説明

磁性複合粉末、およびその製造方法

【課題】 絶縁性かつ耐酸化性皮膜を有する酸化物と金属Feの軟磁性の磁性複合粉末の提供、ならびにその製法を得る。
【解決手段】 金属元素MとFeを含む酸化物M−Fe−Oから成る粉末を熱処理して部分的に還元することによって得られる、金属Feと酸化物が共存した磁性複合粉末の製造方法。酸化物のギブスの生成自由エネルギー(酸素分子1モルあたり)のΔGがΔGM−O<ΔGFe−Oの関係を満たす金属元素Mを含んだ酸化物M−Fe−O粉末が出発原料であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物と鉄の複合体である磁性複合粉末、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チョークコイルやインダクタ素子、トランス等の磁心材料として軟磁性のフェライトや金属材料が用いられている。近年の電子部品においては小型で高周波でも低損失で駆動することが要求されており、動作電流は大電流化する傾向にある。これらの要求に応えるためには従来のフェライトに比べて飽和磁化が大きい金属材料が望まれている。飽和磁化が大きければ小型化が実現するだけでなく、例えばインダクタ用途の場合は直流重畳特性を大電流領域まで維持することができるので、大きな動作電流にも対応することができる。
【0003】
しかし、金属材料は電気抵抗が低いために、渦電流が流れやすく、渦電流損失が発生してしまう。渦電流損失は周波数の二乗に比例するため、特に高周波磁界の下では損失が大きくなってしまう(実部の透磁率が低下してしまう)。このため、金属材料をバルク体のまま用いることが困難であった。これを解決するべく、たとえばFe系合金の粉末間を樹脂によって絶縁した状態で成形することで、50kHzの高周波でもコアロスの低い圧粉磁心が開発されている(特許文献1)。
【0004】
また、金属材料の粉末を圧粉して成形すると、金属粉末内部に応力歪みが残存して磁気特性の劣化を招く。すなわち保磁力が増大してしまい、ヒステリシス損失が増加してしまう。ヒステリシス損失を低減するためには成形体を熱処理して応力歪みを除去しなければならない。この熱処理において粉末間絶縁に用いた樹脂が分解する問題を回避するため、樹脂ではなく水ガラスが用いられることが特許文献2に報告されている。また、ヒステリシス損失を極小とすべく、磁気異方性の小さいアモルファス材料や金属粉末をナノ結晶サイズまで微細化したナノ結晶材が開発されている。
【0005】
すなわち軟磁性材料として、近年では高磁化でなおかつ高周波用途で安定に使用でき、低損失であることを兼ね備えた金属材料が望まれている。これを実現すべく金属粉末を絶縁処理して成形する圧粉磁心が開発されている。用途に応じて直流重畳特性、成形性、低損失や圧環強度といった様々な特性を同時に満たすことが重要であり、金属組成や粉末性状、成形条件等の工夫が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−274300号公報(表1)
【特許文献2】特開昭56−155510号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のフェライトよりも高磁化が得られるFe系金属材料が望まれているが、金属材料は電気抵抗が低いため渦電流が流れやすい。そこで絶縁皮膜を施した金属粉末を圧縮して所望の成形体を得る。Feなどの金属粉末は非常に酸化活性であるため、粒子表面の皮膜は絶縁性だけでなく酸化防止の役割を担うことが好ましい。従来は10μm以上の粗大な鉄粉を絶縁皮膜処理していたが、鉄粉が更に細粒化すると容易に酸化してしまうため取り扱いが困難となる課題があった。また微粒子表面を均一に被覆することが難しく、耐酸化性が不十分となる課題があった。このため微粒子の用途では高磁化な金属材料を活用できないという問題があった。
【0008】
本発明の目的は、絶縁性かつ耐酸化性皮膜を有する酸化物と金属Feの軟磁性の磁性複合粉末の提供、ならびにその製法を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、金属Feに耐酸化性を付与するために、酸化物の母相中にFe粒子を分散させた構造を創製することを検討し、酸化物M−Fe−O中のFe−O結合を部分的に還元するものである。酸化物M−Fe−Oを出発原料とすることで、Fe原子は材料内に均一に存在しており、生成物におけるFe粒子の分散が均一になる。酸化物M−Fe−Oは、元素M及びFeを含有する酸化物を指す。
【0010】
その具体的手段について以下に述べる。本発明は、金属元素MとFeを含む酸化物M−Fe−Oから成る粉末を熱処理して部分的に還元することによって得られる、金属Feと酸化物が共存した磁性複合粉末、およびその製造方法である。熱処理の温度は、673K〜1673K(400℃〜1400℃)の範囲内であることが望ましい。673K以下であると、酸化物M−Fe−Oから成る粉末を十分還元することができない。本発明においては前記酸化物を固相還元するため、673K以上の温度が必要となる。熱処理温度が1673K以上となると還元されたFeが過剰に焼結粒成長してしまい、酸化物の母相中にFe粒子が分散した組織とならないので好ましくない。
【0011】
金属元素Mは、酸化物についてのエリンガムダイアグラムにおいてギブスの生成自由エネルギーΔGがΔGM−O<ΔGFe−Oの関係を満たす元素である。酸化物M−Fe−O粉末においてM−OがFeの酸化物よりも安定であれば、M−Fe−O中のFeだけを部分選択的に還元することができる。
【0012】
さらに金属元素MはAl、Mn、Mg、Ti、Znの少なくとも一つから選ばれ、酸化物M−Fe−OはMFe、FeM、またはFeMOの化学式で表される酸化物であることを特徴とする。
【0013】
前記酸化物M−Fe−O粉末を還元するために、還元剤を用いる。還元剤は酸化鉄を十分還元しうる材料を熱力学的な考察から選出して用いる。酸化物M−Fe−O粉末を均一に還元するため、還元剤も粉末として均一に混合した上で固相還元反応させるのが好ましい。酸化物M−Fe−O粉末と還元剤粉末の混合粉を非酸化性雰囲気中で加熱して反応させることで、本発明の複合粉末が得られる。
【0014】
本発明の複合粉末は、金属Feが酸化物で保護されているため、優れた耐酸化性を示す。すなわち大気中で加熱昇温する熱重量分析において、重量増加率が1mass%に到達する温度が700K以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高磁化金属Feを包含し、なおかつ絶縁性及び耐酸化性に優れた軟磁性の磁性複合粉末を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】試料粉末に係るX線回折パターンである。
【図2】温度とTGの関係を示すグラフである。
【図3】図2の一部を拡大したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態を詳細に説明する。
(1)出発原料
出発原料として金属Mを含む酸化鉄M−Fe−O粉末を用いる。還元後のFeが均一に酸化物で覆われるためには、出発原料中にFeが均一に分散していることが好ましい。そのためには酸化鉄と酸化物M−Oの混合粉よりも三元化合物(すなわちM−Fe−O)となっていることが好ましい。金属元素Mとしては、その酸化物M−Oが酸化鉄よりも安定であることが好ましい。すなわち酸素分子1モルあたりの酸化物についてのギブスの生成自由エネルギーが、下記式1の関係を満たしていればよい。
ΔGM−O<ΔGFe−O (式1)
室温だけでなく広い温度範囲について上記関係を示しているのは「エリンガムダイアグラム」である。これは酸素1モルあたりの酸化物の生成自由エネルギーを温度の関数として示したものである。式1の関係が室温で満たされている必要はなく、所定の温度範囲で満たされていればよい。
【0018】
式1を満たす金属Mとしては、B、Na、Mg、Al、Si、K、Ca、V、Cr、Mn、Zn、Ga、Sr、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、Hf、Taが好ましく、より好ましくはAl、Mn、Mg、Ti、Znである。酸化物M−Fe−Oを表す化学式は、MFe、FeM、またはFeMOの化学式であることが好ましい。前記遷移金属の場合は、FeAl、MnFe、MgFe、FeTiOなどが挙げられる。価数に分けて記載した場合、[MO][Fe]、[FeO][M]、[FeO][MO]と表される。ここで式1の関係を考えると、例えばMFeの場合はMOとFeのΔGをそれぞれ比較すればよい。
【0019】
酸化物M−Fe−O粉末の平均粒径は0.01〜100μmの範囲が好ましい。0.01μm未満であると粉末としての取り扱いが煩雑となるだけでなく、分散性が著しく低下して還元剤と均一に混合することが困難となる。100μmを超えると粒子内部まで還元反応を進行させることが難しくなる。
【0020】
(2)還元剤
本発明では還元剤として固体粉末を用いる。還元剤となる元素をRとすると、その酸化物の生成自由エネルギー(酸素分子1モルあたり)が下記式2を満たすことが好ましい。
ΔGR−O<ΔGFe−O (式2)
式2は式1と同等であり、RとしてはC、B、Na、Mg、Al、Si、K、Ca、V、Cr、Mn、Zn、Ga、Sr、Ti、Y、Zr、Nb、Ba、Hf、Taなどが好ましい。生成物中の金属Fe含有率を高くするためには、還元反応の副生成物が除去可能であることが好ましい。このことから、還元剤としてより好ましくはC、Ca、Naである。Cの場合は副生成物が炭酸ガスなどとなって気化する。CaやNaはCaOやNaOとなって水に溶けるため除去しやすい。ここで粉末としては、CaやNaの代わりに安定に存在するCaHやNaHの化合物を用いてもかまわない。還元剤の粉末粒径は0.01〜100μmが好ましい。0.01μm未満であると粉末としての取り扱いが煩雑となるだけでなく、分散性が著しく低下して酸化物M−Fe−O粉末と均一に混合することが困難となる。また100μmを超えると、たとえ酸化物M−Fe−O粉末と均一に混合できたとしても微視的には還元剤成分が偏析し、反応が不均一となって好ましくない。
【0021】
(3)反応条件
前記酸化物粉末と前記還元剤粉末の混合物は、非酸化性雰囲気中で所定の温度で熱処理することが好ましい。所定の温度とは、式2を満たす温度である。低温であれば保持時間を長くする必要があり、高温であれば短時間で還元反応が進行する。
【0022】
(4)生成物の耐酸化性評価
このようにして得られた酸化物と金属Feの複合磁性粉末は、優れた耐酸化性を示す。耐酸化性を測定する手段としては、大気中で加熱して酸化に伴う重量増分を分析する手法、大気中で加熱しながら磁化の温度変化を測定する手法、恒温恒湿試験器に所定の時間放置して磁化の変化を測定する手法、などが挙げられる。特に酸化にともなう重量増分は熱重量測定(TG測定)により精度よく分析することができるので好ましい。本発明においては、熱重量分析において重量増分が1mass%となる温度を「耐酸化温度」と定義して用いた。
【0023】
以上の手法で得られる複合磁性粉末は耐酸化性に優れるだけでなく、金属Feを取り囲む酸化物が磁性材料であるため、軟磁気特性にも優れる。一般に磁性粉末を成形して得られる磁性体の透磁率は磁性粉末の充填率が小さいと低下してしまう。磁性粉末が金属の場合は、耐酸化性の向上や渦電流損失の抑制を目的とした粉末間絶縁のために非磁性の絶縁材料を粉末間に介在させる。この非磁性絶縁材料は磁性粉末間の磁気的結合を阻害し、磁性粉末充填率の低下を招き、しいては透磁率も低下してしまう。特に金属Fe粒径が微細な場合はこの傾向が著しくなり好ましくない。ところが本発明の複合磁性粉末においては金属Fe粒子を取り囲む酸化物が磁性材料であるため、耐酸化性および絶縁性を維持しながら金属Fe粒子間を磁気的に結合でき、透磁率の低下を抑制することができる。
【0024】
本発明の複合磁性粉末の製造方法によれば、出発原料として磁性酸化物を用いた場合は磁性酸化物の中に部分的に金属Feを析出させることができる。すなわち当該製造方法は、酸化物と金属からなる複合磁性材料を簡便に得られる手法である。これにより従来フェライトよりも高磁化でなおかつ従来金属粉末圧粉体よりも高抵抗の軟磁気特性に優れた磁心材料を提供することができる。
【実施例】
【0025】
(実施例1)
メタチタン酸鉄(II)粉末(FeTiO、325メッシュアンダー、三津和化学薬品製)と水素化カルシウム粉末(CaH、Wako製)を質量比で1:1となるように配合し、乳鉢で混合した。得られた混合粉をアルミナボートに載せて、窒素雰囲気中において1273K(1000℃)で2時間熱処理した。熱処理後の粉末を水洗後、乾燥させた試料粉末をX線回折測定した。結果を図1に示す。また得られた試料粉末の磁気特性を振動試料型磁力計(VSM、理研電子製)で測定した。結果を表1に示す。
【0026】
(実施例2)
メタチタン酸鉄(II)粉末の代わりにマグネシウムフェライト粉末(MgFe、高純度化学研究所製)を用いた以外は実施例1と同様にして試料粉末を作製し、X線回折パターンと磁気特性を評価した。X線回折パターンを図1に、また磁気特性を表1に示す。
【0027】
(実施例3)
メタチタン酸鉄(II)粉末の代わりにマンガンフェライト粉末(MnFe、高純度化学研究所製)を用いた以外は実施例1と同様にして試料粉末を作製し、X線回折パターンと磁気特性を評価した。X線回折パターンを図1に、また磁気特性を表1に示す。
【0028】
(実施例4)
メタチタン酸鉄(II)粉末の代わりに亜鉛フェライト粉末(ZnFe、高純度化学研究所製)を用いた以外は実施例1と同様に混合し、熱処理温度を1473Kとして実施例1と同様にして熱処理した。得られた試料粉末の磁気特性を実施例1と同様に測定した。結果を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
実施例1から4の各粉末は、いずれもX線回折パターンにおいてα−Fe相と出発原料に含まれている金属Mの酸化物の回折ピークが出現しており、部分還元が実現していることを示す。
【0031】
また耐酸化性を評価するため、リガク製TAS200を用い、各試料粉末について熱重量(TG)分析を行なった。実施例1から3の各試料粉末30mgをアルミナカプセルに充填し、室温から1273Kまで10K/minの速度で大気中昇温しながらTG分析した。各試料における重量増分比が1mass%となる温度(耐酸化温度:表1では耐熱温度に相当する)を表1にまとめた。また実施例2と3の試料については得られたTG曲線を図2及び図3に示す。横軸は温度(K)であり、縦軸は熱重量分析による重量増分である。図3の縦軸の1%は1mass%である。
【0032】
(比較例1)
シリカで被覆されたカルボニルFe粉(SQ、BASF製)30mgを用いた以外は実施例と同様にTG分析を行なった。得られた耐酸化温度を表1に、TG曲線を図2及び図3に示す。重量の増分(=TG曲線の立ち上がり)は試料粉末の酸化を示す。試料重量が1mass%に到達する耐酸化温度は、比較例1では585Kに対して実施例ではいずれも700K以上の高温である。実施例の粉末は、金属Feが酸化物で保護されているため比較例1の鉄粉よりも耐酸化性に優れる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、チョークコイルやインダクタ素子、トランス等の磁心材料の製造に好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属元素MとFeを含む酸化物M−Fe−Oから成る粉末を熱処理して部分的に還元することによって得られる、金属Feと酸化物が共存した磁性複合粉末の製造方法。
【請求項2】
酸化物のギブスの生成自由エネルギー(酸素分子1モルあたり)のΔGがΔGM−O<ΔGFe−Oの関係を満たす金属元素Mを含んだ酸化物M−Fe−O粉末が出発原料であることを特徴とする、請求項1に記載の磁性複合粉末の製造方法。
【請求項3】
金属元素MはAl、Mn、Mg、Ti、Znの少なくとも1つから選ばれ、酸化物M−Fe−OはMFe、FeM、またはFeMOのいずれかの化学式で表される酸化物であることを特徴とする、請求項2に記載の磁性複合粉末の製造方法。
【請求項4】
前記出発原料に、C、Ca、Na、CaH、NaHから選ばれる少なくとも1種を加えることを特徴とする、請求項2又は3に記載の磁性複合粉末の製造方法。
【請求項5】
大気中で加熱昇温する熱重量分析において、重量増加率が1mass%に到達する温度が700K以上であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれかの製造方法で得られる磁性複合粉末。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−208184(P2011−208184A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−74625(P2010−74625)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】