細胞のモニター方法およびモニター装置
【課題】 タイムラプス観察による細胞等の変化の観察を円滑化することができ、また、遺伝子導入や染色を施さない生きたままの心筋細胞についてその面積を容易に算出し数値化することも可能な、細胞のモニター方法およびモニター装置を提供する。
【解決手段】 培養容器31中の細胞をモニターするために、以下のような装置とする。すなわち、細胞を含む培養容器31中の細胞または細胞集団を撮像手段10が一定時間ごとに撮像し、コンピュータが、特定箇所(細胞中の同一の箇所)につき相前後して撮像された画像を比較したうえ、それら画像間の揺れ(ズレ)を検出し、検出した揺れを補正したうえで各画像を表示する。培養容器31は動かさないこととし、上記の撮像手段10を移動手段20によって3次元に移動させる。
【解決手段】 培養容器31中の細胞をモニターするために、以下のような装置とする。すなわち、細胞を含む培養容器31中の細胞または細胞集団を撮像手段10が一定時間ごとに撮像し、コンピュータが、特定箇所(細胞中の同一の箇所)につき相前後して撮像された画像を比較したうえ、それら画像間の揺れ(ズレ)を検出し、検出した揺れを補正したうえで各画像を表示する。培養容器31は動かさないこととし、上記の撮像手段10を移動手段20によって3次元に移動させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
請求項に係る発明は、培養容器中にある細胞をモニターする(すなわち、系時的に観察したり画像データや面積等の数値データを残したりする)ための方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マルチウェルプレート等の培養容器中にある細胞について培養状況を観察する作業は、一般に容易なものではない。細胞を長期間にわたって観察し、そのデータを保存することは、根気や正確さ等について観察者に相当の労力を強いるからである。時間をおいて特定箇所を撮像した複数の画像から細胞等の時間的変化を知ることも、必ずしも容易には行えない。
【0003】
また、培養容器中の生きた心筋細胞を長期間にわたって観察し、心筋細胞の拍動するコロニー(いわゆるビーティング域)について面積を算出し記録することも容易ではない。
心筋細胞(ビーティング域)について面積を算出する処理は、従来、生きたままの細胞に関しては、心筋特異的プロモーター下に蛍光遺伝子を導入したES細胞を心筋に分化誘導したものや、心筋特異的なタンパク質のみが光るトランスジェニックマウス由来の心筋細胞などを用い、蛍光顕微鏡下にて蛍光面積を測定することにより行っている。また、死んだ細胞に関しては、細胞をパラホルムアルデヒド等で固定(死滅させた)後、細胞に穴を開ける処理をして細胞内の心筋特異的タンパク質を抗体法にて染色することにより心筋の面積を測定する方法で実施している。つまり、生きたままの状態で系時的に変化する心筋細胞の面積を測定するには、遺伝子導入した細胞を使用するしかなかった。
【0004】
なお、培養容器中の細胞の密度を検出するための装置については、下記の特許文献1に記載がある。
【特許文献1】特開2005−192485号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
長期間にわたっての細胞等の観察を容易にするために、近年、培養容器中の細胞等を一定時間ごとに自動的に撮像してその画像データを自動的に保存等するモニター装置が種々開発されている。
しかし、細胞等についてタイムラプス観察(すなわち、一定時間おきに同一箇所を撮像し、撮像箇所の時間的変化をみる観察)をする場合、モニター装置を使用しても円滑な観察が行えないことも多い。顕微鏡等の撮像手段と培養容器との間に位置的なズレが生じ得る場合、時間をおいて撮像した画像間に揺れが生じ、各画像を連続的に表示しても画像枠自体が変位して細胞の画像が円滑にはつながらないからである。それは、たとえば複数の紙で作ったアニメーション(ぱらぱら漫画)において、各紙の位置がズレているために絵の全域が揺れてしまうのと同じである。大きな撮像倍率で細胞等を観察する場合の影響は顕著で、モニター装置の横を人が歩くだけで画像間に大きな揺れが発生し、細胞の真の変化が観察しがたくなることもある。そうした不都合を防止するためには、モニター装置の精度や剛性を高めるほか、防振台を使用したり設置部分の床を強固にしたりするなど、かなりのコストが必要になる。
【0006】
一方、生きた心筋細胞(ビーティング域)の面積を算出するための従来の方法、つまり蛍光遺伝子を導入した心筋細胞等を用いて蛍光面積を測定する方法にも、つぎのような課題がある。すなわち、
・ 拍動するコロニーをカウントするには目視に頼るしかなく、観察者の主観性を排除することが難しい。したがって、データの確認をするにも観察時に複数の観察者が観察するしかなかった。
・ デジタルカメラ等で電子記録を保存するにしても、どのコロニーを選ぶかは観察者の主観に頼るしかない。そのため、真に客観的なデータを採取するには網羅的な撮影をするしかなく、非常に膨大な労力を必要とした。
・ 生きたままの通常の細胞を対象とするのではないため、遺伝子導入による副次的効果を考慮しなければならない。
【0007】
なお、上記した特許文献1に記載の装置は、培養容器中にある多数の細胞について密度検出をするためのものであり、細胞等の変化をタイムラプス観察する際の不都合を解消するものでも、心筋細胞など特定の細胞を特定してその面積を求めるといった処理を簡単化できるものでもない。
【0008】
本件出願に係る発明は、以上の点を考慮して完成したもので、タイムラプス観察による細胞等の変化の観察を円滑化することができ、また、遺伝子導入や染色を施さない生きたままの心筋細胞についてその面積を容易に算出し数値化することも可能な、細胞のモニター方法およびモニター装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項に係る発明は、培養容器中の細胞をモニターする方法であって、培養容器中の細胞または細胞集団を一定時間ごとに撮像し、特定箇所(細胞または細胞集団における同一の箇所)につき相前後して撮像された画像を比較したうえ、それら画像間の揺れ(ズレ)を検出し、検出した揺れを補正したうえで各画像を表示することを特徴とする。
この方法によれば、特定箇所につき相前後して撮像された画像間に仮に振動等に起因して揺れが生じた場合でも補正によってその揺れをなくすため、タイムラプス観察により細胞等の真の変化(または真の移動)がきわめて観察しやすくなる。それは、アニメーションにたとえて下記のように説明できる。
少しずつ変化させて描いた一連の絵を複数の紙に描いて連続的に示すいわゆる「ぱらぱら漫画」では、相前後する2枚の絵における差異(変化領域)のみが動いているように見える。しかし、もし製本時等に紙を上下左右にズレた状態で綴じてしまうと、画面全体が動いているように見えてしまう。その点、製本の段階でそれぞれの絵の位置を補正しておけば、そのような不都合が生じない。上に示したモニター方法にしたがって画像間の揺れを検出しそれを補正したうえで画像を表示することは、製本時に各絵のズレを知ってその位置を補正したうえ各紙を綴じることに相当するので、細胞等の真の変化のみが観察されるわけである。
このモニター方法によれば、振動等に起因して画像間に揺れが生じても差し支えないため、モニター装置そのものやその設置場所等について振動防止のための格別なコストをかける必要がなくなる。
【0010】
上記のモニター方法は、所定の細胞または細胞集団について時間差のある複数の画像を撮像手段(レンズやカメラ等で構成されるもの)が撮像し、当該複数の画像について入力を受けたコンピュータ(の画像位置変更手段)が、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位(撮像時期ごとに生じた相対変位)に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の(画像相互間の)位置(XY座標)を変更するという手順によって実施するとよい。
そのようにすれば、撮像手段およびコンピュータの作用により、細胞等の特定箇所について一定時間ごとに撮像した複数の画像であって上記の揺れを補正したものを自動的に、かつデジタルで集めることができる。コンピュータが、そうした複数の画像をムービー等として表示手段(ディスプレイ)に連続的に表示させると、細胞等の真の変化(移動を含む)が、観察されやすい状態に正確に表示される。補正した画像を当該コンピュータ等の記憶手段に保存することも、当然ながら有意義である。
【0011】
上記のコンピュータが、後に撮像された画像(時間差のある画像のうち後のもの)を、座標(XY座標)をずらすことによって平面内で移動させ、先に撮像された画像に対する相同性の最も高い箇所でその座標を固定することにより、上記した揺れの演算および画像位置の変更を行う、という手順をとるなら、とくに好ましいモニタリングを行える。
これにはたとえば、前後に撮像された各画像の特徴量を抽出し、一方の(後の)画像を他方の(先の)画像に対して移動させながら、それら画像間での不一致の画素数を算出し、当該不一致の画素数が最小となる位置で移動を停止し画像を固定する(具体的には、エッジの法線方向の情報を取得し形状を認識した後にパターンマッチングをする)、という手法を採用することができる。
上のようにモニタリングを行うなら、各画像の全体から判断される最も確からしい量および方向の画像位置補正が可能である。建造物等の定着物を撮像範囲に含む一般の写真やビデオ撮影とは違って、細胞等のモニタリングには不動の固定点が撮像され得ないため、このような手順をとるのが好ましい。
【0012】
さらに、培養容器中の細胞または細胞集団が心筋細胞を含み、上記のコンピュータ(の画像抽出手段)が、位置を変更された上記複数の画像を比較して画像間での変化領域を抽出することにより、心筋細胞のビーティング域を画像上で特定し他の細胞から区別してモニターする、というモニター方法も有意義である。
一定時間ごとに撮像して得た細胞または細胞集団の画像を比較すると、拍動する心筋細胞の部分(ビーティング域)をそれ以外の細胞から区別することが可能である。位置の変更(揺れの補正)によって細胞の真の変化が把握されやすくなった画像を比較するなら、その区別はとくに高い客観性をもって行えるうえ、当該区別によって観察範囲を狭く特定することができる。そのため、上記により区別したうえで心筋細胞(ビーティング域)の部分のみをモニターするなら、少ない労力で客観的なモニタリングを行える。遺伝子導入や染色を施さない、生きたままの心筋細胞について観察できるという顕著なメリットもともなう。撮像手段およびコンピュータの作用により、観察記録を自動的に、時間軸上の複数の地点(タイムラプス)で網羅的に、かつデジタルで保存できる、というメリットもある。
なお、このように網羅的なデジタル記録を大量に保存・確保できることは、以下のような場合に優れた効果を発揮するものと期待される。たとえば、研究者がある実験系で思いもよらぬ現象に気づいたとする。それで、これまでの実験を別の角度から眺め直し、網羅的なデジタル記録ライブラリーから過去の実験データを抽出・比較することで、この思いもよらぬ現象が、過去の実験で見落としていただけなのか、頻度は少ないが確かにこのようなことが起きていたのか、全くこの現象はおきていなかったのかを判断することができる。このような場合、膨大な記録ライブラリーからデータを抽出し判断することにより、的確な実験系の組み立ておよび実験の省力化に有効な道具としての働きを発揮するものと考えられる。
【0013】
上記培養容器における撮像範囲を当該範囲に重なりがあるように移動させることとし、移動の前後に上記の細胞または細胞集団を撮像手段が撮像し、それら撮像画像について入力を受けた画像結合手段が移動の前後の画像をつなぎ合わせて結合画像を作成し(つまりいわゆるタイリングをし)、作成された結合画像を上記複数の画像(つまり、時間差のある複数の画像)の各々として上記のコンピュータ(画像位置変更手段)が入力を受ける、という手順をとるのもよい。
そのようにすれば、観察等すべき細胞または細胞集団が撮像手段による単一の撮像範囲内に収まらない場合にも、当該細胞等のモニタリングを適切に行える。撮像範囲を適切に移動し、移動の前後に撮像手段が細胞または細胞集団を撮像したうえ、それらの撮像画像を画像結合手段がつなぎ合わせて結合画像を作成するからである。観察等すべき細胞等がこうして結合画像中に収まるようになれば、その結合画像について上記のコンピュータが上述の手順を実施することにより、細胞等の真の変化を観察するなど、必要なモニタリングがさらに円滑に行える。
【0014】
請求項に係る細胞のモニター装置は、培養容器中の細胞をモニターするための装置であって、培養容器中の細胞または細胞集団を時間間隔をおいて撮像する撮像手段と、時間差のある複数の画像について撮像手段より入力を受け、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の位置(XY座標)を変更するコンピュータ(画像位置変更手段)とを含むことを特徴とする。
このようなモニター装置を用いれば、上述した各モニター方法を円滑に実施することができ、上述の作用効果がもたらされる。
なお、このモニター装置には、さらに、
・ 画像位置の補正を適切に行うために、各画像の特徴量抽出手段や、特徴量抽出をした画像を比較して画像間の不一致画素数を求める算出手段を付属させたり、
・ 観察等すべき細胞等を単一の結合画像中に収めるために、上記撮像手段と培養容器との間に相対移動をもたらす移動手段と、移動の前後に撮像手段が撮像した画像について入力を受けたうえ、移動の前後の画像をつなぎ合わせて結合画像を作成(タイリング)する画像結合手段とを設けたり
するのも好ましい。
【0015】
発明のモニター装置はとくに、上記の撮像手段と培養容器との間に相対移動をもたらす移動手段を有し、当該移動手段が、培養容器を動かすことなく、上記の撮像手段を3次元(すなわち、水平面に沿ったX方向とY方向とのほかに鉛直方向であるZ方向を含む各方向)に移動するものであれば、さらに好ましい。
培養容器を動かさないことにより、同容器中の細胞や細胞集団が無用に変位・変形することがないので、培養中の細胞等の観察を適切に行うことができる。請求項に係る発明では、培養中の細胞等の真の変化を画像から正確に把握しようとするものであるから、培養容器の移動によって細胞等の位置や形状・姿勢等が変化すると目的の達成は困難になる。画像位置を変更して画像間の揺れを補正しても、撮像対象である細胞等そのものが上のように変化してしまうと、円滑かつ正確な観察は行えない。そのため、移動手段が培養容器ではなく撮像手段を移動させることには、この装置においてきわめて重要な意義があるといえる。
なお、撮像手段のその移動が、水平面に沿った2次元のものでなく鉛直方向を含む3次元のものであれば、培養容器中で細胞等が鉛直に盛り上がっている場合にも、その細胞等のうち最も観察したい部分に焦点を合わせた適切なモニタリングが実施できる。
【発明の効果】
【0016】
発明のモニター方法によれば、タイムラプス観察により、細胞等の真の変化がきわめて円滑に観察されるようになる。モニター装置そのものやその設置場所等について振動等の防止のための格別なコストをかける必要がないという利点もある。
また、心筋細胞について、遺伝子導入や染色などの特別な操作を必要とせず、生きたままの状態で、細胞を全く侵襲することなく、系時的な観察を行うことも可能になる。
撮像範囲を適切に移動するとともにコンピュータに適切に画像処理を行わせるなら、観察等すべき心筋細胞が撮像手段による単一の撮像範囲内に収まらない場合にも適切なモニタリングが行える。
【0017】
発明のモニター装置によれば、上記のモニター方法を円滑に実施することができ、上述の効果を得ることができる。
移動手段が、培養容器を動かすことなく撮像手段を3次元に移動するようにすれば、培養中の細胞等の観察をとくに適切に行えるほか、細胞等が鉛直に盛り上がっている場合にも適切なモニタリングが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
発明の実施についての一形態を図1〜図11に示す。図1は、モニター装置の概略構成を示す正面図であり、図2は、そのモニター装置で使用する培養容器を示す平面図に、同容器中の撮像範囲(観察視野範囲)の移動態様を示す模式図(拡大引出し図)を併記したものである。図3〜図9のそれぞれは、モニター装置における撮像画像、またはコンピュータによる処理が加えられた画像を示す図(顕微鏡写真)である。また、図10および図11は、撮像画像のズレ補正とそれによる画像表示とをそれぞれ示す概念図である。
【0019】
図1に示すモニター装置は、培養容器31(図2参照)中の細胞または細胞集団を、撮像手段10によって顕微鏡観察することを基本機能とするものである。同装置は、図示のように固定フレーム1と移動フレーム3、ならびに撮像手段10および移動手段20等により構成している。移動手段20であるXステージ21・Yステージ22・Zステージ23の上に撮像手段10を組み付け、培養容器31を含むたとえばマルチウェルプレート30(図2参照)を、固定フレーム1の上部に設けた支持部2に交換可能に取り付けることとしている。
【0020】
撮像手段10は、対物レンズ11と光学筒12およびCCDカメラ13を主要部とし、レンズ11を上に向けて上記支持部2の下方に設けている。移動手段20は、X方向(水平面内の一方向)への移動を行うためのXステージ21と、Y方向(X方向と直交する水辺面内の一方向)への移動のためのYステージ22、およびZ方向(鉛直方向)への移動のためのZステージ23を、この順に下から上へと積み上げたものである。各ステージ21〜23には、ボールネジによる移動機構と当該ネジを駆動するステッピングモータ等を組み込んでいる(図示省略)。撮像手段10は、Zステージ23の可動部に組み付けているため、各ステージ21〜23の作用によりX方向・Y方向・Z方向の三次元に移動することができる。光源16は、撮像手段10とは別にその上方(支持部2のさらに上)に配置したが、つねに撮像手段10の真上に位置する必要があるので、Xステージ21上のYステージ22に取り付けた移動フレーム3に支持させ、X方向およびY方向に撮像手段10とともに移動するようにしている。
【0021】
図示のモニター装置にはさらに、演算部や記憶部、入力部、ディスプレイ、インターフェース等を含むコンピュータ(パソコン等。図示省略)を組み込み、撮像手段10や移動手段20の各駆動用モータ等をそのコンピュータに接続している。そして当該コンピュータには、撮像手段10から入力される時間差のある複数の画像同士を比較してそれらの変化領域を抽出するためのソフトウェアや、それら画像間のズレを補正するためのソフトウェア、撮像範囲の隣接する複数の画像をつなぎ合わせるためのソフトウェアを搭載し、それらによってコンピュータ内にそれぞれ画像抽出手段、画像ズレ補正手段および画像結合手段(いずれも図示省略)を形成している。
【0022】
このように構成したモニター装置では、以下の手順によって、培養容器31内の心筋細胞の観察(モニタリング)を行うことができる。
【0023】
1) まず、たとえば図2のようなマルチウェルプレート30(ウェルに相当する各培養容器31中に心筋細胞等を含むもの)を、図1のモニター装置における支持部2に取り付ける。マルチウェルプレート30は所定のチャンバーに入れ、このチャンバー内に温度、湿度、ガス濃度が最適に制御されたCO2ガスを導入する。この状態で、長期間細胞を培養しながら、設定された位置でタイムラプス観察をするのである。
【0024】
2) 特定の培養容器31における観察範囲M内を、撮像手段10によって撮像する。撮像手段10によって一度に観察できる視野範囲V(撮像範囲)は通常2mm×2mm程度であって、一般的には3cm×3cm程度に及ぶ観察範囲Mよりもせまいので、移動手段20にて撮像手段10を図2(拡大引出し図)のように移動させながら撮像する。このとき、隣接する視野範囲Vが前回の視野範囲Vに対し面積比で5%ずつ重なる(つまりラップ範囲が5%になる)ように撮像手段10を移動することとし、各停止箇所で数秒の間に5回の撮像をする。なお、このような移動と撮像のためには、移動手段20と撮像手段10とを前記のコンピュータがコントロールし、また、撮像した画像とその撮像箇所のデータ(XY座標)をもそのコンピュータが保存する。撮像手段10をこうして移動して各箇所を撮像することは、観察対象等に応じて一定時間ごと(たとえば1時間おき)に行う。
【0025】
3) 広い観察範囲Mを網羅して観察するために、各視野範囲Vで撮像し保存した画像をつなぎ合わせて、1つの結合画像を作成する。つまり、上記コンピュータにおける前記の画像結合手段によって、各画像の平行移動・回転移動を行い画像のマッチングを判別(パターンマッチング)しながら並べ合わせて(タイリング)、新たな大きな1枚の画像とするのである。パターンマッチングは、
i) 各箇所での撮像画像を並べて(図3)、画像データの処理する順番を決める、
ii) オーバーラッピング量を入れる、
iii) 特徴量の抽出をする(図4)、
iv) パターンの合致箇所を見つけて最終位置(XY)を決め、画像をつなぐ(図5)
という要領で行う。ここで、iii)の特徴量の抽出は、実画像の一部分から取り出して使用する濃淡パターンマッチング(周囲と輝度が異なる部分に輪郭ができることを利用する方法)とか、この輪郭データに基づく形状ベースパターンマッチングなどの手法を用いる。
【0026】
4) 培養容器31中には心筋細胞とそうでない細胞とが混在するので、それらのうちから心筋細胞を区別する。この作業を、上記のコンピュータ内に細胞認識手段として形成した、学習能力のあるニューラルネットワークと差分処理を用いた画像処理によって行う。ニューラルネットワークは、もっともらしい値を色々な統計処理回路を経由して求めていく方法であるので、まず、
i) 得られた実画像で代表的な心筋細胞のコロニーとそうでない部分を教師信号として観察者がコンピュータに入力し、学習のスタートをきる。図6は、心筋細胞のコロニー(丸囲みの部分)とそうでない細胞である背景部分(四角囲みの部分)とを入力する過程を示している。
ii) 学習を経てそのコンピュータが、心筋細胞のコロニーを次々と規定していくと共にその面積計算も行う(図7)。心筋細胞の一つのコロニーが複数の撮像画像間にまたがる場合には、上記3)のタイリング処理により作成された結合画像より当該コロニーを特定する(図8)。
【0027】
5) 次に、規定されたコロニー内で動いている(ビーティング)細胞と動いていない細胞との識別を行う。この識別は、上記のコンピュータ(画像抽出手段)が、同じコロニー内の画像を複数枚取り込み、上記2)で5回撮像した画像のうち1枚目の画像と2枚目以降の画像の差分処理(画像中の細胞のエッジ、即ち濃淡の変化のある領域につき横差分・縦差分をとり境界線を抽出する方法)を行うことにより実施する。そうして動きのある部分を抜き出してその部分の面積計算を行う(図9)とともに、当該部分を識別した画像をコンピュータが保存する。同じコロニー内の画像データは、多い方が精度的に有利であるが、計算処理時間の短縮のため、数枚の画像で解析する。
【0028】
6) 以上の手順を経て撮像され観察される細胞等のうちとくに注目したい箇所については、上記2)で得た画像から当該箇所を一定時間おきに撮像した複数の画像を集めて、当該箇所の細胞の時間的変化を観察する。ただし、時間差を有するそれらの画像は、同じ箇所を撮像したものではあっても、移動手段20の停止誤差や撮像手段10の振動等に起因して撮像領域にズレがともないがちである。そのため、モニター装置のコンピュータ(画像ズレ補正手段)は、図10に示す概念にしたがい、当該箇所を後で撮像した画像について、直前に撮像した画像との比較において位置を補正し、補正した各画像を図11のように連続的にディスプレイ上に表示することとしている。
すなわち、図10のように、時刻t=t0に細胞を撮像した画像F0(図(a))と、それより後(たとえば1時間後)の時刻t=t1に撮像した画像(図(b)の画像F1または図(c)の画像f1)とが得られているとする。図(b)の画像F1のように、直前の画像F0に対して撮像位置(観察位置)に全くズレがない場合には、両者を単純に比較観察することにより細胞中で変化または移動した部分c1、c2、c3が明瞭に把握できる。しかし、図(c)の画像f1のように、その撮像領域が時刻t=t0での撮像領域a0からズレている場合には、単純比較ではすべての細胞のすべての部分が変化または移動したように見える。
そこで、コンピュータに画像処理を行わせ、後の時刻に撮像された画像(たとえば画像f1)を先の(直前の)撮像画像(たとえば画像F0)に重ね合わせたうえXY方向に移動し、それら2枚の画像間の情報の相同性が最も高いと判断されるところで固定する。それによって、画像f1をもとに位置補正された画像F1を得て、撮像領域のズレをうち消すのである。
画像F0と位置補正のされた画像F1、F2、…Fnを、図11のように撮像時刻Tに沿って順に表示(たとえばムービーとして表示)すると、細胞中の真に変化(または移動)した部分を正確かつ円滑に観察することが可能になる。
【0029】
なお、ここでは上記6)の処理を上記3)・4)・5)とは別に行うケースを紹介したが、上記6)にしたがって位置補正をしたのちの画像に対して上記3)・4)・5)の処理を行うこととするのもよい。
【実施例1】
【0030】
以上に紹介したモニター装置によって心筋細胞の拍動コロニー(ビーティング域)を識別するとともに、熟練観察者の目視によっても同じ心筋細胞の拍動コロニーを識別し、双方で識別された拍動コロニー数の比較を行った。実験の内容と結果等はつぎのとおりである。
【0031】
(実験)
マウス胚性幹細胞株 EB5(理化学研究所 神戸発生再生科学総合センター 丹羽仁史氏 供与)の未分化維持状態での培養では、0.1%ゼラチンコートしたφ60mm培養皿上で、1%ウシ胎児血清(EQUITECH)、10%Kckout Serum Replacement (GIBCO/BRL)、1%ピルビン酸ナトリウム(Sigma)、1%非必須アミノ酸(GIBCO/BRL)、1%ペニシリン−ストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、1000 U/mL Leukemia Inhibitory Factor (Chemicon International Inc.)および10 μg/mL ブラストサイジン (FUNAKOSHI)を添加したGlasgow最小必須培地 (GMEM) (GIBCO/BRL) 中で、5%CO2、温度37℃で培養した。未分化ES細胞株EB5から中胚葉系細胞の分化誘導には、EB5細胞を0.1%ゼラチンコートしたφ100mm培養皿上で、10%ウシ胎児血清(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、100U/mlペニシリン(GIBCO/BRL)、100mg/mlストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)を添加したα最小必須培地(α-MEM)(分化培地)中で、5%CO2、温度37℃で5日間培養した。ゼラチンコート培養皿上での分化誘導5日後に、0.05%Tripsin/EDTA液(GIBCO/BRL)にて細胞を回収し、37℃30分間分化培地とともに培養した後、PE標識抗マウスFlk-1抗体(クローン名:Avas12α1、理化学研究所 西川伸一氏供与または日本ベクトン・ディッキンソンより購入)にて染色し、日本ベクトン・ディッキンソン社製FACS AriaにてFlk-1陽性細胞を採取し、6-well culture plateにconfluentな状態になったストローマ細胞株OP9細胞上に播種した(播種密度は1x104/well)。ストローマ細胞株OP9細胞との共培養5-10日後、目視およびモニター装置にて、拍動するコロニー数を測定した。
【0032】
(結果と考察)
目視観察にて識別した拍動コロニー数と上記モニター装置(観察装置)にて識別したものの数との比較を図12に示す。同図の縦軸の数字は拍動コロニー数であり、横軸の数字は培養容器31(図2)の番号である。目視での評価の場合とモニター装置での評価において有意な差は認められなかったが、小型の拍動コロニーを確実に評価する点で、モニター装置の優位性が示唆された。すなわち、目視による評価では小型のコロニーに対する見落としが懸念されるが、モニター装置では見落としがないため、分化誘導初期の心筋細胞が拍動を開始する時点など、拍動面積が小さい時の評価には上記したモニター装置の方が有効であると考えられる。
【実施例2】
【0033】
心筋特異的プロモーター下に蛍光遺伝子をぶら下げたES細胞の分化実験(心筋のみが蛍光を発している)を行い、上記のモニター装置が識別する拍動エリアと蛍光面積に基づくそれとの比較を行った。この実験の内容と結果等はつぎのとおりである。
【0034】
(実験)
【0035】
心筋特異的遺伝子であるαMHCのプロモーター下に赤色蛍光を発するタンパク質であるDs-Redの遺伝子およびネオマイシン耐性遺伝子を組み込んだconstractを作製し、エレクトロポレーション法にてマウス胚性幹細胞株 EB5(理化学研究所 神戸発生再生科学総合センター 丹羽仁史氏 供与)に打ち込みG418による選択後、コロニーを選択し、心筋細胞に分化すると赤色蛍光を発するEB5-αMHC-DsRedを作製した。
EB5-αMHC-DsRedの未分化維持状態での培養は、EB5細胞同様、0.1%ゼラチンコートしたφ60mm培養皿上で、1%ウシ胎児血清(EQUITECH)、10%Kckout Serum Replacement (GIBCO/BRL)、1%ピルビン酸ナトリウム(Sigma)、1%非必須アミノ酸(GIBCO/BRL)、1%ペニシリン−ストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、1000 U/mL Leukemia Inhibitory Factor (Chemicon International Inc.)および10 μg/mL ブラストサイジン (FUNAKOSHI)を添加したGlasgow最小必須培地 (GMEM) (GIBCO/BRL) 中で、5%CO2、温度37℃で培養した。未分化ES細胞株EB5-αMHC-DsRedから中胚葉系細胞の分化誘導には、EB5細胞同様、0.1%ゼラチンコートしたφ100mm培養皿上で、10%ウシ胎児血清(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、100U/mlペニシリン(GIBCO/BRL)、100mg/mlストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)を添加したα最小必須培地(α-MEM)(分化培地)中で、5%CO2、温度37℃で5日間培養した。ゼラチンコート培養皿上での分化誘導5日後に、0.05%Tripsin/EDTA液(GIBCO/BRL)にて細胞を回収し、37℃30分間分化培地とともに培養した後、PE標識抗マウスFlk-1抗体(クローン名:Avas12α1、理化学研究所 西川伸一氏供与または日本ベクトン・ディッキンソンより購入)にて染色し、日本ベクトン・ディッキンソン社製FACS AriaにてFlk-1陽性細胞を採取し、6-well culture plateにconfluentな状態になったストローマ細胞株OP9細胞上に播種した(播種密度は1x104/well)。ストローマ細胞株OP9細胞との共培養7日後、モニター装置にて各コロニーの拍動する面積を算出した。比較対照群として、蛍光顕微鏡下での蛍光観察(撮像)した赤色蛍光画像を画像処理(2値化および蛍光部分の面積測定)し、両者の比較を行った。図13は、2値化処理したその蛍光画像を示している。
【0036】
(結果と考察)
図14は、上記モニター装置にて導き出された拍動エリアと、蛍光観察による撮像結果とを合成した図である。同図の例では、概ね外側に位置する明度の高い線がモニター装置の識別したもので、やや内側に位置する中明度の線が蛍光観察で識別したものである。この図からわかるように、両方式で特定されたエリアは非常に似通っている。25個のコロニーについて両方式で得られた面積を比較したところ、相関性の高い結果が得られた(図15。横軸はモニター装置が求めた面積、縦軸は蛍光観察で求められた面積を示す)。両者に多少の相違があるのは、モニター装置が拍動エリア(ビーティング域)の面積を求めているのに対して、蛍光観察では拍動エリアに限らない心筋細胞の面積を求めていることに主として起因すると考えられる。培養中の心筋細胞に関する情報として関心がもたれるのは一般に前者(拍動エリア)であるため、モニター装置による観察結果にそれだけ高い有用性があると考えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】発明のモニター装置について概略構成を示す正面図である。
【図2】図1のモニター装置で使用する培養容器を示す平面図であって、同容器中の撮像範囲(観察視野範囲V)の移動態様を示す模式図を拡大引出し部分に併記したものである。
【図3】撮像画像を、結合画像にする前に並べた状態を示す図である。
【図4】図3の画像について特徴量の抽出をする過程を示す図である。
【図5】タイリングによって作成した1枚の結合画像を示す図である。
【図6】心筋細胞を区別させるための学習としてニューラルネットワークに入力する画像を示す図である。
【図7】コンピュータが心筋細胞のコロニーを特定した過程を示す図である。
【図8】タイリング処理された結合画像上で心筋細胞のコロニーを特定した過程を示す図である。
【図9】心筋細胞付近で動きのあるビーティング域を特定した過程を示す図である。
【図10】図10(a)〜(c)は、撮像画像のズレを補正する手法を示す概念図である。
【図11】ズレの補正された画像を表示する態様を示す概念図である。
【図12】目視観察にて識別した拍動コロニー数と発明のモニター装置にて識別した拍動コロニー数との比較を示す図である。
【図13】比較対照群として、蛍光顕微鏡下で蛍光観察(撮像)した赤色蛍光画像を2値化した画像を示す図である。
【図14】モニター装置にて導き出された拍動エリアと、蛍光観察による撮像結果とを合成した図である。
【図15】識別されたコロニーの面積について、モニター装置が求めたものと蛍光観察で求められたものとの相関を示す図である。
【符号の説明】
【0038】
10 撮像手段
20 移動手段
31 培養容器
【技術分野】
【0001】
請求項に係る発明は、培養容器中にある細胞をモニターする(すなわち、系時的に観察したり画像データや面積等の数値データを残したりする)ための方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マルチウェルプレート等の培養容器中にある細胞について培養状況を観察する作業は、一般に容易なものではない。細胞を長期間にわたって観察し、そのデータを保存することは、根気や正確さ等について観察者に相当の労力を強いるからである。時間をおいて特定箇所を撮像した複数の画像から細胞等の時間的変化を知ることも、必ずしも容易には行えない。
【0003】
また、培養容器中の生きた心筋細胞を長期間にわたって観察し、心筋細胞の拍動するコロニー(いわゆるビーティング域)について面積を算出し記録することも容易ではない。
心筋細胞(ビーティング域)について面積を算出する処理は、従来、生きたままの細胞に関しては、心筋特異的プロモーター下に蛍光遺伝子を導入したES細胞を心筋に分化誘導したものや、心筋特異的なタンパク質のみが光るトランスジェニックマウス由来の心筋細胞などを用い、蛍光顕微鏡下にて蛍光面積を測定することにより行っている。また、死んだ細胞に関しては、細胞をパラホルムアルデヒド等で固定(死滅させた)後、細胞に穴を開ける処理をして細胞内の心筋特異的タンパク質を抗体法にて染色することにより心筋の面積を測定する方法で実施している。つまり、生きたままの状態で系時的に変化する心筋細胞の面積を測定するには、遺伝子導入した細胞を使用するしかなかった。
【0004】
なお、培養容器中の細胞の密度を検出するための装置については、下記の特許文献1に記載がある。
【特許文献1】特開2005−192485号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
長期間にわたっての細胞等の観察を容易にするために、近年、培養容器中の細胞等を一定時間ごとに自動的に撮像してその画像データを自動的に保存等するモニター装置が種々開発されている。
しかし、細胞等についてタイムラプス観察(すなわち、一定時間おきに同一箇所を撮像し、撮像箇所の時間的変化をみる観察)をする場合、モニター装置を使用しても円滑な観察が行えないことも多い。顕微鏡等の撮像手段と培養容器との間に位置的なズレが生じ得る場合、時間をおいて撮像した画像間に揺れが生じ、各画像を連続的に表示しても画像枠自体が変位して細胞の画像が円滑にはつながらないからである。それは、たとえば複数の紙で作ったアニメーション(ぱらぱら漫画)において、各紙の位置がズレているために絵の全域が揺れてしまうのと同じである。大きな撮像倍率で細胞等を観察する場合の影響は顕著で、モニター装置の横を人が歩くだけで画像間に大きな揺れが発生し、細胞の真の変化が観察しがたくなることもある。そうした不都合を防止するためには、モニター装置の精度や剛性を高めるほか、防振台を使用したり設置部分の床を強固にしたりするなど、かなりのコストが必要になる。
【0006】
一方、生きた心筋細胞(ビーティング域)の面積を算出するための従来の方法、つまり蛍光遺伝子を導入した心筋細胞等を用いて蛍光面積を測定する方法にも、つぎのような課題がある。すなわち、
・ 拍動するコロニーをカウントするには目視に頼るしかなく、観察者の主観性を排除することが難しい。したがって、データの確認をするにも観察時に複数の観察者が観察するしかなかった。
・ デジタルカメラ等で電子記録を保存するにしても、どのコロニーを選ぶかは観察者の主観に頼るしかない。そのため、真に客観的なデータを採取するには網羅的な撮影をするしかなく、非常に膨大な労力を必要とした。
・ 生きたままの通常の細胞を対象とするのではないため、遺伝子導入による副次的効果を考慮しなければならない。
【0007】
なお、上記した特許文献1に記載の装置は、培養容器中にある多数の細胞について密度検出をするためのものであり、細胞等の変化をタイムラプス観察する際の不都合を解消するものでも、心筋細胞など特定の細胞を特定してその面積を求めるといった処理を簡単化できるものでもない。
【0008】
本件出願に係る発明は、以上の点を考慮して完成したもので、タイムラプス観察による細胞等の変化の観察を円滑化することができ、また、遺伝子導入や染色を施さない生きたままの心筋細胞についてその面積を容易に算出し数値化することも可能な、細胞のモニター方法およびモニター装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項に係る発明は、培養容器中の細胞をモニターする方法であって、培養容器中の細胞または細胞集団を一定時間ごとに撮像し、特定箇所(細胞または細胞集団における同一の箇所)につき相前後して撮像された画像を比較したうえ、それら画像間の揺れ(ズレ)を検出し、検出した揺れを補正したうえで各画像を表示することを特徴とする。
この方法によれば、特定箇所につき相前後して撮像された画像間に仮に振動等に起因して揺れが生じた場合でも補正によってその揺れをなくすため、タイムラプス観察により細胞等の真の変化(または真の移動)がきわめて観察しやすくなる。それは、アニメーションにたとえて下記のように説明できる。
少しずつ変化させて描いた一連の絵を複数の紙に描いて連続的に示すいわゆる「ぱらぱら漫画」では、相前後する2枚の絵における差異(変化領域)のみが動いているように見える。しかし、もし製本時等に紙を上下左右にズレた状態で綴じてしまうと、画面全体が動いているように見えてしまう。その点、製本の段階でそれぞれの絵の位置を補正しておけば、そのような不都合が生じない。上に示したモニター方法にしたがって画像間の揺れを検出しそれを補正したうえで画像を表示することは、製本時に各絵のズレを知ってその位置を補正したうえ各紙を綴じることに相当するので、細胞等の真の変化のみが観察されるわけである。
このモニター方法によれば、振動等に起因して画像間に揺れが生じても差し支えないため、モニター装置そのものやその設置場所等について振動防止のための格別なコストをかける必要がなくなる。
【0010】
上記のモニター方法は、所定の細胞または細胞集団について時間差のある複数の画像を撮像手段(レンズやカメラ等で構成されるもの)が撮像し、当該複数の画像について入力を受けたコンピュータ(の画像位置変更手段)が、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位(撮像時期ごとに生じた相対変位)に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の(画像相互間の)位置(XY座標)を変更するという手順によって実施するとよい。
そのようにすれば、撮像手段およびコンピュータの作用により、細胞等の特定箇所について一定時間ごとに撮像した複数の画像であって上記の揺れを補正したものを自動的に、かつデジタルで集めることができる。コンピュータが、そうした複数の画像をムービー等として表示手段(ディスプレイ)に連続的に表示させると、細胞等の真の変化(移動を含む)が、観察されやすい状態に正確に表示される。補正した画像を当該コンピュータ等の記憶手段に保存することも、当然ながら有意義である。
【0011】
上記のコンピュータが、後に撮像された画像(時間差のある画像のうち後のもの)を、座標(XY座標)をずらすことによって平面内で移動させ、先に撮像された画像に対する相同性の最も高い箇所でその座標を固定することにより、上記した揺れの演算および画像位置の変更を行う、という手順をとるなら、とくに好ましいモニタリングを行える。
これにはたとえば、前後に撮像された各画像の特徴量を抽出し、一方の(後の)画像を他方の(先の)画像に対して移動させながら、それら画像間での不一致の画素数を算出し、当該不一致の画素数が最小となる位置で移動を停止し画像を固定する(具体的には、エッジの法線方向の情報を取得し形状を認識した後にパターンマッチングをする)、という手法を採用することができる。
上のようにモニタリングを行うなら、各画像の全体から判断される最も確からしい量および方向の画像位置補正が可能である。建造物等の定着物を撮像範囲に含む一般の写真やビデオ撮影とは違って、細胞等のモニタリングには不動の固定点が撮像され得ないため、このような手順をとるのが好ましい。
【0012】
さらに、培養容器中の細胞または細胞集団が心筋細胞を含み、上記のコンピュータ(の画像抽出手段)が、位置を変更された上記複数の画像を比較して画像間での変化領域を抽出することにより、心筋細胞のビーティング域を画像上で特定し他の細胞から区別してモニターする、というモニター方法も有意義である。
一定時間ごとに撮像して得た細胞または細胞集団の画像を比較すると、拍動する心筋細胞の部分(ビーティング域)をそれ以外の細胞から区別することが可能である。位置の変更(揺れの補正)によって細胞の真の変化が把握されやすくなった画像を比較するなら、その区別はとくに高い客観性をもって行えるうえ、当該区別によって観察範囲を狭く特定することができる。そのため、上記により区別したうえで心筋細胞(ビーティング域)の部分のみをモニターするなら、少ない労力で客観的なモニタリングを行える。遺伝子導入や染色を施さない、生きたままの心筋細胞について観察できるという顕著なメリットもともなう。撮像手段およびコンピュータの作用により、観察記録を自動的に、時間軸上の複数の地点(タイムラプス)で網羅的に、かつデジタルで保存できる、というメリットもある。
なお、このように網羅的なデジタル記録を大量に保存・確保できることは、以下のような場合に優れた効果を発揮するものと期待される。たとえば、研究者がある実験系で思いもよらぬ現象に気づいたとする。それで、これまでの実験を別の角度から眺め直し、網羅的なデジタル記録ライブラリーから過去の実験データを抽出・比較することで、この思いもよらぬ現象が、過去の実験で見落としていただけなのか、頻度は少ないが確かにこのようなことが起きていたのか、全くこの現象はおきていなかったのかを判断することができる。このような場合、膨大な記録ライブラリーからデータを抽出し判断することにより、的確な実験系の組み立ておよび実験の省力化に有効な道具としての働きを発揮するものと考えられる。
【0013】
上記培養容器における撮像範囲を当該範囲に重なりがあるように移動させることとし、移動の前後に上記の細胞または細胞集団を撮像手段が撮像し、それら撮像画像について入力を受けた画像結合手段が移動の前後の画像をつなぎ合わせて結合画像を作成し(つまりいわゆるタイリングをし)、作成された結合画像を上記複数の画像(つまり、時間差のある複数の画像)の各々として上記のコンピュータ(画像位置変更手段)が入力を受ける、という手順をとるのもよい。
そのようにすれば、観察等すべき細胞または細胞集団が撮像手段による単一の撮像範囲内に収まらない場合にも、当該細胞等のモニタリングを適切に行える。撮像範囲を適切に移動し、移動の前後に撮像手段が細胞または細胞集団を撮像したうえ、それらの撮像画像を画像結合手段がつなぎ合わせて結合画像を作成するからである。観察等すべき細胞等がこうして結合画像中に収まるようになれば、その結合画像について上記のコンピュータが上述の手順を実施することにより、細胞等の真の変化を観察するなど、必要なモニタリングがさらに円滑に行える。
【0014】
請求項に係る細胞のモニター装置は、培養容器中の細胞をモニターするための装置であって、培養容器中の細胞または細胞集団を時間間隔をおいて撮像する撮像手段と、時間差のある複数の画像について撮像手段より入力を受け、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の位置(XY座標)を変更するコンピュータ(画像位置変更手段)とを含むことを特徴とする。
このようなモニター装置を用いれば、上述した各モニター方法を円滑に実施することができ、上述の作用効果がもたらされる。
なお、このモニター装置には、さらに、
・ 画像位置の補正を適切に行うために、各画像の特徴量抽出手段や、特徴量抽出をした画像を比較して画像間の不一致画素数を求める算出手段を付属させたり、
・ 観察等すべき細胞等を単一の結合画像中に収めるために、上記撮像手段と培養容器との間に相対移動をもたらす移動手段と、移動の前後に撮像手段が撮像した画像について入力を受けたうえ、移動の前後の画像をつなぎ合わせて結合画像を作成(タイリング)する画像結合手段とを設けたり
するのも好ましい。
【0015】
発明のモニター装置はとくに、上記の撮像手段と培養容器との間に相対移動をもたらす移動手段を有し、当該移動手段が、培養容器を動かすことなく、上記の撮像手段を3次元(すなわち、水平面に沿ったX方向とY方向とのほかに鉛直方向であるZ方向を含む各方向)に移動するものであれば、さらに好ましい。
培養容器を動かさないことにより、同容器中の細胞や細胞集団が無用に変位・変形することがないので、培養中の細胞等の観察を適切に行うことができる。請求項に係る発明では、培養中の細胞等の真の変化を画像から正確に把握しようとするものであるから、培養容器の移動によって細胞等の位置や形状・姿勢等が変化すると目的の達成は困難になる。画像位置を変更して画像間の揺れを補正しても、撮像対象である細胞等そのものが上のように変化してしまうと、円滑かつ正確な観察は行えない。そのため、移動手段が培養容器ではなく撮像手段を移動させることには、この装置においてきわめて重要な意義があるといえる。
なお、撮像手段のその移動が、水平面に沿った2次元のものでなく鉛直方向を含む3次元のものであれば、培養容器中で細胞等が鉛直に盛り上がっている場合にも、その細胞等のうち最も観察したい部分に焦点を合わせた適切なモニタリングが実施できる。
【発明の効果】
【0016】
発明のモニター方法によれば、タイムラプス観察により、細胞等の真の変化がきわめて円滑に観察されるようになる。モニター装置そのものやその設置場所等について振動等の防止のための格別なコストをかける必要がないという利点もある。
また、心筋細胞について、遺伝子導入や染色などの特別な操作を必要とせず、生きたままの状態で、細胞を全く侵襲することなく、系時的な観察を行うことも可能になる。
撮像範囲を適切に移動するとともにコンピュータに適切に画像処理を行わせるなら、観察等すべき心筋細胞が撮像手段による単一の撮像範囲内に収まらない場合にも適切なモニタリングが行える。
【0017】
発明のモニター装置によれば、上記のモニター方法を円滑に実施することができ、上述の効果を得ることができる。
移動手段が、培養容器を動かすことなく撮像手段を3次元に移動するようにすれば、培養中の細胞等の観察をとくに適切に行えるほか、細胞等が鉛直に盛り上がっている場合にも適切なモニタリングが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
発明の実施についての一形態を図1〜図11に示す。図1は、モニター装置の概略構成を示す正面図であり、図2は、そのモニター装置で使用する培養容器を示す平面図に、同容器中の撮像範囲(観察視野範囲)の移動態様を示す模式図(拡大引出し図)を併記したものである。図3〜図9のそれぞれは、モニター装置における撮像画像、またはコンピュータによる処理が加えられた画像を示す図(顕微鏡写真)である。また、図10および図11は、撮像画像のズレ補正とそれによる画像表示とをそれぞれ示す概念図である。
【0019】
図1に示すモニター装置は、培養容器31(図2参照)中の細胞または細胞集団を、撮像手段10によって顕微鏡観察することを基本機能とするものである。同装置は、図示のように固定フレーム1と移動フレーム3、ならびに撮像手段10および移動手段20等により構成している。移動手段20であるXステージ21・Yステージ22・Zステージ23の上に撮像手段10を組み付け、培養容器31を含むたとえばマルチウェルプレート30(図2参照)を、固定フレーム1の上部に設けた支持部2に交換可能に取り付けることとしている。
【0020】
撮像手段10は、対物レンズ11と光学筒12およびCCDカメラ13を主要部とし、レンズ11を上に向けて上記支持部2の下方に設けている。移動手段20は、X方向(水平面内の一方向)への移動を行うためのXステージ21と、Y方向(X方向と直交する水辺面内の一方向)への移動のためのYステージ22、およびZ方向(鉛直方向)への移動のためのZステージ23を、この順に下から上へと積み上げたものである。各ステージ21〜23には、ボールネジによる移動機構と当該ネジを駆動するステッピングモータ等を組み込んでいる(図示省略)。撮像手段10は、Zステージ23の可動部に組み付けているため、各ステージ21〜23の作用によりX方向・Y方向・Z方向の三次元に移動することができる。光源16は、撮像手段10とは別にその上方(支持部2のさらに上)に配置したが、つねに撮像手段10の真上に位置する必要があるので、Xステージ21上のYステージ22に取り付けた移動フレーム3に支持させ、X方向およびY方向に撮像手段10とともに移動するようにしている。
【0021】
図示のモニター装置にはさらに、演算部や記憶部、入力部、ディスプレイ、インターフェース等を含むコンピュータ(パソコン等。図示省略)を組み込み、撮像手段10や移動手段20の各駆動用モータ等をそのコンピュータに接続している。そして当該コンピュータには、撮像手段10から入力される時間差のある複数の画像同士を比較してそれらの変化領域を抽出するためのソフトウェアや、それら画像間のズレを補正するためのソフトウェア、撮像範囲の隣接する複数の画像をつなぎ合わせるためのソフトウェアを搭載し、それらによってコンピュータ内にそれぞれ画像抽出手段、画像ズレ補正手段および画像結合手段(いずれも図示省略)を形成している。
【0022】
このように構成したモニター装置では、以下の手順によって、培養容器31内の心筋細胞の観察(モニタリング)を行うことができる。
【0023】
1) まず、たとえば図2のようなマルチウェルプレート30(ウェルに相当する各培養容器31中に心筋細胞等を含むもの)を、図1のモニター装置における支持部2に取り付ける。マルチウェルプレート30は所定のチャンバーに入れ、このチャンバー内に温度、湿度、ガス濃度が最適に制御されたCO2ガスを導入する。この状態で、長期間細胞を培養しながら、設定された位置でタイムラプス観察をするのである。
【0024】
2) 特定の培養容器31における観察範囲M内を、撮像手段10によって撮像する。撮像手段10によって一度に観察できる視野範囲V(撮像範囲)は通常2mm×2mm程度であって、一般的には3cm×3cm程度に及ぶ観察範囲Mよりもせまいので、移動手段20にて撮像手段10を図2(拡大引出し図)のように移動させながら撮像する。このとき、隣接する視野範囲Vが前回の視野範囲Vに対し面積比で5%ずつ重なる(つまりラップ範囲が5%になる)ように撮像手段10を移動することとし、各停止箇所で数秒の間に5回の撮像をする。なお、このような移動と撮像のためには、移動手段20と撮像手段10とを前記のコンピュータがコントロールし、また、撮像した画像とその撮像箇所のデータ(XY座標)をもそのコンピュータが保存する。撮像手段10をこうして移動して各箇所を撮像することは、観察対象等に応じて一定時間ごと(たとえば1時間おき)に行う。
【0025】
3) 広い観察範囲Mを網羅して観察するために、各視野範囲Vで撮像し保存した画像をつなぎ合わせて、1つの結合画像を作成する。つまり、上記コンピュータにおける前記の画像結合手段によって、各画像の平行移動・回転移動を行い画像のマッチングを判別(パターンマッチング)しながら並べ合わせて(タイリング)、新たな大きな1枚の画像とするのである。パターンマッチングは、
i) 各箇所での撮像画像を並べて(図3)、画像データの処理する順番を決める、
ii) オーバーラッピング量を入れる、
iii) 特徴量の抽出をする(図4)、
iv) パターンの合致箇所を見つけて最終位置(XY)を決め、画像をつなぐ(図5)
という要領で行う。ここで、iii)の特徴量の抽出は、実画像の一部分から取り出して使用する濃淡パターンマッチング(周囲と輝度が異なる部分に輪郭ができることを利用する方法)とか、この輪郭データに基づく形状ベースパターンマッチングなどの手法を用いる。
【0026】
4) 培養容器31中には心筋細胞とそうでない細胞とが混在するので、それらのうちから心筋細胞を区別する。この作業を、上記のコンピュータ内に細胞認識手段として形成した、学習能力のあるニューラルネットワークと差分処理を用いた画像処理によって行う。ニューラルネットワークは、もっともらしい値を色々な統計処理回路を経由して求めていく方法であるので、まず、
i) 得られた実画像で代表的な心筋細胞のコロニーとそうでない部分を教師信号として観察者がコンピュータに入力し、学習のスタートをきる。図6は、心筋細胞のコロニー(丸囲みの部分)とそうでない細胞である背景部分(四角囲みの部分)とを入力する過程を示している。
ii) 学習を経てそのコンピュータが、心筋細胞のコロニーを次々と規定していくと共にその面積計算も行う(図7)。心筋細胞の一つのコロニーが複数の撮像画像間にまたがる場合には、上記3)のタイリング処理により作成された結合画像より当該コロニーを特定する(図8)。
【0027】
5) 次に、規定されたコロニー内で動いている(ビーティング)細胞と動いていない細胞との識別を行う。この識別は、上記のコンピュータ(画像抽出手段)が、同じコロニー内の画像を複数枚取り込み、上記2)で5回撮像した画像のうち1枚目の画像と2枚目以降の画像の差分処理(画像中の細胞のエッジ、即ち濃淡の変化のある領域につき横差分・縦差分をとり境界線を抽出する方法)を行うことにより実施する。そうして動きのある部分を抜き出してその部分の面積計算を行う(図9)とともに、当該部分を識別した画像をコンピュータが保存する。同じコロニー内の画像データは、多い方が精度的に有利であるが、計算処理時間の短縮のため、数枚の画像で解析する。
【0028】
6) 以上の手順を経て撮像され観察される細胞等のうちとくに注目したい箇所については、上記2)で得た画像から当該箇所を一定時間おきに撮像した複数の画像を集めて、当該箇所の細胞の時間的変化を観察する。ただし、時間差を有するそれらの画像は、同じ箇所を撮像したものではあっても、移動手段20の停止誤差や撮像手段10の振動等に起因して撮像領域にズレがともないがちである。そのため、モニター装置のコンピュータ(画像ズレ補正手段)は、図10に示す概念にしたがい、当該箇所を後で撮像した画像について、直前に撮像した画像との比較において位置を補正し、補正した各画像を図11のように連続的にディスプレイ上に表示することとしている。
すなわち、図10のように、時刻t=t0に細胞を撮像した画像F0(図(a))と、それより後(たとえば1時間後)の時刻t=t1に撮像した画像(図(b)の画像F1または図(c)の画像f1)とが得られているとする。図(b)の画像F1のように、直前の画像F0に対して撮像位置(観察位置)に全くズレがない場合には、両者を単純に比較観察することにより細胞中で変化または移動した部分c1、c2、c3が明瞭に把握できる。しかし、図(c)の画像f1のように、その撮像領域が時刻t=t0での撮像領域a0からズレている場合には、単純比較ではすべての細胞のすべての部分が変化または移動したように見える。
そこで、コンピュータに画像処理を行わせ、後の時刻に撮像された画像(たとえば画像f1)を先の(直前の)撮像画像(たとえば画像F0)に重ね合わせたうえXY方向に移動し、それら2枚の画像間の情報の相同性が最も高いと判断されるところで固定する。それによって、画像f1をもとに位置補正された画像F1を得て、撮像領域のズレをうち消すのである。
画像F0と位置補正のされた画像F1、F2、…Fnを、図11のように撮像時刻Tに沿って順に表示(たとえばムービーとして表示)すると、細胞中の真に変化(または移動)した部分を正確かつ円滑に観察することが可能になる。
【0029】
なお、ここでは上記6)の処理を上記3)・4)・5)とは別に行うケースを紹介したが、上記6)にしたがって位置補正をしたのちの画像に対して上記3)・4)・5)の処理を行うこととするのもよい。
【実施例1】
【0030】
以上に紹介したモニター装置によって心筋細胞の拍動コロニー(ビーティング域)を識別するとともに、熟練観察者の目視によっても同じ心筋細胞の拍動コロニーを識別し、双方で識別された拍動コロニー数の比較を行った。実験の内容と結果等はつぎのとおりである。
【0031】
(実験)
マウス胚性幹細胞株 EB5(理化学研究所 神戸発生再生科学総合センター 丹羽仁史氏 供与)の未分化維持状態での培養では、0.1%ゼラチンコートしたφ60mm培養皿上で、1%ウシ胎児血清(EQUITECH)、10%Kckout Serum Replacement (GIBCO/BRL)、1%ピルビン酸ナトリウム(Sigma)、1%非必須アミノ酸(GIBCO/BRL)、1%ペニシリン−ストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、1000 U/mL Leukemia Inhibitory Factor (Chemicon International Inc.)および10 μg/mL ブラストサイジン (FUNAKOSHI)を添加したGlasgow最小必須培地 (GMEM) (GIBCO/BRL) 中で、5%CO2、温度37℃で培養した。未分化ES細胞株EB5から中胚葉系細胞の分化誘導には、EB5細胞を0.1%ゼラチンコートしたφ100mm培養皿上で、10%ウシ胎児血清(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、100U/mlペニシリン(GIBCO/BRL)、100mg/mlストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)を添加したα最小必須培地(α-MEM)(分化培地)中で、5%CO2、温度37℃で5日間培養した。ゼラチンコート培養皿上での分化誘導5日後に、0.05%Tripsin/EDTA液(GIBCO/BRL)にて細胞を回収し、37℃30分間分化培地とともに培養した後、PE標識抗マウスFlk-1抗体(クローン名:Avas12α1、理化学研究所 西川伸一氏供与または日本ベクトン・ディッキンソンより購入)にて染色し、日本ベクトン・ディッキンソン社製FACS AriaにてFlk-1陽性細胞を採取し、6-well culture plateにconfluentな状態になったストローマ細胞株OP9細胞上に播種した(播種密度は1x104/well)。ストローマ細胞株OP9細胞との共培養5-10日後、目視およびモニター装置にて、拍動するコロニー数を測定した。
【0032】
(結果と考察)
目視観察にて識別した拍動コロニー数と上記モニター装置(観察装置)にて識別したものの数との比較を図12に示す。同図の縦軸の数字は拍動コロニー数であり、横軸の数字は培養容器31(図2)の番号である。目視での評価の場合とモニター装置での評価において有意な差は認められなかったが、小型の拍動コロニーを確実に評価する点で、モニター装置の優位性が示唆された。すなわち、目視による評価では小型のコロニーに対する見落としが懸念されるが、モニター装置では見落としがないため、分化誘導初期の心筋細胞が拍動を開始する時点など、拍動面積が小さい時の評価には上記したモニター装置の方が有効であると考えられる。
【実施例2】
【0033】
心筋特異的プロモーター下に蛍光遺伝子をぶら下げたES細胞の分化実験(心筋のみが蛍光を発している)を行い、上記のモニター装置が識別する拍動エリアと蛍光面積に基づくそれとの比較を行った。この実験の内容と結果等はつぎのとおりである。
【0034】
(実験)
【0035】
心筋特異的遺伝子であるαMHCのプロモーター下に赤色蛍光を発するタンパク質であるDs-Redの遺伝子およびネオマイシン耐性遺伝子を組み込んだconstractを作製し、エレクトロポレーション法にてマウス胚性幹細胞株 EB5(理化学研究所 神戸発生再生科学総合センター 丹羽仁史氏 供与)に打ち込みG418による選択後、コロニーを選択し、心筋細胞に分化すると赤色蛍光を発するEB5-αMHC-DsRedを作製した。
EB5-αMHC-DsRedの未分化維持状態での培養は、EB5細胞同様、0.1%ゼラチンコートしたφ60mm培養皿上で、1%ウシ胎児血清(EQUITECH)、10%Kckout Serum Replacement (GIBCO/BRL)、1%ピルビン酸ナトリウム(Sigma)、1%非必須アミノ酸(GIBCO/BRL)、1%ペニシリン−ストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、1000 U/mL Leukemia Inhibitory Factor (Chemicon International Inc.)および10 μg/mL ブラストサイジン (FUNAKOSHI)を添加したGlasgow最小必須培地 (GMEM) (GIBCO/BRL) 中で、5%CO2、温度37℃で培養した。未分化ES細胞株EB5-αMHC-DsRedから中胚葉系細胞の分化誘導には、EB5細胞同様、0.1%ゼラチンコートしたφ100mm培養皿上で、10%ウシ胎児血清(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)、100U/mlペニシリン(GIBCO/BRL)、100mg/mlストレプトマイシン(GIBCO/BRL)、100μM 2-メルカプトエタノール(Sigma)を添加したα最小必須培地(α-MEM)(分化培地)中で、5%CO2、温度37℃で5日間培養した。ゼラチンコート培養皿上での分化誘導5日後に、0.05%Tripsin/EDTA液(GIBCO/BRL)にて細胞を回収し、37℃30分間分化培地とともに培養した後、PE標識抗マウスFlk-1抗体(クローン名:Avas12α1、理化学研究所 西川伸一氏供与または日本ベクトン・ディッキンソンより購入)にて染色し、日本ベクトン・ディッキンソン社製FACS AriaにてFlk-1陽性細胞を採取し、6-well culture plateにconfluentな状態になったストローマ細胞株OP9細胞上に播種した(播種密度は1x104/well)。ストローマ細胞株OP9細胞との共培養7日後、モニター装置にて各コロニーの拍動する面積を算出した。比較対照群として、蛍光顕微鏡下での蛍光観察(撮像)した赤色蛍光画像を画像処理(2値化および蛍光部分の面積測定)し、両者の比較を行った。図13は、2値化処理したその蛍光画像を示している。
【0036】
(結果と考察)
図14は、上記モニター装置にて導き出された拍動エリアと、蛍光観察による撮像結果とを合成した図である。同図の例では、概ね外側に位置する明度の高い線がモニター装置の識別したもので、やや内側に位置する中明度の線が蛍光観察で識別したものである。この図からわかるように、両方式で特定されたエリアは非常に似通っている。25個のコロニーについて両方式で得られた面積を比較したところ、相関性の高い結果が得られた(図15。横軸はモニター装置が求めた面積、縦軸は蛍光観察で求められた面積を示す)。両者に多少の相違があるのは、モニター装置が拍動エリア(ビーティング域)の面積を求めているのに対して、蛍光観察では拍動エリアに限らない心筋細胞の面積を求めていることに主として起因すると考えられる。培養中の心筋細胞に関する情報として関心がもたれるのは一般に前者(拍動エリア)であるため、モニター装置による観察結果にそれだけ高い有用性があると考えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】発明のモニター装置について概略構成を示す正面図である。
【図2】図1のモニター装置で使用する培養容器を示す平面図であって、同容器中の撮像範囲(観察視野範囲V)の移動態様を示す模式図を拡大引出し部分に併記したものである。
【図3】撮像画像を、結合画像にする前に並べた状態を示す図である。
【図4】図3の画像について特徴量の抽出をする過程を示す図である。
【図5】タイリングによって作成した1枚の結合画像を示す図である。
【図6】心筋細胞を区別させるための学習としてニューラルネットワークに入力する画像を示す図である。
【図7】コンピュータが心筋細胞のコロニーを特定した過程を示す図である。
【図8】タイリング処理された結合画像上で心筋細胞のコロニーを特定した過程を示す図である。
【図9】心筋細胞付近で動きのあるビーティング域を特定した過程を示す図である。
【図10】図10(a)〜(c)は、撮像画像のズレを補正する手法を示す概念図である。
【図11】ズレの補正された画像を表示する態様を示す概念図である。
【図12】目視観察にて識別した拍動コロニー数と発明のモニター装置にて識別した拍動コロニー数との比較を示す図である。
【図13】比較対照群として、蛍光顕微鏡下で蛍光観察(撮像)した赤色蛍光画像を2値化した画像を示す図である。
【図14】モニター装置にて導き出された拍動エリアと、蛍光観察による撮像結果とを合成した図である。
【図15】識別されたコロニーの面積について、モニター装置が求めたものと蛍光観察で求められたものとの相関を示す図である。
【符号の説明】
【0038】
10 撮像手段
20 移動手段
31 培養容器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養容器中の細胞をモニターする方法であって、
培養容器中の細胞または細胞集団を一定時間ごとに撮像し、特定箇所につき相前後して撮像された複数の画像を比較したうえ、それら画像間の揺れを検出し、検出した揺れを補正したうえで各画像を表示することを特徴とする細胞のモニター方法。
【請求項2】
所定の細胞または細胞集団について時間差のある複数の画像を撮像手段が撮像し、当該複数の画像について入力を受けたコンピュータが、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の位置を変更することを特徴とする請求項1に記載した細胞のモニター方法。
【請求項3】
上記のコンピュータが、後に撮像された画像を、座標をずらすことによって平面内で移動させ、先に撮像された画像に対する相同性の最も高い箇所でその座標を固定することにより、上記した揺れの演算および画像位置の変更を行うことを特徴とする請求項2に記載した細胞のモニター方法。
【請求項4】
培養容器中の細胞または細胞集団が心筋細胞を含み、上記のコンピュータが、位置を変更された上記複数の画像を比較して画像間での変化領域を抽出することにより、心筋細胞のビーティング域を画像上で特定し他の細胞から区別してモニターすることを特徴とする請求項2または3のいずれかに記載した細胞のモニター方法。
【請求項5】
上記培養容器における撮像範囲を当該範囲に重なりがあるように移動させることとし、移動の前後に上記の細胞または細胞集団を撮像手段が撮像し、それら撮像画像について入力を受けた画像結合手段が移動の前後の画像をつなぎ合わせて結合画像を作成し、
作成された結合画像を上記複数の画像の各々として上記のコンピュータが入力を受けることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載した細胞のモニター方法。
【請求項6】
培養容器中の細胞をモニターするための装置であって、
培養容器中の細胞または細胞集団を時間間隔をおいて撮像する撮像手段と、時間差のある複数の画像について撮像手段より入力を受け、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の位置を変更するコンピュータとを含むことを特徴とする細胞のモニター装置。
【請求項7】
上記の撮像手段と培養容器との間に相対移動をもたらす移動手段を有し、当該移動手段が、培養容器を動かすことなく、上記の撮像手段を3次元に移動するものであることを特徴とする請求項6に記載した細胞のモニター装置。
【請求項1】
培養容器中の細胞をモニターする方法であって、
培養容器中の細胞または細胞集団を一定時間ごとに撮像し、特定箇所につき相前後して撮像された複数の画像を比較したうえ、それら画像間の揺れを検出し、検出した揺れを補正したうえで各画像を表示することを特徴とする細胞のモニター方法。
【請求項2】
所定の細胞または細胞集団について時間差のある複数の画像を撮像手段が撮像し、当該複数の画像について入力を受けたコンピュータが、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の位置を変更することを特徴とする請求項1に記載した細胞のモニター方法。
【請求項3】
上記のコンピュータが、後に撮像された画像を、座標をずらすことによって平面内で移動させ、先に撮像された画像に対する相同性の最も高い箇所でその座標を固定することにより、上記した揺れの演算および画像位置の変更を行うことを特徴とする請求項2に記載した細胞のモニター方法。
【請求項4】
培養容器中の細胞または細胞集団が心筋細胞を含み、上記のコンピュータが、位置を変更された上記複数の画像を比較して画像間での変化領域を抽出することにより、心筋細胞のビーティング域を画像上で特定し他の細胞から区別してモニターすることを特徴とする請求項2または3のいずれかに記載した細胞のモニター方法。
【請求項5】
上記培養容器における撮像範囲を当該範囲に重なりがあるように移動させることとし、移動の前後に上記の細胞または細胞集団を撮像手段が撮像し、それら撮像画像について入力を受けた画像結合手段が移動の前後の画像をつなぎ合わせて結合画像を作成し、
作成された結合画像を上記複数の画像の各々として上記のコンピュータが入力を受けることを特徴とする請求項2〜4のいずれかに記載した細胞のモニター方法。
【請求項6】
培養容器中の細胞をモニターするための装置であって、
培養容器中の細胞または細胞集団を時間間隔をおいて撮像する撮像手段と、時間差のある複数の画像について撮像手段より入力を受け、それら複数の画像について、上記の細胞または細胞集団と撮像手段との間の変位に基づく揺れを演算し、当該揺れの量だけ画像の位置を変更するコンピュータとを含むことを特徴とする細胞のモニター装置。
【請求項7】
上記の撮像手段と培養容器との間に相対移動をもたらす移動手段を有し、当該移動手段が、培養容器を動かすことなく、上記の撮像手段を3次元に移動するものであることを特徴とする請求項6に記載した細胞のモニター装置。
【図1】
【図2】
【図10】
【図11】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図10】
【図11】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2008−76088(P2008−76088A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−252814(P2006−252814)
【出願日】平成18年9月19日(2006.9.19)
【出願人】(300061835)財団法人先端医療振興財団 (28)
【出願人】(000126861)エスペックテクノ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月19日(2006.9.19)
【出願人】(300061835)財団法人先端医療振興財団 (28)
【出願人】(000126861)エスペックテクノ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】
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