説明

直交座標運動機構の補正係数決定方法および測定データの収集方法

【課題】各軸リニアリティと直角度の補正係数を、少ない測定回数で一括推定することを可能にする。
【解決手段】三軸XYZで規定される直方体の対角4方向及び三軸方向の計7方向について長さが既知である長さ基準器を用いた長さ測定を行って測定値データMを取得する(S1)。測定データMから各方向についての誤差εを求める(S2)。求められた各方向についての誤差から最小二乗法により各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を一括推定する(S3)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直交三軸を運動軸とする直交座標運動機構の各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を決定するための直交座標運動機構の補正係数決定方法および測定データの収集方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元測定機のような三軸が直交した運動機構を持つ装置の運動誤差は、一軸当たり、リニアリティ、2方向の真直度、ピッチング、ヨーイング、ローリングの6個、さらに各軸間の直角度誤差3個の合計6×3+3=21のパラメータで表される。このような直交座標運動機構において、高精度な運動機構を実現するためには、これらの運動誤差に対して数値補正を適用することが有効である。三次元測定機の場合は、レーザ干渉計やブロックゲージ、ステップゲージ等の長さ基準器、ストレートエッジ等を用いて、これらの運動誤差の補正パラメータを算出する。しかし、これらの補正パラメータを適用して数値補正を行っても、補正の残差が生じる場合には、数値補正された結果に加算して、さらに補正係数を適用する必要がある。この補正係数は、例えば各軸リニアリティのスケールファクタと、直角度誤差から求められる。
【0003】
一方、従来、三次元測定機の精度検査に三次元空間内の任意の方向に設置可能なブロックゲージ、ステップゲージ等を用いることが知られている(特許文献1)。しかし、この特許文献1には、補正係数の算出に際して、どのような測定を行うかの具体的手順は開示されていない。
【特許文献1】実願昭62−158358号のマイクロフィルム(実開平1−64004号)、第8頁〜第13頁、第1図
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、各軸リニアリティと直角度の補正係数を、少ない測定回数で一括推定することを可能にする簡便な直交座標運動機構の補正係数決定方法及び測定データの収集方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る直交座標運動機構の補正係数決定方法は、互いに直交する三軸を運動軸とする運動機構の前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を決定する補正係数決定方法において、前記三軸で規定される直方体の対角4方向及び前記三軸方向の計7方向について長さが既知である長さ基準器を用いた長さ測定を行って測定値データを取得するステップと、前記測定データから前記各方向についての誤差を求めるステップと、前記求められた各方向についての誤差から最小二乗法により前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を一括推定するステップとを備えていることを特徴とする。
【0006】
また、本発明に係る測定データの収集方法は、互いに直交する三軸を運動軸とする運動機構の前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を一括推定するための測定データの収集方法であって、長さ基準器を、前記三軸で規定される直方体の対角4方向及び前記三軸方向の計7方向について配置して、前記運動機構を動作させて各方向について長さ測定を行うことにより各方向についての測定データを収集することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の直交座標運動機構の補正係数決定方法によれば、三軸で規定される直方体の対角4方向及び前記三軸方向の計7方向について長さが既知である長さ基準器を用いた長さ測定を行って測定値データを取得し、この測定データから各方向についての誤差を求め、求められた各方向についての誤差から最小二乗法により前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を一括推定するようにしているので、各軸リニアリティと直角度の補正係数を、少ない測定回数で一括推定することができる。
【0008】
また、本発明の測定データ収集方法によれば、長さ基準器を、三軸で規定される直方体の対角4方向及び三軸方向の計7方向について配置して、運動機構を動作させて各方向について長さ測定を行うことにより各方向についての測定データを収集するようにしているので、各軸リニアリティと直角度の補正係数を推定するのに必要なデータを少ない測定回数で収集することが可能になる。一括推定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の好ましい実施の形態について説明する。
【0010】
[比較例]
先ず、本発明の一実施形態を説明するに当たり、比較例として直交座標系の各軸リニアリティと、各隣接軸間の直角度の補正係数をそれぞれ個別に算出する方法について説明する。なお、ここでは、一例としてステップゲージを測定することによって、補正係数を取得する方法について説明する。
【0011】
図4にステップゲージの概要を示す。ステップゲージ10は棒状のベース11の上にN個のブロック12,12,…,12が1方向に一定間隔で配列されて固定されたもので、ベース11の一端に設定された基準面Sから、各ブロック12〜12の端面までの距離L(i=1,2,…,N)が校正された長さ基準器である。各ブロック端面までの距離の校正値ベクトルをL={L、L、・・・、L}とする。このステップゲージ10を三次元測定機の測定空間内の任意方向に設置する。この状態で、プローブでN個のブロック12〜12の端面位置を測定し、N個の測定値ベクトルM={M、M、・・・M}を得る。測定値Mと校正値Lの差を計算すれば、長さ測定の誤差ベクトルε={ε、ε、ε、・・・ε}が得られる。例えばステップゲージ10を三次元測定機のY軸に沿って設置した場合は、この測定長さに対応した誤差εの一次成分がY軸のリニアリティの補正係数となる。
【0012】
各軸リニアリティの補正係数を算出するための測定において、ステップゲージ10を三次元測定機の測定空間内に設置する位置を図5に示す。測定空間となる直方体Cにおいて、X軸の補正係数を取得する場合は[1]、Y軸の補正係数を取得する場合は[2]、Z軸の補正係数を取得する場合は[3]の位置にステップゲージを設置し、それぞれ長さ測定誤差列{ε}を求め、補正係数を算出する。
【0013】
続いて、直角度の補正係数を算出するための測定の例として、X軸とY軸の直角度の補正係数を算出するための測定において、ステップゲージを三次元測定機の測定空間内に設置する位置を図6に示す。この例では測定空間である直方体Cの一面を形成するXY平面内の対角線方向において、[4]と[5]に示す2組の測定を行う。校正値ベクトルLと、2組の測定値ベクトルM[4]、M[5]とから求められる誤差ベクトルε[4]、ε[5]は、直角度誤差が存在する場合には一方が正方向、もう一方が負方向の誤差を生じる。ε[4]、ε[5]の差から、X軸とY軸の直角度の補正係数を算出することができる。すべての直角度の補正係数を算出するために、X軸とZ軸の間、Y軸とZ軸の間、それぞれに対して同様の測定と補正係数の算出を行う。合計で6組の測定が必要である。
【0014】
以上により、三軸が直交した運動機構を持つ装置の、リニアリティと直角度の補正係数を算出することができる。
【0015】
この方法の問題点として、ステップゲージ測定回数が多いことと、補正係数の算出が煩雑であることがあげられる。この方法では、各軸のリニアリティのために3回、直角度のために6回、合計で9回ステップゲージを測定する必要がある。また、はじめにX軸のリニアリティを測定して補正係数を算出し、続いてY軸及びZ軸について同様に算出し、その後直角度の補正係数を算出する、といったように順次補正係数を算出していくので、手順が煩雑である。また、ひとつの補正係数を算出して数値補正に利用した後は、確認のための測定をその都度実行することが必須であり、さらに手順の煩雑化を生じさせる。
【0016】
そこで本発明では、各軸リニアリティと直角度の補正係数を、7組の測定値から最小二乗法によって一括で推定する簡便な手法を提案する。
【0017】
[実施形態1]
図1は、本発明の一実施形態に係る直交座標運動機構の補正係数決定方法を説明するための図で、直交座標運動機構として三次元測定機を、また長さ基準器としてステップゲージを用いた例を示す図である。
【0018】
三次元測定機20は、次のように構成されている。図示しないワークを載置する定盤21の両側端からアーム支持体22,23が立設され、それらの上端でX軸ガイド24が支持されている。アーム支持体22は、その下端がY軸駆動機構25によってY軸方向に駆動され、アーム支持体23は、その下端がエアーベアリングによって定盤21上にY軸方向に移動可能に支持されている。X軸ガイド24は、垂直方向に延びるZ軸ガイド26をX軸方向に駆動する。Z軸ガイド26には、Z軸アーム27がZ軸ガイド26に沿って駆動されるように設けられ、Z軸アーム27の下端に接触式のプローブ28が装着されている。このプローブ28が定盤21上に載置されたワークに接触したときに、プローブ28からコントローラ31にタッチ信号が出力され、そのときのXYZ座標値をコントローラ31が取り込むようになっている。コンピュータ32は、コントローラ31で取り込んだXYZ座標値から後述する補正係数算出処理を実行する。
【0019】
補正係数の決定に当たり定盤21には、図4と同様のステップゲージ10が載置される。このステップゲージ10は、定盤21に設置される支持機構40に支持されている。支持機構40は中心軸がZ軸に沿った円柱状で、その下端が定盤21に設置されるベース41を形成し、上端がステップゲージ10と連結される連結部42を形成している。連結部42は、ステップゲージ10を、Z軸(垂直方向)を回転軸として回転可能に、且つZ軸と平行な任意の面内で回転可能に連結する。この構造により、ステップゲージ10を三次元測定機20の三次元測定空間に対して任意の方向に配置することが可能になる。
【0020】
図2は、本実施形態における、コンピュータ32で実行される各軸のリニアリティと各軸間の直角度の補正係数を最小二乗法により一括推定する処理を示すフローチャート、図3は上記処理に必要なステップゲージ10の配置方向を示す図である。
【0021】
ステップゲージ10は、図3に示すように、三次元測定機20の測定空間を示す直方体Cの対角方向[1]〜[4]と、X軸、Y軸、Z軸の各軸に沿った方向[5]〜[7]の、合計7つの方向に配置する。そして、各方向について長さ測定を行う(S1)。いま、[1]の方向に配置されたステップゲージ10を三次元測定機20で測定することにより得られた測定値ベクトルをM,同じく[2]の方向の測定値ベクトルをM,…,[7]の方向の測定値ベクトルをMとすると、これらの測定により、以下に示すM〜Mの計7組の測定値ベクトルを得ることができる(S1)。
【0022】
【数1】

11は、測定方向[1]における1番目のブロック12の端面からの距離の測定値を示す。ここで、n1,n2,・・・n7は、[1]〜[7]の測定のそれぞれの測定値の個数である。三次元測定機のような直交座標機構は、それぞれの軸に運動範囲が異なる場合がある。また対角方向は、各軸に沿った方向よりも運動範囲が大きい。このように、ステップゲージ10を測定するような場合には、必ずしも測定可能なデータの個数は一致しない。
【0023】
次に、7組の測定値ベクトルM〜Mと、各ブロック端面までの距離の校正値ベクトルL={L、L、・・・、L}との差から、以下に示す7組の誤差ベクトルε〜εを得る(S2)。
【0024】
【数2】

7組の誤差ベクトルを組み合わせて、測定値全体の誤差ベクトルを以下のように定義する。
【0025】
【数3】

続いて、未知の補正係数ベクトルを以下のように定義する。
【0026】
【数4】

ここで、
αxy,αxz,αyz:直角度の補正係数
α,α,α:各軸のリニアリティの補正係数
α01,α02,…,α07:[1]〜[7]の測定の誤差の0次成分
である。
【0027】
本方法では、αxy,αxz,αyzと、α,α,αと、合計6つの補正係数を一括推定することが目的である。この補正係数は、誤差ベクトルの1次成分で決定される。0次成分は補正係数の算出には必要ないので、α01,α02,…,α07に分離する。
【0028】
誤差ベクトルεと補正係数ベクトルαは、係数行列Yを仲介として次式の関係にある。
【0029】
【数5】

数5の詳細は以下のようになる。
【0030】
【数6】

【0031】
ここで、[1]の1番目の測定点の座標値をX11={x11,y11,z11}、測定の方向ベクトルをa11={ai11,aj11,ak11}とすると、数6中の[Yxy11xz11yz11]は、X11とa11の外積誤差成分を示す係数であり、[Yx11y11z11]は、X11とa11の内積誤差成分を示す係数である。
数6から、最小二乗法の正規方程式は次式のように与えられる。
【0032】
【数7】

数7から、未知の補正係数ベクトルαは次式のように求められる(S3)。
【0033】
【数8】

以上により、各軸のリニアリティと各軸間の直角度の補正係数を最小二乗法により一括推定することが可能である。
【0034】
[実施形態2]
最小二乗法を用いて補正係数を一括推定する場合に、[1]〜[7]のそれぞそれの測定において測定点数が異なった場合には、点数の多い測定結果の重みが増し、一括推定した結果に不具合を生じる場合がある。その場合は、重み係数行列Wを適切に選択し、数7を次式のように変更すれば、測定点数の違いに対してロバストに一括推定することが可能になる。
【0035】
【数9】

なお、以上の説明では、長さ基準器としてステップゲージを用いた測定方法について説明した。しかし、長さ基準器は、ブロックゲージやレーザ干渉計を用いる場合など、参照値となる長さが得られるものであればどのようなものでもよい。
【0036】
本発明により、各軸リニアリティと直角度の補正係数を、7組の測定値から一括で推定する簡便な手法を提案することができる。すなわち、比較例の方法では測定回数が9回必要であったのに対し、本発明では7回で良いので、校正作業の高速化が可能である。また、補正係数の算出は1回行えばよいので、手順の簡略化も実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】この発明の一実施形態に係る補正係数推定方法を実現するための三次元測定機とこの測定機にセットされたステップゲージとを示す斜視図である。
【図2】同三次元測定機におけるコンピュータで実行される補正係数推定方法を示すフローチャートである。
【図3】同方法を実現するための三次元測定空間内におけるステップゲージの配置位置を示す斜視図である。
【図4】長さ基準器としてのステップゲージを示す斜視図である。
【図5】比較例における三軸方向の各軸リニアリティの補正係数を算出するためのステップゲージの配置位置を示す斜視図である。
【図6】比較例における直角度の補正係数を算出するためのステップゲージの配置位置を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0038】
10…ステップゲージ、20…三次元測定機、31…コントローラ、32…コンピュータ、40…支持機構。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに直交する三軸を運動軸とする運動機構の前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を決定する直交座標運動機構の補正係数決定方法において、
前記三軸で規定される直方体の対角4方向及び前記三軸方向の計7方向について長さが既知である長さ基準器を用いた長さ測定を行って測定値データを取得するステップと、
前記測定データから前記各方向についての誤差を求めるステップと、
前記求められた各方向についての誤差から最小二乗法により前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を一括推定するステップと
を備えたことを特徴とする直交座標運動機構の補正係数決定方法。
【請求項2】
前記補正係数を一括推定するステップは、前記測定値データの個数が各方向の長さ測定毎に異なる場合、前記各方向についての誤差から重み付き最小二乗法により前記補正係数を求めるステップである
ことを特徴とする請求項1記載の直交座標運動機構の補正係数決定方法。
【請求項3】
互いに直交する三軸を運動軸とする運動機構の前記各軸のリニアリティおよび各軸間の直角度の補正係数を一括推定するための測定データの収集方法であって、
長さ基準器を、前記三軸で規定される直方体の対角4方向及び前記三軸方向の計7方向について配置して、前記運動機構を動作させて各方向について長さ測定を行うことにより各方向についての測定データを収集する
ことを特徴とする測定データの収集方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−101279(P2007−101279A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−289527(P2005−289527)
【出願日】平成17年10月3日(2005.10.3)
【出願人】(000137694)株式会社ミツトヨ (979)
【Fターム(参考)】