説明

種結晶を用いる融液凝固法によるフッ化金属単結晶体の製造方法

【課題】 チョクラルスキー法やキロポーラス法でフッ化金属単結晶体を製造する際、種結晶体と原料溶融液を接触させる以前に、該種結晶体の表面に黒色物質が付着した場合に、種結晶体を短くし過ぎてしまうことなく、該黒色物質を除去できる方法を提供する。
【解決手段】 結晶成長を開始させるための種結晶体116の原料溶融液104への接触に先立ち、種結晶体を降下させてその下端部を原料溶融液中へ浸漬させ、浸漬した種結晶体の少なくとも一部を溶融させた後、種結晶体と原料溶融液を非接触状態にさせる操作を少なくとも1回行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学材料等に用いられるフッ化金属単結晶体を、種結晶を用い融液凝固法で製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ化カルシウムやフッ化バリウム等のフッ化金属の単結晶体は、広範囲の波長帯域にわたって高い透過率を有し、低分散で化学的安定性にも優れることから、紫外波長または真空紫外波長のレーザーを用いた各種機器、カメラ、CVD装置等のレンズ、窓材等の光学材料として需要が広がってきている。とりわけ、フッ化カルシウム単結晶体は、ArFレーザー(193nm)やFレーザー(157nm)での光源の窓材、光源系レンズ、投影系レンズとして用いられている。
【0003】
従来、こうしたフッ化金属の単結晶体は融液凝固法で製造されてきている。融液凝固法のなかでも、ブリッジマン法やチョクラルスキー法などの坩堝を用いる方法により製造するのが一般的である。ブリッジマン法は、坩堝底に種結晶体を配置しておき、該坩堝中に収容された原料溶融液を、坩堝を徐々に下降させて低温域に移動させることにより冷却し、坩堝中に収容された原料溶融液を成長させる方法である。チョクラルスキー法とは、坩堝中の原料溶融液面に種結晶体を接触させ、次いで、その種結晶体を坩堝の加熱域から徐々に引上げて冷却することにより、該種結晶体の下方に単結晶体を成長させる方法である。キロポーラス法はチョクラルスキー法に類似しているが、原料溶融液面に接触させた種結晶体は引上げず、或いはチョクラルスキー法と比較して極端に遅い速度で引上げつつ、ヒーター出力を徐々に下げて坩堝を冷却することにより、原料溶融液面下で単結晶体を成長させる点がチョクラルスキー法と異なる方法である。
【0004】
チョクラルスキー法やキロポーラス法などの、原料を坩堝内で溶融させておき、該原料溶融液面に上方から種結晶体を接触させて、該種結晶体と同じ結晶配向方位を有する結晶を成長させるタイプの融液凝固法は、製造される単結晶体が坩堝壁に接触することなく成長するため、多結晶化してしまう可能性が低く、また大型で歪の少ない単結晶体を効率よく製造することができる優れた方法である(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0005】
なお、フッ化金属単結晶中に不純物として酸素が存在すると短波長側に吸収を生じる。特に真空紫外域で使用する場合には、単に初期透過率が低下するのみならず、レーザー光の照射によりこの透過率そのものが徐々に低下していく(レーザー耐性に劣る)。
【0006】
そのため、通常はスカベンジャーと呼ばれる酸素除去剤を用いることが行われる。このスカベンジャーとしては、PbF、ZnF等の固体スカベンジャー(常温で固体のスカベンジャー)や、CF等のフッ素化炭化水素からなる気体スカベンジャー(常温で気体のスカベンジャー)が用いられている(例えば、特許文献1〜9参照)。
【0007】
固体スカベンジャーを用いる場合には、フッ化金属原料とよく混ぜ合わせて坩堝に収容し、或いは、特開2009−040630号公報に開示されているように原料フッ化金属及びその溶融液とは接触しない位置に収容し、スカベンジ反応が生じる温度(フッ化金属の融点よりも低い)まで昇温して脱酸素を行い、その後さらに昇温して原料フッ化金属を溶融、次いで単結晶化が行われる。
【0008】
気体スカベンジャーを用いる場合には、炉内にフッ化金属原料を装入して加熱を開始し、(1)スカベンジ反応が生じる温度に到達する以前に気体スカベンジャーを炉内に導入した後、スカベンジ反応が生じる温度(フッ化金属の融点よりも低い)まで昇温して脱酸素を行い、或いは(2)スカベンジ反応が生じる温度に到達した後に気体スカベンジャーを炉内に導入して脱酸素を行い、その後さらに昇温して原料フッ化金属を溶融、次いで単結晶化が行われる。
【0009】
また、酸素が存在しない炉内環境が望まれる事と共に、フッ化金属を高温に加熱すると腐食性の高いHFが生じる事、さらにはコストや加工性の理由から、フッ化金属単結晶引上げ用装置内で使用する坩堝、ヒーター、断熱材などの部材は、一般的にカーボン製のものが用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−182588号公報
【特許文献2】特開2005−029455号公報
【特許文献3】特開2006−347792号公報
【特許文献4】特開2003−221297号公報
【特許文献5】特開平11−157982号公報
【特許文献6】特開2004−315255号公報
【特許文献7】特開2001−19586号公報
【特許文献8】特開2006−199577号公報
【特許文献9】特開2007−106662号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したような種結晶を上方から接触させる融液凝固法にて単結晶の育成(製造)を行うには、炉内にフッ化金属原料を装入した後、該フッ化金属原料を加熱して充分に溶融し、次いで、該原料溶融液の液面に種結晶体を接触させた後、結晶成長を開始させる。この接触の際には、種結晶体が接触する近傍の溶融液温度を結晶化が可能な温度としておく必要がある。しかしながら、種結晶が接触する溶融液面の温度を直接測定しながら接触させることは極めて困難であり、種々の要因により該溶融液面の温度が結晶化可能な温度より大幅に高い状態で接触させてしまう場合があり得る。そのような場合には、種結晶体の溶解が極度に進み、種結晶体と原料溶融液とが非接触状態になってしまうことがある。その他にも、種結晶体を溶融液面に接触させた後、何らかの理由により単結晶の成長を開始させずに、一旦、種結晶体と原料溶融液が非接触状態になるまで種結晶体を上昇させることもある。
【0012】
また本発明者らは、上記結晶成長を開始させるための種結晶体の原料溶融液面への接触に先立ち、原料フッ化金属の融点より充分に高い温度とした原料溶融液の液面に種結晶体を接触させた後、該接触状態を保持し、該種結晶体と原料溶融液とが非接触状態になるまで該種結晶体下端部を溶解させる操作(以下、0タッチ)を行う場合がある。該0タッチ操作を行うことにより、種結晶体下端表面の加工傷や付着物を除去でき、よって、該加工傷や付着物が、結晶成長開始時の結晶化に悪影響を与えて、成長する単結晶体の結晶性を悪化させる可能性を払拭できると考えている。
【0013】
これらの場合のように種結晶体と原料溶融液とが接触した状態から非接触状態になった場合、種結晶体の浸漬していた部分の少なくとも一部は溶融されていることが多い。通常、一旦接触させた後に非接触状態とした種結晶体の下端部は平坦形状になっているが、時には下端中心部が周縁部に比して陥没した状態になる事がある。
【0014】
本発明者らの知見によれば、このような陥没が生じるケースでは種結晶体表面に黒色物質が付着している場合が多い。従って、陥没を生じさせる主な原因としては、付着した黒色物質が種結晶体表面からの放熱性を低下させることにより、種結晶体内部が温まり易くなることがあると考えられる。
【0015】
さらに該黒色物質の付着の原因は以下のように考えられる。即ち、種結晶体は常に炉内の高温雰囲気にさらされているため、気化した固体スカベンジャー或いは気体スカベンジャーやそれらの反応生成物、又はカーボン蒸気などが種結晶体表面に凝結し、そのような種結晶体表面の付着物が黒色物質として観察されるものと推察できる。本発明の発明者等が特願2008−130806(特開2009−280411)として提案した表面粗さRaが0.5μm以下の種結晶体を用いることにより、黒色物質の付着を大幅に低減させることができるが、それでもなお、多少の黒色物質が付着することが度々あり、そのため上記種結晶の陥没が生じてしまうことも少なくなかった。
【0016】
そして、このように下端中心部が周縁部に比して陥没した状態の種結晶体を溶融液に接触させた場合には、接触面に大きな空洞部分を生じることがあり、その状態のまま単結晶体を成長させると、種結晶体と単結晶体との接合部面積が小さいため単結晶体が落下する危険性が高まる。
【0017】
このような陥没を消失させるためには、該種結晶体を、再度、溶融液に接触させて突出部を溶解させてしまうことが考えられる。しかしながら、単純に種結晶先端部を浸漬させても容易に平坦形状に再生させる事はできない。しかも、平坦になるまで接触と溶解を何度も繰り返すと、種結晶体が短くなり過ぎてしまい、その結果、単結晶体を成長させられなくなることもある。この場合には、一旦、炉内温度を低下させて、種結晶体の取替え等を行う必要があるため、大きな問題となる。
【0018】
従って本発明は、種結晶体の表面に黒色物質が付着した際、種結晶体の陥没を生じにくくさせるために、該黒色物質を除去できる技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題に鑑み、本発明者らは鋭意検討を行った。そして、まず、種結晶体表面に黒色物質が付着している場合の0タッチ操作において、種結晶体の下端部が溶解すると、該下端部の黒色物質は除去されることに着目し、少なくとも種結晶体の表層部を溶解させれば、その溶解部表面に付着していた黒色物質を除去できると考えた。さらに、種結晶体の表層部を溶解させる際に種結晶体の陥没を生じさせないためには、種結晶体内部が溶解温度に到達するより前に、種結晶体が原料溶融液と非接触状態となるように、種結晶体を上昇させれば良いと考え、さらに検討を進めた結果、本発明を完成した。
【0020】
即ち本発明は、結晶成長炉内で、原料溶融液面に上方から種結晶体を接触させ、該種結晶体と同じ結晶配向方位を有する結晶を成長させて融液凝固法によりフッ化金属単結晶体を製造する方法において、上記結晶成長を開始させるための種結晶体の原料溶融液面への接触に先立ち、種結晶体を降下させてその下端部を原料溶融液中へ浸漬させ、浸漬した種結晶体の少なくとも一部を溶融させた後、種結晶体と原料溶融液とが非接触状態となるまで種結晶体を上昇させる操作を少なくとも1回行うことを特徴とする、フッ化金属単結晶体の製造方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、種結晶体の表面に黒色物質が付着した際に、該種結晶体下端部の黒色物質を除去でき、よって該種結晶体の陥没が生じている確率を低くすることができる。これにより、単結晶体が落下する危険性を低減でき、また、種結晶体が短くなり、引上げが不能になる危険性も低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】チョクラルスキー法単結晶引上げ炉の構造を示す模式図。
【図2】種結晶体と原料溶融液が接触した際の、種結晶体と原料溶融液面の関係、及びロードセルの荷重の変化を示すイメージ図。
【図3】種結晶体が溶解されて原料溶融液と非接触になった際の、種結晶体と原料溶融液面の関係、及びロードセルの荷重の変化を示すイメージ図(種結晶体の陥没が生じなかった場合)
【図4】種結晶体が溶解されて原料溶融液と非接触になった際の、種結晶体と原料溶融液面の関係、及びロードセルの荷重の変化を示すイメージ図(種結晶体の陥没が生じた場合)
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、結晶成長炉内で、原料溶融液面に上方から種結晶体を接触させ、該種結晶体と同じ結晶配向方位を有する結晶を成長させて融液凝固法によりフッ化金属単結晶体を製造する方法(チョクラルスキー法、キロポーラス法など)で可能なフッ化金属の製造方法に対し特に制限なく適用できる。このようなフッ化金属の具体例としては、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化ルビジウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化バリウム、フッ化ストロンチウム、フッ化アルミニウム、フッ化バリウムリチウム、フッ化マグネシウムカリウム、フッ化アルミニウムリチウム、フッ化カルシウムストロンチウム、フッ化カリウムマグネシウム、フッ化ストロンチウムリチウム、フッ化セシウムカルシウム、フッ化リチウムカルシウムアルミニウム、フッ化リチウムストロンチウムアルミニウム、及びフッ化ランタノイド類等が挙げられる。
【0024】
本発明を適用するフッ化金属単結晶体の製造方法では、製造を目的とするフッ化金属と実質的に同一の素材の種結晶体が使用される。
【0025】
種結晶体の形状は、その最下端部はその中央部が周縁部よりも陥没していない必要があるが、この点を除けば特に限定されない。一般的には、チョクラルスキー法やキロポーラス法で使用される種結晶体は、原料溶融液面に接触させる部分(下端部)は、角柱状や円柱状の棒状の形状となっており、上部には、種結晶体を保持するためのくびれや膨大部が形成されている。また棒状部の先端は平面状であっても良いし、円錐状や角錐状であってもよく、さらには棒状部を有さず種結晶体の全体が円錐状や角錐状となっていても良い。直径4〜10インチ程度のフッ化金属単結晶体を製造する場合の種結晶体の一般的な形状は、棒状部を有し、該棒状部が円柱状のものであれば、棒状部断面の直径が10〜30mm程度、種結晶体下端部から上端部の長さが50〜200mm程度、また棒状部が四角柱状のものであれば、棒状部断面の一辺の長さが5〜20mm程度、種結晶体下端部から上端部の長さが50〜200mm程度である。
【0026】
所望の結晶方位を有する単結晶体を得るために、該種結晶体の原料溶融液面に接触させる部分は、目的結晶の育成方位として所望される結晶方位とされた単結晶体により形成されている。多くの場合には、種結晶体全体が単結晶体から形成されている。
【0027】
チョクラルスキー法でフッ化金属単結晶体を製造する場合には、従来から、図1に例示したような単結晶体引上げ用装置が用いられている。また、このような装置はキロポーラス法の場合にも用いることができる。ただし、一般的に、キロポーラス法はチョクラルスキー法より緩やかな温度勾配を必要とするため、キロポーラス法の炉内構成は、断熱壁110と天井板119とで囲繞された単結晶引上げ室(ホットゾーン)の室内高さを相対的に低く設計することが好ましい。なお、これより先は、チョクラルスキー法を例にして説明する。
【0028】
図1に示す引上げ装置では、原料フッ化金属を溶融させる坩堝が外坩堝101と内坩堝102からなる二重構造坩堝であり、該内坩堝102の壁部(底壁及び/又は側壁)には、該壁部を貫通して内坩堝内と外坩堝内とで原料フッ化金属溶融液104の流通可能な貫通孔103が設けられている。結晶を引上げると、引上げた結晶量に相当する分だけ、坩堝内の原料溶融液が減少、即ち、坩堝内における原料溶融液面が低下する。図示した態様では内坩堝は所定の位置(高さ)に固定されており、原料溶融液面の相対的な下降分に相当するだけ外坩堝を上昇させる。これにより内坩堝内の原料溶融液を一定とし、原料溶融液面(=結晶成長界面)位置が変化しないようにすることが可能である。
【0029】
外坩堝の上昇及び回転は、上下動及び回転が可能な外坩堝支持軸105により行われる。
【0030】
坩堝の加熱は、ヒーター109により行われる。結晶引上げ炉のチャンバー108とヒーター109の間には、断熱壁110が、ヒーター109を環囲するように配設され、さらに通常は、断熱壁は坩堝の下方にも設けられる。この断熱壁110を配設することによって、ヒーター109の輻射熱からチャンバー108を保護するとともに、熱が外部へ散逸するのを防ぎ、坩堝周辺の温度を保ちやすくしている。
【0031】
図示した態様では、該断熱壁110の上部の開口部は該断熱壁の上端に接触するように配設された天井板119で覆われている。この天井板119を設置することにより、(1)上方への熱の散逸を抑制し、断熱壁110と天井板119とで囲繞された単結晶引上げ室の保温性を向上させるとともに単結晶引上げ室内に適度な温度勾配を与え、(2)溶融液や引上げ中の単結晶体からの輻射熱がチャンバー108に直接到達することを防ぎ、さらには(3)上方からゴミ等が落下して溶融液に混入することを防ぐことができる。一方、原料フッ化金属やスカベンジャーが揮発したものが天井板の下面に凝結し、これが結晶育成中に溶融液内などに落下してくることを抑制するために、断熱壁上端と天井板との間に若干の隙間を設けることも好ましい一態様である。
【0032】
なおこの天井板119には、単結晶引上げ棒115を挿入するための挿入孔120が穿孔されている。また必要に応じて、引上げ中の単結晶体や坩堝内の溶融液の状態を観察するための窓穴122が穿孔される場合もある。
【0033】
坩堝の中心軸上に、種結晶体116を保持する種結晶保持具117と、該保持具を上下動かつ回転可能に支持する結晶引上げ軸115が配置されている。
【0034】
原料として用いるフッ化金属は、通常、各種スカベンジャーを用いて金属不純物や酸素(酸化物)等を可能な限り除去、精製したものを用い、この精製原料を坩堝内に装入する。該精製原料は加熱することにより原料溶融液とするが、一般的には該加熱・溶融はスカベンジャーの存在下に行われ、酸素等の不純物のさらなる低減が図られる。
【0035】
充分に溶融した原料溶融液104に対して、保持具117に保持された種結晶体116を接触させた後、回転させながら徐々に引上げて所定の直径を有する単結晶体118を成長させる。
【0036】
なお前述の通り、この結晶成長を開始させるための種結晶体116の原料溶融液104への接触に先立ち、原料フッ化金属の融点より充分に高い温度とした原料溶融液104の液面に種結晶体116を接触させた後、該接触状態を保持することにより、該種結晶体と原料溶融液とが非接触状態になるまで該種結晶体下端部を溶解させる操作(0タッチ)を行うことが好ましい。本操作を行うことにより、種結晶体下端表面の加工傷や付着物を除去でき、よって、該加工傷や付着物が結晶成長開始時の結晶化に悪影響を与えて、単結晶体の結晶性を悪化させる可能性を払拭できると考えられる。
【0037】
しかし前述の通り、0タッチ操作を行う際、種結晶体116の表面に黒色物質が付着している場合があり、このような場合には、該種結晶体の下端部が周縁部に比して陥没した状態になることが多いため、0タッチ操作に替わって、本発明の種結晶体の洗浄を実施すれば良い。該洗浄を実施することにより、該黒色物質を除去し、種結晶体の陥没が生じる可能性を低減できる。
【0038】
種結晶体の表面に黒色物質が付着しているか否かは、覗き窓121から炉内に設置されている種結晶体116を観察することにより把握できる。即ち、結晶成長炉内で高温に加熱されている種結晶体は発光を示すが、該種結晶体に暗い影が見られれば、該影が黒色物質である可能性が高く、該種結晶体の表面に黒色物質が付着していると判断できる。黒色物質が付着する場合は大抵、種結晶体の表面全体に付着しており、種結晶体全体が黒く見える。
【0039】
種結晶体の表面に黒色物質が付着している場合には、種結晶体を降下させてその下端部を原料溶融液中へ浸漬させ、浸漬した種結晶体の少なくとも一部を溶融させた後、種結晶体と原料溶融液とが非接触状態になるまで種結晶体を上昇させる操作を行う。さらに、当該操作を一回行っただけでは黒色物質を完全に除去できないこともあるため、上記操作は、種結晶体の下端部に見られる暗い影が消えるまで何度でも行う必要がある。
【0040】
なお、種結晶体の接触と浸漬の違いは、原料溶融液面へ向けて種結晶体を降下させる操作において、前者は種結晶体が原料溶融液と接触した瞬間に、該種結晶体の降下を停止させることであり、後者は種結晶体が原料溶融液と接触したところから、さらに1mm以上種結晶体が降下したところで、該種結晶体の降下を停止させることである。
【0041】
本発明の種結晶体の洗浄において種結晶体を浸漬させる長さは、短過ぎると、黒色物質を除去できる長さも短過ぎるため種結晶体の陥没が生じる可能性を充分に低減できず、逆に長過ぎると、種結晶体が溶解して極端に短くなる可能性があるため、10〜50mmが好ましく、20〜30mmが特に好ましい。なお、種結晶体と原料溶融液が接触すると種結晶体周辺部にメニスカスを生じるが、種結晶体を浸漬させる長さとは、種結晶体が原料溶融液と接触したところからさらに種結晶体を降下させる距離であり、メニスカスの高さは含めない。
【0042】
本発明の種結晶体の洗浄により種結晶体が極端に短くなると、単結晶体を成長させられなくなる可能性があるため、1回の浸漬における種結晶体の長さの減少量は20mm未満であることが好ましい。なお、或る浸漬における種結晶体の長さの減少量は、該浸漬の際に原料溶融液と接触した瞬間の種結晶体の相対位置より、その直後の浸漬又は接触の際に原料溶融液と接触した瞬間の種結晶体の相対位置が低くなった分の距離である。
【0043】
本発明の種結晶体の洗浄において、種結晶体を極端に短くさせないためには、種結晶体が原料溶融液と接触してから非接触状態になるまでの時間(浸漬時間)を短くすること、及び、原料溶融液の温度を高くし過ぎないことが好ましいが、一方、短過ぎる浸漬時間、及び、低過ぎる原料溶融液温度では、種結晶体の表層部を充分に溶解させることができず、黒色物質が除去できるまで何度も浸漬を繰り返して時間が掛かってしまう可能性があるため、浸漬時間は30〜300秒の範囲にある時間が好ましく、原料溶融液の温度は、種結晶体が浸漬する近傍の原料溶融液の温度が、原料フッ化金属の融点より10〜60℃高い温度が好ましい。
【0044】
本発明の種結晶体の洗浄において、種結晶体の原料溶融液への浸漬時間を短くするためには、種結晶体を上昇・下降させる速度を速くすることが好ましいが、速過ぎると種結晶体が原料溶融液を飛散させる可能性があるため、10〜50mm/minの範囲にある速度が好ましい。
【0045】
本発明の種結晶体の洗浄方法において、種結晶体を回転させるか否か、或いは、回転させる場合の回転速度については、特に限定されないが、原料溶融液の温度分布にはムラがあるため、回転させた方が、種結晶体が周方向に対して均一に溶解され易く、その回転速度は、速過ぎると接触の際に原料溶融液を飛散させる可能性があることから、好ましくは1〜30rpmの範囲にある速度で回転させることが好ましい。
【0046】
種結晶体の洗浄や結晶成長を開始させるための接触を行う際などに、種結晶体116の下端中心部が周縁部に比して陥没しているか否かは、ロードセルの荷重をモニターすること、及び/又は種結晶体116の発光状況を観察することにより把握できる。
【0047】
前述の通り、種結晶体116と原料溶融液104が接触すると、種結晶体周辺部にメニスカスを生じるが(図2a参照)、その接触の瞬間、ロードセルの荷重が非連続的に上昇する(図2b参照)。その後、種結晶体が溶解され、原料溶融液と非接触状態になる場合、荷重が連続的に減少すれば(図3b参照)、種結晶体下端部は平坦形状であり(図3a参照)、荷重が非連続的に減少すれば(図4b参照)、下端中心部が周縁部に比して陥没した状態となっている(図4a参照)傾向がある。
【0048】
また、高温の原料溶融液104は種結晶体116より強い発光を示すが、その原料溶融液に種結晶体を接触させると、該種結晶体の発光が強まり、特に接触面付近は原料溶融液と同等の発光を示す。このとき、接触面に空洞部分を生じていれば、その部分の発光は弱く、影になって見える。
【0049】
種結晶体の洗浄に成功したならば、原料溶融液が引上げ可能な温度になるようヒーター出力を調整し、温度安定後、種結晶体を1〜30rpmで回転させつつ、或いは無回転のまま、原料溶融液へ再度接触させ、次いで、該種結晶体を0.1〜20mm/hの速度で徐々に引上げることにより単結晶体を成長させることができる。単結晶体が成長するにつれて、内坩堝中の溶融液が消費されるが、外坩堝を上昇させることにより、当該減少分に相当する量の溶融液を、貫通孔を通して徐々に内坩堝中に供給することにより、溶融液表面、即ち結晶界面の位置を一定とすることができる。
【0050】
単結晶体の育成中において、種結晶体116は、引上げ軸115を中心として回転させることが好ましく、回転速度は1〜30rpmであることが好ましい。また、上記種結晶体の回転に併せて外坩堝も、該種結晶の回転方向と同方向又は反対方向に同様の回転速度で回転させてもよい。
【0051】
単結晶体引上げ中の炉内圧力は、加圧下、常圧下、減圧下のいずれでもよいが、一般にスキャッタリングセンターと呼ばれる負結晶からなる欠陥を生じにくい点で、減圧下に行うことが好ましい。減圧下に結晶成長を行わせる場合には、炉内圧力を0.5〜70kPaとすることが好ましく、5〜50kPaとすることがより好ましい。また雰囲気としては、Arなどの不活性ガスや、CFなどのフッ素系ガス雰囲気下で行うことができる。
【0052】
このようにして所望の大きさの単結晶体118を引上げた後、炉内から取り出せる程度の温度まで降温する。降温速度としては、0.01〜3℃/分が好ましく、以下に記す加工に際して、割れや欠けの発生し難いアズグロウン単結晶とするために、0.1〜0.5℃/分とすることがより好ましい。
【0053】
このようにして単結晶体を引上げた後、必要に応じて研磨・研削加工や熱処理加工を行って、レンズブランク、レンズ、窓材等の最終製品とすることができる。
【実施例】
【0054】
以下、具体的な実験例を挙げて本発明の実施態様をより詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0055】
実施例1
直径25mmの円柱状で直棒部分の長さが100mmの棒状先端と、頭部に膨大部を有する種結晶体を、図1に模式図を示すようなチョクラルスキー法単結晶引上げ炉の種結晶保持具に保持し、坩堝内に原料フッ化カルシウム及びスカベンジャーとしてフッ化亜鉛を装入し、炉内を充分にArで置換した後、炉内を加熱して原料を溶融させた。原料フッ化カルシウムが充分に溶融した後、種結晶体を10rpmで回転させつつ、原料溶融液面付近まで徐々に降下させた後、覗き窓から観察したところ、種結晶体全体が黒く見え、黒色物質が付着していると判断した。
【0056】
種結晶体の洗浄を実施するため、原料溶融液の温度が融点より20℃程度高くなるようヒーター出力を調整し、温度が安定するまで時間をおいた。その後、30mm/minの速度で種結晶体の降下を開始し、ロードセルの荷重が図2bに示すような非連続的上昇を示したところ(種結晶体が溶融液と接触した位置)から、さらに30mm降下したところで停止させ、その停止から30秒後に、同速度で種結晶体の上昇を開始させて、原料溶融液と非接触状態にさせた。
【0057】
再度、覗き窓から種結晶体を観察したところ、種結晶体下端部の原料溶融液中に浸漬させた部分の暗い影は洗浄前より薄くなったものの、完全には除去できていないため、同浸漬操作を再度実施した。その後、再度覗き窓から該種結晶体を観察したところ、種結晶体下端部の原料溶融液中に浸漬させた部分は明るく発光して見えるようになったため、これを以って種結晶体の洗浄操作を終了した。なお、この洗浄操作において、種結晶体は2回の浸漬それぞれで5mmずつ、合計10mm短くなった。
【0058】
原料溶融液の温度が、引上げによる単結晶化が可能な温度となるように、ヒーター出力を調整し、温度が安定するまで時間をおいた。その後、種結晶体を1mm/minの速度で溶融液と接触するまで降下させ、次いで、引上げ軸を徐々に上昇させることにより単結晶体を得ることができた。
【0059】
所望の単結晶体を引上げた後、冷却し、単結晶体を取り出してみると、種結晶体表面のほぼ全体に黒色物質が付着していたものの、先端約20mmの部分には付着しておらず、また、種結晶体と単結晶体の接合部に空洞部分は見られなかった。
【0060】
比較例1
実施例1と同様にしてフッ化カルシウム単結晶体の製造を試みたところ、同様に種結晶体全体が黒く見え、黒色物質が付着している疑いがあったが、種結晶体の洗浄は実施せずに、0タッチ操作を実施した。
【0061】
該0タッチ操作において、種結晶体と原料溶融液が非接触状態になった際のロードセルの荷重変化は、図4bに模式図を示すような非連続的下降を示した。これにより、種結晶体の下端中心部が周縁部に比して陥没した状態になったと判断した。
【0062】
該種結晶体の下端部を平坦形状に再生させるため、再度、種結晶体を原料溶融液に接触させると、種結晶体と原料溶融液との接触面の一部に暗い影が見られた。そのまま放置していたところ、接触から数分後、再び図4bに模式図を示すような荷重の非連続的下降と共に、種結晶体と原料溶融液が非接触状態になった。その後も同様の操作を5回繰り返したが、ロードセルの荷重変化および接触面の影に改善は見られず、種結晶体が短くなる一方であったため、再生処置を諦め、そのまま単結晶体を引上げた。
【0063】
所望の単結晶体を引上げた後、冷却し、単結晶体を取り出してみると、種結晶体の表面全体に黒色物質が付着しており、また、種結晶体と単結晶体の接合部に空洞部分が見られた。
【0064】
実施例2
実施例1と同様にしてフッ化カルシウム単結晶体の製造を試みたところ、同様に種結晶体全体が黒く見え、黒色物質が付着している疑いがあったが、比較例1と同様に、種結晶体の洗浄は実施せずに、0タッチ操作を実施した。
【0065】
比較例1と同様に、0タッチ操作の際、種結晶体の下端中心部が周縁部に比して陥没した状態になった。
【0066】
比較例1と同様にして、種結晶体の下端部を平坦形状に再生させようと試みたところ、平坦形状に再生させるための3回目の接触において、種結晶体が原料溶融液と非接触状態になった際の、ロードセルの荷重変化が図3bに示すような連続的下降を示しており、種結晶体下端部の平坦化に成功したと判断した。
【0067】
ここで、種結晶体の陥没を再発させないため、実施例1と同様にして、種結晶体の洗浄を実施した。
【0068】
その後、単結晶体の成長を開始させるため、種結晶体を原料溶融液面に接触させ、次いで、引上げを開始したが、その接触から8分後、原料溶融液の温度が高過ぎたために、種結晶体が溶解され原料溶融液と非接触状態になった。そのときのロードセルの荷重変化は図3bに示すような連続的下降を示しており、種結晶体の陥没は生じていないと判断した。
【0069】
ヒーター出力を下げて炉内温度が安定した後、再度、種結晶体を原料溶融液面に接触させ、次いで、引上げ軸を徐々に上昇させることにより単結晶体を得ることができた。
【0070】
所望の単結晶体を引上げた後、冷却し、単結晶体を取り出してみると、種結晶体表面のほぼ全体に黒色物質が付着していたものの、先端約15mmの部分には付着しておらず、また、種結晶体と単結晶体の接合部に空洞部分は見られなかった。
【符号の説明】
【0071】
101:外坩堝
102:内坩堝
103:内坩堝壁の貫通孔
104:原料溶融液
105:外坩堝支持軸
106:受け皿
107:開口部閉塞部材
108:チャンバー
109:溶融ヒーター
110:断熱壁
111:隔離壁
112:リッド材
113:連結部材
114:内坩堝吊り下げ棒
115:結晶引き上げ軸
116:種結晶
117:種結晶保持具
118:単結晶体
119:天井板
120:結晶引き上げ軸挿入孔
121:覗き窓
122:窓孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶成長炉内で、原料溶融液面に上方から種結晶体を接触させ、該種結晶体と同じ結晶配向方位を有する結晶を成長させて融液凝固法によりフッ化金属単結晶体を製造する方法において、
上記結晶成長を開始させるための種結晶体の原料溶融液面への接触に先立ち、種結晶体を降下させてその下端部を原料溶融液中へ浸漬させ、浸漬した種結晶体の少なくとも一部を溶融させた後、種結晶体と原料溶融液とが非接触状態となるまで種結晶体を上昇させる操作を少なくとも1回行うことを特徴とする、フッ化金属単結晶体の製造方法。
【請求項2】
種結晶体下端部を原料溶融液中へ浸漬させ、その後、非接触状態になるように、該種結晶体を降下・上昇させる操作において、浸漬する長さが種結晶体下端部から10〜50mmとなるように種結晶体を降下させる操作を行う請求項1記載のフッ化金属単結晶体の製造方法。
【請求項3】
種結晶体下端部を原料溶融液中へ浸漬させた後、該種結晶体の長さの減少量が20mm以上となる前に非接触状態となるように、該種結晶体を上昇させる操作を行うことにより該種結晶体と原料溶融液を非接触状態にさせる請求項1又は2記載のフッ化金属単結晶体の製造方法。
【請求項4】
種結晶体下端部が原料溶融液に接触してから、非接触状態になるまでの時間が30〜300秒の範囲となるように該種結晶体を降下及び上昇させる請求項1乃至3の何れか記載のフッ化金属単結晶体の製造方法。
【請求項5】
種結晶体下端部を原料溶融液中へ浸漬させ、その後、非接触状態になるように該種結晶体を降下・上昇させる操作における種結晶体の移動を、10〜50mm/minの範囲にある速度で行う請求項1乃至4の何れか記載のフッ化金属単結晶体の製造方法。
【請求項6】
種結晶体下端部を原料溶融液中へ浸漬させる際の、種結晶体が接触する近傍の原料溶融液の温度を、原料フッ化金属の融点より10〜60℃高い温度として行う請求項1乃至5の何れか記載のフッ化金属単結晶体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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