説明

精神作業負荷検出装置及びそれを備えた自動二輪車

【課題】人間の脳波を検知し、知覚・運動系の精神作業負荷と知覚・中枢系の精神作業負荷とを区別して推定できる精神作業負荷検出装置を提供する。
【解決手段】運転手39の脳波を検知する脳波検知部42と、脳波を解析して眼球停留関連電位を計測し、ラムダ反応を検出する眼球停留関連電位計測部43と、スピーカ45からの音に応じて事象関連電位を計測し、聴覚P300を検出する事象関連電位計測部44と、ラムダ反応が低減したか否かを判定するラムダ反応比較部49と、聴覚P300が低減したか否かを判定する聴覚P300比較部48と、ラムダ反応及び聴覚P300が低減した場合、知覚・運動系及び知覚・中枢系の精神作業負荷が増加したと判定し、聴覚P300が低減したが、ラムダ反応が低減していない場合、知覚・中枢系の精神作業負荷が増加したと判定する精神作業負荷判定部60とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神作業負荷検出装置及びそれを備えた自動二輪車に関し、さらに詳しくは、人間の脳波を検知して眼球停留関連電位その他の事象関連電位を計測し、人間に係る知覚・運動系(「視覚・操作系」ともいう。)及び知覚・中枢系(「思考系」ともいう。)の負荷を推定する精神作業負荷検出装置及びそれを備えた自動二輪車に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報通信技術の進展により、人々は様々な情報を簡単に得ることができるようになった。しかし、情報機器のユーザが処理できる容量には限界があり、その容量を超えるとユーザビリティが低下する。自動二輪車の運転を想定すると、ユーザである運転手は「ハンドル」、「アクセル」、「ブレーキ」、「シフトチェンジ」を操作しながら、「道路環境(他車両、歩行者、標識など)」、「スピードメータ」、「ナビゲーションシステム」などを視認しており、過剰な情報提供は見誤り、誤判断、誤操作を招くことになる。新しい情報提供装置を開発する際には、ユーザの情報処理への影響を踏まえて設計する必要がある。そのためには、ユーザの情報処理の負荷レベルを定量的かつリアルタイムに評価できる指標が必要である。
【0003】
運転行動における人間の情報処理過程に言及する場合、情報処理過程を「認知」、「判断」、「操作」に分けて説明することが多い。認知は、環境音や社内音に注意を向けながら、適切に道路環境へ視線を向けて、判断に必要な情報を入力するステップである。判断は、これまでの経験や知識を踏まえて、入力された情報に対してどのように対処すべきかを決定するステップである。操作は、決定された対処行動を実行するステップであるが、判断のステップを介さない自動化された運転行動もある。認知→判断→操作という判断を伴う情報処理過程を経る場合、知覚・中枢系の精神作業負荷がかかる。認知→操作という判断を伴わない情報処理過程を経る場合、知覚・運動系の精神作業負荷がかかる。
【0004】
ユーザの情報処理の負担レベルをリアルタイムに評価するために、ユーザビリティ評価で用いられる発話思考法を用いることが考えられる。しかし、この方法は定性的な評価であり、知覚−運動反応で自動化された行動や問題解決までの時間が短い行動への適用は難しい。リアルタイムに定量評価するためには、アイカメラや生体計測技術を使って視線や生体反応を計測する必要がある。しかし、視線をある対象に向けたとしても、適切に情報が処理されているとは限らない。心拍などの循環器系の生体反応は、間接的にしか情報処理過程を推定できない。つまり、脳で行われる情報処理過程を直接反映する評価指標が必要である。
【0005】
事象関連電位(ERP;Even related Potential)は、脳波の一種で、外的あるいは内的な事象(イベント)に関連する脳電位である。事象関連電位は、脳の情報処理過程を直接反映する指標であるので、アイカメラ等で計測可能な表出行動には表れない心的過程の分析が可能であると考えられる。
【0006】
この事象関連電位には、精神作業負荷の指標になると報告されている眼球停留関連電位(EFRP;Eye Fixation Related Potential)のラムダ反応と、聴覚P300とがある。眼球停留関連電位は、サカディック眼球運動(一般に、「サッカード又はサッケード(saccades)と呼ばれる。)の終了時点を基準として、後頭部(Oz)から導出される事象関連電位の一種で、基準時点から約100ms後に比較的大きな陽性成分(一般に、「ラムダ反応」と呼ばれる。)が出現することで知られる。サッカード中には視覚情報処理が抑制されていることが知られており、ラムダ反応は視覚情報の取り込みを反映していると言える。また、ラムダ反応は、視覚誘発電位のP100成分と同じ1次視覚野を起源にすることが示されている。従来の研究では、精神作業負荷によってラムダ反応のピーク振幅が低減することが報告されている。以上のことから、精神作業負荷が視覚情報の取り込みへ影響を及ぼすと、ラムダ反応の振幅が低減すると考えられる。
【0007】
一方、視覚作業における精神作業負荷を聴覚の事象関連電位P300(以下、「聴覚P300」という。)を用いて評価する研究がある。具体的には、被験者に二重課題法で、主課題として視覚作業を、副次課題として音刺激に対する反応を課す。主課題が難しくなるとそこに向けられる処理資源の量が増えるので、副次課題へ向けられる処理資源が減る。その結果、副次課題の音に対する聴覚P300の振幅が低減することが報告されている。聴覚P300は、出現頻度の異なる複数の音刺激を提示し、標的となる低頻度刺激の音に対してボタン押し反応などを求めると、標的刺激の提示時点から300ms後あたりに出現する陽性成分である。標的刺激に対する聴覚P300は、頭頂部(Pz)に分布し、知覚−中枢レベルの処理資源の配分量を反映し、認知符号化処理の終結あるいは作業記憶の更新に関連すると言われている。以上のことから、主課題の精神作業負荷によって利用できる処理資源が少なくなると、副次課題に対する聴覚P300の振幅は低減すると考えられる。過去の研究で、ラムダ反応と聴覚P300は、双方とも精神作業負荷によって、その振幅が低減すると報告されている。しかしながら、質の異なる精神作業負荷でラムダ反応と聴覚P300を同時に計測した場合、各指標がどのような変化を示すかは明らかにされていない。
【0008】
ところで、特開2007−125184号公報(特許文献1)は、種々の状態別にサッケードを分類して眼球停留関連電位を算出することにより、精度良く注意集中度を評価することができる眼球停留関連電位解析装置を開示している。しかしながら、この装置では、全般的な注意集中度しか分からない。たとえばこの装置で自動二輪車を運転しているライダの注意集中度を評価したとしても、ライダが運転操作(ハンドル、アクセル、ブレーキ、シフトチェンジなど)に注意を集中しているのか(知覚。運動系の負荷)、それとも情報機器(スピードメータ、ナビゲーションシステムなど)の表示や周辺の環境(他車両、歩行者、標識など)に注意を集中しているのかを区別することはできない。
【0009】
また、特開2002−272693号公報(特許文献2)は、眼球停留関連電位を用いて注意集中度を評価するために、頭の複数部位で眼球停留関連電位を検知して脳の活動状況をマッピングすることができる眼球停留関連電位解析装置を開示している。しかしながら、この装置では、どの部位の活動が優位であるかは分かるが、たとえばこの装置で自動二輪車を運転しているライダの注意集中度を評価したとしても、ライダが運転操作に注意を集中しているのか、それとも情報機器の表示や周辺の環境に注意を集中しているのかを区別することはできない。
【0010】
また、特開2007−052601号公報(特許文献3)は、事象関連電位を用いて、ユーザが機器を使う場合の各機能の覚えやすさ、慣れやすさ、興味の度合いを評価することができるユーザビリティ評価装置を開示している。この装置では、機器操作に伴うユーザの情報処理状態(運転又は情報機器や環境の認識)は分かるが、実験的に検討したところ運転操作に必要な情報処理でもその状態が変化してしまう。たとえばこの装置で自動二輪車を運転しているライダの注意集中度を評価したとしても、ライダが運転操作に注意を集中しているのか、それとも情報機器の表示や周辺の環境に注意を集中しているのかを区別することはできない。
【特許文献1】特開2007−125184号公報
【特許文献2】特開2002−272693号公報
【特許文献3】特開2007−052601号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、人間の脳波を検知して精神作業の種類及び負荷を推定できる精神作業負荷検出装置を提供することである。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0012】
本発明による精神作業負荷検出装置は、脳波検知手段と、第1及び第2の生体反応検出手段と、第1及び第2の生体反応比較手段と、精神作業負荷推定手段とを備える。脳波検知手段は、人間の脳波を検知する。第1の生体反応検出手段は、脳波検知手段により検知される脳波を解析して第1の精神作業負荷に関連する第1の生体反応を時系列的に検出する。第2の生体反応検出手段は、脳波検知手段により検知される脳波を解析して第1の精神作業負荷と質的に異なる第2の精神作業負荷に関連する第2の生体反応を時系列的に検出する。第1の生体反応比較手段は、第1の生体反応検出手段により検出される第1の生体反応が時系列的に変化したか否かを判定する。第2の生体反応比較手段は、第2の生体反応検出手段により検出される第2の生体反応が時系列的に変化したか否かを判定する。精神作業負荷推定手段は、第1及び第2の生体反応比較手段による判定結果に応じて人間に係る精神作業の種類及び負荷を推定する。
【0013】
本発明によれば、人間の脳波から質的に異なる少なくとも2種類の生体反応を検出しているので、各生体反応が変化したか否かに応じて精神作業の種類及び負荷を推定することができる。
【0014】
好ましくは、精神作業負荷検出装置はさらに、人間に感覚的な刺激を付与する感覚刺激手段を備える。第1の生体反応検出手段は、眼球停留関連電位を計測する眼球停留関連電位計測手段を含む。第2の生体反応検出手段は、感覚刺激手段により付与される刺激に応じて事象関連電位を計測する事象関連電位計測手段を含む。
【0015】
好ましくは、感覚刺激手段により付与される刺激は聴覚的な刺激である。眼球停留関連電位計測手段は、サッカード検出手段と、ラムダ反応検出手段とを含む。サッカード検出手段は、人間のサッカードを検出する。ラムダ反応検出手段は、サッカード検出手段により検出されたサッカードに応じて第1の生体反応としてラムダ反応を検出する。事象関連電位計測手段は、感覚刺激手段により付与される聴覚的な刺激に応じて第2の生体反応として聴覚P300を検出する聴覚P300検出手段を含む。
【0016】
好ましくは、第1の生体反応比較手段は、ラムダ反応検出手段により検出されるラムダ反応が低減したか否かを判定するラムダ反応比較手段を含む。第2の生体反応比較手段は、聴覚P300検出手段により検出される聴覚P300が低減したか否かを判定する聴覚P300比較手段を含む。精神作業負荷推定手段は、聴覚P300比較手段により聴覚P300が低減したと判定され、かつ、ラムダ反応比較手段によりラムダ反応が低減したと判定された場合、知覚・運動系及び知覚・中枢系の精神作業負荷が増加したと判定する手段と、聴覚P300比較手段により聴覚P300が低減したと判定され、かつ、ラムダ反応比較手段によりラムダ反応が低減していないと判定された場合、知覚・中枢系の精神作業負荷が増加したと判定する手段とを含む。
【0017】
この場合、知覚・運動系の精神作業負荷と知覚・中枢系の精神作業負荷とを区別して推定することができる。
【0018】
好ましくは、精神作業負荷検出装置はさらに、人間の操作を受け付ける操作入力手段を備える。第1の生体反応検出手段は、眼球停留関連電位を計測する眼球停留関連電位計測出手段を含む。第2の生体反応検出手段は、操作入力手段により受け付けられる操作に応じて事象関連電位を計測する事象関連電位計測手段を含む。
【0019】
この場合、入力操作に伴う事象関連電位を計測しているので、上記感覚刺激手段を必要としない。
【0020】
好ましくは、精神作業負荷検出装置はさらに、応答内容決定手段と、機器反応手段とを備える。応答内容決定手段は、精神作業負荷推定手段により推定された精神作業の種類及び負荷に応じて、人間が知覚する機器が提示すべき情報の内容又はタイミングを決定する。機器反応手段は、応答内容決定手段により決定された内容又はタイミングで情報を人間に提示する。
【0021】
この場合、適切な内容又は適切なタイミングで人間に情報を提示することができる。
【0022】
あるいは、応答内容決定手段は、精神作業負荷推定手段により推定された精神作業の種類及び負荷に応じて、人間が操作する機器の動作モードを決定する。機器反応手段は、応答内容決定手段により決定された動作モードに機器を設定する。
【0023】
この場合、人間は適切な動作モードで機器を操作することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0025】
[検証実験]
1.方法
本発明の実施の形態を説明するに先立って、本発明の契機となった知見を得た検証実験について詳しく説明する。本実験では、複合的なトラッキング作業中のラムダ反応と聴覚P300を同時計測して、知覚・運動系と知覚・中枢系という2種類の精神作業負荷が各指標に与える影響を検証した。
【0026】
1.1 被験者
被験者は、インフォームドコンセントを得た右利きの大学生・大学院生・社会人18名(男性10名、女性8名:平均年齢21.9歳)が参加した。視力(矯正視力)と聴力は正常であった。
【0027】
1.2 課題
作業課題は、3種類の課題(トラッキング課題、数的課題、オドボール課題)を同時に実施することであった。ただし、作業課題の中には数的課題のないものも含まれていた。作業時間は5分間であった。各課題の優先順位は、1=トラッキング課題、2=数的課題、3=オドボール課題であった。被験者は、各課題の優先順位に従って、各課題をできるだけ正確に、かつ迅速に実施することが求められた。実験室内の照度は72Lxに保たれた。
【0028】
1.2.1 トラッキング課題
トラッキング課題は、知覚・運動系の負荷課題として設定した。具体的には図1に示すように、100inchディスプレイ14のポジティブスクリーン上(白色)をランダムに約2.51°/sのスピードで移動するターゲット16(φ=0.63°、黒色)を追尾枠17から逸脱しないように追尾枠17をトラックボールで移動させる作業であった。トラッキング作業の難易度は、ターゲット16のスピード変化の有無で操作した。ターゲット16のスピード変化がない場合は、ターゲット16の移動速度は約2.51°/sで固定であった。速度変化がある場合は、数的課題で用いられる「0」から「9」までの一桁数字18が画面上に提示されている間に同期してスピードを約5.6°/sに上昇させた。被験者は、椅子に着座して、顔面固定器に顎を軽く当てることによって、ディスプレイ14からの視認距離が約274cmになるようにした。トラックボールの操作は右手で行った。
【0029】
1.2.2 数的課題
数的課題は、知覚・中枢系の負荷課題として設定した。具体的には、トラッキング作業と同じ画面上に一桁数字18がランダム提示された場合に、被験者が一桁数字18を単純に読み上げる、あるいは足し算を実施することであった。足し算では、「一つ前に提示された数字」を「提示中の数字」に足した結果の一桁のみを発話することが求められた。最初に提示された数字は足す数字がないため、読み上げるだけであった。数字の提示時間は1.0sであり、提示間隔は2.0sであった(5分間で提示された数字の個数=100)。一桁数字18は、周辺視野の領域に提示するため、ターゲット16の周辺部分19に提示された。ターゲット16から一桁数字18までの距離は最短で10°とし、最大で30°とした。一桁数字18は、周辺部分19のランダムな位置に提示され、大きさは約1°であった。
【0030】
1.2.3 オドボール課題
オドボール課題は、聴覚P300を計測するための課題として設定した。具体的には、3音オドボール課題とした。プローブ刺激として、1800Hz(p=.70、標準刺激)、2000Hz(p=.15、標的刺激)、500Hz(p=.15、逸脱刺激)の3つの純音を用いた(持続時間70ms、立ち上がり立ち下がり10ms)。これらの刺激をヘッドフォンから約60dB SPLでランダムな順序で提示した。標的刺激と逸脱刺激は連続して提示されないようにした。刺激のオンセット間隔は5分間の課題時間で多くのトリガを検出するため、700msに設定した。5分間の課題中に標的刺激が提示されたのは、67回であった。被験者は、標的刺激の提示に注意を払い、標的刺激が提示されたときに、左手の人差し指あるいは親指を感圧センサに接触させた。
【0031】
1.3 プロトコル
実験条件は、次の表1の通り6種類あり、トラッキング課題(知覚・運動系の精神負荷)と数的課題(知覚・中枢系の精神負荷)の組み合わせであった。
【表1】

【0032】
EN(Easy tracking and Non-numerical task)条件は、トラッキングの速度変化がなく、数字の提示がなかった。EE(Easy tracking and Easy numerical task)条件は、トラッキングの速度変化がなく、一桁数字が提示され、読み上げが求められた。ED(Easy tracking and Difficult numerical task)条件は、トラッキングの速度変化がなく、一桁数字が提示され、足し算が求められた。DN(Difficult tracking and Non-numerical task)条件は、トラッキングの速度変化があり、数字の提示がなかった。DE(Difficult tracking and Easy numerical task)条件は、トラッキングの速度変化があり、一桁数字が提示され、読み上げが求められた。DD(Difficult tracking and Difficult numerical task)条件は、トラッキングの速度変化があり、一桁数字が提示され、足し算が求められた。オドボール課題は、全ての条件で標的刺激に対する反応が求められた。被験者は、6種類のトラッキング作業を各5分ずつ行い、合計30分のトラッキング課題を行った。各条件の直後にはアンケートへ回答し、各条件間には約1分間の休憩をとった。全条件の終了後には、どの条件の課題が難しかったか、その主観的順位を報告した。各条件の試行順序は、6系列設定してカウンターバランスがとられた。実験開始前には、各課題の練習を合計5分間行なった。
【0033】
1.4 計測
脳波と眼電位は、全条件の課題中に計測された。脳波(EEG;electroencephalogram)は、銀−塩化銀電極により、両耳朶結合を基準として導出した。導出部位は、国際10−20電極配置法に従って、正中線上の前頭部(Fz)、中心部(Cz)、頭頂部(Pz)、後頭部(Oz)の4箇所であった。低域遮断周波数は0.80Hzであり、高域遮断周波数は30Hzであった。眼電位(EOG;electrooculogram)は、銀−塩化銀電極を水平方向サッカードの検出のため、両眼眼裂外に一対装着し、垂直方向サッカード及び瞬目の検出のため、左眼眼窩上下縁部に一対装着し、双極導出した。接地電極は前額部においた。脳波と同様に、低域遮断周波数は0.08Hzであり、高域遮断周波数は30Hzであった。以上の生理反応はすべて、生体アンプによって計測され、ハードディスク上に記録された。サンプリング周波数は、500Hzであった。電極インピーダンスは10kΩ以下とした。行動量は、トラッキング課題と数的課題とオドボール課題の各々で計測された。トラッキング作業では、追尾枠17から逸脱した回数をトラッキングエラーとして計測した。トラッキングエラーは、ターゲット2が1ドット以上外れる時間が100msを越えた回数とした。ターゲット2の座標は、10msごとに計測した。数的課題では、被験者の顔面をビデオカメラで撮影し、読み上げた数字及び足し算結果の音声とともに記録した。記録した音声は、トラッキングプログラムのログファイルとして出力される提示数字と照らし合わせて、その正否を判断した。誤った発話は、発話エラーとしてカウントした。オドボール課題では、「プローブ刺激の3 音の提示タイミング」と「被験者の反応の有無」を脳波・眼電位と同じハードディスクにサンプリング周波数500Hzで記録した。標的刺激に対する正しい反応は、標的刺激反応として回数をカウントした。
【0034】
1.5 アンケート
アンケートは、各条件の直後に主観的な集中度や疲労度について主観評価させた。評価方法は7件法であった。さらに全てのトラッキング作業とアンケートへの回答が終了した後に、各条件の困難度に関して、その順位を回答させた。
【0035】
2.事象関連電位の解析
2.1 眼球停留関連電位
眼球停留関連電位は、ラムダ反応の優勢部位である後頭部(Oz)を対象に分析した。図2に示すように、水平眼球運動EOGからサッカード終了時点t1〜t6を検出し、その時点をトリガにして脳波EEGの加算平均処理を行った。瞬目などのアーティファクトが混入しているときは加算対象から除外した。周辺視野領域への数字の提示は、EN条件とDN条件では無いため、ほとんどサッカードが生じなかった。数字が提示されるEE条件、ED条件、DE条件、DD条件ではサッカードが生じ、平均160.35回(EE条件:143.66回、ED条件:142.56回、DE条件:197.39回、DD条件:157.78回)と十分なサッカード回数が得られた。加算平均波形(図2中の右下)は、サッカード終了前−200msから500msまでの合計700msの区間を条件ごとに加算平均して求めた。このようにして得られた波形から約100msに出現する陽性成分(ラムダ反応)のピーク振幅を算出した。ベースラインはサッカード終了時点前の−100msから−200msの平均電位にそろえた。なお、数字提示のないEN条件とDN条件はサッカードが出現しなかったので、解析対象から除外した。
【0036】
2.2 聴覚P300
聴覚P300は、標的刺激に対するP300の優勢部位である頭頂部(Pz)を対象に分析を行なった。図3に示すように、加算平均のトリガは、標的刺激(ターゲットイベント)の提示時点とし、聴覚P300の検出を行った。加算平均波形は、各刺激の提示前−200msから700msまでの合計900msの区間を条件ごとに加算平均して求めた。聴覚P300の解析では瞬目や眼球運動などのアーティファクトが混入しているときは加算対象から除外した。加算平均処理に用いることができる試行数は、眼球停留関連電位に比べて少なく、各条件で平均41.15回(31.39回〜55.61回)であった。加算回数が少ない場合に条件間でその回数が異なると、S/N比の問題があるため、被験者ごとに加算回数が最も少ない条件に合わせて加算平均処理を行った。加算回数に余分がある場合は、5分間の試行から得られた加算データ候補の中央部分を加算平均処理の対象とした。最終的に聴覚P300を検出するために用いた加算回数は、被験者間で異なり、最小で17回、最大で42回であった。その結果、各条件における加算回数の平均は全て28回となった。このようにして得られた波形から200〜600msに出現する陽性成分(聴覚P300)のピーク振幅を算出した。ベースラインは刺激提示前200ms間の平均電位にそろえた。
【0037】
3.結果
3.1 主観・行動測度
次の表2に各条件における主観測度と行動測度をまとめた。
【表2】

【0038】
主観的な難易度の順位について、ウィルコクソンの符号付順位和検定(ホルム補正)を行った。なお、本発明では検定の多重性によるType1 errorを考慮し、ホルムの方法による自由度の修正を行い、有意水準を5%とした。その結果、ED条件とDE条件、EE条件とDN条件の組み合わせ以外全てに1%水準で有意差が認められた。つまり、主観的な難易度の順位は、1位=DD条件、2位=ED条件とDE条件、3位=EE条件とDN条件、4位=EN条件の順となった。
【0039】
集中度、疲労度、トラッキングエラー回数、発話エラー回数、標的刺激反応回数について、トラッキング課題(2水準)と数的課題(3水準)の2要因被験者内計画の分散分析を行った。その結果、集中度は、数的課題に主効果が認められた(F(1.35,22.87)=17.08,p<0.01)。下位検定として対応のあるt検定(ホルム補正)を行ったところ、3水準の全ての組み合わせについて1%水準で有意差が認められた。つまり、集中度は、数的課題の難易度に比例して高値を示していた。
【0040】
疲労度は、数的課題に主効果が認められた(F(1.73,29.32)=4.73,p<0.05)。下位検定として対応のあるt検定(ホルム補正)を行ったところ、足し算課題(ED,DD)と無し課題(EN,DN)との間に1%水準で有意差が認められた。つまり、疲労度は、足し算課題によって増加した。
【0041】
トラッキングエラー回数は、トラッキング課題に主効果が認められた(F(1,17)=449.92,p<0.01)。つまり、トラッキングエラー回数は、トラッキング難易度の上昇に伴って増加した。
【0042】
発話エラー回数は、数的課題に主効果が認められた(F(1,17)=45.65,p<0.01)。つまり、発話エラー回数は、足し算課題によって増加した。
【0043】
標的刺激反応回数は、トラッキング課題及び数的課題の両方に主効果が認められた(トラッキング課題:F(1,17)=13.00,p<0.01、数的課題:F(1.44,24.50)=79.82,p<0.01)。数的課題の下位検定として対応のあるt検定(ホルム補正)を行ったところ、3水準の全ての組み合わせについて1%水準で有意差が認められた。つまり、標的刺激反応回数は、トラッキング難易度の上昇に伴って低下し、数的課題の難易度に比例して低値を示していた。
【0044】
3.2 眼球停留関連電位
全被験者の後頭部(Oz)から得られた各条件における眼球停留関連電位の総加算平均を図4に示す。この眼球停留関連電位のうち、潜時が約100msの陽性成分がラムダ反応であり、そのピーク値を被験者ごとに求めた。図5は、各条件における平均振幅とその標準偏差を示す。図5から、知覚・運動系の精神作業負荷を課したDE条件とDD条件のラムダ反応に振幅の減少が認められる。そこで、ラムダ反応のピーク振幅について、トラッキング課題(2水準)と数的課題(3水準)の2要因被験者内計画の分散分析を行った。その結果、トラッキング課題に主効果が認められた(F(1,17)=6.26,p<0.05)。つまり、トラッキング難易度の上昇に伴ってラムダ反応のピーク振幅が低減した。なお、数的課題の主効果及び交互作用は認められなかった。
【0045】
3.3 聴覚P300
全被験者の頭頂部(Pz)から得られた各条件における標的刺激に対する聴覚P300の総加算平均を図6に示す。この加算平均波形のうち、潜時が200〜600msに生じる最大の陽性成分を聴覚P300とし、そのピーク値を被験者ごとに求めた。図7は、各条件における平均振幅とその標準偏差を示す。図7から、知覚・運動系及び知覚・中枢系の精神作業負荷を課したEE、ED、DN、DE、DD条件において聴覚P300の振幅に減少が認められる。そこで、聴覚P300のピーク振幅について、トラッキング課題(2水準)と数的課題(3水準)の2要因被験者内計画の分散分析を行った。その結果、トラッキング課題と数的課題の両方に主効果が認められた(トラッキング課題:F(1,17)=11.53,p<0.01、数的課題:F(1.25,21.32)=9.27,p<0.01)。数的課題の下位検定として対応のあるt検定(ホルム補正)を行ったところ、3水準の全ての組み合わせについて5%水準で有意差が認められた。つまり、トラッキング課題及び数的課題の難易度に比例して、聴覚P300のピーク振幅が低減した。なお、交互作用は認められなかった。
【0046】
4.考察と結論
主観と行動測度の結果から、複合的なトラッキング作業によって、段階的な難易度を設定でき、かつ同じ難易度で質の異なる精神作業負荷(知覚・運動系と知覚・中枢系の負荷)を課すことができた。知覚・運動系の負荷は、トラッキング課題でターゲットのスピードを変化させることで負荷レベルを上げた。その結果、負荷が高い場合にはトラッキングのエラー頻度が多発した。知覚・中枢系の負荷は、数的課題で数字の読み上げや足し算を課すことで負荷レベルを上げた。その結果、負荷が高い場合には発話エラーの回数が増加した。各条件の主観的難易度は、4段階にレベル分けできた(1位=DD条件、2位=ED条件とDE条件、3位=EE条件とDN条件、4位=EN条件)。ED条件とDE条件、EE条件とDN条件は質の異なる精神作業負荷を課しているが、主観的難易度に違いは認められなかった。つまり、本実験で用いた複合的なトラッキング作業は、課題の難易度及び精神作業負荷の質的違いの影響を検証する課題としては妥当なものであったと考えられる。ただし、集中度は数的課題の難易度に比例して増し、疲労度は足し算課題で増したので、難易度のみを操作できたとは言えない。
【0047】
知覚・運動系の負荷による事象関連電位への影響は、ラムダ反応と聴覚P300のピーク振幅の両方に認められた。一方、知覚・中枢系の負荷による影響は、聴覚P300の振幅のみに認められた。知覚・中枢系の課題による負荷がラムダ反応に影響しないという結果から、ラムダ反応を知覚・中枢系の負担度評価に用いるのは難しいと考えられる。聴覚P300のピーク振幅は、数的課題の負荷レベルにも比例して振幅が減少した。以上のことから、P300のピーク振幅は、知覚・運動系及び知覚・中枢系の負担度を総合的に評価できる評価指標であると考えられる。
【0048】
しかし、聴覚P300は、刺激の提示や反応を課す必要があり、眼球運動が多発する場合は電極数を増やして独立成分分析などの信号処理を行なう必要も出てくる。ラムダ反応は、自由に眼球を動かせる状態で計測でき、刺激の提示や反応を課す必要がない点で、ドライバの負担計測などへの応用を想定すると有効な指標であると考えられる。ただし、本実験で用いたようなサッカードが生じない条件では計測ができず、知覚・中枢系の課題による負担も評価できないので、評価指標として用いる際には評価タスクの内容を事前に吟味する必要がある。今回の実験では、ヒューマンコンピュータインタラクションにおけるユーザの情報処理の負担をリアルタイムに定量評価する指標として、眼球停留関連電位のラムダ反応と聴覚P300という2種類の事象関連電位を比較した。その結果、両指標は精神作業負荷の影響を受けてピーク振幅が低減し、評価指標として有効であることが示された。また、知覚・運動系と知覚・中枢系の異なる精神作業負荷によってラムダ反応と聴覚P300の反応が異なったので、両指標は同じ反応特性ではないことが明らかになった。ラムダ反応は知覚・運動系の評価指標であり、聴覚P300は知覚・運動系と知覚・中枢系の評価指標であると言える。このような各指標の特性を利用すれば、ラムダ反応と聴覚P300を同時計測することで、ユーザにどのような種類の負荷がかかっているのかを特定することができる。たとえば、聴覚P300のみを指標として用いた場合には、知覚・運動系と知覚・中枢系の負荷を弁別できないが、ラムダ反応も同時計測することによって、知覚・中枢系の負荷を分離して評価することができる。
【0049】
[第1の実施の形態]
上記検証実験で得られた知見は以下の通り。
(1)知覚・運動系の精神作業負荷が増加するとラムダ反応のピーク振幅が低減するが、知覚・中枢系の精神作業負荷が増加してもラムダ反応のピーク振幅は低減しない。
(2)知覚・運動系又は知覚・中枢系の精神作業負荷が増加すると、聴覚P300のピーク振幅が低減する。
【0050】
以下に詳述する本発明の第1の実施の形態は上記知見に基づくものである。図8は、この発明の第1の実施の形態による精神作業負荷検出装置を搭載した自動二輪車の全体構成を示す側面図である。
【0051】
図8を参照して、この自動二輪車1には、精神作業負荷検出装置40と、車載通信機20と、車載情報機器50と、運転者が着用するヘルメット15Aに装備されるヘルメット側無線通信機30Aと、同乗者が着用するヘルメット15Bに装備されるヘルメット側無線通信機30Bとが搭載される。
【0052】
自動二輪車1は、車体フレーム2と、この車体フレーム2に対して上下に揺動可能に取り付けられた動力ユニット3と、この動力ユニット3からの駆動力を得て回転する後輪4と、車体フレーム2の前部にフロントフォーク5を介して取り付けられた操向車輪としての前輪6と、フロントフォーク5と一体的に回動するハンドル7とを備えている。ハンドル7には、メイン電源スイッチ28が備えられている。
【0053】
動力ユニット3は、車体フレーム2の中央付近の下部に揺動自在に連結されているとともに、車体フレーム2の後部に対しては、リアサスペンションユニット8を介して弾性的に結合されている。車体フレーム2の中央付近の上部には、運転者用のシート9が配置され、さらにその後方には同乗者用のシート10が配置されている。車体フレーム2において、シート9とハンドル7との間の位置には、運転者が足を置く運転者用ステップ11が設けられている。また、運転者用のシート9の下方には、車体フレーム2の両側に、同乗者が足を置くためのステップ12が設けられている。運転者及び同乗者の乗車状態を検出するために、シート9,10には、それぞれ、運転席着座センサ13及び同乗者席着座センサ14が設けられている。
【0054】
車載通信機20は、同乗者用のシート10の下方位置において、車体フレーム2に固定されている。この車載通信機20は、同乗者用のシート10の後方において車体フレーム2に固定されたアンテナ21と接続されており、ヘルメット側無線通信機30A,30Bとの間で無線通信を行う。車載情報機器50は、ハンドル7に固定されており、さらに、車載通信機20と配線接続されている。車載情報機器50の例としては、走行経路の音声案内を行うナビゲーションシステム、音楽プレイヤ、ラジオ、携帯電話機の通話音声を中継する電話音声中継装置などを挙げることができる。車載通信機20及び車載情報機器50は、車載バッテリ29からの給電を受けて動作するようになっている。
【0055】
ヘルメット15A,15Bの内面において、乗員の左右の耳元に対向する位置には、一対のスピーカ31が固定されており、乗員の口元に対向する位置にはマイクロフォン33が固定されている。一方、帽体の背面には、ヘルメット側無線通信機30A,30Bが固定されている。このヘルメット側無線通信機30A,30Bは、アンテナ36を備え、スピーカ31及びマイクロフォン33と接続される。
【0056】
図9を参照して、精神作業負荷検出装置40は、機器41を操作するユーザである運転手39の脳波を検知して眼球停留関連電位及び事象関連電位を計測し、運転手39に係る知覚・運動系及び知覚・中枢系の負荷を推定する。
【0057】
具体的には、精神作業負荷検出装置40は、機器41と、脳波検知部42と、眼球停留関連電位計測部43と、事象関連電位計測部44と、スピーカ45と、聴覚P300データベース46と、ラムダ反応データベース47と、聴覚P300比較部48と、ラムダ反応比較部49と、精神作業負荷推定部60とを備える。ここで、眼球停留関連電位計測部43、事象関連電位計測部44、聴覚P300比較部48、ラムダ反応比較部49、及び精神作業負荷推定部60は、後述する精神作業負荷検出プログラムをコンピュータにインストールすることにより、ハードウェア資源により実現されるものである。
【0058】
機器41は、自動二輪車1固有の機器(メータパネル、ハンドル、アクセル、ブレーキ、シフトなど)及び車載情報機器50である。運転手39は、他の車両、歩行者、標識などの道路環境やメータパネルに注意しながら、ハンドル、アクセル、ブレーキ、シフトなどを操作して自動二輪車1を操縦する。運転手39はこのような基本操作を行いながら、車載情報機器50を見て操作する場合がある。
【0059】
脳波検知部42は、運転手39の脳波を検知する。そのために、センサ電極が運転手39の後頭部(Oz)及び頭頂部(Pz)に装着される。
【0060】
眼球停留関連電位計測部43は、サッカード検出部51と、サッカードトリガ発生部52と、ラムダ反応検出部53とを含み、脳波検知部42により検知される脳波を解析して眼球停留関連電位を計測する。サッカード検出部51は、眼電位(EOG)などに基づいて運転手39のサッカードを検出する。サッカードトリガ発生部52は、サッカード検出部51により検出されたサッカードの終了時点で、ラムダ反応を検出するためのトリガを発生する。ラムダ反応検出部53は、サッカードトリガ発生部52により発生されたトリガに応じてサッカードの終了時点から約100ms経過後に、眼球停留関連電位からラムダ反応を検出する。つまり、眼球停留関連電位計測部43は、脳波検知部42により検知される脳波を解析して知覚・運動系の精神作業負荷に関連するラムダ反応を時系列的に検出する。
【0061】
事象関連電位計測部44は、イベントトリガ発生部54と、聴覚P300検出部55とを含み、スピーカ45から運転手39に与えられる音(イベント)に応じ、脳波検知部42により検知される脳波を解析して事象関連電位を計測する。イベントトリガ発生部54は、スピーカ45に音を発生させかつ聴覚P300を検出するためのトリガをランダムに発生する。たとえば上記オドボール課題に従ってトリガを発生してもよいが、車載情報機器50が音を発生するタイミングでトリガを発生してもよい。スピーカ45は、イベントトリガ発生部54により発生されたトリガに応じて音を発生し、運転手39に伝える。スピーカ45には、ヘルメット15A,15Bに内蔵のスピーカ31を兼用してもよい。聴覚P300検出部55は、イベントトリガ発生部54により発生されたトリガに応じて音の終了時点から約300ms経過後に、事象関連電位から聴覚P300を検出する。つまり、事象関連電位計測部44は、脳波検知部42により検知される脳波を解析して知覚・運動系及び知覚・中枢系の精神作業負荷に関連する聴覚P300を時系列的に検出する。
【0062】
ラムダ反応データベース47は、ラムダ反応検出部53により検出されるラムダ反応のデータを時系列的に記憶する。聴覚P300データベース46は、聴覚P300検出部55により検出される聴覚P300のデータを時系列的に記憶する。
【0063】
ラムダ反応比較部49は、ラムダ反応データベース47からラムダ反応のデータを時系列的に読み出し、現在検出されているラムダ反応を以前に検出されたラムダ反応と比較し、ラムダ反応が低減しているか否かを判定する。聴覚P300比較部48は、聴覚P300データベース46から聴覚P300のデータを時系列的に読み出し、現在検出されている聴覚P300を以前に検出された聴覚P300と比較し、聴覚P300が低減しているか否かを判定する。
【0064】
精神作業負荷推定部60は、ラムダ反応比較部49及び聴覚P300比較部48による判定結果に応じて運転手39に係る精神作業の種類及び負荷を推定する。具体的には、知覚・運動系の精神作業負荷が増加しているのか、知覚・中枢系の精神作業負荷が増加しているのか、あるいはいずれの精神作業負荷も増加していないのかを判定する。
【0065】
機器41は、操作入力部56と、応答内容決定部57と、機器反応部58とを含む。操作入力部56は、運転手39の操作を受け付けるもので、具体的には、自動二輪車1のハンドル、アクセル、ブレーキ、シフト、車載情報機器50の操作ボタン又はパネル、音声認識対応のナビゲーションシステムの場合はマイクロフォン33などである。本例では、聴覚P300検出部55は、この操作入力部56により受け付けられる操作に応じて聴覚P300を検出するが、操作入力部56から聴覚P300検出部55への入力はなくてもよい。聴覚P300検出部55は、イベントトリガ発生部54により生成されるトリガに応じて聴覚P300を検出できるからである。応答内容決定部57は、精神作業負荷推定部60により推定された精神作業の種類及び負荷に応じて機器41が提示すべき情報の内容又はタイミングを決定したり、運転手39が操作する機器41の動作モードを決定したりする。機器反応部58は、応答内容決定部57により決定された内容又はタイミングで情報を運転手39に提示したり、応答内容決定部57により決定された動作モードに機器41を設定したりする。
【0066】
図10は、精神作業負荷検出装置40の各機能をコンピュータに実現させるための精神作業負荷検出プログラム等を示すフロー図である。以下、図10を参照して、自動二輪車1に備えられた精神作業負荷検出装置40の動作を説明する。
【0067】
脳波検知部42は、運転手39の脳波を検知する(S10)。サッカード検出部51は運転手39のサッカードを検出し(S11)、サッカードが発生した場合(S11でYES)、サッカードトリガ発生部52はトリガを発生する。ラムダ反応検出部53は、そのトリガに応じて、脳波に含まれる眼球停留関連電位の中から、サッカード終了時点から約100ms経過後に現れるラムダ反応を検出し(S12)、そのデータを時系列的にラムダ反応データベース47に保存する。ラムダ反応比較部49は、ラムダ反応を加算し、その平均を算出する(S13)。
【0068】
上記と並行して、イベントトリガ発生部54はトリガを発生し、スピーカ45はそのトリガに応じて音を発生する(S14)。操作入力部56が運転手39の操作を受け付けた場合(S15でYES)、聴覚P300検出部55は、イベントトリガ発生部54からのトリガに応じて、脳波に含まれる事象関連電位の中から、音の発生(イベントの提示)時点から約300ms経過後に現れる聴覚P300を検出し(S16)、そのデータを時系列的に聴覚P300データベース46に保存する。聴覚P300比較部48は、聴覚P300を加算し、その平均を算出する(S17)。
【0069】
次に、ラムダ反応比較部49は、現在検出されているラムダ反応のピーク振幅の平均値を、以前に検出されたラムダ反応のピーク振幅の平均値と比較し、ラムダ反応のピーク振幅の平均値が低減しているか否かを判定する(S18)。聴覚P300比較部48は、現在検出されている聴覚P300のピーク振幅の平均値を、以前に検出された聴覚P300のピーク振幅の平均値と比較し、聴覚P300のピーク振幅の平均値が低減しているか否かを判定する(S18)。続いて、精神作業負荷推定部60は、ラムダ反応比較部49及び聴覚P300比較部48による判定結果に応じて、知覚・運動系の精神作業負荷が増加しているのか、知覚・中枢系の精神作業負荷が増加しているのか、あるいはいずれの精神作業負荷も増加していないのかを推定する(S19)。続いて、応答内容決定部57は、精神作業負荷推定部60による推定結果に応じて、機器41が提示すべき情報の内容又はタイミング、及び運転手39が操作する機器41の動作モードを決定する(S20)。続いて、機器反応部58は、応答内容決定部57により決定された内容又はタイミングで情報を運転手39に提示し、かつ、応答内容決定部57により決定された動作モードに機器41を設定する(S21)。終了コマンドが入力されない限り、上記ステップS10〜S21が繰り返される。
【0070】
図11に、上記比較のステップS18から機器反応のステップS21までの詳細を示す。図11を参照して、ラムダ反応の平均ピーク振幅が算出され(S31)、かつ、聴覚P300の平均ピーク振幅が算出される(S32)。
【0071】
続いて、聴覚P300の平均ピーク振幅が低減していない場合(S33でNO)、知覚・運動系及び知覚・中枢系のいずれの精神作業負荷も低いと判定される(S34)。この場合、機器41は精神作業負荷の高い情報及び動作モードに設定される(S35)。具体的には、車載情報機器50は、安全情報だけでなく、音楽や周辺施設等の娯楽情報も提示するように設定され、かつ、自動二輪車1は習熟者用のスポーツモードに設定される。スポーツモードは、通常モードよりも高い出力を得ることができる。
【0072】
一方、聴覚P300の平均ピーク振幅が低減している場合において(S33でYES)、ラムダ反応の平均ピーク振幅が低減していないとき(S36でNO)、知覚・中枢系の精神作業負荷は高いと判定されるが、知覚・運動系の作業負荷は低いと判定される(S37)。この場合、機器41は精神作業負荷の低い情報に設定されるが、精神作業負荷の高い動作モードに設定される(S38)。具体的には、車載情報機器50は、安全情報だけを提示するように設定されるが、自動二輪車1は習熟者用のスポーツモードに設定される。
【0073】
また、聴覚P300の平均ピーク振幅が低減している場合において(S33でYES)、ラムダ反応の平均ピーク振幅も低減しているとき(S36でYES)、知覚・運動系及び知覚・中枢系のいずれの精神作業負荷も高いと判定される(S39)。この場合、機器41は精神作業負荷の低い情報及び動作モードに設定される(S40)。具体的には、車載情報機器50は、安全情報だけを提示するように設定され、かつ、自動二輪車1は初心者用の通常モードに設定される。
【0074】
続いて、上記設定された情報及び負荷の高低はデータベース46,47に記録される(S41)。そして、設定された情報及び動作モードで機器41は反応する(S42)。終了コマンドが入力されない限り、上記ステップS31〜S43が繰り返される。
【0075】
上記第1の実施の形態によれば、人間の脳波に含まれる眼球停留関連電位から知覚・運動系の精神作業負荷に関連するラムダ反応を検出すると同時に、事象関連電位から知覚・運動系及び知覚・中枢系の精神作業負荷に関連する聴覚P300を検出しているので、ラムダ反応が低減したか否か、聴覚P300が低減したか否かに応じて、知覚・運動系の精神作業負荷と知覚・中枢系の精神作業負荷とを区別して推定することができる。
【0076】
加えて、知覚・運動系及び知覚・中枢系のいずれの精神作業負荷も低い場合、機器41は精神作業負荷の高い情報及び動作モードに設定され、知覚・中枢系の精神作業負荷は高いが、知覚・運動系の作業負荷は低い場合、機器41は精神作業負荷の低い情報に設定されるが、精神作業負荷の高い動作モードに設定され、知覚・運動系及び知覚・中枢系のいずれも高い場合、精神作業負荷の低い情報及び動作モードに設定されるので、適切な内容又は適切なタイミングで人間に情報を提示することができ、かつ、人間は適切な動作モードで機器41を操作することができる。
【0077】
上記第1の実施の形態はスピーカ45で音を発生し、聴覚的な刺激を運転手39に与えるようにしているが、これに代えて、ディスプレイに画像を表示したり、発光ダイオードで光を発生したりして、視覚的な刺激を運転手39に与えるようにしてもよく、要は、人間の五感を通じて認識可能な刺激を与えるようにすればよい。
【0078】
[第2の実施の形態]
上記第1の実施の形態はスピーカ45などを設け、運転手39に感覚的な刺激を与え、この刺激に応じて事象関連電位を計測するようにしているが、このような刺激を与える手段を設ける代わりに、図12に示すように、操作入力部56で運転手39の操作を受け付け、この操作に応じて事象関連電位(以下、「入力操作関連電位」という。)を計測するようにしてもよい。この場合、図9に示した聴覚P300検出部55の代わりに入力操作関連電位検出部62を設け、図9に示した聴覚P300データベース46の代わりに入力操作関連電位データベース63を設け、図9に示した聴覚P300比較部48の代わりに入力操作関連電位比較部64を設ければよい。検出部62、データベース63及び比較部64の各機能は、図9に示したものと基本的に同じである。
【0079】
また、上記第1及び第2の実施の形態はいずれも精神作業負荷検出装置40を自動二輪車1に搭載した例であるが、自動二輪車に限定されることなく、自動車その他の車両に搭載してもよい。また、車両に限定されることなく、船舶その他の乗り物に搭載してもよく、また、テレビ、ビデオレコーダ、携帯電話機、パソコンその他の情報機器に搭載してもよい。また、応答内容決定部57や機器反応部58を設けないで、精神作業負荷検出装置を単に精神作業負荷の評価装置として使用してもよい。
【0080】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の検証実験で用いたトラッキング課題を説明するためのディスプレイの正面図である。
【図2】サッケード及び脳波に含まれる眼球停留関連電位を示すグラフである。
【図3】標的事象(ターゲットイベント)及び脳波に含まれる事象関連電位を示すグラフである。
【図4】本発明の検証実験で眼球停留関連電位から検出されたラムダ反応を示すグラフである。
【図5】精神作業負荷の各条件におけるラムダ反応のピーク振幅の平均値及び標準偏差を示すグラフである。
【図6】本発明の検証実験で事象関連電位から検出された聴覚P300を示すグラフである。
【図7】精神作業負荷の各条件における頂角P300のピーク振幅の平均値及び標準偏差を示すグラフである。
【図8】本発明の実施の形態による精神作業負荷検出装置を搭載した自動二輪車の構成を示す側面図である。
【図9】本発明の第1の実施の形態による精神作業負荷検出装置の構成を示す機能ブロック図である。
【図10】図9に示した精神作業負荷検出装置を制御するプログラム又はその動作を示すフロー図である。
【図11】図10中の比較から応答内容決定までの詳細を示すフロー図である。
【図12】本発明の第2の実施の形態による精神作業負荷検出装置の構成を示す機能ブロック図である。
【符号の説明】
【0082】
1 自動二輪車
31,45 スピーカ
39 運転手
40 精神作業負荷検出装置
41 機器
42 脳波検知部
43 眼球停留関連電位計測部
44 事象関連電位計測部
46 聴覚P300データベース
47 ラムダ反応データベース
48 聴覚P300比較部
49 ラムダ反応比較部
50 車載情報機器
51 サッカード検出部
52 サッカードトリガ発生部
53 ラムダ反応検出部
54 イベントトリガ発生部
55 聴覚P300検出部
56 操作入力部
57 応答内容決定部
58 機器反応部
60 精神作業負荷推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人間の脳波を検知する脳波検知手段と、
前記脳波検知手段により検知される脳波を解析して第1の精神作業負荷に関連する第1の生体反応を時系列的に検出する第1の生体反応検出手段と、
前記脳波検知手段により検知される脳波を解析して前記第1の精神作業負荷と質的に異なる第2の精神作業負荷に関連する第2の生体反応を時系列的に検出する第2の生体反応検出手段と、
前記第1の生体反応検出手段により検出される第1の生体反応が時系列的に変化したか否かを判定する第1の生体反応比較手段と、
前記第2の生体反応検出手段により検出される第2の生体反応が時系列的に変化したか否かを判定する第2の生体反応比較手段と、
前記第1及び第2の生体反応比較手段による判定結果に応じて前記人間に係る精神作業の種類及び負荷を推定する精神作業負荷推定手段とを備えたことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の精神作業負荷検出装置であってさらに、
前記人間に感覚的な刺激を付与する感覚刺激手段を備え、
前記第1の生体反応検出手段は、眼球停留関連電位を計測する眼球停留関連電位計測手段を含み、
前記第2の生体反応検出手段は、前記感覚刺激手段により付与される刺激に応じて事象関連電位を計測する事象関連電位計測手段を含む、ことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項3】
請求項2に記載の精神作業負荷検出装置であって、
前記感覚刺激手段により付与される刺激は聴覚的な刺激であり、
前記眼球停留関連電位計測手段は、
前記人間のサッカードを検出するサッカード検出手段と、
前記サッカード検出手段により検出されたサッカードに応じて前記第1の生体反応としてラムダ反応を検出するラムダ反応検出手段とを含み、
前記事象関連電位計測手段は、
前記感覚刺激手段により付与される聴覚的な刺激に応じて前記第2の生体反応として聴覚P300を検出する聴覚P300検出手段を含む、ことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項4】
請求項3に記載の精神作業負荷検出装置であって、
前記第1の生体反応比較手段は、前記ラムダ反応検出手段により検出されるラムダ反応が低減したか否かを判定するラムダ反応比較手段を含み、
前記第2の生体反応比較手段は、前記聴覚P300検出手段により検出される聴覚P300が低減したか否かを判定する聴覚P300比較手段を含み、
前記精神作業負荷推定手段は、
前記聴覚P300比較手段により聴覚P300が低減したと判定され、かつ、前記ラムダ反応比較手段によりラムダ反応が低減したと判定された場合、知覚・運動系及び知覚・中枢系の精神作業負荷が増加したと判定する手段と、
前記聴覚P300比較手段により聴覚P300が低減したと判定され、かつ、前記ラムダ反応比較手段によりラムダ反応が低減していないと判定された場合、知覚・中枢系の精神作業負荷が増加したと判定する手段とを含む、ことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項5】
請求項1に記載の精神作業負荷検出装置であってさらに、
前記人間の操作を受け付ける操作入力手段を備え、
前記第1の生体反応検出手段は、眼球停留関連電位を計測する眼球停留関連電位計測出手段を含み、
前記第2の生体反応検出手段は、前記操作入力手段により受け付けられる操作に応じて事象関連電位を計測する事象関連電位計測手段を含む、ことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の精神作業負荷検出装置であってさらに、
前記精神作業負荷推定手段により推定された精神作業の種類及び負荷に応じて、前記人間が知覚する機器が提示すべき情報の内容又はタイミングを決定する応答内容決定手段と、
前記応答内容決定手段により決定された内容又はタイミングで前記情報を前記人間に提示する機器反応手段とを備えたことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の精神作業負荷検出装置であってさらに、
前記精神作業負荷推定手段により推定された精神作業の種類及び負荷に応じて、前記人間が操作する機器の動作モードを決定する応答内容決定手段と、
前記応答内容決定手段により決定された動作モードに前記機器を設定する機器反応手段とを備えたことを特徴とする精神作業負荷検出装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の精神作業負荷検出装置を備えた自動二輪車。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−297129(P2009−297129A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152641(P2008−152641)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.発行者名 特定非営利活動法人ヒューマンインタフェース学会 2.刊行物名、巻数、号数 ヒューマンインタフェース学会誌 第10巻 第2号 3.発行日 平成20年5月25日
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【出願人】(503092180)学校法人関西学院 (71)
【Fターム(参考)】