説明

真空蒸着用原料ユニット、真空蒸着用蒸発源および真空蒸着装置

【課題】 有機化合物を安定して保存できると共に、真空蒸着時に突沸現象の発生を抑えることができ、安定して薄膜を形成することができる真空蒸着用原料ユニット、真空蒸着用蒸発源および真空蒸着装置を提供する。
【解決手段】薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する真空蒸着装置または真空蒸着方法に用いられる薄膜原料が収納された略円筒アンプル形状の真空蒸着用原料ユニットであって、上記薄膜原料と共に、該薄膜原料が蒸発するときの突沸を抑制する突沸抑制部材が収納され、不活性ガスまたは乾燥空気と共に密閉封止されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は真空蒸着用原料ユニット、真空蒸着用蒸発源および真空蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
含フッ素有機ケイ素化合物を原料にした真空蒸着法によって防汚性・撥水・撥油性を持たせた薄膜が実用化されており、各種レンズ、液晶表示装置やスキャナー等のガラス面などに防汚処理として成膜されている。
例えば、レンズの防汚層を形成する方法として、パーフルオロポリアルキレンエーテル構造とシロキサン構造とを分子内に有している、フッ素含有有機ケイ素化合物を蒸着源として薄膜を生成する成膜工程を有する薄膜の製造方法が知られている(特許文献1)。
また、形状が精密なプラスチック成形品を生産する場合、その精密な形状を損なうことなく成形金型から成形品を離型することは困難である。例えば、インラインで金型表面に離型剤を塗布する場合、精密な形状を安定的に成形するための金型を得ることが難しく、サブミクロンオーダーの形状制御が必要なプラスチックレンズなどの光学部品等には適用できない。また補助材である離型剤のコストに加えて、金型に離型剤を塗布するための装置、あるいは工数が必要であり、さらに離型剤が製品に付着することが避けられないため、それを除去するための洗浄工程も必要になる。このため、コストおよび環境を悪くする。また、予め金型表面に離型を容易にするDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)やTiN(窒化チタン)系の表面処理を施して離型層を設ける場合がある(特許文献2)。しかし、いずれの離型層も成形品との離型性が不十分であり、成形品を取り出す際に形状を損なうことにより製品歩留まりが低下する。
【0003】
上記方法に代わる離型層の形成方法として物理蒸着法(PVD)の一種である真空蒸着法がある。
真空蒸着法は、10-4Pa程度をこえる高真空中で、真空蒸着装置内部に設置された真空蒸着用蒸発源の原料ユニット内に充填した固体または顆粒状の薄膜原料を加熱蒸発させ、この蒸気を薄膜原料に対向配置されて一定の温度に保持された基材表面に堆積させて薄膜を形成する方法である。
真空蒸着法は、高真空下で成膜することにより蒸着時に薄膜となる高分子の構造を変化させることなく高純度な薄膜が高い成膜速度で形成できる。薄膜原料を蒸気とするためには加熱方式が多用され、その加熱方式には、抵抗加熱法、電子ビーム法、レーザ法(レーザブレーション)などがある。
上記真空蒸着法を用いた含フッ素薄膜形成方法として、レンズなど光学部材の表面に防汚性薄膜を形成する方法が開示されている(特許文献3)。
また、ナノインクプリント関連の離型に関しては、離型剤への浸漬、もしくは離型剤の蒸着等によって膜厚数nmの薄膜を形成し、離型膜として使用されている。
【0004】
従来、有機EL素子を形成するための真空蒸着装置として、有機薄膜の材料である有機化合物の蒸気が放出口付近に付着することのない有機化合物容器、有機蒸発源、真空蒸着装置として、カーボングラファイト、炭化ケイ素または炭化ケイ素がコーティングされたカーボングラファイトで形成された有機化合物容器が知られている(特許文献4)。
また、収納容器内で反応を伴って蒸着材を蒸発させる場合の昇華性物質真空蒸着装置として、蒸着物質を取り囲んで収納する収納容器を備えると共に該収納容器を窒化ほう素または酸化マグネシウムとし、蒸着物質の蒸発面積より断面積の小さいスリット状のノズルを有する蓋を収納容器に設けると共に該蓋を窒化ほう素または酸化マグネシウムとし、該蓋の該ノズルの周囲を囲んで被加熱体を設置すると共に該被加熱体をグラファイトとした真空蒸着装置が知られている(特許文献5)。
【0005】
しかしながら、フッ素含有有機ケイ素化合物、フッ素含有有機化合物などの有機化合物を真空蒸着法により薄膜を形成する場合、これらの有機化合物は室温で液体であるか、少なくとも加熱することにより蒸発時に液状となる。そのため、従来のルツボ型の真空蒸着用収納容器では、真空蒸着時に容器内にて薄膜原料の突沸現象が発生し、真空蒸着装置内を汚染したり、均一な薄膜ができなかったりするという問題がある。
また、特に有機ケイ素化合物、フッ素含有有機ケイ素化合物などの有機化合物は長時間の保存後に薄膜形成すると、所定の目的とする薄膜が得られないという問題がある。
【特許文献1】特開2005−187936号
【特許文献2】特開平5−169459号
【特許文献3】特開平11−071665号公報
【特許文献4】特開平10−251838号公報
【特許文献5】特開平7−316783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題に対処するためになされたものであり、有機化合物を安定して保存できると共に、真空蒸着時に突沸現象の発生を抑えることができ、安定して薄膜を形成することができる真空蒸着用原料ユニット、真空蒸着用蒸発源および真空蒸着装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
突沸が起こる原因について研究したところ、薄膜原料が蒸発するときに不均一に加熱されるために突沸が起こることが分かった。
また、安定して薄膜が形成できない原因について研究したところ、有機材料である薄膜原料が化学的に活性であり、長時間大気雰囲気の放置により変質してしまうことが分かった。本発明はこのような知見に基づきなされたものである。
本発明の真空蒸着用原料ユニットは、薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する真空蒸着装置または真空蒸着方法に用いられる薄膜原料が収納された略円筒アンプル形状の真空蒸着用原料ユニットであって、一回のバッチ処理で使用する上記薄膜原料と共に、該薄膜原料が蒸発するときの突沸を抑制する突沸抑制部材が収納され、不活性ガスまたは乾燥空気と共に密閉封止されていることを特徴とする。
上記原料ユニット内に収納される突沸抑制部材は、該薄膜原料よりも熱伝導率の大きな材料で形成されていることを特徴とする。
また、上記略円筒アンプル形状は、一回のバッチ処理で使用する上記薄膜原料量の5倍以上の内容積であり、かつアンプル先端部を切り取ったときの開口径とアンプル胴部の深さの比が0.5以下であることを特徴とする。
さらに、略円筒アンプル形状がガラス製であることを特徴とする。
【0008】
本発明の真空蒸着用蒸発源は、薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する真空蒸着装置内に設置され、この真空蒸着用蒸発源が上記本発明の真空蒸着用原料ユニットと、この原料ユニットの周囲に熱を伝達する伝熱筒と、この伝熱筒を加熱するための熱源とを備えることを特徴とする。
また、上記伝熱筒の少なくとも原料ユニットに接する部分はグラファイトを主成分とする材料製であることを特徴とする。
【0009】
本発明の真空蒸着装置は、有機物の薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する装置内に上記本発明の真空蒸着用蒸発源が設置されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の真空蒸着用原料ユニットは、一回のバッチ処理で使用する薄膜原料と共に、該薄膜原料が蒸発するときの突沸を抑制する突沸抑制部材が収納され、不活性ガスまたは乾燥空気と共に密閉封止されているので、真空蒸着における突沸を抑制することができる。また、薄膜原料の変質を防ぎ安定した有機薄膜を真空蒸着法で成膜することができる。
特に突沸抑制部材が薄膜原料よりも熱伝導率の大きな材料で形成されているので、均一に薄膜原料を加熱できる。また、略円筒アンプル形状は、一回のバッチ処理で使用する上記薄膜原料量の5倍以上の内容積であり、かつアンプル先端部を切り取ったときの開口径とアンプル胴部の深さの比が0.5以下であるので、万一突沸が発生しても、真空蒸着用原料ユニットから飛沫が飛び出すことを抑えることができる。
また、一回のバッチ処理で使用できる薄膜原料量を収納できる内容積の真空蒸着用原料ユニットなので、薄膜原料を使用後保存する必要がなくなる。そのため、蒸着時は、未使用の薄膜原料を開封して使用することになるので、真空蒸着法により有機薄膜を安定的に成膜することができる。
【0011】
本発明の真空蒸着用蒸発源は、上記真空蒸着用原料ユニットと、この原料ユニットの周囲に熱を伝達する伝熱筒と、この伝熱筒を加熱するための熱源とを備えるので、原料ユニット内の薄膜原料を周囲から均一に加熱することができる。
特に原料ユニットに接する部分はグラファイトを主成分とする材料とするので、熱伝導性に優れ、より均一に薄膜原料を加熱することができる。
【0012】
本発明の真空蒸着装置は、有機物の薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する装置内に上記真空蒸着用蒸発源が設置されているので、薄膜の品質低下、歩留まりが向上し、安定して薄膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の真空蒸着装置および真空蒸着方法に用いられる真空蒸着用原料ユニットを図に基づいて説明する。図1は真空蒸着装置を示す図であり、図2は真空蒸着用原料ユニットを説明する断面図である。
【0014】
図2の(a)に示すように、原料ユニット4は略円筒状のアンプル形状の容器の内部に薄膜原料11および突沸抑制部材12を収納したものである。原料ユニット4のアンプル形状の容器(以下、アンプル5という)は、先端部5aおよび胴部5bからなり、先端部5aと胴部5bの接合部分は括れてネック部5cを形成している。
原料ユニット4は、薄膜原料11を収納して保管するものであり、また薄膜形成の際は原料ユニット4ごと加熱され、ルツボの役割をする。
【0015】
原料ユニット4のアンプル5内部に薄膜原料11および突沸抑制部材12を秤量して入れ、不活性ガス等を充填して密封する。原料ユニット4は、この状態で保管される(図2(a))。
【0016】
ここで、ひとつの原料ユニットに収納される薄膜原料量は、一回のバッチ処理で使用できる量であり、原料ユニットのアンプルはこの量を収納できる十分な内容積を有する。このことにより、薄膜原料の秤量や原料ユニットを後述する伝熱筒に充填する作業中に、薄膜原料が変質するのを最小限に抑えることができる。
【0017】
使用する際は、まず原料ユニット4のアンプル先端部5aをネック部5cで折って開封する(図2(b))。開封した原料ユニット4を、開口部5c’を上向きにして伝熱筒6に装着する。真空蒸着の際は、原料ユニット4ごと加熱して使用する(図1)。
【0018】
アンプル5の材質は、耐熱性があり、薄膜原料と反応することなく、また、伝熱筒6と凝着が起こらない材質を用いる。具体的には、セラミック製、ガラス製であることが好ましく、取り扱いの容易さからガラス製が好ましい。好ましいガラスとしてはシリカガラス、パイレックスガラス(「パイレックス」は登録商標)等が挙げられる。
【0019】
仮に突沸が発生しても、飛沫が原料ユニットから飛び出す確率を小さくするために、アンプルの内容積は薄膜原料の容積に比較して十分大きく、また開封したアンプルの開口径は小さいことが好ましい。具体的には、アンプルの内容積は薄膜原料の5倍以上であり、かつ図2に示すように、先端部5aをネック部5cで切り取った時の開口部5c’の開口径をD1、開口部5c’からアンプル胴部5bの底部までのアンプル胴部の深さをD2とすると、開口径とアンプル胴部の深さの比であるD1/D2の値が0.5以下であることが好ましい。
【0020】
有機薄膜を形成するための薄膜原料は、一般に反応性が高いものが多く、特に大気雰囲気中の水分により変質してしまうものが多い。保管時にはこれを防止するため、薄膜原料を原料ユニット4のアンプル5内に不活性ガスあるいは乾燥空気と共に密閉封止する。
不活性ガスとして具体的には、窒素が好適に用いられる。
【0021】
本発明に使用できる薄膜の原料としては、化学的に不安定な材料を使用することができる。具体的には、フッ素含有有機ケイ素化合物、フッ素含有有機化合物などの含フッ素有機化合物が挙げられる。
【0022】
含フッ素有機化合物としては、平均して1個以上のフッ素原子を含む単位モノマーの重合体または共重合体であって、被膜形成能のある有機高分子であれば使用できる。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン−エチレン共重合体、トリフルオロクロロエチレン重合体、トリフルオロクロロエチレン−エチレン共重合体、ポリビニルフルオライド、ポリビニリデンフルオライド、フルオロポリエーテル重合体、ポリフルオロシリコーン、脂肪族環構造を有するパーフルオロ重合体等が例示できる。
上記含フッ素有機化合物の中で、パーフルオロ系高分子が好ましく、更に少なくとも1個の二重結合もしくは三重結合炭素、−COOH基、または、−Si(OR)3基を分子内に含むことが好ましい。Rは炭素数1〜3のアルキル基が好ましい。このパーフルオロ系高分子を用いることにより、基板との密着性に優れる。
【0023】
好適に用いられる含フッ素有機化合物として、主鎖末端に−Si(OR)3基を有するフルオロアルキルシランTSL8257(商標、GE東芝シリコーン社製)、主鎖に脂肪族環構造を有するアモルファスパーフルオロ重合体であるサイトップ(商標、旭硝子社製)が挙げられる。
【0024】
突沸の発生を防ぐために、薄膜原料は突沸を抑制する部材と共に加熱する。突沸抑制部材と共に加熱することで、薄膜原料は均一に加熱される。
本発明の真空蒸着用原料ユニットは、上記原料ユニットのアンプル5内に、薄膜原料11と共に、あらかじめ突沸抑制部材12が収納されている。
【0025】
この突沸抑制部材12は、薄膜原料11と化学的に反応することなく、また薄膜原料11の変質を促進させない材料であることが好ましい。さらに、薄膜原料11を均一に昇温させるために、薄膜原料11よりも熱伝導率の大きな材料であることが好ましい。具体例としては、グラファイト等を挙げることができ、糸状、網状、布状、フェルト状または多孔質材のグラファイトが好適に用いられる。
【0026】
本発明の真空蒸着用蒸発源について説明する。
真空蒸着用蒸発源は、上述の真空蒸着用原料ユニット4と、この原料ユニット4の周囲に熱を伝達する伝熱筒6と、この伝熱筒6を加熱するための熱源である加熱装置10とから構成される(図1参照)。
【0027】
伝熱筒6の材質としては、熱伝導率の大きい材質であることが好ましい。熱伝導率の大きい材質でできている伝熱筒を用いて加熱することで、薄膜原料を均一に加熱することができる。
また、伝熱筒6の少なくとも原料ユニット4のアンプル5と接する部分は、アンプル5と凝着しない材料であることが好ましく、グラファイトを主成分とする材料であることが好ましい。あるいは、金属の表面にグラファイトをコーティングしたものであってもよい。
伝熱筒6はその周囲を、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)などの高融点金属のフィラメント、シーズヒーター、赤外線ランプヒーターなどを用いた加熱装置10で覆われることにより加熱される。
【0028】
本発明の真空蒸着装置について説明する。真空蒸着により形成される薄膜は、上記薄膜原料を図1に示す真空蒸着装置内で加熱し、蒸発した蒸気を基材上に堆積させることによって得られる。
【0029】
図1に示すように真空蒸着装置1は、排気装置3を備えた真空容器2内に、原料ユニット4を装着した伝熱筒6からなる上述の真空蒸着用蒸発源が収容されている。保持板7により保持された基材8が、原料ユニットのアンプル5が開口した側に対向して配置されている。図中、9は真空容器2のバルブである。
真空蒸着用蒸発源は、真空容器2内に二つ以上複数設けられていてもよい。この場合、各原料ユニットのアンプルが開口した側に対向して、基材が配置される。
【0030】
薄膜が形成される基材としては特に限定はなく、金属、無機酸化物、有機化合物等あらゆる物質を挙げることができる。例えば、石英またはガラス材、ニッケルまたはその合金材、アルミニウムまたはその合金材、マグネシウムまたはその合金材、鉄または鉄合金材、樹脂、天然ゴムまたは合成ゴム等が挙げられる。これらの中で基板への接着性に優れる点から、金属、石英またはガラス材が特に好ましい。樹脂およびゴム等の基材では、薄膜との間にさらに密着層を挿入することで好適に用いることができる。
上記の真空蒸着装置内で、薄膜原料を真空中で加熱、蒸発させ、基材表面で凝固および固化させることにより、基材表面に薄膜を形成する。
【0031】
上記真空蒸着装置を用いた基板上に含フッ素薄膜を形成する方法について説明する。
(1)被膜基材の脱脂洗浄:被膜基材を予め洗浄する。洗浄はアセトンなどによる有機溶剤による洗浄、イソプロピルアルコール(IPA)などによるブラシ洗浄、その他超音波洗浄などを基材の種類に応じて行なう。
(2)ターゲットおよび被膜基材のセッティング:薄膜原料および突沸抑制部材が収納された原料ユニット4のアンプル5の先端部5aを折って開封し、伝熱筒6に装着する。また、基材8を保持板7に装着する。
(3)真空蒸着装置の排気:装置内圧が 10-2 〜 10-4 Pa となるまで排気する。装置内圧は 5 ×10-3 Pa 以下とすることが好ましい。
【0032】
(4)含フッ素薄膜の形成:伝熱筒6を加熱し、薄膜原料の温度を室温から 500 ℃に、昇温速度 10 ℃/分程度で加熱することにより薄膜原料を蒸発させ、基材8上に含フッ素薄膜を形成する。
(5)成膜後の後処理:薄膜を堆積させた後に、薄膜の強度および密着力を向上させるために、約50℃で1時間程度熱処理することが望ましい。
【0033】
本発明の真空蒸着装置を用いた成膜方法においては、薄膜の膜厚は、アンプルに収納する薄膜原料の重量で制御する。
薄膜として実用的な範囲は 50 〜 1000 nm であり、好ましくは、 10 〜 50 nm である。また、成膜された含フッ素薄膜の対水接触角は 90° をこえることができ、精密金型としての十分な撥水性を有している。
【実施例】
【0034】
実施例1および実施例2
基材として精密成形用の金型(SUS304製)を、含フッ素化合物としてサイトップ(旭硝子社製)をそれぞれ準備して、上述した真空蒸着装置を用いて以下の方法で含フッ素薄膜を有する基材を製造した。
原料となるサイトップ、0.020 gと突沸抑制部材であるグラファイト製フェルト、0.030 gの入った原料ユニットのアンプル先端部を折って真空蒸着装置内の伝熱筒に装着し、基材を原料ユニットのアンプル開口部から 200 mm 離れた保持板にセットして、真空容器内を 5×10-3 Pa以下に排気し、伝熱筒の加熱装置を室温から 500 ℃まで昇温速度 10 ℃/ 1 分で加熱した。
なお、原料ユニットは窒素ガスで封入して室温に1ヶ月保存したもの(実施例1)、室温に6ヶ月保存したもの(実施例2)を使用した。
成膜後に 50 ℃で 1 時間の熱処理を行ない、室温大気中に 12 時間放置した後、含フッ素薄膜の膜厚と金型表面の接触角を測定した。
ここで、膜厚はエリプソメータにより測定した。また、接触角は液滴体積 1 ± 0.2 mm3 、室温、の条件における液滴法により、各種液体に対する接触角を測定した。測定に用いた液体は、水( 72.8 mN/m)、グリセリン( 63.4 mN/m)、ジヨードメタン( 50.8 mN/m)およびn−ヘキサデカン( 27.5 mN/m)である。
【0035】
比較例1
原料となるサイトップを、原料ユニットのアンプルに密閉保存することなく、室温大気雰囲気で1ヶ月放置して使用した以外は実施例1と同じ条件で成膜した。薄膜原料の一部は蒸発せずにアンプル内に固形物として残留した。
成膜後に、50 ℃で 1 時間の熱処理を行ない、室温大気中に 12 時間放置した後、実施例1と同様に、膜厚と接触角を測定した。
【0036】
実施例1、実施例2および比較例1の測定結果を表1に示す。
【表1】

表1からわかるように、大気雰囲気に1ヶ月放置した薄膜原料では、十分な膜厚が得られず、また目的とする撥水性が得られない。これに対し、アンプル中に不活性ガスとともに封止した原料ユニットでは、12ヶ月保管後も安定した膜厚および優れた接触角を有する薄膜を形成できることがわかった。
【0037】
実施例3
基材として直径 100 mm のSiウエハを、含フッ素化合物としてサイトップをそれぞれ準備して、上述した真空蒸着装置を用いて以下の方法で含フッ素薄膜を有する基材を作製した。
原料となるサイトップ、0.12 gと突沸抑制部材であるグラファイト製フェルト、0.03 gの入った原料ユニットのアンプル先端部を折って真空蒸着装置内の伝熱筒に装着し、基材を原料ユニットのアンプル開口部から 200 mm 離れた保持板にセットして、真空容器内を 5×10-3 Pa以下に排気し、伝熱筒の加熱装置を室温から 500 ℃まで昇温速度 10 ℃/ 1 分で加熱した。
なお、原料ユニットのアンプルは、アンプル内容積が原料の5倍で、開口径と深さの比が0.5であるものを使用した。
【0038】
実施例4
突沸抑制部材としてグラファイト製フェルトの代わりにスチールウールを使用すること以外は実施例3と同じ条件で、含フッ素薄膜を有する基材を作製した。
【0039】
実施例5
アンプル内容積が原料の2倍であること以外は実施例3と同じ条件で、含フッ素薄膜を有する基材を作製した。
【0040】
実施例6
アンプルの開口径と深さの比が1であること以外は実施例3と同じ条件で、含フッ素薄膜を有する基材を作製した。
【0041】
比較例2
突沸抑制部材としてグラファイト製フェルトを使用せず、アンプル内容積が薄膜原料の2倍で、開口径と深さの比が1であること以外は、実施例3と同じ条件で、含フッ素薄膜を有する基材を作製した。
【0042】
実施例3から6および比較例2で作製した含フッ素系薄膜を有する基材を顕微鏡で観察し、突沸の結果生じた飛沫の付着数を数えた。
1 cm2 当たりの飛沫の付着密度を、表2に示す。
【表2】

【0043】
表2に示すとおり、アンプル内に薄膜原料とともにグラファイト製フェルトを入れること、アンプル内容積を薄膜原料の5倍以上にすること、および開口径と深さの比を0.5以下とすることにより、飛沫の付着密度は著しく低下することがわかった。
【0044】
実施例7
原料となるサイトップ、0.020 gと突沸抑制部材であるグラファイト製フェルト、0.030 gをパイレックス(登録商標)製アンプルに入れ、真空蒸着装置内の伝熱筒に装着し、真空容器内を 5×10-3 Pa以下に排気し、伝熱筒の加熱装置を室温から 500 ℃まで昇温速度 10 ℃/ 1 分で加熱することにより、含フッ素有機薄膜を成膜した。
ここで、グラファイト製伝熱筒を使用した。
【0045】
比較例3
銅合金製伝熱筒を使用したこと以外は、実施例7と同じ条件で含フッ素有機薄膜を成膜した。
【0046】
比較例3では、成膜後にアンプルと伝熱筒が融着し、伝熱筒を繰り返し使用することができなかった。これに対し、実施例7では融着は起こらず、伝熱筒を繰り返し使用することが可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の真空蒸着用原料ユニット、真空蒸着用蒸発源および真空蒸着装置は、あらゆる材質の基材上に、数 10 nm〜数100 nm オーダーの膜厚を有する膜を形成することができ、精密金型の離型処理、精密部材への撥水処理などに好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】真空蒸着装置を示す図である。
【図2】真空蒸着用原料ユニットを説明する断面図である。
【符号の説明】
【0049】
1 真空蒸着装置
2 真空容器
3 排気装置
4 原料ユニット
5 アンプル
6 伝熱筒
7 保持板
8 基材
9 バルブ
10 加熱装置
11 薄膜原料
12 突沸抑制部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する真空蒸着装置または真空蒸着方法に用いられる薄膜原料が収納された略円筒アンプル形状の真空蒸着用原料ユニットであって、
一回のバッチ処理で使用する前記薄膜原料と共に、該薄膜原料が蒸発するときの突沸を抑制する突沸抑制部材が収納され、不活性ガスまたは乾燥空気と共に密閉封止されていることを特徴とする真空蒸着用原料ユニット。
【請求項2】
前記突沸抑制部材は、前記薄膜原料よりも熱伝導率の大きな材料で形成されていることを特徴とする請求項1記載の真空蒸着用原料ユニット。
【請求項3】
前記略円筒アンプル形状は、一回のバッチ処理で使用する前記薄膜原料量の5倍以上の内容積であり、かつアンプル先端部を切り取ったときの開口径とアンプル胴部の深さの比が0.5以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の真空蒸着用原料ユニット。
【請求項4】
略円筒アンプル形状がガラス製であることを特徴とする請求項3記載の真空蒸着用原料ユニット。
【請求項5】
薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する真空蒸着装置内に設置される真空蒸着用蒸発源であって、
この真空蒸着用蒸発源は、請求項1ないし請求項4のいずれか1項記載の真空蒸着用原料ユニットと、この原料ユニットの周囲に熱を伝達する伝熱筒と、この伝熱筒を加熱するための熱源とを備えることを特徴とする真空蒸着用蒸発源。
【請求項6】
前記伝熱筒の少なくとも前記原料ユニットに接する部分はグラファイトを主成分とする材料製であることを特徴とする請求項5記載の真空蒸着用蒸発源。
【請求項7】
薄膜原料を蒸発させて基材表面に薄膜を形成する装置内に真空蒸着用蒸発源が設置されている真空蒸着装置であって、
前記薄膜原料が有機物であって、前記真空蒸着用蒸発源が請求項5または請求項6記載の真空蒸着用蒸発源であることを特徴とする真空蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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