説明

硫黄および/または硫黄化合物を含む複合物質およびその製造方法

【課題】 大量の導電補助剤を含有させることなく、容量密度の大きい硫黄を活物質とした新規物質、すなわち、高エネルギー密度な電池のための正極材料に適した新規物質の提供。
【解決手段】 硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子、および、導電性物質の微粒子を原料とし、これらをメカノフュージョンにより複合化して形成した、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を有する硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質。
原料の硫黄および/または上記硫黄化合物の粒子と導電性物質の微粒子をメカノフュージョンし、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を形成することを特徴とする硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子に導電性物質の微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を有する複合物質、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、通信機器やOA機器の可搬化がすすみ、これら機器の軽量化及び小型化競争が繰り広げられている。このような各種機器や、或いは電気自動車等の電源として利用される電池において高エネルギー密度化が求められている。なかでも、リチウム電池は、水の分解電圧を考慮する必要がなく、正極材料を適宜選定することにより高電圧化が可能であることから、従来から注目されている。この種の電池の代表的な正極材料は金属酸化物である。なかでも、二酸化マンガンは、マンガンが自然界に豊富に存在し、安価なことから、最も実用性の高い正極材料の一つである。
【0003】
しかしながら、二酸化マンガンを正極材料として使用したリチウム電池には、容量が小さいという問題がある。かかる問題を解決すべく、二酸化マンガンとの所定の割合の混合物を正極に使用した電池が提言されている(特許文献1)。
【0004】
一方、高エネルギー密度の電池とするためには、容量密度の大きい活物質を用いることが好ましく、例えば、正極の電池材料として、硫黄が公知の材料としては最も大きな容量密度を有することが知られている。すなわち、図1に示すとおり、S8がLi2Sまで完全に還元された時(利用率100%)、材料の重量あたりの理論容量密度は1675Ah/kgとなり、どの化学種より大きな容量密度を示すのである。
このような硫黄の特性をいかして、容量の高い硫黄を活物質とした正極を有する電池の検討が行われている(特許文献2)。
【0005】
近年では、活性硫黄の他にも硫黄に着目した研究がいくつか行われており、ポリカーボンスルフィド、有機ジスルフィド化合物が挙げられる。これら2つの代表的な硫黄系化合物の理論容量密度も、一般的な導電性高分子や各種リチウム金属酸化物に比べ、3倍から高いものでは13倍もの値を示す。本発明者らは「複素環式有機硫黄化合物からエネルギー貯蔵デバイス材料を設計するに際し、理論容量密度の増加にジスルフィド部位の増加およびポリスルフィド化を組み合わせることを特徴とする新規化合物の設計方法」を提案し、すでに国際出願をしている(特許文献3)。
【特許文献1】特開平8−213018号公報
【特許文献2】米国特許第5523179号
【特許文献3】WO 02/082569号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の電子伝導度は、室温で5×10−30 S・cm−1程度ときわめて低いため、大量の導電補助剤を含有させる必要がある。通常、電極内の硫黄の割合は、50〜60重量%が上限である。また、硫黄の容量利用率は50〜70%程度であることが知られている。例えば、正極材中の硫黄の含有率が50%である時、硫黄の容量密度は、電極内の硫黄の含有率(50%)、硫黄の容量利用率の上限(70%)を考慮すると、600Ah/kgが上限になり、理論容量の35%程度の容量しか得られない。さらに容量を増大させるためには、硫黄または硫黄化合物の含有率を高くする必要がある。
【0007】
しかしながら、硫黄の電子伝導性が乏しいことから、十分な電子回収経路を得るためには過度の導電補助剤(導電性を有する物質)が必要となり、湿式法などの他の粒子複合化手法においては、硫黄の含有率をせいぜい50%程度までに制限されてしまっていた。
【0008】
また、湿式法では混合時に硫黄の粘度が上がるため、再凝集しやすく加工性に難があり、含有率を高めることができなかった。
【0009】
更には、硫黄の酸化還元反応が遅く電極反応の抵抗が高いため、金属リチウムの負極を用いた電池を室温で動作させても2V以下の低い電圧しか得られないという欠点があった。
【0010】
上記課題を鑑み、本発明は、硫黄の最も大きい容量密度を有するという特性を生かしつつ、大量の導電補助剤(導電性を有する物質)を含有させることなく、容量密度の大きい硫黄を活物質とした正極材料に適した、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子に導電性物質の微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を有する複合物質、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記の(1)〜(6)の硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質を要旨としている。
(1)硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子、および、導電性物質の微粒子を原料とし、これらをメカノフュージョンにより複合化して形成した、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を有することを特徴とする硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質を要旨としている。
(2)原料が、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子を70重量%以上含有する上記(1)の複合物質。
(3)硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子を核とし、その表面に十分な電子・イオン伝導経路を確保した状態で圧密された複合微粒子層が形成されている上記(1)または(2)の複合物質。
(4)電気伝導度が100〜101S・cm−1以上である上記(1)ないし(3)のいずれかの複合物質。
(5)原料の硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子は粒子径75μm以下であり、導電性物質の微粒子は一次粒子径30nmないし50nmの炭素微粒子である上記(1)ないし(4)のいずれかの複合物質。
(6)原料の炭素微粒子は、空隙率60Vol%以上、80Vol%以下の中空構造を有するものである上記(1)ないし(5)のいずれかの複合物質。
【0012】
また、本発明は、下記の(7)の硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質の製造方法を要旨としている。
(7)原料の硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子と導電性物質の微粒子をメカノフュージョンし、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を形成することを特徴とする硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、導電性を有する物質の含有量が少なくても十分な電子・イオン伝導経路の両方を確保することで電流密度を増大するとともに、硫黄または硫黄化合物の構造を変化させることで動作電圧が高く、エネルギー密度および出力密度が極めて大きいリチウムイオン電池を提供することを可能とした。
【0014】
また、乾式工法で製造するため、湿式工法と比べ硫黄の含有率を高めることが可能であり、しかも電極形成時の加工性に優れる。
【0015】
更に、材料となる炭素微粒子及び硫黄粒子は、安価でありコスト性に優れるため、高エネルギー密度・高出力密度の電池を安価に提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物として、硫黄、ポリカーボンスルフィド、有機ジスルフィド化合物を挙げることができる。これら3つの代表的な硫黄系化合物の理論容量密度も、一般的な導電性高分子や各種リチウム金属酸化物に比べ、3倍から高いものでは13倍もの値を示す。図1はこれまでリチウム電池正極として考えられている材料の重量あたりの理論的な容量密度(Ah kg-1)を示したものである。理論容量密度は分子量(Mw)に対する反応電子数(n)の比(n/Mw)から求められる。現行リチウムイオン二次電池の正極材料であるリチウム遷移金属酸化物は130〜280 Ah kg-1、導電性高分子は70〜100 Ah kg-1であるのに対し硫黄系化合物は300〜1675 Ah kg-1の値であることから高容量化が期待できる。
【0017】
本発明の正極には環状構造を有する単体硫黄(S8)や有機骨格をもつ有機硫黄化合物(-(-R-Sn-R-)m-:nは2以上8以下、mは2以上10以下)などの硫黄系化合物を用いる。どちらも内部にジスルフィド結合(-S-S-)、あるいはジスルフィド結合が連なるポリスルフィド結合(-Sn-)をもつ。硫黄は電気化学的に活性な単体硫黄である。硫黄系正極について、硫黄(S)はリチウムと反応してLi2Sを生成する。この容量密度は1165 Ah kg-1と非常に高いものであり、電圧を仮に2Vとするとエネルギー密度は2330 Wh kg-1となり、LiCoO2の137 Wh kg-1の17倍にもなる魅力的な物質である。単体硫黄は図2に示すように還元反応によりS8から、Li2S8、Li2S4、Li2S2、Li2Sへと変化する。その時の反応で得られる反応電子数は16電子である。すなわち、リチウム電池の正極に硫黄または硫黄化合物を用いた際、単体硫黄は還元反応によりS8から8Li2Sに変化し、その反応に用いられる電子の数は16であり、他の材料と比べ活物質量に対する反応電子数の比が大きい。しかし、単体硫黄の電子伝導性は常温(25℃)で5×10−30 S・cm−1程度と、他の正極材料の電子伝導性(現行正極材料のリチウム遷移金属酸化物:10-2〜10-1S・cm−1)と比べ極めて低く、そのままでは正極材料として用いることができない。
【0018】
硫黄系化合物の例として、(SRS)nのRがカーボン(C)であるポリカーボンスルフィド化合物[(CSx)n]は高分子の状態を保持した状態で充放電され、少なくとも680 Ah kg-1のエネルギー密度で一般の酸化物電極の2倍以上の値が期待できる。ポリカーボンスルフィド化合物は様々なものが知られているが、当然CxSyのy/xの値が大きいほどエネルギー密度的には有利になる。
【0019】
また、有機ジスルフィド化合物について、分子内にメルカプト基(-SH基)をもつ有機硫黄化合物(メルカプタンまたはチオール)が酸化されるとジスルフィド結合(-S-S-)を形成し、還元されると再びチオールに戻るという酸化還元反応がエネルギー貯蔵に応用できる。酸化反応によるS-S結合の生成を電池の充電に、還元反応によるS-S結合の開裂を放電に応用し、有機硫黄化合物がリチウム電池正極材料になる。理論エネルギー密度は、650〜1240 Wh kg-1と鉛蓄電池やニッカド電池と比べて一桁高く、しかも材料の価格、低毒性という観点からも高エネルギー密次電池材料として高い可能性をもっていると言える。
【0020】
α位に炭素原子をもつ2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール(DMcT)、トリチオシアヌル酸(TTCA)、5-メチル-1,3,4-チアジアゾール-2-チオール(MTT)、それらのジスルフィド、トリスルフィド、テトラスルフィド体は代表的な有機ジスルフィド化合物である。有機ジスルフィド化合物をリチウム電池の正極材料に用いた場合の大きな欠点として、絶縁物であるため導電補助剤を付与しなければならず、そのため大きな特長である容量密度が小さくなってしまうことが挙げられる。
【0021】
リチウム/硫黄電池の放電反応の説明をする。負極にはリチウム金属(Li0)を用いる。正極には環状構造を有する単体硫黄(S8)や有機骨格をもつ有機硫黄化合物(-(-R-Sn-R-)m-:nは2以上8以下、mは2以上10以下)などの硫黄系化合物を用いる。どちらも内部にジスルフィド結合(-S-S-)、あるいはジスルフィド結合が連なるポリスルフィド結合(-Sn-)をもつ。図3に示すように放電時に負極では酸化反応(溶解反応)が起こりLi0からLi+へと変化する。また、図3に示すように放電時に正極では還元反応(ジスルフィド結合の開裂反応)が起こり-S-S-から2S-へと変化する。
【0022】
単体硫黄などは、従来、低い電子伝導性から電子を回収供与(酸化還元)するために大量の導電補助剤であるカーボンブラックやアセチレンブラックと呼ばれる炭素材料を必要とする。本発明において、複合物質を製造するための原料とする導電性を有する物質としては、カーボンあるいは触媒効果がある金属担持カーボンなどを用いることができる。カーボンブラックとして市販されているものは高伝導率であり、取り扱いにすぐれている。
炭素微粒子は一次粒子径30nmないし50nmで、空隙率60Vol%以上、80Vol%以下の中空構造を有する物が好ましく、この炭素微粒子はケッチェンブラック(登録商標)として市販されている。図4は、ケッチェンブラック(登録商標)を透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した写真である。
【0023】
通常、導電補助用炭素材料は一次粒子が約30-40nmの球状であり、単体硫黄は一次粒子が約70-100μmの粒子である。本発明においては、硫黄または硫黄化合物の粒子径は75μm以下のものを使用することが好ましく、該粒子表面に、ごく薄い炭素微粒子の層を形成することにより、硫黄または硫黄化合物の含有率が72.9重量%以上であり、電気伝導度が100〜101S・cm−1以上である電池正極材料を製造することが可能となる。
【0024】
硫黄または硫黄化合物を電池正極材料として使用するためには、図2に示すような構造で単体硫黄粒子の周りに導電補助剤を覆う構造とするのが理想的である。例えば、単体硫黄と導電補助用炭素材料との複合物質をn-メチルピロリドンのような有機溶媒に混ぜ、インクを作り集電体である銅やアルミのシート上に塗布し、乾燥して図2のような単体硫黄の周りに導電補助用炭素材料が一様に被覆するような構造を集電体上に作るような電極にする。電極作製で必要なことは硫黄の微粒子化とその粒子の均一化、導電補助用炭素材料
の添加量の最適化、均一分散化である。
【0025】
そこで、本発明は、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の材料特性を十分に活用するために、導電補助剤の含有率をできるだけ少なく(最適量添加)すること、硫黄または硫黄化合物粒子を均一に微粒子化すること、複合材料の均一分散化を図ることで、上記課題を解決している。本発明者らは、メカノフュージョンにより、硫黄または硫黄化合物の粒子表面に、ごく薄い導電性物質の層を形成することに成功した。原料の硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子と導電性物質の微粒子をメカノフュージョンし、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を形成する。
この方法によって得られた複合粒子を均一に分散することにより、少ない導電性物質の含有量でも、電子・イオン伝導経路の両方が確保され、大きなエネルギーを貯えることができる。
【0026】
メカノフュージョンとは、複数の異なる素材粒子にメカニカルエネルギーを加えて、メカノケミカル的な反応を起こさせ、新しい素材を創造する乾式機械的複合化技術である。近年、複数の異なる素材粒子に、ある種の機械的エネルギーを加えると、反応が生じ、メカノフュージョン(表面融合)が起きることによって、新しい素材を創造できるようになることが明らかになってきている。この手法は、湿式法などの他の粒子複合化手法に比べて、プロセスがシンプルであり、組合せの幅が格段に広いことが特長である。なお、メカノケミカル反応とは、機械的エネルギーによる固体の高励起状態における周囲の物質との化学的相互作用をいう。
【0027】
すなわち、機械的作用を与えられ活性化した核粒子表面に異種微粒子が付着する段階、ある程度異種微粒子が核粒子の表面に付着した後に、さらに微粒子が積層されるとともに微粒子層自体が圧密されて複合微粒子層が形成される段階を経ることにより、接合界面が強固な複合粒子が作製できるのである。
【0028】
本発明では、図5に示すように、硫黄微粒子の表面にナノオーダーで粒子化した導電性物質の層を形成することにより、電子・イオン伝導経路の両方を確保することで、高容量化することを可能とした。メカノフュージョンにより複合化して形成した複合微粒子層は、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子に、導電性物質の微粒子が食い込んでいる状態である。すなわち、図5に示すように、ケッチェンブラック(登録商標)が硫黄系化合物にナノサイズで薄く均一に被覆した複合化材料を提供する。ケッチェンブラック(登録商標)と硫黄系化合物とのナノ複合化は、ケッチェンブラック(登録商標)により電子・イオン伝導経路の両方を硫黄系化合物に付与する新規な複合材料である。図5に示すようにケッチェンブラック(登録商標)が硫黄化合物に薄く均一に被覆することで電子伝導経路が形成され、ケッチェンブラック(登録商標)の中空構造によるナノサイズの空隙により電解液がよくしみこむ構造となり、ケッチェンブラック(登録商標)の数珠状構造によるマイクロサイズの空隙により電解液がよくしみこむ構造となる。
【0029】
複合微粒子層についてさらに詳細に説明する。図6は原料の硫黄とメカノフュージョンにより複合化した複合化粒子のSEM写真である。原料の硫黄(図7参照)では直径が約20〜50μmの粒子が存在するが複合物質では粒子径が約5〜10μmと小さくなり、形状もメカノフュージョンにより複合化を行うと球状形態となる。
【0030】
図8は水銀ポロシメータ測定により得たケッチェンブラック(登録商標)についての細孔体積分布、図9は複合物質の細孔体積分布である。水銀ポロシメータ測定とは、サンプルに水銀を圧力により注入・排出することで表面積や細孔分布、細孔体積を見積もることができる測定である。水銀の注入・排出の経路を見ることで粉体の状態がわかる。ケッチェンブラック(登録商標)単独での測定では水銀注入時の細孔径に対する細孔体積変化微分値の経路が一致しない。これは水銀注入時に一次粒子が集まっている凝集体が飛散したためである。一方、複合物質では20nm以下の細孔径の細孔体積変化微分値の経路が一致する。これはケッチェンブラック(登録商標)の一次粒子又はその凝集体が飛散せず存在することを意味している。すなわち、メカノフュージョンにより複合化した複合粒子は硫黄にケッチェンブラック(登録商標)が食い込んでいる状態の複合微粒子層を形成していることがわかる。
【0031】
以下、本発明の好ましい実施例及び比較例を記載する。しかし、下記の実施例は本発明の好ましい一実施例に過ぎず、本発明が以下の実施例に限られるわけではない。
【実施例1】
【0032】
[単体硫黄の粒子にケッチェンブラック(登録商標)の微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を有することを特徴とする硫黄およびケッチェンブラック(登録商標)の複合物質の製造と同定]
実施例1においては、ケッチェンブラック(登録商標)を硫黄系化合物にナノサイズで薄く均一に被覆する方法は、メカノケミカルボンディング法を用いた。メカノケミカルボンディング法は図10に示すように機械的・物理的な力により化学的な結合に近い結合・複合を作る効果である。メカノケミカルボンディング法による複合技術は、新たな励起エネルギーを作用させることで、ナノサイズ粒子の強固な結合による複合粒子化が可能となる。
【0033】
メカノケミカルボンディング法によるケッチェンブラック(登録商標)を単体硫黄に被覆する際のケッチェンブラック(登録商標)単体硫黄(高純度化学社製)の混合割合を図11に示す。図11には硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の重量比(W硫黄/Wケッチェンブラック(登録商標))、硫黄化合物の重量割合と複合物質あたりの理論容量密度を示す。図11に示すSampleA、B、Cを複合物質A、B、Cとする。
【0034】
図12に、メカノケミカルボンディング法によりケッチェンブラック(登録商標)を硫黄化合物に被覆した複合物質A、B、Cの走査型電子顕微鏡写真を示す。複合物質A-Cは、単体硫黄の周りがケッチェンブラック(登録商標)により三次元の網目状に覆われる複合状態となった。硫黄化合物を被覆するケッチェンブラック(登録商標)はメカノケミカルボンディング法により、規則的な三次元網目構造を形成していることからマイクロサイズの空隙が複合粒子の周りに形成していることがわかる。
【0035】
図13に複合物質Aの熱分析の結果を示す。図13ではTG曲線が温度上昇に対する質量変化で、DTAが温度上昇に対する熱量変化である。昇温速度は1℃ min-1である。温度上昇に伴い200℃及び600℃においてそれぞれ複合物質Aの硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の酸化分解における質量変化と熱量の増加が見られた。
【0036】
図14に熱分析の質量減少から複合物質Aの硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の重さを読み取った結果を示す。
【0037】
図15に複合物質A-Cの温度上昇に対する質量減少の結果を示す。温度上昇に対する質量減少の結果から複合物質中の硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の重さを計算した結果を示す。
【0038】
図16に複合物質A-Cの熱分析の結果から得られる硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の割合を示す。複合物質A-Cの加えた混合割合と熱分析結果から得られた混合割合を示す。得られた複合物質A-Cは調合時の混合割合とほぼ同じ値であった。
【0039】
図17に複合物質A-Cの密度と導電率を示す。ケッチェンブラック(登録商標)の混合割合が多くなるにつれて複合状態の密度が小さくなった。ケッチェンブラック(登録商標)の混合割合が多くなるにつれて導電率が大きな値を示した。複合物質Aの導電率は約8 S・cm-1であった。ケッチェンブラック(登録商標)の導電率は約10 S・cm-1であることから、複合物質Aではケッチェンブラック(登録商標)が硫黄化合物の粒子をほぼ一様に被覆している。
【0040】
図18では複合物質A-Cと単体硫黄のラマンスペクトルを示す。単体硫黄では218 cm-1と417 cm-1にピークが見える。複合物質A-Cでは3328 cm-1にブロードのピークが見える。これはケッチェンブラック(登録商標)のピークである。複合物質Aでは218 cm-1と417 cm-1のピークは見られない。複合物質BとCでは218 cm-1と417 cm-1のピークが見える。
【0041】
図19に複合物質A-Cの被覆状態のイメージ図を示す。導電率とラマンスペクトルから複合物質Aでは単体硫黄粒子の表面にケッチェンブラック(登録商標)が一様に被覆していると考えられる。複合物質BとCでは部分的に単体硫黄が露出している被覆状態であると考えられる。
【0042】
図20に示すようなねじ込み式の電池セルにて複合物質A-Cの放電容量の測定を行った。負極にはリチウム金属(本城金属株式会社製)、厚さ150μmのセパレーター(日本高度紙工業株式会社製)に電解液として1M のリチウムテトラフルオロボレート(キシダ化学株式会社製)を溶解させたエチレンカーボネートと1,2-ジメトキシエタンの混合溶媒(キシダ化学株式会社製)(1:1)を用いた。
電池セルにおける複合物質A-Cの放電容量測定は定電流法で行った。図25に電池セルにおける複合物質A-Cの放電容量測定の際の重量あたりの電流密度を示す。Cレートの定義は理論容量100%を1時間で充電あるいは放電する時に必要な電流密度を1Cとするものである。理論容量の異なる材料を評価するときは同じCレートでも電流密度が異なる。現行のリチウムイオン二次電池正極材料であるコバルト酸リチウムと単体硫黄とが同じ電流密度(mA g-1)の時のそれぞれのCレートの比較を図21に示してある。
【0043】
図22に電池セルにおける複合物質A-Cの放電カーブとその時の容量密度を示す。
【0044】
図23に示すように、複合物質A-Cのラマンスペクトルの417 cm-1と3328 cm-1(I417/I3328)、218 cm-1と3328 cm-1(I218/I3328)のピーク強度比を計算する。ピーク強度比はそれぞれ単体硫黄のピーク(218 cm-1と417 cm-1)とケッチェンブラック(登録商標)のピーク(3328 cm-1)から計算するのでラマンピーク強度比は表面における単体硫黄とケッチェンブラック(登録商標)の露出の割合を示すものである。
【0045】
図24に単体硫黄とケッチェンブラック(登録商標)とラマンピーク強度比(I417/I3328、I218/I3328)と導電率、容量密度の関係を示す。ケッチェンブラック(登録商標)のピーク強度(I3328)の割合が増加するにつれて、すなわちラマンピーク強度(I417/I3328、I218/I3328)が減少するにつれて導電率は直線的に増加する関係を示した。ケッチェンブラック(登録商標)のピーク強度(I3328)の割合が増加するにつれて、すなわちラマンピーク強度(I417/I3328、I218/I3328)が減少するにつれて放電における容量密度は増加する関係を示した。
【実施例2】
【0046】
実施例2においては、メカノフュージョンにより硫黄と導電性カーボンブラックの複合物質から構成される複合物質Dと、比較例1として同一材料で従来の湿式法により作成した物質Eとを製造した。複合物質Dを正極材料として正極Dを、物質Eを正極材料として正極Eを構成した。正極Dと、正極Eとを用いてそれぞれ正極材料D、Eの放電容量の比較試験を行った。
【0047】
1.使用材料
複合物質D、物質Eともに、硫黄72.9重量%、炭素微粒子27.1重量%から構成される。複合物質Dの炭素微粒子は市販のケッチェンブラック(登録商標)を用いた。
物質Eには、最も一般的な炭素材料であるアセチレンブラックを用いた。
【0048】
2.複合物質D、物質Eの製造
複合物質Dの製造は、図25に示すように、硫黄及び炭素微粒子を回転容器中に投入し、内部のロールと容器壁面との間で強い剪断力・圧縮・破断応力を加えることでメカノケミカル反応により複合化を行った。これによって硫黄粒子の表面に炭素微粒子が薄く被覆・複合化した複合物質Dを得た。作製した複合物質Dの直径は約10μmであった。
【0049】
物質Eの製造は、導電補助剤としての炭素材料と硫黄をボールミルで混ぜる従来法で行った。なお、ボールミルとは粉砕機であり、円筒型胴内に粉砕媒体を入れ、被粉砕物を供給して胴体を回転させ粉砕するもので、構造が簡単かつ取扱いが容易であることから、乾式・湿式のいずれでも、非常に広範囲にわたって使用されている。
【0050】
3.複合物質D、物質Eの同定
図26に複合物質Dと物質EのSEM像を示す。複合物質Dでは硫黄粒子の周りに非常に細かく分散されたケッチェンブラックが均一に被覆している。一方、ボールミルで作製した物質Eは凝集した状態のアセチレンブラックが覆っているため、硫黄粒子の表面に炭素粒子が不均一に被覆していることがわかる。
【0051】
4.測定方法
複合物質Dを正極材料として正極Dを、物質Eを正極材料として正極Eを構成し、正極Dと、正極Eを用いてそれぞれ正極材料DおよびEの放電容量の比較試験を行った。
図27に示すようなコイン型の電池セルにて正極材料DおよびEの電極性能評価を行った。負極にはリチウム金属(本城金属株式会社製)、厚さ150μmのセパレーター(日本高度紙工業株式会社製)に電解液として1Mのリチウムテトラフルオロボレート(キシダ化学株式会社製)を溶解させたエチレンカーボネートと1,2−ジメトキシエタンの混合溶媒(キシダ化学株式会社製)(1:1)を用いた。
【0052】
上記正極材料D及びE各10mgを正極材料として用い、厚み0.3mmのリチウム金属を負極材料として用い、リチウムテトラフルオロボレートを1M溶解した容積比1 : 1で混合した1,3−ジオキソランと1,2−ジメトキシエタンの混合溶媒0.1mlを電解液として、厚み150μmの不織布をセパレータ層に含浸させ、直径20mmの電池を構成した。これらの電池を室温20℃において、0.7mAの一定電流で3〜0Vの範囲で放電させた。
【0053】
5.測定結果
各放電試験での放電容量(単位:Ah/kg)を評価したのが図28である。
図28を見ると分かるとおり、実施例1に係る正極材料Dでは、同一材料で作成した正極材料Eと比べ、約1.3倍の放電容量を得ることができた。
【実施例3】
【0054】
1.本実施例2においては、硫黄73重量%と、ケチェンブラック(登録商標)27重量%を異なる製法で混合して、硫黄とケチェンブラック(登録商標)の複合物質F、比較例2として物質G、比較例3として物質Hを作成した。
複合物質Fは、メカノケミカルボンディング(ホソカワ粉体技術研究所)により粉砕したものであり、比較例2の物質Gは、ボールミル(レッチェ製)により5分間の粉砕(Amplitude=10rpm)を行ったもの、比較例3の物質Hは、ボールミル(レッチェ製)により5分間の粉砕(Amplitude=100rpm)を行ったものである。
【0055】
2.複合物質F、物質G、物質Hの同定
図29に複合物質F、物質G、物質Hの500倍と3000倍で観察したSEM像を示す。複合物質Fでは硫黄粒子の周りに非常に細かく分散されたケッチェンブラック(登録商標)が均一に被覆している。一方、ボールミルで作製した物質Gは凝集した状態のケッチェンブラック(登録商標)が覆っているため、硫黄粒子の表面に炭素粒子が不均一に被覆していることがわかる。よって物質Gではケッチェンブラック(登録商標)が不均一に被覆しているために嵩高くなると考えられる。ボールミルで作製した物質Hは表面にケッチェンブラック(登録商標)の粒子が見られないことから、強い粉砕力により硫黄自身の一部が溶解し、その結果、硫黄の再凝集が起こっていることが考えられる。
【0056】
3.測定方法および測定結果
複合物質Fを正極材料として正極Fを、物質Gを正極材料として正極Gを,物質Hを正極材料として正極Hを構成し、正極F、正極Gおよび正極Hを用いて、実施例1と同様の方法で、それぞれ正極材料F、GおよびHの放電容量の比較試験を行った結果を、図30に示す。正極材料Fが最も体積が小さいにもかかわらず、767Ah/kgと最も大きなエネルギー密度を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】現行リチウムイオン電池用正極材料の理論容量密度のグラフである。
【図2】理想的な硫黄と導電補助剤の混合状態の模式図である。
【図3】リチウム/硫黄電池の放電反応の説明図である。
【図4】ケッチェンブラック(登録商標)を透過型電子顕微鏡で撮影した写真である
【図5】表面にナノ炭素粒子を被覆させた硫黄粒子の模式図である。
【図6】本発明の複合物質を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した写真(1000倍)である。
【図7】硫黄粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した写真(1000倍)である。
【図8】ケッチェンブラック(登録商標)単独での細孔体積分布である。
【図9】本発明の複合物質の細孔体積分布である。
【図10】メカノケミカルボンディング法による複合物質の作成イメージである。
【図11】メカノケミカルボンディング法による単体硫黄とケッチェンブラック(登録商標)の混合割合である。
【図12】複合物質A〜Cを走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した写真である。
【図13】複合物質Aの熱分析の結果である。
【図14】複合物質Aにおける硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の重量比の分析結果の詳細である。
【図15】複合物質A〜Cにおける硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の重量比の分析結果の概要である。
【図16】複合物質A〜Cにおける硫黄化合物とケッチェンブラック(登録商標)の割合である。
【図17】複合物質A〜Cの密度と導電率である。
【図18】複合物質A〜Cにおける単体硫黄のラマンスペクトルである。
【図19】複合物質A〜Cの被覆状態のイメージ図である。
【図20】複合物質A〜Cの放電容量の測定を行った、ねじ込み式の電池セルである。
【図21】複合物質A〜Cの定電流法による放電容量の測定結果である。
【図22】複合物質A〜Cの放電カーブと容量密度である。
【図23】複合物質A〜Cのラマンスペクトルのピーク強度比である。
【図24】単体硫黄とケッチェンブラック(登録商標)とのラマンピーク強度比と導電率、及び容量密度の関係である。
【図25】メカノケミカル反応を行うための複合化装置の模式図である。
【図26】複合物質D及び物質Eを走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した写真である。
【図27】実施例2で用いた比較測定用電池の構成図である。
【図28】異なる複合方法により混合した正極材料の放電容量の比較である。
【図29】複合物質F、物質G、及び物質Hの500倍と3000倍のSEM像である。
【図30】異なる複合方法により混合した正極材料の放電容量及び体積量の比較である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子、および、導電性物質の微粒子を原料とし、これらをメカノフュージョンにより複合化して形成した、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を有することを特徴とする硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質。
【請求項2】
原料が、硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子を70重量%以上含有する請求項1の複合物質。
【請求項3】
硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子を核とし、その表面に十分な電子・イオン伝導経路を確保した状態で圧密された複合微粒子層が形成されている請求項1または2の複合物質。
【請求項4】
電気伝導度が100〜101S・cm−1以上である請求項1ないし3のいずれかの複合物質。
【請求項5】
原料の硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子は粒子径75μm以下であり、導電性物質の微粒子は一次粒子径30nmないし50nmの炭素微粒子である請求項1ないし4のいずれかの複合物質。
【請求項6】
原料の炭素微粒子は、空隙率60Vol%以上、80Vol%以下の中空構造を有するものである請求項1ないし5のいずれかの複合物質。
【請求項7】
原料の硫黄および/またはS−S結合を有する硫黄化合物の粒子と導電性物質の微粒子をメカノフュージョンし、該粒子に微粒子が食い込んでいる状態の複合微粒子層を形成することを特徴とする硫黄および/または硫黄化合物および導電性物質の複合物質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【公開番号】特開2006−92885(P2006−92885A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−276254(P2004−276254)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(390022471)アオイ電子株式会社 (85)
【出願人】(504358517)有限会社ケー・アンド・ダブル (19)
【Fターム(参考)】