説明

細胞の分化を促進し、かつ炎症を抑制する人工器官

【課題】宿主の細胞・組織に対して炎症反応や繊維化を惹起させず、かつ分化を促進する、生体適合性と治癒性とに優れた人工器官の提供。
【解決手段】人工器官は、繊維からなる構造体を使用し、かつ、その外面あるいは内面もしくはその両方を硫酸化された多糖、特に硫酸化ヒアルロン酸により被覆されている構造体である。人工器官は、管状あるいはシート状であり、有孔度0〜50ml/(cm2・min)(120mmHg,37℃)の透水性を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工血管などの人工器官に関し、宿主の細胞・組織に対して炎症反応や繊維化を惹起させず、かつ分化を促進する、生体適合性と治癒性とに優れた人工器官に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗血栓性の生分解性物質で少なくとも内面が処理されている生分解性材料製の多孔質管状体からなる血管吻合用コネクターが開示されている(例えば、特許文献1参照)。カテキン類を含有する生分解性材料から構成されていることを特徴とする血管内治療用材料が開示されている(例えば、特許文献2参照)。管状人工器官の外面あるいは内面もしくはその両方が生分解性の合成高分子により被覆されていることを特徴とする人工器官が開示されている(例えば、特許文献3参照)。
【特許文献1】特開平5−123391号公報
【特許文献2】特開2002−085549号公報
【特許文献3】特開2004−313310号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
人工器官の移植において、異物反応は避けられない問題である。人工物からなる人工器官と、生体の細胞・組織とが接触することにより、異物反応が生じる。それは炎症や被包の形成、癒着などとなり、人工器官の機能に影響を与える。特に管状物での吻合部から肉芽が発達することによる管腔の閉塞、平面体での過度の癒着と瘢痕化、そして繊維化など、人工器官の機能が維持できなくなるような、重大な事態に発展することも多くある。本発明は、人工血管などの人工器官に関し、宿主の細胞・組織に対して炎症反応や繊維化を惹起させず、かつ分化を促進する、生体適合性と治癒性とに優れた人工器官を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上記の目的を達成するために、種々検討の結果、人工器官として、繊維からなる構造体を使用し、かつ、その外面あるいは内面もしくはその両方を硫酸化された多糖により被覆されている構造体が、上記の目的を達成することを見出し、本発明を完成させたものである。即ち、本発明の第一の側面は、繊維からなる構造体であり、その外面あるいは内面もしくはその両方が硫酸化された多糖により被覆されている構造体に関する。また、本発明の第二の側面は、硫酸化された多糖として、硫酸化ヒアルロン酸を用いる構造体に関する。更に、本発明の第三の側面は、硫酸化ヒアルロン酸として、その硫酸化度が、二糖の単位あたりに0.1から2.0個相当の硫酸基を含む範囲にあるものを使用する構造体に関する。そして、本発明の第四の側面は、使用する硫酸化ヒアルロン酸の重量平均分子量が、1万から200万の範囲である構造体に関する。本発明の第五の側面は、人工器官が、管状あるいはシート状である構造体に関する。更に、本発明の第六の側面は、人工器官が、有孔度0〜50ml/(cm2・min)(120mmHg,37℃)の透水性を有する構造体に関する。
【発明の効果】
【0005】
本発明に係る人工血管などを含む人工器官は、宿主の細胞・組織に対して炎症反応や繊維化を起こすことなく、分化を促進でき、生体適合性と治癒性とに優れた人工器官である。そのため、生体との接触による異物反応の抑制および治癒の促進と言う優れた効果を発揮する、臨床において有効性の高い、安全性の高い人工器官である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の人工器官は、繊維からなる構造体であり、その外面あるいは内面もしくはその両方が硫酸化された多糖により被覆されていることを特徴とする。好ましくは、本発明の人工器官は、硫酸化された多糖が、硫酸化ヒアルロン酸であることを特徴とする。本発明の人工器官は、硫酸化ヒアルロン酸により被覆されているため、生体との親和性に優れ、炎症の抑制、生体との細胞の増殖促進、及び組織との親和性などにより良好な治癒過程が期待されるため、好ましい。
【0007】
本発明の人工器官の37℃における有孔度は、0〜50ml/(cm2・min)が好ましく、0〜10ml/(cm2・min)がさらに好ましく、0〜5ml/(cm2・min)がより好ましく、0〜3ml/(cm2・min)が特に好ましい。
【0008】
繊維からなる構造体は、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維からなる構造体であり、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維を平面状としたもの又は円筒状に形成した管状物であり、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維の編み物、織物、組み物又は不織布など及びこれらを組み合わせたものを用いることができる。編織物としては、平織、綾織などの公知の編物や織物を用いることができる。管状物は、円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の編物、織物又は組み物、円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の不織布などを用いることができる。管状物は、特に円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の編織物、さらには円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の平織りの織物が、強度及び有孔度、生産性が優れるため好ましい。管状物は、モノフィラメント、ワイヤ、糸などを組み合わせた熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維からなる管状物を用いることができる。
【0009】
硫酸化された多糖としては、硫酸化ヒアルロン酸が好ましい。
【0010】
硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度は、二糖からなるヒアルロン酸単位あたりに0.1から2.0個相当の硫酸基を含む範囲であることが好ましく、0.2から1.6個相当がさらに好ましく、0.3から1.0個相当がさらに好ましく、0.35から0.8個相当がさらに好ましい。
【0011】
硫酸化ヒアルロン酸の重量平均分子量は、1万から300万の範囲であることが好ましく、50万から250万がさらに好ましく、100万から200万がさらに好ましい。
【0012】
繊維からなる構造体は、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維からなる構造体であり、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維を平面状としたもの又は円筒状に形成した管状物であり、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維の編み物、織物、組み物又は不織布など及びこれらを組み合わせたものを用いることができる。編織物としては、平織、綾織などの公知の編物や織物を用いることができる。管状物は、円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の編物、織物又は組み物、円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の不織布などを用いることができる。管状物は、特に円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の編織物、さらには円筒状に形成した熱可塑性樹脂繊維の平織りの織物が、強度及び有孔度、生産性が優れるため好ましい。管状物は、モノフィラメント、ワイヤ、糸などを組み合わせた熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維からなる管状物を用いることができる。
【0013】
構造体の37℃での有孔度は、熱可塑性樹脂繊維の編織物の場合は0〜2950ml/(cm2・min)が好ましく、10〜2000ml/(cm2・min)がさらに好ましく、20〜1000ml/(cm2・min)がより好ましく、50〜500ml/(cm2・min)が特に好ましい。金属繊維からなる織物の場合、有孔度は非常に高く、測定が困難であるが、力学特性や生体との適合性を考慮すると、100ml/(cm2・min)以上であることが好ましく、500ml/(cm2・min)以上であることがさらに好ましく、750ml/(cm2・min)以上であることがより好ましく、2000ml/(cm2・min)以上であることが特に好ましい。
【0014】
構造体の引張り強度は、実用に用いる強度であればよく、例えば好ましくは5.0Kg〜20Kg、さらに好ましくは7.5Kg〜20Kg、特に好ましくは8.0Kg〜20Kgのものを用いることができる。構造体の厚さは、実用に用いる外径であればよく、例えば0.01mmから20mm、さらに0.05から15mm、特に0.1から10mmのものを用いることができる。管状物の外径は、実用に用いる外径であればよく、例えば2〜45mm、さらに4〜40mm、特に5〜40mmのものを用いることができる。
【0015】
管状物は、クリンプ加工などのヒダの付いたものを使用することもできる。クリンプ加工としては、熱可塑性樹脂繊維の平織した管状物の表面を凹凸状に加工する方法を用いることができる。例えば、米国特許第3337673号明細書記載の方法、すなわち、丸棒表面に、熱可塑性樹脂繊維の平織した管状物を嵌め込み、管状物の上から糸を等間隔に螺旋状に巻き付け、そのまま管状物を軸方向に圧縮して縮めることにより襞を形成し、加熱して熱セットする方法、特開平1−155860号明細書記載の方法、すなわち、熱可塑性樹脂繊維の平織した管状物を、表面を充分に研磨したネジ棒に嵌め込み、ネジ溝に沿って適宜の糸を巻き付け、そのままの状態で加熱処理して熱セットする方法などが好ましい。管状物としては、クリンプ加工される部分を有することにより、伸縮や曲がりに強く、人体の血管形状などの器官形状に適合しやすくなる。
【0016】
熱可塑性樹脂繊維を形成する熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン,ポリプロピレン,エチレン−α−オレフィン共重合体などのポリオレフィン、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエチレンテレフタレート,ポリブチレンテレフタレート,ポリシクロヘキサンテレフタレート,ポリエチレン−2,6−ナフタレートなどのポリエステル、PTFEやETFEなどフッ素樹脂などを挙げることができる。さらに好ましくは、化学的に安定で耐久性が大きく、組織反応の少ない、PTFEやePTFEなどのフッ素樹脂、化学的に安定で耐久性が大きく、組織反応の少ない、引張り強度等機械的物性の優れたポリエチレンテレフタレートなどのポリエステルが好ましい。特に好ましくは、体温によりポリエステル樹脂の強度が低下する場合が考えられるため、ガラス転移温度60℃以上のポリエチレンテレフタレートなどのポリエステルが好ましい。
【0017】
金属繊維の材料としては、熱処理による形状記憶効果や、超弾性が付与される形状記憶合金が好ましく採用されるが、用途によってはステンレス、タンタル、チタン、白金、金、タングステンなどを用いてもよい。形状記憶合金としては、Ni−Ti系、Cu−Al−Ni系、Cu−Zn−Al系などが好ましく使用される。また、形状記憶合金の表面に金、白金などをメッキ等の手段で被覆したものであってもよい。金属繊維の太さは、特に限定されない。
【0018】
熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維は、モノフィラメント、2本以上の繊維を束ねたもの、2本以上の繊維を撚ったものなどを用いることができる。熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維は、0.1〜5デニール、さらに0.5〜3デニール、特に0.8を超えて3デニール以下のモノフィラメント数〜数百本、さらに10〜700本、特に10〜100本を束ねた又は撚った糸を用いることができる。熱可塑性樹脂繊維は、外径が1μm〜1mmのモノフィラメントを用いることができる。金属繊維は、外径が20μm〜1mmのワイヤを用いることができる。熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維は、モノフィラメント、ワイヤ、糸などを組み合わせたものを用いることができ、その形状は、円状、管状の中空体や、リボン状など、断面が円ではない異径などを用いることができる。
【0019】
本発明の人工器官は、熱可塑性樹脂繊維及び金属繊維から選ばれる繊維からなる管状物を作成し、その後管状物の外面及び/又は内面に硫酸化された多糖を被覆して製造することが好ましく、被覆方法としては、塗布、浸漬、含浸、吹きつけ、重合、架橋などの公知の被覆の方法で行なうことができる。本発明の人工器官において、管状物の外面及び/又は内面に生分解性の合成高分子を被覆する方法としては、硫酸化された多糖の溶液を用いて塗布、浸漬、含浸、吹きつけ、重合、架橋などの公知の方法で行なうことができ、硫酸化された多糖の溶液は、硫酸化された多糖が均一に溶解している物、一部溶解している物、分散している物、単量体、前駆体、などを用いることができる。硫酸化された多糖を管状物に被覆する場合、造孔成分を用いることができる。造孔成分は、被覆後、溶出などの方法で除去することにより、硫酸化された多糖の被覆物がスポンジ状になりやすく、機械特性や組織・細胞の侵入などに好ましい被覆ができる。
【0020】
構造体の外面及び/又は内面に硫酸化された多糖を被覆する方法の一例としては、硫酸化された多糖の溶液への管状物の浸漬、硫酸化された多糖の溶液の管状物への塗布又は吹きつけなどがあげられる。このとき、複数回の浸漬処理を行ない、上下を反転させることにより均一化をはかることができ好ましい。また、芯棒に固定された管状の構造体への硫酸化された多糖の塗布、吹きつけ、浸漬などがあげられる。このとき芯棒を回転させることで均一化をはかることができ好ましい。溶媒は基材に大きな影響を与えないもの、著しく損なわないものが好ましい。例としては、ポリエステル製の織物基材に対して、ヘキサフルオロイソプロパノールや加熱したフェノールなどを用いると繊維が溶解され、被覆が困難である。
【実施例】
【0021】
以下に、本発明の実施の形態を実施例に詳細に説明する。本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0022】
実施例及び比較例で得られる構造体の特性値の測定方法を示す。
(1)透水性:構造体に37℃で120mmHgの水を流し、流出した水の重量、管状物の表面積、時間から透水性を算出する。
(2)引張強度:熱可塑性樹脂繊維を用いて平織した布の緯糸方向の引張強度を測定した。引張強度の測定条件は、温度23℃、引張り速度10mm/min、試料として経糸方向(幅)に1cm、緯糸方向(長さ)に2cmであった。引張強度は、測定試料数5の平均値である。
【0023】
[実施例1]
熱可塑性樹脂繊維は、1.0デニールのポリエチレンテレフタレート製モノフィラメントを撚糸したものを用いた。緯糸(長さ方向)として熱可塑性樹脂繊維50デニール(307本)、経糸(周方向)として50デニールの熱可塑性樹脂繊維を用いて平織した布と外径20mmの管状物を作成した。得られた平織した布と管状物は、引張強度9.5Kg、壁厚64μm、有孔度は、1700ml/(cm2・min)であった。壁厚は150μmであった。硫酸化された多糖は、硫酸化ヒアルロン酸を用いた。これは既報にしたがい合成した。硫酸化度は0.4(2糖単位あたりの硫酸基)、重量平均分子量168万であった。室温(25℃)にて、硫酸化ヒアルロン酸を蒸留水に均一に溶解し、50μg/mLとした溶液を調製した。その後、乾燥窒素雰囲気中で、管状体をこの溶液に浸漬し、5分間静置した後これを引き揚げ、余計な液を振り落とした後、垂直に吊り下げて風乾させた。得られた硫酸化ヒアルロン酸被覆の管状の構造体を膨潤させ、有孔度を測定したところ、0ml/(cm2・min)であった。この壁厚は300μmであった。生硫酸化ヒアルロン酸は、管状体の外面と内面の両方に被覆されていた。
【0024】
[実施例2]
実施例1と同様な方法で管状の構造体を作成した。この管状物に実施例1と同じ硫酸化ヒアルロン酸による被覆処理を行ない、切り開いて平面状の構造物を得た。得られた硫酸化ヒアルロン酸により被覆された管状構造体の有孔度を測定したところ、0ml/(cm2・min)であった。この壁厚は300μmであった。硫酸化ヒアルロン酸は、管状体の外面と内面の両方に被覆されていた。
【0025】
[実施例3]
実施例1の外径20mmの管状の構造体に硫酸化ヒアルロン酸を被覆した。硫酸化ヒアルロン酸の被覆方法は、管状物を芯棒に固定し、軸方向に回転している管状の構造体の外面に硫酸化ヒアルロン酸を塗布し、回転させたまま風乾させた以外は、実施例1と同様な方法で硫酸化ヒアルロン酸被覆された管状の構造体を作成した。この有孔度は、0ml/(cm2・min)であった。この壁厚は250μmであった。硫酸化ヒアルロン酸は、主に管状体の外面のみに被覆されていた。
【0026】
[実施例4]
太さ30μmのニチノール合金72本にて編まれた、内径6mmの管状の構造体を用いた。この有孔度は測定不可能であった。この壁厚は75μmであった。この管状の構造体を用いた以外は、実施例3と同様の硫酸化ヒアルロン酸の被覆処理を行なった管状構造体の有孔度は、0ml/(cm2・min)であった。この壁厚は350μmであった。硫酸化ヒアルロン酸による被覆は外面と内面の両方に施されていた。
【0027】
[実施例5]
太さ25μmのニチノール合金60本にて編まれた、内径4mmの管状体を用いた。この有孔度は測定不可能であった。この壁厚は50μmであった。外径3.5mmのテフロン(登録商標)製の芯棒に、実施例1と同様の硫酸化ヒアルロン酸の水溶液を塗布した。その上に上記の管状体を被せ、そのまま室温で風乾させた。この硫酸化ヒアルロン酸被覆された管状の構造体の有孔度は、0ml/(cm2・min)であった。この壁厚は250μmであった。硫酸化ヒアルロン酸被覆は内面のみに施されていた。
【0028】
[実施例6]
実施例5と同様な方法で管状の構造体を作成した。この管状物に実施例1と同じ硫酸化ヒアルロン酸による被覆処理を行ない、切り開いて平面状の構造物を得た。得られた硫酸化ヒアルロン酸被覆された平面状の構造体の有孔度を測定したところ、0ml/(cm2・min)であった。この壁厚は250μmであった。硫酸化ヒアルロン酸は、管状体の片面にのみ被覆されていた。
【0029】
[実施例7]
実施例2にて作成した平面状の構造体上にて、細胞培養を行なった。細胞は、Cell Application社より入手したヒト心臓病患者繊維芽細胞(HCF)を用いた。Cell Application社より入手した培地を用いて、37℃で加湿された5%CO2雰囲気下で培養した。培地は一日おきに交換し、HCFが飽和の85−95%に至ったところで二次培養を実施した。この細胞を構造体上に播種し、48時間接着させた後、1軸方向に60回/分の頻度で引張り負荷をかけた。また、対照として、本発明の構造体を含まない構造体を用いた以外は同一の系にて培養を行なった。それぞれ、1、3、6時間の培養を行なった後、細胞を付着させた構造体をリン酸緩衝液(PBS)にて洗浄し、細胞を処理して、mRNAの発現をRT-PCR法にて定量した。結果、硫酸化ヒアルロン酸を含む構造体上で培養されたHCFでは、対照と比較して、コラーゲンタイプIの発現にかかるmRNAの発現が有意に減少していた。対照では、負荷を与えた期間の増大にともない、コラーゲンの発現が増大していたが、硫酸化ヒアルロン酸を含む構造体上ではコラーゲンの発現は見られなかった。
【0030】
この結果より、硫酸化ヒアルロン酸は、心筋細胞の繊維化を抑制すると考えられた。硫酸化ヒアルロン酸により処理された医療機器は、接触する生体組織の繊維化及び瘢痕化を阻止し、すなわち異物反応を惹起しない、きわめて高い生体適合性を有する人工器官となりうる可能性が示された。
【0031】
[実施例8]
実施例2にて作成した平面状の構造体上にて、細胞培養を行なった。細胞は、Cambrex Bio Science社より入手したヒト正常星状細胞(Normal Human Astrocyte)を用いた。培地には、Cambrex Bio Science社より入手した、5% FCS, rhEGF and IGF添加ABM培地を用いた。この細胞を構造体上に播種し、24時間培養を行なった後、細胞培養面に鋭利な剃刀を用いて真直に切れ込みを入れ、蛍光色素であるTetraColor ONEを添加した。5分静置した後に培地を除去し、さらに培地にて洗浄した。これを蛍光顕微鏡により観察し、色素が、切れ込み箇所からどの程度の距離まで到達しているかを測定した。これにより、細胞間の連絡機能(ギャップジャンクション活性)を評価した。この試料の他、実施例2と同様であるが、硫酸化ヒアルロン酸のコーティング溶液濃度を50μg/mLではなく10μg/mLとしたものを調整した。さらに、対照として、硫酸化ヒアルロン酸を含まない以外は実施例2と同様に作成した構造体についても同様の操作を行なった。結果、蛍光色素の細胞間の伝播距離は、硫酸化ヒアルロン酸を被覆した系で有意に大きくなっていた(図1)。硫酸化ヒアルロン酸の処理液の濃度による差は見られなかった。この結果より、硫酸化ヒアルロン酸は、細胞間の連絡機能を増強させると考えられた。
【0032】
細胞間連絡に重要な機能を有するタンパク質サブユニットとしては、コネキシンが知られている。主なコネキシンに関するmRNAの発現について、実施例7と同様の方法で検討した。結果、図2(A)〜(C)に示すように、Cx26,Cx32,Cx43の各コネキシンについてそれぞれ、硫酸化ヒアルロン酸の量に比例した発現上昇が観察された。これらの結果より、硫酸化ヒアルロン酸は、細胞間の連絡機能を増強させることが示された。
【0033】
また、細胞の増殖について、クリスタルレッド染色により評価した。結果、対照と硫酸化ヒアルロン酸を被覆した系とで有意差は見られなかった。細胞の形状について観察したところ、いずれの系も異常は認められなかった。結果は、図3に示す。
【0034】
[実施例9]
実施例8と同様の実験系にて、ヒト正常星状細胞(Normal Human Astrocyte)の培養を行ない、分化について観察した。アストロサイトの一部は脱分化し、神経前駆細胞となった後、ニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトへ再分化する。神経前駆細胞はNestin、ニューロンはNurr-1、オリゴデンドロサイトはOLIG1、アストロサイトはGlial filamentous acidic protein(GFPA)をそれぞれ発現指標として、実施例7および8と同様にして遺伝子発現の程度を評価した結果、図4(A)〜(D)に示すように、硫酸化ヒアルロン酸の量に比例した分化の促進が観察された。
【0035】
この結果より、適切な濃度の硫酸化ヒアルロン酸処理により、大動脈平滑筋細胞の増殖に対して影響を及ぼさず、かつ細胞間の連絡機能を強化することが判明した。これは、血管の吻合などによる肥厚を抑制し、狭窄を惹起することなく開存を維持しつつ、細胞間連絡を維持することで、平滑筋組織の強度を維持できることを示唆している。すなわち、硫酸化ヒアルロン酸により処理された医療機器は、接触する生体組織の機能を高いレベルで維持しつつも、異物反応による機能不全を抑制できる、きわめて高い生体適合性を有する人工器官となりうる可能性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明は、人工血管などの人工器官に関し、宿主の細胞・組織に対して炎症反応や繊維化を惹起させず、かつ増殖を促進する、生体適合性と治癒性とに優れた人工器官に関するものである。そのため、生体との接触による異物反応が抑制され、また治癒が促進されるため、臨床において有効性の高い、安全性の高い人工器官を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】切れ込み部分からの蛍光色素の細胞内伝播距離(星状細胞)を示す。
【図2(A)】Cx43のmRNA発現量を示す。
【図2(B)】Cx26のmRNA発現量を示す。
【図2(C)】Cx32のmRNA発現量を示す。
【図3】細胞の増殖と形態を示す。
【図4(A)】Nestinへの分化の状態を示す。
【図4(B)】GFAPへの分化の状態を示す。
【図4(C)】OLOGIへの分化の状態を示す。
【図4(D)】Nurr−1への分化の状態を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維からなる構造体であり、その外面あるいは内面もしくはその両方が硫酸化された多糖により被覆されていることを特徴とする人工器官。
【請求項2】
硫酸化された多糖が、硫酸化ヒアルロン酸であることを特徴とする請求項1に記載の人工器官。
【請求項3】
硫酸化ヒアルロン酸の硫酸化度が、二糖からなるヒアルロン酸の単位あたりに0.1から2.0個相当の硫酸基を含む範囲であることを特徴とする請求項2に記載の人工器官。
【請求項4】
硫酸化ヒアルロン酸の重量平均分子量が、1万から300万の範囲であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の人工器官。
【請求項5】
人工器官が、管状あるいはシート状であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の人工器官。
【請求項6】
人工器官が、有孔度0〜50ml/(cm2・min)(120mmHg,37℃)の透水性を有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の人工器官。

【図1】
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【図2(A)】
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【図2(B)】
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【図2(C)】
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【図3】
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【図4(A)】
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【図4(B)】
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【図4(C)】
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【図4(D)】
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【公開番号】特開2007−275388(P2007−275388A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−107168(P2006−107168)
【出願日】平成18年4月10日(2006.4.10)
【出願人】(501393771)
【出願人】(394023241)株式会社ウベ循研 (13)
【Fターム(参考)】