説明

神経様突起伸張促進剤

【課題】 低濃度で公知の神経成長因子に比べて強い神経様突起伸張作用を有し、かつ毒性の強い神経様突起伸張剤を提供すること。
【解決手段】 一般式:
[(VO)(XW33)]12-n (I)
(XW33)9-n (II)
Y(Mo24) (III)
Y(P1862) (IV)
又は
(XZ12-n40m- (V)
で表されるヘテロポリ酸イオンの塩及び神経成長因子を有効成分とする神経様突起伸張促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘテロポリ酸イオン塩と神経成長因子とを組み合わせた神経様突起伸張促進剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
神経成長因子(以下、「NGF」とする)には、神経突起の伸張作用及び神経伝達物質の産生を調節する作用があり、老動物の神経細胞に対し再生作用を持つことがin vitroで証明されている(非特許文献1)。しかし、NGFは脳血管関門透過性を持たないので、末梢からの投与では脳内に移行できない。そこで、NGFと抗トランスフェリンレセプター抗体との複合体を作製し、NGFの脳血管関門に対する透過性を増加させたところ、末梢からのNGF投与により、ラットの中枢神経系におけるコリン作動性及び非コリン作動性ニューロンの再生作用が認められている(非特許文献2)。
【0003】
また、ラット副腎髄質褐色細胞腫からクローニングされた株細胞であるPC12細胞にNGFを添加することにより、PC12細胞は増殖を停止し、神経突起を持つ交感神経様の細胞へと分化することが知られている。PC12細胞はNGFに反応し、神経様突起を伸張させることから、現在、神経分化のモデル細胞として広く用いられている。また、このPC12細胞に対して、NGFの他に繊維芽細胞成長因子やインターロイキン6(非特許文献3)が、最近になって微生物由来のスタウロスポリン(非特許文献4)が神経様突起の伸張を促進することが知られている。更に、毒性の強いスタウロスポリンに代わる低分子化合物として3-カルボキシシクロペンタノン誘導体が報告されている(特許文献1)。
【特許文献1】特開平11−140091号公報
【非特許文献1】エイジ,8巻,19頁(1985)
【非特許文献2】Science,259巻,373-377頁(1993)
【非特許文献3】J. Biol. Chem. 271巻, 13033-13039頁(1996)
【非特許文献4】神経化学,26巻,200-220頁(1987)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これらの神経様突起伸張剤はその効果と毒性の点で必ずしも十分とは言えない。従って、本発明は、低濃度で公知の神経成長因子に比べて強い神経様突起伸張作用を有し、かつ毒性の強い神経様突起伸張剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、斯かる実状に鑑み、鋭意研究を行った結果、特定のヘテロポリ酸イオンの塩と神経成長因子とを併用することにより、その相乗効果によって神経成長因子単独の場合と比べて神経様突起伸張作用が促進され、しかも特定のヘテロポリ酸イオンの塩と神経成長因子とからなる神経様突起伸張剤は低毒性であることを見出し、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明は、一般式:
[(VO)(XW33)]12-n (I)
[式中、XはSb3+、Bi3+又はAs3+を示し;nは0〜2の整数を示す。]、
(XW33)9-n (II)
[式中、XはSb3+、Bi3+又はAs3+を示し;nは0〜2の整数を示す。]、
Y(Mo24) (III)
[式中、Yはアルキルアンモニウムイオン(Y)、アルカリ金属イオン(Y)又はこれらの組み合わせから選ばれ、YとYとの和は6である。]、
Y(P1862) (IV)
[式中、Yはアルキルアンモニウムイオン(Y)、アルカリ金属イオン(Y)又はこれらの組み合わせから選ばれ、YとYとの和は6である。]、又は
(XZ12-n40m- (V)
[式中、XはP5+、Si4+、As5+、S6+又はB3+を示し;ZはTi4+、V5+、V4+、Mo6+又はNb5+を示し;Wはタングステン原子を示し、W6+であり;mは、X、Z及びWの原子数の総和で示される正電荷と、酸素原子40個の負電荷との和を示し;nは0〜2の整数を示す。]
で表されるヘテロポリ酸イオンの塩及び神経成長因子を有効成分とする神経様突起伸張促進剤を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の神経様突起伸張促進剤により、より毒性が低くかつ低濃度で神経様突起伸張作用を促進することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
一般式(I)〜(V)で表されるヘテロポリ酸イオンは、バナジウム(V5+、V4+)、ニオブ(Nb5+)、モリブテン(Mo5+、Mo6+)、タングステン(W5+、W6+)等の遷移金属イオンに酸化物イオン(O2-)が通常4〜6配位してできる四面体、四角錐、八面体等の多面体を基本単位として、これが稜又は頂点を介して多数縮合してできた多核錯体であり、金属原子の種類、結合様式の相違により、多種多様の構造を示す。かかるポリ酸イオンの特徴として、(1)水及び極性溶媒に対し高い溶解度を示し、多くの配位水を有する場合が多い、(2)分子サイズ、構造、イオン電荷量、金属を分子レベルで制御することが容易である、(3)金属の一部を非常に多くの異種金属で置換することが可能である、(4)中性分子、イオンをゲストとするカプセル分子を形成しやすい、などの点が挙げられる。
【0009】
一般式(I)〜(IV)で表されるヘテロポリ酸イオンの塩は、例えばT. Yamase, B. Botar, E. Ishikawa, and K. Fukaya, Chem. Lett., 56-57 (2001)、P. J. Domaille and W. H. Knoth, Inorg. Chem., 22, 818 (1983)、特開2000-229864号公報等に記載の方法に準じて製造することができる。ヘテロポリ酸イオンの塩を形成するアルカリイオンとしては、ナトリウム、カリウム、セシウム等のアルカリ金属イオン;カルシウム、ストロンチウム、バリウム等のアルカリ土類金属イオン;メチルアンモニウム、エチルアンモニウム、ジメチルアンモニウム、イソプロピルアンモニウム等のアルキルアンモニウムイオン;アニリニウム等の芳香族アンモニウムイオン;水素化金属イオンが挙げられる。これらの中で、アルカリ金属イオン又はアルキルアンモニウムイオンが好ましい。また、当該ヘテロポリ酸塩は、20分子以内の結晶水を有していてもよく、当該ヘテロポリ酸塩を2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0010】
一般式(I)で表されるへテロポリ酸イオン塩としては、K11H[(VO)(SbW33)]、K12[(VO)(AsW33)]、式(II)で表されるへテロポリ酸イオン塩としては、Na(SbW33)、式(III)で表されるへテロポリ酸イオン塩としては、(iso-PrNH)(Mo24)、式(IV)で表されるへテロポリ酸イオン塩としては、K(P1862)それぞれ好ましい。また、式(V)で表されるヘテロポリ酸イオン塩としては、K(PTi1040)、K[SiVW1140]、K[PVW1140]、K[BVW1140]、[PrNH][PTiW1140]、[PrNH][PTi1040]等が好ましく、特にK(PTi1040)が好ましい。
【0011】
神経分化細胞であるPC12細胞に対する神経様突起伸張作用は、グリーン(Green)らの方法(Ann. Rev. Neurosci., 3巻, 353頁 (1980))による形態変化によって判定することができる。すなわち、10%ウシ胎児血清と10%ウマ血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地にPC12細胞を植菌し、20〜45℃、5%CO2下で培養する。培養されたPC12細胞に、NGF又はNGF及び前記一般式で表されるヘテロポリ酸イオン塩を添加して形態変化を観察する。
【0012】
その結果、後記実施例に示すように、一般式(I)〜(V)で表されるヘテロポリ酸イオン塩をNGFと併用してPC12細胞を培養することにより、螺旋状又はフック状の神経様突起伸張が相乗的に促進されることが判明した。また、生化学的には、神経細胞に特異的に存在し、分化に関連していると考えられているgap-43と呼ばれる成長関連タンパク質の発現量が相乗的に増加した。当該へテロポリ酸イオン塩の添加量は、一般的に、NGFの添加量に対し、モル比で0.5〜5000であり、特に2〜2600が好ましい。すなわち、当該へテロポリ酸イオン塩は、併用するNGFが極少量であっても、高い神経様突起伸張作用を達成することができる。
また、後記実施例に示すように、一般式(I)〜(V)で表されるヘテロポリ酸イオン塩は、少なくとも5μMの濃度では、PC12細胞を細胞毒性によって死滅させることはなかった。
【0013】
本発明の神経様突起伸張促進剤を医薬品、化粧品、医薬部外品等として使用する場合には、必須成分であるNGF及び一般式(I)〜(V)で表されるヘテロポリ酸イオン塩に加えて、必要に応じてかつ本発明の所期の効果を損なわない限り、医薬品、化粧品、医薬部外品等において一般的に用いられる、各種の油性又は水性成分、保湿剤、増粘剤、防腐剤、酸化防止剤、香料、色剤、各種の薬剤等を配合することができる。
【0014】
本発明の神経様突起伸張促進剤は、育毛剤、抗痴呆剤、末梢神経障害治療剤、神経細胞保護剤等の有効成分として工業的に有用である。
【実施例】
【0015】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0016】
<材料>
(1) PC12細胞(Cell No. RCB0009)
慶応義塾大学センターから頂いた。
(2) 培地
RPMI 1640(CAMBREX)に60mg/ml硫酸カナマイシン(GIBCO)、5%ウシ胎児血清(FCS)(BIO WHITTALKER)及び5%ウマ血清(ICN Biomedicals Inc.)を加えて調製した。
(3) ヘテロポリ酸イオン塩の合成
以下のヘテロポリ酸イオン塩は、それぞれ下記の文献記載の方法に準じて製造した。
(i) K(P1862)・14HO、及びK(PTi1040)・7H
P. J. Domaille and W. H. Knoth, Inorg. Chem., 22, 818 (1983)
(ii) K11H[(VO)(SbW33)]・27H
T. Yamase, B. Botar, E. Ishikawa, and K. Fukaya, Chem. Lett., 56-57 (2001)
(iii) Na(SbW33)・19.5H
M. Bosing, I. Loose, H. Pohlman, and B. Krebs, Em. J. Chem., 3, 1232 (1997)
(iv) (iso−PrNH)(Mo24)・3H
T. Yamase and T. Ishikawa, Bull. Chem. Soc. Jpn., 50, 746 (1977)
(v)これらの結晶の同定は、単結晶X線構造解析、赤外吸収スペクトル、元素分析及びサイクリックボルタモグラムにより行った。
【0017】
実施例1
(1) PC12細胞の培養
1mMのヘテロポリ酸イオン塩を1mlの超純粋に溶解し、10倍希釈系列で100μM、10μM、1μM、0.1μM濃度のヘテロポリ酸イオン塩の水溶液を調製した。液体窒素から起こしたPC12細胞をプレート上で1週間培養した。その間、2日おきに培地交換し、コンフルエンスになったプレート上の細胞を継代した。1週間後、NGF(50ng/ml)(Wako)を加えたPC12細胞懸濁液1900μlに100μlのヘテロポリ酸イオン塩水溶液を加え、各々5μM、0.5μM、0.05μM、0.005μMになるように調製した。神経突起伸張を観察するために、NGFのみを加えた細胞、及びNGFとヘテロポリ酸イオン塩とを加えた細胞をコラーゲンコーティングディッシュ(35mm)(BD Biosciences)にて低細胞濃度(100 cells/ml)で7日間培養した。
(2) 形態観察
7日間の細胞形態をOlympus CK40位相差顕微鏡により観察し、Keyence VB-7010 High Resolution Cameraにより神経突起伸張を示す画像を得た。図1にNGFのみを加えたPC12細胞の7日目の形態、図2にNGFとヘテロポリ酸イオン塩0.05〜5μMとを加えたPC12細胞の7日目の形態を示す。また、図3及び4に、NGF及び5μMのK11H[(VO)(SbW33)]・27HOを加えたPC12細胞の7日間の形態変化を示す。
(3) ウェスタンブロッティング
成長関連タンパク質GAP-43を抽出するため、高細胞密度(40×103 cells/ml)で培養した。NGFのみを加えた細胞、及びNGFとヘテロポリ酸イオン塩とを加えた細胞をコラーゲンコーティングディッシュで1週間培養した。細胞を剥離し、可溶化液(20mM Tris, 150mM NaCl, 1mM EDTA, 10%グリセリン, 1% Triton-X, 1mM NaF, 1mM Na3VO4及び200倍希釈のCocktail IIプロテアーゼインヒビター)を加え、超音波で処理することにより、タンパク質を抽出した。その後、BCA法(ビシンコニン酸法)に基づき、タンパク質を定量化し、SDS-PAGEで泳動した。泳動後、タンパク質を分離した後、トランスファー装置(Mini trans blot module kit (BIO RAD))を用いてメンブレンに転写し、一次抗体(GAP-43)を用いてウェスタンブロッティングを行った。ECL plusを用いてフィルムに露光することにより検出した。結果を図5及び6に示す。
【0018】
NGF処理により、PC12細胞は増殖を停止し、神経突起を伸張する特有の変化を引き起こした。NGF及びヘテロポリ酸イオン塩を加えた細胞では、NGFの作用を更に増強させる効果を示したが、ヘテロポリ酸イオン塩のみを加えた細胞では、神経突起を伸張しなかった。
また、GAP-43のウェスタンブロッティング分析により、NGFのみで培養したPC12細胞に比べて、NGF及びヘテロポリ酸イオン塩を添加したPC12細胞ではGAP-43の発現量が増加した。
【0019】
以上より、NGF及びヘテロポリ酸イオン塩を添加したPC12細胞では、形態学的及び生化学的に神経様突起伸張が促進されることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、NGFのみを加えたPC12細胞の7日目の形態を示す。
【図2】図2は、NGFと各ヘテロポリ酸イオン塩0.05〜5μMとを加えたPC12細胞の7日目の形態を示す。
【図3】図3は、NGF及び5μMのK11[(VO)(SbW33)]・27HOを加えたPC12細胞の7日間の形態変化を示す。
【図4】図4は、NGF及び5μMのK11[(VO)(SbW33)]・27HOを加えたPC12細胞の7日間の形態変化を示す。
【図5】図5は、抽出されたGAP-43のウェスタンブロッティングを示す図である。
【図6】図6は、培養日数とGAP-43発現量との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:
[(VO)(XW33)]12-n (I)
[式中、XはSb3+、Bi3+又はAs3+を示し;nは0〜2の整数を示す。]、
(XW33)9-n (II)
[式中、XはSb3+、Bi3+又はAs3+を示し;nは0〜2の整数を示す。]、
Y(Mo24) (III)
[式中、Yはアルキルアンモニウムイオン(Y)、アルカリ金属イオン(Y)又はこれらの組み合わせから選ばれ、YとYとの和は6である。]、
Y(P1862) (IV)
[式中、Yはアルキルアンモニウムイオン(Y)、アルカリ金属イオン(Y)又はこれらの組み合わせから選ばれ、YとYとの和は6である。]、又は
(XZ12-n40m- (V)
[式中、XはP5+、Si4+、As5+、S6+又はB3+を示し;ZはTi4+、V5+、V4+、Mo6+又はNb5+を示し;Wはタングステン原子を示し、W6+であり;mは、X、Z及びWの原子数の総和で示される正電荷と、酸素原子40個の負電荷との和を示し;nは0〜2の整数を示す。]
で表されるヘテロポリ酸イオンの塩及び神経成長因子を有効成分とする神経様突起伸張促進剤。
【請求項2】
前記ヘテロポリ酸イオンの塩が、K11H[(VO)(SbW33)]、Na(SbW33)、(iso-PrNH)(Mo24)、K(P1862)及びK(PTi1040)から選ばれる、請求項1記載の神経様突起伸張促進剤。
【請求項3】
前記神経成長因子と前記へテロポリ酸イオンの塩とのモル比が1〜3000である、請求項1又は2記載の神経様突起伸張促進剤。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−99634(P2007−99634A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−288448(P2005−288448)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】