説明

硬質皮膜

【課題】Siを含有した硬質皮膜の窒化物相内に炭化物相を存在させ、高硬度で耐摩耗性に優れる特性を犠牲にすることなく、窒化物皮膜の脆性及び潤滑性を改善して、炭化物等の優れた性能を付与する。
【解決手段】硬質皮膜は、原子%で、Siが2から50%、M成分が50から98%、但しM成分は、Ti、Cr、Zr、Nb、W、Mo、V、から選択される1種以上を有し、該硬質皮膜は窒化物相内に炭化物相が存在することを特徴とする硬質皮膜である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、窒化物相内に炭化物相を存在させた窒化物皮膜の性能改善に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化物と炭化物を用いた硬質皮膜は、特許文献1から3に開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2004−34186号公報
【特許文献2】特開2000−308906号公報
【特許文献3】特開2001−293601号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本願発明の目的は、Siを含有した硬質皮膜の窒化物相内に炭化物相を存在させ、高硬度で耐摩耗性に優れる特性を犠牲にすることなく、窒化物皮膜の脆性及び潤滑性を改善する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本願発明は、硬質皮膜は、原子%で、Siが2から50%、M成分が50から98%、但しM成分は、Ti、Cr、Zr、Nb、W、Mo、V、から選択される1種以上を有し、該硬質皮膜は窒化物相内に炭化物相が存在することを特徴とする硬質皮膜である。上記の構成を採用することによって、Siを含有した硬質皮膜の窒化物相内に炭化物相を存在させ、高硬度で耐摩耗性に優れる特性を犠牲にすることなく、窒化物皮膜の脆性及び潤滑性を改善することができる。
【発明の効果】
【0006】
本願発明は、Siを含有した硬質皮膜の窒化物相内に炭化物相を存在させ、高硬度で耐摩耗性に優れる特性を犠牲にすることなく、窒化物皮膜の脆性及び潤滑性を改善することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本願発明は、Si含有皮膜の高硬度で耐摩耗性に優れる特性を犠牲にすることなく、脆性及び潤滑性を改善した硬質皮膜である。例えば、工具の寿命延長を可能にする硬質皮膜に関し、検討を行った。切削現象を注意深く観察した結果、工具寿命を支配している要因が、Si含有硬質皮膜の脆い特性に起因する硬質皮膜のマイクロチッピング及び、Si含有硬質皮膜への被削材成分の強固な付着である凝着現象であることが分かった。そこで、Si含有皮膜の硬度を向上させて耐摩耗性を改善するよりも、むしろ凝着現象を解決する手段を検討した。Si含有硬質皮膜の残留圧縮応力を緩和して、同時に潤滑性を改善することによって、上記の課題を解決することが出来ると考えた。
本願発明の硬質皮膜における残留圧縮応力の緩和機構は、SiとM成分から選択される1種以上からなる窒化物相内に炭化物相が存在することにより得られる。これにより、硬度が多少低下する傾向にあるものの、残留圧縮応力が大幅に低減され、高硬度でありがながら耐チッピング性を格段に改善することが出来る。また、例えば切削工具において、潤滑性は、鉄系被削材との親和性、耐凝着性、摺動特性が潤滑性に影響を及ぼすが、この潤滑性が改善される機構は、炭化物が鉄系被削材との親和性を下げ、自己潤滑作用を有することによって得られる。窒化物相と炭化物相の存在形態としては、各相が粒状となって存在し、窒化物相の粒界に炭化物相が存在する場合もある。
本願発明の硬質皮膜は、Si含有量が、原子%で、2%未満の場合、硬度が低く、耐摩耗性に乏しい。一方、50%を超える場合、非晶質の体積比が増加し、皮膜硬度が著しく低下する。従って、皮膜硬度、潤滑性のバランスからSiの含有量は2から50%、より好ましい含有量は、10から25%である。また、M成分が50から98%、但しM成分は、Ti、Cr、Zr、Nb、W、Mo、V、から選択される1種以上、を含有することが必要である。これらを含有する場合、Si含有硬質皮膜の硬度が高くなり、耐摩耗性に優れる。特に、金属成分がTi、Crから選択される1種以上を75から90%の範囲で含有するときは、硬度が高く、潤滑性に優れる。更にZr、Nb、W、Mo、V、を含む場合は、Ti、Crから選択される1種以上を添加することにより、高硬度化、潤滑性が向上するため好ましい。添加量は、1から20%が最適である。
本願発明の硬質皮膜は、窒化物相内に炭化物相を存在させることが重要である。窒化物相は皮膜の硬度が向上し、耐摩耗性に有効である。炭化物相が存在することは潤滑性改善に有効である。これらにより、高硬度と潤滑性の相反する特性を同時に向上させることができ、Si含有皮膜の脆性と潤滑特性を同時に改善することを可能にした。本願発明においては特に潤滑性の改善が重要である。窒化物皮膜は、皮膜の硬度上昇に伴い、潤滑特性は低下する傾向を有する。これは自己潤滑特性が低下するためであると考えられる。しかし本願発明は、SiとM成分の窒化物相内に炭化物相を存在させることにより、高硬度と潤滑性の相反する特性を同時に向上させることができた。これは、Si含有した窒化物相内に炭化物相が存在することにより、Siを含有した窒化物粒子の微細化に加え、その粒界に自己潤滑特性が発揮されるためである。このようにすることにより、高硬度と潤滑性を同時に改善することが出来た。
【0008】
本願発明の硬質皮膜の被覆方法は、基材にスパッタリング法による被覆方法が好ましい。スパッタリング法は、ターゲット中の化合物が金属成分と非金属成分に分離し難く、安定してこれら2種以上の化合物を皮膜内部に存在するように制御し易い。従って、本願発明の硬質皮膜は、ターゲット中の化合物の殆どが、皮膜内でも窒化物、炭化物として存在する。炭素は殆ど炭化物として存在しており、僅かにフリー炭素が存在する皮膜であることが好ましい。スパッタリング蒸発源に印加する電力値が高過ぎると、ターゲット中の化合物が、金属成分と非金属成分に解離する場合があり、また低過ぎるとターゲット中の金属が優先的にスパッタされ、化合物が皮膜内に検出されない場合がある。そこで、電力値は、スパッタリング蒸発源1基当たり2から6kWが好ましい。本願発明の構成を満足させるために、被覆時のバイアス電圧、基材温度、反応ガスの導入方法を適正に選択して、スパッタガスとしてArとKrの複合添加を用いることが有効である。スパッタリング法により、硬質皮膜の硬度を高めながら同時に潤滑性を容易に付与することが出来る。またターゲットに化合物が存在すると、皮膜内にこれらの化合物を均一に含有させることが出来、組成の異なる積層膜にはならず、皮膜に平行方向のせん断応力が作用した場合も高強度であり、耐摩耗性に優れる。
本願発明の重要な構成である、窒化物相内に炭化物相が存在するためには、ターゲットとして金属以外に窒化物、炭化物を含有させることが有効である。ターゲットは、分割方式、埋め込み方式により、金属ターゲットに窒化物、炭化物の塊等を埋め込み、又は貼り付けて使用することが好ましい。
本願発明の被覆方法は、スパッタリング法以外に、プラズマ化学蒸着法、アークイオンプレーティング(以下、AIPと記す。)法、フィルター方式AIP法と併用して被覆することができる。スパッタリング法では、スパッタリング電源として直流電源、もしくは高周波電源、もしくはパルス電源を用いることができる。またバイアス電源としても、直流電源、高周波電源又はパルス電源を使用することができる。プラズマ化学蒸着法は、硬質皮膜の構成元素をガスとして添加し、プラズマ中でイオン化する手法であるが、本手法においても、イオン化を促進する手段として、バイアス電源としては、高周波電源又はパルス電源が好ましい。ガスをイオン化するためにホロカソード電極を基体近傍に配置することにより、導入するガスのイオン化が促進され、皮膜の結晶粒径を比較的容易に制御することができ好ましい。フィルター方式AIP法は、アーク蒸発源に設置された金属ターゲット表面と、平面基体の場合における基体表面とのなす角が40度以上、90度以下が好ましい。磁場とバイアス電源により誘導される距離はできるだけ長いことが好ましい。またその時の磁場強度はできるだけ強いことが、マクロパーティクルの低減に有効であり、本願発明の硬質皮膜の形成に好都合である。但し、通常のAIP法による単独の方法においては、ターゲット構成元素成分が瞬時に蒸発し、基材に被覆されるため、皮膜内に2種以上の化合物が存在し難い。従って、必ずしも皮膜内に2種以上の化合物を存在するように構成できない。これはターゲット内に添加した化合物が、1度、金属成分と非金属成分に解離し易いためと考えられる。これら2種以上の化合物を皮膜内に存在させるためには、従来の成膜方法とは異なった成膜方法が必要である。
【0009】
本願発明の硬質皮膜は、窒化物相内に炭化物相を有し、皮膜断面をX線光電子分光分析し、ピークフィッティングによるエリア面積比から算出した存在比率(%)は、窒化物相が50から99%、炭化物相が1から50%であることが好ましい。この場合、特に優れた高硬度と潤滑性が得られる。窒化物相が50%未満、及び炭化物相が50%を超えると硬度低下して耐摩耗性が低下する傾向になる。同時に密着強度も低下する。炭化物相は1%であっても、潤滑性改善効果を示す。
炭化物相は、Si、Ti、Cr、Zr、Nb、W、V、から選択される炭化物であることが好ましい。この炭化物相は、高硬度で耐摩耗性と潤滑性に優れた硬質皮膜が得られる。特に炭化物がSi炭化物である場合、Siを主体とした窒化物粒子が微細化され、高硬度で潤滑特性に優れた硬質皮膜が得られる。これら炭化物の結晶構造を有する場合と、非晶質構造を有する場合とがある。
本願発明の硬質皮膜を被覆した被覆切削工具は、工具の耐久性を格段に向上させることから好ましい。本願発明の硬質皮膜を切削工具に被覆することにより、工具寿命が格段に長くなり、好ましい。切削工具としては、例えばエンドミル、ドリル、リーマ、タップ、ブローチ、ホブ、カッター、マイクロドリル、ルーター、ミーリングインサート、ターニングインサート等が挙げられる。切削工具の基材としては、Co含有量3から12重量%からなる超硬合金又はサーメット、又は高速度鋼、又は立法晶窒化硼素焼結体の何れかが好ましい。本願発明の硬質皮膜はこれらの基材との組合せによって密着強度に優れ、切削工具の寿命延長に効果が有る。超硬合金のCo含有量が3重量%未満では、突発的なチッピングや切れ刃の欠損が生じる場合がある。一方、Co含有量が12重量%を超えると、被覆効果が少ない。
【0010】
本願発明の硬質皮膜の表面に存在するマクロパーティクルの面積率は、5%以下であることが好ましい。マクロパーティクルの存在は、耐凝着性を低下させる。物理蒸着法の中でもスパッタリング法により、マクロパーティクルの存在比率を1%以下とすることが耐凝着性の改善に有効であり、好ましい。また、被覆処理後、皮膜表面に付着したマクロパーティクルを機械的に除去することにより、皮膜表面に存在するマクロパーティクルの面積率を低下させることができる。ここでいうマクロパーティクルは、皮膜表面に対して凸形状を有する数百nmから数μm程度の付着粒子であり、その核は金属成分が主体である。マクロパーティクルの面積率は、ボールエンドミルのチゼルエッジの逃げ面近傍を走査型電子顕微鏡により倍率3kから10k倍で撮影し、凸形状のマクロパーティクルの面積を画像解析処理により定量し、その面積率を算出した。本願発明の硬質皮膜の特性を更に引き出すために、基材と硬質皮膜間に、Al、Cr、Ti、Si、Nb、Wから選択される2種以上の金属成分を含有する窒化物を主体とした中間層を被覆することが好ましい。中間層は硬質皮膜との密着強度が高く、耐剥離性が改善され、その結果、耐摩耗効果を発揮することができる。中間層の結晶構造は面心立方構造であることが好ましく、(111)もしくは(200)面に強く配向することが好ましい。強度比であるI(200)/I(111)が0.6から5であることが更に好ましい。好適な中間層の成分は、AlCr系窒化物、AlCrSi系窒化物、AlCrNbSi系窒化物である。本願発明の硬質皮膜にAlを一定量以上添加すると、六方晶の存在比率が増加する傾向にあり、その結果Si添加量が制限されるため、Alを含む場合は、10%以下、またはAlを含有しないことが好ましい。本願発明の硬質皮膜の結晶構造は立方晶の結晶構造を主体とし、非晶質相を含んでも良い。X線回折において(200)に最も強い強度を示し、(200)のX線回折強度を(111)のX線回折強度で割った強度比であるI(200)/I(111)が、2から8の範囲が最適であり、高硬度高靭性で潤滑性に優れる。本願発明の硬質皮膜は、窒化物相内に炭化物相を有するものであるが、この他に窒化物の非金属成分の原子比率で、50%未満の範囲で、硼素、炭素、酸素、硫黄から選択される成分を含有しても良い。特に、これら硼素、炭素、酸素、硫黄から選択される1種以上を含有することにより、耐摩耗性と潤滑性のバランスから好ましい。本願発明の硬質皮膜は、Ar及び/又はKrを5原子%未満含有することが好ましい。Ar及び/又はKrを含有させることにより、被覆時のボンバードメント効果が向上し、皮膜表面がより平滑になり、更に耐凝着性を改善することができ、好ましい。Ar及び/又はKrが結晶粒界に存在することにより、残留圧縮応力が低減し、チッピングが減少する。Ar及び/又はKrの含有量が5原子%を超えて多く含有すると、皮膜硬度が大幅に低下し、耐摩耗性が低下する。更に、高温環境下で皮膜外へ抜け出し、酸素の拡散を助長し、耐酸化性が低下する。Ar及び/又はKrは、0.01から0.8原子%が好ましい含有量である。Ar及び/又はKrの存在、及び定量は、電子プローブマイクロアナライザー分析、及びオージェ電子分光分析により分析することができる。
【0011】
本願発明の硬質皮膜内に存在する化合物の定性分析、及び存在比率の測定は、X線光電子分光分析により行うことが出来る。窒化物、炭化物の存在比率は、X線光電子分光分析によって得られるチャートより、Si2pのピークフィッティングによるエリア面積比から算出した。X線光電子分光分析は、X線光電子分光分析装置(PHI社製、Quantum2000型)を用いた。測定条件は、例えば以下による条件が好ましい。X線源はAlKαを用い、分析領域を直径0.1mmの円内部を分析した。分析前に分析領域を十分にアセトンで超音波洗浄を行い、更に分析部の皮膜表面に付着した汚染物質等を除去するために、分析領域よりも広い範囲を、10分間Arイオンガンを用いてエッチングし、分析領域内のスペクトルを測定した。このときのArイオンガンによるエッチングレートはSiO2換算で6.5nm/分、ピーク分離については、ピークフィッティング法により行い、各ピークの定性は、Physical Electronics、Handbook of X−ray Photoelectron Spectroscopyに記載の値を用いることが好ましい。化合物のピーク値は皮膜内の化学結合の状態により、多少のずれは生じる場合がある。皮膜全体の組成の定量分析には、電子プローブマイクロアナライザー(日本電子(株)製JXA−8900R、以下、EPMAと記す。)を用いて加速電圧15kV、試料電流0.2μA、計数時間10秒測定を5回実施し、その平均値とした。
本願発明の硬質皮膜における皮膜硬度の測定は、ナノインデンテーション装置を用いた。被覆した試験片を5度傾けて鏡面研磨し、硬質皮膜の露出面内で膜厚が2μm前後の最大になる領域を選定した。押込み荷重49mN、最大荷重保持時間1秒、荷重負荷後の除去速度0.49mN/秒の測定条件で10点測定し、その平均値を求めた。この測定方法における皮膜硬度は、圧子の微細形状、測定時の温度、湿度、試料の表面状態に左右させ易く、得られる数値は必ずしもビッカース硬度と一致しない。そこで、単結晶Siを同時に測定し、そのときの単結晶Siの皮膜硬度が15GPaであった。本測定結果をもとに相対比較することが出来る。本願発明の硬質皮膜の硬度は、35から65GPaが好ましい。35GPa未満となると耐摩耗性が低下する傾向にあり、65GPaを超える場合は、基材との密着強度に乏しくなる傾向にある。より好ましい皮膜硬度は、40から65GPaである。以下、本願発明を実施例に基づいて説明するが、本願発明は下記実施例に限定されるものではなく、使用分野により適宜変更することができる。
【実施例】
【0012】
(実施例1)
本願発明の硬質皮膜を以下の方法で被覆した。基材としてCo含有量が、8重量%の超微粒超硬合金製の2枚刃ボールエンドミル、及び硬質皮膜の特性評価用として、Co含有量が、8重量%の超微粒超硬合金製SNMN432形状の試験片を準備した。脱脂洗浄を十分に実施し、スパッタリング装置の容器内の冶具にボールエンドミル、及び試験片を配置した。冶具は1回転/分で自公転する。基材の温度が500℃となるよう加熱及び排気を行い、その後Ar、Krを容器内に導入し、容器内に設けられたカソード電極とアノード電極の間で放電することにより、Ar、Krのイオン化を行った。同時に基体にパルス状のバイアス電圧を印加した。このパルス状のバイアス電圧は、負バイアス電圧が500V、90%、正バイアス電圧が20V、10%、周期は20kHzとした。イオン化されたAr、Krは基材に衝突し、基材のクリーニング及び活性化処理を行う。その後、Ar、Kr、N2を流量比で3:2:1の比率で容器内に導入し、全体の圧力を0.1Pa、負バイアス電圧を100Vに設定した。スパッタリング蒸発源は、容器内に番号1から番号4までの4基配置され、夫々非平衡磁場を有している。本願発明の硬質皮膜は、番号3、4の2基のスパッタリング蒸発源に4kWの電力を夫々供給して膜厚2μm被覆した。その後、基材温度が200℃以下で真空容器から取り出した。使用したターゲットは縦500mm、横100mmの長方形であり、四隅及び中心に固定穴を有し、スパッタリング蒸発源に固定される。放電領域の面積は略25000mm2であるが、四隅及び中心部はスパッタ放電が発生しない。そこで、ターゲット表面の放電領域内を3領域から4領域に分け、各領域に埋め込んで使用する材料と面積比率とを定めた。
本発明例1から17、21、24、27から34は、領域1から領域3の面積比率を夫々、領域1は90%、領域2は7%、領域3は3%として被覆を行った。また、領域3の面積比率は、全ての実施例において3%とした。Si含有量の影響を評価するために各Si含有量の異なる本発明例18から20、22、23、比較例35、36を作成した。複合ターゲットに含有するSiの面積比率を変更するため、領域2の面積比率を変更した。夫々、本発明例18は0.5%、本発明例19は1%、本発明例20は3%、本発明例22は15%、本発明例23は30%、比較例35はSi含有無し、比較例36は51%とした。 Alの含有量が工具寿命に及ぼす影響を評価するため、領域1にTi、領域2にSi、領域3にB4C、領域4にAlを所定の面積比率で均一に埋め込んで使用し、本発明例25、26、比較例37、38、を作成した。Alの面積比率を変更するため、領域4の面積比率を変更した。夫々、本発明例25は3%、本発明例26は3%、比較例37は10%、比較例38は15%、とした。ここで、Siを含有する領域2の面積比率は、7%とした。 中間層の影響を調査するために、本発明例27から34は中間層の上層側に本発明例1の皮膜を被覆した。真空容器内に4基配置したスパッタリング蒸発源のうち、残り2基の番号1、2に中間層被覆用ターゲットを設置し、夫々8kWの電力を夫々供給し、1μmの中間層を形成した。番号1、2の形状は番号3、4と同一形状である。番号1、2に中間層被覆用ターゲットには、領域5から領域7を設定した。本発明例27から30は、領域5を70%、領域6を30%とし、本発明例31から34は、領域5を65%、領域6を30%、領域7を5%の面積比率で使用した。上記の方法で得られた試験片を用い、EPMAによる皮膜組成分析を行った。スパッタリング蒸発源のターゲット材料と、皮膜組成を表1に示す。
【0013】
【表1】

【0014】
次に、得られた試験片を用い、X線光電子分光分析による化合物の定性分析、及び存在比率測定、皮膜硬度、走査型電子顕微鏡によるマクロパーティクルの面積率の測定を行った。定性分析の結果、本発明例1から34、比較例35から38には、窒化物、炭化物の存在が確認された。X線光電子分光分析によるSi2pのピークフィッティングによって、エリア面積比から算出した化合物の存在比率は、例えば本発明例1の場合、窒化物をN(70)、炭化物をC(30)で表した。評価結果を表2に示す。
【0015】
【表2】

【0016】
一方、比較例として、Ti80Si20Bの合金ターゲットを用い、窒素、アセチレンを導入し、AIP法により、(Ti85Si15)(BCN)皮膜を2μm被覆した比較例39を作成した。Ti、TiSi化合物、B4C粉末を原料とし、ホットプレスによりターゲットを作製し、AIP法により、(Ti85Si15)(BCN)皮膜を2μm被覆した比較例40を作成した。Ti、SiC、B粉末を原料とし、ホットプレスによりターゲットを作製し、AIP法により、(Ti85Si15)(BCN)皮膜を2μm被覆した比較例41を作成した。AIP法でTi85Si15ターゲットを放電しながら、スパッタリング法によりB4Cターゲットを放電し、TiSiNとBCNが数から数十ナノメールの周期で積層し、平均組成が(Ti85Si15)(BCN)からなる皮膜を2μm被覆した比較例42を作成した。スパッタリング法でTi80Si20とTiB2をホットプレスによるターゲットを用い、窒素、アセチレンを導入し、(Ti85Si15)(BCN)皮膜を2μm被覆した比較例43を作成した。これらの評価結果を表3に示す。
【0017】
【表3】

【0018】
表2、3より、X線光電子分光分析結果から、本発明例1から34、比較例35から38は、皮膜内部に窒化物、炭化物が存在していることが確認できた。比較例39から43は、何れも皮膜内に窒化物と硼化物以外の存在は確認されなかった。従って、炭化物を含有したターゲットを通常のAIP法で製造しても、皮膜内には化合物が存在する硬質皮膜とはならず、耐凝着性の改善には至らなかった。
【0019】
本発明例2をX線光電子分光分析により測定した結果を図1から図4に示す。図1はワイドスペクトルを示す。図2はC1sナロースペクトルを示し、炭化物の存在が確認された。また、フリー炭素に相当するピークも見られた。図3はN1sナロースペクトルを示し、窒化物の存在が確認された。図4はSi2pナロースペクトルの示す。図4から、本発明例2は、炭化物と窒化物の2種のピークが存在し、少なくともSiN、SiCが皮膜内部に存在することが確認できた。これより、本発明例2は、窒化物相内に炭化物相が存在していると考えられる。一方、Si(CN)として存在する場合は、1種のピークのみから構成されると考えられ、今回、これには該当しなかった。図4から、本発明例2の窒化物相、炭化物相の存在比率をSi2pのピークフィッティングによるエリア面積比から算出した。その結果、窒化物が略80%、炭化物が略20%の比率で存在していることが確認できた。図4から、皮膜内にKrの存在も確認できた。図5に本発明例2のX線回折結果を示す。立方晶B1構造の窒化物のみの化合物が定性分析され、炭化物は非晶質相として存在する可能性、もしくは、ピークの重なりにより検出できていない可能性もある。
【0020】
本発明例1と比較例39を用いボールオンディスク型の摩耗試験を実施した。試験はCSM社製のトライボメーターを用い、ディスクとして鏡面加工したSNMN432形状の微粒超硬合金に本発明例1と比較例39の皮膜を被覆し、ボールとして鏡面加工した直径6mmのSUJ2製を使用した。試験条件は、回転半径1.5mm、回転スピード毎秒3cm、荷重2N、摺動距離30m、試験温度25℃、試験湿度59%、大気中で行った。試験後の観察写真を図6から図11に示す。図6は本発明例1、図7は比較例39のディスク摩耗痕の光学顕微鏡写真を示す。図8は本発明例1、図9は比較例41のディスク摩耗痕のSEM−EDXによる鉄元素マッピング分析結果を示す。図10は本発明例1、図11は比較例39のボール摩耗痕の光学顕微鏡写真を示す。図6から図11より、本発明例1の硬質皮膜表面は、鉄の付着が殆ど確認されず、優れた耐凝着性を示した。一方、比較例39は鉄の凝着が激しかった。更に、ボールの摩耗体積、即ち硬質皮膜表面に付着、又は摩耗により損失したSUJ2量は、比較例41が13.0mm3に対し、本発明例1が4.3mm3であり、本発明例1は、鉄に対して親和性がより低かった。一方、硬質皮膜を被覆したディスクの摩耗深さは、比較例39が1.5μmに対し、本発明例1が0.9μmであり、耐摩耗性においても本発明例1が優れていた。この結果から、本願発明の硬質皮膜が鉄系材料に対し、優れた耐凝着性、並びに耐摩耗性を示すことが確認された。
【0021】
(実施例2)
本願発明の硬質皮膜を被覆したボールエンドミルにより、工具寿命を以下の方法で評価した。工具寿命の評価結果は、逃げ面摩耗幅が0.1mmに達した切削長、又は著しく不安定な加工状態、例えば火花発生、異音、加工面のむしれ、焼け等などの状態に達した切削長を切削寿命とした。また、10m未満の切削寿命は切り捨てて表記した。工具寿命の評価結果を表2、3に併記した。
(工具評価条件)
工具:2枚刃ボールエンドミル、直径10mm
切削方法:底面超高速仕上げ加工
被削材:HPM38、日立金属株式会社製、硬度、HRC52
切り込み:軸方向、0.4mm、ピックフィード、0.2mm
主軸回転数:10kmin−
テーブル送り:4m/min
切削油:無し、ドライ切削
【0022】
本発明例1から17と比較例39から43の工具寿命を比較した。本発明例1から17が580から830mであったことに対して、比較例39から43の工具寿命が300から380mであり、本発明例1から17が1.5から2.1倍の工具寿命を示し、格段に長い工具寿命が得られた。本発明例1から17の摩耗状態は、被加工物の凝着が格段に少なく、均一摩耗により工具寿命に達した。また、本発明1から17は、被加工物の凝着が格段に低減されることから、加工物のバリがなく、また仕上げ面も光沢を有しており、被加工物の仕上げ品位も格段に向上した。潤滑特性が大幅に改善され、被削材の付着が抑制され、切れ刃のチッピングが減少し、安定して長い工具寿命を示すなど、工具の耐久性を格段に向上させた。仕上げ加工における加工精度も向上し、生産性向上並びにコスト低減に極めて有効となった。一方、比較例39から43の摩耗状態は、被加工物の皮膜表面への凝着が著しく、切れ刃のチッピングや異常摩耗により、工具寿命に達した。比較例39から43は、耐凝着性に乏しく、工具切れ刃に多量の鉄が付着しており、その結果、異常摩耗により摩耗進行を早め、工具寿命が短かった。また、同時に評価に供した(TiAl)N皮膜は、300mで工具寿命に達したことから、本願発明の効果が特に顕著であることが確認できた。
【0023】
Si含有量の影響について比較した。本発明例18から23、比較例35、比較例36においてSi含有量のみが異なる試料を作製した。本発明例18から23は工具寿命が540から640mであり、長い工具寿命が得られた。特に、金属元素の原子比率でSi含有量が8から27原子%の皮膜を被覆した切削工具の工具寿命が長く、より好ましいSi含有量であった。比較例35は、Siを含有しない場合であるが、硬度が低く工具寿命の改善には至らなかった。比較例36は、Ti含有量が49原子%、Si含有量が51原子%の場合であるが、硬度が低いばかりではなく、トライボメーターによる耐凝着性の評価においても、鉄の凝着が激しく、耐凝着性が低下したことから、工具寿命の改善が確認できなかった。以上の結果から、本願発明の被覆切削工具は、Si含有皮膜の高硬度で耐摩耗性に優れる特性を犠牲にすることなく、その脆性及び、鉄系被削材との親和性、凝着性、摺動特性などの潤滑性を改善することができた。そして工具の耐久性を格段に向上させることが可能となり、安定して長い工具寿命を示した。更に、仕上げ加工における加工精度も向上し、生産性向上並びにコスト低減に極めて有効であることが確認できた。
次にAl含有量の影響について工具寿命を比較した。本発明例24から26、比較例37、38においてAl含有量が異なる試料を作製し、比較した。Al含有量が増加するに従い、硬度の低下、トライボメーターによる耐凝着性の評価においてもAl含有量が増加による耐凝着性が低下し、工具寿命も同様に低下した。特にAl含有量が金属元素の原子比率で10%、15%の比較例37、38は、工具寿命の改善が確認できなかった。Al含有量増加に伴い、皮膜の結晶構造が六方晶、もしくは六方晶と立方晶の混在した構造となり、硬度が低下したことが大きな要因であった。Alを添加することにより、硬度は低下する傾向にあるが、耐酸化性が改善されることから、Si含有量が金属元素の原子比率で15%の場合におけるAlの許容含有量は金属元素の原子比率で10原子%未満である。Si含有量が金属元素の原子比率で15%よりも多くなると、Alの許容含有量は減少する。従って、本願発明の硬質皮膜のAl含有量は金属元素の原子比率で10原子%未満であることが好ましい。
本願発明の好ましい形態である中間層を用いた場合の本発明例27から34の工具寿命を評価した。中間層を用いることにより、本発明例1に比較して、更に1.3から1.8倍に工具寿命が向上した。これは、本願発明の硬質皮膜がSiを多く含有しており、このSiと超硬合金基材中のCoとの反応性が高いこと、また結晶粒径が比較的小さいため、柱状組織を有する中間層を用いることにより、基材からのCo拡散抑制、及び密着性が向上し、工具寿命が向上した。特に、AlとCrの窒化物を主体にした中間層が最適である。AlとCrの窒化物にSi、Nb、Yを添加することにより、長い工具寿命が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本発明例2のX線光電子分光分析結果を示す。
【図2】図2は、本発明例2のX線光電子分光分析結果を示す。
【図3】図3は、本発明例2のX線光電子分光分析結果を示す。
【図4】図4は、本発明例2のX線光電子分光分析結果を示す。
【図5】図5は、本発明例2のX線回折結果を示す。
【図6】図6は、本発明例1のディスク摩耗痕の光学顕微鏡写真を示す。
【図7】図7は、比較例39のディスク摩耗痕の光学顕微鏡写真を示す。
【図8】図8は、本発明例1のディスク摩耗痕のSEM−EDX分析結果を示す。
【図9】図9は、比較例39のディスク摩耗痕のSEM−EDX分析結果を示す。
【図10】図10は、本発明例1のボールの摩耗痕の光学顕微鏡写真を示す。
【図11】図11は、比較例39のボールの摩耗痕の光学顕微鏡写真を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質皮膜は、原子%で、Siが2から50%、M成分が50から98%、但しM成分は、Ti、Cr、Zr、Nb、W、Mo、V、から選択される1種以上を有し、該硬質皮膜は窒化物相内に炭化物相が存在することを特徴とする硬質皮膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2008−213059(P2008−213059A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−51265(P2007−51265)
【出願日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】