説明

白金含有触媒及びこれを用いた燃料電池

【課題】Pt5d空軌道の状態密度を最適なものとし、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒及びこれを用いた燃料電池を提供すること。
【解決手段】白金含有触媒は、厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとし、白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金含有触媒及びこれを用いた燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
化学エネルギーを電気エネルギーに転換する燃料電池は、効率的でしかも環境汚染物質を発生しないので、携帯情報機器用、家庭用、自動車用等のクリーンな電源として注目され、開発が進められている。
【0003】
燃料電池には使用される電解質の種類によって各種のタイプがあるが、メタノール等の有機材料や水素を燃料とする燃料電池は特に注目されており、その出力性能を決定する重要な構成材料は、電解質材料、触媒材料であり、電解質膜の両側を触媒膜で挟んだ膜電極接合体(MEA)は重要な構成要素である。電解質材料として多種類のものが検討されてきており、例えば、パーフロロスルホン酸系樹脂による電解質はその代表例であり、また、触媒材料として、多種類のものが検討されてきており、例えば、PtRu触媒はその代表的な例である。また、PtRu触媒以外にも、高活性を有する触媒を得るために、MをAu、Mo、W等とする二元系の触媒PtMの検討もなされている。
【0004】
ダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)の燃料極では、例えば、PtとRuを用いた二元金属系触媒を使用する場合、式(1)に示す脱プロトン反応でメタノールが酸化されCOが生成されPtに吸着されてPt−COを生成する。式(2)に示す反応で水が酸化されOHが生成されRuに吸着されてRu−OHを生成する。最終的に、式(3)に示す反応でRu−OHによって吸着されたCOが酸化されCO2として除去され電荷が発生する。Ruは助触媒として作用している。
【0005】
Pt + CH3OH → Pt−CO + 4H+ + 4e- …(1)
Ru + H2O → Ru−OH + H + e- …(2)
Pt−CO + Ru−OH → Pt + Ru + CO2 + H+ + e- …(3)
【0006】
式(1)、(2)、(3)に示す一連の反応でメタノールが酸化される原理は、Ptに吸着されたCOと、Ptに隣接したRuに結合された水酸基とが反応してCOをCO2に転換させ、これによってCOによる触媒の被毒が抑制されるというバイファンクショナル(bifunctional)メカニズムとして広く知られている。
【0007】
これとは別に、隣接するRuからPtが電子的影響を受ける条件の下で、式(1)の後式(4)に示す反応でPt−COが水によって酸化されることが起こり得るとされている(例えば、後記の非特許文献1を参照。)。
【0008】
Pt−CO + HO → Pt + CO2 + 2H+ + 2e- …(4)
【0009】
触媒の組成に関する検討は盛んになされており、燃料電池に適用されPt、Ruを含む触媒におけるPtとRuのモル比の最適化に関する検討に関しては非常に多数の報告がなされている(例えば、後記する特許文献1、特許文献2、特許文献3を参照。)。
【0010】
触媒の構造化学的な検討には、X線吸収スペクトルによって得られるX線吸収微細構造(XAFS)が使用されている(例えば、後記する非特許文献2を参照。)。燃料電池に適用される触媒の構造化学的な検討もなされており、例えば、X線吸収微細構造(XAFS)をフーリエ変換してX線吸収原子を中心とした動径分布関数に相当するプロファイルを解析した報告がある(例えば、後記する特許文献4、特許文献5を参照。)。
【0011】
また、白金触媒における電子状態に関する検討がなされており多数の報告があり、例えば、Pd5d軌道のホールの数を求める等の理論解析、実験がなされている(例えば、後記する非特許文献3〜非特許文献8を参照。)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した式(4)に示すような、Ruの影響によるPt上での反応の変化は、PtからRuへ電子供与される、即ち、Ptのフェルミ準位より上のPt5d空軌道の状態密度が増えることで、PtからCO基のCのπ*軌道への電子のバックドネーションが起こり難くなり、Pt−CO結合が弱まって、H2Oによる酸化が可能になることが原因であると考えられている。
【0013】
こうしたメタノールの酸化は、Ptとの結合が強いCOを酸化する必要のあるバイファンクショナルメカニズムをベースとした燃料極の場合に比べて、反応速度が高くなると考えられ、ダイレクトメタノール燃料電池の高性能化には有利である。
【0014】
以上のように、Ptの電子状態を変化させる必要があるが、一方で、式(1)のメタノールの脱水素反応は、Pt表面で起こり易い反応であり、Pt本来の電子状態からの大きな変化はメタノール酸化反応速度に悪影響を与える可能性があり、Pt5d空軌道の状態密度を最適なものとし、触媒活性をより高くなるようにすることが望ましい。従来、Pt5d空軌道の状態密度を考慮して、触媒活性をより高くなるような触媒を検討することはなされていなかった。
【0015】
本発明は、上述したような課題を解決するためになされたものであって、その目的は、Pt5d空軌道の状態密度を最適なものとし、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒及びこれを用いた燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
即ち、本発明は、厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、前記白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060の関係を有する、白金含有触媒に係るものである。
【0017】
また、本発明は、白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有する、白金含有触媒に係るものである。
【0018】
また、本発明は、厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、前記白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060の関係を有し、前記白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有する、白金含有触媒に係るものである。
【0019】
また、本発明は、上記の白金含有触媒を用いた触媒電極を有する、燃料電池に係るものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、前記白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060の関係を有するので、触媒活性を向上させるためにPt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができる。
【0021】
また、本発明によれば、白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有するので、Pt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができる。
【0022】
また、本発明によれば、厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、前記白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060の関係を有し、前記白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有するので、Pt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができる。
【0023】
また、本発明によれば、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を使用するのでので、発電特性の優れた燃料電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施の形態における、DMFCの構成例を説明する断面図である。
【図2】同上、PtL吸収端のX線吸収スペクトルの規格化とX線吸収強度を説明する図である。
【図3】本発明の実施例における、PtRu触媒の組成とその特性を説明する図である。
【図4】同上、規格化されたX線吸収スペクトル(PtLIII)の例を説明する図である。
【図5】同上、規格化されたX線吸収スペクトル(PtLII)の例を説明する図である。
【図6】同上、規格化されたX線吸収スペクトル(拡大図、PtLIII)の例を説明する図である。
【図7】同上、規格化されたX線吸収スペクトル(拡大図、PtLII)の例を説明する図である。
【図8】同上、PtRu触媒の組成とPtLIII吸収端のピーク強度の関係を示す図である。
【図9】同上、エネルギー軸を調整したPt箔のX線吸収スペクトルを説明する図である。
【図10】同上、PtRu触媒の組成とPt5d空軌道のホール数の関係を説明する図である。
【図11】同上、燃料電池の構成を説明する断面図である。
【図12】同上、燃料電池の発電特性を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の白金含有触媒では、前記金属元素の合計に対する白金のモル比をX’とするとき、1≦X’≦2.5の範囲においてY=−0.043X’+1.228の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてY=−0.007X’+1.131の関係を有する構成とするのがよい。このような構成によれば、触媒活性を向上させるためにPt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができる。
【0026】
本発明の白金含有触媒では、前記金属元素の合計に対する白金のモル比をX’とするとき、1≦X’≦2.5の範囲においてN=−0.011X’+0.372の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてN=−0.001X’+0.345の関係を有する構成とするのがよい。このような構成によれば、Pt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができる。
【0027】
本発明の白金含有触媒では、前記金属元素の合計に対する白金のモル比をX’とするとき、1≦X’≦2.5の範囲においてY=−0.043X’+1.228の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてY=−0.007X’+1.131の関係を有し、1≦X’≦2.5の範囲においてN=−0.011X’+0.372の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてN=−0.001X’+0.345の関係を有する構成とするのがよい。このような構成によれば、Pt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができる。
【0028】
本発明の白金含有触媒では、前記モル比が0.25≦X≦1である構成とするのがよく、好ましくは、前記モル比が0.2≦X≦0.6である構成とするのがよく、より好ましくは、前記モル比が0.4≦X≦0.6である構成とするのがよい。このような構成によれば、ルテニウムが助触媒として作用し、Pt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができ、発電特性が優れた燃料電池を実現することができる。
【0029】
本発明の白金含有触媒では、前記金属元素がルテニウムである構成とするのがよい。このような構成によれば、ルテニウムが助触媒として作用し、Pt5d空軌道の状態密度が最適なものとなり、触媒活性を向上させることができる白金含有触媒を提供することができ、発電特性が優れた燃料電池を実現することができる。
【0030】
本発明の燃料電池では、前記触媒電極が燃料極側に使用された構成とするのがよい。このような構成によれば、Pt5d空軌道のホールの数がより大きな白金含有触媒が燃料極側の前記触媒電極に使用されるので、発電特性の優れた燃料電池を提供することができる。
【0031】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0032】
[実施の形態]
<Pt含有触媒>
カーボンに担持されたPtRu触媒は、次のように作製した。塩化ルテニウム水溶液と酢酸ナトリウムを混合し均一な溶液を得た後、カーボンブラックを加え撹拌して均一に分散させ、撹拌を続けながら水素化ホウ素ナトリウム水溶液を滴下させて、カーボン担持Ruナノ粒子の分散液を得る。この分散液を撹拌しながら、塩化白金酸水溶液と水素化ホウ素ナトリウム水溶液を同時に滴下しながら添加することによって、カーボンに担持されたPtRuナノ粒子の分散液を得る。なお、塩化白金酸水溶液及び水素化ホウ素ナトリウム水溶液の濃度、添加容積は、Ptに対するRuのモル比が所定の値として得られるように定められる。カーボンに担持されたPtRuナノ粒子を、遠心分離器を用いて回収し、多量の水で精製する。
【0033】
<Pt含有触媒が適用される燃料電池>
図1は、本発明の実施の形態における、DMFC(直接型メタノール燃料電池)の構成例を説明する断面図である。
【0034】
図1に示すように、メタノール水溶液が燃料25として、流路をもつ燃料供給部(セパレータ)50の入口26aから通路27aへと流され、基体である導電性のガス拡散層24aを通って、ガス拡散層24aによって保持された触媒電極22aに到達し、図1の下方に示すアノード反応に従って、触媒電極22a上でメタノールと水が反応し、水素イオン、電子、二酸化炭素が生成され、二酸化炭素を含む排ガス29aが出口28aから排出される。生成された水素イオンは、プロトン伝導性複合電解質によって形成された高分子電解質膜23中を、生成された電子はガス拡散層24a、外部回路70を通り、更に、基体である導電性のガス拡散層24bを通って、ガス拡散層24bによって保持された触媒電極22bに到達する。
【0035】
図1に示すように、空気又は酸素35が、流路をもつ空気又は酸素供給部(セパレータ)60の入口26bから通路27bへと流され、ガス拡散層24bを通って、ガス拡散層24bによって保持された触媒電極22aに到達し、図1の下方に示すカソード反応に従って、触媒電極22b上で水素イオン、電子、酸素が反応し、水が生成され、水を含む排ガス29bが出口28bら排出される。図1の下方に示すように全反応は、メタノールと酸素から電気エネルギーを取り出して水と二酸化炭素を排出するというメタノールの燃焼反応となる。
【0036】
図1において、高分子電解質膜23は、プロトン伝導性複合電解質が結着剤(例えば、ポリテトラフロロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、等…)によって結着されて形成されている。高分子電解質膜23によって、アノード20とカソード30が隔てられ、高分子電解質膜23を通して水素イオンや水分子が移動する。高分子電解質膜23は、水素イオンの伝導性が高い膜であり、化学的に安定であって機械的強度が高いことが好ましい。
【0037】
図1において、触媒電極22a、22bは、集電体である導電性の基体を構成し、ガスや溶液に対して透過性をもったガス拡散層24a、24b上に密着して形成されている。ガス拡散層24a、24bは、例えば、カーボンペーパー、カーボンの成形体、カーボンの焼結体、焼結金属、発泡金属等の多孔性基体から構成される。燃料電池の駆動によって生じる水によるガス拡散効率の低下を防止するために、ガス拡散層は、フッ素樹脂等で撥水処理されている。
【0038】
触媒電極22a、22bは、例えば、白金、ルテニウム、オスミウム、白金−オスミウム合金、白金−パラジウム合金等からなる触媒が担持された担体が、結着剤(例えば、ポリテトラフロロエチレン、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、等…)によって結着され形成されている。担体として、例えば、アセチレンブラック、黒鉛のような炭素、アルミナ、シリカ等の無機物微粒子が使用される。結着剤を溶解させた有機溶剤に炭素粒子(触媒金属が担持されている。)が分散された溶液を、ガス拡散層24a、24bに塗布し、有機溶剤を蒸発させて結着剤によって結着された膜状の触媒電極22a、22bが形成される。
【0039】
高分子電解質膜23が、ガス拡散層24a、24b上に密着して形成された触媒電極22a、22bによって挟持され、膜電極接合体(MEA:Membrane-Electrode Assembly)40が形成されている。触媒電極22a、ガス拡散層24aによってアノード20が構成され、触媒電極22b、ガス拡散層24bによってカソード30が構成されている。アノード20及びカソード極30は高分子電解質膜23に密着し、炭素粒子の間にプロトン伝導体が入り込み、触媒電極22a、22bに高分子電解質(プロトン伝導体)を含浸させた状態となって、触媒電極22a、22と高分子電解質膜23とが密着して接合され、接合界面で水素イオンの高い伝導性が保持され、電気抵抗が低く保持される。
【0040】
なお、図1に示した例では、燃料25の入口26a、排ガス29aの出口28a、空気又は酸素(O2)35の入口26b、排ガス29bの出口28bの各開口部が、高分子電解質膜23、触媒電極22a、22bの面に垂直に配置されているが、上記の各開口部が、高分子電解質膜23、触媒電極22a、22bの面に平行に配置されている構成とすることもでき、上記の各開口部の配置に関して種々の変形が可能である。
【0041】
図1に示す燃料電池の製造は、各種文献に公知されている一般的な方法を利用できるので、製造に関する詳細な説明は省略する。
【0042】
<Pt含有触媒の特性とX線吸収スペクトル>
X線吸収微細構造(XAFS:X-ray absorption fine structure)測定は物質のX線吸収強度(吸光度)の波長依存性を測定することで、吸収元素、吸収原子の配位数や価数等の化学結合状態、吸収原子周りとその近傍原子の距離の分布等、物質の局所構造に関する情報を得ることができる測定手法である。
【0043】
吸収端から約数十eV程度に現れるX線吸収端構造(XANES:X-ray absorption near-edge structure)は内殻から非占有準位への電子遷移の効果により吸収スペクトルが形成され、そのスペクトル形状には吸収原子の配位数や価数等の化学結合状態の情報が非常に敏感に反映される。
【0044】
吸収端から約1000eV程度に現れる広域X線吸収微細構造(EXAFS:Extended X-ray absorption fine structure)は吸収原子から放出された光電子が周りの原子によって散乱され、この放出電子波と散乱電子波との干渉によって光電子の遷移確率が変調されてスペクトルに波状の構造が現れる。この波状の構造を解析することで吸収原子から吸収原子周りの原子間距離分布の情報を得ることができる。
【0045】
Pt原子の内殻2p軌道の電子を励起すると、電気双極子遷移によりPt5d空軌道へ遷移する。Pt5d空軌道の状態密度は、遷移エネルギー以上のエネルギーを有するX線を照射して、LIII吸収端又はLII吸収端におけるX線吸収スペクトルの吸収強度に反映される。
【0046】
本発明では、X線吸収端構造(XANES)の解析に基づいて、PtLIII吸収端のピーク強度を求め、最適な触媒活性を与える白金含有触媒のPt5d空軌道の状態密度を決定しようとするものである。
【0047】
白金触媒のPtLIII吸収端のピーク強度は相対強度であり、厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度を基準としてこれに対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比を使用する。なお、吸収ピーク強度はPt原子1個の平均としての値である。
【0048】
また、PtLIII吸収端及びLII吸収端の両者のピーク強度を考慮することで、後述する方法によって、Pt5d空軌道の状態密度を定量的な数値であるホールの数として求めることができ、Pt単体金属箔を基準としこの白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3として求める。なお、ホールの数はPt原子1個の平均としての値である。
【0049】
次に、X線吸収スペクトルの測定とその規格化について概要を説明する。
【0050】
<Pt含有触媒の特性を評価するためのX線吸収スペクトルの規格化>
(X線吸収スペクトルの測定)
触媒粒子をカーボン坦持した状態で試料とし、X線吸収スペクトルを次のように測定する。触媒粒子をテープに均一に塗布し、適切な吸収強度が得られるように枚数を調整する。X線吸収スペクトルは、シンクロトロン放射光実験施設(SPring-8)を用いてPtのLIII及びLII吸収端について測定した。
【0051】
X線吸収スペクトルは透過法又は/及び蛍光法によって測定することができる。参照試料としてPt金属箔を使用し吸収スペクトルを測定した。PtLIII吸収端に関する吸収スペクトルは蛍光法によって次のようにして得ることができる。入射X線のエネルギーをPtLIII端の前後で調整しながら、各エネルギーにてPtLIII端を励起して生じる蛍光X線強度Ifを測定し、これを入射X線強度I0で除した(If/I0)として吸収スペクトルを得ることができ、PtLII吸収端の吸収スペクトルも同様にして得ることができる。
【0052】
(X線吸収スペクトルの規格化)
X線吸収端の吸収スペクトルのピーク強度を求めるには、Ptの密度等による違いや全体のスペクトル形状等を補正するために、スペクトルを規格化する必要がある。この規格化処理は、ピーク強度を左右するので適切に合理的に行う必要がある。
【0053】
図2は、本発明の実施の形態における、PtL吸収端のX線吸収スペクトルの規格化とX線吸収強度を説明する図である。
【0054】
図2(A)はX線吸収スペクトルとバックグランド(背景曲線)を説明する図であり、横軸は光子エネルギー(E)、縦軸はX線吸収強度(吸光度、Absorbance)(任意単位)を示し、Fobs(E)は実測されたX線吸収スペクトルである。図2(A)において、F2(E)は、ポストエッジ領域(吸収端よりも高いエネルギー領域)のスペクトルを二次曲線近似して得られるバックグランド、F1(E)はプリエッジ領域(吸収端よりも低いエネルギー領域)のスペクトルを直線近似して得られるバックグランドを示す。
【0055】
図2(B)は規格化されたX線吸収スペクトル(Fc(E))を示し、縦軸はその強度を示している。規格化されたX線吸収スペクトルFc(E)は、実測されたX線吸収スペクトルFobs(E)から図2(A)に示すバックグランドF1(E)を差し引き、図2(A)に示すバックグランドF1(E)とF2(E)の差が光子エネルギーEの各値で1.0となるように規格化され、Fc(E)={(Fobs(E)−F1(E))/(F2(E)−F1(E))}によって求める。このようにして、スペクトル全体が規格化される。
【0056】
図2(C)は、PtLIII、PtLII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの横軸(光子エネルギーE)を調整したX線吸収スペクトル、即ち、広域X線吸収微細構造(EXAFS:Extended X-ray absorption fine structure)を一致させるように、エネルギー軸(E)を調整して得られるスペクトルを示す。
【0057】
図2(C)に示すような吸収端近傍に出現するX線吸収端構造(XANES:X-ray absorption near-edge structure)は内殻から非占有準位への電子遷移による吸収スペクトルであり、その形状はエネルギー吸収に関与する原子の配位数、価数等の化学結合状態反映を反映している。図2(C)では、横軸は、LIII端とLII端の吸収スペクトルのエネルギー軸(横軸)を共通にした相対光子エネルギー(E)、縦軸はPtLIII、PtLII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの強度(X線吸収強度)を示し、積分範囲が共通にされている。
【0058】
図2(C)に示すPtLIII、PtLII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルを使用して、非特許文献3〜5により報告されている方法に従って、次のようにして、Pt5d空軌道の状態密度を定量的な数値であるホールの数として求めることができる。
【0059】
<Pt含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数>
Pt5d空軌道のホールの数hTsは、参照試料(Pt金属箔を使用する。)のホールの数をhTrとして、式(5)、(6)によって表される。
【0060】
Ts=(1+fd)hTr …(5)
d=({(A’3s−A’3r)+1.11(A’2s−A’2r)}/(A3r+1.11A2r)
…(6)
【0061】
式(6)において、A’3s、A’2sはそれぞれ試料の規格化された吸収スペクトルのPtLIII端の積分吸収強度、PtLII端の積分吸収強度であり、A’3r、A’2rはそれぞれ参照試料の規格化された吸収スペクトルのPtLIII端の積分吸収強度、PtLII端の積分吸収強度である。また、A3r、A2rはそれぞれ参照試料のPtLIII端とPtLII端のPt5d空軌道に由来する積分吸収強度であり、Pt5d5/2空軌道のホールの数h5/2とPt5d3/2空軌道のホールの数h3/2を用いて、式(7)、(8)によって表される。
【0062】
3r=(A’3r−A’2r)(h5/2+h3/2)/h5/2 …(7)
2r=(A’3r−A’2r)h3/2)/h5/2 …(8)
【0063】
なお、ホール数の比(h5/2/h3/2)として、Pt単体金属について5d軌道だけでなく6s6p軌道との混成も考慮した相対論的tight-bindingバンド計算から得られているホール数の比h5/2/h3/2=2.9の値(非特許文献5)を採用した。また、Pt単体金属のホール数(hTr、式(5))として、Pt単体金属について、原子球内を原子軌道関数として球外の平面波にうまく接続させる手法であるAPW(augmented-plane-wave)法による第一原理計算によって求められている5d空軌道のホール数hTr=0.3(個)の値(非特許文献4、6)を採用した。
【0064】
また、PtLIII端、PtLII端の吸収スペクトルのエネルギー軸(横軸)が共通にされ積分範囲が共通とされた図2(C)に示す規格化されたX線吸収スペクトルを使用して数値積分を行って、PtLIII端、PtLII端での積分吸収強度、A’3s、A’2s、A’3r、A’2rを求める。
【0065】
参照試料の図2(C)に示す規格化されたX線吸収スペクトルからA’3r、A’2rを求め、式(7)、(8)によって、A3r、A2rを求め、更に、式(6)によりfdを得て、式(5)により、Pt含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数hTsを得ることができる。
【0066】
次に、本発明によるPt含有触媒として、PtRu触媒に関する実施例について説明する。なお、以下では、Pt以外にRuを含みカーボンに坦持された触媒に対して最も効果を発揮することから、この触媒について説明するが、適用される触媒の組成はこれに限るものではない。
【実施例】
【0067】
<PtRu触媒の作製>
カーボンに担持されたPtRu触媒は、次のように作製した。0.98M塩化ルテニウム(RuCl3)水溶液1.09mLと、7.35M酢酸ナトリウム(CH3COONa))18mLをよく混合して均一な溶液を得た後、200mgのカーボンブラック(ケッチェンブラック)を加えて激しく撹拌して均一に分散させた。更に、撹拌を続けながら1.0M水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)水溶液を10.7mL滴下させることで、カーボンに担持されたRuナノ粒子の分散液が得られた。
【0068】
この分散液を撹拌しながら、この分散液に、3.4M塩化白金酸(H2PtCl6)水溶液(Va mLとする。)と1.0M水素化ホウ素ナトリウム水溶液(34Va mLとする。)を同時に滴下しながら加える(但し、VaはPtに対するRuのモル比が所定の値となるように決められる。)ことで、カーボンに担持されたPtRuナノ粒子分散液を得た。遠心分離器でこのカーボンに担持されたPtRuナノ粒子を回収し、多量の水で精製を行ってPtRu触媒を得た。
【0069】
以上のようにして作製されたPtRu触媒の組成を次に示す。
【0070】
図3は、本発明の実施例における、PtRu触媒の組成(A)とその特性(B)を説明する図である。
【0071】
図3(B)に示すように、実施例1〜実施例9のPtRu触媒におけるモル比x(Ru/Pt)は約0.1〜1.0の範囲にある(モル比y(Pt/Ru)で表わすと約1〜10の範囲にある)。
【0072】
なお、比較例1〜比較例3のPtRu触媒は市販品でありカーボンに担持されていないものである。比較例1はBASF製(Unsupported Pt2Ru black)、比較例2及び比較例3は田中貴金属製であり、分析値から計算されたモル比x(Ru/Pt)(モル比y(Pt/Ru))を図3(B)に示す。また、比較例4は、Pt金属単体粉末試薬(Nilaco製、PT-354011(300mesh、99.98%))である。
【0073】
<吸収スペクトルの測定>
実施例に関しては触媒粒子をカーボン坦持した状態で試料とし、X線吸収スペクトルを次のように測定した。
【0074】
触媒粒子をテープに均一に塗布し、適切な吸収強度が得られるように、触媒粒子が塗布されたテープの枚数を調整し、測定試料とした。X線吸収スペクトルは、シンクロトロン放射光実験施設(SPring-8)でPtLIII吸収端とLII吸収端のそれぞれについて測定した。透過法と蛍光法の両方によりX線吸収スペクトルの測定を試みたが、ここでは蛍光法によるX線吸収スペクトルの測定結果を示す。但し、参照試料であるPt箔(厚さ10μm)については透過法によりX線吸収スペクトルを測定した。
【0075】
図2に関して先述したように、PtLIII吸収端の吸収スペクトルは、入射X線のエネルギーをPtLIII端の前後で調整しながら、各エネルギーにおいてPtLIII端を励起して生じる蛍光X線強度を入射X線強度で割ることによって得た。PtLII吸収端の吸収スペクトルも同様に得た。
【0076】
図2に関して先述したように、吸収端よりも低いエネルギー領域(プリエッジ領域)では、スペクトルを直線で近似し、吸収端よりも高いエネルギー領域(ポストエッジ領域)では、スペクトルを二次曲線で近似し、二次曲線と直線の強度差が1になるように、スペクトル全体を規格化した。
【0077】
近似するスペクトルのエネルギー範囲を適切に設定することも重要であり、特に、ポストエッジ領域は、吸収端近くまで設定すると、不適切に吸収ピーク強度が変化してしまい、状態密度の定量を誤らせてしまう。ここでは、PtLIII吸収端エネルギーをE3、PtLII吸収端エネルギーをE2として、LIII端では、プリエッジ領域を(E3−270)eV〜(E3−110)eV、ポストエッジ領域を(E3+150)eV〜(E3+765)eVに設定し、LII端では、プリエッジ領域を(E2−270)eV〜(E2−110)eV、ポストエッジ領域を(E2+150)eV〜(E2+550)eVに設定した。
【0078】
以上のようにして得られた、実施例5(Ptに対するRuのモル比をxとして、x=0.422)、比較例2(x=1.015)、比較例4(x=0.000)、Pt箔(x=0.000)のそれぞれについて測定されたPtLIII端のPtLII端の規格化されたX線吸収スペクトルの例を、図4〜図7に示す。
【0079】
図4は、本発明の実施例における、PtLIII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの例を説明する図である。図4において、横軸は光子エネルギー、縦軸は規格化されたX線吸収スペクトルの強度(X線吸収強度)を示す。
【0080】
図5は、本発明の実施例における、PtLII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの例を説明する図である。図5において、横軸は光子エネルギー、縦軸は規格化されたX線吸収スペクトルの強度(X線吸収強度)を示す。
【0081】
図6は、本発明の実施例における、PtLIII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの例を説明する拡大図である。図6において、横軸は光子エネルギー、縦軸は規格化されたX線吸収スペクトルの強度(X線吸収強度)を示す。
【0082】
図7は、本発明の実施例における、PtLII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの例を説明する拡大図である。図7において、横軸は光子エネルギー、縦軸は規格化されたX線吸収スペクトルの強度(X線吸収強度)を示す。
【0083】
なお、図4、図5では、PtLIII吸収端での規格化されたX線吸収スペクトルは、見やすいように縦軸方向にずらして示している。また、図4、図5に示すように、プリエッジ領域、ポストエッジ領域のそれぞれにおいて、吸収スペクトルは、全体的な傾向が平坦であり、吸収強度の高さが1に規格化されたことが分かる。
【0084】
PtLIII吸収端は、Pt2p3/2内殻軌道からPt5d5/2空軌道とPt5d3/2空軌道へ電子が双極子遷移することによって生じ、入射X線エネルギー11570eV付近の吸収端ピーク(図4、図6を参照。)は、Pt5d5/2とPt5d3/2空軌道の状態密度を反映している。
【0085】
一方、PtLII吸収端は、Pt2p1/2内殻軌道からPt5d3/2空軌道へ電子が双極子遷移することよって生じ、入射X線エネルギー13280eV付近の吸収端ピーク(図5、図7を参照。)は、Pt5d3/2空軌道の状態密度を反映している。なお、LIII吸収端、LII吸収端は共に、非局在6s空軌道へ遷移する成分も微かに混在している。
【0086】
図4〜図7に示すような規格化されたX線吸収スペクトルから得られた、Pt箔のPtLIII吸収端の吸収端ピーク強度に対する、実施例及び比較例のLIII吸収端の吸収端ピーク強度の比を、図3(B)に示す。このLIII吸収端の強度比は、PtRu触媒の組成と強い相関を示しており、次に、PtRu触媒の組成とPtLIII吸収端のピーク強度(規格化された強度)の関係について、説明する。
【0087】
<PtRu触媒の組成とPtLIII吸収端のピーク強度の関係>
図8は、本発明の実施例における、PtRu触媒の組成とPtLIII吸収端のピーク強度(Pt箔を基準とする相対強度)の関係を示す図である。
【0088】
図8(A)は、図3(A)に示すPtRu触媒の組成xと図3(B)に示すPtLIII吸収端のピーク強度比をプロットした図であり、横軸はPtRu触媒でのRuのPtに対するモル比x(Ru/Pt)、縦軸は相対強度比を示す。
【0089】
図8(A)に示すように、PtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、モル比をX(=x)とするとき、「○」で示す実施例に関する強度比Yは、0.1≦X≦1の範囲において、実施例を近似する直線Y=0.144X+1.060によって表わされ、点線は測定誤差±0.8%の範囲である、(0.992×Y)以上、(1.008×Y)以下の範囲を示している。なお、参考のために点「○」を滑らかに接続した曲線を示しておく。
【0090】
強度比Yの測定誤差は約±0.8%であり、図8(A)ではこの誤差幅も示しているが、実施例を近似する直線と、比較例を示す「□」とは、0.1≦X≦1の範囲において測定誤差を考慮しても重ならず、実施例の触媒と、比較例の触媒は、Ptの電子状態が明らかに異なっていることを示している。
【0091】
図8(B)は、図3(A)に示すPtRu触媒の組成yと図3(B)に示すPtLIII吸収端のピーク強度比をプロットした図であり、横軸はPtRu触媒でのPtのRuに対するモル比y(Pt/Ru)、縦軸は相対強度比を示す。
【0092】
図8(B)に示すように、PtLIII吸収端のピーク強度の比をY’とし、モル比をX’(=y)とするとき、「○」で示す実施例に関する強度比Y’は、1≦X’≦2.5の範囲においてY’=−0.043X’+1.228によって、2.5≦X’≦10の範囲においてY’=−0.007X’+1.131によってそれぞれ表わされ、点線は測定誤差±0.8%の範囲である、(0.992×Y’)以上、(1.008×Y’)以下の範囲を示している。なお、参考のために点「○」を滑らかに接続した曲線を示しておく。
【0093】
強度比Yの測定誤差は約±0.8%であり、図8(B)ではこの誤差幅も示しているが、実施例を近似する直線と、比較例を示す「□」とは、1≦X’≦2の範囲において測定誤差を考慮しても重ならず、実施例の触媒と、比較例の触媒は、図8(A)の結果と同じように、Ptの電子状態が明らかに異なっていることを示している。
【0094】
次に、Pt5d空軌道のホール数を求め、PtRu触媒の組成とPt5d空軌道のホール数の関係について説明する。
【0095】
<Pt5d空軌道のホール数>
先述した方法によって、式(5)〜式(8)によって、PtRu触媒のPt5d空軌道のホール数を求めることができる。
【0096】
PtLIII端、PtLII端の吸収スペクトルのエネルギー軸が共通にされ積分範囲が共通とされた図2(C)に示すような規格化されたX線吸収スペクトルを使用して数値積分を行って、PtLIII端、PtLII端での積分吸収強度、A’3s、A’2s、A’3r、A’2rを求め、また、参照試料の図2(C)に示すような規格化されたX線吸収スペクトルからA’3r、A’2rを求めた。式(7)、(8)によって、A3r、A2rを求め、更に、式(6)によりfdを得て、式(5)により、Pt含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数hTsを、先述したように、ホール数の比としてh5/2/h3/2=2.9の値、Pt単体金属についての5d空軌道のホール数としてhTr=0.3の値をそれぞれ採用して、求めた。
【0097】
先ず、PtのLIII端及びLII端における積分吸収強度を求める必要がある。PtのLIII端及びLII端の吸収スペクトルの光子のエネルギー軸を共通にして、積分範囲を共通にする必要がある。LIII端とLII端の吸収スペクトルには、図4〜図7に示したように、吸収端から数10eV以上高エネルギーの領域には、広域X線吸収微細構造EXAFS(extended x-ray absorption fine structure)という振動構造が生じている。
【0098】
これは各Pt原子の周りの局所構造(第1、第2近接など各Pt原子から数Å程度の範囲内の原子で構成される構造)を反映しており、本質的にLIII端とLII端で同一である。よって、このEXAFS振動がLIII端とLII端で一致するようにエネルギー軸を調整した。Pt箔を例にとって、LIII端とLII端を一致させた吸収端近傍のスペクトルを、次に示す。
【0099】
図9は、本発明の実施例における、エネルギー軸を調整したPt箔のPtLIII、PtLII吸収端X線吸収スペクトルを説明する図である。図9において、横軸は相対光子エネルギー(E)、縦軸はPtLIII、PtLII吸収端の規格化されたX線吸収スペクトルの強度(X線吸収強度)を示す。
【0100】
具体的には、PtLIII端の吸収スペクトルの横軸のエネルギーから、吸収端エネルギーの11549eV(文献値)を差し引き、それに対して、PtLII端の吸収スペクトルをEXAFSが一致するようにずらした。実施例、比較例に関する試料のスペクトルについても同様の処理を行った。0〜50eVの間で、LIII端とLII端のスペクトル強度に差が生じたが、この範囲でスペクトル強度をそれぞれ積分して、参照試料であるPt箔の式(7)、(8)式中の積分吸収強度A'3rとA'2rを求めた。式(7)、(8)は、この積分強度の差がh5/2に比例することを利用している。
【0101】
実施例、比較例に関して、以上のようにして求められたPt5d空軌道のホールの数hTsを、図3(B)に示す。このPt5d空軌道のホールの数hTsは、PtRu触媒の組成と強い相関を示しており、次に、PtRu触媒の組成とPt5d空軌道のホールの数hTsの関係について、説明する。
【0102】
<PtRu触媒の組成とPt5d空軌道のホール数の関係>
図10は、本発明の実施例における、PtRu触媒の組成とPt5d空軌道のホール数の関係を説明する図である。図10において、横軸はPtRu触媒でのRuのPtに対するモル比x(Ru/Pt)、縦軸はPt5d空軌道のホール数を示す。
【0103】
図10(A)は、図3(A)に示すPtRu触媒の組成xと図3(B)に示すPt5d空軌道のホール数をプロットした図であり、横軸はPtRu触媒でのRuのPtに対するモル比x(Ru/Pt)、縦軸はPt5d空軌道のホール数を示す。
【0104】
図10(A)に示すように、Pt5d空軌道のホール数をYとし、モル比をX(=x)とするとき、「○」で示す実施例に関するPt5d空軌道のホール数Yは、0.1≦X≦1の範囲において、実施例を近似する直線Y=0.030X+0.333によって表わされ、点線は測定誤差±0.8%の範囲である、(0.992×Y)以上、(1.008×Y)以下の範囲を示している。なお、参考のために点「○」を滑らかに接続した曲線を示しておく。
【0105】
Pt5d空軌道のホール数Yの測定誤差は約±0.8%であり、図10(A)ではこの誤差幅も示しているが、実施例を近似する直線に対して、比較例を示す点「□」は、0.1≦X≦1の範囲において測定誤差を考慮しても重ならず、実施例の触媒と、比較例の触媒は、Ptの電子状態が明らかに異なっていることを示している。
【0106】
図10(B)は、図3(A)に示すPtRu触媒の組成yと図3(B)に示すPt5d空軌道のホール数をプロットした図であり、横軸はPtRu触媒でのPtのRuに対するモル比y(Pt/Ru)、縦軸はPt5d空軌道のホール数を示す。
【0107】
図10(B)に示すように、Pt5d空軌道のホール数をY’とし、モル比をX’(=y)とするとき、「○」で示す実施例に関するPt5d空軌道のホール数Y’は、1≦X’≦2.5の範囲においてY’=−0.001X’+0.345によって、2.5≦X’≦10の範囲においてY’=−0.011X’+0.372によってそれぞれ表わされ、点線は測定誤差±0.8%の範囲である、(0.992×Y’)以上、(1.008×Y’)以下の範囲を示している。なお、参考のために点「○」を滑らかに接続した曲線を示しておく。
【0108】
Pt5d空軌道のホール数Yの測定誤差は約±0.8%であり、図10(B)ではこの誤差幅も示しているが、実施例を示す近似する直線と、比較例を示す「□」とは、1≦X’≦2の範囲において測定誤差を考慮しても重ならず、実施例の触媒と、比較例の触媒は、図10(A)の結果と同じように、Ptの電子状態が明らかに異なっていることを示している。
【0109】
次に、本発明によるPtRu触媒を用いた燃料電池の特性について説明する。
【0110】
<燃料電池の構成>
図11は、本発明の実施例における、燃料電池の構成を説明する断面図であり、基本的な構造は図1に示すものと同じである。
【0111】
実施例及び比較例に関するPtRu触媒を、ダイレクトメタノール燃料電池の単セルの燃料極12aに使用して、燃料電池の評価を行った。空気極12bには、Pt担持カーボン(田中貴金属製、67wt%白金担持)を全ての単セルに共通して使用した。
【0112】
先ず、触媒粉末を、10wt%Nafion(登録商標)水溶液(DE1021CS 10%Nafion(登録商標)分散溶液)と混ぜてスラリーとした。このとき、触媒粉末とNafion(登録商標)アイオノマーの比率は、空気極12bも燃料極12aも同じく2:1とした。このスラリーをテフロン(登録商標)シート上に塗布し、乾燥後、直径10mmの円形電極となるように切り出した。これら円形電極における白金含有量は、燃料極12aでは8mg、空気極12bでは5mgとなるようにした。
【0113】
MEA(membrane-electrode-assembly)は、電解質膜10として50μmの厚みのNafion(登録商標)膜(15mm×15mm)を燃料極12aと空気極12bの間に挟み、150℃で10分間ホットプレスすることで得られた。このMEAの両極部分を直径12mmのカーボンペーパー(東レ製)で覆い、最後に、ガス拡散層14a、14bとしての2つのPEEK板で挟み、ネジでMEAを締めつけることで単セルとした。
【0114】
これらPEEK板には、直径1mmの無数の穴が開いており、空気極12bの大気からの空気供給、及び、燃料極12aへのメタノール水溶液(80wt%)供給は、ガス拡散層14a、14bの穴を通して、ファンやポンプ等を用いない、パッシブ条件で行った。発電評価は、電極面積に対する電流密度を変化させて、そのときの電圧値を記録し、電流密度−出力密度曲線を得ることで行った。次に、PtRu触媒を用いた燃料電池の特性について説明する。
【0115】
<PtRu触媒を用いた燃料電池の特性>
図12は、本発明の実施例における、燃料電池の発電特性を説明する図である。図12において、横軸は電流密度(mA/cm2)、縦軸は出力密度(mW/cm2)を示す。
【0116】
図12には、代表的な例として、実施例5、比較例1、比較例4による触媒を使用する燃料電池の発電特性を示すが、電流密度300mA/cm2における出力密度はそれぞれ、91mW/cm2、70mW/cm2、39mW/cm2であり、RuのPtに対するモル比x(Ru/Pt)が略同じである実施例5、比較例1を比較すると、実施例5を用いた燃料電池の出力は、比較例1のそれに対して約1.3倍と大幅に大きくなっている。
【0117】
以上説明したように、触媒活性を大きくするには、Pt5d空軌道のホールの数をより大きくすることによって、Pt−CO結合が弱まりH2Oによる酸化が促進され、反応速度が高める上で重要と考えられ、ダイレクトメタノール燃料電池の高性能化に寄与しているものと考えられる。
【0118】
また、以上の説明では、本発明の触媒を燃料極に用いる例をとって説明したが、非特許文献7によれば、酸素極での酸素還元反応でも、Pt5d空軌道が増加するほど、電解液からの−OHの化学吸着(Pt−OH)が増大して、触媒活性を低下させることから、本発明の触媒を酸素極に用いることができる。これによっても、発電特性の優れた燃料電池を実現することができると考えられる。
【0119】
更に、以上の説明では、PtRu触媒について説明したが、Ru以外の金属とPtと触媒からなる触媒でも高い触媒活性を示し先述と同様の効果が得られ、また、PtRu触媒はRuに加えてRu以外の金属を含んでいても高い触媒活性を示し先述と同様の効果が得られる。
【0120】
以上、本発明を実施の形態について説明したが、本発明は上述の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいて各種の変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本発明によれば、高い触媒活性を有する触媒を提供することができ、優れた出力特性を有する燃料電池を実現することができる。
【符号の説明】
【0122】
10…電解質膜、12a…燃料極、12b…空気極、14a、14b…ガス拡散層、
20…アノード、22a、22b…触媒電極、23…高分子電解質膜、
24a、24b…ガス拡散層、25…燃料、26a、26b…入口、
27a、27b…通路、28a、28b…出口、29a、29b…排ガス、
30…カソード、35…空気又は酸素、40…膜電極接合体、50…燃料供給部、
60…空気又は酸素供給部、70…外部回路
【先行技術文献】
【特許文献】
【0123】
【特許文献1】特開2006−190686号公報(段落0014) 「Pt/Ru合金触媒、その製造方法、燃料電池用電極及び燃料電池」
【特許文献2】WO2007−029607号公報(段落0049、図3) 「貴金属微粒子及びその製造方法」
【特許文献3】特開2007−285598号公報(段落074、図5) 「ダイレクトメタノール燃料電池用膜/電極接合体及びその製造方法」
【特許文献4】特開2008−171659号公報(段落0040)
【特許文献5】特開2008−1753146号公報(段落0036)
【非特許文献】
【0124】
【非特許文献1】A. Hamnett,“ Mechanism and electrocatalysis in the direct methanol fuel cell ”, Catalysis Today 38(1997)445 - 457(5. Mechanism for promotion of platinum by ruthenium)
【非特許文献2】文献2:“ X-ray Absorption Fine Structure (Xafs for Catalysts and Surfaes ”, Yasuhiro Iwasawa ,World Scientific Pub Co Inc(1998/08)
【非特許文献3】文献3:A. N. Mansour et al.,“ Quantitative Technique for the Determination of the Number of Unoccupied d-Electron States I a Platinum Catalyst Using the L2,3 X-ray Absorption Edge Spectra ”, J. Phys. Chem. 1984, 2330 - 2334(III. Quantitative Technique for the Determination of d-Electron Character)
【非特許文献4】M. Brown et al.,“ White lines in X-ray absorption ”, Phys. Rev. B 15, 738 - 744(1977)(III. ABSORPTION CONTRIBUTION OF THE WHITE LINE)
【非特許文献5】L. F. Mattheiss and R. E. Dietz,“ Relativistic tight-binding calculation of core-valence transitions in Pt and Au ”, Phys. Rev. B 22, 1663 - 1676(1980)(TABLE II)
【非特許文献6】N. V. Smith et al.,“ Photoemission spectra and band structures of d-band metals. IV. X-ray photoemission spectra and densities of states in Rh, Pd, Ag, Ir, Pt, and Au ”, Phys. Rev. B 10, 3197 - 3206(1974)
【非特許文献7】S. Mukerjee et al., “ Effect of Preparation Conditions of Pt Alloys on Their Electronic, Structural, and Electrocatalytic Activities for Oxygen Reduction - XRD, XAS, and Electrochemical Studies ”, J. Phys. Chem. 99(1995)4577 - 4587( In-Situ XAS Data Analysis., EXAFS and XANES Analysis at the Pt Ede., TABLE 5 )
【非特許文献8】S. Mukerjee, R. C Urian, “ Bifunctionality in Pt alloy nanocluster electrocatalysts for enhanced methanol oxidation and CO tolerance in PEM fuel cells: electrochemical and in situ synchrotron spectroscopy ”, Electrochemica Acta 47(2002)3219 - 3231( Table 3 )

【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、前記白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060の関係を有する、白金含有触媒。
【請求項2】
前記モル比が0.25≦X≦1である、請求項1に記載の白金含有触媒。
【請求項3】
前記モル比が0.2≦X≦0.6である、請求項1に記載の白金含有触媒。
【請求項4】
前記金属元素の合計に対する白金のモル比をX’とするとき、1≦X’≦2.5の範囲においてY=−0.043X’+1.228の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてY=−0.007X’+1.131の関係を有する、請求項1に記載の白金含有触媒。
【請求項5】
前記金属元素がルテニウムである、請求項1から請求項4の何れか1項に記載の白金含有触媒。
【請求項6】
白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有する、白金含有触媒。
【請求項7】
前記モル比が0.25≦X≦1である、請求項6に記載の白金含有触媒。
【請求項8】
前記モル比が0.2≦X≦0.6である、請求項6に記載の白金含有触媒。
【請求項9】
前記金属元素の合計に対する白金のモル比をX’とするとき、1≦X’≦2.5の範囲においてN=−0.011X’+0.372の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてN=−0.001X’+0.345の関係を有する、請求項6に記載の白金含有触媒。
【請求項10】
前記金属元素がルテニウムである、請求項6から請求項9の何れか1項に記載の白金含有触媒。
【請求項11】
厚さ10μmの白金単体金属箔の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度に対する、白金含有触媒の規格化されたX線吸収スペクトルのPtLIII吸収端のピーク強度の比をYとし、前記白金含有触媒において白金に対する白金以外の金属元素の合計のモル比をXとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてY=0.144X+1.060の関係を有し、前記白金単体金属箔における白金5d空軌道のホール数を0.3とし、前記白金含有触媒におけるPt5d空軌道のホール数をNとするとき、0.1≦X≦1の範囲においてN=0.030X+0.333の関係を有する、白金含有触媒。
【請求項12】
前記モル比が0.25≦X≦1である、請求項11に記載の白金含有触媒。
【請求項13】
前記モル比が0.2≦X≦0.6である、請求項11に記載の白金含有触媒。
【請求項14】
前記金属元素の合計に対する白金のモル比をX’とするとき、1≦X’≦2.5の範囲においてY=−0.043X’+1.228の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてY=−0.007X’+1.131の関係を有し、1≦X’≦2.5の範囲においてN=−0.011X’+0.372の関係を有し、2.5≦X’≦10の範囲においてN=−0.001X’+0.345の関係を有する、請求項11に記載の白金含有触媒。
【請求項15】
前記属元素がルテニウムである、請求項11から請求項14の何れか1項に記載の白金含有触媒。
【請求項16】
請求項1から請求項15の何れか1項に記載の白金含有触媒を用いた触媒電極を有する、燃料電池。
【請求項17】
前記触媒電極が燃料極側に使用された、請求項16に記載の燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−274235(P2010−274235A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131689(P2009−131689)
【出願日】平成21年6月1日(2009.6.1)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】