説明

石炭船および石炭・鉄鉱石兼用船ホールド用耐食鋼

【課題】本発明は、乾湿繰返しかつ低pH環境下において、塗膜剥離後の腐食を抑制することができる石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼を提供することにある。
【解決手段】鋼材の成分組成が、C:0.010〜0.200mass%、Si:0.01〜0.50mass%、Mn:0.10〜2.0mass%、P:0.025mass%以下、S:0.005〜0.050mass%、Al:0.005〜0.10mass%、Cu:0.01〜1.0mass%、Ni:0.01〜1.0mass%、Sb:0.010〜0.50mass%、N:0.0010〜0.0080mass%を含有し、さらに残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールドに用いられる耐食性に優れた鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギー資源の運搬の多くに商船が用いられ、その中でばら積み貨物船は、その約30%の船腹量を占めている。そのばら積み貨物船において、1990年代初頭に海難事故が相次ぎ国際問題となった。特に、石炭船や石炭・鉄鉱石兼用船で事故が多く報告されおり、その原因の大部分は船倉内の損傷であった。ばら積み貨物船では、積荷を直接ホールドに積載するため、腐食性の積荷の影響を受け易く、船倉(以下「ホールド」とも言う。)内の腐食、特に石炭船、石炭・鉄鉱石兼用船の船倉内の側壁部での孔食により、局所的に強度が減少することが問題と考えられている。この孔食が著しく進行した事例や、船の強度を確保する肋骨部分の板厚が極端に減少している事例が報告されている。
【0003】
前記孔食の発生するばら積み貨物船の側壁部は、シングルハルとなっていて、積荷と海水とは鋼材一枚隔てているだけである。そして、ホールド内の温度は、石炭が有する自己発熱性により上昇する。そのため、海水と船倉内の温度差により、船倉側壁部には結露水が生じやすい。こうした、船倉側壁部に結露水が生じた場所に石炭の硫黄成分が溶け出し、結露水と反応し硫酸を生成するので、船倉内は硫酸腐食が生じやすい低pH環境となっている。
【0004】
このような船倉内の腐食対策として、船倉内には変性エポキシ系塗装が被覆厚さ約150〜200μm施されている。しかし、石炭や鉄鉱石によるメカニカルダメージや積荷搬出の際の重機による傷・磨耗により、塗装が剥がれる場合が多いため、十分な防食効果が得られていない。
【0005】
そこで、さらに腐食対策として定期的に再塗装や一部補修する方法が取られているが、このような方法は、非常に大きなコストがかかるため、船舶のメンテナンス費用を含め、ライフサイクルコストを低減させ、耐食鋼などを開発することが課題となっている。
【0006】
ところで、船舶用の耐食鋼としては、カーゴオイルタンク用やバラストタンク用に開発された鋼が知られている。しかし、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド使用環境は、腐食環境(温度・湿度・腐食性物質など)の違い、および、内容物によるメカニカルダメージの有無などの点で、カーゴオイルタンクやバラストタンク使用環境と全く異なっている。このため、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の鋼としては、独自の材料設計や特性評価が必要とされる。
【0007】
カーゴオイルタンクの上甲板裏面は、防爆のためにタンク内に吹き込まれるイナートガス中に含まれるO、CO、SOや原油から揮発するHS等の腐食性ガス環境に曝される。底板は、原油由来の保護性フィルムがあるものの、お椀型の局部腐食が生じる環境に曝される。
【0008】
また、バラストタンクは積荷がない時には、海水を注入して船舶の安定航行を可能にする役目を担うものであり、極めて厳しい腐食環境下におかれている。バラストタンクの上甲板の裏側は、海水に浸からず、海水の飛沫を浴びる状態におかれないため、電気防食が機能せず、さらに、この部位は、太陽光によって鋼材の温度が上昇するため、厳しい腐食環境となり、激しい腐食を受ける。また、バラストタンクの側壁面や底面は、海水に完全に浸漬されている部分ということで、電気防食が働くという理由から腐食環境ではあるが、積荷が無く運行する場合には、バラストタンクに海水が注入されておらず、バラストタンク全体で、電気防食が全く働かないため、乾湿繰り返し環境と残留付着塩分の作用によって、激しい腐食を受ける。
【0009】
石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用途に言及した従来技術としては、特許文献1、2および3がある。石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド使用環境下での造船用耐食鋼の化学成分組成として、特許文献1にはCuおよびMgを必須成分組成とした鋼材が、特許文献2にはCu、NiおよびSnを必須成分組成とした鋼材が、そして、特許文献3には並びにコスト面の改善を目的としたCuおよびSnを必須成分組成とした鋼材が、それぞれ開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000−17381号公報
【特許文献2】特開2007−262555号公報
【特許文献3】特開2008−174768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1に示された鋼材は、船舶外板、バラストタンク、カーゴオイルタンク、鉱石船カーゴホールド等の共通的な使用環境での優れた鋼材を対象としているため、鋼材の耐食性の評価方法として、カーゴオイルタンクとバラストタンクの腐食試験の結果が良好であることを挙げているが、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド使用環境下を考慮した試験結果は示されていない。
【0012】

また、特許文献2と3では、石炭船や石炭・鉱石兼用船の環境を模擬した塗膜下における耐食性を評価しているものの、ホールド使用環境下では不可避といえる石炭や鉄鉱石によるメカニカルダメージで剥離しやすい状況を想定した評価試験を行っていない。
【0013】
以上、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールドに用いられる耐食性に優れた鋼材の開発には、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド特有の腐食環境を考慮すると同時に、塗膜が剥離して塗膜がない状態での鋼材の腐食の評価が重要であるにもかかわらず、従来技術においては、この観点は考慮されていなかった。
【0014】
そこで、本発明の目的は、乾湿繰返しかつ低pH環境下において、塗膜剥離後の腐食を抑制することができる石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
一般に、船舶は、厚鋼板や薄鋼板、形鋼、棒鋼等の鋼材を溶接して建造されており、その鋼材の表面には防食塗膜が施されて使用される。しかし、石炭船、石炭・鉱石兼用船ホールド環境では、石炭・鉱石のメカニカルダメージで塗装は剥がれやすい状況にあり、鋼材が乾湿繰返しかつ低pH環境下に曝される。ここでは、鋼材の表面の防食塗膜の剥離後も耐食性の発揮できる鋼材の開発を行った。
【0016】
そこで、本発明者らは、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド内の環境を模擬した試験法を開発し、その試験法を用いて各合金元素の影響を検討した結果、Cu、Sb、Sの添加で金属間化合物CuSb、CuSを生成させ、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールドの塗膜剥離後の鋼材の耐食性が向上することを見出し、本発明を完成させた。なお、石炭・鉱石兼用船ホールド内の環境を模擬した試験法は実施例にて後述する。
1.鋼材の成分組成が、質量%で、C:0.010〜0.200mass%、Si:0.01〜0.50mass%、Mn:0.10〜2.0mass%、P:0.025mass%以下、S:0.005〜0.050mass%、Al:0.005〜0.10mass%、Cu:0.01〜1.0mass%、Ni:0.01〜1.0mass%、Sb:0.010〜0.50mass%、N:0.0010〜0.0080mass%を含有し、さらに残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
2.前記鋼材に加えて、さらに、Cr:0.050mass%以下であることを特徴とする1に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
3.前記鋼材に加えて、さらに、W:0.005〜0.5mass%およびMo:0.005〜0.5mass%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする1または2に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
4.前記鋼材に加えて、さらに、Nb:0.001〜0.050mass%を含有することを特徴とする1〜3のいずれか一つに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
5.前記鋼材に加えて、さらに、Ca:0.0005〜0.010mass%、Mg:0.0001〜0.010mass%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする1〜4のいずれか一つに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
6.前記鋼材に加えて、さらに、Ti:0.001〜0.030mass%、Zr:0.001〜0.030mass%およびV:0.002〜0.20mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする1〜5のいずれか一つに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、石炭船、石炭・鉱石兼用船ホール内の乾湿繰返しかつ低pH環境下において、塗膜剥離後の腐食を抑制することができる石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】ホールド鋼用腐食試験の温湿度サイクルの一例を示す図(実施例)。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明を実施するための形態について説明する。まず、本発明において、鋼材の成分組成を前記の範囲に限定した理由について説明する。
【0020】
C:0.010〜0.200mass%
Cは、鋼の強度を上昇させるのに有効な元素であり、本発明では強度を確保するために0.010mass%以上の含有を必要とする。一方、0.200mass%を超える含有は、溶接性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。よって、Cは0.010〜0.200mass%の範囲とする。さらに、好ましくは、0.050〜0.180mass%の範囲である。
【0021】
Si:0.01〜0.50mass%
Siは脱酸剤として添加され、また鋼の強度を高める元素であり、本発明では0.01mass%以上を含有させる。しかしながら、0.50mass%を超える含有は、鋼の靱性を劣化させるので、Siの上限は0.50mass%とする。加えてSiは酸性環境下で、防食皮膜を形成して耐食性を向上させる。この効果を得るには、好ましくは0.20〜0.40mass%の範囲である。
【0022】
Mn:0.10〜2.0mass%
Mnは低コストで鋼の強度を上げることができ、さらに熱間脆性を防止できる元素であるので、0.10mass%以上含有させる。しかしながら、2.0mass%を超える含有は、鋼の靱性および溶接性を低下させるため、Mnは2.0mass%以下とする。なお、強度の確保と介在物抑制の観点から、好ましくは0.80〜1.4mass%の範囲である。
【0023】
P:0.025mass%以下
Pは粒界に偏析することで、鋼の母材靱性のみならず、溶接性および溶接部靱性を劣化させる有害な元素であるので、できるだけ低減することが望ましい。特に、Pの含有量が0.025mass%を超えると、母材靱性および溶接部靱性の低下が大きくなる。よって、Pは0.025mass%以下とする。好ましくは0.020mass%以下であり、より好ましくは0.015mass%以下である。
【0024】
S:0.005〜0.050mass%以下
SはCuと金属間化合物CuSを生成し、耐硫酸性を向上させる。これは、CuSは酸性中で難溶性であり、錆中に点在することで、HやSO2−などのイオンの地鉄界面への経路を減少させるからである。この効果はS含有量が0.005%以上の場合に発揮される。しかしながら、Mnと局部腐食の起点となるMnSを形成し、耐局部腐食性を低下させ、さらに、鋼の靱性および溶接性を劣化させる有害な元素であるので、本発明では0.005〜0.050mass%とした。また、好ましくは、0.007%超0.050%以下であり、さらに、好ましくは0.010%超0.050%以下である。
【0025】
Al:0.005〜0.10mass%
Alは脱酸剤として添加される。このためには0.005mass%以上の含有を必要とするが、0.10mass%を超える含有は、溶接した場合に、溶接金属部の靱性を低下させる。よって、Alは0.005〜0.10mass%の範囲に制限した。また、好ましくは0.01〜0.05mass%の範囲である。
【0026】
Cu:0.01〜1.0mass%
Cuは腐食生成物を緻密にし、地鉄へのHO、O、Clの拡散を抑制する。また、金属間化合物CuSb、CuSを生成させ、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールドの塗膜剥離後の鋼材の耐食性が向上する。この効果は、0.01mass%以上の含有で発現するが、添加量が多くなると溶接性や母材の靭性が低下する。そのため、0.01〜1.0mass%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.50mass%の範囲である。
【0027】
Ni:0.01〜1.0mass%
NiはCuと同様に腐食生成物を緻密にし、地鉄へのHO、O、Clの拡散を抑制する。これにより、鋼の耐食性が向上する。この効果は、0.01mass%以上の含有で発現するが、1.0mass%を超えると効果が飽和すると共にコストも上昇するため、0.01〜1.0mass%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.50mass%の範囲である。
【0028】
Sb:0.010〜0.50mass%
Sbは鋼材に合金元素として0.010mass%以上を含有させると、低pH環境において地鉄近傍に濃縮する。Sbは大きな水素過電圧を持つため、Sbが析出した部分では水素発生反応が抑制され、耐食性が向上する。
また、Cuと金属間化合物であるCuSbを形成することで、さらに耐食性が向上する。一方、Sbは0.50mass%を超えて添加すると靭性を低下させる。よって、Sbは0.010〜0.50mass%の範囲に制限した。好ましくは0.030〜0.20mass%の範囲である。
【0029】
N:0.0010〜0.0080mass%
Nは靱性を低下させる元素であり、できるだけ低減することが望ましい。しかしながら、工業的には0.0010mass%未満に低減するのは難しい。一方、0.0080mass%を超えて含有させると靱性の著しい劣化を招く。よって本発明では、Nは0.0010〜0.0080mass%の範囲に制限した。
【0030】
さらに、本発明の鋼材は、上記成分に加えて、Crを下記の範囲で含有することができる。
【0031】
Cr:0.050mass%以下
Crは、低pH環境で加水分解を起こすため、耐食性を低下させる元素であるので無添加でよい。しかし、強度調整のためCrを添加することができるが、特にその含有量が0.050mass%を超えると耐食性の低下が著しくなるため、Crを含有させる場合、その含有量は0.050mass%以下とすることが好ましい。
【0032】
さらに、本発明の鋼材は、上記成分に加えて、WおよびMoのうちから選ばれる1種または2種を下記の範囲で含有することができる。
【0033】
W:0.005〜0.5mass%およびMo:0.005〜0.5mass%
WおよびMoは鋼に含有させると鋼の耐食性を向上させる元素で、裸材さらには塗膜下腐食を抑制する効果も有している。これらの効果を得るためには、いずれも0.005mass%以上を含有させることが好ましい。しかし、0.5mass%を超えて添加しても効果が飽和するだけでなく、コストが嵩むため、含有させる場合には、0.5mass%以下とすることが好ましい。
【0034】
本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、Nbを下記の範囲で含有させることができる。
【0035】
Nb:0.001〜0.050mass%
Nbは酸化皮膜Nbを生成し耐酸性を向上させるだけでなく、鋼の強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて選択して含有させることができる。また、このような効果を得るためには、Nbは0.001mass%以上が好ましい。一方、Nbは0.050mass%を超えて添加すると靱性が低下するため、上記の範囲で含有させることが好ましい。
【0036】
さらに、本発明の鋼材は、上記成分に加えて、CaおよびMgの1種または2種をCa:0.0005〜0.010mass%およびMg:0.0001〜0.010mass%の範囲で含有することができる。
Caは0.0005%以上の添加で、また、Mgは0.0001mass%以上の添加で、いずれも、腐食界面のpHを上昇させる効果があるため、石炭腐食環境のような硫酸環境では、腐食抑制効果が認められる。また、Caを0.0005%以上添加すると、同時に、介在物形態制御効果も発揮され、鋼の延性および靱性を高めることができるので好ましい。しかし、過度に添加すると、粗大な介在物を形成し母材の靱性を劣化させるので、Ca及びMgのいずれも、含有させる場合にはその量の上限をいずれも0.010mass%とすることが好ましい。
本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、Ti、ZrおよびVから選ばれる1種以上を下記の範囲で含有させることができる。
【0037】
Ti:0.001〜0.030mass%、Zr:0.001〜0.030mass%、V:0.002〜0.20mass%
Ti、ZrおよびVはいずれも、鋼の強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて選択して含有させることができる。このような効果を得るためには、TiおよびZrは0.001mass%以上、Vは0.002mass%以上含有させることが好ましい。しかしながら、TiおよびZrはいずれも0.030mass%、また、Vは0.20mass%を超えて含有させるとそれぞれ靱性が低下するため、Ti、ZrおよびVを含有させる場合には、それぞれ、上記の範囲で含有させることが好ましい。
【0038】
本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、靱性向上を目的として、REMおよびYから選ばれる1種以上を下記の範囲で添加することができる。
【0039】
REM:0.0001〜0.0150mass%、Y:0.0001〜0.10mass%
REM(希土類金属)およびYはいずれも溶接熱影響部の靱性を高める元素であり、必要に応じて含有させることができる。この効果は、REMおよびYのいずれも0.0001mass%以上の含有で得られる。しかし、REMは0.0150mass%、Yは0.10mass%を超えて含有すると、靱性の低下を招くので、REM、Yを含有させる場合には、それぞれ、上記の範囲とすることが好ましい。
【0040】
本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、強度向上を目的として、Se、Te、Coから選ばれる1種以上を下記の範囲で含有させることができる。
【0041】
Se:0.0005〜0.50mass%、Te:0.0005〜0.50mass%、Co:0.010〜0.50mass%のうちから1種以上
Se、TeおよびCoは、鋼の強度を高める元素であり、必要に応じて含有させることができる。この効果を得るためには、Se、Teは0.0005mass%以上、Coは0.010mass%以上含有させることが好ましいが、Se、Te、およびCoは、いずれも、0.50mass%を超えて含有させると靱性や溶接性が低下するため、含有する場合には上記の範囲とすることが好ましい。
【0042】
本発明における化学成分のうち、上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果をなくさない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0043】
いっぽう、Snは後に実施例で示すように、腐食減量および最大孔食深さを抑制する効果はない。そればかりか、現時点においてメカニズムは必ずしも明確ではないものの、Snを含有することにより、耐食性に悪影響が及ぶ場合のあることが判明した。さらに、Snは、Cuと共存するとCuの融点を下げ、さらに鉄への固溶度も下げるため、Cuが鋼材表面の粒界に析出し、熱間割れを引き起こす。そのため、Snの添加は行わないが、その含有量が0.005mass%未満であれば、耐食性の著しい劣化は認められず、また、熱間割れを生じさせることはないので、不純物として許容できる。
【0044】
次に、本発明に係る耐食鋼材の好適製造方法について説明するが、本発明を適用できる製造方法はこれに限られない。
【0045】
連続鋳造などにより得られた鋼材をそのまま、あるいは冷却後に再加熱して、熱間圧延を行なう。耐食性を発揮させる為の熱処理条件は問わないが、機械的特性の観点からは適切な圧下比を確保する必要がある。熱間圧延の仕上温度が750℃未満となると変形抵抗が大きくなり、形状不良が起きるため、仕上温度は、750℃以上とすることが好ましい。
【0046】
例えば、仕上温度を750℃以上、その後150℃/min以上の冷却速度で600℃以下まで冷却速度を制御することで、引張強さ490N/m級以上の鋼材を製造することができる。仕上げ温度が750℃未満では変形抵抗が大きくなり形状不良がおき、また冷却速度150℃/min未満では490N/m級以上の強度が得られない。
【実施例】
【0047】
表1に示す成分となる鋼を、真空溶解炉で溶製または転炉溶製後、連続鋳造によりスラブとした。ついで、スラブを加熱炉に装入して1200℃に加熱し、仕上圧延終了温度800℃の熱間圧延により25mm厚の鋼板とした。
【0048】
本発明者らは、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食でもっとも船舶の破壊に影響を与える孔食発生のメカニズムを調査した結果、以下のようであった。ばら積み貨物船の側壁部は、シングルハルとなっていて、積荷と海水とは鋼材1枚隔てているだけである。そのため、海水と船倉内の温度差により、船倉側壁部には結露水が生じ、鋼材及び石炭表面が濡れ、石炭表面に吸着しているHSO由来の物質が水膜に滲出する。メニスカスを形成する石炭下で孔食が進展し、メニスカス部分では、鋼材の腐食にHが消費されていくため、H濃度が減少していく。一方、石炭表面にはHが多く存在するため、石炭表面とメニスカス部分でH濃度の差が生まれる。その化学ポテンシャルの差を駆動力とし、メニスカス部分に石炭表面からHが供給されると考えられる。そして、乾燥過程で未反応のHは再び石炭表面に固着し、次の結露過程で腐食反応に使用され、この過程が長期的なサイクルで起こり、メニスカス部分で腐食がより進行し、孔食が形成されていく。本メカニズムを基に、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の孔食を実験室的に模擬すべく以下の条件とした。
【0049】
本実施例は、以下に示す条件で試験を行うことで、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食に大きな影響を及ぼす温湿度環境、結露状況を模擬している。前記鋼板から、5mm×50mm×75mmの試験片を採取し、その試験片の表面をショットブラストして、表面のスケールや油分を除去した。この面を試験面とすることにより、塗膜剥離後の鋼材の耐食性を評価した。裏面と端面をシリコン系シールでコーティングした後、アクリル製の治具に嵌め込み、その上に石炭5gを敷き詰め、低温恒温恒湿器により、図1に示す雰囲気A(温度60℃、相対湿度95%、20時間) ⇔ 雰囲気B(温度30℃、相対湿度95%、3時間) 遷移時間0.5時間の温度湿度サイクルを84日間与えた。ここで、記号「 ⇔ 」は繰り返しという意味で使用している。なお、石炭は5gを秤量し、常温で100mlの蒸留水に2時間浸漬したのち、ろ過を行ない200mlに希釈した石炭浸出液のpHが3.0になるものを用いた。本実施例は、こうした条件で試験を行うことにより、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食に大きな影響を及ぼす温湿度環境、結露状況を模擬している。試験後、錆剥離液を用い、各試験片の錆を剥離し、鋼材の重量減少量を測定し腐食量とした。また、生じた最大孔食深さデプスメーターを用いて測定を行った。その結果を表2に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
表2から、番号No.1〜4ではCuを添加した状態で、Sを増加させると腐食量、最大孔食深さが抑制されることがわかる。同様に番号No.5〜8ではSbを添加した状態で、Cuを増加させると腐食量、最大孔食深さが抑制されることがわかる。また、No.2とNo.13の比較から、Cu、Sb、S添加ならば、Crを添加しても腐食量、最大孔食深さは抑制されるが、Cr添加は少ないほうが良いことがわかる。No.14〜28では、Mo、W、Nb、Ca、Mgを添加することで、さらに腐食量、最大孔食深さが抑制されることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係る鋼材は、石炭や鉱石のメカニカルダメージにより塗膜が剥離し易く、さらに乾湿繰返しかつ低pH環境下に曝される、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールドの構成部材として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材の成分組成が、質量%で、C:0.010〜0.200mass%、Si:0.01〜0.50mass%、Mn:0.10〜2.0mass%、P:0.025mass%以下、S:0.005〜0.050mass%、Al:0.005〜0.10mass%、Cu:0.01〜1.0mass%、Ni:0.01〜1.0mass%、Sb:0.010〜0.50mass%、N:0.0010〜0.0080mass%を含有し、さらに残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項2】
前記鋼材に加えて、さらに、Cr:0.050mass%以下であることを特徴とする請求項1に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項3】
前記鋼材に加えて、さらに、W:0.005〜0.5mass%およびMo:0.005〜0.5mass%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項4】
前記鋼材に加えて、さらに、Nb:0.001〜0.050mass%を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項5】
前記鋼材に加えて、さらに、Ca:0.0005〜0.010mass%、Mg:0.0001〜0.010mass%のうちから選ばれる1種または2種を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項6】
前記鋼材に加えて、さらに、Ti:0.001〜0.030mass%、Zr:0.001〜0.030mass%およびV:0.002〜0.20mass%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。

【図1】
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【公開番号】特開2013−1932(P2013−1932A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−132748(P2011−132748)
【出願日】平成23年6月15日(2011.6.15)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】