化する。この際に、タンパク質は構造を保ったまま部分消化されるため、タンパク質の表面に露出している切断部位のみに16Oが導入される。次にH216Oを乾燥させるか、大量のH218Oで希釈し、タンパク質をH218Oのみの反応液中で完全消化する(第二段階目の反応)ことにより、切れ残った部位に18Oを導入する。最後に精密質量分析により全消化ペプチドの分子量を測定する。この際に、ペプチドの同位体分布を正確に定量することにより、第一段階目の反応で切断された割合、すなわち16Oが導入された量を、定量的に解析することができる。したがって、リガンドの有無でこの解析を行うことで、第一段階目の部分消化で、切れやすい部位がリガンドの添加によって切れにくくなっていれば、その部位はリガンドとの相互作用に直接関与している部位であるか、あるいはリガンドとの相互作用によって構造変化を引き起こした部位であると考えられる。本発明の方法の特徴は、第二段階目の完全消化により、全てのペプチドの情報を解析できる点である。
【0026】
この方法で得られる情報は、プロテアーゼが切断するアミノ酸残基のみに限定されるため、X線結晶解析やNMRで得られる原子レベルでの情報と比較することはできないが、この手法で必要なサンプル量はタンパク質の場合lpmol以下であり、高感度測定を行えば数fmolのタンパク質で解析することも可能である。したがって、生体内から抽出したタンパク質や溶解度の低い膜タンパク質を解析することも可能であるなど十分に大きなメリットがある。また、個々のタンパク質の立体構造は、昨今の構造ゲノムにより、次々と明らかになり、さらに、インターラクトーム解析からタンパク質間の相互作用のネットワークに関してもデータベース化されつつある。したがって、相互作用に関わる残基やドメインを部分的に見出すことができれば、相互作用様式は情報科学的なシミュレーションによって推測することができるはずである。また、この手法はGTP結合型タンパク質のようにリガンドとの結合により構造変化を伴う場合や、プリオン病などタンパク質の構造変化が病因である場合など、プロテアーゼによる切断パターンの変化を指標に構造変化を観測することも可能である。また、原理として加水分解酵素全般に適応可能であるため、プロテアーゼの代わりに、塩基特異的なデオキシリボヌクレアーゼやリボヌクレアーゼを用いることで、核酸(DNAまたはRNA)側のプロービングも可能である。タンパク質との結合部位を探索したり、リガンドとの結合によって誘起される核酸の構造変化を観測することが可能である。また、グリコシラーゼを用いることで糖鎖側のプロービングも可能である。
【0027】
本手法が適応応用可能な解析の具体例としては以下のものが挙げられる。
(i)タンパク質−タンパク質間相互作用に関わるアミノ酸残基の同定
(ii)タンパク質−核酸(DNAまたはRNA)間相互作用に関わるアミノ酸残基や塩基部位の同定
(iii)タンパク質−リガンド(脂質、糖鎖、ペプチド、代謝化合物、医薬など)間相互作用に関わるアミノ酸残基の同定
(iv)核酸(DNAまたはRNA)−核酸(DNAまたはRNA)間相互作用に関わる塩基の同定
(V)糖鎖−タンパク質間相互作用に関わる糖鎖残基の同定
(vi)(i)〜(v)で観測されたアミノ酸残基や塩基部位を指標にした阻害剤や生理活性物質のスクリーニング
(vii)(i)〜(v)で観測されたアミノ酸残基や塩基部位を指標にした解離定数の測定
(viii)タンパク質、核酸(DNAまたはRNA)、糖鎖の高次構造変化に伴うアミノ酸残基、塩基部位、糖鎖残基の同定
(ix)(viii)で観測されたアミノ酸残基、塩基部位又は糖鎖残基を指標にした阻害剤や生理活性物質のスクリーニング
【0028】
本発明の方法は、以下に示す3つの工程から構成される。第一の工程は、検出可能なププチドフラグメントの地図を作成すること、第二の工程はプロービング反応工程であり、16O-H2O中でのタンパク質に切り込みを入れる部分消化反応と18O-H2O中で完全に近い形で消化する段階から構成される。第三の工程は質量分析計にて各ペプチドフラグメントの16O/18Oの同位体比率を相対比較するデータ解析工程である。なお、プロービング反応工程において、部分消化反応を18O-H2O中で行い、完全消化反応を16O-H2Oで行ってもかまわない。各段階の詳細は以下のとおりである。
【0029】
(1)ターゲットタンパク質のペプチドマップの作成工程
ターゲットタンパク質をアミノ酸残基特異的な加水分解酵素(Trypsin, Chymotrypsin, Endoproteinase Asp-N, Lysylendopeptidase, Staphylococcus aureus protease(V8 Protease),Asparaginylendopeptidase, Arginylendopeptidaseなど)で消化し、液体クロマトグラフィー/質量分析法(LC/MS)(MSはイオントラップ型、あるいは四重極-時間飛行型などMS/MSによりペプチドのシークエンス解裂パターンが得られるものを使用)でペプチドマッピングを行い、得られたデータから各ペプチドの帰属を行い、更にMS/MSデータからペプチドのアミノ酸配列の確認を行う。このとき、マスクロマトグラム上において各ペプチドフラグメントの分子量情報だけでなく、溶出時間情報(溶出順序)も把握しておくことが重要である(図1)。
【0030】
(2)プロービング反応工程
タンパク質のアミド結合を18O-H2O中で加水分解する際のプロテアーゼの挙動を説明すると、Chymotrypsin、Endoproteinase AspN、では加水分解時に水中の酸素原子が1個のみ導入されるが、Trypsin、V8 Proteaseは加水分解時に酸素原子が1個取り込まれ、更に交換反応により2個目の酸素原子が導入されることが報告されている(L.M.Simon,K.Laszlo,A.Vertesi,K.Bagi and B.Szajani;J.Mol.Catal.B:Enzym. 1998, 4, 41-45)。つまり、TrypsinやV8 Proteaseでは部分消化反応時に導入された16Oの情報が18Oの情報が正確に得られなくなる可能性を示唆している。本発明者らはこの点を考慮し、まずは交換反応の起こらないChymotrypsinを用いた系で本発明の基本プロトコルを確立し、そして次にTrypsinを用いた系で交換反応を最大限抑える実験条件の最適化を行った。
【0031】
まず、Chymotrypsinにより本発明の基礎反応の確立を行った。Chymotrypsinはアミノ酸残基phenylalanine/tryptophan/tyrosine/leucine/methionine(F/W/Y/L/M)を認識し、そのC末端側を認識し加水分解するプロテアーゼである。最初のステップとして、情報となるペプチドフラグメントを抽出・決定するために、基質となるタンパク質をChymotrypsinで消化し、ペプチド地図を作成した。本発明の最初の段階である部分消化は、構造を保持する溶液組成中に基質タンパク質を溶解し、酵素活性のある温度範囲、且、ターゲットタンパク質が変性しない温度範囲(20度以上35度以下)で経時的(1,3,6,9時間毎)にサンプリング行った。サンプリングは溶液中の酵素活性を抑えるために酸溶液中に取り、完全消化の前に濃縮遠心で16O-H2Oを除いた。完全消化は18O-H2Oで調製された消化反応溶液組成中で行った。得られたペプチドフラグメントをナノフロー液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化法時間飛行型質量分析計(nanoLC-ESI-TOF MS)で測定したところ、各ペプチドフラグメントにおいて16Oフラグメントと18Oフラグメントの含有率が経時的に推移するという結果が得られた。また、再現性も得られたことより、IMFの基本的な概念が成立することを確認した。これはAspNにおいても同様であった。
【0032】
次に、TrypsinによるペプチドC末端の酸素原子と水中の酸素原子の交換反応を抑制するためのプロトコルの開発を行った。Trypsinはarginineとlysine(R/K)を認識するプロテアーゼであり、Trypsin消化時に起こる交換反応は加水分解とほぼ同時に起こるわけではなく、ある程度Trypsinの最終濃度と時間で制御できることが分かった。要するに、基質と接触する頻度を少なくし、基質アミノ酸残基とのアフィニティを小さくすることが交換反応を抑えることにつながると考えられる。アフィニティを下げるための手段として、酵素濃度や反応時間だけでなく、塩や熱を加えることも効果的であった。更に有機溶媒中でのTrypsinの挙動はタンパク質の短時間消化を可能にするので、Trypsinが基質タンパク質に接する時間を短くするために有機溶媒(アセトニトリル等)中で完全消化することも取り入れた。これは2段階目の完全消化に用いる16O-H2Oの使用量を節約することになるため、コストパフォーマンスにも好影響を与える結果となった。これにより、TrypsinやV8 Proteaseなどの交換反応により2個目の酸素原子を導入してしまうプロテアーゼも本発明に使用することが可能になった。
【0033】
(3)データ解析工程
反応物はLC-ESI-TOF MSによって分析され、予め帰属しておいた各ペプチドフラグメントの溶出時間(16O,18Oペプチドフラグメントの保持時間は同一である)を追ってMSリストを抽出し、16Oフラグメントと18Oフラグメントの存在比率を算出する。同位体比率の計算方法は図2のとおりである。
自然界に存在する各元素の天然存在比率(例えば炭素(C)の同位体比率は12C:13C=98.892:1.108である)を用いてペプチドフラグメント(例:GEFIR)の同位体比率を計算すると、図2のようになる。加水分解時に16Oが導入されたペプチドのモノアイソトピック質量(m/z)は621.3であり、18Oが導入されたペプチドは623.3である。図2から分かるように18Oフラグメントは16Oの同位体分布している成分を含むため、真の18Oフラグメントの成分量は16O由来の同位体M+2の成分を差し引いた値になる。このようにして、各ペプチドフラグメントのモノアイソトピック質量を算出し、16O、18Oフラグメントの存在比率を計算する。
【0034】
次に、この比率を基にプロテアーゼの基質に対するAccessibilityを比較することを試み、その相関図(概念)を図3に示した。プロットするのはタンパク質単体(formA)とタンパク質複合体(formB)それぞれのあるサンプリング時間における16Oフラグメントの含有率とする。対角線上にプロットされるフラグメント(aグループ)は単体/複合体においてフットプリント時のプロテアーゼによる切断パターンに差が無く、b,cグループはタンパク質単体においてプロテアーゼによる感受性が高く(bよりcの方が感受性が高い)、逆にdグループは複合体においてプロテアーゼによる感受性がより高くなっていることを表す。このような差が生じるのはタンパク質の立体構造が変化し、その結果、プロテアーゼが認識するアミノ酸残基の空間的配置が変化を受けているためである。また、Accessibilityを段階表示で色分けし、立体構造上に表示することで視覚化することもできる。
【0035】
上記においては、生体高分子がタンパク質であり、加水分解酵素がプロテアーゼである場合を一例として説明したが、本発明における生体高分子は、核酸又は糖鎖でもよい。生体高分子は核酸又は糖鎖である場合に使用する加水分解酵素は、それぞれヌクレアーゼ、又はグリコシラーゼである。ヌクレアーゼを使用する場合には、リボヌクレアーゼとしてG特異的なRNase T1、C特異的なRNase CL3、AとU特異的なRNase PhyM、AとG特異的なRNase U2、UとC特異的なRNase Aなどを使用することができる。また、デオキシリボヌクレアーゼとしては、ピリミジン(CまたはT)特異的なDNase Iや1本鎖DNA選択的なヌクレアーゼS1などを用いることができる。また、グリコシラーゼとしては、グリコペプチダーゼF、ラクト-N-ビオシダーゼ、α-1,2-L-フコシダーゼ、α-1,3/4-L-フコシダーゼ、α-2,3-シアリダーゼ、β-N-アセチルヘキソサミニダーゼ、エンドグリコセラミダーゼ、スフィンゴリピドセラミドN-デアシラーゼなどを使用することができる。
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。本発明の範囲は実施例に限定されることはない。
【実施例】
【0036】
[実施例1]
Elongation Factor(EF-Tu)と抗生物質Kirromycinの複合体の高次構造変化並びにその接合部位の予測を行う。EF-Tuはタンパク合成系においてアミノアシルtRNAをリボソームへ運搬する役割を担っている。GTPと結合し(GTP form)アミノアシルtRNAとの三者複合体を形成する。リボソーム上でtRNAがmRNA上のコドンを正確に認識すると、EF-TuのGTPが加水分解を受けて、アミノアシルtRNAはリボソームのA部位にエントリーすることでタンパク質合成に参加することができる。一方でGTPの加水分解が引き金となり、GDPを結合したEF-Tu(GDP form)は大きな構造変化を伴ってリボソームから解離する。GDPを結合したEF-TuはEF-Tsの助けを借りてGDPとGTPを交換して再びアミノアシルtRNAとの三者複合体を形成し、次のサイクルに参加する。抗生物質KirromycinはGTP結合型及びGDP結合型EF-Tu-アミノアシルtRNA複合体に結合し、EF-Tuを常にGTP結合型の構造に固定する作用が知られている。この作用によってリボソーム上でGTPが加水分解されてもEF-Tuはリボソームから解離することができず、タンパク合成は停止する。従って、KirromycinはEF-Tuがリボソームからリリースすることを妨げ、結果としてタンパク質の生合成を妨げる要因になる抗生物質であると報告されている。本実施例においてはGDP結合型EF-TuとGTP結合型EF-Tuの構造変化をプロービングするため、Kirromycinの結合によって誘発されたEF-Tu:GDP:Kirromycin複合体(GTP結合型)の解析を行った。
【0037】
(1)EF-Tuのペプチド地図作成
EF-Tu(GDP form)を数種類のプロテアーゼ(Trypsin、Chymotrypsin)で消化し、質量分析計で検出可能なペプチド地図を作成する。Trypsinの場合、約0.5μg EF-Tu(GDP form)を50mM炭酸水素アンモニウムバッファー溶液に溶解し、75%アセトニトリルを加える。次に、プロテアーゼ:基質タンパク質比が1:6(mol:mol)になるようにTrypsinを加え、37℃で約1時間インキュベートする。反応ボリュームは100μlとする。Chymotrypsinの場合、50mM炭酸水素アンモニウムバッファー溶液に0.5μg EF-Tu(GDP form)を溶解し、プロテアーゼ:基質タンパク質比が1:6(mol:mol)になるようにChymotrypsinを加え、37℃で約20時間インキュベートする。反応ボリュームは100μlとする。両者とも反応後は濃縮遠心器により乾固し、0.1%ギ酸水溶液あるいは0.1%トリフルオロ酢酸溶液に再溶解し、ナノフロー液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化法質量分析計(nanoLC-ESI-MS)で分離分析する。質量分析計にはイオントラップ型質量分析計(IT)、並びに、四重極型-時間飛行型のタンデム型質量分析計(Q-TOF)の二種類を用いる。後者はエレクトロスプレーイオン化法-時間飛行型(ESI-TOF)で代用可能である。ペプチドの同定はMS/MSスペクトル、価数、液体クロマトグラフィーの保持時間などの情報を元に行う。図4に作成したペプチド地図を示す。
【0038】
(2)複合体の部分消化
EF-Tu(GDP form):Kirromycin複合体は、3.0μM(約4μg)のEF-Tu(GDP form)を30mM Tris-HCl(pH7.5),50mM KCl,7mM MgCl2,20mM NH4Cl,0.5mM DTT,50μM GDPで構成される溶液に、約10倍量(mol比)のKirromycinを加えて20℃で数時間放置することで形成される。このときの反応ボリュームは30μlとする。次にこの複合体をプロテアーゼで部分消化する。その条件は、上記複合体溶液にTrypsin、あるいはChymotrypsinを、酵素:基質比1:6あるいは1:30(mol:mol)になるように加え、20℃でインキュベートする。プロテアーゼのAccessibilityを経時的に観測するために、1時間,3時間,6時間,9時間,20時間毎にサンプリングする。サンプリングボリュームは約500ngのタンパク質を含有するように設定し、反応を止めるために約4倍容量の0.2%トリフルオロ酢酸溶液中にサンプリングする。このとき注意すべきことはpHが酸性になるようにトリフルオロ酢酸溶液の容量を加減する。サンプリングした溶液は速やかに濃縮遠心器で完全に乾固する。尚、このとき、対照実験としてタンパク質単体においても同じ操作を行う。
【0039】
(3)完全消化
上記(2)で部分消化したサンプルを18O-H2O中で完全消化する。完全消化に用いる試薬はすべて、18O-H2Oで調製したものを用いる。Trypsinによる完全消化の条件は、部分消化したサンプルを50mM炭酸水素アンモニウム、15mM KCl(部分消化からの塩(Na,K)の持ち込みも考慮)、無水アセトニトリルを終濃度が75%になるように加え、反応ボリュームが100μlとなるように18O-H2Oでボリューム調整を行う。基質タンパク質に対してモル比1/6になるようにTrypsin(最終濃度1〜2ng/μl)を加え、37℃、30〜60分程度のインキュベートの後、速やかに濃縮遠心器で乾固する(約30分間)。
【0040】
Chymotrypsinによる完全消化の条件は、部分消化したサンプルに50mM炭酸水素アンモニウムあるいはリン酸バッファー(PBS, pH7.5)を加え、反応ボリュームが50μlになるように18O-H2Oでボリューム調整する。プロテアーゼ量は、基質タンパク質に対してモル比1/6になるように加え、37℃で一昼夜インキュベートする。反応後は濃縮遠心器で乾固する。
【0041】
各プロテアーゼで完全消化し乾固したサンプルはnanoLC-ESI-Q-TOF(あるいはnanoLC-ESI-TOF)で分析する。尚、同時に、対照実験としてタンパク質単体においても同じ操作を行う。
【0042】
(4)質量分析計のデータ分析
各々のペプチドフラグメントは、含有する炭素原子の数によってその分子量が同位体分布することが知られている。その点も考慮してマッピングされたペプチドフラグメントのうち16Oフラグメントの含有率を計算しグラフ化する。16Oフラグメントの含有率が多い場合はそのアミノ酸は溶液中に露出度の高い部分であり、18Oフラグメントが多い場合は構造の内側に位置するか、あるいは何らかの構造変化を受けている場所であると推測できる。
【0043】
(5)考察
プロテアーゼのAccessibilityを、複合体と単体で相対比較した(図5参照)。横軸にはタンパク質単体、縦軸には複合体の16Oフラグメントの含有率をプロットした。274R,275K,7RはKirromycinにより構造の変化を受け、TrypsinのAccessibilityが複合体において劇的に減少しているのが観測される。この情報を立体構造上の位置に当てはめて、図6のように視覚化した。図5及び6から考察されることは、EF-TuのGDP formとEFGTP formでは、Trypsin Accessibilityに差を生じさせるような構造的変化が存在し、この結果を逆に利用すれば、リガンドのスクリーニングテストに用いることができる。本手法はネイティブな状態でのタンパク質の構造変化を捉える手法として様々な場所で応用することができる。
【0044】
[実施例2]
実施例2では、実施例1で述べた結果を踏まえ、抗生物質をDrag Candidateと見立てたスクリーニングシステムを紹介する。効能・効果の高い物質を効率よく発見するためのスクリーニング手法は、特に創薬の分野で重要であり、信頼性、正確性、そしてスピードが要求される。本手法はタンパク質が固定されていない状態で実施できるという点、また、サンプルが少量で可能であるという点や短時間で正確に行えるという点で優位であると言える。
【0045】
本実施例のモデル実験で使用した抗生物質の概略:
タンパク質合成を阻害する抗生物質にはAminoglycoside系、Macrolide系、Lincomycicn系など様々なものが存在することが知られている。その阻害機序はそれぞれの抗生物質で異なる、実施例1で述べたKirromycinはElongation Factor(EF-Tu)に結合してタンパク質合成を阻害する抗生物質である。他の抗生物質、例えばNeomycin(Aminoglycoside系)はリボソームの小サブユニット(大腸菌の場合、30S)に、またSpiramycin(Macrolide系)はリボソームの大サブユニット結合してタンパク質合成を阻害する。
【0046】
(1)複合体の作成
EF-Tu(GDP form)と抗生物質の複合体は実施例1と同様に行った。EF-Tu(GDP form):抗生物質複合体は、30mM Tris-HCl(pH7.5),50mM KCl,7mM MgCl2,20mM NH4Cl,0.5mM DTT,50μM GDP溶液中、EF-Tu(GDP form):抗生物質比が1:10のmol比になるように混合し(反応ボリュームは30μl)、20℃で数時間インキュベーションする。使用した抗生物質の種類と濃度は以下のとおりである。
【0047】
使用した抗生物質:Kirromycin, Fusidic acid, Linomycin, Neomycin, Spiramycin
EF-Tu(GDP)/抗生物質濃度割合: 4μM/40μM
【0048】
(2)複合体の部分消化
複合体をTrypsinで部分消化する。その条件は、上記の複合体溶液にTrypsin0.7μM(酵素:基質(mol:mol)約1:6)を加え20℃でインキュベートし、3時間,5時間,7時間毎にサンプリングする。サンプリングボリュームは約500ngのタンパク質を含有するように設定し、反応を止めるために約4倍容量の0.2%トリフルオロ酢酸溶液中にサンプリングする。このとき注意すべきことはpHが酸性になるようにトリフルオロ酢酸溶液の容量を加減する。サンプリングした溶液は速やかに濃縮遠心器で完全に乾固する。尚、このとき、対照実験としてタンパク質単体においても同じ操作を行う。
【0049】
(3)完全消化
(2)で部分消化したサンプルを18O-H2O中で完全消化する。完全消化に用いる試薬はすべて、18O-H2Oで調製したものを用いる。部分消化したサンプルのTrypsinによる完全消化の条件は、50mM炭酸水素アンモニウム、15mM KCl(部分消化からの塩(Na,K)の持ち込みも考慮)、75%無水アセトニトリル、反応ボリュームが100μlとなるように18O-H2Oでボリューム調整を行う。基質タンパク質に対してモル比1/6になるようにTrypsin(最終濃度1〜2ng/μl)を加え、37℃、30〜60分程度のインキュベートの後、速やかに濃縮遠心器で乾固する(約30分間)。プロテアーゼで完全消化し乾固したサンプルはnanoLC-ESI-Q-TOF(あるいはnanoLC-ESI-TOF)で分析する。
【0050】
(4)質量分析計のデータ分析
Gタンパク質の一種であるEF-TuはそのGDP formとGTP formでは構造が劇的に変化し、実施例1より、その構造変化はN末端側の7RとDomain IIの274R,275KのTrypsin Accessibilityを追跡することで捉えられる。この3つのフラグメント情報と、他の構造変化に寄与しないフラグメント3種類について、16Oフラグメントの含有率をグラフ化した(図7参照)。
【0051】
(5)考察
実施例1より、Trypsin AccessibilityのEF-Tu GDP/GTP form間における顕著な相違は7R,274R,275Kで観測され、他のフラグメントにおいては変化がないことが分かっている。これは実施例2でも再現されており、KirromycinがGTP formを取っていることが容易に想像できる。反対に他の抗生物質ではGDP form〔抗生物質(-)〕と同じTrypsin Accessibilityを示していることから、EF-Tuとの間で相互作用が無い、あるいは有ったとしてもかなり低いアフィニティしか無いと言える。このように構造差を捉えることのできるインフォマティブなペプチドフラグメントのみを追跡することで、簡単に、しかもネイティブな状態でのタンパク質とリガンドの相互作用スクリーニングが可能になる。
【0052】
[実施例3]
FK506(タクロリムス)は免疫抑制剤の一つで、抗原刺激を受けたT細胞に対してFK506はFKBP12と結合し、カルシニューニンの脱リン酸化反応を阻害、そしてサイトカインの産生を阻害し、免疫反応を抑制する物質である。実施例においてはこのFKBP12とFK506の複合体を例に用い、FK506の結合によってプロテアーゼによる切断活性の変化するペプチドを解析した。
【0053】
(1)FKBPのペプチド地図作成
実施例1と同様にペプチド地図を作成する(図8)。実施例3においては、Chymotrypsin、Endoproteinase AspNを用いてマッピングを行った。
【0054】
(2)複合体の部分消化
FKBP12:FK506複合体は、8.3μM(約3μg)のFKBP12をPBS〔137mM NaCl,3mM KCl,10mM Na2HPO4,1.76mM KH2PO4(pH7.5)〕に溶解し、約10倍量(mol比)のFK506を加え、20℃で数時間放置することで形成される。このときの反応ボリュームは30μlとする。次にこの複合体をプロテアーゼで部分消化する。その条件は、上記複合体溶液にChymotrypsin、AspN〔酵素:基質比として1:20あるいは1:100(mol:mol)〕を加え20℃でインキュベートする。部分消化の経時変化を観測するために、1時間,3時間,6時間,9時間,20時間毎にサンプリングする。サンプリングボリュームは約500ngのタンパク質を含有するように設定し、反応を止めるために約4倍容量の0.2%トリフルオロ酢酸溶液中にサンプリングする。このとき注意すべきことはpHが酸性になるようにトリフルオロ酢酸溶液の容量を加減する。サンプリングした溶液は速やかに濃縮遠心器で完全に乾固する。尚、このとき、対照実験としてタンパク質単体においても同じ操作を行う。
【0055】
(3)完全消化
(2)で部分消化したサンプルを18O-H2O中で完全に消化する。完全消化に用いる試薬はすべて、18O-H2Oで調製したものを用いる。Chymotrypsin消化の反応条件は、部分消化したサンプルに50mM炭酸水素アンモニウムあるいはPBS(pH7.5)を加え、プロテアーゼ量は基質タンパク質に対してモル比1/20を加える。反応ボリュームは50μlとし(18O-H2Oでボリューム調整)、37℃で一昼夜インキュベートする。反応後は濃縮遠心器で乾固する。AspN消化の反応条件は、50mM PBS(pH7.5),10mM ZnCl2溶液に溶解し、プロテアーゼ量は基質タンパク質に対してモル比1/20を加える。反応ボリュームは50μlとし、37℃で一昼夜インキュベートする。反応後は濃縮遠心器で乾固する。各プロテアーゼで完全消化し乾固したサンプルは、nanoLC-ESI-Q-TOF(あるいはnanoLC-ESI-TOF)で分析する。尚、同時に、対照実験としてタンパク質単体においても同じ操作を行う。
【0056】
(4)質量分析計のデータ分析
実施例1と同様にデータ解析を行う。
【0057】
(5)考察
FKBP12とFK506のコンプレックスはPDBファイルより、FKBP12が構成する80Sループとβシート構造で囲まれたポケットにFK506がはまり込む形を作る。FK506とインタラクションしているのは保存性の高いフェニル骨格側鎖もつアミノ酸残基であることが報告されている(Wilson KP.Acta Crystallogr D Biol Crystallogr.1995 Jul;51(Pt4):511-21)。ChymotrypsinでIMFを実施するとすると、図9,10より支持されるように36F,46F,82Yそして74L,104Lがフットプリントされている様子が観測される。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、マスクロマト上における消化ペプチドフラグメントの帰属を示す。
【図2】図2は、ペプチド配列GEFIR(C28H44N8O8)の場合の同位体比率の計算方法を示す。(C28H44N8O8),(C28H44N8O718O)フラグメント強度の総和を100としてそれぞれの含有率を算出する。→160フラグメントの含有率がAccessibilityの係数になる。
【図3】図3は、form B(Complex) 対formAのAccessibility相関図(概念)を示す。
【図4】図4は、Elongation Factor(EF-Tu)のペプチド地図を示す。
【図5】図5は、EF-Tu:GDP:Kirromycin 対 EF-Tu:GDP-Trypsin Accessibilityの相対比較を示す。両軸の単位は%であり、部分消化6時間後の16Oフラグメントの含有率をプロットした。
【図6】図6は、EF-Tu:GDP:Kirromycin 対 EF-Tu:GDP-立体構造上での各アミノ酸残基の位置とプロテアーゼのAccessibilityの関係を示す。
【図7】図7は、EF-Tuと相互作用する抗生物質のスクリーニングを示す。横軸には抗生物質、縦軸には各サンプリング時間(3,5,7時間)毎の16Oフラグメントの含有率をプロットした。サンプル名GDPは抗生物質(-)を示す。
【図8】図8は、FKBP12のペプチド地図を示す。
【図9】図9は、FKBP12:FK506 対 FKBP12-Chymotrypsin Accessibilityの相対比較を示す。両軸の単位は%であり、部分消化6時間後の16Oフラグメントの含有率をプロットした。
【図10】図10は、FKBP12:FK506 対 FKBP12-立体構造上での各アミノ酸残基の位置とプロテアーゼのAccessibilityの関係を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体高分子の高次構造の変化、又は生体高分子とリガンドとの相互作用部位に関する情報を取得するための生体高分子の解析方法において、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を測定することによって上記情報を取得することを特徴とする方法。
【請求項2】
生体高分子がタンパク質、核酸、又は糖鎖である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
加水分解酵素が、プロテアーゼ、ヌクレアーゼ、又はグリコシラーゼである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
生体高分子の高次構造の変化が、リガンドとの相互作用によって変化する生体高分子の高次構造の変化、又は自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化である、請求項1から3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化が、温度、pH、塩濃度、緩衝液、又は化学修飾(空気酸化を含む)によって自発的に生じる構造変化である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化が、確率的に生じる構造変化、又は重合や凝集による構造変化である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
自発的に生じる生体高分子の高次構造の変化が、生体高分子がコファクターなどの化合物と複合体を形成している場合において、コファクターの化学変化又は構造変化によって誘起される生体高分子の構造変化である、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
生体高分子がタンパク質であり、加水分解酵素がプロテアーゼであり、プロテアーゼによる加水分解時に導入される水(H2O)の安定同位体比を用いて、プロテアーゼに対する感受性を評価する、請求項1から7の何れかに記載の方法。
【請求項9】
アミノ酸残基特異的なプロテアーゼによる限定分解を行い、その切断パターンを、加水分解の際に取り込む酸素原子の同位体比率を指標にして解析する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
第一の構造を有するタンパク質及び第二の構造を有するタンパク質に対してH216O(またはH218O)を含む反応液中で温和な条件下でプロテアーゼを反応させることによって部分消化反応を行う第一反応工程;および
H216O(またはH218O)を乾燥させるか、又は大量のH218O(またはH216O)で希釈し、タンパク質をH218O(またはH216O)のみの反応液中で完全消化して切れ残った部位に18O(または16O)を導入する第二反応工程;および
精密質量分析により全消化ペプチドの分子量を測定する工程:
を含む、請求項1から9の何れかに記載の方法。
【請求項11】
タンパク質のペプチドマップを作製する工程をさらに含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
精密質量分析により全消化ペプチドの分子量を測定する際に、ペプチドの同位体分布(16O/18O比)を定量することにより、第一反応工程における第一の構造を有するタンパク質及び第二の構造を有するタンパク質のプロテアーゼに対する感受性を定量的に解析する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
第一反応工程の部分消化反応において構造変化に伴いプロテアーゼに対する感受性が変化したペプチド(informative peptide)を指標として、構造変化の経時的変化の解析、リガンドとの結合能の解析、又は構造変化を誘起する化合物のスクリーニングを行う、請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
リガンドの存在下及び非存在下において、生体高分子の加水分解酵素に対する感受性の変化を測定し、第一反応工程の部分消化で、切断されやすい部位がリガンドの添加によって切断されにくくなっていれば、その部位はリガンドとの相互作用に直接関与している部位であるか、又はリガンドとの相互作用によって構造変化を引き起こした部位であると同定する、請求項10から13の何れかに記載の方法。
【請求項15】
以下の(i)〜(ix)の何れかに記載の分析を行うことを特徴とする、請求項1から14の何れかに記載の方法。
(i)タンパク質−タンパク質間相互作用に関わるアミノ酸残基の同定
(ii)タンパク質−核酸間相互作用に関わるアミノ酸残基又は塩基部位の同定
(iii)タンパク質−リガンド間相互作用に関わるアミノ酸残基の同定
(iv)核酸−核酸間相互作用に関わる塩基の同定
(V)糖鎖−タンパク質間相互作用に関わる糖鎖残基の同定
(vi)(i)〜(v)で観測されたアミノ酸残基又は塩基部位を指標にした阻害剤又は生理活性物質のスクリーニング
(vii)(i)〜(v)で観測されたアミノ酸残基又は塩基部位を指標にした解離定数の測定
(viii)タンパク質、核酸又は糖鎖の高次構造変化に伴うアミノ酸残基、塩基部位又は糖鎖残基の同定
(ix)(viii)で観測されたアミノ酸残基、塩基部位又は糖鎖残基を指標にした阻害剤又は生理活性物質のスクリーニング



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−141340(P2006−141340A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−339033(P2004−339033)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(899000024)株式会社東京大学TLO (50)
【Fターム(参考)】