説明

粗インジウムの回収方法

【課題】ITOターゲットスクラップから、電解精製に好適な純度を有する粗インジウムを高収率で効率よく回収する方法を提供する。
【解決手段】下記の工程(イ)〜(ニ)を含むことを特徴とする。工程(イ):粉砕したITOターゲットスクラップを塩酸で浸出し、次いで不溶解残渣を分離して浸出液を得る。工程(ロ):前記浸出液に、該浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で2〜5当量に当たる亜鉛末を添加し、スポンジインジウム(1)と還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分の懸濁液とを形成し、スポンジインジウム(1)を分離回収した後、塩化インジウム水溶液を得る。工程(ハ):前記塩化インジウム水溶液に、アルミニウムを接触させ、スポンジインジウム(2)を得る。工程(ニ):前記スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)に、水酸化ナトリウムを混合した後、加熱融解し、粗インジウムを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粗インジウムの回収方法に関し、さらに詳しくは、インジウムスズ酸化物(ITO)ターゲットスクラップから、その不純物金属元素の含有量が高い場合においても、電解精製のアノード用に好適な純度を有する粗インジウムを高収率で回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インジウムは、従来、歯科用合金、ハンダ、低融点合金、半導体用微量成分、液晶表示装置の透明導電性薄膜やガスセンサー用のITO膜として用いられており、近年、特にITO膜としての需要が拡大してきている。
前記ITO膜は、多くの場合、薄膜形成手段としてスパッタリング法を用いて、基板等の表面上に形成される。このスパッタリング法では、バッキングプレート上にITOを接合させて形成したスパッタリング用ターゲット(以下、ITOターゲットと呼称する。)を用いる。この際、ITOターゲットのスパッタリングにともなう消耗は、均一ではなく局部的に進む。この消耗が進行してバッキングプレートが剥き出しになると、スパッタリングにより形成される薄膜中にバッキングプレートの成分が混入し、得られた薄膜は不良品となる。従って、バッキングプレートが剥き出しになる前に、新しいターゲットと交換することが行われる。このため、使用済みのターゲットには、通常6割程度の未使用部分が残存することになり、これらは全てスクラップとなる。また、ITOターゲットの製造時においても、研磨粉や切削粉からスクラップが発生している。
【0003】
インジウムは高価な希少金属であり、資源の再利用という観点からも回収が行われている。ところで、インジウムを含む物質からのインジウムの回収方法としては、例えば、次の(1)、(2)の方法が提案されているが、ITOターゲットスクラップに適用する際、それぞれ問題があった。
(1)インジウム含有塊状物を粉砕処理し、粉砕物を過酸化水素の存在下で、酸性水溶液中で浸出処理し、浸出液中にアルミニウム板を浸して置換反応によりアルミニウム板上にスポンジインジウムを析出させ、次いで該スポンジインジウムをアルカリ溶鋳してインジウムメタルを得る(例えば、特許文献1参照。)。
しかしながら、この方法は、インジウム品位が60質量%を超えるITOターゲットスクラップからインジウムを回収する方法としては不適当であり、同公報の記載によれば、通常は、インジウム含有量の比較的少ないもの、普通には60質量%以下、多くの場合には50質量%以下のものを回収対象としている。
【0004】
(2)ITOターゲットスクラップを洗浄、粉砕後、硝酸に溶解し、次いで溶解液に硫化水素を通して、スズ、鉛、銅などの不純物元素を硫化物として沈殿除去し、その後、これにアンモニアを加えて中和し、水酸化インジウムとして回収する(例えば、特許文献2参照。)。
しかしながら、この方法には、得られた水酸化インジウムは、ろ過性が悪く操作に長時間を要し、かつケイ素、アルミニウム等の不純物元素が多く含まれること、及び中和条件及び熟成条件等により、その粒径や粒度分布が変動するため、その後にこれを原料として使用してITOターゲットを製造する際に、得られるITOターゲットの特性を安定して維持することができないという問題がある。しかも、この方法も、インジウム含有量が60質量%を超える高品位のスクラップについては適用することができない。
【0005】
このような(1)、(2)の方法の問題点から、インジウム品位が60質量%を超えるITOターゲットスクラップからインジウムを回収する方法としては、還元、回収等の効率のよい乾式法を採用することが一般的であるとされている。例えば、乾式法としては、次の(3)の方法が提案されている
(3)ITOターゲットスクラップ等の酸化インジウムを含有する物質を、予め750〜1200℃の温度で還元性ガス下に還元して金属インジウムを得た後、これを電解精製する(例えば、特許文献3参照。)。
【0006】
しかしながら、同公報の記載によれば、ITOスクラップ等の酸化インジウムを含有する物質を、前記条件で還元して得られる金属インジウムは、例えば、スズ品位が12質量%及び鉄含有量が19ppmと不純物元素の含有量が高く、電解精製により高純度インジウムを得るための原料としては十分なものとなっていない。すなわち、ITOターゲット製造原料用として用いられる酸化インジウムとしては、高純度のものが用いられている。そのため、前記酸化インジウムの原料として使用するインジウムも、電解精製された高純度のものが用いられる。例えば、電解精製に供する粗インジウムとしては、純度95%程度のものが用いられている。
【0007】
さらに、ITOターゲットスクラップを有効に再利用するため、前記使用済みターゲットの6割程度の未使用部分を粉砕しそのまま使用することも行われている。このように、インジウムのリサイクル率が高まるに伴い、部材の素材成分や他の透明導電膜用のターゲットの混入などにより、ITOターゲットスクラップには、スズ以外の多種類の不純物金属が含有されるようになってきている。このような状況下、(3)の方法のような乾式法では、種々の不純物金属を十分除去できないという新たな問題が加わってきている。
【0008】
【特許文献1】特開平9−268334号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献2】特開2001−348632号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献3】特開平7−145432号公報(第1頁、第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、ITOターゲットスクラップから、その不純物金属元素の含有量が高い場合においても、電解精製のアノード用に好適な純度を有する粗インジウムを高収率で回収する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記目的を達成するために、ITOターゲットスクラップから電解精製に用いる粗インジウムを回収する方法について、鋭意研究を重ねた結果、粉砕したITOターゲットスクラップを塩酸で浸出する工程、得られた浸出液に特定の条件で亜鉛末を添加し、一部還元析出されたスポンジインジウム(1)を分離回収した後、懸濁液中の還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分を分離する工程、得られた塩化インジウム水溶液をアルミニウムと接触させ、還元析出されたスポンジインジウム(2)を得る工程、及び前記スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)を、加熱融解して粗インジウムを得る工程を順次行ったところ、電解精製に好適な純度を有する粗インジウムを、高収率で効率よく回収することができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、下記の工程(イ)〜(ニ)を含むことを特徴とする粗インジウムの回収方法が提供される。
工程(イ):粉砕したインジウムスズ酸化物ターゲットスクラップを塩酸で浸出し、次いで不溶解残渣を分離して浸出液を得る。
工程(ロ):前記浸出液に、該浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で2〜5当量に当たる量の亜鉛末を添加し、一部還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(1)と、還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分の懸濁液とを形成し、次いで、スポンジインジウム(1)を分離回収した後、該懸濁液中の不純物金属固形分を分離して塩化インジウム水溶液を得る。
工程(ハ):前記塩化インジウム水溶液に、アルミニウムを接触させ、還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(2)を得る。
工程(ニ):前記スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)をそれぞれ個別に、或いは両者を合一したものに、水酸化ナトリウムを混合した後、加熱融解し、生成したソーダスラグを除去して粗インジウムを得る。
【0012】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記工程(イ)において、塩酸量は、前記スクラップ中のインジウム量に対しInClの生成反応の化学量論量で1.0〜1.5当量であり、かつ浸出温度は、室温から80℃以下であることを特徴とする粗インジウムの回収方法が提供される。
【0013】
また、本発明の第3の発明によれば、第1又は2の発明において、前記工程(ロ)において、浸出液のpHを1.0〜2.0、及び浸出液の温度を10〜30℃に調整することを特徴とする粗インジウムの回収方法が提供される。
【0014】
また、本発明の第4の発明によれば、第1〜3いずれかの発明において、前記工程(ハ)において、塩化インジウム水溶液のpHを1.5〜2.5、及び塩化インジウム水溶液の温度を30〜60℃に調整することを特徴とする粗インジウムの回収方法が提供される。
【0015】
また、本発明の第5の発明によれば、第1〜4いずれかの発明において、前記工程(ハ)において、アルミニウムは、アルミニウム板であり、かつ該アルミニウム板は、塩化インジウム水溶液中のインジウム1g当たり0.25〜0.50cmの表面積を有する量を添加することを特徴とする粗インジウムの回収方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の粗インジウムの回収方法は、ITOターゲットスクラップから、その不純物金属元素の含有量が高い場合においても、電解精製のアノード用に好適な95質量%以上の純度を有する粗インジウムを、例えば90%以上の高収率で効率よく回収することができるので、ITOターゲットスクラップのリサイクル率向上の手段として、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の粗インジウムの回収方法は、下記の工程(イ)〜(ニ)を含むことを特徴とする。
工程(イ):粉砕したインジウムスズ酸化物ターゲットスクラップを塩酸で浸出し、次いで不溶解残渣を分離して浸出液を得る。
工程(ロ):前記浸出液に、該浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で2〜5当量に当たる量の亜鉛末を添加し、一部還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(1)と、還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分の懸濁液とを形成し、次いで、スポンジインジウム(1)を分離回収した後、該懸濁液中の不純物金属固形分を分離して塩化インジウム水溶液を得る。
工程(ハ):前記塩化インジウム水溶液に、アルミニウムを接触させ、還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(2)を得る。
工程(ニ):前記スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)をそれぞれ個別に、或いは両者を合一したものに、水酸化ナトリウムを混合した後、加熱融解し、生成したソーダスラグを除去して粗インジウムを得る。
【0018】
以下に、本発明の粗インジウムの回収方法を、図を用いて説明する。ここで、各工程の説明において、作用とその技術的意義についても説明する。
図1は、本発明の粗インジウムの回収方法の一例を表す工程図である。なお、本発明の粗インジウムの回収方法としては、これに限定されるものではない。
図1において、まず、工程(イ)に当たる浸出工程1で、塩酸6を添加し、インジウムスズ酸化物(ITO)ターゲットスクラップ5を溶解し、浸出液7を得る。
次に、工程(ロ)に当たる置換還元(1)工程2で、浸出液7に、水酸化ナトリウム水溶液8を添加して、浸出液7のpHを所望値に調整した後、所定量の亜鉛末9を添加し、置換還元反応により、一部還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(1)11と還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分12とをそれぞれ分離して、塩化インジウム水溶液10を得る。
次いで、工程(ハ)に当たる置換還元(2)工程3で、塩化インジウム水溶液10に、水酸化ナトリウム水溶液8を添加して、塩化インジウム水溶液10のpHを所望値に調整した後、所望量のアルミニウム13を投入し、置換還元反応により、還元析出されたスポンジインジウム(2)15と、置換終液14とを得る。
その後、工程(ニ)に当たる融解工程4で、スポンジインジウム(1)11とスポンジインジウム(2)15とを個別に、或いは合一したものに、固形の水酸化ナトリウム16を混合し、加熱融解し、ソーダスラグ17と粗インジウム18を得る。
【0019】
本発明の方法に用いるITOターゲットスクラップとしては、特に限定されるものではなく、通常のITOターゲットのスパッタリングでの使用済みスクラップを所望のサイズに粉砕したもの、或いはターゲット製造過程において発生する切削屑或いは研磨屑が用いられる。これらは、通常、酸化インジウム(In)を90質量%程度、及び酸化第二スズ(SnO)を10質量%程度含有し、その他成分として銅、鉛、ニッケル、亜鉛等を含む。なお、前記スクラップの粉砕サイズとしては、特に限定されるものではなく、塩酸で浸出することができればよい。
【0020】
上記工程(イ)は、粉砕したインジウムスズ酸化物ターゲットスクラップを塩酸で浸出し、次いで不溶解残渣を分離して浸出液を得る工程である。
ここでは、ITOターゲットスクラップを粉砕して得られた粉末と塩酸とを反応させ、インジウムを溶液中に浸出し、一方、スズを、メタスズ酸を主成分とする不溶解残渣に残留させる。具体的には、前記粉末に水を添加してスラリー状とし、これに濃塩酸(濃度:12N)を添加する方法でもよいが、塩酸溶液中に、前記粉末を添加する方法でもよい。
【0021】
上記工程(イ)において、特に限定されるものではないが、塩酸量は、前記スクラップ中のインジウム量に対しInClの生成反応の化学量論量で1.0〜1.5当量であり、かつ浸出温度は、室温から80℃以下であることが好ましい。前記InClの生成反応は、下記の式(1)で表されるものである。すなわち、塩酸量が1.0当量未満では、浸出速度が遅くなり、未溶解分が多くなる。一方、塩酸量が1.5当量を超えると、浸出自体に支障はないものの、次工程のpH調整で、必要とされるアルカリ量が増加し経済性を損なう。
【0022】
式(1):In+6HCl=2InCl+3H
【0023】
前記浸出温度としては、室温以上で80℃以下であることが好ましい。すなわち、前記粉末中の酸化インジウム等の塩酸による浸出反応は、発熱反応であるので、室温での浸出に際して、放置しておくと液の温度は80℃を超え、沸騰することもある。したがって、取り扱いの安全性や作業環境への配慮から、浸出温度としては、80℃以下に押さえることが好ましい。ここで、浸出温度を制御するためには、反応容器を冷却可能な構造としてもよいが、簡便には、液の温度の様子を見ながら、塩酸又は前記粉末を複数回に分割して添加することが望ましい。
【0024】
上記工程(ロ)は、上記浸出液に、該浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で2〜5当量に当たる量の亜鉛末を添加し、一部還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(1)と、還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分の懸濁液とを形成し、次いで、スポンジインジウム(1)を分離回収した後、該懸濁液中の不純物金属固形分を分離して塩化インジウム水溶液を得る工程である。
【0025】
ここで、浸出液に亜鉛末を添加したとき、まず、液中のインジウムイオンの一部と亜鉛とが、下記式(2)に示す置換還元反応を起こし、スポンジ状のインジウム、すなわち前記スポンジインジウム(1)が還元析出される。次いで、前記スポンジインジウム(1)と、溶液中に存在するインジウムより電気化学的に貴な金属イオンとが置換還元反応を起こして不純物金属固形分が還元析出される。この還元析出された不純物金属固形分は、その一部がスポンジインジウム(1)の表面に不純物として吸着するものの、その大部分が微細なセメント状の懸濁液を形成するので、最終的に得られる粗インジウムの品位に大きく影響するものとはならない。
【0026】
式(2):In3++3/2Zn=In+3/2Zn2+
【0027】
上記工程(ロ)で用いる亜鉛末の添加量としては、上記浸出液中のスズに対し、下記の式(3)で表される置換還元反応の化学量論量で2〜5当量に当たる量である。すなわち、液中に溶解している不純物元素の主成分であるスズの還元析出のみであれば、2当量の亜鉛の添加で十分であるが、スポンジインジウム(1)の凝縮性を改善すること、及び反応速度を速くすることのためには、5当量とすることが望ましい。
【0028】
式(3):Sn4++2Zn=Sn+2Zn2+
【0029】
上記工程(ロ)において、特に限定されるものではないが、浸出液のpHを1.0〜2.0、及び浸出液の温度を10〜30℃に調整することが好ましい。ところで、亜鉛末添加による置換還元反応により生成するスポンジインジウム(1)の凝縮性は、pHが低いほど、かつ反応温度が低いほど良好であり、生成されたスポンジインジウム(1)を反応槽から掻き出し易い。しかしながら、不純物金属元素との局部電池形成による置換阻害の程度も、pHの低下に伴って大きくなる。
【0030】
すなわち、浸出液のpHが1.0未満では、置換剤の亜鉛末が遊離塩酸に溶解するため置換効率が低下する。一方、浸出液のpHが2.0を超えると、スポンジインジウム(1)の凝縮性が悪化するので、置換還元反応に支障が生じる。ここで、前記pHの調整は、pH調整剤として、例えば水酸化ナトリウム水溶液を添加して行うことができる。
また、浸出液の温度が10℃未満では、析出速度が遅くなり、一方、浸出液の温度が30℃を超えると、スポンジインジウム(1)の凝縮性が悪化する。
【0031】
このようにして形成された一部還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(1)と還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分の懸濁液から、まず、前記スポンジインジウム(1)を反応容器から取り出し、その後、懸濁液から不純物金属固形分を固液分離して塩化インジウム水溶液を回収する。
【0032】
上記工程(ハ)は、上記塩化インジウム水溶液に、アルミニウムを接触させ、還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(2)を得る工程である。ここで、下記式(4)に示す置換還元反応により、塩化インジウム水溶液中に含まれるインジウムの全量を回収する。
【0033】
式(4):In3++Al=In+Al3+
【0034】
上記工程(ハ)において、特に限定されるものではないが、塩化インジウム水溶液のpHを1.5〜2.5、及び塩化インジウム水溶液の温度を30〜60℃に調整することが好ましい。
すなわち、塩化インジウム水溶液のpHが1.5未満では、アルミニウムが遊離塩酸に溶解するため置換効率が低減する。一方、塩化インジウム水溶液のpHが2.5を超えると、水酸化インジウムの沈殿物の生成が始まる。ここで、前記pHの調整は、pH調整剤として、例えば水酸化ナトリウム水溶液を添加して行うことができる。
また、塩化インジウム水溶液の温度が30℃未満では、反応速度が遅くなる。一方、塩化インジウム水溶液の温度が60℃を超えると、アルミニウムの化学溶解が進行してインジウムの置換効率が低減する。なお、スポンジインジウム(2)を速やかに、かつ効率よく回収するためには、45〜50℃とすることがより好ましい。
【0035】
上記工程(ハ)において、アルミニウムの形状としては、特に限定されるものではなく、粉状でも粒状でも塊状でも板状でもよく、特に問わないが、取り扱いを簡便にするには板状とすることが好ましい。すなわち、アルミニウム板を用いる際には、発熱が適度で温度制御がしやすく、かつ生産性がよい。また、アルミニウム板は、塩化インジウム水溶液中のインジウム1g当たり0.25〜0.50cmの表面積を有する量を添加することが好ましい。
【0036】
上記工程(ニ)は、上記スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)をそれぞれ個別に、或いは両者を合一したものに、水酸化ナトリウムを混合した後、加熱融解し、生成したソーダスラグを除去して粗インジウムを得る工程である。例えば、具体的には、スポンジインジウムを水洗し、脱水後に、水酸化ナトリウムを添加してインジウムの融点以上の温度で融解し、その後、発生したソーダスラグを分離する。これによって、スポンジインジウムに含有されるアルミニウム等の不純物金属を有効に分離しつつ、電解精製に好適なインジウム純分として95質量%以上の粗インジウムが高収率で得られるとともに、インジウム回収率の低下を防止することができる。
なお、得られたソーダスラグを、還元置換(1)、(2)工程のpH調整剤などに有効利用することにより、更なるインジウム収率の向上を図ることができる。
【0037】
上記工程(ニ)で用いる水酸化ナトリウムの添加量としては、特に限定されるものではないが、スポンジインジウムに含まれるインジウム量に対した3〜10質量%であることが好ましい。すなわち、水酸化ナトリウムの添加量が3質量%未満では、スポンジインジウムの表面に付着する酸化物やアルミニウム等の不純物を十分に除去することができず、ときとしては、酸化燃焼することもある。一方、水酸化ナトリウムの添加量が10質量%を超えると、それ以上の効果は得られず、経済性を損なう。
【実施例】
【0038】
以下に、本発明の実施例と比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例と比較例で用いた金属の分析は、ICP発光分析法で行った。
【0039】
(実施例1)
原料粉として、粉砕した不純物金属の含有量が高いITOターゲットスクラップ(但し、組成は、インジウム品位:68.7質量%、スズ品位:6.9質量%、銅品位:0.26質量%、鉛品位:0.11質量%、ニッケル品位:0.17質量%、タングステン品位:0.09質量%、クロム品位:0.26質量%、及びチタン品位:0.8質量%である。)を用いて、図1に示す工程図に従って、下記の工程を順次行い、粗インジウムを得た。
【0040】
[浸出工程]
攪拌機付きの反応容器内に、まず、水500mlと塩酸(濃度:12N)2000mlとを装入し、続いて、攪拌しながら、前記原料粉700gをゆっくりと添加した。その6時間後に、再度原料粉300gを添加し、合計1000gの原料粉を用いた。その後、原料粉の最初の添加から16時間攪拌を続け、原料粉と塩酸とを反応させて浸出した。なお、この間に到達した最高温度は、60℃であった。また、原料粉に対する塩酸量は、原料粉1g当たり2.0mlであり、原料粉中のインジウムに対しInClの生成反応の化学量論量で1.16当量に当たる。
浸出終了後、不溶解残渣を分離して浸出液を得た。ここで、得られた不溶解残渣は、その物量が湿量で122g、乾量で83gであり、またそのインジウム品位が11.2質量%であり、浸出工程でのインジウム浸出率としては、98.6%であった。
【0041】
[置換還元(1)工程]
まず、攪拌機付きの反応容器を用いて、上記浸出工程で得られた浸出液に、濃度25質量%の水酸化ナトリウム水溶液550mlを添加し、pHを1.5に調整した。pH調整後の浸出液は、その液量が、3100mlであり、またそのインジウム濃度が219g/l、及びスズ濃度が3.8g/lであった。
次に、pH調整後の浸出液を、その温度を21℃に保持しながら、攪拌機の回転速度200rpmで攪拌しつつ、該浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で5当量に当たる亜鉛末65gを添加し、48時間撹拌した。この間、塊状のスポンジインジウム(1)と黒色化した不純物金属固形物の懸濁液が形成された。
その後、反応容器から、まず、生成した塊状のスポンジインジウム(1)を取り出した。得られたスポンジインジウム(1)は、その物量が、湿量で117g、乾量で71gであり、またそのインジウム品位が70.1質量%であった。次に、懸濁液中に残る不純物金属固形物を固液分離して、塩化インジウム水溶液3090mlを得た。
この間、pH調整後の浸出液と亜鉛末の接触時間による反応の進行を見るため、液を適時サンプリングして液中に溶解している各金属成分(溶解性成分)の濃度を分析した。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1より、インジウムよりも貴な元素であるスズ、銅、鉛及びニッケルでは、時系列的に濃度低下が見られ、顕著な淨液作用があることが分かる。一方、タングステン、クロム及びチタンでは、長時間の経過による顕著な濃度低減は見られない。
【0044】
[置換還元(2)工程]
まず、攪拌機付きの反応容器を用いて、上記置換還元(1)工程で得られた塩化インジウム水溶液に、その温度を45℃に加温しながら、形状が縦8cm×横10cm×厚さ3cm、重さが648g及び表面積が268cmのアルミニウム板を浸漬し、48時間放置した。なお、塩化インジウム水溶液pHは、前工程と同様の1.5を維持した。
その後、反応容器から、置換還元反応により析出したスポンジインジウム(2)を掻き出した。得られたスポンジインジウム(2)は、その物量が湿量で204gであった。また、置換反応終了後の置換終液は、そのインジウム濃度が0.08g/lであった。また、アルミニウム板の減量は57.7gであった。ここで、置換還元(2)工程での置換効率として、81.0%が得られた。
【0045】
[融解工程]
ここで、上記工程で得られたスポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)のそれぞれの不純物金属の挙動を明らかにするため、それぞれ個別に融解工程に付した。
坩堝内に、スポンジインジウム(1)と水酸化ナトリウム5gとを入れ、350℃で加熱し融解し、生成したソーダスラグを分離して、粗インジウム(1)61gを得た。得られた粗インジウム(1)の組成は、スズ18.1質量%、銅0.44質量%、鉛0.77質量%、ニッケル0.02質量%、亜鉛0.39質量%、及び残部インジウムであり、その純度は、79.8質量%であった。また、同様に、坩堝にスポンジインジウム(2)と水酸化ナトリウム35gとを入れ、350℃で加熱し融解し、生成したソーダスラグを分離して、粗インジウム(2)602gを得た。得られた粗インジウム(2)の組成は、スズ0.01質量%、ニッケル0.02質量%、アルミニウム0.01質量%以下、及び残部インジウムであり、その純度は、99.9質量%であった。
ここで、粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを合一し平均化した場合に得られる粗インジウムは、その純度が98.1質量%であり、電解精製用の粗インジウムとして十分な純度であった。また、粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを合一した場合の原料粉からのインジウム収率は、95%であった。
なお、スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)を合一したものに、スポンジインジウム中のインジウムに対して同様の水酸化ナトリウムを使用して、同様の条件で加熱融解したところ、粗インジウムの純度及び原料粉からのインジウム収率において、個別に加熱融解したときと同様の結果が得られた。
【0046】
(実施例2)
[浸出工程]
攪拌機付きの反応容器内に、まず、水500mlと実施例1と同様の原料粉1000gとを投入し、攪拌しながら、液の温度が80℃を超えないように間欠的に塩酸(濃度:12N)2000mlを添加し、投入開始から16時間攪拌を続け、原料粉と塩酸とを反応させて浸出した。なお、原料粉に対する塩酸量は、実施例1と同様であった。
浸出終了後、不溶解残渣を分離して浸出液を得た。得られた浸出液の液量とインジウム濃度とスズ濃度は、実施例1と同程度であった。
[置換還元(1)工程]、[置換還元(2)工程]と[融解工程]
実施例1と同様にして、スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)を得て、それを用いて粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを得た。
両者を合一し平均化した場合に得られる粗インジウムは、その純度が98.0質量%であり、電解精製用の粗インジウムとして十分な純度であった。また、粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを合一した場合の原料粉からのインジウム収率は、95%であった。
【0047】
(実施例3、4)
[浸出工程]に用いた原料粉に対する塩酸量が、原料粉中のインジウムに対しInClの生成反応の化学量論量で1.0当量(実施例3)、又は1.5当量(実施例4)としたこと以外は、実施例1と同様にして浸出液を得て、さらに粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを得た。
両者を合一し平均化した場合に得られる粗インジウムは、その純度が98.0質量%であり、電解精製用の粗インジウムとして十分な純度であった。また、粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを合一した場合の原料粉からのインジウム収率は、実施例3では、93%程度、また実施例4では、95%程度であった。
【0048】
(実施例5)
[置換還元(1)工程]で、亜鉛末の添加量を浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で2当量としたこと以外は、実施例1と同様にして粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを得た。
両者を合一し平均化した場合に得られる粗インジウムは、その純度が97.0質量%であり、電解精製用の粗インジウムとして十分な純度であった。また、粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを合一した場合の原料粉からのインジウム収率は、95%程度であった。
【0049】
(比較例1)
[浸出工程]に用いた原料粉に対する塩酸量が、原料粉中のインジウムに対しInClの生成反応の化学量論量で0.9当量としたこと以外は、実施例1と同様にして浸出液を得て、さらに粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを得た。
両者を合一し平均化した場合に得られる粗インジウムは、その純度が98.0質量%であり、電解精製用の粗インジウムとして十分な純度であった。しかしながら、粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを合一した場合の原料粉からのインジウム収率は、80%程度であった。これは、浸出工程でインジウムが十分浸出されていないことが影響していることによると見なせる。
【0050】
(比較例2)
[置換還元(1)工程]で、亜鉛末の添加量を浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で1.5当量としたこと以外は、実施例1と同様にして粗インジウム(1)と粗インジウム(2)とを得た。
両者を合一し平均化した場合に得られる粗インジウムは、その純度が94.0質量%であり、電解精製用の粗インジウムとして使用可能ではあるものの、必ずしも十分に満足する純度ではなかった。
【0051】
以上より、実施例1〜5では、浸出工程((イ)の工程)、置換還元(1)工程((ロ)の工程)、置換還元(2)工程((ハ)の工程)、及び融解工程((ニ)の工程)が本発明の方法に従って順次行われたので、ITOターゲットスクラップから、その不純物金属元素の含有量が高い場合においても、電解精製のアノード用に好適な純度を有する粗インジウムを高収率で回収することができることが分かる。
これに対して、比較例1又は2では、浸出工程又は置換還元(1)工程が、上記の条件に合わないので、得られる粗インジウムの純度又は収率において満足すべき結果が得られないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
以上より明らかなように、粗インジウムの回収方法は、ITOターゲットスクラップから、電解精製に好適な、95質量%以上の純度を有する粗インジウムを、高収率で効率よく回収することができる。また、これを用いて、電解精製して得られる高純度インジウムは、特に、液晶表示装置等の透明導電膜形成用のスパッタリングターゲット分野で利用される高純度インジウム原料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の粗インジウムの回収方法の一例を表す工程図である。
【符号の説明】
【0054】
1 浸出工程
2 置換還元(1)工程
3 置換還元(2)工程
4 融解工程
5 インジウムスズ酸化物(ITO)ターゲットスクラップ
6 塩酸
7 浸出液
8 水酸化ナトリウム水溶液
9 亜鉛末
10 塩化インジウム(In)水溶液
11 スポンジインジウム(In)(1)
12 不純物金属固形分
13 アルミニウム
14 置換終液
15 スポンジインジウム(In)(2)
16 水酸化ナトリウム
17 ソーダスラグ
18 粗インジウム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程(イ)〜(ニ)を含むことを特徴とする粗インジウムの回収方法。
工程(イ):粉砕したインジウムスズ酸化物ターゲットスクラップを塩酸で浸出し、次いで不溶解残渣を分離して浸出液を得る。
工程(ロ):前記浸出液に、該浸出液中のスズに対し置換還元反応の化学量論量で2〜5当量に当たる量の亜鉛末を添加し、一部還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(1)と、還元析出された、インジウムより貴な不純物金属固形分の懸濁液とを形成し、次いで、スポンジインジウム(1)を分離回収した後、該懸濁液中の不純物金属固形分を分離して塩化インジウム水溶液を得る。
工程(ハ):前記塩化インジウム水溶液に、アルミニウムを接触させ、還元析出されたインジウムからなるスポンジインジウム(2)を得る。
工程(ニ):前記スポンジインジウム(1)とスポンジインジウム(2)をそれぞれ個別に、或いは両者を合一したものに、水酸化ナトリウムを混合した後、加熱融解し、生成したソーダスラグを除去して粗インジウムを得る。
【請求項2】
前記工程(イ)において、塩酸量は、前記スクラップ中のインジウム量に対しInClの生成反応の化学量論量で1.0〜1.5当量であり、かつ浸出温度は、室温から80℃以下であることを特徴とする請求項1に記載の粗インジウムの回収方法。
【請求項3】
前記工程(ロ)において、浸出液のpHを1.0〜2.0、及び浸出液の温度を10〜30℃に調整することを特徴とする請求項1又は2に記載の粗インジウムの回収方法。
【請求項4】
前記工程(ハ)において、塩化インジウム水溶液のpHを1.5〜2.5、及び塩化インジウム水溶液の温度を30〜60℃に調整することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の粗インジウムの回収方法。
【請求項5】
前記工程(ハ)において、アルミニウムは、アルミニウム板であり、かつ該アルミニウム板は、塩化インジウム水溶液中のインジウム1g当たり0.25〜0.50cmの表面積を有する量を添加することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の粗インジウムの回収方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−191309(P2009−191309A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−32505(P2008−32505)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】