細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチド
【課題】細胞機能への影響を最小限に抑えた状態で、細胞内カルシウムイオン濃度を測定することが可能な、細胞内カルシウムイオン指示ポリペプチドを提供すること。
【解決手段】細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチド。
【解決手段】細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチド、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター、該ベクターが導入された形質転換体、トランスジェニック動物、細胞内カルシウムイオン指示薬、細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内カルシウムイオン(Ca2+)は、シナプスにおける神経伝達物質の放出、細胞膜におけるイオンチャンネルの活性化、細胞質酵素の制御、筋肉(骨格筋、平滑筋、心筋)の収縮、白血球の活性化、及び血小板の活性化等のような多くの生命現象において重要な役割を果たしている。これらは主に細胞質Ca2+濃度の一過性上昇により誘導される。従って、細胞内Ca2+濃度を、その細胞機能に影響を与えることなく正確に測定することが、多くの生命現象を理解する上で重要である。
フリーCa2+の細胞質濃度は、Fura−2のような化学的に合成されたCa2+キレーターをロードすることにより測定されてきた(非特許文献1: Grynkiewicz, G. et al, J. Biol. Chem., 260, 3440-3450, 1985)。Fura−2はカルシウムイオンに対する優れた感受性と時間応答性を有するが、細胞内に導入されたFura−2が時間がたつと次第に細胞外に漏れでてきて、ベースラインが時間と共に高くなってしまうという問題点を有する。
近年、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)を用いた多くのCa2+プローブが、蛍光タンパク質に基づき、遺伝子工学的に開発されてきた。Cameleon(非特許文献2:Miyazaki, A. et al, Nature, 388, 882-887, 1997/非特許文献3:Miyazaki, A. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96, 2135-2140, 1999)及びFIP-CBSM(非特許文献4:Romoser, V.A. et al, J. Biol. Chem., 272, 13270-13274, 1997/非特許文献5:Persechini, A. et al, Cell Calcium, 22, 209-216, 1997)のようなFRET技術を用いたCa2+プローブ、Camgaroo(非特許文献6:Baird, G.S. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96, 11241-11246, 1996/非特許文献7:Griesbeck, O. et al, J. Biol. Chem., 276, 29188-29194, 2001)、G-CaMP(非特許文献8:Nakai, J. et al., Nat. Biotechnol, 19, 137-141, 2001)、Pericam(非特許文献9:Nagai, T. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98, 3197-3202, 2001)が開発された。
非特許文献2には、ECFPとEYFPとの蛍光タンパク質の組み合わせ、又はEBFPとEGFPとの組み合わせを用いたFRET技術を用いたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。2つの蛍光タンパク質の間に、カルモジュリン及びミオシン軽鎖キナーゼの配列が挿入されている。このカルモジュリン配列は、カルシウムイオン結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。YC2、YC3、YC4、スプリットYC2等の名称のタンパク質が報告されていて、このうちYC2、YC3、YC4をHela細胞に発現させたときの刺激に対する応答の大きさ(Emission ratio: 反応のピーク値/初期値)が約1.5と小さい。スプリットYC2は、YC2タンパク質を2つに分割した形を有するタンパク質の混合物であり、応答の大きさが約1.8である。報告されている最も長い計測時間が133分間である。
非特許文献3では、非特許文献2において記載されたタンパク質におけるpH感受性の問題点が改良されたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。タンパク質の基本的な構造は非特許文献2のそれと同様である。従って、このタンパク質もカルシウムイオン結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。刺激に対する応答の大きさ(Emission ratio)は改善されず、約1.5である。報告されている最も長い計測時間が100分間である。
非特許文献10(Truong, K. et al, Nat. Struct. Biol. 8, 1069-1073, 2001)では、非特許文献2において記載されたタンパク質の応答の大きさが改善されたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。構造上の変更点は、カルモジュリンの配列の間にカルモジュリン依存性キナーゼキナーゼの配列が挿入されたことである。しかし、このタンパク質は依然としてカルシウムイオン結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。応答の大きさは10μMヒスタミン刺激という、非常に強い刺激を与えた際に、約2.0である。このタンパク質は刺激に対して応答が鋭敏ではなく、正確な細胞内のカルシウムイオン濃度変化を反映しているとは言いがたい。報告されている最も長い計測時間が67分間である。
非特許文献5には、BGFPとRGFPとを組み合わせたFRET技術を用いたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。このタンパク質も、カルシウム結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。また、このタンパク質の刺激に対する応答は非常に弱い。
非特許文献6には、EYFPのアミノ酸配列の前半部分と後半部分とが入れ替えられた配列を有するカルシウムイオン指示蛍光タンパク質が開示されている。この蛍光タンパク質の前半部分と後半部分とはカルモジュリンの配列を介して連結されている。従って、このタンパク質は、カルシウムイオン結合部位を内在しているため、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。このタンパク質をHela細胞に発現させて、200μMのヒスタミンにより刺激したときの応答の大きさは約1.5である。報告されている最も長い計測時間が13分間である。
非特許文献8には、GFPの単蛍光色タンパク質の立体構造変化を利用したカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。このタンパク質においては、EGFPのアミノ酸配列の前半部分と後半部分とが入れ替えられた配列のC末端に、カルシウム結合部位であるカルモジュリンの配列が連結されている。従って、このタンパク質も、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。このタンパク質をHEK−293細胞に発現させて、100μMのATPにより刺激したときの応答の大きさは約1.5である。報告されている最も長い計測時間は30分間である。
非特許文献9には、EYFPのアミノ酸配列の前半部分と後半部分とが入れ替えられた配列を有するカルシウムイオン指示蛍光タンパク質が開示されている。この蛍光タンパク質の前半部分と後半部分とはカルシウム結合部位であるカルモジュリンの配列を介して連結されている。従って、このタンパク質は、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。このタンパク質をHela細胞に発現させて、1μMのヒスタミンにより刺激したときの応答の大きさは約2.7である。報告されている最も長い計測時間が83分間である。
一方、Vanderklishらは、活性のシナプスを可視的に示すために、FRET法を用いる試験を報告している。彼らは、カルパイン感受性配列をリンカーとして用い、タンパク質をシナプス後ドメインに標的化するために、C末端にShaker PDZドメインの配列を用いた、ECFPとEYFPの融合タンパク質を設計している(非特許文献11:Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 2253-2258, 2000)。カルパインは、極めて多様な哺乳動物細胞において見出される、Ca2+活性化タンパク質分解酵素である(非特許文献12: Croall, D.E. et al, Physiol. Rev., 71, 813-847, 1991)。この融合タンパク質は、Ca2+感受性様式でカルパインにより切断され、リンカーペプチドが切断されたときにFRETが永続的に途絶される。従って、この融合タンパク質を用いれば、刺激によりCa2+濃度が上昇した細胞をFRETの途絶により識別することが可能となる。しかしながら、カルパインによるリンカーペプチドの切断は不可逆的反応であるため、細胞内Ca2+濃度変化を継続的に追跡することができず、この融合タンパク質をカルシウムイオン指示薬として用いることはできない。
【非特許文献1】Grynkiewicz, G. et al, J. Biol. Chem., 260巻, 3440-3450頁, 1985年
【非特許文献2】Miyazaki, A. et al, Nature, 388巻, 882-887頁, 1997年
【非特許文献3】Miyazaki, A. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96巻, 2135-2140頁, 1999年
【非特許文献4】Romoser, V.A. et al, J. Biol. Chem., 272巻, 13270-13274頁, 1997年
【非特許文献5】Persechini, A. et al, Cell Calcium, 22巻, 209-216頁, 1997年
【非特許文献6】Baird, G.S. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96巻, 11241-11246頁, 1996年
【非特許文献7】Griesbeck, O. et al, J. Biol. Chem., 276巻, 29188-29194頁, 2001年
【非特許文献8】Nakai, J. et al., Nat. Biotechnol, 19巻, 137-141頁, 2001年
【非特許文献9】Nagai, T. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98巻, 3197-3202頁, 2001年
【非特許文献10】Truong, K., Nat. Struct. Biol. 8巻, 1069-1073頁, 2001年
【非特許文献11】Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97巻, 2253-2258頁, 2000年
【非特許文献12】Croall, D.E. et al, Physiol. Rev., 71巻, 813-847頁, 1991年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記事情に鑑み、本発明は、細胞機能への影響を最小限に抑えた状態で、細胞内Ca2+濃度を測定することが可能な、細胞内カルシウムイオン指示ポリペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、当初、Vanderklish, P.W.らの報告(非特許文献11)に準じて、シナプス活性化を可視化するために、FRET技術を用いることを試みた。即ち、Ca2+依存的にカルパインがリンカー配列を切断することにより、FRET蛍光比を永続的に変化させ、活性化した細胞を識別することを目指した。また、本発明者らは、融合タンパク質を細胞膜へ標的化するために、膜移行シグナル配列として、成長関連タンパク質43(GAP43)(Moriyoshi, K. et al, Neuron, 16, 255-260, 1996)のN末端パルミトイル化シグナルを融合タンパク質のN末端側へ連結した。即ち、本発明者らは、(1)膜移行シグナル配列、(2)ECFP、(3)カルパイン感受性配列、及び(4)EYFPの構成要素を、N末端側から(1)、(2)、(3)、(4)の順序で含む融合タンパク質を構築し、該融合タンパク質を神経細胞中に発現させ、該細胞を刺激したときの蛍光比の変化を測定した。
すると予想に反して、この融合タンパク質はカルパインによって切断されず、むしろ、細胞内Ca2+濃度の変化に応じた蛍光強度比の変化を繰り返して示した。そして、Fura−2を同時に用いて行われたCa2+測定及び蛍光測定により、この融合タンパク質は、優れたカルシウムイオン感受性、反応速度を示すCa2+指示薬として作用することが判明し、以下の発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下に関する。
[1]細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチド。
[2]膜移行シグナル配列が脂質鎖を介してポリペプチドを細胞膜へアンカーさせ得るシグナル配列である、上記[1]記載のポリペプチド。
[3]膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と第1の蛍光ポリペプチド残基とが1〜100アミノ酸からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手により連結されている、上記[1]記載のポリペプチド。
[4]蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーがCFP残基であり、対応するアクセプターがYFP残基である、上記[1]記載のポリペプチド。
[5]カルパイン感受性配列がμ−カルパイン感受性配列である、上記[1]記載のポリペプチド。
[6]カルパイン感受性配列が、配列番号2、配列番号3、又は配列番号4で示されるアミノ酸配列の部分配列からなり、該部分配列は6アミノ酸以上の長さを有し、且つ、カルパイン感受性を有する、上記[1]記載のポリペプチド。
[7]リンカーポリペプチド残基の長さが200アミノ酸以下である、上記[1]記載のポリペプチド。
[8]配列番号6、配列番号8、配列番号10、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる、上記[1]記載のポリペプチド。
[9]上記[1]〜[8]から選択されるいずれか1つに記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[10]上記[9]記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
[11]上記[10]記載のベクターが導入された形質転換体。
[12]上記[1]〜[8]から選択されるいずれか1つに記載のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物。
[13]上記[1]〜[8]から選択されるいずれか1つに記載のポリペプチドを有する細胞。
[14]細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドからなる細胞内カルシウムイオン指示薬であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、細胞内カルシウムイオン指示薬。
[15]以下の工程を含む、細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法:
(A)細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドを有する細胞を提供する工程であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、工程;
(B)工程(A)で提供された細胞に、前記蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーの励起光を照射し、蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定する工程。
【発明の効果】
【0005】
本発明のポリペプチドを用いると、細胞機能への影響を最小限に抑えた状態で、長時間、高感度で、安定に、細胞内カルシウムイオン変化を測定することが可能である。特に、本発明のポリペプチドは、従来の細胞内カルシウムイオン指示薬と比較して、以下の点において優れている。
(1)従来のカルシウムイオン指示タンパク質の多くは、分子内にカルシウムイオン結合部位を有している。従って、細胞内にこのタンパク質を大量に発現させると、細胞内カルシウム動態が大きく影響を受ける可能性がある。
これに対して、本発明のポリペプチドは、分子内にカルシウムイオン結合部位を要さない。本発明のポリペプチドのカルシウムイオン指示機能は、細胞内に普遍的に存在するカルパインがカルシウムイオン濃度上昇によって活性化され、活性化されたカルパインが本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性部位を認識することによって生じるFRET蛍光強度比の変化を利用したものである。従って、細胞内に普遍的に内在しているカルパインが直接的なカルシウムイオンセンサーとして働いているので、外来性の本発明のポリペプチドを細胞内に大量に発現させても、細胞内カルシウムイオン動態が影響を受ける可能性は低い。
(2)従来のカルシウムイオン指示タンパク質の多くは、分子内にカルシウムイオン結合部位としてカルモジュリンの配列を有している。カルモジュリンは生体内の他のタンパク質と結合し、結合したタンパク質の活性を変化させる作用があるため、細胞内にこのタンパク質を大量に発現させると、細胞機能に影響を及ぼす可能性がある。
一方、本発明のポリペプチドは、分子内に特別な酵素活性部位や修飾作用部位を要さない。従って、本発明のポリペプチドを細胞内に大量に発現させても、細胞機能が影響を受ける可能性は低い。
(3)非特許文献11に開示された融合タンパク質は、Ca2+感受性様式でカルパインにより不可逆的に切断され、FRETが永続的に途絶されるため、細胞内Ca2+濃度変化を継続的に追跡することはできない。
一方、本発明のポリペプチドは、カルパインによって切断されず、細胞内Ca2+濃度の変化に応じた蛍光強度比の変化を繰り返して示す。従って、本発明のポリペプチドを細胞内に発現させることにより、継続的に細胞内Ca2+濃度変化を測定することが可能となる。
(4)Fura−2等の低分子の細胞内カルシウム指示薬は、時間経過に伴い細胞外に漏れでてきて、ベースラインが時間と共に高くなってしまうため、長時間のカルシウムイオン濃度測定への適用は困難である。
一方、本発明のポリペプチドを細胞内に発現させることにより、長時間にわたりカルシウムイオン応答を安定して測定することが可能となる。
(5)本発明のポリペプチドは、カルシウムイオン濃度変化に対する応答の大きさ(Emission ratio)が大きい。
(6)本発明のポリペプチドは、優れたカルシウムイオン濃度感受性及び反応速度を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
(1.ポリペプチド)
本発明は、細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチドを提供するものである。
【0007】
細胞内カルシウムイオン指示機能とは、細胞内において、カルシウムイオン濃度に依存してシグナル(蛍光、吸光、発光等)変化を起こし得る機能をいう。理論には束縛されないが、本発明のポリペプチドが有する細胞内カルシウムイオン指示機能は、細胞内においてカルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識することによって生じる蛍光共鳴エネルギー転移の変化に基づいている。即ち、細胞内カルシウムイオン濃度が上昇すると、細胞内のカルパインが活性化し、活性化されたカルパインが本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識し、本発明のポリペプチドが含む2つの蛍光ポリペプチド残基間で生じ得る蛍光共鳴エネルギー転移が抑制され、ドナーの蛍光強度が増大し、アクセプターの蛍光強度が減少する。逆に、細胞内カルシウムイオン濃度が減少すると、カルパインの活性化が抑制され、カルパインによるカルパイン感受性配列の認識が減弱し、抑制されていた蛍光共鳴エネルギー転移が回復し、ドナーの蛍光強度が減少し、アクセプターの蛍光強度が増大する。従って、本発明のポリペプチドは、カルパインを有する細胞内において所望のカルシウムイオン指示機能を発揮し得る。
【0008】
膜移行シグナル配列とは、ポリペプチドのN末端側に連結された状態で、該ポリペプチドが細胞内に発現された場合に、該ポリペプチドを細胞膜の細胞質側の表面へ移行させ得る機能(膜移行シグナル機能)を有するアミノ酸配列をいう。膜移行シグナル配列は、好ましくは、本発明のポリペプチドのN末端に位置し、そのN末端アミノ酸は開始コドン(ATG)に由来するメチオニンであり得る。本発明のポリペプチド中に膜移行シグナル配列が存在するので、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインは本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を実質的に切断することなく認識し、蛍光共鳴エネルギー転移を抑制し、その結果、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮する。理論には束縛されないが、本発明のポリペプチドは膜移行シグナル配列の作用により細胞膜の細胞質側の表面へ移行されるので、立体構造上の自由度が制限され得る。その結果、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが、本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識はするが、立体構造上の制限等により該カルパイン感受性配列を実質的に切断できなくなることが期待される。
【0009】
膜移行シグナル配列の長さは、該配列が膜移行シグナル機能を有し、且つ、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り特に限定されない。しかしながら、膜移行シグナル配列が長すぎると、本発明のポリペプチドの立体構造上の自由度が増大し、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが立体構造上の制限を受けずに本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識し、切断することが可能となり、その結果蛍光共鳴エネルギー転移が永続的に途絶され、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる可能性がある。そのため、該長さは短いほど好ましく、例えば約100アミノ酸以下、好ましくは50アミノ酸以下、より好ましくは30アミノ酸以下である。
【0010】
膜移行シグナル配列の種類は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り特に限定されないが、脂質鎖を介してポリペプチドを細胞膜へアンカーさせ得るシグナル配列が好ましい。そのような膜移行シグナル配列としては、脂肪族アシル化シグナル配列、プレニル化シグナル配列等を挙げることができる。プレニル化シグナル配列は、通常は、ポリペプチドのC末端において機能し得るので、膜移行シグナル配列としては、脂肪族アシル化シグナル配列がより好ましい。脂肪族アシル化シグナル配列としては、パルミトイル化シグナル配列、ミリストイル化シグナル配列等を挙げることができる。プレニル化シグナル配列としては、ファルネシル化シグナル配列、ゲラニルゲラニル化シグナル配列等を挙げることができる。
【0011】
膜移行シグナル配列としては、自体公知の配列を用いることが可能である。
パルミトイル化シグナル配列としては、例えば、Growth-associated protin-43(GAP43)のN末端パルミトイル化シグナル配列(MLCCMRRTKQVEKNDEDQKI:配列番号1)(Moriyoshi, K. et al, Neuron, 16, 255-260, 1996)を挙げることができるが、これに限定されない。GAP-43のN末端パルミトイル化シグナル配列は、N末端側の10アミノ酸(MLCCMRRTKQ:配列番号13)があれば機能することが知られている(M. X. Zuber, S. M. Strittmatter, and M. C. Fishman, A membrane-targeting signal in the amino terminus of the neuronal protein GAP-43, Nature 341 (1989) 345-348.)。
ミリストイル化シグナル配列の多くは、Met1-Gly2-X3-X4-X5-Ser/Thr6というアミノ酸配列を有する(右肩の数字はN-末端からの位置を、Xは任意のアミノ酸をそれぞれ示す。)(T. Utsumi, J. Kuranami, E. Tou, A. Ide, K. Akimaru, M. C. Hung, and J. Klostergaard, In vitro synthesis of an N-myristoylated fusion protein that binds to the liposomal surface, Arch. Biochem. Biophys. 326 (1996) 179-184.)。ミリストイル化シグナル配列としては、例えば、c-SrcのN末端ミリストイル化配列(MGSSKSKPKDPSQR:配列番号14)(Y. Miyamoto, J. Yamauchi, N. Mizuno, and H. Itoh, The adaptor protein Nck1 mediates endothelin A receptor-regulated cell migration through the Cdc42-dependent c-Jun N-terminal kinase pathway, J. Biol. Chem. 279 (2004) 34336-34342. 及びW. Lu, S. Katz, R. Gupta, and B. J. Mayer, Activation of Pak by membrane localization mediated by an SH3 domain from the adaptor protein Nck, Curr. Biol. 7 (1997) 85-94.)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0012】
膜移行シグナル配列には、自体公知の膜移行シグナル配列の部分配列であって、6アミノ酸以上、好ましくは8アミノ酸以上、より好ましくは10アミノ酸以上の長さを有し、且つ、膜移行シグナル機能を有する、部分配列が含まれる。該部分配列は、好ましくは、自体公知の膜移行シグナル配列のN末端アミノ酸(例えばメチオニン)を含む。
【0013】
また、膜移行シグナル配列には、自体公知の膜移行シグナル配列に少なくとも70%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の相同性を有し、且つ、膜移行シグナル機能を有するアミノ酸配列も含まれる。
【0014】
「相同性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換はポリペプチドの表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら,Science, 247: 1306-1310 (1990)を参照)。
【0015】
アミノ酸配列の相同性を決定するためのアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられるが、それらに限定されない。アミノ酸配列の相同性は、上記プログラムにより、そのデフォルトパラメータを用いて適宜算出され得る。例えばアミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST-2(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(マトリックス=BLOSUM62;ギャップオープン=11;ギャップエクステンション=1;x_ドロップオフ=50;期待値=10;フィルタリング=ON)にて計算することができる。
【0016】
本発明のポリペプチドにおいて、膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と、第1の蛍光ポリペプチド残基との距離は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り特に限定されない。しかしながら、この距離が長すぎると、本発明のポリペプチドの立体構造上の自由度が増大し、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが立体構造上の制限を受けずに本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識し、切断することが可能となり、その結果蛍光共鳴エネルギー転移が永続的に途絶され、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる可能性がある。そのため、該距離は短いほど好ましく、膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と第1の蛍光ポリペプチド残基とは、例えば約1〜100アミノ酸(好ましくは約1〜50アミノ酸、より好ましくは約1〜25アミノ酸、更に好ましくは約1〜10アミノ酸)からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手により連結されていることが好ましい。該リンカーポリペプチド残基のアミノ酸配列は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り、特に限定されない。
【0017】
本発明のポリペプチドには2つの蛍光ポリペプチド残基が含まれ、そのいずれか一方は蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方は対応するアクセプターである。該2つの蛍光ポリペプチド残基のどちらがドナーであってもよい。即ち、第1の蛍光ポリペプチド残基がドナーであり、第2の蛍光ポリペプチド残基がアクセプターであってもよく、あるいは第1の蛍光ポリペプチド残基がアクセプターであり、第2の蛍光ポリペプチド残基がドナーであってもよい。
【0018】
蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)とは、2つの蛍光分子が十分に接近した状態において、励起された一方の蛍光分子(ドナー)からの光エネルギー(蛍光)が、他方の蛍光分子(アクセプター)へ移動することにより、アクセプターが励起される現象をいう。
【0019】
本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基の組み合わせは、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得る組み合わせであれば特に限定されない。蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得る2つの蛍光ポリペプチド残基の組み合わせは、ドナーの蛍光波長が、アクセプターの励起波長と重なる様に、適宜選択することができる。ドナー/アクセプターの組み合わせとしては、自体公知のものを用いることが可能であり、例えば、CFP/YFP、BFP/GFP、GFP/RFP、CFP/RFP、CFP/DsRed(M. G. Erickson, D. L. Moon, and D. T. Yue, DsRed as a potential FRET partner with CFP and GFP, Biophys. J. 85 (2003) 599-611.)、GFP/DsRed、MiCy/mKO(S. Karasawa, T. Araki, T. Nagai, H. Mizuno, and A. Miyawaki, Cyan-emitting and orange-emitting fluorescent proteins as a donor/acceptor pair for fluorescence resonance energy transfer, Biochem. J. 381 (2004) 307-312.)等を用いることが可能である。現在までに開発されている蛍光ポリペプチドの名称は、例えば、R. Y. Tsien, Building and breeding molecules to spy on cells and tumors, FEBS Lett. 579 (2005) 927-932.等を参照のこと。ここで、CFP、YFP、BFP、GFP等は、それぞれの改変体(それぞれ、強化CFP(ECFP)等、強化YFP(EYFP)等、強化BFP(EBFP)等、強化GFP(EGFP)等)を含む意味である。これらの蛍光ポリペプチドのアミノ酸配列は公知である。
【0020】
また、本発明のポリペプチドに含まれる蛍光ポリペプチド残基としては、上述の公知の蛍光ポリペプチドのアミノ酸配列に少なくとも70%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の相同性を有し、且つ、本発明に用いられたときに本発明のポリペプチドに含まれるもう一方の蛍光ポリペプチド残基との間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るものを用いてもよい。
【0021】
本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基は、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、リンカーポリペプチド残基により連結されている。リンカーポリペプチドの長さは、前記2つの蛍光ポリペプチド残基の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得る限り、特に限定されない。しかしながら、2つの蛍光ポリペプチド残基間の距離が長すぎると、励起されたドナーからアクセプターへのエネルギー転移が生じ難くなり、結果として本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる可能性がある。従って、前記2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基の長さはより短いほうが好ましく、例えば200アミノ酸以下、好ましくは150アミノ酸以下、より好ましくは100アミノ酸以下、更に好ましくは80アミノ酸以下である。
【0022】
本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基は少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含む。
【0023】
カルパインは、カルシウムイオン依存的に活性化される公知のシステインプロテアーゼである。カルパインは、活性化に必要なカルシウムイオン濃度の要求性により、μ−カルパイン(カルパインI)とm−カルパイン(カルパインII)の2種に区別される。μ−カルパインは比較的低いカルシウムイオン濃度(例えば約3−50μM)により活性化され得るが、m−カルパインの活性化には比較的高いカルシウムイオン濃度(例えば約400−800μM)が必要であることが知られている。カルパインは生体内に普遍的に存在するので、本発明のポリペプチドは、多様な種類の細胞内においてカルシウムイオン指示機能を発揮し得る。
【0024】
カルパイン感受性配列とは、カルパインにより特異的に認識され、切断され得るアミノ酸配列をいう。カルパイン感受性配列は、カルパインの種類に応じてμ−カルパイン感受性配列及びm−カルパイン感受性配列に区別され得る。しかしながら、μ−カルパインの特異性とm−カルパインの特異性は類似しているため、あるアミノ酸配列がμ−カルパイン感受性配列であり、且つ、m−カルパイン感受性配列である場合もあり得る(A. Kishimoto, K. Mikawa, K. Hashimoto, I. Yasuda, S. Tanaka, M. Tominaga, T. Kuroda, and Y. Nishizuka, Limited proteolysis of protein kinase C subspecies by calcium-dependent neutral protease (calpain), J. Biol. Chem. 264 (1989) 4088-4092)。より低いカルシウムイオン濃度において本発明のポリペプチドが良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るように、カルパイン感受性配列としてはμ−カルパイン感受性配列が、好ましく用いられる。カルパイン、及びカルパイン感受性配列に関しては、D. E. Croall, and G. N. DeMartino, Calcium-activated neutral protease (calpain) system: structure, function, and regulation, Physiol. Rev. 71 (1991) 813-847等を参照のこと。
【0025】
カルパインの基質であるポリペプチドにおけるカルパイン切断部位のアミノ酸配列解析等に基づいて、数多くのカルパイン感受性配列が報告されている(D. E. Croall, and G. N. DeMartino, Calcium-activated neutral protease (calpain) system: structure, function, and regulation, Physiol. Rev. 71 (1991) 813-847等)。本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り、公知のカルパイン感受性配列を本発明において用いることができる。
【0026】
カルパイン感受性配列としては、例えば、αスペクトリン由来のμ−カルパイン感受性配列(GSGSGQQEVYGMMPRDGSG:配列番号2)(P. W. Vanderklish, L. A. Krushel, B. H. Holst, J. A. Gally, K. L. Crossin, and G. M. Edelman, Marking synaptic activity in dendritic spines with a calpain substrate exhibiting fluorescence resonance energy transfer, Proc Natl Acad Sci U S A 97 (2000) 2253-2258、A. S. Harris, D. E. Croall, and J. S. Morrow, The calmodulin-binding site in alpha-fodrin is near the calcium-dependent protease-I cleavage site, J. Biol. Chem. 263 (1988) 15754-15761)、PKCα由来のμ−カルパイン感受性配列(IPEGDEEGNMELRQKFEKAKLGPVGNKVISPSEDRKQPSNNLDRVKLT:配列番号3)(A. Kishimoto, K. Mikawa, K. Hashimoto, I. Yasuda, S. Tanaka, M. Tominaga, T. Kuroda, and Y. Nishizuka, Limited proteolysis of protein kinase C subspecies by calcium-dependent neutral protease (calpain), J. Biol. Chem. 264 (1989) 4088-4092.)、PKCβ由来のμ−カルパイン感受性配列(VPPEGSEGNEELRQKFERAKIGQGTKAPEEKTANTISKFDNNGNRDRMKLT:配列番号4)(A. Kishimoto, K. Mikawa, K. Hashimoto, I. Yasuda, S. Tanaka, M. Tominaga, T. Kuroda, and Y. Nishizuka, Limited proteolysis of protein kinase C subspecies by calcium-dependent neutral protease (calpain), J. Biol. Chem. 264 (1989) 4088-4092.)等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。
【0027】
また、カルパイン感受性配列には、自体公知のカルパイン感受性配列の部分配列であって、例えば6アミノ酸以上、好ましくは8アミノ酸以上、より好ましくは10アミノ酸以上、更に好ましくは12アミノ酸以上の長さを有し、且つ、カルパイン感受性を有する、部分配列が含まれる。
【0028】
更に、カルパイン感受性配列には、公知のカルパイン感受性配列に少なくとも70%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の相同性を有し、且つ、カルパイン感受性を有するアミノ酸配列も含まれる。
【0029】
ここで、上記カルパイン感受性配列は、本発明のポリペプチド中に存在する限りにおいては、カルパインにより認識はされるが、実質的に切断されないことが期待される。これは、上述の様に、膜移行シグナル配列の作用により、本発明のポリペプチドが細胞膜の細胞質側の表面へ移行される結果、活性化されたカルパインが立体構造上の制限等を受け得るためであるが、理論には束縛されない。「ポリペプチドがカルパインにより実質的に切断されない」とは、ポリペプチドを十分な濃度のカルシウムイオンが存在する状態でカルパインにより処理しても、カルパインによる切断断片が検出されないことをいう。ポリペプチドがカルパインにより実質的に切断されるか否かは、例えば、目的とするポリペプチドをカルパインを内在している細胞(例えば神経細胞)中に発現させ、該細胞を十分な濃度のカルシウムイオンを含有する緩衝液(例えば20μMのCa2+及び150mM NaClを含有する10mM HEPES−K緩衝液)中で溶解し、得られた細胞溶解液を約30℃で約30〜60分間インキュベートし、得られる反応産物中にカルパインによる該ポリペプチドの切断産物があるか否かを該ポリペプチドに対する抗体を用いた免疫学的測定法により検出することにより判定することが出来る。
【0030】
上記2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基に含まれるカルパイン感受性配列の数は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り、特に限定されない。しかしながら、カルパイン感受性配列の数が多すぎると、結果としてリンカーポリペプチド残基の長さが長くなり、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる場合がある。従って、前記リンカーポリペプチド残基中に含まれるカルパイン感受性配列の数はより少ないほうが好ましく、例えば1〜15個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個、更に好ましくは1〜3個である。前記リンカーポリペプチド残基中に複数個のカルパイン感受性配列が含まれる場合、それぞれのカルパイン感受性配列は同一であっても異なっていてもよい。
【0031】
本発明のポリペプチドは修飾されていてもよい。該修飾としては、脂質鎖の付加(脂肪族アシル化(パルミトイル化、ミリストイル化等)、プレニル化(ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化等)等)、リン酸化(セリン残基、スレオニン残基、チロシン残基等におけるリン酸化)、アセチル化、糖鎖の付加(Nグリコシル化、Oグリコシル化)等を挙げることが出来る。
【0032】
また、本明細書において用語「本発明のポリペプチド」は、その塩をも含む意味として用いられる。ポリペプチドの塩としては生理学的に許容される酸(例:無機酸、有機酸)や塩基(例:アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが挙げられる。
【0033】
本発明のポリペプチドの例としては、例えば、配列番号6、配列番号8、配列番号10、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを挙げることが出来る。
【0034】
本発明のポリペプチドの製造方法については特に制限はなく、該ポリペプチドは公知のペプチド合成法に従って製造してもよく、また公知の遺伝子組み換え技術を用いて製造してもよい。ペプチド合成法は、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。本発明のポリペプチドを構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合し、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的とするポリペプチドを製造することができる。
【0035】
遺伝子組み換え技術を用いて本発明のポリペプチドを製造する場合には、先ず後述するような本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを取得し、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターで宿主を形質転換し、得られる形質転換体を培養することによって、該ポリペプチドを製造することができる。該ポリヌクレオチド、遺伝子組み換え技術を用いた本発明のポリペプチドの製造方法については本明細書中後述する。
【0036】
(2.ポリヌクレオチド)
本発明は上記本発明のポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを提供するものである。該ポリヌクレオチドは、DNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNAが挙げられる。また、該ポリヌクレオチドは二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。
【0037】
本発明のポリヌクレオチドとしては、配列番号5、配列番号7、配列番号9、又は配列番号11で表されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを挙げることが出来る。配列番号5で表されるヌクレオチド配列は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、配列番号7で表されるヌクレオチド配列は配列番号8で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、配列番号9で表されるヌクレオチド配列は配列番号10で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、配列番号11で表されるヌクレオチド配列は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、それぞれコードする。
【0038】
本発明のポリヌクレオチドは、本発明のポリペプチドを構成する上述の各構成要素(膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基、蛍光ポリペプチド残基、リンカーポリペプチド残基等)をコードするポリヌクレオチドを、リガーゼなどの適切な酵素を用いて公知の遺伝子組換え技術により連結することにより、製造することが出来る。本発明のポリペプチドを構成する各構成要素をコードするポリヌクレオチドは、それぞれの公知の配列情報や本明細書の配列表に記載された配列情報を利用することにより適当なプライマーを設計し、各構成要素をコードするDNAクローン等を鋳型として用い、PCRによって直接増幅することができる。或いは、配列情報に基づいて、ポリヌクレオチド合成装置により各構成要素をコードするポリヌクレオチドを合成してもよい。
【0039】
取得された本発明のポリヌクレオチドをコードするポリヌクレオチドは、目的によりそのまま、または所望により制限酵素で消化するか、リンカーを付加した後に、使用することができる。該ポリヌクレオチドはその5’末端側に翻訳開始コドンとしてのATGを有し、また3’末端側には翻訳終止コドンとしてのTAA、TGAまたはTAGを有していてもよい。これらの翻訳開始コドンや翻訳終止コドンは、適当な合成DNAアダプターを用いて付加することができる。
【0040】
(3.ベクター及び形質転換体)
本発明は、上記本発明のポリヌクレオチドを含むベクターを提供するものである。ベクターとしては発現ベクター、クローニングベクター等を挙げることができ、目的に応じて選択することが可能であるが、好ましくは、ベクターは発現ベクターである。該発現ベクターは、本発明のポリヌクレオチドを適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に機能的に連結することにより製造することができる。ベクターの種類としては、プラスミドベクター、ウイルスベクター等を挙げることができ、用いる宿主に応じて適宜選択することが出来る。
【0041】
宿主としては、例えば、エシェリヒア属菌(エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等)、バチルス属菌(バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis)等)、酵母(サッカロマイセス セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等)、昆虫細胞(夜盗蛾の幼虫由来株化細胞(Spodoptera frugiperda cell;Sf細胞)等)、昆虫(カイコの幼虫等)、哺乳動物細胞(ラット神経細胞、サル細胞(COS-7等)、チャイニーズハムスター細胞(CHO細胞等)等)などが用いられる。
【0042】
哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オラウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることが出来る。
【0043】
プラスミドベクターとしては、大腸菌由来のプラスミドベクター(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13)、枯草菌由来のプラスミドベクター(例、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミドベクター(例、pSH19,pSH15)等を挙げることができ、用いる宿主の種類や使用目的に応じて適宜選択することが出来る。
【0044】
ウイルスベクターの種類は、用いる宿主の種類や使用目的に応じて適宜選択することが出来る。例えば、宿主として昆虫細胞を用いる場合には、バキュロウイルスベクター等を用いることが出来る。また、宿主として哺乳動物細胞を用いる場合には、モロニーマウス白血病ウイルスベクター、レンチウイルスベクター、シンドビスウイルスベクター等のレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、パルボウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、センダイウイルスベクター等を用いることが出来る。
【0045】
また、プロモーターは、用いる宿主の種類に対応して、該宿主内で転写を開始可能なものを選択することが出来る。例えば、宿主がエシェリヒア属菌である場合、trpプロモーター、lacプロモーター、T7プロモーターなどが好ましい。宿主がバチルス属菌である場合、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。宿主が酵母である場合、PHO5プロモーター、PGKプロモーターなどが好ましい。宿主が昆虫細胞である場合、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。宿主が哺乳動物細胞である場合、サブゲノミック(26S)プロモーター、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0046】
本発明のベクターは、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製オリジン(以下、SV40oriと略称する場合がある)などを、それぞれ機能可能な態様で含有していてもよい。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素(以下、dhfrと略称する場合がある)遺伝子〔メソトレキセート(MTX)耐性〕、アンピシリン耐性遺伝子(Amprと略称する場合がある)、ネオマイシン耐性遺伝子(Neorと略称する場合がある、G418耐性)等が挙げられる。
【0047】
上記本発明のベクターを、自体公知の遺伝子導入法(例えば、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、マイクロインジェクション法、プロプラスト融合法、エレクトロポレーション法、DEAEデキストラン法、Gene Gunによる遺伝子導入法等)に従って上記宿主へ導入することにより、該ベクターが導入された形質転換体(本発明の形質転換体)を製造することができる。導入されるベクターとして発現ベクターを使用することにより、該形質転換体は本発明のポリペプチドを発現し得る。本発明の形質転換体は、本発明のポリペプチドの製造や、細胞内カルシウムイオン濃度の測定などに有用である。
【0048】
本発明の形質転換体を、宿主の種類に応じて、自体公知の方法で培養し、培養物から本発明のポリペプチドを単離することにより、本発明のポリペプチドを製造することが出来る。宿主がエシェリヒア属菌である形質転換体の培養は、LB培地やM9培地等の適切な培地中、通常約15〜43℃で、約3〜24時間行なわれる。宿主がバチルス属菌である形質転換体の培養は、適切な培地中、通常約30〜40℃で、約6〜24時間行なわれる。宿主が酵母である形質転換体の培養は、バークホールダー培地等の適切な培地中、通常約20℃〜35℃で、約24〜72時間行なわれる。宿主が昆虫細胞または昆虫である形質転換体の培養は、約10%のウシ血清が添加されたGrace’s Insect medium等の適切な培地中、通常約27℃で、約3〜5日間行なわれる。宿主が動物細胞である形質転換体の培養は、約10%のウシ血清が添加されたMEM培地等の適切な培地中、通常約30℃〜40℃で、約15〜60時間行なわれる。いずれの培養においても、必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。培養物からの本発明のポリペプチドの単離・精製は、例えば、菌体溶解液や培養上清を、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィーなどの複数のクロマトグラフィーに供することにより達成することができる。
【0049】
また、本発明の形質転換体を用いると、本明細書に後述する方法により、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定することが出来る。本発明の形質転換体を用いて、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定する場合には、宿主は哺乳動物細胞であることが好ましい。哺乳動物細胞においては、カルパインが普遍的に発現しているので、本発明のポリペプチドが、所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るからである。
【0050】
(4.トランスジェニック動物)
本発明は、上記本発明のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物を提供するものである。本発明のトランスジェニック動物を用いることにより、多様な組織由来の細胞における細胞内カルシウムイオン濃度の測定が可能となる。また、該トランスジェニック動物を用いることによりインビボにおける細胞内カルシウムイオン濃度測定が可能となる。該トランスジェニック動物は上述の哺乳動物であり得る。
【0051】
本発明のトランスジェニック動物は、上記本発明のポリヌクレオチドを動物個体内へ導入することにより製造することが可能である。この場合、該ポリヌクレオチドは、適当なプロモーターの下流に機能的に連結され、発現ベクター中に含まれた態様で用いられ得る。
【0052】
該プロモーターとしては、本発明のポリヌクレオチドが導入される動物個体の細胞内で転写を開始可能なプロモーターであれば特に限定されず、例えば上述の哺乳動物細胞宿主に適用可能なプロモーターを挙げることが出来る。また、発現ベクターとしては、本発明のポリヌクレオチドを目的とする動物個体の細胞内へ導入可能なベクターであれば特に限定されず、例えば、上述の形質転換体(該形質転換体は哺乳動物細胞である)の製造に使用可能なベクター(プラスミドベクター、ウイルスベクター)を挙げることが出来る。ウイルスベクターとしては、哺乳動物細胞宿主に適用可能な上述のウイルスベクターを挙げることが出来る。
【0053】
本発明のポリヌクレオチドを動物個体へ導入する方法としては、例えば、上記発現ベクターを動物個体へ直接注入する方法を用いることが出来る。この場合、対象の非ヒト動物個体中の目的とする細胞へ確実にベクターが到達する様に、十分量の発現ベクターが動物個体内へ注入される。導入効率などの点から発現ベクターとしてはウイルスベクターを用いることが好ましい。発現ベクターとしてプラスミドベクターを使用する場合は、適切な遺伝子導入試薬とともに動物内へ注入することが望ましい。
【0054】
例えば、後述の実施例に記載されるように、本発明のポリヌクレオチドを含むシンドビスウイルスベクターを、非ヒト動物の脳内へ注入することにより、脳中の神経細胞内へ本発明のポリヌクレオチドが導入された非ヒトトランスジェニック動物を製造することが出来る。本発明のポリヌクレオチドが導入された非ヒトトランスジェニック動物が本発明のポリペプチドを発現し得るか否かは、本発明のポリペプチドが有する蛍光を指標に判断することが出来る。
【0055】
しかし、上述の様に発現ベクターの動物個体への直接注入によっては、導入された本発明のポリヌクレオチドが生殖系列に入らずに、子孫へ伝達されない場合が多い。従って、より確実に生殖系列へ本発明のポリヌクレオチドを導入するために、上記発現ベクターを非ヒト動物の受精卵、胚性幹細胞(以下、ES細胞と略す)等へ導入し、これらの細胞を用いて発生させた個体から、本発明のポリヌクレオチドが生殖系列細胞を含むすべての細胞の染色体上に組み込まれた個体を選択することにより、本発明のポリヌクレオチドが安定に染色体上に組み込まれ、本発明のポリペプチドを安定に発現し得る非ヒトトランスジェニック動物を製造することができる。製造された非ヒトトランスジェニック動物の生殖系列細胞において導入された本発明のポリヌクレオチドが存在することは、作出された動物の子孫がその生殖系列細胞および体細胞の全てに導入された本発明のポリヌクレオチドを有することを指標として確認することができる。個体の選択は、個体を構成する組織、例えば、血液組織、尾等の一部から調製した染色体DNA上に導入された本発明のポリヌクレオチドが存在することをDNAレベルで確認することによって行われる。このようにして選択された個体は通常、相同染色体の片方に導入された本発明のポリヌクレオチドを有するヘテロ接合体なので、ヘテロ接合体の個体同士を交配することにより、子孫の中から導入されたポリヌクレオチドを相同染色体の両方に持つホモ接合体動物を取得することができる。このホモ接合体の雌雄の動物を交配することにより、すべての子孫が該ポリヌクレオチドを安定に保持するホモ接合体となるので、通常の飼育環境で、本発明の非ヒトトランスジェニック動物を繁殖継代することができる。
【0056】
例えば、受精卵にマイクロインジェクション法やレトロウイルスを用いた方法等により本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターを導入した後、該受精卵を雌非ヒト動物に人工的に移植および着床させることによって、導入した本発明のポリヌクレオチドを組み込んだ染色体DNAを有する非ヒトトランスジェニック動物が得られる。
【0057】
また、非ヒト動物のES細胞に本発明のポリヌクレオチドを導入後、得られたES細胞を集合キメラ法または注入キメラ法を用いて、非ヒト動物の受精卵に取り込ませ、得られるキメラ胚を雌非ヒト哺乳動物に人工的に移植および着床させることによって、導入した本発明のポリヌクレオチドを組み込んだ染色体DNAを有する細胞を部分的に有する非ヒトキメラ動物が得られる。
【0058】
ES細胞への本発明ポリヌクレオチドの導入は、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターを公知の遺伝子導入の手法(例えば、リン酸カルシウム法、電気パルス法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE−デキストラン法、ウイルスベクター法等)を用いてES細胞へ導入することにより達成され得る。該発現ベクターは、環状化状態、直線化状態いずれでも用いることができるが、本発明のポリペプチドをコードする領域およびプロモーター等の発現調節領域を破壊しない形で直線化し導入することが好ましい。
【0059】
更に、非ヒトキメラ動物を正常動物又は当該キメラ動物同士と交配し、次世代(F1)個体の中から導入された本発明のポリヌクレオチドを保有する個体を選択することにより、導入した本発明のポリヌクレオチドを組み込んだ染色体DNAを有する非ヒトトランスジェニック動物が得られる。本発明のポリヌクレオチドを保有する動物(ヒトを除く)の選択は、上述と同様に、個体を構成する組織、例えば、血液組織、尾等の一部から調製した染色体DNA上に導入された本発明のポリヌクレオチドが存在することをDNAレベルで確認することによって行われる。
【0060】
(5.本発明のポリペプチドを有する細胞)
また、本発明は、上記本発明のポリペプチドを有する細胞を提供するものである。本発明のポリペプチドは優れた細胞内カルシウムイオン指示機能を有するので、該ポリペプチドを有する細胞は、細胞内カルシウムイオン濃度の測定に有用である。本発明の細胞は、哺乳動物細胞であることが好ましい。哺乳動物細胞においては、カルパインが普遍的に発現しているので、本発明のポリペプチドが、所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るからである。哺乳動物としては、上述のものを挙げることが出来る。細胞の種類は、特に限定されないが、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るように、本発明の細胞はカルパイン発現細胞であり得る。カルパイン発現細胞としては、神経細胞、筋肉細胞等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。通常、哺乳動物細胞はカルパイン発現細胞である。
【0061】
本発明のポリペプチドを有する細胞としては、例えば以下のものを挙げることが可能である:
(1)プロモーターの下流に機能的に連結された本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターが導入された形質転換体;
(2)本発明のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物由来の細胞;
(3)本発明のポリペプチドが導入された細胞。
【0062】
(1)の形質転換体は上述と同様に製造することが可能である。該形質転換体は、発現された本発明のポリペプチドを内包し得る。
【0063】
(2)のトランスジェニック動物由来の細胞は、上述と同様に製造された本発明の非ヒトトランスジェニック動物から細胞を単離することにより獲得される。動物からの細胞の単離は、自体公知の方法を用いて行うことが可能であり、例えば、動物から組織を摘出し、該組織をコラゲナーゼ、トリプシン、DNase等の酵素により処理することにより、細胞が単離される。該細胞は、発現された本発明のポリペプチドを内包し得る。
【0064】
(3)の細胞は、細胞へ本発明のポリペプチドを導入することに製造することが出来る。細胞へのポリペプチドの導入は、ポリペプチド導入用試薬を用いることにより行うことが出来る。ポリペプチド導入試薬としては、プロフェクト(ナカライテスク社製)、プロベクチン(IMGENEX社製)等を用いることが出来る。
【0065】
(6.細胞内カルシウムイオン指示薬及び細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法)
上述の様に本発明のポリペプチドは、優れた細胞内カルシウムイオン指示機能を有するので、本発明のポリペプチドは細胞内カルシウムイオン指示薬として有用であり、該ポリペプチドを用いて細胞内カルシウムイオン濃度を測定することが出来る。
【0066】
本明細書において、「細胞内カルシウムイオン濃度の測定」とは、細胞内カルシウムイオン濃度の絶対値又は相対値の時間的変化、空間的分布等を測定することをいう。
【0067】
本発明のポリペプチドを用いて細胞内カルシウムイオン濃度を測定する場合、まず、本発明のポリペプチドを有する細胞が提供される。該細胞は上述の本発明の細胞であり得る。該細胞内には、細胞内カルシウムイオン濃度測定を可能とするのに十分な量の本発明のポリペプチドが含まれ得る。
【0068】
例えば、測定対象である所望の細胞へ、プロモーターの下流に機能的に連結された本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターを導入し、本発明のポリペプチドを該細胞内へ発現させることにより、本発明のポリペプチドを有する細胞を得ることができる。また、本発明のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物から、測定対象である所望の細胞を単離することによっても、本発明のポリペプチドを含む細胞を得ることができる。あるいは、測定対象である所望の細胞へ、本発明のポリペプチドをポリペプチド導入用試薬を用いて導入してもよい。
【0069】
次に、提供された細胞に、本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基のうちのドナーの励起光を照射し、蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定する。蛍光共鳴エネルギー転移の程度は、励起光が照射された細胞からのドナーの蛍光波長における蛍光強度(ドナー蛍光)と、アクセプターの蛍光波長における蛍光強度(アクセプター蛍光)を蛍光分光光度計、フローサイトメーター、蛍光顕微鏡等を用いて測定し、両者の比(ドナー蛍光/アクセプター蛍光等)を求めること等により評価される。蛍光比を用いることにより、細胞の厚み等の光学的厚みの影響を受けずに細胞内カルシウムイオン濃度を測定することが可能となる。カルシウムイオンが存在しない状況においては、蛍光共鳴エネルギー転移によりドナー蛍光が減弱され、アクセプター蛍光が増強されるので、(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比が相対的に低下していることが期待される。カルシウムイオン濃度が上昇すると、活性化したカルパインがカルパイン感受性配列を認識し、蛍光共鳴エネルギー転移が抑制され、ドナー蛍光が増強し、アクセプター蛍光が減弱し、(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比が相対的に上昇することが期待される。
【0070】
また、あらかじめカルシウムイオン濃度が判明している緩衝液中で、カルシウムイオノフォア(イオノマイシン、A23187等)を用いて上記細胞内へカルシウムイオンを流入させたときの、(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比を測定し、カルシウムイオン濃度と(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比をプロットすることにより、検量線を作成することが出来る。そして、カルシウムイオン濃度が未知のサンプルにおける(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比を検量線と比較する事により、カルシウムイオン濃度の絶対値を求めることも出来る。
【0071】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0072】
[実施例1]
1.材料及び方法
(小脳プルキンエ細胞の初代培養)
プルキンエ細胞は既報の様に培養された(Weber, A. et al, Brain Res., 311, 119-130, 1984/Hirano, T. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 83, 1945-1949, 1986)。即ち、小脳が、胎生約20日のWisterラット胎仔から分離され、髄膜(meninges)が除去された。小脳が、137mM NaCl, 5 mM KCl, 7mM Na2PO4, 及び25mM HEPES (pH 7.2)を含有する1%トリプシン(Invitrogen, CA, U.S.A.)/0.05% DNase(Sigma, MO, U.S.A.)溶液中で、20℃で4分間インキュベートされた。Ca2+及びMg2+不含ハンクス平衡塩溶液 (Invitrogen)で3回洗浄した後、その組織は、0.05% DNase及び12mM MgSO4を含有するCa2+不含ハンクス平衡塩溶液中で、ファイヤポリッシュパスツールピペットでの粉砕により分散された。細胞懸濁液は、室温にて180×gで遠心分離され、ペレットとなった細胞が、1mlあたり106個の細胞の濃度で、神経の生存を容易にする限定培地中へ、再懸濁された(Weber, A. et al, Brain Res., 311, 119-130, 1984/Fischer, G. et al, Neurosci Lett, 28, 325-329, 1982)。2mlのこの細胞懸濁液が、0.01%ポリ−Lリジン (Sigma) でコートされた、多数の熱滅菌ガラスカバースリップを含有するペトリ皿上へ播種された。この細胞培養物は、37℃、5% CO2にてインキュベートされた。ガラスカバースリップ上の細胞が、シンドビスウイルスによる感染のために用いられた。プルキンエ細胞は、培養中少なくとも9週間にわたり、活動電位及び強力なシナプス応答を示した。
【0073】
(Sindbis-F2Cのインビボ注入及び切片調製)
若いWisterラット(9〜10日齢)が抱水クロラール(0.3 mg/g体重)により麻酔された。そして、ラットの頭が、一組の耳棒 (ear bar)及び鼻クランプ (nose clamp) (SR-5N, Narishige, Tokyo, Japan)を用いて、定位台 (stereotaxis stage)上へ固定された。頭皮が縦へ切開され、小孔が頭骨を貫通して作られ、小脳が露出された。マイクロピペットが小脳を通して挿入され、F2Cタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-F2C)の懸濁液が、口でマイクロピペットに緩やかな正の圧力をかけることにより、脳幹内へ注入された(0.5〜1μl)。皮膚の切開部が縫合され、麻酔から覚めた後で、ラットが母親へ戻された。
注入から2日後、蝸牛神経核(cochlear nuclei)の高さ程の脳幹の冠状切片(200〜300μm)が作成された。ラットはジエチルエーテルにより深く麻酔され、首を切り落とされ、脳幹がすばやく分離された。脳幹のブロックは、100% CO2で飽和された氷冷35mMグルコース生理食塩水(35GS:130mM NaCl, 4.5mM KCl, 2 mM CaCl2, 5 mM PIPES-Na, 及び35mM グルコース、pH7.4)中で冷却され、そして35GSで調製された4%アガロースゲル(低ゲル化温度、Nakalai tesque, Kyoto, Japan)中へ包埋された。脳切片は、氷冷35GS中の組織スライサー(Pro-1, Dosaka, Kyoto, Japan)により作成された。これらの切片は、イメージング試験を行う少なくとも1時間前に、37℃で、酸素処理された高グルコース人工脳脊髄液(HG−ACSF)中でプレインキュベートされた。HG−ACSFは75 mM NaCl, 2.5mM KCl, 26 mM NaHCO3, 1.25mM NaH2PO4, 2mM CaCl2, 1mM MgCl2, 100 mM グルコースを含有した。
【0074】
(遺伝子構築)
細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(F2Cと命名した、図1)が、GAP43のN末端イコサペプチド(パルミトイル化シグナル)(パルミトイル化シグナル配列は京都大学大学院医学研究科、金子博士から供与された)、強化CFP、αスペクトリンのカルパイン感受性配列、及び強化YFPの融合タンパク質としてデザインされた。使用されたαスペクトリンの感受性配列は以下のアミノ酸配列:GSGSGQQEVYGMMPRDGSG(配列番号2)であり、Vanderlklishらにより報告されたもの(Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 2253-2258, 2000)と同一であった。ECFP及びEYFPのcDNAは、ポリメラーゼ鎖反応(PCR)により、テンプレートとしてpECFP-N1 (Clontech, CA, U.S.A.)及びpEYFP-C1(Clontech)から、それぞれ増幅された。F2Cは、ECFPとEYFPとを連結するリンカー中に2つの同一のαスペクトリンのカルパイン感受性配列を有する(図1)。このコンストラクトはXbaI及びEcoRVにより消化され、pSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-F2C)。
F2Cのアミノ酸配列を配列番号6に、ポリヌクレオチド配列を配列番号5に、それぞれ示す。配列番号6で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜307がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号308〜546がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
【0075】
(ウイルス産生)
F2Cタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-F2C)の産生が、Sindbis Expression System (Invitrogen)の指示書に従って、以下の様に行われた。キャップされた組換えRNAの転写産物が、F2Cのコンストラクトを含有するpSindbis-F2Cから合成された。シンドビスウイルス粒子が、キャップされた組換えRNA転写産物と、構造タンパク質をコードするDH(26S)5’SINヘルパーRNAとを、乳呑みハムスター腎臓(BHK)細胞へ、電気泳動的に、共感染させることにより獲得された。培養上清中のウイルス粒子が遠心分離により濃縮された(6,000×g、16時間、4℃)。ウイルスは分注して用時まで−80℃で保存された。結果得られるシンドビスウイルスは、複製欠損であり、感染した細胞中で親ウイルスを産生する見込みはほとんどない(Bredenbeek, P.J. et al, J. Virol., 67, 6439-6446, 1993)。培養された細胞及びスライスがSindbis-F2Cにより一過性に感染され、試験は24〜48時間後に行われた。
【0076】
(SDS−PAGE、ウェスタンブロットハイブリダイゼーション)
細胞溶解液のために、細胞がペレットとされ、EGTA緩衝液(10mM EGTA-Na, 10mM HEPES-K, 150mM NaCl)又はCa−EGTA緩衝液(10mM CaCl2, 10mM EGTA-Na, 10mM HEPES-K, 150mM NaCl)中でホモジナイズされた。Ca2+濃度が最終的に20μMに調節された。これらの細胞溶解液はプロテアーゼインヒビターカクテル(Nakalai tesque)を含有した。細胞溶解液は30℃で30分又は60分インキュベートされた。一部の試験においては、細胞溶解液が精製されたμ−カルパイン(Calpain I, Calbiochem, CA, U.S.A.)とともに30℃で30分又は60分インキュベートされた。これらの細胞溶解液は20,000×gで20分間遠心分離され、上清が分画された。上清が10% SDS−PAGEゲル上へロードされた。ウェスタンブロッティングが、F2C消化を検出するためのマウス抗GFP抗体(希釈率 1:1000、MBL、Nagoya, Japan)及びカルパイン活性を確認するための抗PKCα抗体(希釈率 1:500, Upstate, NY, U.S.A.)を用いて、Towbinらの方法(Towbin, H. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 76, 4350-4354, 1979)に従って行われた。
【0077】
(イメージ解析)
小脳の初代培養物が37℃、5%CO2、95%O2の条件でインキュベートされた。カバーガラススリップ上の細胞が、Fura-2/AM(Molecular Probes, Eugene, OR, U.S.A.)とのインキュベーションの24時間前に、Sindbis-F2Cにより感染された。このカバーガラススリップが、外液(ACSF, 人工脳脊椎液;155mM NaCl, 2.5mM CaCl2, 1mM MgCl2, 10mM, HEPES, 17mM グルコース及び5mM KOH、pH7.4へ調整されている)で満たされた新たなディッシュへ移された。Fura-2/AMが20μMの最終濃度で添加され、さらに37℃で30分インキュベートされた。Fura-2/AM (10mM)ストックがDMSO中に溶解された。小脳培養物が、冷却CCDカメラを備えた正立顕微鏡の下へうつされ、イメージングが作成された(ORCA-ER on Aquacosmos, Hamamatsu Photonics, Hamamatsu, Japan)。Fura-2イメージングのために、340nm (10nmバンド幅 100%伝達)及び380nm (10nmバンド幅 100%伝達)の励起光波長がかわるがわる適用され、蛍光が510nm及びより長波長で捕らえられた。F2C蛍光が同時に測定されるときは、440nmの励起光(10nmバンド幅 100%伝達)が適用され、510nmより長い波長における蛍光が捕らえられた。この蛍光は、EYFPに対応する。FRETが脳切片調整物又は小脳培養物から測定されるときは、神経が435nmのダイクロイックミラー(XF2034 Omega Optical)により440nm(20nmバンド幅 60%伝達, XF1071 Omega Optical)で励起され、蛍光が、ECFPのための480nm(30nmバンド幅 75%伝達, SF3075 Omega Optical)を、そしてEYFPのための535nm(25nmバンド幅 70%伝達, SF3079 Omega Optical+50% NDフィルター)を通してモニターされた。
【0078】
(カルパインインヒビター)
カルパイン活性の阻害を試験するために、カルパインインヒビター1(ALLN, Calbiochem)及びカルパインインヒビター2(ALLM, Calbiochem)が採用され、Fura-2蛍光及びEYFP蛍光測定が同様に行われた。小脳の初代培養物が、ALLN (DMSO中100μM)、ALLM(DMSO中50μM)、又は両者の組み合わせを含有するACSF中で1時間プレインキュベートされた。同一の濃度のDMSOが、コントロールとして、ACSFに対して溶解された。
【0079】
2.結果
(F2Cタンパク質の発現及びウェスタンブロッティング解析)
ラット小脳の初代培養物中でF2Cが発現されたときに、Sindbis-F2Cで感染されたプルキンエ細胞は、樹状突起中よりも細胞体中で明るい蛍光を示した(図2)。図2A及び図2Bは、それぞれ、ECFP及びEYFPの蛍光を示す。融合タンパク質は、パルミトイル化シグナルにより細胞膜へ相互作用し得るが、細胞核へも高度に局在していた。これは、融合タンパク質が核内で即時に翻訳され、凝集した蛍光がそこに見えることを示唆し得る(Furuta, T. et al, J. Histochem. Cytochem., 49, 1497-1508, 2001)。
SDS−PAGE及びウェスタンブロッティングより、このコンストラクトが61.2kDa融合タンパク質をもたらすことが明らかとなった。抗GFP抗体はECFP及び/又はEYFPを認識するが、そのシグナルは、初代培養物がSindbis-F2Cに感染したときには検出され、一方そのシグナルは初代培養物が感染しなかったときには検出されなかった(図3)。μ−カルパインは、活性化のために、マイクロモルレベルのカルシウムを必要とする。細胞溶解液がCa-EGTA緩衝液(Ca-EGTA緩衝液のCa2+濃度は20μMである)中でホモジナイズされたときには、断片化されたF2Cは検出されなかったが(図3)、カルパインによる消化のコントロールとして、断片化されたPKCαが抗PKCαにより検出された(図4)。更に、F2CがCa-EGTA緩衝液中で、精製されたμ−カルパイン(Calbiochem)とともにインキュベートされた。しかし、断片化されたF2Cシグナルは検出されなかった(データ示さず)。
これらの試験から、F2C融合タンパク質はカルパインによって分解されないことが示唆された。
【0080】
(インビトロ及びインビボにおけるF2Cの適用)
FRET測定における蛍光比(ECFP/EYFP)及び個々のECFP及びEYFP発光の典型的な反応を、14日培養物中の小脳プルキンエ細胞のためのものを図5A及び5Bに、Sindbis-F2Cの注入2日後の、P11ラットから調製された脳切片中の蝸牛神経核神経のためのものを図5C、5D及び図9に、例示する。
図5Aにおいて、KClが5mMの基礎レベルから上昇したときに、蛍光比が鋭く上昇した(KClのタイミング及び濃度が図中のバーにより示される)。もし、F2C融合タンパク質が、カルパイン感受性配列において、μ−又はm−カルパインにより分解されていれば、EYFP発光が減少するので、蛍光比(ECFP/EYFP)は高レベルで維持されるはずである;しかしながら、該蛍光比は速やかに減少した。ECFP/EYFP蛍光比は、細胞が15mM KClに曝露されたときには1.78倍、10mMでは1.39倍、7.5mMでは1.03倍変化した。F480及びF535で測定された発光蛍光は相反的に変化した。ラット脳幹切片にて、神経が高KCl溶液に曝露されたときに、FRET蛍光比は可逆的に変化した(図5C)。15mM KClが3回適用され、それぞれのときに蛍光比が速やかに上昇した;また、480nm及び535nmで測定された蛍光は相反的に変化した。これらの測定の多くの場合、蛍光強度は一定の時間の後に、最初のレベルにまで戻った。これらの結果は、グルタミン酸作動性アゴニストによりカルパインが活性化されたときにYFP/CFP FRET蛍光比が減少し維持されたとするVanderklishらによる観察結果(Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 2253-2258, 2000)とは異なっていた。
また、図9に示すように、10mM KCl刺激に対するECFP/EYFP蛍光比の可逆的変化は、少なくとも200分間以上にわたり観察された。
以上の結果より、F2Cタンパク質は、細胞刺激に応答して可逆的に蛍光比を変化させ得ることが示された。
【0081】
(細胞内カルシウムイオン指示薬としてのF2Cの蛍光特性)
F2CのCa2+に対するカイネティクス及び感度がFura-2のそれと比較された。図6A及び6Bは、Fura-2発光(F340/F380、図6A)及びF2C(F535、図6B)の蛍光比変化の時間経過を示す。3波長の蛍光はそれぞれについて112ミリ秒の曝露時間により測定され、イメージが896ミリ秒の時間間隔で抽出された。KClが記録チャンバーへ添加されたときに、約50秒の遅れで蛍光の変化が観察された。この遅れは、記録チャンバー内でのKClの分散により引き起こされ得る。Fura-2及びF2Cの蛍光はほとんど同時に変化した。
図6において、右のスケールは、以下の検量方程式により見積もられた細胞内Ca2+濃度を示す:〔Ca2+〕i =0.65×(R-0.58)/(2.38-R)。Rmax=2.38及びRmin=0.58は、Rmaxにおいては通常のACSF (2mM CaCl2)により、そしてRminにおいては0mM CaCl2, 10mM EGTA ACSFにより平衡化された後で、1μMイオノマイシンにより穿孔化されたFura-2をロードされたプルキンエ細胞膜から測定された。Fura-2シグナルを用いて測定したときに、K+刺激により誘導されるピークCa2+濃度は、約0.05μMの基礎レベルから約0.5μMであった。
図7において、蛍光変化の時間経過が、対応する時間におけるF340/F380に対するF535(ΔF/F0)をプロットすることにより比較された;黒四角は反応の上昇相を表し、白丸は反応の下降相を示す。上昇相及び下降相の両方が、オーバーラップする曲線をたどった。プロットが少し下方へ傾斜することは、Fura-2シグナルにおける変化よりもF2Cにおける変化がより大きいことを示唆する。図8に、F340/F380の上昇時間に対するF535の上昇時間(20-80%)がプロットされる。(これらのプロットは多様な記録条件において行われた試験を含む;外培地中0.5mM, 1.0mM, 2.0mM CaCl2。Ca2+応答は5→10mM, 7.5→12.5mM, 10→20mMの濃度のKClの添加により誘導された。20-80%上昇時間が個々の細胞のために測定され、プロットされた(n=240)。)これは準線形相関を示し(n=240 cell)、F2C及びFura-2のCa2+応答はほとんど同じスピードであることが示唆された。
図6〜8は、F2CのダイナミックレンジがFura-2のそれとオーバーラップしたことを示唆している。F2Cの滴定は、pH7.4のときに、150nMの見かけのCa2+の為のKd値及び4のヒル係数(Hill coefficient)を示した。
【0082】
小脳培養物がカルパインインヒビター(ALLN 100μM及びALLM 50μM)によりプレインキュベートされ、カリウム刺激が同様に適用された。F340及びF380 Fura-2蛍光並びにF535 EYFP蛍光の減少の相反的変化が同様に誘導された。Fura-2 最大比変化に対するF535 EYFP最大蛍光変化のパーセンテージはカルパインインヒビターのないコントロールと違わなかった(ALLN, ALLM, ALLN+ALLM; p>0.28)(表1)。このことはカルパインインヒビターが有効ではなかったことを示唆する。
【0083】
【表1】
【0084】
表1はFura-2最大比変化に対するF535 EFYP最大蛍光変化のパーセンテージ(平均値±S.E.M.)である。nは細胞数を示す。
【0085】
以上の結果より、F2CはFura-2とほぼ同等のカルシウムイオン濃度感受性及び反応速度を有し、長時間にわたる細胞内カルシウムイオン濃度の測定を可能とする、優れた細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
【0086】
[実施例2]
実施例1と同様に、細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(F1Cと命名した)がデザインされた。F1Cは、F2Cと同様に、GAP43のN末端パルミトイル化シグナル配列、ECFP、αスペクトリンのカルパイン感受性配列、及びEYFPの融合タンパク質である。F2Cと異なり、F1CはECFPとEYFPとを連結するリンカー中に1つのαスペクトリンのカルパイン感受性配列を有する。
F1Cのアミノ酸配列を配列番号8に、ポリヌクレオチド配列を配列番号7に、それぞれ示す。配列番号8で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜286がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号287〜525がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
上述の様にデザインされたF1Cコンストラクトが実施例1と同様にしてpSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-F1C)。そして、実施例1と同様に、pSindbis-F1Cから転写されたRNAとヘルパーRNAとをBHK細胞にトランスフェクションし、培養上清からF1Cタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-F1C)を得た。得られたSindbis-F1Cを実施例1と同様にラットの脳幹内へ注入することにより、インビボ感染を行った後に、脳幹の切片を作製した。
【0087】
次に、実施例1と同様に、脳幹切片がKCl(10mM)により刺激され、脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞のECFP/EYFP蛍光比が経時的に測定された。
その結果、F1Cを用いた場合においても、F2Cと同様に、KCl刺激により、ECFP/EYFP蛍光比が鋭く上昇し、その後該蛍光比は速やかに減少した。脳幹切片をKClにより繰り返し刺激すると、ECFP/EYFP蛍光比は可逆的に変化し、それぞれの刺激時に蛍光比は速やかに上昇し、一定の時間の後に最初のレベルにまで戻った(図10)。
【0088】
以上の結果より、本発明のポリペプチドは、2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基中に含まれるカルパイン感受性配列の数に関わらず、良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
【0089】
[実施例3]
実施例1と同様に、細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(Fαと命名した)がデザインされた。Fαは、F2Cと同様に、GAP43のN末端パルミトイル化シグナル配列、ECFP、2つのカルパイン感受性配列、及びEYFPの融合タンパク質である。F2Cと異なり、Fαに含まれる2つのカルパイン感受性配列の一方(N末端側)がPKCα由来のカルパイン感受性配列(配列番号3)であり、他方(C末端側)がαスペクトリンのカルパイン感受性配列である。F2Cをコードするポリヌクレオチド配列において、XhoIにより切り出し可能な領域が、PKCα由来のカルパイン感受性配列をコードするポリヌクレオチド配列に置換されている。PKCα由来のカルパイン感受性配列は、PKCαのV3領域に該当する。
Fαのアミノ酸配列を配列番号10に、ポリヌクレオチド配列を配列番号9に、それぞれ示す。配列番号10で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜336がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号337〜575がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
上述の様にデザインされたFαコンストラクトが実施例1と同様にしてpSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-Fα)。そして、実施例1と同様に、pSindbis-Fαから転写されたRNAとヘルパーRNAとをBHK細胞にトランスフェクションし、培養上清からFαタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-Fα)を得た。得られたSindbis-Fαを実施例1と同様にラットの脳幹内へ注入することにより、インビボ感染を行った後に、脳幹の切片を作製した。
【0090】
次に、実施例1と同様に、脳幹切片がKCl(8mM)により刺激され、脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞のECFP/EYFP蛍光比が経時的に測定された。
その結果、Fαを用いた場合においても、F2Cと同様に、KCl刺激により、ECFP/EYFP蛍光比が鋭く上昇し、その後該比は速やかに減少した。脳幹切片をKClにより繰り返し刺激すると、ECFP/EYFP蛍光比は可逆的に変化し、それぞれの刺激時に蛍光比は速やかに上昇し、一定の時間の後に最初のレベルにまで戻った(図11)。
【0091】
以上の結果より、カルパイン感受性配列としてPKCα由来の配列を使用した場合であっても、αスペクトリン由来の配列のみを使用した場合と同様に、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
【0092】
[実施例4]
実施例1と同様に、細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(Fβと命名した)がデザインされた。Fβは、F2Cと同様に、GAP43のN末端パルミトイル化シグナル配列、ECFP、2つのカルパイン感受性配列、及びEYFPの融合タンパク質である。F2Cと異なり、Fβに含まれる2つのカルパイン感受性配列の一方(N末端側)がPKCβ由来のカルパイン感受性配列(配列番号4)であり、他方(C末端側)がαスペクトリンのカルパイン感受性配列である。F2Cをコードするポリヌクレオチド配列において、XhoIにより切り出し可能な領域が、PKCβ由来のカルパイン感受性配列をコードするポリヌクレオチド配列に置換されている。PKCβ由来のカルパイン感受性配列は、PKCβのV3領域に該当する。
Fβのアミノ酸配列を配列番号12に、ポリヌクレオチド配列を配列番号11に、それぞれ示す。配列番号12で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜339がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号340〜578がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
上述の様にデザインされたFβコンストラクトが実施例1と同様にしてpSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-Fβ)。そして、実施例1と同様に、pSindbis-Fβから転写されたRNAとヘルパーRNAとをBHK細胞にトランスフェクションし、培養上清からFβタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-Fβ)を得た。得られたSindbis-Fβを実施例1と同様にラットの脳幹内へ注入することにより、インビボ感染を行った後に、脳幹の切片を作製した。
【0093】
次に、実施例1と同様に、脳幹切片がKCl(10mM)により刺激され、脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞のECFP/EYFP蛍光比が経時的に測定された。
その結果、Fβを用いた場合においても、F2Cと同様に、KCl刺激により、ECFP/EYFP蛍光比が鋭く上昇し、その後該比は速やかに減少した。脳幹切片をKClにより繰り返し刺激すると、ECFP/EYFP蛍光比は可逆的に変化し、それぞれの刺激時に蛍光比は速やかに上昇し、一定の時間の後に最初のレベルにまで戻った(図12)。
【0094】
以上の結果より、カルパイン感受性配列として、PKCβ由来の配列を使用した場合であっても、αスペクトリン由来の配列のみを使用した場合と同様に、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
また、以上の結果から、2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基に含まれるカルパイン感受性配列の種類や数に関わらず、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得ることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】pSindbis-F2Cのコンストラクトの模式図である。
【図2】F2Cを発現しているプルキンエ細胞の蛍光イメージを示す写真である。左は480nm発光、右は535nm発光、440nm及び455nmにおける二色鏡を通った励起。
【図3】F2Cのウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図4】F2C及びPKCαのウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図5】培養物中のプルキンエ細胞及び脳切片中の聴覚神経におけるFRET蛍光比の測定結果を示す図である。F2Cを発現している、プルキンエ細胞(A,B)及び蝸牛神経細胞(C,D)において、蛍光強度の時間経過が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す。A及びCはFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の変化を示す。B及びDはECFP(F480nm)及びEYFP(F535nm)からの蛍光の相反的変化を示す。F480及びF535の蛍光強度が、初期蛍光強度F0による標準化後にプロットされた(B,D)。F0は最初の5回の測定の平均強度として定義された。
【図6】Fura-2に相関したF2Cの蛍光変化を示す図である。Fura-2の発光比(A)及びF2CのF535蛍光強度(B)の時間経過が示される。(A)F340/F380の発光比。黒三角は外溶液への10mM KClの適用のタイミングを示す。右のスケールは、見つもりの細胞内Ca2+濃度を示す。(B)蛍光強度(F535)が初期蛍光 F0により標準化された。励起は440nmであった。
【図7】Fura-2に相関したF2Cの蛍光変化を示す図である。対応する時間において、F2CのF535蛍光強度(ΔF/F0(F535))がFura-2の発光比(F340/F380)に対してプロットされた。黒四角は蛍光反応の上昇相を示し、白丸は下降相を示す。底辺のスケールはFura-2比から見積もられた細胞内Ca2+濃度を示す。
【図8】F2CのF535蛍光強度(ΔF/F0 (F535))及びFura-2/AMの発光比(F340/F380)の間の20-80%上昇時間の相関を示す図である。
【図9】脳切片中の聴覚神経におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。F2Cを発現している蝸牛神経細胞において、FRET蛍光比の経時的変化が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(10mM KCl刺激)。
【図10】脳幹切片中の聴覚神経におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。F1Cを発現している、蝸牛神経細胞において、蛍光強度の経時的変化が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(10mM KCl刺激)。上側のパネルはFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の変化を示す。下側のパネルはECFP(F480nm)及びEYFP(F535nm)からの蛍光の相反的変化を示す。F480及びF535の蛍光強度が、初期蛍光強度F0による標準化後にプロットされた。
【図11】脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。Fαを発現している蝸牛神経核神経細胞において、FRET蛍光比の経時的変化が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(8mM KCl刺激)。
【図12】脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。Fβを発現している蝸牛神経核神経細胞において、蛍光強度の時間経過が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(10mM KCl刺激)。
【配列表フリーテキスト】
【0096】
配列番号1:GAP-43 パルミトイル化シグナル
配列番号2:αスペクトリンからのカルパイン感受性配列
配列番号3:PKCαからのカルパイン感受性配列
配列番号4:PKCβからのカルパイン感受性配列
配列番号5:F2C
配列番号6:F2C
配列番号7:F1C
配列番号8:F1C
配列番号9:Fα
配列番号10:Fα
配列番号11:Fβ
配列番号12:Fβ
配列番号13:GAP-43 パルミトイル化シグナル(10アミノ酸)
配列番号14:c-srcミリストイル化シグナル
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチド、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター、該ベクターが導入された形質転換体、トランスジェニック動物、細胞内カルシウムイオン指示薬、細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内カルシウムイオン(Ca2+)は、シナプスにおける神経伝達物質の放出、細胞膜におけるイオンチャンネルの活性化、細胞質酵素の制御、筋肉(骨格筋、平滑筋、心筋)の収縮、白血球の活性化、及び血小板の活性化等のような多くの生命現象において重要な役割を果たしている。これらは主に細胞質Ca2+濃度の一過性上昇により誘導される。従って、細胞内Ca2+濃度を、その細胞機能に影響を与えることなく正確に測定することが、多くの生命現象を理解する上で重要である。
フリーCa2+の細胞質濃度は、Fura−2のような化学的に合成されたCa2+キレーターをロードすることにより測定されてきた(非特許文献1: Grynkiewicz, G. et al, J. Biol. Chem., 260, 3440-3450, 1985)。Fura−2はカルシウムイオンに対する優れた感受性と時間応答性を有するが、細胞内に導入されたFura−2が時間がたつと次第に細胞外に漏れでてきて、ベースラインが時間と共に高くなってしまうという問題点を有する。
近年、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)を用いた多くのCa2+プローブが、蛍光タンパク質に基づき、遺伝子工学的に開発されてきた。Cameleon(非特許文献2:Miyazaki, A. et al, Nature, 388, 882-887, 1997/非特許文献3:Miyazaki, A. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96, 2135-2140, 1999)及びFIP-CBSM(非特許文献4:Romoser, V.A. et al, J. Biol. Chem., 272, 13270-13274, 1997/非特許文献5:Persechini, A. et al, Cell Calcium, 22, 209-216, 1997)のようなFRET技術を用いたCa2+プローブ、Camgaroo(非特許文献6:Baird, G.S. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96, 11241-11246, 1996/非特許文献7:Griesbeck, O. et al, J. Biol. Chem., 276, 29188-29194, 2001)、G-CaMP(非特許文献8:Nakai, J. et al., Nat. Biotechnol, 19, 137-141, 2001)、Pericam(非特許文献9:Nagai, T. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98, 3197-3202, 2001)が開発された。
非特許文献2には、ECFPとEYFPとの蛍光タンパク質の組み合わせ、又はEBFPとEGFPとの組み合わせを用いたFRET技術を用いたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。2つの蛍光タンパク質の間に、カルモジュリン及びミオシン軽鎖キナーゼの配列が挿入されている。このカルモジュリン配列は、カルシウムイオン結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。YC2、YC3、YC4、スプリットYC2等の名称のタンパク質が報告されていて、このうちYC2、YC3、YC4をHela細胞に発現させたときの刺激に対する応答の大きさ(Emission ratio: 反応のピーク値/初期値)が約1.5と小さい。スプリットYC2は、YC2タンパク質を2つに分割した形を有するタンパク質の混合物であり、応答の大きさが約1.8である。報告されている最も長い計測時間が133分間である。
非特許文献3では、非特許文献2において記載されたタンパク質におけるpH感受性の問題点が改良されたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。タンパク質の基本的な構造は非特許文献2のそれと同様である。従って、このタンパク質もカルシウムイオン結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。刺激に対する応答の大きさ(Emission ratio)は改善されず、約1.5である。報告されている最も長い計測時間が100分間である。
非特許文献10(Truong, K. et al, Nat. Struct. Biol. 8, 1069-1073, 2001)では、非特許文献2において記載されたタンパク質の応答の大きさが改善されたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。構造上の変更点は、カルモジュリンの配列の間にカルモジュリン依存性キナーゼキナーゼの配列が挿入されたことである。しかし、このタンパク質は依然としてカルシウムイオン結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。応答の大きさは10μMヒスタミン刺激という、非常に強い刺激を与えた際に、約2.0である。このタンパク質は刺激に対して応答が鋭敏ではなく、正確な細胞内のカルシウムイオン濃度変化を反映しているとは言いがたい。報告されている最も長い計測時間が67分間である。
非特許文献5には、BGFPとRGFPとを組み合わせたFRET技術を用いたカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。このタンパク質も、カルシウム結合部位を内在しており、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。また、このタンパク質の刺激に対する応答は非常に弱い。
非特許文献6には、EYFPのアミノ酸配列の前半部分と後半部分とが入れ替えられた配列を有するカルシウムイオン指示蛍光タンパク質が開示されている。この蛍光タンパク質の前半部分と後半部分とはカルモジュリンの配列を介して連結されている。従って、このタンパク質は、カルシウムイオン結合部位を内在しているため、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。このタンパク質をHela細胞に発現させて、200μMのヒスタミンにより刺激したときの応答の大きさは約1.5である。報告されている最も長い計測時間が13分間である。
非特許文献8には、GFPの単蛍光色タンパク質の立体構造変化を利用したカルシウムイオン指示タンパク質が開示されている。このタンパク質においては、EGFPのアミノ酸配列の前半部分と後半部分とが入れ替えられた配列のC末端に、カルシウム結合部位であるカルモジュリンの配列が連結されている。従って、このタンパク質も、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。このタンパク質をHEK−293細胞に発現させて、100μMのATPにより刺激したときの応答の大きさは約1.5である。報告されている最も長い計測時間は30分間である。
非特許文献9には、EYFPのアミノ酸配列の前半部分と後半部分とが入れ替えられた配列を有するカルシウムイオン指示蛍光タンパク質が開示されている。この蛍光タンパク質の前半部分と後半部分とはカルシウム結合部位であるカルモジュリンの配列を介して連結されている。従って、このタンパク質は、細胞内カルシウムイオン動態に影響を及ぼし、また、他のタンパク質に作用して、タンパク質修飾等の生理的活性を有する可能性が高い。このタンパク質をHela細胞に発現させて、1μMのヒスタミンにより刺激したときの応答の大きさは約2.7である。報告されている最も長い計測時間が83分間である。
一方、Vanderklishらは、活性のシナプスを可視的に示すために、FRET法を用いる試験を報告している。彼らは、カルパイン感受性配列をリンカーとして用い、タンパク質をシナプス後ドメインに標的化するために、C末端にShaker PDZドメインの配列を用いた、ECFPとEYFPの融合タンパク質を設計している(非特許文献11:Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 2253-2258, 2000)。カルパインは、極めて多様な哺乳動物細胞において見出される、Ca2+活性化タンパク質分解酵素である(非特許文献12: Croall, D.E. et al, Physiol. Rev., 71, 813-847, 1991)。この融合タンパク質は、Ca2+感受性様式でカルパインにより切断され、リンカーペプチドが切断されたときにFRETが永続的に途絶される。従って、この融合タンパク質を用いれば、刺激によりCa2+濃度が上昇した細胞をFRETの途絶により識別することが可能となる。しかしながら、カルパインによるリンカーペプチドの切断は不可逆的反応であるため、細胞内Ca2+濃度変化を継続的に追跡することができず、この融合タンパク質をカルシウムイオン指示薬として用いることはできない。
【非特許文献1】Grynkiewicz, G. et al, J. Biol. Chem., 260巻, 3440-3450頁, 1985年
【非特許文献2】Miyazaki, A. et al, Nature, 388巻, 882-887頁, 1997年
【非特許文献3】Miyazaki, A. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96巻, 2135-2140頁, 1999年
【非特許文献4】Romoser, V.A. et al, J. Biol. Chem., 272巻, 13270-13274頁, 1997年
【非特許文献5】Persechini, A. et al, Cell Calcium, 22巻, 209-216頁, 1997年
【非特許文献6】Baird, G.S. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 96巻, 11241-11246頁, 1996年
【非特許文献7】Griesbeck, O. et al, J. Biol. Chem., 276巻, 29188-29194頁, 2001年
【非特許文献8】Nakai, J. et al., Nat. Biotechnol, 19巻, 137-141頁, 2001年
【非特許文献9】Nagai, T. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98巻, 3197-3202頁, 2001年
【非特許文献10】Truong, K., Nat. Struct. Biol. 8巻, 1069-1073頁, 2001年
【非特許文献11】Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97巻, 2253-2258頁, 2000年
【非特許文献12】Croall, D.E. et al, Physiol. Rev., 71巻, 813-847頁, 1991年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記事情に鑑み、本発明は、細胞機能への影響を最小限に抑えた状態で、細胞内Ca2+濃度を測定することが可能な、細胞内カルシウムイオン指示ポリペプチドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、当初、Vanderklish, P.W.らの報告(非特許文献11)に準じて、シナプス活性化を可視化するために、FRET技術を用いることを試みた。即ち、Ca2+依存的にカルパインがリンカー配列を切断することにより、FRET蛍光比を永続的に変化させ、活性化した細胞を識別することを目指した。また、本発明者らは、融合タンパク質を細胞膜へ標的化するために、膜移行シグナル配列として、成長関連タンパク質43(GAP43)(Moriyoshi, K. et al, Neuron, 16, 255-260, 1996)のN末端パルミトイル化シグナルを融合タンパク質のN末端側へ連結した。即ち、本発明者らは、(1)膜移行シグナル配列、(2)ECFP、(3)カルパイン感受性配列、及び(4)EYFPの構成要素を、N末端側から(1)、(2)、(3)、(4)の順序で含む融合タンパク質を構築し、該融合タンパク質を神経細胞中に発現させ、該細胞を刺激したときの蛍光比の変化を測定した。
すると予想に反して、この融合タンパク質はカルパインによって切断されず、むしろ、細胞内Ca2+濃度の変化に応じた蛍光強度比の変化を繰り返して示した。そして、Fura−2を同時に用いて行われたCa2+測定及び蛍光測定により、この融合タンパク質は、優れたカルシウムイオン感受性、反応速度を示すCa2+指示薬として作用することが判明し、以下の発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下に関する。
[1]細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチド。
[2]膜移行シグナル配列が脂質鎖を介してポリペプチドを細胞膜へアンカーさせ得るシグナル配列である、上記[1]記載のポリペプチド。
[3]膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と第1の蛍光ポリペプチド残基とが1〜100アミノ酸からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手により連結されている、上記[1]記載のポリペプチド。
[4]蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーがCFP残基であり、対応するアクセプターがYFP残基である、上記[1]記載のポリペプチド。
[5]カルパイン感受性配列がμ−カルパイン感受性配列である、上記[1]記載のポリペプチド。
[6]カルパイン感受性配列が、配列番号2、配列番号3、又は配列番号4で示されるアミノ酸配列の部分配列からなり、該部分配列は6アミノ酸以上の長さを有し、且つ、カルパイン感受性を有する、上記[1]記載のポリペプチド。
[7]リンカーポリペプチド残基の長さが200アミノ酸以下である、上記[1]記載のポリペプチド。
[8]配列番号6、配列番号8、配列番号10、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる、上記[1]記載のポリペプチド。
[9]上記[1]〜[8]から選択されるいずれか1つに記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[10]上記[9]記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
[11]上記[10]記載のベクターが導入された形質転換体。
[12]上記[1]〜[8]から選択されるいずれか1つに記載のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物。
[13]上記[1]〜[8]から選択されるいずれか1つに記載のポリペプチドを有する細胞。
[14]細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドからなる細胞内カルシウムイオン指示薬であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、細胞内カルシウムイオン指示薬。
[15]以下の工程を含む、細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法:
(A)細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドを有する細胞を提供する工程であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、工程;
(B)工程(A)で提供された細胞に、前記蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーの励起光を照射し、蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定する工程。
【発明の効果】
【0005】
本発明のポリペプチドを用いると、細胞機能への影響を最小限に抑えた状態で、長時間、高感度で、安定に、細胞内カルシウムイオン変化を測定することが可能である。特に、本発明のポリペプチドは、従来の細胞内カルシウムイオン指示薬と比較して、以下の点において優れている。
(1)従来のカルシウムイオン指示タンパク質の多くは、分子内にカルシウムイオン結合部位を有している。従って、細胞内にこのタンパク質を大量に発現させると、細胞内カルシウム動態が大きく影響を受ける可能性がある。
これに対して、本発明のポリペプチドは、分子内にカルシウムイオン結合部位を要さない。本発明のポリペプチドのカルシウムイオン指示機能は、細胞内に普遍的に存在するカルパインがカルシウムイオン濃度上昇によって活性化され、活性化されたカルパインが本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性部位を認識することによって生じるFRET蛍光強度比の変化を利用したものである。従って、細胞内に普遍的に内在しているカルパインが直接的なカルシウムイオンセンサーとして働いているので、外来性の本発明のポリペプチドを細胞内に大量に発現させても、細胞内カルシウムイオン動態が影響を受ける可能性は低い。
(2)従来のカルシウムイオン指示タンパク質の多くは、分子内にカルシウムイオン結合部位としてカルモジュリンの配列を有している。カルモジュリンは生体内の他のタンパク質と結合し、結合したタンパク質の活性を変化させる作用があるため、細胞内にこのタンパク質を大量に発現させると、細胞機能に影響を及ぼす可能性がある。
一方、本発明のポリペプチドは、分子内に特別な酵素活性部位や修飾作用部位を要さない。従って、本発明のポリペプチドを細胞内に大量に発現させても、細胞機能が影響を受ける可能性は低い。
(3)非特許文献11に開示された融合タンパク質は、Ca2+感受性様式でカルパインにより不可逆的に切断され、FRETが永続的に途絶されるため、細胞内Ca2+濃度変化を継続的に追跡することはできない。
一方、本発明のポリペプチドは、カルパインによって切断されず、細胞内Ca2+濃度の変化に応じた蛍光強度比の変化を繰り返して示す。従って、本発明のポリペプチドを細胞内に発現させることにより、継続的に細胞内Ca2+濃度変化を測定することが可能となる。
(4)Fura−2等の低分子の細胞内カルシウム指示薬は、時間経過に伴い細胞外に漏れでてきて、ベースラインが時間と共に高くなってしまうため、長時間のカルシウムイオン濃度測定への適用は困難である。
一方、本発明のポリペプチドを細胞内に発現させることにより、長時間にわたりカルシウムイオン応答を安定して測定することが可能となる。
(5)本発明のポリペプチドは、カルシウムイオン濃度変化に対する応答の大きさ(Emission ratio)が大きい。
(6)本発明のポリペプチドは、優れたカルシウムイオン濃度感受性及び反応速度を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
(1.ポリペプチド)
本発明は、細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチドを提供するものである。
【0007】
細胞内カルシウムイオン指示機能とは、細胞内において、カルシウムイオン濃度に依存してシグナル(蛍光、吸光、発光等)変化を起こし得る機能をいう。理論には束縛されないが、本発明のポリペプチドが有する細胞内カルシウムイオン指示機能は、細胞内においてカルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識することによって生じる蛍光共鳴エネルギー転移の変化に基づいている。即ち、細胞内カルシウムイオン濃度が上昇すると、細胞内のカルパインが活性化し、活性化されたカルパインが本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識し、本発明のポリペプチドが含む2つの蛍光ポリペプチド残基間で生じ得る蛍光共鳴エネルギー転移が抑制され、ドナーの蛍光強度が増大し、アクセプターの蛍光強度が減少する。逆に、細胞内カルシウムイオン濃度が減少すると、カルパインの活性化が抑制され、カルパインによるカルパイン感受性配列の認識が減弱し、抑制されていた蛍光共鳴エネルギー転移が回復し、ドナーの蛍光強度が減少し、アクセプターの蛍光強度が増大する。従って、本発明のポリペプチドは、カルパインを有する細胞内において所望のカルシウムイオン指示機能を発揮し得る。
【0008】
膜移行シグナル配列とは、ポリペプチドのN末端側に連結された状態で、該ポリペプチドが細胞内に発現された場合に、該ポリペプチドを細胞膜の細胞質側の表面へ移行させ得る機能(膜移行シグナル機能)を有するアミノ酸配列をいう。膜移行シグナル配列は、好ましくは、本発明のポリペプチドのN末端に位置し、そのN末端アミノ酸は開始コドン(ATG)に由来するメチオニンであり得る。本発明のポリペプチド中に膜移行シグナル配列が存在するので、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインは本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を実質的に切断することなく認識し、蛍光共鳴エネルギー転移を抑制し、その結果、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮する。理論には束縛されないが、本発明のポリペプチドは膜移行シグナル配列の作用により細胞膜の細胞質側の表面へ移行されるので、立体構造上の自由度が制限され得る。その結果、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが、本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識はするが、立体構造上の制限等により該カルパイン感受性配列を実質的に切断できなくなることが期待される。
【0009】
膜移行シグナル配列の長さは、該配列が膜移行シグナル機能を有し、且つ、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り特に限定されない。しかしながら、膜移行シグナル配列が長すぎると、本発明のポリペプチドの立体構造上の自由度が増大し、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが立体構造上の制限を受けずに本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識し、切断することが可能となり、その結果蛍光共鳴エネルギー転移が永続的に途絶され、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる可能性がある。そのため、該長さは短いほど好ましく、例えば約100アミノ酸以下、好ましくは50アミノ酸以下、より好ましくは30アミノ酸以下である。
【0010】
膜移行シグナル配列の種類は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り特に限定されないが、脂質鎖を介してポリペプチドを細胞膜へアンカーさせ得るシグナル配列が好ましい。そのような膜移行シグナル配列としては、脂肪族アシル化シグナル配列、プレニル化シグナル配列等を挙げることができる。プレニル化シグナル配列は、通常は、ポリペプチドのC末端において機能し得るので、膜移行シグナル配列としては、脂肪族アシル化シグナル配列がより好ましい。脂肪族アシル化シグナル配列としては、パルミトイル化シグナル配列、ミリストイル化シグナル配列等を挙げることができる。プレニル化シグナル配列としては、ファルネシル化シグナル配列、ゲラニルゲラニル化シグナル配列等を挙げることができる。
【0011】
膜移行シグナル配列としては、自体公知の配列を用いることが可能である。
パルミトイル化シグナル配列としては、例えば、Growth-associated protin-43(GAP43)のN末端パルミトイル化シグナル配列(MLCCMRRTKQVEKNDEDQKI:配列番号1)(Moriyoshi, K. et al, Neuron, 16, 255-260, 1996)を挙げることができるが、これに限定されない。GAP-43のN末端パルミトイル化シグナル配列は、N末端側の10アミノ酸(MLCCMRRTKQ:配列番号13)があれば機能することが知られている(M. X. Zuber, S. M. Strittmatter, and M. C. Fishman, A membrane-targeting signal in the amino terminus of the neuronal protein GAP-43, Nature 341 (1989) 345-348.)。
ミリストイル化シグナル配列の多くは、Met1-Gly2-X3-X4-X5-Ser/Thr6というアミノ酸配列を有する(右肩の数字はN-末端からの位置を、Xは任意のアミノ酸をそれぞれ示す。)(T. Utsumi, J. Kuranami, E. Tou, A. Ide, K. Akimaru, M. C. Hung, and J. Klostergaard, In vitro synthesis of an N-myristoylated fusion protein that binds to the liposomal surface, Arch. Biochem. Biophys. 326 (1996) 179-184.)。ミリストイル化シグナル配列としては、例えば、c-SrcのN末端ミリストイル化配列(MGSSKSKPKDPSQR:配列番号14)(Y. Miyamoto, J. Yamauchi, N. Mizuno, and H. Itoh, The adaptor protein Nck1 mediates endothelin A receptor-regulated cell migration through the Cdc42-dependent c-Jun N-terminal kinase pathway, J. Biol. Chem. 279 (2004) 34336-34342. 及びW. Lu, S. Katz, R. Gupta, and B. J. Mayer, Activation of Pak by membrane localization mediated by an SH3 domain from the adaptor protein Nck, Curr. Biol. 7 (1997) 85-94.)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0012】
膜移行シグナル配列には、自体公知の膜移行シグナル配列の部分配列であって、6アミノ酸以上、好ましくは8アミノ酸以上、より好ましくは10アミノ酸以上の長さを有し、且つ、膜移行シグナル機能を有する、部分配列が含まれる。該部分配列は、好ましくは、自体公知の膜移行シグナル配列のN末端アミノ酸(例えばメチオニン)を含む。
【0013】
また、膜移行シグナル配列には、自体公知の膜移行シグナル配列に少なくとも70%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の相同性を有し、且つ、膜移行シグナル機能を有するアミノ酸配列も含まれる。
【0014】
「相同性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換はポリペプチドの表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら,Science, 247: 1306-1310 (1990)を参照)。
【0015】
アミノ酸配列の相同性を決定するためのアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられるが、それらに限定されない。アミノ酸配列の相同性は、上記プログラムにより、そのデフォルトパラメータを用いて適宜算出され得る。例えばアミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST-2(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(マトリックス=BLOSUM62;ギャップオープン=11;ギャップエクステンション=1;x_ドロップオフ=50;期待値=10;フィルタリング=ON)にて計算することができる。
【0016】
本発明のポリペプチドにおいて、膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と、第1の蛍光ポリペプチド残基との距離は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り特に限定されない。しかしながら、この距離が長すぎると、本発明のポリペプチドの立体構造上の自由度が増大し、カルシウムイオン依存的に活性化されたカルパインが立体構造上の制限を受けずに本発明のポリペプチド中のカルパイン感受性配列を認識し、切断することが可能となり、その結果蛍光共鳴エネルギー転移が永続的に途絶され、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる可能性がある。そのため、該距離は短いほど好ましく、膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と第1の蛍光ポリペプチド残基とは、例えば約1〜100アミノ酸(好ましくは約1〜50アミノ酸、より好ましくは約1〜25アミノ酸、更に好ましくは約1〜10アミノ酸)からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手により連結されていることが好ましい。該リンカーポリペプチド残基のアミノ酸配列は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り、特に限定されない。
【0017】
本発明のポリペプチドには2つの蛍光ポリペプチド残基が含まれ、そのいずれか一方は蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方は対応するアクセプターである。該2つの蛍光ポリペプチド残基のどちらがドナーであってもよい。即ち、第1の蛍光ポリペプチド残基がドナーであり、第2の蛍光ポリペプチド残基がアクセプターであってもよく、あるいは第1の蛍光ポリペプチド残基がアクセプターであり、第2の蛍光ポリペプチド残基がドナーであってもよい。
【0018】
蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)とは、2つの蛍光分子が十分に接近した状態において、励起された一方の蛍光分子(ドナー)からの光エネルギー(蛍光)が、他方の蛍光分子(アクセプター)へ移動することにより、アクセプターが励起される現象をいう。
【0019】
本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基の組み合わせは、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得る組み合わせであれば特に限定されない。蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得る2つの蛍光ポリペプチド残基の組み合わせは、ドナーの蛍光波長が、アクセプターの励起波長と重なる様に、適宜選択することができる。ドナー/アクセプターの組み合わせとしては、自体公知のものを用いることが可能であり、例えば、CFP/YFP、BFP/GFP、GFP/RFP、CFP/RFP、CFP/DsRed(M. G. Erickson, D. L. Moon, and D. T. Yue, DsRed as a potential FRET partner with CFP and GFP, Biophys. J. 85 (2003) 599-611.)、GFP/DsRed、MiCy/mKO(S. Karasawa, T. Araki, T. Nagai, H. Mizuno, and A. Miyawaki, Cyan-emitting and orange-emitting fluorescent proteins as a donor/acceptor pair for fluorescence resonance energy transfer, Biochem. J. 381 (2004) 307-312.)等を用いることが可能である。現在までに開発されている蛍光ポリペプチドの名称は、例えば、R. Y. Tsien, Building and breeding molecules to spy on cells and tumors, FEBS Lett. 579 (2005) 927-932.等を参照のこと。ここで、CFP、YFP、BFP、GFP等は、それぞれの改変体(それぞれ、強化CFP(ECFP)等、強化YFP(EYFP)等、強化BFP(EBFP)等、強化GFP(EGFP)等)を含む意味である。これらの蛍光ポリペプチドのアミノ酸配列は公知である。
【0020】
また、本発明のポリペプチドに含まれる蛍光ポリペプチド残基としては、上述の公知の蛍光ポリペプチドのアミノ酸配列に少なくとも70%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の相同性を有し、且つ、本発明に用いられたときに本発明のポリペプチドに含まれるもう一方の蛍光ポリペプチド残基との間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るものを用いてもよい。
【0021】
本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基は、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、リンカーポリペプチド残基により連結されている。リンカーポリペプチドの長さは、前記2つの蛍光ポリペプチド残基の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得る限り、特に限定されない。しかしながら、2つの蛍光ポリペプチド残基間の距離が長すぎると、励起されたドナーからアクセプターへのエネルギー転移が生じ難くなり、結果として本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる可能性がある。従って、前記2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基の長さはより短いほうが好ましく、例えば200アミノ酸以下、好ましくは150アミノ酸以下、より好ましくは100アミノ酸以下、更に好ましくは80アミノ酸以下である。
【0022】
本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基は少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含む。
【0023】
カルパインは、カルシウムイオン依存的に活性化される公知のシステインプロテアーゼである。カルパインは、活性化に必要なカルシウムイオン濃度の要求性により、μ−カルパイン(カルパインI)とm−カルパイン(カルパインII)の2種に区別される。μ−カルパインは比較的低いカルシウムイオン濃度(例えば約3−50μM)により活性化され得るが、m−カルパインの活性化には比較的高いカルシウムイオン濃度(例えば約400−800μM)が必要であることが知られている。カルパインは生体内に普遍的に存在するので、本発明のポリペプチドは、多様な種類の細胞内においてカルシウムイオン指示機能を発揮し得る。
【0024】
カルパイン感受性配列とは、カルパインにより特異的に認識され、切断され得るアミノ酸配列をいう。カルパイン感受性配列は、カルパインの種類に応じてμ−カルパイン感受性配列及びm−カルパイン感受性配列に区別され得る。しかしながら、μ−カルパインの特異性とm−カルパインの特異性は類似しているため、あるアミノ酸配列がμ−カルパイン感受性配列であり、且つ、m−カルパイン感受性配列である場合もあり得る(A. Kishimoto, K. Mikawa, K. Hashimoto, I. Yasuda, S. Tanaka, M. Tominaga, T. Kuroda, and Y. Nishizuka, Limited proteolysis of protein kinase C subspecies by calcium-dependent neutral protease (calpain), J. Biol. Chem. 264 (1989) 4088-4092)。より低いカルシウムイオン濃度において本発明のポリペプチドが良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るように、カルパイン感受性配列としてはμ−カルパイン感受性配列が、好ましく用いられる。カルパイン、及びカルパイン感受性配列に関しては、D. E. Croall, and G. N. DeMartino, Calcium-activated neutral protease (calpain) system: structure, function, and regulation, Physiol. Rev. 71 (1991) 813-847等を参照のこと。
【0025】
カルパインの基質であるポリペプチドにおけるカルパイン切断部位のアミノ酸配列解析等に基づいて、数多くのカルパイン感受性配列が報告されている(D. E. Croall, and G. N. DeMartino, Calcium-activated neutral protease (calpain) system: structure, function, and regulation, Physiol. Rev. 71 (1991) 813-847等)。本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り、公知のカルパイン感受性配列を本発明において用いることができる。
【0026】
カルパイン感受性配列としては、例えば、αスペクトリン由来のμ−カルパイン感受性配列(GSGSGQQEVYGMMPRDGSG:配列番号2)(P. W. Vanderklish, L. A. Krushel, B. H. Holst, J. A. Gally, K. L. Crossin, and G. M. Edelman, Marking synaptic activity in dendritic spines with a calpain substrate exhibiting fluorescence resonance energy transfer, Proc Natl Acad Sci U S A 97 (2000) 2253-2258、A. S. Harris, D. E. Croall, and J. S. Morrow, The calmodulin-binding site in alpha-fodrin is near the calcium-dependent protease-I cleavage site, J. Biol. Chem. 263 (1988) 15754-15761)、PKCα由来のμ−カルパイン感受性配列(IPEGDEEGNMELRQKFEKAKLGPVGNKVISPSEDRKQPSNNLDRVKLT:配列番号3)(A. Kishimoto, K. Mikawa, K. Hashimoto, I. Yasuda, S. Tanaka, M. Tominaga, T. Kuroda, and Y. Nishizuka, Limited proteolysis of protein kinase C subspecies by calcium-dependent neutral protease (calpain), J. Biol. Chem. 264 (1989) 4088-4092.)、PKCβ由来のμ−カルパイン感受性配列(VPPEGSEGNEELRQKFERAKIGQGTKAPEEKTANTISKFDNNGNRDRMKLT:配列番号4)(A. Kishimoto, K. Mikawa, K. Hashimoto, I. Yasuda, S. Tanaka, M. Tominaga, T. Kuroda, and Y. Nishizuka, Limited proteolysis of protein kinase C subspecies by calcium-dependent neutral protease (calpain), J. Biol. Chem. 264 (1989) 4088-4092.)等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。
【0027】
また、カルパイン感受性配列には、自体公知のカルパイン感受性配列の部分配列であって、例えば6アミノ酸以上、好ましくは8アミノ酸以上、より好ましくは10アミノ酸以上、更に好ましくは12アミノ酸以上の長さを有し、且つ、カルパイン感受性を有する、部分配列が含まれる。
【0028】
更に、カルパイン感受性配列には、公知のカルパイン感受性配列に少なくとも70%、例えば80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上の相同性を有し、且つ、カルパイン感受性を有するアミノ酸配列も含まれる。
【0029】
ここで、上記カルパイン感受性配列は、本発明のポリペプチド中に存在する限りにおいては、カルパインにより認識はされるが、実質的に切断されないことが期待される。これは、上述の様に、膜移行シグナル配列の作用により、本発明のポリペプチドが細胞膜の細胞質側の表面へ移行される結果、活性化されたカルパインが立体構造上の制限等を受け得るためであるが、理論には束縛されない。「ポリペプチドがカルパインにより実質的に切断されない」とは、ポリペプチドを十分な濃度のカルシウムイオンが存在する状態でカルパインにより処理しても、カルパインによる切断断片が検出されないことをいう。ポリペプチドがカルパインにより実質的に切断されるか否かは、例えば、目的とするポリペプチドをカルパインを内在している細胞(例えば神経細胞)中に発現させ、該細胞を十分な濃度のカルシウムイオンを含有する緩衝液(例えば20μMのCa2+及び150mM NaClを含有する10mM HEPES−K緩衝液)中で溶解し、得られた細胞溶解液を約30℃で約30〜60分間インキュベートし、得られる反応産物中にカルパインによる該ポリペプチドの切断産物があるか否かを該ポリペプチドに対する抗体を用いた免疫学的測定法により検出することにより判定することが出来る。
【0030】
上記2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基に含まれるカルパイン感受性配列の数は、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得る限り、特に限定されない。しかしながら、カルパイン感受性配列の数が多すぎると、結果としてリンカーポリペプチド残基の長さが長くなり、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮できなくなる場合がある。従って、前記リンカーポリペプチド残基中に含まれるカルパイン感受性配列の数はより少ないほうが好ましく、例えば1〜15個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個、更に好ましくは1〜3個である。前記リンカーポリペプチド残基中に複数個のカルパイン感受性配列が含まれる場合、それぞれのカルパイン感受性配列は同一であっても異なっていてもよい。
【0031】
本発明のポリペプチドは修飾されていてもよい。該修飾としては、脂質鎖の付加(脂肪族アシル化(パルミトイル化、ミリストイル化等)、プレニル化(ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化等)等)、リン酸化(セリン残基、スレオニン残基、チロシン残基等におけるリン酸化)、アセチル化、糖鎖の付加(Nグリコシル化、Oグリコシル化)等を挙げることが出来る。
【0032】
また、本明細書において用語「本発明のポリペプチド」は、その塩をも含む意味として用いられる。ポリペプチドの塩としては生理学的に許容される酸(例:無機酸、有機酸)や塩基(例:アルカリ金属塩)などとの塩が用いられ、とりわけ生理学的に許容される酸付加塩が好ましい。この様な塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが挙げられる。
【0033】
本発明のポリペプチドの例としては、例えば、配列番号6、配列番号8、配列番号10、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドを挙げることが出来る。
【0034】
本発明のポリペプチドの製造方法については特に制限はなく、該ポリペプチドは公知のペプチド合成法に従って製造してもよく、また公知の遺伝子組み換え技術を用いて製造してもよい。ペプチド合成法は、例えば、固相合成法、液相合成法のいずれであってもよい。本発明のポリペプチドを構成し得る部分ペプチドもしくはアミノ酸と残余部分とを縮合し、生成物が保護基を有する場合は保護基を脱離することにより目的とするポリペプチドを製造することができる。
【0035】
遺伝子組み換え技術を用いて本発明のポリペプチドを製造する場合には、先ず後述するような本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを取得し、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターで宿主を形質転換し、得られる形質転換体を培養することによって、該ポリペプチドを製造することができる。該ポリヌクレオチド、遺伝子組み換え技術を用いた本発明のポリペプチドの製造方法については本明細書中後述する。
【0036】
(2.ポリヌクレオチド)
本発明は上記本発明のポリペプチドをコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを提供するものである。該ポリヌクレオチドは、DNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNAが挙げられる。また、該ポリヌクレオチドは二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。
【0037】
本発明のポリヌクレオチドとしては、配列番号5、配列番号7、配列番号9、又は配列番号11で表されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドを挙げることが出来る。配列番号5で表されるヌクレオチド配列は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、配列番号7で表されるヌクレオチド配列は配列番号8で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、配列番号9で表されるヌクレオチド配列は配列番号10で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、配列番号11で表されるヌクレオチド配列は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる本発明のポリペプチドを、それぞれコードする。
【0038】
本発明のポリヌクレオチドは、本発明のポリペプチドを構成する上述の各構成要素(膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基、蛍光ポリペプチド残基、リンカーポリペプチド残基等)をコードするポリヌクレオチドを、リガーゼなどの適切な酵素を用いて公知の遺伝子組換え技術により連結することにより、製造することが出来る。本発明のポリペプチドを構成する各構成要素をコードするポリヌクレオチドは、それぞれの公知の配列情報や本明細書の配列表に記載された配列情報を利用することにより適当なプライマーを設計し、各構成要素をコードするDNAクローン等を鋳型として用い、PCRによって直接増幅することができる。或いは、配列情報に基づいて、ポリヌクレオチド合成装置により各構成要素をコードするポリヌクレオチドを合成してもよい。
【0039】
取得された本発明のポリヌクレオチドをコードするポリヌクレオチドは、目的によりそのまま、または所望により制限酵素で消化するか、リンカーを付加した後に、使用することができる。該ポリヌクレオチドはその5’末端側に翻訳開始コドンとしてのATGを有し、また3’末端側には翻訳終止コドンとしてのTAA、TGAまたはTAGを有していてもよい。これらの翻訳開始コドンや翻訳終止コドンは、適当な合成DNAアダプターを用いて付加することができる。
【0040】
(3.ベクター及び形質転換体)
本発明は、上記本発明のポリヌクレオチドを含むベクターを提供するものである。ベクターとしては発現ベクター、クローニングベクター等を挙げることができ、目的に応じて選択することが可能であるが、好ましくは、ベクターは発現ベクターである。該発現ベクターは、本発明のポリヌクレオチドを適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に機能的に連結することにより製造することができる。ベクターの種類としては、プラスミドベクター、ウイルスベクター等を挙げることができ、用いる宿主に応じて適宜選択することが出来る。
【0041】
宿主としては、例えば、エシェリヒア属菌(エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等)、バチルス属菌(バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis)等)、酵母(サッカロマイセス セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等)、昆虫細胞(夜盗蛾の幼虫由来株化細胞(Spodoptera frugiperda cell;Sf細胞)等)、昆虫(カイコの幼虫等)、哺乳動物細胞(ラット神経細胞、サル細胞(COS-7等)、チャイニーズハムスター細胞(CHO細胞等)等)などが用いられる。
【0042】
哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オラウータン、チンパンジーなどの霊長類を挙げることが出来る。
【0043】
プラスミドベクターとしては、大腸菌由来のプラスミドベクター(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13)、枯草菌由来のプラスミドベクター(例、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミドベクター(例、pSH19,pSH15)等を挙げることができ、用いる宿主の種類や使用目的に応じて適宜選択することが出来る。
【0044】
ウイルスベクターの種類は、用いる宿主の種類や使用目的に応じて適宜選択することが出来る。例えば、宿主として昆虫細胞を用いる場合には、バキュロウイルスベクター等を用いることが出来る。また、宿主として哺乳動物細胞を用いる場合には、モロニーマウス白血病ウイルスベクター、レンチウイルスベクター、シンドビスウイルスベクター等のレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、パルボウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、センダイウイルスベクター等を用いることが出来る。
【0045】
また、プロモーターは、用いる宿主の種類に対応して、該宿主内で転写を開始可能なものを選択することが出来る。例えば、宿主がエシェリヒア属菌である場合、trpプロモーター、lacプロモーター、T7プロモーターなどが好ましい。宿主がバチルス属菌である場合、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。宿主が酵母である場合、PHO5プロモーター、PGKプロモーターなどが好ましい。宿主が昆虫細胞である場合、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。宿主が哺乳動物細胞である場合、サブゲノミック(26S)プロモーター、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0046】
本発明のベクターは、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製オリジン(以下、SV40oriと略称する場合がある)などを、それぞれ機能可能な態様で含有していてもよい。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素(以下、dhfrと略称する場合がある)遺伝子〔メソトレキセート(MTX)耐性〕、アンピシリン耐性遺伝子(Amprと略称する場合がある)、ネオマイシン耐性遺伝子(Neorと略称する場合がある、G418耐性)等が挙げられる。
【0047】
上記本発明のベクターを、自体公知の遺伝子導入法(例えば、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、マイクロインジェクション法、プロプラスト融合法、エレクトロポレーション法、DEAEデキストラン法、Gene Gunによる遺伝子導入法等)に従って上記宿主へ導入することにより、該ベクターが導入された形質転換体(本発明の形質転換体)を製造することができる。導入されるベクターとして発現ベクターを使用することにより、該形質転換体は本発明のポリペプチドを発現し得る。本発明の形質転換体は、本発明のポリペプチドの製造や、細胞内カルシウムイオン濃度の測定などに有用である。
【0048】
本発明の形質転換体を、宿主の種類に応じて、自体公知の方法で培養し、培養物から本発明のポリペプチドを単離することにより、本発明のポリペプチドを製造することが出来る。宿主がエシェリヒア属菌である形質転換体の培養は、LB培地やM9培地等の適切な培地中、通常約15〜43℃で、約3〜24時間行なわれる。宿主がバチルス属菌である形質転換体の培養は、適切な培地中、通常約30〜40℃で、約6〜24時間行なわれる。宿主が酵母である形質転換体の培養は、バークホールダー培地等の適切な培地中、通常約20℃〜35℃で、約24〜72時間行なわれる。宿主が昆虫細胞または昆虫である形質転換体の培養は、約10%のウシ血清が添加されたGrace’s Insect medium等の適切な培地中、通常約27℃で、約3〜5日間行なわれる。宿主が動物細胞である形質転換体の培養は、約10%のウシ血清が添加されたMEM培地等の適切な培地中、通常約30℃〜40℃で、約15〜60時間行なわれる。いずれの培養においても、必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。培養物からの本発明のポリペプチドの単離・精製は、例えば、菌体溶解液や培養上清を、逆相クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィーなどの複数のクロマトグラフィーに供することにより達成することができる。
【0049】
また、本発明の形質転換体を用いると、本明細書に後述する方法により、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定することが出来る。本発明の形質転換体を用いて、細胞内のカルシウムイオン濃度を測定する場合には、宿主は哺乳動物細胞であることが好ましい。哺乳動物細胞においては、カルパインが普遍的に発現しているので、本発明のポリペプチドが、所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るからである。
【0050】
(4.トランスジェニック動物)
本発明は、上記本発明のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物を提供するものである。本発明のトランスジェニック動物を用いることにより、多様な組織由来の細胞における細胞内カルシウムイオン濃度の測定が可能となる。また、該トランスジェニック動物を用いることによりインビボにおける細胞内カルシウムイオン濃度測定が可能となる。該トランスジェニック動物は上述の哺乳動物であり得る。
【0051】
本発明のトランスジェニック動物は、上記本発明のポリヌクレオチドを動物個体内へ導入することにより製造することが可能である。この場合、該ポリヌクレオチドは、適当なプロモーターの下流に機能的に連結され、発現ベクター中に含まれた態様で用いられ得る。
【0052】
該プロモーターとしては、本発明のポリヌクレオチドが導入される動物個体の細胞内で転写を開始可能なプロモーターであれば特に限定されず、例えば上述の哺乳動物細胞宿主に適用可能なプロモーターを挙げることが出来る。また、発現ベクターとしては、本発明のポリヌクレオチドを目的とする動物個体の細胞内へ導入可能なベクターであれば特に限定されず、例えば、上述の形質転換体(該形質転換体は哺乳動物細胞である)の製造に使用可能なベクター(プラスミドベクター、ウイルスベクター)を挙げることが出来る。ウイルスベクターとしては、哺乳動物細胞宿主に適用可能な上述のウイルスベクターを挙げることが出来る。
【0053】
本発明のポリヌクレオチドを動物個体へ導入する方法としては、例えば、上記発現ベクターを動物個体へ直接注入する方法を用いることが出来る。この場合、対象の非ヒト動物個体中の目的とする細胞へ確実にベクターが到達する様に、十分量の発現ベクターが動物個体内へ注入される。導入効率などの点から発現ベクターとしてはウイルスベクターを用いることが好ましい。発現ベクターとしてプラスミドベクターを使用する場合は、適切な遺伝子導入試薬とともに動物内へ注入することが望ましい。
【0054】
例えば、後述の実施例に記載されるように、本発明のポリヌクレオチドを含むシンドビスウイルスベクターを、非ヒト動物の脳内へ注入することにより、脳中の神経細胞内へ本発明のポリヌクレオチドが導入された非ヒトトランスジェニック動物を製造することが出来る。本発明のポリヌクレオチドが導入された非ヒトトランスジェニック動物が本発明のポリペプチドを発現し得るか否かは、本発明のポリペプチドが有する蛍光を指標に判断することが出来る。
【0055】
しかし、上述の様に発現ベクターの動物個体への直接注入によっては、導入された本発明のポリヌクレオチドが生殖系列に入らずに、子孫へ伝達されない場合が多い。従って、より確実に生殖系列へ本発明のポリヌクレオチドを導入するために、上記発現ベクターを非ヒト動物の受精卵、胚性幹細胞(以下、ES細胞と略す)等へ導入し、これらの細胞を用いて発生させた個体から、本発明のポリヌクレオチドが生殖系列細胞を含むすべての細胞の染色体上に組み込まれた個体を選択することにより、本発明のポリヌクレオチドが安定に染色体上に組み込まれ、本発明のポリペプチドを安定に発現し得る非ヒトトランスジェニック動物を製造することができる。製造された非ヒトトランスジェニック動物の生殖系列細胞において導入された本発明のポリヌクレオチドが存在することは、作出された動物の子孫がその生殖系列細胞および体細胞の全てに導入された本発明のポリヌクレオチドを有することを指標として確認することができる。個体の選択は、個体を構成する組織、例えば、血液組織、尾等の一部から調製した染色体DNA上に導入された本発明のポリヌクレオチドが存在することをDNAレベルで確認することによって行われる。このようにして選択された個体は通常、相同染色体の片方に導入された本発明のポリヌクレオチドを有するヘテロ接合体なので、ヘテロ接合体の個体同士を交配することにより、子孫の中から導入されたポリヌクレオチドを相同染色体の両方に持つホモ接合体動物を取得することができる。このホモ接合体の雌雄の動物を交配することにより、すべての子孫が該ポリヌクレオチドを安定に保持するホモ接合体となるので、通常の飼育環境で、本発明の非ヒトトランスジェニック動物を繁殖継代することができる。
【0056】
例えば、受精卵にマイクロインジェクション法やレトロウイルスを用いた方法等により本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターを導入した後、該受精卵を雌非ヒト動物に人工的に移植および着床させることによって、導入した本発明のポリヌクレオチドを組み込んだ染色体DNAを有する非ヒトトランスジェニック動物が得られる。
【0057】
また、非ヒト動物のES細胞に本発明のポリヌクレオチドを導入後、得られたES細胞を集合キメラ法または注入キメラ法を用いて、非ヒト動物の受精卵に取り込ませ、得られるキメラ胚を雌非ヒト哺乳動物に人工的に移植および着床させることによって、導入した本発明のポリヌクレオチドを組み込んだ染色体DNAを有する細胞を部分的に有する非ヒトキメラ動物が得られる。
【0058】
ES細胞への本発明ポリヌクレオチドの導入は、該ポリヌクレオチドを含む発現ベクターを公知の遺伝子導入の手法(例えば、リン酸カルシウム法、電気パルス法、リポフェクション法、凝集法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、DEAE−デキストラン法、ウイルスベクター法等)を用いてES細胞へ導入することにより達成され得る。該発現ベクターは、環状化状態、直線化状態いずれでも用いることができるが、本発明のポリペプチドをコードする領域およびプロモーター等の発現調節領域を破壊しない形で直線化し導入することが好ましい。
【0059】
更に、非ヒトキメラ動物を正常動物又は当該キメラ動物同士と交配し、次世代(F1)個体の中から導入された本発明のポリヌクレオチドを保有する個体を選択することにより、導入した本発明のポリヌクレオチドを組み込んだ染色体DNAを有する非ヒトトランスジェニック動物が得られる。本発明のポリヌクレオチドを保有する動物(ヒトを除く)の選択は、上述と同様に、個体を構成する組織、例えば、血液組織、尾等の一部から調製した染色体DNA上に導入された本発明のポリヌクレオチドが存在することをDNAレベルで確認することによって行われる。
【0060】
(5.本発明のポリペプチドを有する細胞)
また、本発明は、上記本発明のポリペプチドを有する細胞を提供するものである。本発明のポリペプチドは優れた細胞内カルシウムイオン指示機能を有するので、該ポリペプチドを有する細胞は、細胞内カルシウムイオン濃度の測定に有用である。本発明の細胞は、哺乳動物細胞であることが好ましい。哺乳動物細胞においては、カルパインが普遍的に発現しているので、本発明のポリペプチドが、所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るからである。哺乳動物としては、上述のものを挙げることが出来る。細胞の種類は、特に限定されないが、本発明のポリペプチドが所望の細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得るように、本発明の細胞はカルパイン発現細胞であり得る。カルパイン発現細胞としては、神経細胞、筋肉細胞等を挙げることが出来るが、これらに限定されない。通常、哺乳動物細胞はカルパイン発現細胞である。
【0061】
本発明のポリペプチドを有する細胞としては、例えば以下のものを挙げることが可能である:
(1)プロモーターの下流に機能的に連結された本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターが導入された形質転換体;
(2)本発明のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物由来の細胞;
(3)本発明のポリペプチドが導入された細胞。
【0062】
(1)の形質転換体は上述と同様に製造することが可能である。該形質転換体は、発現された本発明のポリペプチドを内包し得る。
【0063】
(2)のトランスジェニック動物由来の細胞は、上述と同様に製造された本発明の非ヒトトランスジェニック動物から細胞を単離することにより獲得される。動物からの細胞の単離は、自体公知の方法を用いて行うことが可能であり、例えば、動物から組織を摘出し、該組織をコラゲナーゼ、トリプシン、DNase等の酵素により処理することにより、細胞が単離される。該細胞は、発現された本発明のポリペプチドを内包し得る。
【0064】
(3)の細胞は、細胞へ本発明のポリペプチドを導入することに製造することが出来る。細胞へのポリペプチドの導入は、ポリペプチド導入用試薬を用いることにより行うことが出来る。ポリペプチド導入試薬としては、プロフェクト(ナカライテスク社製)、プロベクチン(IMGENEX社製)等を用いることが出来る。
【0065】
(6.細胞内カルシウムイオン指示薬及び細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法)
上述の様に本発明のポリペプチドは、優れた細胞内カルシウムイオン指示機能を有するので、本発明のポリペプチドは細胞内カルシウムイオン指示薬として有用であり、該ポリペプチドを用いて細胞内カルシウムイオン濃度を測定することが出来る。
【0066】
本明細書において、「細胞内カルシウムイオン濃度の測定」とは、細胞内カルシウムイオン濃度の絶対値又は相対値の時間的変化、空間的分布等を測定することをいう。
【0067】
本発明のポリペプチドを用いて細胞内カルシウムイオン濃度を測定する場合、まず、本発明のポリペプチドを有する細胞が提供される。該細胞は上述の本発明の細胞であり得る。該細胞内には、細胞内カルシウムイオン濃度測定を可能とするのに十分な量の本発明のポリペプチドが含まれ得る。
【0068】
例えば、測定対象である所望の細胞へ、プロモーターの下流に機能的に連結された本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターを導入し、本発明のポリペプチドを該細胞内へ発現させることにより、本発明のポリペプチドを有する細胞を得ることができる。また、本発明のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物から、測定対象である所望の細胞を単離することによっても、本発明のポリペプチドを含む細胞を得ることができる。あるいは、測定対象である所望の細胞へ、本発明のポリペプチドをポリペプチド導入用試薬を用いて導入してもよい。
【0069】
次に、提供された細胞に、本発明のポリペプチドに含まれる2つの蛍光ポリペプチド残基のうちのドナーの励起光を照射し、蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定する。蛍光共鳴エネルギー転移の程度は、励起光が照射された細胞からのドナーの蛍光波長における蛍光強度(ドナー蛍光)と、アクセプターの蛍光波長における蛍光強度(アクセプター蛍光)を蛍光分光光度計、フローサイトメーター、蛍光顕微鏡等を用いて測定し、両者の比(ドナー蛍光/アクセプター蛍光等)を求めること等により評価される。蛍光比を用いることにより、細胞の厚み等の光学的厚みの影響を受けずに細胞内カルシウムイオン濃度を測定することが可能となる。カルシウムイオンが存在しない状況においては、蛍光共鳴エネルギー転移によりドナー蛍光が減弱され、アクセプター蛍光が増強されるので、(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比が相対的に低下していることが期待される。カルシウムイオン濃度が上昇すると、活性化したカルパインがカルパイン感受性配列を認識し、蛍光共鳴エネルギー転移が抑制され、ドナー蛍光が増強し、アクセプター蛍光が減弱し、(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比が相対的に上昇することが期待される。
【0070】
また、あらかじめカルシウムイオン濃度が判明している緩衝液中で、カルシウムイオノフォア(イオノマイシン、A23187等)を用いて上記細胞内へカルシウムイオンを流入させたときの、(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比を測定し、カルシウムイオン濃度と(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比をプロットすることにより、検量線を作成することが出来る。そして、カルシウムイオン濃度が未知のサンプルにおける(ドナー蛍光/アクセプター蛍光)比を検量線と比較する事により、カルシウムイオン濃度の絶対値を求めることも出来る。
【0071】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0072】
[実施例1]
1.材料及び方法
(小脳プルキンエ細胞の初代培養)
プルキンエ細胞は既報の様に培養された(Weber, A. et al, Brain Res., 311, 119-130, 1984/Hirano, T. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 83, 1945-1949, 1986)。即ち、小脳が、胎生約20日のWisterラット胎仔から分離され、髄膜(meninges)が除去された。小脳が、137mM NaCl, 5 mM KCl, 7mM Na2PO4, 及び25mM HEPES (pH 7.2)を含有する1%トリプシン(Invitrogen, CA, U.S.A.)/0.05% DNase(Sigma, MO, U.S.A.)溶液中で、20℃で4分間インキュベートされた。Ca2+及びMg2+不含ハンクス平衡塩溶液 (Invitrogen)で3回洗浄した後、その組織は、0.05% DNase及び12mM MgSO4を含有するCa2+不含ハンクス平衡塩溶液中で、ファイヤポリッシュパスツールピペットでの粉砕により分散された。細胞懸濁液は、室温にて180×gで遠心分離され、ペレットとなった細胞が、1mlあたり106個の細胞の濃度で、神経の生存を容易にする限定培地中へ、再懸濁された(Weber, A. et al, Brain Res., 311, 119-130, 1984/Fischer, G. et al, Neurosci Lett, 28, 325-329, 1982)。2mlのこの細胞懸濁液が、0.01%ポリ−Lリジン (Sigma) でコートされた、多数の熱滅菌ガラスカバースリップを含有するペトリ皿上へ播種された。この細胞培養物は、37℃、5% CO2にてインキュベートされた。ガラスカバースリップ上の細胞が、シンドビスウイルスによる感染のために用いられた。プルキンエ細胞は、培養中少なくとも9週間にわたり、活動電位及び強力なシナプス応答を示した。
【0073】
(Sindbis-F2Cのインビボ注入及び切片調製)
若いWisterラット(9〜10日齢)が抱水クロラール(0.3 mg/g体重)により麻酔された。そして、ラットの頭が、一組の耳棒 (ear bar)及び鼻クランプ (nose clamp) (SR-5N, Narishige, Tokyo, Japan)を用いて、定位台 (stereotaxis stage)上へ固定された。頭皮が縦へ切開され、小孔が頭骨を貫通して作られ、小脳が露出された。マイクロピペットが小脳を通して挿入され、F2Cタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-F2C)の懸濁液が、口でマイクロピペットに緩やかな正の圧力をかけることにより、脳幹内へ注入された(0.5〜1μl)。皮膚の切開部が縫合され、麻酔から覚めた後で、ラットが母親へ戻された。
注入から2日後、蝸牛神経核(cochlear nuclei)の高さ程の脳幹の冠状切片(200〜300μm)が作成された。ラットはジエチルエーテルにより深く麻酔され、首を切り落とされ、脳幹がすばやく分離された。脳幹のブロックは、100% CO2で飽和された氷冷35mMグルコース生理食塩水(35GS:130mM NaCl, 4.5mM KCl, 2 mM CaCl2, 5 mM PIPES-Na, 及び35mM グルコース、pH7.4)中で冷却され、そして35GSで調製された4%アガロースゲル(低ゲル化温度、Nakalai tesque, Kyoto, Japan)中へ包埋された。脳切片は、氷冷35GS中の組織スライサー(Pro-1, Dosaka, Kyoto, Japan)により作成された。これらの切片は、イメージング試験を行う少なくとも1時間前に、37℃で、酸素処理された高グルコース人工脳脊髄液(HG−ACSF)中でプレインキュベートされた。HG−ACSFは75 mM NaCl, 2.5mM KCl, 26 mM NaHCO3, 1.25mM NaH2PO4, 2mM CaCl2, 1mM MgCl2, 100 mM グルコースを含有した。
【0074】
(遺伝子構築)
細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(F2Cと命名した、図1)が、GAP43のN末端イコサペプチド(パルミトイル化シグナル)(パルミトイル化シグナル配列は京都大学大学院医学研究科、金子博士から供与された)、強化CFP、αスペクトリンのカルパイン感受性配列、及び強化YFPの融合タンパク質としてデザインされた。使用されたαスペクトリンの感受性配列は以下のアミノ酸配列:GSGSGQQEVYGMMPRDGSG(配列番号2)であり、Vanderlklishらにより報告されたもの(Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 2253-2258, 2000)と同一であった。ECFP及びEYFPのcDNAは、ポリメラーゼ鎖反応(PCR)により、テンプレートとしてpECFP-N1 (Clontech, CA, U.S.A.)及びpEYFP-C1(Clontech)から、それぞれ増幅された。F2Cは、ECFPとEYFPとを連結するリンカー中に2つの同一のαスペクトリンのカルパイン感受性配列を有する(図1)。このコンストラクトはXbaI及びEcoRVにより消化され、pSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-F2C)。
F2Cのアミノ酸配列を配列番号6に、ポリヌクレオチド配列を配列番号5に、それぞれ示す。配列番号6で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜307がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号308〜546がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
【0075】
(ウイルス産生)
F2Cタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-F2C)の産生が、Sindbis Expression System (Invitrogen)の指示書に従って、以下の様に行われた。キャップされた組換えRNAの転写産物が、F2Cのコンストラクトを含有するpSindbis-F2Cから合成された。シンドビスウイルス粒子が、キャップされた組換えRNA転写産物と、構造タンパク質をコードするDH(26S)5’SINヘルパーRNAとを、乳呑みハムスター腎臓(BHK)細胞へ、電気泳動的に、共感染させることにより獲得された。培養上清中のウイルス粒子が遠心分離により濃縮された(6,000×g、16時間、4℃)。ウイルスは分注して用時まで−80℃で保存された。結果得られるシンドビスウイルスは、複製欠損であり、感染した細胞中で親ウイルスを産生する見込みはほとんどない(Bredenbeek, P.J. et al, J. Virol., 67, 6439-6446, 1993)。培養された細胞及びスライスがSindbis-F2Cにより一過性に感染され、試験は24〜48時間後に行われた。
【0076】
(SDS−PAGE、ウェスタンブロットハイブリダイゼーション)
細胞溶解液のために、細胞がペレットとされ、EGTA緩衝液(10mM EGTA-Na, 10mM HEPES-K, 150mM NaCl)又はCa−EGTA緩衝液(10mM CaCl2, 10mM EGTA-Na, 10mM HEPES-K, 150mM NaCl)中でホモジナイズされた。Ca2+濃度が最終的に20μMに調節された。これらの細胞溶解液はプロテアーゼインヒビターカクテル(Nakalai tesque)を含有した。細胞溶解液は30℃で30分又は60分インキュベートされた。一部の試験においては、細胞溶解液が精製されたμ−カルパイン(Calpain I, Calbiochem, CA, U.S.A.)とともに30℃で30分又は60分インキュベートされた。これらの細胞溶解液は20,000×gで20分間遠心分離され、上清が分画された。上清が10% SDS−PAGEゲル上へロードされた。ウェスタンブロッティングが、F2C消化を検出するためのマウス抗GFP抗体(希釈率 1:1000、MBL、Nagoya, Japan)及びカルパイン活性を確認するための抗PKCα抗体(希釈率 1:500, Upstate, NY, U.S.A.)を用いて、Towbinらの方法(Towbin, H. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 76, 4350-4354, 1979)に従って行われた。
【0077】
(イメージ解析)
小脳の初代培養物が37℃、5%CO2、95%O2の条件でインキュベートされた。カバーガラススリップ上の細胞が、Fura-2/AM(Molecular Probes, Eugene, OR, U.S.A.)とのインキュベーションの24時間前に、Sindbis-F2Cにより感染された。このカバーガラススリップが、外液(ACSF, 人工脳脊椎液;155mM NaCl, 2.5mM CaCl2, 1mM MgCl2, 10mM, HEPES, 17mM グルコース及び5mM KOH、pH7.4へ調整されている)で満たされた新たなディッシュへ移された。Fura-2/AMが20μMの最終濃度で添加され、さらに37℃で30分インキュベートされた。Fura-2/AM (10mM)ストックがDMSO中に溶解された。小脳培養物が、冷却CCDカメラを備えた正立顕微鏡の下へうつされ、イメージングが作成された(ORCA-ER on Aquacosmos, Hamamatsu Photonics, Hamamatsu, Japan)。Fura-2イメージングのために、340nm (10nmバンド幅 100%伝達)及び380nm (10nmバンド幅 100%伝達)の励起光波長がかわるがわる適用され、蛍光が510nm及びより長波長で捕らえられた。F2C蛍光が同時に測定されるときは、440nmの励起光(10nmバンド幅 100%伝達)が適用され、510nmより長い波長における蛍光が捕らえられた。この蛍光は、EYFPに対応する。FRETが脳切片調整物又は小脳培養物から測定されるときは、神経が435nmのダイクロイックミラー(XF2034 Omega Optical)により440nm(20nmバンド幅 60%伝達, XF1071 Omega Optical)で励起され、蛍光が、ECFPのための480nm(30nmバンド幅 75%伝達, SF3075 Omega Optical)を、そしてEYFPのための535nm(25nmバンド幅 70%伝達, SF3079 Omega Optical+50% NDフィルター)を通してモニターされた。
【0078】
(カルパインインヒビター)
カルパイン活性の阻害を試験するために、カルパインインヒビター1(ALLN, Calbiochem)及びカルパインインヒビター2(ALLM, Calbiochem)が採用され、Fura-2蛍光及びEYFP蛍光測定が同様に行われた。小脳の初代培養物が、ALLN (DMSO中100μM)、ALLM(DMSO中50μM)、又は両者の組み合わせを含有するACSF中で1時間プレインキュベートされた。同一の濃度のDMSOが、コントロールとして、ACSFに対して溶解された。
【0079】
2.結果
(F2Cタンパク質の発現及びウェスタンブロッティング解析)
ラット小脳の初代培養物中でF2Cが発現されたときに、Sindbis-F2Cで感染されたプルキンエ細胞は、樹状突起中よりも細胞体中で明るい蛍光を示した(図2)。図2A及び図2Bは、それぞれ、ECFP及びEYFPの蛍光を示す。融合タンパク質は、パルミトイル化シグナルにより細胞膜へ相互作用し得るが、細胞核へも高度に局在していた。これは、融合タンパク質が核内で即時に翻訳され、凝集した蛍光がそこに見えることを示唆し得る(Furuta, T. et al, J. Histochem. Cytochem., 49, 1497-1508, 2001)。
SDS−PAGE及びウェスタンブロッティングより、このコンストラクトが61.2kDa融合タンパク質をもたらすことが明らかとなった。抗GFP抗体はECFP及び/又はEYFPを認識するが、そのシグナルは、初代培養物がSindbis-F2Cに感染したときには検出され、一方そのシグナルは初代培養物が感染しなかったときには検出されなかった(図3)。μ−カルパインは、活性化のために、マイクロモルレベルのカルシウムを必要とする。細胞溶解液がCa-EGTA緩衝液(Ca-EGTA緩衝液のCa2+濃度は20μMである)中でホモジナイズされたときには、断片化されたF2Cは検出されなかったが(図3)、カルパインによる消化のコントロールとして、断片化されたPKCαが抗PKCαにより検出された(図4)。更に、F2CがCa-EGTA緩衝液中で、精製されたμ−カルパイン(Calbiochem)とともにインキュベートされた。しかし、断片化されたF2Cシグナルは検出されなかった(データ示さず)。
これらの試験から、F2C融合タンパク質はカルパインによって分解されないことが示唆された。
【0080】
(インビトロ及びインビボにおけるF2Cの適用)
FRET測定における蛍光比(ECFP/EYFP)及び個々のECFP及びEYFP発光の典型的な反応を、14日培養物中の小脳プルキンエ細胞のためのものを図5A及び5Bに、Sindbis-F2Cの注入2日後の、P11ラットから調製された脳切片中の蝸牛神経核神経のためのものを図5C、5D及び図9に、例示する。
図5Aにおいて、KClが5mMの基礎レベルから上昇したときに、蛍光比が鋭く上昇した(KClのタイミング及び濃度が図中のバーにより示される)。もし、F2C融合タンパク質が、カルパイン感受性配列において、μ−又はm−カルパインにより分解されていれば、EYFP発光が減少するので、蛍光比(ECFP/EYFP)は高レベルで維持されるはずである;しかしながら、該蛍光比は速やかに減少した。ECFP/EYFP蛍光比は、細胞が15mM KClに曝露されたときには1.78倍、10mMでは1.39倍、7.5mMでは1.03倍変化した。F480及びF535で測定された発光蛍光は相反的に変化した。ラット脳幹切片にて、神経が高KCl溶液に曝露されたときに、FRET蛍光比は可逆的に変化した(図5C)。15mM KClが3回適用され、それぞれのときに蛍光比が速やかに上昇した;また、480nm及び535nmで測定された蛍光は相反的に変化した。これらの測定の多くの場合、蛍光強度は一定の時間の後に、最初のレベルにまで戻った。これらの結果は、グルタミン酸作動性アゴニストによりカルパインが活性化されたときにYFP/CFP FRET蛍光比が減少し維持されたとするVanderklishらによる観察結果(Vanderklish, P.W. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 97, 2253-2258, 2000)とは異なっていた。
また、図9に示すように、10mM KCl刺激に対するECFP/EYFP蛍光比の可逆的変化は、少なくとも200分間以上にわたり観察された。
以上の結果より、F2Cタンパク質は、細胞刺激に応答して可逆的に蛍光比を変化させ得ることが示された。
【0081】
(細胞内カルシウムイオン指示薬としてのF2Cの蛍光特性)
F2CのCa2+に対するカイネティクス及び感度がFura-2のそれと比較された。図6A及び6Bは、Fura-2発光(F340/F380、図6A)及びF2C(F535、図6B)の蛍光比変化の時間経過を示す。3波長の蛍光はそれぞれについて112ミリ秒の曝露時間により測定され、イメージが896ミリ秒の時間間隔で抽出された。KClが記録チャンバーへ添加されたときに、約50秒の遅れで蛍光の変化が観察された。この遅れは、記録チャンバー内でのKClの分散により引き起こされ得る。Fura-2及びF2Cの蛍光はほとんど同時に変化した。
図6において、右のスケールは、以下の検量方程式により見積もられた細胞内Ca2+濃度を示す:〔Ca2+〕i =0.65×(R-0.58)/(2.38-R)。Rmax=2.38及びRmin=0.58は、Rmaxにおいては通常のACSF (2mM CaCl2)により、そしてRminにおいては0mM CaCl2, 10mM EGTA ACSFにより平衡化された後で、1μMイオノマイシンにより穿孔化されたFura-2をロードされたプルキンエ細胞膜から測定された。Fura-2シグナルを用いて測定したときに、K+刺激により誘導されるピークCa2+濃度は、約0.05μMの基礎レベルから約0.5μMであった。
図7において、蛍光変化の時間経過が、対応する時間におけるF340/F380に対するF535(ΔF/F0)をプロットすることにより比較された;黒四角は反応の上昇相を表し、白丸は反応の下降相を示す。上昇相及び下降相の両方が、オーバーラップする曲線をたどった。プロットが少し下方へ傾斜することは、Fura-2シグナルにおける変化よりもF2Cにおける変化がより大きいことを示唆する。図8に、F340/F380の上昇時間に対するF535の上昇時間(20-80%)がプロットされる。(これらのプロットは多様な記録条件において行われた試験を含む;外培地中0.5mM, 1.0mM, 2.0mM CaCl2。Ca2+応答は5→10mM, 7.5→12.5mM, 10→20mMの濃度のKClの添加により誘導された。20-80%上昇時間が個々の細胞のために測定され、プロットされた(n=240)。)これは準線形相関を示し(n=240 cell)、F2C及びFura-2のCa2+応答はほとんど同じスピードであることが示唆された。
図6〜8は、F2CのダイナミックレンジがFura-2のそれとオーバーラップしたことを示唆している。F2Cの滴定は、pH7.4のときに、150nMの見かけのCa2+の為のKd値及び4のヒル係数(Hill coefficient)を示した。
【0082】
小脳培養物がカルパインインヒビター(ALLN 100μM及びALLM 50μM)によりプレインキュベートされ、カリウム刺激が同様に適用された。F340及びF380 Fura-2蛍光並びにF535 EYFP蛍光の減少の相反的変化が同様に誘導された。Fura-2 最大比変化に対するF535 EYFP最大蛍光変化のパーセンテージはカルパインインヒビターのないコントロールと違わなかった(ALLN, ALLM, ALLN+ALLM; p>0.28)(表1)。このことはカルパインインヒビターが有効ではなかったことを示唆する。
【0083】
【表1】
【0084】
表1はFura-2最大比変化に対するF535 EFYP最大蛍光変化のパーセンテージ(平均値±S.E.M.)である。nは細胞数を示す。
【0085】
以上の結果より、F2CはFura-2とほぼ同等のカルシウムイオン濃度感受性及び反応速度を有し、長時間にわたる細胞内カルシウムイオン濃度の測定を可能とする、優れた細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
【0086】
[実施例2]
実施例1と同様に、細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(F1Cと命名した)がデザインされた。F1Cは、F2Cと同様に、GAP43のN末端パルミトイル化シグナル配列、ECFP、αスペクトリンのカルパイン感受性配列、及びEYFPの融合タンパク質である。F2Cと異なり、F1CはECFPとEYFPとを連結するリンカー中に1つのαスペクトリンのカルパイン感受性配列を有する。
F1Cのアミノ酸配列を配列番号8に、ポリヌクレオチド配列を配列番号7に、それぞれ示す。配列番号8で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜286がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号287〜525がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
上述の様にデザインされたF1Cコンストラクトが実施例1と同様にしてpSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-F1C)。そして、実施例1と同様に、pSindbis-F1Cから転写されたRNAとヘルパーRNAとをBHK細胞にトランスフェクションし、培養上清からF1Cタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-F1C)を得た。得られたSindbis-F1Cを実施例1と同様にラットの脳幹内へ注入することにより、インビボ感染を行った後に、脳幹の切片を作製した。
【0087】
次に、実施例1と同様に、脳幹切片がKCl(10mM)により刺激され、脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞のECFP/EYFP蛍光比が経時的に測定された。
その結果、F1Cを用いた場合においても、F2Cと同様に、KCl刺激により、ECFP/EYFP蛍光比が鋭く上昇し、その後該蛍光比は速やかに減少した。脳幹切片をKClにより繰り返し刺激すると、ECFP/EYFP蛍光比は可逆的に変化し、それぞれの刺激時に蛍光比は速やかに上昇し、一定の時間の後に最初のレベルにまで戻った(図10)。
【0088】
以上の結果より、本発明のポリペプチドは、2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基中に含まれるカルパイン感受性配列の数に関わらず、良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
【0089】
[実施例3]
実施例1と同様に、細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(Fαと命名した)がデザインされた。Fαは、F2Cと同様に、GAP43のN末端パルミトイル化シグナル配列、ECFP、2つのカルパイン感受性配列、及びEYFPの融合タンパク質である。F2Cと異なり、Fαに含まれる2つのカルパイン感受性配列の一方(N末端側)がPKCα由来のカルパイン感受性配列(配列番号3)であり、他方(C末端側)がαスペクトリンのカルパイン感受性配列である。F2Cをコードするポリヌクレオチド配列において、XhoIにより切り出し可能な領域が、PKCα由来のカルパイン感受性配列をコードするポリヌクレオチド配列に置換されている。PKCα由来のカルパイン感受性配列は、PKCαのV3領域に該当する。
Fαのアミノ酸配列を配列番号10に、ポリヌクレオチド配列を配列番号9に、それぞれ示す。配列番号10で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜336がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号337〜575がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
上述の様にデザインされたFαコンストラクトが実施例1と同様にしてpSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-Fα)。そして、実施例1と同様に、pSindbis-Fαから転写されたRNAとヘルパーRNAとをBHK細胞にトランスフェクションし、培養上清からFαタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-Fα)を得た。得られたSindbis-Fαを実施例1と同様にラットの脳幹内へ注入することにより、インビボ感染を行った後に、脳幹の切片を作製した。
【0090】
次に、実施例1と同様に、脳幹切片がKCl(8mM)により刺激され、脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞のECFP/EYFP蛍光比が経時的に測定された。
その結果、Fαを用いた場合においても、F2Cと同様に、KCl刺激により、ECFP/EYFP蛍光比が鋭く上昇し、その後該比は速やかに減少した。脳幹切片をKClにより繰り返し刺激すると、ECFP/EYFP蛍光比は可逆的に変化し、それぞれの刺激時に蛍光比は速やかに上昇し、一定の時間の後に最初のレベルにまで戻った(図11)。
【0091】
以上の結果より、カルパイン感受性配列としてPKCα由来の配列を使用した場合であっても、αスペクトリン由来の配列のみを使用した場合と同様に、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
【0092】
[実施例4]
実施例1と同様に、細胞内カルシウムイオン指示タンパク質(Fβと命名した)がデザインされた。Fβは、F2Cと同様に、GAP43のN末端パルミトイル化シグナル配列、ECFP、2つのカルパイン感受性配列、及びEYFPの融合タンパク質である。F2Cと異なり、Fβに含まれる2つのカルパイン感受性配列の一方(N末端側)がPKCβ由来のカルパイン感受性配列(配列番号4)であり、他方(C末端側)がαスペクトリンのカルパイン感受性配列である。F2Cをコードするポリヌクレオチド配列において、XhoIにより切り出し可能な領域が、PKCβ由来のカルパイン感受性配列をコードするポリヌクレオチド配列に置換されている。PKCβ由来のカルパイン感受性配列は、PKCβのV3領域に該当する。
Fβのアミノ酸配列を配列番号12に、ポリヌクレオチド配列を配列番号11に、それぞれ示す。配列番号12で表されるアミノ酸配列において、
アミノ酸番号1〜20がパルミトイル化シグナル配列、
アミノ酸番号21〜26が、パルミトイル化シグナル配列とECFPとを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号27〜265がECFP残基、
アミノ酸番号266〜339がECFP残基とEYFP残基とを連結するリンカーポリペプチド残基、
アミノ酸番号340〜578がEYFP残基
にそれぞれ相当する。
上述の様にデザインされたFβコンストラクトが実施例1と同様にしてpSinRep5のマルチプルクローニング部位内に連結された(pSindbis-Fβ)。そして、実施例1と同様に、pSindbis-Fβから転写されたRNAとヘルパーRNAとをBHK細胞にトランスフェクションし、培養上清からFβタンパク質をコードするシンドビスウイルス(Sindbis-Fβ)を得た。得られたSindbis-Fβを実施例1と同様にラットの脳幹内へ注入することにより、インビボ感染を行った後に、脳幹の切片を作製した。
【0093】
次に、実施例1と同様に、脳幹切片がKCl(10mM)により刺激され、脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞のECFP/EYFP蛍光比が経時的に測定された。
その結果、Fβを用いた場合においても、F2Cと同様に、KCl刺激により、ECFP/EYFP蛍光比が鋭く上昇し、その後該比は速やかに減少した。脳幹切片をKClにより繰り返し刺激すると、ECFP/EYFP蛍光比は可逆的に変化し、それぞれの刺激時に蛍光比は速やかに上昇し、一定の時間の後に最初のレベルにまで戻った(図12)。
【0094】
以上の結果より、カルパイン感受性配列として、PKCβ由来の配列を使用した場合であっても、αスペクトリン由来の配列のみを使用した場合と同様に、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を有することが示された。
また、以上の結果から、2つの蛍光ポリペプチド残基を連結するリンカーポリペプチド残基に含まれるカルパイン感受性配列の種類や数に関わらず、本発明のポリペプチドは良好な細胞内カルシウムイオン指示機能を発揮し得ることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】pSindbis-F2Cのコンストラクトの模式図である。
【図2】F2Cを発現しているプルキンエ細胞の蛍光イメージを示す写真である。左は480nm発光、右は535nm発光、440nm及び455nmにおける二色鏡を通った励起。
【図3】F2Cのウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図4】F2C及びPKCαのウェスタンブロッティングの結果を示す図である。
【図5】培養物中のプルキンエ細胞及び脳切片中の聴覚神経におけるFRET蛍光比の測定結果を示す図である。F2Cを発現している、プルキンエ細胞(A,B)及び蝸牛神経細胞(C,D)において、蛍光強度の時間経過が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す。A及びCはFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の変化を示す。B及びDはECFP(F480nm)及びEYFP(F535nm)からの蛍光の相反的変化を示す。F480及びF535の蛍光強度が、初期蛍光強度F0による標準化後にプロットされた(B,D)。F0は最初の5回の測定の平均強度として定義された。
【図6】Fura-2に相関したF2Cの蛍光変化を示す図である。Fura-2の発光比(A)及びF2CのF535蛍光強度(B)の時間経過が示される。(A)F340/F380の発光比。黒三角は外溶液への10mM KClの適用のタイミングを示す。右のスケールは、見つもりの細胞内Ca2+濃度を示す。(B)蛍光強度(F535)が初期蛍光 F0により標準化された。励起は440nmであった。
【図7】Fura-2に相関したF2Cの蛍光変化を示す図である。対応する時間において、F2CのF535蛍光強度(ΔF/F0(F535))がFura-2の発光比(F340/F380)に対してプロットされた。黒四角は蛍光反応の上昇相を示し、白丸は下降相を示す。底辺のスケールはFura-2比から見積もられた細胞内Ca2+濃度を示す。
【図8】F2CのF535蛍光強度(ΔF/F0 (F535))及びFura-2/AMの発光比(F340/F380)の間の20-80%上昇時間の相関を示す図である。
【図9】脳切片中の聴覚神経におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。F2Cを発現している蝸牛神経細胞において、FRET蛍光比の経時的変化が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(10mM KCl刺激)。
【図10】脳幹切片中の聴覚神経におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。F1Cを発現している、蝸牛神経細胞において、蛍光強度の経時的変化が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(10mM KCl刺激)。上側のパネルはFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の変化を示す。下側のパネルはECFP(F480nm)及びEYFP(F535nm)からの蛍光の相反的変化を示す。F480及びF535の蛍光強度が、初期蛍光強度F0による標準化後にプロットされた。
【図11】脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。Fαを発現している蝸牛神経核神経細胞において、FRET蛍光比の経時的変化が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(8mM KCl刺激)。
【図12】脳幹切片中の蝸牛神経核神経細胞におけるFRET蛍光比(ECFP/EYFP)の測定結果を示す図である。Fβを発現している蝸牛神経核神経細胞において、蛍光強度の時間経過が測定された。横座標上の小さい黒棒はKClの外溶液への適用のタイミングを示す(10mM KCl刺激)。
【配列表フリーテキスト】
【0096】
配列番号1:GAP-43 パルミトイル化シグナル
配列番号2:αスペクトリンからのカルパイン感受性配列
配列番号3:PKCαからのカルパイン感受性配列
配列番号4:PKCβからのカルパイン感受性配列
配列番号5:F2C
配列番号6:F2C
配列番号7:F1C
配列番号8:F1C
配列番号9:Fα
配列番号10:Fα
配列番号11:Fβ
配列番号12:Fβ
配列番号13:GAP-43 パルミトイル化シグナル(10アミノ酸)
配列番号14:c-srcミリストイル化シグナル
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチド。
【請求項2】
膜移行シグナル配列が脂質鎖を介してポリペプチドを細胞膜へアンカーさせ得るシグナル配列である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項3】
膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と第1の蛍光ポリペプチド残基とが1〜100アミノ酸からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手により連結されている、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項4】
蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーがCFP残基であり、対応するアクセプターがYFP残基である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項5】
カルパイン感受性配列がμ−カルパイン感受性配列である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項6】
カルパイン感受性配列が、配列番号2、配列番号3、又は配列番号4で示されるアミノ酸配列の部分配列からなり、該部分配列は6アミノ酸以上の長さを有し、且つ、カルパイン感受性を有する、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項7】
リンカーポリペプチド残基の長さが200アミノ酸以下である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項8】
配列番号6、配列番号8、配列番号10、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項9】
請求項1〜8から選択されるいずれか1項記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項9記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項11】
請求項10記載のベクターが導入された形質転換体。
【請求項12】
請求項1〜8から選択されるいずれか1項記載のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項13】
請求項1〜8から選択されるいずれか1項記載のポリペプチドを有する細胞。
【請求項14】
細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドからなる細胞内カルシウムイオン指示薬であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、細胞内カルシウムイオン指示薬。
【請求項15】
以下の工程を含む、細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法:
(A)細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドを有する細胞を提供する工程であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、工程;
(B)工程(A)で提供された細胞に、前記蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーの励起光を照射し、蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定する工程。
【請求項1】
細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドであって、以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、ポリペプチド。
【請求項2】
膜移行シグナル配列が脂質鎖を介してポリペプチドを細胞膜へアンカーさせ得るシグナル配列である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項3】
膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基と第1の蛍光ポリペプチド残基とが1〜100アミノ酸からなるリンカーポリペプチド残基又は結合手により連結されている、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項4】
蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーがCFP残基であり、対応するアクセプターがYFP残基である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項5】
カルパイン感受性配列がμ−カルパイン感受性配列である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項6】
カルパイン感受性配列が、配列番号2、配列番号3、又は配列番号4で示されるアミノ酸配列の部分配列からなり、該部分配列は6アミノ酸以上の長さを有し、且つ、カルパイン感受性を有する、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項7】
リンカーポリペプチド残基の長さが200アミノ酸以下である、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項8】
配列番号6、配列番号8、配列番号10、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列からなる、請求項1記載のポリペプチド。
【請求項9】
請求項1〜8から選択されるいずれか1項記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項9記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項11】
請求項10記載のベクターが導入された形質転換体。
【請求項12】
請求項1〜8から選択されるいずれか1項記載のポリペプチドを発現し得る非ヒトトランスジェニック動物。
【請求項13】
請求項1〜8から選択されるいずれか1項記載のポリペプチドを有する細胞。
【請求項14】
細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドからなる細胞内カルシウムイオン指示薬であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、細胞内カルシウムイオン指示薬。
【請求項15】
以下の工程を含む、細胞内カルシウムイオン濃度の測定方法:
(A)細胞内カルシウムイオン指示機能を有するポリペプチドを有する細胞を提供する工程であって、前記ポリペプチドが以下の(a)〜(c)の構成要素:
(a)膜移行シグナル配列からなるポリペプチド残基;
(b)第1の蛍光ポリペプチド残基;及び
(c)第2の蛍光ポリペプチド残基
をN末端側から(a)、(b)、(c)の順序で含み、前記2つの蛍光ポリペプチド残基のいずれか一方が蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーであり、他方が対応するアクセプターであり、前記2つの蛍光ポリペプチド残基が、両者の間で蛍光共鳴エネルギー転移を生じ得るように、少なくとも1つのカルパイン感受性配列を含むリンカーポリペプチド残基により連結されている、工程;
(B)工程(A)で提供された細胞に、前記蛍光共鳴エネルギー転移におけるドナーの励起光を照射し、蛍光共鳴エネルギー転移の程度を測定する工程。
【図1】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【公開番号】特開2007−49943(P2007−49943A)
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−238034(P2005−238034)
【出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年4月16日 日本生理学会がインターネットアドレス(http://www.jstage.jst.go.jp/article/psjproc/2005/0/2005_S204_3/_article/−char/ja/)にて発表
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年4月16日 日本生理学会がインターネットアドレス(http://www.jstage.jst.go.jp/article/psjproc/2005/0/2005_S204_3/_article/−char/ja/)にて発表
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]