説明

界面活性剤の除去方法

【課題】界面活性剤を含む水又は試料から界面活性剤を効率良く除去することができ、なお且つ簡便な界面活性剤の除去方法を提供する。
【解決手段】水又は試料中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて水又は試料中から除去する。特に、界面活性剤とその他の有機物質を含む被処理水から、γ−Alを用いて界面活性剤を選択的に吸着して除去し、共存する有機物質によるγ−Alへの負荷を低減し、γ−Alの使用量を削減し、γ−Alの交換頻度を減少させることが可能である。また、膜タンパク質の可溶化、精製、再構成する過程において、生体試料などに添加した界面活性剤を測定系に影響がないレベルにまで実質的に除去することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ−Al(γ−酸化アルミニウム、γ−アルミナ)を用いた界面活性剤の除去方法及び除去用剤、目的物質の抽出方法及び抽出用具、並びにタンパク質の抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
界面活性剤は、洗浄剤や、分散剤、乳化剤などの用途を問わず、産業用から家庭用に至るまで幅広く使用されている。このため、下水二次処理水や、工場排水、河川水、湖沼水、ゴミ埋め立て浸出水、下水処理場放流水、底質などからは、各種の界面活性剤やその分解生成物が多く検出されている。しかしながら、このような界面活性剤やその分解生成物の中には、水生生物に対する毒性や環境ホルモン作用を有するものがあることが明らかとなってきており、そのような界面活性剤を自然環境に排出しないための対策が望まれている。
【0003】
現在、家庭廃水などに含まれる界面活性剤の処理において一般的に行われている方法は、活性汚泥による微生物処理であるが、大規模な施設が必要であり、処理時間も長くなるといった問題がある。このため、大量の水から低濃度の界面活性剤を効率良く除去できる界面活性剤の除去方法が求められている。従来、水中に含まれる界面活性剤を除去する方法としては、凝集処理や、生物処理、吸着処理、オゾン分解、曝気処理、透析などが採用されている。その中でも、吸着処理は、界面活性剤の濃度が低い場合であっても、活性炭などを用いて高除去率が得られるので、さまざまな検討がなされている(例えば、特許文献1,2を参照)。
【0004】
具体的に、特許文献1では、非イオン界面活性剤含有廃液に水可溶性無機塩を添加して、非イオン界面活性剤を不溶化して粗取りした後、活性炭で吸着処理する方法が提案されている。しかしながら、活性炭には、界面活性剤に対する吸着選択性はなく、水に溶解している界面活性剤以外の有機物質も吸着され、また吸着能が低下した活性炭の再生使用は、通常は容易ではない。
【0005】
特許文献2では、吸着能力が低下した活性炭を容易に再生して再利用することができる界面活性剤除去装置として、粉末活性炭に吸着された界面活性剤をオゾンにより酸化分解して活性炭から離脱させ、活性炭を再生する装置が提案されている。しかしながら、この装置は機構が複雑であるのみならず、活性炭は比表面積が大きい物質なので、活性炭の酸化劣化も避けられない。
【0006】
また、界面活性剤と他の有機物質が共存する系から、界面活性剤のみを選択的に除去する試みもなされている(例えば、特許文献3,4を参照)。具体的に、特許文献3では、排水中のアニオン界面活性剤を小規模な装置で除去し得る方法として、メチルバイオレットなどのカチオン性色素とアニオン界面活性剤を結合させた後、シリカゲルなどにより吸着除去する方法が提案されている。しかしながら、この方法の場合、アニオン界面活性剤と等モルのカチオン性色素が消費されるので、大量の排水処理には適用し難い。
【0007】
特許文献4では、界面活性剤と他の有機性物質を含む水から、ゼオライトを用いて、界面活性剤を選択的に吸着して除去する方法が提案されている。しかしながら、この方法の場合、界面活性剤に対する吸着選択性はなく、吸着能力も高いものではない。
【0008】
一方、バイオ関係においても、低濃度の界面活性剤を効率良く除去できる界面活性剤の除去方法が求められている(例えば、特許文献5を参照)。具体的に、近年、細胞や細胞小器官などの生体膜に存在する膜タンパク質の構造や機能を解析する研究が盛んに行われている。界面活性剤は、この膜タンパク質を溶解し、分離するのに用いられている。
【0009】
しかしながら、界面活性剤は、タンパク質の測定に影響するため、処理後の試料から除去する必要があるが、生体試料から界面活性剤を除去する有効な手段がないため、従来は生体試料自体の希釈操作等によりその中に含まれている界面活性剤の濃度を実質的に下げて測定を行っている。このため、タンパク質を測定する際の感度が低くなるという問題があった。
【0010】
そこで、特許文献5では、ヒト又は動物由来の生体試料に添加した界面活性剤を、検査測定系に影響がないレベルまで除去するための効率的な手段として、界面活性剤を非極性ハイポーラス樹脂などの合成吸着剤により吸着除去する方法が提案されている。しかしながら、この方法の場合、血漿、血清、細胞培養液などから調製された臨床検査薬などには適用し得るが、処理コストが高いといった問題がある。さらに、上述した排水処理などに適用することが困難である。
【0011】
一方、ドデシルスルフォン酸ナトリウム(SDS)などのイオン性界面活性剤は、膜タンパク質の可溶化に対して非常に高い性能を有する一方、試料中からの除去が非常に困難である。このため、現在は、SDSよりも除去し易い非イオン性界面活性剤として、オクチルグルコシドやオクチルチオグルコシド等が使用されているものの、上述した膜タンパク質の可溶化に問題がある。このように、膜タンパク質の可溶化、精製、再構成する過程での成否を左右するのは界面活性剤にあると言われている。
【特許文献1】特開昭49−66568号公報
【特許文献2】特開平5−212374号公報
【特許文献3】特開平11−128948号公報
【特許文献4】特開2004−73931号公報
【特許文献5】特開2001−99835号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、かかる状況に鑑みてなされたものであり、界面活性剤を含む水又は試料から界面活性剤を効率良く除去することができ、なお且つ簡便な界面活性剤の除去方法及び除去用剤を提供することを目的とする。
また、本発明は、生体試料などに添加した界面活性剤を測定系に影響がないレベルにまで実質的に除去することができる簡便且つ効率的な界面活性剤の除去方法及び除去用剤を提供することを目的とする。
また、本発明は、そのような界面活性剤の除去方法及び除去用剤を用いることによって、試料中に含まれる界面活性剤を除去し、目的物質を効率良く抽出することができる目的物質の抽出方法及び抽出用具を提供することを目的とする。
また、本発明は、そのような界面活性剤の除去方法及び除去用剤を用いることによって、試料中に含まれる界面活性剤を除去し、タンパク質を効率良く抽出することができるタンパク質の抽出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、界面活性剤をγ−Alに吸着させることによって効率良く除去することができること、特に、膜タンパク質の可溶化、精製、再構成する過程で界面活性剤の除去にγ−Alが非常に有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の手段を提供する。
(1) 水中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて水中から除去することを特徴とする界面活性剤の除去方法。
(2) 前記水が、産業排水、家庭排水、下水の何れかであることを特徴とする前項(1)に記載の界面活性剤の除去方法。
(3) 界面活性剤により処理された試料中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて試料中から除去することを特徴とする界面活性剤の除去方法。
(4) 前記試料が生体試料であることを特徴とする前項(3)に記載の界面活性剤の除去方法。
(5) 前記生体試料がタンパク質を界面活性剤により可溶化したものであることを特徴とする前項(4)に記載の界面活性剤の除去方法。
(6) 前記界面活性剤がアニオン性界面活性剤であることを特徴とする前項(1)〜(5)の何れか一項に記載の界面活性剤の除去方法。
(7) 前記γ−Alに吸着した界面活性剤を強酸により脱離させることを特徴とする前項(1)〜(6)の何れか一項に記載の界面活性剤の除去方法。
(8) 前項(1)〜(7)の何れか一項に記載の方法に用いられる界面活性剤の除去用剤であって、γ−Alの表面がAlとは等電点の異なる物質により修飾されてなることを特徴とする界面活性剤の除去用剤。
(9) 少なくとも目的物質及び界面活性剤を含む試料を、少なくともγ−Alを含む充填剤が充填された抽出用具に流通させることによって、前記界面活性剤を前記充填剤に吸着させると共に、前記目的物質を前記分取用具から流出させることを特徴とする目的物質の抽出方法。
(10) 前項(9)に記載の方法に用いられる目的物質の抽出用具であって、カラム、カートリッジ、ディスク、フィルター、プレート又はキャピラリーの何れかの形態を有することを特徴とする目的物質の抽出用具。
(11) タンパク質を含む試料を界面活性剤で処理し、前記タンパク質を可溶化した後に、前記試料中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて試料中から除去し、前記タンパク質を抽出することを特徴とするタンパク質の抽出方法。
【発明の効果】
【0015】
以上のように、本発明では、界面活性剤をγ−Alに吸着させることによって、界面活性剤を効率良くなお且つ簡便な方法で除去することが可能である。特に、γ−Alを界面活性剤の除去用剤として用いることによって、界面活性剤とその他の有機物質を含む被処理水から、界面活性剤を選択的に吸着して除去し、共存する有機物質による除去用剤への負荷を低減し、γ−Alの使用量を削減し、除去用剤の交換頻度を減少させることが可能である。また、膜タンパク質の可溶化、精製、再構成する過程において、生体試料などに添加した界面活性剤を測定系に影響がないレベルにまで実質的に除去することが可能である。
また、本発明では、そのような界面活性剤の除去方法及び除去用剤を用いることによって、試料中に含まれる界面活性剤を除去し、目的物質を効率良く抽出することができる目的物質の抽出方法及び抽出用具を提供することが可能である。
また、本発明では、そのような界面活性剤の除去方法及び除去用剤を用いることによって、試料中に含まれる界面活性剤を除去し、タンパク質を効率良く抽出することができるタンパク質の抽出方法を提供することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
(界面活性剤の除去方法及び除去用剤)
本発明を適用した界面活性剤の除去方法は、界面活性剤を含む水又は試料をγ−Alに接触させることにより、界面活性剤をγ−Alに吸着させて水又は試料中から除去することを特徴としている。
なお、ここで言う界面活性剤を含む試料とは、界面活性剤を含む試料自体が液体である場合や、界面活性剤と目的物質とを含む溶液(溶媒として水や有機溶媒などを含む。)である場合などを含む。
一方、γ−Alに吸着した界面活性剤は、硫酸などの強酸により脱離させることができる。
【0017】
この界面活性剤の除去方法では、疎水性が高く、比表面積の大きい多孔質なγ−Alを好適に用いている。Alには、α−、δ−、γ−等の結晶系が存在する。このうち、γ−Alは、低温アルミナとも言われ、正方晶系をなしており、例えばAl(OH)(水酸化アルミニウム)を比較的低温度(例えば500℃)で焼成することによって得ることができる。
【0018】
本発明を適用した界面活性剤の除去方法は、例えば界面活性剤とその他の有機物質を含む被処理水に好適に用いることができる。
被処理水としては、例えば、産業排水、家庭排水、下水、下水二次処理水などの有機性排水、或いは、タンパク質などの不活化又はタンパク質放出のために少なくとも界面活性剤を添加した生体由来の試料であり、全血、血漿、血清、尿、髄液、精液、唾液、母乳、粘液等の体液や、糞便、病変部組織抽出液、膿、腹水、喀痰、培養細胞液、ウイルス培養系試料などを挙げることができる。
【0019】
本発明を適用した界面活性剤の除去方法によれば、ノニオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤の何れも除去することができる。
このうち、ノニオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンステアリルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテルなどのポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテルなどのポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールなどのエーテル系ノニオン界面活性剤、ソルビタン脂肪酸エステル、ペンタエリスリトール脂肪酸部分エステル、プロピレングリコールモノ脂肪酸エステル、グリセリンモノ脂肪酸エステルなどのエステル系ノニオン界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸部分エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸部分エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステルなどのエーテル・エステル系ノニオン界面活性剤などを挙げることができる。
【0020】
アニオン性界面活性剤としては、例えば、アルキル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸エステル塩などの硫酸エステル塩系アニオン界面活性剤、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルカンスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩、α−スルホ脂肪族エステル塩、N−メチル−N−アルキルタウリン塩などのスルホン酸塩系アニオン界面活性剤、N−アシルアミノ酢酸塩、長鎖脂肪酸塩などのカルボン酸塩系アニオン界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸エステル塩などのリン酸エステル塩系アニオン界面活性剤などを挙げることができる。
【0021】
両性界面活性剤としては、例えば、N,N−ジメチル−N−アルキル−N−カルボキシアンモニウムベタインなどのカルボキシベタイン系両性界面活性剤、N,N−ジアルキルアミノアルキレンカルボン酸塩などのアミノカルボン酸系両性界面活性剤、2−アルキル−1−ヒドロキシエチル−1−カルボキシメチルイミダゾリニウム塩などのイミダゾリン系両性界面活性剤などを挙げることができる。
【0022】
特に、アニオン性界面活性剤又は両性界面活性剤を含む水又は試料をγ−Alと接触させると、当該界面活性剤がγ−Alとアドミセルを形成し、γ−Alに非常によく吸着することから、γ−Alを用いてこのような界面活性剤を速やかに除去することができる。
【0023】
また、上述した被処理水のように、界面活性剤以外に有機物質が含まれる場合であっても、界面活性剤がγ−Alに選択的に吸着されてほぼ完全に除去される一方、界面活性剤以外の有機物質の吸着量は少ない。したがって、このγ−Alが有する吸着能を界面活性剤の除去に有効に利用し、界面活性剤の除去する際のコストを低減することが可能である。
【0024】
被処理水中の界面活性剤が他の有機物質に優先してγ−Alに選択的に吸着される機構は明らかではないが、概略次のような機構であると推定される。すなわち、γ−Alのように細孔径が小さい吸着剤には、分子量数千以上の高分子成分は吸着されにくく、分子量数千未満の低分子成分が吸着され易い。界面活性剤の分子量は、通常は数千未満であり、一方、産業排水などに含まれる界面活性剤以外の有機物質には、高分子量の物質が多い。また、被処理水中の界面活性剤は、数十mg/L以下の低濃度である場合が多い。このために、細孔径の小さいγ−Alが有効に作用して、界面活性剤を選択的に吸着除去すると考えられる。さらに、アニオン性界面活性剤に対しては、界面活性剤とγ−Alの間にミセルを形成し、イオン的な相互作用が吸着を助長すると考えられる。したがって、本発明を適用した界面活性剤の除去方法では、界面活性剤の含有量が50mg/L以下の被処理水にも適用することができる。
【0025】
γ−Alは、除去すべき界面活性剤の種類により適宜選択して使用することができるが、その表面のpHを3〜12に調節したものが有効である。具体的に、本発明を適用した界面活性剤の除去用剤は、γ−Alの表面がAlとは等電点の異なる物質により修飾されてなることを特徴としている。すなわち、本発明では、γ−Alの表面にAlとは等電点の異なる物質、例えば、Mg、Ti、Si、Niなどの金属や、MgO、TiO、SiO、Ni(OH)など金属酸化物や金属水酸化物を担持させることで、このγ−Alの表面におけるpHを調節することができる。
【0026】
これにより、γ−Alの表面の電荷とは異符号の電荷を有する界面活性物質を吸着させることができ、吸着におけるpHの範囲を広げることによって、ノニオン性界面活性剤や、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤などのイオン性界面活性剤を吸着させることができる。また、γ−Alの細孔径から、非イオン性界面活性剤を吸着し易くすることもできる。
なお、陽イオン性界面活性剤を除去する際には陽イオン交換樹脂を、非イオン界面活性剤のみを除去する際には合成吸着剤を併用することができ、これらを適宜組み合わせて使用してもよい。
【0027】
本発明では、界面活性剤を含有する被処理水をγ−Alと接触させる方法について特に制限はなく、例えば、粒状又は球状のγ−Alを充填したカラムに被処理水を流通させることにより、接触させることができる。また、被処理水に粉末のγ−Alを混合撹拌して接触させた後に、このγ−Alを濾別することもできる。
【0028】
また、本発明を適用した界面活性剤の除去方法は、ヒト又は動物由来の生体試料に含まれる界面活性剤の除去にも好適に用いることができる。すなわち、本発明では、生体試料に添加した界面活性剤を、検査測定系に影響がないレベルまで除去するための効率的な手段として、γ−Alを用いている。
【0029】
ここで、生体試料からの界面活性剤の除去とは、生体試料中のマーカー物質の測定において界面活性剤が実質的に該測定に影響を及ぼさない程度まで除去されていることであり、該測定時における界面活性剤の濃度は、0.5質量%以下が好ましく、より好ましくは、0.005質量%以下である。また、界面活性剤除去により該マーカー物質の測定において、感度上昇が得られればよく、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上である。
【0030】
また、界面活性剤を除去する手段を導入する対象となる生体試料は、ウイルスなどの不活化、あるいはタンパク質放出のために少なくとも界面活性剤を添加された生体由来の試料であり、全血、血漿、血清、尿、髄液、精液、唾液、母乳、粘液等の体液や、糞便、病変部組織抽出液、膿、腹水、喀痰、培養細胞液およびウイルス培養系試料等を挙げることができる。
【0031】
精度管理用物質若しくは標準物質中に包含されるべき微生物のマーカー物質は、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBs抗原)、B型肝炎ウイルスコア抗体(HBc抗体)、C型肝炎ウイルス抗体(HCV抗体)、トレポネーマパリダム抗体(TP抗体)、ヒト免疫不全ウイルス抗体(HIV抗体)、成人T細胞性白血病ウイルス抗体(ATL抗体)、サイトメガロウイルス抗体(CMV抗体)およびパルボB19ウイルス抗体(PB19抗体)等の微生物由来のタンパク質や微生物に対する抗体等であり、精度管理物質の目的に応じて適宜選択して混合される。
【0032】
そして、これらの精度管理用物質若しくは標準物質は、上記微生物のマーカー物質を含む生体試料に少なくとも界面活性剤による処理を施すことによって、ウイルスを不活化し、該ウイルスが不活化された界面活性剤を含む生体試料から、界面活性剤を除去する手段としてγ−Alを用い、該界面活性剤を除去することによって得ることが可能である。
【0033】
例えば、精度管理用物質若しくは標準物質を調製するため、HBs抗原;力価1:32と抗HCV抗体;力価1:4を有するヒト血清に界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(トゥイーン80)を1V/V%となるように添加し30℃で6時間放置後、その溶液にγ−Alを200〜500ml/Lとなるように添加して室温で1時間攪拌し、濾過によりγ−Alを取り除き血清を回収する。該回収した血清中のHBs抗原力価及びHCV抗体力価の変動を調べたところ、トゥイーン80を添加し、γ−Al添加前の試料では、界面活性剤の測定系への影響のため血清原液をそのまま測定することは不可能であり、測定するには血清を希釈する必要があった。一方、γ−Alによる処理後に回収した血清のHBs抗原力価及びHCV抗体力価は、血清原液で測定可能であり、その力価はトゥイーン80の添加前と変わらなかった。したがって、γ−Alは、HBs抗原力価に影響を及ぼさずにしかも、効果的に界面活性剤を血清中より除去できる。また、γ−Alの処理の有無の効果をHBs抗原の測定値より比較したが、γ−Alによる処理を行わなかった場合、RFI(相対蛍光強度)は73であったのに対し、γ−Alによる処理を行った場合、RFIは130であった。このように、界面活性剤をγ−Alにより除去することで、感度のよい測定が可能となる。
【0034】
以上のようにして得られたウイルスを不活化した微生物のマーカー物質を含む血清は、血清中に含まれる微生物のマーカー物質の力価を市販の力価測定用キットで測定し、所望により,各血清の混合比率を求め、混合し最終の精度管理用物質若しくは標準物質を調製する。
【0035】
また、ヘルペスウイルス(HSV、CMV、ZVZ、EBV、HHV6など)、インフルエンザウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ヒト成人T細胞白血病ウイルス(HT( 5 ) 特開2001-0998357LV)、肝炎ウイルス(HBV、HCV、HDV、HGV)、その他かぜ症候群、消化器系疾患、中枢神経系疾患、呼吸器系疾患、出血熱等の様々の疾患の病因ウイルスを含む生体由来の試料に、少なくとも界面活性剤を用いる処理を施すことにより、ウイルスのコアタンパク質を放出させ、該処理を施した検体から、界面活性剤を除去する手段としてγ−Alを用い、該界面活性剤を除去する。
【0036】
例えば、HCVウィルスを含む血清にトゥイーン80を添加してHCVウイルスコアタンパク質を放出させ、該血清に含まれるHCVのコア抗原濃度を特開平8−29427に記載の方法に従って測定したところ、原液では測定不可能であり、10倍希釈して測定する必要があった。一方、γ−Alによる処理後に回収した血清は、原液で測定可能であった。すなわち、ウイルスコアタンパク質測定を感度よく行うことができた。したがって、ウイルスコア抗原測定を目的とし、該コアタンパク質放出のために界面活性剤を検体に添加し、該添加した界面活性剤をγ−Alにより除去して検体を調製することは、ウイルスコアタンパク質を感度良く測定するために有用な手段である。
【0037】
なお、γ−Alの使用量は、除去効果と経済性とを考慮して、所望の濃度を選択することができる。一般的には、20〜50V/V%が好ましい。また、γ−Alによる処理時間は、除去効果と経済性とを考慮して、所望の時間を選択することができる。また、その処理時間は、処理温度及びγ−Alの使用量との関係においても、その除去効果を考慮して変更可能である。一般的には、室温で、30分から数時間、好ましくは1時間前後の処理が推奨される。
【0038】
γ−Alによる界面活性剤の除去は、吸着によって行われる。吸着処理後には、例えばカラム法や、遠心分離法、濾過法などの公知の分離手段を利用して、界面活性剤をγ−Alと共に目的物質から分離除去することができる。
【0039】
(目的物質の抽出方法及び抽出用具)
本発明を適用した目的物質の抽出方法は、目的物質及び界面活性剤が含有された試料を、少なくともγ−Alを含む充填剤が充填された抽出用具に流通させることによって、目的物質の抽出を阻害する界面活性剤をγ−Alに吸着させて除去し、目的物質を抽出することを特徴とする。また、このような方法を用いることによって、目的物質の精製・濃縮・分離・分取・分析・定量・測定など行うことができる。
【0040】
ここで、目的物質とは、このような精製・濃縮・分離・分取・分析・定量・測定などを対象となる物質のことを言い、このような目的物質として、例えば、環境水、底質又は大気中に存在するダイオキシン類や、環境ホルモン、生物毒素、農薬など、動植物の体液又は組織中に存在する化合物である医薬や、農薬、界面活性剤、ホルモン、神経伝達物質、ビタミン及びそれらの代謝物など、また、天然物に含まれている化合物である天然薬物や、天然色素、天然香料、天然調味料などを挙げることができる。
【0041】
また、このような目的物質を含む試料としては、例えば、雨水、河川水、湖沼水、上水、下水、工場廃水、海水のような環境水を挙げることができる。また、尿、血液などの体液又はそれらからの分離液や抽出液や、植物又は動物の組織からの抽出液などを挙げることができる。また、焼却炉排気ガス、各種製造設備排気ガス、室内空気、自動車排気ガス、幹線道路上空捕集大気のような環境大気又はそれらを通気させて得られる吸収液などを挙げることができる。
【0042】
本発明を適用した目的物質の抽出方法に用いられる抽出用具は、例えば図1に示すようなカラム1であり、このカラム1は、界面活性剤を除去する除去用剤2aを含む充填剤2が容器本体3である注射筒型容器(リザーバー)に充填されることにより構成されている。また、充填剤2の上下には、図示略のフィルターが取り付けられている。充填剤2に含まれる除去用剤2aは、pHを調整するためにγ−Alの表面が修飾されたものでもよく、全く修飾されていないγ−Alであってもよい。また、充填剤2は、この除去用剤2aと共に、目的物質の抽出を阻害する別の物質を吸着する吸着剤が含有されたものであってもよい。
【0043】
容器本体3は、その形状に特に制限はなく、処理量に応じて適切な大きさのものを使用することができる。通常は、容積0.1〜100ml、好ましくは3〜6ml程度のものがハンドリングの面で好適である。また、容器本体3の材質としては、ガラス製、ステンレス製、樹脂製(たとえばポリプロピレン、ポリエチレン)のものが好ましく、使用する溶媒に不溶性で、充填剤2が試料の流通作業中に容器本体3から流出しなければよく、その材質、形は特に制限されるものではない。また、抽出用具は、このようなカラム1の他にも、カートリッジ、ディスク、フィルター、プレート又はキャピラリーなどの何れの形態を有するものであってもよい。
【0044】
さらに、充填剤2の形状は、粒子状が好ましい。粒子状の場合は、破砕型粒子でも球状粒子でもよい。粒子状とする場合の数平均粒子径は、10μm以上1000μm以下の範囲が好ましく、20μm以上500μm以下の範囲がより好ましく、50μm以上300μm以下の範囲が最も好ましい。平均粒子径が10μm未満になると、カラム1に流通させる試料の流速を上げた場合に、充填剤2の前後の静圧の差(圧力損失)が大きくなり、高流速で試料を流すことができない。また、平均粒子径が1000μmを越えると、吸着効率が悪くなるので好ましくない。なお、系充填剤2の平均粒子径は、JIS Z 8801に定める試験用ふるいを用いて、JIS Z8815ふるいわけ試験方法通則に準拠して測定する。
【0045】
充填剤2の比表面積は、50m/g以上であることが好ましく、100m/g以上がより好ましい。比表面積が50m/g未満だと吸着効率が悪くなるので好ましくない。なお、比表面積はBET法により測定されたものである。
【0046】
本発明を適用した目的物質の抽出方法では、例えば図2に示すように、上記カラム1を用意し、このカラム1に対して目的物質11及び界面活性剤12を含む試料13を流通(流下)させる。すると、試料13中の界面活性剤12が充填剤2(除去用剤2a)に吸着される一方、目的物質11は充填剤2に吸着されずに、そのままカラム1から流出される。これにより、試料中13中に含まれる界面活性剤12を除去しながら、目的物質11を抽出することができる。
【0047】
(タンパク質の抽出方法)
本発明を適用したタンパク質の抽出方法は、タンパク質を含む試料を界面活性剤で処理し、タンパク質を可溶化した後に、試料中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて試料中から除去し、タンパク質を抽出することを特徴とする。
【0048】
具体的に、生命の最小単位である細胞や細胞小器官は、膜によって内と外に区別されている。膜の基本構造は、リン脂質二重層である。細胞が生きていく上で必要な物質の輸送、エネルギーの変換、情報の伝達は全てこの膜を介して行われる。この膜の機能の大部分は、膜に存在する膜タンパク質によって行われる。これらの膜タンパク質の構造や機能を解析する場合、目的とするタンパク質を抽出することが必要不可欠である。膜に強く結合しているタンパク質は、その疎水部がリン脂質二重層の疎水部に埋没し、その親水部が水相に突き出した状態にあると考えられる。したがって、水に不溶な巨大分子を取り出す、すなわちタンパク質を可溶化するには、界面活性剤の助けを必要とする。すなわち、界面活性剤を用いれば、この界面活性剤がタンパク質の疎水部に相互作用し、このタンパク質を水になじませ水相に可溶化させることができる。また、膜タンパク質を可溶化する場合、目的のタンパク質を失括させないで取り出すことができる界面活性剤を選択することが重要である。したがって、このような膜タンパク質の可溶化、精製、再構成する過程での成否を左右するのは界面活性剤にあると言われている。
【0049】
ここで、ドデシルスルフォン酸ナトリウム(SDS)などのイオン性界面活性剤は、膜タンパク質の可溶化に対して非常に高い性能を有する一方、試料中からの除去が非常に困難である。そこで、本発明では、膜タンパク質をSDSで可溶化した後に、このSDSをγ−Alに吸着させることによって、目的のタンパク質を失括させずに、SDSを効率良く除去することができる。
以上のようにして、膜タンパク質の可溶化、精製、再構成する過程において、生体試料などに添加した界面活性剤を測定系に影響がないレベルにまで実質的に除去することが可能である。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
(実施例1)
0.1質量%SDSを含む0.5Mトリス塩酸緩衝液(pH6.8)に塩酸を加えてpH4とした溶液(溶液A)に、表1の各種タンパク質を1mg/mlになるよう溶解した(試料溶液)。次に、γ−Al粉末(関東化学製)50mgを1mlの注射筒に充填してミニカラムとしたものに、溶液Aを20ml通液し、コンディショニングした。続いて各試料溶液1mlを添加し、溶出した液を回収した(回収試料溶液)。
【0051】
回収試料溶出中のSDS濃度は、Rusconiらの論文(Anal. Biochem. 295, 31−37(2001))に記載の方法を用いて行った。すなわち、ステインズオール(和光純薬工業製)1gを1mlの50(v/v)%イソプロパノール液に溶解し、ホルムアルデヒド1mlと混合した後に、純水18mlを加えて20mlとした(色素溶液)。次に、0〜0.2(w/v)%濃度のSDS標準溶液、試料溶液、回収試料溶液各1μLをそれぞれ96穴マイクロプレートに入れ、色素溶液200μLを加えて良く混合して反応させ、438nmの吸収を測定した。標準溶液の吸光度で作製した検量線を用いて、試料中のSDS濃度を定量した。
【0052】
回収試料溶液中のタンパク質濃度は、DCプロテインアッセイ(Bio−Rad社製)を用い、アルブミンを標準試料として、同装置のマニュアルに従い、マイクロアッセイ法により定量した。そして、回収試料溶液中のSDS除去効率(上記の方法で定量した試料溶液中のSDS濃度を100とした相対値)と、タンパク質回収率(上記の方法で定量した試料溶液中のタンパク質濃度を100とした相対値)を表1に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
表1に示すように、実施例1のγ−Al粉末(関東化学製)を用いたカラムでは、試料中のタンパク質の損失無く、SDSを効率よく除去できた。
【0055】
(比較例1)
γ−Al粉末の代わりにα−Alを用いた以外は、実施例1と同様の操作により溶出した液中のSDS濃度を測定した。そのSDS除去効率とタンパク質回収率を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
表2に示すように、比較例1のα−Alを用いたカラムでは、試料中のタンパク質の損失を高く、SDSも効率よく除去することができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、本発明を適用したカラムの一例を模式的に示す断面図である。
【図2】図2は、図1に示すカラムを用いた抽出方法を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0059】
1…カラム 2…充填剤 2a…除去用剤 3…容器本体 11…目的物質 12…界面活性剤 13…試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて水中から除去することを特徴とする界面活性剤の除去方法。
【請求項2】
前記水が、産業排水、家庭排水、下水の何れかであることを特徴とする請求項1に記載の界面活性剤の除去方法。
【請求項3】
界面活性剤により処理された試料中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて試料中から除去することを特徴とする界面活性剤の除去方法。
【請求項4】
前記試料が生体試料であることを特徴とする請求項3に記載の界面活性剤の除去方法。
【請求項5】
前記生体試料がタンパク質を界面活性剤により可溶化したものであることを特徴とする請求項4に記載の界面活性剤の除去方法。
【請求項6】
前記界面活性剤がアニオン性界面活性剤であることを特徴とする請求項1〜5の何れか一項に記載の界面活性剤の除去方法。
【請求項7】
前記γ−Alに吸着した界面活性剤を強酸により脱離させることを特徴とする請求項1〜6の何れか一項に記載の界面活性剤の除去方法。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか一項に記載の方法に用いられる界面活性剤の除去用剤であって、γ−Alの表面がAlとは等電点の異なる物質により修飾されてなることを特徴とする界面活性剤の除去用剤。
【請求項9】
少なくとも目的物質及び界面活性剤を含む試料を、少なくともγ−Alを含む充填剤が充填された抽出用具に流通させることによって、前記界面活性剤を前記充填剤に吸着させると共に、前記目的物質を前記抽出用具から流出させることを特徴とする目的物質の抽出方法。
【請求項10】
請求項9に記載の方法に用いられる目的物質の抽出用具であって、カラム、カートリッジ、ディスク、フィルター、プレート又はキャピラリーの何れかの形態を有することを特徴とする目的物質の抽出用具。
【請求項11】
タンパク質を含む試料を界面活性剤で処理し、前記タンパク質を可溶化した後に、前記試料中に含まれる界面活性剤をγ−Alに吸着させて試料中から除去し、前記タンパク質を抽出することを特徴とするタンパク質の抽出方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−307456(P2007−307456A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−137422(P2006−137422)
【出願日】平成18年5月17日(2006.5.17)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】