説明

粒子線治療装置

【課題】加速された荷電粒子ビームを照射対象に照射する前に荷電粒子ビームのエネルギーを確認できる粒子線治療装置を提供することにある。
【解決手段】ビーム位置モニタ20がシンクロトロン3に設けられ、空胴電圧モニタ18が加速空胴10に設けられる。シンクロトロン3内を周回するイオンビームは、加速空胴10への高周波電圧の印加によって加速され、高周波印加装置6への高周波電圧の印加により出射される。周波数計測装置19は空胴電圧モニタ18が検出した空胴電圧信号を用いて加速空胴10に印加される高周波電圧の周波数を計測する。ビーム軌道信号処理装置21はビーム位置モニタ20で検出した電圧を用いてビーム軌道の位置を計測する。エネルギー判定処理装置26は高周波電圧の周波数及びビーム軌道の位置に基づいて加速終了後のイオンビームのエネルギーが正常であるか異常であるかを判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線治療装置に係り、特に陽子及び重イオンなどのイオンビームを加速器で加速して治療に用いるのに好適な粒子線治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
陽子及び重イオンなどのイオンビーム(以下、ビーム)を癌の治療に用いる粒子線治療装置は、患者の患部形状に合わせたビームを照射することで、患部にビームを集中させて照射できる。特に、患者の体表面からの深さ方向におけるビームの飛程の調節は、ビームのエネルギーを調整することで実現できる。
【0003】
粒子線治療装置に用いられる加速器の代表例としてシンクロトロンが挙げられる。シンクロトロンは、周回するビームに高周波電圧を印加し所望のエネルギーまでビームを加速する高周波加速空胴(以下、加速空胴)を備える。所望のエネルギーまで加速されたビームは、シンクロトロンから出射されてビーム輸送系を経て照射装置に導かれ、治療用ベッド上の患者の患部(癌の患部)に照射される。
【0004】
照射装置は、患部の体表からの深さと大きさに合わせたビームを生成してこのビームを出射する。一般に、照射装置は、二重散乱体法(非特許文献1の2081頁,図35),ウォブラ法(非特許文献1の2084頁,図41)及びイオンビームスキャニング法(特許文献1,非特許文献1の2092頁及び2093頁)のいずれかのビーム照射法が適用できる構成を有する。
【0005】
粒子線治療装置の加速器であるシンクロトロンテムに対して、これらのいずれの照射法においても、出射するビームエネルギーを設定エネルギーに調節する高精度の制御が要求されている。このためにも、ビームエネルギーを精度翼測定することが必要である。ビームエネルギーの測定は、従来、特許文献2に記載された水ファントム、及び非特許文献2に記載されたマルチリーフ・ファラデーカップを用いて行うことが知られている。
【0006】
【特許文献1】特開平10−118204号公報
【特許文献2】特開平11−64530号公報
【非特許文献1】レビュー オブ サイエンティフィック インスツルメンツ64巻8号(1993年8月)の第2079〜2093頁(REVIEW OF SCIENTIFIC INSTRUMENTS VOLUME 64 NUMBER 8(AUGUST 1993)P2079-2093)
【非特許文献2】“ビーム コミッショニング オブ ザ ニュー プロトン セラピィ システム フォー ユニバーシティ オブ ツクバ”エム.ウメザワ,エットオール.,プロシーディングズ オブ 2001 パーティクル アクセルレータ コンファレンス, シカゴ,ユーエスエ(2001)(“BEAM COMMISSIONING OF THE NEW PROTON THERAPY SYSTEM FOR UNIVERSITY OF TSUKUBA”M.Umezawa, et al., Proceedings of 2001 Particle Accelerator Conference, Chicago, USA (2001))
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水ファントム及びマルチリーフ・ファラデーカップを用いたビームエネルギーの測定は、患者に照射するビームを遮って行うため、患者にビームを照射しながらビームエネルギーを逐次計測することはできない。特に、ビームスキャニング法を適用する場合には、特許文献1に記載されたように、体表面からの深さ方向において患部を複数の層に分割して層ごとビームをスキャニングすることが考えられている。ある層にビームを照射するためには、その層にビームが到達するようにビームエネルギーが調節される。もし、照射するビームエネルギーが所定のビームエネルギーと異なると、所定の層と異なる層にビームを照射することになる。このような事態を避けるために、イオンビームの加速が終了してイオンビームを患者に照射する前にビームエネルギーを測定することが望まれる。
【0008】
本発明の目的は、加速された荷電粒子ビームを照射対象に照射する前に荷電粒子ビームのエネルギーを確認できる粒子線治療装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した目的を達成する本発明の特徴は、円形加速器による荷電粒子ビームの加速終了後において円形加速器内を周回する荷電粒子ビームのエネルギーを判定するエネルギー判定装置を備えたことにある。エネルギー判定装置は、加速終了後において円形加速器内を周回する荷電粒子ビームのエネルギーを判定するので、荷電粒子ビームを照射対象に照射する前に荷電粒子ビームのエネルギーを確認することができる。
【0010】
好ましくは、更に、円形加速器による荷電粒子ビームの加速終了後において円形加速器内を周回する荷電粒子ビームのビーム強度を判定するビーム強度判定装置を設けると良い。これにより、荷電粒子ビームを照射対象に照射する前に荷電粒子ビームの強度を確認することができる。
【0011】
好ましくは、エネルギー判定装置は、加速終了後における、加速空胴に印加する高周波(例えば、高周波電圧)の周波数が第1許容範囲内に存在し、かつ加速終了後における、周回する荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲内に存在するとき、加速終了後に周回する荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定する。
【0012】
円形加速器内を周回する荷電粒子ビームは、偏向磁場強度と荷電粒子ビームの関係が一致したものだけが加速される。このため、偏向磁場強度と荷電粒子ビームの周回周波数が分かれば、加速終了後における周回荷電粒子ビームのエネルギーを確定できる。また、偏向磁場強度が周回する荷電粒子ビームのビーム軌道位置に影響し、荷電粒子ビームの加速のために荷電粒子ビームに印加する高周波の周波数が荷電粒子ビームの周回周波数と関係する。このため、加速のために印加する高周波の周波数、及び荷電粒子ビーム軌道位置により加速終了後に周回する荷電粒子ビームのエネルギーを判定できる。
【0013】
好ましくは、エネルギー判定装置は、加速終了後における高周波の周波数が第1許容範囲外に存在し、または、加速終了後における、周回する荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲外に存在するとき、加速終了後に周回する荷電粒子ビームのエネルギーが異常である(所定のエネルギーと異なる)と判定する。
【0014】
好ましくは、エネルギー判定装置は、偏向電磁石の偏向磁場強度が第1許容範囲内に存在し、かつ周回する前記荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲内に存在するとき、加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定する。前述したように、偏向磁場強度と荷電粒子ビームの周回周波数が分かれば、加速終了後における周回荷電粒子ビームのエネルギーを確定できるため、偏向磁場強度、及び加速のために印加する高周波の周波数により加速終了後に周回する荷電粒子ビームのエネルギーを判定できる。
【0015】
好ましくは、エネルギー判定装置が周回する荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定したとき円形加速器からの荷電粒子ビームの出射を許可し、そのエネルギーが異常であると判定したとき円形加速器からの荷電粒子ビームの出射を阻止する第1安全装置を設けるとよい。これによれば、エネルギーが異常な荷電粒子ビームの照射対象への照射を阻止できるため、照射対象の深さ方向において、意図しない(治療計画にない)位置への荷電粒子ビームの照射を避けることができる。
【0016】
好ましくは、ビーム強度判定装置が周回する荷電粒子ビームのビーム強度が正常であると判定したとき円形加速器からの荷電粒子ビームの出射を許可し、そのビーム強度が異常であると判定したとき円形加速器からの荷電粒子ビームの出射を阻止する第2安全装置を設けると良い。これによれば、イオンビームスキャニング法による照射において、局所的に高線量の領域が発生することが抑えられ、治療計画に基づいた患部へ照射する線量を均一にすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、加速された荷電粒子ビームを照射対象に照射する前に荷電粒子ビームのエネルギーを確認できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0019】
本発明の実施例1の粒子線治療装置を、図1を用いて説明する。本実施例の粒子線治療装置1は、円形加速器であるシンクロトロン3,ビーム輸送装置15及び照射野形成装置(荷電粒子ビーム照射装置)16を備える。照射野形成装置は、以下、単に照射装置という。シンクロトロン3は、周回軌道に入射装置4,複数の偏向電磁石5,高周波印加装置6,加速空胴10,出射用偏向器13を設置している。図示されていないが、複数の四極電磁石もシンクロトロン3に設置される。電磁石電源23が偏向電磁石5に接続される。高周波印加装置6は、出射用スイッチ(第1開閉装置)8及び第1安全装置であるゲートスイッチ(第2開閉装置)9を介して高周波発振器(高周波電源)7に接続される。高周波発振器7は出射用の高周波発振器である。高周波制御装置24の制御により高周波発振器(高周波電源)11は、電力増幅器12を介して加速空胴10に所定の高周波電圧を与える。高周波発振器11は加速用の高周波発振器である。加速空胴10に設置される空胴電圧モニタ18は周波数計測装置19に接続される。シンクロトロン3に設けられるビーム位置モニタ20はビーム軌道信号処理装置(ビーム軌道位置計測装置)21に接続される。ビーム位置モニタ20は、図2に示すように、三角形をした二組の平板状の電極を有する。一組は周回軌道を挟んで対向して配置された電極55A,55Bであり、他の一組は周回軌道を挟んで対向して配置された電極56A,56Bである。これらの電極はビーム軌道信号処理装置21に接続されている。周波数計測装置19及びビーム軌道信号処理装置21は、エネルギー判定処理装置26に接続される。エネルギー判定処理装置26は加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に接続される。加速器制御装置22はタイミング制御装置25,エネルギー判定装置26,電磁石電源23及び高周波制御装置24に接続される。タイミング制御装置25は、エネルギー判定処理装置26及び出射用スイッチ8に接続される。
【0020】
シンクロトロン3を構成する機器の統括制御装置として、加速器制御装置22及びタイミング制御装置25が設けられている。加速器制御装置22は各機器の制御設定値を管理し、タイミング制御装置25は各機器の動作タイミングを管理する。
【0021】
粒子線治療装置1を用いた癌治療の概略を説明する。シンクロトロン3の運転は、図4(A)に示すように、荷電粒子ビームであるイオンビーム(陽子線、または炭素イオンビーム等の重粒子線)の入射・捕獲,イオンビームを設定されたエネルギーまで高める加速,設定のエネルギーになったイオンビームの出射、及び減速が繰返される。これら入射・捕獲,加速,出射,減速といった制御は、加速するエネルギーに合わせて動作タイミングが規定される。入射・捕獲時間は、ビームの加速エネルギーに依らず常に一定である。また、エネルギーに依らず一定の勾配でイオンビームを加速・減速する場合、エネルギーが高くなれば加速・減速時間も長くなり、入射から減速までの繰り返し制御時間が規定されていれば、出射時間は、入射・捕獲時間と加速・減速時間から一意に決定する。更に、エネルギー確認信号75の出力時間は、加速制御が終了後、出射制御を開始する前に設定することで、イオンビームを照射装置に供給する前にエネルギー確認が可能となる。
【0022】
粒子線治療装置1を用いた癌治療の概略を説明する。シンクロトロン3の運転は、図4(A)に示すように、荷電粒子ビームであるイオンビーム(陽子線、または炭素イオンビーム等の重粒子線)の入射・捕獲,イオンビームを設定されたエネルギーまで高める加速,設定のエネルギーになったイオンビームの出射、及び減速が繰返される。
【0023】
治療用ベッド17上の患者の患部に照射されるイオンビームのエネルギーは、患者の体表面からその患部の深さによって定まる。このエネルギーは、シンクロトロン3による加速終了後におけるイオンビームのエネルギー(設定エネルギーという)であり、治療前の治療計画で決定される。加速器制御装置22は治療計画情報記憶装置(図示せず)から該当する患者に対する設定エネルギー情報を取り込む。加速器制御装置22は、その設定エネルギー情報に基づいて定まる図4(A)に示すシンクロトロン3の運転パターンに沿って、シンクロトロンを構成する機器の動作タイミング情報をタイミング制御装置25に、偏向電磁石5の磁場強度(偏向磁場強度)及び加速空胴10に印加する高周波電圧の周波数を制御するために、電磁石電源23の運転パターンを設定する制御指令71を電磁石電源23に、また、高周波発振器11の運転パターンを設定する制御指令72を高周波制御装置24に出力する。加速器制御装置22は加速終了後におけるイオンビームの設定エネルギーに合わせた制御タイミング情報78をタイミング制御装置71に設定する。更に、加速器制御装置22は、設定エネルギーに合わせて、周回ビーム軌道の基準値、その軌道のずれの許容範囲,高周波電圧の周波数の基準値及びその周波数の許容範囲等の設定情報78をエネルギー判定処理装置72に設定する。なお、エネルギー判定処理装置72の機能は、粒子線治療装置1の安全装置であるインターロック制御装置(図示せず)内に取り込んでもよい。
【0024】
まず、イオンビームが前段加速器2からシンクロトロン3に入射される。本実施例ではイオンビームとして粒子線を用いる。イオンビームが入射される際、制御指令71で設定された運転パターンにより該当する電磁石電源23が制御されるため、シンクロトロン3の各四極電磁石及び偏向電磁石5は所定の電流で励磁されている。シンクロトロン3内でイオンビーム14は、加速空胴10で印加された高周波電圧により集群化する。加速空胴10から高周波電圧の印加は、設定された運転パターンに基づいて高周波制御装置24が高周波発振器11を制御することにより行われる。高周波発振器11からの高周波電圧は、電力増幅器12で増幅され、加速空胴10に導かれる。イオンビーム14の集群化は、加速空胴10に印加した高周波電圧により、イオンビーム14を安定に加速可能な領域
(以下、高周波バケット)を形成することで実現される。この高周波電圧でビームを集群化する制御を高周波捕獲と言い、集群化したビームをバンチビームと言う。
【0025】
集群化したイオンビーム14を加速する際には、周回するイオンビームのエネルギーが設定エネルギーになるまで、設定された運転パターンに基づいた電磁石電源23の制御により各四極電磁石及び偏向電磁石5の励磁電流、すなわち磁場強度が増大される。また、運転パターンに基づいた高周波制御装置24による高周波発振器11の制御により、加速空胴10に印加する高周波電圧の周波数を増加させる。すなわち、設定偏向電磁石5の磁場強度の増大に伴って、その高周波電圧の周波数が増大する。この際、偏向磁場強度と高周波電圧の周波数との間に所定の関係(後述の(数5)に示す関係)が成立するように、加速器制御装置22からの各制御指令に基づいて加速器電源23及び高周波発振器11を制御することによって、集群化したイオンビーム(バンチビーム)14を、シンクロトロン3内の周回軌道に沿って周回させながら設定されたエネルギーまで加速することが可能となる。
【0026】
周回するイオンビームのエネルギーが設定エネルギーに達した後、タイミング制御装置25から出射許可信号75が出力されると、出射用スイッチ8が閉じて、高周波発振器7から出力された高周波信号が、高周波印加装置6に導かれる。このとき、ゲートスイッチ9はエネルギー判定処理装置26からのエネルギー正常信号(後述)により閉じられている。高周波信号が高周波印加装置6によって周回するイオンビームに印加される。このイオンビームは、ベータトロン振動振幅を増大させて安定限界の外に移動して出射用偏向器13より出射される(特許第2596292号公報参照)。出射されたイオンビームは、ビーム輸送装置15を介して照射装置16に輸送され、照射装置16より治療ベッド17上の患者の患部に照射される。
【0027】
本実施例の特徴である周回するイオンビーム14のエネルギー測定について説明する前に、イオンビーム14のエネルギーと偏向磁場強度,周波数,ビーム軌道の関係を簡単に説明する。周回ビームのエネルギーEと運動量pは、近似的に(数1)に示す関係が成立する。ただし、cは光速である。
【0028】
【数1】

【0029】
また、運動量の変化による計測位置でのビーム重心の軌道変位Δxは、(数2)のよう
に示される。ただし、Δxはシンクロトロン3での測定位置(ビーム位置モニタ20の設置位置)でのイオンビーム軌道位置の変位、及びηは測定位置での分散関数である。
【0030】
【数2】

【0031】
運動量pと偏向磁場強度Bは、p=eBρの関係により、(数3)のように表される。
ただし、eは電荷量であり、ρは偏向磁場によるイオンビーム14の偏向半径である。
【0032】
【数3】

【0033】
一方、運動量pと偏向磁場強度Bとの関係より、(数2)は、(数3)に示したように
、偏向磁場強度の変化が運動量に変化を生じさせることが得られ、しいては(数4)に示したように、ビーム重心の軌道位置の変位Δxも生じることが示される。
【0034】
【数4】

【0035】
また、周回するイオンビーム14の周回周波数Fは、(数5)に示すように、偏向磁場
強度Bの関数として表すことができる。ただし、hはバンチ数、Rはシンクロトロン3の平均半径、m0 は周回する荷電粒子の静止質量である。
【0036】
【数5】

【0037】
シンクロトロン3におけるイオンビーム加速制御は、制御応答性の低い偏向磁場強度Bを基準にイオンビーム14の周回周波数を制御することによって行われる。高周波加速制御装置31は、偏向磁場強度の変化を検出し(図示せず)、加速用高周波発振器32に設定する周波数を制御する。そのため、偏向磁場強度及び高周波電圧の周波数が(数5)の関係を有していれば、イオンビーム14はシンクロトロン3内で所定の軌道を周回するので、加速終了時におけるイオンビーム14のエネルギーに対する偏向磁場強度と、イオンビーム14に印加する高周波電圧の周波数も(数5)の関係を有していれば、シンクロトロン3内のイオンビーム軌道は一定となる。偏向磁場強度もしくは高周波電圧の周波数がずれて(数5)の関係が保たれない状態でイオンビーム14が加速された場合には、加速終了時におけるイオンビーム軌道の位置が変化するため、加速終了後のイオンビームのエネルギーが設定エネルギーでない恐れがある。
【0038】
イオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーになるまでイオンビーム14を加速した際のイオンビーム軌道の位置と高周波電圧の周波数は、それぞれビーム位置モニタ20及び空胴電圧モニタ18で測定される。ビーム位置モニタ20は、イオンビーム14の通過により、一対の電極55Aと電極55Bの間に電圧V を、他の一対の電極56Aと電極56Bの間に電圧V を発生させる。これらの電圧を用いて(数6)に示される簡便な信号処理を行うことにより、ビーム位置モニタ20の設置位置でのイオンビーム軌道位置xを検出することが可能である。ただし、Wはビーム位置モニタ20における電極幅である。
【0039】
【数6】

【0040】
本実施例におけるイオンビーム14のエネルギー測定について説明する。上記の(数6)に基づいた信号処理は、電圧V,Vを入力するビーム軌道信号処理装置21で行われる。また、高周波電圧の周波数は、周波数計測装置19において、空胴電圧モニタ18で検出された空胴電圧信号を用いて測定される。周波数計測装置19としては周波数カウンタ、スペクトラムアナライザまたは周波数−電圧変換器が用いられる。
【0041】
ビーム軌道信号処理装置21で得られたイオンビーム軌道位置xの測定値Rmes 、及び周波数計測装置19で得られた高周波電圧の周波数(以下、加速周波数という)の測定値Fmes はエネルギー判定処理装置26に入力される。エネルギー判定装置26におけるエネルギー判定の処理を、図3を用いて詳細に説明する。
【0042】
加速器制御装置22から、設定エネルギーに対応した設定情報78を入力する(ステップ30)。設定情報78は、加速終了時のイオンビーム軌道位置xの基準値Rdes 及びこの基準値に対する許容範囲Rerr 、及び高周波電圧の周波数(加速周波数という)の基準値Fdes及びこの基準値に対する許容範囲Ferrである。加速終了後のエネルギー確認時
(図4(A)参照)にタイミング制御装置25から出力されたエネルギー確認信号75を入力する(ステップ31)。エネルギー確認信号75の入力後に、ビーム軌道信号処理装置21からイオンビーム軌道位置xの測定値Rmes を、周波数計測装置19から加速周波数の測定値Fmesをそれぞれ入力する(ステップ32,33)。測定値Rmes及びFmes は、それぞれ、エネルギー確認信号75の出力後に測定された値である。エネルギー確認信号75の入力後に測定値Rmes及びFmesを入力することは、エネルギー確認信号75の出力後にイオンビーム軌道位置x及び加速周波数が測定されることになる。ステップ34において、測定値Rmesと基準値RdesとのずれRdevの絶対値を算出する。すなわち、Rdev=|Rmes−Rdes|を計算する。ステップ35において、測定値Fmesと基準値FdesとのずれFdevの絶対値を算出する。すなわち、Fdev=|Fmes−Fdes|を計算する。更に、Rdev>Rerrを満足するかが判定される(ステップ36)。ステップ36の判定が「NO」であれば、Fdev>Ferrを満足するかが判定される(ステップ37)。ステップ37の判定が「NO」であれば、イオンビーム14のエネルギーは、設定エネルギーになっており、正常なエネルギーであると判定する(ステップ38)。このため、エネルギー判定信号77としてエネルギー正常信号を、加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する(ステップ39)。このエネルギー正常信号によりゲートスイッチ9は閉じられる。エネルギー正常信号の出力は、加速終了後のイオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーであることを意味する。ステップ36またはステップ37の判定が「Yes」である場合には、イオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーからずれており、異常なエネルギーであると判定する(ステップ40)。そして、エネルギー判定信号77としてエネルギー異常信号を、加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する(ステップ41)。エネルギー異常信号の出力は、加速終了後のイオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーからずれていることを意味する。ゲートスイッチ9は、エネルギー正常信号が出力された場合には閉じられており、エネルギー異常信号が出力された場合には開く。エネルギー異常信号の出力は、高周波印加装置6からの高周波信号の印加を阻止し、シンクロトロン3からのイオンビームの出射を停止させる。エネルギー判定処理装置26は、ステップ38または39が終了した後、次の加速終了まで待機する(ステップ42)。図4(B)は以上に述べたエネルギー判定処理を時系列的にまとめて表示している。
【0043】
エネルギー判定信号77を入力した加速器制御装置22は、エネルギー正常信号またはエネルギー異常信号に対応して、照射装置16へのイオンビーム14の供給状態を監視する。
【0044】
エネルギー判定処理装置26からエネルギー正常信号が出力されてゲートスイッチ9が閉じられており、前述の出射許可信号75の出力により出射用スイッチ8が閉じられたときに、イオンビーム14が、前述したようにシンクロトロン3からイオンビーム14が出射されて患者の患部に照射される。エネルギー判定処理装置26からエネルギー異常信号が出力されてゲートスイッチ9が開いているときには、出射許可信号75の出力により出射用スイッチ8が閉じられても、高周波印加装置6に高周波信号が印加されないため、シンクロトロン3からイオンビームが出射されない。
【0045】
次に、エネルギー判定処理装置26でのエネルギー判定処理に用いる設定情報78の作成を、図5を用いて説明する。まず、エネルギー変動の許容範囲を設定する(ステップ
45)。この許容範囲は、例えば、イオンビームスキャニング法によるイオンビームの照射では、設定エネルギー±0.1% 以下とされている。エネルギー変動の許容範囲は、設定エネルギーにより異なるため、予め粒子線治療装置1として決定しておく。そして、シンクロトロン3でイオンビーム調整運転を実施する(ステップ46)。この調整運転では、設定エネルギーまでイオンビーム14が加速できるように偏向磁場強度に対する加速周波数を調整し、所定の電荷量のイオンビームがシンクロトロン3から出射可能なように、シンクロトロン3に設けられた各電磁石の励磁量及び加速周波数などを調整する。
【0046】
上記の調整終了後、所定電荷のイオンビームの出射が可能かを判定する(ステップ47)。「NO」であれば、再度、ステップ46の調整運転を行い、各電磁石の励磁量及び加速周波数などを調整する。ステップ47の判定が「YES」の場合には、照射装置16へイオンビームを輸送し、照射装置16の下流に設置した水ファントムなどの線量計で照射装置を通過したイオンビームの飛程を計測する(ステップ48)。この飛程の計測結果に基づいて、シンクロトロン3で加速されて出射されたイオンビームのエネルギーが確定される(ステップ49)。
【0047】
イオンビームの加速終了時点における、加速空胴10に印加した高周波電圧の周波数、及びイオンビーム軌道位置のそれぞれを計測する(ステップ50)。加速周波数及びイオンビーム重心の軌道位置の基準値は、上記のそれぞれの計測で得たそれぞれの計測値とする。また、加速周波数及びイオンビーム軌道位置のそれぞれの基準値に対する許容範囲を算出する(ステップ51)。これらの許容範囲は、それぞれの基準値、及びステップ45で確定された、出射されたイオンビームのエネルギー,ステップ50で特定された加速周波数及びイオンビーム軌道位置のそれぞれの基準値、及びステップ51で算出されたそれぞれの許容範囲を用いて、一つのエネルギーに対するテーブルデータを作成する(ステップ53)。最後に、シンクロトロン3の一連の運転制御値とイオンビームエネルギーの測定結果および、テーブルデータを関連付けて、シンクロトロン3の加速制御パターンデータを作成する(ステップ52)。シンクロトロン3から出射されるエネルギーを種々変えて上記した処理をそれぞれ実行し、異なるエネルギーに対する加速周波数及びイオンビーム軌道位置の基準値及び許容範囲を求める。図5に示す処理で得られた加速周波数及びイオンビーム軌道位置の基準値及び許容範囲は、設定情報78としてイオンビームのエネルギー判定処理に用いられる。
【0048】
本実施例によれば、加速周波数及びイオンビーム軌道位置を用いて、シンクロトロン3内を周回しているイオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーであるかを患者にイオンビーム14を照射する前で加速器からイオンビームの出射が可能な状態(イオンビームの加速が終了した状態)で確認することができる。このため、患者に設定エネルギーのイオンビーム14を照射でき、患者の体内においてイオンビーム14の到達する位置(ブラッグピークが形成される位置)が治療計画で設定したイオンビームの到達位置(設定到達位置)からずれることを防止できる。特に、上記したイオンビーム14のエネルギーは、イオンビーム14の加速終了後でシンクロトロン3から出射する前に確認できる。また、加速終了後におけるイオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーと異なっているときに、ゲートスイッチ9が開くので、設定エネルギーと異なる値のエネルギーを有するイオンビーム14を、シンクロトロン3から出射すること、すなわち患者に照射することを防止できる。このため、粒子線治療装置1の安全性が著しく向上する。設定エネルギーと異なる値のエネルギーを有するイオンビーム14を患者に照射した場合には、患部以外の正常な細胞の位置でブラッグピークが形成され、正常な細胞に著しいダメージを与えてしまう。本実施例では、イオンビーム14の到達位置が異なることによる正常細胞のダメージを避けることができる。
【実施例2】
【0049】
本発明の他の実施例である粒子線治療装置1Aを、図6を用いて説明する。粒子線治療装置1Aは、前述の粒子線治療装置1と、空胴電圧モニタ18,周波数計測装置19及びエネルギー判定処理装置26の替りに磁場検出素子60,偏向磁場強度計測装置62及びエネルギー判定処理装置26Aを用いている点が異なっている。粒子線治療装置1Aの他の構成は粒子線治療装置1の構成と同じである。磁場検出素子60は偏向電磁石5に設置される。磁場検出素子60に接続される偏向磁場強度計測装置62はエネルギー判定処理装置62に接続される。磁場検出素子60としては、ホール素子のような絶対磁場を検出する素子、またはサーチコイル(特許第3269437号参照)のような相対磁場を検出する素子を用いる。
【0050】
本実施例では、磁場検出素子60として絶対磁場を検出するホール素子を用いる。磁場検出素子60の検出信号が偏向磁場強度計測装置62に入力される。偏向磁場強度計測装置62は、その検出信号を基に偏向磁場強度を計測し、偏向磁場強度の測定値をエネルギー判定処理装置26Aに出力する。エネルギー判定装置26Aは、偏向磁場強度の測定値Bmes及びイオンビーム軌道位置xの測定値Rmesを用いて、図3に示すエネルギー判定処理を訂正した訂正エネルギー判定処理を実行し、加速終了時においてシンクロトロン3内を周回するイオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーであるかを判定する。上記した訂正エネルギー判定処理は、図3に示すエネルギー判定処理において、基準値Fdes を偏向磁場強度の基準値Bdesに、許容範囲Ferrを基準値Bdesに対する許容範囲Berrに、及び測定値Fmesを測定値Bmesにそれぞれ変更したものである。加速器制御装置22からエネルギー判定処理装置26Aに伝えられる設定情報79は基準値Rdes及び許容範囲
Rerr、及び加速終了時における偏向磁場強度の基準値Bdes及び基準値Bdes に対する許容範囲Berrである。
【0051】
本実施例によれば、偏向磁場強度及びイオンビーム軌道位置を用いて、シンクロトロン3内を周回しているイオンビーム14のエネルギーが設定エネルギーであるかを患者にイオンビーム14を照射する前でイオンビームの出射が可能になった状態で確認することができる。このような本実施例は、実施例1で生じる効果を得ることができる。
【0052】
ホール素子の代わりにサーチコイルの出力信号を用いて偏向磁場強度を計測する場合には、サーチコイルからの出力電圧は偏向磁場強度の時間変化率であるため、この出力電圧を積分する回路を偏向磁場強度計測装置62に設置することで加速制御区間での偏向磁場強度の変化を計測することが可能である。
【実施例3】
【0053】
本発明の他の実施例である粒子線治療装置1Bを、図7を用いて説明する。本実施例の粒子線治療装置1Bは、実施例1における粒子線治療装置1と、空胴電圧モニタ18及び周波数計測装置19を設置していなく、エネルギー判定処理装置26をビーム軌道判定装置63,周波数判定装置64及び判定情報出力装置65に替えた点で異なっている。粒子線治療装置1Bの他の構成は粒子線治療装置1の構成と同じである。ビーム軌道判定装置63,周波数判定装置64及び判定情報出力装置65は、実質的にエネルギー判定処理装置26を構成する。
【0054】
高周波制御装置及びビーム軌道信号処理装置は、昨今のディジタル技術の進歩により、DSP(Digital Signal Processor)等を用いたディジタル信号処理回路で構成されていることが多い。本実施例は、実施例1の高周波制御装置24の替りにDSPを用いたディジタル信号処理回路を含む高周波制御装置24Aを備え、更にビーム軌道信号処理装置
21の替りにDSPを用いたディジタル信号処理回路を含むビーム軌道信号処理装置(ビーム軌道位置計測装置)21Aを備える。周波数判定装置64は高周波制御装置24Aに接続される。ビーム軌道判定装置63はビーム軌道信号処理装置21Aに接続される。高周波制御装置24Aを採用しているため、加速空胴に印加する高周波電圧の発振器もディジタル発振器11Aを採用し、高純度で再現性の高い高周波信号を得ている。また、ディジタル発振器11Aから出力する高周波信号の周波数は、周波数高周波制御装置24Aからディジタル値で設定され、発振器から忠実に出力される。そのため、加速空胴に用意した空胴電圧モニタからの出力信号をスペクトラムアナライザなどの周波数計測装置を利用しなくても、ディジタル発振器11Aに設定した高周波電圧の周波数を確認することで、周波数を外部で計測した場合と同様の結果を得ることが可能である。
【0055】
周波数判定装置64は図3に示すエネルギー判定処理のうちステップ30,31,33,35,37の処理を実行する。周波数判定装置64は、ステップ30で、加速器制御装置22から、設定エネルギーに対応した設定情報78Aである基準値Fdes 及び許容範囲Ferr を入力する。その後、ステップ31,33,35,37の処理を行う。ただし、ステップ33では、高周波制御装置24Aから、ディジタル発振器11Aに設定した周波数を測定値Fmes として入力する。ビーム軌道判定装置63は図3に示すエネルギー判定処理のうちステップ30〜32,34,36の処理を実行する。ビーム軌道判定装置63は、ステップ30で、加速器制御装置22から、設定エネルギーに対応した設定情報78Bである基準値Rdes及び許容範囲Rerrを入力する。その後、ステップ31,32,34,36の処理を行う。
【0056】
判定情報出力装置65は、ビーム軌道判定装置63からステップ36の判定情報85を、周波数判定装置64からステップ37の判定情報84を入力する。判定情報出力装置
65は、判定情報84,85が共に「NO」の場合には図3に示すステップ38,39の処理を実行し、エネルギー判定信号77であるエネルギー正常信号を加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する。判定情報出力装置65は、判定情報84または判定情報85が「YES」の場合には図3に示すステップ40,41の処理を実行し、エネルギー判定信号77であるエネルギー異常信号を加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する。
【0057】
実施例3も実施例1で生じる効果を得ることができる。
【実施例4】
【0058】
本発明の他の実施例である粒子線治療装置1Cを、図8を用いて説明する。本実施例の粒子線治療装置1Cは、実施例2における粒子線治療装置1Aと、エネルギー判定処理装置26Aをビーム軌道判定装置63,偏向磁場強度判定装置66及び判定情報出力装置
65に替えた点で異なっている。粒子線治療装置1Cの他の構成は粒子線治療装置1Aの構成と同じである。ビーム軌道判定装置63,偏向磁場強度判定装置66及び判定情報出力装置65は、実質的にエネルギー判定処理装置26Aを構成する。偏向磁場強度判定装置66は偏向磁場強度計測装置62に接続される。
【0059】
偏向磁場強度判定装置66は実施例2で述べた訂正エネルギー判定処理のうちステップ30,31,33,35,37の処理を実行する。偏向磁場強度判定装置66は、ステップ30で、加速器制御装置22から、設定エネルギーに対応した設定情報79Aである基準値Bdes及び許容範囲Berrを入力する。その後、ステップ31,33,35,37の処理を行う。ビーム軌道判定装置63は実施例2で述べた訂正エネルギー判定処理のうちステップ30〜32,34,36の処理を実行する。ビーム軌道判定装置63は、ステップ30で、加速器制御装置22から、設定情報78Bである基準値Rdes及び許容範囲Rerrを入力する。その後、ステップ31,32,34,36の処理を行う。
【0060】
判定情報出力装置65は、ビーム軌道判定装置63からステップ36の判定情報85を、偏向磁場強度判定装置66からステップ37の判定情報86を入力する。判定情報出力装置65は、判定情報85,86が共に「NO」の場合にはステップ38,39の処理を実行し、エネルギー判定信号77であるエネルギー正常信号を加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する。判定情報出力装置65は、判定情報85または判定情報86が「YES」の場合にはステップ40,41の処理を実行し、エネルギー判定信号77であるエネルギー異常信号を加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する。
【0061】
実施例4も実施例2で生じる効果を得ることができる。
【実施例5】
【0062】
本発明の他の実施例である粒子線治療装置1Dを、図9を用いて説明する。本実施例の粒子線治療装置1Dは、実施例1における粒子線治療装置1に、ビーム強度判定装置67及び第2安全装置であるゲートスイッチ(第3開閉装置)68を付加した構成を有する。更に、粒子線治療装置1Dはビーム信号処理装置54を備える。粒子線治療装置1Dの他の構成は粒子線治療装置1の構成と同じである。ゲートスイッチ68は、高周波印加装置6とゲートスイッチ9との間に配置され、それらに接続されている。ビーム信号処理装置54はビーム位置モニタ20の二組の電極(電極68A,68B、及び電極69A,69B)に接続される。ビーム強度判定装置67は、ビーム信号処理装置54の包絡線検波装置
55(後述),加速器制御装置22,タイミング制御装置25及びゲートスイッチ68に接続される。ビーム強度判定装置67はエネルギー判定装置26とは別に設けられている。
【0063】
シンクロトロン3内を周回するイオンビームの強度は、ビーム位置モニタ20の二組の電極(電極68A,68B、及び電極69A,69B)のそれぞれから出力される信号を包絡線検波することにより、平均電荷量として計測することが可能である。ビーム信号処理装置54は、実施例1に用いられるビーム軌道信号処理装置21(図9には図示せず)、及び上記包絡線検波を行う包絡線検波装置55(図10参照)を有する。ビーム軌道信号処理装置21及び包絡線検波装置55は、ビーム位置モニタ20の上記した二組の電極に接続される。図11に示す電圧波形がビーム位置モニタ20から出力される。この電圧波形は上記の二組の電極の出力和から得られ、ビーム軌道信号処理装置21及び包絡線検波装置55の両方に入力される。その電圧波形はシンクロトロン3内を周回するイオンビーム14のバンチ形状を示している。上記した平均電荷量、すなわちイオンビーム強度は、バンチ波形の負側に直流成分として検出されるため、ビーム位置モニタ20の両電極から出力される信号(V,V)を加算し、かつ加算結果の負側を包絡線検波する包絡線検波装置55によって得られる。包絡線検波装置55によって計測されたイオンビーム強度の測定値Imesはビーム強度判定装置67に入力される。
【0064】
エネルギー判定装置26は、実施例1と同様に、ビーム軌道信号処理装置21から測定値Rmesを、周波数計測装置19から測定値Fmesをそれぞれ入力し、図3に示す処理を事項してエネルギー正常信号またはエネルギー異常信号を、加速器制御装置22及びゲートスイッチ9に出力する。
【0065】
ビーム強度判定装置67で実行されるイオンビーム強度の判定処理を以下に説明する。まず、設定情報80である治療計画で決定された設定イオンビーム強度に対応したイオン強度の基準値Vdes及びこの基準値に対する許容範囲Verrを加速器制御装置22から入力する。エネルギー確認信号75の入力後に、エネルギー確認信号の出力後に測定された測定値Imesを入力する。測定値Imesと基準値IdesとのずれIdevの絶対値を算出する。すなわち、Idev=|Imes−Ides|を計算する。更に、Idev>Ierr を満足するかが判定される。この判定が「NO」であれば、イオンビーム14の強度が、設定イオンビーム強度になっており、正常であると判定する。このため、イオンビーム強度判定信号89として強度正常信号を、加速器制御装置22及びゲートスイッチ68に出力する。強度正常信号によりゲートスイッチ68は閉じられる。強度正常信号の出力は、加速終了後のイオンビーム14の強度が設定イオンビーム強度に一致していることを意味する。上記の判定が「Yes」である場合には、イオンビーム14の強度が設定イオンビーム強度からずれた異常状態であり、強度判定信号89として強度異常信号を、加速器制御装置22及びゲートスイッチ68に出力する。ゲートスイッチ68は、強度正常信号が出力された場合には閉じられており、強度異常信号が出力された場合には開く。強度異常信号の出力は、高周波印加装置6からの高周波信号の印加を阻止し、シンクロトロン3からのイオンビームの出射を停止させる。
【0066】
本実施例は、実施例1で生じる効果を得ることができる。更に、以下の効果を得ることができる。すなわち、シンクロトロン3に設けたビーム位置モニタ20の出力に基づいて、加速終了後においてシンクロトロン3内を周回するイオンビーム14の強度を出射前に計測することができるため、患者に照射されるイオンビーム14の強度を事前に確認することができる。このため、患者の患部(目標領域)に設定イオンビーム強度を有するイオンビーム14を照射できる。特に、目標領域が深さ方向に複数の層に分割され層毎にイオンビーム14を照射する場合には、深い位置に位置するある層にイオンビーム14を照射する際に、それよりも浅い位置に位置する他の層にもイオンビームが照射されるため、浅い位置にある他の層において深い位置の層と重なる領域に照射するイオンビームの強度は低くする必要がある。このような場合でも、本実施例は、他の層に照射するイオンビームの強度がその層に対する設定イオンビーム強度を、患者にイオンビームを照射する前でイオンビームの出射が可能になった状態で確認することができるので、その領域に設定イオンビーム強度のイオンビームを照射することができる。もし、イオンビーム強度が設定イオンビーム強度からずれている場合には、加速器からのイオンビームの出射を阻止することができ、患者へのそのイオンビームの照射を防止することができる。
【0067】
本実施例は、イオンビームのエネルギー及び強度が設定エネルギー及び設定イオンビーム強度になっているかを、イオンビームの加速終了後で患者に照射する前に確認できる。イオンビームのエネルギー及び強度の少なくとも一方が異常状態にあるときには、そのイオンビームの患者への照射を避けることができる。
【0068】
本実施例に用いられたビーム強度判定装置67、ゲートスイッチ68及びビーム信号処理装置54は、前述の実施例2〜4に適用することができる。ただし、実施例3においては、ビーム信号処理装置54はビーム軌道信号処理装置21ではなくビーム軌道信号処理装置21Aを含んでいる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の好適な一実施例である実施例1の粒子線治療装置の構成図である。
【図2】図1のビーム位置モニタの構成図である。
【図3】図2のエネルギー判定処理装置で実行される処理フローを示す説明図である。
【図4】シンクロトロンの運転を示し、(A)はその運転の内容を示す説明図であり、(B)は(A)におけるエネルギー確認時における詳細内容を示す説明図である。
【図5】設定情報の作成フローを示す説明図である。
【図6】本発明の他の実施例である実施例2の粒子線治療装置の構成図である。
【図7】本発明の他の実施例である実施例3の粒子線治療装置の構成図である。
【図8】本発明の他の実施例である実施例4の粒子線治療装置の構成図である。
【図9】本発明の他の実施例である実施例5の粒子線治療装置の構成図である。
【図10】図9におけるビーム位置モニタから出力される信号の波形を示す説明図である。
【図11】図9のビーム軌道信号処理装置に備えられた包絡線検波回路の構成図である。
【符号の説明】
【0070】
1,1A,1B…粒子線治療装置、3…シンクロトロン、5…偏向電磁石、6…高周波印加装置、7,11,11A…高周波発振器、8…出射用スイッチ、9,68…ゲートスイッチ、10…加速空胴、15…ビーム輸送装置、16…照射野形成装置、18…空胴電圧モニタ、19…周波数計測装置、20…ビーム位置モニタ、21,21A…ビーム軌道信号処理装置(ビーム軌道位置計測装置)、22…加速器制御装置、24,24A…高周
波制御装置、25…タイミング制御装置、26,26A…エネルギー判定装置、54…ビーム信号処理装置、55…包絡線検波装置、60…磁場検出素子、62…偏向磁場強度計測装置、63…ビーム軌道判定装置、64…周波数判定装置、65…判定情報出力装置、66…偏向磁場強度判定装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームを加速する円形加速器と、前記円形加速器から出射された前記荷電粒子ビームを照射対象に照射する荷電粒子ビーム照射装置と、前記円形加速器による前記荷電粒子ビームの加速終了後において前記円形加速器内を周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーを判定するエネルギー判定装置とを備えたことを特徴とする粒子線治療装置。
【請求項2】
前記円形加速器は前記荷電粒子ビームを加速するために高周波を印加する加速空胴を備え、
前記エネルギー判定装置は、前記加速終了後における前記高周波の周波数が第1許容範囲内に存在し、かつ前記加速終了後における、周回する前記荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲内に存在するとき、前記加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定する請求項1記載の粒子線治療装置。
【請求項3】
前記円形加速器は前記荷電粒子ビームを加速するために高周波を印加する加速空胴を備え、
前記エネルギー判定装置は、前記加速終了後における前記高周波の周波数が第1許容範囲外に存在し、または、前記加速終了後における、周回する前記荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲外に存在するとき、前記加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーが異常であると判定する請求項1記載の粒子線治療装置。
【請求項4】
前記高周波の周波数を計測する周波数計測装置、及び前記荷電粒子ビームの軌道位置を計測するビーム軌道位置計測装置を有する請求項2または請求項3記載の粒子線治療装置。
【請求項5】
前記円形加速器は偏向電磁石を備え、
前記エネルギー判定装置は、前記偏向電磁石の偏向磁場強度が第1許容範囲内に存在し、かつ周回する前記荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲内に存在するとき、前記加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定する請求項1記載の粒子線治療装置。
【請求項6】
前記円形加速器は偏向電磁石を備え、
前記エネルギー判定装置は、前記偏向電磁石の偏向磁場強度が第1許容範囲外に存在し、または、周回する前記荷電粒子ビームの軌道位置が第2許容範囲外に存在するとき、前記加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのエネルギーが異常であると判定する請求項1記載の粒子線治療装置。
【請求項7】
前記偏向磁場強度を計測する偏向磁場強度計測装置、及び前記荷電粒子ビームの軌道位置を計測するビーム軌道位置計測装置を有する請求項5または請求項6記載の粒子線治療装置。
【請求項8】
前記円形加速器による前記荷電粒子ビームの加速終了後において前記円形加速器内を周回する前記荷電粒子ビームのビーム強度を判定するビーム強度判定装置を更に備えた請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の粒子線治療装置。
【請求項9】
前記ビーム強度判定装置は前記ビーム強度が第3許容範囲内に存在するとき、前記加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのビーム強度が正常であると判定する請求項8記載の粒子線治療装置。
【請求項10】
前記ビーム強度判定装置は前記ビーム強度が第3許容範囲内に存在するとき、前記加速終了後に周回する前記荷電粒子ビームのビーム強度が異常であると判定する請求項8記載の粒子線治療装置。
【請求項11】
前記エネルギー判定装置が前記周回する荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を許可し、そのエネルギーが異常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を阻止する第1安全装置を設けた請求項1記載の粒子線治療装置。
【請求項12】
前記ビーム強度判定装置が前記周回する荷電粒子ビームのビーム強度が正常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を許可し、そのビーム強度が異常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を阻止する第2安全装置を設けた請求項8記載の粒子線治療装置。
【請求項13】
前記エネルギー判定装置が前記周回する荷電粒子ビームのエネルギーが正常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を許可する第1安全装置を設けた請求項2または請求項5記載の粒子線治療装置。
【請求項14】
前記エネルギー判定装置が前記周回する荷電粒子ビームのエネルギーが異常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を阻止する第1安全装置を設けた請求項3または請求項6記載の粒子線治療装置。
【請求項15】
前記エネルギー判定装置が前記周回する荷電粒子ビームのビーム強度が正常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を許可する第2安全装置を設けた請求項9記載の粒子線治療装置。
【請求項16】
前記エネルギー判定装置が前記周回する荷電粒子ビームのビーム強度が正常であると判定したとき前記円形加速器からの前記荷電粒子ビームの出射を阻止する第2安全装置を設けた請求項10記載の粒子線治療装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−210354(P2006−210354A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−59653(P2006−59653)
【出願日】平成18年3月6日(2006.3.6)
【分割の表示】特願2003−377672(P2003−377672)の分割
【原出願日】平成15年11月7日(2003.11.7)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】