眼科用組成物
涙液層を構成する油層のバリア機能を高めて、ドライアイ等の眼障害を抑制乃至は改善し得る眼科用組成物を提供することを本願の解決課題とする。また、抗炎症作用や抗菌作用を発揮せしめて、角結膜炎等の角膜・結膜障害を有利に抑制乃至は改善し得る眼科用組成物を提供することも本願の解決課題とする。本願において、アポリポタンパクA−1を有効成分として、眼科用組成物に含有せしめるようにした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼科用組成物に係り、特に、ドライアイや角結膜炎等の角膜・結膜障害を改善(治療)するのに有効な眼科用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ドライアイの症状を訴える患者が増加しており、相当数の患者がドライアイに悩まされている。具体的には、30〜60歳ではその人口の10%、65歳以上ではその人口の15%までもが、ドライアイの影響を受けていると言われており、影響を受けた概算人数は、アメリカで1000万人〜1400万人、日本ではおよそ800万人にも及んでいる。また、コンタクトレンズの装用者の中にも、ドライアイに悩む患者が増加してきており、ドライアイがレンズ装用中止の主な原因となっている。
【0003】
ドライアイは、眼瞼間の眼表面(即ち、露出した眼表面)に障害を惹起する、涙の欠乏又は過剰な涙の蒸発が原因となる涙液層の疾患であり、眼の不快感を伴うものである(非特許文献1)。また、ドライアイは、涙の分泌の減少と蒸発の増加に起因し、乾性角結膜炎(KSC)における涙液層の高い浸透圧は、角膜や結膜で観られる疾患を惹起する重大な役割を果たしていること(非特許文献2)、更に、上昇した涙液層の浸透圧が直接的な原因となり、ドライアイの眼表面の疾患の進行を促進すること(非特許文献3〜6)が、報告されている。そして、かかるドライアイ疾患の進行の原因となる浸透圧の増大のメカニズムを、図1に示すが、かかる図1から明らかなように、浸透圧の増大は、一般に、(1)涙の分泌の減少と(2)涙の蒸発の増加によって惹起される。更に、前者の(1)涙の分泌の減少は、涙腺の疾患や角膜感覚の減少により惹起される一方、後者の(2)涙の蒸発の増加は、眼瞼裂の増大やマイボーム腺の機能不全により惹起される(非特許文献7参照)。加えて、ドライアイ症状の患者においては、特に、涙液層の高浸透圧化は、KSCの発症と診断において大きな要因であると主張されてきている(非特許文献8)。
【0004】
さらに、ドライアイの症状は、しばしば、アレルギー性結膜炎の患者にも存在し、ドライアイとアレルギー性結膜炎、その他の眼の炎症が相互に関与しあっているとの報告もある(非特許文献9)。また、シェーグレン症候群(SS)や、乾性角結膜炎(KCS)、重度のドライアイ症候群の患者は、健常者と比べて、インターロイキン(IL)−1、IL−6、IL−8、及びTNF−αを含む多くの異なる炎症性サイトカインが、結膜上皮において増加していることが報告されている(非特許文献10)。このため、一旦、涙分泌の減少によって、眼表面のバリア機能が低下すると、抗原と炎症性サイトカインの影響により、次には慢性化するおそれのある眼の炎症を患うリスクが増大する。
【0005】
一方、角膜上皮表面を覆う涙液層は、角膜上皮側から順に、ムチン層(粘液層)、水液層、油層の3層で形成されている。これら3層のうちの最外層である油層の特性や厚さ、均一性が、涙層の安定化において重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。この油層は、瞼にあるマイボーム腺から分泌される脂質にて主に構成されており、角膜上皮からの涙の蒸発やアレルゲン等の侵入を防ぐバリア機能を担っている。そして、マイボーム腺の機能が低下して脂質の分泌量が減少すると、油層が減って、涙が蒸発し、これにより、涙液の浸透圧が上昇し、ひいてはドライアイ等の眼障害が惹起されるようになるのである。
【0006】
また、マイボーム腺の機能は、腺自体の遊離のコレステロール(FC)とコレステロールエステル(CE)の貯蔵量のレベルによって影響を受け(細胞内のコレステロールをエステル化する酵素である、コレステロールアシルトランスフェラーゼ:ACAT−1活性による)、また、CEの蓄積及び貯蔵量の減少は、マイボーム腺の萎縮変化の原因となることが報告されており(非特許文献11)、細胞内のコレステロールエステル値がマイボーム腺の萎縮をコントロールしていると考えられている。更に、脂質の代謝に関与するタンパク質であるアポリポタンパクの一種に、アポリポタンパクC−1(ApoC1)があるが、ヒトApoC1を過剰発現させたApoC1トランスジェニックマウスでは、マイボーム腺が激しく萎縮することが報告されている(非特許文献12)。このようなマイボーム腺の萎縮は、脂質の分泌を減少させるため、コレステロールのエステル化を促し、マイボーム腺の働きを改善させることが望ましいのである。
【0007】
かかる状況下、本発明者は、鋭意検討を重ねて、アポリポタンパクとドライアイの発症との間に相関関係があると仮定した。かかるアポリポタンパクには、その構造や働きにより、前記ApoC1の他にも、アポリポタンパクA−1(ApoA1)、A2、A5、B、D、E等の様々な型があるが、これらの中でも、後述するRT−PCR法による実験結果から、高比重リポタンパク(HDL)の主要な構成成分であるApoA1に、特に着目した。
【0008】
このApoA1は、コレステロールのエステル化に関与するレシチンコレステロールアシルトランスファーゼ(LCAT)を活性化することが知られており、このLCAT活性化によって、HDLのコレステロール輸送が高められるため、動脈硬化や心筋梗塞等の心臓病予防に有用であるとされている。また、ドライアイの原因とされる高浸透圧ストレスは、炎症性サイトカインであるIL−1β及びTNF−αの発現と産生を促すことによって、眼表面の炎症を惹起させるのであるが、ApoA1は、抗炎症性サイトカイン、IL−10の発現を強めることにより、また、炎症性サイトカインであるTNF−α、IL−1β及びIL−6を抑制する作用により、抗炎症効果を有していると報告されている(非特許文献13−19)。更に、ApoA1は、リポ多糖(LPS又はエンドドキシン)に結合する、HDLの抗エンドドキシン機能の主な貢献者であり、HDLとApoA1とが、LPS毒性を中和し、サイトカインの産生の誘発を低減することも、報告されている(非特許文献20−23)。このApoA1の作用が、グラム陰性菌感染の発病や兆候から保護する役割を果たしている。また更に、ApoA1は、表皮ブドウ球菌や単純ヘルペスウイルス(HSV)によって誘発される細胞融合に対する抑制作用を有している(非特許文献24−26)。
【0009】
ところで、特許文献1には、ApoA1とは異なるクラスに分類されるアポリポタンパクJ(ApoJ)を有効成分とする角膜障害治療剤が提案されているが、そこにおいて、ApoJは、3層からなる涙液層のうちのムチン層を構成するムチンの分泌に関与していることが明らかにされているのであって、油層によるバリア機能については、何等明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平9−227401号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Lemp MA. Report of the National Eye Institute/ Industry workshop on Clinical Trials in Dry Eyes. CLAO J, 21: p221-232, 1995
【非特許文献2】Arch Ophthalmology, 96(4): p677-681, 1978
【非特許文献3】Acta Ophthalmologica, 61: p108-116, 1983
【非特許文献4】Ophthalmology, 92: p646-650, 1985
【非特許文献5】Am. J. Ophthalmology, 102: p505-507, 1986
【非特許文献6】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. 29: p374-378, 1988
【非特許文献7】W.B Saunders Company, Philadelphia, In Albert DM, Jakobiec FA(eds): Principles and Practice of Ophthalmology, p257-276, 1994
【非特許文献8】Adv. Exp. Med. Biol., 350: p495-503, 1994
【非特許文献9】ドライアイクリニック, 坪田編集, 2000年出版, 医学書院, 日本語版
【非特許文献10】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 42(10): p2283-2292, 2001
【非特許文献11】J. Biol. Chem., 275(28): p21324-21330, 2000
【非特許文献12】J. Clin. Invest., 101(1): p145-152, 1998
【非特許文献13】Blood, 15, 97(8): p2381-2389, 2001
【非特許文献14】Circulation, 106: p1127-1132, 2002
【非特許文献15】Circulation, 103(1): p108-112, 2001
【非特許文献16】Bio. Chem. Biophys. Acta, 13; 1623(2-3): p120-128, 2003
【非特許文献17】Lipids, 37(9): p925-928, 2002
【非特許文献18】Ann N Y Acad Sci, 966: p464-473, 2002
【非特許文献19】Infection and Immunity, Vol 61, No.12, 1993
【非特許文献20】Acta Biochim. Biophys. Sin. (Shanghai), 36(6): p419-424, 2004
【非特許文献21】Eur. J. Biochem., 269: p5972-5981, 2002
【非特許文献22】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: p12040-12044, 1993
【非特許文献23】Circ. Res., 97(3): p236-243, 2005
【非特許文献24】Mol Cell Biochem., 119(1-2): p171-178, 1993
【非特許文献25】Virology, 176(1): p48-57, 1990
【非特許文献26】J. Cell Biochem., 45(2): p224-237, 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、涙液層を構成する油層のバリア機能を高めて、ドライアイ等の角膜障害を抑制乃至は改善し得る眼科用組成物を提供することにある。また、別の解決課題とするところは、抗炎症作用や抗菌作用を発揮せしめて、角結膜炎等の角膜・結膜障害を有利に抑制乃至は改善し得る眼科用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そして、本発明者は、そのような課題を解決すべく、先ず、ドライアイの際に眼表面で生じている高浸透圧がアポリポタンパクに与える影響を調査した。具体的には、高浸透圧下におけるアポリポタンパクmRNA遺伝子の発現を、RT−PCRで調べた。その結果、高浸透圧下では、アポリポタンパクA−1の発現量が減少したのである。そして、本発明者が、更なる検討を重ねた結果、アポリポタンパクA−1を含む溶液を点眼することによって、ドライアイによる角膜障害が抑制乃至は改善されることを、見出したのである。
【0014】
従って、本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、その要旨とするところは、アポリポタンパクA−1を有効成分として含有することを特徴とする眼科用組成物にある。
【0015】
また、そのような本発明に従う眼科用組成物における好ましい態様によれば、ビタミンB5類より選ばれる少なくとも1種の化合物が、更に含有されている構成が、採用され、また、かかるビタミンB5類としては、D−パンテチンが好適に採用される。
【0016】
さらに、本発明の別の好ましい態様においては、前記眼科用組成物が、角膜障害治療用組成物として用いられる。また、かかる角膜障害としては、例えば、ドライアイ等があり、本発明に従う眼科用組成物により、ドライアイが効果的に治療され得る。
【0017】
加えて、本発明の更に別の態様においては、前記眼科用組成物が、点眼剤又はコンタクトレンズ用液剤として、用いられる。
【0018】
また、本発明に従う眼科用組成物の他の好ましい態様によれば、前記アポリポタンパクA−1が、0.001〜1w/v%の割合で含有される一方、前記ビタミンB5類が、0.005〜2w/v%の割合で含有される構成が、採用されることとなる。
【発明の効果】
【0019】
このように、本発明に従う眼科用組成物にあっては、アポリポタンパクA−1が含有されているところから、涙液層を構成する油層のバリア機能が向上して、ドライアイ等の角膜障害が効果的に抑制乃至は改善されるのである。
【0020】
また、かかるアポリポタンパクA−1の抗炎症作用や抗菌作用が、眼表面においても発揮されて、角結膜炎等の角膜・結膜障害も有利に抑制乃至は改善され得るようになる。
【0021】
さらに、本発明に従う眼科用組成物の好ましい態様に従って、アポリポタンパクA−1とD−パンテチン等のビタミンB5類を併用すれば、2成分のシナジー効果によって、ドライアイや角結膜炎等の角膜・結膜障害がより一層効果的に抑制乃至は改善され得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】W.B Saunders Company, Philadelphia, In Albert DM, Jakobiec FA (eds): Principles and Practice of Ophthalmology, (p257-276, 1994) の図を修正したものであって、ドライアイ疾患の進行の原因となる浸透圧の増大のメカニズムを示す図である。
【図2】アポリポタンパク遺伝子発現のゲル電気泳動を示す図である。
【図3】高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞でのApoA1のmRNA発現を相対的に示すグラフである。
【図4】高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞でのApoA5、ApoE及びApoC1のmRNA発現を相対的に示すグラフである。
【図5】臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥処理が行なわれたマウス(DEマウス)におけるフェノールレッド糸テストの結果を示すグラフである。
【図6】ApoA1で処理されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示すグラフである。
【図7】ApoA1とD−パンテチンで処理されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示すグラフである。
【図8】ApoA1を含む点眼液又は有効成分を含まないPBSで処理された6匹のDEマウス(マウス1〜6)の角膜染色スコアを示すグラフである。
【図9】ApoA1とD−パンテチン(Dp)とを含有する点眼液又はこれらの有効成分を含まないPBSで処理された6匹のDEマウス(マウス1〜6)の角膜染色スコアを示すグラフである。
【図10】有効成分を含まないPBS又はApoA1を含む点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアを示すグラフであって、ApoA1の濃度変化の影響を示している。
【図11】有効成分を含まないPBS又はApoA1とD−パンテチンとを含有する点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアを示すグラフであって、D−パンテチンの濃度変化の影響を示している。
【図12】ヘマトキシリンとエオシンで染色された角膜上皮の写真であって、(a)は、ノーマルマウス、(b)は、DEマウス、(c)は、ApoA1で処理されたDEマウス、(d)は、PBSで処理されたDEマウスの角膜上皮の写真である。
【図13】ノーマルマウス、DEマウス、PBSで処理されたDEマウス、及びApoA1で処理されたDEマウスの各グループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフである。
【図14】ノーマルマウス、DEマウス、PBSで処理されたDEマウス、及びApoA1とD−パンテチンで処理されたDEマウスの各グループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフである。
【図15】DEマウスグループとApoA1を含む点眼液で処理されたマウスグループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフであって、ApoA1の濃度変化の影響を示している。
【図16】DEマウスグループとApoA1とD−パンテチンとを含む点眼液で処理されたマウスグループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフであって、D−パンテチンの濃度変化の影響を示している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
ところで、かかる本発明に従う眼科用組成物は、アポリポタンパクA−1(ApoA1)を有効成分として、含有するところに、大きな特徴を有しており、例えば、ドライアイや角結膜に関する炎症、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の種々の角膜・結膜障害を治療するための点眼剤やコンタクトレンズに接触させるコンタクトレンズ用液剤等として、使用され得るものである。
【0024】
ここで、有効成分であるApoA1は、前述するように、脂質の代謝に関与するアポリポタンパクの一種であり、LCAT活性化機能を有していることや、抗炎症効果を発揮することが知られている。そして、このようなApoA1を眼科用組成物における有効成分として採用することにより、涙液層を構成する油層のバリア機能が効果的に改善されて、角膜上皮細胞の欠損(角膜上皮の薄層化)等が有利に抑制され、角膜の炎症や結膜の炎症等を含むドライアイの症状が効果的に抑制乃至は改善されるようになるのである。また、アポリポタンパクA−1の抗炎症作用や抗菌作用により、角結膜に関する炎症や、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の角膜・結膜障害も有利に抑制乃至は改善され得るようになる。
【0025】
なお、かかるApoA1は、固体の形態又は水溶液の形態で、商業的に入手することが出来るが、本発明に従う眼科用組成物を、眼に適用したり、或いはコンタクトレンズに接触させる等して、使用するに際しては、溶液形態、特に水溶液の形態とされる。
【0026】
即ち、本発明に従う眼科用組成物は、粉末、顆粒、錠剤、液剤等の何れの剤型をも採用可能であるが、使用に際しては、水系媒体を主体とする水溶液の形態(液剤型)が採用されることとなる。従って、以下に示す各成分の濃度は、使用時の水溶液の形態における濃度を示している。
【0027】
そして、有効成分であるApoA1の濃度にあっては、適宜に設定されるものの、その濃度が薄くなり過ぎると、目的とするドライアイの抑制乃至は改善効果が充分に得られなくなる一方、余りにも濃くなり過ぎると、眼科用組成物が泡立ちやすくなることが懸念されるところから、好ましくは0.001〜1w/v%、より好ましくは0.01〜0.5w/v%、更に好ましくは0.04〜0.2w/v%の範囲で含有せしめられることが望ましい。
【0028】
また、上記ApoA1を有効成分として含有する、本発明に従う眼科用組成物には、ApoA1に加えて、ビタミンB5類を更に含有させることが好ましく、これによって、ApoA1によるドライアイ抑制乃至は改善効果を相乗的に高めることが出来るようになるのである。
【0029】
そして、ビタミンB5類の具体例としては、例えば、パントテン酸又はその塩、パンテチン、パンテテイン、パンテノール、パントテニルエチルエーテル、アセチルパントテニルエチルエーテル等が挙げられ、これらのうちの1種が単独で、或いは2種以上が組み合わされて使用される。これらの中でも、パンテチンが、特に好適に採用される。
【0030】
ここで、パンテチンは、ビタミンB5の誘導体であり、酸化的代謝に関わるコエンザイムA(CoA)の前駆体である。パンテチンは、炭水化物、脂質とアミノ酸代謝を含む幾つかの代謝経路に関わる共同因子のレベルを上昇させるその能力により、脂質代謝をサポートする。また、CoAは、アセチル基と結合し、エネルギー生産における重要な因子である、アセチルCoAを形成する。また、パンテチンは、高比重コレステロール(HDL)の血中濃度を増加させ、低比重コレステロール(LDL)の濃度を減少させる。それはまた、角膜上皮を含む再−上皮形成の増強効果を有している。パンテチンを含む人工涙液の滴下は、角膜上皮の浸透性の障害を著しく改善することが期待されるのである。
【0031】
なお、上記ビタミンB5類の濃度は、適宜に設定され、特に限定されるものではないものの、その濃度が薄く過ぎると、使用による効果が充分に発揮されなくなる一方、濃くなり過ぎると、粘着き感が強くなって瞬きの邪魔になるおそれがあるところから、好ましくは0.005〜2w/v%、より好ましくは0.05〜0.5w/v%、更に好ましくは0.1〜0.2w/v%の範囲で含有されることが望ましい。
【0032】
また、ビタミンB5類を配合する場合、ApoA1とビタミンB5類との配合割合は、特に制限されるものではないものの、好ましくは、4:5〜1:5、さらに好ましくは、2:5〜1:5とされることが望ましく、このような配合割合を採用することによって、2成分による相乗効果をより一層効率的に得ることが可能となる。
【0033】
ところで、本発明に従う眼科用組成物においては、ApoA1やビタミンB5類の他にも、更に必要に応じて、点眼剤やコンタクトレンズ用液剤等の眼科用組成物に用いられている各種の添加成分のうちの1種が又は2種以上が適宜に選択されて、通常の添加割合において添加せしめられていても、何等差し支えない。なお、そのような添加成分は、生体への安全性が高く、尚且つ眼科的に充分に許容され、コンタクトレンズの形状又は物性に対する影響のないものであることが好ましく、また、そういった要件を満たす量的範囲内で用いられることが望ましいのであり、これによって、本発明の効果を何等阻害することなく、その添加成分に応じた各種の機能を眼科用組成物に対して有利に付与することが出来る。
【0034】
例えば、本発明に従う眼科用組成物にあっては、使用時に、その浸透圧が大きくなり過ぎても、逆に小さくなり過ぎても、眼に対して刺激を与えたり、眼障害を招来するおそれがあるところから、浸透圧は、等張化剤等を添加することによって、通常、200〜350mOsm/L程度に調整されていることが、望ましい。なお、かかる浸透圧の調整に用いられる等張化剤としては、一般に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、糖アルコール、及び多価アルコール若しくはそのエーテル又はそのエステルを挙げることが出来、それらのうちの1種が単独で乃至は2種以上が組み合わされて用いられることとなる。
【0035】
また、眼科用組成物にあっては、そのpH値が大きくなり過ぎても、逆に小さくなり過ぎても、眼に対して刺激を与えたり、眼障害を招来するおそれがあるところから、通常、そのような眼科用組成物のpH値は、適当なpH調整剤や緩衝剤等の添加によって、5.3〜8.5程度、中でも7.0付近に調整されることが望ましい。なお、そのようなpHの調整のために用いられるpH調整剤としては、水酸化ナトリウムや塩酸等が利用される一方、眼科用組成物のpHを前記した範囲に有効に且つ眼に対して安全な範囲に保つための緩衝剤としては、具体的には、例えば、リン酸、ホウ酸、カルボン酸、オキシカルボン酸等の酸や、その塩(例えば、ナトリウム塩等)、更にはGood−Bufferやトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(TRIS)、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis−Tris)、炭酸水素ナトリウム等を、眼に対して安全であり、しかもコンタクトレンズに対する影響を少なくすることが出来るという理由から、挙げることが出来、それらの公知の各種のものの中から、適宜に選択されて、用いられることとなる。
【0036】
さらに、本発明の眼科用組成物において、眼やコンタクトレンズに対する消毒効果乃至は殺菌効果、更には、眼科用組成物の防腐・保存効果を有利に発現させるためには、防腐効力乃至は殺菌効力を有する防腐剤や殺菌剤が添加せしめられる。なお、そのような防腐剤や殺菌剤としては、一般に、防腐乃至は殺菌効力と共に、眼やコンタクトレンズへの適合性に優れたもの、更には、アレルギー等の障害の要因となり難いものが望ましく、公知の各種のものの中から、適宜なものが選定され、単独で或いは複数を組み合わせて用いることが出来る。
【0037】
因みに、防腐剤としては、例えば、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、安息香酸或いはその塩、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、クロロブタノール、過ホウ酸或いは過ホウ酸ナトリウムのような過ホウ酸塩等が挙げられる。また一方、殺菌剤としては、例えば、ポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)等のビグアニド系殺菌剤やポリクオタニウム等の4級アンモニウム塩系殺菌剤等を挙げることが出来る。なお、例えば、本発明に従う眼科用組成物を点眼剤の形態で用いる際において、上記した防腐剤や殺菌剤を用いない場合には、本発明に従う眼科用組成物を、1回で使い切るシングルドーズタイプとして用いたり、フィルター付き吐出容器を使用するマルチドーズタイプとして用いることも可能である。
【0038】
また、コンタクトレンズ、特にソフトコンタクトレンズには、一般に、涙液からの汚れとして、カルシウム等が沈着乃至は吸着する可能性があることから、そのようなカルシウム等の沈着乃至は吸着を防止するためには、キレート化剤が、添加されても良い。そのようなキレート化剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)及びその塩、例えばエチレンジアミン四酢酸・2ナトリウム(EDTA・2Na)、エチレンジアミン四酢酸・3ナトリウム(EDTA・3Na)等が挙げられる。
【0039】
加えて、本発明に従う眼科用組成物には、角膜上やコンタクトレンズに付着した眼脂汚れ等を除去乃至は洗浄するために、公知のアニオン系界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン系界面活性剤、非イオン系界面活性剤等の界面活性剤が、添加、含有せしめられていても良い。
【0040】
そして、そのような界面活性剤の具体例としては、例えば、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンエチレンジアミン、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルホルムアルデヒド縮合物、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレンステロール、ポリオキシエチレン水素添加ステロール、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンラノリンアルコール、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルアミド、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸、ポリソルベート等を挙げることが出来、単独で或いは複数を組み合わせて用いることが出来る。
【0041】
また、本発明において、粘度を適度に調整すると共に、角膜上における滞留時間を延ばしたりするために、粘稠剤(増粘剤)を添加することが出来、かかる粘稠剤の添加によって、眼科用組成物中に含有せしめられた有効成分による作用を持続させて、乾燥感等の眼の不快感をより一層有利に低減することが可能となる。なお、そのような粘稠剤としては、例えば、グルコン酸及びその塩;コンドロイチン硫酸やその塩の如きムコ多糖類;ヒアルロン酸やその塩;ヘテロ多糖類や多糖類等の種々のガム類;ポリビニルアルコール、ポリ−N−ビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリアクリルアミド等の合成有機高分子化合物;ポリクオタニウム−10の如きカチオン化セルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース等のセルロース誘導体;スターチ誘導体等が有利に用いられる。
【0042】
また、点眼時に爽快感を与えたり、コンタクトレンズ装用時の異物感や痒みを解消すること等を目的として、メントール、ボルネオール、カンフル、ゲラニオール、ユーカリ油、ベルガモット油、ウィキョウ油、ハッカ油、ローズ油、クールミント等の清涼化剤を添加せしめることも、可能である。
【0043】
この他にも、本発明に従う眼科用組成物には、ビタミンA類(パルミチン酸レチノール、β−カロチン等を含む)、ビタミンB2 、B6 、B12、酢酸d−α−トコフェロール等のビタミンE類等のビタミン類や、硝酸ナファゾリン、塩酸テトラヒドロゾリン等の血管収縮剤、アスパラギン酸及びその塩、アミノエチルスルホン酸、アルギニン、アラニン、リジン、グルタミン酸等のアミノ酸類等、各種添加成分を、目的とする眼科用組成物の用途に応じて、適宜、添加することが可能である。
【0044】
ところで、かかる本発明に従う眼科用組成物は、上述の如き成分を、従来と同様に、適当な水系媒体中にそれぞれ適量において添加、含有せしめることにより、調製されることとなるのであるが、それに際して用いられる水系媒体としては、水道水や精製水、蒸留水等の水そのものの他にも、生理食塩水や緩衝液等の水を主体とする溶液であれば、生体への安全性が高く、尚且つ眼科的に充分に許容され得るものである限り、何れも利用することが可能であることは、言うまでもないところである。
【0045】
また、上述の如き成分を含有せしめてなる、本発明に従う眼科用組成物を調製するにあたっては、何等特殊な方法を必要とせず、通常の水溶液を調製する場合と同様に、水系媒体中に各成分を溶解させることにより、容易に得ることが出来る。更に、液剤型以外の粉末、顆粒、錠剤等の固体型の眼科用組成物を調製する場合には、上述のようにして液剤型の眼科用組成物を一旦調製した後、凍結乾燥や減圧乾燥等の公知の乾燥手法により、水分を飛ばすようにすれば良く、このような固体型にすれば、保存し易くなるといったメリットがある。なお、固体型の眼科用組成物は、使用直前に、上述せる如き好ましい濃度範囲となるように、所定量の水系媒体に溶解されて、使用されることとなる。液剤型の眼科用組成物を調整する場合には、液剤は、眼科用組成物が使用される直前に、上述せる如き好ましい濃度範囲になるように、希釈するようにすれば良い。
【0046】
そして、以上のようにして得られる本発明に従う眼科用組成物は、ドライアイ、角結膜炎等の角膜障害に対して有効であり、また、コンタクトレンズの規格変化等の悪影響を惹起するものではないことから、点眼剤や、コンタクトレンズ用点眼液、コンタクトレンズ用マルチパーパスソリューション等のコンタクトレンズ用液剤として、有利に用いられるのである。
【0047】
例えば、本発明に従う眼科用組成物を、点眼液として用いる場合には、従来から公知の点眼剤乃至は点眼薬と同様に、適量を1日に1〜数回点眼すれば良い。
【0048】
そして、本発明に従う眼科用組成物が眼に投与されると、ApoA1により細胞内のコレステロールのエステル化が促されて、マイボーム腺の機能が改善され、以て、油層によるバリア機能が効果的に発揮されるようになる。これにより、ドライアイ、角結膜炎等の角膜障害が抑制乃至は改善されるようになるのである。更に、ApoA1の抗炎症作用や抗菌作用により、角結膜に関する炎症や、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の角膜・結膜障害も有利に緩和されたり、抑制されるようになる。
【0049】
なお、本発明に従う眼科用組成物は、コンタクトレンズに対しても、何等悪影響を及ぼすものではなく、点眼に際しては、コンタクトレンズの装用の有無が何等問われることはないのである。
【0050】
また、本発明に従う眼科用組成物を、点眼以外の用途のコンタクトレンズ用液剤として用いる場合には、例えば、かかる眼科用組成物にてコンタクトレンズの洗浄乃至はすすぎを行ない、その後、そのコンタクトレンズの表面に眼科用組成物が付着した状態のまま、コンタクトレンズを装用したり、或いは、かかる眼科用組成物中にコンタクトレンズを一定時間浸漬して保存せしめた後、そのコンタクトレンズを取り出し、そのまま装用するようにすれば良い。このように使用すれば、コンタクトレンズを介して有効成分が眼に投与されることとなって、ドライアイ等の症状が抑制乃至は改善される等、本発明による効果が有利に発揮されるのである。
【0051】
なお、上記したコンタクトレンズ用液剤としては、例えば、単一の用途を目的とする、コンタクトレンズ用洗浄液、コンタクトレンズ用濯ぎ液、コンタクトレンズ保存液等の他、洗浄、濯ぎ及び保存等の複数の用途を目的とする、マルチパーパスソリューションを挙げることが出来る。
【0052】
また、本発明に従う眼科用組成物を、コンタクトレンズ用点眼液やコンタクトレンズ用マルチパーパスソリューション等のコンタクトレンズ用液剤として用いた際に、その対象となるコンタクトレンズとしては、その種類が何等限定されるものではなく、例えば、非含水、低含水、高含水等の全てに分類されるソフトコンタクトレンズ、及びハードコンタクトレンズがその対象となり得るのであって、コンタクトレンズの材質等が、本発明の適用に際して何等問われることはない。
【実施例】
【0053】
以下に、本発明の実施例を示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記の具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0054】
また、下記実施例における全ての統計データは、 Pair-Wise comparisons via Turkey test を用いた一元配置分散分析で計算された。
【0055】
−SV−40不死化培養細胞株(HCET)を用いた in vitro 実験−
角膜上皮細胞への高浸透圧ストレスの影響と、アポリポタンパクのmRNA遺伝子発現における影響が実験された。HCET細胞が、37℃でインキュベートされた高浸透圧培地(500mOsm/L)で、3時間、6時間及び1晩、刺激された。なお、細胞培地は、DMEM媒体と次のような組成である;
DMEM/F12 95mL
FBS 5mL
7.5%NaHCO3 2.4mL
抗生物質−抗真菌剤 1mL
5mg/mL インスリン 0.1mL
【0056】
培養後、細胞はRNA抽出用のTRIzolに溶解し、その後、フェノールとエタノール沈殿で精製した。そして、SAGE分析、RT−PCR分析及びリアルタイムRT−PCR分析にて、mRNA遺伝子発現を調べた。得られたSAGE分析データを下記表1に、また、RT−PCR分析の結果を図2に、リアルタイムRT−PCR分析の結果を図3及び図4にそれぞれ示した。なお、RT−PCR分析及びリアルタイムRT−PCR分析で使用したプライマーは、以下の通りである;
【0057】
<RT−PCR分析で使用したプライマー>
アポリポタンパクA−1 Forward 5'-GTACGTGGATGTGCTCAAAGAC-3'
Reverse 5'-CTCCAGATCCTTGCTCATCTCT-3'
アポリポタンパクA−5 Forward 5'-CAGATAATGGCAAGCATGGCT-3'
Reverse 5'-GTCTGGCTGAAGTAGTCCCAGAAG-3'
アポリポタンパクE Forward 5'-GCAGGAAGATGAAGGTTCTGTG-3'
Reverse 5'-CCTTCAACTCCTTCATGGTCTC-3'
アポリポタンパクB Forward 5'-AGTCTTCCTTATACCCAGACTTTGC-3'
Reverse 5'-GTACAAGTTGCTGTAGACATTCGTG-3'
アポリポタンパクC−1 Forward 5'-CTCCAGTGCCTTGGATAAGC-3'
Reverse 5'-GGTGTGGGAAATTTCAGAGG-3'
【0058】
<リアルタイムRT−PCR分析で使用したプライマー>
アポリポタンパクA−1 Forward 5'-GCTCAAAGACAGCGGCAGAG-3'
Reverse 5'-AGGTCACGCTGTCCCAGTTG-3'
アポリポタンパクA−5 Forward 5'-GAAAGGCTTCTGGGACTACTTCAG-3'
Reverse 5'-AGATCCATCGTGTAGGGCTTC-3'
アポリポタンパクE Forward 5'-GCCAATCACAGGCAGGAAGA-3'
Reverse 5'-GCTCTGTCTCCACCGCTTG-3'
アポリポタンパクC−1 Forward 5'-CTCCAGCAAGGATTCAGAGTG-3'
Reverse 5'-CTTCAGGTCCTCATGAGTCAATC-3'
【0059】
【表1】
【0060】
図2には、アポリポタンパク遺伝子発現のゲル電気泳動が示されているが、このデータから、ApoA1、ApoA5、ApoE、ApoC1が、ヒト角膜上皮細胞で発現されたことがわかる。しかし、ApoBの発現は、検出されなかった。なお、図2中、Mは、DNAマーカーである。
【0061】
図3及び図4には、コントロールに対するmRNA発現量比の相対変化が示されている。図3、4中、コントロールは、高浸透圧下で刺激されないものを、3時間、6時間、及び一晩中は、それぞれ、高浸透圧下で3時間、6時間、及び一晩中刺激されたものを示している。かかる図3によれば、高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞におけるApoA1のmRNA発現量が、減少していることが認められる。これに対し、図4によれば、高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞おけるApoA5、ApoE及びApoC1のmRNA発現量は、増加していることが認められる。このため、ApoA1は、高浸透圧下で、他のアポリポタンパクとは異なる挙動を示すことが、明らかとなった。なお、リアルタイムRT−PCRデータ(蛍光強度)は、18S RNAで標準化された。ApoA1では、n=6、他のアポリポタンパクでは、n=4〜5の独立した実験を行なった(平均±標準偏差)。
【0062】
−実験用ドライアイマウスを用いた in vivo 研究−
<ドライアイマウスモデル>
生後10〜12週の C57BL/6J マウスが研究で用いられた。すべての研究は、 "ARVO Statement for the Use of Animals in Ophthalmic and Vision Research" に従って行なわれた。マウスモデルは、背中に、0.5mg/0.2mLの臭化水素酸スコポラミン(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)を、1日4回、AM9時、PM12時、PM3時及びPM6時に投与する皮下注射により作られた。また、正常対象物(ノーマルマウス)として、未処置の年齢をマッチさせたマウスが使用された(Investigative Ophthalmology and Visual Science. 45:p4293-4301, 2004参照)。
【0063】
<動物>
生後10週の雄の C57BL/6J Jms Slc マウスが購入され、それらは、実験前に、隔離され、標準状態下:室温23±2℃、相対湿度60%±10%で、1週間の期間、慣らされた。
【0064】
<乾燥手順>
マウスは、5日間、1日4回、0.5mg/0.2mLの臭化水素酸スコポラミンを皮下注射された。乾燥した環境ストレスは、マウスのケージを、連続的な通気ブロワー(23±2℃の室温、60%±10%の相対湿度)の送風機のフードの中に配置することによって作り出された。後述する涙の産生量の測定は、処置前、処置後3日目、5日目に評価された。
【0065】
<局所の点眼液適用>
乾燥の間、各マウスの一方の眼はApoA1(Sigma-Aldrich, Japnan) を含む点眼液又はApoА1とD−パンテチン(Sigma-Aldrich, Japnan) とを含む点眼液で処理され、他方の眼は、コントロールとして、PBSを点した。5μlの点眼液が、5日間、1日4回、乾燥処理の間、投与された。すべての点眼剤が、PBSで形成され、浸透圧は、290〜300mOsm/L、pH7.4に調整された。0.01MのPBと塩(125mM)で、標準の浸透圧(300mOsm/L)のPBSを調製した。0.01MのPBSを1リットル調製するには、次の量が必要となる;
NaCl (M.W. 58.44) 7.3 g ( 250 mOsm/L )
Na2HPO4・12H2O (M.W. 358.14) 3.5814 g ( 30 mOsm/L )
NaH2PO4・2H2O (M.W. 156) 1.56 g ( 20 mOsm/L )
【0066】
(1)涙の産生量の測定
前述した臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥(以下、両処理を併せて「DE処理」と、略記する。)によって、マウスの眼が、ドライアイとなっているかどうかを確認するために、フェノールレッド糸テストが行なわれた。具体的には、涙の産生量が、標準化されたフェノールレッドを染みこませた綿糸(Zone-Quick ;(株)メニコン、日本)を用いて測定された。糸は、無麻酔のマウスの外眼角の眼表面に、60秒間、適用された。60秒後、糸の色の変化の長さ(涙によって濡れた糸の長さ)が、mmで測定された。また、糸の濡れた長さは、1mmの精度で測定された。
【0067】
そして、図5に、DE処理されたマウス(以下、「DEマウス」と呼称する)におけるフェノールレッド糸テストの結果を示し(平均±標準偏差、n=6眼)、また、図6に、0.04w/v%のApoA1を含む点眼液が点眼されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示した(平均±標準偏差、n=12眼、p値<0.01)。更に、図7に、0.04w/v%のApoA1と0.1w/v%のD−パンテチンを含む点眼液が点眼されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示した(平均±標準偏差、n=12眼、p値<0.01)。かかる図5〜7中、Day1は、臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥処理をする前のものであり、Day3及びDay5は、それぞれ、処理後3日目及び5日目のものである。
【0068】
図5〜7から明らかなように、涙の分泌が、処理前のDay1と比較して、Day5では著しく減っており、臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥(DE処理)によって、マウスの眼がドライアイとなったことを確認した。
【0069】
(2)角膜フルオレセイン染色
前述のように、5日間に亘って処理されたマウスの眼に1μLの1%フルオレセインナトリウム(Sigma-Aldrich, Japan)が局所適用された後、角膜フルオレセイン染色が、10分後に評価され、光学顕微鏡(Leica Microsystems Inc., Deerfield, USA) で検査されて、顕微鏡に取り付けられたデジタルカメラ(CAMEDIA,オリンパス光学株式会社、日本)で撮影された。
【0070】
角膜フルオレセイン染色は、角膜染色の面積に基づいて、下記表2及び表3のように、グレード分けされた(Nakamura S., Tsubota K et al., Investigative Ophthalmology and Visual Science. 46: p2379-2387, 2005) 。なお、下記表2,3中、Xは、角膜総面積に対する点状染色された面積の比を表している。
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
(2−1)ApoA1点眼液による効果
そして、図8に、0.04w/v%のApoA1を含む点眼液又はPBS(ApoA1不含)で処理された6匹のDEマウス(マウス1〜6)の角膜染色スコアを示した。かかる図8から、ApoA1グループの平均スコアは、PBSグループの平均スコアと比べて25%程度小さくなっている。
【0074】
また、フルオレセインで染色された面積の定量的な測定を、画像分析ソフトウェア(NIH ImageJ, version 1.36; available at http://rsb.info.nih.gov/ij/download.html) を用いて行なったところ、データは図示しないが、ApoA1グループの平均スコアが、PBSグループの平均スコアと比べて20%減少していた。
【0075】
これら等級スコアと定量的な測定によればApoA1は、乾燥による角膜上皮浸食の保護効果を有していると考えられる。
【0076】
(2−2)ApoA1+D−パンテチン点眼液による効果
また、図9には、0.04w/v%のApoA1と0.05w/v%のD−パンテチンとを含有する点眼液又はこれらの有効成分を含まないPBSで処理された6匹のDEマウスの角膜染色スコアを示した。ApoA1とD−パンテチン(Dp)を組み合わせて処理した眼は、PBSで処理された眼に比べて、著しく改善されている。
【0077】
(2−3)ApoA1の濃度変化の影響
図10には、ApoA1の濃度変化の影響を見るために、PBSで処理したDEマウスと、ApoA1の濃度が、それぞれ、0.01w/v%、0.04w/v%、0.1w/v%である点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアのグラフが示されている。各列のデータは、各グループの平均グレードスコアを示している(平均±標準偏差、PBS処理グループはn=12眼、0.04w/v%のApoA1処理グループはn=6眼、残りの薬物処理グループはn=3眼、P値(*)<0.01)。
【0078】
図10によれば、ApoA1(0.1w/v%)が、最も効果的な濃度である。
【0079】
(2−4)D−パンテチンの濃度変化の影響
図11には、D−パンテチンの濃度変化の影響を見るために、PBSで処理したDEマウスと、ApoA1の濃度を0.04w/v%に固定して、D−パンテチンの濃度を、それぞれ、0.05w/v%、0.1w/v%、0.2w/v%とした点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアのグラフが示されている。各列のデータは、各グループの平均グレードスコアを示している(平均±標準偏差、PBS処理グループはn=12眼、ApoA1(0.04w/v%)+D−パンテチン(0.05w/v%)処理グループはn=6眼、残りの薬物処理グループはn=3眼、P値(*)<0.01)。
【0080】
図11によれば、ApoA1+D−パンテチン(0.04w/v%+0.2w/v%)が、最も効果的な濃度である。
【0081】
上記の角膜フルオレセイン染色実験による結論として、ApoA1は、用量依存的に、ドライアイ症候群に対して極めて効果的であることが示された。加えて、D−パンテチンを併用することにより、ApoA1の作用が相乗的に増強される。この作用は、用量依存的であるように思われる。
【0082】
(3)組織学的研究
マウスの眼球が外科的に摘出され、10%の中性に緩衝されたホルマリンで固定され、パラフィンに包埋された。そして、5μmの厚さの組織切片がカットされ、ヘマトキシリンとエオシンで染色された。そして、眼の切断部分が検査され、カメディアデジタルカメラ、C-4040ズーム(オリンパス光学株式会社、日本)が備え付けられた Provis AX 70 顕微鏡(オリンパス光学株式会社、日本)で撮影された。厚さの顕微測光測定は、OB-M, 1/100, micro, AX0001 (オリンパス光学株式会社、日本)を使用することによって行なわれた。また、角膜上皮の厚さは、10μmの精度で測定された。
【0083】
(3−1)ApoA1点眼液による効果
(a)ノーマルマウス、(b)DEマウス、(c)0.04w/v%のApoA1で処理されたDEマウス、(d)PBSで処理されたDEマウスの各グループの6〜8の角膜が、この実験で使用された。
【0084】
図12に、各グループの代表的な角膜上皮の写真(倍率×100倍)を示すと共に、図13に、各グループの角膜上皮の平均厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=6〜8角膜、P(*)<0.01)を示した。
【0085】
かかる図12及び図13によれば、DEマウスの角膜上皮は、未処理のコントロールマウスの角膜上皮よりも著しく薄くなっている。また、角膜上皮の剥離に伴って起こる細胞層の薄層化は、ApoA1で処理された眼と比べて、PBSで処理された眼において、著しい。ApoA1で処理することにより、涙液層を構成する油層のバリア機能が有効に発揮され、角膜上皮が保護されることがわかる。
【0086】
(3−2)ApoA1+D−パンテチン点眼液による効果
また、図14には、ノーマルマウス、DEマウス、PBSで処理されたDEマウス、及び0.04w/v%のApoA1と0.05w/v%のD−パンテチンで処理されたDEマウスの角膜上皮厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=6〜8角膜、P値(*)<0.01)が示されている。
【0087】
かかる図14によれば、ApoA1+D−パンテチン(0.04w/v%+0.05w/v%)の組み合わせで処理されたグループが、大きな成果を挙げている。
【0088】
(3−3)ApoA1の濃度変化の影響
図15には、ApoA1の濃度変化の影響を見るために、DEマウスグループと、ApoA1の濃度が、それぞれ、0.01w/v%、0.04w/v%、0.1w/v%である点眼液で処理されたDEマウスグループの角膜上皮厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=3〜8角膜、P値は、*<0.01、◆<0.05)が示されている。
【0089】
図15によれば、0.1w/v%のApoA1が、最も効果的な濃度である。
【0090】
(3−4)D−パンテチンの濃度変化の影響
図16には、D−パンテチンの濃度変化の影響を見るために、DEマウスグループと、ApoA1の濃度を0.04w/v%に固定して、D−パンテチンの濃度を、それぞれ、0.05w/v%、0.1w/v%、0.2w/v%とした点眼液で処理されたDEマウスグループの角膜上皮厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=3〜8角膜、P値(*)<0.01)が示されている。
【0091】
図16によれば、D−パンテチンの添加によって、ApoA1の効果が相乗的に高められ、ApoA1+D−パンテチン(0.04w/v%+0.2w/v%)が、最も効果的な濃度である。
【0092】
上記の角膜上皮の厚さの測定実験による結論として、ApoA1は、ドライアイや角膜炎等において惹起される角膜上皮細胞の欠損(角膜上皮の薄層化)において、極めて有効であることが示された。加えて、D−パンテチンを併用することにより、ApoA1の作用が相乗的に増強される。この作用は、用量依存的であるように思われる。
【0093】
上述した in vitro 及び in vivo 実験の両方のデータに基づき、ApoA1を含む点眼液は、ドライアイの発症や角膜炎に影響を与えると結論付けることが出来る。また、これらの知見から、ApoA1を含む眼科用組成物は、ドライアイを始め、角結膜に関する炎症や、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の種々の角膜・結膜障害に対して、臨床的応用が可能であると、思われる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼科用組成物に係り、特に、ドライアイや角結膜炎等の角膜・結膜障害を改善(治療)するのに有効な眼科用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ドライアイの症状を訴える患者が増加しており、相当数の患者がドライアイに悩まされている。具体的には、30〜60歳ではその人口の10%、65歳以上ではその人口の15%までもが、ドライアイの影響を受けていると言われており、影響を受けた概算人数は、アメリカで1000万人〜1400万人、日本ではおよそ800万人にも及んでいる。また、コンタクトレンズの装用者の中にも、ドライアイに悩む患者が増加してきており、ドライアイがレンズ装用中止の主な原因となっている。
【0003】
ドライアイは、眼瞼間の眼表面(即ち、露出した眼表面)に障害を惹起する、涙の欠乏又は過剰な涙の蒸発が原因となる涙液層の疾患であり、眼の不快感を伴うものである(非特許文献1)。また、ドライアイは、涙の分泌の減少と蒸発の増加に起因し、乾性角結膜炎(KSC)における涙液層の高い浸透圧は、角膜や結膜で観られる疾患を惹起する重大な役割を果たしていること(非特許文献2)、更に、上昇した涙液層の浸透圧が直接的な原因となり、ドライアイの眼表面の疾患の進行を促進すること(非特許文献3〜6)が、報告されている。そして、かかるドライアイ疾患の進行の原因となる浸透圧の増大のメカニズムを、図1に示すが、かかる図1から明らかなように、浸透圧の増大は、一般に、(1)涙の分泌の減少と(2)涙の蒸発の増加によって惹起される。更に、前者の(1)涙の分泌の減少は、涙腺の疾患や角膜感覚の減少により惹起される一方、後者の(2)涙の蒸発の増加は、眼瞼裂の増大やマイボーム腺の機能不全により惹起される(非特許文献7参照)。加えて、ドライアイ症状の患者においては、特に、涙液層の高浸透圧化は、KSCの発症と診断において大きな要因であると主張されてきている(非特許文献8)。
【0004】
さらに、ドライアイの症状は、しばしば、アレルギー性結膜炎の患者にも存在し、ドライアイとアレルギー性結膜炎、その他の眼の炎症が相互に関与しあっているとの報告もある(非特許文献9)。また、シェーグレン症候群(SS)や、乾性角結膜炎(KCS)、重度のドライアイ症候群の患者は、健常者と比べて、インターロイキン(IL)−1、IL−6、IL−8、及びTNF−αを含む多くの異なる炎症性サイトカインが、結膜上皮において増加していることが報告されている(非特許文献10)。このため、一旦、涙分泌の減少によって、眼表面のバリア機能が低下すると、抗原と炎症性サイトカインの影響により、次には慢性化するおそれのある眼の炎症を患うリスクが増大する。
【0005】
一方、角膜上皮表面を覆う涙液層は、角膜上皮側から順に、ムチン層(粘液層)、水液層、油層の3層で形成されている。これら3層のうちの最外層である油層の特性や厚さ、均一性が、涙層の安定化において重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。この油層は、瞼にあるマイボーム腺から分泌される脂質にて主に構成されており、角膜上皮からの涙の蒸発やアレルゲン等の侵入を防ぐバリア機能を担っている。そして、マイボーム腺の機能が低下して脂質の分泌量が減少すると、油層が減って、涙が蒸発し、これにより、涙液の浸透圧が上昇し、ひいてはドライアイ等の眼障害が惹起されるようになるのである。
【0006】
また、マイボーム腺の機能は、腺自体の遊離のコレステロール(FC)とコレステロールエステル(CE)の貯蔵量のレベルによって影響を受け(細胞内のコレステロールをエステル化する酵素である、コレステロールアシルトランスフェラーゼ:ACAT−1活性による)、また、CEの蓄積及び貯蔵量の減少は、マイボーム腺の萎縮変化の原因となることが報告されており(非特許文献11)、細胞内のコレステロールエステル値がマイボーム腺の萎縮をコントロールしていると考えられている。更に、脂質の代謝に関与するタンパク質であるアポリポタンパクの一種に、アポリポタンパクC−1(ApoC1)があるが、ヒトApoC1を過剰発現させたApoC1トランスジェニックマウスでは、マイボーム腺が激しく萎縮することが報告されている(非特許文献12)。このようなマイボーム腺の萎縮は、脂質の分泌を減少させるため、コレステロールのエステル化を促し、マイボーム腺の働きを改善させることが望ましいのである。
【0007】
かかる状況下、本発明者は、鋭意検討を重ねて、アポリポタンパクとドライアイの発症との間に相関関係があると仮定した。かかるアポリポタンパクには、その構造や働きにより、前記ApoC1の他にも、アポリポタンパクA−1(ApoA1)、A2、A5、B、D、E等の様々な型があるが、これらの中でも、後述するRT−PCR法による実験結果から、高比重リポタンパク(HDL)の主要な構成成分であるApoA1に、特に着目した。
【0008】
このApoA1は、コレステロールのエステル化に関与するレシチンコレステロールアシルトランスファーゼ(LCAT)を活性化することが知られており、このLCAT活性化によって、HDLのコレステロール輸送が高められるため、動脈硬化や心筋梗塞等の心臓病予防に有用であるとされている。また、ドライアイの原因とされる高浸透圧ストレスは、炎症性サイトカインであるIL−1β及びTNF−αの発現と産生を促すことによって、眼表面の炎症を惹起させるのであるが、ApoA1は、抗炎症性サイトカイン、IL−10の発現を強めることにより、また、炎症性サイトカインであるTNF−α、IL−1β及びIL−6を抑制する作用により、抗炎症効果を有していると報告されている(非特許文献13−19)。更に、ApoA1は、リポ多糖(LPS又はエンドドキシン)に結合する、HDLの抗エンドドキシン機能の主な貢献者であり、HDLとApoA1とが、LPS毒性を中和し、サイトカインの産生の誘発を低減することも、報告されている(非特許文献20−23)。このApoA1の作用が、グラム陰性菌感染の発病や兆候から保護する役割を果たしている。また更に、ApoA1は、表皮ブドウ球菌や単純ヘルペスウイルス(HSV)によって誘発される細胞融合に対する抑制作用を有している(非特許文献24−26)。
【0009】
ところで、特許文献1には、ApoA1とは異なるクラスに分類されるアポリポタンパクJ(ApoJ)を有効成分とする角膜障害治療剤が提案されているが、そこにおいて、ApoJは、3層からなる涙液層のうちのムチン層を構成するムチンの分泌に関与していることが明らかにされているのであって、油層によるバリア機能については、何等明らかにされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平9−227401号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Lemp MA. Report of the National Eye Institute/ Industry workshop on Clinical Trials in Dry Eyes. CLAO J, 21: p221-232, 1995
【非特許文献2】Arch Ophthalmology, 96(4): p677-681, 1978
【非特許文献3】Acta Ophthalmologica, 61: p108-116, 1983
【非特許文献4】Ophthalmology, 92: p646-650, 1985
【非特許文献5】Am. J. Ophthalmology, 102: p505-507, 1986
【非特許文献6】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci. 29: p374-378, 1988
【非特許文献7】W.B Saunders Company, Philadelphia, In Albert DM, Jakobiec FA(eds): Principles and Practice of Ophthalmology, p257-276, 1994
【非特許文献8】Adv. Exp. Med. Biol., 350: p495-503, 1994
【非特許文献9】ドライアイクリニック, 坪田編集, 2000年出版, 医学書院, 日本語版
【非特許文献10】Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 42(10): p2283-2292, 2001
【非特許文献11】J. Biol. Chem., 275(28): p21324-21330, 2000
【非特許文献12】J. Clin. Invest., 101(1): p145-152, 1998
【非特許文献13】Blood, 15, 97(8): p2381-2389, 2001
【非特許文献14】Circulation, 106: p1127-1132, 2002
【非特許文献15】Circulation, 103(1): p108-112, 2001
【非特許文献16】Bio. Chem. Biophys. Acta, 13; 1623(2-3): p120-128, 2003
【非特許文献17】Lipids, 37(9): p925-928, 2002
【非特許文献18】Ann N Y Acad Sci, 966: p464-473, 2002
【非特許文献19】Infection and Immunity, Vol 61, No.12, 1993
【非特許文献20】Acta Biochim. Biophys. Sin. (Shanghai), 36(6): p419-424, 2004
【非特許文献21】Eur. J. Biochem., 269: p5972-5981, 2002
【非特許文献22】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: p12040-12044, 1993
【非特許文献23】Circ. Res., 97(3): p236-243, 2005
【非特許文献24】Mol Cell Biochem., 119(1-2): p171-178, 1993
【非特許文献25】Virology, 176(1): p48-57, 1990
【非特許文献26】J. Cell Biochem., 45(2): p224-237, 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決課題とするところは、涙液層を構成する油層のバリア機能を高めて、ドライアイ等の角膜障害を抑制乃至は改善し得る眼科用組成物を提供することにある。また、別の解決課題とするところは、抗炎症作用や抗菌作用を発揮せしめて、角結膜炎等の角膜・結膜障害を有利に抑制乃至は改善し得る眼科用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そして、本発明者は、そのような課題を解決すべく、先ず、ドライアイの際に眼表面で生じている高浸透圧がアポリポタンパクに与える影響を調査した。具体的には、高浸透圧下におけるアポリポタンパクmRNA遺伝子の発現を、RT−PCRで調べた。その結果、高浸透圧下では、アポリポタンパクA−1の発現量が減少したのである。そして、本発明者が、更なる検討を重ねた結果、アポリポタンパクA−1を含む溶液を点眼することによって、ドライアイによる角膜障害が抑制乃至は改善されることを、見出したのである。
【0014】
従って、本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、その要旨とするところは、アポリポタンパクA−1を有効成分として含有することを特徴とする眼科用組成物にある。
【0015】
また、そのような本発明に従う眼科用組成物における好ましい態様によれば、ビタミンB5類より選ばれる少なくとも1種の化合物が、更に含有されている構成が、採用され、また、かかるビタミンB5類としては、D−パンテチンが好適に採用される。
【0016】
さらに、本発明の別の好ましい態様においては、前記眼科用組成物が、角膜障害治療用組成物として用いられる。また、かかる角膜障害としては、例えば、ドライアイ等があり、本発明に従う眼科用組成物により、ドライアイが効果的に治療され得る。
【0017】
加えて、本発明の更に別の態様においては、前記眼科用組成物が、点眼剤又はコンタクトレンズ用液剤として、用いられる。
【0018】
また、本発明に従う眼科用組成物の他の好ましい態様によれば、前記アポリポタンパクA−1が、0.001〜1w/v%の割合で含有される一方、前記ビタミンB5類が、0.005〜2w/v%の割合で含有される構成が、採用されることとなる。
【発明の効果】
【0019】
このように、本発明に従う眼科用組成物にあっては、アポリポタンパクA−1が含有されているところから、涙液層を構成する油層のバリア機能が向上して、ドライアイ等の角膜障害が効果的に抑制乃至は改善されるのである。
【0020】
また、かかるアポリポタンパクA−1の抗炎症作用や抗菌作用が、眼表面においても発揮されて、角結膜炎等の角膜・結膜障害も有利に抑制乃至は改善され得るようになる。
【0021】
さらに、本発明に従う眼科用組成物の好ましい態様に従って、アポリポタンパクA−1とD−パンテチン等のビタミンB5類を併用すれば、2成分のシナジー効果によって、ドライアイや角結膜炎等の角膜・結膜障害がより一層効果的に抑制乃至は改善され得るのである。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】W.B Saunders Company, Philadelphia, In Albert DM, Jakobiec FA (eds): Principles and Practice of Ophthalmology, (p257-276, 1994) の図を修正したものであって、ドライアイ疾患の進行の原因となる浸透圧の増大のメカニズムを示す図である。
【図2】アポリポタンパク遺伝子発現のゲル電気泳動を示す図である。
【図3】高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞でのApoA1のmRNA発現を相対的に示すグラフである。
【図4】高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞でのApoA5、ApoE及びApoC1のmRNA発現を相対的に示すグラフである。
【図5】臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥処理が行なわれたマウス(DEマウス)におけるフェノールレッド糸テストの結果を示すグラフである。
【図6】ApoA1で処理されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示すグラフである。
【図7】ApoA1とD−パンテチンで処理されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示すグラフである。
【図8】ApoA1を含む点眼液又は有効成分を含まないPBSで処理された6匹のDEマウス(マウス1〜6)の角膜染色スコアを示すグラフである。
【図9】ApoA1とD−パンテチン(Dp)とを含有する点眼液又はこれらの有効成分を含まないPBSで処理された6匹のDEマウス(マウス1〜6)の角膜染色スコアを示すグラフである。
【図10】有効成分を含まないPBS又はApoA1を含む点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアを示すグラフであって、ApoA1の濃度変化の影響を示している。
【図11】有効成分を含まないPBS又はApoA1とD−パンテチンとを含有する点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアを示すグラフであって、D−パンテチンの濃度変化の影響を示している。
【図12】ヘマトキシリンとエオシンで染色された角膜上皮の写真であって、(a)は、ノーマルマウス、(b)は、DEマウス、(c)は、ApoA1で処理されたDEマウス、(d)は、PBSで処理されたDEマウスの角膜上皮の写真である。
【図13】ノーマルマウス、DEマウス、PBSで処理されたDEマウス、及びApoA1で処理されたDEマウスの各グループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフである。
【図14】ノーマルマウス、DEマウス、PBSで処理されたDEマウス、及びApoA1とD−パンテチンで処理されたDEマウスの各グループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフである。
【図15】DEマウスグループとApoA1を含む点眼液で処理されたマウスグループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフであって、ApoA1の濃度変化の影響を示している。
【図16】DEマウスグループとApoA1とD−パンテチンとを含む点眼液で処理されたマウスグループの角膜上皮の平均厚さを示すグラフであって、D−パンテチンの濃度変化の影響を示している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
ところで、かかる本発明に従う眼科用組成物は、アポリポタンパクA−1(ApoA1)を有効成分として、含有するところに、大きな特徴を有しており、例えば、ドライアイや角結膜に関する炎症、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の種々の角膜・結膜障害を治療するための点眼剤やコンタクトレンズに接触させるコンタクトレンズ用液剤等として、使用され得るものである。
【0024】
ここで、有効成分であるApoA1は、前述するように、脂質の代謝に関与するアポリポタンパクの一種であり、LCAT活性化機能を有していることや、抗炎症効果を発揮することが知られている。そして、このようなApoA1を眼科用組成物における有効成分として採用することにより、涙液層を構成する油層のバリア機能が効果的に改善されて、角膜上皮細胞の欠損(角膜上皮の薄層化)等が有利に抑制され、角膜の炎症や結膜の炎症等を含むドライアイの症状が効果的に抑制乃至は改善されるようになるのである。また、アポリポタンパクA−1の抗炎症作用や抗菌作用により、角結膜に関する炎症や、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の角膜・結膜障害も有利に抑制乃至は改善され得るようになる。
【0025】
なお、かかるApoA1は、固体の形態又は水溶液の形態で、商業的に入手することが出来るが、本発明に従う眼科用組成物を、眼に適用したり、或いはコンタクトレンズに接触させる等して、使用するに際しては、溶液形態、特に水溶液の形態とされる。
【0026】
即ち、本発明に従う眼科用組成物は、粉末、顆粒、錠剤、液剤等の何れの剤型をも採用可能であるが、使用に際しては、水系媒体を主体とする水溶液の形態(液剤型)が採用されることとなる。従って、以下に示す各成分の濃度は、使用時の水溶液の形態における濃度を示している。
【0027】
そして、有効成分であるApoA1の濃度にあっては、適宜に設定されるものの、その濃度が薄くなり過ぎると、目的とするドライアイの抑制乃至は改善効果が充分に得られなくなる一方、余りにも濃くなり過ぎると、眼科用組成物が泡立ちやすくなることが懸念されるところから、好ましくは0.001〜1w/v%、より好ましくは0.01〜0.5w/v%、更に好ましくは0.04〜0.2w/v%の範囲で含有せしめられることが望ましい。
【0028】
また、上記ApoA1を有効成分として含有する、本発明に従う眼科用組成物には、ApoA1に加えて、ビタミンB5類を更に含有させることが好ましく、これによって、ApoA1によるドライアイ抑制乃至は改善効果を相乗的に高めることが出来るようになるのである。
【0029】
そして、ビタミンB5類の具体例としては、例えば、パントテン酸又はその塩、パンテチン、パンテテイン、パンテノール、パントテニルエチルエーテル、アセチルパントテニルエチルエーテル等が挙げられ、これらのうちの1種が単独で、或いは2種以上が組み合わされて使用される。これらの中でも、パンテチンが、特に好適に採用される。
【0030】
ここで、パンテチンは、ビタミンB5の誘導体であり、酸化的代謝に関わるコエンザイムA(CoA)の前駆体である。パンテチンは、炭水化物、脂質とアミノ酸代謝を含む幾つかの代謝経路に関わる共同因子のレベルを上昇させるその能力により、脂質代謝をサポートする。また、CoAは、アセチル基と結合し、エネルギー生産における重要な因子である、アセチルCoAを形成する。また、パンテチンは、高比重コレステロール(HDL)の血中濃度を増加させ、低比重コレステロール(LDL)の濃度を減少させる。それはまた、角膜上皮を含む再−上皮形成の増強効果を有している。パンテチンを含む人工涙液の滴下は、角膜上皮の浸透性の障害を著しく改善することが期待されるのである。
【0031】
なお、上記ビタミンB5類の濃度は、適宜に設定され、特に限定されるものではないものの、その濃度が薄く過ぎると、使用による効果が充分に発揮されなくなる一方、濃くなり過ぎると、粘着き感が強くなって瞬きの邪魔になるおそれがあるところから、好ましくは0.005〜2w/v%、より好ましくは0.05〜0.5w/v%、更に好ましくは0.1〜0.2w/v%の範囲で含有されることが望ましい。
【0032】
また、ビタミンB5類を配合する場合、ApoA1とビタミンB5類との配合割合は、特に制限されるものではないものの、好ましくは、4:5〜1:5、さらに好ましくは、2:5〜1:5とされることが望ましく、このような配合割合を採用することによって、2成分による相乗効果をより一層効率的に得ることが可能となる。
【0033】
ところで、本発明に従う眼科用組成物においては、ApoA1やビタミンB5類の他にも、更に必要に応じて、点眼剤やコンタクトレンズ用液剤等の眼科用組成物に用いられている各種の添加成分のうちの1種が又は2種以上が適宜に選択されて、通常の添加割合において添加せしめられていても、何等差し支えない。なお、そのような添加成分は、生体への安全性が高く、尚且つ眼科的に充分に許容され、コンタクトレンズの形状又は物性に対する影響のないものであることが好ましく、また、そういった要件を満たす量的範囲内で用いられることが望ましいのであり、これによって、本発明の効果を何等阻害することなく、その添加成分に応じた各種の機能を眼科用組成物に対して有利に付与することが出来る。
【0034】
例えば、本発明に従う眼科用組成物にあっては、使用時に、その浸透圧が大きくなり過ぎても、逆に小さくなり過ぎても、眼に対して刺激を与えたり、眼障害を招来するおそれがあるところから、浸透圧は、等張化剤等を添加することによって、通常、200〜350mOsm/L程度に調整されていることが、望ましい。なお、かかる浸透圧の調整に用いられる等張化剤としては、一般に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、糖アルコール、及び多価アルコール若しくはそのエーテル又はそのエステルを挙げることが出来、それらのうちの1種が単独で乃至は2種以上が組み合わされて用いられることとなる。
【0035】
また、眼科用組成物にあっては、そのpH値が大きくなり過ぎても、逆に小さくなり過ぎても、眼に対して刺激を与えたり、眼障害を招来するおそれがあるところから、通常、そのような眼科用組成物のpH値は、適当なpH調整剤や緩衝剤等の添加によって、5.3〜8.5程度、中でも7.0付近に調整されることが望ましい。なお、そのようなpHの調整のために用いられるpH調整剤としては、水酸化ナトリウムや塩酸等が利用される一方、眼科用組成物のpHを前記した範囲に有効に且つ眼に対して安全な範囲に保つための緩衝剤としては、具体的には、例えば、リン酸、ホウ酸、カルボン酸、オキシカルボン酸等の酸や、その塩(例えば、ナトリウム塩等)、更にはGood−Bufferやトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(TRIS)、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis−Tris)、炭酸水素ナトリウム等を、眼に対して安全であり、しかもコンタクトレンズに対する影響を少なくすることが出来るという理由から、挙げることが出来、それらの公知の各種のものの中から、適宜に選択されて、用いられることとなる。
【0036】
さらに、本発明の眼科用組成物において、眼やコンタクトレンズに対する消毒効果乃至は殺菌効果、更には、眼科用組成物の防腐・保存効果を有利に発現させるためには、防腐効力乃至は殺菌効力を有する防腐剤や殺菌剤が添加せしめられる。なお、そのような防腐剤や殺菌剤としては、一般に、防腐乃至は殺菌効力と共に、眼やコンタクトレンズへの適合性に優れたもの、更には、アレルギー等の障害の要因となり難いものが望ましく、公知の各種のものの中から、適宜なものが選定され、単独で或いは複数を組み合わせて用いることが出来る。
【0037】
因みに、防腐剤としては、例えば、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、安息香酸或いはその塩、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、クロロブタノール、過ホウ酸或いは過ホウ酸ナトリウムのような過ホウ酸塩等が挙げられる。また一方、殺菌剤としては、例えば、ポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)等のビグアニド系殺菌剤やポリクオタニウム等の4級アンモニウム塩系殺菌剤等を挙げることが出来る。なお、例えば、本発明に従う眼科用組成物を点眼剤の形態で用いる際において、上記した防腐剤や殺菌剤を用いない場合には、本発明に従う眼科用組成物を、1回で使い切るシングルドーズタイプとして用いたり、フィルター付き吐出容器を使用するマルチドーズタイプとして用いることも可能である。
【0038】
また、コンタクトレンズ、特にソフトコンタクトレンズには、一般に、涙液からの汚れとして、カルシウム等が沈着乃至は吸着する可能性があることから、そのようなカルシウム等の沈着乃至は吸着を防止するためには、キレート化剤が、添加されても良い。そのようなキレート化剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)及びその塩、例えばエチレンジアミン四酢酸・2ナトリウム(EDTA・2Na)、エチレンジアミン四酢酸・3ナトリウム(EDTA・3Na)等が挙げられる。
【0039】
加えて、本発明に従う眼科用組成物には、角膜上やコンタクトレンズに付着した眼脂汚れ等を除去乃至は洗浄するために、公知のアニオン系界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン系界面活性剤、非イオン系界面活性剤等の界面活性剤が、添加、含有せしめられていても良い。
【0040】
そして、そのような界面活性剤の具体例としては、例えば、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンエチレンジアミン、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルホルムアルデヒド縮合物、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレンステロール、ポリオキシエチレン水素添加ステロール、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンラノリンアルコール、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルアミド、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸、ポリソルベート等を挙げることが出来、単独で或いは複数を組み合わせて用いることが出来る。
【0041】
また、本発明において、粘度を適度に調整すると共に、角膜上における滞留時間を延ばしたりするために、粘稠剤(増粘剤)を添加することが出来、かかる粘稠剤の添加によって、眼科用組成物中に含有せしめられた有効成分による作用を持続させて、乾燥感等の眼の不快感をより一層有利に低減することが可能となる。なお、そのような粘稠剤としては、例えば、グルコン酸及びその塩;コンドロイチン硫酸やその塩の如きムコ多糖類;ヒアルロン酸やその塩;ヘテロ多糖類や多糖類等の種々のガム類;ポリビニルアルコール、ポリ−N−ビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリアクリルアミド等の合成有機高分子化合物;ポリクオタニウム−10の如きカチオン化セルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース等のセルロース誘導体;スターチ誘導体等が有利に用いられる。
【0042】
また、点眼時に爽快感を与えたり、コンタクトレンズ装用時の異物感や痒みを解消すること等を目的として、メントール、ボルネオール、カンフル、ゲラニオール、ユーカリ油、ベルガモット油、ウィキョウ油、ハッカ油、ローズ油、クールミント等の清涼化剤を添加せしめることも、可能である。
【0043】
この他にも、本発明に従う眼科用組成物には、ビタミンA類(パルミチン酸レチノール、β−カロチン等を含む)、ビタミンB2 、B6 、B12、酢酸d−α−トコフェロール等のビタミンE類等のビタミン類や、硝酸ナファゾリン、塩酸テトラヒドロゾリン等の血管収縮剤、アスパラギン酸及びその塩、アミノエチルスルホン酸、アルギニン、アラニン、リジン、グルタミン酸等のアミノ酸類等、各種添加成分を、目的とする眼科用組成物の用途に応じて、適宜、添加することが可能である。
【0044】
ところで、かかる本発明に従う眼科用組成物は、上述の如き成分を、従来と同様に、適当な水系媒体中にそれぞれ適量において添加、含有せしめることにより、調製されることとなるのであるが、それに際して用いられる水系媒体としては、水道水や精製水、蒸留水等の水そのものの他にも、生理食塩水や緩衝液等の水を主体とする溶液であれば、生体への安全性が高く、尚且つ眼科的に充分に許容され得るものである限り、何れも利用することが可能であることは、言うまでもないところである。
【0045】
また、上述の如き成分を含有せしめてなる、本発明に従う眼科用組成物を調製するにあたっては、何等特殊な方法を必要とせず、通常の水溶液を調製する場合と同様に、水系媒体中に各成分を溶解させることにより、容易に得ることが出来る。更に、液剤型以外の粉末、顆粒、錠剤等の固体型の眼科用組成物を調製する場合には、上述のようにして液剤型の眼科用組成物を一旦調製した後、凍結乾燥や減圧乾燥等の公知の乾燥手法により、水分を飛ばすようにすれば良く、このような固体型にすれば、保存し易くなるといったメリットがある。なお、固体型の眼科用組成物は、使用直前に、上述せる如き好ましい濃度範囲となるように、所定量の水系媒体に溶解されて、使用されることとなる。液剤型の眼科用組成物を調整する場合には、液剤は、眼科用組成物が使用される直前に、上述せる如き好ましい濃度範囲になるように、希釈するようにすれば良い。
【0046】
そして、以上のようにして得られる本発明に従う眼科用組成物は、ドライアイ、角結膜炎等の角膜障害に対して有効であり、また、コンタクトレンズの規格変化等の悪影響を惹起するものではないことから、点眼剤や、コンタクトレンズ用点眼液、コンタクトレンズ用マルチパーパスソリューション等のコンタクトレンズ用液剤として、有利に用いられるのである。
【0047】
例えば、本発明に従う眼科用組成物を、点眼液として用いる場合には、従来から公知の点眼剤乃至は点眼薬と同様に、適量を1日に1〜数回点眼すれば良い。
【0048】
そして、本発明に従う眼科用組成物が眼に投与されると、ApoA1により細胞内のコレステロールのエステル化が促されて、マイボーム腺の機能が改善され、以て、油層によるバリア機能が効果的に発揮されるようになる。これにより、ドライアイ、角結膜炎等の角膜障害が抑制乃至は改善されるようになるのである。更に、ApoA1の抗炎症作用や抗菌作用により、角結膜に関する炎症や、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の角膜・結膜障害も有利に緩和されたり、抑制されるようになる。
【0049】
なお、本発明に従う眼科用組成物は、コンタクトレンズに対しても、何等悪影響を及ぼすものではなく、点眼に際しては、コンタクトレンズの装用の有無が何等問われることはないのである。
【0050】
また、本発明に従う眼科用組成物を、点眼以外の用途のコンタクトレンズ用液剤として用いる場合には、例えば、かかる眼科用組成物にてコンタクトレンズの洗浄乃至はすすぎを行ない、その後、そのコンタクトレンズの表面に眼科用組成物が付着した状態のまま、コンタクトレンズを装用したり、或いは、かかる眼科用組成物中にコンタクトレンズを一定時間浸漬して保存せしめた後、そのコンタクトレンズを取り出し、そのまま装用するようにすれば良い。このように使用すれば、コンタクトレンズを介して有効成分が眼に投与されることとなって、ドライアイ等の症状が抑制乃至は改善される等、本発明による効果が有利に発揮されるのである。
【0051】
なお、上記したコンタクトレンズ用液剤としては、例えば、単一の用途を目的とする、コンタクトレンズ用洗浄液、コンタクトレンズ用濯ぎ液、コンタクトレンズ保存液等の他、洗浄、濯ぎ及び保存等の複数の用途を目的とする、マルチパーパスソリューションを挙げることが出来る。
【0052】
また、本発明に従う眼科用組成物を、コンタクトレンズ用点眼液やコンタクトレンズ用マルチパーパスソリューション等のコンタクトレンズ用液剤として用いた際に、その対象となるコンタクトレンズとしては、その種類が何等限定されるものではなく、例えば、非含水、低含水、高含水等の全てに分類されるソフトコンタクトレンズ、及びハードコンタクトレンズがその対象となり得るのであって、コンタクトレンズの材質等が、本発明の適用に際して何等問われることはない。
【実施例】
【0053】
以下に、本発明の実施例を示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記の具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0054】
また、下記実施例における全ての統計データは、 Pair-Wise comparisons via Turkey test を用いた一元配置分散分析で計算された。
【0055】
−SV−40不死化培養細胞株(HCET)を用いた in vitro 実験−
角膜上皮細胞への高浸透圧ストレスの影響と、アポリポタンパクのmRNA遺伝子発現における影響が実験された。HCET細胞が、37℃でインキュベートされた高浸透圧培地(500mOsm/L)で、3時間、6時間及び1晩、刺激された。なお、細胞培地は、DMEM媒体と次のような組成である;
DMEM/F12 95mL
FBS 5mL
7.5%NaHCO3 2.4mL
抗生物質−抗真菌剤 1mL
5mg/mL インスリン 0.1mL
【0056】
培養後、細胞はRNA抽出用のTRIzolに溶解し、その後、フェノールとエタノール沈殿で精製した。そして、SAGE分析、RT−PCR分析及びリアルタイムRT−PCR分析にて、mRNA遺伝子発現を調べた。得られたSAGE分析データを下記表1に、また、RT−PCR分析の結果を図2に、リアルタイムRT−PCR分析の結果を図3及び図4にそれぞれ示した。なお、RT−PCR分析及びリアルタイムRT−PCR分析で使用したプライマーは、以下の通りである;
【0057】
<RT−PCR分析で使用したプライマー>
アポリポタンパクA−1 Forward 5'-GTACGTGGATGTGCTCAAAGAC-3'
Reverse 5'-CTCCAGATCCTTGCTCATCTCT-3'
アポリポタンパクA−5 Forward 5'-CAGATAATGGCAAGCATGGCT-3'
Reverse 5'-GTCTGGCTGAAGTAGTCCCAGAAG-3'
アポリポタンパクE Forward 5'-GCAGGAAGATGAAGGTTCTGTG-3'
Reverse 5'-CCTTCAACTCCTTCATGGTCTC-3'
アポリポタンパクB Forward 5'-AGTCTTCCTTATACCCAGACTTTGC-3'
Reverse 5'-GTACAAGTTGCTGTAGACATTCGTG-3'
アポリポタンパクC−1 Forward 5'-CTCCAGTGCCTTGGATAAGC-3'
Reverse 5'-GGTGTGGGAAATTTCAGAGG-3'
【0058】
<リアルタイムRT−PCR分析で使用したプライマー>
アポリポタンパクA−1 Forward 5'-GCTCAAAGACAGCGGCAGAG-3'
Reverse 5'-AGGTCACGCTGTCCCAGTTG-3'
アポリポタンパクA−5 Forward 5'-GAAAGGCTTCTGGGACTACTTCAG-3'
Reverse 5'-AGATCCATCGTGTAGGGCTTC-3'
アポリポタンパクE Forward 5'-GCCAATCACAGGCAGGAAGA-3'
Reverse 5'-GCTCTGTCTCCACCGCTTG-3'
アポリポタンパクC−1 Forward 5'-CTCCAGCAAGGATTCAGAGTG-3'
Reverse 5'-CTTCAGGTCCTCATGAGTCAATC-3'
【0059】
【表1】
【0060】
図2には、アポリポタンパク遺伝子発現のゲル電気泳動が示されているが、このデータから、ApoA1、ApoA5、ApoE、ApoC1が、ヒト角膜上皮細胞で発現されたことがわかる。しかし、ApoBの発現は、検出されなかった。なお、図2中、Mは、DNAマーカーである。
【0061】
図3及び図4には、コントロールに対するmRNA発現量比の相対変化が示されている。図3、4中、コントロールは、高浸透圧下で刺激されないものを、3時間、6時間、及び一晩中は、それぞれ、高浸透圧下で3時間、6時間、及び一晩中刺激されたものを示している。かかる図3によれば、高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞におけるApoA1のmRNA発現量が、減少していることが認められる。これに対し、図4によれば、高浸透圧ストレスによって刺激されたHCET細胞おけるApoA5、ApoE及びApoC1のmRNA発現量は、増加していることが認められる。このため、ApoA1は、高浸透圧下で、他のアポリポタンパクとは異なる挙動を示すことが、明らかとなった。なお、リアルタイムRT−PCRデータ(蛍光強度)は、18S RNAで標準化された。ApoA1では、n=6、他のアポリポタンパクでは、n=4〜5の独立した実験を行なった(平均±標準偏差)。
【0062】
−実験用ドライアイマウスを用いた in vivo 研究−
<ドライアイマウスモデル>
生後10〜12週の C57BL/6J マウスが研究で用いられた。すべての研究は、 "ARVO Statement for the Use of Animals in Ophthalmic and Vision Research" に従って行なわれた。マウスモデルは、背中に、0.5mg/0.2mLの臭化水素酸スコポラミン(Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)を、1日4回、AM9時、PM12時、PM3時及びPM6時に投与する皮下注射により作られた。また、正常対象物(ノーマルマウス)として、未処置の年齢をマッチさせたマウスが使用された(Investigative Ophthalmology and Visual Science. 45:p4293-4301, 2004参照)。
【0063】
<動物>
生後10週の雄の C57BL/6J Jms Slc マウスが購入され、それらは、実験前に、隔離され、標準状態下:室温23±2℃、相対湿度60%±10%で、1週間の期間、慣らされた。
【0064】
<乾燥手順>
マウスは、5日間、1日4回、0.5mg/0.2mLの臭化水素酸スコポラミンを皮下注射された。乾燥した環境ストレスは、マウスのケージを、連続的な通気ブロワー(23±2℃の室温、60%±10%の相対湿度)の送風機のフードの中に配置することによって作り出された。後述する涙の産生量の測定は、処置前、処置後3日目、5日目に評価された。
【0065】
<局所の点眼液適用>
乾燥の間、各マウスの一方の眼はApoA1(Sigma-Aldrich, Japnan) を含む点眼液又はApoА1とD−パンテチン(Sigma-Aldrich, Japnan) とを含む点眼液で処理され、他方の眼は、コントロールとして、PBSを点した。5μlの点眼液が、5日間、1日4回、乾燥処理の間、投与された。すべての点眼剤が、PBSで形成され、浸透圧は、290〜300mOsm/L、pH7.4に調整された。0.01MのPBと塩(125mM)で、標準の浸透圧(300mOsm/L)のPBSを調製した。0.01MのPBSを1リットル調製するには、次の量が必要となる;
NaCl (M.W. 58.44) 7.3 g ( 250 mOsm/L )
Na2HPO4・12H2O (M.W. 358.14) 3.5814 g ( 30 mOsm/L )
NaH2PO4・2H2O (M.W. 156) 1.56 g ( 20 mOsm/L )
【0066】
(1)涙の産生量の測定
前述した臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥(以下、両処理を併せて「DE処理」と、略記する。)によって、マウスの眼が、ドライアイとなっているかどうかを確認するために、フェノールレッド糸テストが行なわれた。具体的には、涙の産生量が、標準化されたフェノールレッドを染みこませた綿糸(Zone-Quick ;(株)メニコン、日本)を用いて測定された。糸は、無麻酔のマウスの外眼角の眼表面に、60秒間、適用された。60秒後、糸の色の変化の長さ(涙によって濡れた糸の長さ)が、mmで測定された。また、糸の濡れた長さは、1mmの精度で測定された。
【0067】
そして、図5に、DE処理されたマウス(以下、「DEマウス」と呼称する)におけるフェノールレッド糸テストの結果を示し(平均±標準偏差、n=6眼)、また、図6に、0.04w/v%のApoA1を含む点眼液が点眼されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示した(平均±標準偏差、n=12眼、p値<0.01)。更に、図7に、0.04w/v%のApoA1と0.1w/v%のD−パンテチンを含む点眼液が点眼されたDEマウスにおけるフェノールレッド糸テストの結果を示した(平均±標準偏差、n=12眼、p値<0.01)。かかる図5〜7中、Day1は、臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥処理をする前のものであり、Day3及びDay5は、それぞれ、処理後3日目及び5日目のものである。
【0068】
図5〜7から明らかなように、涙の分泌が、処理前のDay1と比較して、Day5では著しく減っており、臭化水素酸スコポラミンの皮下注射とブロワーによる乾燥(DE処理)によって、マウスの眼がドライアイとなったことを確認した。
【0069】
(2)角膜フルオレセイン染色
前述のように、5日間に亘って処理されたマウスの眼に1μLの1%フルオレセインナトリウム(Sigma-Aldrich, Japan)が局所適用された後、角膜フルオレセイン染色が、10分後に評価され、光学顕微鏡(Leica Microsystems Inc., Deerfield, USA) で検査されて、顕微鏡に取り付けられたデジタルカメラ(CAMEDIA,オリンパス光学株式会社、日本)で撮影された。
【0070】
角膜フルオレセイン染色は、角膜染色の面積に基づいて、下記表2及び表3のように、グレード分けされた(Nakamura S., Tsubota K et al., Investigative Ophthalmology and Visual Science. 46: p2379-2387, 2005) 。なお、下記表2,3中、Xは、角膜総面積に対する点状染色された面積の比を表している。
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
(2−1)ApoA1点眼液による効果
そして、図8に、0.04w/v%のApoA1を含む点眼液又はPBS(ApoA1不含)で処理された6匹のDEマウス(マウス1〜6)の角膜染色スコアを示した。かかる図8から、ApoA1グループの平均スコアは、PBSグループの平均スコアと比べて25%程度小さくなっている。
【0074】
また、フルオレセインで染色された面積の定量的な測定を、画像分析ソフトウェア(NIH ImageJ, version 1.36; available at http://rsb.info.nih.gov/ij/download.html) を用いて行なったところ、データは図示しないが、ApoA1グループの平均スコアが、PBSグループの平均スコアと比べて20%減少していた。
【0075】
これら等級スコアと定量的な測定によればApoA1は、乾燥による角膜上皮浸食の保護効果を有していると考えられる。
【0076】
(2−2)ApoA1+D−パンテチン点眼液による効果
また、図9には、0.04w/v%のApoA1と0.05w/v%のD−パンテチンとを含有する点眼液又はこれらの有効成分を含まないPBSで処理された6匹のDEマウスの角膜染色スコアを示した。ApoA1とD−パンテチン(Dp)を組み合わせて処理した眼は、PBSで処理された眼に比べて、著しく改善されている。
【0077】
(2−3)ApoA1の濃度変化の影響
図10には、ApoA1の濃度変化の影響を見るために、PBSで処理したDEマウスと、ApoA1の濃度が、それぞれ、0.01w/v%、0.04w/v%、0.1w/v%である点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアのグラフが示されている。各列のデータは、各グループの平均グレードスコアを示している(平均±標準偏差、PBS処理グループはn=12眼、0.04w/v%のApoA1処理グループはn=6眼、残りの薬物処理グループはn=3眼、P値(*)<0.01)。
【0078】
図10によれば、ApoA1(0.1w/v%)が、最も効果的な濃度である。
【0079】
(2−4)D−パンテチンの濃度変化の影響
図11には、D−パンテチンの濃度変化の影響を見るために、PBSで処理したDEマウスと、ApoA1の濃度を0.04w/v%に固定して、D−パンテチンの濃度を、それぞれ、0.05w/v%、0.1w/v%、0.2w/v%とした点眼液で処理されたDEマウスの角膜染色スコアのグラフが示されている。各列のデータは、各グループの平均グレードスコアを示している(平均±標準偏差、PBS処理グループはn=12眼、ApoA1(0.04w/v%)+D−パンテチン(0.05w/v%)処理グループはn=6眼、残りの薬物処理グループはn=3眼、P値(*)<0.01)。
【0080】
図11によれば、ApoA1+D−パンテチン(0.04w/v%+0.2w/v%)が、最も効果的な濃度である。
【0081】
上記の角膜フルオレセイン染色実験による結論として、ApoA1は、用量依存的に、ドライアイ症候群に対して極めて効果的であることが示された。加えて、D−パンテチンを併用することにより、ApoA1の作用が相乗的に増強される。この作用は、用量依存的であるように思われる。
【0082】
(3)組織学的研究
マウスの眼球が外科的に摘出され、10%の中性に緩衝されたホルマリンで固定され、パラフィンに包埋された。そして、5μmの厚さの組織切片がカットされ、ヘマトキシリンとエオシンで染色された。そして、眼の切断部分が検査され、カメディアデジタルカメラ、C-4040ズーム(オリンパス光学株式会社、日本)が備え付けられた Provis AX 70 顕微鏡(オリンパス光学株式会社、日本)で撮影された。厚さの顕微測光測定は、OB-M, 1/100, micro, AX0001 (オリンパス光学株式会社、日本)を使用することによって行なわれた。また、角膜上皮の厚さは、10μmの精度で測定された。
【0083】
(3−1)ApoA1点眼液による効果
(a)ノーマルマウス、(b)DEマウス、(c)0.04w/v%のApoA1で処理されたDEマウス、(d)PBSで処理されたDEマウスの各グループの6〜8の角膜が、この実験で使用された。
【0084】
図12に、各グループの代表的な角膜上皮の写真(倍率×100倍)を示すと共に、図13に、各グループの角膜上皮の平均厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=6〜8角膜、P(*)<0.01)を示した。
【0085】
かかる図12及び図13によれば、DEマウスの角膜上皮は、未処理のコントロールマウスの角膜上皮よりも著しく薄くなっている。また、角膜上皮の剥離に伴って起こる細胞層の薄層化は、ApoA1で処理された眼と比べて、PBSで処理された眼において、著しい。ApoA1で処理することにより、涙液層を構成する油層のバリア機能が有効に発揮され、角膜上皮が保護されることがわかる。
【0086】
(3−2)ApoA1+D−パンテチン点眼液による効果
また、図14には、ノーマルマウス、DEマウス、PBSで処理されたDEマウス、及び0.04w/v%のApoA1と0.05w/v%のD−パンテチンで処理されたDEマウスの角膜上皮厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=6〜8角膜、P値(*)<0.01)が示されている。
【0087】
かかる図14によれば、ApoA1+D−パンテチン(0.04w/v%+0.05w/v%)の組み合わせで処理されたグループが、大きな成果を挙げている。
【0088】
(3−3)ApoA1の濃度変化の影響
図15には、ApoA1の濃度変化の影響を見るために、DEマウスグループと、ApoA1の濃度が、それぞれ、0.01w/v%、0.04w/v%、0.1w/v%である点眼液で処理されたDEマウスグループの角膜上皮厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=3〜8角膜、P値は、*<0.01、◆<0.05)が示されている。
【0089】
図15によれば、0.1w/v%のApoA1が、最も効果的な濃度である。
【0090】
(3−4)D−パンテチンの濃度変化の影響
図16には、D−パンテチンの濃度変化の影響を見るために、DEマウスグループと、ApoA1の濃度を0.04w/v%に固定して、D−パンテチンの濃度を、それぞれ、0.05w/v%、0.1w/v%、0.2w/v%とした点眼液で処理されたDEマウスグループの角膜上皮厚さのグラフ(平均±標準偏差、n=3〜8角膜、P値(*)<0.01)が示されている。
【0091】
図16によれば、D−パンテチンの添加によって、ApoA1の効果が相乗的に高められ、ApoA1+D−パンテチン(0.04w/v%+0.2w/v%)が、最も効果的な濃度である。
【0092】
上記の角膜上皮の厚さの測定実験による結論として、ApoA1は、ドライアイや角膜炎等において惹起される角膜上皮細胞の欠損(角膜上皮の薄層化)において、極めて有効であることが示された。加えて、D−パンテチンを併用することにより、ApoA1の作用が相乗的に増強される。この作用は、用量依存的であるように思われる。
【0093】
上述した in vitro 及び in vivo 実験の両方のデータに基づき、ApoA1を含む点眼液は、ドライアイの発症や角膜炎に影響を与えると結論付けることが出来る。また、これらの知見から、ApoA1を含む眼科用組成物は、ドライアイを始め、角結膜に関する炎症や、アレルギー性結膜炎、細菌性の角膜炎等の種々の角膜・結膜障害に対して、臨床的応用が可能であると、思われる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アポリポタンパクA−1を有効成分として含有することを特徴とする眼科用組成物。
【請求項2】
ビタミンB5類より選ばれる少なくとも1種の化合物を、更に含有することを特徴とする請求項1記載の眼科用組成物。
【請求項3】
前記ビタミンB5類がD−パンテチンであることを特徴とする請求項2記載の眼科用組成物。
【請求項4】
角膜障害治療用組成物として用いられることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項5】
前記角膜障害がドライアイであることを特徴とする請求項4に記載の眼科用組成物。
【請求項6】
点眼剤として用いられることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項7】
コンタクトレンズ用液剤として用いられることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項8】
前記アポリポタンパクA−1が、0.001〜1w/v%の割合で含有されていることを特徴とする請求項6又は請求項7記載の眼科用組成物。
【請求項9】
前記ビタミンB5類が、0.005〜2w/v%の割合で含有されていることを特徴とする請求項6乃至請求項8の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項1】
アポリポタンパクA−1を有効成分として含有することを特徴とする眼科用組成物。
【請求項2】
ビタミンB5類より選ばれる少なくとも1種の化合物を、更に含有することを特徴とする請求項1記載の眼科用組成物。
【請求項3】
前記ビタミンB5類がD−パンテチンであることを特徴とする請求項2記載の眼科用組成物。
【請求項4】
角膜障害治療用組成物として用いられることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項5】
前記角膜障害がドライアイであることを特徴とする請求項4に記載の眼科用組成物。
【請求項6】
点眼剤として用いられることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項7】
コンタクトレンズ用液剤として用いられることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【請求項8】
前記アポリポタンパクA−1が、0.001〜1w/v%の割合で含有されていることを特徴とする請求項6又は請求項7記載の眼科用組成物。
【請求項9】
前記ビタミンB5類が、0.005〜2w/v%の割合で含有されていることを特徴とする請求項6乃至請求項8の何れか1項に記載の眼科用組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公表番号】特表2010−510961(P2010−510961A)
【公表日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−521264(P2009−521264)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際出願番号】PCT/JP2006/324413
【国際公開番号】WO2008/068866
【国際公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際出願番号】PCT/JP2006/324413
【国際公開番号】WO2008/068866
【国際公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]