説明

細胞膜保護剤

【課題】 新しい細胞膜保護剤を提供する。
【解決手段】 式〔I〕で示す1,4−ジヒドロピリジン化合物を有効成分とする細胞膜保護剤。
一般式:
【化1】


(式中、Rは低級アルキル、Rは置換または非置換低級アルキル、X’は2−、3−または4−ニトロソ

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な細胞膜保護剤、さらに詳しくは、1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬代謝物を有効成分とする細胞膜保護剤に関する。本発明の細胞膜保護剤は、酸化ストレスによる細胞膜の脂質過酸化を抑制することによって細胞障害を抑制できるため、高血圧症、糖尿病、高脂血症、老化などに伴う臓器障害の予防に有用である。本発明の細胞膜保護剤はまた肥満における細胞障害の抑制、臓器障害の予防に有用と考えられる。
【背景技術】
【0002】
下記一般式:
【化1】

(式中、Rは低級アルキル基、Rは置換または非置換低級アルキル基、Xは2−、3−または4−位におけるニトロ基を意味する)
で示される1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬、例えばニフェジピン(式(A)中、R=R=−CH、X:2−NO)、ニソルジピン(同R:CH、R:−CHCH(CH、X:2−NO)、ニモジピン(同R:イソプロピル、R:−CHCHOCH、X:3−NO)、ニカルジピン(同R:−CH、R:−(CHN(CH)(CHPh)、X:3−NO)、ニトレンジピン(同R:−CH、R:−CHCH、X:3−NO)等は高血圧や狭心症の治療剤として汎用されているが、これらの化合物は生体内で代謝されてカルシウム拮抗作用を失い、その高血圧、抗狭心症活性を示さなくなることが知られている。例えば、ニフェジピンは生体内でそのニトロ基がニトロソ基に変換されてニトロソ−ニフェジピンとなることが知られている(非特許文献1)。しかしながら、この代謝物のニトロソ−ニフェジピンの薬理作用については報告されていない。
また、これら1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬のいくつかは抗酸化作用を有することは報告されているが(非特許文献2)、その機序は不明である。
【0003】
さらに、これら1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬のうち、ニソルジピンは投与したとき、生体内細胞膜の疎水領域に存在し、脂質膜に対して過酸化抑制作用を示すことが報告されている(非特許文献3)。またアムロジピンやニモジピンもニソルジピンと同様に細胞膜の疎水領域に存在し、脂質過酸化抑制効果を示すことが報告されている(非特許文献4)。しかしながら、これらカルシウム拮抗薬についてもその代謝物の薬理作用については全く知られていない。
【0004】
【非特許文献1】マグネティック・レゾナンス・イン・メディシン(Magn. Reson. Med.)42: 691-694, 1999
【非特許文献2】バイオケミカル・アンド・バイオフィジカル・リサーチ・コミュニケーションズ(Biochem Biophys Res Commun)203 (3): 1803-8, 1994)
【非特許文献3】モレキュラー・ファルマコロジィ(Mol. Pharmacol.)第51巻653頁、1996年
【非特許文献4】モレキュラー・ファルマコロジィ(Mol. Pharmacol.)第41巻315頁、1992年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新しい細胞膜保護剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬の代謝物、特にニトロ基を有する1,4−ジヒドロピリジン系化合物の代謝物がカルシウム拮抗作用を示さないニトロソ基を有する1,4−ジヒドロピリジン化合物であり、このような化合物が細胞膜に蓄積し易いこと、また分子内にニトソロ基(NO)を有することから細胞膜内で脂質ラジカルと反応して膜の過酸化を抑制するとの仮説を立て、研究を重ねた結果、これらニトロソ化合物が細胞障害の予防効果を有することを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、一般式:
【化2】

(式中、Rは低級アルキル基、Rは置換または非置換低級アルキル基、X’は2−、3−または4−位におけるニトロソ基を意味する)
で示される1,4−ジヒドロピリジン化合物を有効成分とする細胞膜保護剤を提供するものである。
【0008】
上記一般式(I)において、R基の低級アルキル基としては炭素数1〜4個の直鎖または分枝鎖アルキル基が挙げられ、好ましくはメチル基またはイソプロピル基である。
基の置換または非置換低級アルキル基における低級アルキル基としては炭素数1〜4個の直鎖または分枝鎖アルキル基が挙げられ、好ましくはメチル基、エチル基、イソプロピル基またはイソブチル基である。またその置換基としては、炭素数1〜3個の直鎖アルコキシ基(例えばメトキシ基)、フリル基、または低級アルキル基および/またはフェニル低級アルキル基によりモノまたはジ置換されてたアミノ基(例えば、N−メチル−N−フェニルメチルアミノ)等が挙げられる。
【0009】
一般式(I)の1,4−ジヒドロピリジン化合物の好ましい具体例は、ニトロソ−ニフェジピン(一般式(I)中、R:−CH、R:−CH、X’:2−NO・)、ニトロソ−ニソルジピン(一般式(I)中、R:−CH、R:−CH(CH、X’:2−NO・)ニトロソ−ニモジピン(一般式(I)中、R:−CH(CH、R:−(CHOCH、X’:3−NO・)、ニトロソ−ニカルジピン(一般式(I)中、R:−CH、R:−(CH)N(CH)(CH)、X’:3−NO・およびニトロソ−ニトレンジピン(一般式(I)中、R:−CH、R:−CHCH、X’:3−NO・)である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)は、酸化ストレスによる細胞膜の脂質過酸化を抑制し、それによって細胞障害を抑制できる。このため、高血圧、糖尿病、高脂血症、老化などによる臓器障害を予防する事が可能である。本発明の化合物は、さらに肥満における細胞障害の抑制、臓器障害の予防にも有用であると考えられる。
また、これらの1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)は従前より汎用されている1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬の代謝物に相当し、副作用も少ないため安全に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)は、対応するニトロ置換フェニル−1,4−ジヒドロピリジン化合物を紫外線照射処理することにより容易に製造される〔ヤネッツら、バイオオルガニック・メディシナル・ケミストリィ(Yanez C., et al. Bioorg. Med. Chem.) 2004, 12(9): 2459-68を参照〕。
【0012】
本発明における一般式(I)の1,4−ジヒドロピリジン化合物は、分子内にあるNOが細胞膜内で最も過酸化を受け易い位置に存在するものと考えられ、そのため、生体内で酸化ストレスにより脂質ラジカルが産生しても該1,4−ジヒドロピリジン化合物のNOと反応してラジカル反応が終結して大きな膜障害が起こり難くなり、所望の細胞膜障害を防止することができるものと考えられる。
【0013】
本発明の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)はまた、前記一般式(A)の1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬と異なり、カルシウム拮抗作用を有しないため、血圧や心機能に影響を与えることなく細胞膜障害を抑制することができる。
したがって、本発明の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)を有効成分とする細胞膜保護剤は、血圧や心機能に対する副作用を示すことなく、酸化ストレス、浸透圧ストレス、放射線障害などのストレスによる細胞膜障害に対する保護薬としての使用が考えられ、高血圧症、糖尿病、高脂血症、老化などに伴う臓器障害の予防に有用であり、また肥満における細胞障害の抑制、臓器障害の予防に有用と考えられる。
【0014】
本発明の細胞膜保護剤は、1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬と同様に経口製剤、非経口製剤(注射剤等)として用いることができ、それら製剤は、その有効成分の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)を通常の医薬製剤と同様に処方することにより製造される。
そのような製剤の具体例としては、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤などの経口剤、静注、筋注などの注射剤、点滴静注剤等が挙げられ、それら製剤は通常用いられる医薬用担体を用いて調製される。
医薬用担体としては、医薬分野において常用され、かつ本発明の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)と反応しない物質が用いられる。錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤の製造に用いられる医薬用担体の具体例としては、乳糖、トウモロコシデンプン、白糖、マンニトール、硫酸カルシウム、結晶セルロースのような賦形剤、カルメロースナトリウム、変性デンプン、カルメロースカルシウムのような崩壊剤、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドンのような結合剤、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、硬化油のような滑沢剤が挙げられる。錠剤は、通常のコーティング剤を用い、周知の方法でコーティングしてもよい。
【0015】
シロップ剤製造に用いられる担体の具体例としては、白糖、ブドウ糖、果糖のような甘味剤、アラビアゴム、トラガント、カルメロースナトリウム、メチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、結晶セルロース、ビーガムのような懸濁化剤、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ポリソルベート80のような分散剤が挙げられる。
注射剤は、通常、1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)を注射用蒸留水に溶解して調製するが、必要に応じて溶解補助剤、緩衝剤、pH調整剤、等張化剤、無痛化剤、保存剤等を添加することができる。更に、該化合物を注射用蒸留水又は植物油に懸濁した懸濁性注射剤の形であってもよく、必要に応じて基剤、懸濁化剤、粘調剤等を添加することができる。
【0016】
本発明の有効成分の1,4−ジヒドロピリジン化合物の投与量は投与方法、患者の症状・年齢等によっても異なるが、対応する1,4−ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬と同程度の用量でよく、また血圧や心機能に対する作用がないことからより高用量で投与することもでき、通常大人で1日当たり数mg〜百数十mg、好ましくは20mgから60mg程度で1日1回または数回に分けて投与することができる。
【0017】
次に実施例および実験例を挙げて本発明の1,4−ジヒドロピリジン化合物(I)の製造ならびにその細胞膜保護作用について具体的に示す。
実施例1
【0018】
ニフェジピン(和光純薬製)をメタノールに溶解し、25mMニフェジピンメタノール溶液(500mL)を調製する。この溶液にハロゲン光(Kodak Ektagraphic III E Plus projector)を7時間照射する。それによって黄色のニフェジピン溶液は徐々に緑色に変色する。光照射後、メタノールをエバポレーターで減圧下除去し、析出する結晶を冷メタノールで洗浄する。得られる結晶をメタノールで再結晶して、ニトロソ−ニフェジピンを得る。その生成物をNMRスペクトル、元素分析により同定する。HPLCにより測定した純度は>99.9%であった。
実験例1
【0019】
PC12細胞(ラットの褐色細胞種細胞)を用い、その培養細胞にFe−NTA(ニトリロ三酢酸第二鉄)を作用させて膜の過酸化を起こさせることにより培養細胞の障害を引き起こし、その結果培養液中にLDH(乳酸脱水素酵素)が遊離される。このLDH遊離量を細胞障害の目安とする。
Fe−NTA(10μM)を作用させる前に、PC12細胞に対してニフェジピン、ニトロソ−ニフェジピン(NO−ニフェジピン)、および対照として、膜の過酸化に対して抑制作用を有することが知られているプロブコール(市販の抗高リポタンパク血症薬)、EDTA(エデト酸)およびDMSO(ジメチルスルホキシド)をそれぞれ10μM添加した。各薬物を30分間作用させた後、前記Fe−NTAを加えることによって刺戟した。Fe−NTA刺戟4時間後に細胞からのLDH遊離量を調べた。その結果を図1に示す。
【0020】
図1に示されるように、ニフェジピンを作用させた細胞では、無処理の細胞と同程度のLDH遊離量であるが、ニトロソ−ニフェジピンを作用させた細胞では、無処理の細胞のLDH遊離量の50%以下に減少する。すなわち、ニトロソ−ニフェジピンを作用させた細胞ではFe−NTAによる細胞障害を抑制したと考えられ、他の化学物質で膜の過酸化に有効であると考えられているプロブコール、EDTA、DMSOと同程度に細胞障害を予防している。
実験例2
【0021】
実験例1において用いられたPC12細胞の代わりにラットの糸球体から単離したメサンギウム細胞(RMC)を用い、また酸化ストレス誘引物質として過酸化水素(H)300μMを作用させ、実験例1と同様にしてLDHの遊離量を目安にしてニトロソ−ニフェジピンの細胞膜保護作用を調べた。
メサンギウム細胞(RMC)を過酸化水素(300μM)処理前にニフェジピン(10μM)、ニトロソ−ニフェジピン(10μM)およびビタミンE(トロロックス)(10μM)を作用させて、過酸化水素による細胞障害に基づくLDH遊離量を調べた。また過酸化水素処理なしでニフェジピン単独処理も試験した。その結果を図2に示す。
【0022】
図2に示されるとおり、ニフェジピン単独処理では細胞障害は生じない。過酸化水素処理によるLDH遊離に対してニフェジピンは効果が認められなかったが、ニトロソ−ニフェジピンで予め処理した細胞では過酸化水素による細胞障害が顕著に抑制された。すなわちニトロソ−ニフェジピンはビタミンE処理よりも高い細胞膜保護作用を示した。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の細胞膜保護剤は、酸化ストレスによる細胞膜の脂質過酸化を抑制し、それによって細胞障害を抑制し得る。したがって、本発明の細胞膜保護剤は、高血圧症、糖尿病、高脂血症、老化などに伴う臓器障害の予防に有用であり、また肥満における細胞障害の抑制、臓器障害の予防にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1はPC12細胞におけるFe−NTAによる細胞障害に基づくLDH遊離とニフェジピン、ニトロソ−ニフェジピン等による抑制効果を示すグラフである。
【図2】図2はメサンギウム細胞における過酸化水素による細胞障害に基づくLDH遊離とニフェジピン、ニトロソ−ニフェジピン等による抑制効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:
【化1】

(式中、Rは低級アルキル基、Rは置換または非置換低級アルキル基、X’は2−、3−または4−位におけるニトロソ基、
で示される1,4−ジヒドロピリジン化合物を有効成分とする細胞膜保護剤。
【請求項2】
一般式(I)におけるRが水素原子である請求項1に記載の細胞膜保護剤。
【請求項3】
1,4−ジヒドロピリジン化合物がニトロソ−ニフェジピンである請求項1に記載の細胞膜保護剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−91664(P2007−91664A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−285027(P2005−285027)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【Fターム(参考)】