説明

空燃比センサの異常診断装置

【課題】空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断する。
【解決手段】内燃機関の排気通路に配置された空燃比センサの異常診断装置において、燃料噴射量を増減して入力空燃比をリッチ/リーンに切り替え、このときの入力空燃比と空燃比センサからの出力空燃比に基づき、一次遅れモデルにおけるパラメータを同定する。同定されたパラメータに基づき空燃比センサの所定の特性の異常を判定する。空燃比センサの個々の特性の異常を好適に診断できる。同定終了タイミングを決定すべく、パラメータ同定値の収束を検出する。同定終了タイミングを適切に定めることができ、同定精度の悪化等を未然に防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は空燃比センサの異常診断装置に係り、特に、内燃機関の排気通路に配置された空燃比センサの異常を診断するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
触媒を利用した排気ガス浄化システムを備える内燃機関では、触媒による排気ガスの有害成分の浄化を高効率で行うため、内燃機関で燃焼される混合気の空気と燃料との混合割合、すなわち空燃比のコントロールが欠かせない。こうした空燃比の制御を行うため、内燃機関の排気通路に、排気ガスの特定成分の濃度に基づいて空燃比を検出する空燃比センサを設け、その検出された空燃比を所定の目標空燃比に近づけるようフィードバック制御を実施している。
【0003】
ところで、空燃比センサに劣化、故障等の異常を来すと、正確な空燃比フィードバック制御が実行できなくなり、排気ガスのエミッションが悪化する。よって空燃比センサの異常を診断することが従来から行われている。特に、自動車に搭載されたエンジンの場合、排ガスが悪化した状態での走行を未然に防止するため、車載状態(オンボード)で空燃比センサの異常を検出することが各国法規等からも要請されている。
【0004】
例えば特許文献1には、オープンループ制御により燃料噴射量を周期的に増減し、このときの空燃比センサ出力の軌跡長に基づいて空燃比センサの異常を検出する装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−30358号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、空燃比センサ自体が正常なのか異常なのかは判別できるものの、空燃比センサの特性のうち、いずれが正常なのか異常なのかを判別することができない。即ち、空燃比センサには複数の特性が含まれているが、特許文献1に記載の技術だと、これら特性のうちのいずれが異常なのかまでは判別することができない。
【0007】
そこで本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、空燃比センサに含まれる個々の特性の異常を好適に診断することができる空燃比センサの異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一形態によれば、
内燃機関の排気通路に配置された空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁からの燃料噴射量を周期的に増減して入力としての空燃比を所定の中心空燃比に対してリッチ側及びリーン側に交互に切り替えるアクティブ制御を実行するアクティブ制御手段と、
アクティブ制御中、前記燃料噴射弁から前記空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化してなるモデルに対する前記入力と、前記空燃比センサの出力とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータを逐次的に更新しつつ同定する同定手段と、
前記同定手段により同定されたパラメータに基づき、前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定する判定手段と、
外乱の発生を検出する外乱検出手段とを備え、
前記外乱検出手段により外乱の発生が検出されたとき、前記同定手段が前記パラメータの同定を中断する
ことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置が提供される。
【0009】
これによれば、単に空燃比センサの異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。よって空燃比センサの複数の特性のうち、いずれが異常なのかを判別することができ、空燃比センサの異常診断をより緻密且つ詳細に実行することができる。ところでパラメータを逐次的に更新して同定する場合、同定の途中で負荷変動などの外乱が発生すると、外乱の影響で同定値が変動し、同定精度が低下したり同定値の収束が遅くなるなどの問題が生ずる。しかし、本発明の一形態によれば、外乱発生が検出されたときパラメータの同定を中断するので、同定値への外乱の影響を抑制し、外乱による同定精度の低下や同定値の収束遅延を抑制することができる。
【0010】
好ましくは、前記同定手段は、所定タイミング毎にパラメータ同定値を記憶保持すると共に、前記外乱検出手段により外乱の発生が検出されなくなった後に前記パラメータの同定を再開し、この再開時、外乱発生検出直前に記憶保持してあるパラメータ同定値と等しい値からパラメータの同定を再開する。
【0011】
こうすると、外乱の影響のない値から同定を再開することができ、外乱による同定精度の低下や同定値の収束遅延を一層抑制することができる。
【0012】
好ましくは、前記所定タイミングが、アクティブ制御の1周期が経過するタイミングである。
【0013】
本発明の他の形態によれば、
内燃機関の排気通路に配置された空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁からの燃料噴射量を周期的に増減して入力としての空燃比を所定の中心空燃比に対してリッチ側及びリーン側に交互に切り替えるアクティブ制御を実行するアクティブ制御手段と、
アクティブ制御中、前記燃料噴射弁から前記空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化してなるモデルに対する前記入力と、前記空燃比センサの出力とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータを逐次的に更新しつつ同定する同定手段と、
前記同定手段により同定されたパラメータに基づき、前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定する判定手段と、
前記同定手段による同定終了タイミングを決定すべく、パラメータ同定値の収束を検出する収束検出手段と
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置が提供される。
【0014】
これによっても、単に空燃比センサの異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。よって空燃比センサの複数の特性のうち、いずれが異常なのかを判別することができ、空燃比センサの異常診断をより緻密且つ詳細に実行することができる。ところで、パラメータ同定値が収束しているにも拘わらず同定を継続させてしまうと、その継続中に外乱が発生した場合に同定値が変動し、同定精度が悪化するなどの問題がある。この他の形態によれば、同定終了タイミングを決定すべくパラメータ同定値の収束を検出するので、収束検出時点を同定終了タイミングとして決定し、同定終了タイミングを適切に定めることができる。そして同定精度の悪化等を未然に防止することが可能となる。
【0015】
好ましくは、前記収束検出手段が、所定時間当たりの前記パラメータ同定値の変動量が所定値より小さくなった時点で前記パラメータの収束を検出し、前記同定手段が、当該時点で前記パラメータの同定を終了する。
【0016】
好ましくは、前記異常診断装置は、前記入力から前記出力までの間のむだ時間を算出するむだ時間算出手段を備え、
前記判定手段は、前記むだ時間算出手段により算出されたむだ時間に基づきむだ時間の正常・異常をも判定可能であり、
前記判定手段は、前記むだ時間を正常と判定した場合に前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定する。
【0017】
むだ時間が異常だとパラメータの同定を正確に行えなくなり、不正確なパラメータ同定値に基づいてセンサ特性の正常・異常を判定すると、誤った判定結果を生じる可能性がある。この好ましい形態によれば、むだ時間を正常と判定した場合にセンサ特性の正常・異常を判定するので、異常なむだ時間を前提とする同定精度の悪化や診断精度の悪化を未然に防止することができる。
【0018】
好ましくは、前記一次遅れ要素におけるパラメータがゲインと時定数からなり、前記空燃比センサの所定の特性が前記ゲインに対応した出力と前記時定数に対応した応答性とからなり、
前記判定手段は、前記出力と前記応答性の正常・異常を判定する際、まず前記応答性の正常・異常を判定し、前記応答性を正常と判定した場合に前記出力の正常・異常を判定する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、空燃比センサの個々の特性の異常を好適に診断することができるという、優れた効果が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態に係る内燃機関の概略図である。
【図2】アクティブ制御時における入力空燃比と出力空燃比との変化の様子を概略的に示す図である。
【図3】ゲイン及び時定数を同定した結果を示すグラフであり、正常センサの場合である。
【図4】ゲイン及び時定数を同定した結果を示すグラフであり、異常センサの場合である。
【図5】異常診断システムのブロック図である。
【図6】燃料ダイナミクス補正のある場合とない場合とで入力空燃比を比較した試験結果である。
【図7】入力空燃比と出力空燃比との変化の様子を示す試験結果であり、バイアス補正前の状態である。
【図8】バイアス補正の方法を説明するための概略図である。
【図9】入力空燃比と出力空燃比との変化の様子を示す試験結果であり、バイアス補正後の状態である。
【図10】むだ時間補正前後の入力空燃比を示す試験結果である。
【図11】むだ時間算出方法を説明するための試験結果であり、正常センサの場合である。
【図12】むだ時間算出方法を説明するための図11に対応した概略図である。
【図13】むだ時間算出方法を説明するための試験結果であり、異常センサの場合である。
【図14】むだ時間算出方法を説明するための図13に対応した概略図である。
【図15】空燃比センサ異常診断の手順を概略的に示すフローチャートである。
【図16】第1の態様における各値の推移を示すタイムチャートである。
【図17】第1の態様に係る異常診断処理のフローチャートである。
【図18】同定時における各値の推移を示すタイムチャートであり、正常センサの場合である。
【図19】同定時における各値の推移を示すタイムチャートであり、異常センサの場合である。
【図20】外乱がパラメータ同定値に与える影響を示すグラフである。
【図21】正常センサとむだ時間異常センサの出力空燃比の波形を示すグラフである。
【図22】正常センサと応答性異常センサの出力空燃比の波形を示すグラフである。
【図23】第2の態様に係る異常診断処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための最良の形態を添付図面に基づき説明する。
【0022】
図1は、本実施形態に係る内燃機関の概略図である。図示されるように、内燃機関Eは、シリンダブロック1に形成された燃焼室2の内部で燃料および空気の混合気を燃焼させ、燃焼室2内でピストン3を往復移動させることにより動力を発生する。本実施形態の内燃機関Eは車両用多気筒エンジン(例えば4気筒エンジン、1気筒のみ図示)であり、火花点火式内燃機関、より具体的にはガソリンエンジンである。但し、内燃機関の形式、種類、用途等は特に限定されない。
【0023】
内燃機関Eのシリンダヘッドには、吸気ポートを開閉する吸気弁Viと、排気ポートを開閉する排気弁Veとが気筒ごとに配設されている。各吸気弁Viおよび各排気弁Veは図示しないカムシャフトによって開閉させられる。また、シリンダヘッドの頂部には、燃焼室2内の混合気に点火するための点火プラグ4が気筒ごとに取り付けられている。
【0024】
各気筒の吸気ポートは気筒毎の枝管を介して吸気集合室であるサージタンク5に接続されている。サージタンク5の上流側には吸気集合通路をなす吸気管6が接続されており、吸気管6の上流端にはエアクリーナ7が設けられている。そして吸気管6には、上流側から順に、吸入空気量を検出するためのエアフローメータ8と、電子制御式スロットルバルブ9とが組み込まれている。吸気ポート、枝管、サージタンク5及び吸気管6により吸気通路が形成される。
【0025】
吸気通路、特に吸気ポート内に燃料を噴射するインジェクタ(燃料噴射弁)10が気筒ごとに配設される。インジェクタ10から噴射された燃料は吸入空気と混合されて混合気をなし、この混合気が吸気弁Viの開弁時に燃焼室2に吸入され、ピストン3で圧縮され、点火プラグ4で点火燃焼させられる。
【0026】
一方、各気筒の排気ポートは気筒毎の枝管を介して排気集合通路をなす排気管11に接続されている。排気ポート、枝管及び排気管11により排気通路が形成される。排気管11には、その上流側と下流側とに三元触媒からなる触媒12,13が取り付けられている。上流側触媒11の前後の位置にそれぞれ排気ガスの空燃比を検出するための空燃比センサ14,15、即ち触媒前センサ及び触媒後センサ14,15が設置されている。これら触媒前センサ及び触媒後センサ14,15は排気ガス中の酸素濃度に基づいて空燃比を検出する。触媒前センサ14は所謂広域空燃比センサからなり、比較的広範囲に亘る空燃比を連続的に検出可能で、その空燃比に比例した電流信号を出力する。他方、触媒後センサ15は所謂Oセンサからなり、理論空燃比を境に出力電圧が急変する特性を持つ。
【0027】
上述の点火プラグ4、スロットルバルブ9及びインジェクタ10等は、制御手段としての電子制御ユニット(以下ECUと称す)20に電気的に接続されている。ECU20は、何れも図示されないCPU、ROM、RAM、入出力ポート、および記憶装置等を含むものである。またECU20には、図示されるように、前述のエアフローメータ8、触媒前センサ14、触媒後センサ15のほか、内燃機関Eのクランク角を検出するクランク角センサ16、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ17、その他の各種センサが図示されないA/D変換器等を介して電気的に接続されている。ECU20は、各種センサの検出値等に基づいて、所望の出力が得られるように、点火プラグ4、スロットルバルブ9、インジェクタ10等を制御し、点火時期、燃料噴射量、燃料噴射時期、スロットル開度等を制御する。なおスロットル開度は通常アクセル開度に応じた開度に制御される。
【0028】
触媒12,13は、これに流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比(ストイキ、例えばA/F=14.6)のときにNOx ,HCおよびCOを同時に浄化する。そしてこれに対応して、ECU20は、内燃機関の通常運転時、触媒12,13に流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比に等しくなるように、空燃比を制御する(所謂ストイキ制御)。具体的にはECU20は、理論空燃比に等しい目標空燃比A/Ftを設定すると共に、燃焼室2内に流入する混合気の空燃比を目標空燃比A/Ftに一致させるような基本噴射量を算出する。そして、触媒前センサ14によって検出される実際の空燃比と目標空燃比A/Ftとの差に応じて基本噴射量をフィードバック補正し、この補正後の噴射量に応じた通電時間だけインジェクタ10を通電(オン)する。この結果、触媒12,13に供給される排気ガスの空燃比は理論空燃比近傍に保たれ、触媒12,13において最大の浄化性能が発揮されるようになる。このようにECU20は、触媒前センサ14によって検出される実際の空燃比が目標空燃比A/Ftに近づくように空燃比ないし燃料噴射量をフィードバック制御する。なお、触媒後センサ15は、このような空燃比フィードバック制御における中心空燃比のズレを補正するために設けられている。
【0029】
[空燃比センサ異常診断の基本的内容]
次に、本実施形態における空燃比センサの異常診断について説明する。本実施形態で診断対象となるのは上流触媒11の上流側に設置された空燃比センサ、即ち触媒前センサ14である。
【0030】
当該異常診断においては、インジェクタ10から触媒前センサ14までの系が一次遅れ要素によりモデル化され、このモデルに対する入力と、触媒前センサ14の出力とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータが同定(推定)される。そして、この同定されたパラメータに基づき、触媒前センサ14の所定の特性の異常が判定される。
【0031】
入力として、インジェクタ10の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量Qと、エアフローメータ8の出力に基づいて計算された吸入空気量Gaとの比Ga/Q、即ち入力空燃比が用いられる。以下、入力ないし入力空燃比をu(t)で表す(u(t)=Ga/Q)。他方、触媒前センサ14の出力としては、出力空燃比、即ち触媒前センサ14の出力電圧Vrから換算される触媒前空燃比A/Ffが用いられる。以下、出力ないし出力空燃比をy(t)で表す(y(t)=A/Ff)。入力空燃比u(t)をモデルに与えたときの出力空燃比y(t)の出方から、一次遅れ要素におけるパラメータを同定し、この同定されたパラメータに基づき触媒前センサ14の所定の特性の異常が判定される。
【0032】
図2に示すように、本実施形態では、パラメータ同定の際に、オープン制御に近い方法で入力空燃比u(t)を強制的に振動させるアクティブ制御(同定用アクティブ制御)が実行される。このアクティブ制御では、入力空燃比u(t)が、所定の中心空燃比A/Fcを境にリーン側及びリッチ側に交互に同一振幅で切り替えられ、一定周期で振動させられる。振動の振幅は通常の空燃比制御のときより大きく、例えば空燃比で0.5などとされる。中心空燃比A/Fcは理論空燃比に等しくされる。
【0033】
このアクティブ制御を実行する理由は、アクティブ制御がエンジンの定常運転時に実行されることから、各制御量及び各検出値が安定し、診断精度が向上するからである。また入力空燃比u(t)を敢えて大きく変化させたときの方がセンサの各特性(特に出力及び応答性)の良し悪しを好適に診断できるからである。
【0034】
図示されるように、入力空燃比u(t)はほぼステップ状の波形であり、これに対し出力空燃比y(t)は一次遅れを伴った波形となる。図中Lは、入力空燃比u(t)から出力空燃比y(t)までの輸送遅れに基づくむだ時間である。このむだ時間Lは、インジェクタ10における燃料噴射時から、その燃料噴射による排気ガスが触媒前センサ14に到達するまでの時間差に相当する。
【0035】
簡単化のためこのむだ時間Lをゼロと仮定すると、一次遅れ要素はG(s)=k/(1+Ts)で表される。ここで、kは触媒前センサ14のゲインであり、Tは触媒前センサ14の時定数を表す。ゲインkは、触媒前センサ14の特性のうち出力に関わる値であり、他方、時定数Tは、触媒前センサ14の特性のうち応答性に関わる値である。図2において、出力空燃比y(t)を表す実線は触媒前センサ14が正常な場合を示す。これに対し、触媒前センサ14の出力特性に異常が生じると、ゲインkが正常時より大きくなり、aで示す如くセンサ出力が増大(拡大)するか、またはゲインkが正常時より小さくなり、bで示す如くセンサ出力が減少(縮小)する。よって、同定されたゲインkを所定値と比較することでセンサ出力の増大異常又は減少異常を特定することができる。他方、触媒前センサ14の応答性に異常が生じると、殆どの場合、時定数Tが正常時より大きくなり、cで示す如くセンサ出力が遅れて出てくるようになる。よって、同定された時定数Tを所定値と比較することでセンサの応答性異常を特定することができる。
【0036】
次に、ECU20によって実行されるこれらゲインk及び時定数Tの同定方法を説明する。
【0037】

【0038】

【0039】
式(20)は、今回のサンプル時刻tと前回のサンプル時刻t−1とにおける値の関数であり、この式の意味するところは、今回値と前回値に基づいてbとbが、即ちTとkが毎回更新されていくことにほかならない。こうして、時定数Tとゲインkは逐次最小自乗法により逐次同定されることになる。この逐次同定を行うやり方だと、サンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方よりも演算負荷を軽減できると共に、データを一時的に溜めるバッファの容量も減少できて、ECU(特に自動車用ECU)への実装に好適である。
【0040】
ECU20により実行されるセンサ特性の異常判定方法は次の通りである。まず、同定された時定数Tが所定の時定数異常判定値Tsより大きい場合、応答遅れが生じており、触媒前センサ14は応答性異常であると判定される。他方、同定された時定数Tが時定数異常判定値Ts以下の場合、触媒前センサ14は応答性に関して正常と判定される。
【0041】
また、同定されたゲインkが所定のゲイン増大異常判定値ks1より大きい場合、触媒前センサ14は出力増大異常であると判定され、同定されたゲインkがゲイン縮小異常判定値ks2(<ks1)より小さい場合、触媒前センサ14は出力減少異常であると判定される。同定されたゲインkがゲイン縮小異常判定値ks2以上で且つゲイン増大異常判定値ks1以下の場合、触媒前センサ14は出力に関して正常であると判定される。
【0042】
このように本発明に係る異常診断によれば、単に空燃比センサ自体の異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。そして、二つの同定パラメータT,kにより、応答性及び出力という二つのセンサ特性の異常が、とりわけ同時且つ個別に、判定される。よって空燃比センサの異常診断として極めて緻密で且つ好適なものを実現することが可能となる。
【0043】
図3及び図4は、正常な触媒前センサ14の場合と異常な触媒前センサ14の場合とで時定数Tとゲインkとを逐次最小自乗法により逐次同定した結果を示す。図3が正常な触媒前センサ14の場合、図4が異常な触媒前センサ14の場合である。図3(A)及び図4(A)は入力空燃比(破線)と出力空燃比(実線)との振動の様子を示す。
【0044】
図3(B)及び図4(B)は、アクティブ制御開始時からの時定数T(破線)とゲインk(実線)との推移を示す。時定数Tとゲインkとはサンプル時刻毎に毎回更新されていき、次第に一定値に収束していく。アクティブ制御開始時(同定開始時)t0から、それらの値がほぼ収束するような所定時間(例えば5秒)経過後の時点(判定タイミング)t1で、同定が終了されると共に時定数Tとゲインkとの値が取得され、これら取得された時定数Tとゲインkとが前記異常判定値Ts1,ks1,ks2と比較されて、応答性及び出力の異常判定がなされる。
【0045】
異常な触媒前センサ14として、正常な触媒前センサ14に比べ応答性がほぼ同じで出力が1/2であるセンサを用いて試験を行ったところ、判定時期t1での時定数Tについては、正常センサの場合0.18、異常センサの場合0.17とほぼ同等であった。他方、判定時期t1でのゲインkについては、正常センサの場合1、異常センサの場合0.5であった。これにより実際のセンサと同様の結果を得られることが確認された。
【0046】
ところで、実際のエンジンには負荷変動などの様々な外乱があり、これらを適切に考慮しないと同定精度やロバスト性を向上することができない。このため、本実施形態に係る異常診断では、以下のような入出力データに対する種々の補正を行うこととしている。
【0047】
図5は、モデルパラメータを同定するためのシステム全体のブロック図である。このようなシステムはECU20内に構築されている。同定部(同定手段)30において前述のようなパラメータT,kの同定を行うため、入力算出部31、バイアス補正部32及びむだ時間補正部(むだ時間補正手段)33が設けられる。なお、異常診断がアクティブ制御中に実施されることから、アクティブ制御フラグ出力部34も設けられている。
【0048】
入力算出部31では入力空燃比u(t)の算出が行われる。入力空燃比u(t)は前述の例ではインジェクタ10の通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qと、エアフローメータ8の出力に基づいて計算される吸入空気量Gaとの比Ga/Qであった。しかしながらここでは、インジェクタ通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qが燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正され、その補正後の燃料噴射量Q’を使用して入力空燃比u(t)が計算される。u(t)=Ga/Q’であり、結果的に入力空燃比u(t)が燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正される。
【0049】
インジェクタ10から燃料が噴射されると、そのうち大部分は筒内燃焼室2に吸入されるが、残りの部分は吸気ポートの内壁面に付着し燃焼室2に入らない。そこで、インジェクタ10から噴射された燃料量をfiとし、全気筒分の燃料付着率をR(<1)とすると、その噴射燃料量fiのうち、吸気ポート壁面に付着する分はR・fi、燃焼室2に入る分は(1−R)・fiで表される。
【0050】
他方、吸気ポート壁面に付着した燃料のうち、一部は蒸発して次の吸気行程で燃焼室2内に入るが、残りは残留してそのまま付着し続ける。そこで、吸気ポート壁面に付着した燃料量をfwとし、全気筒分の燃料残留率をP(<1)とすると、壁面付着燃料量fwのうち、そのまま壁面に付着し続ける分はP・fw、燃焼室2に入る分は(1−P)・fwで表される。
【0051】
4サイクルエンジンの吸気、圧縮、膨張、排気の各行程を1回ずつ終えて1サイクルとし(即ち、1サイクル=720°クランク角)、今回のサイクルをks、次回のサイクルをks+1とする。また、筒内燃焼室2に入る燃料量をfcとすると、次の関係が成り立つ。
【0052】
【数1】

【0053】
式(21)の意味するところは、次回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks+1)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)の残留分P・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)の壁面付着分R・fi(ks)との和で表される、ということである。また、式(22)の意味するところは、今回サイクルで燃焼室2内に流入する流入燃料量fc(ks)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)のうちの蒸発分(1−P)・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)のうち壁面付着しないで直接燃焼室2内に流入する分(1−R)・fi(ks)との和で表される、ということである。
【0054】
こうして、入力空燃比u(t)の算出に際し、燃料噴射量Q’の値として流入燃料量fcの値が用いられる。この流入燃料量fcは、燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき、インジェクタ10の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量を補正したものにほかならない。よって、入力空燃比u(t)の算出に流入燃料量fcの値を用いることにより、入力空燃比の値を実情に近いより正確な値とすることができ、パラメータの同定精度を向上することが可能になる。
【0055】
なお、エンジン温度及び吸気温が高いほど、燃料の気化が促進されることから、燃料付着量は減少し、燃料蒸発量は増大する。従って燃料残留率P及び燃料付着率Rはエンジン温度(若しくは水温)及び吸気温の少なくとも一方の関数とするのが好ましい。ここで説明したような燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づく補正を「燃料ダイナミクス補正」と称することとする。
【0056】
図6には、燃料ダイナミクス補正のない場合(破線)とある場合(実線)とでアクティブ制御中の入力空燃比u(t)の変化の違いを調べた試験結果である。図中円内に示されるように、燃料ダイナミクス補正のある場合はない場合に比べ、入力空燃比u(t)が反転された直後に入力空燃比u(t)の波形が若干なまされる傾向にある。
【0057】
次に、バイアス補正部32で行われるバイアス補正について説明する。このバイアス補正部32では、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との間のバイアスを除去するように入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との両方がシフトされる。
【0058】
入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とは、負荷変動、学習ズレ及びセンサ値ズレ等の要因に伴い、一方に対し他方がリーン側又はリッチ側にバイアスしてしまう(ズレてしまう)場合がある。図7はこのバイアスの様子を示す試験結果である。図中、u(t)c及びy(t)cはそれぞれ入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とをローパスフィルタを通した値、もしくはそれらの移動平均を示す。触媒前センサ14で検出される空燃比が理論空燃比(A/F=14.6)付近となるよう制御されていることから、触媒前センサ14の検出値である出力空燃比y(t)は理論空燃比を中心に変動し、そのローパスフィルタを通した値もしくは移動平均y(t)cも理論空燃比付近に保たれる。これに対し、入力空燃比u(t)は、前述の理由から、図示例ではリーン側にバイアスしている。
【0059】
かかるバイアス状態で同定を行うのは好ましくないことから、バイアスを除去するような補正が行われる。具体的には、図8に示すように、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とのデータがローパスフィルタを通過され、もしくは移動平均を算出し、バイアス値u(t)c、y(t)cが逐次的に算出される。そして、逐次的に、入力空燃比u(t)とそのバイアス値u(t)cとの差Δu(t)(=u(t)−u(t)c)及び出力空燃比y(t)とそのバイアス値y(t)cとの差Δy(t)(=y(t)−y(t)c)が算出され、これら差Δu(t)、Δy(t)がゼロ基準の値に置き換えられる。なお、これら差Δu(t)、Δy(t)をまとめてΔA/Fで表示する(図3(A)及び図4(A)においても同様)。
【0060】
こうしてバイアスは除去され、バイアス除去後の入出力空燃比の値Δu(t)、Δy(t)は図9に示される如くゼロ基準の値に変更される。即ち、両者の変動の中心がゼロに合わせられ、負荷変動や学習ズレ等の影響を無くすことができる。これにより負荷変動や学習ズレ等に対するロバスト性を高めることができる。
【0061】
なお、この例では入出力空燃比の両方を補正し、入出力空燃比の変動中心をゼロに合わせてバイアスを除去する方法を採用したが、これ以外の方法も採用できる。例えば、入力空燃比のみを補正し、その変動中心を出力空燃比の変動中心に合わせたり、その逆を行ったりすることができる。補正の対象は入出力空燃比の少なくともいずれか一方であればよい。
【0062】
次に、むだ時間補正部33について説明する。前述したように、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との間には輸送遅れによるむだ時間Lが存在する。しかしながら、正確なモデルパラメータの同定を行うためには、このむだ時間Lを除去するような補正を行うのが好ましい。そこでこのような補正をむだ時間補正部33で行うこととしている。具体的には、後述の方法でむだ時間Lが算出され、この算出されたむだ時間Lに基づいて入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)の少なくとも一方が補正される。特に本実施形態の場合、算出されたむだ時間L分だけ、入力空燃比u(t)が出力空燃比y(t)に近づくよう遅らせられる。
【0063】
図10には、むだ時間補正前の入力空燃比(破線)、むだ時間補正後の入力空燃比(実線)及び出力空燃比(一点鎖線)が示される。なお入力空燃比及び出力空燃比としてバイアス補正後の値が用いられる。むだ時間Lだけ入力空燃比が遅らせられると、入力空燃比の振動と出力空燃比の振動とが時間差無く同期するようになり、これによりモデルパラメータの同定精度を向上させることができる。
【0064】
以下、むだ時間の算出方法を説明する。まず、アクティブ制御中の入力空燃比及び出力空燃比の分散値σが次式(23)により逐次的に求められる。
【0065】
【数2】

【0066】
ηは入力空燃比又は出力空燃比を意味し、ηavgは入力空燃比又は出力空燃比の今回(t)時点におけるM回移動平均、即ち今回(t)から(M−1)回前(t−(M−1))までのデータの平均値である。Mは例えば5などとされる。入力空燃比又は出力空燃比の変化が大きいほどその分散値は大きくなる。
【0067】
図11はむだ時間補正に関する試験結果であり、正常センサの場合を示す。上段のグラフは、a:むだ時間補正前の入力空燃比、b:むだ時間補正後の入力空燃比、c:出力空燃比をそれぞれ示す。なおa及びbで示した入力空燃比は燃料ダイナミクス補正及びバイアス補正を実施した後の値であり、cで示した出力空燃比はバイアス補正を実施した後の値である。中段のグラフは、d:aで示したむだ時間補正前の入力空燃比の分散値、e:cで示した出力空燃比の分散値をそれぞれ示す。下段のグラフにおいて、鋸歯状の波形fはむだ時間カウンタの値、高い位置にある横線gは後述のようにして算出されるむだ時間、低い位置にある横線hはむだ時間gを1/4になました値をそれぞれ示す。
【0068】
図12には図11のa,c,d,eのみが簡略化して示してある。この図12から分かるように、入力空燃比及び出力空燃比の分散値d,eは、入力空燃比a及び出力空燃比cが反転を開始するタイミングに合わせて瞬時的に立ち上がる。よってむだ時間の算出開始タイミングを、例えば入力空燃比aの分散値ピークdpが現れたタイミングとし、むだ時間の算出終了タイミングを、出力空燃比の分散値eが所定のしきい値epsを超えたタイミングとし、これらタイミング同士の時間差をむだ時間gとして算出する。図11を参照して、入力空燃比の分散値ピークdpが発生すると、その発生時からむだ時間カウンタfが時間のカウントを開始する。そして、出力空燃比の分散値eがしきい値epsを超えた時点で、カウントが停止され、そのカウント値がむだ時間gとして保持される。このむだ時間gは入力空燃比の反転毎に更新され、且つその反転毎に、なまし後のむだ時間hが計算されていく。なまし後のむだ時間hを計算する理由はノイズの影響を除去するためである。なまし後のむだ時間hの値はやがて一定値付近に収束するようになる。そこで、アクティブ制御の開始時から、なまし後のむだ時間hがほぼ一定値に収束するようになる所定時間経過後の時点で、なまし後のむだ時間hが取得され、その取得された値が最終的なむだ時間Lとして決定される。
【0069】
ところで、図11及び図12により説明した以上の算出方法は正常センサの場合であるが、これに対し、ある程度劣化したセンサの場合だと、同様の方法を採用するのが困難な場合もある。即ち、図13及び図14に示される如く、例えば応答遅れが生じているセンサの場合だと、出力空燃比bの分散値eとしてしきい値epsを超えるような十分大きな値を得ることができず、むだ時間の算出が行えない。
【0070】
そこで、出力空燃比eの分散値を所定のしきい値epsと比較し、図11及び図12に示すように、その分散値eがしきい値epsを超えた場合は、前述のようにその超えた時点と、入力空燃比の分散値ピークdpが現れた時点との時間差を以てむだ時間gとする。他方、図13及び図14に示すように、出力空燃比の分散値eがしきい値epsを超えない場合は、入出力空燃比a,c自体の極値ap,cp同士の時間差(cp−ap)を以てむだ時間gとする。これにより劣化したセンサの場合でも正確にむだ時間を算出することができる。
【0071】
このむだ時間補正では、入力空燃比をむだ時間分だけ遅らせて出力空燃比とタイミングを一致させる補正を行ったが、これ以外の方法も採用できる。例えば、逐次同定を行わないやり方、例えばサンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方だと、出力空燃比をむだ時間分だけ早めて入力空燃比とタイミングを一致させたり、入力空燃比を遅らせ且つ出力空燃比を早めて両者のタイミングを一致させたりすることができる。補正の対象は入出力空燃比の少なくともいずれか一方であればよい。
【0072】
また、むだ時間算出の開始タイミングは、前述の如き、入力空燃比aの分散値ピークdpが現れたタイミングに限られない。そもそも、入力空燃比a(具体的には目標空燃比A/Ft)の切り替えないし反転はECU自身が行うので、そのタイミングはECU自身が把握している。また、目標空燃比A/Ftの切り替えから実際の燃料噴射量が切り替えられるまでのタイムラグは無視し得る程度である。よってECU20が入力空燃比aを切り替えた時点、具体的には目標空燃比A/Ftを切り替えた時点或いは燃料噴射量を切り替えた時点を、むだ時間算出の開始タイミングとすることが可能である。ちなみに、入力空燃比aの分散値ピークdpが現れるタイミングは、燃料噴射量が切り替えられるタイミングに一致している。
【0073】
次に、上述の全ての補正を含む空燃比センサ異常診断の手順を図15に基づいて説明する。まず、ステップS101では空燃比を強制的に振動させるアクティブ制御が実行され、ステップS102では、燃料ダイナミクス補正がなされた後の入力空燃比u(t)の値が算出され、ステップS103では、入出力空燃比の間のバイアスが無くなるように入力空燃比u(t)及び出力空燃比y(t)の値がシフト補正される。
【0074】
続くステップS104ではむだ時間Lが算出され、ステップS105においてむだ時間Lが無くなるように、バイアス補正後の入力空燃比u(t)の値がむだ時間L分だけシフト補正される。次のステップS106では、ステップS105で得られたむだ時間補正後の入力空燃比u(t)と、ステップS103で得られたバイアス補正後の出力空燃比y(t)との関係から、モデルパラメータである時定数Tとゲインkとが同定される。そして、ステップS107において、同定されたパラメータT,kと各異常判定値(時定数異常判定値Ts、ゲイン増大異常判定値ks1及びゲイン縮小異常判定値ks2)とが比較され、空燃比センサ(触媒前センサ14)の応答性及び出力の正常・異常が判定される。
【0075】
なお、上述の異常診断については種々の変形例が考えられる。例えば、燃料を燃焼室2に直接噴射する直噴式エンジンの場合、吸気通路壁面への燃料付着を考慮する必要がないので、燃料ダイナミクス補正は省略されることとなる。上記診断は所謂広域空燃比センサへの適用例であったが、触媒後センサ15のような所謂Oセンサへの適用例も可能である。このようなOセンサも含めて、広く、排気ガスの空燃比を検出するためのセンサを本発明にいう空燃比センサというものとする。上記診断では一次遅れ要素G(s)=k/(1+Ts)の二つのパラメータk,Tを同定し、それぞれに対応する二つの特性(出力及び応答性)の異常を診断したが、例えば、一若しくは三以上のパラメータを同定し、一若しくは三以上の特性について異常を診断してもよい。例えば、一次遅れ要素としてむだ時間を含むもの、即ち
【0076】
【数3】

【0077】
を設定し、三つのパラメータk,T,Lを同時に同定し、それぞれに対応する三つの特性(出力、応答性及びむだ時間)の異常を同時に診断してもよい。なお、各パラメータの同定を時間差を以て行ってもよいし、各特性の異常判定を時間差を以て行ってもよい。
【0078】
ところで、パラメータk,Tを上記の如く逐次的に更新して同定する場合、同定の途中で負荷変動などの外乱が発生すると、外乱の影響で同定値が変動してしまい、同定精度が低下したり同定値の収束が遅くなるなどの問題が生ずる。そこでこの問題を解決するため、以下に挙げるような各態様を実施する。
【0079】
[第1の態様:外乱発生時の同定中断]
前述の基本態様だと、同定途中で外乱が発生してもそのまま同定が続行されるため、パラメータ同定値が真の値から外れた時点で同定が終了し、誤った同定値を得たり誤った正常・異常判定結果を生じたりする虞があった。また、パラメータが外乱の影響でずれてから真の値に復帰するまでに時間が掛かり、その収束が遅れるという問題があった。
【0080】
そこで、この第1の態様では、外乱の発生が検出されたときにはパラメータの同定を中断する。これにより同定値への外乱の影響を抑制し、外乱による同定精度の低下や同定値の収束遅延を抑制することができる。
【0081】
以下、具体例について説明する。図16には第1の態様における各値の推移を示す。(A)はアクティブ制御中の入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)を示す(但し入力空燃比u(t)はむだ時間補正されていない)。(B)は同定禁止フラグのオンオフ状態を示す。同定禁止フラグは、ECU20により外乱発生が検出されたとき、具体的には外乱発生とみなせるような後述の条件が成立したときにオンされるECU20内のフラグである。この意味でECU20は外乱検出手段を構成している。(C)はアクティブ周期カウンタの値を示す。アクティブ周期カウンタは、アクティブ制御の1周期が経過する度に1ずつ繰り上がるECU20内のカウンタである。アクティブ制御の1周期とは、入力空燃比u(t)がリッチ空燃比及びリーン空燃比の一方から他方に切り替えられた時から、次に同方向に切り替えられた時までの期間をいう。なおその半分の、入力空燃比u(t)がリッチ空燃比及びリーン空燃比の一方から他方に切り替えられた時から、次に他方から一方に切り替えられた時までの期間をアクティブ制御の半周期という。
【0082】
(D)は同定値算出回数カウンタの値を示す。同定値算出回数カウンタ、詳しくは後述するが、パラメータk、Tの同定値が記憶保持される度に1ずつ繰り上がるECU20内のカウンタである。(E)は、入力空燃比u(t)がリーン空燃比からリッチ空燃比に切り替えられたときに同定される時定数(LR時定数という)TLRの値を示し、(F)は、入力空燃比u(t)がリッチ空燃比からリーン空燃比に切り替えられたときに同定される時定数(RL時定数という)TRLの値を示す。即ちここでは、入力空燃比u(t)の半周期毎にLR時定数とRL時定数とが交互に逐次更新される。なお、図示しないが、ゲインkも同様に同定され逐次更新されることとなる。
【0083】
図示するように、時刻t0でアクティブ制御が開始されると、アクティブ制御の最初の1周期或いは1回目の間は同定が行われず、所謂捨て山とされる。こうする理由はアクティブ制御開始直後は各値が不安定だからである。最初の1周期を終えて時刻t1において2周期目が開始されると、パラメータk、Tの同定が開始され、アクティブ周期カウンタが1つ繰り上がる。2周期目開始時刻t1からむだ時間L1の算出が開始されるが、むだ時間L1が経過するまでの間は同定が実質的に行われず、むだ時間L1の算出が終了した時刻t2から同定が実質的に開始される。図示例では時刻t1で入力空燃比u(t)がリーン空燃比からリッチ空燃比に切り替えられているので、まずLR時定数の同定、逐次更新が行われる。
【0084】
次に入力空燃比u(t)がリッチ空燃比からリーン空燃比に切り替えられると(時刻t3)、LR時定数がその時の値に保持され、他方、むだ時間L2経過後の時刻t4から、RL時定数の同定、逐次更新が行われる。
【0085】
次に入力空燃比u(t)がリーン空燃比からリッチ空燃比に切り替えられた時(時刻t5)、即ちアクティブ制御の2周期目を終え3周期目が開始した時、図中白丸1で示すように、その時点でのLR時定数(TLR1)とRL時定数(TRL1)との値がECU20のメモリに記憶保持される。また同時に、同定値算出回数カウンタが1つ繰り上がり、アクティブ周期カウンタも1つ繰り上がる。なお、このような同定値の記憶保持は前述の基本態様では行われていない。
【0086】
次に時刻t6で再びLR時定数の同定が開始されるが、図示例では円内に示すように、負荷変動等の外乱の影響でLR時定数の値が大きく変動している。この外乱は時刻t7において検出されており、これと同時に同定禁止フラグがオンされる。
【0087】
同定禁止フラグがオンされると、以降、LR時定数の同定が中断され、LR時定数は同定禁止フラグオンの時点の値に維持される。つまり同定禁止フラグオンの間は、LR時定数の同定も、RL時定数の同定も中断され、両時定数は同定禁止フラグオンの時点の値に維持される。
【0088】
図示例では、次に入力空燃比u(t)がリーン空燃比からリッチ空燃比に切り替えられた時刻t8で、同定禁止フラグオフとなっている。こうなると、その直後のアクティブ制御の1周期或いは1回が、各値の安定を待つための捨て山とされ、同定中断状態が維持される。そして次に入力空燃比u(t)がリーン空燃比からリッチ空燃比に切り替えられた時刻t9で、同定中断が解除され、同定が再開される。
【0089】
この再開時、それまで維持されてきた同定禁止フラグオン時点の値は破棄され、図中黒丸1’で示すように、同定禁止フラグオン直前に記憶保持したLR時定数TLR1及びRL時定数TRL1と等しい値から、同定が再開される。即ち、時刻t9からむだ時間L3経過後の時刻t10を開始時期として、まずLR時定数が、TLR1と等しいTLR1’から同定再開され、この後、入力空燃比u(t)がリッチ空燃比からリーン空燃比に切り替えられ(時刻t11)、むだ時間L4が経過した時刻t12を開始時期として、RL時定数が、TRL1と等しいTRL1’から同定再開される。なお、アクティブ周期カウンタは同定禁止フラグがオンとなったときにイニシャライズされて同定再開時からカウントが再開される。他方、同定値算出回数カウンタは同定禁止フラグオンとなってもイニシャライズされず、そのカウント値が保持される。
【0090】
こうして再開後1周期を経過した時刻t13で、LR時定数TLR2とRL時定数TRL2とが記憶保持される。こうして、同定禁止フラグがオンにならない限り、LR時定数とRL時定数とは、図中白丸3,4で示すように1周期毎に記憶保持されながら、逐次更新されていく。
【0091】
一方、同定精度を悪化させるような外乱の発生が検出され、同定禁止フラグがオンとなるのは、例えば、次の条件(1)〜(4)の少なくとも一つが成立したときである。なお、条件(1)〜(4)の全てが非成立のときには同定禁止フラグはオフである。
(1)エアフローメータ8により検出された吸入空気量Gaが、所定値Ga1より小さいか又は所定値Ga2より大きい(但しGa1<Ga2)。
(2)所定時間当たりの吸入空気量の変動量ΔGaが所定値ΔGasより大きい。
(3)クランク角センサ16の検出値に基づき算出された機関回転速度Neが、所定値Ne1より小さいか又は所定値Ne2より大きい(但しNe1<Ne2)。
(4)パージ率が所定値より大きい。
【0092】
なお、条件(4)に関して補足説明すると、本実施形態の内燃機関には図示省略するが、燃料タンク内で発生した蒸発燃料を吸気通路に吸入(パージ)させるためのパージ手段が備えられている。このパージ手段は蒸発燃料を吸着するキャニスタと、キャニスタからパージさせるパージガスの流量を制御するパージ制御弁とを有している。パージ率とは、吸入空気量Gaに対するパージガス流量の比率をパーセントで表した値である。パージ率が大きいと入力空燃比u(t)がリーン側にずれる傾向にあるので、条件(4)も同定禁止フラグをオンする条件に含めている。
【0093】
また、次の条件(5)及び(6)の少なくとも一つが成立したときには、条件成立時からアクティブ制御の所定周期を終えるまでの間、同定禁止フラグがオンされる。
(5)パージが開始又は終了した。
(6)内燃機関の運転状態が、学習値の学習完了領域と学習未完了領域との間で移行した。
【0094】
条件(5)及び(6)のいずれも、入力空燃比u(t)のズレを発生させる原因となり得るので、条件(5)及び(6)の少なくとも一つが成立したときには、同定禁止フラグを所定時間オンするようにしている。ここで条件(6)について、アクティブ制御中には、中心空燃比(ストイキ)に相当する燃料噴射量(中心噴射量という)を所定の学習値に基づいて算出し、この中心噴射量に基づいてアクティブ制御中の燃料噴射量を算出してインジェクタから噴射させるようにしている。学習値は、複数に分割された内燃機関の運転領域毎に学習されるものであるが、例えば新車出荷やバッテリ交換からまだある程度の時間が経過していないときなどには、学習完了領域と学習未完了領域とが混在する場合があり、これら領域間で運転状態が移行すると、アクティブ制御中の燃料噴射量ひいては入力空燃比u(t)がずれることがある。よって、これら領域間で運転状態が移行したときには、同定禁止フラグを所定時間オンするようにしている。
【0095】
図17は、第1の態様を実施するような異常診断処理のフローチャートである。図示するフローチャートは所定のサンプリング間隔毎にECU20により繰り返し実行される。
【0096】
まずステップS201では、現トリップ中での正常・異常判定が未完了であるか否かが判断される。すなわち本実施形態では1トリップ当たりに1回、触媒前センサ14の正常・異常判定を行うようにしており、ここでは現トリップ中において既に正常・異常判定を行ったか否かを実質的に判断している。なおトリップとは内燃機関の1回の始動から停止までの期間をいう。
【0097】
判断結果がノーの場合にはステップS207に進み、他方、イエスの場合にはステップS202において、アクティブ制御の実行条件が成立したか否かが判断される。例えば、図示しない水温センサの検出値が所定値以上であり、触媒前後のセンサ14,15が活性済みであり、且つ触媒11が活性済みの場合に実行条件成立となる。
【0098】
判断結果がノーの場合にはステップS207に進み、他方、イエスの場合にはステップS203においてアクティブ制御が実行或いは開始される。
【0099】
次にステップS204において、同定禁止フラグがオフで且つアクティブ制御の1周期が終了したか否かが判断される。同定禁止フラグのオンオフは、ECU20により前述の条件(1)〜(6)に基づいて別ルーチンでなされる。ここでいうアクティブ制御の1周期は、前述の捨て山に対応するものである。
【0100】
判断結果がノーの場合にはステップS207に進み、他方、イエスの場合には、ステップS205においてむだ時間算出処理が実施され、ステップS206においてパラメータ(ゲインk、時定数T)の同定処理が実施される。
【0101】
次に、ステップS207において、同定値算出回数が所定値N以上となったか否か、具体的には同定値算出回数カウンタの値が所定値N以上となったか否かが判断される。Nは例えば5とされる。
【0102】
判断結果がノーの場合には終了され、他方、イエスの場合には、ステップS208において、最終的なパラメータ同定値に基づき触媒前センサ14の各特性(出力、応答性)の正常・異常が判定される。
【0103】
当該処理によれば、現トリップ中での判定が未完了で且つアクティブ制御実行条件が成立すると、アクティブ制御が開始される。アクティブ制御の最初の1周期ではステップS204の判断結果がノーであるから、むだ時間算出処理とパラメータ同定処理とが実施されず、また同定値算出回数もNより小さい0であるから、正常・異常判定も実施されない。アクティブ制御のみが実施される。アクティブ制御の2周期目が開始されると、ステップS204の判断結果がイエスであるから、むだ時間算出処理とパラメータ同定処理とが実施され、また同定値算出回数がN以上に達しなければ、アクティブ制御とむだ時間算出及びパラメータ同定が継続実施される。そしてアクティブ制御の1周期毎に、同定されたパラメータの値が記憶保持される。
【0104】
この途中で、同定禁止フラグがオンになると、ステップS204の判断結果がノーとなり、むだ時間算出処理とパラメータ同定処理とが中断される。但しアクティブ制御は継続される。そして同定禁止フラグがオフになると、その後の1周期即ち捨て山を終えた後、ステップS204の判断結果がイエスとなり、むだ時間算出処理とパラメータ同定処理とが再開される。
【0105】
こうして、同定値算出回数がNに達すると、同定終了となり、最終的なパラメータ同定値に基づいて触媒前センサ14の各特性の正常・異常が判定される。
【0106】
なお、図16の図示例で示したように、LR時定数とRL時定数とを個別に同定する場合には、各々の最終的な同定値を、各々に対応した異常判定値と比較して、リッチ方向の応答性とリーン方向の応答性との正常・異常を個別に判定することができる。或いは、各々の最終的な同定値の平均値を異常判定値と比較して時定数の正常・異常を判定することができる。
【0107】
このように、当該第1の態様によれば、外乱発生が検出されたときパラメータの同定を中断するので、同定値への外乱の影響を抑制し、外乱による同定精度の低下や同定値の収束遅延を抑制することができる。特に、所定タイミング(具体的にはアクティブ制御の1周期が経過するタイミング)毎に、パラメータ同定値を記憶保持すると共に、同定中断後の再開時に、外乱発生検出直前に記憶保持してある値と等しい値からパラメータの同定を再開するので、外乱の影響のない値から同定を再開することができ、外乱による同定精度の低下や同定値の収束遅延を一層抑制することができる。
【0108】
[第2の態様:パラメータ同定値の収束検出]
次に、外乱影響抑制のための第2の態様を説明する。基本態様で述べたとおり、同定パラメータ(ゲインk、時定数T)は、同定が進むにつれて逐次的に更新され、徐々に一定値に収束していく。そして、パラメータの同定値が収束するまでにはある程度の時間(データ数)が必要であるため、同定開始から所定時間経過後(データ更新後)に、同定を終了し、その終了時点での同定値に基づいて正常・異常判定をしている。
【0109】
ここで、正常センサよりも異常センサの方が同定値が収束するまでに時間(データ数)が必要であるため、基本態様においては、同定開始から終了までの間の所定時間が異常センサに相応しい一定値として設定されている。
【0110】
しかしこうすると、正常センサの場合に、既に同定値が収束しているにも拘わらず同定が継続されてしまい、その間に外乱等の影響を受けて同定値が変動し、同定精度が悪化したり、誤って異常と判定してしまうなどの問題があった。
【0111】
図18及び図19には同定時に於ける各値の推移を示し、図18は正常センサの場合、図19は異常センサ(応答性異常が発生しているセンサ)の場合である。両図中、(A)は入力空燃比と出力空燃比を示し、(B)はゲインkを示し、(C)は時定数Tを示す。ここでゲインk及び時定数Tについては、入力空燃比u(t)がリーン空燃比からリッチ空燃比に切り替えられたときの値と、リッチ空燃比からリーン空燃比に切り替えられたときの値とが個別に示される。
【0112】
両図から分かるように、正常センサの場合も異常センサの場合も、アクティブ制御及び同定は同一時間実施され、その終了タイミング即ち正常・異常判定タイミングも同じである。これに対し、実際のパラメータ収束タイミングは異なり、正常センサの場合の方が異常センサの場合より早い。
【0113】
図20には、外乱がパラメータ同定値に与える影響を示している。パラメータである時定数Tの同定値は既に収束していたが、図中枠内に示されるように、吸入空気量の突然の変化による外乱が入ったことにより、同定値が大きく変動している。
【0114】
そこで上記の問題を解決するため、この第2の態様では、同定終了タイミングを決定すべくパラメータ同定値の収束を検出する。このようにパラメータ同定値の収束を検出すれば、収束検出時点を同定終了タイミングとして決定し、正常センサと異常センサひいては劣化度の異なるセンサについて同定終了タイミングを適切に定めることができ、正常センサについては早いタイミング、異常センサについては遅いタイミングとすることができる。そして、特に正常センサの場合に、パラメータ同定値が収束しているにも拘わらず同定が続行され、その続行中に外乱が発生して同定値が変動するのを防止することができる。これにより、同定精度の悪化や誤判定を未然に防止することが可能となる。
【0115】
具体的には、所定時間当たりのパラメータ同定値の変動量が逐次的に算出され、この同定値変動量が所定値より小さくなった時点で同定値の収束が検出される。そして、この時点でパラメータの同定が終了される。所定時間はサンプリング間隔Δの倍数とするのが好ましく、例えばΔ、2Δ若しくは3Δなどとすることができる。好ましくは、ゲインkと時定数Tとの変動量を個別に検出するのが好ましく、また、ゲインkの変動量が所定値より小さく且つ時定数Tの変動量が所定値より小さくなった時点で、同定値が収束したことを検出するのが好ましい。さらに、入力空燃比u(t)のリーン空燃比からリッチ空燃比への切替時とその逆への切替時とでゲインkと時定数Tを個別に同定する場合には、両ゲインの変動量が所定値より小さく且つ両時定数の変動量が所定値より小さくなった時点で、同定値が収束したことを検出するのが好ましい。
【0116】
ところで、本実施形態ではむだ時間Lを算出し、入力空燃比切替後、むだ時間Lが経過した後の出力空燃比のデータを用いてゲインkと時定数Tの同定を行っている。しかしこのとき、むだ時間Lが異常である場合にはゲインkと時定数Tの同定を正確に行えなくなる可能性があり、センサに応答性異常が生じている場合にはゲインkの同定を正確に行えなくなる可能性がある。
【0117】
これを図21及び図22を用いて説明する。まず図21によりむだ時間異常の場合を説明すると、むだ時間異常センサの場合、正常センサの場合と比較して、入力空燃比u(t)の切替に対する出力空燃比y(t)の応答開始タイミングが遅れている。一方、出力空燃比y(t)のデータを用いる期間は、入力空燃比切替後、むだ時間Lが経過した時から、次の入力空燃比切替時までの期間(正常センサの場合をEで示す)である。ここで、むだ時間Lは学習されているが、これが正しく学習されていないと、むだ時間異常センサの場合に、例えば図中αで示されるような出力空燃比y(t)の応答開始前のデータが同定に使用されてしまう。これにより、むだ時間異常の場合にゲインkと時定数Tの同定を正確に行えなくなる可能性がある。
【0118】
また、図22により応答性異常の場合を説明すると、応答性異常センサ1,2の場合、正常センサの場合と比較して、出力空燃比y(t)の立ち下がり及び立ち上がりが遅れており、また重度の応答性異常センサ2の場合は軽度の応答性異常センサ1の場合より出力空燃比y(t)の立ち下がり及び立ち上がりが遅れている。ここで、応答性異常センサ2のように、応答性があまりに遅くなっていると、出力空燃比y(t)が期間Eの間で収束しきれなくなり、ゲインkの同定を正確に行えなくなる可能性がある。
【0119】
そこで、この第2の態様では、先のパラメータ同定値の収束検出等に加えて、むだ時間、応答性及び出力の正常・異常判定を優先順位を付して行う。この場合、むだ時間を第1優先とし、その他の特性即ち応答性及び出力を第2優先とするのが好ましい。本実施形態における優先順位は1.むだ時間、2.応答性、3.出力である。
【0120】
まずむだ時間の正常・異常を判定し、むだ時間を正常と判定した場合に応答性の正常・異常を判定する。そして応答性を正常と判定した場合に出力の正常・異常を判定する。こうすることにより、ある特性が異常である場合にこれに起因して他の特性を誤って異常と判定してしまうことを未然に防止できる。
【0121】
図23は、第2の態様を実施するような異常診断処理のフローチャートである。図示するフローチャートは所定のサンプリング間隔毎にECU20により繰り返し実行される。
【0122】
ステップS301〜S306は前記ステップS201〜S206と同様である。ステップS301,S302,S304のいずれかの判断結果がノーのとき、ステップS308に進む。
【0123】
ステップS307では、所定時間当たりのパラメータ同定値の変動量が算出される。次いでステップS308では、前記ステップS207の如く、同定値算出回数が所定値N以上となったか否かが判断される。またこれに加え、ステップS307で算出されたパラメータ同定値の変動量が所定値より小さいか否かが判断される。同定値算出回数が所定値N以上となっているか、またはパラメータ同定値の変動量が所定値より小さい場合には、ステップS309に進み、それ以外の場合には終了される。これにより、同定値算出回数が所定値Nに達する前でも、パラメータ同定値の変動量が所定値より小さくなった場合即ちパラメータ同定値が収束したことが検出された場合には、その時点で同定処理が終了され、ステップS309〜S313の正常・異常判定処理に移行する。またかかる収束がない場合には、同定値算出回数が所定値Nに達した時点で同定処理が終了され、ステップS309〜S313の正常・異常判定処理に移行する。
【0124】
ステップS309ではまず、最終的に算出されたむだ時間Lの正常・異常が判定される。即ち、このむだ時間Lが所定のむだ時間異常判定値Lsと比較され、L≦Lsならむだ時間正常、L>Lsならむだ時間異常と判定される。なお、通常むだ時間は異常時に正常時より長くなるので、むだ時間が過剰に長期化した場合のみむだ時間異常と判定している。しかしながら、これに加えて、むだ時間が過剰に短期化した場合にむだ時間異常と判定してもよい。
【0125】
続くステップS310では、ステップS309での判定結果が正常か否かが判断され、異常であれば終了され、診断自体が終了される。むだ時間が異常である場合には同定されたゲイン及び時定数が正確でない可能性があるため、これらの正常・異常判定は行われない。
【0126】
他方、むだ時間が正常であればステップS311に進んで、最終的に同定された時定数Tに基づき、応答性の正常・異常が判定される。即ち、前述の如く、時定数Tが所定の時定数異常判定値Tsと比較され、T≦Tsなら応答性正常、T>Tsなら応答性異常と判定される。
【0127】
続くステップS312では、ステップS311での判定結果が正常か否かが判断され、異常であれば終了され、診断自体が終了される。応答性が異常である場合には同定されたゲインが正確でない可能性があるため、ゲインに対する出力の正常・異常判定は行われない。
【0128】
他方、応答性が正常であればステップS313に進んで、最終的に同定されたゲインkに基づき、出力の正常・異常が判定される。即ち、前述の如く、ゲインkが所定のゲイン増大異常判定値ks1及びゲイン縮小異常判定値ks2(<ks1)と比較され、Ks2≦k≦ks1なら出力正常、k>ks1又はk<ks2なら出力異常と判定される。以上で診断処理が終了される。
【0129】
なお、この優先順位を付した正常・異常判定は、それ自体、診断精度を高め且つ誤診断を防止するのに有効である。このため、第2の態様と組み合わせることなく単独で発明を構成し得る。そこで、次のような発明(イ)、(ロ)が把握される。
(イ) 内燃機関の排気通路に配置された空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁からの燃料噴射量を周期的に増減して入力としての空燃比を所定の中心空燃比に対してリッチ側及びリーン側に交互に切り替えるアクティブ制御を実行するアクティブ制御手段と、
アクティブ制御中、前記燃料噴射弁から前記空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化してなるモデルに対する前記入力と、前記空燃比センサの出力とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータを逐次的に更新しつつ同定する同定手段と、
前記入力から前記出力までの間のむだ時間を算出するむだ時間算出手段と、
前記同定手段により同定されたパラメータに基づき、前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定すると共に、前記むだ時間算出手段により算出されたむだ時間に基づきむだ時間の正常・異常を判定する判定手段とを備え、
前記判定手段は、前記むだ時間を正常と判定した場合に前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定する
ことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置。
(ロ) 前記一次遅れ要素におけるパラメータがゲインと時定数からなり、前記空燃比センサの所定の特性が前記ゲインに対応した出力と前記時定数に対応した応答性とからなり、
前記判定手段は、前記出力と前記応答性の正常・異常を判定する際、まず前記応答性の正常・異常を判定し、前記応答性を正常と判定した場合に前記出力の正常・異常を判定する
ことを特徴とする(イ)に記載の空燃比センサの異常診断装置。
【0130】
以上、本発明の好適な実施形態を詳細に述べたが、本発明の実施形態は他にも様々なものが考えられる。例えば、前記実施形態では一次遅れモデルにおける同定手法として逐次最小自乗法を用いたが、他にも様々な同定手法が採用可能であり、例えばカルマンフィルタ法等が採用可能である。
【0131】
本発明の実施形態は前述の実施形態のみに限らず、特許請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が本発明に含まれる。従って本発明は、限定的に解釈されるべきではなく、本発明の思想の範囲内に帰属する他の任意の技術にも適用することが可能である。
【符号の説明】
【0132】
E 内燃機関
2 燃焼室
10 インジェクタ
11 排気管
12 上流触媒
14 触媒前センサ
20 電子制御ユニット(ECU)
u(t) 入力空燃比
y(t) 出力空燃比
k ゲイン
T 時定数
L むだ時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の排気通路に配置された空燃比センサの異常診断装置であって、
燃料噴射弁からの燃料噴射量を周期的に増減して入力としての空燃比を所定の中心空燃比に対してリッチ側及びリーン側に交互に切り替えるアクティブ制御を実行するアクティブ制御手段と、
アクティブ制御中、前記燃料噴射弁から前記空燃比センサまでの系を一次遅れ要素によりモデル化してなるモデルに対する前記入力と、前記空燃比センサの出力とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータを逐次的に更新しつつ同定する同定手段と、
前記同定手段により同定されたパラメータに基づき、前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定する判定手段と、
前記同定手段による同定終了タイミングを決定すべく、パラメータ同定値の収束を検出する収束検出手段と
を備えたことを特徴とする空燃比センサの異常診断装置。
【請求項2】
前記収束検出手段が、所定時間当たりの前記パラメータ同定値の変動量が所定値より小さくなった時点で前記パラメータの収束を検出し、前記同定手段が、当該時点で前記パラメータの同定を終了する
ことを特徴とする請求項1記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項3】
前記入力から前記出力までの間のむだ時間を算出するむだ時間算出手段を備え、
前記判定手段は、前記むだ時間算出手段により算出されたむだ時間に基づきむだ時間の正常・異常をも判定可能であり、
前記判定手段は、前記むだ時間を正常と判定した場合に前記空燃比センサの所定の特性の正常・異常を判定する
ことを特徴とする請求項1又は2記載の空燃比センサの異常診断装置。
【請求項4】
前記一次遅れ要素におけるパラメータがゲインと時定数からなり、前記空燃比センサの所定の特性が前記ゲインに対応した出力と前記時定数に対応した応答性とからなり、
前記判定手段は、前記出力と前記応答性の正常・異常を判定する際、まず前記応答性の正常・異常を判定し、前記応答性を正常と判定した場合に前記出力の正常・異常を判定する
ことを特徴とする請求項3記載の空燃比センサの異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【公開番号】特開2012−127356(P2012−127356A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−66159(P2012−66159)
【出願日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【分割の表示】特願2008−204479(P2008−204479)の分割
【原出願日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】