説明

磁気媒体

【課題】20kOe以上の保磁力を持つ磁気媒体を提供する。
【解決手段】高配向磁性薄膜が、L10構造を有する島状微結晶が相互に不連続に並置されてなることを特徴とする構成を採用した。基板温度を上昇させて原子拡散の活発な温度領域で基板上に合金薄膜をスパッタ成膜することによって、20kOe以上の保持力を持つ磁気媒体を提供。電子顕微鏡により観察されたFePt薄膜の微細構造からは、FePt微粒子の形状が島状になっていることが確認され、個々の島は互いに完全に孤立している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、基材表面に高配向磁性薄膜を形成した磁気媒体に関するもので、具体的には磁気記録媒若しくは微小回路の磁界発生用磁石(これらを総称して磁気媒体という)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報化社会の発展に伴い、大量の情報を処理および記憶することの可能な超高密度磁気記録媒体の開発が切望されている。超高密度磁気記録媒体に必要とされる特性には、
1)磁気記録媒体を構成する磁性体が磁気的に孤立した微粒子構造であること、
2)磁性体微粒子が熱擾乱に打ち勝つこと、そして、
3)一方向に配向していることが挙げられる。
これらの特性を実現して磁気記憶媒体を製造する方法として、化学的な方法および機械的な方法が公知である。化学的な方法においては、有害廃棄物、結晶配向制御、製造コスト等の問題がある。また、リソグラフィーなどに代表される機械的方法においては、製造時間およびコストの問題が技術的課題として残されており、いずれの方法においても工業的に大量生産することは困難である。
【0003】
磁気記録媒体の高密度化を行うためには、強磁性微粒子のサイズを小さくする必要がある。しかし、強磁性微粒子のサイズを小さくすることで、熱擾乱による超常磁性化の影響を受けやすくなり、その結果、磁気記録が不安定となるという問題がある。
【0004】
一方、L10構造を有するFePt規則相は7×106J/m3という高い一軸磁気異方性を有するためにナノサイズの超微細粒子であっても強磁性を維持することができ、このため次世代の超高密度磁気記録媒体用材料として期待されている。
この材料で単磁区粒子を生成した場合においては、磁化回転による保磁力2Ku/Msは120kOeにも達するものと理論的には考えられるが、現実には、そのような高い保磁力は実現することは不可能である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、この出願の発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、20kOe以上の保磁力を持つ磁気媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、基材表面に高配向磁性薄膜を形成した磁気媒体であって、前記薄膜が、L10構造を有する島状微結晶が相互に不連続に並置されてなることを特徴とする磁気媒体を提供する。
【発明の効果】
【0007】
この出願の発明によって、20kOe以上の保磁力を持つ磁気媒体を提供することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
この出願の発明は、上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下に、その実施の形態について説明する。
【0009】
この出願の発明は、磁気的に孤立した微粒子構造を備えた高配向磁性薄膜をもつ磁気媒体であり、その製造方法は以下の通りである。
薄膜が(1)核生成→(2)島状→(3)連続状という初期成長過程を経て成長することに着目し、基板温度を上昇させて原子拡散の活発な温度領域において、基板上に合金薄膜をスパッタ成膜するものである。このとき、合金薄膜を形成する合金微粒子は島状となって形成される。
【0010】
また、基板とエピタキシャル成長させることにより、膜面に垂直方向に一軸磁気異方性を有するL10構造を持つ合金薄膜が製造される。
【0011】
基板上に成膜される合金薄膜は、FeおよびCoのうちの少なくとも1種類の金属と、PtおよびPdのうちの少なくとも1種類の金属との合金薄膜からなるものである。
【0012】
高保磁力を示す合金薄膜を形成するためには、高い一軸磁気異方性を有する規則化したL10型構造を有する合金を生成する必要がある。工業的に広く用いられているスパッタ法や蒸着法などの気相急冷法などにより合金薄膜を成膜すると、磁気異方性の小さい不規則相であるfcc合金相の薄膜が形成されることになる。完全に規則化した合金微粒子を島状に成長させるためには、スバッタ成膜時の基板温度を650℃以上に維持する必要がある。
【0013】
高保磁力を示す合金薄膜を合成するには、島状の合金微粒子の磁化過程が磁壁移動よりも磁化回転が支配的となる組織を有する必要があることから、合金薄膜の膜厚が45nm以下となるようにスパッタ成膜が行われる。
【0014】
高保磁力を有する高配向磁性薄膜を超高密度磁気記録媒体用途に利用するためには島状の合金微粒子の粒径を微小とする必要がある。金属の表面エネルギーは融点に比例し、表面エネルギーの大きい金属はぬれ性が小さいので、膜厚を例えば20nm以下となるように薄く成膜すれば、合金微粒子の形状は小さな島状となる。この島状の合金微粒子上に、さらに合金を成膜することで、島状の合金微粒子を初期成長核として作用させ、島状の合金微粒子を微小に形成することが可能となる。
【0015】
スパッタリングそのもののプロセスについては公知のものをはじめとして各種の装置や条件を適宜に採用することができる。ターゲットとしても、たとえば合金を構成する各々の純金属を用いた同時スパッタリングでもよく、組成が予備的に調整された合金ターゲットを用いてもよい。
【0016】
基板上に成膜される合金薄膜がたとえばFePt合金薄膜とした場合、FePt合金薄膜におけるFePt相の合金組成比がFexPt1-x(ただし、0.4<x<0.6)となるように成膜を行うことが好ましい。合金組成比をこの範囲に設定したとき、成膜されるFePt合金薄膜は、高い一軸磁気異方性定数を示し、極めて高い保磁力が得られる。
【0017】
また、この出願の発明の高配向磁性薄膜の製造方法においては、基板上に成膜される合金薄膜上に、高飽和磁化磁性材料を成膜してもよい。高飽和磁化磁性材料としては、FeまたはFeCoの内のいずれかが適宜に選択される。このように高保磁力を有する合金薄膜と高飽和磁化軟磁性粒子とを強磁性的にカップリングさせることで、高い最大エネルギー積を有する磁石が生成される。
【0018】
さらに、この出願の発明の高配向磁性薄膜の製造方法においては、基板の結晶配向の制御を行うことで、基板上に成膜される合金薄膜に磁気異方性を付与する。磁気記録媒体には、磁化容易軸を面内に配向させた面内磁気記録媒体と磁化容易軸を基板に対して垂直方向に配向させた垂直磁気記録媒体との2種類があり、基板を、MgO(110)、NaCl(110)、GaAs(110)、および、Si(110)のうちのいずれかから選択することで、磁化容易軸を面内に配向させることが可能となり、また、基板を、NaCl(001)、GaAs(001)、および、Si(001)のうちのいずれかから選択することで、磁化容易軸を垂直方向に配向させることが可能となる。
【0019】
この出願の発明においては、MgO(001)基板を(001)面から僅かに傾斜して切り出したmiscut基板において2次元の原子ステップを作成したものを基板とし、この基板上に合金薄膜を成膜することで、2次元的に規則性を持って配列した自己組織パターン媒体を作成してもよい。
【0020】
この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法においては、下地を必要としないため、1段階でのスパッタでFePt微粒子を形成している点、さらに蒸着法とは異なり、工業的な生産が容易なスパッタ法を用いている点が従来技術との大きな相違点である。しかも、このような簡便な手法により40kOe以上の高い保磁力を実現している。
【0021】
この出願の発明は、以上の特徴を持つものであるが、以下に実施例を示し、さらに具体的に説明する。
【実施例】
【0022】
ヘリコンスパッタ装置(ULVAC社製 MB99−0001)を用い、FeとPtをターゲットとしてFePt薄膜を成膜した。成膜の条件については、雰囲気ガスにはArガスを使用し、真空度は、到達が5×10-10Torr、成膜時が1.4×10-3Torrであって、スパッタ投入電力はFeターゲットについては70W、Ptターゲットについては27Wとした。
【0023】
図1は、その際の膜厚を20nmとし、成膜時の基板温度を500〜700℃の間で変化させた時の磁化曲線の変化である。650℃以上の磁化曲線の領域において、保磁力が急激に増加していることから、高保磁力を有するFePt薄膜は650℃以上で成膜することが必要であることがわかる。
【0024】
図2は、MgO(001)単結晶基板上に基板温度を650℃として成膜された、膜厚が20nmのFePt薄膜のX線回折パターンである。2θ=28°付近に超格子反射である(001)からの反射が観測される、また、2θ=58°付近に(002)からの反射が、また2θ=78°付近に超格子反射である(003)からの反射が観測される。超格子反射線が明療に観測されることから規則化したFePtが形成されていることがわかる。また規則度は0.95±0.05である。このX線回折パターンよりFePt膜が基板とMgO(001)//FePt(001)の方位関係を持って成長していることがわかる。
【0025】
図3は、基板温度を650℃として成膜された膜厚20nmのFePt薄膜の膜面内方向および膜垂直方向の磁化曲線である。これらの磁化曲線より膜面内方向が磁化困難軸であり、また、膜垂直方向が磁化容易軸であることがわかる。さらに、膜垂直方向の保磁力は約25kOeであり、この値は従来報告されている連続膜の保磁力と比較して2倍以上も大きな値である。
【0026】
図4は、基板温度700℃で成膜された膜厚5〜200nmのFePt薄膜の膜垂直方向の磁化曲線である。5nmの膜厚のFePt薄膜では約46kOeの保磁力を示している。膜厚が5nmから45nmへ増加すると、保磁力は46kOeから減少するものの、約25kOe以上の大きな値を示している。膜厚が50nm以上の領域で、磁化曲線は急激に変化を示し、保磁力も急激に変化する。これは45nm以下の薄膜と50nm以上の薄膜との間に、磁化過程に関して大きく異なることを示すものである。以上より、膜厚が小さい場合において、薄膜は非常に大きな保磁力を示すことが明らかとなった。
【0027】
図5は、FePt薄膜の膜面に対して垂直方向の磁化曲線より求められた保磁力のFePt膜厚依存性を示す。保磁力は、5nmの約46kOeから45nmの約25kOeへと減少し、さらに、膜厚が50nmになると、保磁力が急激に約2.5kOeにまで減少する。薄膜表面の電気抵抗の測定を行った結果、膜厚が45nmでは800MΩとなり、FePt微粒子の形状は電気的に孤立しており、また、膜厚が50nmでは800Ωとなっていることから、FePt微粒子の形状は連続状となっているものと考えられる。
【0028】
図6および図7は、電子顕微鏡により観察したFePt薄膜の微細構造である。それぞれにおいて、FePt薄膜の膜厚は、5、10、15、20、45、50、60、100nmである。FePt薄膜の膜厚が、5、10、15および20nmの場合には、FePt微粒子の形状が島状になっていることが確認され、個々の島はお互いに完全に孤立していることから、これらは磁気的にも孤立した粒子であると考えられる。膜厚の増加により島の合体が観察され、FePt薄膜の膜厚が45nmになると、それぞれの島は完全に孤立しているものの、一部の島が連続化する部分も見られる。FePt薄膜の膜厚が50nmの場合、島の連続化はさらに進み、経路ができるものの、一部には完全に孤立した島が存在する。FePt膜厚が、60nmになると、FePt膜全体にわたる経路が構成される。
【0029】
以上で示した微細構造観察により、FePt薄膜の膜厚が45nmから50nmへと増加するときに観測された保磁力の急激な減少が、膜構造が島状から連続状へ変化することに起因していることがわかる。この臨界膜厚は、磁化反転を支配する機構が磁化回転から磁壁の移動に遷移する領域に対応しているものと考えられる。この微細構造観察より、この高保磁力FePt薄膜は、適当な基板を用いることにより面内磁気記録媒体及び垂直磁気記録媒体への応用が可能であることがわかる。さらに、島状構造を有している高保磁力FePtに、FeやFeCoなどの高飽和磁化軟磁性材料を成膜することで、硬磁性相粒と軟磁性相粒との間に強磁性的なカップリングが発生し、高い最大エネルギー積を有する薄膜磁石の実現が可能性となる。また、膜厚5nmの薄膜においては、
【0030】


面を辺とする、ほぼ正方形の自己組織パターンが形成していることが観察され、しかも、この配列が基板の原子ステップに沿っていることが判断される。このことから、miscut基板上に、FePt薄膜を成膜すると、2次元のパターン配列の形成が可能であると考えられる。
【0031】
図8は、膜厚を15nmとしてMgO(001)およびMgO(110)単結晶基板上に作製された薄膜の電子顕微鏡により観察した微細構造である。MgO(001)単結晶基板上のFePtは
【0032】


面を辺とするほぼ正方形の自己組織パターンが形成されているが、MgO(110)単結晶基板上のFePtは<-110>方向にのびた自己組織パターンが形成されている。この微細構造観察結果から、適当な基板を選択することにより任意の方向にそろった自己組織パターンが形成可能であることがわかる。
【0033】
以上の実施例を踏まえた上で、表面温度を700℃とした基板上に膜厚を45nm以下として成膜されたFePt薄膜は、約25kOe以上の非常に大きな保磁力を示すことが明らかとなった。これは、面内および垂直磁気記録媒体及び強力な薄膜磁石への応用が可能であるものと考えられる。
【0034】
この出願の発明の磁気媒体は、高い結晶磁気異方性を持つ材料として知られるL10構造をもつ合金相の組織を島状にすることで、磁気記録媒体や薄膜磁石へ応用するのに極めて有効な技術といえる。
【0035】
この出願の発明の高配向磁性薄膜の製造方法により、自己組織化を利用して高保磁力を示す高配向磁性合金薄膜の生成が可能となり、従来技術である化学的方法および機械的方法と比しても簡便あることから、高配向磁性薄膜の大量生産に有利であると考えられる。情報ストレージデバイスの中でもハードディスク装置は特に重要なデバイスのひとつとして位置づけられており、更なる大容量記憶を実現する磁気記録媒体が望まれており、さらに微小回路の磁界発生用磁石として大いに期待されることからも、この出願の発明の実用化が強く期待される。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、FePt薄膜の膜厚を20nmとし、成膜時の基板温度を500〜700℃の間で変化させた時の磁化曲線を示した図である。
【図2】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、MgO(001)単結晶基板上に基板温度を650℃として成膜された、膜厚が20nmのFePt薄膜のX線回折パターンを示した図である。
【図3】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、基板温度を650℃としてMgO(001)基板上に成膜された膜厚20nmのFePt薄膜の膜面内方向および膜垂直方向の磁化曲線を示した図である。
【図4】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、基板温度700℃で成膜された膜厚5〜200nmのFePt薄膜の膜垂直方向の磁化曲線を示した図である。
【図5】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、FePt薄膜の膜面に対して垂直方向の磁化曲線より求められた保磁力のFePt膜厚依存性を示した図である。
【図6】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、電子顕微鏡により観察したFePt薄膜の微細構造について示した電子顕微鏡観察像である。
【図7】図6に続くものとして、FePt薄膜の微細構造について示した電子顕微鏡観察像である。
【図8】この出願の発明である高配向磁性薄膜の製造方法の実施例において、FePt薄膜の膜厚を15nmとし、MgO(001)及びMgO(110)単結晶基板上に作製したFePt薄膜の微細構造について示した電子顕微鏡観察像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に高配向磁性薄膜を形成した磁気媒体であって、前記薄膜が、L10構造を有する島状微結晶が相互に不連続に並置されてなることを特徴とする磁気媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−91009(P2008−91009A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−249096(P2007−249096)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【分割の表示】特願2002−90994(P2002−90994)の分割
【原出願日】平成14年3月28日(2002.3.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成13年度文部科学省 調査研究課題「ナノヘテロ金属材料の機能発現メカニズムの解明に基づく新金属材料の創製に関する研究」 委託研究 産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】