細胞内で機能する抗体の創製および細胞表現型を制御するタンパク質の同定
【課題】癌細胞などの細胞の表現型を決定する因子を特定し、当該因子の特異的な細胞内抗体を得て悪性癌細胞に対する遺伝子治療用組成物を提供すること、およびそのための発現ライブラリーとスクリーニング方法の提供。
【解決手段】ラクダ重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)の1部配列をランダム化してVHH発現ライブラリーを構築し、当該発現ライブラリーを用いて形質転換した培養細胞で表現型の変化が表れた細胞内のVHHを単離してランダム部位の配列を決定する工程を含むスクリーニング法により細胞の表現型の変化を抑制(活性化)する細胞内抗体を取得する。当該細胞内抗体を用いて、細胞の表現型を制御する細胞内生理活性物質を同定でき、当該細胞内抗体を発現できるベクターを用いた癌の遺伝子治療用組成物を提供する。
【解決手段】ラクダ重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)の1部配列をランダム化してVHH発現ライブラリーを構築し、当該発現ライブラリーを用いて形質転換した培養細胞で表現型の変化が表れた細胞内のVHHを単離してランダム部位の配列を決定する工程を含むスクリーニング法により細胞の表現型の変化を抑制(活性化)する細胞内抗体を取得する。当該細胞内抗体を用いて、細胞の表現型を制御する細胞内生理活性物質を同定でき、当該細胞内抗体を発現できるベクターを用いた癌の遺伝子治療用組成物を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シングルドメインで抗体として機能するラクダ重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)を人為的にランダム配列化することで構築した細胞内発現ベクターで構成されるシングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー(VHH発現ライブラリー)に関するものであり、それをヒト由来培養細胞内にトランスフェクションしてその中から表現型の変化が表れた細胞を単離した後、さらにその細胞中からシングルドメイン・イントラボディ発現ベクターを単離し、ランダム配列部位を同定する工程を含む、細胞の表現型を制御する細胞内抗体(イントラボディ)のスクリーニング方法および細胞内抗体の製造方法に関する。
ここで、細胞内抗体(イントラボディ)とは、細胞内で抗原となる分子を認識して結合する能力を発揮する抗体を意味するものであるが、抗体の1部分であっても抗体と同様の抗原認識機能を有する場合、たとえばシングルドメイン・イントラボディ(VHH)なども含む。
そして、本発明は、単離した細胞内抗体を用いて、細胞の表現型を制御する細胞内生理活性物質を同定する方法、および同定した細胞内活性物質を標的とする医薬組成物に関する。
また、本発明は、転移性癌の走化性抑制活性を有する、単離した細胞内抗体自体およびその抗原認識部位に対応するペプチド自体に関するものであり、さらにそれらをコードする遺伝子、およびその発現ベクター、これらを用いる転移性癌治療用医薬組成物もその発明に含む。
【背景技術】
【0002】
癌細胞の転移は、組織内の腫瘍細胞が原発巣を離れて移動し、血管内皮を突き抜けて血流に乗って身体の様々な部分に移動した後、また血管内皮を突き抜けて他の組織に移動後に腫瘍形成を行う現象であり、遺伝子の変異の他に、複数の正および負の因子が複雑に関与している。癌という病気において、細胞の癌化もさることながら、この転移という現象が癌患者の死亡率に直結しているのは明らかで、仮に腫瘍が発見されたとしても転移を抑えることさえできれば、外科的処置や放射線療法などとの組み合わせによって、患者の死亡率は大きく低下することが見込まれることから、転移抑制の問題は、臨床における癌治療の大きな課題の一つである(非特許文献4〜7)。
【0003】
癌細胞の転移において、細胞の移動能力そのものの活性化は転移性癌細胞の本質的な表現型のひとつである。これまでの多くの研究で、転移については細胞の形状を制御するアクチン骨格の協奏的再構成や、GTP加水分解酵素であるRhoファミリータンパク質の時間的かつ空間的活性化を介した細胞の移動能力変化が関与していることが明らかになってきているが(非特許文献8〜12)、分子レベルでの作用機構、上流でのシグナル制御、転移の潜在的標的遺伝子はいまだ十分には解明されていない(非特許文献13)。転移に関与する遺伝子を同定する様々な方法論の一つとして、転移に関与する遺伝子を同定する方法論はこれまでいろいろと検討されている(非特許文献14、15)。本発明者らは細胞内で機能する抗体(イントラボディ)を用いて、細胞内部のタンパク質の機能を阻害し、それによる細胞の転移能力機能の変化との関連付けから、転移関連タンパク質を同定するという手法を開発した。この「細胞内部で標的タンパク質の機能を阻害するイントラボディ」は、転移性の悪性癌細胞に対する分子レベルでの治療薬と考えることも可能である(非特許文献16、17)。このようなイントラボディを用いることができれば、従来の遺伝子ノックアウト法や遺伝子サイレンシング法では解明できなかった、複雑で多様な細胞内のシグナル伝達経路をより明確かつ正確に把握することができる。
【0004】
しかしながら、転移性の悪性癌細胞に対する分子レベルでの治療薬となり得る優れたイントラボディはいまだ提供されておらず、そのイントラボディをスクリーニングするための効果的な手段も確立していなかった。
【0005】
一方、一般的なスクリーニング方法としては、ある細胞や個体に対してなんらかの人為的な遺伝子変異操作を行って表現型の異なる変異体の集団を作成し、特定の表現型を基にスクリーニングを行い目的の表現型を有する変異体を単離した後、その変異体について変異と表現型の関連性に解析を行うことによって遺伝子機能を解析するという手法が、分子生物学の解析方法として古くから用いられてきた。
【0006】
具体的には、ランダム配列を持つペプチドを細胞内で発現させ、細胞の変化を基にスクリーニングを行うという手法であり、例えば、酵母のシグナル伝達をブロックするペプチド(非特許文献1)、抗癌剤であるTaxolに対する耐性を付与するペプチド(非特許文献2)、IL-4によるシグナリングをブロックするペプチド(非特許文献3)などが報告されている。
【0007】
しかし、これらの、「ランダム配列を持つ短鎖ペプチド発現ライブラリーを細胞内で発現させて細胞の表現型を変化させるペプチドを同定する」という方法では、ペプチドの水溶性の低さや細胞内部のタンパク質分解酵素による影響などの問題から、細胞抽出物へ作用させて免疫沈降させることが難しいため、相互作用する標的タンパク質を同定することは極めて難しい。
【0008】
しかも、単なるランダム配列を持つペプチドをそのまま用いることになるので、特定の三次構造を安定に保持することが困難であり、細胞内部の標的分子との相互作用に関する特異性や親和性の低下が危惧される。
この観点からは、全体として何らかの意味ある立体構造を基本骨格として有し、その一部分だけが多様な配列になるような発現ライブラリーの構築が望まれ、抗体様のタンパク質(ペプチド)はその基本骨格の候補となる。
【0009】
しかしながら、通常の細胞内部で用いられるリコンビナントの抗体の場合、まず通常の方法で抗原を認識するモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを作成した後、そのcDNAから一本鎖抗体(single chain Fv : scFv)をコードするDNAを含む細胞内発現ベクターを構築することになるから、標準的免疫動物のマウスやラット由来の抗体であり、重鎖(VH)と軽鎖(VL)の複合体が基本となる。
【0010】
一本鎖抗体(scFv)は、その重鎖と軽鎖をフレキシブルなペプチドリンカーで繋いだものであるから、その立体構造は必ずしももとの抗体ほどに安定ではない。また細胞内部で機能するかどうかという選択基準は、抗体作成時に反映されていないため、試験管内で機能しても細胞内部で発現させた場合に期待通りの機能を発揮できるとは限らない。
【0011】
この他近年盛んに行われているスクリーニング方法として、RNA干渉に基づいて遺伝子機能を抑制するsiRNAのライブラリーなどを用いて、細胞の表現型を変化させる遺伝子を同定する手法があるが、この方法で観察するのはあくまで遺伝子レベルでの抑制であるため、標的タンパク質が翻訳後に複数の機能や性質を持っていた場合(たとえば酵素活性、複合体形成能、細胞内局在変化、糖鎖修飾やリン酸化などの翻訳後修飾)、その機能のどれが重要な要因かを解明することは不可能である。
【0012】
【非特許文献1】Norman, T.C., etal., (1999) Science, 285, 591-595.
【非特許文献2】Xu, X., et al., (2001)Nat. Genet. 27, 23-29.
【非特許文献3】Kinsella, T.M.,et al., (2002) J. Biol. Chem. 277, 37512-37518
【非特許文献4】Christofori, G.(2006) Nature 441, 444-450.
【非特許文献5】Furuta, E., etal., (2006) Front. Biosci. 11, 2845-2860.
【非特許文献6】Bird, N. C., etal., (2006) J. Surg. Oncol. 94, 68-80.
【非特許文献7】Mehlen, P. andPuisieux, A. (2006) Nat. Rev. Cancer 6, 449-458.
【非特許文献8】Arber, S., etal., (1998) Nature 393, 805-809.
【非特許文献9】Sahai, E. andMarshall, C. J. (2003) Nat. Cell Biol. 5, 711-719.
【非特許文献10】Lambrechts, A.,et al., (2004) Int. J. Biochem. Cell Biol. 36, 1890-1909.
【非特許文献11】Kassis, J., etal., (2001) Semin. Cancer Biol. 11, 105-117.
【非特許文献12】Etienne-Manneville,S. and Hall, A. (2002) Nature 420, 629-635.
【非特許文献13】Bogenrieder, T.and Herlyn, M. (2003) Oncogene 22, 6524-6536.
【非特許文献14】Schneider, I.C. and Haugh, J. M. (2006) Cell Cycle 5, 1130-1134.
【非特許文献15】Fok, S. Y., etal., (2006) BMC Cancer 6, 151.
【非特許文献16】Lobato, M. N. andRabbitts, T. H. (2003) Trends Mol. Med. 9, 390-396.
【非特許文献17】Lobato, M. N. andRabbitts, T. H. (2004) Curr. Mol. Med. 4, 519-528.
【非特許文献18】Bomsztyk, K., etal., (2004) Bioessays 26, 629-638.
【非特許文献19】Bomsztyk, K., etal., (1997) FEBS Lett. 403, 113-115.
【非特許文献20】Laury-Kleintop,L. D., et al., (2005) J. Cell. Biochem. 95, 1042-1056.
【非特許文献21】Hamers-Casterman,C., et al., (1993) Nature 363, 446-448.
【非特許文献22】Dumoulin, M., etal., (2002) Protein Sci. 11, 500-515.
【非特許文献23】De Genst, E., etal., (2006) Dev. Comp. Immunol. 30, 187-198.
【非特許文献24】Desmyter, A., etal., (2001) J. Biol. Chem. 276, 26285-26290.
【非特許文献25】Jobling, S.A., etal., (2003) Nat. Biotechnol. 21, 77-80.
【非特許文献26】Marquardt, A.,et al., (2006) Chem. Eur. J. 12, 1915-1923.
【非特許文献27】Suyama, E., etal., (2003) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 5616-5621.
【非特許文献28】Suyama, E., etal., (2003) Cancer Res. 63, 119-124.
【非特許文献29】Krecic, A.M. andSwanson, M. S. (1999) Curr. Opin. Cell Biol. 11, 363-371.
【非特許文献30】Ostrowski, J. andBomsztyk, K. (2003) Br. J. Cancer 89, 1493-1501.
【非特許文献31】Weighardt, F., etal., (1996) Bioessays 18, 747-756.
【非特許文献32】Nagano, K., etal., (2006) EMBO J. 25, 1871-1882.
【非特許文献33】Michelotti, E.F.,et al., (1996) Mol. Cell Biol. 16, 2350-2360.
【非特許文献34】Michael, W.M., etal., (1997) EMBO J. 16, 3587-3598.
【非特許文献35】Mikula, M., etal., (2006) Proteomics 6, 2395-2406.
【非特許文献36】Taylor, S. J. andShalloway, D. (1994) Nature 368, 867-871.
【非特許文献37】Bustelo, X.R.(2001) Oncogene 20, 6372-6381.
【非特許文献38】de Hoog, C.L., etal., (2004) Cell 117, 649-662.
【非特許文献39】Habelhah, H., etal., (2001) Nat. Cell Biol. 3, 325-330.
【非特許文献40】Albini, A., etal., (1987) Cancer Res. 47, 3239-3245.
【非特許文献41】Edin, M.L., etal., (2001) Exp. Cell Res. 270, 214-222.
【非特許文献42】Bittner, M., etal., (2000) Nature 406, 536-540.
【非特許文献43】MacDonald,T.J., et al., (2001) Nat. Genet. 29, 143-152.
【非特許文献44】Ramaswamy, S., etal., (2003) Nat. Genet. 33, 49-54.
【非特許文献40】Albini, A., etal., (1987) Cancer Res. 47, 3239-3245.
【非特許文献41】Edin, M.L., etal., (2001) Exp. Cell Res. 270, 214-222.
【非特許文献42】Bittner, M., etal., (2000) Nature 406, 536-540.
【非特許文献43】MacDonald,T.J., et al., (2001) Nat. Genet. 29, 143-152.
【非特許文献44】Ramaswamy, S., etal., (2003) Nat. Genet. 33, 49-54.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、癌細胞などの細胞の表現型を制御する因子を決定し、同時に当該因子に対する特異的な細胞内抗体(イントラボディ)を提供することを目的とするものである。とりわけ、転移性の悪性癌細胞に対する分子レベルでの治療薬となり得る優れた細胞内抗体を提供することを目的とするものである。
また、他の観点からは、本発明は、細胞の表現型の変化をもたらす機能を細胞内で発揮する抗体を得ることができる発現ライブラリー自体と当該発現ライブラリーを用いたスクリーニング方法、細胞の表現型を制御する因子の同定方法の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは上記目的を達成できる発現ライブラリーとスクリーニング方法を鋭意検討した結果、従来イントラボディとして用いられていた一本鎖抗体(scFv)の代わりに、軽鎖を持たず、重鎖のみで抗原を認識するラクダの抗体に着目した(非特許文献21)。
このラクダ抗体の重鎖は、その抗原認識を担う可変ドメイン(VHH)だけでも抗体同様に機能し、その分子量は約15kDaで、一般的なIgGの分子量(約165kDa)やscFvの分子量(約28kDa)に比べて非常に小さい。また三つある超可変領域(CDR)の配列の1部を変更しても熱力学的に安定で翻訳後のホールディングミスが低い(非特許文献22)ことが予想されたので、本発明者らは、当該ラクダ重鎖抗体のVHHに対して、大腸菌等で発現させてもアグリゲーションを起こして不溶化し難いなどの、タンパク質工学的な取り扱いが容易であることを期待した。
【0015】
そして、ラクダ抗体のVHHにあるCDRは、マウスやヒトなどの一般的な抗体の重鎖可変領域(VH)にあるCDRと同様に三つあるが、VHHの3番目のCDR(CDR3)はVHのそれ(10アミノ酸前後)と比べて相対的に長いものが見られる(16〜24アミノ酸)。標的分子(抗原)が疎水的なくぼみや溝に基質結合部位を持つタイプの酵素の場合に、そのくぼみに長いCDR3が入り込んで酵素機能を効果的に阻害したことが報告されている(非特許文献23、24)ことから、本発明者らは、CDRのうちでも特にCDR3領域に着目した。
【0016】
VHHがイントラボディとして働くことは、試験管内および植物細胞内で酵素(starch
branching enzyme A : SBE A)の活性を抑制した例が報告されており、VHHをイントラボディとして発現させた場合に植物細胞抽出物中において、SBE A酵素活性を、SBE A遺伝子を標的とするアンチセンスによるSBE Aの発現抑制によるものよりも効果的に抑制した(非特許文献25)。
【0017】
以上のことから、本発明者らは、効果的な発現ライブラリーの構築にあたって、ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)を用いることとし、VHHにおける三つあるその超可変領域(相補性決定領域:CDR)の一つをランダム配列化したリコンビナント抗体が細胞内部で発現できるようなVHH発現ベクターライブラリー(シングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー)を構築した。
当該VHH発現ベクターをすべて培養細胞にトランスフェクトして培養を続ければ、どのシングルドメイン・イントラボディが発現したかによって細胞の性質が変化するので、その表現型の変化を観察して、目的の表現型の変化を示した細胞を選別する。実施例では、転移性の高いヒトの繊維肉腫由来の培養細胞にトランスフェクションし、その中から移動能力が低下した細胞を選り分ける。このスクリーニングによって得られた細胞から発現ベクターを回収して、そこにコードされているシングルドメイン・イントラボディのランダム配列部分を決定することで、細胞の表現型を変化させる機能を有するイントラボディ(細胞内抗体)、たとえば細胞死を誘導せずに転移性癌細胞の移動能力を低下させる機能を有するイントラボディを得ることができる。
【0018】
このイントラボディが有する抗原認識部位に対応するペプチドは、通常そのままで、もしくは環化により抗原結合性を有するので、イントラボディをコードするDNAのみならず、当該ペプチドをコードするDNAも、たとえば癌細胞などで発現させることにより、癌細胞の表現型を決定する因子を阻害することができるので、これらDNAを細胞内で発現できる発現ベクター、および当該発現ベクターは、遺伝子治療用医薬組成物として用いることができる。
また、上記スクリーニング法で得られたイントラボディを用いて細胞型を変化させた際に特異的に結合している因子を選択することにより、細胞の表現型を決定する因子をスクリーニングすることができる。
【0019】
本発明者らは実際に、このVHH発現ライブラリーを用いたスクリーニング法を転移性癌細胞に適用したことで転移性癌細胞の走化性を抑制する細胞内抗体(SD-iAb-47)を得た後、当該細胞内抗体と特異的に結合し、複合体を形成する細胞内タンパク質hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)を同定することができた。このhnRNP-Kと呼ばれるタンパク質は実に多様な機能を有しており、いまだその全ては解明されていない(非特許文献18−20)が、本発明者らはSD-iAb-47を用いて詳細な実験を行った結果、hnRNP-Kが細胞運動に深く関与しており、潜在的な癌治療の標的因子となりうることを世界で初めて証明することができた。
【0020】
本発明は、これらの知見に基づいて上記したように完成に至ったものであるが、これらをまとめると以下のとおりである。
(1) ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)をコードする塩基配列からなるDNAであって、その相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列の1部がランダム化されたDNAが組み込まれた細胞内発現ベクターで構成される、VHH発現ライブラリー。
(2) 前記相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列のうちランダム化される1部のDNAが、3番目のCDR(CDR3)をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、1番目および2番目のCDR(CDR1およびCDR2)はそのままである、前記(1)記載のVHH発現ライブラリー。
(3) 前記CDR3をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、ランダム化されるDNAが、5〜24コドンに相当する塩基配列を有するDNAであり、当該DNAの両端には制限酵素認識配列が導入されていることを特徴とする、前記(2)記載のVHH発現ライブラリー。
(4) 前記細胞内発現ベクターが、CMVプロモーターを有するプラスミドベクターである、前記(1)ないし(3)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリー。
(5) 前記ラクダの重鎖抗体が、抗ニワトリリゾチーム抗体由来のものである、前記(1)ないし(4)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリー。
(6) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
(7) 前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、前記(6)記載のスクリーニング方法。
(8) 前記(6)または(7)記載のスクリーニング方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性を抑制する抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
(9) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
(e)(d)で決定されたアミノ酸配列を有する可変領域をコードするDNAを含み、所望の細胞内で発現するベクターを合成する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
(10) 前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、前記(9)記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
(11) 前記(9)または(10)記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性もしくは転移を抑制する細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
(12) 前記(9)ないし(11)に記載のいずれかの細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクター。
(13) 前記(11)に記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体発現用ベクター。
(14) 細胞内抗体発現用ベクターが有する可変領域をコードするDNAが、その重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」をコードする塩基配列を含むことを特徴とする、前記(13)の細胞内抗体発現用ベクター。
(15) 前記(13)に記載の細胞内抗体発現用ベクターを用いて細胞を形質転換して細胞内で産生される、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体。
(16) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、細胞内抗体の作用による細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収した発現ベクターを、大腸菌に形質転換して増幅させる工程、
(d)(c)で増幅させた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返す工程、
(e)細胞の発現型を変化させる細胞内抗体の抗原認識部位を特定する工程、
(f)(e)で特定した抗原認識部位を有する細胞内抗体をコードする塩基配列とタグ配列を含む発現ベクターを用い、形質転換した培養細胞内で細胞内抗体を発現させる工程、
(g)(f)で発現させた細胞内抗体と内在タンパク質との複合体を沈降させ、細胞内抗体が有するタグを指標に回収する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の特定の表現型決定に関与する細胞内生理活性物質の同定方法。
(17) 前記(16)に記載の工程(f)において、細胞内抗体をコードする塩基配列に結合させるタグ配列は、ストレプトアビジンの特異的結合分子をコードするものであり、工程(g)が、その特異的結合分子と細胞内抗体の複合体を、細胞溶解液中からストレプトアビジン固定化担体を用いてアフィニティー沈降させた後、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量分画を行い、液体クロマトグラフィー/タンデム質量スペクトル分析計を用いて特異的結合分子を解析する工程であることを特徴とする、前記(16)に記載の細胞内生理活性物質の同定方法。
(18) 前記(16)または(17)記載の細胞内生理活性物質の同定方法において、前記培養細胞が転移性癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性に関与するタンパク質を同定する方法。
(19) 前記(18)記載の同定方法を用いて同定された転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質を癌治療の標的分子とし、前記(13)または(14)記載の細胞内抗体発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
(20) 転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質が、hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)である、前記(19)に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
(21) 前記(14)の細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、前記(20)に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
(22) 「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列からなるペプチド。
(23) 「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」を含むアミノ酸配列からなる、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチド。
(24) 「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列をコードするDNA。
(25) 「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列からなるDNA。
(26) 「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列を含み、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチドをコードするDNA。
(27) 重鎖CDR3のアミノ酸配列が、配列番号14からなるアミノ酸配列を含んでいることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する重鎖可変領域を有する細胞内抗体。
(28) 細胞内抗体のアミノ酸配列が、重鎖CDR3のアミノ酸配列以外はラクダ重鎖抗体由来のアミノ酸配列であることを特徴とする、前記(27)に記載の細胞内抗体。
(29) 前記(27)または(28)記載の、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する抗原認識部位を含む重鎖可変領域を含む細胞内抗体をコードするDNA。
(30) 前記(24)ないし(26)または(29)のいずれかに記載の細胞内抗体をコードするDNAを含み、転移性癌細胞内で発現して癌細胞の走化性を抑制するペプチドもしくは細胞内抗体を産生する発現ベクター。
(31) 前記(30)記載の発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【発明の効果】
【0021】
本発明におけるシングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー、すなわちVHH発現ライブラリー(SD-iAb発現ライブラリー)は、莫大な費用と時間、人手を必要とするゲノムワイドなRNAiライブラリーなどに比べて遥かに簡単かつ低コストで構築することが可能である。
【0022】
RNAiライブラリーなどでは、それらを細胞に導入した際に、既に標的タンパク質が存在している分については抑制することができないので、それらが本来の細胞機能によって代謝されるまでその影響が残ってしまう。従って標的タンパク質の発現量が多く、安定で分解速度が低い場合には効果的に抑制できない。その点、発明者らのSD-iAb発現ライブラリーはタンパク質レベルで標的タンパク質に作用するので、ライブラリーを作用した際に既に存在している分についても、その抑制機能を発揮することができるので有利である。
そして、実際に、このVHH発現ライブラリーを用いたスクリーニング法を用いたことではじめて、転移性癌細胞の走化性を抑制する細胞内抗体(SD-iAb-47)を得ることができたばかりでなく、このSD-iAb-47と特異的に結合し、複合体を形成する細胞内タンパク質hnRNP-Kを細胞の走化性を制御する因子として同定することができ、潜在的な癌治療の標的因子も提供できた。
【0023】
一般に細胞機能を抑制してその表現型変化に基づく遺伝子機能のスクリーニングはRNAi現象を利用した遺伝子ノックアウト法や相同組み換え現象に基づく遺伝子ノックダウン法が用いられるが、遺伝子のノックアウトおよびノックダウンが致死であるhnRNP-Kのような因子はそのスクリーニングでは得られない。標的遺伝子の翻訳産物(タンパク質)の機能のうち、一部分のみを抑制するということが可能であるSD-iAbを用いた本発明の方法であれば、そうした発現抑制が致死に直結するタンパク質機能の解析を実現することができる。
【0024】
発明者らのSD-iAb発現ライブラリーを用いる方法論は、RNAi技術や従来の遺伝子ノックダウン法を補う方法ということができるものであり、今後の細胞機能の分子生物学的解析において非常に重要且つ有用なツールである。
【0025】
また、実施例おいて得られたシングルドメイン・イントラボディSD-iAb-47は、本来高い走化性を示す癌細胞であるHT1080の走化性を、細胞死を起こすことなく効率的に抑制し、さらにそれに基づくHT1080の浸潤能も効果的に抑制した。このことは、シングルドメイン・イントラボディSD-iAb-47を転移性の高い悪性癌細胞に導入することで、癌治療に貢献できることを意味している。タンパク質として導入する場合にはSD-iAb-47そのものが癌治療薬となる。
【0026】
シングルドメイン・イントラボディSD-iAb-47を転移性の高い悪性癌細胞に導入することで、癌治療に貢献できる。その発現ベクターを細胞内部に導入する手法の場合には、遺伝子治療法という形で使用することが可能である。その際に、SD-iAb-47中の選択されたランダム配列からなるペプチドも癌細胞の走化性抑制には有効であり、それをコードするDNAの発現ベクターも癌治療薬として使用できる。
そして、同様のスクリーニング法で得られるシングルドメイン・イントラボディについては、このSD-iAb-47と同様の効果が期待できるものである。
【0027】
実施例の結果から、SD-iAb発現ライブラリーを用いた転移性癌細胞の走化性抑制機能に基づくスクリーニングの結果、細胞死を誘導することなく走化性を効率よく抑制する細胞内抗体SD-iAb-47が得られ、その相互作用する標的タンパク質がhnRNP-Kであることが明らかとなった。標的タンパク質hnRNP-Kが細胞の走化性に関与しているという事実はこの実施例で初めて得られた知見であり、その細胞質局在濃度を低下させることによって癌細胞の転移を抑制することができることから、新たな癌治療のターゲット因子と考えることができる。したがって、さらに、hnRNP-Kに結合する物質を探索することでhnRNP-Kの走化性機能を抑制する物質を得ることができ、このようにして得られた物質は、転移性癌治療薬として用いることができる。hnRNP-Kの走化性機能を抑制する物質がタンパク質の場合は、それをコードする遺伝子が、遺伝子治療薬となる。
【0028】
実施例においては転移性癌細胞の走化性という表現型に着目したスクリーニングを行っているが、細胞表面の抗原提示パターンの変化を標識した抗体で検出し、セルソーターなどの機械で単離する、最新のスクリーニング技術と組み合わせることで、実施例で行った以外にも多様な表現型変化にもとづくスクリーニングを行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明は、ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)をコードする塩基配列からなるDNAであって、その相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列の1部がランダム化されたDNAが組み込まれた細胞内発現ベクターで構成される、VHH発現ライブラリーに係る発明である。前記相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列のうちランダム化されるDNAは、3つのCDRのいずれの1部でもよいが、好ましくは、3番目のCDR(CDR3)をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAがランダム化され、かつ1番目および2番目のCDR(CDR1およびCDR2)はそのままである場合であって、より好ましくは、CDR3をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAのうちで、5〜24コドン(最も好ましくは、15コドン)に相当する塩基配列を有するDNAがランダム化され、さらに当該DNAの両端には制限酵素認識配列が導入されていることが好ましい。
また、前記細胞内発現ベクターは、細胞内(好ましくは哺乳動物細胞内)で発現できるベクターであれば何でもよいが、同時に大腸菌内でも発現可能であるものが好ましく、特に、CMVプロモーターを有するプラスミドベクターが好ましい。
前記ラクダの重鎖抗体は、いずれの抗原を認識する抗体であってもよいが、すでに全塩基配列が決定されているものが好ましく、たとえば抗ニワトリリゾチーム抗体由来のものを用いることができる。
【0030】
本発明は、前記VHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法に係るものである。
この(a)〜(c)工程が、1回のスクリーニング工程に相当し、この工程は1回のみでもよいが、好ましくは、得られた発現ベクターのプールに対して2〜10回程度、より好ましくは4,5回繰り返すことが望ましい。DNAの増幅方法としては、得られたプラスミド中のランダム配列をPCR法を用いて増幅し、直接配列決定することもできるし、得られた発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換してコロニー化することで増幅してから、ランダム領域の塩基配列を決定することもできる。
【0031】
本発明のスクリーニング方法の標的となる前記(a)で形質転換する細胞は、培養可能な細胞であって、その表現型の変化が観察できるものであればどのような細胞でもよいが、典型的には癌細胞株であり、その表現型の変化としては、観察が容易な走化性の変化(実施例参照)、接着性の変化、色素生成能の変化、フォーカス形成能変化、アポトーシス誘導薬剤や抗癌剤などへの耐性変化、寒天培地上での生育能変化などが好ましい。
実施例においては転移性癌細胞の走化性という表現型に着目したスクリーニングを行っているが、細胞表面の抗原提示パターンの変化を標識した抗体で検出し、セルソーターなどの機械で単離する、最新のスクリーニング技術と組み合わせることで、多様な表現型変化にもとづくスクリーニングを行うことが可能である。
【0032】
実施例において、細胞内抗体SD-iAbは細胞質内部に非局在化しているが、核やミトコンドリア、小胞体に局在させるようなシグナルペプチド配列を付加することで、細胞内抗体の機能を制御することが可能である。
【0033】
実施例において、核内局在シグナルであるVP-16を付加されたSD-iAb-47は、細胞の走化性を低下させる機能を持たない。このことは、細胞内抗体の細胞内部での局在状態とその細胞の表現型への影響力に重要な相関が存在することを意味している。スクリーニング時にそうした付加配列を用いることで、より多彩な細胞表現型制御が可能である。
【0034】
また、本発明は、前記記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
(e)(d)で決定されたアミノ酸配列を有する可変領域をコードするDNAを含み、所望の細胞内で発現するベクターを合成する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクターの製造方法に係るものであり、好ましくは、前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである。
そして、典型的には、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性もしくは転移を抑制する細胞内抗体発現用ベクターの製造方法に係るものである。
【0035】
さらに、本発明は前記記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクター自体に係る発明である。好ましくは、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体発現用ベクターに係るものであり、より好ましくは、当該細胞内抗体発現用ベクターが有する可変領域をコードするDNAが、その重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」をコードする塩基配列を含むものである。
【0036】
また、本発明は、前記細胞内抗体発現用ベクターを用いて細胞を形質転換して細胞内で産生される、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体自体に係る発明である。好ましくはラクダ重鎖抗体由来の重鎖可変領域(VHH)を基本骨格とし、重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」を有するものであり、典型的には実施例で得られたSD-iAb-47に係るものである。
【0037】
本発明は、前記VHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、細胞内抗体の作用による細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収した発現ベクターを、大腸菌に形質転換して増幅させる工程、
(d)(c)で増幅させた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返す工程、
(e)細胞の発現型を変化させる細胞内抗体の抗原認識部位を特定する工程、
(f)(e)で特定した抗原認識部位を有する細胞内抗体をコードする塩基配列とタグ配列を含む発現ベクターを用い、形質転換した培養細胞内で細胞内抗体を発現させる工程、
(g)(f)で発現させた細胞内抗体と内在タンパク質との複合体を沈降させ、細胞内抗体が有するタグを指標に回収する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の特定の表現型決定に関与する細胞内生理活性物質の同定方法にかかる発明である。
上記工程(f)において、細胞内抗体をコードする塩基配列に結合させるタグ配列は、公知タグ配列、たとえば、たとえば一般的なヒスチジンタグの他、Sigma社製のFLAGタグ、Merck社製(旧Novagen社製)のT7・タグ、HSV・Tag、CBD・Tag、GST・Tag、S・Tagなどを利用できるが、好ましくはストレプトアビジンの特異的結合分子をコードするものである。また、上記工程(g)において、その特異的結合分子と細胞内抗体の複合体を、細胞溶解液中からストレプトアビジン固定化担体などを用いてアフィニティー沈降させた後の工程として、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量分画を行い、液体クロマトグラフィー/タンデム質量スペクトル分析計を用いて特異的結合分子を解析する工程を設けてもよい。
また、前記培養細胞は好ましくは癌細胞株であり、どのような表現型の変化を観察してもよいが、典型的には転移性癌細胞株を用い、その走化性の低下を観察することにより、転移性癌細胞の走化性に関与するタンパク質を同定する方法に係る発明である。
【0038】
そして、本発明は、前記同定方法で同定された細胞内タンパク質を標的とする、前記細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物に係るものであり、特に標的となる細胞内タンパク質はhnRNP-Kが好ましい。
【0039】
別の観点からみると、本発明は、「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列を含む、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチドおよび配列番号14のアミノ酸配列をコードするDNAに係る発明である。好ましくは、配列番号14のアミノ酸配列の両端が繋がり、環化したペプチドとして用いることができる。
また、本発明は、重鎖CDR3のアミノ酸配列が、配列番号14からなるアミノ酸配列を含んでいる重鎖可変領域を有する細胞内抗体であって、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体に係る発明である。好ましくは、重鎖CDR3のアミノ酸配列以外はラクダ重鎖抗体由来のアミノ酸配列である。
また、本発明は、上記転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する重鎖可変領域を含む細胞内抗体をコードするDNAに係る発明であり、また当該DNAを含む発現ベクターであって、転移性癌細胞内で発現して癌細胞の走化性を抑制するペプチドもしくは細胞内抗体を産生する発現ベクターに係る発明である。
さらに、本発明は、当該発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物に係る発明でもある。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
(実施例1)
イントラボディの基本骨格として、既に遺伝子配列が報告されているラクダ抗体の抗ニワトリリゾチーム抗体由来のVHH(cAb-Lys3)を選択し、発現ベクターは、哺乳動物細胞中で強力な遺伝子発現を行うサイトメガロウィルス由来のCMVプロモーターを有するInvitrogen社のpcDNA3.1-Hygroを用いた(図1A)。発現ベクターpcDNA3.1/Hygroに抗ニワトリゾチーム−ラクダ抗体cAb-Lys3がクローニングされたプラスミド「pcDNA3.1/Hygro-cAb-Lys3」のDNA配列を(配列番号1)として示す。なお、(配列番号1)に含まれる抗ニワトリゾチーム−ラクダ抗体cAb-Lys3のORFに対応するDNA配列(C末端にヒスチジンタグを有する)を(配列番号8)として示し、アミノ酸配列を(配列番号11)として示す。VHHのC末端にFLAGタグ配列を持つようにして、その発現をウェスタンブロットで確認した。実際のスクリーニング時にはFLAGタグ配列ではなくヒスチジンタグ配列を持つものを使用した。骨格となるcAb-Lys3のCDR3の前後には、ランダム配列をクローニングするための制限酵素Sfi I認識部位を導入した(図1B)。pcDNA3.1/Hygroプラスミドベクターのうち、pcDNA3.1/HygroのCDR3部分に制限酵素Sfi I認識部位を導入したプラスミド「pcDNA3.1/Hygro-VHH-Sfi」のDNA配列を(配列番号2)として示す。なお、(配列番号2)中のVHH-SfiのORFに対応するDNA配列(C末端にヒスチジンタグを有する)を(配列番号9)として示し、アミノ酸配列を(配列番号12)として示す。
この基本骨格となるVHH(VHH-Sfi)が哺乳動物細胞(ヒト腎臓由来の293T細胞)で発現することを、抗FLAG抗体を用いたウェスタンブロッティング法で確認した(図1C)。
その結果が良好であったことから、両端に上記のSfi I認識部位にクローニングできるような配列を有し、その内部にランダム化された配列を15コドン分持つDNAを化学合成し、制限酵素Sfi Iで消化した上記発現ベクターに連結した。ランダム配列部分は一般的なNNKコドン法(NはA, G, C, Tのいずれか、KはGもしくはTのどちらかに限定)を用い、20種類のアミノ酸が比較的均等に出現しつつ、終止コドンの出現頻度を最小限に抑えることとした。当該cAb-Lys3由来のCDR3は、そのN末端とC末端をジスルフィド結合で繋いで環化させると、それだけで抗原であるニワトリリゾチームとcAb-Lys3と同じ様式で結合することが報告されていることから(非特許文献26)、骨格となるcAb-Lys3のCDR1およびCDR2についてはそのままとした。「pcDNA3.1/Hygro-VHH-Sfi」プラスミドベクターのVHH-Sfi制限部位に導入するランダムDNAライブラリーのテンプレートDNA「dSD-iAb-lib」のDNA配列を(配列番号3)として示す。「dSD-iAb-lib」は、化学合成した一本鎖DNAで、上流プライマー(配列番号4)および下流プライマー(配列番号5)を用いてPCRし、二本鎖DNAにした後、Sfi Iで消化してpcDNA3.1/Hygro-VHH-Sfiプラスミドベクターにクローニングした。このpcDNA3.1/Hygro-VHH-SfiプラスミドベクターのVHH-Sfiの制限酵素SfiI認識部位に15コドン分のランダムDNA配列が導入されたプラスミド「pcDNA3.1/Hygro-dSD-iAb-lib」のDNA配列を(配列番号6)として示す。
【0041】
化学合成したランダム配列からなるDNAと制限酵素Sfi Iで消化した上記発現ベクターを通常の方法で連結した後、それを用いて一般的な遺伝子工学用の大腸菌株を形質転換し増幅した。その大腸菌プールの一部をとってコロニー化し、36クローンの大腸菌それぞれが持つプラスミド(発現ベクター)のCDR3領域をコードするDNA配列を解析した結果、終止コドンが含まれていて完全なVHHが発現しないものの比率(終止コドン含有率)は33%であった。NNKコドン法でランダム配列を作成した場合、終止コドンの出現率は3.125%であることから、1コドンあたりに終止コドンが出現しない確率は100−3.125=96.875%となる。従って15アミノ酸が連続した場合、その中で終止コドンが出現しない確率は0.96875の15乗で0.621となり、約62 %である。このことから、15アミノ酸が連続した場合、そのうち終止コドンを含むプラスミドの存在確率は100−62=38%であり、この値は実際の終止コドン含有率33%にほぼ等しいことがわかった。ランダム配列を含む発現ベクターライブラリーの多様性を上記の形質転換効率から2.7×106種と見積もり、さらに終止コドン含有率38%から計算して、完全なVHHを発現する発現ライブラリーの多様性を1.7×106種と見積もった。
【0042】
こうして構築したVHH発現プラスミドライブラリーが、本当に完全長のVHHを哺乳動物培養細胞発現しているかを、293T培養細胞および抗FLAGタグ抗体を用いてウェスタンブロッティング法で解析した(図1C)。
その結果、ランダム配列を持つ発現ライブラリーから発現するVHHライブラリーは、哺乳動物培養細胞において、そのC末端にFLAGタグを持つことから正しいフレームで翻訳されること、またその起源である抗ニワトリリゾチーム抗体VHH(cAb-Lys3)およびその基本骨格であるSfi Iクローニングサイトを導入したVHHであるVHH-Sfiとほぼ同じ分子量であることが確認された。
以上のように、CDR3のみをランダム配列化したVHHライブラリーを細胞内部で正しく発現させることの出来る「pcDNA3.1/Hygro-dSD-iAb-lib」からなる発現プラスミドライブラリー(SD-iAb発現ライブラリー)の構築に成功した。
【0043】
(実施例2)
上記のようにして得たSD-iAb発現ライブラリーを、転移性の高いヒト繊維肉腫由来の癌細胞株HT1080にトランスフェクションし、24時間後、細胞の走化性アッセイを行った(非特許文献27、28)。図2Aはその操作を模式的に表したものである。上記SD-iAb発現ライブラリーのトランスフェクションによって細胞内部で発現したSD-iAbによる影響を受けなかった細胞は下部チャンバーの走化性誘引物質に誘引されて膜を通過し、一方、その影響によって走化性が低下した細胞は、上部チャンバーに残っている。これらの走化性が低下した細胞を集め、細胞内部から発現ベクターを回収し、それを用いて大腸菌を形質転換して増幅させた。この操作が1回のスクリーニングとなる。
【0044】
このスクリーニングによって得られた発現ベクタープールは、「転移性癌細胞の走化性の低下を引き起こすSD-iAbをコードする発現プラスミドベクター」の含有率が元のSD-iAb発現ライブラリーより高くなったプラスミド集団と言うことができる。
ここで、得られたプラスミド中のランダム配列をPCR法を用いて増幅し、直接配列決定することもできるし、プラスミドで大腸菌を形質転換してコロニー化することで増幅し、ランダム領域の塩基配列を決定することもできる。しかし、1回のスクリーニングではバックグラウンドとなる細胞を多く含むと考えられるので、このスクリーニング操作(細胞走化性アッセイ)を4回繰り返し、目的のSD-iAbの含有率を高めた。
各々のスクリーニング後に得られるプラスミド量を正確に定量することは困難であったが、回収したプラスミドで形質転換した大腸菌をプレートに撒いてコロニー化し、コントロールとなるVHH-Sfi発現ベクターを用いた大腸菌形質転換効率を用いて標準化した数値を比較することで、スクリーニングで得られるプラスミド量の変化の傾向を評価した。
【0045】
各々のスクリーニング後に得られるプラスミド量の変化の傾向を評価した結果、スクリーニングごとに回収されるプラスミド量が増加することがわかった(図2B)。
【0046】
また各スクリーニングで走化性が低下して膜上に残っている細胞を染色してみると、明らかにその細胞の数が増加している様子が観測された(図2C)。
【0047】
最終的に、1535個の大腸菌クローンを回収し、その内96クローンからプラスミドを回収して配列解析を行ったところ、ランダム領域の配列として「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」というアミノ酸配列をコードするもののみが複数回出現した。DNA配列も「TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT(配列番号15)のDNA配列に収束していた。このアミノ酸配列をコードするDNAについて既存のデータベースをサーチしてみたが、有意な関連性や相同性を持つ配列は見つからず、天然には存在しない新規のアミノ酸配列であることがわかった。そこで、我々はこのアミノ酸配列をCDR3に持つ細胞内抗体(VHH)をSD-iAb-47と命名した。当該SD-iAb-47(「pcDNA3.1/Hygro-SD-iAb-47」)のDNA配列を(配列番号7)として示す。なお、(配列番号7)中のSD-iAb-47のORFに対応するDNA配列は(配列番号10)であり、アミノ酸配列は(配列番号13)である。
【0048】
(実施例3)
細胞内抗体SD-iAb-47が相互作用する標的タンパク質が何であるかを同定するために、SD-iAb-47のC末端にストレプトアビジンと特異的に相互作用するタグ配列をつけた融合タンパク質(SD-iAb-47-SBT)をコードするDNAを含む哺乳動物細胞発現ベクターを構築した。この時、コントロールとして同様のタグをVHH-Sfiに結合した融合タンパク質(VHH-Sfi-SBT)発現ベクターも用意した。
【0049】
それぞれの細胞内発現ベクターをトランスフェクションした転移性癌細胞から溶出液を調整し、ストレプトアビジンを固定化したアガロースビーズと混ぜてインキュベートしたあと、上記タグとストレプトアビジンとの相互作用に基づいて、SD-iAb-47-SBTおよびそれが結合する内在タンパク質を沈降させて回収した。SD-iAb-47-SBTと標的タンパク質の相互作用が弱いことも考えて、上記作業中のアガロースビーズの洗浄は出来る限り温和な条件で行った。この一連の操作の概念図を図3Aに示す。
【0050】
同様の操作をVHH-Sfi-SBT発現ベクターを用いて行い、それぞれから得られたアフィニティー沈降物質をSDS変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で解析した(図3B)。非特異吸着タンパク質を含めて多くの内在タンパク質が得られたが、コントロールであるVHH-Sfi-SBTによるアフィニティー沈降による結果を比較して明確に差が見えたのは、55-70kDaのレンジにおける三つのバンドであった。それらをゲルから切り出して液体クラマトグラフィー/タンデム質量スペクトル解析(LC-MS/MS)でアミノ酸配列を解析し、タンパク質データベースサーチによって同定した結果、それら一つ一つが別のタンパク質で、それぞれ上からケラチン(keratin)、hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)、ビメンチン(vimentin)であることがわかった。
【0051】
ケラチンについてはこの手の実験手法において高頻度で見られる実験者由来のコンタミネーションであると考え、標的タンパク質の候補をhnRNP-Kおよびビメンチンに絞り、これら二つの候補タンパク質についての抗体を用意して、上記のアフィニティー沈降物質についてウェスタンブロッティング解析を行った。なお、この際は非特異的な相互作用を減らすため、厳しい条件での洗浄操作を行っている。その結果、SD-iAb-47-SBTを用いた沈降物質中にはhnRNP-Kが見られたがビメンチンを検出することはできなかった。一方、コントロールであるVHH-Sfi-SBTを用いて調整した沈降物質中にはどちらも検出することはできなかった(図3C)。以上のことから、SD-iAb-47-SBTのCDR3部分(YLAGVEVWRRRVGLC)に特異的に結合するタンパク質をhnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)と特定した。
【0052】
同定したhnRNP-Kは、基本的には核に多く存在するRNA結合タンパク質の1種で、転写制御からメッセンジャーRNA(mRNA)のスプライシングや核内プロセッシング、細胞質中でのmRNAの翻訳やそのターンオーバー、さらに細胞分裂におけるクロマチンリモデリングなど、極めて多様な細胞機能に関与していることが報告されている(非特許文献18、29〜34)。これらのことからhnRNP-Kは、DNAおよびRNAに直接関与する細胞内のプロセスに関与する様々なタンパク質に結合し、相互間のクロストークを促進させることでシグナル伝達を効率化する足場(ドッキング・プラットフォーム)として機能していると考えられている(非特許文献35)。
【0053】
このタンパク質の相互作用や機能は、その存在が発見されて以来、増加の一途を辿っている。例えばhnRNP-KのC末端よりに存在するSH3結合領域は、非受容体型プロテインキナーゼであるSrcファミリーと相互作用することが知られているし(非特許文献36、37)、細胞接着を制御したり(非特許文献38)、リン酸化を受けて細胞質に局在を変化させて翻訳阻害を起すことも報告されている(非特許文献39)。これらの機能発現の場が核内であったり細胞質であったりするのは、hnRNP-Kが特徴的な核-細胞質間の行き来するシャトリングシグナル配列を持っており、状況に応じてその局在を変化させることが出来るからであると考えられている(非特許文献34)。
【0054】
このように、hnRNP-Kと呼ばれるタンパク質は実に多様な機能を有しており、いまだその全ては解明されていなかったが、本発明者らは実施例1のVHH発現ライブラリーを用いたスクリーニング法を転移性癌細胞に適用したことによって転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するシングルドメイン・イントラボディ(SD-iAb-47)を得ることができ、SD-iAb-47と特異的に結合して複合体を形成する細胞内タンパク質としてhnRNP-Kを同定することができたものである。さらに、下記の実施例4〜5において、SD-iAb-47を用いて詳細な実験を行った結果、発明者らは、hnRNP-Kが細胞運動に深く関与しており、潜在的な癌治療の標的因子となりうることを世界で初めて証明することができた。
すなわち、このことは、SD-iAb-47およびそれをコードするDNAを転移性癌治療剤として用いることができるばかりでなく、hnRNP-Kに結合してその活性を抑制することができる物質を探索すれば、当該物質もまた、同様に転移性癌治療薬として用いることができることを示したことである。
【0055】
(実施例4)
実施例2で得られた細胞内抗体SD-iAb-47による走化性抑制について、実際にそれが転移性癌細胞(HT1080)の走化性を抑制するか否かについて確認実験を行った。細胞内抗体SD-iAb-47発現ベクターの他、コントロールとしてVHH-Sfi発現ベクター、スクリーニングにかける前のプラスミドプール(SD-iAb発現ベクターライブラリー)、4ラウンド目のスクリーニングで得られたプラスミドプール(SD-iAb5th発現ベクターライブラリー)を比較対象として用意した。これらの発現ベクターでトランスフェクションした細胞を用いて上記スクリーニングと同じ要領で走化性アッセイを行い、走化性の低下した細胞を回収し、そこから得られたプラスミドで大腸菌を形質転換してコロニー数をカウントしたところ、他に比べてSD-iAb-47発現ベクターを内在する大腸菌コロニーの数が明らかに多かった(図4A)。また走化性アッセイにおいて、下部チャンバーに移動せずフィルター上に残っている細胞を染色して観察すると、コントロールに比べてSD-iAb-47発現ベクターをトランスフェクションした細胞の方が明確に多いことがわかった(図4B)。
【0056】
さらに、膜に加えて細胞外基質を重層したものを用い、より実際の癌細胞転移に近い状況を再現することができる「浸潤アッセイ」(非特許文献40)を行った。上記同様のコントロール(VHH-Sfi発現ベクター)の他、4ラウンド目のスクリーニングで得られたプラスミドプール(SD-iAb 5th発現ベクターライブラリー)と比較すると、SD-iAb-47発現ベクターをトランスフェクションした細胞が細胞外基質を通り抜けることのできた細胞(すなわち浸潤能を保持した細胞)の数は、染色結果(図4C左)および細胞数計測(図4C右)の双方で、明らかに低下していることがわかった。
【0057】
さらなる確認として、コントロール(VHH-Sfi発現ベクタートランスフェクション細胞)とSD-iAb-47発現ベクタートランスフェクション細胞それぞれを密集状態で培養した状態に溝を作り、その溝の埋まり具合を観察することで(スクラッチアッセイ)、接着状態の細胞の移動能力を評価した(非特許文献41)。6時間後にその様子を観察した結果、明らかにSD-iAb-47発現ベクタートランスフェクション細胞の方がコントロールよりも溝への移動能力が低下していた(図4D)。以上の実験結果は、細胞内抗体SD-iAb-47が、本来高い走化性を示す癌細胞であるHT1080の走化性を、細胞死を起こすことなく効率的に抑制し、さらにそれに基づくHT1080の浸潤能の低下を引き起こすことを明確に示すものである。上記の結果から、SD-iAb発現ライブラリーを用いた転移性癌細胞の走化性抑制機能に基づくスクリーニングの結果、細胞死を誘導することなく走化性を効率よく抑制する細胞内抗体SD-iAb-47が得られ、その相互作用する標的タンパク質がhnRNP-Kであることが明らかとなった。
【0058】
(実施例5)
次に、細胞の走化性とhnRNP-Kとの関連性に焦点を当て、血清を抜いた状態の培地中の細胞に対する、走化性誘引物質であるフィブロネクチンによる走化現象に基づく実験を行った。既にhnRNP-Kの細胞内における分布が、血清の存在によって核内優先的に局在する状態から核と細胞質双方に分散する状態へ変化することが報告されているので(非特許文献39)、まずこの報告例が再現できるかを、抗hnRNP-K抗体によるウェスタンブロッティング法を用いて経時的に調べた(図5A)。
【0059】
無血清倍地条件下の細胞ではhnRNP-Kは核優先的な分布を示しているが、血清添加後、時間の経過と供に細胞質での存在量が増加することが確認された(図5A)。血清に代わって走化性誘引物質であるフィブロネクチンを用いた場合でも、同様の結果が得られた(図5B)。一方で、SD-iAb-47が発現している細胞では、そうした細胞質におけるhnRNP-Kの存在量の増加は観察されなかった(図5Bおよび図5C)。
【0060】
以上の結果は、SD-iAb-47がhnRNP-Kと結合することで、何らかの作用により誘引物質であるフィブロネクチンによるhnRNP-Kの細胞質存在量の増加が阻害され、それによって転移性癌細胞HT1080の走化性が抑制されたことを示すものである。言い換えれば、hnRNP-Kの細胞質における機能の一つが、細胞の運動能力を正に制御するシグナル伝達に深く関与しているということであるから、その機能を細胞質でのみ阻害することで有力な癌転移の阻害効果が期待できる。このような細胞内の局所的機能阻害は、siRNAなどによる標的タンパク質全体の発現抑制を起こすような技術では不可能である。
【0061】
そのことを確認するために、shRNA発現ベクターを用いてsiRNAによるhnRNP-K発現抑制(遺伝子ノックダウン)を試みたところ、細胞死が観測されたことからhnRNP-Kが細胞生存に不可欠であることがわかった。また従来から遺伝子ノックアウト法によるhnRNP-Kノックアウトマウスなどの報告例も無い。従って、hnRNP-Kを標的にしたsiRNA等の投与は正常細胞にも細胞死を起こしてしまう可能性が高く、重篤な副作用を引き起こす恐れがある。
【0062】
また、SD-iAb-47が持つヒスチジンタグを利用した抗ヒスチジン抗体による免疫染色から、SD-iAb-47が細胞内部全般に非局在化して存在していることを確認した。さらに核局在シグナルを持つVP16タンパク質を融合させた融合タンパク質(SD-iAb-47-VP16)発現ベクターを構築し、核内にSD-iAb-47を局在させてみた(図5D)。これらを用いて図5Bと同様のファイブロネクチンによるhnRNP-Kの細胞内分布変化を見てみると、核内に局在するSD-iAb-47-VP16では、hnRNP-Kの細胞質存在量の増加を十分に抑え切れていないことがわかった(図5E)。またそれらによる走化性への影響を膜上に残った細胞の染色状況で比較したところ、SD-iAb-47-VP16では走化性が抑制されていないことがわかった(図5F)。このことからも、核内に局在するSD-iAb-47(SD-iAb-47-VP16)では転移性癌細胞の走化性を抑制することは困難であることがわかった。
これに対して、本発明で得られたイントラボディ(SD-iAb-47)を用いれば、上述のように細胞内の局所的機能阻害が可能であり、hnRNP-Kの核内での機能を落とすことなく、細胞質での機能を低下させることができ、それによって癌細胞周辺の正常細胞に影響を与えることなく、癌細胞の転移のみを抑制することが可能となる。このことは、厳密な癌細胞特異的ドラッグデリバリーを必要とせず、かつ副作用の少ない抗癌治療に道を開くものである。
【0063】
このように、hnRNP-Kは細胞の走化性に関与する重要なタンパク質であるが、このことは、本発明のSD-iAb発現ライブラリーを用いたスクリーニング法によってはじめて発見することができたhnRNP-Kの新規の機能である。癌の転移に関しては、独立した様々なスクリーニング方法によって数多くの関連遺伝子が同定されており、その機構は非常に複雑な細胞内シグナル伝達の上に成り立っていると考えられる(非特許文献42〜44)。従って効果的な癌転移治療に結びつけるためには、その分子レベルでのメカニズムをできうるかぎり詳細且つ正確に理解することが必要とされている。細胞機能を抑制してその表現型変化に基づく遺伝子機能のスクリーニングとして一般的に用いられるRNAi技術では、遺伝子のノックダウンが致死であるhnRNP-Kのような因子は同定できない。特にhnRNP-Kはその局在変化が細胞の表現型(走化性)に直接影響しており、発現そのものを低下させるRNAi現象に基づく方法では見つけることのできない機能である。本発明のスクリーニング法は、このような因子の検索に最適な方法である。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明におけるシングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー(VHH発現ライブラリー)は、簡単かつ低コストで構築することが可能であるばかりか、タンパク質レベルで標的タンパク質に作用するので、ライブラリーを作用した際に既に存在している分子に対してもその抑制機能を発揮することができ、しかも標的遺伝子の翻訳産物(タンパク質)の機能のうち、一部分のみを抑制するということも可能であるため、遺伝子のノックアウトやノックダウンが致死に直結するタンパク質機能の解析を実現することができる。当該発現ライブラリーを用いる方法論は、RNAi技術や従来の遺伝子ノックダウン法を補う方法ということができるものであり、今後の細胞機能の分子生物学的解析において非常に重要且つ有用なツールに発展すると考えられる。
【0065】
また、当該スクリーニング方法を用いて得られたシングルドメイン・イントラボディは、癌の遺伝子治療用医薬組成物としても有用であり、当該イントラボディと相互作用する細胞内物質を同定することにより、新たな癌治療のターゲット因子を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】A:VHHを発現する遺伝子の模式図。 シングルドメイン・イントラボディ(SD-iAb)発現ベクターの構築についての図である。VHHは哺乳動物細胞発現ベクターであるpcDNA3.1-Hygroにクローニングされている。この遺伝子はCMVプロモーターによって発現を制御される。B:ランダム配列化されるCDR3のDNA配列。 起源となる抗ニワトリリゾチームのラクダ抗体(cAb-Lys3)のDNA配列を上段に、SD-iAbライブラリーの基本骨格となるVHH-SfiのDNA配列を下段に示す。一文字表記のアミノ酸配列はVHH-SfiのDNA配列が正規のフレームで翻訳された場合のものである。C:抗FLAGタグ抗体を用いたウェスタンブロッティング法によるSD-iAb発現ベクターの機能確認。VHH-SfiおよびSD-iAb発現ベクターライブラリーのうち2種類のクローンを無作為に選んでヒト培養細胞中で発現させると、正しいフレームで翻訳され、コントロールであるcAb-Lys3と同じ分子量のタンパク質(約15kDa)が得られる。
【0067】
【図2】走化性アッセイスクリーニング(1):走化性アッセイスクリーニングの概念図 SD-iAb発現ベクターライブラリーのトランスフェクションによって発現した細胞内抗体によって、細胞の移動能が抑制されている細胞を、走化性アッセイによって単離する方法論(走化性アッセイスクリーニング)についての図である。
【0068】
【図3】走化性アッセイスクリーニング(2):各ラウンド後に回収される目的プラスミド量。各ラウンドにおけるスクリーニング後に回収されるプラスミド量を、それによる大腸菌の形質転換効率の相対比較で評価したグラフ。形質転換は常にコントロールであるVHH-Sfiとセットで行い、その形質転換効率で標準化した値を白色のバーで示した。
【0069】
【図4】走化性アッセイスクリーニング(3):各ラウンド後に膜上に残っている目的細胞量。走化性アッセイ後に、移動できず膜上に残っている細胞を染色したもの。染色が濃い方が多くの細胞が残っていることを示す。各ラウンドで得られたプラスミドプールを一度大腸菌に形質転換した後に増幅し、プラスミド量を一定に調整してトランスフェクションし直し、走化性アッセイを再び行った時の結果。スクリーニングが進むにつれて移動能が低下した細胞の比率が増加していることがわかる。
【0070】
【図5】SD-iAb-47が結合する標的タンパク質の同定(1):スクリーニングで得られた細胞内抗体SD-iAb-47を用いた標的タンパク質のアフィニティー精製の概念図。ストレプトアビジン結合配列(SBT)をつけたSD-iAb-47-SBTを細胞内部で発現させ、それに結合した標的タンパク質ごとストレプトアビジン固定化アガロースビーズで捕まえて沈降させる。温和な条件で洗浄した後、変性させてビーズから回収し、SDS-PAGEで分子量の大きさに従って分離する。
【0071】
【図6】SD-iAb-47が結合する標的タンパク質の同定(2):SDS-PAGEの結果。コントロールであるVHH-Sfi-SBTを発現した細胞から得られたものと比較して、矢印で示した3本のバンドがSD-iAb-47-SBTを発現した場合に特徴的に現れた。
【0072】
【図7】SD-iAb-47が結合する標的タンパク質の同定(3):PVDF膜にトランスファーしてウェスタンブロットで解析しなおした結果。SD-iAb-47-SBTを用いてアフィニティー沈降した場合、先に同定した3本のバンド由来のタンパク質のうち、hnRNP-Kは検出されたがビメンチンは検出されなかった。VHH-Sfi-SBTを用いてアフィニティー沈降した場合はhnRNP-Kもビメンチンも検出されなかった。Inputはアフィニティー沈降に用いた細胞溶解物を泳動したものである。
【0073】
【図8】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(1):走化性アッセイ後に得られるプラスミドで形質転換した際に出現するコロニー数の比較。SD-iAb-47および4ラウンドのスクリーニング後のプラスミドプールを用いてトランスフェクションした細胞について走化性アッセイを行った結果、コントロールおよびまったくスクリーニングを行っていないプラスミドプールによるそれと比較すると、より多くの細胞が移動能を失って膜上に残っていることが間接的に示唆された。
【0074】
【図9】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(2):上部チャンバーの膜上に残っている細胞を染色した結果。SD-iAb-47を発現した細胞では、より多く膜上に残っている(すなわち濃く染色される)。
【0075】
【図10】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(3):浸潤アッセイを行った結果、細胞外基質を通り抜けて下部チャンバーへ移動した細胞を染色したもの。
【0076】
【図11】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(4):浸潤アッセイを行った結果、その細胞数をカウントして相対値比較したもの。コントロールであるVHH-Sfi発現ベクターをトランスフェクションしたものに比べてSD-iAb-47発現ベクターおよび4ラウンド後のスクリーニングで得られたプラスミドプールをトランスフェクションした細胞のほうが細胞外基質を透過する能力が低下しているのがわかる。
【0077】
【図12】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(5):スクラッチアッセイの結果。VHH-Sfi発現ベクターおよびSD-iAb-47発現ベクターをトランスフェクションした転移性癌細胞HT1080の単層コンフルエント状態の細胞に溝を作り、移動能力を評価した。6時間後の溝の埋まり具合の比較から、SD-iAb-47による細胞移動能の低下が直接観測された。
【0078】
【図13】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(1):血清によるhnRNP-Kの細胞質存在量の増加をウェスタンブロット法で経時的に解析した結果。hnRNP-Kの細胞質および核内の存在量比は、血清によって変化する。
【0079】
【図14】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(2):細胞質と核との分画が正しく行われていることの確認。細胞質と核との分画が正しく行われていることのマーカーとして、hnRNP-A2/B1(核内に局在)とGAPDH(細胞質に局在)をウェスタンブロット法で検出した。走化性誘引因子であるフィブロネクチンによって引き起こされるhnRNP-Kの細胞質存在量の増加は、SD-iAb-47によって抑制される。
【0080】
【図15】図14の実験結果を定量してグラフ化した結果。
【0081】
【図16】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(3):SD-iAb-47および核内局在シグナルVP-16をつけたSD-iAb-47-VP16の細胞内局在を、それらがもつヒスチジンタグに対する蛍光標識された抗体を用いて免疫染色で可視化した結果。核はHoechst染色して検出した。
【0082】
【図17】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(4):図14と同様の実験を核内に局在するSD-iAb-47-VP16について行った結果。SD-iAb-47-VP16の抑制効果は、SD-iAb-47による抑制効果に比べて弱い。
【0083】
【図18】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(5):走化性アッセイの結果。SD-iAb-47-VP16を発現させた場合、移動能が低下して膜上に残っている細胞数はSD-iAb-47を発現させた場合に比べて低下する。写真は2回の独立に行った結果を示している(上段が1回目、下段は2回目の結果)。
【技術分野】
【0001】
本発明は、シングルドメインで抗体として機能するラクダ重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)を人為的にランダム配列化することで構築した細胞内発現ベクターで構成されるシングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー(VHH発現ライブラリー)に関するものであり、それをヒト由来培養細胞内にトランスフェクションしてその中から表現型の変化が表れた細胞を単離した後、さらにその細胞中からシングルドメイン・イントラボディ発現ベクターを単離し、ランダム配列部位を同定する工程を含む、細胞の表現型を制御する細胞内抗体(イントラボディ)のスクリーニング方法および細胞内抗体の製造方法に関する。
ここで、細胞内抗体(イントラボディ)とは、細胞内で抗原となる分子を認識して結合する能力を発揮する抗体を意味するものであるが、抗体の1部分であっても抗体と同様の抗原認識機能を有する場合、たとえばシングルドメイン・イントラボディ(VHH)なども含む。
そして、本発明は、単離した細胞内抗体を用いて、細胞の表現型を制御する細胞内生理活性物質を同定する方法、および同定した細胞内活性物質を標的とする医薬組成物に関する。
また、本発明は、転移性癌の走化性抑制活性を有する、単離した細胞内抗体自体およびその抗原認識部位に対応するペプチド自体に関するものであり、さらにそれらをコードする遺伝子、およびその発現ベクター、これらを用いる転移性癌治療用医薬組成物もその発明に含む。
【背景技術】
【0002】
癌細胞の転移は、組織内の腫瘍細胞が原発巣を離れて移動し、血管内皮を突き抜けて血流に乗って身体の様々な部分に移動した後、また血管内皮を突き抜けて他の組織に移動後に腫瘍形成を行う現象であり、遺伝子の変異の他に、複数の正および負の因子が複雑に関与している。癌という病気において、細胞の癌化もさることながら、この転移という現象が癌患者の死亡率に直結しているのは明らかで、仮に腫瘍が発見されたとしても転移を抑えることさえできれば、外科的処置や放射線療法などとの組み合わせによって、患者の死亡率は大きく低下することが見込まれることから、転移抑制の問題は、臨床における癌治療の大きな課題の一つである(非特許文献4〜7)。
【0003】
癌細胞の転移において、細胞の移動能力そのものの活性化は転移性癌細胞の本質的な表現型のひとつである。これまでの多くの研究で、転移については細胞の形状を制御するアクチン骨格の協奏的再構成や、GTP加水分解酵素であるRhoファミリータンパク質の時間的かつ空間的活性化を介した細胞の移動能力変化が関与していることが明らかになってきているが(非特許文献8〜12)、分子レベルでの作用機構、上流でのシグナル制御、転移の潜在的標的遺伝子はいまだ十分には解明されていない(非特許文献13)。転移に関与する遺伝子を同定する様々な方法論の一つとして、転移に関与する遺伝子を同定する方法論はこれまでいろいろと検討されている(非特許文献14、15)。本発明者らは細胞内で機能する抗体(イントラボディ)を用いて、細胞内部のタンパク質の機能を阻害し、それによる細胞の転移能力機能の変化との関連付けから、転移関連タンパク質を同定するという手法を開発した。この「細胞内部で標的タンパク質の機能を阻害するイントラボディ」は、転移性の悪性癌細胞に対する分子レベルでの治療薬と考えることも可能である(非特許文献16、17)。このようなイントラボディを用いることができれば、従来の遺伝子ノックアウト法や遺伝子サイレンシング法では解明できなかった、複雑で多様な細胞内のシグナル伝達経路をより明確かつ正確に把握することができる。
【0004】
しかしながら、転移性の悪性癌細胞に対する分子レベルでの治療薬となり得る優れたイントラボディはいまだ提供されておらず、そのイントラボディをスクリーニングするための効果的な手段も確立していなかった。
【0005】
一方、一般的なスクリーニング方法としては、ある細胞や個体に対してなんらかの人為的な遺伝子変異操作を行って表現型の異なる変異体の集団を作成し、特定の表現型を基にスクリーニングを行い目的の表現型を有する変異体を単離した後、その変異体について変異と表現型の関連性に解析を行うことによって遺伝子機能を解析するという手法が、分子生物学の解析方法として古くから用いられてきた。
【0006】
具体的には、ランダム配列を持つペプチドを細胞内で発現させ、細胞の変化を基にスクリーニングを行うという手法であり、例えば、酵母のシグナル伝達をブロックするペプチド(非特許文献1)、抗癌剤であるTaxolに対する耐性を付与するペプチド(非特許文献2)、IL-4によるシグナリングをブロックするペプチド(非特許文献3)などが報告されている。
【0007】
しかし、これらの、「ランダム配列を持つ短鎖ペプチド発現ライブラリーを細胞内で発現させて細胞の表現型を変化させるペプチドを同定する」という方法では、ペプチドの水溶性の低さや細胞内部のタンパク質分解酵素による影響などの問題から、細胞抽出物へ作用させて免疫沈降させることが難しいため、相互作用する標的タンパク質を同定することは極めて難しい。
【0008】
しかも、単なるランダム配列を持つペプチドをそのまま用いることになるので、特定の三次構造を安定に保持することが困難であり、細胞内部の標的分子との相互作用に関する特異性や親和性の低下が危惧される。
この観点からは、全体として何らかの意味ある立体構造を基本骨格として有し、その一部分だけが多様な配列になるような発現ライブラリーの構築が望まれ、抗体様のタンパク質(ペプチド)はその基本骨格の候補となる。
【0009】
しかしながら、通常の細胞内部で用いられるリコンビナントの抗体の場合、まず通常の方法で抗原を認識するモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを作成した後、そのcDNAから一本鎖抗体(single chain Fv : scFv)をコードするDNAを含む細胞内発現ベクターを構築することになるから、標準的免疫動物のマウスやラット由来の抗体であり、重鎖(VH)と軽鎖(VL)の複合体が基本となる。
【0010】
一本鎖抗体(scFv)は、その重鎖と軽鎖をフレキシブルなペプチドリンカーで繋いだものであるから、その立体構造は必ずしももとの抗体ほどに安定ではない。また細胞内部で機能するかどうかという選択基準は、抗体作成時に反映されていないため、試験管内で機能しても細胞内部で発現させた場合に期待通りの機能を発揮できるとは限らない。
【0011】
この他近年盛んに行われているスクリーニング方法として、RNA干渉に基づいて遺伝子機能を抑制するsiRNAのライブラリーなどを用いて、細胞の表現型を変化させる遺伝子を同定する手法があるが、この方法で観察するのはあくまで遺伝子レベルでの抑制であるため、標的タンパク質が翻訳後に複数の機能や性質を持っていた場合(たとえば酵素活性、複合体形成能、細胞内局在変化、糖鎖修飾やリン酸化などの翻訳後修飾)、その機能のどれが重要な要因かを解明することは不可能である。
【0012】
【非特許文献1】Norman, T.C., etal., (1999) Science, 285, 591-595.
【非特許文献2】Xu, X., et al., (2001)Nat. Genet. 27, 23-29.
【非特許文献3】Kinsella, T.M.,et al., (2002) J. Biol. Chem. 277, 37512-37518
【非特許文献4】Christofori, G.(2006) Nature 441, 444-450.
【非特許文献5】Furuta, E., etal., (2006) Front. Biosci. 11, 2845-2860.
【非特許文献6】Bird, N. C., etal., (2006) J. Surg. Oncol. 94, 68-80.
【非特許文献7】Mehlen, P. andPuisieux, A. (2006) Nat. Rev. Cancer 6, 449-458.
【非特許文献8】Arber, S., etal., (1998) Nature 393, 805-809.
【非特許文献9】Sahai, E. andMarshall, C. J. (2003) Nat. Cell Biol. 5, 711-719.
【非特許文献10】Lambrechts, A.,et al., (2004) Int. J. Biochem. Cell Biol. 36, 1890-1909.
【非特許文献11】Kassis, J., etal., (2001) Semin. Cancer Biol. 11, 105-117.
【非特許文献12】Etienne-Manneville,S. and Hall, A. (2002) Nature 420, 629-635.
【非特許文献13】Bogenrieder, T.and Herlyn, M. (2003) Oncogene 22, 6524-6536.
【非特許文献14】Schneider, I.C. and Haugh, J. M. (2006) Cell Cycle 5, 1130-1134.
【非特許文献15】Fok, S. Y., etal., (2006) BMC Cancer 6, 151.
【非特許文献16】Lobato, M. N. andRabbitts, T. H. (2003) Trends Mol. Med. 9, 390-396.
【非特許文献17】Lobato, M. N. andRabbitts, T. H. (2004) Curr. Mol. Med. 4, 519-528.
【非特許文献18】Bomsztyk, K., etal., (2004) Bioessays 26, 629-638.
【非特許文献19】Bomsztyk, K., etal., (1997) FEBS Lett. 403, 113-115.
【非特許文献20】Laury-Kleintop,L. D., et al., (2005) J. Cell. Biochem. 95, 1042-1056.
【非特許文献21】Hamers-Casterman,C., et al., (1993) Nature 363, 446-448.
【非特許文献22】Dumoulin, M., etal., (2002) Protein Sci. 11, 500-515.
【非特許文献23】De Genst, E., etal., (2006) Dev. Comp. Immunol. 30, 187-198.
【非特許文献24】Desmyter, A., etal., (2001) J. Biol. Chem. 276, 26285-26290.
【非特許文献25】Jobling, S.A., etal., (2003) Nat. Biotechnol. 21, 77-80.
【非特許文献26】Marquardt, A.,et al., (2006) Chem. Eur. J. 12, 1915-1923.
【非特許文献27】Suyama, E., etal., (2003) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 5616-5621.
【非特許文献28】Suyama, E., etal., (2003) Cancer Res. 63, 119-124.
【非特許文献29】Krecic, A.M. andSwanson, M. S. (1999) Curr. Opin. Cell Biol. 11, 363-371.
【非特許文献30】Ostrowski, J. andBomsztyk, K. (2003) Br. J. Cancer 89, 1493-1501.
【非特許文献31】Weighardt, F., etal., (1996) Bioessays 18, 747-756.
【非特許文献32】Nagano, K., etal., (2006) EMBO J. 25, 1871-1882.
【非特許文献33】Michelotti, E.F.,et al., (1996) Mol. Cell Biol. 16, 2350-2360.
【非特許文献34】Michael, W.M., etal., (1997) EMBO J. 16, 3587-3598.
【非特許文献35】Mikula, M., etal., (2006) Proteomics 6, 2395-2406.
【非特許文献36】Taylor, S. J. andShalloway, D. (1994) Nature 368, 867-871.
【非特許文献37】Bustelo, X.R.(2001) Oncogene 20, 6372-6381.
【非特許文献38】de Hoog, C.L., etal., (2004) Cell 117, 649-662.
【非特許文献39】Habelhah, H., etal., (2001) Nat. Cell Biol. 3, 325-330.
【非特許文献40】Albini, A., etal., (1987) Cancer Res. 47, 3239-3245.
【非特許文献41】Edin, M.L., etal., (2001) Exp. Cell Res. 270, 214-222.
【非特許文献42】Bittner, M., etal., (2000) Nature 406, 536-540.
【非特許文献43】MacDonald,T.J., et al., (2001) Nat. Genet. 29, 143-152.
【非特許文献44】Ramaswamy, S., etal., (2003) Nat. Genet. 33, 49-54.
【非特許文献40】Albini, A., etal., (1987) Cancer Res. 47, 3239-3245.
【非特許文献41】Edin, M.L., etal., (2001) Exp. Cell Res. 270, 214-222.
【非特許文献42】Bittner, M., etal., (2000) Nature 406, 536-540.
【非特許文献43】MacDonald,T.J., et al., (2001) Nat. Genet. 29, 143-152.
【非特許文献44】Ramaswamy, S., etal., (2003) Nat. Genet. 33, 49-54.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、癌細胞などの細胞の表現型を制御する因子を決定し、同時に当該因子に対する特異的な細胞内抗体(イントラボディ)を提供することを目的とするものである。とりわけ、転移性の悪性癌細胞に対する分子レベルでの治療薬となり得る優れた細胞内抗体を提供することを目的とするものである。
また、他の観点からは、本発明は、細胞の表現型の変化をもたらす機能を細胞内で発揮する抗体を得ることができる発現ライブラリー自体と当該発現ライブラリーを用いたスクリーニング方法、細胞の表現型を制御する因子の同定方法の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは上記目的を達成できる発現ライブラリーとスクリーニング方法を鋭意検討した結果、従来イントラボディとして用いられていた一本鎖抗体(scFv)の代わりに、軽鎖を持たず、重鎖のみで抗原を認識するラクダの抗体に着目した(非特許文献21)。
このラクダ抗体の重鎖は、その抗原認識を担う可変ドメイン(VHH)だけでも抗体同様に機能し、その分子量は約15kDaで、一般的なIgGの分子量(約165kDa)やscFvの分子量(約28kDa)に比べて非常に小さい。また三つある超可変領域(CDR)の配列の1部を変更しても熱力学的に安定で翻訳後のホールディングミスが低い(非特許文献22)ことが予想されたので、本発明者らは、当該ラクダ重鎖抗体のVHHに対して、大腸菌等で発現させてもアグリゲーションを起こして不溶化し難いなどの、タンパク質工学的な取り扱いが容易であることを期待した。
【0015】
そして、ラクダ抗体のVHHにあるCDRは、マウスやヒトなどの一般的な抗体の重鎖可変領域(VH)にあるCDRと同様に三つあるが、VHHの3番目のCDR(CDR3)はVHのそれ(10アミノ酸前後)と比べて相対的に長いものが見られる(16〜24アミノ酸)。標的分子(抗原)が疎水的なくぼみや溝に基質結合部位を持つタイプの酵素の場合に、そのくぼみに長いCDR3が入り込んで酵素機能を効果的に阻害したことが報告されている(非特許文献23、24)ことから、本発明者らは、CDRのうちでも特にCDR3領域に着目した。
【0016】
VHHがイントラボディとして働くことは、試験管内および植物細胞内で酵素(starch
branching enzyme A : SBE A)の活性を抑制した例が報告されており、VHHをイントラボディとして発現させた場合に植物細胞抽出物中において、SBE A酵素活性を、SBE A遺伝子を標的とするアンチセンスによるSBE Aの発現抑制によるものよりも効果的に抑制した(非特許文献25)。
【0017】
以上のことから、本発明者らは、効果的な発現ライブラリーの構築にあたって、ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)を用いることとし、VHHにおける三つあるその超可変領域(相補性決定領域:CDR)の一つをランダム配列化したリコンビナント抗体が細胞内部で発現できるようなVHH発現ベクターライブラリー(シングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー)を構築した。
当該VHH発現ベクターをすべて培養細胞にトランスフェクトして培養を続ければ、どのシングルドメイン・イントラボディが発現したかによって細胞の性質が変化するので、その表現型の変化を観察して、目的の表現型の変化を示した細胞を選別する。実施例では、転移性の高いヒトの繊維肉腫由来の培養細胞にトランスフェクションし、その中から移動能力が低下した細胞を選り分ける。このスクリーニングによって得られた細胞から発現ベクターを回収して、そこにコードされているシングルドメイン・イントラボディのランダム配列部分を決定することで、細胞の表現型を変化させる機能を有するイントラボディ(細胞内抗体)、たとえば細胞死を誘導せずに転移性癌細胞の移動能力を低下させる機能を有するイントラボディを得ることができる。
【0018】
このイントラボディが有する抗原認識部位に対応するペプチドは、通常そのままで、もしくは環化により抗原結合性を有するので、イントラボディをコードするDNAのみならず、当該ペプチドをコードするDNAも、たとえば癌細胞などで発現させることにより、癌細胞の表現型を決定する因子を阻害することができるので、これらDNAを細胞内で発現できる発現ベクター、および当該発現ベクターは、遺伝子治療用医薬組成物として用いることができる。
また、上記スクリーニング法で得られたイントラボディを用いて細胞型を変化させた際に特異的に結合している因子を選択することにより、細胞の表現型を決定する因子をスクリーニングすることができる。
【0019】
本発明者らは実際に、このVHH発現ライブラリーを用いたスクリーニング法を転移性癌細胞に適用したことで転移性癌細胞の走化性を抑制する細胞内抗体(SD-iAb-47)を得た後、当該細胞内抗体と特異的に結合し、複合体を形成する細胞内タンパク質hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)を同定することができた。このhnRNP-Kと呼ばれるタンパク質は実に多様な機能を有しており、いまだその全ては解明されていない(非特許文献18−20)が、本発明者らはSD-iAb-47を用いて詳細な実験を行った結果、hnRNP-Kが細胞運動に深く関与しており、潜在的な癌治療の標的因子となりうることを世界で初めて証明することができた。
【0020】
本発明は、これらの知見に基づいて上記したように完成に至ったものであるが、これらをまとめると以下のとおりである。
(1) ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)をコードする塩基配列からなるDNAであって、その相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列の1部がランダム化されたDNAが組み込まれた細胞内発現ベクターで構成される、VHH発現ライブラリー。
(2) 前記相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列のうちランダム化される1部のDNAが、3番目のCDR(CDR3)をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、1番目および2番目のCDR(CDR1およびCDR2)はそのままである、前記(1)記載のVHH発現ライブラリー。
(3) 前記CDR3をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、ランダム化されるDNAが、5〜24コドンに相当する塩基配列を有するDNAであり、当該DNAの両端には制限酵素認識配列が導入されていることを特徴とする、前記(2)記載のVHH発現ライブラリー。
(4) 前記細胞内発現ベクターが、CMVプロモーターを有するプラスミドベクターである、前記(1)ないし(3)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリー。
(5) 前記ラクダの重鎖抗体が、抗ニワトリリゾチーム抗体由来のものである、前記(1)ないし(4)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリー。
(6) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
(7) 前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、前記(6)記載のスクリーニング方法。
(8) 前記(6)または(7)記載のスクリーニング方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性を抑制する抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
(9) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
(e)(d)で決定されたアミノ酸配列を有する可変領域をコードするDNAを含み、所望の細胞内で発現するベクターを合成する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
(10) 前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、前記(9)記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
(11) 前記(9)または(10)記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性もしくは転移を抑制する細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
(12) 前記(9)ないし(11)に記載のいずれかの細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクター。
(13) 前記(11)に記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体発現用ベクター。
(14) 細胞内抗体発現用ベクターが有する可変領域をコードするDNAが、その重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」をコードする塩基配列を含むことを特徴とする、前記(13)の細胞内抗体発現用ベクター。
(15) 前記(13)に記載の細胞内抗体発現用ベクターを用いて細胞を形質転換して細胞内で産生される、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体。
(16) 前記(1)ないし(5)のいずれかに記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、細胞内抗体の作用による細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収した発現ベクターを、大腸菌に形質転換して増幅させる工程、
(d)(c)で増幅させた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返す工程、
(e)細胞の発現型を変化させる細胞内抗体の抗原認識部位を特定する工程、
(f)(e)で特定した抗原認識部位を有する細胞内抗体をコードする塩基配列とタグ配列を含む発現ベクターを用い、形質転換した培養細胞内で細胞内抗体を発現させる工程、
(g)(f)で発現させた細胞内抗体と内在タンパク質との複合体を沈降させ、細胞内抗体が有するタグを指標に回収する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の特定の表現型決定に関与する細胞内生理活性物質の同定方法。
(17) 前記(16)に記載の工程(f)において、細胞内抗体をコードする塩基配列に結合させるタグ配列は、ストレプトアビジンの特異的結合分子をコードするものであり、工程(g)が、その特異的結合分子と細胞内抗体の複合体を、細胞溶解液中からストレプトアビジン固定化担体を用いてアフィニティー沈降させた後、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量分画を行い、液体クロマトグラフィー/タンデム質量スペクトル分析計を用いて特異的結合分子を解析する工程であることを特徴とする、前記(16)に記載の細胞内生理活性物質の同定方法。
(18) 前記(16)または(17)記載の細胞内生理活性物質の同定方法において、前記培養細胞が転移性癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性に関与するタンパク質を同定する方法。
(19) 前記(18)記載の同定方法を用いて同定された転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質を癌治療の標的分子とし、前記(13)または(14)記載の細胞内抗体発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
(20) 転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質が、hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)である、前記(19)に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
(21) 前記(14)の細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、前記(20)に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
(22) 「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列からなるペプチド。
(23) 「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」を含むアミノ酸配列からなる、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチド。
(24) 「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列をコードするDNA。
(25) 「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列からなるDNA。
(26) 「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列を含み、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチドをコードするDNA。
(27) 重鎖CDR3のアミノ酸配列が、配列番号14からなるアミノ酸配列を含んでいることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する重鎖可変領域を有する細胞内抗体。
(28) 細胞内抗体のアミノ酸配列が、重鎖CDR3のアミノ酸配列以外はラクダ重鎖抗体由来のアミノ酸配列であることを特徴とする、前記(27)に記載の細胞内抗体。
(29) 前記(27)または(28)記載の、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する抗原認識部位を含む重鎖可変領域を含む細胞内抗体をコードするDNA。
(30) 前記(24)ないし(26)または(29)のいずれかに記載の細胞内抗体をコードするDNAを含み、転移性癌細胞内で発現して癌細胞の走化性を抑制するペプチドもしくは細胞内抗体を産生する発現ベクター。
(31) 前記(30)記載の発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【発明の効果】
【0021】
本発明におけるシングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー、すなわちVHH発現ライブラリー(SD-iAb発現ライブラリー)は、莫大な費用と時間、人手を必要とするゲノムワイドなRNAiライブラリーなどに比べて遥かに簡単かつ低コストで構築することが可能である。
【0022】
RNAiライブラリーなどでは、それらを細胞に導入した際に、既に標的タンパク質が存在している分については抑制することができないので、それらが本来の細胞機能によって代謝されるまでその影響が残ってしまう。従って標的タンパク質の発現量が多く、安定で分解速度が低い場合には効果的に抑制できない。その点、発明者らのSD-iAb発現ライブラリーはタンパク質レベルで標的タンパク質に作用するので、ライブラリーを作用した際に既に存在している分についても、その抑制機能を発揮することができるので有利である。
そして、実際に、このVHH発現ライブラリーを用いたスクリーニング法を用いたことではじめて、転移性癌細胞の走化性を抑制する細胞内抗体(SD-iAb-47)を得ることができたばかりでなく、このSD-iAb-47と特異的に結合し、複合体を形成する細胞内タンパク質hnRNP-Kを細胞の走化性を制御する因子として同定することができ、潜在的な癌治療の標的因子も提供できた。
【0023】
一般に細胞機能を抑制してその表現型変化に基づく遺伝子機能のスクリーニングはRNAi現象を利用した遺伝子ノックアウト法や相同組み換え現象に基づく遺伝子ノックダウン法が用いられるが、遺伝子のノックアウトおよびノックダウンが致死であるhnRNP-Kのような因子はそのスクリーニングでは得られない。標的遺伝子の翻訳産物(タンパク質)の機能のうち、一部分のみを抑制するということが可能であるSD-iAbを用いた本発明の方法であれば、そうした発現抑制が致死に直結するタンパク質機能の解析を実現することができる。
【0024】
発明者らのSD-iAb発現ライブラリーを用いる方法論は、RNAi技術や従来の遺伝子ノックダウン法を補う方法ということができるものであり、今後の細胞機能の分子生物学的解析において非常に重要且つ有用なツールである。
【0025】
また、実施例おいて得られたシングルドメイン・イントラボディSD-iAb-47は、本来高い走化性を示す癌細胞であるHT1080の走化性を、細胞死を起こすことなく効率的に抑制し、さらにそれに基づくHT1080の浸潤能も効果的に抑制した。このことは、シングルドメイン・イントラボディSD-iAb-47を転移性の高い悪性癌細胞に導入することで、癌治療に貢献できることを意味している。タンパク質として導入する場合にはSD-iAb-47そのものが癌治療薬となる。
【0026】
シングルドメイン・イントラボディSD-iAb-47を転移性の高い悪性癌細胞に導入することで、癌治療に貢献できる。その発現ベクターを細胞内部に導入する手法の場合には、遺伝子治療法という形で使用することが可能である。その際に、SD-iAb-47中の選択されたランダム配列からなるペプチドも癌細胞の走化性抑制には有効であり、それをコードするDNAの発現ベクターも癌治療薬として使用できる。
そして、同様のスクリーニング法で得られるシングルドメイン・イントラボディについては、このSD-iAb-47と同様の効果が期待できるものである。
【0027】
実施例の結果から、SD-iAb発現ライブラリーを用いた転移性癌細胞の走化性抑制機能に基づくスクリーニングの結果、細胞死を誘導することなく走化性を効率よく抑制する細胞内抗体SD-iAb-47が得られ、その相互作用する標的タンパク質がhnRNP-Kであることが明らかとなった。標的タンパク質hnRNP-Kが細胞の走化性に関与しているという事実はこの実施例で初めて得られた知見であり、その細胞質局在濃度を低下させることによって癌細胞の転移を抑制することができることから、新たな癌治療のターゲット因子と考えることができる。したがって、さらに、hnRNP-Kに結合する物質を探索することでhnRNP-Kの走化性機能を抑制する物質を得ることができ、このようにして得られた物質は、転移性癌治療薬として用いることができる。hnRNP-Kの走化性機能を抑制する物質がタンパク質の場合は、それをコードする遺伝子が、遺伝子治療薬となる。
【0028】
実施例においては転移性癌細胞の走化性という表現型に着目したスクリーニングを行っているが、細胞表面の抗原提示パターンの変化を標識した抗体で検出し、セルソーターなどの機械で単離する、最新のスクリーニング技術と組み合わせることで、実施例で行った以外にも多様な表現型変化にもとづくスクリーニングを行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明は、ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)をコードする塩基配列からなるDNAであって、その相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列の1部がランダム化されたDNAが組み込まれた細胞内発現ベクターで構成される、VHH発現ライブラリーに係る発明である。前記相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列のうちランダム化されるDNAは、3つのCDRのいずれの1部でもよいが、好ましくは、3番目のCDR(CDR3)をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAがランダム化され、かつ1番目および2番目のCDR(CDR1およびCDR2)はそのままである場合であって、より好ましくは、CDR3をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAのうちで、5〜24コドン(最も好ましくは、15コドン)に相当する塩基配列を有するDNAがランダム化され、さらに当該DNAの両端には制限酵素認識配列が導入されていることが好ましい。
また、前記細胞内発現ベクターは、細胞内(好ましくは哺乳動物細胞内)で発現できるベクターであれば何でもよいが、同時に大腸菌内でも発現可能であるものが好ましく、特に、CMVプロモーターを有するプラスミドベクターが好ましい。
前記ラクダの重鎖抗体は、いずれの抗原を認識する抗体であってもよいが、すでに全塩基配列が決定されているものが好ましく、たとえば抗ニワトリリゾチーム抗体由来のものを用いることができる。
【0030】
本発明は、前記VHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法に係るものである。
この(a)〜(c)工程が、1回のスクリーニング工程に相当し、この工程は1回のみでもよいが、好ましくは、得られた発現ベクターのプールに対して2〜10回程度、より好ましくは4,5回繰り返すことが望ましい。DNAの増幅方法としては、得られたプラスミド中のランダム配列をPCR法を用いて増幅し、直接配列決定することもできるし、得られた発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換してコロニー化することで増幅してから、ランダム領域の塩基配列を決定することもできる。
【0031】
本発明のスクリーニング方法の標的となる前記(a)で形質転換する細胞は、培養可能な細胞であって、その表現型の変化が観察できるものであればどのような細胞でもよいが、典型的には癌細胞株であり、その表現型の変化としては、観察が容易な走化性の変化(実施例参照)、接着性の変化、色素生成能の変化、フォーカス形成能変化、アポトーシス誘導薬剤や抗癌剤などへの耐性変化、寒天培地上での生育能変化などが好ましい。
実施例においては転移性癌細胞の走化性という表現型に着目したスクリーニングを行っているが、細胞表面の抗原提示パターンの変化を標識した抗体で検出し、セルソーターなどの機械で単離する、最新のスクリーニング技術と組み合わせることで、多様な表現型変化にもとづくスクリーニングを行うことが可能である。
【0032】
実施例において、細胞内抗体SD-iAbは細胞質内部に非局在化しているが、核やミトコンドリア、小胞体に局在させるようなシグナルペプチド配列を付加することで、細胞内抗体の機能を制御することが可能である。
【0033】
実施例において、核内局在シグナルであるVP-16を付加されたSD-iAb-47は、細胞の走化性を低下させる機能を持たない。このことは、細胞内抗体の細胞内部での局在状態とその細胞の表現型への影響力に重要な相関が存在することを意味している。スクリーニング時にそうした付加配列を用いることで、より多彩な細胞表現型制御が可能である。
【0034】
また、本発明は、前記記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
(e)(d)で決定されたアミノ酸配列を有する可変領域をコードするDNAを含み、所望の細胞内で発現するベクターを合成する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクターの製造方法に係るものであり、好ましくは、前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである。
そして、典型的には、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性もしくは転移を抑制する細胞内抗体発現用ベクターの製造方法に係るものである。
【0035】
さらに、本発明は前記記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクター自体に係る発明である。好ましくは、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体発現用ベクターに係るものであり、より好ましくは、当該細胞内抗体発現用ベクターが有する可変領域をコードするDNAが、その重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」をコードする塩基配列を含むものである。
【0036】
また、本発明は、前記細胞内抗体発現用ベクターを用いて細胞を形質転換して細胞内で産生される、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体自体に係る発明である。好ましくはラクダ重鎖抗体由来の重鎖可変領域(VHH)を基本骨格とし、重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」を有するものであり、典型的には実施例で得られたSD-iAb-47に係るものである。
【0037】
本発明は、前記VHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、細胞内抗体の作用による細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収した発現ベクターを、大腸菌に形質転換して増幅させる工程、
(d)(c)で増幅させた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返す工程、
(e)細胞の発現型を変化させる細胞内抗体の抗原認識部位を特定する工程、
(f)(e)で特定した抗原認識部位を有する細胞内抗体をコードする塩基配列とタグ配列を含む発現ベクターを用い、形質転換した培養細胞内で細胞内抗体を発現させる工程、
(g)(f)で発現させた細胞内抗体と内在タンパク質との複合体を沈降させ、細胞内抗体が有するタグを指標に回収する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の特定の表現型決定に関与する細胞内生理活性物質の同定方法にかかる発明である。
上記工程(f)において、細胞内抗体をコードする塩基配列に結合させるタグ配列は、公知タグ配列、たとえば、たとえば一般的なヒスチジンタグの他、Sigma社製のFLAGタグ、Merck社製(旧Novagen社製)のT7・タグ、HSV・Tag、CBD・Tag、GST・Tag、S・Tagなどを利用できるが、好ましくはストレプトアビジンの特異的結合分子をコードするものである。また、上記工程(g)において、その特異的結合分子と細胞内抗体の複合体を、細胞溶解液中からストレプトアビジン固定化担体などを用いてアフィニティー沈降させた後の工程として、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量分画を行い、液体クロマトグラフィー/タンデム質量スペクトル分析計を用いて特異的結合分子を解析する工程を設けてもよい。
また、前記培養細胞は好ましくは癌細胞株であり、どのような表現型の変化を観察してもよいが、典型的には転移性癌細胞株を用い、その走化性の低下を観察することにより、転移性癌細胞の走化性に関与するタンパク質を同定する方法に係る発明である。
【0038】
そして、本発明は、前記同定方法で同定された細胞内タンパク質を標的とする、前記細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物に係るものであり、特に標的となる細胞内タンパク質はhnRNP-Kが好ましい。
【0039】
別の観点からみると、本発明は、「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列を含む、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチドおよび配列番号14のアミノ酸配列をコードするDNAに係る発明である。好ましくは、配列番号14のアミノ酸配列の両端が繋がり、環化したペプチドとして用いることができる。
また、本発明は、重鎖CDR3のアミノ酸配列が、配列番号14からなるアミノ酸配列を含んでいる重鎖可変領域を有する細胞内抗体であって、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体に係る発明である。好ましくは、重鎖CDR3のアミノ酸配列以外はラクダ重鎖抗体由来のアミノ酸配列である。
また、本発明は、上記転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する重鎖可変領域を含む細胞内抗体をコードするDNAに係る発明であり、また当該DNAを含む発現ベクターであって、転移性癌細胞内で発現して癌細胞の走化性を抑制するペプチドもしくは細胞内抗体を産生する発現ベクターに係る発明である。
さらに、本発明は、当該発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物に係る発明でもある。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
(実施例1)
イントラボディの基本骨格として、既に遺伝子配列が報告されているラクダ抗体の抗ニワトリリゾチーム抗体由来のVHH(cAb-Lys3)を選択し、発現ベクターは、哺乳動物細胞中で強力な遺伝子発現を行うサイトメガロウィルス由来のCMVプロモーターを有するInvitrogen社のpcDNA3.1-Hygroを用いた(図1A)。発現ベクターpcDNA3.1/Hygroに抗ニワトリゾチーム−ラクダ抗体cAb-Lys3がクローニングされたプラスミド「pcDNA3.1/Hygro-cAb-Lys3」のDNA配列を(配列番号1)として示す。なお、(配列番号1)に含まれる抗ニワトリゾチーム−ラクダ抗体cAb-Lys3のORFに対応するDNA配列(C末端にヒスチジンタグを有する)を(配列番号8)として示し、アミノ酸配列を(配列番号11)として示す。VHHのC末端にFLAGタグ配列を持つようにして、その発現をウェスタンブロットで確認した。実際のスクリーニング時にはFLAGタグ配列ではなくヒスチジンタグ配列を持つものを使用した。骨格となるcAb-Lys3のCDR3の前後には、ランダム配列をクローニングするための制限酵素Sfi I認識部位を導入した(図1B)。pcDNA3.1/Hygroプラスミドベクターのうち、pcDNA3.1/HygroのCDR3部分に制限酵素Sfi I認識部位を導入したプラスミド「pcDNA3.1/Hygro-VHH-Sfi」のDNA配列を(配列番号2)として示す。なお、(配列番号2)中のVHH-SfiのORFに対応するDNA配列(C末端にヒスチジンタグを有する)を(配列番号9)として示し、アミノ酸配列を(配列番号12)として示す。
この基本骨格となるVHH(VHH-Sfi)が哺乳動物細胞(ヒト腎臓由来の293T細胞)で発現することを、抗FLAG抗体を用いたウェスタンブロッティング法で確認した(図1C)。
その結果が良好であったことから、両端に上記のSfi I認識部位にクローニングできるような配列を有し、その内部にランダム化された配列を15コドン分持つDNAを化学合成し、制限酵素Sfi Iで消化した上記発現ベクターに連結した。ランダム配列部分は一般的なNNKコドン法(NはA, G, C, Tのいずれか、KはGもしくはTのどちらかに限定)を用い、20種類のアミノ酸が比較的均等に出現しつつ、終止コドンの出現頻度を最小限に抑えることとした。当該cAb-Lys3由来のCDR3は、そのN末端とC末端をジスルフィド結合で繋いで環化させると、それだけで抗原であるニワトリリゾチームとcAb-Lys3と同じ様式で結合することが報告されていることから(非特許文献26)、骨格となるcAb-Lys3のCDR1およびCDR2についてはそのままとした。「pcDNA3.1/Hygro-VHH-Sfi」プラスミドベクターのVHH-Sfi制限部位に導入するランダムDNAライブラリーのテンプレートDNA「dSD-iAb-lib」のDNA配列を(配列番号3)として示す。「dSD-iAb-lib」は、化学合成した一本鎖DNAで、上流プライマー(配列番号4)および下流プライマー(配列番号5)を用いてPCRし、二本鎖DNAにした後、Sfi Iで消化してpcDNA3.1/Hygro-VHH-Sfiプラスミドベクターにクローニングした。このpcDNA3.1/Hygro-VHH-SfiプラスミドベクターのVHH-Sfiの制限酵素SfiI認識部位に15コドン分のランダムDNA配列が導入されたプラスミド「pcDNA3.1/Hygro-dSD-iAb-lib」のDNA配列を(配列番号6)として示す。
【0041】
化学合成したランダム配列からなるDNAと制限酵素Sfi Iで消化した上記発現ベクターを通常の方法で連結した後、それを用いて一般的な遺伝子工学用の大腸菌株を形質転換し増幅した。その大腸菌プールの一部をとってコロニー化し、36クローンの大腸菌それぞれが持つプラスミド(発現ベクター)のCDR3領域をコードするDNA配列を解析した結果、終止コドンが含まれていて完全なVHHが発現しないものの比率(終止コドン含有率)は33%であった。NNKコドン法でランダム配列を作成した場合、終止コドンの出現率は3.125%であることから、1コドンあたりに終止コドンが出現しない確率は100−3.125=96.875%となる。従って15アミノ酸が連続した場合、その中で終止コドンが出現しない確率は0.96875の15乗で0.621となり、約62 %である。このことから、15アミノ酸が連続した場合、そのうち終止コドンを含むプラスミドの存在確率は100−62=38%であり、この値は実際の終止コドン含有率33%にほぼ等しいことがわかった。ランダム配列を含む発現ベクターライブラリーの多様性を上記の形質転換効率から2.7×106種と見積もり、さらに終止コドン含有率38%から計算して、完全なVHHを発現する発現ライブラリーの多様性を1.7×106種と見積もった。
【0042】
こうして構築したVHH発現プラスミドライブラリーが、本当に完全長のVHHを哺乳動物培養細胞発現しているかを、293T培養細胞および抗FLAGタグ抗体を用いてウェスタンブロッティング法で解析した(図1C)。
その結果、ランダム配列を持つ発現ライブラリーから発現するVHHライブラリーは、哺乳動物培養細胞において、そのC末端にFLAGタグを持つことから正しいフレームで翻訳されること、またその起源である抗ニワトリリゾチーム抗体VHH(cAb-Lys3)およびその基本骨格であるSfi Iクローニングサイトを導入したVHHであるVHH-Sfiとほぼ同じ分子量であることが確認された。
以上のように、CDR3のみをランダム配列化したVHHライブラリーを細胞内部で正しく発現させることの出来る「pcDNA3.1/Hygro-dSD-iAb-lib」からなる発現プラスミドライブラリー(SD-iAb発現ライブラリー)の構築に成功した。
【0043】
(実施例2)
上記のようにして得たSD-iAb発現ライブラリーを、転移性の高いヒト繊維肉腫由来の癌細胞株HT1080にトランスフェクションし、24時間後、細胞の走化性アッセイを行った(非特許文献27、28)。図2Aはその操作を模式的に表したものである。上記SD-iAb発現ライブラリーのトランスフェクションによって細胞内部で発現したSD-iAbによる影響を受けなかった細胞は下部チャンバーの走化性誘引物質に誘引されて膜を通過し、一方、その影響によって走化性が低下した細胞は、上部チャンバーに残っている。これらの走化性が低下した細胞を集め、細胞内部から発現ベクターを回収し、それを用いて大腸菌を形質転換して増幅させた。この操作が1回のスクリーニングとなる。
【0044】
このスクリーニングによって得られた発現ベクタープールは、「転移性癌細胞の走化性の低下を引き起こすSD-iAbをコードする発現プラスミドベクター」の含有率が元のSD-iAb発現ライブラリーより高くなったプラスミド集団と言うことができる。
ここで、得られたプラスミド中のランダム配列をPCR法を用いて増幅し、直接配列決定することもできるし、プラスミドで大腸菌を形質転換してコロニー化することで増幅し、ランダム領域の塩基配列を決定することもできる。しかし、1回のスクリーニングではバックグラウンドとなる細胞を多く含むと考えられるので、このスクリーニング操作(細胞走化性アッセイ)を4回繰り返し、目的のSD-iAbの含有率を高めた。
各々のスクリーニング後に得られるプラスミド量を正確に定量することは困難であったが、回収したプラスミドで形質転換した大腸菌をプレートに撒いてコロニー化し、コントロールとなるVHH-Sfi発現ベクターを用いた大腸菌形質転換効率を用いて標準化した数値を比較することで、スクリーニングで得られるプラスミド量の変化の傾向を評価した。
【0045】
各々のスクリーニング後に得られるプラスミド量の変化の傾向を評価した結果、スクリーニングごとに回収されるプラスミド量が増加することがわかった(図2B)。
【0046】
また各スクリーニングで走化性が低下して膜上に残っている細胞を染色してみると、明らかにその細胞の数が増加している様子が観測された(図2C)。
【0047】
最終的に、1535個の大腸菌クローンを回収し、その内96クローンからプラスミドを回収して配列解析を行ったところ、ランダム領域の配列として「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」というアミノ酸配列をコードするもののみが複数回出現した。DNA配列も「TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT(配列番号15)のDNA配列に収束していた。このアミノ酸配列をコードするDNAについて既存のデータベースをサーチしてみたが、有意な関連性や相同性を持つ配列は見つからず、天然には存在しない新規のアミノ酸配列であることがわかった。そこで、我々はこのアミノ酸配列をCDR3に持つ細胞内抗体(VHH)をSD-iAb-47と命名した。当該SD-iAb-47(「pcDNA3.1/Hygro-SD-iAb-47」)のDNA配列を(配列番号7)として示す。なお、(配列番号7)中のSD-iAb-47のORFに対応するDNA配列は(配列番号10)であり、アミノ酸配列は(配列番号13)である。
【0048】
(実施例3)
細胞内抗体SD-iAb-47が相互作用する標的タンパク質が何であるかを同定するために、SD-iAb-47のC末端にストレプトアビジンと特異的に相互作用するタグ配列をつけた融合タンパク質(SD-iAb-47-SBT)をコードするDNAを含む哺乳動物細胞発現ベクターを構築した。この時、コントロールとして同様のタグをVHH-Sfiに結合した融合タンパク質(VHH-Sfi-SBT)発現ベクターも用意した。
【0049】
それぞれの細胞内発現ベクターをトランスフェクションした転移性癌細胞から溶出液を調整し、ストレプトアビジンを固定化したアガロースビーズと混ぜてインキュベートしたあと、上記タグとストレプトアビジンとの相互作用に基づいて、SD-iAb-47-SBTおよびそれが結合する内在タンパク質を沈降させて回収した。SD-iAb-47-SBTと標的タンパク質の相互作用が弱いことも考えて、上記作業中のアガロースビーズの洗浄は出来る限り温和な条件で行った。この一連の操作の概念図を図3Aに示す。
【0050】
同様の操作をVHH-Sfi-SBT発現ベクターを用いて行い、それぞれから得られたアフィニティー沈降物質をSDS変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)で解析した(図3B)。非特異吸着タンパク質を含めて多くの内在タンパク質が得られたが、コントロールであるVHH-Sfi-SBTによるアフィニティー沈降による結果を比較して明確に差が見えたのは、55-70kDaのレンジにおける三つのバンドであった。それらをゲルから切り出して液体クラマトグラフィー/タンデム質量スペクトル解析(LC-MS/MS)でアミノ酸配列を解析し、タンパク質データベースサーチによって同定した結果、それら一つ一つが別のタンパク質で、それぞれ上からケラチン(keratin)、hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)、ビメンチン(vimentin)であることがわかった。
【0051】
ケラチンについてはこの手の実験手法において高頻度で見られる実験者由来のコンタミネーションであると考え、標的タンパク質の候補をhnRNP-Kおよびビメンチンに絞り、これら二つの候補タンパク質についての抗体を用意して、上記のアフィニティー沈降物質についてウェスタンブロッティング解析を行った。なお、この際は非特異的な相互作用を減らすため、厳しい条件での洗浄操作を行っている。その結果、SD-iAb-47-SBTを用いた沈降物質中にはhnRNP-Kが見られたがビメンチンを検出することはできなかった。一方、コントロールであるVHH-Sfi-SBTを用いて調整した沈降物質中にはどちらも検出することはできなかった(図3C)。以上のことから、SD-iAb-47-SBTのCDR3部分(YLAGVEVWRRRVGLC)に特異的に結合するタンパク質をhnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)と特定した。
【0052】
同定したhnRNP-Kは、基本的には核に多く存在するRNA結合タンパク質の1種で、転写制御からメッセンジャーRNA(mRNA)のスプライシングや核内プロセッシング、細胞質中でのmRNAの翻訳やそのターンオーバー、さらに細胞分裂におけるクロマチンリモデリングなど、極めて多様な細胞機能に関与していることが報告されている(非特許文献18、29〜34)。これらのことからhnRNP-Kは、DNAおよびRNAに直接関与する細胞内のプロセスに関与する様々なタンパク質に結合し、相互間のクロストークを促進させることでシグナル伝達を効率化する足場(ドッキング・プラットフォーム)として機能していると考えられている(非特許文献35)。
【0053】
このタンパク質の相互作用や機能は、その存在が発見されて以来、増加の一途を辿っている。例えばhnRNP-KのC末端よりに存在するSH3結合領域は、非受容体型プロテインキナーゼであるSrcファミリーと相互作用することが知られているし(非特許文献36、37)、細胞接着を制御したり(非特許文献38)、リン酸化を受けて細胞質に局在を変化させて翻訳阻害を起すことも報告されている(非特許文献39)。これらの機能発現の場が核内であったり細胞質であったりするのは、hnRNP-Kが特徴的な核-細胞質間の行き来するシャトリングシグナル配列を持っており、状況に応じてその局在を変化させることが出来るからであると考えられている(非特許文献34)。
【0054】
このように、hnRNP-Kと呼ばれるタンパク質は実に多様な機能を有しており、いまだその全ては解明されていなかったが、本発明者らは実施例1のVHH発現ライブラリーを用いたスクリーニング法を転移性癌細胞に適用したことによって転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するシングルドメイン・イントラボディ(SD-iAb-47)を得ることができ、SD-iAb-47と特異的に結合して複合体を形成する細胞内タンパク質としてhnRNP-Kを同定することができたものである。さらに、下記の実施例4〜5において、SD-iAb-47を用いて詳細な実験を行った結果、発明者らは、hnRNP-Kが細胞運動に深く関与しており、潜在的な癌治療の標的因子となりうることを世界で初めて証明することができた。
すなわち、このことは、SD-iAb-47およびそれをコードするDNAを転移性癌治療剤として用いることができるばかりでなく、hnRNP-Kに結合してその活性を抑制することができる物質を探索すれば、当該物質もまた、同様に転移性癌治療薬として用いることができることを示したことである。
【0055】
(実施例4)
実施例2で得られた細胞内抗体SD-iAb-47による走化性抑制について、実際にそれが転移性癌細胞(HT1080)の走化性を抑制するか否かについて確認実験を行った。細胞内抗体SD-iAb-47発現ベクターの他、コントロールとしてVHH-Sfi発現ベクター、スクリーニングにかける前のプラスミドプール(SD-iAb発現ベクターライブラリー)、4ラウンド目のスクリーニングで得られたプラスミドプール(SD-iAb5th発現ベクターライブラリー)を比較対象として用意した。これらの発現ベクターでトランスフェクションした細胞を用いて上記スクリーニングと同じ要領で走化性アッセイを行い、走化性の低下した細胞を回収し、そこから得られたプラスミドで大腸菌を形質転換してコロニー数をカウントしたところ、他に比べてSD-iAb-47発現ベクターを内在する大腸菌コロニーの数が明らかに多かった(図4A)。また走化性アッセイにおいて、下部チャンバーに移動せずフィルター上に残っている細胞を染色して観察すると、コントロールに比べてSD-iAb-47発現ベクターをトランスフェクションした細胞の方が明確に多いことがわかった(図4B)。
【0056】
さらに、膜に加えて細胞外基質を重層したものを用い、より実際の癌細胞転移に近い状況を再現することができる「浸潤アッセイ」(非特許文献40)を行った。上記同様のコントロール(VHH-Sfi発現ベクター)の他、4ラウンド目のスクリーニングで得られたプラスミドプール(SD-iAb 5th発現ベクターライブラリー)と比較すると、SD-iAb-47発現ベクターをトランスフェクションした細胞が細胞外基質を通り抜けることのできた細胞(すなわち浸潤能を保持した細胞)の数は、染色結果(図4C左)および細胞数計測(図4C右)の双方で、明らかに低下していることがわかった。
【0057】
さらなる確認として、コントロール(VHH-Sfi発現ベクタートランスフェクション細胞)とSD-iAb-47発現ベクタートランスフェクション細胞それぞれを密集状態で培養した状態に溝を作り、その溝の埋まり具合を観察することで(スクラッチアッセイ)、接着状態の細胞の移動能力を評価した(非特許文献41)。6時間後にその様子を観察した結果、明らかにSD-iAb-47発現ベクタートランスフェクション細胞の方がコントロールよりも溝への移動能力が低下していた(図4D)。以上の実験結果は、細胞内抗体SD-iAb-47が、本来高い走化性を示す癌細胞であるHT1080の走化性を、細胞死を起こすことなく効率的に抑制し、さらにそれに基づくHT1080の浸潤能の低下を引き起こすことを明確に示すものである。上記の結果から、SD-iAb発現ライブラリーを用いた転移性癌細胞の走化性抑制機能に基づくスクリーニングの結果、細胞死を誘導することなく走化性を効率よく抑制する細胞内抗体SD-iAb-47が得られ、その相互作用する標的タンパク質がhnRNP-Kであることが明らかとなった。
【0058】
(実施例5)
次に、細胞の走化性とhnRNP-Kとの関連性に焦点を当て、血清を抜いた状態の培地中の細胞に対する、走化性誘引物質であるフィブロネクチンによる走化現象に基づく実験を行った。既にhnRNP-Kの細胞内における分布が、血清の存在によって核内優先的に局在する状態から核と細胞質双方に分散する状態へ変化することが報告されているので(非特許文献39)、まずこの報告例が再現できるかを、抗hnRNP-K抗体によるウェスタンブロッティング法を用いて経時的に調べた(図5A)。
【0059】
無血清倍地条件下の細胞ではhnRNP-Kは核優先的な分布を示しているが、血清添加後、時間の経過と供に細胞質での存在量が増加することが確認された(図5A)。血清に代わって走化性誘引物質であるフィブロネクチンを用いた場合でも、同様の結果が得られた(図5B)。一方で、SD-iAb-47が発現している細胞では、そうした細胞質におけるhnRNP-Kの存在量の増加は観察されなかった(図5Bおよび図5C)。
【0060】
以上の結果は、SD-iAb-47がhnRNP-Kと結合することで、何らかの作用により誘引物質であるフィブロネクチンによるhnRNP-Kの細胞質存在量の増加が阻害され、それによって転移性癌細胞HT1080の走化性が抑制されたことを示すものである。言い換えれば、hnRNP-Kの細胞質における機能の一つが、細胞の運動能力を正に制御するシグナル伝達に深く関与しているということであるから、その機能を細胞質でのみ阻害することで有力な癌転移の阻害効果が期待できる。このような細胞内の局所的機能阻害は、siRNAなどによる標的タンパク質全体の発現抑制を起こすような技術では不可能である。
【0061】
そのことを確認するために、shRNA発現ベクターを用いてsiRNAによるhnRNP-K発現抑制(遺伝子ノックダウン)を試みたところ、細胞死が観測されたことからhnRNP-Kが細胞生存に不可欠であることがわかった。また従来から遺伝子ノックアウト法によるhnRNP-Kノックアウトマウスなどの報告例も無い。従って、hnRNP-Kを標的にしたsiRNA等の投与は正常細胞にも細胞死を起こしてしまう可能性が高く、重篤な副作用を引き起こす恐れがある。
【0062】
また、SD-iAb-47が持つヒスチジンタグを利用した抗ヒスチジン抗体による免疫染色から、SD-iAb-47が細胞内部全般に非局在化して存在していることを確認した。さらに核局在シグナルを持つVP16タンパク質を融合させた融合タンパク質(SD-iAb-47-VP16)発現ベクターを構築し、核内にSD-iAb-47を局在させてみた(図5D)。これらを用いて図5Bと同様のファイブロネクチンによるhnRNP-Kの細胞内分布変化を見てみると、核内に局在するSD-iAb-47-VP16では、hnRNP-Kの細胞質存在量の増加を十分に抑え切れていないことがわかった(図5E)。またそれらによる走化性への影響を膜上に残った細胞の染色状況で比較したところ、SD-iAb-47-VP16では走化性が抑制されていないことがわかった(図5F)。このことからも、核内に局在するSD-iAb-47(SD-iAb-47-VP16)では転移性癌細胞の走化性を抑制することは困難であることがわかった。
これに対して、本発明で得られたイントラボディ(SD-iAb-47)を用いれば、上述のように細胞内の局所的機能阻害が可能であり、hnRNP-Kの核内での機能を落とすことなく、細胞質での機能を低下させることができ、それによって癌細胞周辺の正常細胞に影響を与えることなく、癌細胞の転移のみを抑制することが可能となる。このことは、厳密な癌細胞特異的ドラッグデリバリーを必要とせず、かつ副作用の少ない抗癌治療に道を開くものである。
【0063】
このように、hnRNP-Kは細胞の走化性に関与する重要なタンパク質であるが、このことは、本発明のSD-iAb発現ライブラリーを用いたスクリーニング法によってはじめて発見することができたhnRNP-Kの新規の機能である。癌の転移に関しては、独立した様々なスクリーニング方法によって数多くの関連遺伝子が同定されており、その機構は非常に複雑な細胞内シグナル伝達の上に成り立っていると考えられる(非特許文献42〜44)。従って効果的な癌転移治療に結びつけるためには、その分子レベルでのメカニズムをできうるかぎり詳細且つ正確に理解することが必要とされている。細胞機能を抑制してその表現型変化に基づく遺伝子機能のスクリーニングとして一般的に用いられるRNAi技術では、遺伝子のノックダウンが致死であるhnRNP-Kのような因子は同定できない。特にhnRNP-Kはその局在変化が細胞の表現型(走化性)に直接影響しており、発現そのものを低下させるRNAi現象に基づく方法では見つけることのできない機能である。本発明のスクリーニング法は、このような因子の検索に最適な方法である。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明におけるシングルドメイン・イントラボディ発現ライブラリー(VHH発現ライブラリー)は、簡単かつ低コストで構築することが可能であるばかりか、タンパク質レベルで標的タンパク質に作用するので、ライブラリーを作用した際に既に存在している分子に対してもその抑制機能を発揮することができ、しかも標的遺伝子の翻訳産物(タンパク質)の機能のうち、一部分のみを抑制するということも可能であるため、遺伝子のノックアウトやノックダウンが致死に直結するタンパク質機能の解析を実現することができる。当該発現ライブラリーを用いる方法論は、RNAi技術や従来の遺伝子ノックダウン法を補う方法ということができるものであり、今後の細胞機能の分子生物学的解析において非常に重要且つ有用なツールに発展すると考えられる。
【0065】
また、当該スクリーニング方法を用いて得られたシングルドメイン・イントラボディは、癌の遺伝子治療用医薬組成物としても有用であり、当該イントラボディと相互作用する細胞内物質を同定することにより、新たな癌治療のターゲット因子を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】A:VHHを発現する遺伝子の模式図。 シングルドメイン・イントラボディ(SD-iAb)発現ベクターの構築についての図である。VHHは哺乳動物細胞発現ベクターであるpcDNA3.1-Hygroにクローニングされている。この遺伝子はCMVプロモーターによって発現を制御される。B:ランダム配列化されるCDR3のDNA配列。 起源となる抗ニワトリリゾチームのラクダ抗体(cAb-Lys3)のDNA配列を上段に、SD-iAbライブラリーの基本骨格となるVHH-SfiのDNA配列を下段に示す。一文字表記のアミノ酸配列はVHH-SfiのDNA配列が正規のフレームで翻訳された場合のものである。C:抗FLAGタグ抗体を用いたウェスタンブロッティング法によるSD-iAb発現ベクターの機能確認。VHH-SfiおよびSD-iAb発現ベクターライブラリーのうち2種類のクローンを無作為に選んでヒト培養細胞中で発現させると、正しいフレームで翻訳され、コントロールであるcAb-Lys3と同じ分子量のタンパク質(約15kDa)が得られる。
【0067】
【図2】走化性アッセイスクリーニング(1):走化性アッセイスクリーニングの概念図 SD-iAb発現ベクターライブラリーのトランスフェクションによって発現した細胞内抗体によって、細胞の移動能が抑制されている細胞を、走化性アッセイによって単離する方法論(走化性アッセイスクリーニング)についての図である。
【0068】
【図3】走化性アッセイスクリーニング(2):各ラウンド後に回収される目的プラスミド量。各ラウンドにおけるスクリーニング後に回収されるプラスミド量を、それによる大腸菌の形質転換効率の相対比較で評価したグラフ。形質転換は常にコントロールであるVHH-Sfiとセットで行い、その形質転換効率で標準化した値を白色のバーで示した。
【0069】
【図4】走化性アッセイスクリーニング(3):各ラウンド後に膜上に残っている目的細胞量。走化性アッセイ後に、移動できず膜上に残っている細胞を染色したもの。染色が濃い方が多くの細胞が残っていることを示す。各ラウンドで得られたプラスミドプールを一度大腸菌に形質転換した後に増幅し、プラスミド量を一定に調整してトランスフェクションし直し、走化性アッセイを再び行った時の結果。スクリーニングが進むにつれて移動能が低下した細胞の比率が増加していることがわかる。
【0070】
【図5】SD-iAb-47が結合する標的タンパク質の同定(1):スクリーニングで得られた細胞内抗体SD-iAb-47を用いた標的タンパク質のアフィニティー精製の概念図。ストレプトアビジン結合配列(SBT)をつけたSD-iAb-47-SBTを細胞内部で発現させ、それに結合した標的タンパク質ごとストレプトアビジン固定化アガロースビーズで捕まえて沈降させる。温和な条件で洗浄した後、変性させてビーズから回収し、SDS-PAGEで分子量の大きさに従って分離する。
【0071】
【図6】SD-iAb-47が結合する標的タンパク質の同定(2):SDS-PAGEの結果。コントロールであるVHH-Sfi-SBTを発現した細胞から得られたものと比較して、矢印で示した3本のバンドがSD-iAb-47-SBTを発現した場合に特徴的に現れた。
【0072】
【図7】SD-iAb-47が結合する標的タンパク質の同定(3):PVDF膜にトランスファーしてウェスタンブロットで解析しなおした結果。SD-iAb-47-SBTを用いてアフィニティー沈降した場合、先に同定した3本のバンド由来のタンパク質のうち、hnRNP-Kは検出されたがビメンチンは検出されなかった。VHH-Sfi-SBTを用いてアフィニティー沈降した場合はhnRNP-Kもビメンチンも検出されなかった。Inputはアフィニティー沈降に用いた細胞溶解物を泳動したものである。
【0073】
【図8】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(1):走化性アッセイ後に得られるプラスミドで形質転換した際に出現するコロニー数の比較。SD-iAb-47および4ラウンドのスクリーニング後のプラスミドプールを用いてトランスフェクションした細胞について走化性アッセイを行った結果、コントロールおよびまったくスクリーニングを行っていないプラスミドプールによるそれと比較すると、より多くの細胞が移動能を失って膜上に残っていることが間接的に示唆された。
【0074】
【図9】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(2):上部チャンバーの膜上に残っている細胞を染色した結果。SD-iAb-47を発現した細胞では、より多く膜上に残っている(すなわち濃く染色される)。
【0075】
【図10】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(3):浸潤アッセイを行った結果、細胞外基質を通り抜けて下部チャンバーへ移動した細胞を染色したもの。
【0076】
【図11】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(4):浸潤アッセイを行った結果、その細胞数をカウントして相対値比較したもの。コントロールであるVHH-Sfi発現ベクターをトランスフェクションしたものに比べてSD-iAb-47発現ベクターおよび4ラウンド後のスクリーニングで得られたプラスミドプールをトランスフェクションした細胞のほうが細胞外基質を透過する能力が低下しているのがわかる。
【0077】
【図12】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞移動能に対する抑制効果の確認(5):スクラッチアッセイの結果。VHH-Sfi発現ベクターおよびSD-iAb-47発現ベクターをトランスフェクションした転移性癌細胞HT1080の単層コンフルエント状態の細胞に溝を作り、移動能力を評価した。6時間後の溝の埋まり具合の比較から、SD-iAb-47による細胞移動能の低下が直接観測された。
【0078】
【図13】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(1):血清によるhnRNP-Kの細胞質存在量の増加をウェスタンブロット法で経時的に解析した結果。hnRNP-Kの細胞質および核内の存在量比は、血清によって変化する。
【0079】
【図14】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(2):細胞質と核との分画が正しく行われていることの確認。細胞質と核との分画が正しく行われていることのマーカーとして、hnRNP-A2/B1(核内に局在)とGAPDH(細胞質に局在)をウェスタンブロット法で検出した。走化性誘引因子であるフィブロネクチンによって引き起こされるhnRNP-Kの細胞質存在量の増加は、SD-iAb-47によって抑制される。
【0080】
【図15】図14の実験結果を定量してグラフ化した結果。
【0081】
【図16】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(3):SD-iAb-47および核内局在シグナルVP-16をつけたSD-iAb-47-VP16の細胞内局在を、それらがもつヒスチジンタグに対する蛍光標識された抗体を用いて免疫染色で可視化した結果。核はHoechst染色して検出した。
【0082】
【図17】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(4):図14と同様の実験を核内に局在するSD-iAb-47-VP16について行った結果。SD-iAb-47-VP16の抑制効果は、SD-iAb-47による抑制効果に比べて弱い。
【0083】
【図18】細胞内抗体SD-iAb-47による細胞質に存在するhnRNP-Kへの影響と細胞の移動能低下の関連性(5):走化性アッセイの結果。SD-iAb-47-VP16を発現させた場合、移動能が低下して膜上に残っている細胞数はSD-iAb-47を発現させた場合に比べて低下する。写真は2回の独立に行った結果を示している(上段が1回目、下段は2回目の結果)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)をコードする塩基配列からなるDNAであって、その相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列の1部がランダム化されたDNAが組み込まれた細胞内発現ベクターで構成される、VHH発現ライブラリー。
【請求項2】
前記相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列のうちランダム化される1部のDNAが、3番目のCDR(CDR3)をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、1番目および2番目のCDR(CDR1およびCDR2)はそのままである、請求項1記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項3】
前記CDR3をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、ランダム化されるDNAが、5〜24コドンに相当する塩基配列を有するDNAであり、当該DNAの両端には制限酵素認識配列が導入されていることを特徴とする、請求項2記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項4】
前記細胞内発現ベクターが、CMVプロモーターを有するプラスミドベクターである、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項5】
前記ラクダの重鎖抗体が、抗ニワトリリゾチーム抗体由来のものである、請求項1ないし4のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、請求項6記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項6または7記載のスクリーニング方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性を抑制する抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
(e)(d)で決定されたアミノ酸配列を有する可変領域をコードするDNAを含み、所望の細胞内で発現するベクターを合成する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
【請求項10】
前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、請求項9記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
【請求項11】
請求項9または10記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性もしくは転移を抑制する細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
【請求項12】
請求項9ないし11のいずれか1項に記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクター。
【請求項13】
請求項11に記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体発現用ベクター。
【請求項14】
細胞内抗体発現用ベクターが有する可変領域をコードするDNAが、その重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」をコードする塩基配列を含むことを特徴とする、請求項13の細胞内抗体発現用ベクター。
【請求項15】
請求項13に記載の細胞内抗体発現用ベクターを用いて細胞を形質転換して細胞内で産生される、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体。
【請求項16】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、細胞内抗体の作用による細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収した発現ベクターを、大腸菌に形質転換して増幅させる工程、
(d)(c)で増幅させた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返す工程、
(e)細胞の発現型を変化させる細胞内抗体の抗原認識部位を特定する工程、
(f)(e)で特定した抗原認識部位を有する細胞内抗体をコードする塩基配列とタグ配列を含む発現ベクターを用い、形質転換した培養細胞内で細胞内抗体を発現させる工程、
(g)(f)で発現させた細胞内抗体と内在タンパク質との複合体を沈降させ、細胞内抗体が有するタグを指標に回収する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の特定の表現型決定に関与する細胞内生理活性物質の同定方法。
【請求項17】
請求項16に記載の工程(f)において、細胞内抗体をコードする塩基配列に結合させるタグ配列は、ストレプトアビジンの特異的結合分子をコードするものであり、工程(g)が、その特異的結合分子と細胞内抗体の複合体を、細胞溶解液中からストレプトアビジン固定化担体を用いてアフィニティー沈降させた後、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量分画を行い、液体クロマトグラフィー/タンデム質量スペクトル分析計を用いて特異的結合分子を解析する工程であることを特徴とする、請求項16に記載の細胞内生理活性物質の同定方法。
【請求項18】
請求項16または17記載の細胞内生理活性物質の同定方法において、前記培養細胞が転移性癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性に関与するタンパク質を同定する方法。
【請求項19】
請求項18記載の同定方法を用いて同定された転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質を癌治療の標的分子とし、請求項13または14に記載の細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項20】
転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質が、hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)である、請求項19に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項21】
請求項14の細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、請求項20に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項22】
「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項23】
「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」を含むアミノ酸配列からなる、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチド。
【請求項24】
「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列をコードするDNA。
【請求項25】
「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列からなるDNA。
【請求項26】
「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列を含み、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチドをコードするDNA。
【請求項27】
重鎖CDR3のアミノ酸配列が、配列番号14からなるアミノ酸配列を含んでいることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する重鎖可変領域を有する細胞内抗体。
【請求項28】
細胞内抗体のアミノ酸配列が、重鎖CDR3のアミノ酸配列以外はラクダ重鎖抗体由来のアミノ酸配列であることを特徴とする、請求項25に記載の細胞内抗体。
【請求項29】
請求項27または29記載の、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する抗原認識部位を含む重鎖可変領域を含む細胞内抗体をコードするDNA。
【請求項30】
請求項24ないし26または請求項29のいずれか1項に記載の細胞内抗体をコードするDNAを含み、転移性癌細胞内で発現して癌細胞の走化性を抑制するペプチドもしくは細胞内抗体を産生する発現ベクター。
【請求項31】
請求項30記載の発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項1】
ラクダの重鎖抗体の重鎖可変領域(VHH)をコードする塩基配列からなるDNAであって、その相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列の1部がランダム化されたDNAが組み込まれた細胞内発現ベクターで構成される、VHH発現ライブラリー。
【請求項2】
前記相補性決定領域(CDR)をコードする塩基配列のうちランダム化される1部のDNAが、3番目のCDR(CDR3)をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、1番目および2番目のCDR(CDR1およびCDR2)はそのままである、請求項1記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項3】
前記CDR3をコードする塩基配列の全部もしくは1部に相当するDNAであって、ランダム化されるDNAが、5〜24コドンに相当する塩基配列を有するDNAであり、当該DNAの両端には制限酵素認識配列が導入されていることを特徴とする、請求項2記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項4】
前記細胞内発現ベクターが、CMVプロモーターを有するプラスミドベクターである、請求項1ないし3のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項5】
前記ラクダの重鎖抗体が、抗ニワトリリゾチーム抗体由来のものである、請求項1ないし4のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリー。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、請求項6記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
請求項6または7記載のスクリーニング方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性を抑制する抗原認識部位を有する細胞内抗体のスクリーニング方法。
【請求項9】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、培養細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)(a)で表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収された発現ベクターに含まれる前記ランダム化された塩基配列を含むDNAを増幅する工程、
(d)(c)で増幅されたDNAの塩基配列を解析し、抗原認識部位のアミノ酸配列を決定する工程、
(e)(d)で決定されたアミノ酸配列を有する可変領域をコードするDNAを含み、所望の細胞内で発現するベクターを合成する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
【請求項10】
前記(c)のDNAを増幅する工程が、(b)で回収した発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換して増幅するものであり、さらに、得られた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返すものである、請求項9記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
【請求項11】
請求項9または10記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法において、前記(a)で形質転換する培養細胞が癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、癌細胞の走化性もしくは転移を抑制する細胞内抗体発現用ベクターの製造方法。
【請求項12】
請求項9ないし11のいずれか1項に記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、細胞の表現型決定に関与する生理活性物質の活性を促進もしくは減退させる細胞内抗体発現用ベクター。
【請求項13】
請求項11に記載の細胞内抗体発現用ベクターの製造方法により得られた、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体発現用ベクター。
【請求項14】
細胞内抗体発現用ベクターが有する可変領域をコードするDNAが、その重鎖CDR3中に「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」をコードする塩基配列を含むことを特徴とする、請求項13の細胞内抗体発現用ベクター。
【請求項15】
請求項13に記載の細胞内抗体発現用ベクターを用いて細胞を形質転換して細胞内で産生される、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する細胞内抗体。
【請求項16】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載のVHH発現ライブラリーを用いて、
(a)該ライブラリーのVHH発現ベクターで培養細胞を形質転換し、細胞内抗体の作用による細胞の表現型の変化を観察する工程、
(b)表現型が変化した培養細胞を分離し、該培養細胞内部から発現ベクターを回収する工程、
(c)(b)で回収した発現ベクターを、大腸菌に形質転換して増幅させる工程、
(d)(c)で増幅させた発現ベクターのプールに対して、前記(a)〜(c)の工程を繰り返す工程、
(e)細胞の発現型を変化させる細胞内抗体の抗原認識部位を特定する工程、
(f)(e)で特定した抗原認識部位を有する細胞内抗体をコードする塩基配列とタグ配列を含む発現ベクターを用い、形質転換した培養細胞内で細胞内抗体を発現させる工程、
(g)(f)で発現させた細胞内抗体と内在タンパク質との複合体を沈降させ、細胞内抗体が有するタグを指標に回収する工程、
を含むことを特徴とする、細胞の特定の表現型決定に関与する細胞内生理活性物質の同定方法。
【請求項17】
請求項16に記載の工程(f)において、細胞内抗体をコードする塩基配列に結合させるタグ配列は、ストレプトアビジンの特異的結合分子をコードするものであり、工程(g)が、その特異的結合分子と細胞内抗体の複合体を、細胞溶解液中からストレプトアビジン固定化担体を用いてアフィニティー沈降させた後、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で分子量分画を行い、液体クロマトグラフィー/タンデム質量スペクトル分析計を用いて特異的結合分子を解析する工程であることを特徴とする、請求項16に記載の細胞内生理活性物質の同定方法。
【請求項18】
請求項16または17記載の細胞内生理活性物質の同定方法において、前記培養細胞が転移性癌細胞株であり、その表現型変化の観察が走化性の低下の観察であることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性に関与するタンパク質を同定する方法。
【請求項19】
請求項18記載の同定方法を用いて同定された転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質を癌治療の標的分子とし、請求項13または14に記載の細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項20】
転移性癌細胞の走化性に関与する細胞内タンパク質が、hnRNP-K(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein K)である、請求項19に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項21】
請求項14の細胞内抗体発現用ベクターを有効成分として含有する、請求項20に記載の転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【請求項22】
「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項23】
「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」を含むアミノ酸配列からなる、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチド。
【請求項24】
「YLAGVEVWRRRVGLC(配列番号14)」のアミノ酸配列をコードするDNA。
【請求項25】
「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列からなるDNA。
【請求項26】
「5’-TATTTGGCTGGGGTTGAGGTTTGGCGTAGGAGGGTTGGTTTGTGT-3’(配列番号15)」の塩基配列を含み、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有するペプチドをコードするDNA。
【請求項27】
重鎖CDR3のアミノ酸配列が、配列番号14からなるアミノ酸配列を含んでいることを特徴とする、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する重鎖可変領域を有する細胞内抗体。
【請求項28】
細胞内抗体のアミノ酸配列が、重鎖CDR3のアミノ酸配列以外はラクダ重鎖抗体由来のアミノ酸配列であることを特徴とする、請求項25に記載の細胞内抗体。
【請求項29】
請求項27または29記載の、転移性癌細胞の走化性抑制活性を有する抗原認識部位を含む重鎖可変領域を含む細胞内抗体をコードするDNA。
【請求項30】
請求項24ないし26または請求項29のいずれか1項に記載の細胞内抗体をコードするDNAを含み、転移性癌細胞内で発現して癌細胞の走化性を抑制するペプチドもしくは細胞内抗体を産生する発現ベクター。
【請求項31】
請求項30記載の発現ベクターを有効成分として含有する、転移性癌の走化性を抑制するための癌治療用組成物。
【図2】
【図3】
【図5】
【図8】
【図11】
【図15】
【図1】
【図4】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図12】
【図13】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【図3】
【図5】
【図8】
【図11】
【図15】
【図1】
【図4】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図12】
【図13】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2008−136455(P2008−136455A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−328529(P2006−328529)
【出願日】平成18年12月5日(2006.12.5)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年12月5日(2006.12.5)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]