説明

神経細胞分化誘導剤及びその利用

【課題】神経細胞分化誘導剤、NGF作用の増強剤及びそれを配合してなる飲食品又は医薬組成物の提供。
【解決手段】セサミン類又はその代謝物を配合した神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤。これは、加齢に伴い徐々に障害を受ける神経ネットワーク・機能を修復・再生することにより、認知・記憶障害の発症を予防するだけでなく、一旦発症した場合にも、残存する神経細胞に働きかけ神経ネットワーク・機能の修復・再生に効果を示す。また、老人性痴呆の発症を予防または改善作用を有する医薬品、機能性食品に応用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞分化誘導剤、NGF作用の増強剤及びそれを含有する飲食品又は医薬組成物に関する。より詳細には、セサミン類またはその代謝物を含む神経細胞分化誘導剤、セサミン類またはその代謝物を含むNGF作用の増強剤、及び前記神経細胞分化誘導剤を含有してなる飲食品、医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の高齢化に伴って、老人性痴呆が大きな社会問題になっている。老人性痴呆は、主に脳血管性とアルツハイマー型痴呆に大別される。脳血管性痴呆は、脳血流障害により大脳皮質や海馬の神経細胞が損傷されて生じるとされ、アルツハイマー型の痴呆は神経細胞の細胞骨格の異常とアミロイドの蓄積である老人斑、皮質全体の神経脱落を特徴とする。このような疾患の成因は、認知・記憶にかかわる大脳皮質や海馬などの脳領域の神経細胞が機能低下あるいは死滅するとともに、神経細胞のネットワークが障害されることに由来する。
【0003】
これらの疾患を治療する方法として、神経細胞死を抑制する方法と神経ネットワークの修復・再生を促進させる方法がある。
前者、すなわち神経細胞死の抑制を目的とした治療薬としては、アルツハイマー病におけるβアミロイドの生成に関わるガンマセクレターゼの阻害剤などがあげられる。また、神経細胞死の原因の一つである酸化ストレスを抑制する薬剤も開発されており、たとえば脳梗塞の発症直後では酸化ストレス抑制効果を示すフリーラジカルスカベンジャーが医薬品として実用化されている。しかしながら、脳梗塞発症後、麻痺等の症状が固定した慢性期においては有効な治療法がないというのが現状であり、フリーラジカルスカベンジャーは病態の進行の抑制には有効性が期待されるものの、根本的治療ではなく、後者のような神経細胞の再生や神経ネットワーク・機能の修復・再生に効果のある安全な医薬品・機能性食品が待望されている。
【0004】
後者、すなわち神経ネットワークの修復・再生の促進を目的とした治療薬としては、神経栄養因子が挙げられる。神経栄養因子は脳神経系に働く細胞成長因子であり、発生胚(胎仔)および成体の神経系において、神経細胞の分化、成熟を促進し、脳機能の維持に不可欠な因子として重要な役割を担っている。その代表として神経成長因子(Nerve Growth Factor; NGF)が知られており、発生初期の神経細胞から成熟した神経細胞への分化を促進する作用を有する。すでにその有用性を示唆する生理薬理学的作用が確かめられており、例えば、老齢ラットにNGFを4週間脳室内投与することにより、記憶障害が改善することが報告されている(非特許文献1)。また、アルツハイマー病患者脳では前脳基底野コリン作動性神経細胞の選択的な脱落を認めるが、NGFはこの神経細胞群に栄養因子作用を示す。このことからアルツハイマー病への応用が試みられているが、実用には至っていない。
【0005】
NGFと同様の作用を示す食品成分としては、シリンガレシノール(syringaresinol)又はその配糖体がNGF非存在下での突起面積を上昇させること(非特許文献2)、また、フェルラ酸、カフェ酸(特許文献1)、柑橘油由来の精油(特許文献2)にNGFによる神経突起伸張作用を増強する作用があることが報告されている。
【0006】
ゴマやゴマ油に含まれるリグナン化合物の1種であるセサミンおよびエピセサミンは、抗酸化作用など様々な生理作用を有することが知られている。例えば、PC12細胞に酸化ストレス(H)若しくは低酸素負荷を加える実験系において、セサミンとセサモリンが用量依存的に細胞死を抑制するといった報告や(非特許文献3−4)、ロテノン誘発パーキンソンモデルラットにセサミンをロテノン処理の2週間前から7週間経口投与することで、パーキンソン病の症状である寡動や筋固縮が予防できることが示されている(非特許文献5)。ロテノン誘発モデルは、ミトコンドリア内膜に存在する複合体Iに高い親和性で結合するロテノンを用いて電子伝達系を阻害することにより、ミトコンドリアからの活性酸素産生を増加させ、ミトコンドリア機能不全、更にはドーパミンニューロンに酸化的傷害を引き起こして、パーキンソン病の病態を誘導するとされている(非特許文献6)。そして、ロテノン処理による細胞傷害を抗酸化物質が救済することが示されている(非特許文献7)ことから、これらの作用は何れも酸化ストレス下におけるセサミンの抗酸化作用に基づくものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−272355号公報
【特許文献2】特開2007−302572号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Nature 329:65-68 (1989)
【非特許文献2】Biol. Pharm. Bull. 17:1604-1608 (1994)
【非特許文献3】Neuroreport 14:1815-1819 (2003)
【非特許文献4】Neurosci. Lett. 367:10-13 (2004)
【非特許文献5】Biol. Pharm. Bull. 28:169-172 (2005)
【非特許文献6】J Biol. Chem. 280:42026-42035(2005)
【非特許文献7】J. Neurosci. 23:10756-10764 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のように、病態の進行抑制が有効手段とされ、根本的な治療法が確立されていない疾患に対しては、既に神経ネットワークの障害が進行している状態からでも、神経機能を正常に近づけることのできる医薬品、機能性食品の開発が求められている。
【0010】
本発明の目的は、安全性に優れ長期摂取が可能であり、かつ効果的に神経細胞の分化を誘導し、神経網の形成促進作用を示す物質を有効成分とする神経細胞分化誘導剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、上記課題を解決すべく、未分化のPC12細胞を分化誘導し得る物質について鋭意探索した結果、セサミン類、およびその代謝物である式(I)の化合物((1R,2S,5R,6S)−6−(3,4−ジヒドロキシフェニル)−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)−3,7−ジオキサビシクロ−[3,3,0]オクタン(以下、「SC−1」という))、
【0012】
【化1】

【0013】
式(II)の化合物((1R,2S,5R,6S)−2,6−ビス(3,4−ジヒドロキシフェニル)−3,7−ジオキサビシクロ−[3,3,0]オクタン(以下、「SC−2」という))、
【0014】
【化2】

【0015】
式(III)の化合物((1R,2R,5R,6S)−6−(3,4−ジヒドロキシフェニル)−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)−3,7−ジオキサビシクロ−[3,3,0]オクタン(以下、「EC−1」という))、および
【0016】
【化3】

【0017】
式(IV)の化合物((1R,2S,5R,6R)−6−(3,4−ジヒドロキシフェニル)−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)−3,7−ジオキサビシクロ−[3,3,0]オクタン(以下、「EC−1’」という))
【0018】
【化4】

【0019】
に、神経細胞分化誘導作用があることを見出した。さらに、これらの物質が、NGFの神経突起伸長作用およびネットワーク形成作用を相乗的に増強し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
すなわち、本発明は次の[1]〜[9]である。
[1]セサミン類、SC−1、SC−2、EC−1、およびEC−1’からなる群から選択される一種以上を有効成分とする神経細胞分化誘導剤。
[2]セサミン類が、セサミン、エピセサミン、又はそれらの混合物である、[1]記載の神経細胞分化誘導剤。
[3]有効成分がSC−1、EC−1又はEC−1’である、[1]記載の神経細胞分化誘導剤。
[4]神経細胞分化誘導作用によって脳機能障害が予防または改善される、[1]〜[3]のいずれかに記載の神経細胞分化誘導剤。
[5]脳機能障害が老人性痴呆である、[4]記載の神経細胞分化誘導剤。
[6]神経成長因子(NFG)との併用で使用する[1]〜[5]のいずれかに記載の神経細胞分化誘導剤。
[7][1]〜[6]のいずれかに記載の神経細胞分化誘導剤を配合してなる、脳機能障害改善用飲食品。
[8][1]〜[6]のいずれかに記載の神経細胞分化誘導剤を配合してなる、脳機能障害改善用医薬組成物。
[9]セサミン類、SC−1、SC−2、EC−1、およびEC−1’からなる群から選択される一種以上を有効成分とするNGF作用の増強剤。
【発明の効果】
【0021】
本発明の有効成分であるセサミン類またはその代謝物は、神経細胞分化誘導作用を有する。また、セサミン類またはその代謝物は、神経細胞に直接的に、あるいはNGF作用を増強することにより間接的に作用し、神経ネットワーク・機能を修復・再生する。従って、加齢に伴い徐々に障害を受ける神経ネットワーク・機能を修復・再生することにより、認知・記憶障害の発症を予防するだけでなく、一旦発症した場合にも、残存する神経細胞に働きかけ、神経ネットワーク・機能の修復・再生に効果を示す。また、セサミン、エピセサミンは古くから食品として摂取されてきた成分であり、安全性に優れることから長期摂取が可能であるため、本発明の神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤は、老人性痴呆の発症を予防・改善作用を有する医薬品、機能性食品に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、セサミン類またはその代謝物による神経突起伸張作用を示す。
【図2】図2は、SC−1を10μMの濃度で48時間処理した場合の細胞の形態変化を示す。
【図3】図3は、SC−1を10μMの濃度で1−6日間処理した場合の分化細胞における神経突起の長さの経日的変化を示す。
【図4】図4は、SC−1の神経突起伸張作用の用量依存的作用を示す。
【図5】図5は、低濃度NGFによる神経突起伸張作用に対するSC−1の増強効果を示す。
【図6】図6は、高濃度NGFによる神経突起伸張作用に対するSC−1の増強効果を示す。
【図7】図7は、高濃度NGF存在下におけるSC−1の神経突起ネットワーク形成およびシナプトフィジン(synaptophysin)蓄積増強効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
(神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤)
本発明における神経細胞分化誘導作用とは、神経細胞の神経突起を形成、伸長させ、神経網の形成を促す作用、あるいは未分化の神経細胞を神経細胞に分化させる作用などを意味する。本発明の神経細胞分化誘導剤は、神経分化誘導作用を有するセサミン類、SC−1、SC−2、EC−1およびEC−1’からなる群から選択される一種以上を有効成分として含有する。本発明の神経細胞分化誘導剤は、神経細胞に直接的に作用して神経突起を伸長させ、神経ネットワークの形成を促進させる、あるいは未分化の神経細胞を神経細胞に分化させる等の作用を示すことにより、脳機能障害の予防または治療改善効果を示す。
【0024】
本発明におけるNGF作用の増強とは、NGFの作用である神経突起伸長作用、神経網形成促進作用、あるいは神経細胞分化誘導作用を増強することをいう。本発明のNGF作用の増強剤は、NGFの作用を相乗的に高める作用により、脳機能障害の予防または治療改善効果を示す。
【0025】
脳機能障害の例としては、痴呆、特に脳血管性又はアルツハイマー型痴呆を含む老人性痴呆また、認知症の初期の段階とされる軽度認知機能障害(Mild cognitive impairment)が挙げられる。ここで、痴呆(認知症)は、「一度正常に発達した知的機能が後天的な脳の器質障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活が営めなくなっている状態で、それが意識障害のないときにみられる」と定義されている(International Statistical Classification of Disease and Related Health Problems Tenth Revision;ICD10(2003)、The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-―IV;DMS−IV(1994))。
【0026】
本発明の神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤の有効成分であるセサミン類は、セサミン及びその類縁体を含む。セサミン類縁体としては、エピセサミンの他、セサミノール、エピセサミノール、セサモリンを例示できる。なかでもセサミン、エピセサミン又はセサミンとエピセサミンの混合物が好ましい。セサミン類は、その形態や製造方法等によって、何ら制限されるものではない。例えば、セサミン類としてセサミンを選択した場合には、通常、ゴマ油から公知の方法(例えば、特開平4−9331号公報に記載された方法)によって抽出したセサミン抽出物(又は濃縮物)を用いることもできるが、市販のゴマ油(液状)をそのまま用いることもできる。なお、ゴマ油特有の風味が官能的に好ましくないと評価されることもあることから、セサミン抽出物(又は濃縮物)を公知の手段、例えば活性白土処理等により無味無臭としてもよい。
【0027】
セサミン類の代謝物とは、セサミン類が生体内で代謝されて生じうる物質を意味する。セサミン類代謝物の具体例として、セサミンのモノカテコール体であるSC−1、エピセサミンのモノカテコール体であるEC−1およびEC−1’、セサミンのジカテコール体であるSC−2が挙げられ、なかでもSC−1、EC−1およびEC−1’が好ましい。ラットにセサミンとエピセサミンの混合物を経口摂取させた後、胆汁を回収し代謝物を検索したところ、セサミンおよびエピセサミンのモノカテコール(SC−1、EC−1およびEC−1’)が主代謝物として排泄されていることが示されている(J. Agric. Food. Clem. 51:1666-1670, 2003)。また、ラットやヒトにおいて血中の主代謝物がSC−1、EC−1およびEC−1’であることが示されている(3rd International Conference on Polyphenols and Health, abstract P204, P116, 2007)。さらに、セサミン110mgを含むカプセルあるいは180mgを含むマフィンを摂取させ尿中の代謝物を解析したところ、摂取したセサミンの約29%がセサミンのモノカテコール体(SC−1)として排泄されていることが示されている(J. Nutr. 137:940-944, 2007)。これらのことから、セサミンやエピセサミンを経口的に摂取した場合も、生体内で生じたそれらの代謝物が神経細胞に直接的に、あるいはNGFの効果を増強することにより作用し、神経ネットワーク・機能を修復・再生し、老人性痴呆等の疾患・脳梗塞等の発症を予防・改善する効果が得られる。
【0028】
(飲食品)
本発明の脳機能障害改善用飲食品は、上記神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤を有効成分として配合することによって調製することができる。
【0029】
本発明の飲食品は、脳機能障害改善効果を増強させるために、葉酸、ビタミンB6,ビタミンB12などのビタミン類、NGFなどの神経栄養因子などを添加してもよい。
さらに、セサミン類又はその代謝物の効果を損なわない、すなわち、セサミン類又はその代謝物との配合により好ましくない相互作用を生じない限り、必要に応じて、他の生理活性成分、ミネラル、ビタミン類、香料、色素などを混合することができる。これらの添加物はいずれも飲食品に一般的に用いられるものが使用できる。
【0030】
本発明の飲食品は、上記神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤を有効成分として配合することによって調製でき、具体的には、ジュース、牛乳、コーヒー飲料、茶飲料等の飲料、スープ等の液状食品、ヨーグルト等のペースト状食品、ゼリー、グミ等の半固形状食品、クッキー、ガム等の固形状食品、ドレッシング、マヨネーズ等の油脂含有食品等が挙げられる。また、サプリメントのようにセサミン類又はその代謝物そのものを有効成分とする飲食品、ならびに一般の飲食品にセサミン類又はその代謝物を配合して、その飲食品に脳機能障害改善効果を付与した機能性食品(健康補助食品、栄養機能食品、特別用途食品、特定保健用食品等の健康食品、動物用サプリメントを含む)、動物用飼料等、経口摂取される形態のものを挙げることができる。本発明ではこれらを総称して飲食品という。
【0031】
本発明の飲食品は有効成分であるセサミン類又はその代謝物を、好ましくは0.001〜10重量%、より好ましくは0.01〜5重量%、さらに好ましくは0.05〜5重量%で含有する。
【0032】
(医薬組成物)
本発明の脳機能障害改善用医薬組成物は、上記神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤を有効成分として配合することによって調製することができる。
【0033】
本発明の医薬組成物は、上記神経細胞分化誘導剤またはNGF作用の増強剤を、薬理学的に許容される担体、希釈剤もしくは賦形剤等と共に、一般的な方法により目的に応じて製剤化できる。希釈剤、担体の例としては、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン等の液体希釈剤、グルコース、シュークロース、デキストリン、シクロデキストリン、アラビアガム等固体希釈剤又は賦形剤を挙げることができる。また、製剤化において一般的に使用される乳化剤、緊張化剤(等張化剤)、緩衝剤、溶解補助剤、防腐剤、安定化剤、抗酸化剤等を適宜配合することもできる。
【0034】
本発明の医薬組成物には、脳機能障害改善効果を増強させるために、葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12などのビタミン類、NGFなどの神経栄養因子などを添加してもよい。
【0035】
さらに、セサミン類又はその代謝物の効果を損なわない、すなわち、セサミン類との配合により好ましくない相互作用を生じない限り、必要に応じて、他の生理活性成分、ミネラル、ビタミン類、香料、色素などを混合することができる。これらの添加物はいずれも医薬品に一般的に用いられるものが使用できる。
【0036】
本発明の医薬組成物は、その形態は特に制限されるものではなく、例えば、粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体状;溶液状、乳液状、分散液状等の液状;またはペースト状等の半固体状等の、任意の形態に調製することができる。具体的な剤形としては、散剤、顆粒剤、細粒剤、錠剤、丸剤、トローチ剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤、ハードカプセル剤を含む)、チュアブル剤、溶液剤などが例示できる。
【0037】
本発明の医薬組成物には、有効成分であるセサミン類又はその代謝物を、好ましくは0.001〜10量%、より好ましくは0.01〜5重量%、さらに好ましくは0.05〜5重量%で含有する形態として使用できる。
【0038】
本発明の飲食品又は医薬組成物の投与量や投与形態は、対象、病態やその進行状況、その他の条件によって適宜選択すればよい。例えば、セサミン類として、セサミンを選択し、ヒト(成人)を対象に脳機能障害改善効果を得ることを目的として経口投与する場合には、一般に、セサミンを1日当たり1〜200mg、好ましくは5〜100mg、さらに好ましくは10〜60mg程度となるように、1日に1〜2回程度、週に5回以上となる割合で連続投与するとよい。
【0039】
本発明を以下の実施例により、さらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
実施例1. セサミン類及びその代謝物の神経細胞分化誘導作用
PC12細胞はラット副腎髄質褐色細胞種由来の培養細胞株であり、NGF刺激に応答して神経突起を伸張し神経細胞への分化が誘導されることが見出され(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 73: 2424-2428, 1976)、広く神経栄養因子のバイオアッセイ等に利用されている(脳・神経研究の進めかた、真鍋俊也・森 寿・片山正寛、羊土社P88-89、2000)。
【0041】
PC12細胞を6穴プレートに1.5×10(cells/well)になるよう播種し、5%FBS(牛胎児血清;MP Biomedicals)および10%HS(馬血清;GIBCO)を含有するDulbecco’s modified Eagle’s medium (DMEM; Sigma)培地、5%CO、37℃の条件下で48時間培養した。培地を0.5%FBSおよび1%HSを含有するDMEMに交換したのちDMSO(ジメチルスルフォキシド;WAKO)で希釈した検体を10μMの濃度になるよう培地に添加し、48時間処理した。
【0042】
試験検体は以下のように調製したセサミン、エピセサミン、およびそれらの代謝物6種の計8種類を用いた。セサミンおよびエピセサミンは、セサミン/エピセサミンの1:1混合物をHPLCにて分離精製して得た。セサミンの代謝物検体は、セサミンをラットに経口投与し、胆汁を採取して代謝物を逆相HPLCにて分離精製して得たSC−1、SC−2、SC−1mを用いた(J. Agric. Food Chem. 2003, 51, 1666-1670参照)。同様に、エピセサミンの代謝物検体は、エピセサミンをラットに経口投与し、胆汁を採取して代謝物を逆相HPLCにて分離精製して得たEC−1とEC−1’の混合物、EC−2、EC−1mとEC−1’mの混合物を用いた。
【0043】
尚、SC−1m、EC−2、EC−1mおよびEC−1’mの構造を以下に示す。
【0044】
【化5】

【0045】
【化6】

【0046】
【化7】

【0047】
【化8】

【0048】
位相差顕微鏡にて100個のPC12細胞を観察し、細胞の長径より長い突起を少なくとも1つ有する細胞を分化細胞と判定した。陽性対照として用いたNGF30ng/ml処理で神経突起伸張が認められた細胞数を100%として、それに対する比率として分化率(%)を算出した。また分化に伴うシグナル系の変化をWestern blot法により検討した。神経突起伸張が認められた分化細胞の割合を図1に示す。8種の検体のうち、セサミン、SC−1、SC−2、エピセサミン、EC−1とEC−1’の混合物に神経突起伸張作用が認められ、その効果は特にSC−1、EC−1とEC−1’の混合物で顕著であった。この変化は神経突起成長マーカーであるタイプIII−βチューブリンの発現誘導とよく相関し、特にSC−1、EC−1とEC−1’の混合物で顕著であった。
実施例2. SC−1の神経細胞分化誘導作用における経時変化の検証
実施例1と同様の条件下で、DMSOまたは10μMのSC−1で処理した後、位相差顕微鏡写真を撮影した。コントロール群に比べ、SC−1添加により、神経突起の伸張が見られる細胞の数が明らかに増加していた(図2)。また、処理後1〜6日目まで経日的に細胞を観察し、50個の分化細胞における神経突起の長さを計測した。神経突起の長さは処理後2日目まで直線的に増加し最大となり、その後プラトーとなった(図3)。
実施例3. SC−1の神経細胞分化誘導作用における用量依存性の検証
実施例1と同様の条件下で、SC−1を2−20μMの濃度で添加し48時間処理した後、神経突起伸張が認められた分化細胞の比率(%)を算出した。結果を図4に示す。SC−1は2μMの低用量でも神経突起伸張作用を示し、その作用は用量依存的に増強したが、10μMでプラトーに達した。
実施例4. NGFの神経細胞分化誘導作用に対するSC−1の増強効果の検証
実施例1と同様の条件下で、NGF−7S(Invitrogen)2ng/ml単独、SC−1を5または10μM単独および両者を同時に細胞に添加し48時間培養した後、神経突起伸張が認められた分化細胞の比率(%)を算出した。結果を図5に示す。NGF30ng/ml処理の分化誘導率を100%とした場合、DMSOは2.4%、NGF2ng/ml処理では12.0%であった。一方、SC−1を5μMおよび10μM処理した場合の分化誘導率はそれぞれ21.3%、56.5%であったのに対し、2ng/ml NGFに5μM、10μMのSC−1を加えると、分化誘導率はそれぞれ45.2%、68.1%に相乗的に増加した。一方、高濃度(30ng/ml) のNGFに5または10μMの SC−1を添加すると、分化誘導率はそれぞれ127%、137%に増加した(図6)。さらには、高濃度NGFおよび SC−1の共存下で、神経突起のネットワーク形成が著明に増強するとともに神経突起の先端にシナプスマーカーであるシナプトフィジン(synaptophysin)の蓄積が認められた(図7)。
【0049】
以上の結果から、SC−1、EC−1およびEC−1’は、それ自身が神経突起伸張作用を有すると同時に、NGFによる神経突起の伸長および神経突起のネットワーク形成をさらに増強することが示された。したがって、セサミン類又はその代謝物を摂取することで、神経ネットワーク・機能が修復・再生され、老人性痴呆等の神経変性疾患・脳梗塞の発症予防・発症後の症状が改善される。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の有効成分であるセサミン類またはその代謝物は、神経細胞分化誘導作用を有する。また、セサミン類またはその代謝物は、神経細胞に直接的に、あるいはNGF作用を増強することにより間接的に作用し、神経ネットワーク・機能を修復・再生する。セサミン、エピセサミンは古くから食品として摂取されてきた成分であり、安全性に優れることから長期摂取が可能であるため、本発明の神経細胞分化誘導剤は、老人性痴呆の発症を予防・改善作用を有する医薬品、機能性食品に応用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セサミン類、式(I)の化合物、
【化1】

式(II)の化合物、
【化2】

式(III)の化合物、および
【化3】

式(IV)の化合物
【化4】

からなる群から選択される一種以上を有効成分とする神経細胞分化誘導剤。
【請求項2】
セサミン類が、セサミン、エピセサミン、又はそれらの混合物である、請求項1記載の神経細胞分化誘導剤。
【請求項3】
有効成分が、式(I)の化合物、
【化5】

式(III)の化合物、または
【化6】

式(IV)の化合物
【化7】

である、請求項1記載の神経細胞分化誘導剤。
【請求項4】
神経細胞分化誘導作用によって脳機能障害が予防または改善される、請求項1〜3のいずれか一項に記載の神経細胞分化誘導剤。
【請求項5】
脳機能障害が老人性痴呆である、請求項4記載の神経細胞分化誘導剤。
【請求項6】
神経成長因子(NFG)との併用で使用する請求項1〜5のいずれか一項に記載の神経細胞分化誘導剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の神経細胞分化誘導剤を配合してなる、脳機能障害改善用飲食品。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の神経細胞分化誘導剤を有効成分として配合してなる、脳機能障害改善用医薬組成物。
【請求項9】
セサミン類、式(I)の化合物、
【化8】

式(II)の化合物、
【化9】

式(III)の化合物、および
【化10】

式(IV)の化合物
【化11】

からなる群から選択される一種以上を有効成分とするNGF作用の増強剤。

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−202559(P2010−202559A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−48632(P2009−48632)
【出願日】平成21年3月2日(2009.3.2)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【出願人】(597112472)財団法人岐阜県研究開発財団 (25)
【Fターム(参考)】