説明

筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ

【課題】
100℃以上にも達する高温下、7〜12MPaにも達する高圧下であっても、腐食の発生,キャビテーション、さらにはエロージョンによる損耗を抑え、それらの耐環境性を改善し、アルミニウム材を用いた場合に優れた寿命を有する筒内直接噴射装置用の燃料ポンプを提供すること。
【解決手段】
アルミニウム又はアルミニウム合金を有する筒内直接燃料噴出装置における燃料ポンプに、無電解によりNi−P或いはNi−P系のめっき被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車の筒内直接燃料噴射装置に用いられる燃料ポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
燃料消費特性の向上,有害排気ガスの削減,加速性等の運転応答性の向上を目的として自動車用ガソリンエンジンには筒内直接燃料噴射装置が用いられている。
【0003】
そして自動車重量の軽減による省エネルギーの観点から、筒内直接燃料噴射装置の燃料ポンプ部材にもアルミニウム系の材料を適用して軽量化を図った製品が望まれる。
【0004】
特開平7−48681号公報には、アルミニウム又はアルミニウム合金に無電解めっきに金属被膜を形成し、その後電気めっきを施す技術が記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開平7−48681号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら特開平7−48681号公報に記載された技術では無電解めっき以外に電気めっきを併用しているため、穴部や狭隘な空隙を多数有する筒内直接燃料噴射装置にそのまま適用すると、電気の流れの悪い箇所で被膜が形成されない領域ができ、素地が露出して腐食などの損傷を生じてしまうという課題が残る。
【0007】
以上、本発明の目的は、アルミニウム材を用いて優れた寿命を有する筒内直接噴射装置用の燃料ポンプを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための手段として、本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金を有する筒内直接燃料噴出装置における燃料ポンプに、Ni−P或いはNi−P系のめっき被膜を形成する。これにより、100℃以上にも達する高温下、7〜12MPaにも達する高圧下であっても、アルミニウムやアルミニウム合金がガソリン中に含まれるアルコール等による腐食,キャビテーション、さらにはエロージョンによる損耗も抑え、優れた高い信頼性を有する燃料ポンプを実現することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、アルミニウム材を用いて優れた寿命を有する筒内直接噴射装置用の燃料ポンプを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
〔実施例1〕
本実施例はラジアルプランジャ燃料ポンプ(1筒式)にNi−Pめっきを適用した例である。
【0011】
本発明の一実施態様を説明する前に、まずアルミニウム又はアルミニウム合金を燃料ポンプ本体の材料に用いた場合に燃料ポンプに生ずる問題について説明する。
【0012】
(1)アルミニウムの腐食の問題
本実施例において燃料ポンプの材料として用いられるアルミニウムは、最表面に保護性のある酸化被膜Al23を形成するため、乾燥した室温の空気中の環境下で安定して存在する。
【0013】
しかし、ガソリンにアルコール,水分,酸成分等が混入することにより、材料の腐食が促進するおそれがある。例えばアルコールの存在によってアルミニウムは腐食すると考えられる。
【0014】
例えば、アルコールであるエタノールを例に具体的に説明すると、アルミニウムとエタノールは、
2Al+6C25OH → Al(OC25)3+3H2
の反応をする。これによりAl(OC25)3が生成されるが、これは不安定なためすぐに
Al(OC25)3+6H2 → 2Al(OH)3+6C26
2Al(OH)3 → Al23・H2O+2H2
の反応により分解してしまう。
【0015】
即ち上述の反応により形成された薄いAl23のバリヤ層は高温状態ですぐにエタノールにより損傷し、それによりバリヤ層のないアルミニウム基材の腐食が進行し、損耗を生じてしまう。加えてこの反応は高温になるほど反応速度は上昇する。具体的には、温度が100℃以上の温度領域に曝される燃料通路系部品ではアルコールによる腐食反応が一気に加速化する。加えて、燃料ポンプの加圧室では圧力が7〜12MPaという高圧にも達するため、これによっても反応速度が一気に加速する。
【0016】
(2)キャビテーションによる損耗の問題
キャビテーションはポンプ内の圧力差から発生する気泡に起因する。つまり燃料室内の加圧室では7〜12MPa以上の高圧流速が発生している一方、ポンプ部の隅部では低圧流速が存在する。これにより気泡の発生に至り、ポンプを大きく損傷させてしまう結果となる。つまり高圧で燃料が流通する燃料流路ではキャビテーションの問題が極めて大きな問題となる。またキャビテーションによる損耗の度合いは基材の硬さにも影響をうけ、軟質な材料であるアルミニウム材料では更にキャビテーションによる損耗が顕著となる。
【0017】
(3)エロージョン(侵食)による損耗の問題
燃料室内のポンプ部(加圧室)においては、先程も述べたとおり7〜12MPa以上の高圧が発生する。そのため高速流体による燃料流路の侵食(エロージョン)も顕著な問題となり、この影響も考慮しなければならない。特に、燃料室内における燃料の流れの変わる燃料流路の結合部等、複雑で狭隘な形状の部位においてはエロージョンの影響が顕著となる。
【0018】
以上(1)〜(3)の問題、即ち腐食,キャビテーション及びエロージョンによる損傷は燃料ポンプの稼動停止に至るおそれをもたらす。そのため燃料供給用の燃料流路系部品におけるアルミニウム材で構成された各部品は、各種アルコールが添加された燃料中,水が混入した燃料中,酸化性成分が混入した燃料中、あるいは劣化した燃料中などに接する環境において耐久性が要求されることとなる。
【0019】
次に、ラジアル燃料ポンプのNi−Pめっき処理及びラジアルプランジャ燃料ポンプの製造方法について説明する。
【0020】
図1はアルミニウム合金からなるポンプ本体の断面形状を示す。このポンプ本体には、燃料吸入通路,燃料吐出通路,燃料流路孔,エンジン本体固定用ボルト穴等が設けられた形状となっている。なお燃料ポンプとなるためには吸入ダンパ,吐出量制御のためのソレノイド,ポンプ機構(シリンダ,プランジャ)がこのポンプ本体に組み込まれることとなる。
【0021】
まずこのポンプ本体を製作する必要がある。なおこれらの形状加工を全て機械加工で製作することは生産性が劣るため、このポンプ本体の概略形状(素材(as cast)) の生産性に優れた製造法としてアルミダイカストがある。アルミダイカストは高圧でダイス内に溶融合金(アルミニウム合金)を加圧注入する鋳造方式であり、量産性に優れている。アルミダイカストによる製造工程はアルミニウム合金インゴット→溶解→鋳造→素材(as cast)→機械加工仕上げ→ポンプボディとなる。この工程において、ポンプボディの素材(as
cast) は機械加工代をできるだけ少なくなる形状にされる。この場合のアルミニウム合金としては、例えばアルミニウム合金ダイカスト12種(ADC12)などが用いられる。なお、アルミニウム合金の種類によっては、鍛造成型後に機械加工、あるいは全て機械加工によりポンプボディの最終形状に製作されることとなる。
【0022】
次に、上記工程により製作されたポンプ本体にNi−P又はNi−P系めっき被膜を形成する。
【0023】
本実施例でこれらのめっき被膜はNi−P、あるいはNi−P系である。Ni−P系としては、金属元素のCo,W,無機化合物のSiC,BN,PTFE,無機物のBなど、めっき被膜との合金化、あるいは分散化が可能な物質であれば特に種類にはこだわらない。
【0024】
めっき被膜501のNi−P、およびNi−P系めっき被膜は、無電解による方法で形成されることが望ましい。すなわち、燃料流路は複雑で狭隘な形状の部位があり、それらのいずれの部位においても被膜が形成されることが必須であること、まためっき被膜の厚さをできるだけ均一に形成する必要があること等による。電気エネルギーによるめっき方法は、形状効果による電界分布の不均一によって、複雑で狭隘な燃料流路の部位においてはめっき被膜を形成できないか、あるいは形成できても不均一になってしまうことから望ましくないためである。
【0025】
ここで、無電解Ni−P系めっきは、めっき液中の次亜燐酸陰イオンが周期律表の第8属金属にある条件で接触するとその金属が触媒となって脱水素分解を生じる。その生成した水素原子は触媒金属表面に吸着されてCondensed Layer となって活性化し、これがめっき液中のニッケル陽イオンに接触してニッケルを金属に還元して触媒金属表面(基材)に析出する。また触媒金属表面の活性化した水素原子は液中の次亜燐酸陰イオンと反応し、その含有するリンを還元してニッケルと合金化する。この析出したニッケルが触媒となって前述のニッケルの還元めっき反応が継続して進行する。すなわちニッケルの自己触媒作用によりめっきの継続進行する特徴がある。これにより、めっき液が流通する空隙があれば均一にめっき被膜が形成される。また、めっき被膜の厚さはめっき時間と比例しており、時間の制御で管理される。
【0026】
また、Ni−P又はNi−P系めっき被膜の形成工程ではポンプ本体の全表面に均一にめっき被膜が形成されることが必須となる。そのため、めっき処理工程においてはポンプ本体の全表面がめっき液に接すること、めっき液が滞留なく循環することが重要となる。
【0027】
ポンプ本体の全表面がめっき液に接するようにするためには、少なくともポンプ本体の燃料流路に関する各種穴内に空気溜りを生じさせない配設(吊るし方)とすること、またポンプ本体の重要な部分である燃料流路として形成される各種穴を全て貫通穴とすることが有用である。なお、貫通穴であっても、いわゆる止まり穴(流路短部近傍ではなく流路中央部近傍に他の穴があけられている穴(図2(b)参照))がある場合はめっき液の滞留が生じるおそれがあるため、各種穴の短部近傍(図2(a)参照)で各穴を連結してめっき液の滞留をなくし、均一なめっき被膜を形成することは大変有用である。
【0028】
ポンプボディ全表面においてめっき液を滞留なく循環させることは、Ni−P又はNi−P系の自己触媒作用による析出を継続進行させるために必須である。滞留が生じると、限られためっき液量内での自己触媒作用による析出が終了し、以後の析出は停止してしまい、めっき被膜の厚さの増加は停止することになる。そのため、膜厚の不均一を生じる。このようなことを防止するため、ポンプボディ全表面においてめっき液を滞留なく循環させる一方法として、ポンプボディのめっき液中での運動、例えば上下,左右,回転運動をさせ、めっき液の流動化をすることを行う。
【0029】
以上により、ポンプボディ全表面におけるめっき液との接触,めっき液の滞留を防止でき、ポンプボディ全表面に均一性、並びに欠陥の少ない優れためっき被膜を形成させることができる。
【0030】
本実施例ではアルミニウム合金鋳造材ADC12を用い、ポンプ本体100の全表面に15μm(厚さ分布±2μm)のNi−Pめっき被膜を形成した。また、Ni−Pめっき液のP濃度は約11wt.%であった。
【0031】
なお、図3から図6は燃料ポンプの表面構造の例を示す。
【0032】
図3はアルミニウム合金の基材500に、めっき被膜501を設けた表面構造である。
【0033】
図4はアルミニウム合金の基材500に、めっき被膜501、および中間層502を設けた表面構造である。
【0034】
図5はアルミニウム合金の基材500に、めっき被膜501、および外層503を設けた表面構造である。
【0035】
図6はアルミニウム合金の基材500に、めっき被膜501、および外層503がめっき被膜501の空孔などの欠陥部を被覆した表面構造である。
【0036】
中間層502は、めっき被膜501との密着性の向上、あるいは耐食性の向上を図る機能を持っている。密着性の向上としての中間層502はNiが用いられる。耐食性の向上を図る機能では酸化被膜,クロメート被膜が用いられる。その酸化被膜としては、望ましくは高温高圧水中で形成された緻密な被膜がよい。
【0037】
外層503は、めっき被膜501の耐食性の向上を図る機能を持っている。その材質はクロメート被膜が用いられる。
【0038】
封止層504は、めっき被膜501の欠陥を封止し、耐食性の向上を図る機能を持っている。その材質は酸化被膜,クロメート被膜が用いられる。その酸化被膜としては、望ましくは高温高圧水中で形成された緻密な被膜がよい。
【0039】
さらに、本実施例では無電解めっきにより形成された被膜に熱処理を加え、膜の硬度を高めると共に、基材と膜との密着性をも高め、耐キャビテーション性を高める。この詳細については後述する。なおめっき被膜の熱処理は大気中において200℃で1.5 時間行った。それによりNi−Pめっき被膜の硬さは、処理のままではHv520であったものがHv600と高くなった。
【0040】
次に、図7(断面図)を用いて上記製造方法により作成された本実施例のラジアルプランジャ燃料ポンプについて説明する。なお、Ni−Pめっきは上述の処理によりアルミニウム材であるポンプ本体100に均一に施されている。なお本実施例ではこの燃料ポンプの燃料と接する部品としてアルミニウム材料を用いており、ポンプ本体100,加圧室
112,燃料吸入通路110,加圧室112,燃料吐出通路111等ではメチルアルコール,エチルアルコールなどのアルコールを含むガソリン,各種ガソリン添加剤、又は劣化したガソリンに接した状態での使用を想定している(もちろんガソリンのみの燃料の使用を否定するわけではない)。
【0041】
ポンプ本体100には燃料流路として燃料吸入通路110,吸入孔105a,ポンプ室112a,吐出瀬106a,燃料吐出通路111が形成されている。吸入弁105は燃料吸入通路110と吸入孔105aとの間に、吐出弁106は燃料吐出通路111と吐出瀬106aとの間に夫々設けられている。ここで吸入弁105及び吐出弁106はともに燃料の流通方向を制限する逆止弁である。なお加圧室112はポンプ室112a,吸入孔
105a,吐出瀬106aを含んで構成されている。即ち加圧室112はポンプ本体100,プランジャ102,吸入弁105,吐出弁106により囲まれた領域として形成されている。なおプランジャ102はリフタ103を介して駆動カム200に圧接されており、駆動カム200の揺動運動を往復運動に変換し、加圧室112の容積が変化するよう構成されている。
【0042】
一方、ポンプ本体100と吸入弁ホルダ105b,ポンプ本体100と吐出弁ホルダ
106bは夫々圧接されており、シリンダ108とポンプ本体100もプロテクタ120を介して圧接されている。プロテクタ120はキャビテーション(後述)の発生によりポンプ本体等の基材が破損することを防止するのに有用であり、プロテクタ120を用いるかどうかはポンプの使用条件に合わせて選択される。また、本実施例ではあえてプロテクタ120を設けているが、Ni−Pめっきを厚くし、耐食性,耐キャビテーション性を十分図ることが出来る場合であれば、プロテクタ120を使用しないという選択も可能となる。加えて、本実施例のラジアルプランジャ燃料ポンプでは、ポンプ本体にNi−Pめっきを施しているため、プロテクタ120(シリンダ108等の圧接部材を含む、以下同じ)を圧接する際に生じる軟質なアルミニウム基材とプロテクタ120との直接の接触を抑え、圧接の際に生じる軟質な基材の粉末発生を抑制することもできる。更に、本実施例ではポンプ本体をアルミニウム材とし、圧接する部材をそれよりも高硬度な部材(例えば
SUS304)とすることで、圧接部材を食い込ませてシール性を向上することができるだけでなく、アルミニウム材と高硬度な圧接部材との間に中間の硬度のNi−Pめっき層を設けることで、圧接におけるアルミニウム材の必要以上に大きな変形を防ぐことが可能となる。なおプロテクタ120は、もちろん他の圧接部にも用いることができ、上記と同様の効果を奏することは当然である。
【0043】
ここで本実施例のラジアルプランジャ燃料ポンプの動作について簡単に説明する。
【0044】
燃料のガソリンは吸入弁105を経由して供給され、加圧室112に導入される。ここで吸入弁105はソレノイド300の動作に依存し、ソレノイド300がOFF(無通電)状態のときは吸入弁105を開弁する方向に付勢力をかけ、ソレノイド300がON(通電)状態のときは吸入弁105をプランジャ102の往復運動に同期して開閉する自由弁とする。そしてプランジャ102の圧縮工程中に吸入弁105が閉弁すると、加圧室112の内圧は上昇し、吐出弁106が自動的に開弁し、燃料が燃料吐出通路に圧送されることとなる。
【0045】
図8に各種材料、および本発明の一表面処理であるNi−Pをめっきしたアルミニウム材の耐食性を示す。腐食試験環境は、水にエチルアルコール13.5vol.%と全酸価0.13
mgKOH/gの酸イオン濃度の溶液とした。図8はこの溶液中における自然電位と孔食電位を示しており、自然電位と孔食電位は共に高い方が耐食性に優れていることを示している。一般的に耐食性に優れた材料として用いられているSUS304ステンレス鋼は、自然電位と孔食電位が高い領域にあり、耐食性が優れていることが分かる。それに対して、耐食性が優れたアルミニウム合金展延材A1012は、それよりも自然電位と孔食電位が共に低い領域にあり、耐食性が劣っていることが分かる。加えて、アルミニウム合金鋳造材ADC12はさらにそれよりも低い領域にあり、耐食性が劣っていることがわかる。なお、鉄系材料である合金工具鋼SKD11,球状黒鉛鋳鉄FCD400,炭素鋼S45Cなどの材料も低い領域にあり、自然電位はアルミニウム合金鋳造材ADC12より高く、僅かに耐食性はよいことが分かる。この結果から、アルミニウム合金鋳造材ADC12は耐食性が劣る部類の材料であることが分かった。しかし、ADC12にNi−Pめっきを施した材料では、自然電位,孔食電位がSUS以外の材料より大幅に高く,耐食性が優れたものとなり、SUS304に比べて耐食性が少々劣るものの軽量化,加工が容易である点において大きな利点を有しており、大変有用な材料となっているといえる。
【0046】
次に、耐キャビテーション性を検討した。図9に磁歪振動破壊試験装置による各種材料のキャビテーション損耗による体積減少量を示す。
【0047】
磁歪振動破壊試験装置における測定は、周波数20kHz,振幅22.4μm ,温度
20℃の純水中で各種材料のキャビテーションによる損耗度合いを比較したものである。図9の結果は軟質なアルミニウム材系ではその体積減少量が多い(ADC12等参照)一方、硬質な鉄鋼,鋳鉄,ステンレス鋼ではその体積減少量が少ないこと、を示している。ところが、ADC12にNi−Pめっき又Ni−P−SiCめっきを施すと、ADC12の体積減少量は少なくなり(「ADC12+Ni−P」等参照)、鉄鋼や鋳鉄と同等となる。この結果から、アルミニウム材系を表面処理によって耐キャビテーション性を改善するには、表面処理被膜として、Ni−P系めっきが優れていることがわかった。なお、この場合も上述と同様、他の基材に比べて本実施例に係る発明はアルミニウム材を用いているため、軽量化,加工が容易である点において大きな利点をも有しているといえる。なお、耐キャビテーション性については、硬度や膜厚の影響を考慮することが必要である。
【0048】
図10は磁歪振動破壊試験装置によるキャビテーション損耗に及ぼすNi−Pめっき被膜の熱処理の影響を示す。Ni−Pめっき被膜の硬さは熱処理することにより硬くなる。その硬さは、めっき処理のままではHv500程度であるが、熱処理温度の上昇にともない硬くなり、400℃程度でHv1000程度の高硬度となる。加えて、Ni−Pのめっき層に熱処理を施すことで、アルミニウム材とNi−Pめっき層との間の密着性を高めることができ、キャビテーションによる損傷を抑えることが可能となっている。図10で見るとキャビテーションによる損耗はこの硬さの上昇及び熱処理による密着性の向上の効果で、めっきしたままに比較して、200℃で熱処理したものが少なくなっている。また、図11はNi−Pめっきが施されたキャビテーションの影響について行った図9,図10に対応する実験結果を写真として示すものである。この図からも分かるとおり、200℃×1時間の熱処理を行った試料については50分,80分のいずれにおいてもキャビテーションによる損傷は見られなかったが、熱処理が無かった試料については、50分の試験時間でさえキャビテーションによる損傷が見受けられた。即ち、熱処理によりめっき被膜の硬度,密着性が向上したことによりキャビテーションの耐性が大きく向上していることを示している。つまりこの結果はNi−Pめっき被膜の耐キャビテーション性を高めるためには、めっき被膜を熱処理することがより効果的であることを示している。しかしながら、熱処理による燃料ポンプの変形を考慮した場合は低い領域の温度で行う必要がある。また、確かに硬さは高い方がキャビテーション耐性に対しては望ましいが、めっき被膜を硬くするために加熱温度を上げるとめっき被膜が結晶化(結晶化温度:約220℃)し、結晶の粒界が発生するためその粒界からアルコール含有の燃料がアルミニウム基材を侵食して却って耐食性が悪くなる場合もある。そのため、熱処理はNi−Pめっき層の結晶化温度より大きくあがらないようにし、Ni−Pめっき層をアモルファス状態にすることは有用である。
【0049】
以上腐食とキャビテーションのバランスを考慮した観点からは300℃以下(Hvが概ね800程度)で熱処理することが望ましく、さらには220℃以下の温度(Hvは650程度となる)で熱処理行ってアモルファス状態としておくことも有用である。
【0050】
なお、めっき被膜の厚さが10μm以下では腐食やキャビテーション等によりめっき被膜が剥離し、燃料ポンプが寿命を迎える前に素地が露出して腐食を起こす場合も考えられ、一方この被膜が50μm以上の厚さとなると、耐腐食性,耐キャビテーション,ネジとネジ穴の嵌合には有用であるものの、ネジ穴とネジの寸法差が無視できなくなり、圧接部品の取り付けが困難となってしまう。以上、無電解めっきにより均一なめっき層をつける場合において、上記を勘案するとめっき被膜の厚さは約25μmが望ましい厚さである。なおNi−Pめっき被膜がネジとネジ穴の嵌合に有用である理由は、アルミニウム材の表面が粗い場合であっても、Ni−Pめっきを施すことにより表面が滑らかになること、
Ni−Pめっき層の硬度が高くなることで表面処理の無いアルミニウム材のネジ穴に嵌合す場合に比べてネジ穴の形状がより安定的となること、ネジ止めの際のアルミニウムと圧接部材との摩擦によるアルミニウム粉の発生を抑えること、である。これらを考慮する限りにおいて、ネジ穴部分と燃料通路の双方を一度にめっき処理することができる無電解めっき処理は大変有用である。
【0051】
なお、本実施例に係る燃料ポンプの実機耐久試験も行った。燃料としてはエタノールを22%添加したガソリンを用い、回転数3500r/min ,吐出圧力12MPaで試験した。その結果、ポンプは異常なく稼働し、ガソリン吐出流量性能も安定した値が得られた。試験後、分解して燃料室内の各部品の検査結果、上記のいずれの部品においても腐食の発生、あるいは腐食による損耗、さらにはキャビテーションによる燃料流路での損耗の発生は認められず、定常な状態であった。一方、無処理のものでは先述のようにアルミニウムとエタノールによる腐食,キャビテーション,エロージョンによる損耗が観られた。
【0052】
以上、本実施例では燃料ポンプの燃料流路にNi−P又はNi−P系のめっき被膜を形成したため、腐食の発生,キャビテーション、さらにはエロージョンによる損耗を抑え、それらの耐環境性を改善することができた。またこれにより初めてアルミニウム又はアルミニウム合金を用いた燃料ポンプが可能となり、複雑形状の燃料ポンプを容易に実現できた。なお、アルミニウム材である限りにおいて、アルミニウム単独,アルミニウム合金であっても、本実施例の効果を奏することは当然である。
【0053】
〔実施例2〕
本実施例は以下に述べる点を除いて実施例1と同様である。図12を用いて説明する。
【0054】
図12は加圧室と低圧室とを隔てるポンプ本体の低圧室の一部にめっきを剥がす若しくはめっき処理をあえて行わない等によってアルミニウム材を露出させた部分をもつラジアルプランジャ燃料ポンプを示す。これにより、アルミニウム材を露出させた部分の耐腐食性を他の部分に比べて最も弱くする、即ち低圧室と加圧室とを他の腐食部分に先駆けて貫通させることができ、腐食から生ずる他の重大な不良を昇圧不良という比較的軽微な事態で未然に防止することができるようになる。
【0055】
〔実施例3〕
図13に斜板式アキシャルプランジャ燃料ポンプ(3筒式)の断面図を示す。
【0056】
斜板式アキシャルプランジャ燃料ポンプは、ハウジング内に外部からの駆動を伝達するシャフト1と、シャフトを介して回転運動を揺動運動に変換する斜板9と、斜板9の回転運動を往復運動へ変換させるプランジャ11と、プランジャ11と組み合わされて燃料を吸入吐出するシリンダボア13とを有して構成される。
【0057】
図13が示すように、シャフト1には、半径方向に広がり且つ端面部は斜めの平面を形成した斜板9とが一体になっている。斜板9にはスリッパ10が接触し、スリッパ10の斜板9側外周部にはオイルによる斜板9とスリッパ10との間の油膜形成を補助するテーパが設けられている。またスリッパ10のもう一方側は球面形状になっており、シリンダボア13内を摺動するプランジャ11に形成された球面に支持され、斜板9が回転することで発生する揺動運動は、プランジャ11の往復運動に変換される。
【0058】
この構造のポンプにおいて、複数のシリンダボア13とプランジャ11とによって、シリンダ12内にポンプ室14が形成されている。このポンプ室14へ燃料を供給するように、シリンダ12の中央部に各プランジャ11へ連通する吸入空間15が設けられている。この吸入空間15に燃料を導くため、リアボディ20にポンプ外部の燃料配管が取り付けられ、リアボディ20内の吸入通路を通り、リアボディ20の中央部の吸入室30を上記シリンダ12に設けた吸入空間15とが繋がるようになっている。
【0059】
プランジャ11内には、燃料を吸入するための吸入バルブ24(チェックバルブ)と、ボール21と、スプリング22と、スプリング22を支持するストッパ23と、が設けられている。またプランジャスプリング25が、プランジャ11を常に上記斜板9側へ押し付け、スリッパ10と共にプランジャ11を斜板9に追従させる目的で挿入されている。
【0060】
プランジャ11内の吸入バルブ24への連通路A16は、シリンダボアに設けたザグリ51と吸入空間15との連通路として形成されている。ザグリ51はシリンダボア13径より大きい径であり、常にプランジャ11内に燃料を導入できるように、ポンプ室14が十分小さくなった時(プランジャ位置が上死点の時)にも導入孔19とザグリ51とが連通する程度の深さまで形成されている。
【0061】
図13の斜板式アキシャルプランジャ燃料ポンプにおいて、燃料と接する部品としてアルミニウム材が用いられているのはリアボディ20である。このリアボディ20が、燃料のガソリンにメチルアルコール,エチルアルコールを添加したもの、各種ガソリン添加剤、あるいは劣化したガソリン等で腐食性を示す場合に耐食性が要求される。なお、その他の構成部品、例えばシリンダ12はステンレス鋼,シリンダボア13は合金工具鋼などである。
【0062】
このリアボディ20は吐出バルブ28,吐出室29,吸入室30などの燃料流路を備えている。またリアボディ20はボディ5と締結され、その気密をOリング31により確保している。
【0063】
そこで、本実施例では燃料ポンプのリアボディ20の全体に図1で示される構造のめっき被膜を形成した。Ni−Pめっき被膜のP濃度は約11wt.% 、厚さは15μmで、その厚さ分布は±2μmであった。また、リアボディ20は大気中において250℃で1時間の熱処理を行った。それによりNi−Pめっき被膜の硬さは、処理のままでは約Hv520であったものがHv657と高くなった。
【0064】
次に本実施例の燃料ポンプの実機耐久試験を行った。燃料はエタノールを15%添加したガソリンを用い、回転数3500r/min 、吐出圧力12MPaで試験した。その結果、ポンプは異常なく稼働し、ガソリン吐出流量性能も安定した値が得られた。試験後、分解して燃料室内の各部品の検査結果、上記のいずれの部品においても腐食の発生、さらには腐食,キャビテーション及びエロージョンによる燃料流路での損耗の発生は認められず、定常な状態であった。一方、無処理のものでは、リアボディのOリングシール部において、Oリングと接触していた部位全周、および吐出室の燃料流路はアルミニウムとエタノールによる腐食による損耗がみられた。
【0065】
以上、本実施例では燃料ポンプの燃料流路にNi−P又はNi−P系のめっき被膜を形成したため、腐食の発生,キャビテーション、さらにはエロージョンによる損耗を抑え、それらの耐環境性を改善することができた。またこれにより初めてアルミニウム又はアルミニウム合金を用いた燃料ポンプが可能となり、複雑形状の燃料ポンプを容易に実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の一実施例における燃料ポンプのポンプ本体の断面図。
【図2】本発明の一実施例における燃料ポンプのポンプ本体の一部断面図。
【図3】本発明の一実施例における表面処理層の構成の説明図。
【図4】本発明の一実施例における表面処理層の他の構成の説明図。
【図5】本発明の一実施例における表面処理層の他の構成の説明図。
【図6】本発明の一実施例における他の表面処理層の構成の説明図。
【図7】本発明の一実施例における燃料ポンプの一部断面図。
【図8】各種材料及びNi−Pをめっきしたアルミニウム材の耐食性を説明する図。
【図9】各種材料のキャビテーション損耗による体積減少量を示す図。
【図10】キャビテーション損耗における熱処理の影響を説明する図。
【図11】キャビテーション損耗における熱処理の影響を説明する図。
【図12】本発明の一実施例に係る燃料ポンプの他の実施例を示す一部断面図。
【図13】本発明の一実施例に係る燃料ポンプの他の実施例を示す断面図。
【符号の説明】
【0067】
1…シャフト、2…カップリング、3…ピン、4…連通路C、5…ボディ、6…エンジンカム、7…ラジアル軸受、8…スラスト軸受、9…斜板、10,245…スリッパ、
11,102,231…プランジャ、12,108,250…シリンダ、13…シリンダボア、14…ポンプ室、15…吸入空間、16…連通路A、17…シール、18…空間、19…導入孔、20…リアボディ、21,26…ボール、22,27,256…スプリング、23…ストッパ、24…吸入バルブ、25…プランジャスプリング、28…吐出バルブ、29…吐出室、30…吸入室、31…Oリング、33…カップリング嵌合部、34…オイル経路、35…軸シール、36…オイル戻り通路、100…ポンプ本体、103…リフタ、105…吸入弁、105a…吸入孔、105b…吸入弁ホルダ、106…吐出弁、106a…吐出瀬、106b…吐出弁ホルダ、110…燃料吸入通路、111…燃料吐出通路、112…加圧室、120…プロテクタ、200…駆動カム、300…ソレノイド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金により形成されるポンプ本体と、該ポンプ本体のガソリン又はアルコール添加ガソリンが流通する燃料流路にNi−P又はNi−P系のめっき被膜が形成されていることを特徴とする筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項2】
前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜は10μm以上の厚さであることを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項3】
前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜は10μm以上50μm以下の厚さであることを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項4】
前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜はHv500以上であることを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項5】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金と前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜との間に酸化被膜或いはクロメート被膜が形成されていることを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項6】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金と前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜に更に酸化被膜或いはクロメート被膜が形成されていることを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項7】
前記燃料流路には加圧室と、低圧室と、が含まれ、
前記加圧室と前記低圧室とは前記アルミニウム又はアルミニウム合金によって隔てられ、
前記加圧室と低圧室とを隔てるアルミニウム又はアルミニウム合金の低圧室側の一部にアルミニウム又はアルミニウム合金が露出した部分を有することを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項8】
前記Ni−P又はNi−P系の被膜は、アモルファスであることを特徴とする請求項1記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項9】
アルミニウム又はアルミニウム合金により形成されるポンプ本体と、該アルミニウム又はアルミニウム合金に施されるNi−P又はNi−P系のめっき被膜のシール部と、圧接部材と、を有することを特徴とする筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項10】
前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜のシール部は、10μm以上の厚さであることを特徴とする請求項9記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項11】
前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜のシール部は、10μm以上50μm以下の厚さであることを特徴とする請求項9記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項12】
前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜のシール部は、Hv500以上であることを特徴とする請求項9記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項13】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金により形成されるポンプ部と前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜のシール部との間に酸化被膜或いはクロメート被膜が形成されていることを特徴とする請求項9記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項14】
前記アルミニウム又はアルミニウム合金により形成されるポンプ部と前記Ni−P又はNi−P系のめっき被膜のシール部に更に酸化被膜或いはクロメート被膜が形成されていることを特徴とする請求項9記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項15】
前記Ni−P又はNi−P系の被膜は、アモルファスであることを特徴とする請求項
14記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項16】
アルミニウム又はアルミニウム合金により形成されるポンプ本体を有する筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプであって、該ポンプ本体のガソリン又はアルコール添加ガソリンが流通する燃料流路の各穴は、他の穴と短部近傍にて繋がっていることを特徴とする筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項17】
前記燃料流路にはNi−P又はNi−P系のめっき被膜が形成されていることを特徴とする請求項16記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項18】
前記めっき被膜は10μm以上であることを特徴とする請求項16記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項19】
前記めっき被膜は10μm以上50μm以下であることを特徴とする請求項16記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。
【請求項20】
前記Ni−P又はNi−P系の被膜は、アモルファスであることを特徴とする請求項
16記載の筒内直接燃料噴射装置用燃料ポンプ。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2007−32576(P2007−32576A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−287088(P2006−287088)
【出願日】平成18年10月23日(2006.10.23)
【分割の表示】特願2002−196653(P2002−196653)の分割
【原出願日】平成14年7月5日(2002.7.5)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】