説明

米成分の段階的取得方法

【課題】用途の異なるタンパク質成分とデンプンを一連の操作で段階的に取得することにより、米に含まれる有用成分を包括的に利用することを可能にする製造プロセスを提供する。
【解決手段】玄米、米糠、米粉又は精白米を、水、pH4.5〜9.0の水溶液、又は、アルコールを添加したpH4.5〜9.0の水溶液によって溶媒抽出してプロテアーゼ阻害因子を取得する溶媒抽出工程1と、この溶媒抽出工程1で生じた固形分をアルカリ溶液に懸濁するアルカリ懸濁工程3と、このアルカリ懸濁工程3で得た懸濁液を比重差によって分離してタンパク質とデンプンを取得する分離工程4とを備えた。歯周病菌プロテアーゼ阻害因子を含むプロテアーゼ阻害因子、タンパク質、デンプンを、一連の操作で段階的に取得することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、玄米、米糠、米粉又は精白米から、医療用途ならびに食品素材として有用なプロテアーゼ阻害因子、プロテアーゼ阻害因子を含む米タンパク質、およびデンプンを、1回の処理プロセスにより段階的に取得する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
日本人の主食である米には糖質、タンパク質や脂質などの成分が含まれ、その栄養学的役割のみならず、生理活性についても多くの知見が報告されている。特に、米タンパク質は、食品の安全性・機能性に対する社会の関心が高まる中、昨今大きな注目を集めるようになっている。
【0003】
例えば、発明者らは、米タンパク質に歯周病の予防に有効な歯周病菌プロテアーゼ阻害因子(特許文献1)、ならびに骨粗鬆症の予防に利用しうるカテプシンK阻害因子(特許文献2)が含まれていることを見いだしている。また、米からプロテアーゼ阻害因子を抽出・製造する方法として、アルカリ洗浄を利用する方法を提案した(特許文献3)。
【0004】
米に含まれるプロテアーゼ阻害因子の作用としては、その他に、オリザシスタチン−Iやオリザシスタチン−IIが農園芸用殺虫剤として利用できること(特許文献4)、オリザシスタチン−Iがヘルペスウイルスの感染を阻害することが報告されており(特許文献5)、非特許文献1では、米粒にシステインプロテアーゼ阻害因子やセリンプロテアーゼ阻害因子が存在し、それらがすり身の製造に利用できる可能性のあることが指摘されている。
【0005】
プロテアーゼ阻害因子以外にも、米タンパク質に血中コレステロール低下作用や肝臓コレステロール低下作用のあることが示されており(非特許文献2と3、特許文献6)、保健機能食品素材としての米タンパク質の有用性が示唆されている。
【0006】
これらの生理作用に加えて、米からプロテアーゼ阻害因子や米タンパク質を製造する方法についても多くの検討が為されている。プロテアーゼ阻害因子の製造方法としては、前述の特許文献3や、トリプシンインヒビターやα‐アミラーゼインヒビターを含む低分子タンパク質を、疎水性樹脂を用いて精製する方法が報告されている(特許文献7)。
【0007】
一方、米タンパク質の製造方法として、アルカリで溶解する画分から中和によってタンパク質を沈殿させる方法(特許文献6と非特許文献2)、耐熱性アミラーゼを用いた高純度米タンパク質の製造方法(特許文献8と非特許文献4)、酵素処理によってサイクロデキストリン、タンパク質濃縮米粉とグルコースを段階的に製造する方法(特許文献9)、希酸処理と固液分離によってグルテリンを分画する方法(特許文献10)、蒸米と希酸処理によってプロテインボディーIIを選択的に抽出する方法(特許文献11)、還元剤処理、酸化剤処理とアルカリ処理によって可溶性タンパク質を製造する方法(特許文献12)などが提案されている。
【特許文献1】特開2007−16002号公報
【特許文献2】特開2006−151843号公報
【特許文献3】特開2007−145776号公報
【特許文献4】特開平5−238913号公報
【特許文献5】特開平6−116168号公報
【特許文献6】特開2006−273840号公報
【特許文献7】特開平6−157599号公報
【特許文献8】特開平6−197699号公報
【特許文献9】特開平6−253880号公報
【特許文献10】特開2007−68454号公報
【特許文献11】特開平9−249695号公報
【特許文献12】特開平8−165298号公報
【非特許文献1】J. Agric. Food Chem. 42, 616-622 (1994)
【非特許文献2】J. Sci. Food Agric. 71, 415-424 (1996)
【非特許文献3】Biosci. Biotechnol. Biochem. 71, 694-703 (2007)
【非特許文献4】J. Food Sci. 58, 1393-1406 (1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、米タンパク質には健康機能や食品加工の面において多くの有用性が期待され、それらを積極的に利活用することによって高付加価値の食品や薬品・薬用品の開発が可能になると考えられる。そのためには、米タンパク質素材の効率的な製造方法の確立が必要不可欠であり、上述のような様々な抽出・製造方法が提案されている。
【0009】
米タンパク質に含まれる機能因子の性状は様々であり、全てのタンパク質成分に普遍的に適用できる製造方法は存在しない。例えば、プロテアーゼ阻害因子というカテゴリーに含まれる分子種であっても、等電点などのタンパク質化学的性状や熱安定性などの特性が大きく異なることは一般的に広く知られていることである。従って、対象とする成分の特性や使用目的によって製造方法は特化されることになる。
【0010】
そのために、これまでの製造方法では、対象とする特定のタンパク質成分以外は処理の過程で捨て去られることになり、コメに含まれる様々な有用成分を効率的に利用するという観点からは、現状のプロテアーゼ阻害因子やタンパク質の製造方法は不十分であると言わざるを得なかった。
【0011】
そこで、本発明は、これらの既存の課題を解決するために、用途の異なるタンパク質成分とデンプンを一連の操作で段階的に取得することにより、米に含まれる有用成分を包括的に利用することを可能にする製造プロセスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述の課題を鑑みて鋭意検討を重ねた結果、歯周病菌プロテアーゼ阻害因子を含むプロテアーゼ阻害因子画分、システインプロテアーゼ阻害因子やセリンプロテアーゼ阻害因子を含む米タンパク質画分、およびデンプンを段階的に分別取得する製造プロセスを確立するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の米成分の段階的取得方法は、玄米、米糠、米粉又は精白米を、水、pH4.5〜9.0の水溶液、又は、アルコールを添加したpH4.5〜9.0の水溶液によって溶媒抽出してプロテアーゼ阻害因子を取得する溶媒抽出工程と、この溶媒抽出工程で生じた固形分をアルカリ溶液に懸濁するアルカリ懸濁工程と、このアルカリ懸濁工程で得た懸濁液を比重差によって分離してタンパク質とデンプンを取得する分離工程とを備えたことを特徴とする。
【0014】
また、前記プロテアーゼ阻害因子が歯周病菌プロテアーゼ阻害因子であることを特徴とする。
【0015】
さらに、前記タンパク質がプロテアーゼ阻害因子を含むことを特徴とする。
【0016】
本発明の食品は、本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたプロテアーゼ阻害因子又はタンパク質を含むことを特徴とする。
【0017】
本発明の食品改質方法は、本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたタンパク質を食品に添加することを特徴とする。
【0018】
また、前記食品が魚肉又は食肉を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、歯周病菌プロテアーゼ阻害因子を含み、機能性食品や薬用品などの機能性素材として利用できるプロテアーゼ阻害因子、食品改質剤やコレステロール低下作用を持つタンパク質/ペプチド素材として利用できるプロテアーゼ阻害因子を含むタンパク質、及びデンプンを、玄米、米糠、米粉又は精白米から一連の操作で段階的に取得することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の米成分の段階的取得方法について、添付する図1を参照しながら説明する。
【0021】
本発明では、玄米、米糠、米粉又は精白米を原料とする。これらの原料のうち玄米、精白米はそのまま使用しても良いが、以降の工程の抽出を効率的に進めるため、粉砕や磨砕によって粒状ないしは粉末状にするのが望ましい。粉砕・磨砕には、ボールミルや凍結粉砕などの方法があるが、抽出のための前処理として粒状ないしは粉末状にできるものであれば、その方法は特に限定されない。
【0022】
最初に、図1に示す溶媒抽出工程1において、玄米、米糠、米粉又は精白米に対して、水又はpH4.5〜9.0の水溶液で抽出を行う。
【0023】
ここで、pH4.5〜9.0の範囲とすることにより、後述する固液分離工程2でプロテアーゼ阻害因子が高い比活性で含まれている画分を分離することができる。なお、pH4.5未満では、水溶液にプロテアーゼ阻害因子が溶解しにくいため好ましくなく、pH9.0を超えると、後述する分離工程4で分離すべきタンパク質などが水溶液に溶解し、固液分離工程2で得られるプロテアーゼ阻害因子の純度が低下するため好ましくない。
【0024】
pH4.5〜9.0の水溶液で抽出する場合、塩酸などの酸や水酸化ナトリウムなどのアルカリを用いてpHスタットによりpHを維持する方法や、これらのpH範囲で使用できる緩衝液を用いる方法により、pHをこの範囲に保つことができる。緩衝液としては、pH3〜6付近で使用するクエン酸緩衝液、pH4〜6付近で使用する酢酸緩衝液、pH5〜7付近で使用するマレイン酸緩衝液、pH6〜8付近で使用するリン酸緩衝液、pH7〜9付近で使用するトリシン緩衝液などが使用できるが、pH4.5〜9.0の範囲でpHを維持する目的であればこれらに特に限定されるものではない。さらに、水又はpH4.5〜9.0の水溶液で抽出する際にアルコールを添加してもよい。アルコールとしてはエタノール、メタノールやプロパノールなどの一般に使用されるアルコール類を用いることができ、その濃度は30〜80%の範囲が望ましい。本操作の目的は、この条件下で溶出されるプロテアーゼ阻害因子を分離することであるから、その目的に合えば、抽出するときの時間や温度は特に限定されない。
【0025】
つぎに、固液分離工程2において、固液分離により固形分と可溶性成分に分離する。固液分離方法には、遠心分離、静置分離、フィルタープレスや膜分離などが挙げられるが、固形分と可溶性成分を分離できるものであれば、その方法は限定されない。ここで得られた可溶性画分には、歯周病菌プロテアーゼ阻害因子などのプロテアーゼ阻害因子が高い比活性で含まれており、歯周病予防目的の機能性食品や薬用品など、当該プロテアーゼ阻害因子の機能を期待する製品の製造に供することができる。また、使用目的によっては、この可溶性画分から、等電点電気泳動、イオンクロマトグラフィーや分子排除クロマトグラフィーなど、タンパク質やペプチドの分離・精製に使用できる方法を用いて、当該プロテアーゼ阻害因子を高度に分離・精製し、利用することもできる。
【0026】
上述の固液分離の操作で得られた固形分からは、更にプロテアーゼ阻害因子を含む米タンパク質画分とデンプンの分離を行う。
【0027】
具体的には、はじめに、アルカリ懸濁工程3において、固形分をアルカリ溶液に懸濁する。アルカリ溶液としては、薬剤の入手の容易さなどから、水酸化ナトリウムを使用するのが望ましく、その場合、0.1〜5%濃度の水溶液として用いるのが望ましい。水酸化ナトリウム溶液と同等の効果を得ることができれば、水酸化カリウムなどの薬剤も使用できる。アルカリ溶液に懸濁する目的は、その後の分離工程4で蛋白質層とデンプン層を分離するためのものである。従って、この目的に合致するものであれば、懸濁する時間や温度は特に限定されない。
【0028】
また、アルカリ溶液に浸漬後、浸漬液を一度廃棄して新たに水を加え、これを次の分離工程4に用いてもよい。この場合にも、水を加えた後のpHは、pHを中性あるいは酸性に特に調整しない限り、アルカリ性を維持していることから、本発明の範囲内の操作となる。
【0029】
つぎに、懸濁液をミキサーなどの常法により充分に攪拌した後、分離工程4において、比重差を利用してタンパク質層とデンプン層の各スラリーを分離する。比重差を利用した分離には静置分離や遠心分離などがあり、タンパク質層とデンプン層を分離できるものであれば特に限定しないが、望ましくは遠心分離を行う。この段階で比重の軽いタンパク質層と重いデンプン層に分けることができる。
【0030】
得られたタンパク質層はそのままタンパク質懸濁液として利用できるが、用途によっては中和して用いるのが望ましい。中和の際には、塩酸、酢酸、乳酸やクエン酸などの酸類が利用できるが、pHを中和する目的に合致するものであれば特に限定されない。中和した場合には、タンパク質は沈殿物として回収できるため、これを一般に使用される固液分離法によって回収する。得られたタンパク質は溶液に懸濁した状態で、あるいはスプレードライや凍結乾燥などの一般的に使用される乾燥法によって乾燥した上で、使用に供する。等電点電気泳動、イオンクロマトグラフィーや分子排除クロマトグラフィーなど、タンパク質やペプチドの分離・精製に使用できる方法を用いて、更に高度に分離・精製したタンパク質標品を調製し、利用に供することもできる。
【0031】
デンプン層と分離することで得られるこのタンパク質層は、パパイン、カテプシンBやトリプシンなどのプロテアーゼに対する阻害因子を含み、更には魚肉や食肉のプロテアーゼ活性に対しても阻害作用を有する。従って、水またはpH4.5〜9.0の水溶液で抽出することによって得られたプロテアーゼ阻害因子とは異なる用途で使用でき、魚肉や食肉の改質剤としても有用である。また、米タンパク質に血清や肝臓のコレステロール値を低下させる作用のあることが一般に知られていることから、ここで得られた米タンパク質はコレステロール低下作用を持つ米タンパク質としても充分に使用できる。
【0032】
なお、こうして段階的に得られたプロテアーゼ阻害因子、プロテアーゼ阻害因子を含むタンパク質とデンプンは、それぞれの特性に合致するものである限り、その用途は特に限定されるものではない。
【0033】
以上のように、本発明の米成分の段階的取得方法は、玄米、米糠、米粉又は精白米を、水、pH4.5〜9.0の水溶液、又は、アルコールを添加したpH4.5〜9.0の水溶液によって溶媒抽出してプロテアーゼ阻害因子を取得する溶媒抽出工程1と、この溶媒抽出工程1で生じた固形分をアルカリ溶液に懸濁するアルカリ懸濁工程3と、このアルカリ懸濁工程3で得た懸濁液を比重差によって分離してタンパク質とデンプンを取得する分離工程4とを備えたものである。
【0034】
本発明の米成分の段階的取得方法によれば、用途が異なる米成分、すなわち、歯周病菌プロテアーゼ阻害因子を含み、機能性食品や薬用品などの機能性素材として利用できるプロテアーゼ阻害因子、食品改質剤やコレステロール低下作用を持つタンパク質/ペプチド素材として利用できるプロテアーゼ阻害因子を含むタンパク質、及びデンプンを、玄米、米糠、米粉又は精白米から一連の操作で段階的に取得することができる。本発明はこのように、米に含まれる有用成分をその特性に応じて効率的に無駄なく、包括的に取得・利用する方法を提供し、米の高度利用を可能とするものである。
【0035】
本発明の食品は、本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたプロテアーゼ阻害因子又はタンパク質を含む。
【0036】
本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたプロテアーゼ阻害因子には、歯周病菌プロテアーゼ阻害因子が含まれており、これを含む食品は、歯周病予防のための機能性食品として利用することができる。また、本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたタンパク質は、血清や肝臓のコレステロール値を低下させる作用があり、これを含む食品は、コレステロール値低下のための機能性食品として利用することができる。
【0037】
本発明の食品改質方法は、本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたタンパク質を食品に添加する。
【0038】
本発明の米成分の段階的取得方法によって得られたタンパク質は、魚肉や食肉のプロテアーゼ活性に対して阻害作用を有するプロテアーゼ阻害因子を含むため、これを添加することで魚肉や食肉を改質することができる。
【0039】
以下に本発明の実施例を具体的に説明するが、本発明の有効性を述べるために例示するものであって、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例1】
【0040】
(米からのプロテアーゼ阻害因子の分画)
日本晴の精白米250gをミルにて粉砕した後、2.5Lの50mM トリス(pH8.0)/500mM NaClに懸濁した。20分間の撹拌の後、10,000rpm×15分間の遠心分離で上清を回収した。回収した上清は、80℃×10分間の加熱処理によってプロテアーゼを失活させた。更に10,000rpm×15分間の遠心分離によって沈殿物を除去してから、分画分子量5,000の限外濾過膜で約10倍に濃縮後、プロテアーゼ阻害因子画分とした。
【0041】
(米タンパク質とデンプンの分画)
上記の過程で得られた沈殿物を250mlの0.2%(質量%)水酸化ナトリウム溶液に浸漬し、室温で一番放置した。フードプロセッサーによる粉砕処理を行った後に得られた粉砕乳液は上層のタンパク質層と下層のデンプン層の二層に分かれるまで静置し、デカンテーションによってそれぞれの層を分別した。分別したタンパク質層のpHを塩酸で7.0に調整し、10,000rpm×10分間の遠心分離によって固形分を分離した。この固形分を凍結乾燥の後、プロテアーゼ阻害因子を含むタンパク質画分として試験に供した。
【0042】
(アルカリ洗浄法によるプロテアーゼ阻害因子の調製:対照)
日本晴の精白米250gを250mlの0.2%(質量%)水酸化ナトリウム溶液に浸漬し、室温で一番放置した。浸漬液を廃棄した後、約2.5倍容積の水を加えて、フードプロセッサーによる粉砕処理を行った。粉砕液から、篩い分けにより繊維分や未粉砕物を除去し、粉砕乳液を得た。粉砕乳液は、上層のタンパク質層と下層のデンプン層の二層に分かれるまで静置した後、デカンテーションによって上層のタンパク質層を分別した。分別したタンパク質層のpHを塩酸で7.0に調整し、生理食塩水に対して一晩透析を行った。透析後、10,000rpm×10分間の遠心分離で固形分を除去し、アルカリ洗浄法によるプロテアーゼ阻害因子画分とした。
【0043】
(歯周病菌プロテアーゼ阻害活性の測定)
本実施例において調製したプロテアーゼ阻害因子画分と、対照として調製したアルカリ洗浄法によるプロテアーゼ阻害因子画分について、歯周病菌プロテアーゼであるArg−ジンジパインに対する阻害活性を測定した。
【0044】
酵素標品には歯周病菌(Porphyromonas gingivalis ATCC33277)から精製したArg−ジンジパインを用いた。阻害活性測定用の緩衝液は、100mM HEPES(pH7.5)/150mM NaCl/5mM CaCl/0.05% Brij35/4mM ジチオスレイトールとし、反応は2ml容積で行った。
【0045】
所定濃度のサンプルとArg−ジンジパイン40pMを40℃で5分間プレインキュベーションした後、酵素基質としてZ−Phe−Arg−MCAを50μMの濃度になるように加えて、酵素反応を開始した。反応の進行は蛍光分光光度計(励起波長380nm;蛍光波長440nm)を用いて、蛍光強度の増加としてモニタリングし、酵素反応の強さは基質から遊離するアミノメチルクマリン(AMC)量で評価した。酵素阻害活性1ユニット(U)は、酵素基質から1分間に1μmolのAMC遊離を阻害する量と定義した。酵素阻害活性を測定した結果、本実施例において調製したプロテアーゼ阻害因子画分のArg−ジンジパイン阻害活性は7.0×10−3U/mgタンパク質、対照としたアルカリ洗浄法で調製したプロテアーゼ阻害因子画分の比活性は1.5×10−3U/mgであった。
【0046】
したがって、本発明の米成分の段階的取得方法により取得したプロテアーゼ阻害因子が、従来法に比べて極めて高い歯周病菌プロテアーゼ阻害活性を有し、歯周病の予防に有効な特性を有することが明らかとなった。
【実施例2】
【0047】
(プロテアーゼ阻害因子を含むタンパク質画分のすり身プロテアーゼに対する阻害活性と蒲鉾製造への応用)
米タンパク質試料の調製
実施例1の(米タンパク質とデンプンの分画)で取得した米タンパク質画分の凍結乾燥品を、モデル蒲鉾の製造に利用してその適性を評価した。また、凍結乾燥標品10gを200mlの10mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁・ホモジナイズし、12,000rpm×20分間の遠心分離によって回収した上清を、分画分子量5,000の限外ろ過で濃縮後、そのプロテアーゼ阻害活性を測定した。
【0048】
魚肉すり身抽出液の調製
スケトウダラとミナミダラのすり身1gを使用前日から4℃で解凍した。解凍したすり身を10mlのマッキルバイン(McIlvaine)緩衝液に懸濁し、実験用ホモジナイザーを用いて均一化した。懸濁液は4℃で1時間放置した後、13,000rpm×30分間の遠心分離を行い、上清を回収した。この抽出操作を2回繰り返した。それぞれの上清を混合した後、分画分子量5,000の限外ろ過で濃縮した溶液をすり身抽出物として用いた。
【0049】
魚肉中の全プロテアーゼに対する阻害活性
アゾアルブミン法を用いて、魚肉に含まれる全プロテアーゼ活性に対する阻害作用を調べた。2%アゾアルブミン/マッキルバイン(McIlvaine)緩衝液(pH7.0)に適当量のスケトウダラすり身抽出液、ならびに米タンパク試料を72μg/mlになるように加えて、NaCl濃度が0%ないしは4%の条件下、55℃で反応させ、アゾアルブミンの分解を420nmの吸光度で経時的に評価した。測定結果を図2に示す。いずれのNaCl濃度の場合にも、米タンパク試料は魚肉に含まれるプロテアーゼ活性を著しく阻害した。
【0050】
魚肉中のパパイン系プロテアーゼに対する阻害活性
適当量のスケトウダラとミナミダラのすり身抽出液、ならびに米タンパク質試料を13.5μg/mlの濃度になるように0.1M リン酸緩衝液(pH6.8)−1mM EDTA−4mM ジチオスレイトール−0.05% Brij35に加えて、55℃で5分間のプレインキュベーションを行った。プレインキュベーション後に酵素基質であるZ−Phe−Arg−MCAを50μMになるように添加し、反応を開始した。反応はNaCl濃度が0%、2%ないしは4%の条件で行った。反応の進行を蛍光分光光度計(励起波長380nm;蛍光波長440nm)を用いて、蛍光強度の増加としてモニタリングし、酵素反応の強さは基質から遊離するアミノメチルクマリン(AMC)量で評価した(図3)。スケトウダラとミナミダラのいずれにおいても、そこに含まれるパパイン系プロテアーゼの活性は米タンパク質試料によって著しく阻害され、その阻害効果はミナミダラでより顕著であった。
【0051】
全プロテアーゼおよびパパイン系プロテアーゼに対する阻害活性から、本発明の米成分の段階的取得方法により取得した米タンパク質にはプロテアーゼ阻害因子が含まれ、プロテアーゼ阻害活性が要望される用途に十分利用できることが明らかとなった。
【0052】
モデル蒲鉾の製造
製造の前日に、スケトウダラの冷凍すり身を、すり身の温度が−2℃前後になるように半解凍した。半解凍したすり身をフードプロセッサーで混練し、その間、すり身の温度が0〜1℃になった時点で食塩を3%濃度になるように添加した。また、食塩を添加する際に、米タンパク質試料、ジャガイモデンプン、タピオカデンプンや乾燥卵白を5%濃度になるように加えた。添加後、すり身の温度が10℃になるまで混練し、ミンチ状にした。ミンチになったすり身を折径48mmの塩化ビニリデンフィルムに充填し、両端を糸で結んだ。その後、90℃で40分間加温した後、直ちに冷水に浸して冷却することで、蒲鉾を製造した。
【0053】
モデル蒲鉾の性質評価
モデル蒲鉾の性質として、弾力性と白度を測定した。弾力性はレオメーターを用いて押し込み荷重として評価した。プランジャーには直径5mmの球形プランジャーを使用し、押し込み速度は6cm/分とした。モデル蒲鉾を2.5cmの厚さに輪切りし、その切断面にプランジャーを垂直方向に押し込んだ。押し込み試験は3回行い、得られた押し込み荷重の平均値を算出した。白度の測定には色彩色差計を用いた。5mmの厚さに輪切りしたモデル蒲鉾の切断面にセンサー部分を置き、L(明度)、a(色相)とb(彩度)をそれぞれ測定し、これらの測定値からハンター白度を下記の式により算出した。
【0054】
【数1】

【0055】
押し込み荷重とハンター白度の結果を図4に示す。米タンパク質試料、ジャガイモデンプン、タピオカデンプンや乾燥卵白を添加することで蒲鉾の弾力性は向上し、その効果は米タンパク質試料が最も高いことがわかった。また、ハンター白度も米タンパク質試料を添加した蒲鉾が最も高く、市販蒲鉾のハンター白度が70〜80であることから、蒲鉾としての良好な色特性を有していることがわかった。
【0056】
本発明によって得られたプロテアーゼ阻害因子を含む米タンパク質が、食品加工用の蛋白質素材として、また、食肉や魚肉を含む食品の物性改質剤として極めて有用であることが明らかとなった。
【0057】
以上の実施例から、本発明の食品改質方法が従来の方法に比べて優れていることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の米成分の段階的取得方法の一実施例を示す工程図である。
【図2】本発明の米成分の段階的取得方法により得られたタンパク質による全プロテアーゼ活性阻害を示すグラフである。
【図3】本発明の米成分の段階的取得方法により得られたタンパク質によるパパイン系プロテアーゼ活性阻害を示すグラフである。
【図4】本発明の食品改質方法により得られたモデル蒲鉾の相対破断力と白度を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
1 溶媒抽出工程
3 アルカリ懸濁工程
4 分離工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
玄米、米糠、米粉又は精白米を、水、pH4.5〜9.0の水溶液、又は、アルコールを添加したpH4.5〜9.0の水溶液によって溶媒抽出してプロテアーゼ阻害因子を取得する溶媒抽出工程と、この溶媒抽出工程で生じた固形分をアルカリ溶液に懸濁するアルカリ懸濁工程と、このアルカリ懸濁工程で得た懸濁液を比重差によって分離してタンパク質とデンプンを取得する分離工程とを備えたことを特徴とする米成分の段階的取得方法。
【請求項2】
前記プロテアーゼ阻害因子が歯周病菌プロテアーゼ阻害因子であることを特徴とする請求項1記載の米成分の段階的取得方法。
【請求項3】
前記タンパク質がプロテアーゼ阻害因子を含むことを特徴とする請求項1記載の米成分の段階的取得方法。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の米成分の段階的取得方法によって得られたプロテアーゼ阻害因子又はタンパク質を含むことを特徴とする食品。
【請求項5】
請求項1又は3に記載の米成分の段階的取得方法によって得られたタンパク質を食品に添加することを特徴とする食品改質方法。
【請求項6】
前記食品が魚肉又は食肉を含むことを特徴とする請求項5記載の食品改質方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−50212(P2009−50212A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−220975(P2007−220975)
【出願日】平成19年8月28日(2007.8.28)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【出願人】(000218982)島田化学工業株式会社 (4)
【Fターム(参考)】