説明

疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】590MPa以上の引張強度を有し、疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上1.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、80%以上のフェライト相と1.0%以上のベイニティックフェライト相と1.0%以上10.0%以下のパーライト相を有し、さらに、マルテンサイト相の面積率が1.0%以上5.0%未満で、かつ、平均結晶粒径はフェライトが14μm以下、マルテンサイトが4μm以下、マルテンサイトの平均自由行程が3μm以上で、フェライトのビッカース硬度が140以上で、マルテンサイト面積率/(ベイニティックフェライト面積率+パーライト面積率)≦0.6を満たす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の産業分野で使用される部材として好適な疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。これに伴い、車体材料の高強度化により薄肉化を図り、車体そのものを軽量化しようとする動きが活発となってきている。しかも、これらの車体材料の寿命は、疲労強度で決まっているため、高強度であるとともに疲労特性に優れた鋼板への要求が高い。
【0003】
また、高強度鋼板を自動車部品のような複雑な形状へ成形加工する際には、伸びフランジ部位での割れやネッキングの発生が大きな問題となる。そのため、伸びフランジ部位での割れやネッキングの発生の問題を克服できる穴拡げ性に優れた高強度鋼板も必要とされている。
【0004】
高強度鋼板の成形性向上に対しては、これまでにフェライト−マルテンサイト二相鋼(Dual-Phase鋼)や残留オーステナイトの変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity)を利用したTRIP鋼など、種々の高強度複合組織鋼板が開発されてきた。
【0005】
例えば、特許文献1では、化学成分を規定し、フェライトとベイニティックフェライトと残留オーステナイトの体積率を規定することにより、延性に優れた鋼板が提案されている。また、特許文献2では、フェライト硬さとマルテンサイトの面積率・アスペクト比・平均間隔を規定することにより、疲労亀裂伝播特性に優れた鋼板が提案されている。また、特許文献3では、フェライト・べイナイト・マルテンサイトの3相組織で、各相の粒径・硬度を規定することにより、疲労特性に優れた鋼板が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−182625号公報
【特許文献2】特開2005−298877号公報
【特許文献3】特許第3231204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、高強度鋼板の延性を向上させることを主目的としているため、穴拡げ性については考慮されていない。また、特許文献2、3では、高強度鋼板の疲労特性を向上させることを主目的としているため、穴拡げ性については考慮されていない。そのため、良好な疲労特性と穴拡げ性を兼ね備えた高強度鋼板、とくに高強度溶融亜鉛めっき鋼板の開発が課題となる。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑み、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板を得るべく鋭意検討を重ねたところ、以下のことを見出した。
【0010】
Siの積極添加により、フェライトの固溶強化による強度確保および良好な疲労特性の確保および第二相との硬度差緩和による穴拡げ性の向上が可能となった。さらに、ベイニティックフェライトやパーライトの中間硬度相の活用により、軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトの硬度差を緩和でき、穴拡げ性の向上が可能となった。また、最終組織に硬質なマルテンサイトが多く存在すると軟質なフェライト相の異相界面で大きな硬度差が生じ、穴拡げ性が低下するため、最終的にマルテンサイトに変態する未変態オーステナイトを一部パーライト化し、フェライト、ベイニティックフェライト、パーライト、少量のマルテンサイトからなる組織を造り込むことで、高強度で穴拡げ性の確保が可能となった。さらに、硬質なマルテンサイトを微細分散させることで、高強度で穴拡げ性と疲労特性の両立が可能となった。
【0011】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0012】
[1]成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上1.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、80%以上のフェライト相と1.0%以上のベイニティックフェライト相と1.0%以上10.0%以下のパーライト相を有し、さらに、マルテンサイト相の面積率が1.0%以上5.0%未満であり、かつ、平均結晶粒径はフェライトが14μm以下、マルテンサイトが4μm以下であり、マルテンサイトの平均自由行程が3μm以上であり、フェライトのビッカース硬度が140以上であり、マルテンサイト面積率/(ベイニティックフェライト面積率+パーライト面積率)≦0.6を満たすことを特徴とする疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0013】
[2]さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.05%以上1.0%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする[1]に記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0014】
[3]さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする[1]または[2]に記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0015】
[4]さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0016】
[5]さらに、成分組成として、質量%で、Ta:0.001%以上0.010%以下、Sn:0.002%以上0.2%以下のうちから選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0017】
[6]さらに、成分組成として、質量%で、Sb:0.002%以上0.2%以下を含有することを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0018】
[7] [1]〜[6]のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを用いて、熱間圧延、酸洗を行い、あるいはさらに冷間圧延した後、700℃以上の温度域まで8℃/s以上の平均加熱速度で加熱し、800〜900℃の温度域で15〜600s保持し、冷却した後、450〜550℃の温度域にて10〜200s保持し、次いで、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0019】
[8]溶融亜鉛めっきを施した後、さらに500〜600℃の温度域において、T:平均保持温度(℃)、t:保持時間(s)が下式;
0.45≦exp[200/(400−T)]×ln(t)≦1.0
なお、exp(X)、ln(X)はそれぞれXの指数関数、自然対数を示す。
を満たす条件で亜鉛めっきの合金化処理を施すことを特徴とする[7]に記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0020】
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。また、本発明において、「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」とは、引張強度TSが590MPa以上である溶融亜鉛めっき鋼板である。
【0021】
また、本発明においては、合金化処理を施す、施さないにかかわらず、溶融亜鉛めっき方法によって鋼板上に亜鉛をめっきした鋼板を総称して溶融亜鉛めっき鋼板と呼称する。すなわち、本発明における溶融亜鉛めっき鋼板とは、合金化処理を施していない溶融亜鉛めっき鋼板、合金化処理を施す合金化溶融亜鉛めっき鋼板のいずれも含むものである。
【発明の効果】
【0022】
高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板を、例えば、自動車構造部材に適用することにより車体軽量化による燃費改善を図ることができ、産業上の利用価値は非常に大きい。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明の詳細を説明する。
【0024】
一般に、軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトとの二相構造では、延性の確保は可能なものの、フェライトとマルテンサイトの硬度差が大きいために、十分な穴拡げ性が得られないことが知られている。そこで、本発明者は、さらにベイニティックフェライトとパーライトの中間硬度相の活用について検討し、フェライトとベイニティックフェライトとパーライトとマルテンサイトからなる複合組織で、相分率(面積率)および平均結晶粒径制御、さらにはマルテンサイトの分散状態制御(平均自由行程の制御)により、高強度で疲労特性と穴拡げ性の向上の可能性に着目して詳細に検討を行った。
【0025】
その結果、フェライトの固溶強化を目的にSiを積極添加し、フェライトとベイニティックフェライトとパーライトと少量のマルテンサイトの複合組織を造り込み、異相間の硬度差を低減させ、さらに相分率(面積率)および平均結晶粒径制御、さらにはマルテンサイトの分散状態制御(平均自由行程の制御)により、高強度で良好な疲労特性と穴拡げ性の両立が可能となった。
【0026】
以上が本発明を完成するに至った技術的特徴である。そして、本発明は、成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上1.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、80%以上のフェライト相と1.0%以上のベイニティックフェライト相と1.0%以上10.0%以下のパーライト相を有し、さらに、マルテンサイト相の面積率が1.0%以上5.0%未満であり、かつ、平均結晶粒径はフェライトが14μm以下、マルテンサイトが4μm以下であり、マルテンサイトの平均自由行程が3μm以上であり、フェライトのビッカース硬度が140以上であり、マルテンサイト面積率/(ベイニティックフェライト面積率+パーライト面積率)≦0.6を満たすことを特徴とする。
【0027】
1)まず、成分組成について説明する。
【0028】
C:0.04%以上0.13%以下
Cはオーステナイト生成元素であり、鋼の強化に不可欠な元素である。C量が0.04%未満では、所望の強度確保が難しい。一方、C量を0.13%を超えて過剰に添加すると、マルテンサイト相の面積率が大幅に増大し、穴拡げ性が低下する。よって、Cは0.04%以上0.13%以下とする。
【0029】
Si:0.9%以上2.3%以下
Siはフェライト生成元素であり、また、固溶強化に有効な元素でもある。そして、強度と延性のバランスの改善およびフェライト地の強度確保のためには0.9%以上の添加が必要である。しかしながら、Siの過剰な添加は、赤スケール等の発生により表面性状の劣化や、めっき付着・密着性の劣化を引き起こす。よって、Siは0.9%以上2.3%以下とする。好ましくは、1.2%以上1.8%以下である。
【0030】
Mn:0.8%以上1.8%以下
Mnは、鋼の強化に有効な元素である。また、オーステナイトを安定化させる元素であり、第二相の分率調整に必要な元素である。このため、Mnは0.8%以上の添加が必要である。一方、1.8%を超えて過剰に添加すると、第二相中のマルテンサイト面積率が増加し、良好な穴拡げ性の確保が困難となる。また、近年Mnの合金コストが高騰しているため、コストアップの要因にも繋がる。従って、Mnは0.8%以上1.8%以下とする。好ましくは1.0%以上1.6%以下である。
【0031】
P:0.1%以下
Pは、鋼の強化に有効な元素であるが、0.1%を超えて過剰に添加すると、粒界偏析により脆化を引き起こし、耐衝撃性を劣化させる。また0.1%を超えると合金化速度を大幅に遅延させる。従って、Pは0.1%以下とする。
【0032】
S:0.01%以下
Sは、MnSなどの介在物となって、耐衝撃性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となるので極力低い方がよいが、製造コストの面からSは0.01%以下とする。
【0033】
Al:0.1%以下
Alは、フェライト生成元素であり、製造時におけるフェライト生成量をコントロールするのに有効な元素である。しかしながら、Alの過剰な添加は製鋼時におけるスラブ品質を劣化させる。従って、Alは0.1%以下とする。
【0034】
N:0.008%以下
Nは、鋼の耐時効性を最も大きく劣化させる元素であり、少ないほど好ましく、0.008%を超えると耐時効性の劣化が顕著となる。従って、Nは0.008%以下とする。
【0035】
残部はFeおよび不可避的不純物である。ただし、これらの成分元素に加えて、以下の元素から選ばれる1種以上を必要に応じて添加することができる。
【0036】
Cr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下
Cr、V、Moは強度と延性のバランスを向上させる作用を有するので必要に応じて添加することができる。その効果は、Cr:0.05%以上、V:0.005%以上、Mo:0.005%以上で得られる。しかしながら、それぞれCr:1.0%、V:0.5%、Mo:0.5%を超えて過剰に添加すると、第二相分率が過大となり著しい強度上昇等の懸念が生じる。また、コストアップの要因にもなる。従って、これらの元素を添加する場合には、その量をそれぞれCr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下とする。
【0037】
Ni:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.05%以上1.0%以下
Ni、Cuは鋼の強化に有効な元素であり、本発明で規定した範囲内であれば鋼の強化に使用して差し支えない。また内部酸化を促進してめっき密着性を向上させる。これらの効果を得るためには、それぞれ0.05%以上必要である。一方、Ni、Cuともに1.0%を超えて添加すると、鋼板の加工性を低下させる。また、コストアップの要因にもなる。よって、Ni、Cuを添加する場合に、その添加量はそれぞれ0.05%以上1.0%以下とする。
【0038】
更に、下記のTi、Nb、Bのうちから1種以上の元素を含有することができる。
【0039】
Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下
Ti、Nbは鋼の析出強化に有効で、その効果はそれぞれ0.01%以上で得られ、本発明で規定した範囲内であれば鋼の強化に使用して差し支えない。しかし、それぞれが0.1%を超えると加工性および形状凍結性が低下する。また、コストアップの要因にもなる。従って、Ti、Nbを添加する場合には、その添加量をTiは0.01%以上0.1%以下、Nbは0.01%以上0.1%以下とする。
【0040】
B:0.0003%以上0.0050%以下
Bはオーステナイト粒界からのフェライトの生成・成長を抑制する作用を有するので必要に応じて添加することができる。その効果は、0.0003%以上で得られる。しかし、0.0050%を超えると加工性が低下する。また、コストアップの要因にもなる。従って、Bを添加する場合は0.0003%以上0.0050%以下とする。
【0041】
更に、下記のうちから1種以上の元素を含有してもよい。
【0042】
Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下
CaおよびREMは、硫化物の形状を球状化し穴拡げ性への硫化物の悪影響を改善するために有効な元素である。この効果を得るためには、それぞれ0.001%以上必要である。しかしながら、0.005%を超える過剰な添加は、介在物等の増加を引き起こし表面および内部欠陥などを引き起こす。したがって、Ca、REMを添加する場合は、その添加量はそれぞれ0.001%以上0.005%以下とする。
【0043】
Ta:0.001〜0.010%、Sn:0.002〜0.2%
Taは、TiやNbと同様、合金炭化物や合金炭窒化物を形成して高強度化に寄与するのみならず、Nb炭化物やNb炭窒化物に一部固溶し、(Nb,Ta)(C,N)のような複合析出物を形成することで、析出物の粗大化を著しく抑制して、析出強化による強度への寄与を安定化させる効果があると考えられる。そのため、Taを添加する場合は、その含有量を0.001%以上とすることが望ましい。しかし、過剰に添加した場合、上記の析出物安定化効果が飽和するのみならず、合金コストが上昇するため、Taを添加する場合は、その含有量を0.010%以下とすることが望ましい。
【0044】
Snは、鋼板表面の窒化、酸化、あるいは酸化により生じる鋼板表層の数10μm領域の脱炭を抑制する観点から添加することができる。このような窒化や酸化を抑制することで鋼板表面においてマルテンサイトの生成量が減少するのを防止し、疲労特性や耐時効性を改善させる。窒化や酸化を抑制する観点から、Snを添加する場合は、その含有量は0.002%以上とすることが望ましく、0.2%を超えると靭性の低下を招くため、その含有量を0.2%以下とすることが望ましい。
【0045】
Sb:0.002〜0.2%
SbもSnと同様に鋼板表面の窒化、酸化、あるいは酸化により生じる鋼板表層の数10μm領域の脱炭を抑制する観点から添加することができる。このような窒化や酸化を抑制することで鋼板表面においてマルテンサイトの生成量が減少するのを防止し、疲労特性や耐時効性を改善させる。窒化や酸化を抑制する観点から、Sbを添加する場合は、その含有量は0.002%以上とすることが望ましく、0.2%を超えると靭性の低下を招くため、その含有量を0.2%以下とすることが望ましい。
【0046】
2)次にミクロ組織について説明する。
【0047】
フェライト相の面積率:80%以上
軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトの異相界面の量を低減し、良好な穴拡げ性を確保するためには、フェライト相は面積率で80%以上必要である。
【0048】
ベイニティックフェライト相の面積率:1.0%以上
軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトの硬度差を緩和し、良好な穴拡げ性を確保するためには、ベイニティックフェライト相の面積率は1.0%以上必要である。
【0049】
パーライト相の面積率:1.0%以上10.0%以下
良好な穴拡げ性を確保するためには、パーライト相の面積率が1.0%以上必要である。また、所望の強度を確保するために、パーライト相の面積率を10.0%以下とする。
【0050】
マルテンサイト相の面積率:1.0%以上5.0%未満
所望の強度を確保するために、マルテンサイト相の面積率は1.0%以上必要である。また、良好な穴拡げ性を確保するために、穴拡げ性に大きく影響を及ぼすマルテンサイト相の面積率は5.0%未満である必要がある。
【0051】
マルテンサイト面積率/(ベイニティックフェライト面積率+パーライト面積率)≦0.6
良好な穴拡げ性を確保するために、第2相の構成相を、硬度差の大きい異相界面量と比例するマルテンサイトの量を低減し、マルテンサイトより軟質なベイニティックフェライトやパーライトの量を多くすること、つまり、マルテンサイト面積率/(ベイニティックフェライト面積率+パーライト面積率)≦0.6を満たす必要がある。
【0052】
フェライトの平均結晶粒径:14μm以下
所望の強度と良好な疲労特性を確保するためには、フェライトの平均結晶粒径を14μm以下とする。
【0053】
マルテンサイトの平均結晶粒径:4μm以下
良好な疲労特性と穴拡げ性を確保するためには、マルテンサイトの平均結晶粒径を4μm以下とする。
【0054】
マルテンサイトの平均自由行程:3μm以上
良好な疲労特性と穴拡げ性を確保するためには、マルテンサイトの平均自由行程が3μm以上必要である。
【0055】
フェライトのビッカース硬度:140以上
良好な疲労特性を確保するためには、フェライトのビッカース硬度が140以上必要である。
【0056】
なお、フェライト・ベイニティックフェライト・パーライト・マルテンサイト以外に、残留オーステナイトや焼戻しマルテンサイトやセメンタイト等の炭化物が生成する場合があるが、上記のフェライト・ベイニティックフェライト・パーライト・マルテンサイトの面積率等の条件が満足されていれば、本発明の目的を達成できる。
【0057】
また、本発明におけるフェライト・ベイニティックフェライト・パーライト・マルテンサイトの面積率とは、観察面積に占める各相の面積割合のことである。
【0058】
3)次に製造条件について説明する。
【0059】
本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、上記の成分組成範囲に適合した成分組成を有する鋼スラブを用いて熱間圧延、酸洗を行い、あるいはさらに冷間圧延を行い、700℃以上の温度域まで8℃/s以上の平均加熱速度で加熱し、800〜900℃の温度域で15〜600s保持し、冷却した後、450〜550℃の温度域にて10〜200s保持し、次いで、溶融亜鉛めっきを施す方法によって製造できる。
【0060】
または、溶融亜鉛めっき後、さらに500〜600℃の温度域において、T:平均保持温度(℃)、t:保持時間(s)が、下式;
0.45≦exp[200/(400−T)]×ln(t)≦1.0
なお、exp(X)、ln(X)はそれぞれXの指数関数、自然対数を示す。
を満たす条件で亜鉛めっきの合金化処理を施す方法によって製造できる。以下、詳細に説明する。
【0061】
上記の成分組成を有する鋼は、通常公知の工程により、溶製した後、分塊または連続鋳造を経てスラブとし、熱間圧延を経てホットコイルにする。熱間圧延を行うに際しては、スラブを1100〜1300℃に加熱し、最終仕上げ温度を850℃以上で熱間圧延を施し、400〜650℃で鋼帯に巻き取ることが好ましい。巻き取り温度が650℃を超えた場合、熱延板中の炭化物が粗大化し、このような粗大化した炭化物は焼鈍時の均熱中に溶けきらないため、必要強度を得ることができない場合がある。その後、通常公知の方法で酸洗、脱脂などの予備処理を行った後に、必要に応じて冷間圧延を施す。冷間圧延を行うに際しては、特にその条件を限定する必要はないが、30%以上の冷間圧下率で冷間圧延を施すことが好ましい。冷間圧下率が低いと、フェライトの再結晶が促進されず、未再結晶フェライトが残存し、延性と穴拡げ性が低下する場合があるためである。
【0062】
700℃以上の温度域まで8℃/s以上の平均加熱速度で加熱
700℃以上の温度域までの平均加熱速度が8℃/s未満の場合、焼鈍中に微細で均一に分散したオーステナイト相が生成されず、最終組織において第2相が局所的に集中し、最終組織においてマルテンサイトが局所的に集中した組織が形成され、良好な疲労特性と穴拡げ性の確保が困難である。また、通常よりも長い炉が必要となり、多大なエネルギー消費にともなうコスト増と生産効率の悪化を引き起こす。加熱炉としてDFF(Direct Fired Furnace)を用いることが好ましい。これは、DFFによる急速加熱により、内部酸化層を形成させ、Si、Mn等の酸化物の鋼板最表層への濃化を防ぎ、良好なめっき性を確保するためである。
【0063】
800〜900℃の温度域で15〜600s保持
本発明では、800〜900℃の温度域にて、具体的には、オーステナイト単相域、もしくはオーステナイトとフェライトの2相域で、15〜600s間焼鈍(保持)する。焼鈍温度が800℃未満の場合や、保持(焼鈍)時間が15s未満の場合には、鋼板中の硬質なセメンタイトが十分に溶解しない場合や、フェライトの再結晶が完了せず、疲労特性と穴拡げ性が低下する。一方、焼鈍温度が900℃を超える場合には、オーステナイト粒の成長が著しく、最終組織のマルテンサイト相の面積率が増大し、穴拡げ性が低下する。また、保持(焼鈍)時間が600sを超える場合は、焼鈍中のフェライトが粗大化し、最終組織のフェライトの平均結晶粒径が14μmより大きくなり、所望の強度確保が困難になるとともに疲労特性も低下する。また、多大なエネルギー消費にともなうコスト増を引き起こす場合がある。
【0064】
450〜550℃の温度域にて10〜200s保持
保持温度が550℃を超える場合、または保持時間が10s未満の場合は、ベイナイト変態が促進せず、ベイニティックフェライトが殆ど得られないため、所望の穴拡げ性を得られない。また、保持温度が450℃未満または保持時間が200sを超える場合、第二相の大半がベイナイト変態促進により生成した固溶炭素量の多いオーステナイトとベイニティックフェライトになり、所望のパーライト面積率が得られず、かつ、硬質なマルテンサイト面積率が増加し、良好な穴拡げ性が得られない。
【0065】
その後、実使用時の防錆能向上を目的として、鋼板を通常の浴温のめっき浴中に浸入させて溶融亜鉛めっき処理を行い、ガスワイピングなどで付着量を調整する。
【0066】
プレス性、スポット溶接性および塗料密着性を確保するために、めっき後に熱処理を施してめっき層中に鋼板のFeを拡散させた合金化溶融亜鉛めっき鋼板が多く使用される。亜鉛めっきを合金化した溶融亜鉛めっき鋼板を製造するときは、溶融亜鉛めっき後、500〜600℃の温度域において、T:平均保持温度(℃)、t:保持時間(s)が下式;
0.45≦exp[200/(400−T)]×ln(t)≦1.0
なお、exp(X)、ln(X)はそれぞれXの指数関数、自然対数を示す。
を満たす条件で亜鉛めっきの合金化処理を行う。
【0067】
500℃未満の温度域では、めっき層の合金化が促進されず、めっき層を合金化した溶融亜鉛めっき鋼板(GA鋼板)を得ることが難しい。また、600℃を超える温度域では、第2相の殆どがパーライトになり、所望のマルテンサイト面積率が得られず、強度と延性のバランスが低下する。
【0068】
exp[200/(400−T)]×ln(t)が0.45未満の場合、最終組織にマルテンサイトが多く存在し、上記硬質なマルテンサイトが軟質なフェライトと隣接しているため、異相間に大きな硬度差が生じ、穴拡げ性が低下する。また、溶融亜鉛めっき層の付着性が悪くなる。exp[200/(400−T)]×ln(t)が1.0超の場合、未変態オーステナイトの殆どがセメンタイトもしくはパーライトに変態し、結果として所望の強度が得られない。
【0069】
なお、本発明の製造方法における一連の熱処理においては、上述した温度範囲内であれば保持温度は一定である必要はない。また、熱履歴さえ満足されれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されてもかまわない。加えて、熱処理後に形状矯正のため本発明の鋼板に調質圧延をすることも本発明の範囲に含まれる。なお、本発明では、鋼素材を通常の製鋼、鋳造、熱延の各工程を経て製造する場合を想定しているが、例えば薄手鋳造などにより熱延工程の一部もしくは全部を省略して製造する場合でもよい。
【実施例】
【0070】
表1に示す成分組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造法にてスラブとした。得られたスラブを1200℃に加熱後、870〜920℃の仕上温度で板厚1.8〜3.4mmまで熱間圧延を行い、520℃で巻き取った。次いで、得られた熱延板を酸洗し、一部は酸洗ままの熱延板とし、一部はさらに冷間圧延を施し、冷延鋼板とした。冷間圧延には、板厚3.2mmの熱延板を供した。
【0071】
次いで、上記により得られた酸洗ままの熱延板と冷延鋼板を連続溶融亜鉛めっきラインにより、表2及び表3に示す製造条件で、焼鈍処理、溶融亜鉛めっき処理を施した後、さらに合金化処理を施して、めっき層を合金化した溶融亜鉛めっき鋼板(GA鋼板)を得た。一部は、溶融亜鉛めっき後に合金化処理を施さず、亜鉛めっきままの溶融亜鉛めっき鋼板(GI鋼板)とした。めっき付着量は片面あたり30〜50g/mとした。
【0072】
【表1】

【0073】
【表2】

【0074】
【表3】

【0075】
得られた溶融亜鉛めっき鋼板(GI鋼板、GA鋼板)に対して、フェライト、ベイニティックフェライト、パーライト、マルテンサイトの面積率とフェライト、マルテンサイトの平均結晶粒径(前者をd、後者をdとする)は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて2000倍の倍率で10視野観察し、Media Cybernetics社のImage-Proを用いて求めた。その際、平均結晶粒径は円相当径で求めた。また、マルテンサイトと残留オーステナイトの区別が困難なため、得られた溶融亜鉛めっき鋼板に200℃で2時間の焼戻し処理を施し、その後、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面の組織を上記の方法で観察し、上記の方法で求めた焼戻しマルテンサイト相の面積率をマルテンサイト相の面積率とした。また、残留オーステナイト相の体積率は、鋼板を板厚方向の1/4面まで研磨し、この板厚1/4面の回折X線強度により求めた。入射X線にはCoKα線を使用し、残留オーステナイト相の{111}、{200}、{220}、{311}面とフェライト相の{110}、{200}、{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイト相の体積率とした。
マルテンサイトの平均自由行程(L)は、下式により算出した。ここで、dはマルテンサイトの平均結晶粒径、Vはマルテンサイト相の面積率である。
【0076】
【数1】

【0077】
また、フェライトの硬度は、マイクロビッカース硬度計を用いてフェライトの結晶粒内の硬度測定を10点行い、その平均値により求めた。
【0078】
引張試験は、引張方向が鋼板の圧延方向と直角方向となるようにサンプルを採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z2241に準拠して行い、TS(引張強度)、El(全伸び)を測定した。また、疲労試験は、両振り平面曲げ疲労試験において10サイクルまで破断が認められなかった応力を測定し、この応力を疲労強度とした。なお、本発明では疲労強度≧280MPaの場合を良好と判定した。
【0079】
穴拡げ試験は、日本鉄鋼連盟規格JFST1001に準拠して行った。得られた各鋼板を100mm×100mmに切断後、板厚≧2.0mmではクリアランス12%±1%で、板厚<2.0mmではクリアランス12%±2%で、直径10mmの穴を打ち抜いた後、内径75mmのダイスを用いてしわ押さえ力9tonで抑えた状態で、60°円錐のポンチを穴に押し込んで亀裂発生限界における穴直径を測定し、下記の式から、限界穴広げ率λ(%)を求め、この限界穴広げ率の値から伸びフランジ性を評価した。
限界穴広げ率λ(%)={(D−D)/D}×100
ただし、Dは亀裂発生時の穴径(mm)、Dは初期穴径(mm)である。
なお、本発明では、λ≧80(%)の場合を良好と判定した。
【0080】
以上により得られた結果を表4及び表5に示す。
【0081】
【表4】

【0082】
【表5】

【0083】
本発明例の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、いずれもTSが590MPa以上であり、疲労特性および穴拡げ性にも優れている。一方、比較例では、疲労特性、穴拡げ性のいずれか一つ以上が劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明によれば、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、例えば、自動車構造部材に適用することにより車体軽量化による燃費改善を図ることができ、産業上の利用価値は非常に大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上1.8%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、80%以上のフェライト相と1.0%以上のベイニティックフェライト相と1.0%以上10.0%以下のパーライト相を有し、さらに、マルテンサイト相の面積率が1.0%以上5.0%未満であり、かつ、平均結晶粒径はフェライトが14μm以下、マルテンサイトが4μm以下であり、マルテンサイトの平均自由行程が3μm以上であり、フェライトのビッカース硬度が140以上であり、マルテンサイト面積率/(ベイニティックフェライト面積率+パーライト面積率)≦0.6を満たすことを特徴とする疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.05%以上1.0%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
さらに、成分組成として、質量%で、Ta:0.001%以上0.010%以下、Sn:0.002%以上0.2%以下のうちから選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
さらに、成分組成として、質量%で、Sb:0.002%以上0.2%以下を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを用いて、熱間圧延、酸洗を行い、あるいはさらに冷間圧延した後、700℃以上の温度域まで8℃/s以上の平均加熱速度で加熱し、800〜900℃の温度域で15〜600s保持し、冷却した後、450〜550℃の温度域にて10〜200s保持し、次いで、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項8】
溶融亜鉛めっきを施した後、さらに500〜600℃の温度域において、T:平均保持温度(℃)、t:保持時間(s)が下式;
0.45≦exp[200/(400−T)]×ln(t)≦1.0
なお、exp(X)、ln(X)はそれぞれXの指数関数、自然対数を示す。
を満たす条件で亜鉛めっきの合金化処理を施すことを特徴とする請求項7に記載の疲労特性と穴拡げ性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2011−168878(P2011−168878A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−262088(P2010−262088)
【出願日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】