説明

等価屈折率の計算方法

【課題】本発明は、光波および電磁波工学の分野に属する。屈折率の周期構造体であるフォトニック結晶の等価屈折率を計算する手法を提供する。
【解決手段】FDTD法などの既存の数値解法を利用して、まず有限周期数のフォトニック結晶層の複素反射スペクトルを計算する。次にこの反射スペクトルの包絡線を抽出し、それを用いて等価屈折率を計算する。これにより、一様媒質とフォトニック結晶の境界面における反射現象に直接関係する量であるところの、フォトニック結晶の等価屈折率を、恣意性の入る余地なく求めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォトニック結晶と呼ばれる屈折率の周期構造体の持つ光学的な性質のうち、周囲の媒質と構造体との間で起こる光の反射を決定付ける諸量の計算方法、及びそれを利用した周期構造体の設計方法と製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一様な屈折率を持つ第1の媒質から、別の屈折率を持つ第2の媒質へと光を入射させる場合、2つの媒質間に適当な厚み及び屈折率を持つ第3の媒質からなる層を挿入することで、特定の波長範囲の光に対し反射による損失を低減させることができる。このような作用をする層で第2の層を覆うことは反射抑制コーティング(Anti-Reflection coating: ARコーティング)と呼ばれることもある。
【0003】
平坦な表面を持つ一様媒質、並びに平坦な多層薄膜に対するARコーティングの手法は、1950年代から1960年代にかけて既に確立された(非特許文献1、非特許文献2)。そこでは、光の進行方向に対して垂直な方向(横方向)の磁界と電界の成分の比であるところの「光学的アドミタンス」を定義し、両媒質におけるアドミタンスの整合を取るという、電気回路的なモデルによってARコートが実現されている。
【0004】
ARコートを施す対象である媒質が、屈折率の異なる物質からなる多層膜であって、さらに多層膜の中心に対し膜厚が対称である場合には、その多層膜をある等価屈折率を持つ一様な媒質であると数学的にみなすことができる。この等価屈折率はHerpin Indexとも呼ばれる。平坦な薄膜からなる多層膜の等価屈折率は、多層膜を構成するそれぞれの薄膜の特性行列(薄膜の前後での電界と磁界の横方向成分間の関係を表す2×2の行列)から直ちに求めることができ、特性行列自体は薄膜の屈折率と厚み、そして波長で決まる。構造的に左右対称な多層膜は、等価屈折率を持つ仮想的な一様膜とみなすことで、第3の媒質によるARコートが可能である(非特許文献3)。なおこのような等価屈折率は一般に光の波長毎に異なる値をとり、ブラッグ反射に起因する光学的遮断域(ストップバンド)の周辺では特に急激に変化する。
【0005】
平坦な薄膜からなる従来型の交互多層膜においては、屈折率は膜の厚み方向にのみ変化している。それに対し、近年、フォトニック結晶と呼ばれる、屈折率が膜厚以外の方向にも波長程度のスケールで周期的に変化する物質が大きな注目を集めている。フォトニック結晶の中で学問的または実用的な観点から注目を集めているものに、例えば以下のようなものがある。
A)多層膜型2次元、3次元フォトニック結晶。(自己クローニング型フォトニック結晶、特許文献1)
B)円孔配列型2次元フォトニック結晶(半導体スラブ型、非特許文献4)
C)円孔配列型2次元フォトニック結晶(ポーラスアルミナ、ポーラスシリコン型、非特許文献5)
【0006】
なお平坦膜による交互多層膜は1次元フォトニック結晶と呼ばれることもあるが、既に上述の通り等価屈折率を厳密に計算する方法が確立されているので、本発明で取り扱うところのフォトニック結晶には含めないことにする。
【0007】
フォトニック結晶には光導波路、発光素子、偏光制御素子、波長フィルタリング素子をはじめとして数多くの応用があるが、いずれの応用においても必要な波長域で高い効率で光を結晶中に入射させることが重要となる。フォトニック結晶も屈折率の周期構造であるので、平坦な多層膜と同様の理由により、一様媒質との間の反射係数は波長とともに大きく変化する。ところがフォトニック結晶においては、内部を伝搬する電磁界の固有モード(Blochモード)が、平坦な多層膜のように単純な前進平面波と後進平面波の重ね合せだけでは表現できない複雑な形状を呈するため、特性行列を直接的には計算することができない。すなわち、平坦な多層膜と同じ方法で等価屈折率を求めることができない。従って、等価屈折率を用いるARコートの設計も不可能であった。
【0008】
なお、一様媒質とフォトニック結晶との間の反射係数は、両者における光の電磁界のインピーダンスまたはアドミタンス、すなわち何らかの方法で定義された電界と磁界の横方向成分の比と密接な関連がある。この性質を利用して、一様媒質とフォトニック結晶の間での反射の抑制を行おうとする試みも行われてきた。そこではまず、光の周波数ごとに、フォトニック結晶中を伝搬する電磁界の固有モードであるBloch波の分布を数値解析で求め、その特定の断面における電界及び磁界の適当な成分の比をもってインピーダンスを定義し、次にそのインピーダンスと外部の一様媒質のインピーダンスの整合を取るようにAR層を設計するものである(非特許文献6)。
【0009】
しかしこれらの方法ではフォトニック結晶の内部に存在するモードの性質に主眼が置かれているため、外部の媒質側からフォトニック結晶がいかなる屈折率を持つ媒質に見えるのかは一般に考慮されない。例えば一様媒質とフォトニック結晶の間の実効的な光の反射面の位置は、一様媒質の屈折率にも依存して変化し、フォトニック結晶の物理的な界面とは必ずしも一致しない。また電磁界の横方向成分同士の比の定義の仕方によって、一様媒質に対する反射係数の推定値が変わることも問題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】川上彰二郎、榊裕之、白石和男、特許3325825号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】L. I. Epstein, “The design of optical filters,” Journal of the Optical Society of America, vol. 42, no. 11, pp. 806-810, 1952.
【非特許文献2】J. T. Cox, G. Hass, and A. Thelen, “Triple-layer antireflection coatings on glass for the visible and near infrared,” Journal of the Optical Society of America, vol. 52, no. 9, pp. 965-969, 1962.
【非特許文献3】H. A. Macleod, Thin-Film Optical Filters, 3rd edition (Institute of Physics Publishing, Bristol, USA, 2001) chap. 6.2.2.
【非特許文献4】Y. Tanaka, J. Upham, T. Nagashima, T. Sugiya, T. Asano, and S. Noda, “Dynamic control of the Q factor in a photonic crystal nanocavity,” Nature Materials, vol. 6, pp. 862-865, 2007.
【非特許文献5】益田秀樹、柳下崇、西尾和之、「陽極酸化ポーラスアルミナにおける細孔ナノ形状の制御と応用」、表面科学 vol. 25, no. 5, pp. 260-264, 2004.
【非特許文献6】R. Biswas, Z. Y. Li, and K. M. Ho, “Impedance of photonic crystals and photonic crystal waveguides,” Applied Physics Letters, vol. 84, no. 8, pp. 1254-1256, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
このように、フォトニック結晶と外部の空間ないし媒質との境界面に挿入するべき反射抑制層を、既に確立された平坦膜系における知見を利用して設計するには、入射側媒質から見たフォトニック結晶の等価屈折率を知らなければならない。しかしこれまで、平坦な多層膜において定義されたのと同じ意味での等価屈折率、すなわちHerpin Indexをフォトニック結晶に対して計算する方法は知られていなかった。本発明はこの課題を解決することを目的とする。すなわちフォトニック結晶の等価屈折率を計算する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の等価屈折率算出方法の一形態においては、面内方向に屈折率が少なくとも一次元的な周期構造を有する構造体を対象とする方法であって、厚さ方向に入射した光線に対する面内の平均的な反射係数を、複数の波長について測定する測定ステップと、求めた反射係数から、特定の反射位相を持つ情報を抽出して、ある波長における反射係数の概算値を取得する取得ステップと、取得した概算値に基づいて、等価屈折率を算出する算出ステップと、を含む。
【0014】
この構造体は、フォトニック結晶など、屈折率が周期構造をもつものである。構造体は、平面形状であってもよいが、球面その他の立体的形状をもつものであってもよい。また、構造体の厚さ方向の屈折率の構造は特に限定されるものではなく、一様であっても、変化するものであってもよいが、典型的には、厚さ方向にも屈折率の周期構造を有する。なお、表面方向とは、構造体のある表面に沿う方向(表面に凹凸がある場合には、なめらかに近似した面に沿う方向)を指し、厚さ方向とは、表面に対して垂直な方向を指す。
【0015】
測定ステップにおける面内の平均的な反射係数を求める過程は様々に実行可能であり、例えば、面内方向の周期構造が均されるとみなせる複数の位置において反射係数を測定することで行ってもよいし、面内方向の周期構造が均されるとみなせる複数の地点を覆うような平面波についてある程度表面から離れた位置で反射係数を測定する(構造体の表面に対して平行な波面をもつ平面波を構造体の厚さ方向に入射させ、戻ってくる波を測定する。反射波の電磁界の形状は構造体の表面付近では水平方向にも複雑な形状を呈するが、表面から離れるに従い速やかに平面波に近付くのでこれを測定する。)ことで行ってもよい。
【0016】
取得ステップにおいては、得られた反射係数から特定の反射位相をもつ情報が抽出されて、ある波長における反射係数の概算値が得られる。反射係数の包絡線の情報を抽出する処理は、特定の反射位相をもつ情報を抽出する処理の一つと言える。
【0017】
なお、等価屈折率算出方法は、コンピュータ(必要なデータを記憶する記憶装置と、プログラムに基づいて演算を行う演算装置などを備え、記憶したデータを参照しながら、あるいは、記憶したデータに対して、演算処理を行い、その結果を出力する)を利用して実装可能であり、この観点からすれば、等価屈折率算出プログラムや等価屈折率算出装置などの発明として捉えることができる。これらの場合、例えば、測定ステップにおいて得られる情報は、その都度測定装置から入力し記憶するようにしてもよいし、測定結果を予めテーブルなどの形式で記憶しておくようにしてもよい。コンピュータにおいては、その記憶情報に基づいて、概算値を取得し、等価屈折率を算出することになる。
【0018】
また、等価屈折率算出方法は、屈折率の周期構造体に対する反射抑制コーティング部材(これは、屈折率の周期構造体であってもなくてもよい)を製造する段階で、あるいは、ある部材(これは屈折率の周期構造体であってもよい)の反射抑制コーティングを担う屈折率の周期構造体を製造する段階で用いることができる。この観点からすれば、等価屈折率算出方法は、反射抑制コーティング部材の製造方法の発明として、あるいは、反射抑制コーティング部材を有する部材の製造方法の発明として捉えることができる。
【0019】
本発明の別の態様においては、フォトニック結晶の等価屈折率を求める方法であって、ある有限の周期数のフォトニック結晶に光を入射させた際に得られる電界または磁界の複素反射スペクトルをrs(λ)とするとき、その実部の包絡線を表す式であるところの、
【数1】

および
【数2】

とから、フォトニック結晶の等価屈折率を求める。ここにn0は空気の屈折率、nsは基板の屈折率,λは光の波長, nE(λ)はフォトニック結晶の等価屈折率である。式(1)がrs(λ)と一致する点はフォトニック結晶の光学厚みが4分の1波長の奇数倍になった場合に、また式(2)がrs(λ)と一致する点は4分の1波長の偶数倍になった場合に相当する。後者ではフォトニック結晶の層が見かけ上存在しないように見えるので、反射係数は空気との屈折率のみで決まる。
【0020】
本発明のさらに別の態様においては、反射抑制層付きフォトニック結晶の構成であって、本体となるフォトニック結晶の等価屈折率を前記発明によって求め、次にその等価屈折率とフォトニック結晶外部の媒質の屈折率とから、反射抑制層が有するべき等価屈折率を計算し、次にそのような等価屈折率をもつ層またはフォトニック結晶を本体のフォトニック結晶の表面に装荷した構造を持つ。
【0021】
本発明のさらに別の態様においては、任意の等価屈折率を持つ人工媒質またはフォトニック結晶とその製造方法に関するものであって、所定の波長において要求された等価屈折率を持つようなフォトニック結晶の構造定数を、前記発明を利用して設計する。
【発明の効果】
【0022】
フォトニック結晶の等価屈折率を、その反射スペクトルから逆算する方法を提供する。また、そのような等価屈折率の計算方法を利用して、反射低減層付きフォトニック結晶や任意の等価屈折率を持つフォトニック結晶を設計及び製造する方法を提供する。従来、等価屈折率は、フォトニック結晶中に存在する固有伝搬モードの電磁界分布を光の周波数または波長ごとに計算し、その電界及び磁界の横方向成分の比などを適当に利用することで求められていたが、有限な周期数を持つフォトニック結晶に、一様媒質側から平面波を入射した場合の反射スペクトルを計算するだけで、光周波数ごとの等価屈折率を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】反射スペクトルを有限差分時間領域法で計算するための解析空間の例を示した図である。
【図2】入射側の一様媒質からフォトニック結晶側を見た場合の電界の振幅の複素反射係数の計算例を示す図。上は実部、下は虚部を示す。
【図3】一様媒質からフォトニック結晶側を見た場合の電力反射係数の例。
【図4】振幅の複素反射係数の実部, すなわちRe(rs)の包絡線を示す図。
【図5】式(4)と包絡線とから求めたフォトニック結晶の等価屈折率を示す図。
【図6】本発明と、従来のそれぞれの等価屈折率の計算手順を示す図。
【図7】本発明の第一の実施例の計算のための解析空間を示す図。
【図8】第一の実施例において、電界の振幅の複素反射係数の計算結果を示す図。上は実部、下は虚部を示す。
【図9】第一の実施例において、電力反射係数の計算結果を示す図。
【図10】第一の実施例において、振幅の複素反射係数の実部Re(rs)と、その包絡線であるrenv,s(λ)を示す図。
【図11】第一実施例において、式(6)と包絡線renv,s(λ)とから求めたフォトニック結晶の等価屈折率を示す図。
【図12】本発明の第二の実施例である、反射率低減型フォトニック結晶の膜構造の概念図。
【図13】第二の実施例において、本体と反射抑制層それぞれを構成するフォトニック結晶の等価屈折率を示す図。
【図14】第二の実施例において、反射抑制層の有無による反射スペクトルの違いを示す図。
【図15】本発明の第三の実施例において、フォトニック結晶の膜構造と等価屈折率を示す図。
【図16】第三の実施例において、異なる等価屈折率をもつ多層膜領域の並列形成の構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1に計算のための解析空間の概念図を示す。3次元空間の座標系xyzにおいて、光の伝搬方向をz, 横方向をxおよびyとする。フォトニック結晶と入射側一様媒質及び出射側一様媒質の境界面は巨視的に見た場合、すなわちフォトニック結晶の微細な周期形状を無視した場合、xy面に平行とする。フォトニック結晶の単位構造の、z方向への繰り返し数は適当な数に設定する。ここで繰り返しの単位構造101は図に示すとおり、zの方向に関し対称に設定することが肝要である。これは平坦多層膜系における等価屈折率の計算に用いられる単位膜構造と同じ考え方に基く(非特許文献3)。
【0025】
反射スペクトルは、フォトニック結晶の分野で一般的に用いられている電磁界計算手法の一つである、FDTD法(Finite-Difference Time-Domain Method: 有限差分時間領域法)を用いる。ただし本発明の本質はFDTD法に限られるものではなく、他の数値解法、例えば有限要素法やビーム伝搬法などを用いてもよい。
【0026】
z=0及びz=zmax(解析空間の端)は吸収境界条件もしくは透明境界条件で終端する。xおよびy方向には周期的境界条件を用いることができるので、解析空間は1格子定数分でよい。入射側空間(空気)からフォトニック結晶に向かって、パルス状の平面波を入射させる。パルス波形を用いるのは広い周波数範囲における等価屈折率を一度の計算で求めるためである。次にフォトニック結晶からの反射波の電界の時間波形を、同じく入射側空間中で記録する。入射波及び反射波の時間波形をフーリエ変換し、後者を前者で除することで、複素反射係数r(λ)のスペクトルを得る。
【0027】
励振点からフォトニック結晶の表面までの距離をL1, フォトニック結晶表面から反射波の観測点までの距離をL2とする。このとき、フォトニック結晶の表面における複素反射係数rs(λ)は、反射波の観測点で観測された複素反射係数r(λ)とL1,L2を使って、
【数3】

と表される。r(λ)またはrs(λ)の絶対値の2乗が、電力反射係数R(λ)に相当する。rs(λ)の形状の例を図2に、R(λ)の形状の例を図3にそれぞれ示す。
【0028】
電力反射係数R(λ) には、2本の包絡線が存在する。これらの包絡線は、段落0013で述べたとおり、フォトニック結晶の光学厚みが4分の1波長の整数倍になった場合に相当し、その波長ではrsは実数となる。すなわちrsのデータを波長に沿って走査し、虚部が0となる波長におけるrsの実部を抜き出していき、それらを滑らかに結べば包絡線renv,s(λ)が得られる。renv,s(λ)の例を図4に示す。
【0029】
このようにして、都合2系統得られる包絡線のうち、フォトニック結晶の等価屈折率の計算には、波長に対し変化の大きい方の系列を用いる。式(3)を等価屈折率であるnE(λ)について解くと、
【数4】

となるので、この式に波長変化の大きい方の包絡線データであるrenv,s(λ)を代入することで等価屈折率nE(λ)を得る。等価屈折率nE(λ)の例を図5に示す。
【0030】
ここで本発明の計算手順と、段落0008及び段落0009で述べた従来の計算手順の要点をまとめて図6に示す。本発明の手法には、
1)反射スペクトルの計算から等価屈折率への変換まで、恣意性の入る余地がない。
2)平面波に対する反射率という、屈折率が直接関わる量を用いている
3)広い波長範囲の等価屈折率の計算に必要なデータ(反射率)を、一度の伝搬計算で得ることができる
という優位点がある。
【実施例1】
【0031】
ここでは光フィルターへの応用という観点から実用上重要な、自己クローニング型と呼ばれる多層膜フォトニック結晶への適用例を示す。解析空間の概念図を図7に示す。多層膜の構成媒質は五酸化ニオブ(Nb2O5, 屈折率2.28, 厚み150nm)とシリカ(SiO2, 屈折率1.47nm,厚み150nm)とし、図に示す斜面の角度は39度とする。また構造は紙面に垂直な方向には一様とする。すなわち図のxとzの方向にのみ屈折率が周期的に変調された、2次元フォトニック結晶を想定する。五酸化ニオブの層をH、シリカの層をLと表すとき、Hを半分の厚みのLで挟んだ三層構造、すなわち(L/2-H-L/2)をフォトニック結晶の1単位周期と定義した。フォトニック結晶の周期数は30とし、入射側媒質は空気(n0=1)に、出射側媒質は石英基板(ns=1.45)とした。
【0032】
本発明が適用可能なフォトニック結晶の構造は、上述の多層膜型に限られるものではないが、厚み方向に対称な構造を繰り返しの単位に選ぶことが必要である。なおフォトニック結晶を構成する材料は上述の五酸化ニオブとシリカに限られるものではない。また入射側及び出射側媒質、及びフォトニック結晶の周期数も本実施例に挙げたものに限られるものではない。
【0033】
入射側空間からフォトニック結晶に向かって、パルス状の平面波を入射させた。次にフォトニック結晶の表面で反射されてきた波の電界の時間波形を、入射側空間中で記録した。入射波及び反射波の時間波形をフーリエ変換し、後者を前者で除することで、複素反射係数r(λ)のスペクトルを得た。
【0034】
次に式(3)を使ってr(λ)から複素反射係数rs(λ)を計算した。rs(λ)を図8に、その絶対値の2乗であるところの電力反射係数R(λ)を図9に示す。
【0035】
次にrsのデータを波長に沿って走査し、虚部が0となる波長におけるrsの実部を抜き出して包絡線renv,s(λ)を得た。結果を図10に示す。
【0036】
こうして2本得られた包絡線のうち、波長に対し変化の大きい方の系列を用い、式(4)を使って等価屈折率nE(λ)を求めた。nE(λ)の形状を図11に示す。
【実施例2】
【0037】
ここでは上記のようにして求められた等価屈折率を利用して、フォトニック結晶の上にARコートを施すことができることを示す。まず図12に、このような反射率低減型フォトニック結晶の層の構成の一例を示す。フォトニック結晶には表面側と基板側の両方の界面があるが、ここではそのうち表面側、すなわち空気側の境界面にARコート用の多層膜を施すことについて考えている。基板の上に本体となるフォトニック結晶層があり、その上に膜厚構成の異なる、反射抑制層としての第2のフォトニック結晶層が積層された公正になっている。ここでは膜の材質は先の例と同じく、五酸化ニオブとシリカとした。
【0038】
この反射抑制層の設計手順は次の通りである。まず本体のフォトニック結晶の等価屈折率を前述の手順で計算する。計算された等価屈折率の、第2ストップバンド近傍での値を図13に示した。ここにある等価屈折率を持つ仮想的な単層膜でARコートを施す場合、従来知られているように、その光学膜厚(n×d)は反射率を低減させたい波長λに対し、λ/4の奇数倍とすればよく、また膜の屈折率は本体と入射側媒質の屈折率の積の平方根であればよい。このような条件が満たされると、理想的にはその波長において反射率はゼロとなる。図13には、本体多層膜と入射側媒質(ここでは空気)の屈折率の積の平方根を等価屈折率として持つ反射抑制層の曲線を併せて示した。このような等価屈折率曲線を持つ多層膜の構成を求めてみると、図12に示すとおり、本体多層膜を構成する高屈折率及び低屈折率膜の厚みをそれぞれdH,dLとするとき、1.62dL及び0.35dHからなる(L/2-H-L/2)の3層を繰り返し単位とするフォトニック結晶とすればよいことがわかった。
【0039】
このような構成で、30周期の本体多層膜上に数周期の反射抑制層用多層膜を装荷することで反射率低減型フォトニック結晶を設計および製造することができる。図14には反射抑制層の周期数を2(計5層)とした場合の、抑制層がある場合とない場合の反射スペクトルの計算値を示した。この図の波長700nm近傍で、反射率の低減が図れていることがわかる。なおこの実施例では三角波状の断面形状を持つ多層膜からなるフォトニック結晶についての例を示したが、適切な等価屈折率を持つ異種のフォトニック結晶層を装荷することで反射率を抑制することができることは、その他の屈折率分布を持つフォトニック結晶に対しても成り立つ。
【実施例3】
【0040】
ここでは任意の等価屈折率をもつ人工媒質を合成できることを示す。図15には、前項までに述べたのと同じ、屈折率nL=1.47とnH=2.28の材料からなる波板状周期多層膜型のフォトニック結晶の概念図を示す。ここで各層の膜厚をdL=150nm, dH=150nmで固定し、また多層膜の繰り返しの単位を(H/2-L-H/2)とする。ただしHは屈折率2.28の層を、Lは屈折率1.47の層を表す。このように層の厚みを固定したとき、図に記号Λで示すところの三角波のピッチをさまざまに変えることで、多層膜の等価屈折率も変化する。いくつかのΛの値について、TE波(光の電界の振動方向が紙面に垂直な直線偏波)に対する等価屈折率の計算結果を同図下のグラフに示した。この構成では、例えば波長700nmから1000nmの範囲では、屈折率が0.5前後の刻みで変化することがわかる。
【0041】
このような特性を利用して、1枚の基板上に、等価屈折率の大きく異なる領域を人工的に設計して作りこむことも可能になる。図16にはそのような構成の一例を示した。すなわち共通の基板上に、同じ膜厚構成を持ち、かつさまざまな面内格子ピッチΛを持つ領域を並列形成する。波板状の多層膜は、例えば特許文献1に記載の真空プロセスで製造することができる。このように基板面内に人工的に屈折率の分布を設けた構造体は、例えば高効率のフレネルレンズや光偏光素子などへの応用が考えられる。なお本実施例では波板多層膜型のフォトニック結晶を用いる場合の例について示したが、本実施例の考え方の適用範囲はこの型のフォトニック結晶構造のみに限定されるものではなく、他の屈折率分布を持つフォトニック結晶構造一般にも拡張することができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明による計算方法によれば、簡便な手順によってフォトニック結晶の等価屈折率を一意に求めることができる。これにより外部の媒質とフォトニック結晶との間の反射抑制の設計が容易になり、フォトニック結晶を利用した各種光学素子における反射損失を低減することが可能となる。フォトニック結晶は波長フィルター、偏光フィルター、発光素子、光導波路など、光エレクトロニクスの広範囲な領域に応用されつつある次世代の光学材料であり、光信号におけるエネルギーの損失を抑制するのに役立てることができる。
【符号の説明】
【0043】
101 フォトニック結晶における繰り返しの単位構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
面内方向に屈折率が少なくとも一次元的な周期構造を有する構造体を対象とする方法であって、
厚さ方向に入射した光線に対する面内の平均的な反射係数を、複数の波長について測定する測定ステップと、
求めた反射係数から、特定の反射位相を持つ情報を抽出して、ある波長における反射係数の概算値を取得する取得ステップと、
取得した概算値に基づいて、等価屈折率を算出する算出ステップと、
を含むことを特徴とする等価屈折率算出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の等価屈折率算出方法において、
前記取得ステップにおいては、前記概算値として、波長依存する反射係数の包絡線値をある波長について取得する、ことを特徴とする等価屈折率算出方法。
【請求項3】
請求項2に記載の等価屈折率算出方法において、
前記算出ステップは、演算式

に基づいて等価屈折率を算出することを特徴とする等価屈折率算出方法。
ただし、λは波長、n(λ)はある波長における屈折率、nは構造体の一方の面が接する媒質の屈折率、nは構造体の他方の面が接する媒質の屈折率、renv,sは構造体に光を入射させた際に得られる電界または磁界の複素反射スペクトルにおけるある波長での包絡線での値を表す。
【請求項4】
二つの媒質の間に設けられ、ある波長λについての反射率を抑制する反射抑制コーティング部材であって、
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の方法により求められる等価屈折率に基づく光学的厚さが、λ/4の奇数倍であることを特徴とする反射抑制コーティング部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−94971(P2011−94971A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−246073(P2009−246073)
【出願日】平成21年10月27日(2009.10.27)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】