説明

組織形成用複合材料およびその製造方法

【課題】分化可能な細胞の分化誘導を促進させ、効率よく組織形成(再生)を実現し得る移植材料を提供すること。
【解決手段】本発明によって提供される材料は、生体内の所定の部位に移植された際に所定の組織を形成可能な組織形成用複合材料20である。この組織形成用複合材料は、生体内において所定の組織を構成する細胞に分化可能な目的細胞と、前記目的細胞の分化誘導を促進し得る補助細胞と、前記目的細胞及び補助細胞を内部に保持する生体適合性基材10とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ティシュー・エンジニアリング(tissue engineering)に関し、詳しくは、生体に移植されて所望する組織を形成可能な移植用材料(複合材料)に関する。
【背景技術】
【0002】
ティシュー・エンジニアリング(組織工学)の発展によって、ヒトの培養細胞や培養組織を用いて生体内で所望する組織や器官を再生させるいわゆる再生医療の普及が期待されている。理想的な再生医療を実現するには、所望する組織や器官に分化し得る細胞(典型的には種々の幹細胞)を使用するとともに、当該細胞を効果的に所望する組織に分化誘導させることが要求される。
例えば、骨形成に関しては、従来、間葉系幹細胞(mesenchymal stem
cells;MSC)を用いるとともに、当該幹細胞の骨芽細胞への分化誘導を行うために、基礎培地(例えば10%FBS含有DMEM培地)に対して骨形成能促進因子(Osteogenic supplement)であるデキサメタゾン(Dexamethasone)、β−グリセロホスフェート(β-glycerophosphate)、アスコルビン酸(Ascorbic acid)等が添加されていた。しかしながら、従来用いられてきたこれら因子を添加した分化誘導法では十分な骨分化が得られているとは言えない。また、異所性に移植された場合には骨以外の組織へ分化することが多く、従来よりも強力な分化誘導方法が求められている。
【0003】
また、再生医療を行う目的で適当な基材(支持体)に分化可能な細胞を含有して成る移植用材料が用いられている。即ち、再生医療では、先ずかかる移植用材料を生体内の所定の部位に移植する。そして、その移植部位で当該材料中に含有されている上記細胞を分化誘導させ、目的の組織や器官を再生させる。この種の関連技術として、例えば、特許文献1及び特許文献2には、分化可能な細胞を含む再生医療用支持体(再生用材料)が記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2005−168760号公報
【特許文献2】特開2005−278910号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述のように再生医療分野における従来の課題であった分化可能な細胞の分化誘導を促進させ、効率よく組織形成(再生)を実現し得る移植材料を提供することを一つの目的とする。また、そのような移植材料の製造方法を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によって提供される移植材料は、典型的には移植用コア材料として用いられる、生体内の所定の部位に移植された際に所定の組織を形成可能な組織形成用複合材料である。ここで開示される組織形成用複合材料は、生体内において所定の組織を構成する細胞に分化可能な目的細胞と、上記目的細胞の分化誘導を促進し得る補助細胞と、上記目的細胞及び補助細胞を内部に保持する生体適合性基材とを有する。
本発明者らは、形成すべき組織(又は器官)を構成する細胞に分化可能な細胞(目的細胞)を生体内に導入する場合、当該目的細胞とともに当該目的細胞に近接する位置に当該目的細胞の分化誘導を促進し得る細胞を共存させておくことにより、適当な分化誘導促進因子を別途供給することなく当該目的細胞の分化誘導を促進させ得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、ここで開示される組織形成用複合材料(移植用コア材料)によると、生体内の所定の部位において当該複合材料に含まれる目的細胞の分化誘導を促進し、効率よく所望の組織に分化させることができる。
好ましくは、上記目的細胞として予め分化誘導処理が施された細胞を有する。予め分化誘導処理が施されていることにより、移植後の分化および組織形成をより迅速に行うことができる。
【0007】
ここで開示される組織形成用複合材料の好ましい一態様は、上記目的細胞が上記基材の内側に主として配置されており、上記補助細胞が該基材の目的細胞配置領域の外側に主として配置されていることを特徴とする。
基材(薄板のような平面的形状である場合を含む)中において目的細胞の外方に補助細胞を配置することによって、目的細胞の分化誘導をより効率よく促進することができる。また、移植材料の外側に向かって目的細胞の分化(好ましくは増殖及び成長を伴う)を進行させることができる。
【0008】
さらに好ましい一態様では、上記補助細胞として血管内皮前駆細胞を含むことを特徴とする。血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells;EPC)を目的細胞の周囲に配置することによって、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)等が生産され、延いては移植された当該複合材料の周囲に血管を新生することができる。血管内皮前駆細胞自体も血管内皮細胞に分化して血管新生を促進し得る。
従って、この態様の組織形成用複合材料によると、血管内皮前駆細胞が生産する各種の分化誘導促進因子のほか、新生された血管による物質輸送によって目的細胞の成長、増殖および分化誘導を促進し、所望する組織形成を効率よく行うことができる。
【0009】
また、本発明によって提供される特に好ましい一態様は、骨組織(軟骨組織とは異なる)を形成するために使用される組織形成用複合材料であって、上記目的細胞が生体内において骨芽細胞又は軟骨細胞(以下これらを「骨関連細胞」と総称する)に分化可能な細胞であることを特徴とする。例えばそのような目的細胞として種々の幹細胞、例えば胚性幹細胞(ES細胞)、間葉系幹細胞(MSC)が挙げられる。
本発明者は、血管内皮前駆細胞の培養液中に種々の骨形成能促進因子が存在することを見出し、本態様の発明を完成させるに至った。
即ち、ここで開示される上記構成の骨組織形成用複合材料によると、血管内皮前駆細胞により生産される種々の骨形成能促進因子によってMSC等の目的細胞の骨関連細胞への分化誘導が促進され得るとともに、当該移植材料(コア材料)周囲に血管が新生される。そして、新生された血管による物質輸送によって骨芽細胞等の骨関連細胞に分化した細胞の成長および増殖を促進し、所望する骨形成(膜性骨形成または単なる軟骨再生とは異なる内軟骨性骨形成)を効率よく行うことができる。
【0010】
また、本発明は他の側面として、ここで開示される組織形成用複合材料を製造する方法を提供する。即ち、本発明の製造方法は、細胞を内部に保持し得る生体適合性基材を用意すること、および、上記生体適合性基材内に生体内において所定の組織を構成する細胞に分化可能な目的細胞と上記目的細胞の分化誘導を促進し得る補助細胞とを配置することを包含する、生体内の所定の部位に移植された際に所定の組織を形成可能な組織形成用複合材料を製造する方法である。
ここで開示される方法によると、上述した効果を奏する組織形成用複合材料を好適に製造することができる。
好ましくは、上記目的細胞として予め分化誘導処理が施された細胞を使用する。予め分化誘導処理が施されている細胞を目的細胞とすることにより、移植後の分化および組織形成をより迅速に行うことができる組織形成用複合材料を製造することができる。
【0011】
ここで開示される組織形成用複合材料製造方法の好ましい一態様は、上記目的細胞を上記基材の内側に主として配置し、且つ、上記補助細胞を該基材の目的細胞配置領域の外側に主として配置することを特徴とする。
このような態様の方法によると、基材中において目的細胞の外方に補助細胞を配置することによって、生体内移植部位において基材から外方に向かって分化を促進し得る組織形成用複合材料(移植用コア材料)を製造することができる。
【0012】
ここで開示される組織形成用複合材料製造方法のさらに好ましい一態様は、上記補助細胞として血管内皮前駆細胞を使用することを特徴とする。
このような態様の方法によると、移植部位の周囲における血管新生を促進し得る上記効果を奏する組織形成用複合材料を製造することができる。
【0013】
ここで開示される組織形成用複合材料製造方法の特に好ましい一態様は、上記目的細胞として、生体内において骨芽細胞又は軟骨細胞に分化可能な細胞を使用することを特徴とする。
このような態様の方法によると、骨関連細胞への分化誘導が活発な上記構成の骨組織形成用(軟骨再生とは異なる)複合材料を製造することができる。
【0014】
また、本発明は、他の側面として、ここで開示されるいずれかの組織形成用複合材料を生体内の所定部位に移植することを特徴とする、当該部位(又はその周囲)において所定の組織(さらには器官)を形成(再生)する方法を提供する。
また、本発明は、他の側面として、ここで開示されるいずれかの組織形成用複合材料であって、上記補助細胞に代えて或いは該補助細胞と共に、予め該補助細胞を培養(典型的にはインビトロにて培養)して得られた該補助細胞の細胞生産物(培養液又は培地を含む)を添加したことを特徴とする組織形成用複合材料を提供する。このような態様の組織形成用複合材料では、細胞生産物に含まれる種々の分化誘導促進因子によって、基材中の目的細胞の分化誘導を促進することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項(例えば、基材、目的細胞及び補助細胞の種類)以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば細胞培養・精製方法、細胞を含む移植材料の調製法や移植法に関するような一般的事項)は、医学、薬学、生化学、有機化学、タンパク質工学、分子生物学、獣医学、衛生学等の分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0016】
ここで開示される組織形成用複合材料は、ヒト或いはヒト以外の哺乳動物に適用して再生医療を行う移植材料として好適である。
本発明の組織形成用複合材料は、上記目的細胞、補助細胞(或いは該補助細胞の培養液のような細胞生産物を含む物質)および生体適合性基材を備えることにより特定される材料であり、目的、用途に応じて材料自体の形態(外形)、材質等は異なり得る。移植コア材料(生体内で組織形成を行うための中心的材料)としては一般的に固体であるが、ゲル状であり得る。
【0017】
組織形成用複合材料を構成する生体適合性基材(好適には3次元構造体)としては、従来この種の基材として使用されているものであれば、特に制限なく使用することができる。例えば、コラーゲン(アテロコラーゲン、ゼラチン等の変性コラーゲン、等)、ヒアルロン酸のようなムコ多糖、シリコーン、キトサン、キチン、ポリ乳酸、ポリアミドのようなポリマー(好ましくは生体内で分解可能なポリマー)から成るものが好適な基材として挙げられる。例えば、コラーゲンから成るスポンジ状物質(多孔質物質)はこの種の基材として特に好適である。基材として使用する多孔質物質の孔径は特に限定しないが、内部に細胞を配置(保持)し易い孔径が好適である。
【0018】
また、組織形成用複合材料に含まれる目的細胞は、所望する組織(具体的には当該組織を構成する細胞)に分化可能な細胞であればよく、目的に応じて異なり得る。
典型的には、種々の幹細胞が挙げられる。例えば、骨、軟骨、血管、神経等に分化し得る間葉系幹細胞(MSC)、胚性幹細胞等の幹細胞が好適例として挙げられる。
本発明によって提供される骨形成用複合材料(骨形成用移植コア材料)を構成する場合には、骨形成能の高い骨髄中の間葉系幹細胞が目的細胞として好適である。
【0019】
また、組織形成用複合材料に含まれる補助細胞は、対象とする目的細胞の分化誘導を促進し得る機能を有するものであれば、特に限定はない。本発明の実施にあたっては、補助細胞のいかなる機能又は生産する物質(即ち分化誘導促進因子)が目的細胞の分化誘導を促進し得るのかということを明白にする必要はなく、実験的に分化誘導を促進し得ることが確認されればよい。
補助細胞の選択は、使用する目的細胞の種類に応じて異なり得るが、好適な細胞として血管内皮前駆細胞、血管内皮細胞が挙げられる。特に、骨髄由来で末梢血中に単核細胞として存在する血管内皮前駆細胞(EPC)はVEGFのような種々の増殖(成長)因子を生産するとともに自らも血管内皮細胞に分化して血管の新生を促進し得る。これにより、組織形成用複合材料が移植された部位とその周辺における物質輸送能力が向上し、移植された目的細胞への各種の調節因子(サイトカイン類)、養分、酸素等の供給が活発化し、結果として目的細胞の分化とそれに続く組織形成が促進され得る。
或いは、補助細胞の培養物を補助細胞とともに或いは補助細胞に代えて使用することができる。この場合には、細胞培養物を培養液から回収・精製して基材に添加してもよく或いは培養液(又はその濃縮物)を基材に添加してもよい。
【0020】
特に、骨組織形成用複合材料を構築する場合には、目的細胞として骨髄由来の間葉系幹細胞を使用し、補助細胞として血管内皮前駆細胞(及び/又は血管内皮前駆細胞の培養生産物を含む媒体)を使用することが特に好ましい。高い分化能を有する間葉系幹細胞と血管新生能力を備える血管内皮前駆細胞の使用によって、生体内で効率的な骨形成を実現することができる。
【0021】
基材中における目的細胞と補助細胞の配置形態は特に限定されず、使用する基材の性状、移植部位、用途に応じて種々の形態であり得る。例えば、プレート状基材を使用する場合には、目的細胞を主として配置する層と補助細胞を主として配置する層とを備えた多層構造であり得る。また、基材の一部の領域又は全領域において、目的細胞と補助細胞とを適当な比率で混在させてもよい。
かかる配置形態の好ましい一例では、基材の内側に、目的細胞が主として配置されて成る目的細胞のコア領域を形成し、その目的細胞配置領域の外側に補助細胞(或いは培養液のような補助細胞の生産物を含む補助物質)が主として配置される領域(分化誘導補助領域)を形成する。これにより、基材中の目的細胞配置領域(コア領域)に、その外方から分化誘導を補助し得る物質を供給し続け、組織形成用複合材料の外方に向かって目的細胞の分化誘導(即ち目的とする組織の形成)を推し進めることができる。この場合に補助細胞として上記の血管内皮前駆細胞を使用すると、血管新生によって外方から組織形成用複合材料への物質輸送が盛んになり、分化誘導をさらに促進することができる。この場合に目的細胞として骨芽細胞等の骨関連細胞に分化可能な細胞(例えば間葉系幹細胞)を使用することにより、血管内皮前駆細胞由来の骨形成能促進因子による分化誘導促進と血管新生とによって、骨形成(例えば膜性骨形成又は血管進入を伴う内軟骨性骨形成)を迅速に実現することができる。
なお、ここで開示される組織形成用複合材料は、そのような配置によるものに限られず、例えば、基材の内側に、補助細胞(或いは培養液のような補助細胞の生産物を含む補助物質)が主として配置されて成る補助細胞コア領域を形成し、その補助細胞配置領域の外側に目的細胞が主として配置される領域を形成してもよい。この場合に補助細胞として上記の血管内皮前駆細胞を使用し、目的細胞として骨芽細胞等の骨関連細胞に分化可能な細胞(例えば間葉系幹細胞)を使用することにより、骨形成(例えば内軟骨性骨形成)を行うことができる。
【0022】
本発明の組織形成用複合材料は、従来の再生医療用移植材料と同様に製造することができる。
例えば、上述したような物質から成る、内部に細胞を保持し得る3次元構造の適当な生体適合性基材を用意し、この基材内に目的細胞と補助細胞とを配置(保持)する。配置(保持)方法は特に限定されず、例えば、予め所定の生体組織(器官)から採取しておいた細胞を基材に播種し、適当な培養液中で培養することにより、基材内部に配置することができる。基材の内部(中心部)とその外方(例えば基材の外縁領域)で配置する細胞を異ならせる場合には、細胞を播種する領域を適宜異ならせばよい。
なお、播種した細胞を培養するための培地は、使用する細胞に応じて適当な組成のものを使用すればよい。目的細胞を生体内で効率よく分化誘導させるため、予め分化誘導を促す培地で培養しておくとよい。例えば、市販されている間葉系幹細胞の骨芽細胞分化培地或いは軟骨細胞分化培地を使用することができる。
基材に播種した細胞は、基材に良好に接着するまで、典型的には約37℃、湿度100%、5容量%炭酸ガスの培養条件で適当時間培養される。また、補助細胞に代えて補助細胞培養物を基材に配置(保持)する場合には、培養液を含ませた適当な担体(ゲル等)を基材に担持させるとよい。
【0023】
調製された組織形成用複合材料は、従来の移植用材料と同様に再生医療の現場で使用することができる。
使用する組織形成用複合材料のサイズに応じて異なり得るが、典型的には、外科手術、内視鏡手術、注射等の方法によって生体内の目的部位に移植され得る。かかる移植方法自体は従来技術にすぎず、本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0024】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0025】
<試験例1:組織形成用複合材料の製造>
間葉系幹細胞(MSC)および血管内皮前駆細胞を含む組織形成用複合材料を製造した。図1は製造プロセスを模式的に示す図である。本試験例では、図1に示すように、イヌ1の骨髄から採取した間葉系幹細胞(以下、単に「MSC」という)を目的細胞として使用し、イヌ1の末梢血から採取した血管内皮前駆細胞(以下、単に「EPC」という)を補助細胞として使用した。
即ち、全身麻酔したイヌ1の腸骨から採取した骨髄液およびイヌ1の肢部より採取した末梢血をそれぞれ遠心管に入れて遠心分離(400g×30分)を行い、単核細胞画分を得た。この画分から回収した骨髄由来のMSCを含む単核細胞(mononuclear cells:MNC)を、10%FBS/DMEM培地を用いて37℃、5%CO条件下で培養し、MSCを増殖させた。一方、回収した末梢血由来のEPCを含む単核細胞(peripheral blood mononuclear cells:PBMC)を、一般的な血管内皮細胞用培地であるEGM−2培地(三光純薬(株)製品)を用いて37℃、5%CO条件下で培養し、EPCを増殖させた。
【0026】
上記培養したMNCを、10%FBS/DMEM培地に10nMのデキサメタゾン、0.05mMのL-アスコルビン酸-2-ホスフェート、10mMのβ−グリセロホスフェートを含むように調製された骨形成培地(OS培地)に移して骨芽細胞への分化を誘導した。
OS培地に移す前のMNC培養物と、OS培地に移して培養開始後14日経過したMNC培養物とを用いて骨芽細胞のマーカー酵素であるアルカリ性ホスファターゼ(ALP)活性を調べて骨芽細胞への分化の有無を調べた。即ち、OS培地に移す前と後のMNC培養物を対象にして市販のALP染色キットを用いて、ALP活性を調べた。その結果、図2に示すように、OS培地に移す前のMNC培養物では染色はみられず、骨芽細胞に分化していないことが分かる。他方、図3に示すように、OS培地を用いたMNC培養物ではALP活性を示す染色が認められた。このことから、MNC培養物中には、多量のMSCが存在するとともに当該MSCから分化した骨芽細胞の存在が確かめられた。さらにIFCC(国際臨床化学会)の勧告案に基づくALP活性測定法(p−ニトロフェニルリン酸(p-NPP)基質法)によって上記二つのMSC培養物のALP活性を測定した。結果を図4のグラフに示す。横軸はOS培地に移した後の培養日数を示し、縦軸は10個の細胞あたりの酵素活性(pNPPμmol/min/10cells)を示す。グラフから明らかなように、OS培地を用いたMSC培養物(グラフ中の菱形で示すプロット)では比較対象の10%FBS/DMEM培地を用いたMSC培養物(グラフ中の正方形で示すプロット)と比較して培養開始後14日目において著しく高いALP活性が認められた。
他方、上記培養したPBMC(図5参照)中に多量のEPCが存在していることがEPC特有の抗原であるFlk−1に対する抗Flk−1抗体を使用した一般的な蛍光抗体法等によって確認された(詳細なデータは省略)。
【0027】
上記のようにして培養した2種の細胞を使用して組織形成用複合材料を作製した。本実施例では、I型コラーゲンから構成され、図6に示すような3次元構造を有する多孔質基材を使用した。即ち、I型コラーゲン繊維から成る網目構造体(ニプロ(株)から入手)を1.5%ポリ乳酸溶液(溶媒:ジクロロメタン)に室温で1分間浸漬した。これにより、表面が生分解性高分子(ここではポリ乳酸)でコートされたコラーゲン繊維から成る3次元立体構造(不織布構造)の生体適合性基材が得られた。ここでは直径10mm、厚さ2mmのチップ(重量0.1g)に成形した。
【0028】
次いで、得られたチップに目的細胞として上記MSC(本実施例では上記のようにOS培地で培養することにより既に分化誘導処理が施されている)、および補助細胞として上記EPCを配置する。
即ち、図7(a)に示す本実施例で得られたチップ状基材10の内側(中心部)12に、先ず上記MSCを播種した(図7(b))。具体的には、細胞密度が1×10〜10cells/100μL程度の懸濁液を調製し、基材10の内側(中心部)12に適当量を直接塗布した。次いで、その周囲(外側)14に上記EPCを播種した。具体的には、細胞密度が1×10〜10cells/100μL程度の懸濁液を調製し、基材10のMSC配置領域(中心部)12に接する外周部14に適当量を直接塗布した。
そして、基材10に配置された細胞が基材10に強固に接着するまで、37℃、湿度100%、5%CO条件下で約0.5〜5時間インキュベートした。その後、37℃、加湿雰囲気中、5%CO条件下で21日間(5〜30日程度でもよい)培養した。
【0029】
<試験例2:組織形成用複合材料の移植および骨形成観察>
こうして得られた組織形成用複合材料20(図7(c))を、ジエチルエーテル吸入により麻酔されたヌードマウス2(図1参照)の皮下層に移植した。比較対照試験として、基材10の内側(中心部)12にMSCを配置したのみでその外側にEPCを配置しなかった移植材料(即ち図7の(b)に示すもの)を同様にヌードマウス皮下層に移植した。
【0030】
移植して8週間および12週間が経過した後、組織学的評価を行った。図8は図7(b)に模式的に示す比較対照の移植材料を移植したマウス(12週間経過後)の染色した組織切片の顕微鏡写真であり、方形枠で囲った部分が移植部位である。図9は当該部位の拡大顕微鏡写真である。一方、図10は図7(c)に模式的に示す本実施例に係る移植材料20を移植したマウス(8週間経過後)の染色した組織切片の顕微鏡写真であり、方形枠で囲った部分が移植部位である。図11は当該部位の拡大顕微鏡写真である。
これら染色写真から明らかなように、MSCとEPCを共存させた本実施例の組織形成用複合材料20を移植したマウスでは、8週間経過後に移植部位を中心に良好な骨形成(図11のドット状に濃く染色された部分) が認められた。
また、視野全体を100%としたときの硬組織のパーセンテージ(骨形成割合)を組織形態計測的分析により評価を行った結果、図12のグラフに示すように、比較対照の移植材料(MSCのみ)を使用した場合では25%程度の骨形成割合であったが、本実施例に係る組織形成用複合材料(MSC+EPC)を使用した場合の骨形成割合は40〜45%に達した。
【0031】
また、移植して12週間が経過した後の組織について毛細血管の形成(新生)度合を以下のように評価した。
即ち、図13(a)に示すように、移植部位を中心とする所定範囲の切片写真を260の同面積のマスに区分し、そのマスのうち、毛細血管が存在するマス数をカウントした(例えば図13(b)の計36のマス中の*マークが付された7マスがカウントされる)。
上記評価の結果、図14に示すように、比較対照の移植材料(MSCのみ)を使用した場合には260マス中18マスしか毛細血管が認められなかったが、本実施例に係る組織形成用複合材料(MSC+EPC)では260マス中30マスに新生毛細血管が認められた。
【0032】
<試験例3:間葉系幹細胞の骨芽細胞への分化誘導に及ぼす血管内皮前駆細胞生産物(培養液)添加の影響>
標記の試験を以下のように行った。
先ず、血管内皮前駆細胞(EPC)を血管内皮細胞用増殖培地(EGM(商標)−2培地(三光純薬(株)製品):血管内皮細胞用基礎培地であるEBM(登録商標)−2に20%FBSを含む)1Lに、「ヒドロコルチゾン」200μL、「hFGF」200μL、「VEGF」500μL、「R3−IGF−1」500μL、「アスコルビン酸」500μL、「ヘパリン」500μL、「hEGF」500μL、および「GA−1000」500μLを添加して調製した培地(以下この培地を「EGM−2」という)で培養した。具体的には、1×10個のEPCを20mLのEGM−2を含む175cm容量フラスコに播種し37℃で7日間培養し、その上清を回収した。以下、この上清をcEGM−2という。
【0033】
次に、間葉系幹細胞(MSC)を市販の6ウェル培養プレートの各ウェルに1×10個ずつ播種し、2000μLの10%FBS/DMEM培地で1日培養した。その後、培地を以下の8通りに変更し、培養を14日間継続した。即ち、
(a)2000μLの10%FBS/DMEM培地、
(b)2000μLの上記OS培地、
(c)1800μLのOS培地にEGM−2を200μL添加したもの、
(d)1800μLのOS培地にEGM−2を199.8μL添加し且つcEGM−2を0.2μL添加したもの、
(e)1800μLのOS培地にEGM−2を198μL添加し且つcEGM−2を2μL添加したもの、
(f)1800μLのOS培地にEGM−2を180μL添加し且つcEGM−2を20μL添加したもの、
(g)1800μLのOS培地にEGM−2を100μL添加し且つcEGM−2を100μL添加したもの、
(h)1800μLのOS培地にcEGM−2を200μL添加したもの、
である。
これら培地で培養開始後7日経過した時点および14日経過した時点で、上記と同様のALP活性測定法(p−ニトロフェニルリン酸(p-NPP)基質法)によりALP活性を求めた。結果を図15に示す。グラフの左端から右端にかけて上記培養条件(a)〜(g)に対応する。
【0034】
図示されるグラフから明らかなように、EGM−2に加えてcEGM−2を添加した試験区(上記培養条件(d)〜(g))では、EGM−2単独の添加区よりも高いALP活性が認められた。この結果は、本発明の組織形成用複合材料で補助細胞として使用される血管内皮前駆細胞が、間葉系幹細胞(目的細胞)の分化誘導を著しく促進し得ることを裏付けるものである。
また、この実験から明らかであるが、本明細書に開示された事項に基づき、本発明は他の側面として、骨芽細胞に分化し得る細胞(典型的には間葉系幹細胞等の幹細胞)を分化誘導する方法であって、該細胞又は該細胞の存在領域(例えばインビトロでの培養液中、或いは生体の移植部位)に血管内皮前駆細胞又は該細胞の生産物(典型的には血管内皮前駆細胞の培養液その他培養物)を添加することを特徴とする方法を提供する。
【産業上の利用可能性】
【0035】
ここで開示される組織形成用複合材料および他の発明は、所望する組織の形成(再生)に寄与するものであるから、特に再生医療分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】一実施例に係る組織形成用複合材料の製造プロセスを模式的に示す説明図である。
【図2】イヌの骨髄から得た単核細胞群の顕微鏡写真である。
【図3】イヌの骨髄から得た単核細胞の骨芽細胞への分化誘導処理(OS培地での培養)を行った後、さらにALP活性を示す染色を行った細胞群の顕微鏡写真である。
【図4】一実施例において行ったALP活性測定法(p-NPP基質法)によるALP活性測定結果を示すグラフである。
【図5】イヌの末梢血から得た単核細胞群の顕微鏡写真である。
【図6】一実施例において使用した基材の微視的構造を示す電子顕微鏡写真である。
【図7】一実施例に係る組織形成用複合材料の構成と作製手順を説明する模式図であり、(a)は基材、(b)は基材の内部に目的細胞を配置した状態、(c)はさらに補助細胞を目的細胞の外周に配置した状態を示している。
【図8】一比較例に係る移植材料を移植した後の移植部位における骨形成の状態を示す染色された組織切片の顕微鏡写真である。
【図9】図8の一部拡大顕微鏡写真である。
【図10】一実施例に係る移植材料を移植した後の移植部位における骨形成の状態を示す染色された組織切片の顕微鏡写真である。
【図11】図10の一部拡大顕微鏡写真である。
【図12】一実施例および一比較例における骨形成割合を組織形態計測的分析により評価した結果を示すグラフであり、縦軸は骨形成割合(%)を示す。
【図13】毛細血管の形成(新生)度合を測定する方法を説明する顕微鏡写真であり、(a)は移植部位を中心とする所定範囲の組織切片の顕微鏡写真であって、260マスで区分した状態を示す図である。(b)は、(a)の一部を抜き出した拡大写真であって、毛細血管の含まれるマスを*で示した図である。
【図14】一実施例および一比較例における毛細血管の形成(新生)度合の測定結果を示すグラフであり、縦軸は上記毛細血管の含まれるマスとしてカウントされたマス数である。
【図15】一実施例において行ったALP活性測定法(p-NPP基質法)によるALP活性測定結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0037】
1 イヌ
2 マウス
10 基材
20 組織形成用複合材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体内において所定の組織を構成する細胞に分化可能な目的細胞と、
前記目的細胞の分化誘導を促進し得る補助細胞と、
前記目的細胞及び補助細胞を保持する生体適合性基材と、
を有する、生体内の所定の部位に移植された際に所定の組織を形成可能な組織形成用複合材料。
【請求項2】
前記目的細胞は前記基材の内側に主として配置されており、
前記補助細胞は該基材の目的細胞配置領域の外側に主として配置されている、請求項1に記載の組織形成用複合材料。
【請求項3】
前記補助細胞として血管内皮前駆細胞を含む、請求項2に記載の組織形成用複合材料。
【請求項4】
前記目的細胞が生体内において骨芽細胞又は軟骨細胞に分化可能な細胞であり、骨組織の形成に用いられる請求項3に記載の組織形成用複合材料。
【請求項5】
前記目的細胞として予め分化誘導処理が施された細胞を有する、請求項1〜4のいずれかに記載の組織形成用複合材料。
【請求項6】
細胞を内部に保持し得る生体適合性基材を用意すること;および
前記生体適合性基材内に、生体内において所定の組織を構成する細胞に分化可能な目的細胞と、前記目的細胞の分化誘導を促進し得る補助細胞とを配置すること;
を包含する、生体内の所定の部位に移植された際に所定の組織を形成可能な組織形成用複合材料を製造する方法。
【請求項7】
前記目的細胞を前記基材の内側に主として配置し、且つ、前記補助細胞を該基材の目的細胞配置領域の外側に主として配置する、請求項6に記載の組織形成用複合材料製造方法。
【請求項8】
前記補助細胞として血管内皮前駆細胞を使用する、請求項7に記載の組織形成用複合材料製造方法。
【請求項9】
前記目的細胞として、生体内において骨芽細胞又は軟骨細胞に分化可能な細胞を使用する、請求項8に記載の組織形成用複合材料製造方法。
【請求項10】
前記目的細胞として予め分化誘導処理が施された細胞を使用する、請求項6〜9のいずれかに記載の組織形成用複合材料製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2007−111280(P2007−111280A)
【公開日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−306471(P2005−306471)
【出願日】平成17年10月21日(2005.10.21)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】