説明

磁性材スラリー、その磁性材スラリーの製造方法、磁性薄膜及び磁性体

【課題】絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な磁性薄膜を形成できる磁性材スラリー、磁性材スラリーの製造方法、磁性薄膜及び磁性体を提供する。
【解決手段】シリカの結晶化を大幅に低下できることから、結晶化したシリカによる光散乱を抑制して透明性を向上させることができる。また、溶液内でのε−Fe粒子の分散性を向上させることができ、かくしてε−Fe粒子の沈殿を抑制して透明性を向上させることができる。従って、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な磁性薄膜3を形成できる磁性材スラリー、磁性材スラリーの製造方法、磁性薄膜及び磁性体を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性材スラリー、その磁性材スラリーの製造方法、磁性薄膜及び磁性体に関し、例えば透明性が高い磁性体を作製する際に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ナノオーダー粒子でありながら、室温条件下で20kOeという巨大な保磁力を発現する材料として、ε−Feの結晶構造体が知られている(例えば、非特許文献1、非特許文献2及び非特許文献3参照)。
【0003】
そして、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するε−Feは、前駆体を約1000℃で焼成することにより作製される。このため、ε−Feの結晶構造体を備えた磁性フィルム等の磁性体を作製する場合には、焼成処理により作成したε−Fe粒子を所定のバインダー成分との共存下で塗工液化した後に、フィルム等の成膜対象にコーティングする製造方法や、或いは溶融又は溶解した熱可塑性樹脂材や熱硬化性樹脂材等の樹脂材にε−Fe粒子を分散させた後に、押出成形法や射出成形法等の成形法により作製する製造方法が用いられる。
【非特許文献1】Jian Jin, Shinichi Ohkoshi and Kazuhito Hashimoto, ADVANCED MATERIALS 2004, 16, No.1, January 5, p.48-51
【非特許文献2】Jian Jin, Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi, JOURNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN Vol.74, No.7, July, 2005, p.1946-1949
【非特許文献3】Shunsuke Sakurai, Jian Jin, Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi, ADVANCED MATERIALS 2004,16,No.1,January 5,p.48-51
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するε−Fe粒子は、例えばバインダー成分や、融解又は溶融した樹脂材に対して均一に分散し難いため、上述したこれら製造方法によって透明性が高い磁性体を形成することが困難であるという問題があった。
【0005】
そこで本発明は上記した問題点に鑑み、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な薄膜を形成できる磁性材スラリー、その磁性材製造方法、磁性薄膜及び磁性体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に係る発明は、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が溶液中に分散するように含有されており、前記磁性粒子は、透過型電子顕微鏡観察による観察平均粒径に対する動的光散乱法による平均粒径の比が2以下であることを特徴とするものである。
【0007】
また、請求項2に係る発明は、前記イプシロン型酸化鉄系化合物は、ε−Fe粒子、ε−AFe2−x(但し、AはFeを除く元素、0<x<2)及びε−BFe2−y−z粒子(但し、B及びCは、A及びFeを除く元素であり、かつ互いに異なる元素、0<y<1、0<z<1)のうち少なくともいずれか1種からなることを特徴とするものである。
【0008】
また、請求項3に係る発明は、液中に中和剤を添加した中和剤溶液と、原料溶液とを混合することにより混合溶液を作製して、該混合溶液内で水酸化鉄系化合物粒子の沈殿反応を進行させる工程と、前記混合溶液内にシラン化合物を添加して前記水酸化鉄系化合物粒子の表面をシリカで被覆したシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を生成する工程と、前記シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を前記混合溶液から分離した後、所定の温度で焼成することにより熱処理粉体を生成する工程と、前記熱処理粉体を水溶液中に投入して前記熱処理粉体の表面を覆っていた前記シリカを除去してイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子を作製した後、ドライプロセスを経由せずに水分を残留させた状態のまま精製処理する工程とを備えることを特徴とするものである。
【0009】
また、請求項4に係る発明は、前記原料溶液は、液中にカルシウムイオンが含まれていることを特徴とするものである。
【0010】
また、請求項5に係る発明は、前記原料溶液は、鉄イオンと前記カルシウムイオンとがCa/Fe=0.1〜0.3の範囲内で溶解されて生成され、前記熱処理粉体は、約950℃を超え1050℃未満の温度で焼成されて生成され、前記イプシロン型酸化鉄系化合物はε−Fe粒子であることを特徴とする。
【0011】
また、請求項6に係る発明は、前記原料溶液はカルシウムイオンが添加されずに作製され、前記熱処理粉体は、約1050℃を超え1200℃未満の温度で焼成されて生成されることを特徴とする。
【0012】
また、請求項7に係る発明は、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が分散するように配置され、10μmまでの膜厚範囲で形成した場合のヘイズが40%以下であることを特徴とするものである。
【0013】
また、請求項8に係る発明は、前記イプシロン酸化鉄系化合物は、ε−Fe粒子、ε−AFe2−x(但し、AはFeを除く元素、0<x<2)及びε−BFe2−y−z粒子(但し、B及びCは、A及びFeを除く元素であり、かつ互いに異なる元素、0<y<1、0<z<1)のうち少なくともいずれか1種からなることを特徴とするものである。
【0014】
また、請求項9に係る発明は、請求項7または8に記載の磁性薄膜を成膜対象に備えることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の請求項1によれば、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な磁性薄膜を形成できる磁性材スラリーを提供できる。
【0016】
また、本発明の請求項3によれば、イプシロン型酸化鉄系化合物が均一に分散し、かつSi成分を低減させて光散乱を抑制できる磁性材スラリーを作製でき、かくして絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な薄膜を形成できる磁性材スラリーの製造方法を提供できる。
【0017】
また、本発明の請求項7によれば、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な磁性薄膜を提供できる。
【0018】
また、本発明の請求項9によれば、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な磁性体を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下本発明の好適な実施形態について説明する。
【0020】
(1)磁性体の全体構成
図1において、1は、磁性フィルムや磁性基板等の磁性体の一例を示し、PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムや、ガラス基板等の透明な成膜対象2に磁性薄膜3が成膜された構成を有する。この磁性体1は、磁性薄膜3が透明性及び絶縁性を有し、かつ永久磁石として機能するハードフェライト層であることを特徴とする。なお、ここで透明性とは、使用者が磁性体1を一面側から視認したときに、当該磁性体1の他面側にある背景の形状や色等を具体的に認識できる程度の透明性をいう。
【0021】
ここで磁性薄膜3は、本発明の磁性材スラリーを用いて成膜対象2に形成されており、仮に膜厚を0.2〜10μm程度に形成しても、濁度(曇度)を表すヘイズが約40%以下となるような構成を有する。
【0022】
さらに、磁性体1は、図1に例示した構造以外にも、前記透明性を有している限り、公知の各種機能層を備えた複層構造とすることも可能である。
【0023】
(2)磁性材スラリーの概要
(2−1)磁性材スラリーの構成
透明性及び絶縁性を有し、かつ永久磁石として機能する磁性薄膜3を形成できる磁性材としての磁性材スラリーは、一般式がε−Feで表される磁性酸化鉄系化合物粒子(以下、これをε−Fe粒子と呼ぶ)を99重量%以上含む磁性粒子が溶液中に分散するように含有されている。
【0024】
また、この磁性材スラリーは、その製造過程において、形状制御剤としてカルシウムイオンが必要に応じて添加され、かつドライプロセスを経由せずに水分を残留させた状態のまま精製処理が行われて製造される点に特徴がある。
【0025】
因みに、この実施の形態においては、ε−Fe粒子を99重量%以上含む磁性粒子を含有した磁性材スラリーを適用した場合について述べるが、本発明はこれに限らず、カルシウムイオンを添加させたときには一般式がε−AFe2−x(AはFeを除く元素、xは0<x<2の範囲)で表される磁性酸化鉄系化合物粒子(以下、これをε−AFe2−x粒子と呼ぶ)を99重量%以上含む磁性粒子を含有した磁性材スラリーを適用しても良い。
【0026】
また、カルシウムイオンを添加させたときの他の実施の形態としては、一般式がε−BFe2−y−z(B及びCは、A及びFeを除く元素であり、かつ互いに異なる元素、yは0<y<1の範囲、zは0<z<1の範囲)で表される磁性酸化鉄系化合物粒子(以下、これをε−BFe2−y−z粒子と呼ぶ)を99重量%以上含む磁性粒子を含有した磁性材スラリーを適用しても良い。
【0027】
これらε−Fe粒子、ε−AFe2−x粒子及びε−BFe2−y−z粒子(以下、これらをまとめて単に、イプシロン型酸化鉄系化合物と呼ぶ)のうちいずれかを99重量%以上含む磁性粒子を含有した磁性材スラリーは、その製造過程において、形状制御剤としてカルシウムイオンが必要に応じて添加されており、イプシロン型酸化鉄系化合物に含まれるSi(珪素)成分を約1wt%以下の濃度に低減し得た構成を有する。
【0028】
加えてイプシロン型酸化鉄系化合物の形状は、その目的に合わせ、粒状・ロッド状の任意の形状に制御することが好ましい。また、例えば高度な透明性を有する薄膜を得るためには、イプシロン型酸化鉄系化合物の形状は粒径であれロッド状であれ、長軸長が100nm未満の微小な粒子であることが好ましい。ここで、イプシロン型酸化鉄系化合物は、製造過程において、カルシウムイオンが添加されると、形状がロッド状に形成され、一方、カルシウムイオンが添加されないと、形状が粒状に形成され得るようになされている。
【0029】
また、イプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子を含有した磁性材スラリーは、製造過程において、ドライプロセスを経由せずに水分を残留させた状態のまま精製処理が行われており、その結果、イプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が溶液中に均一に分散し得た構成を有する。
【0030】
(2−2)イプシロン型酸化鉄系化合物の形状がロッド状の場合
ここで、例えばイプシロン型酸化鉄系化合物のロッド形状を活かした透明高硬度薄膜を得ることを目的とするならば、一般的には、その形状が長軸長100nm〜数百nmであるロッド状とすることが必要条件の一つに挙げられる。ここで、イプシロン型酸化鉄系化合物は、カルシウムイオンによって外形が所定の長軸長(100nm以上)に形成され得るようになされており、この場合、ε−Fe粒子であることが好ましい。また、ロッド状のε−Fe粒子内に磁壁(磁区と磁区との境界で徐々に磁化の向きが移り変わる領域)を設け、磁壁移動に伴う機能性材料を設計するためには、適切な磁壁が生じ得る数百nm以上の長軸長を有したロッド状のε−Fe粒子を合成する必要がある。この様に、所望の磁気機能・薄膜特性を最適化するためには、目的の特性に合致した形状の粒状あるいはロッド状のε−Fe粒子を合成することも本発明の特徴の一つに挙げられる。
【0031】
(2−3)イプシロン型酸化鉄系化合物の形状が粒状の場合
ここで、本発明による磁性スラリーは、製造過程において、カルシウムイオン等の形状制御剤が添加されないと、イプシロン型酸化鉄系化合物の形状が粒状に形成され得る。すなわち、磁性スラリーの製造過程においてカルシウムイオンを添加しないときには、イプシロン型酸化鉄系化合物の形状が粉状に形成されるとともに、イプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子を溶液中に含有させることができる。
【0032】
(2−4)他の実施の形態によるε−AFe2−x粒子及びε−BFe2−y−z粒子の詳細構成
ここでFe3+イオンサイトの一部と置換された元素が1種類であるε−AFe2−x粒子では、ε−Feの結晶構造を安定に保つため、Aとして、3価の元素を用いることが好ましい。さらにAとしては、Al,Sc,Ti,V,Cr,Ga,In,Yから選択される1種の元素を挙げることができる。
【0033】
これらの元素のうち、Al及びGaは、Fe3+イオンサイトの一部であるFe4サイトと置換し、Sc,Ti,V,Cr,In,及びYは、Fe3+イオンサイトの一部であるFe1サイトと置換する。
【0034】
一方、Fe3+イオンサイトの一部と置換された元素が互いに異なる2種類であるε−BFe2−y−z粒子では、ε−Feの結晶構造を安定に保つため、Bとして4価の元素、Cとして2価の元素を用いることが好ましい。さらに、BとしてはTi、Cとしては、Co,Ni,Mn,Cu及びZnから選択される1種の元素を挙げることができる。
【0035】
上記Bを構成するTiは、Fe3+イオンサイトの一部であるFe4サイトと置換する。また、上記Cを構成するCo,Ni,Mn,Cu及びZnは、いずれもFe3+イオンサイトの一部であるFe1サイトと置換する。
【0036】
なお、上述したA、B及びCからFeを除くのは、ε−FeのFe3+イオンサイトの一部を、1種類または互いに異なる2種類の元素で置換するためである。
【0037】
(2−5)分散度
ここで磁性粒子に含まれるイプシロン型酸化鉄系化合物の形状としては特に限定はないが、ロッド状や球状を例示することができる。なお、磁性材スラリーに含まれる溶媒としては、水溶性溶媒を用いることができる。さらに、必要に応じて添加剤を含んでもよい。
(2−5−1)イプシロン型酸化鉄系化合物がロッド状の場合
例えば、イプシロン型酸化鉄系化合物がロッド状の場合は、その形状は用途によっても変化するため一概に規定することは困難であるが、概ね、透過型電子顕微鏡観察において、半径方向の断面円形状の短軸長が5〜50nm、長手方向の長軸長が10〜1000nmのものが好ましく挙げられる。
【0038】
本発明では、ロッド状のイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が
溶液中に分散しているが、その磁性粒子の分散度合いを表す分散度を次式
【0039】
【数1】

【0040】
で表すことができる。
【0041】
ここで、観察平均粒径とは、ロッド状のイプシロン型酸化鉄系化合物の場合、イプシロン型酸化鉄系化合物の長軸長の平均値を意味する。
【0042】
因みに、動的光散乱法とは、溶液中に分散している粒子にレーザー光を照射し、その散乱光を解析することにより、溶液中に分散している磁性粒子の粒径を求めることができる手法である。
【0043】
このように分散度とは、透過型電子顕微鏡観察による観察平均粒径に対する動的光散乱法による平均粒径の比であり、数値が小さいほど凝集物が小さことを示すものである。
【0044】
そして、磁性材スラリーは、分散度が2よりも大きくなった場合、凝集物が大きくなり、当該磁性材スラリーを用いて形成した磁性薄膜の透明度が低下するため、分散度は5以下であることが好ましい。
(2−5−2)イプシロン型酸化鉄系化合物が球状の場合
一方、イプシロン型酸化鉄系化合物が球状の場合には、その形状は用途によっても変化するため一概に規定することは困難であるが、概ね、透過型電子顕微鏡観察において、その観察平均粒径が5〜500nmのものが好ましく挙げられる。ここで、観察平均粒径とは、球状のイプシロン型酸化鉄系化合物の場合、イプシロン型酸化鉄系化合物の粒径の平均値を意味する。
【0045】
イプシロン型酸化鉄系化合物が球状の場合には、磁性粒子の分散度合いを表す分散度を次式
【0046】
【数2】

【0047】
で規定し、上述と同様にその分散度が5以下であることが好ましい。
【0048】
(3)磁性材スラリーの製造方法
このように透明性及び絶縁性を有し、かつ永久磁石として機能する磁性薄膜を形成できる磁性材スラリーは、例えば、以下のように逆ミセル法及びゾルーゲル法を組み合わせて製造することができる。なお、100nm以下のシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子が合成できるのであれば、その合成方法は特に限定されない。
【0049】
具体的には、先ず始めにn−オクタンを油相とする溶液の水相に界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶解することによりミセル溶液を作製する。
【0050】
次いで、このミセル溶液に、硝酸鉄(III)を溶解すると共に、これに加えてカルシウムイオンを溶解することにより原料溶液を作製する。
【0051】
ここで原料溶液を作製する工程において、必要に応じてミセル溶液にカルシウムイオンを溶解させることが本発明の1つの特徴であり、ミセル溶液にカルシウムイオンを溶解させることができれば、例えば硝酸カルシウムや、塩化カルシウム、水酸化カルシウム等の各種組成物をミセル溶液に溶解しても良い。
【0052】
因みに、カルシウムイオンは、形状制御剤として機能し、適量を溶解させることにより、単相のε−Fe粒子をロッド状の形状にすることができる。しかし、生成する結晶の表層部にカルシウムイオンが残存することがある。この場合、残存するカルシウムイオンの含有量が8wt%を超えなければ、当該形状制御剤が他の物性に与える影響は、それ程強くはない。従って、原料溶液へは、形状制御剤としてカルシウムイオンを8wt%以下の量で添加することができる。
【0053】
また、原料溶液の作製とは別に、n−オクタンを油相とする溶液の水相に界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶解したミセル溶液に、アンモニア水溶液等の中和剤を混合して中和剤溶液を作製する。
【0054】
次いで、逆ミセル法によって、原料溶液と中和剤溶液とを攪拌混合することにより混合溶液を作製し、これにより混合溶液内において水酸化鉄系化合物粒子の沈殿反応を進行させる。
【0055】
次いで、混合溶液に対して、シラン化合物の溶液を適宜添加することで、ゾル−ゲル法により水酸化鉄系化合物粒子の表面にシリカによる被覆を施す。このような反応は混合溶液内で行われ、混合溶液内では、ナノオーダーの微細な水酸化鉄系化合物粒子の表面において加水分解が起こり、表面がシリカで被覆された水酸化鉄系化合物粒子(以下、これをシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子と呼ぶ)を作製できる。
【0056】
次いで、この製造方法では、図2に示すように、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を作製(ステップSP1)した後、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を混合溶液から分離して、大気雰囲気下において所定の温度(約950℃を超え1050℃未満の範囲内)で焼成処理する(ステップSP2)。なお、カルシウムイオンを溶解させていないとき、ステップSP2においては、約1050℃を超え1200℃未満の範囲内で焼成処理する。この焼成処理により、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子はシリカ殻内部での酸化反応により、微細なε−Fe粒子が生成される。
【0057】
すなわち、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子は、この酸化反応の際に、水酸化鉄系化合物粒子がシリカにより被覆されている点が、α−Feやγ−Feではなく、ε−Fe単相を生成するのに寄与していると考えられる。加えて、シリカによる被覆は、粒子同士の焼結を防止する作用を果たす。また、上述したように、適量の形状制御剤としてカルシウムイオンが共存していると、ロッド状のε−Fe粒子が単相粒子に成長し易くなる。
【0058】
因みに、上述した製造工程において原料溶液を作製する際に、ミセル溶液にAを適量溶解させることにより、ε−Feと同じ結晶構造を有しながら、Fe3+イオンサイトの一部が置換されたε−AFe2−x粒子の単相粒子を生成できる。また、上述した製造工程において原料溶液を作製する際に、ミセル溶液にB及びCを適量溶解させることにより、ε−Feと同じ結晶構造を有しながら、Fe3+イオンサイトの一部が置換されたε−BFe2−y−z粒子の単相粒子を生成できる。
【0059】
次いで、上述した製造工程によって作製した例えばε−Fe粒子からなる熱処理粉体を、NaOH水溶液中に添加して所定温度で所定時間攪拌した後、遠心分離装置により遠心分離処理を行う(ステップSP3)。続いて、これにより得られた沈殿物を回収して洗浄することで、ε−Fe粒子の表面を被覆しているシリカを除去する。
【0060】
そして、このような回収作業を所定回数(例えば2回)行うことにより(ステップSP4)、ε−Fe粒子の表面を被覆しているシリカを確実に除去する。
【0061】
続いて、超音波を照射してε−Fe粒子を分散させて(ステップSP5)、ドライプロセスを経由せずに水に分散させた状態のまま、pH調整及び固形分濃度調整を行う精製処理を行う(ステップSP6)。
【0062】
かくして、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が溶液中に分散するように含有され、この磁性粒子が、透過型電子顕微鏡観察による観察平均粒径に対する動的光散乱法による平均粒径の比が2以下となる磁性材スラリーを作製できる。
【0063】
そして、このような磁性材スラリーを用いて成膜対象に薄膜を形成することにより、透明性及び絶縁性を有し、かつ永久磁石として機能する磁性薄膜を形成できる(ステップSP7)。
【0064】
(4)動作及び効果
以上の構成において、本発明による磁性材スラリーの製造方法では、製造過程において形状制御剤としてカルシウムイオンを溶解した原料溶液を用いた場合、焼成処理後におけるシリカの結晶化を大幅に低下させることができ、水酸化鉄系化合物粒子の表面を被覆するシリカの膜厚を薄く形成できる。
【0065】
因みに、従来における磁性材スラリーでは、製造過程において形状制御剤として硝酸バリウムを溶解した原料溶液を用いていたことから、焼成処理した際に、水酸化鉄系化合物粒子を被覆しているシリカが硝酸バリウムを核として結晶化してしまい、結果として、後のNaOH水溶液を用いた回収作業では膜厚が厚くなったシリカの除去が困難であった。
【0066】
これに対して本発明の磁性材スラリーの製造方法では、製造過程において、焼成処理後のシリカの結晶化が大幅に低下してシリカの膜厚が薄く形成されることから、焼成処理後にNaOH水溶液を用いた回収作業を単にするだけで、残存したシリカを容易に除去でき、かくして、形状や磁化特性が変わらず、かつシリカの含有量のみが低減し、イプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む高純度の磁性粒子を容易に生成できる。
【0067】
ところで、従来における磁性材スラリーの製造方法では、製造過程において回収作業の後にε−Fe粒子の洗浄及び精製処理を行う際に、当該ε−Fe粒子を乾燥させて粉末状にするドライプロセスを行っていたことから、この乾燥によって強い粒子間相互作用による凝集作用が生じ、その結果、その後の溶液中でのε−Fe粒子の分散性が劣っていた。
【0068】
これに対して本発明による磁性材スラリーの製造方法では、製造過程においてε−Fe粒子の洗浄及び精製処理を行う際に、ドライプロセスを経由せずにε−Fe粒子に水分を残留させた状態のままにしたことにより、粒子間相互に働く凝集作用の発生を抑制でき、かくしてε−Fe粒子を99重量%以上含む磁性粒子の溶液内での分散性を向上させることができる。
【0069】
また、本発明による磁性材スラリーでは、製造過程において、原料溶液にカルシウムイオンを溶解する量を調整すると共に、上述したステップSP2における焼成処理の焼成温度を調整し、イプシロン型酸化鉄系化合物としてε−Fe粒子を生成することにより、長軸長が所定長さであるロッド状のε−Fe粒子を生成でき、かくしてε−Fe粒子の長手方向を所定の方向に向かせた磁性薄膜を形成して磁気異方性を発現させることができる。
【0070】
以上の構成によれば、イプシロン型酸化鉄系化合物の所望する形状に応じて、製造過程において形状制御剤としてカルシウムイオンを溶解した原料溶液を用い、焼成処理後におけるシリカの結晶化を大幅に低下させて、イプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子を生成できることから、結晶化したシリカによる光散乱を抑制して透明性を向上させることができる。
【0071】
また、これに加えて、製造過程において回収作業の後のε−Fe粒子の洗浄及び精製処理を行う際に、ドライプロセスを経由せずにε−Fe粒子に水分を残留させた状態のままにしたことにより、粒子間相互に働く凝集作用の発生を抑制し、ε−Fe粒子を99重量%以上含む磁性粒子の溶液内での分散性を向上させることができ、かくしてε−Fe粒子の沈殿を抑制して透明性を向上させることができる。従って、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な磁性薄膜を形成できる磁性材スラリー、磁性材スラリーの製造方法、磁性薄膜及び磁性体を提供できる。
【実施例】
【0072】
(5−1)実施例1
ここでは以下の製造工程により実施例1の磁性材スラリーを作製した。先ず始めにオクタン183mL、1−ブタノール36mL及び水60mLに、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウム35.2gを溶解してミセル溶液を作製した後、このミセル溶液に硝酸鉄3gと、形状制御剤である硝酸カルシウム4水和物0.352g(すなわち、鉄イオンとカルシウムイオンとがCa/Fe=0.2)とを溶解して原料溶液を作製した。
【0073】
そして、これとは別に、オクタン91.5mL、1−ブタノール18mL及び水10mLに界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウム17.6gを溶解してミセル溶液を作製した後、このミセル溶液に中和剤として25%アンモニア水10mLを混合して中和剤溶液を作製した。
【0074】
次いで、原料溶液に中和剤溶液を添加して混合溶液を作製した後、約30分反応させて水酸化鉄系化合物粒子を作製した。この混合溶液にテトラエトキシシラン15mLを添加して約20時間反応させて、水酸化鉄系化合物粒子の表面をシリカ(SiO)で被覆したシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を作製した。
【0075】
この前躯体たるシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を約1000℃で焼成する焼成処理を行って粉末化し熱処理粉体を作製した。次いで、この熱処理粉体を10wt%のNaOH水溶液中に添加して70℃で1日攪拌し、遠心分離機で遠心分離処理を行った後に沈殿物を回収して洗浄液で洗浄した。
【0076】
そして、洗浄した沈殿物をさらにもう一度、10wt%のNaOH水溶液中に添加して70℃で1日攪拌し、遠心分離機で遠心分離処理を行った後、沈殿物を回収して洗浄した。このようにして回収した沈殿物はシリカ(SiO)が除去されたε−Fe粒子であった。
【0077】
次いでこのε−Fe粒子をドライプロセスを経由せずに水分を残留させた状態のままpHを1.4に調整すると共に、固形分濃度を0.1wt%に調整(精製処理)した。このようしてε−Fe粒子を含有した実施例1の磁性材スラリーを作製した。
【0078】
そして、実施例1の磁性材スラリーに含まれるε−Fe粒子の組成分析を蛍光X線のバルクFP法で行った。その結果、ε−Fe粒子に含まれるSi成分は0.5wt%以下であった。このように実施例1の磁性材スラリーでは、後述する比較例1に比べてSi成分の濃度が大幅に低減したことを確認できた。
【0079】
またε−Fe粒子の形状及びサイズを透過型電子顕微鏡で観察した。ε−Fe粒子の形状はロッド状で、平均粒径は約130nmであった。また磁性材スラリーに1時間超音波を当てた後、動的光散乱法による平均粒径を測定するため、大塚電子株式会社製のゼータ電位測定機「ELS−8000」で平均粒径を測定したところ150nmであった。かくして、この実施例1におけるε−Fe粒子を含んだ磁性粒子は、上述した数1より、分散度が2以下となった。
【0080】
次に、得られたスラリーを遠心分離機で遠心分離処理し、上澄み液を捨て、次いで元の液量まで蒸留水を追加した後、再びε−Fe粒子の形状及びサイズを透過型電子顕微鏡で観察した。ε−Fe粒子の形状はロッド状で、長軸長が350nm、短軸長が25nm(共に粒子50個の平均値)であり、長軸/短軸比が14.0であった。
【0081】
(5−2)比較例1
ここでは以下の製造工程により比較例1の磁性材スラリーを作製した。先ず始めにオクタン183mL、1−ブタノール36mL及び水60mLに、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウム35.2gを溶解してミセル溶液を作製した後、硝酸鉄3gをミセル溶液に溶解すると共に、上述した実施例1の硝酸カルシウムに替えて形状制御剤として硝酸バリウム0.398g(Ba/Fe=0.2)をミセル溶液に溶解して原料溶液を作製した。
【0082】
因みに、この比較例1では、原料溶液を作製する際に、硝酸カルシウムに替えて硝酸バリウムを添加した点のみが上述した実施例1と異なるもので、以下の製造工程については実施例1と同じである。
【0083】
すなわち、これとは別に、オクタン91.5mL、1−ブタノール18mL及び水10mLに界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウム17.6gを溶解してミセル溶液を作製した後、このミセル溶液に中和剤として25%アンモニア水10mLを混合して中和剤溶液を作製した。
【0084】
次いで、原料溶液に中和剤溶液を添加して混合溶液を作製した後、約30分反応させて水酸化鉄系化合物粒子を作製した。この混合溶液にテトラエトキシシラン15mLを添加して約20時間反応させて、水酸化鉄系化合物粒子の表面をシリカ(SiO)で被覆した従来のシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を作製した。
【0085】
この前躯体たる従来のシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を約1000℃で焼成する焼成処理を行って粉末化し熱処理粉体を作製した。次いで、この熱処理粉体を10wt%のNaOH水溶液中に添加して70℃で1日攪拌し、遠心分離機で遠心分離処理を行った後に沈殿物を回収して洗浄した。
【0086】
そして、洗浄した沈殿物をさらにもう一度、10wt%のNaOH水溶液中に添加して70℃で1日攪拌し、遠心分離機で遠心分離処理を行った後、沈殿物を回収して洗浄した。このようにして回収した沈殿物はシリカ(SiO)が除去されたε−Fe粒子であった。
【0087】
次いで、このε−Fe粒子をドライプロセスを経由せずに水分を残留させた状態のまま、pHを1.4に調整すると共に、固形分濃度を0.1wt%に調整した。このようしてε−Fe粒子を含有した比較例1の磁性材スラリーを作製した。
【0088】
比較例1による磁性材スラリーに含まれるε−Fe粒子の組成分析を蛍光X線のバルクFP法で行った。ε−Fe粒子に含まれるSi成分は5wt%であった。このように比較例1の磁性材スラリーでは、Si成分が十分に除去されておらず、Si成分の量が実施例1に比べて高くなってしまうことが確認できた。
【0089】
またε−Fe粒子の形状及びサイズを透過型電子顕微鏡で観察した。ε−Fe粒子の形状はロッド状で、平均粒径は約140nmであった。また比較例1の磁性材スラリーに1時間超音波を当てた後、大塚電子株式会社製のゼータ電位測定機「ELS−8000」で粒子径を測定したところ1000nmであった。かくして、この比較例1におけるε−Fe粒子を含んだ磁性粒子は、上述した数1より、分散度が2以上となった。
【0090】
(5−3)比較例2
ここでは以下の製造工程により比較例2の磁性材スラリーを作製した。先ず始めにオクタン183mL、1−ブタノール36mL及び水60mLに、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウム35.2gを溶解してミセル溶液を作製した後、このミセル溶液に硝酸鉄3gを溶解すると共に、上述した実施例1と同じ硝酸カルシウム4水和物0.352gをミセル溶液に溶解して原料溶液を作製した。
【0091】
そして、これとは別に、オクタン91.5mL、1−ブタノール18mL及び水10mLに界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウム17.6gを溶解してミセル溶液を作製した後、このミセル溶液に中和剤として25%アンモニア水10mLを混合して中和剤溶液を作製した。
【0092】
次いで、原料溶液に中和剤溶液を添加して混合溶液を作製した後、約30分反応させて水酸化鉄系化合物粒子を作製した。この混合溶液にテトラエトキシシラン15mLを添加して約20時間反応させて、水酸化鉄系化合物粒子の表面をシリカ(SiO)で被覆したシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を作製した。
【0093】
そして、この比較例1の製造方法では、図3に示すように、シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を作製(ステップSP11)した後、この前躯体たるシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を約1000℃で焼成する焼成処理を行って粉末化し熱処理粉体を作製した(ステップSP12)。次いで、この熱処理粉体を10wt%のNaOH水溶液中に添加して70℃で1日攪拌し、遠心分離機で遠心分離処理を行った後に沈殿物を回収して洗浄した(ステップSP13)。
【0094】
そして、洗浄した沈殿物をさらにもう一度、10wt%のNaOH水溶液中に添加して70℃で1日攪拌し、遠心分離機で遠心分離処理を行った後(ステップSP14)、沈殿物を回収して洗浄した。このようにして回収した沈殿物はシリカ(SiO)が除去されたε−Fe粒子であった。
【0095】
次いで、この比較例2では、上述した実施例1及び比較例1と異なり、ε−Fe粒子を乾燥させるドライプロセスを行った(ステップSP15)。比較例2は、この点のみが実施例1と異なるものである。その後、乾燥させたε−Fe粒子を水に分散させ(ステップSP16)、pHを1.4に調整した溶液中に添加して混合し固形分濃度0.1wt%になるように調整(精製処理)した。その後、超音波を照射して(ステップSP17)、ε−Fe粒子を含有した比較例2の磁性材スラリーを作製した(ステップSP18)。
【0096】
そして、比較例2による磁性材スラリーに含まれるε−Fe粒子の組成分析を蛍光X線のバルクFP法で行った。ε−Fe粒子に含まれるSi成分は0.5wt%以下であった。このように比較例2の磁性材スラリーでは、上述した実施例1と同じようにSi成分の量を大幅に低減できることが確認できた。
【0097】
しかしながら、比較例2の磁性材スラリーに超音波を約1時間当てたが(ステップSP17)、完全には分散せず沈殿を生じた状態であった。このように製造過程においてドライプロセスを経由したことにより、分散性が劣ることが確認できた。
【0098】
(5−4)観測結果
実施例1及び比較例1の試料を粉末X線回折(XRD)に供したところ、図4に示す回折パターンが得られた。なお、図4においては、実施例1を「Ca/Fe=0.2 1000℃焼成」と示し、比較例1を「Ba/Fe=0.2 1000℃焼成」と示す。
【0099】
この場合、実施例1及び比較例1ともにε−Feの結晶構造に対応するピークを示した。また、実施例1では、比較例1と比較してシリカ(図中「クォーツ」と表示されている)のピークが顕著に表れ難くなったことから、Si成分が低減したことが確認できた。
【0100】
比較例1では逆ミセル・ゾルーゲル法により硝酸バリウムを添加することによりロッド状のε−Fe粒子を作製できた。しかしながらこの比較例1では、焼成処理した際に水酸化鉄系化合物粒子の表面を覆っているシリカ(SiO)が硝酸バリウムを核として結晶化してしまい、結果として後のNaOH処理によるシリカの除去が困難となった。
【0101】
そこで、実施例1では、硝酸バリウム以外の形状制御剤の添加を試みた。ここで、鉄は3価であることから、同じ3価の材料を添加すると、鉄サイトと置換して磁化特性を変化さえる可能性があるため、硝酸バリウムと同じ2価の金属塩である硝酸カルシウム(Ca2+/Fe2+=0〜0.4mol/mol)を対象とした。
【0102】
その結果、焼成処理後のシリカの結晶化を大幅に低下させることができ、同様のNaOH処理をするだけで、ε−Fe粒子の磁性特性や形状についてもほとんど変えることなく、残存したSi量のみを比較例1よりも1/10程度に下げることができた。
【0103】
一方、比較例2において、ε−Fe粒子の一部は分散したが、大部分は沈殿したままであった。このような分散不良は、単離精製したε−Fe粒子を製造過程で一度乾燥させるドライプロセス(図3のステップSP15)を行ったことにより生じる強い粒子間相互作用による凝集作用が原因であると考えられた。
【0104】
そこで実施例1では、製造過程でε−Fe粒子を乾燥させるドライプロセスを経由せず、常に水分を残留させた状態で洗浄及び精製処理を行ったことにより、強い凝集体発生を抑制できた。かくして、実施例1では、超音波処理を行わなくとも、沈殿物の発生を抑制することができ、簡単な超音波処理によってさらに分散性を向上させることができた。
【0105】
ここで、図5は、実施例1の磁性材スラリーを用いて磁性薄膜を、成膜対象としてのPETフィルムに成膜した際のヘイズ(Hz)の膜厚依存性(図中、「新法」と記載)と、比較例2の磁性材スラリーを用いて磁性層をPETフィルムに成膜した際のヘイズの膜厚依存性(図中、「旧来法」と記載)とを示している。
【0106】
このように実施例1では、膜厚を0.1μmにしてもヘイズを30%以下にでき、また膜厚を10μmにしてもヘイズを40%以下にできることが、ヘイズと膜厚との増加傾向から確認できた。また、実施例1では、比較例2に比べて膜厚の増加に伴ってヘイズがなだらかに増加してゆくことから、膜厚を厚く形成していっても透明性を容易に維持できることが確認できた。因みに、かかる実施例1では、抵抗値が1.35×1016Ωであったことから、絶縁性を有することが確認できた。
【0107】
また、図6(A)及び(B)は、上述した実施例1のε−Fe粒子ではなく、実施例1と同じ製造方法によって作製されたε−Al0.42Fe1.58粒子の室温における磁気ヒステリシスループ及びファラデー効果を示すグラフである。
【0108】
ここでは、ε−Al0.42Fe1.58粒子を含有した磁性材スラリーを、上述した実施例1と同じ製造方法で作製し、この磁性材スラリーを用いてサンプルサイズとして大きさ7×12mmの磁性薄膜を成膜対象に成膜し、磁気ヒステリシスループ及びファラデー効果について解析した。この図6(A)及び(B)からも明らかなように、上述した製造方法により作製された磁性材スラリーは磁性特性を有し、かつ永久磁石として機能するハードフェライト層を形成できることが確認できた。
【0109】
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、ε−Fe粒子がロッド状に形成されることから、外部磁場によって当該ε−Fe粒子の配向状態を制御した後に固定し、ε−Fe粒子の長手方向を所定の方向に向かせた磁性薄膜を形成して磁気異方性を発現させるようにしても良い。
【0110】
この場合、例えば、ε−Fe粒子を横倒させてその長手方向が成膜対象の面と平行になるように配向させて面内磁化状態にしたり、或いはε−Fe粒子を成膜対象に立設させてその長手方向が成膜対象の面と垂直になるように配向させて垂直磁化状態にすることで、所望のヒステリシスの特性を有する磁気異方性を発現した磁性薄膜を容易に形成することができる。次に、上述した本発明による製造方法において、Ca/Fe比と、ステップSP2における焼成処理を行う際の焼成温度とを変えてを実施例2〜9と、比較例3〜6となる磁性スラリーを作製し、これらの磁気特性と、精製処理後におけるε−Fe粒子の短軸長及び長軸長とを調べた。
【0111】
その結果、下記の表1のような結果が得られた。
【0112】
【表1】

【0113】
(5−5)実施例2
ここで実施例2は、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を1025℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例2による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、精製処理後の短軸長(表1中これを精製後短軸長と呼ぶ)が30nm、精製処理後の長軸長(表1中これを精製後長軸長と呼ぶ)が600nm及び長軸/短軸比が20.0となり、ロッド状であることを確認した。
【0114】
(5−6)実施例3
実施例3は、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を975℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例3による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が20nm、長軸長が170nm及び長軸/短軸比が8.5となり、ロッド状であることを確認した。
【0115】
(5−7)実施例4
実施例4は、ミセル溶液に添加する硝酸カルシウム4水和物の量を0.176g(Ca/Fe=0.1)に変更し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を975℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例4による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が15nm、長軸長が90nm及び長軸/短軸比が6.0となり、ロッド状であることを確認した。
【0116】
(5−8)実施例5
実施例5は、ミセル溶液に添加する硝酸カルシウム4水和物の量を0.176g(Ca/Fe=0.1)に変更したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例5による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が20nm、長軸長が130nm及び長軸/短軸比が6.5となり、ロッド状であることを確認した。
【0117】
(5−9)実施例6
実施例6は、ミセル溶液に添加する硝酸カルシウム4水和物の量を0.176g(Ca/Fe=0.1)に変更し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を1025℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例6による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が20nm、長軸長が140nm及び長軸/短軸比が7.0となり、ロッド状であることを確認した。
【0118】
(5−10)実施例7
実施例7は、ミセル溶液に硝酸カルシウム4水和物を添加せずに原料溶液を作製し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を1100℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例7による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が15nm、長軸長が20nm及び長軸/短軸比が1.3となり、粉状であることを確認した。
【0119】
(5−11)実施例8
実施例8は、ミセル溶液に添加する硝酸カルシウム4水和物の量を0.528g(Ca/Fe=0.3)に変更し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を1025℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例8による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が30nm、長軸長が600nm及び長軸/短軸比が20.0となり、ロッド状であることを確認した。また、この実施例8では、僅かに磁気特性が低下するものの、実用上問題ない程度であることが確認できた。
【0120】
(5−12)実施例9
実施例9は、ミセル溶液に添加する硝酸カルシウム4水和物の量を0.528g(Ca/Fe=0.3)に変更し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を975℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この実施例8による磁性スラリー内のε−Fe粒子は、短軸長が20nm、長軸長が160nm及び長軸/短軸比が8.0となり、ロッド状であることを確認した。
【0121】
(5−13)比較例3
比較例3は、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を950℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この比較例3による磁性スラリーでは、γ相の磁性粒子が混在し、磁気特性が大きく低下したことが確認できた。
【0122】
(5−14)比較例4
比較例4は、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を1050℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この比較例4による磁性スラリーでは、α相の磁性粒子が混在し、磁気特性が大きく低下したことが確認できた。
【0123】
(5−15)比較例5
比較例5は、ミセル溶液に硝酸カルシウム4水和物を添加させずに原料溶液を作製し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を1050℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この比較例5による磁性スラリーでは、γ相の磁性粒子が混在し、磁気特性が大きく低下したことが確認できた。
【0124】
(5−16)比較例6
比較例6は、ミセル溶液に添加する硝酸カルシウム4水和物の量を0.704g(Ca/Fe=0.4)に変更し、かつ、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を975℃に設定したこと以外は、実施例1の条件と同じ条件で磁性スラリーを作製した。この比較例6では、ロッド状のεフェライトが得られたものの、残留するカルシウムイオンの含有率が8wt%を大きく超え、磁気特性が著しく低下したことが確認できた。従って、残留するカルシウムイオンの含有率は、「(3)磁性材スラリーの製造方法」において上述したように、8wt%以下であることが望ましいことが確認できた。
【0125】
因みに、比較例6において、上述したステップSP2における焼成処理における焼成温度を約1000℃以上1050℃以下の任意の焼成温度に設定した場合には、ロッド状のεフェライトが得られたものの、残留するカルシウムイオンの含有率が8wt%を大きく超え、磁気特性が著しく低下したことが確認できた。また、表1に示すように、これら以外の条件により磁性スラリーを作製した場合には、α相やγ相、混相等の磁性粒子が生成され、イプシロン型酸化鉄系化合物が生成されないことが確認できた。
【0126】
また、この検証試験では、上述した実施例1〜6と実施例8及び9において、焼成温度を高くしてゆくに従って長軸/短軸比の値が高くなっていることから、焼成温度を高くすることで長軸長が長くなることが確認できた。
【0127】
さらに、ロッド状のイプシロン型酸化鉄系化合物を含有し、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な薄膜を形成できる磁性材スラリーを作製する場合には、上述した表1から、鉄イオンとカルシウムイオンとをCa/Fe=0.1〜0.3の範囲内で溶解し、かつ焼成処理において約950℃を超え1050℃未満の温度で焼成させることが好ましいことが確認できた。
【0128】
また、粉状のイプシロン型酸化鉄系化合物を含有し、絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能し、かつ透明な薄膜を形成できる磁性材スラリーを作製する場合には、原料溶液にカルシウムイオンを添加させず、かつ焼成処理において約1050℃を超え1200℃未満の温度で焼成させることが好ましいことが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0129】
【図1】本発明による磁性体の全体構成を示す概略図である。
【図2】本発明による磁性材スラリーの製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図3】比較例2の磁性材スラリーの製造方法の概略を示すフローチャートである。
【図4】磁性体の透明性に及ぼす膜厚依存性を示すグラフである。
【図5】実施例及び比較例1における試料のXRDスペクトルの解析結果を示すグラフである。
【図6】ε−Al0.42Fe1.58粒子を用いたときの磁気ヒステリシスループ及びファラデー効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が溶液中に分散するように含有されており、
前記磁性粒子は、透過型電子顕微鏡観察による観察平均粒径に対する動的光散乱法による平均粒径の比が5以下である
ことを特徴とする磁性材スラリー。
【請求項2】
前記イプシロン型酸化鉄系化合物は、ε−Fe粒子、ε−AFe2−x(但し、AはFeを除く元素、0<x<2)及びε−BFe2−y−z粒子(但し、B及びCは、A及びFeを除く元素であり、かつ互いに異なる元素、0<y<1、0<z<1)のうち少なくともいずれか1種からなる
ことを特徴とする請求項1記載の磁性材スラリー。
【請求項3】
液中に中和剤を添加した中和剤溶液と、原料溶液とを混合することにより混合溶液を作製して、該混合溶液内で水酸化鉄系化合物粒子の沈殿反応を進行させる工程と、
前記混合溶液内にシラン化合物を添加して前記水酸化鉄系化合物粒子の表面をシリカで被覆したシリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を生成する工程と、
前記シリカ被覆水酸化鉄系化合物粒子を前記混合溶液から分離した後、所定の温度で焼成することにより熱処理粉体を生成する工程と、
前記熱処理粉体を水溶液中に投入して前記熱処理粉体の表面を覆っていた前記シリカを除去してイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子を作製した後、ドライプロセスを経由せずに水分を残留させた状態のまま精製処理する工程と
を備えることを特徴とする磁性材スラリーの製造方法。
【請求項4】
前記原料溶液は、液中にカルシウムイオンが含まれている
ことを特徴とする請求項3記載の磁性材スラリーの製造方法。
【請求項5】
前記原料溶液は、鉄イオンと前記カルシウムイオンとがCa/Fe=0.1〜0.3の範囲内で溶解されて生成され、
前記熱処理粉体は、約950℃を超え1050℃未満の温度で焼成されて生成され、
前記イプシロン型酸化鉄系化合物はε−Fe粒子である
ことを特徴とする請求項4記載の磁性スラリーの製造方法。
【請求項6】
前記原料溶液はカルシウムイオンが添加されずに作製され、
前記熱処理粉体は、約1050℃を超え1200℃未満の温度で焼成されて生成される
ことを特徴とする請求項3記載の磁性スラリーの製造方法。
【請求項7】
絶縁性を有すると共に、永久磁石として機能するイプシロン型酸化鉄系化合物を99重量%以上含む磁性粒子が分散するように配置され、10μmまでの膜厚範囲で形成した場合のヘイズが40%以下である
ことを特徴とする磁性薄膜。
【請求項8】
前記イプシロン酸化鉄系化合物は、ε−Fe粒子、ε−AFe2−x(但し、AはFeを除く元素、0<x<2)及びε−BFe2−y−z粒子(但し、B及びCは、A及びFeを除く元素であり、かつ互いに異なる元素、0<y<1、0<z<1)のうち少なくともいずれか1種からなる
ことを特徴とする請求項7記載の磁性薄膜。
【請求項9】
請求項7または8に記載の磁性薄膜を成膜対象に備える
ことを特徴とする磁性体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−206476(P2009−206476A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225121(P2008−225121)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000120010)宇部日東化成株式会社 (203)
【Fターム(参考)】