説明

等速自在継手の内側継手部材

【課題】内側継手部材の形状や寸法を変更することなく強度を向上させる。
【解決手段】駆動軸または従動軸と接続する外側継手部材10と、従動軸または駆動軸と接続する内側継手部材20と、外側継手部材10と内側継手部材20との間に介在してトルクを伝達するトルク伝達要素30を具備した等速自在継手の内側継手部材20であって、鍛造により成形した後、調質を施し、高周波焼入れにより表面硬化処理を施してある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は等速自在継手の内側継手部材に関する。より具体的には、内側継手部材に相当するのは、トルク伝達要素としてボールを使用するボールタイプの等速自在継手の場合はボールが転動するためのボール溝を有する内輪であり、トルク伝達要素としてローラを使用するトリポード系の等速自在継手の場合はローラを回転自在に支持するためのトラニオン・ジャーナルを有するトリポードである。
【背景技術】
【0002】
等速自在継手は自動車や各種産業機械の動力伝達装置に使用される。とくに自動車用の等速自在継手の場合、等速自在継手の軽量・コンパクト化は自動車の燃費向上や駆動系レイアウトの自由度向上に寄与するため、必要とされる機能を満たした上で、できる限り小さい方が望ましい。
【0003】
等速自在継手は外側継手部材と、外側継手部材の内側に位置する内側継手部材と、両者間に介在してトルクを伝達するトルク伝達要素を含み、外側継手部材と駆動軸または従動軸を接続し、内側継手部材と従動軸または駆動軸と接続する。
等速自在継手は固定式としゅう動式に大別でき、前者の例としてバーフィールド型やアンダーカット・フリー型などがあり、後者の例としてはダブルオフセット型やトリポード型などがある。
【0004】
等速自在継手の内側継手部材の熱処理は、高周波焼入れで行う場合もある。この場合、焼入れ後の硬度と鍛造性を両立させるため、中炭素鋼を用いることが多い。
【特許文献1】特開2000−227123号公報
【特許文献2】米国公開特許公報2005−0039829号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
等速自在継手の軽量・コンパクト化に伴い、外側継手部材の内部に収容される内側継手部材の各部肉厚も薄くなっている。そのため、形状変更による強度向上はほぼ限界に達していると言える。
そこで、この発明の目的は、内側継手部材の形状や寸法を変更することなく強度を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、等速自在継手の内側継手部材の製造過程において、高周波焼入れの前に調質を行うことによって課題を解決した。
すなわち、この発明は、駆動軸または従動軸と接続する外側継手部材と、従動軸または駆動軸と接続する内側継手部材と、外側継手部材と内側継手部材との間に介在してトルクを伝達するトルク伝達要素を具備した等速自在継手の内側継手部材であって、鍛造により成形した後、調質を施し、高周波焼入れにより表面硬化処理を施してあることを特徴とする。高周波焼入れの前に調質を行うことで、非焼入れ部の硬度が上がり、かつ、組織が微細化するため、形状を変えることなく強度を向上させることができる。
【0007】
外側継手部材と内側継手部材の間に介在するケージによって同一平面に保持された複数のボールをトルク伝達要素とするボールタイプの等速自在継手の場合、内側継手部材に該当するのは、ボールが転動するボール溝を有する内輪である(請求項6)。
【0008】
トルク伝達要素としてローラを使用するトリポード系等速自在継手の場合、内側継手部材に該当するのは、ローラを回転自在に支持するトラニオン・ジャーナルを有するトリポードである(請求項7)。
【0009】
調質は、具体的には、400〜600℃の高温焼もどしとすることができる(請求項2)。
【0010】
鍛造性と焼入れ性の両立を図るため、内側継手部材の材質は炭素0.4〜0.6wt%を含む炭素鋼が好ましい(請求項3)。
【0011】
内側継手部材のコア部の硬度はHV250以上が好ましい。通常、非焼入れ層の硬度はHV150〜250程度であるところ、調質により、コア部の硬度をHV250以上に高めることができる(請求項4)。
【0012】
調質により、内側継手部材のコア部の組織がトルースタイトまたはソルバイトであるのが好ましい(請求項5)。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、調質を行った内側継手部材の非焼入れ部の組織はトルースタイト組織あるいはソルバイト組織になり、組織が微細化され、さらに硬度も上昇するため、引張り強度が改善され、内側継手部材の強度が向上する。また、繰返し負荷がかかる疲労強度でも、同じ理由で強度が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面に従ってこの発明の実施の形態を説明する。
まず、ボールタイプの等速自在継手の例としてダブルオフセット型等速自在継手について述べる。ダブルオフセット型等速自在継手は、図1に示すように、外側継手部材としての外輪10と、内側継手部材としての内輪20と、トルク伝達要素としての複数のボール30と、ケージ40とを主要な構成要素としている。
【0015】
外輪10はマウス部12とステム部18とからなり、ステム部18のスプライン(またはセレーション。以下、同じ。)軸部で駆動軸または従動軸とトルク伝達可能に接続するようになっている。マウス部12の内周面14は円筒形状で、その内周面14の円周方向に等間隔に、軸方向に延びるボール溝16が形成してある。
【0016】
内輪20は軸心部に形成したスプライン孔22で従動軸または駆動軸とトルク伝達可能に接続するようになっている。内輪20の外周面24は凸球面状で、その外周面24の円周方向に等間隔に、軸方向に延びるボール溝26が形成してある。
【0017】
外輪10のボール溝16と内輪20のボール溝26は対をなし、各対のボール溝16、26間に1個ずつ、ボール30が組み込んである。ボール30の数、したがってまたボール溝16、26の数は任意であるが、例を挙げるならば6または8が一般的である。
【0018】
ケージ40は外輪10の内周面14と内輪20の外周面24との間に介在させてある。ケージ40の円周方向に所定の間隔で、半径方向に貫通するポケット42が形成してあり、各ポケット42に1個ずつ、ボール30が収容される。したがって、ケージ40によってすべてのボール30が同一平面に保持される。
【0019】
ケージ40の外周面の円弧状断面部分の中心O1とケージ40の内周面の円弧状断面部
分の中心O2は、軸方向に等距離だけ、継手の角度中心Oをはさんで反対向きにオフセッ
トさせてある。したがって、外輪10の回転軸線と内輪20の回転軸線が角度(作動角θ)をなした状態でトルクを伝達するとき、ケージ40は、作動角θを二等分する平面にボール30を配向せしめる役割を果たす。
【0020】
図2(A)は内輪20の横断面を示し、図2(B)は図2(A)のB−B断面を示す。これらの図ではハッチングが省略してあり、梨地部分は内輪20の内周面と外周面に形成した表面硬化層を表している。具体的には、スプライン孔22と、外周面24と、ボール溝26に、それぞれ表面硬化層が設けてある。
【0021】
次に、トリポード型等速自在継手について述べる。トリポード型等速自在継手は、図3に示すように、外側継手部材としての外輪110と、内側継手部材としてのトリポード120と、トルク伝達要素としてのローラ130とを主要な構成要素としている。
【0022】
外輪110はマウス部112とステム部118とからなり、ステム部118のスプライン軸部で、駆動軸または従動軸とトルク伝達可能に接続するようになっている。マウス部112はカップ状で、内周面の円周方向三等分位置に軸方向に延びるトラック溝114が形成してある。トラック溝114の側壁を形成している面はローラ案内面116となる。
【0023】
トリポード120はボス122とトラニオン・ジャーナル126とからなり、ボス122の軸心部に形成したスプライン孔124で、従動軸または駆動軸とトルク伝達可能に接続するようになっている。トラニオン・ジャーナル126はボス122の円周方向三等分位置から半径方向に突出している。トラニオン・ジャーナル126は円筒形状で、端部付近に環状溝128が形成してある。
【0024】
各トラニオン・ジャーナル126にローラ130が回転自在に取り付けてある。トラニオン・ジャーナル126とローラ130との間に針状ころ132が総ころ状態で組み込んである。トラニオン・ジャーナル126の円筒形の外周面が針状ころ132のための内側軌道面となり、ローラ130の円筒形の内周面が針状ころ132のための外側軌道面となる。トラニオン・ジャーナル126の環状溝128にサークリップ138を装着することによって、針状ころ132およびローラ130がトラニオン・ジャーナル126の先端側に抜けないように抜け止めがしてある。
【0025】
針状ころ132の両端側にインナ・ワッシャ134とアウタ・ワッシャ136が配置してある。アウタ・ワッシャ136は、トラニオン・ジャーナル126の半径方向に延びた円盤部と、トラニオン・ジャーナル126の軸線方向に延びた円筒部とからなる。環状溝128に装着した状態のサークリップ138の外径はアウタ・ワッシャ136の円盤部の内径より大きいため、トラニオン・ジャーナル126の軸端側へのアウタ・ワッシャ136の移動が規制される。アウタ・ワッシャ136の円筒部の外径は針状ころ132の外接円と同じかわずかに小さいため、針状ころ132の抜け止めが行われる。また、アウタ・ワッシャ136の円筒部の外径はローラ130の内径より小さく、端部がローラ130の内径よりも大きく拡大している。したがって、ローラ130はトラニオン・ジャーナル126の軸線方向に一定程度移動することができる。
【0026】
外輪110のトラック溝114は外輪110の中心軸線と平行な中心軸線をもった部分円筒状で、ローラ130の外周面はトラック溝114の断面と実質的に同径の球状である。したがって、ローラ130はトラック溝114内で回転可能である。継手が作動角をとった状態でトルクを伝達するとき、ローラ130はトラック溝114内を外輪110の軸方向に往復移動する。
【0027】
図4(A)はトリポードの部分横断面を示し、図4(B)はトラニオン・ジャーナルの
横断面を示す。これらの図では、ハッチングが省略してあり、梨地部分は表面硬化層を表している。すなわち、トリポード120のボス部122のスプライン孔124と、トラニオン・ジャーナル126の根元部から外周面にかけて、表面硬化層が形成してある。トラニオン・ジャーナル126の外周面は針状ころ132が転動する軌道面となる。根元部は針状ころ132の端部を支えるインナ・ワッシャ134が着座する部分である。
【0028】
内側継手部材(内輪20/トリポード120)はトルク伝達要素(ボール30/ローラ130)と直接または間接に接触する。具体的には、内輪20はボール溝26でボール30と接触し、トリポード120は針状ころ132を介してローラ130と間接的に接触する。したがって、内輪20のボール溝26、トリポード120は高硬度が要求される。このため、高周波焼入れ・焼もどしにより表面硬化処理を施す。内側継手部材(20、120)の材料は、炭素量が0.4〜0.6wt%の中炭素鋼である。
【0029】
高周波焼入れ前に調質を行う。調質処理により、硬度をHV250以上とする。具体的には、400〜600℃の高温焼もどしにより、調質を行った内側継手部材(20、120)の非焼入れ部の組織は、トルースタイト組織あるいはソルバイト組織になり、組織が微細化され、さらに硬度も上昇するため、引張り強度が改善され、内側継手部材(20、120)の強度が向上する。また、繰返し負荷がかかる疲労強度でも、同じ理由で強度が向上する。
【0030】
加工精度が必要な場合、旋削前に調質を行い、その後、旋削を行うが、加工の容易性を考慮し、旋削後に調質してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】(A)はダブルオフセット型等速自在継手の縦断面図、(B)は横断面図である。
【図2】(A)は内輪の横断面図、(B)は図2(A)のB−B断面図である。
【図3】(A)はトリポード型等速自在継手の縦断面図、(B)は横断面図である。
【図4】(A)はトリポードの部分横断面図、(B)はトラニオン・ジャーナルの横断面図である。
【符号の説明】
【0032】
10 外輪(外側継手部材)
12 マウス部
14 内周面
16 ボール溝
18 ステム部
20 内輪(内側継手部材)
22 スプライン孔
24 外周面
26 ボール溝
30 ボール(トルク伝達要素)
40 ケージ
42 ポケット
110 外輪(外側継手部材)
12 マウス部
14 トラック溝
16 ローラ案内面
18 ステム部
120 トリポード(内側継手部材)
122 ボス
124 スプライン孔
126 トラニオン・ジャーナル
128 環状溝
130 ローラ(トルク伝達要素)
132 針状ころ
134 インナ・ワッシャ
136 アウタ・ワッシャ
138 サークリップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動軸または従動軸と接続する外側継手部材と、従動軸または駆動軸と接続する内側継手部材と、外側継手部材と内側継手部材との間に介在してトルクを伝達するトルク伝達要素を具備した等速自在継手の内側継手部材であって、鍛造により成形した後、調質を施し、高周波焼入れにより表面硬化処理を施してある等速自在継手の内側継手部材。
【請求項2】
前記調質は400〜600℃の高温焼もどしである請求項1の等速自在継手の内側継手部材。
【請求項3】
炭素0.4〜0.6wt%を含む炭素鋼で製造された請求項1または2の等速自在継手の内側継手部材。
【請求項4】
コア部の硬度がHV250以上である請求項1、2または3の等速自在継手の内側継手部材。
【請求項5】
コア部の組織がトルースタイトまたはソルバイトである請求項1から4のいずれか1項の等速自在継手の内側継手部材。
【請求項6】
前記等速自在継手は外輪と内輪の間に介在するケージによって同一平面に保持された複数のボールをトルク伝達要素とするものであり、前記内側継手部材は前記ボールが転動するボール溝を有する内輪である請求項1から5のいずれか1項の等速自在継手の内側継手部材。
【請求項7】
前記等速自在継手はトルク伝達要素としてローラを使用するものであり、前記内側継手部材は前記ローラを回転自在に支持するトラニオン・ジャーナルを有するトリポードである請求項1から5のいずれか1項の等速自在継手の内側継手部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−25319(P2010−25319A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191054(P2008−191054)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】