説明

細胞解析方法、細胞解析装置、および細胞解析プログラム

【課題】定量的で且つ自動化が可能で、更に精度高く幹細胞コロニーの状態を判別する細胞解析方法、細胞解析装置、および細胞解析プログラムを提供する。
【解決手段】多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置Dにおける細胞解析方法であって、細胞解析装置Dの取得部D1が、細胞コロニーの光路長画像を取得するステップと、細胞解析装置Dの抽出部D2が、当該取得した光路長画像中において、細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出するステップと、細胞解析装置Dの比較部D3が、当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較するステップと、細胞解析装置Dの解析部D4が、当該比較結果に基づき、細胞コロニーの解析を行うステップと、を備える

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞解析方法、細胞解析装置、および細胞解析プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒト由来のES細胞、iPS細胞などの幹細胞は、多種類の細胞に分化する能力を持ち、病気の解明や創薬スクリーニング、毒性試験、再生医療など、これまで困難であったヒト細胞を用いた大規模な薬効評価や医療への応用が可能であることで注目されている。これらの幹細胞から目的の細胞に分化誘導を行う際の分化効率は、出発材料である幹細胞の状態に大きく依存するとされている。つまり幹細胞が多能性を維持し、未分化な状態を保持していないと、分化誘導の効率が低下する。そのためこれらの幹細胞を産業応用するためには、幹細胞を培養している工程において幹細胞の品質を管理することが極めて重要であり、幹細胞をモニタリングし、状態を判別する必要がある。なおかつこの管理工程では細胞を培養状態で非侵襲に判定する必要がある。またこれらの幹細胞はコロニー(数千〜数万個程度の複数の細胞からなる細胞集団)を形成しており、コロニーの状態で品質を判断する技術が必要とされている。コロニーは均一な品質の細胞で構成されるとは限らず、部位によって細胞の特性は異なる。そのため、コロニーを構成する個々の細胞の状態を指標としてコロニー内部の細胞の状態の分布を把握することのできるマップなどの情報が得られることが望ましい。
【0003】
特許文献1は、細胞画像を解析し、コロニーを形成している領域と形成していない領域とが混在する領域から、コロニーを形成している領域を特定し、コロニー領域の位置や大きさ等の情報を取得する細胞画像解析装置を開示する。特に、コロニーを形成する単一細胞領域は、円形形状に近い形状となるとし、真円度(円であると小さく、円から外れると大きくなるような値など)に応じて、コロニー領域と非コロニー領域とを区別している。
【0004】
特許文献2に記載の細胞状態判定装置では、浮遊細胞の活性状態を判定する装置において、細胞の状態が良いほど、浮遊細胞の形状が円形に近く、状態が悪いほど楕円度が強くなったり、いびつな形状になる見地から、最初に、浮遊細胞の画像を取得する。次に、取得された位相画像中の浮遊細胞の輪郭を抽出し、当該抽出した浮遊細胞の輪郭がどれだけ円形に近いかを判定する。
【0005】
特許文献3に記載の培養液の評価装置では、細胞の偏光特性を利用し、細胞の内側と、細胞の端との光の強度を比較することで、生きている細胞と死んでいる細胞とを識別する。特に、生きている細胞は細胞の内側が暗く、細胞の外側が明るいとしており、また、位相差顕微鏡を用いると、コントラストが大きい像を取得できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−24485号公報
【特許文献2】特開2008−212017公報
【特許文献3】特表2003−52974号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
光学顕微鏡を用いて目視にて細胞やコロニーの形状を観察し判断する方法は、判断結果が観察者の主観や経験に左右されやすい。また大量培養の障害ともなり得る。更にコロニー内の細胞分布に至っては、構成する細胞の数が多いことから、細胞単体の目視観察に比べていっそう困難さが増大する。したがって、定量的で且つ自動化が可能な細胞コロニーの状態判別方法、装置、プログラムに対する業界のニーズがあると考えられる。
【0008】
上記の特許文献1および2に記載の例では、取得された細胞画像から円形形状を抽出し、当該抽出された円形の真円度、面積、円周などにより細胞を評価している。しかし、品質の良くない細胞でも円形形状となる場合があり、上記方法では、コロニーを形成する細胞が品質の良い細胞かどうかを正確に評価・識別することはできない。
【0009】
また、上記の特許文献3に記載の例では、細胞の内側と細胞の端を比較している。しかし、コロニーでは、複数の細胞が密集しており、細胞と細胞が接触している場合が多く、細胞の端を正確に抽出することは容易なことではない。したがって、細胞の端の抽出に誤りが発生した場合には、細胞判別の結果にもその悪影響が及ぶこととなってしまう。
【0010】
そこで、本発明は上記に鑑みてなされたもので、定量的で且つ自動化が可能で、更に精度高く細胞コロニーの状態を判別する方法、装置、およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の細胞解析方法は、多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、前記細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置における細胞解析方法であって、前記細胞解析装置の取得手段が、前記細胞コロニーの光路長画像を取得する取得ステップと、前記細胞解析装置の抽出手段が、当該取得した光路長画像中において、前記細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する抽出ステップと、前記細胞解析装置の比較手段が、当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する比較ステップと、前記細胞解析装置の解析手段が、当該比較結果に基づき、前記細胞コロニーの解析を行う解析ステップと、を備える。
【0012】
また、本発明の細胞解析装置は、多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、前記細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置であって、前記細胞コロニーの光路長画像を取得する取得手段と、当該取得した光路長画像中において、前記細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する抽出手段と、当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する比較手段と、当該比較結果に基づき、前記細胞コロニーの解析を行う解析手段と、を備える。
【0013】
また、本発明の細胞解析プログラムは、コンピュータを、多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、前記細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置における、前記細胞コロニーの光路長画像を取得する取得手段と、当該取得した光路長画像中において、前記細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する抽出手段と、当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する比較手段と、当該比較結果に基づき、前記細胞コロニーの解析を行う解析手段、として動作させる。
【0014】
このような本発明の細胞解析方法、細胞解析装置、および細胞解析プログラムによれば、細胞コロニーの解析を定量的で且つ自動化された手法により精度高く行うことができる。すなわち、細胞核に対応する円形形状を抽出する手順と、当該円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する手順を両方とも備えることにより、細胞コロニーの解析を定量的で且つ自動化された手法により精度高く行うことができる。細胞核の内側および外側の光路長の違い、つまり細胞核における光路長と細胞核の周りの細胞質における光路長との違いに着目したことで、品質の良い細胞の特有の情報を細胞コロニーの解析に利用することができ、これにより定量的で且つ自動化された手法による細胞コロニーの解析が実現できるからである。更に、形が丸いという形状の情報のみならず、光路長の定量的な違いに着眼したことで、円形形状の抽出だけでは適切な解析が不可能だったことを補うことができ、これにより精度の高い解析が実現できるからである。
【0015】
なお、上述の特許文献3では、細胞の内側と細胞の外側の明るさを比較するので、細胞の輪郭を正確に抽出する必要があるが、細胞コロニーを形成している細胞が隣接している場合は、細胞間の境界ははっきりしておらず、細胞の輪郭が正確に抽出できるとは限らない。一方で、本発明では、細胞核の内外の光路長を比較している点で相違する。細胞コロニーを形成していても、良い状態の細胞は、細胞核と細胞質の屈折率差によって、細胞核の境界がはっきり区別できるので、細胞核の内側と外側が正確に区別できる。したがって、本発明によれば、精度の高い細胞コロニーの解析を実現できる。
【0016】
以上のように、細胞コロニーの状態を定量的で且つ自動化された手法により精度高く行うことによって、これまで検査者の経験により評価されていたものが、だれが行っても客観的に比較可能な数値となり、検査者の主観、体調、検査者間のばらつきといったあいまいな要素を排除できる。これにより、検査者の技能によらない一定の判断基準に基づいた均一な細胞コロニーの解析を行うことが可能になる。また、数多くの細胞および細胞コロニーを肉眼で観察して判断していた検査者の肉体的苦痛を緩和することができる。また、例えば段階化された数値を適用することによって、状態の経時変化を把握することができ、この場合には、例えば培養開始後、早期に状態が悪くなる予兆等を判断することができる。そのため、状態が悪くなる前にリカバリできる機会が増え、工程全体での良品率が向上するとともに、無駄に培養資材を浪費することが避けられ、生産コストの低減につながる。さらには、同じ判断基準を別の生産者の工程に容易に持ち込むことができ、異なる生産者間同士で共通の品質の細胞を提供することが可能になる。
【0017】
また、本発明において、前記比較ステップおよび前記解析ステップでは、前記円形形状における前記内側の光路長に比べて前記外側の光路長が大きい場合に、当該細胞が品質の良い細胞と判断されても良い。
【0018】
この発明によれば、品質の良い細胞を判断するための具体的な手法が提供される。この発明による判断手法は、発明者による以下の考察に基づくものである。すなわち、発明者による実験結果から、品質の良い細胞のみにおいて細胞核の形状が円形形状であり、かつ細胞核の内側の光路長が細胞核の外側の光路長に比べて小さいことが見出された。一方、品質の良くない細胞は細胞核の形状が円形形状でないか、または円形形状であっても細胞核の内側の光路長が細胞核の外側の光路長に比べて、同じかまたは大きいことが見出された。よって、細胞核の内側と外側の光路長の違いを比較し、内側の光路長に比べて外側の光路長が大きい場合に、当該細胞を品質の良い細胞と判断することができる。
【0019】
また、本発明において、前記解析ステップでは、前記品質の良い細胞と判断された細胞の単位面積当たりの数が閾値以上である場合に、当該細胞コロニーが品質の良い細胞コロニーと判断されても良い。
【0020】
この発明によれば、品質の良い細胞コロニーとそうでない細胞コロニーを見分けるための具体的な手法が提供される。これは、細胞コロニー単位の品質管理という産業応用の目的に合致している。細胞一つ一つを評価していたのでは、スループットが上がらないからである。また、本手法は細胞コロニーの特性に基づいた手法である。すなわち、細胞コロニーは細胞が分裂増殖して形成されるので、品質の良い細胞はその周りにも品質の良い細胞が多く存在し、品質の良くない細胞の周りには品質の良くない細胞が多く存在する傾向がある。この見地からすると、品質の良い細胞と判断された細胞の単位面積当たりの数は、品質の良い細胞コロニーとそうでない細胞コロニーを区別するための判断基準として適切なものといえる。
【0021】
また、本発明において、前記細胞解析装置の表示手段が、前記品質が良いと判断された細胞コロニーに含まれる領域を特定し表示する表示ステップを更に備えても良い。
【0022】
この発明によれば、本発明の利用者が本発明による細胞コロニーの解析結果を容易に確認できるようにするための具体的な手法が提供される。
【0023】
また、本発明において、前記光路長画像は、定量光路長画像であっても良い。
【0024】
この発明によれば、定量光路長画像によって、円形形状における内側の光路長と外側の光路長との比較を容易に行うことができる。
【0025】
また、本発明において、前記円形形状は真円形形状であっても良い。
【0026】
この発明によれば、品質の良い細胞の一次的な判断基準が提供される。細胞解析の精度や目的等に応じ、円形形状が真円形形状であることを当該判断基準として採用することができる。
【0027】
また、本発明において、前記真円形形状は、所定範囲の直径を有する真円形形状であっても良い。
【0028】
この発明によれば、品質の良い細胞の一次的な判断基準が提供される。細胞解析の精度や目的等に応じ、円形形状が所定範囲の直径を有する真円形形状であることを当該判断基準として採用することができる。
【0029】
また、本発明において、前記円形形状は楕円形形状であっても良い。
【0030】
この発明によれば、品質の良い細胞の一次的な判断基準が提供される。細胞解析の精度や目的等に応じ、円形形状が楕円形形状であることを当該判断基準として採用することができる。
【0031】
また、本発明において、前記細胞は幹細胞であっても良い。
【0032】
この発明はiPS細胞、ES細胞をはじめとする幹細胞の産業応用に利用することができる。例えば幹細胞の培養装置等にこの発明を応用すれば、培養している幹細胞や幹細胞コロニーの判定を定量的で且つ自動化された手法により行うことができ、更に精度高く行うことができるため、省力化と大量生産が可能になる。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、定量的で且つ自動化が可能で、更に精度高く細胞コロニーの状態を判別することが可能な細胞解析方法、細胞解析装置、および細胞解析プログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】品質の良い幹細胞と、品質の良くない幹細胞の例を示す定量位相顕微鏡の画像である。
【図2】品質の良い幹細胞の特性を説明するための図である。
【図3】品質の良くない幹細胞の特性を説明するための図である。
【図4】(A)は細胞核の光路長を測定した結果を示す図であり、(B)は細胞質(細胞核の外側)の光路長を測定した結果を示す図である。
【図5】図4の光路長の測定結果に基づき、細胞核と細胞質の光路長の比(図中(A))、および幹細胞の総数を100にした場合の光路長の平均比率(図中(B))を示す図である。
【図6】細胞解析システム1の構成図である。
【図7】細胞解析装置Dの機能的構成を示す概要図である。
【図8】細胞解析装置Dのハードウェア的構成を示す概要図である。
【図9】細胞解析システム1により行われる動作を示すフローチャートである。
【図10】図9のステップS5の方法により、品質の良いと判断された細胞コロニーを示す図である。
【図11】図9のステップS5の方法により、品質の良くないと判断された細胞コロニーを示す図である。
【図12】図9のステップS5の方法により、品質の良いと判断された部分と、品質の良くないと判断された部分とが混在する場合の細胞コロニーを示す図である。
【図13】表示部D5による表示の一例を示す図である。
【図14】本実施形態における判断手法により、目視での結果と同様の結果が得られることを示すための図である。
【図15】表示部D5による動作を詳細に説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、添付図面を参照して本発明にかかる細胞解析方法、細胞解析装置、および細胞解析プログラムの好適な実施形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0036】
(基本概念)
まず、本発明の基本概念を先に説明する。図1は、品質の良い幹細胞と(図1の(A))、品質の良くない幹細胞(図1の(B))の例を示す定量位相顕微鏡の画像であり、本発明は、品質の良い細胞と品質の良くない細胞とを、定量的で且つ自動化が可能で、更に精度高く判別し、それによって細胞コロニーの状態を判別する方法、装置、およびプログラムを提供することを目的とする。
【0037】
図2は、図1の(A)で示したような品質の良い幹細胞の特性を説明するための図である。図2の(A)において、実線は当該幹細胞の輪郭を示し、破線は当該幹細胞の核の輪郭を示し、一点鎖線はラインプロファイルを示す。図2の(A)に示すように、品質の良い幹細胞は、その核が真円をなしている傾向が強い(破線参照)。図2の(B)は、図2の(A)にて一点鎖線で示したラインプロファイルを横軸に対応させ、光路長を示した図である。図2の(B)に示すように、品質の良い幹細胞は、細胞核の内側の光路長が外側のそれよりも小さいことが分かる。なお、本実施形態における「光路長」は、「位相差」または「光学厚さ」としても理解できるが、説明の便宜のため、以下では用語を「光路長」として統一して説明する。
【0038】
図3は、図1の(B)で示したような品質の良くない幹細胞の特性を説明するための図である。図3の(A)において、実線は当該幹細胞の輪郭を示し、破線は当該幹細胞の核の輪郭を示し、一点鎖線はラインプロファイルを示す。図3の(A)に示すように、品質の良くない幹細胞においても、その核が真円をなしている場合がある(破線参照)。図3の(B)は、図3の(A)にて一点鎖線で示したラインプロファイルを横軸に対応させ、光路長を示した図である。図3の(B)に示すように、品質の良くない幹細胞は、たとえ細胞核が真円をなしている場合であっても、細胞核の内側の光路長が外側のそれよりも小さくないことが分かる。
【0039】
図2および図3で分かるように、品質の良い幹細胞および品質の良くない幹細胞における決定的な違いは、細胞核の内側および外側における光路長にあり、細胞核が真円か否かではない。なお、図示まではしないが、細胞核が真円でなければ、その幹細胞は品質の良くない幹細胞である傾向が強い。したがって、本発明では、細胞核が真円か否か、および細胞核の内側および外側における光路長を比較することにより、発明の目的である、品質の良い細胞と品質の良くない細胞とを、定量的で且つ自動化が可能で、更に精度高く判別し、それによって細胞コロニーの状態を判別する方法、装置、およびプログラムを提供することを実現する。
【0040】
図4および図5は、品質の良い幹細胞および品質の良くない幹細胞における決定的な違いが、細胞核の内側および外側における光路長にあることを更に説明するための図である。図4の(A)は細胞核の光路長を測定した結果を示しており、グラフAが品質の良い幹細胞の細胞核の光路長を示し、グラフBが品質の良くない幹細胞の細胞核の光路長を示す。また、図4の(B)は細胞質(細胞核の外側)の光路長を測定した結果を示しており、グラフAが品質の良い幹細胞の細胞質の光路長を示し、グラフBが品質の良くない幹細胞の細胞質の光路長を示す。また、図5の(A)および(B)は、図4の光路長の測定結果に基づき、細胞核と細胞質の光路長の比(図5の(A))、および幹細胞の総数を100にした場合の光路長の平均比率(図5の(B))を示すものである。図5の(A)において、グラフAが品質の良い幹細胞の場合を示し、グラフBが品質の良くない幹細胞の場合を示す。また、図5の(B)において、左側の棒(符号A)が品質の良い幹細胞の場合を示し、右側の棒(符号B)が品質の良くない幹細胞の場合を示す。これらの図に示されるように、品質の良い幹細胞と品質の良くない幹細胞との間では、光路長において明確な差異があり、これに基づけば、品質の良い幹細胞と品質の良くない幹細胞とを、定量的で且つ自動化が可能で、更に精度高く判別することができる。
【0041】
(細胞解析システム1の構成)
引き続き、本発明の実施形態に係る細胞解析システム1の構成について説明する。細胞解析システム1は、多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、当該細胞コロニーの解析を行うものである。図6は細胞解析システム1の構成図であり、図7は細胞解析装置Dの機能的構成を示す概要図であり、図8は細胞解析装置Dのハードウェア的構成を示す概要図である。
【0042】
図6に示すように、細胞解析システム1は、主に、定量位相顕微鏡Aと細胞解析装置Dにより構成される。定量位相顕微鏡Aは、測定試料Sを支持する試料台A4、対物レンズA5、反射部A6、光干渉部A7を備える顕微鏡本体A1を具備する。この顕微鏡本体A1の光の入射側には、図示しない光出射部からの照射光H0(レーザ光)を導く光ファイバBの出射側端面B1に臨ませたレンズA2と、このレンズA2を通過する光H0を反射する反射部A3とが具備されている。一方、光の出射側には、光干渉部A7で生成される干渉縞(図示せず、以下同様)を撮像するCCDカメラ等の撮像装置Cと、この撮像装置Cに接続され、当該干渉縞を解析等するための細胞解析装置Dとが具備されている。
【0043】
[定量位相顕微鏡Aの構成]
試料台A4は、例えば、中央に光を透過可能な光透過部A41を備えるとともに、上向き面に測定試料Sを載置可能な載置面A42を有する略板状のものである。載置面A42に測定試料Sを載置した状態で上方から光を照射することにより、測定試料Sを透過した光(被測定光H1)が光透過部A41を透過して対物レンズA5に向かうようにしている。なお、光透過部A41は、例えばガラス等の光を透過可能な部材より形成したものであってもよいし、単なる孔であってもよい。対物レンズA5は、例えば、操作部(図示しない)の操作に基づいて、入射してくる被測定光H1をその操作に係る所定の倍率で拡大させて平行光(被測定光H1)として出射するものである。反射部A6は、例えば全反射型のミラーであって、対物レンズA5からの被測定光H1を全反射させて光干渉部A7に導入できるようにしている。光干渉部A7は、被測定光H1を、2つの光H1a、H1bに分離する光分離素子A71と、この光分離素子A71が出射する被測定光H1(H1a、H1b)を収束光H2(H2a、H2b)に変換する集光レンズA72と、収束光H2の収束位置に配した空間フィルタA73と、空間フィルタA73を透過した物体光H3と参照光H4とを重ね合わせて干渉縞を生成する合成レンズA75とを具備するものである。ここで、光分離素子A71は、回折格子を用いて構成したものである。さらには、光分離素子A71は、偏光方向が互いに異なる2つの光に分離する偏光分離素子であっても良い。その場合、光干渉部A7は、被測定光H1を、偏光方向が互いに異なる2つの光H1a、H1bに分離する光分離素子A71と、収束光H2(H2a、H2b)に変換する集光レンズA72と、収束光H2の収束位置に配した空間フィルタA73と、空間フィルタA73を透過した物体光H3と参照光H4と、この空間フィルタA73の出射側に配した半波長板A74と、この半波長板A74により偏光方向を揃えられた物体光H3と参照光H4とを重ね合わせて干渉縞を生成する合成レンズA75と、を具備するものである。もしくは、空間フィルタA73の出射側に配した半波長板A74に代えて偏光子を配して物体光H3と参照光H4の偏光方向を揃えても良い。なお、以上で説明した定量位相顕微鏡Aの構成は一つの例に過ぎず、本発明はこの構成例に限定されるものではない。
【0044】
[細胞解析装置Dの構成]
引き続き、細胞解析装置Dの構成について説明する。図8に示すように、細胞解析装置Dは、物理的には、CPU D11、ROM D12及びRAM D13等の主記憶装置、キーボード及びマウス等の入力デバイスD14、ディスプレイ等の出力デバイスD15、例えば撮像装置C等の他の装置との間でデータの送受信を行うためのネットワークカード等の通信モジュールD16、ハードディスク等の補助記憶装置D17などを含む通常のコンピュータシステムとして構成される。後述する細胞解析装置Dの各機能は、CPU D11、ROM D12、RAM D13等のハードウェア上に所定のコンピュータソフトウェアを読み込ませることにより、CPU D11の制御の元で入力デバイスD14、出力デバイスD15、通信モジュールD16を動作させると共に、主記憶装置D12,D13や補助記憶装置D17におけるデータの読み出し及び書き込みを行うことで実現される。
【0045】
図7に示すように、細胞解析装置Dは、機能的構成要素として、取得部D1(特許請求の範囲における「取得手段」および「取得ステップ」に相当)、抽出部D2(特許請求の範囲における「抽出手段」および「抽出ステップ」に相当)、比較部D3(特許請求の範囲における「比較手段」および「比較ステップ」に相当)、解析部D4(特許請求の範囲における「解析手段」および「解析ステップ」に相当)、および表示部D5(特許請求の範囲における「表示手段」および「表示ステップ」に相当)を備える。
【0046】
取得部D1は、細胞コロニーの光路長画像を撮像装置Cより取得するものである。抽出部D2は、当該取得した光路長画像中において、細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出するものである。比較部D3は、当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較するものである。解析部D4は、当該比較結果に基づき、細胞および細胞コロニーの解析を行うものである。比較部D3および解析部D4は、円形形状における内側の光路長に比べて外側の光路長が大きい場合に、当該細胞が品質の良い細胞と判断する。解析部D4は、品質の良い細胞と判断された細胞の単位面積当たりの数が閾値以上である場合に、当該細胞コロニーが品質の良い細胞コロニーと判断する。表示部D5は、品質が良いと判断された細胞コロニーに含まれる領域を特定し表示するものである。
【0047】
(細胞解析システム1の動作)
引き続き、以上のように構成された細胞解析システム1により行われる動作について詳細に説明する。図9は、細胞解析システム1により行われる動作を示すフローチャートである。
【0048】
[画像取得手順:ステップS1]
最初に、取得部D1が細胞コロニーの光路長画像を取得する。細胞コロニーの光路長画像は、定量光路長画像であり、定量位相顕微鏡Aの出力を撮像装置Cが撮像し、これを細胞解析装置Dの取得部D1に出力することで得られる。なお、本実施形態では、幹細胞を細胞の一例として挙げて以下の動作説明を行うものとする。
【0049】
ステップS1にて取得された定量光路長画像には、以下の5つの種類のものが含まれている。なお、下記の「幹細胞でないもの」とは、例えば「死んだ幹細胞」を指す。
(a)良い幹細胞
(b)良くない幹細胞のうち、核が円形形状のもの
(c)良くない幹細胞のうち、核が異形のもの
(d)幹細胞でないもののうち、円形形状のもの
(e)幹細胞でないもののうち、異形のもの
【0050】
[円形形状抽出手順:ステップS2]
次に、抽出部D2が、当該取得した定量光路長画像中において、細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する。抽出部D2は、定量光路長画像から幹細胞コロニーの領域をまず特定し、その後に各幹細胞の細胞核に対応する円形形状の抽出を行っても良い。円形形状の抽出の際には、前処理として輪郭抽出をまず行い、その後に当該輪郭画像に対してハフ変換で投票率の高い部分を求めることにより、円形形状の抽出を行うようにしても良い。ハフ変換は効率よく円形形状を抽出するに適した手法であるが、これに限らず、例えば曲率等に基づいて円形形状を抽出するようにしても良い。抽出部D2が抽出する円形形状は真円形形状であっても良く、当該真円形形状は所定範囲(例えば11〜14um程度)の直径を有する真円形形状であっても良く、または楕円形形状であっても良い。
【0051】
ステップS2にて円形形状を抽出することにより、以下の3つの種類のものが残るようになる。
(a)良い幹細胞
(b)良くない幹細胞のうち、核が円形形状のもの
(d)幹細胞でないもののうち、円形形状のもの
【0052】
[光路長比較抽出手順:ステップS3]
次に、比較部D3が、ステップS2にて当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する。比較部D3は、光路長比較の結果、円形形状の内側領域(細胞核を構成する部分)の光路長の値に比べて、円形形状の外側領域(細胞質を構成する部分)の光路長の値が大きいものを抽出する。ここで、比較部D3は、円形形状の内側の光路長の平均値に比べて、円形形状の外側の光路長の平均値が所定の閾値以上であることを判断基準として、抽出を行っても良い。または、比較部D3は、円形形状に直交する水平垂直のプロファイルの勾配が、円形形状の外側から内側に向かってマイナス方向になることを判断基準として、抽出を行っても良い。
【0053】
[解析手順その1、細胞単位での解析:ステップS4]
次に、解析部D4が、ステップS3にて当該抽出したものに対し、細胞単位での解析を行う。解析部D4は、ステップS3にて抽出したもの、つまりステップS2にて抽出した円形形状における内側の光路長に比べて外側の光路長が大きい場合に、当該細胞が品質の良い細胞と判断する。なぜなら、ステップS3における抽出にて、上記(a)、(b)、(d)のうち、(a)のみが残るからである。
【0054】
上記(b)の「良くない幹細胞のうち、核が円形形状のもの」は、円形形状の内外の輝度差が合致しないので除外される。その理由を以下に説明する。すなわち、「光路長」は、下記の式(1)に示すように、「屈折率」に「物理的厚さ」をかけたものであって、定量光路長画像では、光路長の違いが定量性をもった明暗の画像として表される。
光路長=屈折率×物理的厚さ…(1)
ここで、細胞核(細胞核の内側)の屈折率は、下記の式(2)に示すように、一般に、細胞質(細胞核の外側)の屈折率よりも低いことが知られている(例えば下記の参考文献1を参照)。
細胞核の内側の屈折率<細胞核の外側の屈折率…(2)
<参考文献1>
Syntheticaperture tomographic phase microscopy for 3D imaging of live cells intranslational motion, Niyom Lue, Wonshik Choi, Gabriel Popescu, Kamran Badizadegan,Ramachandra R. Dasari, and Michael S. Feld, Optics Express, Vol. 16, Issue 20,pp. 16240 - 16246, 2008
【0055】
また、物理的厚さに関しては、品質の良い幹細胞は、下記の式(3)に示すように、細胞核の内側の物理的厚さと、細胞核の外側の物理的厚さがほぼ同じである。なぜなら、品質の良い幹細胞は、隣接する幹細胞間の距離が近いので、細胞核間の細胞質が厚くなるからである。
(品質の良い幹細胞)
細胞核の内側の物理的厚さ≒細胞核の外側の物理的厚さ…(3)
一方で、品質の良くない幹細胞は、下記の式(4)に示すように、細胞核の内側の物理的厚さが、細胞核の外側の物理的厚さに比べて、遥かに厚い。なぜなら、品質の良くない幹細胞は、隣接する幹細胞の距離が遠いので、細胞核間の細胞質が薄くなるからである。
(品質の良くない幹細胞)
細胞核の内側の物理的厚さ>>細胞核の外側の物理的厚さ…(4)
【0056】
以上より、品質の良い幹細胞に関しては、上記式(2)と(3)の関係を式(1)において考慮すると、光路長について下記の式(5)が成立する。
(品質の良い幹細胞)
細胞核の内側の光路長<細胞核の外側の光路長…(5)
一方、品質の良くない幹細胞に関しては、上記式(2)と(4)の関係を式(1)において考慮すると、光路長について下記の式(6)が成立する。
(品質の良くない幹細胞)
細胞核の内側の光路長>細胞核の外側の光路長…(6)
【0057】
そして、これらの光路長の違いが定量光路長画像では定量性をもった明暗情報(輝度)として表されることから、定量光路長画像において細胞核の内側の輝度値が低く、細胞核の外側の輝度値が高く見える場合、つまり核の内側が暗く見える場合には、その幹細胞は品質の良い幹細胞であることがいえる。一方で、細胞核の内側の輝度値が高く、且つ細胞核の外側の輝度値が低く見える場合、つまり核の内側が暗く見えない場合には、その幹細胞は品質の良くない幹細胞であることがいえる。
【0058】
以上の理由により、比較部D3が、ステップS3にて光路長比較の結果、円形形状の内側領域(細胞核を構成する部分)の光路長の値に比べて、円形形状の外側領域(細胞質を構成する部分)の光路長の値が大きいものを抽出した場合には、当該抽出されたものは品質の良い幹細胞であるといえる。つまり、当該抽出により、(b)の「良くない幹細胞のうち、核が円形形状のもの」は除外されるといえる。
【0059】
また、ステップS3における抽出にて、(d)の「幹細胞でないもののうち、円形形状のもの」も、円形形状の内外の輝度差が合致しないので除外される。その理由を以下に説明する。すなわち、培養環境下で幹細胞以外の粒子として考えられるのは主に死細胞であり、死細胞の屈折率は周りの溶液よりも高い。したがって、死細胞の光路長は周りよりも高い値となり、定量光路長画像において円形形状の内側の輝度値が高く、且つ円形形状の外側の輝度値が低い、つまり円形形状の内側が周りよりも明るく見えるため、ステップS3における抽出にて除外されることとなる。
【0060】
なお、以上の方法により唯一取り除けないのは幹細胞間の隙間が偶然にも円形形状になっている場合である。隙間なので屈折率が周りよりも低くなり、(a)の「良い幹細胞」と見分けにくくなる。しかし、これらは頻度が少なく、更に、下記のステップS5における判断において「品質の良い幹細胞と判断された幹細胞の単位面積当たりの数」を用いて幹細胞コロニーの解析をする場合には、特に問題とはならない。
【0061】
[解析手順その2、細胞コロニー単位での解析:ステップS5]
以上のステップS4における手法により、品質の良い幹細胞と品質の良くない幹細胞を判断した後に、解析部D4は、当該品質の良い幹細胞と判断された幹細胞の単位面積当たりの数が閾値以上である場合に、当該細胞コロニーが品質の良い幹細胞コロニーと判断する。具体的には、例えば品質の良い幹細胞と判断された幹細胞の密度(個/mm2)が閾値以上である場合に、当該細胞コロニーが品質の良い幹細胞コロニーと判断する。
【0062】
図10〜図12は、それぞれの(A)および(B)ともに、上記ステップS4にて説明した方法により抽出した(a)の「良い幹細胞」を示す図である。各図では、丸くて白い実線により、上記ステップS4にて当該抽出した「良い幹細胞」を示している。図10は、上記ステップS5の方法により、例えば品質の良い細胞と判断された細胞の密度[個/mm2]が閾値以上であることから、品質の良い細胞コロニーと判断された幹細胞コロニーにおける「良い幹細胞」を示す。図11は、上記ステップS5の方法により、品質の良くない細胞コロニーと判断された幹細胞コロニーにおける「良い幹細胞」を示す。図12は、上記ステップS5の方法により、品質の良いと判断された部分と、品質の良くないと判断された部分とが混在する場合の「良い幹細胞」を示す。図12の(A)では、上半分が品質の良くないと判断された部分に該当し、下半分が品質の良いと判断された部分に該当する。図12の(B)では、上半分が品質の良いと判断された部分に該当し、下半分が品質の良くないと判断された部分に該当する。
【0063】
以上のステップS2〜S4の手順は、全ての円形形状を抽出してから、それぞれの円形形状に対し、光路長を比較することにより、細胞単位での解析を行うようにしても良い。または、1つの円形形状を抽出し、その円形形状に対し、光路長を比較し、これらの手順を繰り返すことにより、細胞単位での解析を行うようにしても良い。
【0064】
[表示手順:ステップS6]
次に、表示部D5が、上記ステップS5にて品質の良いと判断された幹細胞コロニーに含まれる領域を特定し表示する。図13は、表示部D5による表示の一例を示す。図13の例では、表示部D5が擬似カラーマッピングによる表示を行っている。図13は、品質の良い幹細胞と判断された情報量(例えばステップS3およびS4で抽出された真円形状)と、それ以外を濃淡で区別つけて表示している。符号Aで表示されている濃い部分には、品質の良い幹細胞と判断された情報量が存在する。一方、符号Bで表示されている淡い部分には、品質の良くない幹細胞と判断された情報量が存在する。なお、符号Cで表示されている部分には何も存在しない。発明者による実際の実施態様では図13がカラーで表示されるが、出願手続き上、願書に添付する図13は白黒の図である点に注意されたい。なお、本出願人は図13の実際のカラーの図面を例えば上申書にて別途提出することとする。以上のような図13により、幹細胞コロニーのどの領域に品質の良い状態の幹細胞が存在しているかを示す2次元分布を一目で把握することができる。すなわち、図13の左側は品質の良くない状態の幹細胞が多く存在しており(符号B)、品質の良くない領域と判断される部分である。図13の右側は品質の良い状態の幹細胞が多く存在しており(符号A)、品質の良い領域と判断される部分である。
【0065】
図14は、品質の良い幹細胞と判断された情報量(例えばステップS3およびS4で抽出された真円形状)の密度を縦軸に表示し、観察者の目視にて幹細胞の品質を判断した結果を横軸に沿って表示している。図14の左側には目視にて品質が良いと判断された検体(検体数=8)における情報量が点で示されており(Good)、右側には目視にて品質が悪いと判断された検体(検体数=29)における情報量が点で示されている(No Good)。図14に示されるように、密度が高い部分(例えば密度200[個/mm2]以上)を品質の良い領域と判断するという解析部D4の判断手法は、目視にて品質の良いと判断した結果と一致している。つまり、本実施形態における判断手法により、目視での結果と同様の結果が得られたといえる。
【0066】
以下、表示部D5による動作を更に詳細に説明する。以下に説明する表示部D5の動作は、上記ステップS2〜S4を経て(a)の「良い幹細胞」が抽出され、当該「良い幹細胞」を示すものが例えば図10〜図12の丸くて白い実線により示された場合に、これらの密度を用いて品質の良い幹細胞コロニー(幹細胞コロニーの一部の領域を含む。)を表示する方法に関するものである。以下では、図15を参照しながら説明する。なお、以下の説明では、図10〜図12にて丸くて白い実線により示された部分のことを「真円オブジェクト」とする。
【0067】
最初に、図10〜図12のような真円オブジェクトが表示された画像を入力する。そして、当該入力した画像を元に、真円オブジェクトの中心座標を表示した画像を作成する。図15の(A)は、真円オブジェクトの中心座標が表示された画像を示す。なお、真円オブジェクトの中心座標の表示は、例えば2値化等により行うことができる。
【0068】
次に、図15の(A)に示した画像に対して適当な大きさの例えば矩形のマスクを用意し、マスク内に存在する真円オブジェクトの数をマスクの中心座標(画素)に代入する。この動作をマスクを移動させながら、全画素について行う。なお、マスクのサイズに特に制限はないが、マスクのサイズが小さ過ぎると細胞間の隙間を埋めることができなくなる。したがって、細胞の存在する細胞間距離、ここでは細胞核と細胞核との間の距離に応じたマスクサイズを適宜設定する必要がある。例えば、細胞間距離が15μm程度であれば、直径15μm以上のマスクを使用するようにしても良い。なお、図15の(F)はマスクのサイズが小さ過ぎてうまくいかなかった例を示す。なお、中心座標からの距離を等しく扱うという点では、矩形のマスクは45度の対角方向に距離が長いマスクとなるため、矩形のマスクよりも円形のマスクの方が好ましい。
【0069】
次に、上記によりマスクの中心座標に代入された当該マスク内に存在する真円オブジェクトの数に基づき、真円オブジェクトの密度に応じて値が高くなるような分布を持つ真円オブジェクトの密度画像を作成する。真円オブジェクトの密度画像では、真円オブジェクトの密度に応じて画素の輝度値を高くすることにより、真円オブジェクトの密度の低い部分を除くことができる。図15の(B)は、以上の方法により作成した真円オブジェクトの密度画像を示しており、真円オブジェクトの密度の高い部分の輝度値が高く、白く表示されている。
【0070】
次に、図15の(B)に示した真円オブジェクトの密度画像に対して、適当な閾値を用いて領域の輪郭線を求める。図15の(C)は、求めた輪郭線が破線で表示されている。なお、求めた輪郭線により特定される領域は、図15の(D)に示すように、真円オブジェクトの密度の高い部分と一致する。
【0071】
次に、図15の(C)および(D)における輪郭線で特定される領域を幹細胞コロニーの画像に当てはめる。これにより、幹細胞コロニーを特定する領域内において、品質の良い領域を特定することができ、それを表示することができる。図15の(E)はその様子が示されており、破線で囲まれて特定される領域が当該幹細胞コロニーにおいて品質の良い領域である。なお、図15の(E)に示す画像から例えば位置座標等の情報を取り出し、細胞のマニピュレーション(切り出し、回収)に利用することもできる。
【0072】
なお、以上の動作において、真円オブジェクトの密度に応じて真円オブジェクトの密度画像の画素の輝度値を高くする際(図15の(B)参照)、および真円オブジェクトの密度画像に対して、適当な閾値を用いて領域の輪郭線を求める際(図15の(C)および(D)参照)には、真円オブジェクトの密度が200[個数/mm]以上の場合に目視でも品質の良い幹細胞と判定されたことを目安として、輝度値を調整したり、輪郭線を求めたりすることができる。なお、真円オブジェクトの密度が200[個数/mm]以上ということは、上述した図14での結果とも合致している。
【0073】
以上で説明した表示部D5の動作は以下のような考え方に基づく。すなわち、細胞は増殖しながら細胞コロニーを形成するので、同じ性質をもった細胞が隣り合って集団を形成する傾向が強い。つまり、良い品質の細胞の周りには良い品質の細胞がたくさん存在することになり、検出した真円オブジェトがある程度の密度をもって存在していれば、その領域は良い細胞から形成されていると判断できることとなる。このような考え方により、たとえ個々の幹細胞に対する判定が少し間違ったとしても、細胞コロニー全体としては正しい判定を行うことができる。
【0074】
(細胞解析プログラムとしての構成例)
本発明は、細胞解析プログラムとして構成されることもでき、以上の細胞解析装置Dに関する説明は、コンピュータを細胞解析装置Dとして動作させる細胞解析プログラムに関する説明としても捉えることができる。重複する説明は省略するが、細胞解析プログラムは、コンピュータを、以上で説明した取得部D1、抽出部D2、比較部D3、解析部D4、および表示部D5として機能させる。細胞解析プログラムは、例えば、記録媒体に格納されて提供される。なお、記録媒体としては、フレキシブルディスク、CD、DVD等の記録媒体、ROM等の記録媒体、または半導体メモリ等が例示される。
【0075】
(本実施形態の作用及び効果)
続いて、本実施形態にかかる細胞解析システム1の作用及び効果について説明する。本実施形態の細胞解析システム1によれば、幹細胞コロニーの解析を定量的で且つ自動化された手法により精度高く行うことができる。すなわち、幹細胞の核に対応する円形形状を抽出する手順と、当該円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する手順を両方とも備えることにより、幹細胞コロニーの解析を定量的で且つ自動化された手法により精度高く行うことができる。幹細胞の核の内側および外側の光路長の違い、つまり幹細胞の核における光路長と幹細胞の核の周りの細胞質における光路長との違いに着目したことで、品質の良い幹細胞の特有の情報を幹細胞コロニーの解析に利用することができ、これにより定量的で且つ自動化された手法による幹細胞コロニーの解析が実現できるからである。更に、形が丸いという形状の情報のみならず、光路長の定量的な違いに着眼したことで、円形形状の抽出だけでは適切な解析が不可能だったことを補うことができ、これにより精度の高い解析が実現できるからである。
【0076】
なお、上述の特許文献3では、幹細胞の内側と幹細胞の外側の明るさを比較するので、幹細胞の輪郭を正確に抽出する必要があるが、幹細胞コロニーを形成している幹細胞が隣接している場合は、幹細胞間の境界ははっきりしておらず、幹細胞の輪郭が正確に抽出できるとは限らない。一方で、本実施形態では、幹細胞の核の内外の光路長を比較している点で相違する。幹細胞コロニーを形成していても、良い状態の幹細胞は、核と細胞質の屈折率差によって、幹細胞の核の境界がはっきり区別できるので、幹細胞の核の内側と外側が正確に区別できる。したがって、本実施形態によれば、精度の高い幹細胞コロニーの解析を実現できる。
【0077】
以上のように、幹細胞コロニーの状態を定量的で且つ自動化された手法により精度高く行うことによって、これまで検査者の経験により評価されていたものが、だれが行っても客観的に比較可能な数値となり、検査者の主観、体調、検査者間のばらつきといったあいまいな要素を排除できる。これにより、検査者の技能によらない一定の判断基準に基づいた均一な幹細胞コロニーの解析を行うことが可能になる。また、数多くの幹細胞および幹細胞コロニーを肉眼で観察して判断していた検査者の肉体的苦痛を緩和することができる。また、例えば段階化された数値を適用することによって、状態の経時変化を把握することができ、この場合には、例えば培養開始後、早期に状態が悪くなる予兆等を判断することができる。そのため、状態が悪くなる前にリカバリできる機会が増え、工程全体での良品率が向上するとともに、無駄に培養資材を浪費することが避けられ、生産コストの低減につながる。さらには、同じ判断基準を別の生産者の工程に容易に持ち込むことができ、異なる生産者間同士で共通の品質の幹細胞を提供することが可能になる。
【0078】
また、本実施形態によれば、品質の良い幹細胞を判断するための具体的な手法が提供される。本実施形態による判断手法は、発明者による以下の考察に基づくものである。すなわち、発明者による実験結果から、品質の良い幹細胞のみにおいて幹細胞の核の形状が円形形状であり、かつ核の内側の光路長が核の外側の光路長に比べて小さいことが見出された。一方、品質の良くない幹細胞は核の形状が円形形状でないか、または円形形状であっても核の内側の光路長が核の外側の光路長に比べて、同じかまたは大きいことが見出された。よって、幹細胞の核の内側と外側の光路長の違いを比較し、内側の光路長に比べて外側の光路長が大きい場合に、当該幹細胞を品質の良い幹細胞と判断することができる。
【0079】
また、本実施形態によれば、品質の良い幹細胞コロニーとそうでない幹細胞コロニーを見分けるための具体的な手法が提供される。これは、幹細胞コロニー単位の品質管理という産業応用の目的に合致している。幹細胞一つ一つを評価していたのでは、スループットが上がらないからである。また、本手法は幹細胞コロニーの特性に基づいた手法である。すなわち、幹細胞コロニーは幹細胞が分裂増殖して形成されるので、品質の良い幹細胞はその周りにも品質の良い幹細胞が多く存在し、品質の良くない幹細胞の周りには品質の良くない幹細胞が多く存在する傾向がある。この見地からすると、品質の良い幹細胞と判断された幹細胞の単位面積当たりの数は、品質の良い幹細胞コロニーとそうでない幹細胞コロニーを区別するための判断基準として適切なものといえる。
【0080】
また、本実施形態によれば、利用者が本実施形態による幹細胞コロニーの解析結果を容易に確認できるようにするための具体的な手法が提供される。
【0081】
また、本実施形態によれば、定量光路長画像によって、円形形状における内側の光路長と外側の光路長との比較を容易に行うことができる。
【0082】
また、本実施形態によれば、品質の良い幹細胞の一次的な判断基準が提供される。例えば、幹細胞解析の精度や目的等に応じ、円形形状が真円形形状であることを当該判断基準として採用することができる。更に、円形形状が所定範囲の直径を有する真円形形状であることを当該判断基準として採用することができる。または、円形形状が楕円形形状であることを当該判断基準として採用することができる。
【0083】
本実施形態はiPS幹細胞、ES幹細胞をはじめとする幹細胞の産業応用に利用することができる。例えば幹細胞の培養装置等に本実施形態を応用すれば、培養している幹細胞や幹細胞コロニーの判定を定量的で且つ自動化された手法により行うことができ、更に精度高く行うことができるため、省力化と大量生産が可能になる。
【0084】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明が上記実施形態に限定されないことは言うまでもない。
【0085】
例えば、上記実施形態においては、細胞や細胞コロニーの光路長画像を得るために、細胞解析システム1が定量位相顕微鏡Aを備える構成を例示して説明したが、本発明はこれに限られることなく、例えば位相差コントラスト顕微鏡を用いて、細胞や細胞コロニーの光路長画像を得るようにしても良い。この場合は、装置が安価となり、コスト節約につながる。
【符号の説明】
【0086】
1…細胞解析システム、A…定量位相顕微鏡、A1…顕微鏡本体、B…光ファイバ、C…撮像装置、D…細胞解析装置、D1…取得部、D2…抽出部、D3…比較部、D4…解析部、D5…表示部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、前記細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置における細胞解析方法であって、
前記細胞解析装置の取得手段が、前記細胞コロニーの光路長画像を取得する取得ステップと、
前記細胞解析装置の抽出手段が、当該取得した光路長画像中において、前記細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する抽出ステップと、
前記細胞解析装置の比較手段が、当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する比較ステップと、
前記細胞解析装置の解析手段が、当該比較結果に基づき、前記細胞コロニーの解析を行う解析ステップと、
を備えることを特徴とする細胞解析方法。
【請求項2】
前記比較ステップおよび前記解析ステップでは、前記円形形状における前記内側の光路長に比べて前記外側の光路長が大きい場合に、当該細胞が品質の良い細胞と判断される、
ことを特徴とする請求項1に記載の細胞解析方法。
【請求項3】
前記解析ステップでは、前記品質の良い細胞と判断された細胞の単位面積当たりの数が閾値以上である場合に、当該細胞コロニーが品質の良い細胞コロニーと判断される、
ことを特徴とする請求項2に記載の細胞解析方法。
【請求項4】
前記細胞解析装置の表示手段が、前記品質が良いと判断された細胞コロニーに含まれる領域を特定し表示する表示ステップを更に備える、
ことを特徴とする請求項3に記載の細胞解析方法。
【請求項5】
前記光路長画像は、定量光路長画像である、
ことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の細胞解析方法。
【請求項6】
前記円形形状は真円形形状である、
ことを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の細胞解析方法。
【請求項7】
前記真円形形状は、所定範囲の直径を有する真円形形状である、
ことを特徴とする請求項6に記載の細胞解析方法。
【請求項8】
前記円形形状は楕円形形状である、
ことを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載の細胞解析方法。
【請求項9】
前記細胞は幹細胞である、
ことを特徴とする請求項1〜8の何れか1項に記載の細胞解析方法。
【請求項10】
多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、前記細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置であって、
前記細胞コロニーの光路長画像を取得する取得手段と、
当該取得した光路長画像中において、前記細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する抽出手段と、
当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する比較手段と、
当該比較結果に基づき、前記細胞コロニーの解析を行う解析手段と、
を備えることを特徴とする細胞解析装置。
【請求項11】
コンピュータを、
多数の細胞から構成される細胞コロニーの光路長画像を用いて、前記細胞コロニーの解析を行う細胞解析装置における、
前記細胞コロニーの光路長画像を取得する取得手段と、
当該取得した光路長画像中において、前記細胞の細胞核に対応する円形形状を抽出する抽出手段と、
当該抽出した円形形状に対し、その内側の光路長および外側の光路長を比較する比較手段と、
当該比較結果に基づき、前記細胞コロニーの解析を行う解析手段、
として動作させることを特徴とする細胞解析プログラム。



【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図14】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−231709(P2012−231709A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101377(P2011−101377)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】