説明

砥石

【課題】工作物の研削加工を高精度に行える長寿命の砥石を提供すること。
【解決手段】砥石層11の内周面18に傾斜溝20が刻設されているが、砥石層の外周面から傾斜溝の底部に達するまでは切粉が砥粒間に存在する気孔に殆ど詰まっていないので、研削液に生じた動圧を開放することができ、高精度な研削加工が可能となる。更に、砥石の研削加工に作用する砥粒体積は傾斜溝が無い分だけ増加しているので長寿命となる。傾斜溝が出現した後は該傾斜溝と、接触面の砥石円周方向と平行な一方の縁の延長線との交点を一方交点、他方の縁の延長線との交点を他方交点と定義した場合、一の傾斜溝の他方交点と、一の傾斜溝と隣接する傾斜溝の一方交点とが砥石円周方向において所定のオーバラップ量だけオーバラップし、接触面の砥石円周方向長さがオーバラップ量よりも小さくなるようにする。よって、研削液に生じた動圧を開放することができ、高精度な研削加工が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外周に砥石層が形成されており、砥石層の外周面と工作物との接触面に向けて研削液を供給しながら工作物を研削加工する砥石に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、研削盤に備えられた砥石で工作物を研削加工するときには、砥石と工作物との研削点に研削液を供給して冷却及び潤滑することにより研削熱による工作物の研削焼け、熱歪み等を防止している。しかし、砥石と工作物との研削点に向けて研削液を供給した場合、砥石と工作物との間で研削液に動圧が発生し、また、工作物に穴や溝がある場合には、穴や溝により圧力が変化し、砥石と工作物との間で相対変位を生じ、工作物の研削加工精度が低下するという問題があった。かかる研削液に発生する動圧による研削加工精度の低下を防ぐための技術が、特許文献1に開示されている。
【0003】
特許文献1に記載の技術では、砥石と工作物とが接触する研削点に研削液を供給するクーラントノズルに供給する研削液圧を高低2段階に切替え可能な研削液供給装置を設け、砥石の工作物への送り速度が大きい粗研削時には研削液圧を高圧に、送り速度が小さい仕上げ研削時、スパークアウト研削時には低圧に切替えることにより、研削液に生じる動圧によって研削加工精度が悪化することを防止している。
【特許文献1】実開昭57−157458号公報(第1−3頁、図2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術では、砥石の研削面と工作物とが接触する接触面に向けて供給された研削液に生じた動圧を開放することができず、特に、砥石及び工作物の回転数を上げて研削能率を高くした場合、研削液に生じる動圧によって研削加工精度が悪化する。そこで、本出願人は、砥石と工作物とが接触する接触面を上下に貫通するように少なくとも1本の傾斜溝を設けた砥石を提案している。かかる砥石によれば、接触面に向けて供給された研削液の排出性を向上させ、工作物に対する砥石の接触弧長さを減少させて、研削液に発生する動圧を開放し、工作物の加工精度を高めることができる。ところが、傾斜溝を設けることにより砥石の研削に作用する砥粒体積(砥粒数)が減少するので、砥石の寿命が短くなる場合があり、研削盤において砥石交換の作業頻度が高くなる。
【0005】
本発明は、工作物の研削加工を高精度に行える長寿命の砥石を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、請求項1に係る発明の構成上の特徴は、外周に砥石層が形成されており、前記砥石層の外周面と工作物との接触面に向けて研削液を供給しながら前記工作物を研削加工する砥石において、前記砥石層の内周面に砥石円周方向に対して傾斜した複数の傾斜溝が刻設され、前記砥石層の摩耗により前記傾斜溝が前記砥石層の外周面に出現することである。
【0007】
請求項2に係る発明の構成上の特徴は、請求項1に記載の砥石において、前記複数の傾斜溝は、所定の角度傾斜し、等間隔に、且つ、前記傾斜溝と前記接触面の砥石円周方向と平行な一方の縁の延長線との交点を一方交点、他方の縁の延長線との交点を他方交点と定義した場合、一の傾斜溝の他方交点と、一の傾斜溝と隣接する傾斜溝の一方交点とが砥石円周方向において所定のオーバラップ量だけオーバラップするように刻設され、前記砥石層の摩耗により前記傾斜溝が前記砥石層の外周面に出現したとき、前記接触面の砥石円周方向長さが前記オーバラップ量よりも小さくなるように、前記工作物に対する前記砥石の切込み量と、前記傾斜溝の傾斜角度及び間隔との少なくとも一方が設定されていることである。
【0008】
請求項3に係る発明の構成上の特徴は、請求項1又は2に記載の砥石において、前記砥石層の外周面と前記工作物との接触面内であって、前記砥石層を円周上の任意の位置で砥石軸と平行に、且つ、砥石径の方向に切断したときの当該切断線上に存在する前記傾斜溝の幅の和が常に等しいことである。
請求項4に係る発明の構成上の特徴は、請求項1乃至3のいずれかに記載の砥石において、前記砥石層の内周面側から外周面側に向かって溝幅が徐々に縮小する傾斜溝が刻設されていることである。
請求項5に係る発明の構成上の特徴は、請求項1乃至3のいずれかに記載の砥石において、前記砥石層の内周面側からの溝深さが異なる複数の傾斜溝が刻設されていることである。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に係る発明によれば、外周に砥石層が形成されており、砥石層の外周面と工作物との接触面に向けて研削液を供給しながら工作物を研削加工する砥石において、砥石層の内周面に傾斜溝を刻設しているため、砥石層の外周面から傾斜溝の底部に達するまでは一般的な砥石と同様に作用する。即ち、砥石の使用が最初のうちは研削加工時やツルーイング時に発生する切粉が砥粒間に存在する気孔に殆ど詰まっていないので、砥石の研削面と工作物とが接触する接触面に向けて供給された研削液に生じた動圧を開放することができ、高精度な研削加工を行うことができる。更に、砥石の使用が最初のうちは砥石の研削加工に作用する砥粒体積(砥粒数)は傾斜溝が無い分だけ増加しているので長寿命となる。しかし、このまま砥石の使用が進むと切粉が気孔に詰まりだす(目詰まり)ので、研削液に生じた動圧を開放することができず、研削加工精度が低下するが、砥石層が摩耗していき傾斜溝が出現すると以下の作用により研削液に生じた動圧を開放することができ、高精度な研削加工を行うことができる。
【0010】
即ち、上方から供給された研削液が傾斜溝を通って上方及び下方から流出し、研削面と工作物との間に発生する研削液の動圧を開放することができる。これにより、研削液の供給量を減少させなくても、工作物が研削液の動圧よって砥石から離間する方向に変位され、或いは研削液に発生する動圧が変動して工作物が砥石から離間する距離が変化することがなくなり、工作物の研削加工精度を高めることができる。
【0011】
請求項2に係る発明によれば、傾斜溝と、接触面の砥石円周方向と平行な一方の縁の延長線との交点を一方交点、他方の縁の延長線との交点を他方交点と定義した場合、一の傾斜溝の他方交点と、一の傾斜溝と隣接する傾斜溝の一方交点とが砥石円周方向において所定のオーバラップ量だけオーバラップし、接触面の砥石円周方向長さがオーバラップ量よりも小さくなるようにするので、少なくとも1本の傾斜溝が砥石の研削面と工作物とが接触する接触面を上下方向に貫通し、上方から供給された研削液が傾斜溝を通って上方及び下方から流出し、研削面と工作物との間に発生する研削液の動圧を開放することができる。これにより、研削液の供給量を減少させなくても、工作物が研削液の動圧よって砥石から離間する方向に変位され、或いは研削液に発生する動圧が変動して工作物が砥石から離間する距離が変化することがなくなり、工作物の研削加工精度を高めることができる。
【0012】
請求項3に係る発明によれば、傾斜溝による研削液に発生する動圧の低減効果は傾斜溝の幅に比例するが、研削面全周にわたって傾斜溝の幅が一定となるように傾斜溝を刻設しているので研削面全周にわたって動圧低減効果も一定となり、工作物に対しむらのない研削加工が可能となる。
【0013】
請求項4に係る発明によれば、砥石層の内周面側から外周面側に向かって溝幅(溝面積)が徐々に縮小する傾斜溝を刻設しているため、砥石の使用が進むに従って溝幅(溝面積)は拡大することになる。よって、砥石の使用が進むに従って目詰まりが増加しても、溝幅(溝面積)が徐々に拡大するために研削液の動圧を効果的に開放することができ、工作物の研削加工精度を高めることができる。
【0014】
請求項5に係る発明によれば、砥石層の内周面側からの溝深さが異なる複数の傾斜溝を刻設しているため、砥石の使用が進むに従って出現する傾斜溝の本数は増加することになる。よって、砥石の使用が進むに従って目詰まりが増加しても、傾斜溝の本数が順次増加するために研削液の動圧を効果的に開放することができ、工作物の研削加工精度を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態に係る砥石を図面に基づいて説明する。図1は、セグメントタイプの砥石チップ(砥石層)11を含む砥石10を示し、この砥石10の砥石チップ11は、超砥粒をビトリファイドボンドで結合した砥粒層12が外側に形成され、超砥粒を含まない下地層13が砥粒層12の内側に重ねて一体的に形成されている。砥石10は、砥粒層12と下地層13からなる複数の円弧状の砥石チップ11が、鉄又はアルミニウム等の金属、或いは樹脂等で成形された円盤状のコア14の外周面に並べられ、下地層13の底面で接着剤によりコア14に貼付されて構成されている。砥石チップ11の内周面18には、複数の傾斜溝20が、下地層13の底面から砥粒層12の内部途中に至る深さ、即ち傾斜溝20の底部から砥粒層12の上面までが所定厚さとなるように刻設されている。
【0016】
図2は、円弧状の砥石チップ11を示すもので、砥粒層12は、CBN、ダイヤモンド等の超砥粒16をビトリファイドボンド17で3mm〜5mmの厚さに結合したものであり、集中度調整用に超砥粒の代わりに酸化アルミニウム(Al2O3)等の粒子が骨材として混入されている場合もある。また、下地層13は、下地粒子19をビトリファイドボンド17で1mm〜3mmの厚さに結合したものである。また、傾斜溝20の底部から砥粒層12の上面までの厚さTは、新品の砥石10が使用につれて砥粒層12が摩耗して傾斜溝20の底部に達したときに目詰まりの許容限度を超えた状態になっているように設定されており、例えば#120のCBN砥粒の砥粒層12の場合で1mmである。ビトリファイドボンド17を採用すると、有気孔の特性から、切り屑の排出性に優れ、切れ味が良好となるため、砥石摩耗量を少なくして良好な表面あらさに研削加工することができる。また、結合剤としては、ビトリファイドボンド17の他に、レジンボンド又はメタルボンド等を使用することもできる。
【0017】
砥石10は、図3に示す研削盤30の砥石台31に軸線O回りに回転駆動可能に軸承された砥石軸32にコア14で装着される。研削盤30の工作物支持装置33には工作物Wが回転駆動可能に支承され、砥石台31の前進により砥石10の砥粒層12に形成された研削面15(砥石チップ11の外周面)が工作物Wに接触面Sで当接して工作物Wの外周面を研削加工する。砥石10は、使用初期においては傾斜溝20が無い通常の研削面15にて工作物Wを研削加工するが、研削加工サイクルやツルーイングサイクルが繰り返されて摩耗が進んだ使用中期においては傾斜溝20が出現した研削面15にて工作物Wを研削加工するようになっている。
【0018】
即ち、砥石10は、砥石チップ11の外周面から傾斜溝20の底部に達するまでは一般的な砥石と同様に作用するが、かかる使用初期においては研削加工時やツルーイング時に発生する切粉が砥粒間に存在する気孔に殆ど詰まっていないので、砥石10の研削面15と工作物Wとが接触する接触面に向けて供給された研削液に生じた動圧を開放することができ、高精度な研削加工を行うことができる。更に、砥石10の使用初期においては砥石10の研削加工に作用する砥粒体積(砥粒数)は傾斜溝20が無い分だけ増加しているので砥石寿命を長寿化させることができる。
【0019】
しかし、研削加工サイクルやツルーイングサイクルが繰り返されて摩耗が進んだ使用中期においては切粉が気孔に詰まりだす(目詰まり)。例えば#120のCBN砥粒径は125μmであり、気孔も同程度の大きさで存在するが、ツルーイングサイクルは、例えば、片側10μm(2.5μm×4回)であるために気孔に目詰まりした切粉を除去することは殆ど不可能である。よって、研削液に生じた動圧を開放することができず、研削加工精度が低下するが、砥粒層12が摩耗していくと傾斜溝20が出現して以下で説明する作用により研削液に生じた動圧を開放することができ、高精度な研削加工を行うことができる。
【0020】
図4乃至図6に示すように、砥石10の砥石チップ11の内周面18には、複数の傾斜溝20が、下地層13の底面から砥粒層12の内部に至るまでの深さhで砥石周方向と平行な下地層13及び砥粒層12の両側面21,22を突き抜けて下地層13及び砥粒層12に設けられている。即ち、砥石チップ11の内周面18には、砥石円周方向に対して所定の傾斜角度αだけ傾斜した複数の傾斜溝20が、所定のピッチPで等間隔に、且つ、傾斜溝20と、接触面Sの砥石円周方向と平行な一方の縁Saの延長線23との交点を一方交点20a、他方の縁Sbの延長線24との交点を他方交点20bと定義した場合、一の傾斜溝20の他方交点20bと、一の傾斜溝20と隣接する傾斜溝20の一方交点20aとが砥石円周方向においてオーバラップ量Vだけオーバラップするように刻設されている。
【0021】
そして、砥石10の研削加工サイクルやツルーイングサイクルによる摩耗が進んで傾斜溝20が出現したときの研削面15と工作物Wとの接触面Sの砥石円周方向長さLがオーバラップ量Vよりも小さくなるように、工作物Wに対する砥石10の切込み量tと、傾斜溝20の傾斜角度α及び間隔(ピッチ)Pとの少なくとも一方が設定されている。接触面Sは、砥石10の外周円と工作物Wの外周円とが交差する交点と工作物Wの幅Aとによって区画される砥石10の研削面15の領域であり、砥石円周方向と平行な一方縁Sa、他方縁Sb、及び砥石軸線方向と平行な一方縁Sf、他方縁Srによって囲まれている。
【0022】
砥石10の研削面15と工作物Wとの接触面Sの砥石円周方向長さLがオーバラップ量Vよりも小さくされているので、接触面Sに上方から供給された研削液が接触面Sを貫通する傾斜溝20を通って上方及び下方から流出し、研削面15と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を開放することができる。これにより、工作物Wが研削液の動圧よって砥石10から離間する方向に変位され、或いは研削液に発生する動圧が変動して工作物Wが砥石10から離間する距離が変化することがなくなり、研削された工作物Wの研削加工精度を高めることができる。
【0023】
砥石10の研削面15を展開して示した図4、図6から明らかなように、一の傾斜溝20が接触面Sの他方の縁Sbの延長線24と交差する他方交点20bと、一の傾斜溝20と隣接する傾斜溝20が接触面Sの一方の縁Saの延長線23と交差する一方交点20aとが砥石円周方向においてオーバラップするオーバラップ量Vと、傾斜溝20の傾斜角度αと、隣接する傾斜溝20の間隔P、例えば円周方向ピッチと、接触面Sの軸線方向長さである工作物Wの幅Aとの関係は、
V=A/tanα−P・・・(1)
となる。
【0024】
従って、オーバラップ量Vより接触面Sの円周方向長さLが小さい条件、
L<A/tanα−P・・・(2)
を満たせば、砥石10の回転位相に拘らず、少なくとも1本の傾斜溝20が接触面Sを上下方向に貫通することとなり、接触面Sに流入した研削液により研削面15と工作物Wとの間に発生する動圧を接触面Sの上方及び下方の両方から開放することができる。これに対し、この条件を満たさないと、砥石10の回転位相によっては、いずれの傾斜溝20も接触面Sを上下方向に貫通しないので、すなわち、接触面Sに対して傾斜溝20が上方にしか開口していないと接触面Sの下方では動圧が開放されず、同様に傾斜溝20が下方にしか開口していないと接触面Sの上方では研削液の動圧は開放されない。
【0025】
砥石10が工作物Wと接触する接触面Sの砥石円周方向長さLは、図7(b)に示すように、砥石10の外周円と工作物Wの外周円とが交差する交点を結ぶ線分の長さとする。接触面Sの砥石円周方向長さLは、砥石10及び工作物Wの直径に比して極めて小さいので、砥石10の外周円と工作物Wの外周円とが交差する交点を結ぶ線分の長さで近似することができる。
【0026】
工作物Wの半径をR1、砥石10の半径をR2、砥石10の工作物Wへの切込み量をtとすると、図7(c)に示すように、工作物Wと砥石10との中心間距離Cは、
C=R1+R2−t・・・(3)
となる。砥石10の外周円と工作物Wの外周円とが交差する交点Dから工作物Wの中心Eと砥石10の中心Fとを結ぶ線分EFに垂直に下ろした線分が線分EFと交差する点をHとし、線分DH、EH、FHの長さを夫々x、y、zとすると、
R1=x+y・・・(4)
R2=x+z・・・(5)
となり、
C=y+zからy=(C−z)・・・(6)
となる。式(4)、(5)、(6)をxについて解くと、
x=√(R2−((C+R2−R1)/2C))・・・(7)
となる。そして、砥石10が工作物Wと接触する接触面Sの円周方向長さLは、
L=2x・・(8)
となる。
【0027】
接触面Sの円周方向長さLがオーバラップ量Vと等しい場合、式(1)、(8)から、
L=2x=V=A/tanα−Pとなり、そのときの切込み量t0は、
t0=R1+R2−√(R1−((A/tanα−P)/2)
−√(R2−((A/tanα−P)/2))・・・(9)
となる。従って、工作物W及び砥石10の半径R1,R2、工作物Wの幅A、傾斜溝20の傾斜角度α及び円周方向ピッチPが決まっている場合は、砥石10の工作物Wへの切込み量tをt0より小さく設定すると、接触面Sの円周方向長さLがオーバラップ量Vより小さくなる。
【0028】
また、工作物W及び砥石10の半径R1,R2、工作物Wの幅A、砥石10の工作物Wへの切込み量t、及び傾斜溝20の傾斜角度α及び円周方向ピッチPの一方が決まっている場合は、式(9)が成立するように、傾斜溝20の傾斜角度α0及び円周方向ピッチP0の他方を設定し、円周方向ピッチP又は傾斜角度αを、この設定した円周方向ピッチP0又は傾斜角度α0より小さく設定すると、接触面Sの円周方向長さLがオーバラップ量Vより小さくなる。このように設定された傾斜溝20の本数nは、n=2π×R2/Pとなる。
【0029】
次に、本実施の形態に係る砥石10を用いて工作物Wを研削加工する方法について説明する。砥石10は図3に示す研削盤30の砥石台31に軸承された砥石軸32にコア14で装着されて回転駆動され、工作物Wは主軸台及び心押台からなる工作物支持装置33に支承されて回転駆動される。砥石カバー34に取り付けられたクーラントノズル35から砥石10の研削面15と工作物Wとの間の接触面Sに向けて研削液が供給され、砥石台31が工作物Wに向かって研削送りされ、砥石10により工作物Wが研削加工される。
【0030】
砥石10の使用初期においては研削面15に傾斜溝20が出現していないが、研削加工時やツルーイング時に発生する切粉が砥粒間に存在する気孔に殆ど詰まっていないので、砥石10の研削面15と工作物Wとが接触する接触面に向けて供給された研削液に生じた動圧を開放することができ、工作物Wは高精度に研削加工される。このとき、砥石10の使用初期においては砥石10の研削加工に作用する砥粒体積(砥粒数)は傾斜溝20が無い分だけ増加しているので長寿命となる。
【0031】
砥石10の使用中期においては切粉が気孔に詰まりだす(目詰まり)が、研削面15に傾斜溝20が出現して研削液に生じた動圧を開放することができる。即ち、砥石10の回転位相に拘らず、少なくとも1本の傾斜溝20が接触面Sを上下方向に貫通するので、研削面15と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を接触面Sの上方及び下方から開放することができる。これにより、工作物Wが研削液に生じる動圧によって砥石10から離間する方向に変位され、或いは研削液に生じる動圧が変動して工作物Wが砥石10から離間する距離が変化することがなくなり、工作物Wは高精度に研削加工される。
【0032】
例えば図8に示すように、ベース円部Wb、トップ部Wt、ベース円部Wbとトップ部Wtとを接続する一対のリフト部Wlとを含むカムを研削する場合、カムのリフト部Wlは曲率が小さいので、砥石10との接触面Sの円周方向長さが一番長くなる。このように接触面Sの円周方向長さが長くなるときは、接触面Sに向けて供給された研削液の動圧が大きくなる。しかし、隣接する傾斜溝20のオーバラップ量Vをこの一番長い砥石円周方向長さよりも大きくすることにより、砥石10の回転位相に拘らず、少なくとも1本の傾斜溝20が接触面Sを上下方向に貫通するので、研削面15と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を接触面Sの上方及び下方から開放することができる。これにより、仕上げ研削において研削液の供給量を減少させなくても、カムが研削液の動圧よって砥石から離間する方向に変位され、或いは研削液に発生する動圧が変動してカムが砥石から離間する距離が変化することがなくなり、カムの研削加工精度を高めて研削能率を向上することができる。
【0033】
図9は、砥石10に設けられる第2形態の傾斜溝88を図4に対応させて示す図であり、同一構成部材は同一番号を付して詳細な説明は省略する。砥石10の砥石チップ11の内周面18には、砥石円周方向に対して所定の傾斜角度αだけ傾斜した複数の傾斜溝88が、下地層13の底面から砥粒層12の内部に至るまでの深さ(図5に示す傾斜溝20と同一のh)で砥石周方向と平行な下地層13及び砥粒層12の両側面21,22を突き抜けて下地層13及び砥粒層12に刻設されている。以上の点は図4等に示す第1形態の傾斜溝20と同一であるが、以下の点で異なるものとなっている。
【0034】
傾斜溝88は、砥粒層12の外周面と工作物Wとの接触面S内であって、砥粒層12を円周上の任意の位置で砥石軸と平行に、且つ、砥石径の方向に切断したときの当該切断線CL上に存在する傾斜溝88の幅w1,w2の和が常に等しくなるように、つまり、1つの傾斜溝88の幅w0=w1+w2となるように所定のピッチPaで等間隔に刻設されている。尚、切断線CL上に存在する傾斜溝88の幅は、接触面S内に存在する傾斜溝88の面積に置き換えて定義しても良い。
即ち、傾斜溝88は、接触面Sの砥石円周方向に平行な一方の縁Saと砥石軸線方向と平行な一方の縁Sfとの交点xaに、一の傾斜溝88の一方の縁部88aが位置したとき、砥石円周方向に平行な他方の縁Sbと砥石軸線方向と平行な一方の縁Sfとの交点xbに、一の傾斜溝88と隣接する傾斜溝88の一方の縁部88aが位置するように刻設されている。
【0035】
ここで、傾斜溝88による研削液に発生する動圧の低減効果は傾斜溝88の幅w0(=w1+w2)に比例する。よって、上述したように砥粒層12の外周面の全周にわたって傾斜溝88の幅w0(=w1+w2)が一定となるように傾斜溝88を刻設することにより、砥粒層12の外周面全周にわたって動圧低減効果も一定とすることができる。この結果、工作物Wに対しむらのない研削加工が可能となる。更に、接触面Sに上方から供給された研削液が接触面Sを貫通する傾斜溝88を通って上方及び下方から流出し、砥粒層12の外周面と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を開放することができる。これにより、工作物Wが研削液の動圧よって砥石10から離間する方向に変位され、或いは研削液に発生する動圧が変動して工作物Wが砥石10から離間する距離が変化することがなくなり、研削された工作物Wの研削加工精度を高めることができる。
【0036】
図10は、砥石10に設けられる第3形態の傾斜溝88,89を図9に対応させて示す図であり、同一構成部材は同一番号を付して詳細な説明は省略する。砥石10の砥石チップ11の内周面18には、図9に示す一の傾斜溝88と隣接する傾斜溝88との中央部分に同様の傾斜溝89、即ち砥石円周方向に対して所定の傾斜角度αだけ傾斜した複数の傾斜溝89が、下地層13の底面から砥粒層12の内部に至るまでの深さ(図5に示す傾斜溝86と同一のh)で砥石周方向と平行な下地層13及び砥粒層12の両側面21,22を突き抜けて下地層13及び砥粒層12に刻設されている。即ち、傾斜溝88と隣接する傾斜溝89とはピッチPa/2で等間隔に刻設されることになる。
【0037】
この傾斜溝89を追加することにより、砥石10の砥石チップ11の内周面18には、砥粒層12の外周面と工作物Wとの接触面S内であって、砥粒層12を円周上の任意の位置で砥石軸と平行に、且つ、砥石径の方向に切断したときの当該切断線CL上に存在する傾斜溝88の幅w0と傾斜溝89の幅w1,w2の和が常に等しくなるように、つまり、1つの傾斜溝88の幅w0と1つの傾斜溝89の幅w0の和となるように刻設されることになる。尚、切断線CL上に存在する傾斜溝88と傾斜溝89の幅は、接触面S内に存在する傾斜溝88と傾斜溝89の面積に置き換えて定義しても良い。
【0038】
このように砥粒層12の外周面の全周にわたって傾斜溝88,89の幅2w0(=w0+w1+w2)が一定となるように傾斜溝88,89を刻設することにより、砥粒層12の外周面全周にわたって動圧低減効果も一定とすることができる。この結果、工作物Wに対しむらのない研削加工が可能となる。更に、接触面Sに上方から供給された研削液が接触面Sを貫通する傾斜溝88及び傾斜溝89を通って上方及び下方から流出するので流出量を増加させることができ、砥粒層12の外周面と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を更に効率良く開放することができる。これにより、工作物Wが研削液の動圧よって砥石10から離間する方向に変位され、或いは研削液に発生する動圧が変動して工作物Wが砥石10から離間する距離が変化することがなくなり、研削された工作物Wの研削加工精度を高めることができる。尚、追加する傾斜溝89の幅は元の傾斜溝88の幅と変更しても良い。また、追加する傾斜溝89は2本以上でも良い。その場合に追加する傾斜溝89は、上記効果を奏するように同一幅、同一傾斜角度、同一ピッチで刻設する。尚、図9,10の例では、図4の例で説明したL<Vの関係を満たさなくても構わない。つまり、溝幅の合計さえ均一であれば良い。
【0039】
上述した図4、図9及び図10に示す傾斜溝20,88,89では、図9又は図10に示す傾斜溝88,89が砥粒層12の外周面全周にわたって動圧低減効果を一定として工作物Wに対しむらのない研削加工が可能であるとともに、砥粒層12の外周面と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を効率良く開放し、研削された工作物Wの研削加工精度を高めることができるので最も好ましく、次に図4に示す傾斜溝20が砥粒層12の外周面と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を効率良く開放し、研削された工作物Wの研削加工精度を高めることができるので好ましい。ただし、これらの形状の傾斜溝20,88,89に限定されるものではなく、砥石10の砥石チップ11の内周面18に単に傾斜溝を刻設するのみであっても砥粒層12の外周面と工作物Wとの間に発生する研削液の動圧を効率良く開放し、研削された工作物Wの研削加工精度を高めることができる。
【0040】
上述した実施形態の砥石10では溝幅(溝面積)が一定の傾斜溝20を複数刻設したが、図11(図5と同一構成部材は同一番号を付す)に示すように砥石チップ11の内周面側から外周面側に向かって溝幅(溝面積)が徐々に縮小する第4形態の傾斜溝28、例えば砥石10の径方向断面がV字状断面の傾斜溝28を複数刻設しても良い。このような構成によれば、砥粒層12の厚さが薄くなるに従って溝幅(溝面積)を増加させることができる。よって、気孔が徐々に目詰まりを起こして研削液に生じる動圧が上昇しだすと、かかる動圧を必要最小限の溝幅(溝面積)の傾斜溝28で開放することができるので、高精度な研削加工を行うことができる。そして、研削加工に作用する砥粒体積(砥粒数)は徐々に減少することになるので砥石寿命を長寿化させることができる。尚、溝幅(溝面積)が徐々に縮小する傾斜溝であればV字状断面に限定されるものではなく、例えば半円状断面等であっても良い。
【0041】
また、上述した実施形態の砥石10では砥石チップ11の内周面側からの溝深さが一定の傾斜溝20を複数刻設したが、図12(図5と同一構成部材は同一番号を付す)に示すように溝深さが異なる(a>b>c)第5形態の傾斜溝25,26,27を夫々複数刻設しても良い。このような構成によれば、砥粒層12が摩耗して砥粒層12の厚さが薄くなるに従って溝深さが最も深い傾斜溝25から次の溝深さの傾斜溝26、更に次の溝深さの傾斜溝27へと順次出現させることができる。よって、気孔が徐々に目詰まりを起こして研削液に生じる動圧が上昇しだすと、かかる動圧を必要最小限の数の傾斜溝25,26,27で開放することができるので、高精度な研削加工を行うことができる。そして、研削加工に作用する砥粒体積(砥粒数)は徐々に減少することになるので砥石寿命を長寿化させることができる。尚、3つの異なる溝深さの傾斜溝に限定されるものではなく、任意数の異なる溝深さの傾斜溝を刻設しても良い。
【0042】
尚、上記実施の形態では、工作物Wの幅が砥石10の幅より小さい場合であり、接触面Sの軸線方向長さが工作物Wの幅Aと等しいとして傾斜溝20の諸元を求めているが、工作物Wの幅が砥石10の幅Aより大きい場合は、接触面Sの軸線方向長さが砥石の幅と等しいとして傾斜溝20の諸元を求める。
【0043】
また、上記実施の形態では、接触面Sの砥石円周方向長さLは、砥石10の外周円と工作物Wの外周円とが交差する交点を結ぶ線分の長さで近似しているが、砥石10が工作物Wに切込み量tだけ切り込まれた状態で工作物Wが回転駆動されるとき、実際の接触面Sの砥石円周方向長さは、図7(a)に示すように、砥石10の工作物Wへの切込みによって厳密にはLsになるので、接触面Sの砥石円周方向長さを、Ls<L=A/tanα−Pとなるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の実施の形態を示すセグメントタイプの砥石チップからなる砥石の全体図である。
【図2】砥石チップを示す図である。
【図3】傾斜溝入り砥石を装着した研削盤で工作物を研削する状態を示す図である。
【図4】砥石の研削面を展開して示した図である。
【図5】砥粒層に第1形態の傾斜溝が刻設された状態を示す図である。
【図6】研削溝のオーバラップ量と、傾斜角度αと、円周方向ピッチPと、接触面Sの軸線方向長さAとの関係を示す図である。
【図7】接触面の円周方向長さを示す図である。
【図8】砥石とカムの側面部分との接触面を示す図である。
【図9】砥粒層に第2形態の傾斜溝が刻設された状態を示す図である。
【図10】砥粒層に第3形態の傾斜溝が刻設された状態を示す図である。
【図11】砥粒層に溝幅(溝面積)が徐々に縮小する第4形態の傾斜溝が刻設された状態を示す図である。
【図12】砥粒層に溝深さが異なる第5形態の傾斜溝が刻設された状態を示す図である。
【符号の説明】
【0045】
10・・・砥石、11・・・砥石チップ、12・・・砥粒層、13・・・下地層、14・・・コア、15・・・研削面、16・・・超砥粒、17・・・ビトリファイドボンド、18・・・内周面、20,25,26,27,28,88,89・・・傾斜溝、21,22・・・側面、23,24・・・延長線、30・・・研削盤、31・・・砥石台、32・・・砥石軸、33・・・工作物支持装置、35・・・クーラントノズル、S・・・接触面、W・・・工作物、Wl・・・リフト部、α・・・傾斜角度、L・・・円周方向長さ、P・・・円周方向ピッチ(間隔)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周に砥石層が形成されており、前記砥石層の外周面と工作物との接触面に向けて研削液を供給しながら前記工作物を研削加工する砥石において、
前記砥石層の内周面に砥石円周方向に対して傾斜した複数の傾斜溝が刻設され、
前記砥石層の摩耗により前記傾斜溝が前記砥石層の外周面に出現することを特徴とする砥石。
【請求項2】
請求項1に記載の砥石において、前記複数の傾斜溝は、所定の角度傾斜し、等間隔に、且つ、前記傾斜溝と前記接触面の砥石円周方向と平行な一方の縁の延長線との交点を一方交点、他方の縁の延長線との交点を他方交点と定義した場合、一の傾斜溝の他方交点と、一の傾斜溝と隣接する傾斜溝の一方交点とが砥石円周方向において所定のオーバラップ量だけオーバラップするように刻設され、
前記砥石層の摩耗により前記傾斜溝が前記砥石層の外周面に出現したとき、前記接触面の砥石円周方向長さが前記オーバラップ量よりも小さくなるように、前記工作物に対する前記砥石の切込み量と、前記傾斜溝の傾斜角度及び間隔との少なくとも一方が設定されていることを特徴とする砥石。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の砥石において、前記砥石層の外周面と前記工作物との接触面内であって、前記砥石層を円周上の任意の位置で砥石軸と平行に、且つ、砥石径の方向に切断したときの当該切断線上に存在する前記傾斜溝の幅の和が常に等しいことを特徴とする砥石。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の砥石において、前記砥石層の内周面側から外周面側に向かって溝幅が徐々に縮小する傾斜溝が刻設されていることを特徴とする砥石。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかに記載の砥石において、前記砥石層の内周面側からの溝深さが異なる複数の傾斜溝が刻設されていることを特徴とする砥石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−255185(P2009−255185A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−104127(P2008−104127)
【出願日】平成20年4月11日(2008.4.11)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】