説明

窒化鉄系磁性粉末およびその製造法並びに磁気記録媒体

【課題】窒化鉄系磁性粉末において、優れた磁気特性を維持しながら、磁気特性の経時劣化に対する抵抗力(耐候性)を顕著に改善したものを提供する。
【解決手段】Fe162相主体のコアを持ち、コアの外側に窒化鉄が還元されて生じた金属Fe相に由来する酸化物相を有する平均粒子径20nm以下の磁性粒子からなり、耐候性指標Δσsが飽和磁化σsとの関係において、Δσs≦0.8×σs−30を満たす窒化鉄系磁性粉末。ここで、Δσs=(σs−σs1)/σs×100、(ただしσs1は当該磁性粉末を60℃、90%RHの雰囲気に1週間保持したのちの飽和磁化)である。この粉末は、Fe162相主体の粉末粒子を還元性ガスに曝して粒子の表面から一部領域を金属Fe相とし(徐還元処理)、その後、酸化性ガスに曝して前記金属Fe相の表面から一部領域を酸化物相とする(徐酸化処理)ことにより得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高記録密度の磁気記録媒体に使用される窒化鉄系の磁性粉末であって、特に磁気特性の経時劣化を改善した耐候性に優れたものに関する。
【背景技術】
【0002】
高密度記録媒体に適した優れた磁気特性を持つ磁性粉末として、Fe162相を主相とする窒化鉄系磁性粉末が知られている。例えば特許文献1には、高保磁力(Hc)、高飽和磁化(σs)を発現する磁性体として比表面積の大きな窒化鉄系の磁性体が開示され、Fe162相の結晶磁気異方性と磁性粉末の比表面積を大きくすることの相乗効果として、形状に因らず高磁気特性が得られると教示されている。
【0003】
特許文献2には、特許文献1の技術に改良を加えた磁性粉末として、本質的に球状ないし楕円状の希土類−鉄−ホウ素系、希土類−鉄系、希土類−窒化鉄系の磁性粉末が記載されており、それらを用いてテープ媒体を作製すると優れた特性が得られると教示されている。
【0004】
特許文献3には、鉄酸化物を還元して得た還元粉をアンモニア処理してFe162相主体の窒化鉄系磁性粉末を製造するに際し、前記の鉄酸化物としてAlを固溶したゲーサイトを使用することが記載されている。これにより、従来懸案となっていた微粒子化した場合の問題、すなわち、粒子径20nm以下といった微粒子化を行うと粒度分布や分散性が悪くなり、塗布型磁気記録媒体の磁性粉末に使用する場合に出力、ノイズ、C/N比等の向上が難しくなるという問題が改善された。
【0005】
【特許文献1】特開2000−277311号公報
【特許文献2】国際公開第03/079333号パンフレット
【特許文献3】特開2005−268389号公報
【特許文献4】特開平11−340023号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献3の技術に見られるように、昨今では高記録密度磁性材料に好適な高性能の窒化鉄系磁性粉末が提供可能となった。そこで今後は、長期間使用しても磁気特性の劣化が少ない、優れた「耐候性」を付与することがますます重要になってくる。例えば、大きく経時変化を起こすような窒化鉄系磁性粉末を使用してコンピューター用ストレージテープを作製した場合、時間が経過するにつれてHcやσsが下がってしまう現象が生じる。Hcが下がると、その磁性粉末に記録されていた情報は保持できなくなるため、情報が消えてしまうという問題が生じる。またσsが下がると、その磁性粉末に記録されていた情報が読み出せなくなり、結果として情報を失うという問題が生じる。たとえ高記録密度の記録が可能であっても、情報が失われることはストレージテープにとって致命的となるため、優れた「耐候性」を付与することは磁性粉末にとって極めて重要な条件となる。
【0007】
しかしながら、Fe162相主体の窒化鉄系磁性粉末は本来、耐候性に関してはあまり良好であるとは言えず、この点を克服する技術は未だ確立されていない。本発明はこのような現状に鑑み、特許文献3の技術で改善が図られた窒化鉄系磁性粉末の各種性能を兼備しつつ、耐候性を顕著に改善した新たな窒化鉄系磁性粉末を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは種々検討の結果、窒化鉄系磁性粉末の耐候性を顕著に改善するには、粉末粒子の窒化鉄相の表層を徐還元して一旦金属Fe相を形成させ、次いでその金属Fe相を表面側から徐酸化させることにより、窒化鉄相コアの外側に「金属Fe相に由来する酸化物相」が形成された粉末粒子とすることが極めて有効であることを見出した。
【0009】
すなわち本発明では、Fe162相主体のコアを持ち、コアの外側に酸化物相を有する平均粒子径20nm以下の磁性粒子からなり、耐候性指標Δσsが飽和磁化σsとの関係において下記(1)式を満たす窒化鉄系磁性粉末が提供される。上記酸化物相は例えば金属Fe相に由来するものであり、具体的にはスピネル相を主体とするものが挙げられる。前記金属Fe相として、粒子を構成する窒化鉄の一部が還元されて生じたものを挙げることができる。前記酸化物相と、Fe162相主体の前記コアとの間に金属Fe相が残存して介在しているものが好適な対象となる。
Δσs≦0.8×σs−30 ……(1)
ただし、Δσsは下記(2)式により定義される。
Δσs=(σs−σs1)/σs×100 ……(2)
ここで、
σs:当該磁性粉末の飽和磁化(Am2/kg)、
σs1:当該磁性粉末を60℃、90%RHの雰囲気に1週間保持したのちの飽和磁化(Am2/kg)、である。
【0010】
「Fe162相主体」とは、Co−Kα線を用いた当該粉末のX線回折パターンにおいて、2θ=50.0°付近に検出されるピークの強度I1と、2θ=52.4°付近に検出されるピークの強度I2との強度比、I1/I2が、1〜2の範囲にあるものをいう。ここで、I1はFe162相の(202)面のピーク強度であり、I2はFe162相の(220)面のピークとFe相の(110)面のピークが重なったピークの強度である。
「金属Fe相に由来する酸化物相」は、金属Fe相が酸化されて生成した酸化物の相である。
【0011】
この窒化鉄系磁性粉末には、本発明の目的を阻害しない限りCo、Al、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)、W、Mo等の元素が1種以上含まれていて構わない。例えば、Feに対する原子比で、Coは30原子%以下、Al、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)は合計25原子%以下、W、Moはいずれも10原子%以下の範囲で含有が許容される。ただし、N以外の元素の合計含有量はFeに対する原子比で50原子%以下であることが望ましい。これらの元素の含有形態は、コア表面に被着している場合や、コア内部に固溶している場合等が挙げられる。ここでいうFeに対する元素X(Co、Al、希土類元素、W、Mo等)の原子比とは、粉末中の元素XおよびFeの量比を原子%で表したものである。具体的には粉体の定量分析から算出されるX量(原子%)とFe量(原子%)を用いて、下記(3)式において定まる値が採用される。
X/Fe原子比=X量(原子%)/Fe量(原子%)×100 ……(3)
【0012】
また本発明では、この窒化鉄系磁性粉末の製造法として、Fe162相主体の粉末粒子を還元性ガスに曝して粒子の表面から一部領域を還元させることにより金属Fe相を表層に持つ粉末粒子とし(徐還元処理)、その後、酸化性ガスに曝して前記金属Fe相の少なくとも一部領域を酸化させることにより酸化物相を最表層に持つ粉末粒子とする(徐酸化処理)窒化鉄系磁性粉末の製造法が提供される。「粉末粒子」は粉末を構成する個々の粒子を意味する。このようにして得られた窒化鉄系磁性粉末は、従来公知の方法により磁気記録媒体の磁性層に使用することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高記録密度磁気媒体用の窒化鉄系磁性粉末において、長期間使用した場合の磁気特性の経時劣化を顕著に改善したもの、すなわち優れた「耐候性」を付与したものが提供可能になった。したがって本発明は、高記録密度磁気媒体およびそれを搭載した電子機器の耐久性・信頼性の向上に寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
前述のように、Fe162相主体の窒化鉄系磁性粉末は優れた磁気特性を呈するものの、その磁気特性は比較的経時劣化を起こしやすく、耐候性に関しては本来あまり良好であるとは言えない。その要因として、Fe162相が準安定相の結晶構造を有しており、その結晶構造自体が不安定であることが考えられる。通常、Fe162相主体の窒化鉄粒子表面には酸化被膜が存在しているが、Fe162相はより安定に存在できる酸化鉄になろうとする傾向が大きいため、酸化被膜中の酸素原子がFe162相内部へ拡散しやすい状況になっていると推察される。すなわち、Fe162相主体の粉末粒子は粒子内での酸化が進行しやすい状況にあると言える。磁性相であるFe162相の酸化が進行すれば、必然的に磁気特性は劣化する。このようなことが原因となって、Fe162相主体の窒化鉄系磁性粉末は本来的に耐候性があまり良好ではないものと考えられる。つまり窒化鉄系磁性粉末の場合は、いくら酸化被膜によって大気中の酸素からの酸化を阻止しようとも、その酸化被膜自体から磁性相中へ酸素が拡散していくことから、耐候性を改善することは従来、非常に難しかった。
【0015】
本発明では、粒子表面の被膜構造を従来の窒化鉄系磁性粉末とは異なる構造とすることにより、窒化鉄磁性相の耐候性を顕著に向上させている。
図1に、本発明の窒化鉄系磁性粉末を構成する粒子の断面構造を模式的に示す。粒子の中心部にはFe162相主体の磁性相からなるコア1があり、コア1の外側に酸化物相2が最表層として存在している。コア1と酸化物相2の間には金属Fe相3が中間層として介在している。最表層の酸化物相2とその下に存在する金属Fe相3によって複層構造の被膜構造が構築され、このような特異な被膜構造が窒化鉄系磁性粉末の耐候性を顕著に向上させているものと考えられる。この金属Fe相3からなる中間層は、コア1と酸化物相2の間の全面に存在しているかどうか、現時点で明確ではないが、少なくとも、Fe162相主体の磁性相であるコア1と酸化物相2の直接の接触を回避あるいは大幅に減少させる機能を有すると考えられる。その結果、酸化物相2の中の酸素原子がコア1の中へ拡散していくことが抑止され、耐候性の大幅な改善が実現されているものと推察される。
【0016】
金属Fe相はα−Feであると考えられ、粒子を構成するFe162相主体の窒化鉄相自体を表面から還元させることによって形成させることができる。最表層の酸化物相はこの金属Fe相が表面側から酸化されることによって生成したものであり、例えばスピネルを主体とする構造である。図1の金属Fe相3からなる中間層は、酸化物相2の生成時に残存したものである。
【0017】
粉末を構成する粒子のサイズは、平均粒子径が20nm以下であることが望ましい。平均粒子径が20nmを超えると耐候性については良くなる傾向を示すが、テープ化した際にノイズが発生しやすく、また分散性の悪化や表面平滑性も損なわれるので、本発明では平均粒子径20nm以下のものを対象とする。
【0018】
本発明の窒化鉄系磁性粉末は、従来公知の方法で得られるFe162相主体の粉末(以下「ベース粉末」という)に対して、「徐還元処理」および「徐酸化処理」を施すことによって製造できる。以下、代表的な製造法について説明する。
【0019】
〔ベース粉末の製造〕
Fe162相主体のベース粉末は、代表的にはα−Fe粉末を窒化処理することにより得ることができる。その場合の一般的な製造法について例示する。
粒子径20nm以下の微細なα−Fe粉末を得る手法として、例えば、オキシ水酸化鉄粉末を還元処理する方法が知られている。原料粉であるオキシ水酸化鉄を作製するには、例えば、第一鉄塩水溶液(FeSO4、FeCl2、Fe(NO32などの水溶液)を水酸化アルカリ(NaOHやKOH水溶液)で中和した後、空気などで酸化させればよい。また、第一鉄塩水溶液を炭酸アルカリで中和した後、空気などで酸化させてもよい。その他の方法として、第二鉄塩水溶液(FeCl3などの水溶液)をNaOHなどで中和してオキシ水酸化鉄を生成させることもできる。
【0020】
これらの製造法において、焼結防止元素であるAl、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)などをオキシ水酸化鉄粒子中に存在させてもよい。さらに、磁気特性や耐候性を改善するためにCoを含有させてもよい。これらを含有させるには、Al含有塩、希土類元素またはCo含有塩をオキシ水酸化鉄の生成反応に同伴させるとよい。Al含有塩としては、水溶性Al塩やアルミン酸塩などが挙げられる。希土類元素としては、硫酸塩、硝酸塩などが挙げられる。Co含有塩としては、硫酸コバルトや硝酸コバルトなどが挙げられる。
【0021】
このようにして得られたオキシ水酸化鉄は、濾過、水洗工程を経た後、200℃以下の温度で乾燥して、還元処理に供することができる。あるいはこのオキシ水酸化鉄に、200〜600℃で脱水する処理や水分濃度5〜20質量%の水素雰囲気で還元する処理を加えて、オキシ水酸化鉄から変性した酸化鉄粒子とし、これを還元処理に供してもよい。また、還元処理に供する粉末は鉄と酸素、水素を含む化合物であれば特に限定されるものではなく、オキシ水酸化鉄(ゲーサイト)の他、ヘマタイト、マグヘマイト、マグネタイト、ウスタイト等が使用できる。
【0022】
還元処理の方法は特に限定されるものではないが、一般的には水素(H2)を使用した乾式法が適している。その乾式法による還元温度は300〜700℃が好ましく、350〜650℃が一層好ましい。上記還元温度でα−Fe等に還元した後、温度をさらに上げて結晶性を向上させる多段還元を実施してもよい。
【0023】
また化学的液相法によって、直接α−Fe粉末を作製することも可能である。この場合、均一沈殿法、化合物沈殿法、金属アルコキシド法、水熱合成法などが挙げられる。
近年ではナノ粒子の作製方法として、アルコール還元法、共沈法、逆ミセル法、ホットソープ法、ゾル−ゲル法などの研究が盛んに行われており、発明者らはアルコール還元法によって作製したα−Fe粉末も本発明に使用できることを確認している。
【0024】
アルコール還元法によってα−Fe粉末を作製する際には、例えば、第一鉄塩水溶液(FeSO4、FeCl2、Fe(NO32などの水溶液)、第二鉄塩水溶液(Fe2(SO43FeCl3、Fe(NO33などの水溶液)、またはFe有機錯体(アセトアセテート鉄など)を原料に用い、アルコール類(ヘキサノール、オクタノールなど)または多価アルコール類(エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなど)を溶媒兼還元剤として使用することができる。得られたナノ粒子を凝集させないために、分散剤を生成反応に同伴させることも可能である。反応温度は、原料が還元される温度であれば特に問うことはないが、溶媒兼還元剤の沸点以下の温度で行うことが好ましい。
【0025】
次いで、α−Feを窒化処理に供する。具体的には例えば特許文献4に記載されているアンモニア法を適用することができる。すなわち反応槽中にα−Fe粉末を入れ、アンモニアに代表される窒素含有ガス、またはその窒素含有ガスを50vol%以上の割合で混合した混合ガスを200℃以下で流しながら、数十時間保持することによってFe162相を主体とする粉体(ベース粉末)を得ることができる。その際、0.1MPa以上の加圧下で反応を進行させてもよい。反応槽中の酸素濃度、水素濃度および水分濃度はいずれも0.1vol%以下であることが好ましく、数百ppm以下であることが一層好ましい。
【0026】
ベース粉末中のN量は、窒化処理温度や時間、雰囲気を制御することによって、Feに対する原子比(N/Fe原子比)で5〜30原子%好ましくは10〜30原子%程度とすることが効果的である。N/Fe原子比が5原子%未満だと、窒化による効果、すなわち結晶磁気異方性による良好な磁気特性が十分に発揮されない。逆に30原子%を超えると窒化過剰なため目的とするFe162相以外の相が出現し、磁気特性が悪化するようになる。
【0027】
〔徐還元処理〕
本発明の窒化鉄系磁性粉末を得るには、上記のようにして得られたFe162相主体の粒子からなるベース粉末に対して一旦、還元処理を施すことにより粉末粒子の表面に金属Fe相(α−Fe相)を形成させる。還元しすぎるとFe162相主体の磁性相の割合が少なくなり、磁気特性が低下する。したがって、Fe162相主体の磁性相の表層部だけが還元されるように緩やかな還元速度にコントロールすることが重要である。その意味で本明細書ではこの還元処理を「徐還元処理」と呼んでいる。
【0028】
具体的には、窒化鉄粒子で構成されるベース粉末を水素(H2)のような還元性ガスと窒素(N2)のような不燃性ガスとの混合ガスに曝すことにより、その窒化鉄の表面から一部領域だけを金属Fe相に還元する。水素−窒素混合ガスの場合、ガス中の水素濃度は0.01〜20vol%の範囲とすることが望ましい。水素濃度が0.01vol%に満たなければ還元反応の進行が不十分となるか、あるいは非常に遅くなるため好ましくない。一方、水素濃度が20vol%を超えると還元反応の進行が早くなるので、平均粒子径20nm以下の微粒子において還元速度を適正にコントロールすることが難しくなる。水素濃度は0.1〜15vol%とすることがより好ましい。
【0029】
また、徐還元処理の温度は、高すぎると還元反応が急速に起こり、還元速度をコントロールすることが難しくなるので、200℃以下とすることが望ましく、150℃以下が一層好ましい。ただ、常温では反応が遅いのである程度昇温することが望ましい。多くの場合、80〜170℃程度で良好な結果が得られやすい。徐還元時間は15〜300min程度の範囲でコントロールすることができる。還元速度のコントロール、すなわち窒化鉄粒子表層にどの程度の量の金属Feを形成するかは、粉体としての保磁力Hcが200kA/m以上となること、テープ化した場合の保磁力Hcxでは238kA/m以上が得られることを目安にすればよい。
【0030】
〔徐酸化処理〕
次に、窒化鉄粒子の表層に形成させた金属Fe相の少なくとも一部領域を酸化させることにより、酸化物相を最表層に持つ粉末粒子とする。このとき、金属Fe相が全部酸化されてしまうような酸化処理を施すと、その処理時に下の窒化鉄相まで酸化されやすく、好ましくない。したがって、耐候性を改善するためには、金属Fe相の表面から一部領域が酸化されるように緩やかな酸化速度にコントロールすることが重要である。その意味で本明細書ではこの酸化処理を「徐酸化処理」と呼んでいる。つまり、Fe162相主体の窒化鉄相コアの表面に金属Fe相がまだ残存している段階で、酸化処理を打ち切るようにする。
【0031】
現時点において、窒化鉄相(コア)と酸化物相(最表層)の間に残存する金属Fe相の量(厚さ)をどの程度確保すれば良いのかについての定量的な評価法は確立されていないが、前述の(1)式を満たすように徐酸化条件をコントロールすることで、従来にはない顕著な耐候性改善効果が発揮される。種々検討の結果、徐酸化処理は、徐還元処理後の粉末を酸化性ガスに曝すことによって実現できる。酸化性ガスとしては例えば酸素−窒素混合ガスが採用できる。この場合、酸素濃度:0.01〜2vol%、温度:40〜120℃、処理時間:5〜120minの範囲に最適条件を見出すことができる。
【0032】
以下、後述の実施例で得られた特性値の測定方法などについて予め説明する。
〔組成分析〕
磁性粉末中のFeの定量は平沼産業株式会社製平沼自動滴定装置(COMTIME−980)を用いて行った。また磁性粉末中のAl、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)の定量は日本ジャーレルアッシュ株式会社製高周波誘導プラズマ発光分析装置(IRIS/AP)を用いて行った。これらの定量結果は質量%として与えられるので、一旦全元素の割合を原子%に変換し、前記の(3)式に従って元素XのFeに対する原子比(X/Fe原子比)を算出した。
【0033】
〔粉末の平均粒子径(nm)〕
倍率10万倍以上の透過型電子顕微鏡(TEM)写真として映し出された粒子のうち、2粒子もしくはそれ以上の粒子が重なっているのか焼結しているのか判別できない粒子を除き、粒子同士の境界が判別できる粒子1000個について、それぞれの粒子の中で写真上での最も長い径を測定して、それを個々の粒子の径(nm)とし、その平均値を平均粒子径とした。
【0034】
〔粉末の比表面積〕
BET法により測定した。
【0035】
〔粉体の磁気特性(保磁力Hc、飽和磁化σs、角形比SQ)〕
VSM(東英工業株式会社製、VSM−7P)を用いて、最大796kA/mの外部印加磁場で測定した。すなわち、まず外部磁場796kA/mを一方向に印加し(こちらを正方向とする)、次いで外部磁場0まで7.96kA/mごとに減少させ、その後逆方向(負方向)に7.96kA/mごとに印加してヒステリシス曲線を作成し、このヒステリシス曲線からHc、σs、SQを求める。ここで角形比SQ=残留磁化σr/飽和磁化σsである。
【0036】
〔Fe162相の生成率〕
磁性粉末について、X線回折装置(株式会社リガク製、RINT−2100)を用いて、Co−Kα線を使用して、40kV、30mAにて2θ=20〜60°の範囲をスキャンスピード0.80°/min、サンプリング幅0.040°でスキャンすることによりX線回折パターンを求め、2θ=50.0°付近に検出されるピークの強度I1と、2θ=52.4°付近に検出されるピークの強度I2との強度比I1/I2(前述)の値によってFe162相の生成率を評価する。I1/I2=2の時、その粉末中のFe162相の生成率は100%とする。I1/I2=1の時、その粉末中のFe162相の生成率は50%とする。
【0037】
〔テープ特性の評価法〕
[1]磁性塗料の作製
磁性粉末0.500gを秤量し、ポット(内径45mm、深さ13mm)へ入れる。蓋を開けた状態で10分間放置する。次にビヒクル〔塩ビ系樹脂MR‐110(22質量%)、シクロヘキサノン(38.7質量%)、アセチルアセトン(0.3質量%)、ステアリン酸nブチル(0.3質量%)、メチルエチルケトン(MEK,38.7質量%)の混合溶液〕をマイクロピペットで0.700mL採取し、これを前記のポットに添加する。すぐにスチールボール(2φ)30g、ナイロンボール(8φ)10個をポットへ加え、蓋を閉じ10分間静置する。その後、このポットを遠心式ボールミル(FRITSCH P−6)にセットし、ゆっくりと回転数を上げ、600rpmに合わせ、60分間分散を行う。遠心式ボールミルが停止した後、ポットを取り出し、マイクロピペットを使用し、あらかじめMEKとトルエンを1:1で混合しておいた調整液を1800mL添加する。再度、遠心式ボールミルにポットをセットし、600rpmで5分間分散し、分散を終了する。
【0038】
[2]磁気テープの作製
前記の分散を終了した後、ポットの蓋を開け、ナイロンボールを取り除き、塗料をスチールボールごとアプリケータ(55μm)へ入れ、支持フィルム(東レ株式会社製のポリエチレンフィルム:商品名15C−B500:膜圧15μm)に対して塗布を行う。塗布後、すばやく5.5kGの配向器のコイル中心に置き、磁場配向させ、その後乾燥させる。
【0039】
[3]テープ特性の評価試験
磁気特性の測定: 得られたテープについてVSMを用いて、最大796kA/mの外部印加磁場で、保磁力Hcx、保磁力分布SFDx、角形比SQxの測定を行う。
【実施例】
【0040】
〔実施例1〕
0.2mol/L(Lはリットルを表す)のFeSO4水溶液4Lに、12mol/LのNaOH水溶液0.5L、Al/Fe=20原子%となる量のアルミン酸ナトリウムを添加したうえで、40℃の液温を維持しながら空気を300mL/minの流量で2.5h吹き込むことにより、Alを固溶させたオキシ水酸化鉄を析出させた。この酸化処理の後、析出したオキシ水酸化鉄をろ過・水洗したうえ再度水中に分散させた。この分散液にY/Fe=1.0原子%となる量の硝酸イットリウムを加え、40℃で12mol/LのNaOH水溶液をpH=7〜8になるように調整し、粒子表面にイットリウムを被着させた。その後にろ過・水洗を行い、空気中110℃で乾燥させた。
【0041】
得られた粉末組成分析の結果、Feに対するAl及びYの原子比は、Al/Fe=9.6原子%、Y/Fe=2.3原子%であった。
【0042】
得られたオキシ水酸化鉄水酸化鉄主体の粉末を反応槽に入れ、水素ガスにより650℃、3hの還元処理を施した後、100℃まで冷却を行った。これにより、α−Feの粉末が得られた。この温度で水素ガスからアンモニアガスに切り替えて、再度130℃まで昇温し、20h窒化処理を行った。これによりα−Feが窒化され、窒化鉄粉末(ベース粉末)が得られた。後述のX線回折結果から、このベース粉末はFe162相主体の粉末である。
【0043】
上記窒化処理後に反応槽内を窒素ガスで置換し、その後、水素濃度が10vol%となるように調整された水素−窒素混合ガスを流し、粉末粒子をこの混合ガスに130℃で20min曝すことにより「徐還元処理」を実施した。これにより、金属Fe相を表層に持つ粒子で構成される窒化鉄粉末が得られた。次いで反応槽内を窒素ガスで置換して80℃まで冷却し、その後、この窒素ガスに酸素濃度が2vol%となるように空気を注入していった。粉末粒子をこの酸素−窒素混合ガスに80℃で60min曝すことにより「徐酸化処理」を施し、粒子表面の金属Fe相を表面側から酸化させた。これにより、Fe162相主体のコアの外側に金属Fe相に由来する酸化物相を有する窒化鉄系磁性粉末が得られた。
【0044】
得られた磁性粉末は、X線回折の結果Fe162相主体の磁性粉末であることが確認された(以下の実施例、比較例において同じ)。
この磁性粉末について、透過型電子顕微鏡を用いて倍率174000倍で粒子撮影を行い、前記の方法にて平均粒子径を求めた。また、上記の手法でBET比表面積、Hc、σs、SQ、および耐候性の指標であるΔσsを求めた。ここでΔσsは、当該磁性粉末を60℃、90%RHの雰囲気に1週間(24×7=168h)保持したのちの飽和磁化σs1を測定し、前記(2)式に従って求めた。
【0045】
さらに前記の方法でこの磁性粉末を使用して磁性塗料を作り、これを用いて磁気テープを作製した。そのテープについて上記のテープ特性Hcx、SFDx、SQxを求めた。
【0046】
〔実施例2〕
実施例1の「徐還元処理」において、水素−窒素混合ガス中の水素濃度を1.0vol%、処理時間を60minに変更した以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0047】
〔実施例3〕
実施例1の「徐還元処理」において、水素−窒素混合ガス中の水素濃度を0.1vol%、処理時間を180minに変更した以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0048】
〔実施例4〕
実施例1の「徐還元処理」において、さらに「徐酸化処理」において、窒素ガス置換で60℃まで冷却し、粉末粒子を酸素濃度2vol%の酸素−窒素混合ガスに60℃で60min曝す処理を行ったこと以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0049】
〔比較例1〕
実施例1において「徐還元処理」を実施しなかったこと以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0050】
〔比較例2〕
実施例1において「徐還元処理」を実施せず、さらに「徐酸化処理」において、窒素ガス置換で60℃まで冷却し、粉末粒子を酸素濃度2vol%の酸素−窒素混合ガスに60℃で60min曝す処理を行ったこと以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0051】
〔比較例3〕
実施例1の「徐還元処理」において、水素−窒素混合ガス中の水素濃度を50vol%に変更した以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0052】
これらの結果を表1に示す。また、σsとΔσsの関係を図2に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
粉末粒子についてFe162相主体のコアの外側に金属Fe相に由来する酸化物相を形成させた各実施例の窒化鉄系磁性粉末は、平均粒子径が20nm以下で、テープ化した際の保磁力Hcxが238kA/m以上と極めて良好な磁気特性を発揮するものであるにもかかわらず、Δσsがσsとの関係において前記(1)式を満たし、優れた耐候性改善効果を発揮するものであった。すなわち本発明の窒化鉄系磁性粉末では、優れた磁気特性を維持しながら耐候性の顕著な向上が実現された。
【0055】
これに対し、比較例1および2は「徐還元処理」を施さなかったことにより、Fe162相主体のコアの外側には金属Fe相に由来しない酸化物相が形成され、(1)式を満たさず、耐候性に劣った。比較例3は本発明でいう「徐還元処理」に対応する還元処理で水素濃度を高くしたことによって、「徐還元」にはなっておらず、窒化鉄粒子の表層部が多量に金属Fe相に還元されたものと考えられる。その結果、「徐酸化処理」後に優れた耐候性を呈したものの、保磁力Hcが大幅に低下した。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の窒化鉄系磁性粉末を構成する粒子について、その断面構造を模式的に示した図。
【図2】実施例および比較例の窒化鉄系磁性粉末について、σsとΔσsの関係を示したグラフ。
【符号の説明】
【0057】
1 コア
2 酸化物相
3 金属Fe相

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe162相主体のコアを持ち、コアの外側に酸化物相を有する平均粒子径20nm以下の磁性粒子からなり、耐候性指標Δσsが飽和磁化σsとの関係において下記(1)式を満たす窒化鉄系磁性粉末。
Δσs≦0.8×σs−30 ……(1)
ただし、Δσsは下記(2)式により定義される。
Δσs=(σs−σs1)/σs×100 ……(2)
ここで、
σs:当該磁性粉末の飽和磁化(Am2/kg)
σs1:当該磁性粉末を60℃、90%RHの雰囲気に1週間保持したのちの飽和磁化(Am2/kg)
【請求項2】
前記酸化物相は金属Fe相に由来するものである請求項1に記載の窒化鉄系磁性粉末。
【請求項3】
前記金属Fe相は窒化鉄が還元されて生じたものである請求項2に記載の窒化鉄系磁性粉末。
【請求項4】
前記酸化物相と、Fe162相主体の前記コアとの間に金属Fe相が介在している請求項1〜3のいずれかに記載の窒化鉄系磁性粉末。
【請求項5】
Fe162相主体の粉末粒子を還元性ガスに曝して粒子の表面から一部領域を還元させることにより金属Fe相を表層に持つ粉末粒子とし(徐還元処理)、その後、酸化性ガスに曝して前記金属Fe相の表面から少なくとも一部領域を酸化させることにより酸化物相を最表層に持つ粉末粒子とする(徐酸化処理)、請求項1〜4のいずれかに記載の窒化鉄系磁性粉末の製造法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の窒化鉄系磁性粉末を磁性層に用いた磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−335592(P2007−335592A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−165010(P2006−165010)
【出願日】平成18年6月14日(2006.6.14)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】