説明

生理活性タンパク質に対する薬剤の新規ハイスループットスクリーニング法

本発明は、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を利用して、生理活性タンパク質に対する薬剤特に阻害剤の、安全にそして迅速なスクリーニング手段を提供することを課題とする。 本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、無細胞タンパク質合成手段のうちコムギ胚芽を利用した系で、活性を維持した生理活性タンパク質の合成系を構築し、その合成系を利用する代表例としてSARS 3CLproの阻害剤候補物質のスクリーニング系を構築し本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を利用する、生理活性タンパク質に対する薬剤特に阻害剤を、安全にそして迅速に探し出す方法に関する。具体的には、ウイルスを含む病原体の塩基配列情報をもとに、組換え実験の規制にもとづくバイオハザード等の制約を受けることなく、試験管内で安全、簡便かつ効率的並びに遺伝子からタンパク質を同一反応系で合成させる。さらに、co−translationalに生理活性タンパク質の活性を追うことが可能な無細胞タンパク質合成系を利用することにより、細胞内の環境により近い反応系において、該生理活性タンパク質の自己消化、基質認識、翻訳又はフォールディング過程の機能、構造等についての反応性を指標とした薬剤特に阻害剤をスクリーニングする方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞内におけるタンパク質合成を試験管等の生体外で行う方法としては、例えばリボソームやその他のタンパク質合成に必要な成分を生物体から抽出し(本明細書中では、これを「無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物」と称することがある)、これらを用いた試験管内での無細胞タンパク質合成法の研究が盛んに行われている(特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5)。
【0003】
無細胞タンパク質合成系は、翻訳反応の正確性や速度において生細胞に匹敵する性能を保持し、かつ目的とするタンパク質を複雑な精製工程を実施することなく得ることができる有用な方法である。そのため該合成系をより産業上に適用するため、合成効率の上昇のみならず、合成用コムギ胚芽抽出物含有液やレディメイド型コムギ胚芽抽出物含有液を安定的に高品質を保持して提供することが必要である。
【0004】
一方、ウイルスを含む病原体により引き起こされる感染症は、化学療法の進歩などによりある程度克服できるようになったものの、毎年繰り返されるインフルエンザの流行、AIDS、大腸菌O157、SARS、西ナイルウイルス、エボラ出血熱のような新顔の感染症の登場、あるいは一時克服したと思われた結核の復活を見れば、依然として人類の大きな脅威である。こうした中で、最近、HIVウイルスに対するプロテアーゼ阻害剤が抗AIDS薬として有効であることが実証され、実用化された。ウイルスの増殖にとって不可欠であるプロテアーゼを標的とする感染症治療薬研究は今後、その重要性を増してゆくものと考えられる。
【0005】
現在、一般的に行われているプロテアーゼ阻害剤の研究は、遺伝子組換え技術により大腸菌などに生産させたプロテアーゼタンパク質を、その基質となるタンパク質、被験物質と共存させ、基質を切断する活性を指標として阻害剤として有効な物質を探索するというものである。しかしながら、病原体由来タンパク質を遺伝子組換えにより生産する場合には、P3、P4の大掛かりな実験施設が必要であり、規制も数多い。さらに、十分な施設をもってしても、研究者がこれらの病原体に感染する危険性が皆無であるとはいえない。
【0006】
さらに従来法では、in vitroの実験においてプロテアーゼの阻害活性が確認された薬剤であっても、ウイルスの増殖を抑制できない場合がある。従来法で用いられているものは、フォールディングが完了した精製品であり、両者の構造の違いが、基質特異性に影響を与えることが考えられる。
【0007】
また最近問題となった感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)は、2003年6月末日の時点で、世界中で8,447人の感染および811人が死に至った、2003年の初めに現われた新興感染症である。
SARSは高熱、倦怠、悪寒、頭痛、及び呼吸困難によって特徴づけられ、進行すると肺間質症を引き起こし、挿管および機械的な呼吸を必要とする。現在、SARSに感染した人の致死率は約15%と高く、感染方法として、完全に他のルートを除外することができないが、主として直接接触により感染すると考えられている。多くの証拠から、SARS感染者から新型のコロナウイルスが存在していることにより、SARSの原因の病原体が新型コロナウイルス(SARS−CoV)とされている。また、SARS−CoV自身の複製のために必須なタンパク質分解酵素(proteinase)が知られており、該分解酵素はウイルスのライフサイクルでの重要な機能を示すだけでなく、SARSの症状を引き起こす原因となっていることも指摘されている(非特許文献2)。よって、SARS−CoVのproteinase(SARS 3CLpro)は、SARS治療の有効な薬剤ターゲットと考えられており、さまざまな研究が進められている。
【0008】
これまでに、いくつかのグループによって、以下のようなSARSに対する薬剤研究が進められている。
SARS−CoVの主要proteinaseであるSARS 3CLproの結晶構造の三次元構造解析分子モデルリングによるSARS 3CLproの候補阻害剤の検討(非特許文献1)。
SARS 3CLproとリガンドの結合メカニズムの分子モデリングによる、SARSに対する薬剤候補の検討(非特許文献2)。
これらは、いずれも実験的にSARS 3CLproと阻害剤を検討したものではなく、阻害剤としての実用化には至っていない。
【0009】
また、無細胞タンパク質合成系を用いて病原体に対する阻害剤の研究として、ウサギ網状赤血球由来無細胞タンパク質合成系でRhinovirus Proteasesを発現させて、自己消化を阻害する阻害剤のスクリーニング方法が提案されている。しかし、ウサギ網状赤血球由来無細胞タンパク合成系を用いて、膨大な候補薬剤をスクリーニングするには、多量の合成液を確保する必要があること、コスト面でも課題があること、さらに当該合成系でのタンパク発現量が微量であるために、スクリーニングの検出には放射性同位元素を用いたトレーサー実験を必要とするなど、実用的なスクリーニング方法とはいえなかった。(非特許文献3)。
【0010】
以上のSARS研究の状況にかかわらず、現在、SARS治療に対する有効な薬剤は利用可能ではない。これは、SARSの病原体であるSARS−CoVが特定されてから、日が浅いこと。さらには、SARSの病原体のような致死率の高いウイルスを研究するための、バイオハザードの制約による実験の取り扱いの困難性。さらには、解読したゲノム配列をもとにして、発現した生理活性タンパク質が、立体構造、翻訳後修飾の問題により、生理活性タンパク質の活性を維持した状態でのスクリーニングが困難と考えられていたからである。
【0011】
【特許文献1】特開平6−98790号公報
【特許文献2】特開平6−225783号公報
【特許文献3】特開平7−194号公報
【特許文献4】特開平9−291号公報
【特許文献5】特開平7−147992号公報
【特許文献6】国際特許出願PCT/US98/25742
【非特許文献1】Anand K,Ziebuhr J,Wadhwani P,Mesters JR,Hilgenfeld R.Coronavirus main proteinase(3Clpro)structure:basis for design of anti−SARS drugs.Science.2003 Jun 13;300(5626):1763−7.Epub 2003 May 13.
【非特許文献2】Kuo−Chen Chou,Dong−Qing Wei,and Wei−Zhu Zhong.Binding mechanism of Coronavirus main proteinase with ligands and its implication to drug design against SARS.Biochemical and Biophysical Research Communications 308(2003)148−151
【非特許文献3】BEVERLY A.HEINZ,JOSEPH TANG,JEAN M.LABUS,FREDERICK W.CHADWELL,STEPHEN W.KARLDOR,AND MARLYS HAMMONDSimple In Vitro Translation Assay To Analyze Inhibitors of Rhinovirus ProteasesANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY,Jan.1996,p.267−270
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を利用して、生理活性タンパク質に対する薬剤特に阻害剤の、安全にそして迅速なスクリーニング手段を提供することを課題とする。並びに従前にはない、co−translationalに生理活性タンパク質の活性を追うことが可能なコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系の利用により、細胞内の環境により近い反応系において、生理活性タンパク質の自己消化、基質認識、翻訳又はフォールディング過程の機能、構造等についての反応性を指標とする生理活性タンパク質に対する薬剤特に阻害剤のスクリーニング手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、無細胞タンパク質合成手段のうちコムギ胚芽を利用した系で、生理活性を維持した生理活性タンパク質の合成系を構築し、その合成系を利用する代表例としてSARS 3CLproの阻害剤の候補物質のスクリーニング系を構築し本発明を完成した。
【0014】
つまり本発明は以下よりなる。
「1.以下の工程の少なくとも3)〜5)を含むコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段を使用する生理活性タンパク質に対する薬剤探索方法。
1)生理活性タンパク質の遺伝子の塩基配列情報をもとにして、該生理活性タンパク質をコードする遺伝子を含有する遺伝子を合成する工程
2)1)で合成した遺伝子からmRNAを合成する工程
3)2)で合成されたmRNAを翻訳鋳型として又は1)で合成された遺伝子を転写鋳型として、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を用いて生理活性タンパク質を合成する工程
4)候補薬剤をコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系に添加し、生理活性タンパク質に対する候補薬剤の反応性を確認する工程
5)該反応性を指標として、当該生理活性タンパク質に対する薬剤をスクリーニングする工程
2.生理活性タンパク質に対する反応性の指標が、生理活性タンパク質の自己消化反応性を指標とすることを特徴とする前項1の薬剤探索方法。
3.生理活性タンパク質に対する反応性の指標が、生理活性タンパク質の基質認識反応性を指標とすることを特徴とする前項1の薬剤探索方法。
4.生理活性タンパク質に対する反応性の指標が、生理活性タンパク質のフォールディング過程での自己消化又はフォールディングの阻害若しくは停止又はミスフォールディングの誘発を指標とすることを特徴とする前項1の薬剤探索方法。
5.生理活性タンパク質に対する候補薬剤の反応性が以下のいずれか1又は2以上から選ばれる前項1の薬剤探索方法。
1)転写過程の生理活性タンパク質mRNAの合成を阻害又は停止する反応
2)生理活性タンパク質の1若しくは2以上の自己消化部位での自己消化を阻害及び/又は拮抗する反応
3)生理活性タンパク質の1若しくは2以上の基質認識部位での基質認識を阻害及び/又は拮抗する反応
4)翻訳過程の生理活性タンパク質の合成を阻害又は停止する反応
5)フォールディング過程の生理活性タンパク質の自己消化又はフォールディングを阻害若しくは停止する反応又はミスフォールディングを誘発する反応
6.前項1の3)〜5)又は2)〜5)の工程を、一つの反応系で行うことを特徴とする前項1〜5のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
7.コムギ胚芽抽出液が、胚乳及び低分子合成阻害物質が実質的に除去されたコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段である前項1〜6のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
8.生理活性タンパク質が、病原体の増殖に関与するタンパク質であることを特徴とする前項1〜7のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
9.生理活性タンパク質が、プロテアーゼであることを特徴とする前項1〜8のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
10.生理活性タンパク質の遺伝子が以下のいずれか1から由来する遺伝子である前項1〜9のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
1)二本鎖DNAウイルス、2)1本鎖DNAウイルス、3)プラス鎖RNAウイルス、4)マイナス鎖RNAウイルス、5)二本鎖RNAウイルス、6)レトロウイルス、7)ヘパドナウイルス
11.生理活性タンパク質が以下のいずれか1である前項1〜10のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
1)RNA polymerase、2)DNA polymerase、3)helicase、4)コートタンパク質、5)キャプシドタンパク質
12.生理活性タンパク質の遺伝子がSARSに由来する前項1〜11のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
13.前項1〜12のいずれか1に記載の薬剤探索方法で得られる薬剤。
14.前項1〜12のいずれか1に記載の薬剤探索方法に使用される試薬キット。
15.SARS 3CLproタンパク質をコードするDNAを増幅するためのオリゴヌクレオチドプライマー。
16.配列番号6〜21に記載のいずれか1のヌクレオチドを含む前項15に記載のオリゴヌクレオチドプライマー。
17.前項15又は16に記載のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて合成される、SARS 3CLproタンパク質をコードするDNA。
18.前項17に記載のSARS 3CLproタンパク質をコードする配列番号1に記載のDNA。
19.前項17又は18に記載のDNAを用いて、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞系で合成されたSARS 3CLproタンパク質。
20.前項19に記載のプロテアーゼ活性を維持したSARS 3CLproタンパク質。」
【発明の効果】
【0015】
本発明は、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を利用することによって、生理活性タンパク質に対する薬剤特に阻害剤を安全、迅速にスクリーニングする手段を提供した。さらに本発明は、生理活性タンパク質の自己消化、基質認識、翻訳及び/又はフォールディング過程における機能若しくは構造等についての反応性を指標とする生理活性物質タンパク質に対する薬剤特に阻害剤のスクリーニング手段を提供することに成功した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(1)無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液の調製
本発明に用いられる無細胞タンパク質合成系は、コムギ胚芽抽出物を用いるものである。ここで、無細胞タンパク質合成系とは、細胞内に備わるタンパク質翻訳装置であるリボソーム等を含む成分をコムギ胚芽から抽出し、この抽出液に転写鋳型若しくは翻訳鋳型、基質となる核酸、アミノ酸、エネルギー源、各種イオン、緩衝液、及びその他の有効因子を加えて試験管内で行う方法である。このうち、鋳型としてRNAを用いるもの(これを以下「無細胞翻訳系」と称することがある)と、DNAを用い、RNAポリメラーゼ等転写に必要な酵素をさらに添加して反応を行うもの(これを以下「無細胞転写/翻訳系」と称することがある)がある。本発明における無細胞タンパク質合成系は、上記の無細胞翻訳系、無細胞転写/翻訳系のいずれをも含む。
【0017】
本発明に用いられるコムギ胚芽抽出物含有液は、PROTEIOSTM(TOYOBO社製)として市販されている。
コムギ胚芽抽出液の調製法としては、コムギ胚芽の単離方法として、例えばJohnston,F.B.et al.,Nature,179,160−161(1957)に記載の方法等が用いられ、また単離した胚芽からのコムギ胚芽抽出物含有液の抽出方法としては、例えば、Erickson,A.H.et al.,(1996)Meth.In Enzymol.,96,38−50等に記載の方法を用いることができる。その他、特願2002−23139、特願2002−231340に記載の方法が例示される。
【0018】
本発明で好適に利用されるコムギ胚芽抽出物は、原料細胞自身が含有する又は保持するタンパク質合成機能を抑制する物質(トリチン、チオニン、リボヌクレアーゼ等の、mRNA、tRNA、翻訳タンパク質因子やリボソーム等に作用してその機能を抑制する物質)を含む胚乳がほぼ完全に取り除かれ純化されている。ここで、胚乳がほぼ完全に取り除かれ純化されているとは、リボソームが実質的に脱アデニン化されない程度まで胚乳部分を取り除いた胚芽抽出物のことであり、また、リボソームが実質的に脱アデニン化されない程度とは、リボソームの脱アデニン化率が7%未満、好ましくは1%以下になっていることをいう。
【0019】
上記コムギ胚芽抽出物は、コムギ胚芽抽出物含有液由来および必要に応じて別途添加されるタンパク質を含有する。その含有量は、特に限定されないが、凍結乾燥状態での保存安定性、使い易さ等の点から、凍結乾燥前の組成物において、当該組成物全体の好ましくは1〜10重量%、より好ましくは2.5〜5重量%であり、また、凍結乾燥後の凍結乾燥組成物において、当該凍結乾燥組成物全体の好ましくは10〜90重量%、より好ましくは25〜70重量%である。なお、ここでいうタンパク質含有量は、吸光度(260,280,320nm)を測定することにより算出されるものである。
【0020】
(2)コムギ胚芽抽出物含有液からの潮解性物質の低減化
上記コムギ胚芽抽出物含有液は、抽出溶媒、あるいは抽出した後に行うゲルろ過に用いる緩衝液などが酢酸カリウム、酢酸マグネシウムなどの潮解性物質を含んでいる。このため、該コムギ胚芽抽出物含有液を使い翻訳反応溶液を調製し、そのまま乾燥製剤とした場合、凍結乾燥工程において溶解等が起こり、その結果該製剤の品質の低下が見られるという問題がある。品質の低下とは、該製剤に水を添加した際、製剤が完全に溶解せず、これを用いたタンパク質合成反応における合成活性も低下することである。そこで、該コムギ胚芽抽出物含有液に含まれる潮解性物質の濃度を、凍結乾燥した後に製剤の品質に影響を及ぼさない程度に低減する。潮解性物質の具体的な低減方法としては、例えば、予め潮解性物質を低減、または含まない溶液で平衡化しておいたゲル担体を用いたゲルろ過法、あるいは透析法等が挙げられる。このような方法により最終的に調製される翻訳反応溶液中の潮解性物質の終濃度として60mM以下となるまで低減する。具体的には、最終的に調製される翻訳反応溶液中に含まれる酢酸カリウムの濃度を60mM以下、好ましくは50mM以下に低減する。そして、さらに凍結乾燥処理された製剤中の潮解性を示す物質(潮解性物質)の凍結乾燥状態での保存安定性を低下させない含有量とは、当該凍結乾燥製剤中に含有されるタンパク質1重量部に対して、0.01重量部以下が好ましく、特に0.005重量部以下が好ましい。
【0021】
(3)夾雑微生物の除去
コムギ胚芽抽出物含有液には、微生物、特に糸状菌(カビ)などの胞子が混入していることがあり、これら微生物を除去しておくことが好ましい。特に長期(1日以上)の無細胞タンパク質合成反応中に微生物の繁殖が見られることがあるので、これを阻止することは重要である。微生物の除去手段は特に限定されないが、ろ過滅菌フィルターを用いるのが好ましい。フィルターのポアサイズとしては、混入する可能性のある微生物が除去可能なサイズであれば特に限定されないが、通常0.1〜1マイクロメーター、好ましくは0.2〜0.5マイクロメーターが適当である。
【0022】
(4)コムギ胚芽抽出物含有液から低分子合成阻害物質の除去方法
以上のような操作に加えて、コムギ胚芽抽出物含有液の調製工程の何れかの段階において低分子合成阻害物質の除去工程を加えることにより、より好ましい効果を有する生理活性タンパク質の無細胞タンパク質合成を行うためのコムギ胚芽抽出物含有液とすることができる。
胚乳成分が実質的に除去され調製されたコムギ胚芽抽出物含有液は、タンパク質合成阻害活性を有する低分子の合成阻害物質(これを「低分子合成阻害物質」と称することがある)を含んでおり、これらを取り除くことにより、タンパク質合成活性の高いコムギ胚芽抽出物含有液を取得することができる。具体的には、コムギ胚芽抽出物含有液の構成成分から、低分子合成阻害物質を分子量の違いにより分画除去する。低分子合成阻害物質は、コムギ胚芽抽出物含有液中に含まれるタンパク質合成に必要な因子のうち最も小さいもの以下の分子量を有する分子として分画することができる。具体的には、分子量50,000〜14,000以下、好ましくは14,000以下のものとして分画、除去し得る。低分子合成阻害物質のコムギ胚芽抽出物含有液からの除去方法としては、それ自体既知の通常用いられる方法が用いられるが、具体的には、透析膜を介した透析による方法、ゲルろ過法、あるいは限外ろ過法等が挙げられる。このうち、透析による方法が、透析内液に対しての物質供給容易の点等において好ましい。
【0023】
透析による低分子合成阻害物質の除去操作に用いる透析膜としては、50,000〜12,000の除去分子量を有するものが挙げられる、具体的には除去分子量12,000〜14,000の再生セルロース膜(Viskase Sales,Chicago製)や、除去分子量50,000のスペクトラ/ポア6(SPECTRUM LABOTRATORIES INC.,CA,USA製)等が好ましく用いられる。このような透析膜中に適当な量のコムギ胚芽抽出物含有液等を入れ常法を用いて透析を行う。透析を行う時間は、30分〜24時間程度が好ましい。
【0024】
低分子合成阻害物質の除去を行う際、コムギ胚芽抽出物含有液に不溶性成分が生成される場合には、この生成を阻害する(以下、これを「コムギ胚芽抽出物含有液の安定化」と称することがある)ことにより、最終的に得られるコムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液のタンパク質合成活性を高めることができる。コムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液の安定化の具体的な方法としては、上述した低分子合成阻害物質の除去を行う際に、コムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液を、少なくとも高エネルギーリン酸化合物、例えばATPまたはGTP等(以下、これを「安定化成分」と称することがある)を含む溶液として行う方法が挙げられる。高エネルギーリン酸化合物としては、ATPが好ましく用いられる。また、好ましくは、ATPとGTP、さらに好ましくはATP、GTP、及び20種類のアミノ酸を含む溶液中で行う。
【0025】
これらの成分は、予め安定化成分を添加し、インキュベートした後、これを低分子合成阻害物質の除去工程に供してもよいし、低分子合成阻害物質の除去に透析法を用いる場合には、透析外液にも安定化成分を添加して透析を行って低分子合成阻害物質の除去を行うこともできる。透析外液にも安定化成分を添加しておけば、透析中に安定化成分が分解されても常に新しい安定化成分が供給されるのでより好ましい。このことは、ゲルろ過法や限外ろ過法を用いる場合にも適用でき、それぞれの担体を安定化成分を含むろ過用緩衝液により平衡化した後に、安定化成分を含むコムギ胚芽抽出物含有液あるいは翻訳反応溶液を供し、さらに上記緩衝液を添加しながらろ過を行うことにより同様の効果を得ることができる。
【0026】
安定化成分の添加量、及び安定化処理時間としては、コムギ胚芽抽出物含有液の種類や調製方法により適宜選択することができる。これらの選択の方法としては、試験的に量及び種類をふった安定化成分をコムギ胚芽抽出物含有液に添加し、適当な時間の後に低分子合成阻害物質の除去工程を行い、取得された処理後コムギ胚芽抽出物含有液を遠心分離等の方法で可溶化成分と不溶化成分に分離し、そのうちの不溶性成分が少ないものを選択する方法が挙げられる。さらには、取得された処理後コムギ胚芽抽出物含有液を用いて無細胞タンパク質合成を行い、タンパク質合成活性の高いものを選択する方法も好ましい。また、上述の選択方法において、コムギ胚芽抽出物含有液と透析法を用いる場合、適当な安定化成分を透析外液にも添加し、これらを用いて透析を適当時間行った後、得られたコムギ胚芽抽出物含有液中の不溶性成分量や、得られたコムギ胚芽抽出物含有液のタンパク質合成活性等により選択する方法も挙げられる。
【0027】
このようにして選択されたコムギ胚芽抽出物含有液の安定化条件の例として、具体的には、透析法により低分子合成阻害物質の除去工程を行う場合においては、そのコムギ胚芽抽出物含有液、及び透析外液中に,ATPとしては100μM〜0.5mM、GTPは25μM〜1mM、20種類のアミノ酸としてはそれぞれ25μM〜5mM添加して30分〜1時間以上の透析を行う方法等が挙げられる。透析を行う場合の温度は、コムギ胚芽抽出物含有液のタンパク質合成活性が失われず、かつ透析が可能な温度であれば如何なるものであってもよい。具体的には、最低温度としては、溶液が凍結しない温度で、通常−10℃、好ましくは−5℃、最高温度としては透析に用いられる溶液に悪影響を与えない温度の限界である40℃、好ましくは38℃である。
【0028】
また、低分子合成阻害物質の除去をコムギ胚芽抽出物含有液として調製した後に行えば、上記安定化成分をコムギ胚芽抽出物含有液にさらに添加する必要はない。
【0029】
(5)コムギ胚芽抽出物含有液の還元剤濃度の低減方法
コムギ胚芽抽出物含有液に含まれる還元剤の濃度を低減させて無細胞タンパク質合成を行うことによれば、目的の生理活性タンパク質の分子内に存在するジスルフィド結合が形成された状態でタンパク質を取得することができる。コムギ胚芽抽出物含有液中の還元剤の低減方法としては、コムギ胚芽抽出物含有液を調製するに至る工程の何れかにおいて還元剤低減工程を行う方法が用いられる。還元剤は、最終的に調製されるコムギ胚芽抽出物含有液中の濃度として、該コムギ胚芽抽出物含有液を用いた翻訳反応において生理活性タンパク質が合成され得て、かつ分子内ジスルフィド結合が形成、保持され得る濃度に低減される。具体的な還元剤の濃度としては、ジチオスレイトール(以下、これを「DTT」と称することがある)の場合、コムギ胚芽抽出物含有液から調製された最終的な翻訳反応溶液中の終濃度が、20〜70μM、好ましくは30〜50μMに低減される。また、2−メルカプトエタノールの場合には、翻訳反応溶液中の最終濃度が、0.1〜0.2mMに低減される。さらに、グルタチオン/酸化型グルタチオンの場合には、翻訳反応溶液中の最終の濃度が30〜50μM/1〜5μMとなるように低減される。上述した具体的な還元剤の濃度は、これら限定されるものではなく、合成しようとするタンパク質、あるいは用いる無細胞タンパク質合成系の種類により適宜変更することができる。
【0030】
還元剤の至適濃度範囲の選択法としては、特に制限はないが、例えば、ジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の効果によって判断する方法を挙げることができる。具体的には、還元剤の濃度を様々にふったコムギ胚芽抽出物含有液由来翻訳反応溶液を調製し、これらにジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素を添加して分子内にジスルフィド結合を有する生理活性タンパク質の合成を行う。また、対照実験として同様の翻訳反応溶液にジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素を添加しないで同様のタンパク質合成を行う。ここで合成される生理活性タンパク質の可溶化成分を、例えば遠心分離等の方法により分離する。この可溶化成分が全体の50%(可溶化率50%)以上であり、またその可溶化成分がジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の添加により増加した反応液が、該生理活性タンパク質の分子内ジスルフィド結合を保持したまま合成する反応液として適していると判断することができる。さらには、上記のジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の効果によって選択された還元剤の濃度範囲のうち、合成される生理活性タンパク質の最も多い還元剤の濃度をさらに好ましい濃度範囲として選択することができる。
【0031】
具体的な還元剤の低減方法としては、還元剤を含まないコムギ胚芽抽出物含有液を調製し、これに無細胞タンパク質合成系に必要な成分とともに、上記の濃度範囲となるように還元剤を添加する方法や、コムギ胚芽抽出物含有液由来の翻訳反応溶液から上記の濃度範囲となるように還元剤を除去する方法等が用いられる。無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液はこれを抽出する際に高度の還元条件を必要とするため、抽出後にこの溶液から還元剤を取り除く方法がより簡便である。コムギ胚芽抽出物含有液から還元剤を取り除く方法としては、ゲルろ過用担体を用いる方法等が挙げられる。具体的には、例えば、セファデックスG−25カラムを予め還元剤を含まない適当な緩衝液で平衡化してから、これにコムギ胚芽抽出物含有液を通す方法等が挙げられる。
【0032】
(6)翻訳反応溶液の調製
以上のように調製されたコムギ胚芽抽出物含有液は、これにタンパク質合成に必要な核酸分解酵素阻害剤、各種イオン、基質、エネルギー源等(以下、これらを「翻訳反応溶液添加物」と称することがある)および翻訳鋳型となる目的の生理活性タンパク質をコードするmRNA及び所望によりイノシトール、トレハロース、マンニトールおよびスクロースーエピクロロヒドリン共重合体からなる群から選択される成分を含有する安定化剤を添加して翻訳反応溶液を調製する。各成分の添加濃度は、自体公知の配合比で達成可能である。
【0033】
翻訳反応溶液添加物として、具体的には、基質となるアミノ酸、エネルギー源、各種イオン、緩衝液、ATP再生系、核酸分解酵素阻害剤、tRNA、還元剤、ポリエチレングリコール、3’,5’−cAMP、葉酸塩、抗菌剤等が挙げられる。また、それぞれ濃度は、ATPとしては100μM〜0.5mM、GTPは25μM〜1mM、20種類のアミノ酸としてはそれぞれ25μM〜5mM含まれるように添加することが好ましい。これらは、翻訳反応系に応じて適宜選択して組み合わせて用いることができる。具体的には、コムギ胚芽抽出物含有液としてコムギ胚芽抽出液を用いた場合には、20mMHEPES−KOH(pH7.6)、100mM酢酸カリウム、2.65mM酢酸マグネシウム、0.380mMスペルミジン(ナカライ・テスク社製)、各0.3mML型アミノ酸20種類、4mMジチオスレイトール、1.2mMATP(和光純薬社製)、0.25mMGTP(和光純薬社製)、16mMクレアチンリン酸(和光純薬社製)、1000U/mlRnase inhibiter(TAKARA社製)、400μg/mlクレアチンキナーゼ(Roche社製)を加え、十分溶解した後に、目的の生理活性タンパク質をコードするmRNAを担持する翻訳鋳型mRNAを入れたもの等が例示される。
【0034】
ここで、目的の生理活性タンパク質をコードするmRNAは、コムギ胚芽からなる無細胞タンパク質合成系において合成され得る生理活性タンパク質をコードするものが、適当なRNAポリメラーゼが認識する配列と、さらに翻訳を活性化する機能を有する配列の下流に連結された構造を有している。RNAポリメラーゼが認識する配列とは、T3またはT7RNAポリメラーゼプロモーター等が挙げられる。また、無細胞タンパク質合成系において、翻訳活性を高める配列としてΩ配列又はSp6等をコーディング配列の5’上流側に連結させた構造を有するものが好ましく用いられる。
【0035】
(7)生理活性タンパク質
本発明に係る生理活性タンパク質とは、生物の遺伝子の塩基配列をもとに、合成された生物由来の特有の機能を有するタンパク質のことを言う。また、生理活性タンパク質を構成する塩基配列は、必ずしも生物の塩基配列と同一である必要はなく、特有の機能を有するタンパク質であれば、塩基配列に、適宜、欠失、置換、付加、挿入などの変異を導入した塩基配列であってもよい。具体例としては、ウイルスを含む病原体の遺伝子の塩基配列をもとにして、合成させた該病原体由来の特有の機能を有するタンパク質である。ウイルスを含む病原体の種類としては、二本鎖DNAウイルス、1本鎖DNAウイルス、プラス鎖RNAウイルス、マイナス鎖RNAウイルス、二本鎖RNAウイルス、レトロウイルス、ヘパドナウイルス等が挙げられるが限定はされない。また、生理活性タンパク質の特有の機能としては、病原体の増殖に関与するタンパク質、詳しくはプロテアーゼ、ヘリガーゼ、RNAポリメラーゼ等並びにウイルスの構造形成に関与するコートタンパク質、キャプシドタンパク質が挙げられるが限定はされない。
【0036】
本発明にあっては、生理活性タンパク質をコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞合成系で転写/翻訳すれば、立体構造をネイテイブに近い状態でかつ活性を維持した生理活性タンパク質を容易に合成でき、さらに該合成系での反応と同時に候補薬剤を添加することによって、容易に自己消化、基質認識、翻訳又はフォールディング過程の反応をターゲットとした有用な候補薬剤をスクリーニング可能である。
実施例では、すでに公開されているSARS−CoVの主要タンパク質分解酵素であるSARS 3CLproのアミノ酸配列(GenBANKのアクセッションナンバーAY274119)をもとに合成した。すなわち、アミノ酸配列から各アミノ酸のコドンを検討し、プライマーのアニーリングサイトが短くなるように、GCリッチなコドンを選択してプライマーをデザインした。このプライマーを用いてInverse PCRにより全遺伝子を合成した。この遺伝子からmRNAを得て、該mRNAを鋳型として、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞合成で翻訳してSARS 3CLproを合成した。さらに、得られたSARS 3CLproがプロテアーゼ活性を維持していることを示したことによりSARS 3CLproを用いた薬剤スクリーニング系を構築した。しかし、これは好適な例として開示したにすぎず、決して限定されるものではない。実施例で示されたSARS 3CLproのアミノ酸配列は配列番号(32)に示されている。
【0037】
(8)無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を用いたタンパク質の合成方法
上記で調製された無細胞タンパク質合成用細胞抽出液であるコムギ胚芽抽出液は、前記で低減した潮解性物質及び水をタンパク質合成反応に適した濃度になるように添加した溶解液で溶解し、それぞれ選択されたそれ自体既知のシステム、または装置に投入してタンパク質合成を行うことができる。タンパク質合成のためのシステムまたは装置としては、バッチ法(Pratt,J.M.et al.,Transcription and Tranlation,Hames,179−209,B.D.&Higgins,S.J.,eds,IRL Press,Oxford(1984))のように、本発明の無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を溶解した翻訳反応溶液を適当な温度に保って行う方法や、無細胞タンパク質合成系に必要なアミノ酸、エネルギー源等を連続的に反応系に供給する連続式無細胞タンパク質合成システム(Spirin,A.S.et al.,Science,242,1162−1164(1988))、透析法(木川等、第21回日本分子生物学会、WID6)、あるいは無細胞タンパク質合成系に必要なアミノ酸、エネルギー源等を含む溶液を翻訳反応溶液上に重層する方法(重層法:Sawasaki,T.,et al.,514,102−105(2002))等が挙げられる。
【0038】
ここで、還元剤濃度を低減した無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を用いた場合には、無細胞タンパク質合成系に必要なアミノ酸、エネルギー源等を供給する溶液についても同様の還元剤の濃度に調製する。さらに、翻訳反応でジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素の存在下で行えば、分子内のジスルフィド結合が保持された生理活性タンパク質を高効率で合成することができる。ジスルフィド結合交換反応を触媒する酵素としては、例えばタンパク質ジスルフィドイソメラーゼ等が挙げられる。これらの酵素の上記無細胞翻訳系への添加量は、酵素の種類によって適宜選択することができる。具体的には、コムギ胚芽から抽出した無細胞タンパク質合成用コムギ胚芽抽出物含有液であって、還元剤としてDTTを20〜70、好ましくは30〜50μM含有する翻訳反応溶液にタンパク質ジスルフィドイソメラーゼを添加する場合、翻訳反応溶液としての最終濃度で0.01〜10μMの範囲、好ましくは0.5μMとなるように添加する。また、添加の時期はジスルフィド結合が形成される効率から翻訳反応開始前に添加しておくことが好ましい。
【0039】
(9)スクリーニング方法
本発明に係るコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞系でのスクリーニング方法は、従前にはない以下に示す1)〜5)の工程の少なくとも3)〜5)を含む候補薬剤のスクリーニング方法である。従前の候補薬剤のスクリーニング方法は、主に成熟したタンパク質の活性若しくは構造等を対象としたスクリーニング方法であった。本発明のコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系により下記記載<1>、<3>〜<5>のような状態の生理活性タンパク質に対する薬剤についてもスクリーニング対象とすることが可能となった。さらに、指標の対象を組み合わせることにより、薬理作用の機構が異なる薬剤や複合的な作用をもった薬剤をスクリーニングすることが可能となり、病原体に対してのカクテル療法に適した薬剤のスクリーニングも可能である。
【0040】
本発明に係るコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段を使用する生理活性タンパク質に対する薬剤探索方法は以下の工程1)〜5)である。
1)生理活性タンパク質の遺伝子の塩基配列情報をもとにして、該生理活性タンパク質をコードする遺伝子を含有する遺伝子を合成する工程
生理活性タンパク質の遺伝子に、GFP,GUS,GST等の標識塩基配列、さらに生理活性タンパク質の認識配列を加えた生理活性タンパク質遺伝子の塩基配列とすることもできる。
2)1)で合成した遺伝子からmRNAを合成する工程
転写過程は、従来既知の方法でも可能である。
3)2)で合成されたmRNAを翻訳鋳型として又1)で合成された遺伝子を転写鋳型として、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を用いて生理活性タンパク質を合成する工程
無細胞タンパク質合成用細胞抽出物含有液をピペットマン等及び/又は自動分注器のチャンネルピペッターにより複数の領域に区画された容器のそれぞれ異なるウェルに、該ウェルの容量に適した無細胞タンパク質合成用細胞抽出物含有液を添加する。続いて、タンパク質合成に必要な物質、翻訳鋳型若しくは転写鋳型及び安定化剤を含む溶液を各ウェルにピペットマン等及び/又は自動分注器のチャンネルピペッターにより必要量添加して、生理活性タンパク質を合成する。
4)候補薬剤を無細胞タンパク質合成系に添加し、生理活性タンパク質又は生理活性タンパク質mRNAに対する候補薬剤の反応性を確認する工程
候補薬剤の添加時期は、生理活性タンパク質合成系の転写工程、翻訳工程、自己消化過程、基質認識工程、フォールディング工程が起こるとされるいずれの時期でも良い。しかし、従来にはない新しい系でのスクリーニング手段として、翻訳工程と同時に添加することにより、生理活性タンパク質のフォールディング工程もしくはフォールディングの変化等をターゲットとしたスクリーニングも可能となる。
5)該反応性を指標として、当該生理活性タンパク質に対する薬剤をスクリーニングする工程
生理活性タンパク質に対する候補薬剤の反応性を質的又は量的に判定する方法としては、生理活性タンパク質についての反応性を検出できる方法であれば特に限定されない。具体的には、生理活性タンパク質の基質認識部位の標識化又は無細胞タンパク質合成系で合成される生理活性タンパク質に標識化を行い、該標識をマーカーにして、生理活性タンパク質に対する反応性を質的・量的に追跡してもよい。この場合の標識化手段としては、重水素、放射性同位元素、蛍光物質、色源体物質等一般的な手段が例示される。さらに、生理活性タンパク質の翻訳鋳型に対する反応性を指標とする候補薬剤については、無細胞タンパク質合成系で合成する生理活性タンパク質の発現量又は標識化した特定タンパク質の発現の有無から、生理活性タンパク質のmRNAに対する反応性についての質的・量的な判定もできる。
また、本発明に係るコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段は、生理活性を維持した状態で生理活性タンパク質を合成できる。よって、合成された生理活性タンパク質は、精製工程を得ることなく候補薬剤とのスクリーニングを可能としているので、上記3)〜5)又は2)〜5)の工程を一つの反応系で行うこともできる。
【0041】
以下に本発明での候補薬剤の生理活性タンパク質に対する反応性の指標の検出(判定)方法について説明するが、これらは代表的なものであって特には限定されない。
<1>生理活性タンパク質のmRNAの翻訳反応
生理活性タンパク質のmRNAの翻訳過程において、候補薬剤を添加することによって、合成された生理活性タンパク質の量によって検出する。
生理活性タンパク質の塩基配列にマーカー配列を組み込むことによって、該マーカーの検出量によって検出する。さらには、SDS−PAGEを利用し、候補薬剤の存在の有無による合成された生理活性タンパク質のバンドの有無又は位置の変化を検出する。
<2>成熟した生理活性タンパク質
プロテアーゼ:プロテアーゼの切断認識部位を含む標識化物質とプロテアーゼ及び候補薬剤を接触させ、標識化物質を検出する、またはSDS−PAGEし、プロテアーゼによって切断されたペプチドのバンドの有無及び位置を検出する。
RNAポリメラーゼ:DNAもしくはRNAを鋳型に、放射線もしくは蛍光ラベルされたリボヌクレオチド及び候補薬剤を反応させて新規RNAが合成されないことを、PAGEやキャピラリーで分離後、放射線ならオートラジオグラムで検出する、又は蛍光ならレーザーもしくは水銀ランプで励起し偏光フィルターで目的の波長を検出する。
DNAポリメラーゼ:DNAもしくはRNAを鋳型に、DNAもしくはRNAのプライマー、放射線もしくは蛍光ラベルされたデオキシリボヌクレオチド及び候補薬剤を反応させて新規DNAが合成されないことをPAGEやキャピラリーで分離後、放射線ならオートラジオグラムで検出する、又は蛍光ならレーザーもしくは水銀ランプで励起し偏光フィルターで目的の波長を検出する。
ヘリカーゼ:放射線もしくは蛍光ラベルされた2本鎖DNAもしくはRNAを鋳型に、一本鎖特異的核酸分解酵素及び候補薬剤を反応させて、鋳型が短くなったかどうかをPAGEやキャピラリーで分離後、放射線ならオートラジオグラムで検出する、又は蛍光ならレーザーもしくは水銀ランプで励起し偏光フィルターで目的の波長を検出する。
<3>生理活性タンパク質の自己消化反応
生理活性タンパク質の自己切断認識部位を含む標識化物質と生理活性タンパク質及び候補薬剤を接触させ、標識化物質を検出する、又はSDS−PAGEし,プロテアーゼによって切断されたペプチドのバンドの有無及び位置を検出する。また、標識化物質と生理活性タンパク質間のリンカーに自己切断認識部位配列を含んだタンパク質を合成し、標識化物質を検出する。
<4>生理活性タンパク質の基質認識反応
標識化物質を含む基質認識配列を含む物質、生理活性タンパク質、及び候補薬剤を接触させて蛍光強度の変化を検出する。またはSDS−PAGEし、基質認識した生理活性タンパク質のバンドの濃淡(バンドの有無も含む)及び位置を検出する。
<5>生理活性タンパク質のフォールディング反応
標識化した生理活性タンパク質が候補薬剤との反応により、フォールディングの停止又はミスフォールディングが誘発されたことを、NMRやCD等を使い、立体構造の変化を検出する。または、モノクローナル抗体や単鎖抗体との反応性でも確認することができる。
【0042】
SARSプロテアーゼ活性に対する阻害剤候補物質のスクリーニングを行う場合には、SARSプロテアーゼ(SA3CLpro)を本発明のコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段を使用してプロテアーゼ活性を維持した状態で合成する。そして、標識化物質GFPを含む切断部位配列RSを含む物質(GFP−RS−GUS)、SA3CLpro及び阻害剤候補物質を接触させてGFP蛍光強度の変化検出又はSDS−PAGEによる
GFP−RS−GU若しくはGFPバンドの有無及び位置を検出する。これにより、
GFP−RS−GUSのRS切断が阻害されることによるGFP蛍光強度の減少又は
GFP−RS−GU若しくはGFPバンドの濃淡の変化(バンドの有無も含む)若しくは位置変化を指標として阻害剤を検索できる。
【0043】
本発明に係る候補薬剤は、自体公知のさまざまな化合物ライブラリーを選択することができる。コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系では、大腸菌等を用いた生細胞系でのスクリーニング系ではないので、細胞の増殖に影響の与える候補薬剤や細胞に取り込まれにくい候補薬剤だけではなく、有機溶媒存在下でもタンパク質を合成できるため水に溶解しにくい候補薬剤も使用可能である。具体的には、市販の低分子化合物ライブリー等が挙げられる。
【0044】
また、本発明に係るコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段を使用する生理活性タンパク質に対する薬剤探索方法に使用される試薬キットは少なくとも無細胞タンパク質合成用細胞抽出液を含んで構成されている。また、該試薬を用いて、複数の領域に区画された容器で生理活性タンパク質を合成すれば、候補薬剤のハイスループットスクリーニングが可能である。
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0046】
SARS 3CL Proteaseの活性検出
(1)SARS 3CL Protease遺伝子DNAのクローニング
SARS 3CLプロテアーゼ遺伝子のアミノ酸配列情報からデザインした合成DNAをプライマーとし、pBSIIKS+を鋳型として、InversePCRを行い、SARS 3CLプロテアーゼ遺伝子を作製した。すなわち、pBSIIKS+のHindIIIサイトをまたいで、センスプライマーS1(配列番号6)、アンチセンスプライマーA1(配列番号14)を用いて、InversePCRを行った後、エクソヌクレアーゼI処理により未反応のプライマーを除去した。得られたPCR産物を鋳型として、S1プライマー、A1プライマーの末端とそれぞれ15mer重なるS2プライマー(配列番号7)、A2プライマー(配列番号15)を用いてInversePCRを行った。この得られたPCR産物を鋳型として、S2プライマー、A2プライマーとそれぞれ15mer重なるS3プライマー(配列番号8)、A3プライマー(配列番号16)を用いてInverse PCRによってDNAを増幅した。続いて同様に15mer重なるようにデザインされたS3、A3、S4(配列番号9)、A4(配列番号17)、S5(配列番号10)、A5(配列番号18)、S6(配列番号11)、A6(配列番号19)、S7(配列番号12)、A7(配列番号20)、S8(配列番号13)、A8(配列番号21)を用いてInverse PCRを繰り返すことによってDNAを増幅した。このプラスミドをフェノール/クロロホルム抽出し、制限酵素であるHindIII(NEB社製)によって切断し、GENE CLEAN II Kit(フナコシ社製)によって精製を行った。この精製された制限酵素断片をセルフライゲーションによって環状化した。この環状化したプラスミドをTransformationした後アンピシリン(100ppm)を含んだLB培地にプレーティングし、37℃で一晩培養した。PCR法により得られたコロニーから目的のDNA断片長をもつコロニーを選抜し、最終的に,シークエンスにより配列を確認した。目的のDNA断片をもつコロニーをSmall Scaleし、このプラスミドを大腸菌内で増幅した。この後プラスミドのみを得るためGenEluteTMPlasmid MiniprepKit(SIGMA社製)を用いて精製した。この得られたベクター(pBS−SA3CLpro)を制限酵素であるXho1、BamH1(NEB社製)で切断し、pEU−E01−MCSベクターを同様に、Xho1、BamH1で切断してGENE CLEAN II Kit(フナコシ社製)で精製した後、ライゲーションし同様にプラスミドを得た{pEU−E01−SA3CLpro(配列番号1)}。このプラスミドをSPuプライマー(配列番号22)、AODA2303プライマー(配列番号23)を用いてPCRを行い、転写・翻訳用の鋳型を得た。
また、SARS 3CLプロテアーゼ活性の中心と推定されている145番目のシステインをアラニンに変換した変異体pEU−E01−SA3CLpro(C145A)(配列番号3)も上記と同様な方法で構築した。
【0047】
(2)基質GFP−RS−GUS遺伝子DNAのクローニング
pEU−E01−GUSベクターをE01配列とXho1配列を含んだアンチセンスプライマー(配列番号24)とPst1配列とGUSの開始コドンを含んだセンスプライマー(配列番号25)を用いてInverse PCRを行ったものと,PEU3−GFPベクターをXho1配列とGFPの開始コドンを含んだセンスプライマー(配列番号26)とSA3CLproの切断部位の配列(RS)とGFPの一部の配列を含んだプライマー(配列番号27)を用いてPCRを行った。それぞれのPCR産物をフェノール/クロロホルム抽出し,Xho1,Pst1(NEB社製)を用いてDNAを切断した。この切断されたDNAをGENE CLEAN II Kit(フナコシ社製)によって精製し,ライゲーションによってプラスミドを環状化、Transformationし、(1)と同様に目的のコロニーを選抜後Small Scaleし、このプラスミド{pEU−GFP−RS−GUS(配列番号2)}を大腸菌内で増幅した。この後、プラスミドのみを得るためGenEluteTMPlasmid MiniprepKit(SIGMA社製)を用いて精製した。この得られたpEU−E01−GUSベクターをSPuプライマー,AODA2303プライマーを用いてPCRを行った。
【0048】
(3)GFP−RS−SA3CLproおよびGFP−RS−SA3CLpro(C145A)融合遺伝子のクローニング
pBS−SA3Lproプラスミドを鋳型にPst1サイト、RS配列の一部を含むセンスプライマーであるRS−SA3Lpro−S1(配列番号28)とM13プライマー(配列番号29)を用いてPCRを行った。このPCR産物をフェノール/クロロホルム抽出し、制限酵素であるPst1(NEB社製)、BamH1(NEB社製)によって切断した。また、GFP−RS−GUSプラスミドを同様にPst1(NEB社製)、BamH1(NEB社製)によって切断した。この2種の切断されたDNAをGENE CLEAN2Kit(フナコシ社製)によって精製し、ライゲーションによってプラスミドを環状化、Transformation、(1)と同様に目的のコロニーを選抜後、Small Scaleし、このプラスミドを大腸菌内で増幅した。この後、プラスミド{pEU−GFP−RS−SA3CLpro(配列番号5)}のみを得るためにGenEluteTMPlasmid MinipreKit(SIGMA社製)を用いて精製した。この得られたGFP−RS−SA3CLproベクターをSPuプライマー、AODA2303プライマーを用いてPCRを行った。
また、同様にSARS 3CLプロテアーゼ活性の中心と推定されている145番目のシステインをアラニンに変換した変異体SA3CLpro(C145A)を組み込んだ、GFP−RS−SA3CLpro(C145A)を構築した。
【0049】
(4)GST−RS−SA3CLpro融合遺伝子のクローニング
pEU−E01−GSTN2プラスミドを鋳型にXho1サイトとGSTの開始コドンを含んだセンスプライマーGST−RS−SA3Lprosen(配列番号30)とPst1サイトとGSTの配列の一部を含んだアンチセンスプライマーGST−RS−SA3Lproanti(配列番号31)を用いてPCRを行った。このPCR産物をフェノール/クロロホルム抽出し、制限酵素であるXho1(NEB社製)、Pst1(NEB社製)によって切断した。また、GFP−RS−GUSプラスミドを同様にPst1(NEB社製)、BamH1(NEB社製)によって切断した。この2種のDNAをGENE CLEAN2Kit(フナコシ社製)によって精製し、ライゲーションによってプラスミドを環状化、Transformationし、(1)と同様に目的のコロニーを選抜後、Small Scaleし、このプラスミド{pEU−GST−RS−SA3CLpro(配列番号4)}を大腸菌内で増幅した。この後、プラスミドのみを得るためにGenEluteTMPlasmid MinipreKit(SIGMA社製)を用いて精製した。この得られたGST−RS−SA3CLproベクターをSpuプライマー、AODA2303プライマーを用いてPCRを行った。
【0050】
(5)コムギ胚芽抽出液の調製
北海道産チホコムギ種子及び/又は愛媛県産チクゴイズミコムギ種子を1分間に100gの割合でミル(Fritsch社製:Rotor Speed Mill pulverisette14型)に添加し、回転数8,000rpmで種子を温和に粉砕した。篩いで発芽能を有する胚芽を含む画分(メッシュサイズ0.7〜1.00mm)を回収した後、四塩化炭素とシクロヘキサンの混合液(容量比=四塩化炭素:シクロヘキサン=2.4:1)を用いた浮選によって、発芽能を有する胚芽を含む浮上画分を回収し、室温乾燥によって有機溶媒を除去した後、室温送風によって混在する種皮等の不純物を除去して粗胚芽画分を得た。この粗胚芽画分から目視によってコムギ胚芽を判別し、タケ串を用いて選別した。
得られたコムギ胚芽画分を4℃の蒸留水に懸濁し、超音波洗浄機を用いて洗浄液が白濁しなくなるまで洗浄した。次いで、ノニデット(Nonidet:ナカライ・テクトニクス社製)P40の0.5容量%溶液に懸濁し、超音波洗浄機を用いて洗浄液が白濁しなくなるまで洗浄してコムギ胚芽を得た。
コムギ胚芽抽出物含有液の調製は常法(Erickson,A.H.et al.,(1996)Meth.In Enzymol.,96,38−50)に準じた。以下の操作は4℃で行った。まず液体窒素で凍結したコムギ胚芽を乳鉢中で微粉砕した。得られた粉体1g当たり1mlのPattersonらの方法を一部改変した抽出溶媒(それぞれ)最終濃度として、80mMHEPES−KOH(pH7.6)、200mM酢酸カリウム、2mM酢酸マグネシウム、4mM塩化カルシウム、各0.6mML型アミノ酸20種類、8mMスレイトール)を加えて、泡が発生しないように注意しながら攪拌した。30,000×g、15分間の遠心によって得られる上清を胚芽抽出液として回収し、予め溶液(それぞれ)最終濃度として40mMHEPES−KOH(p)7.6)、100mM酢酸カリウム、5mM酢酸マグネシウム、各0.3mMのL型アミノ酸20種類、4mMスレイトールで平衡化したセファデックスG−25カラム(Amerham Pharmacia Biotech社製)でゲル濾過を行った。このようにして得られたコムギ胚芽抽出物含有液の濃度は、260nmにおける光学密度(O.D.)(A260)が170−250(A260/A280=1.5)になるように調製した。
【0051】
(6)翻訳鋳型の作成
(1),(2),(3),(4)でクローニングしたPCR産物をそれぞれ転写鋳型とし,in vitro転写を行った。転写は、それぞれ最終濃度として80mMHepes−KOH,16mM酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン(ナカライ・テクトニクス社製),10mMDTT,3mMNTP(和光純薬社製),1U/μl SP6 RNA polymerase,1U/μl Rnase Inhibitor(TAKARA社製),10%PCR産物となるように反応系25μlを調製した。この反応液を37℃で3時間インキュベートし、エタノール沈殿によりmRNA{SA3CLpro,SA3CLpro(C145A),GFP−RS−GUS,GFP−RS−SA3CLpro,GST−RS−SA3CLpro}を精製した。
【0052】
(7)コムギ胚芽抽出液による無細胞タンパク質合成系(重層法)によるタンパク質合成
重層法を用いてタンパク質(GFP−RS−GUS,GFP−RS−SA3CLpro,GST−RS−SA3CLpro)の合成を行った。まず透析外液(それぞれ最終濃度で、30mMHEPES−KOH(pH7.8)、100mM酢酸カリウム、2.7mM酢酸マグネシウム、0.4mMスペルミジン(ナカライ・テクトニクス社製)、各0.25mML型アミノ酸20種類、2.5mMスレイトール、1.2mMATP、0.25mMGTP、16mMクレアチンリン酸(和光純薬社製))125μlをマイクロタイタープレートへ入れ、該溶液下に、上記(5)で調製されたコムギ胚芽抽出物含有液を最終的な光学密度(O.D.)(A260)が60になるように加えたタンパク質合成用反応液(それぞれ最終濃度で、30mMHEPES−KOH(pH7.8)、100mM酢酸カリウム、2.7mM酢酸マグネシウム、0.4mMスペルミジン(ナカライ・テクトニクス社製)、各0.25mML型アミノ酸20種類、2.5mMスレイトール、1.2mMATP、0.25mMGTP、16mMクレアチンリン酸(和光純薬社製)、400μg/mlクレアチンキナーゼ(Roche社製))25μlにて、上記(6)で調製したmRNA(GFP−RS−GUS,GFP−RS−SA3CLpro,GST−RS−SA3CLpro)を懸濁させ、タンパク質合成反応液の界面を乱さないように重層し、26℃で18時間インキュベートしタンパク質合成を行った。
【0053】
(8)コムギ胚芽抽出液による無細胞タンパク質合成系(透析法)によるタンパク質合成
透析法を用いてタンパク質{SA3CLpro,SA3CLpro(C145A)}の合成を行った。透析カップMWCO 12000(Bio Tech社製)に(5)で用いたコムギ胚芽抽出物含有液,50μl,マルエム容器に透析外液700μlを入れ(コムギ胚芽抽出物含有液、透析外液共に最終濃度は(7)と同等である)タンパク質の基質、エネルギー源となるアミノ酸、ATPなどを供給しながら26℃で1日インキュベートしタンパク質合成を行った。
【0054】
(9)SARS 3CL ProteaseによるRS配列の切断と活性検出
透析法(8)によって合成したSA3CLpro,SA3CLpro(C145A)、また、重層法(7)によって14C−LeuでラベルされたGFP−RS−GUS(14C−Leuの最終濃度は20μCi/μl)のタンパク質を等量混合し,37℃で2時間インキュベートした(図1A)。その後,この混合溶液にSample Buffer(それぞれ最終濃度で、50mMTris−HCl(pH6.8)、2%ドデシル硫酸ナトリウム、1%βメルカプトエタノール、10%グリセロール、0.2%BPB(ナカライ・テクトニクス社製))を加え、98℃で5分間熱した後、氷水により急冷した。このサンプルに12.5%SDSゲルを用いて25mAで80分間SDS−PAGEを行った。RI標識されたタンパク質はイメージングプレート及びBAS−2500(フジフィルム社製)により検出を行った(図1B)。
また、SA3CLpro,GFP−RS−GUSを透析法でタンパク質合成した後,等量ずつ混合しNative PAGEを行い,ダークリーダー(ビーエム機器株式会社製)で蛍光を検出した(図2)。
【0055】
図1Bより、SA3CLproは、GFPとGUS間のリンカーのcleavage site{RS(PPQTSITSAVLQ↓SGFRKMAFPSGKV)}内で切断したが、mutantであるSA3CLpro(C145A)は切断しなかった。また、蛍光物質であるGFPは切断されると蛍光強度が飛躍的に上昇するという性質があることがわかった。
図2より、SA3CLproの濃度を上昇させると、GFP−RS−GUSの切断された量を示すGFP蛍光強度が高まることを示した。
これは、SA3CLproの活性は、GFP蛍光強度に比例するので、生理活性タンパク質の活性を阻害する候補薬剤の阻害効果を蛍光強度で測定できることがわかった。
【0056】
(10)GST−RS−SA3CLpro,GFP−RS−SA3CLproのSA3CLproによるオートリシス活性検出重層法(7)によって14C−LeuでラベルされたGFP−RS−SA3CLpro,GST−RS−SA3CLpro14C−Leuの最終濃度は12μCi/μl)のこれらの合成液10μlに3xSample Bufferを5μl混合し(図3A,図4A)、(9)で記載したようにRIで標識されたタンパク質の検出(図3B,図4B)を行った。GST−RS−3CLproの検出方法として、GST−RS−3CLproは合成開始と共に、時間(分)ごとにサンプリングされ、SDS−PAGEで分離後、オートラジオグラフィーをした。また、GFP−RS−SA3CLproの検出方法として、20時間反応後サンプリングされ,SDS−PAGEで分離し,オートラジオグラフィーをした(図4B)。
重層法によりGFP−RS−SA3CLpro、およびGFP−RS−SA3CLpro(C145A)を合成し,Native PAGEを行い,ダークリーダー(ビーエム機器株式会社製)で蛍光を検出した(図5)。
【0057】
図3Bより、SA3CLproが自身のN末端に融合されたGSTとのリンカー部分にデザインされたcleavage site(RS)で自己切断がおこっていることがわかった。さらに、GST−RS−SA3CLproの合成開始から30分以内に、SA3CLproがGSTとの間にあるRSを切断していることがわかる。これは、SA3CLproが完全に成熟したタンパク質(foldingの終了)になる前の段階であるフォールディング過程においても、タンパク質の自己消化が起こっていることがわかる。
図4Bより、SA3CLproが自身のN末端に融合されたGFPとのリンカー部分デザインされたcleavage site(RS)で自己切断しているだけでなく、本来のcleavage site(RS)以外で切断された産物も検出されていることがわかった(図中の矢印)。
図5より、SA3CLproは、自身とGFP間のリンカーのcleavage site(RS)内で切断したが、mutantであるSA3CLpro(C145A)は切断しなかった。これは、図1Bの結果と併せて、本発明によるコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞系では、SA3CLproのような生理活性タンパク質をnativeかつ活性を維持したまま合成できるがわかった。また,図2と同様に切断されることによりGFP蛍光強度が高まるため、SA3CLproの活性は、GFP蛍光強度に比例するので、生理活性タンパク質の活性を阻害する候補薬剤の阻害効果を蛍光強度で測定できることがわかった。
【0058】
上記結果により、SA3CLproのプロテアーゼ活性のsensibilityがフォールディング過程とフォールディング終了後では異なることがわかった。すなわち、無細胞合成系でのタンパク質合成は、合成が開始されると、フォールディング途中のタンパク質も含まれており、フォールディングが不完全でもプロテアーゼとしての活性を持つが、本来のcleavage site以外の位置を切断していると考えられる。
すなわち、実際の細胞内(in vivo)では、不完全なフォールディング状態でも正常な切断部位と異なるプロテアーゼ活性を持つ生理活性タンパク質が存在していると考えられている。
【実施例2】
【0059】
SARSプロテアーゼ阻害剤候補物質のスクリーニング
(1)SARSプロテアーゼ及び基質タンパク質の重層法による合成
実施例1(6)に記載したSARSプロテアーゼ(SA3CLpro)及びその変異体(SA3CLpro(C145A))、基質GFP−RS−GUSの翻訳鋳型を用いて、実施例1(7)に記載した方法に従い、タンパク質合成を行った。ここではコムギ胚芽抽出物含有液の最終的な光学密度(OD260)を120、クレアチンキナーゼの終濃度を40ng/μlとした。また、反応液量を上層206μl、下層20μlとし、26℃で20時間、合成反応を行なった。
【0060】
(2)阻害剤候補物質のアッセイ
各阻害剤候補物質A、Bは10%DMSOに溶解した。ここで、阻害剤候補物質Aは、Asinex社市販の化合物ライブラリーのアクセッションNo.AST6748415である。阻害剤候補物質Bは、低分子化合物である。前項(1)に記載したSA3CLpro合成反応液1μl、翻訳バッファー(実施例1参照)3μl、各候補物質A、Bの10%DMSO溶液(レーン3、レーン4)(コントロールとして10%DMSO溶液のみ:レーン2)1μlを混合した。またネガティブコントロールとして、SA3CLproの替わりにSA3CLpro(C145A)合成反応液1μlに翻訳反応液3μl、10%DMSO溶液1μlを混合したもの(レーン5)を用いた。これらを37℃、10分間プレインキュベートした後、前項(1)に記載したGFP−RS−GUS合成反応液5μlを添加し、37℃、1時間反応させた。各反応液を12.5%NativePAGEで解析し、モレキュラーイメージャーFXPro(BIO−RAD社)を用いてGFPの蛍光強度を検出した。
【0061】
阻害剤候補物質のアッセイ結果を図6に示した。コントロール(レーン2)では、GFP−RS−GUSのバンドと共に、SA3CLproのプロテアーゼ活性により生じたGFPのバンドが検出された。ネガティブコントロール(レーン5)で用いたプロテアーゼ活性中心部の変異体SA3CLpro(C145A)は、プロテアーゼ活性が低下しているためGFPの生成が著しく低減した。阻害剤候補物質Aを添加した場合(レーン3)は、ポジティブコントロール(レーン2)と同程度のGUS、GFPの生成が認められたことから、この化合物にはSA3CLproのプロテアーゼ活性に対する阻害活性がないものと考えられる。阻害剤候補物質Bを添加した場合(レーン4)は、GFPのバンドがポジティブコントロール(レーン2)に比べて薄くなったことから、この化合物がSA3CLproのプロテアーゼ活性に対する阻害活性を有することが示された。なお、レーン1は、GFP−RS−GUSのみの画分である。
【0062】
上記結果により、本発明のコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段を使用する生理活性タンパク質に対する薬剤探索方法によれば、SARSプロテアーゼ活性に対する阻害剤候補物質のスクリーニングを行うことができた。
【0063】
従来のスクリーニング系では、主にフォールディング終了後の成熟タンパク質を対象としていた系であった。しかし、本発明に係るフォールディング過程のプロテアーゼに対する候補薬剤のスクリーニング系は、従来のスクリーニングでは対象としていなかった系であるので新規かつ有用と考えられる。
さらに、本発明に係るスクリーニング系では、従来の成熟したタンパク質だけでなく、翻訳過程のタンパク質、自己消化反応過程のタンパク質、基質認識反応過程のタンパク質、フォールディング反応過程のタンパク質の構造若しくは機能等についての反応性を候補薬剤としたスクリーニング手段も可能である。
【0064】
本出願は、参照によりここに援用されるところの、日本特許出願番号2003−316081からの優先権を請求する。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】A:SARSプロテアーゼ(3CLpro)がGFP−RS−GUS(基質)を切断する模式図 B:SA3CLproの活性を示すSDS−PAGEの図
【図2】GFP−GUSの切断前後の蛍光強度の違いを示すNative PAGEの図
【図3】A:SARSプロテアーゼ(3CLpro)が自身のN末端に融合されたGSTとのつなぎ目にデザインされた切断サイトを自己切断する模式図 B:GST−3CLproの合成と共に切断される断片を示すオートラジオグラムの図
【図4】A:SARSプロテアーゼ(3CLpro)が自身のN末端に融合されたGFPを切断する模式図 B:GFP−3CLproの合成と共に切断される断片を示すオートラジオグラムの図
【図5】自己分解活性阻害による蛍光強度の変化を示す図
【図6】阻害剤候補物質による蛍光強度の変化を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程の少なくとも3)〜5)を含むコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成手段を使用する生理活性タンパク質に対する薬剤探索方法。
1)生理活性タンパク質の遺伝子の塩基配列情報をもとにして、該生理活性タンパク質をコードする遺伝子を含有する遺伝子を合成する工程
2)1)で合成した遺伝子からmRNAを合成する工程
3)2)で合成されたmRNAを翻訳鋳型として又は1)で合成された遺伝子を転写鋳型として、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系を用いて生理活性タンパク質を合成する工程
4)候補薬剤をコムギ胚芽抽出液を用いた無細胞タンパク質合成系に添加し、生理活性タンパク質に対する候補薬剤の反応性を確認する工程
5)該反応性を指標として、当該生理活性タンパク質に対する薬剤をスクリーニングする工程
【請求項2】
生理活性タンパク質に対する反応性の指標が、生理活性タンパク質の自己消化反応性を指標とすることを特徴とする請求項1の薬剤探索方法。
【請求項3】
生理活性タンパク質に対する反応性の指標が、生理活性タンパク質の基質認識反応性を指標とすることを特徴とする請求項1の薬剤探索方法。
【請求項4】
生理活性タンパク質に対する反応性の指標が、生理活性タンパク質のフォールディング過程での自己消化又はフォールディングの阻害若しくは停止又はミスフォールディングの誘発を指標とすることを特徴とする請求項1の薬剤探索方法。
【請求項5】
生理活性タンパク質に対する候補薬剤の反応性が以下のいずれか1又は2以上から選ばれる請求項1の薬剤探索方法。
1)転写過程の生理活性タンパク質mRNAの合成を阻害又は停止する反応
2)生理活性タンパク質の1若しくは2以上の自己消化部位での自己消化を阻害及び/又は拮抗する反応
3)生理活性タンパク質の1若しくは2以上の基質認識部位での基質認識を阻害及び/又は拮抗する反応
4)翻訳過程の生理活性タンパク質の合成を阻害又は停止する反応
5)フォールディング過程の生理活性タンパク質の自己消化又はフォールディングを阻害若しくは停止する反応又はミスフォールディングを誘発する反応
【請求項6】
請求項1の3)〜5)又は2)〜5)の工程を、一つの反応系で行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
【請求項7】
コムギ胚芽抽出液が、胚乳及び低分子合成阻害物質が実質的に除去されたコムギ胚芽抽出物による無細胞タンパク質合成手段である請求項1〜6のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
【請求項8】
生理活性タンパク質が、病原体の増殖に関与するタンパク質であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
【請求項9】
生理活性タンパク質が、プロテアーゼであることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
【請求項10】
生理活性タンパク質の遺伝子が以下のいずれか1から由来する遺伝子である請求項1〜9のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
1)二本鎖DNAウイルス、2)1本鎖DNAウイルス、3)プラス鎖RNAウイルス、4)マイナス鎖RNAウイルス、5)二本鎖RNAウイルス、6)レトロウイルス、7)ヘパドナウイルス
【請求項11】
生理活性タンパク質が以下のいずれか1である請求項1〜10のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
1)RNA polymerase、2)DNA polymerase、3)helicase、4)コートタンパク質、5)キャプシドタンパク質
【請求項12】
生理活性タンパク質の遺伝子がSARSに由来する請求項1〜11のいずれか1に記載の薬剤探索方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1に記載の薬剤探索方法で得られる薬剤。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれか1に記載の薬剤探索方法に使用される試薬キット。
【請求項15】
SARS 3CLproタンパク質をコードするDNAを増幅するためのオリゴヌクレオチドプライマー。
【請求項16】
配列番号6〜21に記載のいずれか1のヌクレオチドを含む請求項15に記載のオリゴヌクレオチドプライマー。
【請求項17】
請求項15又は16に記載のオリゴヌクレオチドプライマーを用いて合成される、SARS 3CLproタンパク質をコードするDNA。
【請求項18】
請求項17に記載のSARS 3CLproタンパク質をコードする配列番号1に記載のDNA。
【請求項19】
請求項17又は18に記載のDNAを用いて、コムギ胚芽抽出液を用いた無細胞系で合成されたSARS 3CLproタンパク質。
【請求項20】
請求項19に記載のプロテアーゼ活性を維持したSARS 3CLproタンパク質。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【国際公開番号】WO2005/024428
【国際公開日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【発行日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513713(P2005−513713)
【国際出願番号】PCT/JP2004/013071
【国際出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(503094117)株式会社セルフリーサイエンス (19)
【Fターム(参考)】