説明

真菌類と細菌類の混合培養方法

【課題】真菌類と細菌類とが定常的に共存することができる真菌類と細菌類の混合培養方法、該方法を利用した抗菌物質の製造方法及び該方法を利用した有害金属の還元方法を提供する。
【解決手段】真菌類と細菌類の混合培養方法においては、1種類又は複数種類の真菌類と、1種類又は複数種類の細菌類との混合培養において、窒素源として例えばアンモニウム塩を用いる。また、この方法を用いてリゾープス・ペカとバシラス・サチルスとを混合培養し、単純培養系では得られない高い抗菌活性及び広範な抗菌スペクトルを有する抗菌物質を製造できる。更には、この方法によって、有害金属の積極的な還元も可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真菌類と細菌類の混合培養方法及び該方法を用いた抗菌物質の製造方法に係り、更に詳細には、アンモニウム塩、亜硝酸塩、硝酸塩のいずれか1又は2以上を窒素源として用いることにより真菌類と細菌類とが定常的に共存することができる真菌類と細菌類の混合培養方法、該方法を用いた抗菌物質の製造方法、及び該方法を用いた重金属(例えば、有害金属)の還元方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を利用した反応は、高温や高圧を必要とせず、高い反応選択性を有し、簡易な装置で物質生産が可能である等の特徴を持っている。そのため、微生物及びその生産物は、医薬、生理活性物質、抗菌物質、及び生分解性プラスチック等の有用物質の生産、発酵食品
及び醸造食品の製造、並びに環境浄化(例えば、特許文献1)等の幅広い分野において利用されている。
微生物利用技術における要素技術としては、保存菌株又は自然界から目的に適合する特性を有する微生物の選抜(分離又はスクリーニング)、遺伝子組換え、変異、細胞融合等の育種技術による性能の向上、及び、このようにして得られた育種株を、最適な条件下で増殖させ、目的の発酵生産物、醸造品等を得る培養等が挙げられる。
【0003】
自然界には多くの種類の微生物が共存しており、それらの間に存在する共生作用及び拮抗作用等の複雑な相互作用の下で、それぞれの個体数が保たれている。しかしながら、複数種の微生物間の相互作用を人為的に制御するのは困難であるため、微生物を利用した有用物質の生産においては、工業生産プロセスの安定性等の観点から、主として単純培養系が用いられている。
【0004】
伝統的な発酵食品や醸造食品の製造等においては、長い年月をかけて混合及び馴致された複数種の微生物を用いて、単独の微生物では得ることのできない独特の風味を有する食品の製造が行われている。多くの場合、清酒業における家付き酵母や、発酵乳の製造における乳酸菌スタータ等、同一の属に属する複数種の微生物が用いられているが、近年、異なる属に属する微生物の混合培養系の応用に関する検討もなされている。例えば、特許文献2には、麹菌と酵母の固体混合培養による酒類の製造方法が開示されている。
また、混合培養により始めて得られた抗菌物質としては、例えば、非特許文献1に記載のBiphenomycin Aが知られている。
また、微生物を用いた六価クロムの還元方法については、例えば、特許文献3に記載されているが、バシラス・ピュミルスに属する微生物が単独で使用されていた。
【0005】
【特許文献1】特開2006−204963号公報
【特許文献2】特許第3567246号公報
【特許文献3】特開2002−281960号公報
【非特許文献1】江崎他、「アプライド・アンド・エンバイロメンタル・マイクロバイオロジー(Applied and Environmental Microbiology)」、(米国)、米国微生物学会(American Society for Microbiology)、第58巻、第12号、p.3879−3882
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の混合培養系は、その殆どが、培養条件の類似する細菌類同士、あるいは真菌類同士の共生的混合培養によるものである。異なる属に属する微生物は、必要とする栄養源が異なるため、それらの混合培養は困難である。特に、カビ等の真菌類とバクテリア等の細菌類とは、その窒素代謝が大きく異なっており、一般的には、前者がアンモニア性窒素等の無機窒素源及びアミノ酸類等の有機窒素源の両者を窒素源として増殖可能であるのに対し、後者は、アンモニア性窒素に対する同化能を有しないため、その増殖には有機窒素源が必要である。
また、両者が増殖可能な有機窒素源を用いた培養条件下では、細菌類の増殖速度の方が真菌類に比べて非常に大きいため、更には、菌種によっては真菌類の方が細菌類より増殖速度が非常に大きいので、両者が共存できる環境を実現することは非常に困難である。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、真菌類と細菌類とが定常的に共存することができる真菌類と細菌類の混合培養方法、及び該方法を利用した抗菌物質の製造方法、並びに、真菌類と細菌類を組み合わせて有害金属を更に効率良く除去する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的に沿う第1の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法は、1種類又は複数種類の真菌類と、1種類又は複数種類の細菌類との混合培養において、前記真菌類と前記細菌類の窒素源として、アンモニウム塩、亜硝酸塩、硝酸塩のいずれか1又は2以上からなる無機窒素源を用い、前記真菌類と前記細菌類の増殖バランスを調整(制御)する。
【0009】
第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法は、第1の発明に係る混合培養方法において、前記細菌類がその増殖に前記窒素源として有機窒素を必要とするものであって、該有機窒素は、前記真菌類による前記無機窒素源の同化物とするものである。このような無機窒素源のみの培養環境下では、細菌類単独では増殖することができないが、真菌類と混合培養する場合には、真菌類による無機窒素源の同化産物である有機窒素化合物を窒素源として利用できるようになるため、細菌類の増殖が可能になる。従って、この真菌類による無機窒素源(例えば、アンモニウム塩、以下同様)の同化作用が細菌類の培養律速過程となるため、細菌類の増殖が真菌類のそれを凌駕することなく、両者の個体数比がほぼ一定の割合に保たれた混合培養が可能になる。
【0010】
第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、有機窒素源のみを用いて混合培養を開始後に、無機窒素源を添加してもよい。また、その場合において、前記有機窒素源がミートペプトンであることが好ましい。
アンモニウム塩(例えば、酢酸アンモニウム)は、特定の細菌類の代謝の阻害剤(インヒビター)として作用することが知られているが、有機窒素源のみを用いて混合培養を開始した後にアンモニウム塩を添加することにより細菌類の増殖を抑制できることが今回新たに見出された。なお、アンモニウム塩の代わりに、適当な濃度の亜硝酸塩又は硝酸塩を使うこともできる。
【0011】
第1、第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類がリゾープス(Rhizopus)属に属していてもよい。
第1、第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類がリゾープス・ペカ(Rhizopus peka)であってもよい。
【0012】
第1、第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記細菌類がバシラス(Bacillus)属に属していてもよい。
第1、第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記細菌類がバシラス・サチルス(Bacillus subtilis)であってもよい。
【0013】
第3の発明に係る抗菌物質の製造方法は、リゾープス・ペカとバシラス・サチルスとを、第1、第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法を用いて混合培養する。
【0014】
第4の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法は、第1の発明に係る混合培養方法において、前記細菌類として、前記窒素源に1)前記無機窒素源、2)有機窒素源又は3)これらの双方を用いて、増殖可能であるものを選び、前記無機窒素源にて前記真菌類及び前記細菌類の固体数のバランスを調整(制御)している。
【0015】
第4の発明において、混合培養する真菌類と細菌類の組み合わせによっては、有機窒素源(例えば、バクトペプシン)のみを与えると、細菌類が増殖できない場合もあり、このような場合であっても、培養開始後の無機窒素源の添加によって真菌類の増殖を抑制して細菌類の増殖が行われることも新たに見いだされた。従って、無機窒素源の量を制御して、細菌類の増殖が真菌類のそれを凌駕することなく、また真菌類の増殖が細菌類のそれを凌駕することなく、両者の個体数比がほぼ一定の割合に保たれた混合培養が可能になる。
【0016】
第5の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類及び前記細菌類はそれぞれ重金属に対して還元作用を有し、該真菌類と前記細菌類の共同培養によって、それぞれの単体の培養物より、重金属化合物に対して更に強い還元力を有する。
ここで、前記重金属化合物として、六価クロム、鉛化合物、砒素化合物、水銀化合物などがある。
【0017】
第5の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類はペニシリウム(Penicillium)であって、前記細菌類はエンテロバクター(Enterobacter)であるのが好ましい。
【0018】
第5の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、処理しようとする重金属化合物に、前記無機窒素源によって制御された前記真菌類と前記細菌類の混合体を接触させて、重金属の還元を行ってもよい。また、処理しようとする重金属化合物を含む物質を、前記真菌類と前記細菌類の混合培養液に入れて、又は処理しようとする重金属化合物を含む液に前記真菌類と前記細菌類の混合培養物を入れて、重金属の還元を行ってもよい。
【発明の効果】
【0019】
第1の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法においては、窒素源として、アンモニウム塩、亜硝酸塩、硝酸塩のいずれか1又は2以上からなる無機窒素源を用い、真菌類と細菌類の増殖バランスを調整しているので、真菌類と細菌類との両者の割合を制御しながら、両者の特性及び共同作用を用いて、一方の菌のみでは発揮しえない特性、また発揮しても十分でない特性を更に強調して発揮させることができる。
【0020】
第2の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法においては、細菌類がその増殖に窒素源として有機窒素を必要とするものであって、有機窒素は、真菌類による無機窒素源の同化物とするものであるので、無機窒素源をして真菌類による有機窒素の生成を制御し、これによって、細菌類を制御するので、結果として、無機窒素源を調整することによって、真菌類と細菌類との個体数比をほぼ一定の割合に保った混合培養が可能になる。
【0021】
第3の発明に係る抗菌物質の製造方法は、真菌類にリゾープス・ペカを、細菌類にバシラス・サチルスを用いて混合培養を行うので、高い抗菌活性を有し、広い抗菌スペクトルを有する。
【0022】
第4の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法は、細菌類として、窒素源に、1)無機窒素源、2)有機窒素源又は、3)これらの双方を用いて、増殖可能であるものを選び、無機窒素源にて真菌類及び前記細菌類の固体数のバランスを調整(制御)するようにしているので、無機窒素源の量を制御して、細菌類の増殖が真菌類のそれを凌駕することなく、また真菌類の増殖が細菌類のそれを凌駕することなく、両者の個体数比がほぼ一定の割合に保たれた混合培養が可能になる。これによって、真菌類と細菌類との混合培養を行って、それぞれ単独に使用する場合より、更に高い菌類による作用を発揮させることが可能となる。
【0023】
第5の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、真菌類及び細菌類はそれぞれ重金属に対して還元作用を有し、真菌類と細菌類の共同培養によって、それぞれの単体の培養物より、重金属化合物に対して更に強い還元力を有するので、比較的安価に重金属化合物の無害化処理が可能となる。
【0024】
なお、第5の発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法において、真菌類にペニシリウム(Penicillium)を、細菌類にエンテロバクター(Enterobacter)を使用した場合には、六価クロム(等の重金属)に対して強い還元性を有し、六価クロムの無害化処理が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
続いて、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
本発明の第1の実施の形態に係る真菌類と細菌類の混合培養方法を用いた抗菌物質の製造方法においては、真菌類の一例であるリゾープス・ペカ(Rhizopus peka)と、細菌類の一例であるバシラス・サチルス(Bacillus subtilis)とを、アンモニウム塩の一例である酢酸アンモニウムを無機窒素源として添加した培地中で混合培養する。
【0026】
真菌類として用いられるリゾープス・ペカ(Rhizopus peka)は、リゾープス属に属する糸状菌の一種で、クモノスカビと呼ばれている。リゾープス属菌は食品腐敗菌としても知られているが、インドネシアの伝統的な発酵食品であるテンペの製造に用いられており、その際に、バクテリアの生育を阻害する抗菌性物質を生産することが知られ
ている(例えば、H.L.Wang他、Proc. Soc. Exptl. Biol. Med., 131,159-163(1969))。
また、デンプン糖化酵素生成能や有機酸生成能が高いため、応用微生物工業の分野においても広く用いられている(P.F.Stanbury著、石崎文彬訳、「発酵工学の基礎」、学会出版センター、1988年、p.3)。
【0027】
細菌類として用いられているバシラス・サチルス(Bacillus subtilis)は、枯草菌として有名である。バシラス・サチルスは胞子形成能を有するため、熱や消毒に強く、しばしば食品汚染の原因菌ともなるが、納豆の生産に古くから用いられているとともに、α−アミラーゼやプロテアーゼ等の菌体外酵素を多く産生するため、酵素の生産等に用いられている(P.F.Stanbury著、石崎文彬訳、「発酵工学の基礎」、学会出版センター、1988年、p.3)。
【0028】
これらの菌株は、本培養における誘導期間の短縮等のために、適当な培地上で前培養を行うことが好ましい。培地としては真菌類及び細菌類の培養に通常用いられる任意の培地を特に制限なく用いることができる。
前培養されたリゾープス・ペカ及びバシラス・サチルスは、培地から分離後に、滅菌水、滅菌済の生理食塩水等の適当な液体に懸濁させる。このようにして得られたリゾープス・ペカの胞子懸濁液、及びバシラス・サチルスの懸濁液は、それぞれ混合培養を行う培地中に接種される。
【0029】
混合培養中におけるリゾープス・ペカの胞子の好ましい濃度は10cfu(コロニー形成単位)/mL〜10cfu/mLである。胞子の濃度が10cfu/mLよりも低いと、混合培養時にリゾープス・ペカを十分に増殖させることができず、胞子の濃度が10cfu/mLよりも高いと、抗菌物質の産生に必要な時間が増大し、生産効率が低下する。なお、「mL」はミリリットルを示す。
【0030】
混合培地中におけるバシラス・サチルスの好ましい濃度は10cfu/mL〜10cfu/mLである。菌体の濃度が10cfu/mLよりも低いと、混合培養時にバシラス・サチルスを十分に増殖させることができず、菌体の濃度が10cfu/mLよりも高いと、バシラス・サチルスの増殖速度が高くなりすぎて、混合培養ができなくなる。
【0031】
混合培養のための培地としては、液体培地が好ましい。炭素源としては、リゾープス・ペカ及びバシラス・サチルスが資化性を有する任意の単糖類、二糖類、及び三糖類以上の多糖類を用いることができるが、好ましくはグルコース及びマルトースである。また、リン源としてはリン酸水素二カリウムが用いられる。その他、ミネラル及び微量元素として、カリウム塩、カルシウム塩、亜鉛塩、鉄塩等が添加される。
【0032】
窒素源としてはアンモニウム塩が用いられる。アンモニウム塩としては、酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩を用いることができるが、酢酸アンモニウムが好ましい。アンモニウム塩の濃度は、リゾープス・ペカ及びバシラス・サチルスの両者が適当な増殖速度で、かつ一定の割合で増殖することができる濃度に調節される。その最適な値は生育条件に大きく依存するため、一義的に定めるのは困難であるが、50〜1000ppmであることが好ましい。アンモニウム塩濃度が高すぎるとバシラス・サチルスの増殖速度が小さくなり定常的な混合培養が困難になる。また、アンモニウム塩濃度が低すぎると、培養液のpHが低くなりすぎるため、バシラス・サチルスの増殖が却って阻害される。
【0033】
なお、オートクレーブ等による高温滅菌の際に、添加した糖質とアンモニウム塩とが反応するのを防止するために、アンモニウム塩は滅菌処理後に添加してもよい。また、混合培養の初期段階におけるバシラス・サチルスの適度な増殖を確保するために、ミートペプトンのみを窒素源として添加した培地中で混合培養を開始し、その後流加培養により酢酸アンモニウムを追加してもよい。
【0034】
ジャーファーメンター(通気攪拌培養装置)等での大量培養の場合等において、混合培養の初期段階におけるバシラス・サチルスの増殖を確保するために、必要に応じてアンモニウム塩とともに有機炭素源を加えてもよい。あるいは、有機窒素源のみを含む培地を用いて混合培養を開始し、その後アンモニウム塩を追加してもよい。アンモニウム塩の追加の開始時期及び添加量は、バシラス・サチルスの培地への添加量、その増殖速度、培養液のpH等に依存するため一義的に決定することは困難である。
有機窒素源としては、一般に細菌類の増殖速度が大きくなりすぎないと言われているミートペプトンが好ましい。有機窒素源の添加量は、例えば、100〜1000ppmである。
【0035】
リゾープス・ペカの胞子懸濁液及びバシラス・サチルスの懸濁液を添加する前に、オートクレーブ等の任意の公知の手段により滅菌を行い、雑菌の混入(コンタミネーション)を防止することが好ましい。
培養容器の形状及び大きさに特に制限はなく、試験管、L字型試験管、フラスコ(三角フラスコ、坂口フラスコ等)、あるいはジャーファーメンター等の任意の反応容器を用いることができる。容器の形状や容量によっては、必要に応じて、除菌フィルターを介した通気等により酸素の供給を行ってもよい。
【0036】
また、必要に応じて、往復振とう機、回転振とう機等を用いた振とう、又はマグネチックスターラー等を用いた攪拌を行ってもよい。
振とうを行う場合、好ましい振とう速度は、例えば、120〜300rpmである。また、攪拌を行う場合、好ましい攪拌速度は、例えば、5〜500rpmである。ジャーファーメンターのような大容量の培養器を用いる場合には、攪拌速度の影響が大きく、例えば200rpm以上で攪拌を行うことが好ましい。
さらに、混合培養は、回分培養によって行ってもよく、また、培養開始後に窒素源であるアンモニウム塩濃度を一定に保つために流加培養(半回分培養)を行ってもよい。
【0037】
上記のリゾープス・ペカとバシラス・サチルスとの混合培養により産生される抗菌物質は、リゾープス・ペカの単純培養により得られる抗菌物質よりも抗菌活性が高く、かつより広い抗菌スペクトルを有する。得られる抗菌物質の構造等については未だ明らかではないが、混合培養開始後48〜72時間で培養液の抗菌活性がピークに達し、その後72〜168時間経過後に活性が消失することから、リゾープス・ペカ及びバシラス・サチルスのいずれか一方又は双方による代謝を受けうるペプチド又はタンパク質ではないかと考えられる。
【0038】
なお、本実施の形態において、リゾープス・ペカを真菌類として用いたが、他に用いることのできる真菌類としては、例えば、ペニシリウム(Penicillium)属、及びアスペルギルス(Aspergillus)属に属する真菌類等が挙げられる。
また、本実施の形態において、バシラス・サチルスを細菌類として用いたが、他に用いることのできる細菌類としては、例えば、大腸菌(Escherichia)属、及びサルモネラ(Salmonella)属に属する細菌類等が挙げられる。
【0039】
続いて、本発明の第2の実施の形態に係る真菌類と細菌類の混合培養方法について説明する。
本発明の第2の実施の形態に係る真菌類と細菌類の混合培養方法においては、真菌類の一例であるペニシリウム(詳細には、Penicillium sp.N3株、以下単に、「ペニシリウム」という)と、細菌類の一例であるエンテロバクター(Enterobacter cloacae NBRC13536株、以下単に「エンテロバクター」という)とを用い、酢酸アンモニウム(アンモニウム塩の一例でもある)を無機窒素源として添加した培地中で混合培養する。
【0040】
これらの菌株は、本培養における誘導期間の短縮等のために、適当な培地上で前培養を行うことが好ましい。培地としては真菌類及び細菌類の培養に通常用いられる任意の培地を特に制限なく用いることができる。
前培養されたペニシリウム及びエンテロバクターは、培地から分離後に、滅菌水、滅菌済の生理食塩水等の適当な液体に懸濁させる。このようにして得られたペニシリウムの懸濁液、及びエンテロバクターの懸濁液は、それぞれ混合培養を行う培地中に接種される。
【0041】
混合培養中におけるペニシリウムの胞子の好ましい濃度は10〜10cfu/mLである。胞子の濃度が10cfu/mLよりも低いと、エンテロバクターの活力が強すぎて混合培養時にペニシリウムを十分に増殖させることができず、胞子の濃度が10cfu/mLよりも高いと、エンテロバクターの勢力が抑えられ、両者による還元性物質の産生が低下する。
【0042】
混合培地中におけるエンテロバクターの好ましい濃度は102〜106cfu/mLである。菌体の濃度が102cfu/mLよりも低いと、混合培養時にエンテロバクターを十分に増殖させることができず、菌体の濃度が106cfu/mLよりも高いと、エンテロバクターの増殖速度が高くなりすぎて、混合培養ができなくなる。
【0043】
混合培養のための培地としては、液体培地が好ましい。炭素源としては、ペニシリウム及びエンテロバクターが資化性を有する任意の単糖類、二糖類、及び三糖類以上の多糖類を用いることができるが、好ましくはグルコース及びマルトースである。また、リン源としてはリン酸水素二カリウムが用いられる。その他、ミネラル及び微量元素として、カリウム塩、カルシウム塩、亜鉛塩、鉄塩等が添加される。
【0044】
無機窒素源としてはアンモニウム塩が用いられる。アンモニウム塩としては、酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸アンモニウム等のアンモニウム塩を用いることができるが、酢酸アンモニウムが好ましい。アンモニウム塩の濃度は、ペニシリウム及びエンテロバクターの両者が適当な増殖速度で、かつ一定の割合で増殖することができる濃度に調節され、その最適な値は生育条件に大きく依存するため、一義的に定めるのは困難であるが、250〜2000ppmであることが好ましい。アンモニウム塩濃度が高すぎると増殖が制御されすぎてしまい、エンテロバクターの生育が阻害される。また、アンモニウム塩濃度が低すぎると、増殖が制御されず混合培養系の確立が困難となる。
【0045】
なお、オートクレーブ等による高温滅菌の際に、添加した糖質とアンモニウム塩とが反応するのを防止するために、アンモニウム塩は滅菌処理後に添加してもよい。また、混合培養の初期段階におけるエンテロバクターの適度な増殖を確保するために、ミートペプトンのみを窒素源として添加した培地中で混合培養を開始し、その後流加培養により酢酸アンモニウムを追加してもよい。
【0046】
ジャーファーメンター等での大量培養の場合等において、混合培養の初期段階におけるエンテロバクターの増殖を確保するために、必要に応じてアンモニウム塩とともに有機炭素源を加えてもよい。あるいは、有機窒素源のみを含む培地を用いて混合培養を開始し、その後アンモニウム塩を追加してもよい。アンモニウム塩の追加の開始時期及び添加量は、エンテロバクターの培地への添加量、その増殖速度、培養液のpH等に依存するため一義的に決定することは困難である。
有機窒素源としては、一般に細菌類の増殖速度が大きくなりすぎないと言われているミートペプトンが好ましい。有機窒素源の添加量は、例えば、100〜1000ppmである。
【0047】
ペニシリウムの胞子懸濁液及びエンテロバクターの懸濁液を添加する前に、オートクレーブ等の任意の公知の手段により滅菌を行い、雑菌の混入(コンタミネーション)を防止することが好ましい。
培養容器の形状及び大きさに特に制限はなく、試験管、L字型試験管、フラスコ(三角フラスコ、坂口フラスコ等)、あるいはジャーファーメンター等の任意の反応容器を用いることができる。容器の形状や容量によっては、必要に応じて、除菌フィルターを介した通気等により酸素の供給を行ってもよい。
【0048】
また、必要に応じて、往復振とう機、回転振とう機等を用いた振とう、又はマグネチックスターラー等を用いた攪拌を行ってもよい。
振とうを行う場合、好ましい振とう速度は、例えば、120〜300rpmである。また、攪拌を行う場合、好ましい攪拌速度は、例えば、5〜500rpmである。ジャーファーメンターのような大容量の培養器を用いる場合には、攪拌速度の影響が大きく、例えば200rpm以上で攪拌を行うことが好ましい。
さらに、混合培養は、回分培養によって行ってもよく、また、培養開始後に窒素源であるアンモニウム塩濃度を一定に保つために流加培養(半回分培養)を行ってもよい。
【0049】
上記のペニシリウムとエンテロバクターとの混合培養により生成される物質は、ペニシリウムの単純培養により得られる物質よりも還元性がより高く、かつより広い範囲の重金属化合物(例えば、六価クロム)に対して還元性能を有する。
そして、真菌類の一例であるペニシリウムと、細菌類の一例であるエンテロバクターは、アンモニウム塩(例えば、酢酸アンモニウム)、亜硝酸塩(例えば、亜硝酸アンモニウム、亜硝酸ナトリウム等)、硝酸塩(例えば、硝酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム)等の希釈溶液を用いてそれぞれの固体数が制御可能となる。従って、これらの無機窒素源によって制御された真菌類と細菌類の混合体に接触させて重金属化合物の還元性を制御できる。
また、処理しようとする重金属化合物を含む物質を、真菌類と細菌類の混合培養液に入れて、又は処理しようとする重金属化合物を含む液に真菌類と細菌類の混合培養物を入れて、重金属の還元を行うこともできる。
【0050】
なお、前記した第1、第2の実施の形態において、リゾープス・ペカやペニシリウムを真菌類として用いたが、他に用いることのできる真菌類としては、用途に応じて、例えば、アスペルギルス(Aspergillus)属に属する真菌類等が挙げられる。
また、第1、第2の実施の形態において、バシラス・サチルス、エンテロバクターを細菌類として用いたが、他に用いることのできる細菌類としては、例えば、大腸菌(Escherichia)属、及びサルモネラ(Salmonella)属に属する細菌類等が挙げられる。
【0051】
本実施の形態においては、1種類の真菌類と1種類の細菌類とを混合培養したが、2種類以上の複数種の真菌類と1種類の細菌類との混合培養、1種類の真菌類と2種類以上の複数種の細菌類との混合培養、及び2種類以上の複数種の真菌類と2種類以上の複数種の細菌類との混合培養のいずれについても、本発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法は適用される。
【0052】
他の真菌類及び細菌類の組み合わせで混合培養を行う場合、使用する培地の組成(炭素源、リン源、ミネラル、及び微量元素の種類並びにそれらの濃度、pH)については、用いられる真菌類及び細菌類の栄養要求性、浸透圧等を考慮して適宜決定される。また、混合培地中に添加する真菌類及び細菌類の菌体数並びにそれらの比についても、増殖速度等を考慮して適宜定められる。
【実施例】
【0053】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
実施例1:窒素源の検討
(1)Rhizopus peka P8胞子懸濁液の調製
真菌類としては、ロスバノス大学ギルバート氏より分譲を受けたRhizopus peka P8(以下「R.peka」と略称する)を用いた。混合培養には、ポテトデキストロース寒天斜面培地(日水製薬株式会社製)7mLに接種後、35℃で7日間培養したものを用いた。胞子懸濁液は、この斜面培地に滅菌水10mLを加えて懸濁したものを用いた。
【0054】
(2)Bacillus subtilis IFO 3335懸濁液の調製
細菌類としては、Bacillus subtilis IFO 3335(以下「B.subtilis」と略称する)を用いた。懸濁液は、次のように作製した。まず、普通寒天斜面培地(日本製薬株式会社製)7mLにB.subtilisを接種後、30℃で24時間培養を行った。培養後のB.subtilisを300mL三角フラスコ内に添加した100mL普通栄養液体培地に接種した。これを30℃、24時間、70rpmで振とう培養を行った。得られた培養液を4200rpmで10分間遠心分離を行い、沈殿物を50mL滅菌済み生理食塩水に添加した。この溶液を10cfu/mLに調整したものを懸濁液とした。
【0055】
(3)液体培地の調製
混合培養に用いる液体培地としては、窒素源(酢酸アンモニウム(ナカライテスク株式会社製)又はミートペプトン(ナカライテスク株式会社製))4.0g、リン酸二カリウム(和光純薬工業株式会社製)1.0g、塩化カリウム(和光純薬工業株式会社製)0.5g、クエン酸一水和物(ナカライテスク株式会社製)3.3g、硫化鉄七水和物(和光純薬工業株式会社製)1.5g、硫化マグネシウム七水和物(和光純薬工業株式会社製)1.5g、硫化亜鉛七水和物(和光純薬工業株式会社製)0.03g、塩化カルシウム(和光純薬工業株式会社製)0.84g、マルトース(ナカライテスク株式会社製)20gを添加したものを6M水酸化ナトリウム水溶液でpH6.0に調整し、精製水を加えて1Lになるようにメスアップしたものを使用した。
【0056】
(4)三角フラスコ中での混合培養
混合培養は、振とう培養法を用いて行った。300mL三角フラスコに上記の培養液を100mL添加し、オートクレーブで121℃、20分間処理したものを用いた。(1)で調製したR.peka胞子懸濁液及び(2)で調製したB.subtilis懸濁液を各1mL添加することを基本条件とし、培養温度は30℃、攪拌速度は70rpmで8日間混合培養を行った。
【0057】
(5)R.pekaの単純培養
比較のため、B.subtilis懸濁液を添加しなかった他は上記(4)と同一の条件下で、R.pekaの単純培養を行った。
【0058】
(6)B.subtilisの単純培養
比較のため、R.pekaの胞子懸濁液を添加しなかった他は上記(4)と同一の条件下で、B.subtilisの単純培養を行った。
【0059】
(7)微生物量の測定
R.pekaにおける菌体量の測定には、乾燥菌体重量測定法を用いた。培養後の培養液をろ紙(ADVANTEC社製)で吸引ろ過した後、得られた菌体を105℃で24時間乾燥させたものを秤量した。結果は100mL培養液あたりの乾燥菌体重量DMW[g]とした。
B.subtilisにおける菌体量の測定には、生菌数測定法を用いた。121℃で20分間オートクレーブ処理を行った普通寒天培地約15mLをシャーレ上で固化した。このシャーレ上に、適度に希釈した培養液100μLを添加した。これを30℃で24時間培養を行い、シャーレ上に現れたコロニー数を計測した。
【0060】
(8)結果
上記(4)〜(6)の培養後、(7)に示す方法によりR.peka及びB.subtilisの菌体数を測定し、各培養条件下における増殖の有無を検討した。その結果を、下記の表1に示す。なお、表1において「○」は増殖が観測されたことを、「×」は増殖が観測されなかったことをそれぞれ表す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1から明らかなように、R.peka単純培養系においては、窒素源がミートペプトン、及び酸酸アンモニウムのいずれの場合にも増殖が観測されたが、B.subtilis単純培養系では、窒素源が酢酸アンモニウムである場合には増殖が認観測されなかった。このことは、B.subtilisがアンモニア性窒素(アンモニウム塩)のみを窒素源とする培養条件下では、窒素同化を行うことができず、増殖できないことを示している。
【0063】
R.peka−B.subtilis混合培養系の場合には、窒素源としてミートペプトンを用いた場合には、B.subtilisのみについて増殖が観測された。これは、増殖速度のより大きいB.subtilisが混合培養の初期においてより速く増殖するため、培養系において圧倒的に優位を占めるためと考えられる。
一方、酢酸アンモニウムを窒素源として用いたR.peka−B.subtilis混合培養系においては、両菌種ともに増殖が観測されるという興味深い結果が得られた。これは、アンモニア性窒素に対する同化能を有しないB.subtilisにとって、R.pekaによるアンモニウム塩の同化産物(アミノ酸、ペプチド等の有機窒素化合物)の生成が培養律速となるため、混合培養の初期段階においてR.pekaの増殖が先行するためであると考えられる。事実、混合培養開始直後からR.pekaの菌体数は増加するのに対し、B.subtilisの増殖は、混合培養開始後数時間経過してから観測された。
【0064】
実施例2:三角フラスコ中での混合培養による抗菌物質の製造
(1)R.peka胞子懸濁液の調製
実施例1の(1)と同様の方法により調製したR.peka胞子懸濁液を用いた。
(2)B.subtilis懸濁液
実施例1の(2)と同様の方法により調製したB.subtilis懸濁液を用いた。
【0065】
(3)液体培地の調製
混合培養に用いる液体培地としては、酢酸アンモニウム(ナカライテスク株式会社製)4.0g、リン酸二カリウム(和光純薬工業株式会社製)1.0g、塩化カリウム(和光純薬工業株式会社製)0.5g、クエン酸一水和物(ナカライテスク株式会社製)3.3g、硫化鉄七水和物(和光純薬工業株式会社製)1.5g、硫化マグネシウム七水和物(和光純薬工業株式会社製)1.5g、硫化亜鉛七水和物(和光純薬工業株式会社製)0.03g、塩化カルシウム(和光純薬工業株式会社製)0.84g、マルトース(ナカライテスク株式会社製)20gを添加したものを6M水酸化ナトリウム水溶液でpH6.0に調整し、精製水を加えて1Lになるようにメスアップしたものを使用した。
【0066】
(4)三角フラスコ中での混合培養
混合培養は、振とう培養法を用いて行った。300mL三角フラスコに上記の培養液を100mL添加し、オートクレーブで121℃、20分間処理したものを用いた。(1)で調製したR.peka胞子懸濁液及び(2)で調製したB.subtilis懸濁液を各1mL添加することを基本条件とし、培養温度は30℃、攪拌速度は70rpmで8日間混合培養を行った。
【0067】
(5)R.pekaの単純培養
比較のため、B.subtilis懸濁液を添加しなかった他は上記(4)と同一の条件下で、R.pekaの単純培養を行った。
【0068】
(6)混合培養液の抗菌活性の測定
抗菌活性は、検定菌にBacillus subtilis IFO 3335(B.subtilis)、Escherichia coli(E.coli)、及びSalmonella typhimurium(S.typhimurium)を用いて、ペーパーディスク法により測定した。これらの検定菌は、普通寒天斜面培地に接種し35℃で2日間培養したものを用いた。これらの懸濁液50μLをオートクレーブで121℃、20分間処理した普通寒天培地17mLに混釈後、シャーレ上で固化させた。上記(4)及び(5)において8日間混合培養を行った後の培養液50μLをペーパーディスクに添加した後、35℃で培養を行った。抗菌活性は、ペーパーディスクの周囲に現れた阻止円の大きさ(直径)で評価した。
【0069】
(7)結果
上記(6)において行った抗菌活性の測定結果を、下記の表2に示す。なお、表中の数値は、阻止円の大きさ(直径:mm)を表す。
【0070】
【表2】

【0071】
表2の結果より、R.peka−B.subtilis混合培養系によって産生される抗菌物質は、R.peka単純培養系により産生される抗菌物質よりも、B.subtilisに対して高い抗菌活性を有し、より広い抗菌スペクトルを有することがわかる。
【0072】
実施例3:ジャーファーメンターを用いた混合培養による抗菌物質の製造
(1)R.peka胞子懸濁液の調製
実施例1の(1)と同様の方法により調製したR.peka胞子懸濁液を用いた。
(2)B.subtilis懸濁液
実施例1の(2)と同様の方法により調製したB.subtilis懸濁液を用いた。
【0073】
(3)液体培地の調製
混合培養に用いる液体培地としては、窒素源としてミートペプトン(ナカライテスク株式会社製)12.0g、リン酸二カリウム(和光純薬工業株式会社製)3.0g、塩化カリウム(和光純薬工業株式会社製)1.5g、クエン酸一水和物(ナカライテスク株式会社製)10g、硫化鉄七水和物(和光純薬工業株式会社製)4.5g、硫化マグネシウム七水和物(和光純薬工業株式会社製)4.5g、硫化亜鉛七水和物(和光純薬工業株式会社製)0.1g、塩化カルシウム(和光純薬工業株式会社製)2.52g、マルトース(ナカライテスク株式会社製)60gを添加したものを6M水酸化ナトリウム水溶液でpH6.0に調整し、精製水を加えて3Lになるようにメスアップしたものを使用した。
【0074】
(4)混合培養
5L容のジャーファーメンター中に、上記(3)において調製した培地を加え、オートクレーブ中121℃で20分間滅菌処理を行った。その後、(1)で調製したR.peka胞子懸濁液及び(2)で調製したB.subtilis懸濁液を各3mL添加し、培養温度30℃、攪拌速度70rpm又は250rpm(マグネチックスターラーにより攪拌)、酸素供給速度1.0vvmを基本条件として混合培養を行った。
また、酢酸アンモニウムを含まない培地を用いて混合培養を開始し、培養開始から12時間後に0.36Mの酢酸アンモニウム水溶液を流速42mL/hで12時間添加する流加培養も併せて行った。
培養液のpH及びアンモニウムイオン濃度の経時変化は、それぞれ通常のpHメーター、及びアンモニウム電極を用いて測定した。
【0075】
(5)微生物量の測定
R.pekaにおける菌体量の測定、及びB.subtilisにおける菌体量の測定は、実施例1の(7)と同様の方法を用いて行った。
(6)抗菌活性の測定
検定菌にB.subtilisを用い、実施例2の(6)と同様の方法を用いて行った。
【0076】
(7)結果
上記(4)〜(6)において行った、R.pekaとB.subtilisとの混合培養系における抗菌活性(阻止円の直径)、培養液のpH、培養液中のアンモニウムイオン濃度、及びB.subtilis生菌数の経時変化は、図1に示すとおりであった。なお、図1中、「◎」は阻止円の直径(mm)を、「△」は培養液のpHを、「▽」は培養液中のアンモニウムイオン濃度(ppm)を、「■」は流加培養を行わなかった場合のB.subtilisの生菌数(cfu/mL)を、「□」は流加培養を行った場合のB.subtilisの生菌数(cfu/mL)をそれぞれ表す。
酢酸アンモニウムを含む培地を用いて混合培養を開始した場合には、攪拌速度が70rpmである場合には、72時間以上混合培養を継続してもB.subtilisの増殖が観測されなかった。一方、攪拌速度が250rpmである場合には、R.pekaの増殖によりアンモニウム塩が代謝され、その濃度が500ppmを下回る頃から、B.subtilisの増殖が観測された。これらの結果から、ジャーファーメンターを用いた混合培養系においては、攪拌速度の影響を大きく受けることがわかる。
【0077】
流加培養を行った場合には、混合培養開始から数時間経過後には、B.subtilisの増殖が観測された。B.subtilisの生菌数は、流加培養を行わなかった場合に比べ懸著に減少しており、アンモニウム塩の添加により、B.subtilisの増殖を制御できることがわかる。
また、それに伴い培養液の抗菌活性の発現が観測された。混合培養開始後48時間経過後は、B.subtilisの生菌数、培養液のpH及びアンモニウムイオン濃度がほぼ定常状態に達していることから、ジャーファーメンターを用いた大量培養の可能性が示唆された。
なお、混合培養開始から72時間以上経過すると、抗菌活性の低下が見られるが、これはR.peka及びB.subtilisのいずれか一方又は双方による代謝によるものと考えられる。したがって、本混合培養系により抗菌物質の生産を行う場合における培養時間としては、48〜72時間程度が適当であると考えられる。
【0078】
実施例4:六価クロムの除去
(本実施例の使用菌株)
ペニシリウム(Penicillium sp.N3)はクロム鉱床がある福岡県飯塚市八木大宇より分離した。なお、このペニシリウムは500ppmまでの六価クロムに対して耐性を有し、50ppmの六価クロムを240時間で、90%まで除去することが確認されているが、低濃度六価クロム条件下(10ppm)では約80%程度である。
なお、六価クロムの検知には周知の方法(例えば、ジフェニールカルバド法)が用いられる。
【0079】
次に、このペニシリウムとペアをなす細菌の選定を行った。候補になる細菌としては、1)Enterobacter cloacae NBRC13536、2)Pseudomonas putida NBRC15336、3)Bacillus subtilis NBRC14132、4)Pseudomonas fluorescens NBRC15832、5)Bacillus subtilis NBRC3335、6)Sphingomonas yanoikuyae NBRC10170、7)No3(未同定)について実験した。
【0080】
実験にあっての培養条件は、培養温度:30℃、攪拌速度:70rpm、培養日数:4
日間で、300mLフラスコに培地100mLを添加して行った。この使用培地Aは、バクトペプトン5g、グルコース2g、酢酸アンモニウム0.5g、蒸留水1Lで、六価クロム濃度は10ppmであった。
【0081】
図2(A)〜(D)は、Penicillium sp.N3(以下、ペニシリウムという)と、1)Enterobacter cloacae NBRC13536(以下、エンテロバクターという)、2)Pseudomonas putida NBRC15336、3)Bacillus subtilis NBRC14132、7)No.3を用いた場合の残存六価クロムの量を示す。
なお、上記以外の4)Pseudomonas fluorescens NBRC15832、5)Bacillus subtilis NBRC3335、6)Sphingomonas yanoikuyae NBRC10170については、増殖が確認されなかった。ここで、それぞれの菌は10cfu/mL程度使用した。
【0082】
この実験で、ペニシリウムと、1)エンテロバクター、2)Pseudomonas putida NBRC15336、3)Bacillus subtilis NBRC14132、7)No.3、は、適当量の無機窒素源(酢酸アンモニウム)と、有機窒素源(バクトペプトン)との存在で共存できることが確認される。
また、図2(A)から、ペニシリウムとエンテロバクターとを用いた場合には、六価クロムの残存量が0か、又は0に非常に近くなっていることが分かる。従って、以下、ペニシリウムとエンテロバクターについて検討する。
【0083】
図3(A)、(B)はそれぞれペニシリウム単体とエンテロバクター単体の場合の菌量、pH、残存六価クロム量を示す。図3から明らかなように、ペニシリウム単体及びエンテロバクターの単体では、六価クロムは減少するが、残存していることを示す。即ち、96時間後に六価クロムの除去率は、80%であった。
【0084】
図4は、バクトペプシンとグルコースのみからなる培地(即ち、前記培地Aにおいて、酢酸アンモニウムを入れない状態)で、ペニシリウムとエンテロバクターの混合培養を行った。この培養条件では、エンテロバクターの増殖が確認されていない。しかしながら、同一培地で、エンテロバクター単体の増殖が確認されている。従って、ペニシリウムとエンテロバクターの混合培養においては、エンテロバクターが増殖可能となる環境が必要である。
【0085】
図5(A)、(B)と図6(A)、(B)はペニシリウムとエンテロバクターの混合培養時において、アンモニウムイオンの濃度を変化させた場合の六価クロム残存濃度、ペニシリウム及びエンテロバクターの菌量と時間との関係を示す。ここで、アンモニウムイオンが図5(A)は250ppm、図5(B)は500ppm、図6(A)は750ppm、図6(B)は1000ppmの場合を示す。いずれの場合も、時間の経過と共に、六価クロムの量が減少していることが分かる。特に、アンモニウムイオン濃度が1000ppmでは、24時間で低濃度六価クロムの略完全除去が可能となる。
また、この実験から、アンモニウムイオンを制御することによって、ペニシリウムとエンテロバクターの固体数の制御も可能となることが分かる。
【0086】
図7はペニシリウムとエンテロバクターの混合培養における全クロム量の変化を示す。ここで、全クロム量とは、クロムとその化合物(六価クロム及び三価クロムが主体)のクロム量を示す。図7に示すように、全クロムの濃度が減少しているのは、クロムの菌体への吸着もしくは菌体に取り込まれることで、全クロム量が減少していると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法は、従来用いられている真菌類や細菌類の単純培養系、あるいは真菌類同士や細菌類同士の混合培養系では得ることができない各種物質の生産に利用できる可能性を有している。また、培養条件を最適化することにより、工業的規模でのこれらの物質の生産への利用も可能であると考えられる。
また、本発明に係る真菌類と細菌類の混合培養方法を利用した抗菌物質の製造方法は、単純培養系では得ることのできない新規な抗菌物質の生産及びそれを用いたバイオレメディエーション分野への応用が期待される。
更には、真菌類と細菌類の混合培養方法は、真菌類と細菌類が共同して重金属に対して強い還元量を有するので、有害金属の還元についても適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】ジャーファーメンター中で行った、Rhizopus pekaとBacillus subtilisとの混合培養系における抗菌活性、培養液のpH、アンモニウムイオン濃度、及びBacillus subtilis生菌数の経時変化を示すグラフである。
【図2】(A)〜(D)はそれぞれペニシリウムと各細菌とを混合培養した場合の、残存クロム濃度を示すグラフである。
【図3】(A)、(B)はそれぞれペニシリウム及びエンテロバクターを単独で使用した場合の残存六価クロム量と時間の関係を示すグラフである。
【図4】培地に酢酸アンモニウムを使用しない場合のペニシリウムとエンテロバクターとの生菌状況及び残存六価クロム量と時間の関係を示すグラフである。
【図5】(A)、(B)はアンモニウムイオンの濃度を変化させた場合のペニシリウムとエンテロバクターの生菌状況、残存六価クロム量の時間的推移を示すグラフである。
【図6】(A)、(B)はアンモニウムイオンの濃度を変化させた場合のペニシリウムとエンテロバクターの生菌状況、残存六価クロム量の時間的推移を示すグラフである。
【図7】ペニシリウム及びエンテロバクターの単純培養並びにアンモニウムイオンの濃度を変えた場合の混合培養の全クロム量の時間的変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種類又は複数種類の真菌類と、1種類又は複数種類の細菌類との混合培養において、前記真菌類と前記細菌類の窒素源として、アンモニウム塩、亜硝酸塩、硝酸塩のいずれか1又は2以上からなる無機窒素源を用い、前記真菌類と前記細菌類の増殖バランスを調整することを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項2】
請求項1記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記細菌類がその増殖に前記窒素源として有機窒素を必要とするものであって、該有機窒素は、前記真菌類による前記無機窒素源の同化物であることを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項3】
請求項2記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、有機窒素源のみを用いて混合培養を開始後に、前記無機窒素源を添加することを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項4】
請求項3記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記有機窒素源がミートペプトンであることを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類がリゾープス(Rhizopus)属に属することを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項6】
請求項5記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類がリゾープス・ペカ(Rhizopus peka)であることを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記細菌類がバシラス(Bacillus)属に属することを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項8】
請求項7記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記細菌類がバシラス・サチルス(Bacillus subtilis)であることを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項9】
リゾープス・ペカとバシラス・サチルスとを、請求項1〜8のいずれか1項に記載の真菌類と細菌類の混合培養方法を用いて混合培養することを特徴とする抗菌物質の製造方法。
【請求項10】
請求項1記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記細菌類として、前記窒素源に前記無機窒素源、有機窒素源又はこれらの双方を用いて、増殖可能であるものを選び、前記無機窒素源にて前記真菌類及び前記細菌類の固体数のバランスを調整することを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法
【請求項11】
請求項10記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類及び前記細菌類はそれぞれ重金属に対して還元作用を有し、該真菌類と前記細菌類の共同培養によって、それぞれの単体の培養物より、重金属化合物に対して更に強い還元力を有することを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項12】
請求項11記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記重金属化合物は、六価クロムであることを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項13】
請求項11及び12のいずれか1項に記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、前記真菌類はペニシリウム(Penicillium)であって、前記細菌類はエンテロバクター(Enterobacter)であることを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項14】
請求項11〜13のいずれか1項に記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、処理しようとする重金属化合物に、前記無機窒素源によって制御された前記真菌類と前記細菌類の混合体に接触させて、重金属の還元を行うことを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。
【請求項15】
請求項11〜13のいずれか1項に記載の真菌類と細菌類の混合培養方法において、処理しようとする重金属化合物を含む物質を、前記真菌類と前記細菌類の混合培養液に入れて、又は処理しようとする重金属化合物を含む液に前記真菌類と前記細菌類の混合培養物を入れて、重金属の還元を行うことを特徴とする真菌類と細菌類の混合培養方法。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−263972(P2008−263972A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−81711(P2008−81711)
【出願日】平成20年3月26日(2008.3.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年12月1日 社団法人 日本生物工学会九州支部発行の「第14回 日本生物工学会九州支部長崎大会(2007) 講演要旨集」に発表
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】