説明

積層体の製造方法

【課題】本発明の課題は、コールドスプレー法で得られる従来の積層体と比較して基材に対する皮膜の接合強度に優れる積層体の製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、コールドスプレー法によって基材の表面に皮膜を形成する積層体の製造方法において、前記基材の表面を予め活性化する基材処理工程と、この基材処理工程後に、前記基材の表面に前記皮膜を形成する皮膜形成工程とを有することを特徴とする。この製造方法では、皮膜形成工程で粉末が基材の表面で塑性変形して皮膜を形成する際に、粉末の塑性変形に要するエネルギが基材の表面の活性化に費やされることが避けられる。その結果、粉末は、基材の表面で効率良く塑性変形して基材に対して接合強度に優れた皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コールドスプレー法によって基材の表面に皮膜を形成する積層体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コールドスプレー(Cold Spray)法によって基材の表面に皮膜を形成する方法が知られている(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。この方法は、皮膜材料の融点または軟化点よりも低い温度に設定した超音速で流れるガスに皮膜材料の粉末を同伴させることによって、この粉末を基材の表面に衝突させるものである。この方法では、粉末が高速で基材の表面に衝突した際に、固相状態のままで粉末の粒子が塑性変形することによって皮膜が形成される。このようなコールドスプレー法によれば、緻密な組織で密度の高い皮膜を基材の表面に形成することができる。
【特許文献1】特開2006−179856号公報
【特許文献2】米国特許第5302414号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、コールドスプレー法で得られた積層体は、各種産業機器や一般向け機器における金属部品として一部では慣用されている。そして、昨今では、これらの機器はより一層の効率の向上が図られており、使用される金属部品は苛酷な条件で使用されることとなる。したがって、コールドスプレー法で得られる積層体においても、基材と皮膜の接合強度の更なる向上が望まれている。
【0004】
そこで、本発明の課題は、コールドスプレー法で得られる従来の積層体と比較して基材に対する皮膜の接合強度に優れる積層体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を解決する本発明は、コールドスプレー法によって基材の表面に皮膜を形成する積層体の製造方法において、前記基材の表面を予め活性化する基材処理工程と、この基材処理工程後に、前記基材の表面にコールドスプレー法によって前記皮膜を形成する皮膜形成工程とを有することを特徴とする。
また、このような製造方法においては、前記基材処理工程が、コールドスプレー法によって前記基材の表面に粉末を噴射して前記基材の表面を活性化する工程であるものが望ましい。
また、このような製造方法においては、前記基材処理工程で前記基材に噴射する前記粉末の速度が、前記皮膜形成工程で前記基材に噴射する前記粉末の速度よりも低くなるように構成することができる。
また、このような製造方法においては、前記コールドスプレー法で使用する粉末が、準結晶分散アルミ合金またはアモルファス分散合金からなることが望ましい。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、コールドスプレー法で得られる従来の積層体と比較して基材に対する皮膜の接合強度に優れる積層体の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。ここで参照する図面において、図1は、実施形態に係る製造方法で得られる積層体の部分断面図である。
【0008】
図1に示すように、本実施形態の製造方法で得られる積層体1は、後記するコールドスプレー法によって基材2の表面に皮膜3が形成されたものである。
【0009】
前記基材2としては、その表面に皮膜3を積層することができれば特に制限はなく、金属および非金属のいずれであっても使用することができ、例えば、アルミ、マグネシウム、鉄、チタン、ステンレス、セラミクス、ガラス、木材等が挙げられる。中でもアルミおよびマグネシウムを含むものが望ましく、特にアルミ合金が望ましい。
【0010】
前記皮膜3としては、基材2の表面に付与する機能に応じて適宜に選択すればよく、例えば、アルミ合金、マグネシウム合金、ガリウム合金、パラジウム合金、チタン合金、クロム合金、バナジウム合金等が挙げられる。そして、皮膜3は、基材2の材質に応じて選択することができ、例えばアルミ合金からなる基材2の表面に形成する皮膜3としては、アルミ合金からなるものが望ましく、中でも準結晶分散アルミ合金またはアモルファス分散アルミ合金が望ましい。ちなみに、準結晶分散アルミ合金およびアモルファス分散アルミ合金のマトリクスは、アルミ結晶相またはアルミ過飽和固溶体相であることが望ましい。
皮膜3の厚さは、適宜変更することができるが、1μm以上とするのが望ましく、10μm以上とするのがより望ましく、100μm以上とするのがさらに望ましい。また、皮膜3の厚さは、5mm以上とすることもできる。
【0011】
次に、積層体1の製造方法について説明する。ここで参照する図2(a)は、実施形態に係る製造方法で積層体を製造する様子を説明する工程説明図であって、基材処理工程を示す図であり、図2(b)は、図2(a)における基材の表面の部分拡大図である。図3は、基材に粉末が堆積可能となるまでの時間(堆積必要時間)と、基材に衝突する粉末の速度との関係を示すグラフであって、縦軸は堆積必要時間[秒]を表し、横軸は粉末の速度[m/秒]を表す。図4(a)は、実施形態に係る製造方法で積層体を製造する様子を説明する工程説明図であって、皮膜形成工程を示す図であり、図4(b)は、図4(a)における基材の表面の部分拡大図である。図5は、実施形態に係る製造方法での基材処理工程および皮膜形成工程のタイムチャートであり、縦軸はラバルノズルに供給するガスの圧力 [MPa]を表し、横軸はラバルノズルの噴射時間 [秒]を表す。
【0012】
図1に示す積層体1の製造方法は、コールドスプレー法によって後記する粉末を基材2の表面に噴射して皮膜3を形成するものであって、この皮膜3を形成する前に基材2の表面を活性化することを主な特徴とする。つまり、この製造方法は、基材2の表面を予め活性化する基材処理工程と、基材2の表面に皮膜3を形成する皮膜形成工程とを有している。
【0013】
基材処理工程では、前記したように、基材2の表面が活性化される。この基材2の表面の活性化を図るための因子としては、基材2の表面における酸化皮膜の存在程度、基材2の表面平滑度(表面粗さ)といった性状、基材2の表面の温度、基材2の表面の硬度等が挙げられる。そして、基材2の表面の「活性化」は、基材2に衝突した粉末の粒子が効率良く塑性変形して皮膜3を形成しやすくなるようにこのような因子を制御することを意味する。
【0014】
基材2の表面を活性化する方法の具体例としては、例えば、化学研磨法、機械研磨法、電解研磨法、イオンエッチング法、ショットピーニング法、ブラスト処理法、コールドスプレー法等が挙げられる。これらの方法は、一種類単独で使用しても、これらを適宜組み合わせて使用してもよい。
このような活性化の方法の中でも、コールドスプレー法が望ましく、以下の説明では、活性化の方法としてコールドスプレー法を使用した積層体1の製造方法について更に詳しく説明する。
【0015】
図2(a)に示すコールドスプレー法を使用した基材処理工程では、基材2に噴射する粉末4の速度V1が、後記する皮膜形成工程で基材2に噴射する粉末4の速度V2(図4(a)参照)よりも低くなるように設定される。
【0016】
図2(a)に示すように、本実施形態におけるコールドスプレー法では、ラバルノズル100に粉末4およびガス5が供給されることによって、ガス5が加速されると共に、加速されたガス5に粉末4が同伴する。
【0017】
前記粉末4としては、前記した皮膜3を構成する素材からなるものでよく、具体的には、前記したように、アルミ合金からなるものが望ましく、中でも準結晶分散アルミ合金またはアモルファス分散アルミ合金が望ましい。
【0018】
このような粉末4の粒子径は、例えば、アルミ合金からなる粉末4の場合で、200μm以下のものが望ましく、150μm以下のものがより望ましい。また、平均粒子径は、0.1〜50μmが望ましい。
【0019】
前記ガス5としては、例えば、ヘリウム、窒素、空気等が挙げられ、中でもヘリウムが望ましい。ラバルノズル100に供給するガス5の圧力は、後記する粉末4の速度に応じて調節される。
ラバルノズル100に供給するガス5の温度は、使用されるアルミ合金の融点または軟化点よりも低い温度に設定される。
【0020】
そして、この基材処理工程では、ラバルノズル100からガス5と共に噴射された粉末4は、基材2の表面に衝突する。その結果、基材2の表面は活性化される。つまり、基材2の表面に酸化皮膜が存在する場合には、その酸化皮膜が除去され、基材2の表面が平滑過ぎる場合には、その表面が粗面化され、基材2の表面の温度が低過ぎる場合には、その表面が昇温され、そして、表面の硬度が高過ぎる場合には昇温等によってその硬度が低減されること等によって基材2の表面が活性化される。
【0021】
この基材処理工程では、図2(b)に示すように、基材2の表面に粉末4を堆積させずに基材2の表面を活性化することが望ましい。
ここで図3を参照しながら、基材2の表面に粉末4が堆積可能となるまでの時間(堆積必要時間)と、基材2に衝突する粉末4の速度(以下の説明では、符号を省略して「粉末の速度」という)との関係について説明する。図3に示すように、「粉末の速度」が0[m/秒]以上、Va[m/秒]以下の範囲(図3の領域1)では、「粉末の速度」が不充分であって、基材2の表面に粉末4が堆積することはない。この領域1は、粉末4の塑性変形能が不充分となっている領域である。
【0022】
そして、「粉末の速度」がVa[m/秒]を超え、Vb[m/秒]未満の範囲(図3の領域2)では、曲線Lで示される堆積必要時間に満たないと、粉末4が堆積して皮膜3を形成することはない。また、領域2では、曲線Lで示される堆積必要時間以上となる範囲で、基材2の表面に対して粉末4が堆積する。
【0023】
これに対して、「粉末の速度」がVb[m/秒]以上の範囲(図3の領域3)では、基材2の表面に対して直ちに粉末4が堆積するが、基材2に対する皮膜3の接合強度が充分となる程度に基材2の表面が活性化していない場合や、エロージョンによって皮膜3の形成効率が低減する場合がある。
【0024】
したがって、前記したように、基材2の表面に粉末4を堆積させずに基材2の表面を活性化するには、「粉末の速度」を、Va[m/秒]を超え、Vb[m/秒]未満の範囲(領域2)に設定すると共に、基材2の表面に対する粉末4の噴射時間を、曲線Lで示される堆積必要時間に満たない時間に設定することが望ましい。
【0025】
次に、図4(a)に示す皮膜形成工程について説明する。この皮膜形成工程では、粉末4を同伴させるガス5の速度が、基材2に衝突した粉末4の粒子が塑性変形可能な速度V2となるように設定される。つまり、速度V2は、臨界速度以上であって、かつ前記した速度V1(図2(a)参照)を超える速度に設定される。
そして、この皮膜形成工程では、図4(b)に示すように、基材2に衝突した粉末4の粒子は塑性変形して皮膜3を形成する。
【0026】
ちなみに、ガス5の速度(Ug)は、一般に、次式(1)で規定される。
【0027】
【数1】

【0028】
ただし、式(1)中、Ugiは、ラバルノズル100の入口におけるガスの速度を表し、Piは、ラバルノズル100の入口におけるガスの圧力を表し、Tiは、ラバルノズル100の入口におけるガスの温度を表し、Rは、ガス5のガス定数を表し、κは、ガス5の比熱比を表している。
【0029】
この式(1)に示すように、粉末4を同伴させるガス5の速度(Ug)は、ガス5の温度Ti、およびラバルノズル100に供給するガス5の圧力Piの少なくともいずれかを変更して調節することができる。
つまり、本実施形態に係る製造方法は、図5に示すように、まず、時間t1から時間t2まで「ガスの圧力P1」でラバルノズル100にガス5を供給して前記した基材処理工程を実施し、その後、この「ガスの圧力P1」よりも高い「ガスの圧力P2」でラバルノズル100にガス5を供給して前記した皮膜形成工程を実施することとなる。ちなみに、基材処理工程の時間(t2−t1)は、前記した図3に示す領域2内であって、曲線Lで示される堆積必要時間に満たない時間で設定することが望ましい。この時間は、基材2の表面に粉末4が堆積するか、または堆積しないかの臨界的な表面状態となるように設定することが望ましい。
【0030】
以上のような積層体1の製造方法では、コールドスプレー法を使用することで、粉末4が加速されたガス5に同伴して基材2に高速で衝突する。その結果、粉末4の粒子は、基材2の表面で塑性変形して皮膜3を形成する。そして、この製造方法では、皮膜3を形成する前に、基材2の表面が活性化される。ちなみに、従来のコールドスプレー法は、本発明と異なり、皮膜形成工程に先立って、基材2の表面を活性化する基材処理工程を有していない。つまり、従来のコールドスプレー法では、基材2の表面が充分に活性化されていないか、または基材2に皮膜3が形成される際に、粉末4を塑性変形させるために必要なエネルギが基材2の活性化に必要なエネルギに削がれてしまう。その結果、従来のコールドスプレー法では、基材2に衝突した粉末4の塑性変形が不充分となって、基材2と皮膜3との接合強度が低下する。
【0031】
これに対して、本発明の製造方法は、基材2の表面を活性化する基材処理工程を経た後に、この基材処理工程とは別途に皮膜形成工程を有しているので、基材処理工程で基材2の表面が充分に活性化されると共に、皮膜形成工程で基材2の活性化にエネルギが削がれることがなく、粉末4が効率良く充分に塑性変形する。その結果、本発明の製造方法によれば、基材2に対する皮膜3の接合強度に優れた積層体1を得ることができる。
【0032】
また、基材処理工程でコールドスプレー法を使用した本発明の製造方法によれば、基材2の表面を活性化するために他の設備を必要とせずに、前記した「粉末の速度」を変更することで簡単かつ確実に基材2の表面を活性化することができる。また、この粉末4は、皮膜3を形成するものと同種のものを使用することによって、例えば、ブラスト処理法等とは異なって、ブラスト粒子が基材2の表面に異物として残存する恐れもない。また、ガス5としてヘリウム等の不活性ガスを使用すれば、例えば酸化しやすい基材2を使用したとしても、基材2の表面が酸化することが回避される。
【0033】
本発明は前記実施形態に限定されず、種々の形態で実施することができる。
本発明の製造方法は、各種機械部品としての積層体1の製造方法に適用できるほか、物品の表面を皮膜3で被覆して補修する方法に適用するものであってもよい。この場合、補修の対象となる物品が、基材2に相当することとなる。
【0034】
前記実施形態では、基材処理工程を図3に示す領域2の範囲で「粉末の速度」および粉末4の噴射時間を設定することを想定しているが、本発明はこれに限定されることなく、図3の領域1内であって、基材2の表面を活性化することができるように粉末4の噴射時間を設定するものであってもよい。ちなみに、この領域1を適用する場合は、前記したように、基材2の表面が活性化するが、粉末4の塑性変形能が不充分であることから基材2の表面に粉末4が堆積しない場合に限定される。
【実施例】
【0035】
次に、本発明の効果を確認した実施例について説明する。
(基材2の活性化のための条件設定)
本実施例では、基材2(図2(a)参照)の表面を活性化するための粉末4(図2(a)参照)の噴射条件を次のようにして決定した。ここでは、まずアルミ鋳物2種A(AC2B:Al−Cu−Si)で、表面粗さRaが0.06μmとなるようにバフ研磨を施した基材2(60mm×30mm×4mm)と、組成がアルミ94.96原子%、鉄1.68原子%、クロム2.24原子%、チタン0.56原子%、およびコバルト0.56原子%であって準結晶分散合金からなり、平均粒径が14.97μmの粉末4とを準備した。
【0036】
次に、基材2の表面に、コールドスプレー法によって粉末4を20秒間噴射した。このコールドスプレー法では、図2(a)に示すラバルノズル100がスプレーガンとして使用されると共に、このスプレーガンには、400℃のヘリウムが0.5MPaで供給された。また、スプレーガンの噴出口と基材2の表面との距離は、20mmに設定された。
【0037】
ここで参照する図6は、基材の表面に粉末が堆積されていく様子を示す走査型電子顕微鏡写真であって、(a)は、粉末の噴射前(噴射時間0秒)の基材の表面の様子を示す写真、(b)は、粉末の噴射時間1秒での基材の表面の様子を示す写真、(c)は、粉末の噴射時間2秒での基材の表面の様子を示す写真、(d)は、粉末の噴射時間3秒での基材の表面の様子を示す写真、(e)は、粉末の噴射時間4秒での基材の表面の様子を示す写真、(f)は、粉末の噴射時間8秒での基材の表面の様子を示す写真である。
【0038】
図6(a)および(b)に示すように、粉末4の噴射時間が1秒を経過するまでは、基材2の表面には粉末4が堆積していない。また、噴射時間1秒(図6(b)参照)では、基材2の表面に多数のクレータCが形成されていることが確認された。
【0039】
そして、図6(c)に示すように、粉末4の噴射時間が2秒の基材2の表面には、走査型電子顕微鏡の視野に粉末4の1つの粒子が認められた。ちなみに、この粉末4は、塑性変形せずに基材2の表面に付着した程度のものであった。
【0040】
次に、図6(d)から(f)に示すように、粉末4の噴射時間が3秒、4秒、および8秒と経過するにしたがって、基材2の表面で塑性変形して堆積する粉末4が次第に増加していくことが確認された。ちなみに、粉末4の噴射時間が20秒に達したもの(図示せず)は、堆積した粉末4からなる皮膜3が基材2から剥離した。
【0041】
したがって、ここでの基材2の表面の活性化は、粉末4の噴射時間を2秒とすることで行われ、それ以上の噴射時間を費やすと基材2から剥離しやすい皮膜3が形成されていくことが確認された。
【0042】
(実施例1)
実施例1では、アルミ鋳物2種A(AC2B:Al−Cu−Si)で、表面粗さRaが0.06μmとなるようにバフ研磨を施したもの(50mm×15mm×10mm)を用意した。そして、この基材2の表面に前記した本実施例でのアルミ合金の粉末4を噴射して基材2の表面を活性化した。ここでの基材2の活性化のための条件設定は、本実施例で先に決定した条件とした。つまり、400℃のヘリウムが0.5MPaでスプレーガンに供給され、スプレーガンの噴出口と基材2の表面との距離は、20mmに設定された。そして、基材2の表面に対する粉末4の噴射時間が前記した2秒と同程度となるように、スプレーガンのトラバース速度が100mm/秒に設定された。ちなみに、スプレーガンのトラバースピッチは4mmに設定し、トラバース回数(重ね数)は1回とした。
【0043】
ここで参照する図7は、実施例1で活性化した基材の表面の様子を示す走査型電子顕微鏡写真である。
実施例1で活性化した基材2の表面には、図7に示すように、クレータCが確認されると共に、走査型電子顕微鏡の視野に塑性変形せずに基材2に付着した粉末4の1つの粒子が確認された。
【0044】
次に、このような基材2の表面に、前記した本実施例でのアルミ合金の粉末4を噴射して基材2の表面に厚さ600μmの皮膜3(図4(a)参照)を形成して積層体1(図4(a)参照)を作製した。ここでは400℃のヘリウムが3MPaでスプレーガンに供給され、スプレーガンのトラバースピッチが、4mmから2mmに変更され、トラバース回数(重ね数)が、1回から4回重ねに変更された以外は、前記した基材2の活性化での条件と同様にして、基材2に粉末4が噴射された。
【0045】
この積層体1について基材2に対する皮膜3の接合強度が測定された。この接合強度の測定は、次のせん断試験装置で行われた。図9は、実施例1で得られた積層体における基材に対する皮膜の接合強度を測定したせん断試験装置の模式図である。
【0046】
図9に示すように、せん断試験装置は、積層体1から切り出された試験片Tを支持する一対の支持部11a,11bと、試験片Tの皮膜3に荷重Fを負荷するせん断刃10とを備えている。そして、せん断刃10の刃先は、積層体1から後記する大きさに切り出された試験片Tの皮膜3部分に配置されて、100mm/秒で下降して基材2と皮膜3との界面にせん断力を加えるようになっている。ちなみに、試験片Tは、その厚さWが1mm、その幅(図9の紙面に対して垂直方向の長さ)が10mmとなるように積層体1(図1参照)がスライスされたものである。
【0047】
そして、ここでは基材2から皮膜3が剥離したときの荷重Fを接合強度として測定した。その結果を図10に示す。図10は、実施例1、ならびに後記する実施例2および比較例1で得られた積層体における基材に対する皮膜の接合強度を示すグラフであり、縦軸は接合強度[MPa]を表す。
【0048】
(実施例2)
実施例2では、基材2の表面を活性化する際に、スプレーガンのトラバース回数(重ね数)が1回から2回重ねに変更された以外は、実施例1と同様に粉末4が基材2の表面に噴射された。
ここで参照する図8は、実施例2で活性化した基材の表面の様子を示す走査型電子顕微鏡写真である。
実施例2で活性化した基材2の表面には、図8に示すように、クレータCが確認されると共に、走査型電子顕微鏡の視野に基材2の表面を25%程度覆うように堆積した粉末4が確認された。この粉末4の粒子は、塑性変形が不充分となっていた。
【0049】
次に、このような基材2の表面に、前記した本実施例でのアルミ合金の粉末4を実施例1と同様に噴射して基材2の表面に厚さ600μmの皮膜3を形成して積層体1を作製した。
この積層体1について実施例1と同様にして基材2に対する皮膜3の接合強度が測定された。その結果を図10に示す。
【0050】
(比較例1)
比較例1では、表面を活性化しない以外は実施例1と同様の基材2を使用した。そして、この基材2の表面に、前記した本実施例でのアルミ合金の粉末4を実施例1と同様に噴射して基材2の表面に厚さ600μmの皮膜3を形成して積層体1を作製した。
この積層体1について実施例1と同様にして基材2に対する皮膜3の接合強度が測定された。その結果を図10に示す。
【0051】
(実施例および比較例で得られた積層体1の評価)
図10に示すように、基材2の表面を予め活性化した実施例1および実施例2での積層体1は、基材2の表面を活性化しなかった比較例1での積層体1よりも、基材2に対する皮膜3の接合強度[MPa]に優れていることが確認された。
【0052】
また、基材2の表面に粉末4が殆ど堆積しないように基材2の表面を活性化した実施例1での積層体1は、基材2の表面を活性化した際に粉末4が基材2の表面の一部を覆うように堆積した実施例2での積層体1よりも、基材2に対する皮膜3の接合強度[MPa]に優れていることが確認された。つまり、基材2の表面に対する活性化は、その表面に粉末4が堆積しないように行うことが望ましいことが確認された。
なお、以上のような積層体1の製造方法においては、基材2の表面の活性化に使用した粉末4を回収し、再利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】実施形態に係る製造方法で得られる積層体の部分断面図である。
【図2】(a)は、実施形態に係る製造方法で積層体を製造する様子を説明する工程説明図であって、基材処理工程を示す図であり、(b)は、(a)における基材の表面の部分拡大図である。
【図3】基材に粉末が堆積可能となるまでの時間(堆積必要時間)と、基材に衝突する粉末の速度との関係を示すグラフであって、縦軸は堆積必要時間[秒]を表し、横軸は粉末の速度[m/秒]を表す。
【図4】(a)は、実施形態に係る製造方法で積層体を製造する様子を説明する工程説明図であって、皮膜形成工程を示す図であり、(b)は、(a)における基材の表面の部分拡大図である。
【図5】実施形態に係る製造方法での基材処理工程および皮膜形成工程のタイムチャートであり、縦軸はラバルノズルに供給するガスの圧力 [MPa]を表し、横軸はラバルノズルの噴射時間 [秒]を表す。
【図6】基材の表面に粉末が堆積されていく様子を示す走査型電子顕微鏡写真であって、(a)は、粉末の噴射前(噴射時間0秒)の基材の表面の様子を示す写真、(b)は、粉末の噴射時間1秒での基材の表面の様子を示す写真、(c)は、粉末の噴射時間2秒での基材の表面の様子を示す写真、(d)は、粉末の噴射時間3秒での基材の表面の様子を示す写真、(e)は、粉末の噴射時間4秒での基材の表面の様子を示す写真、(f)は、粉末の噴射時間8秒での基材の表面の様子を示す写真である。
【図7】実施例1で活性化した基材の表面の様子を示す走査型電子顕微鏡写真である。
【図8】実施例2で活性化した基材の表面の様子を示す走査型電子顕微鏡写真である。
【図9】実施例1で得られた積層体における基材に対する皮膜の接合強度を測定したせん断試験装置の模式図である。
【図10】実施例1および実施例2、ならびに比較例1で得られた積層体における基材に対する皮膜の接合強度を示すグラフであり、縦軸は接合強度[MPa]を表す。
【符号の説明】
【0054】
1 積層体
2 基材
3 皮膜
4 粉末
5 ガス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コールドスプレー法によって基材の表面に皮膜を形成する積層体の製造方法において、
前記基材の表面を予め活性化する基材処理工程と、
この基材処理工程後に、前記基材の表面にコールドスプレー法によって前記皮膜を形成する皮膜形成工程と、
を有することを特徴とする積層体の製造方法。
【請求項2】
前記基材処理工程が、コールドスプレー法によって前記基材の表面に粉末を噴射して前記基材の表面を活性化する工程であることを特徴とする請求項1に記載の積層体の製造方法。
【請求項3】
前記基材処理工程で前記基材に噴射する前記粉末の速度が、前記皮膜形成工程で前記基材に噴射する前記粉末の速度よりも低いことを特徴とする請求項2に記載の積層体の製造方法。
【請求項4】
前記コールドスプレー法で使用する粉末が、準結晶分散アルミ合金またはアモルファス分散合金からなることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の積層体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図9】
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【図10】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−215574(P2009−215574A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−57620(P2008−57620)
【出願日】平成20年3月7日(2008.3.7)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】