説明

睡眠障害の治療及び診断方法

【課題】新規なナルコレプシー関連遺伝子を探索し、これに基づいて睡眠障害の治療及び診断方法を提供する。
【解決手段】本発明は、睡眠障害を有するヒト対象者を治療又は改善するための医薬組成物であって、この薬剤は前記対象者におけるβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性を調節する薬剤を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、睡眠障害の治療及び診断方法に関し、より詳細には、ヒト対象者におけるβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の代謝活性を抑制することによる不眠症の治療、又は前記代謝活性を増強することによる過眠症の治療、並びにこれらの治療に用いる医薬組成物及びそのスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な過眠症であるナルコレプシー は、日中に起こる反復性の耐え難い眠気(睡眠発作)、感情の強い動きを契機に突然筋肉の力を喪失する情動脱力発作、入眠直後にREM睡眠が見られるREM睡眠異常を特徴とする。10歳代に発症することが多く、性差は見られず、日本人における有病率は0.16−0.18%、及び欧米では0.02〜0.06%である。また、一卵性双生児一致率は20−30%、第一近親発症率は1−2%と報告されており、一般人に比べて10〜40倍危険性が高い。したがって、ヒトのナルコレプシー は複数の遺伝要因と環境要因が相互に関与し合って発症にいたる多因子疾患と考えられている。
【0003】
これまでに明らかにされた遺伝要因としてヒト白血球抗原(HLA)クラスII領域に存在するHLA−DRB11501−DQB10602ハプロタイプがあり、日本人ナルコレプシー 患者のほぼ全例がこのハプロタイプを持つ(例えば、非特許文献1〜3)。しかし、このハプロタイプをもつ全てのヒトがナルコレプシー に罹患するわけではなく(健常者集団においても約10%の頻度)、特にアフリカ系集団ではこのハプロタイプを持たない患者例も多い。従って、HLA−DR−DQハプロタイプはヒトナルコレプシー との極めて強い関連を示すものの、十分条件ではないと考えられている。
【0004】
このことを示唆する他の知見として、ナルコレプシー患者のHLAに対するλ値は2〜4と計算されている。このλ値は、第一近親者における相対的リスクよりも低い。これらの事実は、HLA遺伝子以外の遺伝的因子がナルコレプシーに対する遺伝的素因に関係していることを示す。例えば、23244個のマイクロサテライトマーカーを用いたゲノムワイドな関連解析によって、NLC1−A遺伝子がナルコレプシーに対する新規な耐性遺伝子として報告されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
近年、動物モデルを用いた研究により、イヌのヒポクレチン(オレキシン)受容体2遺伝子の障害が常染色体劣性のイヌのナルコレプシーを引き起こすことが報告されている。プレプロヒポクレチンをノックアウトしたマウスでもナルコレプシー様の行動や脳波を示す。ヒトでは、ナルコレプシー患者の脳脊髄液(CSF)においてヒポクレチン1が減少しているか又は検出できない。しかしながら、ヒトにおけるナルコレプシーは、1つのまれなケースを除き、ヒポクレチン神経伝達系の異常な変異は見受けられない。
【0006】
【特許文献1】特開2006−217888号公報
【非特許文献1】Juji T, Satake M, Honda Y, Doi Y. HLA antigens in Japanese patients with narcolepsy. All the patients were DR2 positive. Tissue Antigens 1984;24(5):316-9.
【非特許文献2】Langdon N, Welsh KI, van Dam M, Vaughan RW, Parkes D. Genetic markers in narcolepsy. Lancet 1984;2(8413):1178-80.
【非特許文献3】Matsuki K, Juji T, Tokunaga K, Naohara T, Satake M, Honda Y. Human histocompatibility leukocyte antigen (HLA) haplotype frequencies estimated from the data on HLA class I, II, and III antigens in 111 Japanese narcoleptics. J Clin Invest 1985;76(6):2078-83.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らの分析によれば、ヒトナルコレプシーの原因はHLA領域の遺伝的多型のみによるものではなく、他にも疾患感受性遺伝子が存在すると考えられる。また、ヒトにおけるナルコレプシーは、プレプロヒポクレチン及びヒポクレチン受容体遺伝子の変異によっては説明できない。したがって、本発明は、新規なナルコレプシー関連遺伝子を探索し、これに基づいて睡眠障害の治療及び診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、50万個以上の一塩基多型(SNPs)と十分な数のナルコレプシー患者及び健常者試料を用いてゲノムワイドな関連解析を行ったところ、22番染色体のCPT1B及びCHKB遺伝子領域における1つのSNP(識別番号rs5770917)が、再現性よく強い関連性(オッズ比:1.79、P=4.4×10−7)を示すことを見出した。このSNPがCPT1B及びCHKB遺伝子の発現に影響を与えるか否かを調べたところ、rs5770917のリスクアレルを有する個人において有意に当該遺伝子の転写量が減少していることを見出した。そして、これらの知見に基づいて本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、睡眠障害を有するヒト対象者を治療又は改善するための医薬組成物であって、前記対象者におけるβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の代謝活性を調節する薬剤を含有することを特徴とする。1つの側面において、前記睡眠障害が不眠症であり、かつ前記薬剤は、β−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性抑制剤である。前記薬剤は、対象者におけるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を抑制する化合物を含むことが好ましい。
【0010】
他の側面では、前記睡眠障害が過眠症であり、かつ前記薬剤がβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性増強剤であることを特徴とする。前記ヒト対象者が、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型について少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンである遺伝子多型を有することが好ましい。また、前記薬剤が、対象者におけるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を増強する化合物を含むことが好ましく、さらに好ましくは、アセチル−L−カルニチン、CDP−コリン、及び/又はホスファチジルコリンを含む医薬組成物である。
【0011】
別の観点において、本発明は過眠症の素因の有無を判定する方法を提供する。当該方法は、ヒト対象者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型(SNP)、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出し、前記rs5770917の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンであるとき、前記対象者が過眠症に感受性であることを示唆することを特徴とする。
【0012】
さらに異なる観点では、本発明は過眠症治療薬の選択方法であって、過眠症患者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型(SNP)、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出し、前記rs5770917の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンであるとき、前記患者がβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の代謝活性増強剤によって治療、又は改善されることを示唆する。
【0013】
さらになお異なる観点において、本発明は不眠症治療薬のスクリーニング方法を提供し、当該方法は、細胞内においてカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を抑制する化合物を選択することを含む。過眠症治療薬をスクリーニングする場合には、細胞内においてカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を増強する化合物を選択することを特徴とする。前記細胞はヒト神経細胞であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、新規な過眠症感受性遺伝子としてのCPT1B及びCHKBの発見に基づくものであり、これらの遺伝子産物の代謝活性の調節を通じて不眠症又は過眠症の新規診断方法や治療方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
1 β−酸化経路の活性調節剤
本発明の睡眠障害の治療又は改善剤は、ヒトのゲノムワイド関連解析によって見出された知見により、過眠症の患者と、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)遺伝子の転写活性との遺伝的関連性に基づくものである。すなわち、後述する実施例において詳細に示されるように、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型が過眠症と有意な関連を示し、rs5770917のリスクアレルを有する個人においてCPT1B遺伝子の転写量が減少していることが明らかとなった。
【0016】
CPT1B遺伝子によってコードされるタンパク質は、筋肉ミトコンドリアにおける長鎖脂肪酸β−酸化経路の律速酵素である。ヒトCPT1B遺伝子及びタンパク質の構造は公知であり、例えば、NCBI等の公的データベースにGeneID: 1375及びMIM:601987として登録されている。CPT1Bは、長鎖脂肪酸アシルCoAをカルニチンと結合させることによって、その細胞質からミトコンドリア内への輸送を触媒する(図1参照、The Role of the Carnitine System in Human Metabolism. DANIEL W. FOSTER. Ann. N.Y. Acad. Sci. 1033: 116 (2004)から引用した)。β−酸化経路とは、動物細胞における脂肪酸の主たる酸化経路であり、脂肪酸のβ位を酸化してアシルCoA(脂肪酸アシル−補酵素A複合体)からアセチルCoAを取り出し脂肪酸アシルの炭素を2個ずつ減らし、最終産物もアセチルCoAとなる酸化経路である。β−酸化と睡眠との関係については、後述する実施例におけるゲノムワイド関連解析の結果の他にも、その関連性を強く示唆するいくつかの報告がある。例えば、全身的にカルニチンが欠乏する若年性内臓脂肪肝のマウスを絶食させると、断片化された覚醒とREM睡眠頻度が高くなり、歩行運動活性が減少することが報告されている(Yoshida et al., Neurosci. Res. 2006, Vol.55, pp.78-86)。このマウスの表現型は、ナルコレプシーのモデルマウスと極めて類似しており、ナルコレプシーの治療薬であるモダフィニルによって活性化される。また、ナルコレプシーでは、ヒポクレチンの神経伝達が損なわれていることが知られているが、絶食した若年性内臓脂肪肝のマウスもまた視床下部側頭におけるc−fos陽性ヒポクレチンニューロンの割合が減少しており、脳脊髄液中のヒポクレチン−1濃度が減少していた。
【0017】
さらに別の報告では、β−酸化経路の第一段階を触媒する短鎖アシル−CoAデヒドロゲナーゼ(ACADS遺伝子によってコードされる。)を欠損するマウスは、REM睡眠中のシータ(θ)波の周波数が低下し、グリオキシラーゼ−1(GLO1)遺伝子の過剰発現を誘導する。β−酸化及びミトコンドリアの機能を改善するためのアセチル−L−カルニチンの投与は、この変異体マウスのシータ波とGLO1の過剰発現を顕著に回復させた(Tafti, M.et al., Nat. Genet. 2003, Vol.34, pp.320-325参照)。従って、β−酸化がヒポクレチンニューロンの活性、及びカルニチンシステムを介する睡眠−覚醒状態を調節することが可能である。CPT1B遺伝子の転写量の低下は、β−酸化機能を低下させているかもしれない。よって、β−酸化の機能的減退は、ヒポクレチンニューロンの活性を低下させ、覚醒状態の維持を破壊するかもしれない。このようなβ−酸化活性を調節する1つの薬剤は、アセチル−L−カルニチン、又はL−カルニチンである。
【0018】
その他のβ−酸化活性を調節する薬剤としては、CPT1B活性化作用を有するものとして、ネオクロロゲン酸及びフェルロイルキナ酸などが知られている(特開2006−342145号公報参照)。
【0019】
β−酸化経路、又はその律速酵素であるCPT1B活性の抑制剤は、不眠症の改善又は睡眠導入剤として機能することができ、一方、β−酸化経路、又はその律速酵素であるCPT1B活性の増強剤は、過眠症の治療薬として使用することができる。
【0020】
2 CDP−コリン経路の活性調節剤
本発明は、CDP−コリン経路の活性を調節することによって睡眠障害を治療又は改善するための薬剤を提供する。ヒトのゲノムワイド関連解析の結果によれば、過眠症患者の遺伝的多型と、コリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子の転写活性との関連性もまた明らかとなった。すなわち、後述する実施例において詳細に示されるように、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型が過眠症と有意な関連を示し、rs5770917のリスクアレルを有する個人においてCHKB遺伝子の転写量が減少しているという知見に基づく。
【0021】
CHKB遺伝子によってコードされるタンパク質は、ホスファチジルコリンの生合成のためのCDP−コリン経路における最初のリン酸化反応を触媒する。ヒトCHKB遺伝子及びタンパク質の構造は公知であり、例えば、NCBI等の公的データベースにGeneID: 1120として登録されている。CDP−コリン経路とは、図2に示したように、コリンの代謝経路の1つであり、コリンからホスファチジルコリンを合成する。CDP−コリン及びホスファチジルコリンは、生体にとっての必須栄養素である。CDP−コリンは、もっぱら脳循環・代謝改善薬として使用されている。CDP−コリンはアセチルコリンの放出を増加させ、ヒポクレチンニューロンを活性化させることができる。ホスファチジルコリンは、哺乳動物細胞膜を構成する主要なリン脂質であり、その代謝回転は膜の構造と機能を維持するために重要である。ホスファチジルコリン合成の阻害は、脳におけるアポトーシスの引き金となる。CHKB遺伝子の転写レベルの減少は、コリンの代謝や、これらの重要な物質の産生を抑制する可能性がある。したがって、CDP−コリン経路の代謝活性の低下は、脳のヒポクレチンニューーロンの機能障害に関係しているかもしれない。このようなナルコレプシーモデルにおいて、CDP−コリン経路の活性を調節する候補薬剤は、CDP−コリン及びホスファチジルコリンである。
【0022】
CDP−コリン経路、又はその律速酵素であるCHKB活性の抑制剤は、不眠症の改善又は睡眠導入剤として機能することができ、一方、CDP−コリン経路、又はその律速酵素であるCHKB活性の増強剤は、過眠症の治療薬として使用することができる。
【0023】
3 医薬組成物
本発明のβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の代謝活性を調節する薬剤は、それ単独で、あるいは、薬剤学的又は獣医学的に許容される通常の担体又は希釈剤と共に、そのような治療の必要な被験者、例えば、動物、好ましくは哺乳動物(特にはヒト)に、経口又は非経口的に全身又は局所投与することができる。
【0024】
本発明の医薬組成物を経口投与する場合は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、トローチ剤、内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等の何れのものであってもよく、使用する際に再溶解させる乾燥生成物にしてもよい。また、本発明の医薬組成物を非経口投与する場合は、静脈内注射(点滴を含む)、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射、貼付剤、坐剤等の製剤形態を選択することができ、注射用製剤の場合は単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態で提供される。局所的、経皮的、又は経粘膜的に適用するためには、軟膏として塗布するか皮膚用の徐放性貼付剤を貼るのが好ましい。
【0025】
これらの各種製剤は、製剤上通常用いられる賦形剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤、等張化剤等を適宜選択し、常法により製造することができる。
【0026】
4 診断方法
本発明はまた、過眠症の素因の有無を判定する方法及び過眠症治療薬の選択方法を提供する。本発明の過眠症の素因の有無を判定する方法は、ヒト対象者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型(SNP)、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出し、前記rs5770917の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンであるとき、前記対象者が過眠症に感受性であることを示唆する。本明細書中において、「遺伝子多型」には、いわゆる一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)、及び連続した複数ヌクレオチドにわたる多型の両方を含むものとする。すなわち、ヒトの集団において、ある一個体のゲノム配列を基準として、他の1又は複数の個体ゲノム中の特定部位に、1又は複数ヌクレオチドの置換、欠失、挿入、転位、逆位等の変異が存在するとき、その変異が当該1又は複数の個体に生じた突然変異でないことが統計的に確実か、又は当該個体内突然変異でなく、1%以上の頻度で集団内に存在することが証明される場合、その変異を「遺伝子多型」という。
【0027】
「対立遺伝子、又はアレル(allele)」とは、相同な遺伝子座を占める遺伝子に複数の種類がある場合の、個々の遺伝子のことをいい、特定の遺伝子座を占める2種類の対立遺伝子の組を「遺伝子型」と称する。「連鎖不平衡」とは、2つの対立遺伝子がそれぞれ独立に遺伝する場合よりも大きな頻度で互いに連鎖して遺伝することをいう。
【0028】
本書において、「関連がある」との用語が、「過眠症と関連がある」などの文脈で使用される場合には、統計学的な関連を有することを指し、好ましくは統計学的な解析によりp値が0.05以下程度の有意な関連を有することを指す。本発明における「過眠症」とは、ナルコレプシーおよびその他の中枢性過眠症を含む。また、過眠症の「素因」、「感受性」とは、現在過眠症であることのみならず、将来、過眠症になることも含む。
【0029】
本明細書中において引用するSNP識別番号は、NCBI(米国国立バイオテクノロジー情報センター)が提供するSNPデータベース(dbSNP)から入手することができる。例えば、SNP識別番号(refSNP ID):rs5770917の一塩基多型は、ヒト第22番染色体22q13.33上のCPT1B遺伝子とCHKB遺伝子の間に存在する。対立遺伝子としてはT/C(遺伝子の相補鎖ではA/G)であり、Tが祖先型と推定されている。一般的に、母集団が異なると頻度も異なるが、日本人集団においてはTが多数(約85%)でありCが少数である。なお、本書において、塩基配列の記号について、アデニンは「A」、グアニンは「G」、シトシンは「C」、チミンは「T」、ウラシルは「U」、プリン(アデニン又はグアニン)は「R」、ピリミジン(チミン/ウラシル又はシトシン)は「Y」と略記する。
【0030】
本発明の方法で用いられる「ヒトのゲノムDNAを含む試料」は、好ましくはアジア人の被験者、さらに好ましくは日本人の被験者から単離されるあらゆる細胞(生殖細胞を除く)、組織、臓器等を材料として調製される。該材料としては、末梢血から分離した白血球又は単核球が好ましく、特に白血球が最も好適である。これらの材料は、臨床検査において通常用いられる方法にしたがって単離される。
【0031】
例えば白血球を材料とする場合、まず被験者より単離した末梢血から常法に従って白血球を分離する。次いで、得られた白血球にプロテイナーゼKとドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を加えてタンパク質を分解、変性させた後、フェノール/クロロホルム抽出を行なうことによりゲノムDNA(RNAを含む)を得る。RNAは、必要に応じてRNaseにより除去することができる。ただし、ゲノムDNAの抽出は、上記の方法に限定されず、当該技術分野で周知の方法(例えば、Sambrook, J. et al. (1989): "Molecular Cloning: A Laboratory Manual (2nd Ed.)" Cold Spring Harbor Laboratory, NY)や、市販のDNA抽出キット等を利用して行ってもよい。
【0032】
次に、得られたヒトゲノムDNAを含む試料から、過眠症と関連がある遺伝子多型(本発明の場合は、全て一塩基多型)を検出する。使用可能な検出法として、RFLP法、PCR−SSCP法、アレル特異的オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション、ダイレクトシークエンス法、TaqMan PCR法、インベーダー法、MALDI−TOF/MS法、モレキュラー・ビーコン法、RCA法、UCAN法、及びDNAチップ若しくはDNAマイクロアレイを用いた核酸ハイブリダイゼーション法などが挙げられる。以下、代表的な遺伝子多型検出方法について説明する。
【0033】
DNAチップ法
多型部位を含む種々のオリゴヌクレオチドプローブをマイクロアレイ上に配置したDNAチップ(遺伝子チップ)を用いて、PCR増幅させた蛍光標識DNA等とハイブリダイゼーションを行なう。オリゴヌクレオチドを光リソグラフィー技術により、アレイ上で合成し、1チップ上に数千から数十万個のプローブを配置させたもの(アフィメトリクス社製、GenChip(登録商標)等)や、予め調製したcDNAやオリゴヌクレオチドをピン又はインクジェット方式によりガラス上に固定化する方法等が知られている。
【0034】
ダイレクトシークエンス法
ダイレクトシークエンス法は、遺伝子多型部位を含むDNA断片をPCR増幅した後、増幅されたDNAのヌクレオチド配列を直接ジデオキシ法により解析する方法である(Biotechniques, 11, 246-249 (1991))。この方法で用いられるPCRプライマーは、好ましくは、多型部位を含む約0.05〜4kbのDNA断片を増幅するための、15〜30merのオリゴヌクレオチドである。また、シークエンスプライマーとしては、好ましくは、多型部位から50〜300ヌクレオチド程度5'末端側の位置に相当する15〜30merのオリゴヌクレオチドを用いる。
【0035】
TaqManPCR法
TaqManPCR法は、蛍光標識したアレル特異的オリゴヌクレオチド(TaqManプローブ)とTaqDNAポリメラーゼによるPCRを利用した方法である(Genet. Anal., 14, 143-149 (1999), J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996))。この方法で用いられるPCRプライマーは、通常多型部位を含む約0.05〜2kbのDNA断片を増幅するための、15〜30merのオリゴヌクレオチドである。また、TaqManプローブは、多型部位を含む13〜20塩基程度のオリゴヌクレオチドであり、5'末端は蛍光レポーター色素によって標識されており、3'末端はクエンチャー(消光物質)によって標識されている。このプローブを用いることにより、野生型と変異型のヌクレオチド変化の検出が可能である。
【0036】
サーマルサイクラーを用いたDNAの増幅を伴わない種々の方法が開発されている。例えば、インベーダー(登録商標)法は、2種類のオリゴヌクレオチドを用い、これらのプローブが鋳型DNAと形成する特異的な構造を認識して切断する特殊な酵素反応に基づく(例えば、米国特許5846717号等参照)。この他に、UCAN法、ICAN法、LAMP法及びSMAP法等があるがこれらに限定されず、他の公知の遺伝子多型検出法を本発明の判定方法のために利用することができる。また、本発明の方法においては、これらの遺伝子多型検出方法を単独で用いても、二つ以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
また、本発明は過眠症治療薬の選択方法を提供し、当該方法は、過眠症患者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型(SNP)、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出し、前記rs5770917の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンであるとき、前記患者がβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性増強剤に感受性であることを示唆する。
【0038】
5 不眠症又は過眠症治療薬のスクリーニング方法
本発明の不眠症治療薬のスクリーニング方法は、細胞内においてカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を抑制する化合物を選択することを含む。具体的なスクリーニング方法としては、例えば、ヒト又は哺乳動物に候補化合物を摂取させ、所定の時間経過後の血中CPT1B又はCHKBの存在量、又は血液細胞中におけるこれらの酵素の発現量を測定し、そしてCPT1B又はCHKBの存在量又は発現量を低下させるような化合物を選択する方法である。上記遺伝子の発現レベルを測定するために、それらの遺伝子の転写産物の量や翻訳産物の活性を測定することができる。転写産物の量の測定は、試料中における、又は当該試料から抽出されたRNAの逆転写によって得られるcDNAから、前記遺伝子特異的配列を増幅するために、プライマーの組み合わせによる定量的PCR分析を行うことができる。前記遺伝子に特異的なプローブによるノーザンブロットも適用されうる。DNAチップを用いることによって転写産物を測定することが好ましい場合もある。
【0039】
上記遺伝子の翻訳産物の量及び/又は活性は、免疫アッセイ、酵素活性の測定及び/又は結合アッセイを用いて検出されうる。これらのアッセイは、抗ポリペプチド抗体又は抗ポリペプチド抗体に結合する二次抗体の何れかに結合する、酵素的、蛍光的、放射性、磁性、又は発光標識の使用により、前記翻訳産物と抗ポリペプチド抗体との間の結合量を測定することができる。CPT1B及びCHKBの酵素活性の測定方法は公知であり、例えば、DTNB法によるCPT1B活性の測定(Takahashi, M. et al. “Carnitine Determination by an Enzymatic Cycling Method with Carnitine Dehydrogenase” CLIN CHEM, 40 (5), 817-821 (1994))や、アイソトープ標識したリン酸を用いるCHKB活性測定方法等が知られている。
【0040】
あるいは、細胞内においてCPT1B遺伝子又はCHKB遺伝子の転写を阻害する物質;及び細胞内においてCPT1B又はCHKBの翻訳を阻害するか又は翻訳されたタンパク質の分解を促進する物質をスクリーニングしてもよい。具体的には、CPT1B遺伝子又はCHKB遺伝子のプロモーター配列と機能的に連結されたレポーター遺伝子とを含む発現ベクターを用意し、前記発現ベクターを哺乳動物細胞に形質移入し、候補化合物の存在下又は非存在下において前記形質移入細胞を培養し、そして前記レポーター遺伝子の発現を阻害する候補化合物を選択する方法である。
【0041】
ここで、本発明のスクリーニング方法に使用しうる宿主細胞としては、哺乳動物細胞であれば特に限定されず、例えば、NIH3T3、HeLa、HEK−293及びNB−1等の細胞株を使用してもよい。好ましくはヒト細胞、より好ましくはヒト神経細胞、さらに好ましくはオレキシン産生神経細胞である。「神経細胞」とは、ニューロン、グリア細胞、シュワン細胞等の神経系の細胞を意味する。上記発現ベクターの導入方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等がある。得られた形質転換細胞を培養する培地としては、一般に使用されているRPMI1640培地、DMEM培地又はこれらの培地に牛胎児血清等を添加した培地が用いられる。培養は、通常5%CO存在下、37℃で1〜30日行う。培養中は必要に応じてカナマイシン、ペニシリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。また、血清の共存が望ましくない場合には目的に応じた無血清培地を使用してもよい。
【0042】
一方、本発明の過眠症治療薬のスクリーニング方法は、細胞内においてカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を増強する化合物を選択することを含む。具体的なスクリーニング方法としては、例えば、ヒト又は哺乳動物に候補化合物を摂取させ、所定の時間経過後の血中CPT1B又はCHKBの存在量を測定し、そしてCPT1B又はCHKBの存在量又は発現量を上昇させるような化合物を選択する方法である。これらの遺伝子の発現量や発現産物の量を測定する方法は上述したとおりである。
【0043】
あるいは、細胞内においてCPT1B遺伝子又はCHKB遺伝子の転写を活性化する物質をスクリーニングしてもよい。具体的には、CPT1B遺伝子又はCHKB遺伝子のプロモーター配列と機能的に連結されたレポーター遺伝子とを含む発現ベクターを用意し、前記発現ベクターをヒト細胞に形質移入し、候補化合物の存在下又は非存在下において前記形質移入細胞を培養し、そして前記レポーター遺伝子の発現を増強する候補化合物を選択する方法である。
【0044】
本発明において用いられるレポーター遺伝子は、細胞内で発現し検出が容易なものであれば特に限定されるものではないが、例えば、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ、緑色蛍光タンパク質(GFP)及びエクオリン等を挙げることができる。ホタルルシフェラーゼはATPの存在下でルシフェリンの酸化を触媒し、光子を生成する化学ルミネッセンス反応を触媒する。ルシフェラーゼは単量体のタンパク質で翻訳後の修飾を必要としないから、遺伝子発現のレポーター遺伝子として適している。遺伝子発現の速度変化を迅速に検出し、感度を向上させるためにルシフェラーゼタンパク質の安定性を低下させたり、また、測定再現性を上げるために内部標準酵素とのデュアルレポーターシステム等が開発されている。さらに好ましい実施形態において、細胞を溶解することなくレポーター遺伝子の活性を迅速かつ簡便に検出することができる分泌型レポーター遺伝子を用いることができる。海洋性のカイアシ類からクローン化された分泌型Metridia longaルシフェラーゼ遺伝子は、N末端に分泌に必要なアミノ酸残基17個のシグナルペプチドを含む24kDaのタンパク質をコードしている。この分泌型ルシフェラーゼ遺伝子を用いたレポーターアッセイシステム用のベクターはクロンテック社からpMetLuc−レポーターベクターとして市販されている。
【0045】
これらのスクリーニング方法に用いることのできる候補化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、タンパク質、ペプチド、非ペプチド性化合物、人工的に合成された化合物(例えばケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアルケミストリー技術、又は通常の合成技術によって得られた化合物群、あるいは、ファージディスプレイ法などを応用して作成されたランダムペプチド群を含む。)等を用いることができる。また、微生物の培養上清、植物若しくは海洋生物由来の天然物質又は動物組織抽出物などもスクリーニングの候補化合物として用いることができる。さらには、安全性の確認された既存の医薬品やサプリメントの成分などからスクリーニングしてもよい。
【0046】
以下に実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
[ゲノムワイド関連解析]
被験者
カタプレキシー(脱力発作)を有するナルコレプシー患者381人、及びその他の中枢性過眠症患者93人は、東京又はその近郊地域に住む血縁関係の無い日本人であり、睡眠障害の専門家医師による診断を受けた。すべてのナルコレプシー患者はHLA−DRB11501−DQB10602ハプロタイプを有していた。コントロール(対照者)は、日本に住む血縁関係の無い健常日本人である。本実施例では、222人のナルコレプシー患者と389人のコントロールについてゲノムワイド関連解析を行い、続いて159人のナルコレプシー患者と190人のコントロールについて再現性を確認した。
【0048】
遺伝子型の解析
500568個のSNPsの遺伝子型は、GeneChip Human Mapping 500Kアレイセット(アフィメトリクス社)を用いて行った。このアレイセットは、それぞれ約250000個のSNPsを有する2つのチップ(StyI及びNspI) からなる。各個人のゲノムDNA約250ngを、製造業者のプロトコルに従って処理した。遺伝子型判定は、GCOS1.4及びGTYPE4.1ソフトウエアパッケージを用いて解析した。GTYPE4.1解析に際し、遺伝子型判定アルゴリズムBRLMM (the Bayesian Robust Linear Model with Mahalanobis distance threshold)における信頼スコアを0.5とした。全体のcall rateは、STYアレイでは96.7%、NSPアレイでは97.5%であった。再現性確認段階における遺伝子型判定は、DigiTag2アッセイ及びタックマン遺伝子型判定アッセイ(アプライドバイオシステムズ社)を用いて行った。高密度マッピング、および他の中枢性過眠症における遺伝子型判定はタックマン遺伝子型判定アッセイを用いて行った。
【0049】
データクリーニング
遺伝子型判定が一貫して問題のSNPsを除去するために、データクリーニングを行った。患者群及びコントロール群で少なくとも95%のcall rateを必要とした。次に、コントロール群の遺伝子型頻度がハーディーワインベルグ平衡(HWE P<0.001)から隔たったSNPsを除去した。すべてのサンプルにおいてマイナーアレル頻度(MAF)が5%より小さいSNPsを除去した。HLA領域に位置するSNPsは、ナルコレプシーと強い関連を示すHLA−DR/DQ遺伝子との連鎖不平衡による2次的な関連を示した。したがって、この領域(6番染色体の位置:27,000,000-34,000,000; Build 35)のSNPsも除去した。また、性比を患者群とコントロール群との間で合わせていないためX染色体上のSNPsもまた除去した。最終的に全部で249133個のSNPsがデータクリーニングを通過した。
【0050】
統計的解析
疾患と関連する多型は、各SNPのアレル頻度の差をχ二乗検定で評価した。複数のテストを調整するために、False positive report probability (FPRP) 法を採用した。

FPRP=α(1−π)/[α(1−π)+(1−β)π]
ここで、π: 試験された遺伝的変異が病気と真に関連する事前確率; 1-β: 統計的検定力 ;及びα: level or observed P valueである。

上記式において、少なくともFPRPが0.5、及び1−βが0.8と推定した。事前確率πについて2つの基準を設定した。(i)ゲノム全体のSNPsためのπ=20/249,133;(ii)事前確率が増加すると予想される候補遺伝子及び領域のSNPsためのπ=5 ×20/249,133。このときαは、(i)P<6.4×10−5;(ii)P<3.2×10−4と計算される。このαは、249133個のSNPsから候補SNPをスクリーニングするための閾値である。
【0051】
以上のようなデータクリーニング及び統計的手法を用いて、日本人由来の222人のナルコレプシー患者及び389人のコントロールにおける500568SNPsについて遺伝子型を解析した。偽陽性のシグナル数を減少させるために行ったデータクリーニングによって全部で249133個のSNPsを選択した。これらの各SNPについて、患者とコントロールの間でのアレル頻度を、χ二乗検定を用いて比較した。複数回のテストを調整するために、偽陽性報告確率(FPRP)の基準を用いた以下の2つの閾値を設定した:
(i)ゲノム全体のSNPsのためのP<6.4×10−5
(ii)候補遺伝子及び領域のSNPsためのP<3.2×10−4
その結果、これらの閾値を超えるものとして、表1に示す30個のSNPsを同定した。
【0052】
【表1】

【0053】
[再現性の確認]
再現性を確認するために、表1に示した30個のSNPsについて、日本人由来の159人のナルコレプシー患者と190人のコントロールからなる独立したサンプルセットを用いて遺伝子型を解析した。すべてのSNPsについて遺伝子型を決定することができた。アレル頻度の差をχ二乗検定で評価し、P < 1.7 × 10-3 (corresponding to P = 0.05 after Boneferroni correction for 30 tests)を有意とした。その結果、表1及び表2に示したように、第22番染色体上のSNP認識番号rs5770917のSNPにおいて、再現性が認められた(P=5.2×10−4;オッズ比=1.97;95%信頼区間:1.34−2.90)。ゲノムワイド解析段階のP値は1.4×10−4(オッズ比=1.74;95%信頼区間:1.31−2.31)であり、これらを組み合わせた全体のP値は4.4×10−7(オッズ比=1.79;95%信頼区間:1.43−2.25)となった。オッズ比とは、要因(rs5770917)と結果(ナルコレプシー)との関連性の強さを示す指標であり、0〜無限大に分布し、1は無相関、1より大きい場合にはリスクが高いことを意味する。信頼区間とは95%の確率で真の値が存在する範囲である。
【0054】
【表2】

【0055】
[高密度マッピング]
タグSNPsは、HAPLOVIEW 3.3.2で実行されるTaggerアルゴリズム(r=0.8)を用いてHapMapJPT(日本人データ)から選択した。連鎖不平衡(LD)ブロックは、HAPLOVIEW 3.3.2で実行されるsolid spineの方法を用いてD‘>0.8で決定した。ハプロタイプ解析は、HAPLOVIEW 3.3.2を用いて行った。
ゲノムワイド解析の段階における222人のナルコレプシー患者と190人のコントロールを用い、高密度マッピングのために、主にタグSNPsと、既知の非同義SNPsとの遺伝子型解析を行った。その結果を図3に示す。この高密度マッピングによって規定されたLDブロックは、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)遺伝子と、コリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子とをカバーした(図3参照)。識別番号rs5770917のSNPは、非同義SNPsを含む他のマーカーよりも強く関連していた。ハプロタイプ解析の結果は、リスクハプロタイプがrs5770917のマイナーアレル(Cアレル)によって標識されていることが分かった(図4参照)。識別番号rs5770917のSNPは、日本人由来の個人のHapMapデータからの当該ブロックにおいて、3つのSNPs(rs2269381、rs5770911、及びrs2269382)と強いLD(r>0.85)を有する。
【0056】
そこで、rs5770917、rs2269381、rs5770911、及びrs2269382のSNPsについて再現性確認段階のサンプルセットを用いて遺伝子型解析を行った。再現性確認段階においても、これら4つのSNPs間で強いLDが認められた(r>0.93)。 これらの結果は、ナルコレプシーとの関連性は、rs5770917のSNP自身によるか、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型によって引き起こされていることが示された。
【0057】
[他の中枢神経過眠症の解析]
続いて、rs5770917のSNPが他の中枢性過眠症の発症のためのリスクマーカーにもなるか否かを調べるために、ナルコレプシー以外の中枢性過眠症を有する93人の患者と、ゲノムワイド及び再現性確認両方における579人のコントロールについて、rs5770917の遺伝子型を解析した。表3に示したように、有意な差異が認められた(片側検定におけるP=0.027;オッズ比=1.46;95%信頼区間:0.99−2.16)。ナルコレプシーとの相関の強さ(オッズ比=1.79)は他の中枢性過眠症のそれよりも大きいが、この結果より、rs5770917のSNPが中枢性過眠症全体と関連していることが示された。
【0058】
【表3】

【0059】
[CPT1B及びCHKB遺伝子の発現解析]
高密度マッピングの結果より、識別番号rs5770917のSNP、又はこれと強いLDを示す多型が、過眠症との関連性を有することが明らかとなった。rs5770917のSNPは、CPT1B遺伝子の開始コドンの約1000bp上流、及びCHKB遺伝子の最後のコドン約250bp下流に位置していた。識別番号rs5770911のSNPは、CPT1B遺伝子のイントロンに位置し、rs2269381及びrs2269382のSNPsはCHKB遺伝子のイントロンに位置していた。これら4つのSNPsは前記2つの遺伝子のエクソンには存在しなかった。したがって、原因となるSNPがCPT1B又はCHKB遺伝子の転写量に影響を与えることが示唆される。これを証明するために、定量的リアルタイムPCRを行った。
【0060】
被験者からの全血5mlをPAXgene Blood RNA tubes (Becton Dickinson)に採取した。PAXgene Blood RNA Kit (QIAGEN)を用いて製造業者のプロトコルに従って全RNAを単離した。溶出した全RNAは、デオキシリボヌクレアーゼI(DNase I)で処理し、濃縮された全RNAを得るためにRNeasy MinElute Cleanup kit (QIAGEN)を用いて洗浄した。cDNAの第一鎖は、スーパースクリプトIIIファーストストランド合成システムと6塩基のランダムプライマー(インビトロジェン社)とを用いて合成した。目的遺伝子の相対的な量は、Taqman Gene Expression Assays (アプライドバイオシステムズ社)を用い、製造業者のプロトコルに従って測定した。発現量は、β−アクチン及びグリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)を標準化因子として評価した。
【0061】
相対的な遺伝子発現量の分布を、rs5770917のSNPについてのTTホモ接合性の健常者14人と、TCへテロ接合性の健常者10人との間でMann-Whitney U testを用いて比較した。その結果を図5に示す。CPT1B遺伝子のmRNAへの転写は、TT型に対してTC型で有意な減少が認められた(P=0.003)。CHKB遺伝子においてもTT型に対してTC型で有意な減少が認められた。したがって、rs5770917のSNPについてCアレルを有する個人のCPT1B及びCHKB遺伝子の転写量は、Tアレルを有する個人のそれらよりも低下していることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】β−酸化を含む脂肪酸の代謝経路を模式的に表した図である。
【図2】CDP−コリン経路を含むコリンの代謝経路を模式的に表した図である。
【図3】CPT1B遺伝子及びCHKB遺伝子のための連鎖不平衡(D‘)対を示す図である。
【図4】CPT1B遺伝子及びCHKB遺伝子についてのハプロタイプ構造を示す。
【図5】rs5770917のSNP遺伝子型によるCPT1B遺伝子及びCHKB遺伝子の発現量を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
睡眠障害を有するヒト対象者を治療又は改善するための医薬組成物であって、前記対象者におけるβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性を調節する薬剤を含有する医薬組成物。
【請求項2】
前記睡眠障害が不眠症であり、かつ前記薬剤がβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性抑制剤である請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記薬剤が、対象者におけるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を抑制する化合物を含む請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記睡眠障害が過眠症であり、かつ前記薬剤がβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性増強剤である請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記ヒト対象者が、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型について少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンである遺伝子多型を有する請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記薬剤が、対象者におけるカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を増強する化合物を含む請求項4又は5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記薬剤が、アセチル−L−カルニチン、L―カルニチン、CDP−コリン、及び/又はホスファチジルコリンを含む請求項4又は5に記載の医薬組成物。
【請求項8】
ヒト対象者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型(SNP)、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出し、前記rs5770917の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンであるとき、前記対象者が過眠症に感受性であることを示唆する、過眠症の素因の有無を判定する方法。
【請求項9】
過眠症患者のゲノムDNAを含む試料を用いて、SNP識別番号rs5770917の一塩基多型(SNP)、又はそれと連鎖不平衡にある遺伝子多型を検出し、前記rs5770917の一塩基多型の少なくとも1つの対立遺伝子がシトシンであるとき、前記患者がβ−酸化経路、又はCDP−コリン経路の活性増強剤によって治療、又は改善されることを示唆する過眠症治療薬の選択方法。
【請求項10】
細胞内においてカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を抑制する化合物を選択することを含む不眠症治療薬のスクリーニング方法。
【請求項11】
細胞内においてカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1B(CPT1B)、又はコリンキナーゼβ(CHKB)活性を増強する化合物を選択することを含む過眠症治療薬のスクリーニング方法。
【請求項12】
前記細胞はヒト神経細胞である請求項10又は11に記載のスクリーニング方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−203204(P2009−203204A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49530(P2008−49530)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】